日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の335件中301~335を表示しています
要旨
  • 中村 祐輔, 重田 祥範, 渡来 靖
    セッションID: 906
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    これまで,ヒートアイランド現象の定量的な評価方法として,都市部から郊外の気温を差し引いた「ヒートアイランド強度(以降HII)」を用いて,主にその熱収支や立体構造の研究が数多く行われてきた.しかしながら,それらをHIIの季節および日変化にまで結びつけた議論をおこなっているものは数少ない.仮に,HIIの特徴に季節的な違いが現れた場合,各季節におけるヒートアイランドの形成メカニズムが異なっていることも考えられる.したがって,ヒートアイランドの全容を解明するうえで,その季節変化を調べることは非常に重要と言える. そこで本研究では,埼玉県熊谷市を対象に,長期的かつ多地点の定点型観測を実施した.その観測結果から,地上気温の水平分布をより詳細に把握し,熊谷市周辺で発生するヒートアイランド現象について,季節および日変化にまで踏み込んで特徴を示し,それをもたらす要因について明らかにした.解析の結果,HIIの日最大値出現時刻には,季節によって大きな違いが認められた.これは,夜間であっても時間帯によって,都市と郊外の間に気温差が生じる要因が異なることを示唆している.夜間前半において,HII日最大値が出現する頻度は季節変化が比較的小さい(30~60%).さらに,冬季においてHII日最大値が前半に出現する場合,日の入り頃における郊外の気温変化量は都市の約2倍であった.これらより,夜間前半におけるHII発達の要因は都市および郊外の冷却速度の差であると考えられ,それには都市と郊外の熱容量の差が大きく寄与しているものと推測される.一方,夜間後半のHIIは,放射冷却が効きづらい夏季において値が小さい.また冬季において,後半にHII日最大値が出現した場合は,前半と比較して2~4時頃の風速が1.0m/s程度小さく,統計的にも有意な差であった.このことから,都市が郊外と比較して放射冷却が生じ難いことが,夜間後半にHIIが大きくなる要因であると考えられる.
  • 後藤 健介, PANDITHARATHNE N. G. S. , 金子 聰
    セッションID: P049
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに
    デング熱は、媒介蚊により伝播するデングウイルスによる感染症であり、現在、100以上の国々で、年間5千万人から1億人が感染していると報告されている。しかし、特効薬の開発やワクチン開発は、まだ実用段階に至らず、蚊の防圧のための少量殺虫剤噴霧においては、殺虫剤への耐性の獲得の問題や蚊以外の昆虫に対する影響を無視できず、環境に対する負荷が少なく有効な対策を検討する必要がある。本研究では、スリランカにおけるデング熱の実態を把握するとともに、同国でデング熱の対策として実施されている、地域レベルでの地域清掃プログラムについて、プログラムの広がりとその地域および周辺地域におけるデング熱罹患者数の変化を地理的かつ時系列に見ていき、評価を行うこととした。
    2. スリランカにけるデング熱の実態
    スリランカの2005年から2010年における県ごとのデング熱の罹患率(人口10万対)の分布図を作成した結果、コロンボ県を中心とした南西部の湿潤地域で罹患率が高くなっていることが分かった。季節的には、季節風の影響を受けて年間を通して降雨量が多くなる6月と7月、および年末の2つのピークを有している。
    3. 地域清掃プログラム
    ラトナプラ県では、2008年にチクングンヤの大流行があったことから、各種調査を進めた結果、同地域に分布する蚊は、デング熱も媒介するヒトスジシマカが優位であり、その蚊の幼虫を有する容器の多くは、屋外に廃棄されたプラスチック容器やココナッツの殻であったことが判明した。この結果を受けて、2010年~2012年にかけて、同地区において、県保健局が主体となり、地域住民を巻き込んだ清掃プログラムを展開した。その後、デング熱のアウトブレークが発生し、デング熱罹患率を清掃活動が普及した地域と普及しなかった地域の間で比較した結果、清掃活動が普及した地域に比べ、普及しなかった地域のデング熱の罹患率が高いことが判明したため、清掃活動地域をさらに拡大している。現在、罹患者の地理的分布についての情報を収集しており、清掃活動における環境変化がどのようにデング熱の予防に影響しているかを調査しているところである。
    4. おわりに
    清掃活動は、環境負荷もほとんどなく、さらに清掃により収集されたプラスチック容器は、リサイクルに回すことにより資金の回収が可能であることから、持続的可能な公衆衛生対策であると言える。本研究によりその効果が確認できれば、スリランカのみではなく世界中のデング熱感染国で実施可能な対策として提言できる。
  • 谷端 郷, 米島 万有子, 福田 一史, 中谷 友樹, 細井 浩一
    セッションID: P086
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.研究背景と目的
    東日本大震災の経験から、甚大な災害時にも利用可能な情報入手手段としてワンセグ放送の価値が改めて指摘されるようになった(総務省2013)。また、地上デジタル放送波で使用されていない空きのチャンネルであるホワイトスペースを活用した地域限定の放送サービス「エリア放送」を認める制度が総務省によって整備された。これらの状況を受けて、立命館大学衣笠キャンパスでは、映像学部の放送設備などを駆使して、ホワイトスペースを活用したエリア限定ワンセグ放送による防災情報共有システムの構築を進めている。
    ところで、東日本大震災時、とくに首都圏では大量の帰宅困難者が出現し、帰宅困難者対策も取り沙汰されるようになった。例えば、「一斉帰宅の抑制」や「帰宅困難者等への情報提供」などについて事業者ごとの対応が求められている。事業者の中でも大学では、開講期間中に発災した場合、学内には多数の学生がキャンパスに滞在していることから、多くの帰宅困難者ならびに混乱が発生することが予想される。これに対しては、帰宅できる距離限界が経験的に20kmであることを踏まえ、学生には自宅までの距離をより正確に把握してもらい、無理な帰宅を思いとどまらせるような方策が必要となる。帰宅判断および帰宅支援に関わる情報をワンセグ放送で提供する場合、放送波を受信する携帯電話端末の画面の大きさなどデバイスに大きく依存することになる。
    そこで、本研究では、デバイスの制約下でも効果的な情報を提供するべく、提供する情報内容や表現方法の異なる4つのパターンの映像コンテンツを作成し、大学生を対象とした映像視聴実験による、学生の認知距離の傾向を把握した。
    Ⅱ.調査の概要と分析方法
    映像は、①帰宅できる距離限界が20kmであることや幹線道路を通ることなど帰宅判断のためのポイントや、②主要目的地までの距離と歩いた場合の所要時間(時速4kmで計算)、③集団で行動することなど帰宅の際の注意事項について、8枚のスライドが順次切り替わるものである(5分程度)。その際、補助手段としてスライドの内容を文章化した音声案内も映像に組み込んだ。なお、本調査では、著しく総描を加えたルートマップ(道案内図)とサーベイマップ(正縮尺の地図)の2種と、距離情報を提供する地点について帰宅の際の起点として設定した立命館大学衣笠キャンパス正門前から10km以内の近距離の地点と起点から20kmの遠距離の地点の2種の組み合わせから4つの映像を用意した。
    実験では、映像視聴およびその前後に学生の認知距離を把握するための質問紙調査を行った。調査票は、①基本的な個人属性(性別、居住地、自宅生か下宿生など)、②通学経路や車の所有状況など利用する移動手段について、③道迷いの経験や地図の利用頻度など認知距離に影響すると考えられる項目、④立命館大学生の通学パターンを加味した京都市内外の主要交通結節点(駅・停留所)12地点の経路距離、訪問頻度、⑤ワンセグ放送を活用したいと思う映像コンテンツのニーズについて問うた。
    衣笠キャンパスに所属する学部生・院生を対象とし、4つのパターンの映像についてそれぞれ50人から回答が得られるよう合計200人の調査票回収を設計した。調査への協力者は、2016年1月18~20日にキャンパス内で募った。
    Ⅲ.分析結果と考察
    調査の結果、20kmという比較的長い距離については不正確な認知距離を有す学生が多いことが判明した。また、距離情報を提示した地点数が3地点と少ないにもかかわらず、認知距離を尋ねた12地点の多くで精度が向上し、帰宅判断の意思決定にも影響を与えていることも分かった。発表当日は、距離情報の提供前後における認知距離の精度の変化や帰宅意志の変化などについて、居住地や訪問頻度、利用する交通手段、地図の利用頻度など被験者の属性を加味して検討した結果を報告する。さらに、提供する情報内容や表現方法の異なる4つのパターンの映像について認知距離の精度向上に差異が認められるか検討した結果も報告する。
    引用文献 総務省2013.「平成23年度版情報通信白書」. http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/pdf/n0010000.pdf(最終閲覧日2016年1月26日)  
    付記:本調査は、立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)特定領域型R-GIRO研究プログラム「ホワイトスペースを活用したエリア限定ワンセグ放送による防災情報共有システム」プロジェクト(代表:細井浩一)の一環として実施した。
  • 小岩 直人, 髙橋 未央, 伊藤 由美子, 吉田 明弘, 佐伯 綱介
    セッションID: P036
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    青森平野には三内丸山遺跡や新田(1)遺跡をはじめとする縄文時代遺跡が数多く分布している.これらの遺跡から復元される人間の営みと自然環境の関わりを検討するためにも,青森平野の地形環境変遷を明らかにすることは重要である.久保ほか(2006)は既存のボーリング資料から,青森平野の内部構造を復元,ボーリングコアの諸分析を行い青森平野の地形発達史を考察した.しかし,上述の遺跡が位置する青森平野西部では資料が十分であるとは言い難く,さらなる資料の蓄積が必要であると思われる.今回,発表者らは,北海道新幹線建設に伴う実施されたボーリングのコア(1点)を入手することができた.本発表では,このコアの諸分析により,青森平野西部の地形環境変遷に関する考察を行った結果を報告する.
  • 呂 帥
    セッションID: 721
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    農村観光において、ルーラリティを重視されているが、中国各地特に大都市郊外で多くの農村観光地域には、さまざまな非ルーラリティ的な観光施設もできている。これらの施設は農村がもっているルーラリティを破壊したとの指摘が多い。本研究は上海市祟明県前衛村を事例として、土地利用変化を分析することから、ルーラリティと非ルーラリティ的な観光が農村地域で発展の実態を把握し、両者が如何に農村地域で展開しているかを明らかにする。
  • 宮﨑 真和
    セッションID: 921
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 「地図が読めない」という声や,「街にいて,どこにいるか分からない」という声を聞く.その理由としては,高校生までの教育内容で,地図の読み方が見についていないために迷ってしまっていると考える.しかし,高校までの学習内容で,地図を読む経験や,まちを歩く経験をしているはずである.その学習内容が,実際の街で発揮されないのは,高校の学習内容で実践的な内容をおしえていないためだと考える.そのためには,高校までの学習内容において,学習指導要領通り「見知らぬ場所を地図を頼りに歩ける」ようにするために,指導内容を工夫することが必要である. そこで本研究では,実際にルートを自分で設定し,まちを歩くことで,高校生が道に迷う要因が何かについて調査し, その結果から,中高生が道に迷う理由が何かを,地図読みが上手な人と比較し,見知らぬ地域を地図を頼りにして歩く際に注目すべきことは何かについても考察をすることとする.   2.調査方法  今回の調査では,中学段階での地図の学習を終えている高校1年生と,オリエンテーリングを行っている大学生を調査対象とした.調査対象地は横浜市の関内~中華街の間とした.これは,街路に特徴がある場所を選定したためである.調査方法は,まず被験者にスタートとゴールを提示し,その2か所までどのようなコースを歩いていくかを事前に申告していただいたうえで,被験者自身にそのコースを歩いてもらい,目的地まで自分が設定したルート通りに進めるかを調査した.そして,実験が終わった後,スタート地点に戻り,1回目に歩いたコースをもう一度歩き,どのような意図を持ってコースを設定したかについて被験者にインタビュー調査を行い,歩いた時に何に注目して歩いたかを写真に撮ってもらった.使用する地図は,教育で扱うことも踏まえ,国土地理院発行の10000分の1地形図「関内」を使用した.   3.調査結果の概要 調査の結果,ルート通り進むことができる人はルート選択の際,遠くからでも目立つ特徴的な建物,その中でも特に視覚的に判断しやすいものをルート選択の段階でチェックし,実際に歩くときの目印にしていた.道に迷う高校生は,道に迷う人がよくランドマークとする動くものや判別が難しいものではなく,感覚的にわかりやすい看板や門をランドマークとして設定していた.これは,目的地を定めないさまよい行動の際に注目するものと一致しており,これらのランドマークが地図上に表されていないため,現在位置を把握する材料とはならず,結果として道に迷う原因となってしまった. 一方で,迷わなかった高校生やオリエンテーリングを行う大学生は道路に注目するパターンが多かった.今回の被験者も,「地図を見て本数を数えることができる」道路を地図において活用する機会が多く,方位よりも人工物を目標物として扱うことが多いという既往研究を裏付ける結果となった. 道に迷う高校生は他の属性と比べ,迷ったことに気付くまで地図を見ていなかった.このことから,道に迷わないようにするには,細かく現在地を確認することが求められるという道に迷わないポイントが,高校生においても当てはまることが分かった.
  • 小林 勇介, 渡辺 悌二
    セッションID: P040
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに 大雪山国立公園では、主な登山道の表層は火山性の脆い物質に覆われ、さらに融雪期と登山シーズンが重なるという地域性から、登山道上の侵食が深刻な問題のひとつとなっている。そのため1980年代の終わり頃から登山道上の侵食を計測した研究が行われてきた。これらの研究では、おもにアメリカの国立公園管理の手法を倣った計測方法が採用されたが、この手法は簡便なものであるため精度に問題があった。そこで本研究では、近年、地理学の分野においても計測方法に採用されるUAVおよびSfMを用いて登山道上の侵食を計測し、侵食量や侵食形態について明らかにする。 2. 調査対象登山道 本研究では、大雪山北海岳から白雲岳方面にかけて広がる緩斜面上を南北に走る登山道を対象とした。また、西から東へ吹き抜ける卓越風のため植生はまばらである。大雪山国立公園の中でも、深さ1 m規模の大きな侵食が多発している区間である。 3. 計測方法 今回、6箇所の登山道上の侵食を計測した。ひとつの侵食の全体を計測できるよう、侵食の始点から終点の間に複数個のGCP(地上基準点)を設置し、トータルステーションで地上座標を得た。UAVにはDJI Phantom2+Visionを、空撮用カメラにはRICOH GRを用いた。また写真測量解析にはAgisoft Photoscanを、土量計測にはArc GISおよびEasy MeshMapを用いた。 4. 結果と考察 計測対象とした侵食群の中で、最も規模の大きな箇所の侵食量は274.67 m3であった。各計測箇所においては、全体の侵食量と登山道の傾斜度に明瞭な関係は見られなかった。登山道には実際の荒廃状況に応じた歩行パターンがみられた。登山道を区分すると、登山道表面を流れる表流水の水道と登山者の歩行道に分けられる。登山者が荒廃を嫌い、歩きやすい歩行道を求めた結果と考えられる。そのため、登山道の断面形による局所的な解釈では、登山道の断面形態と侵食形態にはふたつのパターンがみられた。[1]登山道が急傾斜であるとき、登山道の断面形の底面はV字形であり下方侵食が進行しているように思われる。そのため登山者は、登山道の脇にそれて植生を踏みつけ、登山道の複線化を引き起こす。[2]登山道が緩傾斜であるとき、登山道の断面形の底面は四角(箱型)に近い形状で、側方侵食が進行しているように思われる。 現在、大雪山国立公園では近自然工法に基づく登山道補修が積極的に行われている。実際の施工に際し、水道となる微地形の見極めが必要となることから、UAVおよびSfMを用いた計測は登山道管理において有効であると考えられる。本研究の実施には科学研究費補助金「持続的観光への展開を目指した協働型登山道維持管理プラットフォームの構築」(課題番号15K12451,研究代表者:渡辺悌二)を使用した。
  • 李 小妹
    セッションID: 910
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    広州のムスリム社会は、多国籍・多民族的な特質を見せている。中国各地域からの回族や新疆ムスリムや中東・アフリカ・西アジア・東南アジア諸地域からの外国ムスリムなど、国籍やエスニック集団、社会的・政治的・経済的諸方面において多種多様な背景を持った人々が、イスラム文化のもとで、かなりの程度まで融合したムスリム社会を形成している。四つのモスクに関して、使い分けがあるが、宗派の違いによるものではなく、住居や仕事場からの距離や交通の便利さなどで利用するモスクを選択したり、変えたりしている。四つのモスクは、ムスリム社会にとって、情報交換の場であり、宗教的文化的アイデンティティを確保してくれる場でもある。さらに、ビジネスのチャンスや学習する機会を与えてくれる場にもなっている。21世紀における広州ムスリム社会の多様化をもたらした要因について、グローバルな視点とナショナル・スケールにおける政治経済的政策との両方を視野に入れて考察する必要がある。9・11テロ事件や近年の中東局勢などイスラム教徒を取巻く生活環境の悪化や、中国とアフリカ諸国との貿易関係の強化などグローバルな要因に加え、WTO加盟や広州交易会の規模拡大など国内の政治的経済的要素が中東やアフリカや西アジア諸国からのムスリム入国者の増加をもたらした。また、2001年からの西部大開発や西北部の貧困などによって、回族など多くの国内ムスリムが職を求めて広州にやってきた。さらに、外国ムスリム男性と結婚して改宗した漢族女性およびその次世代の子ども達からなる「新ムスリム〈新穆(シンム)〉」は出現している。
  • 中山 正則
    セッションID: 919
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    現在、中央教育審議会において、高校の地理歴史科と公民科において、必修の新教科「地理基礎」などが議論されている。地理教育において、大変に喜ばしいことである。合わせて、社会科、地理歴史科、公民科において育む資質・能力の見直しも図られている。
    中でも、グローバル化に向けて、小学校社会科に求められる世界とのつながりを現行の学習指導要領の取り扱いを工夫し、
    1子どもたちに身近な具体物「バナナ」 が生産地から日本の食卓に届くまでの旅の教材化(中学年)、
    2日本の工業生産に欠かせない石油が原産地から日本の工場やガソリンスタンドに届くまでの旅の教材化(5年)、
    3シルクロードを経由して西洋や中近東の品物が奈良正倉院まで届く旅の教材化(6年)を通して、海路、陸路の安全確保、その隣接国との国際協調の大切さなどを身近な具体物や視覚化できる事物をもとに気付かせたく、本研究に取り組んだ。発表を通して、数多くの示唆をいただきたい。
  • 近藤 玲介, 塚本 すみ子, 坂本 竜彦, 遠藤 邦彦
    セッションID: 824
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.はじめに:海成段丘を対象とした多くの研究では,海成段丘の離水年代を明らかにするために段丘砂礫層や被覆層から指標テフラを見出すことによって議論されてきた場合が多い.しかし一方で,指標テフラが発見されない地域では,地形層序によって離水年代が推定されてきた.本研究で対象とする三陸海岸北部は,本州北部太平洋側でも特に海成段丘の発達が良い地域である.陸中海岸北部(久慈市~八戸市西部)においては,一部の海成段丘がテフラとの層序などから編年がなされている.一方で,久慈市以南の陸中海岸では,複数の異なる比高の海成段丘群が発達するが,指標テフラが海成層直上から見いだされる一部の段丘面を除き,発達史は不明な点が多い.本地域においては,2011 年の東北地方太平洋沖地震前後の隆起・沈降の挙動が注目されるとともに,巨大地震に直接に起因しない隆起のメカニズムの解明が求められている.活構造運動の詳細を明らかにするための基礎情報として,本地域においては中期更新世以降に離水した海成段丘高分解能な編年が必要である.以上の理由から,本研究では,三陸海岸の海成段丘において,新たな年代測定法を適用し高分解能な地形面編年をおこなうことを目的とする.編年にあたっては,堆積物中の鉱物から直接堆積年代を得ることが可能であるルミネッセンス年代測定法を適用する.
    Ⅱ.地域概要:三陸海岸北部では,海成段丘面が広く階段状に分布しており,テフラとの層序や地形の新旧関係から,MIS 19程度までさかのぼると考えられている段丘面が認められている(小池・町田,2001).また,高位の段丘面は,侵食などにより汀線地形や段丘崖の認定が困難である.岩手県田野畑村の標高約170 ~210 m付近には海成段丘面が広く分布し,小池・町田(2001)によりMIS 19の段丘面に対比されている.本研究では,標高約180 mの段丘面上において総長710 cmのボーリングコア試料(MU-TN-MS1)を得た.
    Ⅲ.pIRIR年代測定方法:現在最も一般化している石英のOSL 年代測定では,OSL 信号は約200 Gy で飽和することが経験的に知られており,日本ではMIS 5 以前の堆積物への石英のOSL 年代測定法の適用は困難である.そこで本研究では,より古い時代の堆積物に適用が可能とされる,ポリミネラルファイングレインを用いたelevated temperature post-IR IRSL (以下,pIRIR)年代測定法を適用した.従来,長石を対象としたIRSL 年代測定はフェーディングの寄与を見積もることが煩雑であるという問題があったが,pIRIR 年代測定法ではフェーディングが生じないとされるので,正確な年代を求めることができる.本研究では,pIRIR 年代測定法の適用にあたり,Thiel et al.(2010) などにしたがって,ポリミネラルファイングレインを用いて等価線量を算出した.測定は三重大学のRISOE,DA-15 を使用した.
    Ⅳ.結果とまとめ:1)独立年代指標との比較…階上岳西麓の海成段丘露頭(小池・町田,2001)において,洞爺テフラ直下のローム層のpIRIR年代測定を行った結果,矛盾のない年代値が得られた.したがって,本地域におけるpIRIR年代値は概ね正確であるといえる.2)MU-TN-MS1コア・・・本コアの記載の結果,深度0~20 cmが腐植質土壌,深度20~695 cmがローム層,深度695~706 cmがシルトおよび砂層,706cm以深は砂岩であった.ローム層には厚さ数cm~約30 cmのテフラを複数枚挟む.これらのテフラは著しく風化が進み,径1 mm程度の石英を多く含む.深度695~700cmのシルトのpIRIR年代値は約60万年前を示した.以上の結果から,田野畑村付近の標高約180 m付近の段丘面がMIS 15に対比される可能性があると考えられる.発表当日は,周辺の露頭で得られた年代値も併せて,三陸海岸北部の中期更新世に離水した海成段丘の発達史を考察する.

