医療と社会
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16 巻, 1 号
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特集論文
  • 「患者安全推進年」から1年後の状況
    池田 俊也, 小林 美亜
    2006 年 16 巻 1 号 p. 5-16
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     厚生労働省は,2001年を「患者安全推進年」と位置付け,毎年11月25日を含む1週間を「医療安全推進週間」と定めて医療安全に関する意識向上をはかることとした。また,医療安全に関する基本的な考え方を取りまとめた「安全な医療を提供するための10の要点」(以下,「10の要点」と略)を公表するとともに,この標語をもとにそれぞれの医療機関においてその特性などに応じた独自の標語が作成できるよう,各標語に解説と具体的な活用方法を記載したパンフレットを作成した。しかしその普及状況については明らかでなかった。そこで筆者らは,2002年9月の時点における,「医療安全推進週間」ならびに「10の要点」の認知度,独自の標語の作成状況などについて,全国の医療機関に対してアンケート調査を行った。
     調査対象は,大学病院本院80施設,国立がんセンター,国立循環器病センター,その他の病院918施設,有床診療所594施設とし,自記入式調査票を用いて,2段階に分けて実施した。第一次調査票の回収数は428通,第二次調査票の回収数は118通であった。
     医療安全推進週間の存在を知っていた医療機関は約半数のみであった。また,「10の要点」の内容をよく知っているとの回答は約3分の1であり,医療機関における認知度は高くない状況であった。独自の標語を策定した医療機関も約3割に留まっていた。しかし,今回の調査において,安全管理に対する意識の高い医療機関から様々な取組みが報告されており,有益で他施設へも適用可能な活動が数多く含まれていた。これらの知見を参考にしながら,各施設においてより安全な医療を提供できる安全文化が醸成されることが望まれる。
  • 木村 眞子
    2006 年 16 巻 1 号 p. 17-32
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     安全管理を行うにあたり,最初に行わなければならないのはまずどこに危険が潜んでいるかを明らかにすることである。今日,このrisk identificationのために最も一般的なのは,医療事故やニア・ミス事例に関する報告制度であろう。本稿では,2000年以降にわが国で急速に制度整備が進められた医療機関内,並びに外部報告制度の変遷と報告制度が医療機関や周辺環境に及ぼした影響を概観したうえで,外部報告制度の今後の課題について検討した。報告制度の歩みは,わが国における医療安全の取り組みの進展と大きく重なっている。わが国では,制度開始当初に体系的に情報の収集・分析を行う体制が整っていた医療機関はごく一部であったが,2000年以降,医療安全を目的とした報告制度は広く国内の医療機関で取り入れられ,また外部報告制度の整備も進められてきた。わが国の外部報告制度は,当初からリスク・マネジメントでなく医療安全のために,組織を超えた学習の場となることを目指して設計されてきた。しかし,社会の制度に対する認識や外部の制度と医療機関の内部体制の整備との間にはギャップが存在している。こうした問題を解決しなければ,外部報告制度において質のよい情報を得ることは望めない。今後は,こうした組織内部の状況も視野に入れた上で,医療安全に対する社会全体のコミットメントの確保や制度の改善を検討する必要がある。
  • 京都大学医学部附属病院における医療安全管理の現状
    廣瀬 昌博
    2006 年 16 巻 1 号 p. 33-53
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     わが国の医療安全活動は,1999年1月横浜市立大学病院で発生した医療事故を契機に始まったと考えてよい。一方,米国では1999年11月に米国医学研究所から「IOMレポート」として医療安全に対する方策が発表された。この1999年は,医療安全に関与する者にとって印象深い年である。わが国でもIOMレポートがわが国の医療安全の牽引力となったことは事実であるが,それよりも同年の大学病院における医療事故によって医療安全の活動が大きく前進したのである。
     1999年1月の医療事故の後,2001年国立大学附属病院長会議から「医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて」(提言)が公表され,“医療事故防止委員会の設置”,“専任のリスクマネジャーの配置”,“インシデントレポート報告体制の採用”などが提言された。また,国立大学附属病院安全管理協議会が国立大学医学部附属病院における医療安全に関する事項について検討する場として,2002年度よりその活動が開始された。
     一方,厚生労働省は,2002年10月すべての病院および有床診療所の管理者に対し,医療に係る安全管理のための“指針の整備”,“委員会の開催”,“職員研修の実施”,“インシデントレポートの採用”などの医療安全体制の確保を義務付けた。さらに,翌年4月,同省は特定機能病院や臨床研修病院に対し,“医療に係る安全管理を行う者の配置と部門の設置”,および“患者相談窓口の設置”などを義務付けた。
     京都大学医学部附属病院では,2000年2月末に医療事故が発生し,医療安全活動が開始された。それは“医療事故防止委員会の設置”,“総括リスクマネジャーの任命”,“インシデントレポート制度の採用”などであった。さらに,2年後の2002年4月には専任医師によるリスクマネジャーが任命されるとともに病院長直轄の安全管理室が誕生した。
