日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の335件中101~150を表示しています
要旨
  • 全 勇, 高柳 長直
    セッションID: 722
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    .背景と課題

    現在,中国の農村地域では,農業の低生産性や農民の貧困などの問題が山積している。経営農地面積の大規模化は,これらの問題の解決にあたって,一定の効果を発揮すると考えられている。しかしながら,経営規模拡大が進展している地域は,地域経済が一定の水準にあったり,開発可能な土地資源が多かったり,労働力の移動が多かったりするところである。
    一方中国では,山林が多く占め,農業経営も零細で,経済の発展が遅れている条件不利地域も広範にみられる。これらの地域では農地経営の大規模化は形成されておらず,地域の衰退が深刻である。しかしながら,具体的な農地の大規模経営の停滞要因を,地域の特性や個別農家の請負状況および圃場の条件から分析したものは十分ではない。
    したがって本研究では,条件不利地域における地域の特性および個別農家の経営農地の変化を,圃場の条件や農家の就業構造から分析を行い,経営農地面積の大規模化が停滞する要因について明らかにすることを課題とする。

    Ⅱ.対象地域と調査方法

    研究課題を進めるために,吉林省白山市長白朝鮮族自治県(以下,長白県)で現地調査を行った。長白県を選定した理由は,この地域の自然条件が厳しく,農地も少ないため,農業だけで生活を維持することが困難であり,交通も不便で大都市などの市場からの距離も遠く,条件不利性が強いことがあげられる。
    調査方法としては,まず長白県の全体における農家労働力の移動と農地規模の変化について明らかにし,労働力移動による余剰農地の発生について検討を行う。加えて,地域の農地流動の現状についても把握する。次に,農地流動のプロセスと農家の経営規模について考察を行い,農地大規模化に影響する要因について分析する。ここでは,とくに長白県の中で農家人口と農地面積が最も多い馬鹿溝鎮を取りあげ,鎮政府と鎮内の一つの村の村民委員会会員および農家への聞き取り調査や収集した資料をもとに考察する。続いて,農家に対する聞き取り調査を通じて,農地流動の実態,経営規模,就業の状況を明らかにし,規模拡大の停滞の要因について考察する。

    Ⅲ.結果と考察

    長白県は営農する上で条件不利地域に位置づけられ,農業基盤が弱く,出稼ぎ者を多数輩出している。その結果,農業の生産力が弱く,経済発展から取り残されている。その上,長白県では農家ごとの経営農地が小規模であり,農地流動も停滞している。それどころか,地域全体で農地は減少し,農家においても経営農地面積が縮小する傾向にある。
    経営規模拡大の停滞要因については,第1に,平等主義に基づく農地の分配があげられる。その結果,各農家単位でみるときわめて零細な分散錯圃の状態であり,農地集積を行うには多大な労力と時間を必要とする。大規模な農地を入手するには,多くの農家と交渉する必要があり,長期間にわたることが予想される。第2に,若年層の出稼ぎによる他出と高齢者の農村での滞留があげられる。元々が小規模であったので,農業労働力が減少しても農地の余剰は発生しなかった。農家は自給的な農産物も生産することができる農地を生活する上での最後の頼みの綱として留保したいと考え,農地流動に対する見返りの価格を高い水準で要求しがちである。第3に,農家の公共用地への転用期待があげられる。道路などのインフラを整備するために,高額な補償金で分配された農地が村に回収されている。そうした状況が続いているので,農家は請負権を手放したくないと考えているのである。
    条件不利地域では,農地の低生産性が経営農地の規模拡大を阻んでいるどころか,規模縮小を促すという悪循環に陥っている。そのため,条件不利地域では農業振興のためには別の道筋が求められ,他地域にはない特徴を生かしながら,集約度を高めていくことが求められよう。その点については今後の課題としたい。
  • ドウ エミ, 高柳 長直
    セッションID: 728
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Urban planning attempts to mitigate issues and facilitate the smooth operations of municipalities in areas including land use, resource management, infrastructure and transportation. Zoning is an example of an approach utilized by urban planners to regulate land use. However, as cities attempt to re-envision and re-design urban areas to adopt innovative concepts of urban design, these land use policies can at times act as a barrier to development. This presentation will address how urban farmers are dealing with this form of policy discrepancy in the City of Vancouver.
    As demonstrated by “What feeds us”, the Vancouver food strategy approved by council in January 2013, the City of Vancouver is committed to supporting the development of urban agriculture by listing it as one of five core ‘actions’ of the strategy. However, of the 9 zoning districts in the City, only two -the ‘light industrial’ zones and RA-1 Limited Agriculture zone- permit food production as an acceptable use. In Figure 1, the shaded areas demarcate zones where agriculture is permitted. One can see that the majority of sites where urban farmers are operating are infringements of city by-laws.
    Urban farmers in Vancouver have employed various strategies to overcome this, and other barriers they face in legitimizing their businesses. One such strategy is to utilize the Community Supported Agriculture system in which consumers purchase memberships and not food from farmers. Farmers can thus claim to be providing a service rather than engaging in the manufacturing of a product meant for sale. Other policy obstacles urban farmers in Vancouver have to contend with are urban aesthetic expectations, building codes and certification.