    引用文献:小池・町田(2001)『日本の海成段丘アトラス』東京大学出版会,105p. 
  • 八木 翔吾
    セッションID: 515
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    地理学において子どもの進路選択は、不安定雇用への就業過程の一部としてとらえられ、その地域社会との関係が学校や家族といった制度的側面から検討されてきた。しかし生活困窮世帯の子どもの多くが不安定な職業に就業していくいわゆる「貧困の連鎖」が社会的課題とされるなか、生活者としての子どもをとりまく社会関係を包括的にとらえて支援策を考える必要がある。本研究では教育社会学的な視点を導入し、これまで言及が少ない友人関係がいかに生活困窮世帯の子どもの進路選択に影響するのかを考えるための枠組みを提示することを目的とする。  調査は生活困窮世帯の中学生2名と高校生1名に、小学校時代から現在に至るまでの生活経験、中学卒業後の進路選択と友人関係について、半構造的ンタビュー調査を行った。  対象地域は横浜市郊外である。横浜市において生活困窮世帯はインナーエリアだけでなく、60年代以降に開発が進んだ住宅地に分散している。現在も大規模な公営団地への居住が多いものの、生活困窮世帯の子どもは学校において多様な社会階層の友人関係を選択していると考えられる。つまりウィリス(1977)が対象としたような、均質な階級文化とは。同地域では、「貧困の連鎖」の問題に対し、各区が抱える問題に応じ、生活困窮世帯の子どもへの無料の学習支援などを行っている。  調査の結果、家庭の不和などが要因となって、子どもは低学力に陥っており、家庭環境の影響を強く受けていた。またそれが子どもの高校進学における進路選択を狭める結果となっていた。子どもは友人関係において経済的困窮による排除は経験していなかった。そこでは遊び方による工夫が見られた。友人関係の内容としては、ウィリス(1977)が描く協働で独自の文化を築くような強固な関係でも、貧困の連鎖の研究で多く見られた彼らを排除していくような関係でもなく、一見親密に見えるものの、連帯感の緩い関係であった。連帯感の緩い関係を築くのには、家庭の不和との関連があると考えられた。その関係の中で、友人は子どもの学習意識を高め、成績を伸ばすような効果は、一部においてしか見られなかった。しかしその存在が、子どものストレスを軽減するような効果は見られた。  調査結果から、友人関係は貧困の連鎖に直接影響を与えるようなものではないと考えられた。しかし友人関係は貧困の影響を少なからず受け、また生活困窮世帯という家庭内で不和を抱えやすい環境にいる子どものストレスを軽減しうる存在となる。貧困の連鎖の研究では、その要因を明らかにする研究が多いが、本研究で扱った友人関係など、要因のリスクを軽減するような家庭外の働きを考慮に入れる必要があるといえる。また地方自治体で盛んに行われている学習等支援についても、友人関係では補いきれない学習意欲の促進が求められる。しかし学習意欲がもともと高くない場合には、学習支援が行われている場にすら来られない子どもがいることも考えられる。そういった子どもたちを支援するために、教育支援専門員やスクールソーシャルワーカーなどをあわせた活用が求められるだろう。
  • 有賀 夏希, 青木 久, 小口 千明, 早川 裕弌
    セッションID: P030
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 埼玉県吉見町にある史跡・吉見百穴には, 地下軍需工場として利用された凝灰岩体を掘削した素掘りの坑道跡が存在する.先行研究によれば,その坑道内の壁面では塩類風化による岩屑の生産が進み, 壁面の削剥が起こることが報告されている.本研究では,塩類風化による削剥量と風化環境条件との定量的関係を明らかにし,削剥量の規定要因の解明を行うことを目的とした. 2.観測対象地点の選定・調査方法 坑道内には,約11年前まで温泉として用いられた風呂跡が存在する. 風呂跡周辺の壁面には,ノミによって削られた線が当時のまま残っているが,場所によっては塩類風化により削剥している箇所がみられる.風呂が営業停止し,坑内の環境が乾燥を始めた時から塩類風化が始まったと考えると,本調査地の壁面の削剥は11年間の風化・削剥作用の結果であるとみなすことができる.そこで坑道入り口付近から奥方に向かって壁面の削剥の程度が異なる壁面を5地点 (地点A~Eとした)選び,これらの地点の壁面削剥量を求めた.さらに壁面近傍においてデータロガーを設置し, 気温・湿度に関する連続観測と,壁面の微小削剥量,岩屑の崩落量,壁面表面の含水比・温度に関する1か月毎の定期観測を2015年1月1日から約1年間実施した.壁面温度 (地温とする)が気温と相関関係がみられたことから,気温の連続データを地温に変換した. 3.結果 各地点の壁面の削剥の程度の地点間の違いを述べると,地点A, B, Cは全て下部にノッチ状のくぼみがみられた.ノッチの上限高さは地点間で差があり,地点A,B,Cの順に高くなっていた.地点D・Eではノッチはみられなかった. 地温と湿度にも地点間の差異がみられ, とくに最高地温, 最低湿度で大きかった.本研究の観測により,各地点の含水比には大きな変動はなく,壁面の削剥量が大きい地点ほど地温が上昇し,湿度が低下しやすい環境であること,塩類風化によって生産される岩屑量は地温が上昇する時期と湿度が低下する時期に多いという結果が得られた. 4.考察 各地点の地温と湿度のデータを用いて,壁面の削剥量との関係を解析した.最高地温TWmaxと最低湿度RHminを用いて, 乾燥化指数α=TWmax/RHminを作成し,壁面における削剥の発生条件を考察した.αと含水比との関係から,塩類風化による削剥は,含水比が高く(塩溶液の供給があり),αが大きい (乾燥しやすい)壁面で活発になり,一方,含水比がきわめて高く,αが小さいという乾燥しにくい壁面では削剥が発生しないという結果が得られた.このことから,塩類風化による削剥の発生は塩溶液の供給量と乾燥しやすさの微妙なバランスに規定されていることがわかった.また,削剥が起こっている地点A, B, Cを取り上げ,削剥量を規定する要因について定量的に検討した.吉見百穴の凝灰岩の塩類風化による削剥量は,岩石強度(UCS)と乾燥化指数αとの比で示されたパラメータα/UCSと比例関係をもつことがわかった. このことは,塩類風化の介在した削剥が,最高地温と最低湿度という風化環境と塩類風化に対する構成岩石の抵抗性に規定されることを示唆している. 
  • 渡辺 悌二, 石川 正樹, 小林 勇介
    セッションID: P039
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    日本の山岳国立公園では過剰利用等による登山道の侵食が問題となっており,それに関する研究が行われてきたが,研究は断面測量による2次元的な見地のみに留まっていた。1990年代頃から3次元的に侵食を把握する方法として写真測量が登場し,それを用いて侵食量を測定する手法の研究がなされてきた。太田(2004)は,当時の写真測量の技術を用いて侵食量を調査する際に必要な手順をまとめたマニュアルを作った。しかし,この手法の利用には専門知識および解析技術の修得が必要であった。最近になって写真の3次元(3D)化技術は進歩し,対応点を自分で設定しなくても自動で3Dモデルを作成できるようになった。3Dモデル作成のためのフリーソフトも多く出回るようになったが,撮影条件による解析の可否など未知数の部分が多い。  一方,日本の山岳国立公園では管理に係る人手と資金が不足し将来的な不安が懸念されている。大雪山国立公園では,ボランティアや一般登山者も登山道管理に参加する「協働型維持管理」が提唱されている。そのためボランティアや一般登山者でも簡単に侵食量を求めることができるようになると良い。  こうした背景から,写真3D化ソフトを用いて登山道侵食を把握するための手法を開発することを第一の目的として研究を行った。本研究では,次にその手順をまとめたマニュアルを作成した。その際,専門知識を必要とせず,できるだけ低予算で使える手法を提唱した。さらに,開発した手法を用いて登山道の侵食計算を行い,太田(2004)が調べた侵食量と比較して侵食状況の変化を明らかにした。  Visual SfM,Agisoft Photoscan,ArcGIS,Easy Mesh Map,Mesh Labのソフトを用い,4通りの方法で侵食量算出が可能になった。また,精度検証の結果,使用するソフトやカメラ(レンズ),撮影高度や撮影距離,撮影枚数の違いにより,生成されるモデルに差が出ることがわかった。すなわち,(1) 撮影枚数が多いほどより高精度な3Dモデルが作成できること,(2) 使用したカメラの中ではRICOH GRが最も適していること,(3) 撮影高度が低い場合はモデルの作成が難しいことが明らかになった。コストが最も低く,精度検証においても比較的精度が良かった,Visual SfMとMesh Lab,Easy Mesh Mapを用いた手法が,一般向けには最良の手法であると結論した。  そこで,次にこの手法を用いて実際の登山道の年間侵食量を調査した。調査した場所は大雪山国立公園の旭岳周辺と裾合平から愛山渓に向かう登山道である。ここは太田(2004)が侵食量を調べた地域であり,その測定個所と同じ個所において侵食量を調べた。現地調査の結果,太田(2004)が当時調べた101か所の測定ポイントのうち50個所を現地にて確認し調査した。侵食量を調査した結果,太田(2004)の結果と同じく,一概に全ての測定個所において侵食を受けているわけではなく,堆積している個所も多数あることがわかった。2003年〜2015年の侵食・堆積量について,いくつかの測定ポイントでの例を表に示した。本研究の実施には科学研究費補助金「持続的観光への展開を目指した協働型登山道維持管理プラットフォームの構築」(課題番号15K12451,研究代表者:渡辺悌二)を使用した
  • 磯 望, 黒木 貴一
    セッションID: P071
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1)福岡県による学校防災教育