     本稿では,わが国の医療安全に関する活動について概観するとともに、京大病院において、とくに安全管理室の設置された2002年4月から2005年3月までの医療安全に関する活動を,日常的な事項と医療事故発生時について述べる。
  • インシデント・アクシデントレポートを中心に
    兼児 敏浩
    2006 年 16 巻 1 号 p. 55-71
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     本邦の医療安全対策において,インシデント・アクシデントレポートシステムは中心的な役割を果たしてきたが,いくつかの問題点が明らかになってきた。特にレポートを提出しても多くは有効な改善策を提示できないことが問題であり,このような事例が増加することによりシステムの信頼性が低下することが危惧される。また,このシステムは殆どの病院で導入されているが,医師からのレポートが一件もない病院が50%にのぼり,これらの病院では医療安全対策そのものが適切に実施されていない可能性がある。医療安全の推進にはインシデント・アクシデントレポートの問題点を理解の上,適切に活用することが必要である。
  • 坂口 美佐
    2006 年 16 巻 1 号 p. 73-83
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     本稿では手術・麻酔領域における有害事象発生の現況,手術室で発生しやすいエラー,安全管理に向けた最近の手法を紹介するとともに,インフォームド・コンセントを含めたリスク・マネジメントについて概説する。米国,オーストラリア,ニュージーランドにおける調査研究によると,手術に関連した有害事象は全有害事象の24~66%を占めている。手術室で発生しやすい予防可能なエラーとして,患者・部位の間違い,異物残存,薬剤誤投与が挙げられる。これらを予防するためには,より包括的な確認システムの構築が必要と思われる。また,手術室の職場環境は独自の特徴を持ち,航空業界との共通点が多いといわれている。航空業界から学んだ安全管理の手法として,インシデントレポートとCRM(Crew Resource Management)について述べる。一方,手術・麻酔のリスク・マネジメントにおいては,インフォームド・コンセントおよび患者とのリスク・コミュニケーションはきわめて重要である。しかし,日本においては麻酔の説明内容の標準化および説明内容の記録は十分ではなく,今後の課題と思われる。手術・麻酔のリスク・マネジメントにおいては,原子力や航空など他のハイリスク産業から学ぶ点が多いと思われ,医療に適した新しい手法の開発と現場での活用が期待される。
  • 小林 美亜, 池田 俊也, 武藤 正樹
    2006 年 16 巻 1 号 p. 85-96
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     本調査研究は,ヒヤリ・ハット事例(インシデント)及び医療事故(アクシデント)によって発生した医療費の推計を試みた。地域中核病院1施設を対象とし,1年間に提出された487件の出来事報告書の中から,追加的医療行為が発生した事例を抽出した。次に,出来事報告書から,インシデントもしくはアクシデントに関連した治療や検査などの医療内容の特定をさらに詳細に把握した。そして,特定した医療内容をもとに,レセプトから,薬剤,処置,検査,追加入院日数などの各費用を把握した。出来事報告書から追加的な医療行為が認められた112例のうち,インシデントは99例,アクシデントは13例であった。インシデント,アクシデントにより,患者1人あたり,それぞれ,平均約1万円,約12万円の追加医療費が発生していた。インシデントもしくはアクシデントが発生した患者で費やされた総医療費は,約195万円であった。アクシデントが発生した場合には,濃厚処置・治療が発生し,中には入院期間の延長を招いた症例もあり,インシデントよりも医療費が高かった。把握されたインシデント,アクシデントには,予防対策を未然に講じることで防ぎ得ることができると考えられる事例も少なからず含まれていた。医療費を抑制する観点からも,防ぎ得る事例を確実に予防していくことが重要である。
  • 渡邉 弥生, 小林 美亜, 池田 俊也, 池上 直己
    2006 年 16 巻 1 号 p. 97-109
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     本調査研究では,諸外国で行われた遡及的診療記録レビューによる有害事象の把握調査の手法に則り,訴訟件数が多い産科領域に焦点をあて,医療の質保証の観点から,有害事象の性質,頻度を明らかにすることを目的とした。
     本研究で把握する有害事象は,「患者への意図せぬ傷害(injury)や合併症で,一時的または恒久的な障害(disability)を生じ,疾病の経過でなく医療との因果関係が認められるもの」と定義した。対象は,産科を診療科にもつ13病院(特定機能病院3病院と,その他の10病院)において,2002年度に退院した入院患者(精神科を除く)の診療記録各250冊を無作為抽出した中から,産科症例313例を調査対象とした。レビュー方法は2段階方式から成り,はじめに,有害事象の可能性のある症例をスクリーニングするための18の基準に基づいて看護師が調査し,次に,18の基準に該当した診療記録について複数の医師が有害事象の判定を行った。
     遡及的診療記録レビューの結果,産科の有害事象の発生率は2.9%であった。本調査研究で把握された産科の有害事象の特徴としては,予防可能性が低く,もしくは予防は実際上困難という事例が殆どであった。しかし,「産科出血に対する対応の遅れ」といったような予防可能性が高い有害事象も認められ,このような事象に対しては予防対策を講じていくことが重要であると思われた。