  • 清水 昌人
    セッションID: 520
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本発表では非大都市圏におけるコーホート別の人口変動と、コーホートの人口規模との関連を検討する。データには国勢調査の都道府県別男女年齢別人口を使った。分析の指標については、コーホート別の人口変動には累積コーホート変化比を、コーホート規模には10-14歳時の人口に関連する指標を用いた。
    分析によると、10-14歳人口の非大都市圏/大都市圏の比と、非大都市圏の25-29歳時の累積比の比較では、1961-65年コーホート以降の両者の変化は逆の動きを示した。大都市圏の10-14歳人口の相対的な減少と、20歳代にかけての非大都市圏の人口減少(主に大都市圏への移動)との関連が推察される。また、各コーホートが10-14歳時の10-14歳と50-54歳の人口の比について、非大都市圏/大都市圏の比をとり、非大都市圏における20-24歳から25-29歳にかけての累積比の変化(差)と比べると、同様に逆の変化を示す。前者の指標は若年層による労働市場退出層の補充において、大都市圏の不利が拡大したことを示しており、このことと、非大都市圏の近年のコーホートで20歳代後半まで減少が続くこととの関連が示唆される。
  • 小室 隆, 山室 真澄
    セッションID: P076
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    日本全国のの平野部の湖沼では戦後の1950年代からの高度経済成長期を通じて、周辺田畑での除草剤使用や(山室ほか 2014)、人口増加や産業の近代化に伴いう、富栄養化がの進行しにより、湖沼水質や植生が劇的に変化をした。2003年には「自然再生推進法」が制定され、日本全国の湖沼においてもNPOや地方自治体によって自然再生活動が実施されている。しかしながら、それらの活動の多くは再生目標の時代設定や対象種の選定が、必ずしも科学的根拠に基づいて行われておらず、人々の主観的な考えに基づき実施されている例が散見されるいるとは言えない状況にある。即ち、本来ならば、湖沼環境が激変する高度経済成長期以前の状況を定量的に把握した上で、産・官・学の協働で再生目標などを設定すべきであるが、。しかし当時の状況が容易に再現できないことから、本来その水域に無かったり、環境悪化後に一時的に繁茂した植物が再生の名の下に植栽される例が散見される。必ずしもそのような状況ではない。  本研究では関東平野で最も水域面積が広く、自然再生アサザの保全・再生活動が行われている霞ヶ浦(西浦)を対象とした。霞ヶ浦は水域面積200km2、平均水深4mと浅く、富栄養化の進行した平野部湖沼である。霞ヶ浦も他の平野部湖沼と同様に戦後から高度経済成長期を通じて水生植物が激減した湖沼である(山室・淺枝 2007)。  浮葉植物(Floating-leaved plant)に分類されるのアサザ(Nymphoides peltata)の霞ヶ浦での植栽・保全活動による影響について加茂川・山室(2016)によりは、アサザ植栽を行った消波施設陸側では、底質の細粒化と有機物濃度と全粒化物硫化物の濃度の増加がを確認されておりし、環境への影響環境が悪化していると指摘しているが懸念される。本研究ではこのアサザの生育状況について、霞ヶ浦湖岸全域を対象に調査することで、植栽・保全事業による効果を検討することを目的とした。
    本研究では2010年と2015年の2度に渡り、霞ヶ浦湖岸全周を対象に踏査を行い、アサザが生育している地点を地図に落とし、写真撮影を行った。その際、生育している地点の座標、アサザの状態も同時に記録した。2度の調査でアサザの生育地点の変化傾向、そしてと繁茂面積を求めた。面積の計算にはArcGISを用い、踏査の際に撮影した写真から基準長(生育場所で距離がわかる対象物を同じ画角内に収まるように撮影し、Google Earthや地形図から長さを求めた求めた長さ)を求め算出し、アサザの繁茂面積を求める際にスケールとして用いた。この手法によりアサザ植栽による湖岸環境の変化を検討した。また、2009年に国土交通省関東地方整備局霞ヶ浦河川事務所が行ったアサザ分布調査結果を用い比較検討を行った。
    2015年にでは155地点でアサザの繁茂が確認された。植栽事業は右岸の鳩崎、古渡、中岸の石田、根田、左岸の永山の計5地点で行われた。これら植栽地のうちアサザを確認できたのは根田と永山の2地点分布は右岸2地点、中岸2地点、左岸11地点で左岸側に集中していた。2のみで、残りの13地点の大部分は自然に進入したと判断された。2015年に2009年から2015年にかけて4地点で生育は確認できず、それらはいずれも右岸側の鳩崎に集中していた。生息繁茂が確認された地点のはは舟溜りや波消堤消波堤の内側のなど、波や風の影響を受けない地点に集中していた。  
    霞ヶ浦では2000年に緊急対策として消波工が設置され、アサザの植栽・保護を行った。このことからも分かるように、アサザは本来、波が高い霞ヶ浦で広く分布できる植物ではなく、高度経済成長期以前に生息が確認された地点は全て入り江や湾の最奥部に限定されていた(西廣ほか 2001)。現在アサザが繁茂している場所が人工的に消波された場所や水路であることからも、アサザは霞ヶ浦本来の自然環境に適応した植物ではないと言える。緊急対策が行われた理由として、アサザは霞ヶ浦でしか種子生産できないとの主張があった。これは霞ヶ浦ではサンプル数が多く他では少なかったことが原因で、霞ヶ浦以外でも種子生産されていることが報告されていることからも(藤井ほか 2015)、霞ヶ浦で事業を行う科学的根拠は無かったと考えられる。     
  • 浦山 佳恵
    セッションID: 1018
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究の背景と目的
    近年、生物多様性が人の暮らしにもたらす自然の恵みを“生態系サービス”とし、その変化を評価する試みがなされている。衣食住や信仰などの文化多様性は、生態系サービスのうち“文化的サービス”に含まれ、各地の生態系を維持し、人の社会・精神生活を支える礎にもなっているとされる。また、グローバル化が進むなか地域の魅力を高める資産になる、災害などからの回復力(レジリアンス)の源にもなりうる等の指摘もある。しかし、これまで文化多様性の変化について、地域レベルでの解明はあまり進んでいない。
    長野県は多様な自然環境を擁し食文化や行事等伝統文化にも多様性がみられるが、近年生物多様性の減少が指摘され、文化多様性へも影響が懸念される。市町村誌類から明治期~昭和30年頃の野生生物を用いた伝統行事について調べたところ、盆行事は野生生物利用の地域的多様性が顕著で、現在県版レッドリスト掲載種となっているキキョウをはじめ盆花の山野からの採取が広く行われていた。
    そこで本研究では、長野県の文化多様性に生物多様性の減少が与えた影響を把握することを目的に、盆行事の多様性の変化とその要因を明らかにすることを試みた。

    2.研究方法
    文献調査により、盆行事の歴史や長野県における多様性について整理した。次いで、盆行事により区分された県下7地域ごとに1市町村選定し、4~6名の住民に集まってもらい、(1)昭和30年以降の盆行事の変化とその要因に関する聞取りと(2)昭和30年代の盆棚の復元を行った。調査にあたり、長野県で食文化による地域づくりに取組む池田玲子氏に各地域の調査協力者を紹介頂き、調査協力者を通して調査地や話者を選定した。特色ある行事として、諏訪地域の新盆の高灯籠建て、下伊那の念仏踊り等についても現地調査を行った。

    3.盆行事の歴史と長野県における多様性
    盆行事の起源は定かでないが、中国で成立した「仏説盂蘭盆経」に基づく寺院での仏教行事が、7世紀には伝来し貴族社会で行われ、鎌倉時代末に家で祖先に食物を供える日となったとされる。各地の盆行事の伝承には固有の祖先祭りの性格が伝えられているともいわれる。伝統的な盆行事は、墓掃除、盆花採り、迎え盆(盆棚作り、迎え火)、送り盆(供物を川等に流す、送り火)、新盆・その他から構成され、地域により多様であった。迎え火と送り火により先祖を送迎するが、盆花採りによって盆花を依代に先祖を迎える、供物を川に流すことで先祖を送るとも考えられていた。長野県でも盆行事は多様で、上記の構成要素によって県下は7地域に区分された。

    4.盆行事の変化とその要因
    昭和30年代には各地で身近な野生生物を利用した個性豊かな盆棚が作られていたが、昭和40年以降盆棚の多様性は減少していた。また、キキョウなどの盆花は栽培・購入されたものに変化し、アメリカリンドウやアスターなども用いられていた。その要因としては、勤めを中心とした生活様式への変化、盆花や盆ござ等の栽培・購入化、家の建て替え、高齢化等の社会的要因の他に、盆花や盆ござ等に用いられた野生生物の消失といった自然的要因が聞かれた。しかし、その自然的要因も、圃場整備や薪炭林の利用放棄・農地開発、畑の利用放棄など社会的要因によるものであったことも聞かれた。
    送り火と迎え火に用いる燃料の多様性も燃料の購入化により減少していた。供物を川に流すことはほとんどの地域で生活改善事業によって禁止され、供物は個々で処分されていた。諏訪地域の高灯籠建てはかつて新盆の家と親族が山からアカマツ等を伐り出し行っていたが、技術の継承が困難等の理由により行う家が減少していた。

    5.おわりに
    長い歴史を持つ盆行事は、先祖を迎えることで故人と残された者、家族、親族、さらには地域住民が繋がりを深める行事であるが、行事を通して人々は山野やそこに生育する野生生物とも密接な関わりを築いてきた。しかし調査からは、社会環境の変化により、行事による自然環境との関わりは減少し、盆行事の多様性も減少している様子が伺えた。一方で、地域の文化を継承しながら生物多様性を保全する取組みは、里山等二次的自然の保全に役立ち、多くの地域住民の参加が得られる可能性がある点で重要である。今後さらに研究を進め、盆行事を地域の資源として再生し、キキョウ等の草原に生育する野生生物を保全する取組みに繋げていきたい。





  • 埴淵 知哉, 中谷 友樹, 村中 亮夫, 花岡 和聖
    セッションID: P083
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    地域を俯瞰的に把握する基礎的データとして、『国勢調査』は不可欠である。小地域集計データによる詳細な地理的変動の把握は、それ自体が地理学的関心の対象となるうえ、近年では、隣接諸科学においても広く応用されている。しかし、近年は「不詳」(非回収・未回答)の増加が問題視されており、2010年調査では「教育」に関する不詳割合が10%を超えるに至った。この「不詳」の地理的分布に偏りがある場合、本来とは異なる擬似的な地域差や地域指標間の関連性が誤って観察される可能性が否定できない。悉皆調査ゆえに各種調査の基準となってきた国勢調査についても、その調査誤差の地理的側面を確認しておく必要がある。そこで本発表では、2010年国勢調査における「不詳」の地理的分布とその規定要因などの分析結果を報告する。