    平成23年3月11日東北地方太平洋沖地震津波災害を契機 として,学校における大規模な自然災害からの安全確保のために,従前の想定を超える災害に対して,教職員や児童生徒にもてきかくな判断力を養成し,命を守る教育を実施することが,学校教育現場でも必要であることが指摘された。
    このため平成24年度以降, 現在まで,文部科学省は,平成24年度以降現在まで,各県に委託して,「実践的防災教育総合支援事業」を実施した。福岡県教育庁は教育振興部体育スポーツ健康課を中心にこの事業に取り組み,これに加えて「自らの命を守り抜く児童生徒を育てる防災教育の推進」を福岡県重点課題研究に指定し,平成24~26年度に研究指定校4校を指定して主として地震・津波災害に関する学校防災教育の研究を実施した。また,県教育庁は防災教育推進委員会を組織した。 

    また,学識経験者,防災士組織,消防署,市危機管理課,社会福祉協議会などによる学校防災アドバイザーを組織して,実践校への防災教育の実施支援に取り組んだ。

    2)実践的防災教育総合事業の展開

    実践的防災教育総合事業では,防災アドバイザーは県内の公立・私立の小・中・高の実践校における防災マニュアル見直しや避難訓練へのアドバイス,及び教職員への研修,生徒への講演やDIG(Disaster Imagination Game)を展開する授業など各種出前授業を実施し,実践校で取り組むべき災害や災害への対応方法についての支援を行った。また研究実践校では,教職員は各学年で,総合学習や学級活動または教科授業の一環として防災教育を主題として,様々な創意工夫を集めた公開授業を実施した。

    これらの活動の展開のなかで,発表者らが防災アドバイザーとして意を用いたのは,まず各学校と校区の持つ地形・気象・地質などの自然条件と災害との関係に関する説明である。こ教職員や児童生徒にとって身近な場所での災害想定を紹介することにより,どこかよそ事として捉えられていた自然災害が,身近な地域で起きることへの理解が格段に深まり,授業の展開の際にも,児童生徒の積極的な発言や提案を引き出すきっかけにもなった。また,公開授業の展開や,防災授業の課題として,自宅の中での災害時の安全確保や,災害時の連絡方法などについて,家族と話す機会などを契機に,児童生徒から保護者,地域住民へも,防災への意識が広がり,重点課題研究指定校では,学校・地域から,自治体及び自衛隊との合同の避難訓練を展開した。これらの経験が,学校と地域との連携を深める機会ともなった。

     

    3)学校防災アドバイザーとしての実践と評価

    発表者らは,学校防災アドバイザーとして,主に教職員研修の講演や児童生徒への講話を依頼されることが多い。ここでは,福岡県教委(2014/2015)「実践的防災教育総合支援事業実践実例集」の記載等をもとに,発表者らの実践とそれに対する評価などを報告する。