  • 病棟スタッフとの共同による前向き調査
    Philippe Michel, Jean Luc Quenon, 池田 俊也
    2006 年 16 巻 1 号 p. 111-125
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     本研究は,公的病院と民間病院において,入院の原因となった有害事象および入院中に発生した有害事象の両方の頻度を調査し,予防可能性を評価するとともに,その主な当事者エラーや組織エラーについて分析することを目的とした。入院患者を最長で7日間にわたり観察し,有害事象発生率を調査した。対象は,層化三段無作為抽出法により抽出した。対象となった各病棟では,まず看護師の調査者が17項目のスクリーニング基準を用いて有害事象を把握した。次に医師調査者が,患者の受持医と協力するとともに,診療記録を閲覧して,有害事象の医療との因果関係の程度,予防可能性,当事者エラーを分析した。その後,一部の有害事象について根本原因分析を実施した。
     71病院,292病棟における8754人の患者が対象となり,のべ35,234日分の在院期間(内科系病棟は17,194日分,外科系病棟は18,129日分)について調査が行われた。把握された有害事象450件(外科系247件,内科系203件)のうち,40%は予防可能と判断された。66%の外科系病棟と58%の内科系病棟では,各病棟における7日間の調査期間において少なくとも1件の有害事象が把握された。有害事象は虚弱患者に多く発生しており,有害事象発生患者の平均年齢は全体の平均年齢より4歳高かった。全入院のうち3.9%(95%信頼区間3.4~5.6%)は有害事象が原因となっていた。その3分の2は地域(一般医)により提供された医療によるもので,残りは以前の入院が原因となった再入院であった。これらの有害事象のうち,47%は予防可能と考えられた。薬剤関連が約40%を占めていた。
     入院中に発生した有害事象頻度は入院1000日につき6.6件(95%信頼区間5.5~7.5)であった。これらのうち35%は予防可能と考えられた。侵襲的処置,特に外科的治療は,入院中に発生した有害事象の半分を占めていた。予防行為や診断行為に関連した当事者エラーは,治療行為によるものより予防可能なものが多かった。組織エラーは分析した45件の有害事象のうち37件(82.2%)を占めていた。全145件のエラーのうち,チームワークの問題がもっとも頻度が高く,有害事象の発生に密接に関連していた。
     フランス全土では,予防可能な入院が12.5万~20万件,入院中に予防可能な有害事象が12万~19万件発生しているものと推計される。周術期ならびに高齢患者の診療について,注意を払う必要がある。特に,啓発,トレーニング,エラーや有害事象の分析に基づくリスク管理文化が,緊急に,幅広く,必要とされる。
  • 中條 武志, Timothy G. Clapp, A. Blanton Godfrey
    2006 年 16 巻 1 号 p. 127-137
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     多くのエラープルーフ化の対策が,医療分野で実施され,成功をおさめている。しかし,それらのほとんどは,医療分野におけるエラープルーフ化に関する既存のノウハウをうまく活用することなく,個別に考案されている。また,これらの対策は,既に発生したエラーに対して事後的に行われている場合が多く,FMEA等を用いた未然防止の立場からのアプローチが求められている。本論文では,エラープルーフ化を進めるプロセスを(1) 改善の機会を見つける,(2) 対策案を生成する,(3) 対策案を評価・選定する,という3つのフェーズに分けて捉えた上で,各々のフェーズにおいてどのような困難さがあるのかを明らかにした。また,これらの困難さを克服するための具体的な支援ツールとして,(1) ヘルスケア一般化失敗モード,(2) エラープルーフ化対策案を生成するための質問,(3) SPNの3つを提案するとともに,医療分野における6つの実際のエラープルーフ化プロジェクトの観察を通して,その有効性を検証した。結果として,これらの支援ツールを3つのフェーズに沿って用いることにより,列挙される失敗モードの数や生成される対策案の数が増加し,エラープルーフ化をより効率的に進められることがわかった。
研究ノート
  • 中国保健医療体制の現状と対策
    盖 若炎, 韓 金祥, 黄 勇, 姚 慶強, 曲 顕俊, 中田 宗宏, 國土 典宏, 菅原 寧彦, 幕内 雅敏, 黒岩 宙司, 唐 偉
    2006 年 16 巻 1 号 p. 139-145
    発行日: 2006年
    公開日: 2009/08/22
    ジャーナル フリー
     中国大陸における鳥インフルエンザの蔓延やヒトへの感染例の発生は,中国の保健医療体制に対し,大流行を抑制する試練となっている。SARS危機以降,中国政府は保健医療体制の再建と強化に取り組み,政策の透明化や情報公開にも努めてきている。しかし,長期にわたって保健医療体制の脆弱な農村地域は,依然として様々な問題点を抱えている。すなわち,感染した家禽との高い接触機会や疾患に関する情報伝達の制限,医療に関する人的および物質的資源の欠乏が感染予防や疾病管理の障害となっており,農村地域における流行の危険度を高めている。保健医療体制を再建・強化すること,貧困がもたらす農村地域の問題を解決すること,そしてインフルエンザ大流行を回避することに,中国政府は重大な責任を担っている。
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