    最も不詳割合の高い項目である「教育(卒業学校の種類)」を例にとると、東京都の27.8%から福井県の2.8%まで大きな地域差がみられる。これを市区町村単位でみると大阪市浪速区(45.2%)から不詳者ゼロの町村まで差が大きくなり、さらに町丁・字等単位では不詳割合は0~100%の範囲に拡がる。さらに、不詳の分布は地理的にランダムではない。回収率の規定要因とされる都市化の度合いについてみると、農村に比べて都市部の不詳割合が高く、これは都道府県、市区町村、町丁・字等を単位とするマルチスケールで観察される。ただし、このような都市化度の効果を考慮したうえでも、町丁・字等の不詳割合には市区町村レベルでの有意な地域間分散が残される(マルチレベル分析の結果)。地図からも読み取れるように、不詳割合の地理的分布には都市化度と関連する傾向がみられると同時に、市区町村の境界で大きく変動する特徴を持つ。これは、調査員の選定から補記作業に至るまでの各種実査業務において、自治体間の差が大きく、それが不詳割合の地域差という形で反映されたものと考えられる。

    以上の結果に鑑みると、国勢調査は悉皆調査として設計されているものの、対象地域や項目によっては調査誤差が大きく、その誤差自体が地理的に偏りを持っている可能性を否定できない。したがって、特に都市部で小地域集計データを用いた地域分析を実施する場合には、標本調査と同様に調査誤差や調査法の影響に留意しつつ、不詳の影響を考慮する必要がある。発表当日のポスターでは、地域分析への具体的な影響の確認も含めた結果の詳細を掲示する。

    ※本研究はJSPS科研費(25704018)の助成を受けたものです。
  • 伊賀 聖屋
    セッションID: S1305
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    現代の社会は,互いに異質な存在として捉えられる人間や自然物,科学技術がより複雑に混交する形で構成されるようになっている.たとえばペットの生産現場は,ブリーダーや動物のみならず,蛍光タンパク質や遺伝子組換え技術などが分かちがたく結びつくことで作り上げられている.自然物や技術は,様々な局面で人間の経済実践に接続するようになっており(土橋・上野 2006; 大塚 2006),とりわけ生産の空間を変容させる度合いを強めている. このような中,工業や食料生産,観光といった様々な分野で異なるタイプの生産空間が出現し,それらの総体である生産世界の異質化がより一層進展するようになっている.ここで注目したいのは,「経済活動をめぐって人間・自然・技術が複雑に絡み合う中で,人間の経済的実践がいかに方向づけられ,具体的な生産の空間を生み出していくのか」という点である.このようにハイブリッドな状況における生産空間の生成に焦点を当てることは,現代社会においてそのあり方が問われている人間・自然・技術の関わりを考える上での一助となろう. 本研究が具体的に焦点を当てるのは,食料の生産をめぐる空間である.食料は人間と自然の交差する領域において生み出されるものであり,その生産は自然的プロセスやそれを操作・改変する科学技術と強く結びつけられた経済的実践と捉えることができる.近年,この食料の生産空間は,工業化・グローバル化を背景として自然物や技術が混交することで,より一層多様化・異質化するようになっている.たとえば,野菜・遠隔操作装置・操作者からなる植物工場が砂漠に出現する一方で,地域の自然環境に埋め込まれた有機野菜の生産が再評価されるようになっている. ではそもそも,そのような多様な食料の生産空間の生成をどのように理解したらよいのだろうか.一般に,食料の生産空間は人的アクターの環境解釈や判断,それに基づいて行為を達成する能力(=人間の行為主体性)により構築される(Marsden and Arce 1995; Murdoch 1997).ただし,それらの行為主体性は必ずしも個人の動機や意図や能力に還元できるものではない(土橋・上野 2006).むしろそれは,自然物・技術などの非人間と人間との間に関係的に存在する効果(=ハイブリッドな集合体の能力)であり,あくまで人的アクターが連結された布置連関の状況に応じて生成されるものといえる(Whatmore 1998; カロン 2006; Suchman 1999).というのも,アクターは他アクターとの相互作用の中で定義づけられ,その関係性の中である特定の行為を行うよう仕立てられているためである(Latour 2005; Müller 2015).とりわけ,現代の食のように異種混交性の高い領域においては,自然物や技術などの非人間アクターが人的アクターの行為を予期せぬ方向へ押し進める介在者として積極的に振舞っている(Callon and Law 1997). したがって,特定の食料生産空間の出現メカニズムを理解する上では,当該食料の生産に関わる人的アクターの行為主体性が生み出される過程を問題視する必要がある.つまり,人間の行為主体性を規定する人間・自然・技術のネットワークに着目し,それがアクター間の相互作用(関心調整,動員など)を通じて形成・再編されていく過程を問うことが必要となる. ところが,従来の食料研究は,自然物や技術を人間社会にとっての外部要因(制約もしくは資源)として捉える傾向にあり,食料生産空間の生成に果たしうるそれらの能動性を捨象してきた.従来の研究の多くは,社会-自然,社会-技術といった二分論に立脚したものであり,自然物や技術を「人間の経済行為をあらかじめ決定する不可避の存在」もしくは「それらに先立ち存在する人間により構築されるもの」としてみなしてきたためである.結果として,自然的要素もしくは技術的要素が能動的に行為する場面のみられる食の実践の出現メカニズムや,それらを契機とした生産世界のヘテロ化の過程を十分に理解することができなかった. 以上を踏まえ本研究では,人間・自然・技術的要素のネットワークに着目しながら,具体的な食料生産の空間が生み出されるメカニズムを論じたい.その際,特定の生産空間が,①「食料生産に関わる諸アクター間の結びつきやその形成・再編」,②「それらにより生み出される人間アクターの行為主体性」を通じていかに構築されるのかを重点的に検討する.これらの作業を通じて,現代における人間と自然,技術との関わりについて考えたい.
  • 外枦保 大介, 田邉 将大
    セッションID: 616
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに
    近年,日本では,グローバル化の進展に伴って国内産業の空洞化が進み,これまで雇用を支えてきた工場の撤退・縮小が続いている.工場撤退後に,跡地が商業地や住宅地に活用される場合がある一方で,異なる企業が工場の建物や設備を活用して生産を継続する場合もある.このような立地調整において,工場の履歴や経路依存性がどのように関係するのか,検討してみたい.
    工場の履歴や経路依存性を検討するにあたっては,研究開発と製品生産の結びつきが強い化学工業が示唆的であると考えられる.本発表は,山口県防府市にあるカネボウ防府工場の事例を通じて,上述した点を考察したものである.

    2.. カネボウ防府工場の履歴
    カネボウ防府工場は,1935年に設立された,長い歴史を有する工場である.防府は,近世以来,塩田や新田開発を目的に,干拓や開作が行われており,広大な工場適地と佐波川による用水に恵まれていた地であった.昭和初期以降,干拓・開作地に大規模な工場が進出し,カネボウ進出の前年(1934年)には,福島人絹(現・協和発酵バイオ)も進出している.1970年代以降には,マツダやブリヂストンなども防府市に進出し,工業都市として成長していった.
    カネボウ防府工場では,設立当初,レーヨン事業を行っていたが,他社より後発であった合繊事業に進出するため,1963年からナイロン,1968年からポリエステル,1972年からアクリルの生産を開始した.防府工場には研究所も置かれており,カネボウにおいて主要な工場の1つとして位置付けられていた.その後,樹脂製品,人工皮革,食品などの生産も行われていた.1993年当時,工場の従業員数1,800人程度,外部の業務委託も含め3,000人程度が就業していた.