    実践・評価として,柳川市立矢留小学校の事例は次の通り。2013年8月29日に磯が職員研修の講話で2012年7月の九州北部豪雨に伴う柳川市周辺の洪水被害,1981年6月の竜巻によるこの学校の体育館被害,1985年台風13号による高潮による学校周辺低地の冠水被害,及び学校周辺の地盤高が2.5mの海抜で,高潮や津波の被害が生じやすいことを指摘した。同小教員は2012年の災害は知っていたものの1980年代の災害について知っている教員は1名だけで,過去の災害は教員には伝わっていないことが判明した。その後教員自身の調査で,1981年以降,竜巻・台風・高潮・突風による被害が5回もあり,梅雨の降雨で毎年のように通学路の冠水等,度々災害には見舞われていることの認識が培われた。黒木は2013年11月20日に4年生に出前授業を行い,地域防災マップ作りのために基盤地図情報の建物・道路・クリーク等の校区内の地理情報をGISで組み合わせた白地図を提供し,防災マップの作成を指導し冠水時のDIGも実施した。これに対し教員から生徒が住まいの条件によって判断を適切に変更できているなどの評価があった。教員も社会科の「安全なくらしとまちづくり」や理科の「流れる水のはたらき」,「火山活動や地震による土地の変化」などで,防災を意識した内容を取り入れる授業も展開できたとの報告があった。これらの内容から校区内の災害や災害の実態を教員が知る機会は,地域防災教育の導入として重要であり,学校の災害記録の継承が望まれる。なお,学校の立地条件と防災対応の違い等について当日報告する。
     
  • 前田 洋介
    セッションID: P062
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    I はじめに コミュニティ・レベルにおける諸問題への取り組み方,すなわちコミュニティ・ガバナンスのあり方が大きく変化しつつある.その背景として,ひとつには,コミュニティの担い手の変化や多様化が挙げられる.具体的には,これまでコミュニティの中心的な主体であった,町内会や自治会といった地縁組織の弱体化や,NPOやボランティア団体など,コミュニティの問題に取り組む地縁組織以外の主体の台頭などである.他方で,近年のコミュニティに対する政策的・政治的な関心の高まりもまた,コミュニティのあり方に影響を与えている.中でも重要な動きのひとつに,「コミュニティの制度化」(名和田2009)が挙げられる.すなわち,自治体内の部分地域としてのコミュニティに対し,政策により制度的な位置づけを付与することである(名和田2009).いわばコミュニティの政治空間化として捉えられよう.本報告では,このコミュニティの制度化の中でも特に,コミュニティに公的な意思決定や協議の機能を付与する制度である,自治体内分権について検討する. II 自治体内分権制度 自治体内分権制度には,コミュニティに公式な意思決定機能を付与するものから連絡調整機能の付与にとどまるものまで様々な形態のものが存在するが,本報告では広く,「市区町村内の部分地域において(町内会・自治会等の区域より広い範囲で),地域の住民や団体が地域課題や自治体の事業・計画・予算などについて決定・協議・提案・意見集約・連絡調整等を行うための,市区町村が設置した公式な仕組み」とする.具体的には,地域自治組織,都市内分権,近隣政府,コミュニティ協議会,まちづくり協議会といった名称で,学術研究や政策の中で呼ばれているものである. 日本における近年の自治体内分権の展開を考える際には,特に次の2点の政策動向を踏まえておく必要があるだろう.1点目は,2005年の地方自治法と合併特例法の改正により,地域自治区や合併特例区といった自治体の部分地域へ権限委譲をするための制度ができたことである.2点目は,2000年頃から各地で広がりをみせる自治基本条例制定の動きである.自治基本条例の中で最近,コミュニティのあり方に関する規定を設ける事例がみられるようになってきており(豊島2012),その延長で,自治体内分権の仕組みを導入する自治体が表れてきている. こうした中,自治体内分権の仕組みは,都市・農村問わず広くみられ,それに伴い全国的な動向についての実態報告も散見するようになっている(たとえば,地域活性化センター2011,日本都市センター2014; 美谷2007, 2008; 横須賀市都市政策研究所2012).ただし,既存の実態報告には,市部や合併市町村など一部の自治体を対象としたものが多く,全国の自治体を網羅的に検討した研究は僅少である.また,国外へ目を向けると,イギリスをはじめ英語圏の地理学では自治体内分権やコミュニティへの権限委譲をめぐる地理的問題を論じたものはあるが(たとえば,MacLeavy 2009; Raco and Flint 2001),日本ではまだ緒についた段階といえよう. そこで本報告では,全国の基礎自治体を対象としたアンケート調査及びいくつかの自治体へのインタビュー調査をもとに,全国における自治体内分権制度の展開の特徴とその背景に関して,基礎的な分析を行うことを目的とする. III データ 本報告で使用する最も主要なデータは,報告者が2015年2月~3月にかけて全国の基礎自治体(市区町村)1,741団体に対して実施したアンケート調査による.916団体から回収し,回収率は52.6 %であった.加えて,以上のデータをより精緻に分析するために,自治体内分権の仕組みを導入しているいくつかの自治体に対して行ったインタビュー調査の結果も使用する. IV 結果 アンケート調査の結果を概観すると,回答を得た自治体のうち約4割が自治体内分権の仕組み(あるいはそれに類する仕組み)を導入していることがわかった.特に人口規模が大きい自治体で導入が進んでおり,人口1万人以下の自治体では2割程度にとどまった.導入状況については,都道府県によっても差がみられた.また,導入時期をみると,77.0 %の事例が,2001年以降に導入されたものであった.さらに,導入目的に目を向けると,住民自治の促進や住民ニーズの多様化への対応を目的とする事例が多い一方で,町内会や自治会といった従来のコミュニティの活性化を意図するものも多くみられた. なお発表では,人口規模や地域条件,また,インタビュー調査の結果を踏まえたより詳細な分析結果を提示する.さらに,具体的な事例を取り上げ,自治体内分権制度とコミュニティ・ガバナンスとの関係についても検討する.
  • 加賀美 雅弘
    セッションID: 1019
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    日本語文献における外国地名の表記方法は,現地語による表記方法が重視されつつも,実際には内生地名endonymと外来地名exodymが混在し,現地語とは異なる表記が慣用化しているケースも少なくない。また,同じ地名が異なる表記なるなど表記のブレもあらわれている。このように外国地名の表記方法は,一定の規定がないために混乱しているといえる。しかし,国際的な情報交流を推進する上でも,地名表記方法の標準化は不可欠である。内生地名と外来地名それぞれの意義と問題点に関する議論が国連地名標準化会議と,その下部組織である国連地名専門家グループUNGEGNで活発に議論されているが,日本の地理学においても,地名の表記方法についての関心を高める必要がある。一方,ドイツ語圏では地名表記に関する議論が積極的になされており,地名の表記が,そこに住んできた人々の歴史や伝統文化を想起させる点で,彼らのアイデンティティと深くかかわっていることが指摘されている。以上を踏まえて,ドイツの地理学文献における東ヨーロッパの地名の表記方法を整理し,日本における外国地名表記のあり方について検討した。その結果として,ドイツ語圏において外国地名の表記方法が過渡的な時期にあることを明示し,日本の外国地名表記にもアイデンティティの問題が考慮されるべきである点に言及した。
  • 鈴木 重雄
    セッションID: 1011
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    はじめに
    東京大都市圏では,人口の増加により近郊の市街地化が生じ,外縁部では緑地の減少が進んでいる.また,緑地として保全が図られている場所であっても,林野利用の変化によって,その植生の形態に変化が生じていると考えられる.本研究では,東京50 km圏に位置する神奈川県鎌倉市西部において戦後の植生・土地利用の変化を明らかにすることにより,緑地の面積の変化と,植生構成の変化の双方を明らかにし,検討を行った.

    調査地域と方法
    調査地域は,東京都心から約50 km離れた鎌倉市西部のおよそ2 km四方の範囲(約445 ha)である.鮮新世に形成された三浦層群からなる丘陵と柏尾川沿いの沖積低地からなる地域で,標高は7 m~119 mである.昭和初期に南部の丘陵で別荘住宅地の開発が行われ,戦時中には沖積低地に海軍工廠が設けられた.1960年代以降はさらなる工場の開設や住宅地開発が進められた.鎌倉市の人口は1947年に81,277人だったものが,1985年には175,495人となっている(国勢調査結果より).
    本研究では,1946年,1963年,1988年,2000年の空中写真の実体視により,土地利用・植生図を作成し,GIS(Esri社製Arc GIS 9.2)上でオーバーレイ解析を行った.また,増加が顕著に認められた竹林について,所有者からの聞き取り調査も行った.

    結果および考察
    1)緑地面積の変化
    1946年には,樹林地と草地が240.7 haと54%を占めていたものの,2000年には127.1 haとおよそ半分に減少した.耕作地の水田と畑も1946年には149.2 haあったものが,2000年には13.4 haと1割以下に減少した.一方,建物等は54.0 haが308.8 haと5倍に増加していた.1946~63年では沖積低地や谷戸の斜面に沿った場所の宅地化が中心であったが,丘陵地で地形改変を伴う大規模な宅地造成も始められていた.1963~88年では,丘陵地での大規模宅地造成がさらに進行し樹林地・草地の41%が市街地化した.沖積低地の市街地化も進行し,耕作地の69%が市街地化し,水田もこの字期間でほぼ消滅した.1988~2000年は,特に樹林地・草地の減少が鈍化し,15%が市街地化しただけであったが,耕作地は42%が市街地となり,更に減少が進んだ.これは,開発余地が限られたことや,住民の反対運動の活性化,古都保存法,都市緑地法,都市計画法,市風致地区条例などの法規制で,特に樹林地の開発が難しくなったためであると考えられる.

    2)相観植生の変化
    樹林地・草地の相観植生毎の面積の変化をみると,竹林が2.8 ha(1946年)から11.8 ha(2000年)へと拡大をしていた.広葉樹林は1946~63年に150.4 haから89.5 haへと急減したが,その後は変化が少なく2000年でも87.8 haであった.針葉樹林と低木林は1946~63年に増加したものの,その後は減少し,草地は1988年まで減少をしたのちに,横ばいとなった.
    1946~63年は宅地造成が進められる中でも広葉樹林から針葉樹林への樹種転換や伐採が認められたが,その後は,低木林や針葉樹林への変化が顕著で,この結果,広葉樹林の面積が維持されることになった.これは,耕作地の市街地化や化石燃料の普及により,林野資源の利用が中止されたことで遷移が進行したためであると考えられる.加えて,1)で触れた法規制は,木竹の伐採にも行政の許可を必要とするものも多く,人為攪乱が減少し,植生構成の変化を生じさせたと考えられる.

    3)竹林の拡大要因
    2)で述べたように,1946~63年に竹林は4.2倍に拡大していた.たけのこ等の竹林資源の利用が盛んでない当地域では,タケの植栽は造園目的での植栽が多いことが分かった.これらの竹林の中でも,特に個人所有地,土地所有者が近在していない箇所で拡大が進行しやすい傾向が確認できた.

