地学雑誌

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凡そ地中海と言へば、何人も直に歐羅巴と阿弗利加との間に在る内海を想ひ起すであらうが、それは極めて尤のこととは云へ、地學者は亞細亞濠洲間に在る島の多い海をも、メキシコ灣からカリビ毒にかけての海をも亦之を地中海と稱へて居る。甲は蘭領印度の島々の間に在るジヤワ海、バンダ海、プロレス海、スンダ海等を總稱するもので、乙はメキシコ灣にカリビヤ海を加へたものである。成程地圖を觀れば、兩者とも隨分島や陸地に取り巻かれた海である。乃で斯やうなものをも地中海と云ふことになれば、程こそ小なれ、まだ似たものはいくらもある。例へば日本海、オホツク海、ハドソン灣等の如しである。
さて横道話は是れくらゐに止めて措いて、本問題の地中海に移れば、その地中海が汎く世に知れ渡つて居る歐阿間のものに相違ないことには寸毫の疑もない。そして此庭ではその地理的性質などを云爲するのではなく、その水路の用途と取締や管理の事に關したことを叙述するのである。古來此の海は沿岸地に散在する諸地方の連絡用に供せられたのみならず、世界の諸方に位置する異風土の地をも連ね、又此等の生産する物資を運搬する國際的通路ともなつてゐた。蓋し印度との交通や、此の地を經由して亞細亞氣節風帶に存在する諸地方との交通も、業に已に羅馬時代以前に開けてゐたことは確實である。勿論それは主として陸上交通によつてであつて、例へげ埃及を横斷して紅海に出で、シリヤ、イラック等を經て波斯灣に出づるといふ工合であつた。明治二年 (一八六九年) に蘇士の運河が開け、又その後空路や道路も開けてからは、地中海の國際的價値が大に増進したが、殊にその東部がさうであつた。それから此の海から阿弗利加の内部に入り込むことは、始ど不可能のやうであつたが、今では空路と自動車道路とで以前に比べて大に可能的になつた。佛國は嘗て阿弗利加縦斷鐵道を思ひ立つたことがあるが、その困難なことは言ふまでもない。乍去今でも佛國は之を放棄したといふことを聞かない。地中海内の水路の政治上、商賣上、井軍事上、決して忽にすべからざるものであることは、既に羅馬時代前から知れてゐたことで、今日となつては尚更さうである。羅馬人は地中海を内海又は吾が海と云つてゐたが、當時は之に瀕する諸國は皆一閾家に屬してゐた。然るに今ではさうでない。獨立國もあれば、他國の屬邦もある。去ればその通路としての價値は昔時とは比べものにならぬ程大切で、殊に英國に取つては、海が自由安全に使用可能であるとないとでは、大した違ひである。蓋し地中海の古來の歴史と鼠へば、之が統制管理の權を獲んとするの爭鬪のそれであると云ふべしである。今日で見ると此の海を全部統制し得る國は一もない。但しその出口入口を見張る國はある。近來伊太利が意外の勃興をなして、地中海の一大勢力となつたので、之に對する權理に大變化を來たした。されば今後は從來と違つて、地中海の事を論ずるには、必ず伊といふものを度外に置くことは能きない。地中海は今日列國の政爭の中心となつて居る。蓋しその英佛伊三國に取つては政治上ばかりでなく、軍事上にも、亦商業上にも、二十年前より餘程大切になつて居るのみならず、空軍の發育も亦沿岸諸邦に對して大なる利益を附與することになつた。さればこそ地中海問題といふものは、歐洲に取つては、極めて八釜敷いものになつて居る。乃ち之を説くには先づ之に關心する三大國と之との關係を明にするのが尤も捷徑である。

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此の報告は服部報公會の援助によりて成立せる東北經濟地理研究會研究員山口彌一郎氏が主となりて賣地踏査せる結果を取り纏めたものである。

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