    3. カネボウ廃業と工場の立地調整
    カネボウは,繊維,化粧品,薬品,食品,住宅・不動産部門の5部門からなる,ペンタゴン経営を推し進めたことで知られる.しかし,このペンタゴン経営の実態は,化粧品が繊維,食品部門の不採算を補う事業構造であり,多角化を維持したままの投資は,負債を膨らますことになったといわれる.このため,1990年代から経営立て直しが進められたが,経営はやがて行き詰まり,2004年に,産業再生機構の支援のもと,事業再生を図ることになった.
    防府工場の施設を引き継ぎ,立地した企業は4社ある.第1に,ベルポリエステルプロダクツは,総合容器メーカーの大和製罐が設立して,高分子PET樹脂事業を譲受し,主に飲料ペットボトルのホモPET樹脂と化粧品や医薬品用容器の共重合PET樹脂を生産している.第2に,FILWELは,液晶パネル用ガラス基板メーカーの倉元製作所が設立して,人工皮革のベルエース事業を譲受し,研磨布やランドセル,婦人靴の内装材を生産している.第3に,エアウォーター・ベルパールは,産業用ガスメーカーのエアウォーターが設立して,高分子フェノール樹脂のベルパール事業を譲受し,機能性カーボンやPAS式ガス発生装置を生産している.第4に,防府エネルギーサービスは,防府工場の自家発電事業を譲受し,主に防府工場の事業を継承した3社へ蒸気・電気・配水の供給をし,中国電力へ売電も行っている.また,工場以外にも,工場敷地北側に,2008年に大型商業施設「ロックシティ防府」(現・イオンタウン防府)が開業した.
    本発表でみたように,化学工業の場合,研究開発と製品生産の結びつきが強く,地方工場であっても蓄積された技術を有した生産拠点が存在する.そのため,この事例のように,工場の履歴や経路依存性が立地調整の有り様を左右しているといえる.
  • 宗 建郎, 黒田 圭介, 黒木 貴一, 出口 将夫, 磯 望, 後藤 健介
    セッションID: P082
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本発表はタブレット端末のアプリを利用した簡易測量法を検討することを目的とする。電子機器の発達は野外調査において利用されてきた機器の小型化、低価格化、高性能化を実現してきた。そのため野外調査のあり方にも大きな変化が見られるようになってきている。従来フィールドノートにスケッチを行い、地形図上に位置を記録していた現地の様子を記録するにも、スマートフォンのデジタルカメラ機能を利用することによってスケッチの必要性が低下しているのみならず、撮影位置を自動的にコンピュータ上の地図に表示することができるようになってきている。
    近年、特にUAVによる空中撮影とSfMを利用した画像データの三次元データ化が着目されている。こうした技術は空中写真の撮影を従来に比較して格段に安価にし、より多くの研究者が、より多くの地点で空中写真撮影を行い、DEM(DSM)を作成することを可能にした。
    一方で、安価になったとはいえ、十分な精度を持った機材をそろえるためには現在20~30万円ほどの費用がかかるほか、UAVの悪用のため運用に対する規制も始まったために個人の研究者や大学院生などが気軽に試してみることや、大がかりで詳細な地形調査を必要としないあるいはできない野外調査の補助として利用することは難しいのが現状である。
    そこで、より低価格に、より軽量に、より少人数で微細な地形の三次元データを作成する方法を検討する。近年普及してきたタブレット端末には様々な計器が内蔵されているものが多く、かつ汎用性も高い。これにやはり近年低価格化してきたレーザー距離計を組み合わせることで、どの程度の測量が可能なのかを検証する。 今回検証に用いた機材はレーザー距離計として、ゴルフ用品として販売されているものと、タブレット端末にコンパスアプリをインストールしたものを利用した。これらの機器を用いて測量者から測量点までの距離と方位を測量し、三角関数を用いて座標の算出を行った。座標の算出に当たっては基準点のUTM座標と高度をあらかじめ測定しそこからの差分を用いて算出した。
    条件の異なる複数の箇所で測量実験を行い、その結果と問題点を検証した。実験箇所の一つは宮崎県の霧島山中の谷中である。ここは40cm程度の高さの段丘や中州状地形がある地点であり、2名の作業者で1時間53分の作業で133ポイントを測量し、微細な地形の特徴を捉えうるDEMデータの作成に成功した。
    また、平坦で開けた場所として志學館大学のキャンパス内でも実験を行った。志學館大学はシラス台地の斜面中腹に位置し、敷地内が大きく二段に分かれている。この地点での測量は地形図との対照を目的とした。測量結果、敷地内の二段の形状を明確に捉えるDEMデータの作成に成功したが、地形図との適合において5m程度の誤差が生じることが明らかとなった。
    測量の精度を確認するにあたって、①タブレット端末のGPSと高度計の精度と②レーザー距離計とコンパスを利用した測量の精度との二つに分けて検証を行った。
    ①GPSと高度計を30分にわたって1分間隔で計測結果を記録した。その結果、GPSは約1~10mの誤差があること、高度計は約2~10mの誤差が生じることが明らかとなった。発表者らはこれまで簡易GPSを用いた測量の検証を行ってきたが、その際に現れたデータ誤差の収束は、今回の実験では見られなかった。
    ②レーザー距離計とコンパスによる測量の精度を検証するために約10m離れた3点を設定し、それぞれの地点から他の2点を測量して座標を算出し、比較を行った。それぞれ異なる地点から2回座標を求めることになるが、その結果、3点中2点は座標と高度ともに完全に一致し、1点については高度の一致はみられたものの、座標に0.5mの誤差が生じた
  • 松宮 邑子
    セッションID: 914
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
      モンゴル国の首都ウランバートルでは、近年顕著に人口および都市機能の一極集中が進んでいる。1990年に約56万人だった人口は2000年代に入り急速に増加し、2014年には130万人を超え、全国の人口約290万人の半数近くが居住している。市内の居住地区は中心部に位置する「アパート地区(байшин хорооллын)」とその周縁部に広がる「ゲル地区(гэр хорооллын)」に二分されるが、現在のウランバートルにおいて市街地の拡大はゲル地区の拡大を意味するといっても過言ではない(図)。ゲル地区では、居住者が自らの手で木等の柵で敷地を囲って無数の区画を形成し、元来遊牧生活に用いる移動式テント家屋のゲルや自作の固定家屋を区画内に設置して生活する。上下水道は未整備であるものの基本的な電化製品は備わっていることが多く、伝統的な住居を用いているのに対し生活様式はむしろ都市的である。ウランバートルの都市化について言及される際は、同時にこのゲル地区の拡大についても言及され、両者は切り離せない関係にある。