    まとめ
    鎌倉市西部においても,1960年代から1970年代の急激な市街地化によって緑地面積が減少していることが,明らかになった.加えて,林野の利用体制の変化や緑地の保全施策,庭園からの逸出種などが,緑地の植生構成に影響していることが示唆された.
  • 安藤 哲郎
    セッションID: P081
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    謡曲の舞台の分布について、全国各地が舞台となっている点を鑑み、古代交通路(官道)と比較検討すると、物語の種類(五番立)によっては交通路上にない舞台(山地に入り込むものなど)が見られるものもあるなどの差異が見受けられるものの、多くの舞台が交通路上に分布していることが理解できる。
    また、謡曲の舞台と説話の舞台とを比較すると、平安京とその周辺においては、説話の舞台となっていても、謡曲の舞台とはなっていない場所が数多く見られる。数の面での違いは、説話では集が異なるのみで同話であるものも含め、この地域にのべ600程の舞台があるのに対し、謡曲では460程の舞台であるので、大きな影響はないと思われるため、謡曲の舞台となった場所が、説話集が編纂された院政期に貴族社会で認識されていた空間とは差異があることが指摘できる。
  • 池田 一貴
    セッションID: P031
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    2014年長野県北部の地震では「ひとまわりちいさな地震」が指摘されている(鈴木ほか,2015など).本研究では本地震で確認されている地表地震断層の変位量に基づき,変動地形との関係から古地震像の検討を行う.
    調査方法は,現地で簡易ボーリングおよびピット掘削調査を行い,層相の確認をして段丘の年代を決めた.また,オートレベルによる測量,大縮尺地形図,航空写真測量で変位量分布を明らかにした.
    神城断層では堀之内地区でトレンチ調査が行われており,その結果4回(①6738-4862年前,②4130-3625年前,③3060-1873年前,④1538年前以降)の活動を認めている(奥村ほか,1998).また,大出地区では断層の低下側でボーリング調査が行われ,ピート-砂礫互層のピートの下限をイベント直後の堆積物と認定し,過去3回(ⅰ.約1000-1300年前,ⅱ.約500-600年前,ⅲ.約300年前以降)の活動を認めている(杉戸ほか,2015).また,本地域ではおよそ300年前の1714年に小谷村を震源とする地震(正徳小谷地震)が発生し,甚大な被害が記録されている(宇佐美,2008).
    大出地区の国道406号の南側に分布するL4面は,構成層中から1714年の地震に対応して離水した可能性を示唆する年代値が得られており,その変位量は約1.6-2.0mである.この結果から本地点における300年前の地震は今回のものよりも変位量が大きい可能性がある.
    また,大出北方のL2面(4-5ka)において,奥村ほか(1998)で認められた間隔で活動した場合と,300年に1度活動を繰り返した場合で考えた.変位量は今回と同じで計算すると,現在のL2面の崖の比高に一致しない.よって,300年より長い間隔で今回と同じ変位を繰り返したか,より長い間隔で大規模な地震も含め変位しているかの少なくとも2通りの可能性が示唆できる.
    変位量分布についても空白域があるものの,大出においてはL2面もL3面も大きな値を示すことが明らかとなった.
  • 牛島 庸介
    セッションID: 205
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに 大都市内部の商業集積地には,同業種の店舗や事業所が集積する地区が存在している.これらは同業種型商業集積地と呼ばれ,地理学では大阪の堀江地区を事例とした川口(2008)や東京の秋葉原地区を事例とした牛垣(2012),東京の裏原宿を事例とした矢部(2012),大阪の日本橋を事例とした和田(2014)や杉山ほか(2015)などの研究が挙げられる. 本研究では,同業種型商業集積地の中で国内最大規模のアパレル産業の集積地である原宿地区を取り上げ,商業集積のプロセスを捉える.原宿地区に関する研究は大村(2004),三田(2006;2007),関口(2012),矢部(2012),伊藤(2014)などがある.これらの研究はキーパーソンへのインタビューや,主要な商店の動向に着目しているものが多く,無数に存在する数多くの店舗を対象とした研究は行われていない.牛垣(2012)では東京・秋葉原地区において空間的な側面に着目し,実証的な方法で新たな業種の集積過程を明らかにしたが,単一の店舗が建物全体を占有する店舗のみを対象としており,本研究では大小規模の店舗を対象としているため,より詳細な分析が可能である.また,原宿地区にはアパレル関連の小売店だけでなく,来街者に向けたさまざまな業種の店舗が出店している.とくに美容室や飲食店がアパレル小売店に次いで多く,これらは商業集積地原宿地区を形成する重要な要素であるといえる. そこで本研究ではアパレル小売店,美容室・理容店,飲食店の集積を空間的に把握し,業種ごとの集積の特徴を踏まえて商業集積のプロセスを明らかにすることを目的とする. 2.研究方法 職業別電話帳と原宿ドアーズウェブサイトを用い,各業種の店舗の分布図を作成し,業種ごとの集積の特徴について分析した.その際1986年,1999年,2015年の3つの年代で,対象地区を表通りと裏通りの計18地区に区分し実証的な分析を行った.さらに開業年別の店舗の分布について,また路線価からみた地価変動について分析をした. 3.結果 アパレル関連小売店は,まず竹下通りや明治通りを中心に集積し,集積の中心を変えることなく裏原宿やキャットストリートなどの東部,渋谷方面の南部に向かって,高密度化をともないながら外延的に拡大した.飲食店は大通りを中心に集積し,アパレル関連小売店と類似した傾向を示すものの,外延的な拡大はみられず集積を維持していた.美容室・理容店は他の業種と同様,表通りから集積が始まるものの,時代の変化にともない集積の中心が表通りから裏通りへと変化し,原宿地区全体に拡大した.アパレル関連小売店と飲食店が集客を期待し,人通りの多い場所へ出店する傾向があるのに対し,美容室・理容店では事前に予定し来店する場合が多く,必ずしも人通りが多く地価も高い表通りに立地する必要がないことが,異なる集積のプロセスを生み出したと考えられる.また,2000年代以降のアパレル関連小売店の外延的な拡大には,大衆誘導施設としての表参道ヒルズの開業が影響を与えていると考えられる.回遊性の強化により表参道ヒルズの裏手や東側の青山方面にはアパレル関連小売店が出店し,地価の上昇もみられた.一方で集積の中心から遠方では集積の縮小がみられ,南部の渋谷,東部の青山など隣接商業地との回遊性も原宿地区の商業集積に影響を与えたと考えられる.
  • 石原 肇
    セッションID: 508
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ はじめに

    都市農地は,環境保全や防災,教育等の多面的機能を有することから,都市において極めて重要なものとなっている.このため,2015年4月16日に第189回通常国会において「都市農業振興基本法」が議員立法により成立し,同年4月22日に公布された.今後,同法第13条に基づき地方公共団体が「土地利用計画」を策定することとなるが,この計画が今後の都市農地を保全していく上での鍵を握るものと推察される.そこで,本研究では,地方公共団体が今後策定する「土地利用計画」のあるべき姿について,地理学的視点から検討を行う上で必要な基礎資料を得るため,日本の三大都市圏の一つである近畿圏の一部をなす京都府の特定市とその周辺を研究対象地域とし,1990年以降の農業の変化を把握することを目的とする.

    Ⅱ 研究対象地域と研究方法

    本研究の対象地域は,京都府における特定市とその周辺の4町とする.現在,京都府では市のうち京都市と宇治市,亀岡市,城陽市,向日市,長岡京市,八幡市,京田辺市,木津川市の9市が、生産緑地法の適用を受ける特定市となっている.また,大山崎町と久御山町,井手町,精華町を対象地域として含めた.その理由としては,これらの町が都市計画区域内にあるとともに,京都府内の,あるいは隣接する大阪府や奈良県の特定市に囲まれているからである.各データについては,以下のとおり収集を行っている.経営耕地面積,農家数,作付面積等については1990 年,2000 年,2010 年の世界農林業センサスのデータを,市街化区域内農地面積,生産緑地地区面積については1993 年,2003 年,2013 年の国土交通省,京都府および京都市のデータを用いている.これらの情報を図にすることで,1990年以降の京都府の都市における農業の変化を把握する.

    Ⅲ 結果および考察

    本研究対象地域の農地面積の推移をみると,1990年に10,845haであったが,2000年には9,467ha,2010年には7,256haと大幅に減少している.農地面積の推移の内訳をみると,田は1990年に8,849ha,2000年に7,596ha,2010年に5,867ha,畑は1990年に976ha,2000年に923ha,2010年に808ha,樹園地は1990年に1,022ha,2000年に1,400ha,2010年に577haとなっており,いずれも減少しているが,田と樹園地の減少が著しい.1992 年に改正された生産緑地法に基づき指定された本研究対象地域の全体での生産緑地面積をみると,1993年には約1,062ha であったが,2003 年には約1,042ha,2013 年には約859haとなっている.指定から10年間での面積の減少は小さいものの,その後の10年間では減少傾向にあることから,生産緑地は一定程度の保全はされているものの、減少する傾向にあるといえよう.農家数の推移をみると,1990年に18,373戸であったが,2000年には15,539戸,2010年には13,521戸と大幅に減少している.農業関連事業に取り組む農家の割合をみると,本研究対象地域全体では約38%となっており,京都府の本研究対象地域以外の地域全体では約29%であるのと比較して高い傾向にある.

    今後、京都府においては,このような地域的特性を踏まえた上で,都市農地を保全するための「土地利用計画」を検討していく必要があるものと考えられる.
  • 小林 勇介, タパ バーバナ, 渡辺 悌二, ポウデル ラル, カナール ナレンドラ, ギミレ モチラル, レグミ ダナンジャイ
    セッションID: 916
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに 2015年4月および5月に,ネパールを巨大な地震が 襲った。その被害状況については,多くの研究で解明 されつつある。本研究では,2015年11月上旬から2016 年1月下旬にかけて、被災状況の把握,被災後の地表 面の解析を行うために各種調査を行った。今回,その 結果について速報をする。 2. 調査対象地域および調査方法 一連の巨大地震の震源部に近い集落であるシンガ ティを中心として,ドラカ郡を南北に流れるタマコシ 川に沿って分布する9の集落(ゴンガール,プラノジ ャガット,ジャガット,マンタリ,スリドバン,ボー レ,ジャミュネ,オリタール,シンガティ)を調査対 象とした。 (1)聞き取り調査 職業,収入,農地面積,移住状況,仮設住居に対す る評価,政府が家屋につけたセーフティスティッカー の有無,負傷状況,ハザードマップの認知度の8点の 聞き取りを行った。またハンディGPSを用いて訪問先 の位置情報も記録した。 (2)UAV(ドローン)による計測調査 3. 結果と考察 (1)聞き取り調査 今回,9つの集落全体で140世帯,629人に聞き取り を行った。まず死者負傷者数は,死者は6名,負傷者 は14名であった。調査時点では,140世帯が仮設の住 居(テントなど含む)への移住を強いられており、全 体の90%を占める126世帯にとって仮設住居の環境は 十分ではないことがわかった。さらに,ハザードマッ プの認知度について質問したところ,認知しているの は140軒中1軒と非常に低い結果が得られた。たとえば シンガティでは,急崖直下や低位段丘面上にテントの 仮設住居が密集しており,今後のさらなる被害を防ぐ ためにも計画的なまちづくりが急務となる。 (2) UAV(ドローン)による計測調査 ゴンガールでは,最大高度100 mで自動撮影モード にて700枚を撮影した。タマコシ川に沿って,全長約9 60 mの範囲にて地上解像度約8 cmのオルソフォトが 得られた。シンガティでは機器の不備のため十分な撮 影が出来ず,現在,良好な精度が得られていない状況 にある。 4. 今後 シンガティおよびゴンガールでは,UAV(ドローン) 作成したオルソフォトを基礎データとして,地震直 を用いた現地計測を行った。UAVはDJI Phantom2+Visi onを用い,空撮用カメラにはRICOH GRを用いた。今回, GCP(地上基準点)の設置および計測が困難であった ため,UAV本体に小型GPSロガーを取り付け,カメラ撮 影時間とGPSロガー座標取得時間を同期させることで, GCPの代わりとした。なお,写真測量解析にはAgisoft Photoscanを,画像解析にはArc GISを用いた。 後の地形環境と仮設住宅の位置などの関係性を明ら かにする。またヘクラスモデルによる洪水時の浸水予 測を行い,住宅の立地の危険予測を行う。 本研究は,JICA-JST の J-RAPID プログラムの援助を受け て実施したものである。 
  • 坂口 豪
    セッションID: P095
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに ジオパークの目的とする活動の一つに地域振興がある。そのため、ジオパークではジオツアーやジオパーク関連商品の開発をするなどして観光客を誘致し、経済的な発展を目指した取り組みが実施されている。ジオパークにおけるジオツアーにはストーリー性を有することが重要視されているが、構築されたストーリーをジオツアーにどのように適用するかといった実際的な課題に答える議論は十分に行われていない。また、ジオツアー以外の地域振興策としてジオ食やジオグッズなどのジオパーク関連商品の開発も多くのジオパークで行われている。しかし、ジオパークにおける商品開発に関する研究例も少なく、商品開発上の課題やより良い商品開発のあり方など議論の余地は十分にある。   2.調査目的 本発表では、従来までのテーマを大きく再編し、新テーマに基づいたジオストーリーを新たに構築した恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク(以下、勝山ジオパーク)を事例に、新たなジオストーリーの特性とジオツアーにストーリー性を取り込むにあたっての課題を論じる。 またジオパークにおける商品開発については、糸魚川ジオパークを事例に、ジオパーク関連商品の開発実態およびそのプロセスを類型化して特徴を導く。   3.方法 勝山ジオパークでは協議会事務局の職員、ジオツアー関係者から新たなジオストーリーの実態やジオツアーの取り組みの現状についてのヒアリングを実施した。 糸魚川ジオパークでは拠点施設のフォッサマグナミュージアムにおいてショップにおいて扱っている商品に関しての実態ならび商品の企画や製造のシステムについてヒアリングを行なった。また、観光協会と商工会議所へもヒアリングを実施した。   4.ジオストーリーの構築とジオツアーの展開 勝山ジオパークでは恐竜、火山、人びとの暮らしの3テーマが設けられていたが、ストーリーとして相互のつながりが薄いことが課題であった。そのため、恐竜の生きていたとされる中生代を勝山ジオパークのストーリーの出発点として再編したテーマとジオストーリーを構築した。ジオツアーに関しては2015年度より、ジオツーリズムのための新たなプラットホーム構築事業として勝山市の山間地で活性化に取り組む住民団体とともにジオツアーを実施している。自然体験の豊富なプログラムのため参加者の評価は高いが、ジオツアーというにはジオストーリーの視点の取り込みが薄いという課題がある。   5.ジオパーク関連商品の開発実態とプロセス 日本の各ジオパークでは地域振興策の一環として特産品や食などが地域性を反映した産物としてジオパークのストーリーと関連づけて販売促進を行っている事例が多い。しかし、各ジオパークともジオパーク関連商品の開発や展開手法に悩まされている。その中で、糸魚川ジオパークは日本で最初に世界ジオパークになり、活動実績の蓄積も多い。他のジオパーク関係者が糸魚川ジオパークに視察に訪れる例もある。そこで糸魚川ジオパークにおけるジオパーク関連商品や食などの展開とそのプロセスを明らかにした。その結果、従来から糸魚川で販売されていた商品にジオパークのロゴを付けるなどして再編したもの、ジオパークをきっかけに新たに企画して政策したものなど様々な展開方法がみられた。
  • 山本 充
    セッションID: 527
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    日本の場合と同様、ヨーロッパの農村においても、農業に農外就業を組み合わせるプルリアクティビティが農家の家計維持の戦略として採用されてきた。そしてまた、EUの農村・地域政策において、こうしたプルリアクティビティは、とりわけ周辺農山村の景観や環境、そして地域社会の維持にとって必要な存在として認識され、保護の対象とされている。今日、周辺農山村における農外就業として重視されているのは、いうまでもなく農山村を基盤とした観光であり、こうした農村観光の量的拡大と質的変化が、観光を取り込むプルリアクティビティの態様、換言すれば、農業と観光の関係に影響を与えていると考えられる。 本報告は、観光が著しく進展し、かつ変容を遂げているオーストリア・チロル地方において、農業に観光を付加したプルリアクティビティが、近年の観光の動向とともにどのように変容してきたのか明らかにすることを目的とする。 第二次大戦後におけるチロル地方の観光化の著しい進展は1950年代に始まった。農家は、母屋の一部を客室として提供する部屋貸しタイプの農家民宿を始め、このタイプの民宿は1980年代初頭まで増加する。 チロル州農業統計によると、1986年時点で、農家世帯全収入のうち、農業からが58%、農外就業からが29%、公的補助が13%であった。農家世帯にとって農外就業の一つが観光業であり、観光資源の一部として農業活動や農産物があった。  1980年代における各地の観光パンフレットをみると、草地の中に建つ素朴なアルム小屋や牧野で働く老農夫、伝統的スタイルのリビングルームやシュペックといった郷土料理をのせた皿などを表す写真が多用され、「やさしい人々と古い習俗を知る」といったキャプションが付けられている。そこでは、昔ながらの山里チロルの「農」の風景が、来訪者を魅了する観光資源として認識され、強調されていたことがわかる。 2012年になると、農家世帯全収入のうち、農業からが48%、農外就業からが36%、公的補助が16%となり、1986年時点と比較して農業の比重が低下し、観光を始めとした農外就業の重要性が増加していることが明らかである。 1980年代初頭まで増加傾向にあった部屋貸しタイプのベッド数は、1980年代から一貫して減少し、代わってベットルームとリビング、ダイニングをセットとして提供するアパートメント・タイプのベッド数が大きく増加してきた。 こうした変化は、農家の母屋とは別棟の宿泊施設の建設を伴っていた。各部屋にシャワー、トイレが完備され、かつ内外装とも豪華となり、宿泊施設の高機能化が進展した。新しい宿泊施設の建設は、アルム小屋のセカンドハウスへの転用とともに、ひなびた山里の風景から小ぎれいな建物が立つ集落景観へと変化させることにもなった。 これら独立した宿泊施設の建設、ひいては質の向上が図られた背景に公的なサポートがある。EU、政府の農村開発プログラムにおける助成対象として、農外就業を組み込むことによる農家の家計の多様化が掲げられており、観光の導入・強化が一つの選択肢として想定されてきた。また、チロル州政府は、州文化基金Landeskulturfondsを設けており、農家に対して、観光客向けを含む建物の増改築に低利融資を行っている。加えて、快適で質の高い施設を要求する消費者である観光客のニーズもあろう。 一方、地産地消の展開を図る試みが"Bewusst Tirol"として始められ、レストランなどにおいて地元の農産物を積極的に利用しようとしている。また、観光客向けの体験チーズ工場が開設されるなどもされている。かつてのように、農家で直に農産物を得、かつ農作業をするのではなく、そこでは間接的に「農」が体験がされる。  2015年現在における各地の観光パンフレットにおいて、背景に雄大なアルプスの山並みと草原が広がる点は、1980年代と異ならない。しかし、そこでは、登山やスキーのみならず多様な活動をしたり、快適で洗練された部屋やレストランで寛ぎ楽しむ老若男女の姿が示される。農業によって創り出された風景の中にありながら、農業を直に連想させるものは希薄である。 チロル地方では依然として、世帯を単位として農業に観光を組み入れたプルリアクティビティが行われているが、以上のように農業と観光の関係は変化し、観光における農業のもつ意義も変化した。一方で、チロル全体として、あるいは谷ごとに、農業と観光を組み合わせる「地域」のプルリアクティビティが進展しているとも理解できよう。 
  • 飯塚 遼
    セッションID: P090
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本発表は、芸術家村としての歴史や農村イメージといった芸術文化を背景としたルーラル・ジェントリフィケーションの進展について議論するものである。
  • 石原 肇
    セッションID: P063
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ はじめに

    都市農地は,環境保全や防災,教育等の多面的機能を有することから,都市において極めて重要なものとなっている.このため,2015年4月16日に第189回通常国会において「都市農業振興基本法」が議員立法により成立し,同年4月22日に公布された.今後,同法第13条に基づき地方公共団体が「土地利用計画」を策定することとなるが、この計画が今後の都市農地を保全していく上での鍵を握るものと推察される.そこで,本研究では,地方公共団体が今後策定する「土地利用計画」のあるべき姿について,地理学的視点から検討を行う上で必要な基礎資料を得るため,日本の三大都市圏の一つである近畿圏の一部をなす京都府の特定市とその周辺を研究対象地域とし,公園,農地,森林を都市における緑地構成要素として捉え,それらの変化の地域特性を把握することを目的とする.

    Ⅱ 研究対象地域と研究方法

    本研究の対象地域は,京都府における特定市とその周辺の4町とする.現在,京都府では市のうち京都市と宇治市,亀岡市,城陽市,向日市,長岡京市,八幡市,京田辺市,木津川市の9市が、生産緑地法の適用を受ける特定市となっている.また,大山崎町と久御山町,井手町,精華町を対象地域として含めた.その理由としては,これらの町が都市計画区域内にあるとともに,京都府内の,あるいは隣接する大阪府や奈良県の特定市に囲まれているからである.緑地としての調査項目は,公園,農地,森林とする.また,これらの公園,農地,森林については,都市の緑地を構成しているという意味で,本研究では緑地構成要素として扱うこととする.公園の面積については,都市公園法に基づくまたは準ずる公園の面積とする.農地および森林の面積は世界農林業センサスの経営耕地面積および林野面積とする.統計収集年次は,1970年,1980年,1990年,2000年,2010年とする.これは,1968年に都市計画法が改正され,その後1972年に都市公園等緊急整備法が施行されるなど,それまでの緑地の減少に歯止めをかけるための法整備が1970年代前半に進んだからである.つぎに,分析方法についてであるが,緑地率は市町村ごとに(公園面積+農地面積+森林面積)/行政区域面積*100(%)とする.緑地の構成要素の組み合わせパターンは,土井(1970)による修正ウィーバー法に基づき分析を行う.