    2.ゲル地区の拡大
      なぜこのように急速に市街地、つまりはゲル地区が拡大したのか。2000年と2010年の統計を比較すると、ウランバートル全人口に占める移住者の割合は35%(27万人)から51%(59万人)となっており、市人口は移住者によって増加していることがわかる。また人口構成比からは、移住者には若年層が目立つことが明らかだ。このように増加した市民は、どこに住まいを求めるのだろうか。2000年と2010年の市内住居別世帯統計では、ゲル地区に広がるゲル・固定家屋の居住世帯数がそれぞれ2.5倍、2倍に増えている。これに対してアパート居住者は1.5倍の増加にすぎない。つまり、10年間で増えた人口の住まいはほとんどがゲル地区に求められたのである。
      現在のウランバートルにおいて、アパートは大変高価な住居である。モンゴルでは賃貸や住宅ローンのシステムが未だ確立しておらず、低所得者にとってアパートへの入居は容易ではない。ウランバートルにおけるアパート供給は、第二次世界大戦後、ソビエト社会主義共和国連邦の指導下において「近代的」都市建設がはじまって以降、進められた。それ以前のウランバートルはゲル地区から成り、計画経済下のインフラ整備・アパート開発によって現在の市街地中心部からアパートへの建て替えが進んだ。しかし1990年の民主化以降は国主体のアパート供給が停滞し、民間会社による供給は数の不足かつ価格が高騰した。つまり、特に教育や就業機会を求めた移住者にとってアパート居住は極めて実現が困難な状況にある。こうした現状の中、既存のゲル地区の近隣に新たにゲルをたて区画を形成し、居住を開始する人が続出した。さらに2003年に施行された土地法によって、ゲル地区居住者が自らの敷地を私有地として申請し権利も持つことが可能になったことも、ゲル地区での居住拡大に拍車をかけた。社会主義時代にアパート開発を待ち残存していたゲル地区は、民主化以降、市民にとって不可欠な居住地としてさらに拡大したのである。
  • 伊藤 直之, 田中 尚人, 戸田 順一郎
    セッションID: P066
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
    シビックプライド(Civic Pride)とは,市民が都市や地域に対して持つ自負と愛着である。教育の過程で子どものシビックプライド育成に意図的計画的に関わる場面は,小学校である。小学校における地域学習は,身近な地域における事象を総合的に考察していくことから,地域学習のプランニングは一つの学問によらず,複数の学問からのアプローチが可能である。そこで,筆者らは,専門とする学問の垣根を越えた共同研究(科研費「異学問・学校・地域との協働によるシビックプライドを育む小学校社会科地域学習の開発」)を通して,教育目標としてのシビックプライドを,「市民が地域社会や環境に対して持つ自負や愛着,そして,それらをより良くする能動的な参加の精神」と定め,その基礎となる小学校における地域学習プログラムの開発と実践を試みることにした。  本発表は,我が国の小学校社会科の目標とされてきた「公民的資質」との異同についての筆者らの見解を提示し,英国の初等学校における教育実践との比較を通して,従来の地域学習の成果と課題を明らかにしたい。  
    2.我が国の小学校学習指導要領における社会科地域学習
      我が国の小学校学習指導要領では,第3学年と第4学年の社会科を「自分たちの住んでいる身近な地域や市(区,町,村)」や「県(都,道,府)」を対象にした地域学習と位置づけており,学年目標として「地域社会の一員としての自覚」や「地域社会に対する誇りと愛情」などを挙げている。シビックプライドと強く関連するこれらの事項と,筆者らの捉えには共通するところもあるが,あえてその違いを示すならば,自覚や誇りが“能動”的であるかどうかにある。例えば,「地域の発展に尽くした先人の具体的事例」という教育内容に象徴されるように,学習指導要領では模範とされるような人物への感情移入を通して「努力」や「苦心」を理解することが期待されているが,地域住民として望まれる態度の育成という点では,“受動”的と言わざるを得ない。いわゆる「人物学習」というアプローチに代わる選択肢を模索し,より広い視野から地域社会を捉え,考えていく学習プログラムの開発と実践が求められよう。  
    3.英国の初等学校におけるHumanitiesの実践
      上述の問題意識にもとづき,筆者らは2015年9月7日(月)に,オックスフォード・ブルックス大学名誉教授Simon Catling氏の協力を得て,オックスフォード郊外のWheatley Church of England Primary Academyを訪問し,当学校教員へのインタビューと授業視察を行った。  当学校では,算数や英語などの教科が午前中に割り当てられ,午後は全学年でHumanitiesの学習が行われていた。Humanitiesとは,複数の教科を結びつけたトピック学習やスキル学習のことを指す。学期によって異なるトピックが設定され,関連する教科群も変化する。当学校のカリキュラムでは,2015年の秋学期から2016年の夏学期までの1年間を6つに分けて,「食料」「地面の下」「理科」「水」「地理」「より早く,より高く,より強く」というトピックないし中核を成す教科が設定されていた。我々の訪問時は「食料」というトピックのもとで,いわゆる「リテラシー」を中心に,算数や理科,地理,歴史,図工,宗教,体育などの各教科と連携させた実践が展開されていた。 我が国の小学校における社会科や総合的な学習の時間と比べると,教科横断の範囲がより広く,学年を越えて同一のトピックに定めて大規模に展開していた。また,教育内容よりも,「知識へとアクセスするためのスキル」が重視されていた。筆者らの取り組む地域学習プログラムにとって,計画と実践の両面で大きな示唆を得ることができた。
  • 丸山 洋平
    セッションID: 511
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    高齢化が進む中で高齢者の多様化も進んでいる。健康状態、経済状態、世帯類型、地域社会との関係、ICTの利用頻度など、高齢者を一括りにはできなくなってきており、単純に高齢者数や高齢化率を見ても、高齢化社会の実態を捉えることが難しくなっている。今後は、今まで以上に特定の属性を持つ高齢者を対象とした政策の重要性が高まると考えられるため、そうした政策の形成過程に寄与するような特定の属性を持つ高齢者を把握する測度を開発し、普及する必要がある。日本では伝統的に老親介護は家族の責任とみなされ、ケア労働は家族が提供すべきものであるとされてきた。その家族介護を社会的介護に転換するという目的で介護保険制度が導入されたという経緯があるが、介護保険導入後も家族介護の果たす役割は依然として大きく、家族的なサポートを受けられない高齢者が生活で困難を抱えやすいという点がより強まっている可能性がある。本研究ではこうした高齢者を「孤立的高齢者」と捉え、その地域分布および孤立状態の地域的差異を分析し、孤立する高齢者の実態をマクロ的に把握することを試みるものである。  
    孤立的高齢者を把握するに当たり、住宅・土地統計調査の「子の居住地別世帯数」のデータを利用する(1993年調査から2013年調査の5回分)。高齢単身者(データ上では高齢単身世帯)のうち、子の居住地が「片道1時間以上」と「子はいない」に分類される者を孤立的高齢者の操作上の定義とした。すなわち、一人暮らしであるために家族的なサポートを受けられず、かつ、子どもが遠居またはいないために日常的なサポートを受けられない高齢者である。
    全国的な変化を見ると、孤立的高齢者は1993年の94.1万人から2013年の447.0万人に急増しており、高齢者全体および高齢単身者よりも大きく増加している(1993年を100としたときの2013年の大きさは、高齢者全体、高齢単身者、孤立的高齢者の順に188.7、358.9、475.0)。また、孤立割合(高齢単身者に占める孤立的高齢者の割合)は1993年の51.7%から2013年の68.4%にまで上昇しており、今や高齢単身者の7割弱が孤立状態にある。
    孤立的高齢世帯の地域分布として、各地域ブロック別のシェアを見ると、東京圏のシェアが1993年の22.1%から2013年の34.2%に大きく上昇しており、孤立的高齢者が東京圏で集中的に増加していることが指摘できる。また、東京圏では、孤立的高齢者の方が高齢単身者よりも増加率が大きいことから、孤立的高齢者の増加が高齢単身者の増加を牽引しているという構造が示唆される。
    孤立割合を地域ブロック別に見ると、いずれの地域ブロックも1993年から2013年の20年間で上昇しているが、特に大都市圏で上昇幅が大きい(東京圏56.7%→76.2%、中京圏48.5%→65.5%、大阪圏50.7%→71.7%)。その一方で、非大都市圏の地域的差異は、東北地方と山陰地方で孤立割合が高く、山陽地方、四国地方、九州地方では低いという傾向が20年にわたって継続していることが確認された。
    東京圏に孤立的高齢者の増加が集中していることは、生涯未婚率の高さから考えると、結婚せず、未婚のまま高齢期を迎えたために単身化し、子どもがいないことで孤立するという状況が顕在化したものと捉えることができるとともに、孤立する高齢者に係る課題が東京大都市圏を中心に今後発生していくと見通されることを意味している。非大都市圏の孤立状態の地域的差異は、親子の同居規範、並びにそれに基づく家族形成行動が影響しているものと考えらえる。すなわち、同居ではなく近居を選ぶ傾向の強い西南日本では、子どもが近居する高齢単身者が相対的に多くなるため、孤立割合は低くなる。その一方で、同居傾向が強い東北日本では、親子同居する条件が整えば同居が実現されるものの、子どもが大都市圏へ流出したまま戻らない等の理由で条件が整わない場合に、単身の高齢親が孤立しやすいと考えることができる。
  • 宮坂 諒
    セッションID: 617
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.問題の所在
    日本における清酒業は,1970年代をピークとして,酒類消費嗜好の多様化や酒税法の改正等からビール,ウイスキー,ワイン,焼酎等,清酒以外の酒類にシェアーを奪われる「清酒離れ」が進み,清酒需要は停滞・低迷し,生産量(製成数量)は1973 年度の1,421千klをピークに447千kl(2014年度)へ,また製造免許場も1956年度の4,135場が1,785場(2014年度)へと減少,近年では産地・業者間競争の激化からその再編成が顕在化している。この再編成では,灘・伏見などの銘柄産地や大企業が競争を優位に進め,集中度を高める一方,中小産地・業者は顕著な衰退を示している。ただし中小産地・業者の中には,経営の維持・発展に成功した事例も少なからず存在する。そこで本報告では,兵庫県・京都府に次ぐ生産・出荷量を持つ,日本における代表的な中小清酒産地である新潟県を事例に,清酒業の存続への対応形態を考察する。
    2. 研究対象地域の概要  
    本報告で対象地域とする新潟県は,全国最多の免許場数を持ち,出荷量は主産地である兵庫県・京都府に次ぐ全国3位で,日本における代表的中小産地といえる。当該地域における清酒業は,酒造に適した水,豊富に生産される米,農閑期の労働力,寒冷な気候などを立地条件として成立した。昭和期には2級酒を中心に生産する産地として発展し,また周辺に大産地が立地しないことから,桶売り・桶買い(未納税移出入)は少なかった。現在,当該地域においても全国的な清酒需要の低迷を受け,生産量・出荷量ともに減少傾向にあるが,その減少率は全国的に見て低い。
    3. 昭和期における存続への対応形態  
    1962年の酒税法の改定と,1969年の生産の自由化は,産地・業者間競争を,特に中小産地間において激化させた。 当該地域では,他地域との差別化をはかり,酒造組合と醸造試験場が,県産水や県産米に適した酒質(淡麗)への統一,高品質・高付加価値な質重視の酒造りへ誘導し,多くの県内企業もその方針に従った。この当該地域で生産される清酒の淡麗化・高品質化は,1980年代以降の全国的な「淡麗辛口ブーム」の端緒となり,当該地域は,高品質で淡麗な清酒を生産する地域としてのブランド力を獲得,その結果1996年まで当該地域の出荷量は増加傾向にあった。
    4. 現在における存続への対応形態  
    現在,当該地域の多くの企業では,一層の特定名称酒などの高付加価値製品や,高精白米による高品質製品の生産特化により存続をはかっている(特定名称酒出荷率:新潟県64.4% 全国29.9%,平均精米歩合:新潟県58.1% 全国66.2%)。一方で,産地としてのブランド力の高さから近年,他県・他業種資本の参入が増加しており,県内の約20%の企業は,他県・他業種企業の支援を受けるか,子会社・関連会社になることによって蔵や銘柄の存続をしている。
    5. おわりに  
    新潟県清酒業は,現在に至るまで,酒造組合・醸造試験場主導のもと,技術を生かした高品質・高付加価値製品への特化によって,産地としてのブランドを構築し,存続している。しかし,近年の他県・他業種資本の参入が,従来の産地としての同一行動や,酒質の統一を困難にしている。
  • 秋元 菜摘
    セッションID: 711
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ 研究の背景と目的
    近年,高齢化や自治体財政の効率化などを背景として,国土交通省はコンパクトシティ政策を推進しており,全国の自治体が都市政策に導入しつつある(国土交通省, 2013).多くの自治体では,複数中心地を結び付けるネットワーク型の都市構造を提示しているが,Danzig & Saaty(1974)が提案したモデルは都心を中心とする同心円状であり,初期にコンパクトシティの概念を都市政策に策定した青森市の一極集中型の都市構造が最も近い(青森市 1999).本研究では,青森市を事例としたシミュレーション分析により,一極集中型コンパクトシティ政策の実効性を明らかにする.
    Ⅱ 分析方法
    シミュレーション分析では,市街化区域(ミッド・シティ)内への人口集約化について,市街化区域外(アウター・シティ)からの人口移住を仮定した.また,アウター・シティに立地している大規模郊外団地である戸山団地について,バス交通の多頻度化を仮定した.分析では,2010年における中心駅(青森駅)へのアクセシビリティを指標としており,用いたデータは国勢調査1/2地域メッシュの人口・世帯と,青森市営バス時刻表によるバスの運行頻度(休日13~15時台平均)である.なお,空間解析にはArcGIS 10.0 Network Analystを利用した.
    Ⅲ 結果
    人口移住は,移住割合の上昇に伴ってアクセス可能人口割合が高まり,特に総人口の50%未満や高齢者で改善効果が高かった.公共交通の多頻度化では,バスの運行頻度が5倍までアクセシビリティの改善に効果的であり,人口・世帯属性によって改善傾向に差異が見られた.以上のことから,中長期的に都心周辺への人口移住を進めつつ,政策の実効性を高めるために集約化先をインナー・シティとすることも検討の余地がある.郊外団地への対策は,短期的には団地内の生活関連施設を維持しながら,バス交通による都心への連絡性を高めることが重要である.また,最終的に郊外核として維持することを明確にし,目標とする都市構造に組込むことを検討する必要がある.

    参考文献
    青森市 1999. 青森市都市計画マスタープラン.
    国土交通省 2013. 平成25年度 国土交通白書.
    Danzig, B. G. and Saaty, L. T. 1974. Compact city: A plan for a liveable urban environment., W. H. Freeman & Co., San Francisco.
  • 戸田 順一郎, 田中 尚人, 伊藤 直之
    セッションID: P067
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに  
    シビックプライド(Civic Pride)とは,市民が都市や地域に対して持つ自負と愛着である。教育の過程で子どものシビックプライド育成に意図的計画的に関わる場面は,小学校である。小学校における地域学習は,身近な地域における事象を総合的に考察していくことから,地域学習のプランニングは一つの学問によらず,複数の学問からのアプローチが可能である。そこで,筆者らは,専門とする学問の垣根を越えた共同研究(科研費「異学問・学校・地域との協働によるシビックプライドを育む小学校社会科地域学習の開発」)を通して,教育目標としてのシビックプライドを,「市民が地域社会や環境に対して持つ自負や愛着,そして,それらをより良くする能動的な参加の精神」と定め,その基礎となる小学校における地域学習プログラムの開発と実践を試みることにした。
    本発表は,佐賀県小城市立牛津小学校におけるシビックプライドを育む小学校地域学習プログラムの試行的実践の成果と課題について報告する。

    2.概要
    平成27年度は,昨年度に続き佐賀県小城市立牛津小学校萩尾寿隆教諭の協力のもと,萩尾教諭が担任をつとめる6年1組において,シビックプライドの涵養に繋がる教育プログラムの開発・実践を試みた。

    3.授業内容
    授業内容については筆者らの議論および萩尾教諭との協働のもと設計した。大まかな流れは以下のとおりである。
    (1)地域の「いいところ」探し[事前]
    小学生に,当日大学生に自慢したい地域の「いいところ」を宿題としてあらかじめ考えておいてもらう。
    (2)趣旨説明,自己紹介[1時間目]
    (3)まちあるき[2•3時間目]
    通学路をもとにしたグループごとに大学生の引率でまちあるきを行い,小学生が考えてきた地域の「いいところ」を自慢してもらう。あわせて,他の「いいところ」を探しながらまちを歩く。
    (4)マップづくり[4時間目]
    まちあるき時に撮影した写真を用い,グループごとにマップを作成する。
    (5)発表会,ふりかえり[5時間目]  

    4.成果
    授業の前後には,自分の住む地域への愛着や自慢できるもの等について問うアンケートを実施した。授業実施後には,自分の地域を肯定的,好意的に捉える回答が増加した。またこの授業を通じ自分の地域の良さについて気づいたとの感想が多く得られた。  