    Ⅲ 結果および考察

    本研究の対象地域全域の傾向をみると,1970年から2010年にかけて,森林面積は減少しているものの,農地面積の減少と比べ大きくはなく,公園面積が増大しているものの,農地面積の減少を補うには至っていない.このため,緑地率は一部の地域を除き全体的に低下傾向にあり,京都市および京都市に比較的近い地域で顕著である.京都市では,1970年には上京区だけで公園が卓越し,下京区,南区などでは農地が卓越していたが,2010年には上京区と中京区で公園が卓越し,農地が卓越する区は皆無となっている.京都市に隣接する向日市や久御山町は1970年以降2010年に至るまで農地が卓越している.今後,このような市町ごとの緑地構成要素の地域的特性を踏まえた上で,都市農地を保全するための「土地利用計画」を検討していく必要があるものと考えられる.
  • 渡辺 真人
    セッションID: S0407
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    これまで世界ジオパークネットワークが推進してきた世界時パークは、昨年11月にユネスコの正式プログラムとなった。昨年までの仕組みでは、世界ジオパークネットワーク(GGN)のbureau memberと呼ばれる人たち(科学者を主なメンバーとする)が、各地からの新規申請認定と4年ごとに行われる再認定の審査を行い、その可否を最終決定する。審査は、各地から提出された申請書と所定の自己評価票、及び二人の現地審査員(科学者が中心であるがジオパークの運営に携わる実務者も含む)が行う3—4日の現地審査の報告書に基づき行われる。この仕組みは、基本的に今後も継続する。世界ジオパークと理念を共有する日本ジオパークの仕組みにおいてもこれまでほぼ同じことが行われてきた。現地調査には科学者とジオパークの実務者が携わり、最終決定は地球科学者を主なメンバーとする日本ジオパーク委員会によって行われてきた。  ジオパークという仕組み自体が、科学者と一般市民あるいは行政とのコミュニケーションを促進しようという意図を持った仕組みである。それに加えて、認定後も4年ごとに再認定審査を繰り返すという仕組みが、そうしたコミュニケーションを一層促進している。世界ジオパークネットワークや日本ジオパークネットワークの大会などにおいて、審査する側とされる側がどうすれば良いジオパークを作ることができる過密に議論を重ねるモチベーションの一つは、この4年ごとの審査をより良いものにしたい、あるいは審査をパスしたいという意志である。  審査を巡る議論の中で、科学者と行政担当者の考え方の違いが表面化することは多い。非常に単純化して図式化すれば、科学者は事実と論理で結論を得ようとし、行政担当者は法と先例を重視する。現実の社会の中では事実と論理に基づき最も良いと判断されたことが実行可能とは限らない。実行可能でないことは現実的には「最も良い」解決策ではない。一方、法と先例により導き出される施策は、ジオパークという新たな試みの中では積極的な意味を持たないことも多い。  こうした背景のもとの両者のコミュニケーションの中で、科学者はベストでないからダメ、ではなく少しだけでも良い方向へ向かう方法を行政担当者や市民と考えるようになる。一方行政担当者は、科学者とともに事実と論理に基づいてより良い方向を探す楽しみを見出す。ジオパークの審査という場が両者の変化をもたらしている。  著者は2008年5月から2015年3月まで日本ジオパーク委員会事務局として国内での審査の過程に深く関わるとともに、2011年から世界ジオパークの専門家として、世界ジオパークの現地調査にも参加した。その中で観察した、上に述べたような審査というしくみが加速する科学者と市民・行政のコミュニケーションと、そのコミュニケーションがもたらす両者の変化を、議論の材料として報告する。  
  • 山本 隆太
    セッションID: 103
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    I. システム思考と地理教育 地理学習にシステム思考(あるいはシステム論、システムアプローチなど呼称は様々)を導入するという考え方は、1992年の地理教育国際憲章をきっかけとして、世界各国に共通する地理教育的価値観の一つとして認識されている。とくにESD(Education for Sustainable Development)でもシステム思考が重視されていることを受けて、最近では日本やフィンランドの地理カリキュラムの構想にシステムという言葉が登場してきている。こうした地理教育におけるシステム思考については、ルツェルン大学のRempflerらがドイツ語圏で展開している地理システムコンピテンシー研究が国際的にも先駆的な取り組みとして知られている。Armin Rempflerらは地理システムコンピテンシー研究開発プロジェクトを2011年から立ち上げ、システムについての概念的、地理教育的、コンピテンシー開発論的な観点からそれぞれ検討を行っている。   II. 地理学におけるシステム概念の議論不全と社会生態学  プロジェクトの初期段階では、地理学におけるシステム概念の検討が進められた。ドイツでは自然地理学と人文地理学の乖離すなわち総合的な地理学の在り方が、2000年頃のミュンヘン大学地理学部統合問題をきっかけとして大きな議論を呼んだ。これまでの地誌学や景観論、地生態学がこうした総合的な役割を担ってきたという主張があるが、実際には地理学が求める自然地理学と人文地理学を統合するための理論が欠けており、あらためて両地理学領域の乖離を埋め、総合的地理学を具体化するためには、システム論を用いた社会環境研究が必要であるという見方が共有された。そこで、Rempflerらはこの社会環境研究と同等のアプローチを採用している社会生態学を参照し、そこからシステムにまつわる諸概念を借用した(開放性、オートポイエーシス、モデル化、複雑系、非線形、ダイナミズム、創発、境界、自己組織化臨界、限定的予測と調整)。これらシステムにまつわる諸概念を元に、地理システム思考の理論的フレームワークを構築した。   III. 教育理論によるコンピテンシーモデル開発 1)      次元階層モデルの構築 社会生態学から見出されたシステム諸概念のフレームワークは、規範教育理論に基づいて次元階層モデルとして再構築された。システムの諸概念を学習することによって身につけられるコンピテンシーが4つの次元として位置づけられるとともに、その学習プロセスを示唆する3段階が示された。さらに、具体的な教材開発にあたってはこのモデルでは複雑すぎるため、教育的削減によって次元数が4から3に削減されるなど、簡素版の次元階層モデルが構築された。 2)      コンピテンシーモデルの実証研究 次元階層モデルがコンピテンシーモデルとして有効であるかを検証するために、実証試験用問題が作成された。試験問題はパイロット試験(サンプル数=954)の結果をフィードバックするかたちで改善され、結果的には17類型(テーマ)、全147問が完成した。これを用いた本試験(サンプル数=1926)の結果、コンピテンシーの次元数はさらに削減され、「システムの組織と挙動」、「システムに適応した行動をとる意志」からなる2次元のモデルが開発された。   IV. システム思考を用いた教材の検討  2次元コンピテンシーモデルに基づいて開発された教材「ソマリアの海賊」は、コンセプトマップ作成、ジグソー学習、限定合理性に基づいた解決策考案などの観点が含まれた学習で単元構成されている。複雑な課題の解決を学習する場合はシステム思考が有効であることが示唆された。
  • 安本 晋也, 中谷 友樹
    セッションID: 601
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究の背景

    環境正義は「その構成員の社会的属性(貧困レベル、年齢や人種など)に関わらず、すべての地域が等しく環境リスクもしくは環境アメニティへのアクセスを保有している状況のこと」と定義される (Liu 2001)。米国では80年代から、マイノリティや貧困層が集住する地域に迷惑施設や大気汚染が集中し、健康被害が深刻化する事態が頻発した。またこうした地域は公園や緑地などの健康に寄与する環境アメニティが少ないという問題も指摘された。

    このような公平でない環境リスクやアメニティの配分は貧困や健康の問題をより深刻化させ、様々な社会的非効率を招く可能性があり、近年では環境正義を環境保全における基準の一つとして考慮することの重要性が問われている。しかしながら環境正義の計量的研究のほとんどは米国もしくは欧州を対象にしたもので、日本の現状はよく分かっていない。Yasumoto et al. (2014)は横浜市を対象に縦断研究を行い、公園の近接性における不正義の発生メカニズムの解明とそれに基づく是正策を提言したが、未だに我が国での研究蓄積は少ない。またより重要な点として日本国内外の過去研究に対し総じて言えることは、環境アメニティへの近接性を客観的な地理的距離で計測したものが多く、各人が認知している主観的な公園のアクセスのしやすさがその貧困レベルに応じてどのように分布しているかは研究されてこなかった。各人の主観的な認知に基づいた近接性指標は、個人の属性やライフスタイル、近隣環境の特徴などの包括的な要因を反映しているため、客観的指標よりも現実の公園へのアクセスのしやすさをより正確に捉えていると言われている。

    2. 分析手法

    こうした点を踏まえた上で本研究では、大阪府を対象に客観的および認知的な公園への近接性を測り、それらと近隣の地理的剥奪指標との関係を見る環境正義の分析を行った。公園への近接性の客観的指標として、地理情報システム(GIS)を用いて国勢調査における小地域ごとの公園の数や総面積などを計算した。また認知的な公園への近接性指標は、郵送質問紙調査を用いて対象となった世帯に「公園など誰もが利用できる緑地・空き地が十分にあるかどうか」についてのスコアを尋ねた。この郵送質問紙調査は大阪府において層別ランダムサンプリング後に抽出された180箇所の小地域に居住する世帯を対象に行った(N=2,527、 回答率=約40%、 調査年=2010年)。また、地理的剥奪指標は国勢調査より失業率や高齢単独世帯割合などの貧困と関連がある指標を抽出し、重み付け合成を行い作成した。次に、大阪府内のDID地区に属する小地域を地理的剥奪指標に応じて4分位に分けたうえで、各グループにおける客観的・認知的近接性の指標がどう分布しているかを分析した。

    3. 分析結果と考察

    客観的近接性と地域の剥奪指標、および認知的近接性と剥奪指標とのそれぞれの関係を分析した結果、双方において貧困レベルと近接性指標との間に負の相関、すなわち環境の不正義が見られた。また多変量解析の結果として、認知的近接性は客観的な公園の近接性のみならず、個人の属性や近隣の交通に対する安全性の認知、および近隣に落書きやごみの放置が無いなどの美観の保全の度合いによって予測されることが分かった。これらの結果から公園の配分における不正義の是正には、ただ社会的弱者が集住する地域に公園を設置するのみならず、地域における交通の安全性や美観の保全に努めるなど多面的な配慮が必要になると考えられる。


    文献

    Liu. F.
    2001. Environmental justice analysis: theories, methods, and practice, CRC
    Press LLC,the USA

    Yasumoto,
    S., Jones A., and Shimizu. C. 2014, Longitudinal trends in equity of park accessibility
    in Yokohama, Japan: An investigation of the role of causal mechanisms, Environment
    and Planning A
    , 46: 682–699






  • 目代 邦康
    セッションID: S0405
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    明治・大正期より導入が進められた天然記念物制度や国立公園制度などによって,政府機関と専門家により,価値のあるものが定められ,それの保護が行われてきた.これに対し,ジオパーク等では,価値のあるものを,自らが定めることができる.既存の仕組みが権力を背景とする権威性により維持されてきたことに対して,ジオパーク等の仕組みは,自然の遺産の価値をより普遍的なものとして社会に認知してもらわなければならず,そのための仕組みを作る必要がある.まずは,現状において何が失われているのかを正確に認知する必要がある.
  • 前田 一馬
    セッションID: 708
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究背景と目的 
    近年、場所と健康の関わりに対する学際的な研究関心が高まっており、地理学では、地理情報システム(GIS)と「新しい」健康地理学の両分野において議論が盛んである(中谷, 2011)。前者ではGISや統計学的手法を用いて、地理的健康格差や近隣環境と健康の関連性を明らかにした計量的な研究が蓄積されつつある。一方で後者では、生物医学に依拠した医学地理の視点から、社会的に作られる健康の過程を重視する社会生態学的アプローチへの一種の転回が起きた。そうしたなかで、1990年代前半にゲスラーによって、「癒しの景観Therapeutic landscape」が提案された。この概念は、とくに療養healing・健康well-beingに寄与する自然・建造・象徴・社会環境とこれを可能にする社会状況などの文脈性から、特定の場所が、いかにして癒しなるものtherapeuticとして受け入れられたのかの理解を促した(Gesler, 1993; 2003)。癒しの景観は欧米の健康地理学における中心的な概念の1つとして、幅広く解釈され、社会的に作られた環境観や健康観とその変化に関わる、人と場所をめぐる関係性に着目した研究が展開されている(Williams, 2007)。しかしながら、日本における場所と健康をめぐる研究は既述のような、計量的な研究が主流となっており、場所と健康に関わる文脈性に着目した質的な研究の蓄積に乏しい。本研究は、軽井沢を事例として取り上げ、明治期から避暑を実践した外国人にとって意味に満ちた〈癒しの景観〉としての避暑地の形成を明らかにし、大正期以降、日本人による開発が行われていくなかで形成される新たな文脈性を検討する。この課題に取組むことで、社会的に作られてきた環境観や癒しをめぐる価値づけが「場所」の生成やその変化と密接に関わる一端を示したい。
    2.外国人にとっての〈癒しの景観〉 
    A.C.ショウをはじめとする外国人(宣教師)たちは見渡す限り広原がひろがる軽井沢の地に価値を見出し、積極的に意味づけを行なった。こうした意味が蓄積される過程、すなわち、避暑地としての癒しの景観の形成をゲスラーの挙げた4つの環境に沿って整理すると、夏季における冷涼かつ、外国人の故郷を思わせるような自然環境があり、一種の社交空間としての機能を持った別荘(バンガロー)・西洋式ホテル、西洋文化を反映した建造環境、宣教師の影響による教会などの宗教的シンボル、親しみやすい英語が冠された事物や道路があるという象徴環境、そしてテニス・野球・音楽会などの組織的活動をおこなう社会環境があった。これら4つの環境が一体性を持つことで、外国人にとっての〈癒しの景観〉としての避暑地が形成された。宣教師ロイドが、軽井沢は人間らしさを一新するオアシスであり、とりわけ辺境の地で活動する宣教師を心身の破綻から救うと述べるように、身体的・精神的な回復が可能な意味に満ちる場所であった。ところで、西洋文化と接触した近代化の過程で、日本において起こった環境観や健康観の変化は、たとえば海水浴の受容をもたらした(小口, 1985)。高原避暑の場である軽井沢は、海水浴を目的とした海岸避暑地の場合とは異なり、日本人が特定の場所を見出していくのでなく、明らかに西洋的な環境観、癒しを志向する外国人の認識のもとで見いだされ、意味づけられることで立ち現れた特異な場所である。
    3.新たな文脈の形成
    大正期以降の日本人による開発は外国人の中心地、旧軽井沢から地理的に離れた場所で進行し、「軽井沢」を示す範囲を拡大させた。日本人は外国人が軽井沢に対して付与した避暑地としての価値づけや避暑の実践を、開発における想像力の源泉としていたと考えられる。また、紫外線が多いとされる軽井沢のような「高山」が頭痛や貧血の療養に資することが結び付けられ、「健康」の文脈のなかで明確な形で軽井沢が語られるようになる。さらに、軽井沢が避暑地として発展していくなかで、堀辰雄をはじめとする結核を患った作家の作品が影響することで、ある種ロマン化された結核療養の地としての認識が形成される。このような複数の認識の形成は、既存の環境観や健康観の変化が密接に関係していると考えられる。