    5.授業手法としての意義
    本授業では,自分の住む地域や地域の「いいところ」について自覚的ではない小学生に対し,複数の考える機会,気づきの機会を提供している。まず宿題時に自分の地域の「いいところ」について考える。まちあるき時には,自分が考える地域の「いいところ」を大学生(外部者)に紹介し,賛同してもらう。またまちあるきをしながら,大学生と一緒に地域の「いいところ」を発見する。さらに成果発表時には,地域の「いいところ」について発表し,他の生徒の発表する地域の「いいところ」を知る。  
    よって本授業手法の意義は,第一には「他者(特に外部者)に自慢する」という仕掛けとまち歩きを組み合わせることによる,普段は考えることがない自分の地域や地域への誇りについての意識化への寄与,第二には「他者」の発言(賞賛,同意,自慢)を契機とした,自分の地域に対する誇りの醸成への寄与にあると考える。
  • 宇根 寛
    セッションID: P070
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    近年の地理空間情報技術、情報通信技術の発展と、2007年に制定された地理空間情報活用推進基本法に基づく様々な施策の展開を背景に、地理空間情報の活用は急速に広がりつつあり、いつでもどこでもだれでも地理空間情報を日常的に活用する社会が実現されつつある。一方で、国民、特に若年層において、最低限の地理的知識などの地理空間情報リテラシーが低下しているとの指摘がある。また、地理空間情報のさらなる活用推進には、十分な空間認知能力とGISに関する技術、それに一定の常識的な地理的知識を備えた地理空間情報技術の担い手の育成が必要である。 このような中、中央教育審議会では学習指導要領の改訂に向けた検討が進められており、2015年8月に公表された同審議会教育課程特別部会論点整理では、「持続可能な社会づくりに必要な地理的な見方や考え方を育む科目「地理総合(仮称)」 の設置を検討することが求められる。」とされ、高校地理の必履修化に備えた教員の知識とスキルの向上が急務である。 さらに、2011年の東日本大震災の痛ましい経験を教訓に、防災における自助、共助の重要性が叫ばれている。このためには、幼少期から防災教育を進め、自然災害に関する心構えと知識を備えた個人を育成することが必要であり(国土交通省,2015)、自らの命と生活を守る観点からも地理的な見方、考え方を身につける地理教育の重要性が高まっている。
      国土地理院は、これまでも、「地図と測量の科学館」への児童生徒の受け入れや「全国児童生徒地図優秀作品展」の実施、職員による学校への出前授業など、さまざまな地理教育を支援する取組みを行ってきた。しかしながら、基本的な測量の実施と地理空間情報の整備、提供を行う機関であるとの意識が根強く、地理教育の支援はどちらかというと受身的な対応であったことは否めない。 地理教育を強力に支援することにより、次の世代によりよい国土、健全な国土を引き継いでいくことは、国土地理院の重要な任務のひとつであるとの認識のもと、2015年11月に、院内に地理教育支援チームを設置し、検討を開始した。まずは、地理教育を取り巻く現状を把握し、取り組み方針を策定するとともに、学術団体や教育関係者との協力関係を構築することに取り組んでいる。
    具体的な取組みのメニューとしては;
    1)教育現場の支援
    ・教員の理解の促進  全国レベル、地域レベルの教員研究会、教員を対象としたセミナー、教員免許講習会などの場で国土地理院が提供する情報や活用方法などの説明を行う。
    ・教材・素材の整備・提供  国土地理院のデータの教育現場での利活用方法や、現場で使いやすいように加工した地図などを、教員がいつでも入手可能な方法で提供する。
    ・教科書会社等への情報提供  教科書や教材を制作する会社等に対する説明会を行う。
    ・学会等との連携  教育現場を支援する学会等の取組みに協力する。
    2)児童生徒と保護者へのアプローチ
    ・出前講座、出前授業等の積極的な実施 電子基準点が設置してある学校などをターゲットに、積極的に出前授業等を提案する。また、地域レベルできめ細かい対応ができるよう、本院、地方測量部の組織体制を強化する。
    ・児童生徒地図優秀作品展の支援  各地の児童生徒地図作品展を支援するとともに、全国作品展での大臣表彰などを引き続き実施する。
    ・地図と測量の科学館の活用 つくばの本院にある地図と測量の科学館を積極的に活用し、児童生徒の見学受け入れや、学会等と連携したスクーリングなどを実施する。
    3)防災教育
    ・ハザードマップ等の情報提供  ハザードマップポータルや地理院地図等を通じてハザードマップや土地条件図等の防災に資する情報が容易に入手できる環境を整備する。
    ・国土交通省、気象庁等との連携
  • 松尾 宏, 中村 圭三, 松本 太
    セッションID: P047
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    ネパール南部のテライ低地ナワルパラシの農村集落における水利用の状況やヒ素汚染の実態、気候環境と屋内環境を把握するため、住民の生活の実態について、聞き取りおよびアンケート調査を実施した。その結果について報告する。
  • 増根 正悟
    セッションID: 725
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
      1989年の体制転換以降、中東欧の旧社会主義諸国では、旧土地所有者への農地返還の過程で多くの個人農が創出された。農地返還は社会主義体制以前の土地台帳に基づいて行われたため、歴史的に零細農家が多かったスロヴァキアでは、きわめて狭小な農地を所有し家族労働力に依拠した小規模個人農が多く誕生した。現在のスロヴァキアでは、大規模な農業経営体である協同組合と会社農場が卓越しているが、近年は商業的な農業経営を行う小規模個人農の増加が目立っている。とくに、スロヴァキアにおける小規模個人農の特徴は、ワイン生産農家が卓越する点にあり、スロヴァキア農業の全体像を明らかにするうえで、小規模ワイン生産者の動向の分析が不可欠となっている。そこで本研究では、体制転換後の新たなスロヴァキアの農業形態と農地所有状況の変化を把握するために、首都ブラチスラヴァの近郊に位置するペジノク郡を研究対象地域として取り上げ、小規模ワイン生産者の経営実態を明らかにすることを目的とする。
       ペジノク郡では、2000年代以降、これまであまりみられなかった小規模ワイン生産者が急激に増加するようになった。その要因としては、まず市場経済に適応できない協同組合の解体が相次いだことがあげられる。すなわち、協同組合の中には、市場経済に適応できず、消滅や規模縮小を余儀なくされる経営体が多かったが、解体に伴って生じた耕作放棄地を借地したり購入したりすることにより、小規模ワイン生産者が農地を確保することが可能となった。また、2004年のEU加盟前後からスロヴァキア経済が急成長を遂げ、それに伴って消費者の嗜好が従来のバルクワインから上質ワインに転換していったことも、小規模ワイン生産者が経営基盤を確立するうえで重要であった。こうした消費者のニーズの変化が、個性豊かな上質ワインをおもに生産してきた小規模生産者にとって有利に働く結果となった。 小規模ワイン生産者は、ブドウ栽培・ワイン醸造の専門学校の授業や、長年自家製ワインを生産してきた家族を通じて、経営を開始する以前からブドウ栽培・ワイン醸造の十分なスキルを身に付けていた場合が多かった。また、ワイン関連以外の仕事に従事した経験をもつ者が多く、そのことがブドウ栽培・ワイン醸造に必要な資金を調達することを可能にした。さらに、家族労働力を主体とする経営であるため人件費を抑制できたことや、知人・家族から無償または廉価で農地を借入れたり購入したりするなど、低コストで経営拡大を実現できたことも、生産者の増加の要因として重要であった。