    参考文献
    中谷友樹2011. 健康と場所――近隣環境と健康格差研究. 人文地理63(4): 360-377頁。
    Gesler, W.M. 1993. Therapeutic Landscapes: Theory and case Study of Epidauros, Greece. Environment and Planning D 11: 171-189.
     Gesler, W. M. 2003. Healing Places. Lanham: Rowman & Littlefield.Williams, A.M. 2007. Introduction. In Therapeutic Landscapes, ed. Williams, A.M. 1-12. Aldershot: Ashgate.
    小口千明 1985. 日本における海水浴の受容と明治期の海水浴. 人文地理37(3): 23-37.
  • 小竹原 宣子
    セッションID: 101
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    出雲空港に着陸する時、眼下には水田に点在する屋敷林の築地松の美しい景観が見える。出雲平野は島根半島と中国山地に挟まれた堆積平野、中央を流れる斐伊川は天井川であり、流の中国山地は風化した花崗岩層であり、鉄分の多い砂礫である。 紀元前0年頃、素戔男尊は鉄器文化と植林法を日本に持ち帰ったと韓窯神社に由来がある。鎌倉時代には鉄器文化は生産性を求めた「たたら製鉄」となり、植林法はたたら製鉄の炭の原料としてクロマツが使い、山林はクロマツ比率が急上昇した。鉄分の多い砂礫の砂鉄はたたら製鉄の原料となり、掘削により山林の荒廃は著しく、余剰の砂礫は斐伊川へ流され(鉄穴流し)、河口の出雲平野は洪水の繰り返しとなった。 江戸時代、松江藩主は水学者を招き「川違え(かわたがえ)」という土木工事により斐伊川を日本海側(西流)から宍道湖(東流)へと河口を変更させ、宍道湖の干拓を行い、現在の出雲平野の3分の2を造成した。築地松の始まりは土を積み(じょぎょう)その上に自然林ができ、更なる土地の安定にタケを植えた。斐伊川跡となった出雲平野西部の開拓地にクロマツを植え始めたと同時に「じょぎょう」にもクロマツを植えるようになった。現在の築地松の始まりである。美しい四角の反りは、出雲大社の鳥居の形状に由来する。 築地松の存在意義は「①冬期日本海から吹き付ける季節風を防ぐため②斐伊川の氾濫の時に土地ごと流されるのを防ぐため③枝おろししたものは燃料として備蓄し、落ち葉は堆肥として活用するため④屋敷の広さと築地松の高さなど家の格式を表すため」とある。 築地松は原型・中間型・新しい型の3種に分類できる。原型は「じょぎょう」に自然林がある形状である。中間型は原型にクロマツが植林された形状である。 新しい型は川違えによって干拓をされた新しい土地にクロマツのみを植林された形状である。  築地松の構成であるクロマツは、S50年代からは天敵のマツクイムシとの戦いとなった。H23年にはヘリコプターによる薬剤散布を中止によるマツクイムシの大繁殖が起こった。築地松の戸数はH6年度4,117戸、H11年度3,380戸、H24年度1,516戸と減少にある。地元では、築地松景観保全推進協議会を設立し、冊子の発行、築地松ウォーク等の取組みを、また補助金の交付や築地松に関する調査研究、陰手刈りの技術研修会等を行っている。
  • 竹本 弘幸
    セッションID: 301
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ はじめに 八ッ場ダム建設関連で2015年6月26-27日に実施された土地収用委員会の公聴会は,公共の利益に資する場合に限り,国民の私権を法に基づき一方的に制限出来る土地収用法適用の妥当性を判断するために開かれたものである.本発表では,著しい土砂災害リスクの指摘があるにも拘らず,ダムを造るためだけに流域自治体を巻き込み,杜撰な対策と偽りの報告を繰り返してきた起業者側の実態や公聴会を含めたその後の対応について報告する.
    Ⅱ 公聴会の事前質問・提出資料への対応と実態 公聴会は,発言・質問をする公述人に対して1週間前までに当日の質問と公述内容・画像を事前提出することが義務付けられており,これらの資料に基づき,起業者側が回答する方式となっている.また,土地収用委員会側は,双方の意見や回答の記録を文章におこし,その内容を公述人が最終チェック(誤字脱字や誤表記文の訂正)した後,使用した図表を含めて公表することを土地収用管理室で窓口の柴野将輝氏により確約されていたが,公述内容もホームページ上に公表したとする連絡さえ伝えてこない事態が今も続いている.公聴会当日の起業側(藤原・小宮両氏)は,事前質問への回答準備をしておらず,その場に於いても度々偽りの回答を繰り返した.また,土砂崩壊や地すべりなど大規模災害を引き起こす可能性が高い応桑層(OkDA)について詳細に検討したとする土木研究所の専門家についての質疑では,どのような研究や論文が存在するかとの質問に対しても一切答えないという隠ぺいも行われた.実態は,OkDAに関して民間のコンサルタントに丸投げし,辻褄合わせのデータと権威づけの為の研究者3人の名を工事事務所のホームページに紹介していただけで,検討したとされる専門家が当該地域のOkDAに関して研究発表や具体的な論文を公表した事実は存在しない.
    Ⅲ 応桑層の崩壊・地すべり4対策は機能しない
    BP軽石噴火中のおよそ2.4万年前の山体崩壊で崩れ落ちた土石で構成された応桑層(OkDA)は,水で飽和すると崩れやすい性質があり,振動を与えれば,住民の生活基盤を直接奪う災害を引き起こすだけでなく,ダムの埋積が急速に進むことは自明である.現在の吾妻渓谷で崩壊や地すべりが減少したのは,水で飽和すると崩れやすいOkDAの基底よりも深い位置まで吾妻川が谷を刻み「水切り状態」にし,地盤を安定させたためである.OkDAは,直下にBP軽石を伴っており,軽石は粘土化しやすいため,すべり面となりやすい.このため,長野原町民が暮らすこのような地盤の安全確保は,ダム事業を進める上で必要不可欠なものである.しかし,国が実施するとした4つの防災対策案は,安全性においても著しく乏しいことを以下に記す.
    排土工法 メガブロックの軽量化や岩盤すべりに有効であるが凝集力が乏しく水に浸かると崩れやすい土石には機能しない
    押え盛土工法 飽和すると崩れやすいOkDA(層厚30-100m)分布地全域(吾妻川両岸と支流)で対策を実施しなければならず,貯水量は激減し費用対効果も問題となるだろう.
    杭工法 崩れ易いブロックが何処にあるか全て確認できなければ杭を打つ効果は乏しく,BPがすべり面の場合機能しない.
    アンカー工法 pH1~3の強酸性の地盤上に,凝集力が乏しく崩れやすいOkDAが瞬時に堆積した場所に,無数のアンカーを打つだけで,地すべり防止に耐えられるか甚だ疑問である.
    このように国交省から提示された資料は,数多くの科学的事実を無視した【ダムありき】で恣意的なものであった.ダム計画で60年以上にわたり家族が翻弄され,さらに,偽りの情報で追い詰められた住民の皆さんが苦渋の選択でダムに夢を託した「作られた民意」を盾に,当局はダム工事を継続させたといっても過言ではない.工事中に発生した陥没群(中村・竹本,2015)や大規模な土砂災害発生が危惧されている中で,これらの防災対策を実施しないまま本体工事に着手したことは,災害発生時には,一切の責任を負わない河川官僚らの無責任な対応に加え,ダム関連事業費として新規の予算獲得に利用される可能性が極めて高くなるだろう.今後,災害が発生した場合【想定外】という言い逃れをされないよう,直接被害を受ける現地の住民に,極めて不安定な地盤であることを事前に知らせることを怠った関係当局に責任の所在があることを再度指摘しておきたい.
  • 新井 教之
    セッションID: P074
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    高等学校地理(地理A・地理B)におけるオセアニア地誌学習について,学習指導要領,教科書,受験用参考書を中心に検討した。実際に学校現場で行なわれている授業内容については,「オーストラリア」,「ニュージーランド」が大半であり,断片的に一部の島(国)が扱われているものの,太平洋島嶼地域の国々については深く扱われない。そのため,オセアニア地誌学習といっても,オーストラリア,ニュージーランドに知識が偏り,太平洋島嶼地域も含めたオセアニア全体の地域像を描くことが困難である。今回,勤務校において実施した太平洋島嶼地域を中心としたオセアニア地誌学習の授業実践を報告する。
  • 小池 俊雄
    セッションID: S0303
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.鬼怒川水害

    2015年9月のの関東・東北豪雨で発生した鬼怒川水害では、24時間最大雨量記録が311mmから410mmへと大きく塗り替えられた。

    河川管理者から自治体責任者へは、氾濫危険情報や水位の上昇に関する情報や、避難情報の発令や浸水想定区域図の活用についての示唆も提供されていたが、広い地域にわたって破堤前に避難指示は出されなかった。また鬼怒川が洪水流で満杯となった映像が実況中継されてはいたが、避難することなく屋内に留まった住民は多く、結果として、氾濫流に取り残された住民1300人余りがヘリコプターで、また3000人ほどが地上部隊によって救出される事態となった。

     

    2.リスクの変化

    2014年にまとめられたIPCCの第5次評価報告では、大雨の頻度、強度、降水量の変化の将来推定に関して「中緯度の大陸のほとんどと湿潤な熱帯域で可能性が非常に高い」と記述されており、2007年の第4次評価報告に用いられた「可能性が非常に高い」をより詳しく表現している。これらは気候の変化に伴い豪雨の増加に関する科学的知見が確かなものになってきている証左と言える。

    明治期、鉄道網の普及により舟運の必要性が低下し、我が国の川づくりは洪水対策のための連続堤防の築堤が主流となり、国が一義的責任を有する河川管理体制が構築され、地先を守るという市民の当事者意識が低下して、社会サービスの受け手になり易い状況が作り出されている。その結果、危機感や責任感が低下し、施設整備による人的被害の減少とも相俟って、知識や経験だけでなく関心や動機も薄れて行動意図が低下するという事態の進行が心配されてきた。これは洪水に対する社会の脆弱性の悪化を意味している。

     

    3.リスクコミュニケーションの強化

    このように鬼怒川水害は、災害外力と脆弱性の変化を明確に認識し、施設では防ぎきれない大洪水に対して、洪水リスク軽減のための社会的取り組みが必要であることを学ぶ機会となった。

    これらの変化に対して、まずは災害外力の変化の理解を深め、災害に対する社会の脆弱性の特徴を理解し、健やかな生活を阻害する災害リスクを特定して、評価・モニタリング・予測する能力を高め、得られる情報が市民や行政に分かり易く伝えられ、地域の洪水リスクに関する知識、経験、危機感を共有が肝要である。

    また、意思決定・合意形成の体制とマネジメント技術を積極的に導入して、立場や分野を超えて幅広い主体が参画して相互に情報を交換できる場を構築し、市民や行政の関心や動機を高める必要がある。その上で、地域全体を襲う災害による危機に対して、地域ぐるみで災害リスクの軽減と災害からの速やかに回復できる計画作りを進め、発災後も健やかな生活と健全な社会活動を行える地域全体としての事業継続能力の向上を目指して、スムーズな情報交換のためのガイドラインや指針、標準的な情報伝達手順を準備しなければならない。さらに地域の実情に合った訓練を重ねることも不可欠である。


    参考資料:社会資本整備審議会大規模氾濫に対する減災のための治水対策検討小委員会資料, 2015.10.30
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