       小規模ワイン生産者は、ブドウの自家栽培の有無、専業か否かなどにより、いくつかのタイプに区分することができるが、多くの生産者はブドウの自家栽培とワイン生産の専業化を目指している。生産されたワインの出荷先は、ペジノク郡及び近隣自治体である場合が一般的であり、醸造所での直売のほか、近隣の飲食店やワイン専門店への出荷が多い。また、市場の確保だけでなくワインツーリズムの集客についても、首都ブラチスラヴァに近接していることが大きな意味をもっていることが分かった。そして、各自治体で開催されるワイン関連のイベントへの参加も、ワインの販売促進において重要な役割を果たしていた。 しかし今後、小規模ワイン生産者が経営の拡大を図っていくうえでは、いくつかの課題も存在する。1つ目は、非効率的な土地利用の問題である。小規模ワイン生産者は市内外の複数の土地所有者から農地を借入れるか、または購入してブドウ栽培を行っているが、それらの農地は分散して存在している場合が多い。その上、各圃場の面積がきわめて狭小であるため、機械による作業を行うことが難しい。2つ目は、耕作放棄地の耕地化の問題である。長期に及んだ土地整理事業の中で拡大した耕作放棄地を、再びブドウ栽培が可能な状態にするためには、新たな苗木の購入や除草等の労力が必要であり、生産者への負担が大きい。3つ目は、地価上昇の問題である。近年ペジノク郡はブラチスラヴァの近郊住宅街として人気が高まっており、土地所有者にとっては住宅地としてより高額で売却する方が魅力的であるため、農地の確保が次第に難しくなっている。 ただ、これらのネガティブな条件にもかかわらず、多くの小規模ワイン生産者はブドウの自家栽培にこだわり、農地のさらなる借入れや購入を志向する場合が多い。その背景には、近年のブドウの買取り価格の上昇のほか、保護原産地呼称制度の導入にともないブドウの原産地が消費者に重視されるようになってきたこと、個性的なワインを生産することで大規模ワイン生産者との差別化を図れること、などがある。小規模ワイン生産者は、美しい農業景観の維持や、ワイン生産の伝統継承という役割も担っており、今後の一層の発展が期待されている。
  • 兼子 純, 山元 貴継, 山下 亜紀郎, 駒木 伸比古, 橋本 暁子, 李 虎相, 全 志英
    セッションID: P064
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.研究課題と目的
    日本においても韓国においても,国土構造として首都への一極集中が指摘され,首都圏と地方都市との格差が拡大している。共に少子高齢化が進行する両国において,地方都市の疲弊は著しく,都市の成立条件や外部環境,地域特性に合わせた持続的な活性化策の構築が必要とされている。その中で日本における地方都市研究では,モータリゼーション,居住機能・商業機能の郊外移転などによる,都市中心部の空洞化問題が注目されやすい。空洞化が進んだ都市中心部では,低・未利用地の増加,人口の高齢化,大型店の撤退問題,生鮮食料品店の不足によるフードデザート問題などが生じ,大きな社会問題となっている。 一方で韓国では,鉄道駅が都市拠点となりにくく,また同一都市内で「旧市街地」と「新市街地」とが空間的にも機能的にも別個に発達しやすいといった日本とは異なる都市構造(山元 2007)が多くみられる中で,バスターミナルに隣接した中心商業地などの更新が比較的進んでいる。そして,地理学の社会的な貢献が相対的に活発であって,国土計画などの政策立案にも積極的に参画する傾向が認められるものの,金(2012)によれば,研究機関が大都市(特に首都ソウル)に偏在し,計量的手法の重視および理論研究への偏重によって,事例研究の蓄積が薄い。 それらを踏まえた本研究の目的は,低成長期における韓国地方都市の都市構造の変容を明らかにすることを目指して,その手がかりとしての土地利用からみた商業地分析の手法を確立することである。なお,今回の報告は調査初年度の単年次のものであり,今後地域を拡大して継続的に研究を進める予定である。
    2.韓国における一極集中と地域差
    先述の通り,韓国は首都ソウルとその周辺部への一極集中が顕著である。その集中度は先進諸国の中でも著しく高く,釜山,大邱,光州,大田の各広域市(政令指定都市に相当)との差が大きい一方で,これら広域市と他の地方都市との格差も大きい。
    3.対象都市
    地方都市をどのように定義するのかについては議論の余地があるが,本研究では首都ソウルとその周辺部を除く地域の諸都市を前提とする。今回の調査対象地域としては,韓国南部の慶尚南道梁山市の中心商業地を選定した。梁山市は同道の東南部に位置し,釜山広域市の北側,蔚山広域市の南西側に接している。高速道路で周辺都市と連結されており,さらに,釜山都市鉄道粱山線(2号線)によって,釜山市の中心部とも直接結ばれている。このように梁山市は,釜山大都市圏の一部を構成する都市である一方,工業用地の造成が進み,釜山大学病院をはじめとする医療サービスおよび医療教育の充実した新興都市として独立した勢力があり,人口増加も顕著である(2014年人口:292,376)。  そのうち新市街地は梁山川左岸に位置し,そこに梁山線が2008年に全通し,その終着点でもある梁山駅が開業した。同駅に近接して大型店E-MARTが立地しているほか,計画的に整備された区画に多くの商業施設が集積している。E-MARTに隣接してバスターミナルも立地し,全国各地への路線網を有する。一方,旧市街地は新市街地から見て国道35号線を挟んだ東に位置している。そこには梁山南部市場およびその周辺に生活に密着した小売店舗が集積しており,伝統的な商業景観が形成されている。
    4.調査の方法
    今後,韓国の各都市の都市構造の動態的変化を継続的に調査することを目指して,今回はその調査手法の確立を目指す。特に,韓国の商業地における店舗の入れ替わりは日本に比して頻繁で,その新陳代謝が都市を活気づける要因ともなっており,その変化に関心が持たれる。しかし,そうした変化を既存の資料から明らかにすることは難しく,実態調査が求められる。そこで今後,継続的に定点観察することを予定している中で,業種分類の設定の仕方なども重要となる。今回は予備的調査として,事例都市において商業地の調査手法を確立し,その方法を他都市に展開していくことを目指す。
  • 塩谷 純佳, 鈴木 毅彦
    セッションID: 813
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    関東周辺には第四紀火山が多く分布しており,同地域の地形面の多くはテフロクロノロジーによって離水時期などが求められている.その結果,多くの段丘面では貝塚(1957)に示された氷期・間氷期サイクルと段丘形成の関係が見出されている.
    宇都宮市周辺では鬼怒川に沿って段丘が発達し,高位から飛山・上欠面,宝積寺面,鹿沼面,岡本・大和田面,峯町面,宝木面,田原面と区分されている(鈴木 2000).本地域ではローム層中に多くのテフラが見出され,真岡軽石(MoP)より上位のテフラに関しては給源火山や分布が詳細に明らかになっている(鈴木 2008)が,その下位のテフラについては未だに不明確なものが多い.中期更新世に離水したとされる宝積寺面は,それを覆う上位のMoPと,覆わないより下位の塩原大田原テフラ(Si–OT)によって大まかな離水時期が示され,鈴木(2000)ではMIS8とされている.しかし,氷期・間氷期サイクルと離水時期との関係は十分に議論されていない.そのため,本研究では宇都宮地域における中期更新世のテフラを整理し,高精度な年代軸を挿入することによって宝積寺段丘の離水年代を再検討した.
    2.研究手法
    国土地理院公開の5m–DEM,空中写真を用いて段丘区分後,現地調査を行った.飛山・上欠面において採取したテフラ試料は椀がけ法で洗浄後に風乾させた.その後,鉱物組成,重鉱物の屈折率,カミングトン閃石・ホルンブレンド・チタン磁鉄鉱の主成分化学組成を分析した.
    3.結果
    宝積寺面よりも高位の飛山・上欠面を被覆するロ–ム層中(MoP~Si–OT間)からカミングトン閃石を特徴的に含む飛山1–G,上欠1–G’,およびその下位にホルンブレンドを特徴的に含む飛山1–A・上欠1–A’を検出した.
    1)カミングトン閃石含有テフラ
    飛山1–G・上欠1–G’はカミングトン閃石の屈折率がそれぞれ,1.661—1.668,1.662—1.666であり,菅平第2テフラ(SgP-2)の屈折率(1.662–1.666)と類似する.また,カミングトン閃石の主成分化学組成は飛山1–G,上欠1–G’,SgP-2間でいずれも酷似する.従って,飛山1-G,上欠1-G’はSgP-2と対比できる.
    2)ホルンブレンド含有テフラ
    飛山1–A・上欠1–A’はホルンブレンドの屈折率がそれぞれ,1.677–1.684,1.678–1.685であり,四阿蓑原テフラ(Az–MiP)の屈折率(1.676–1.684)と類似する.両テフラ中に含まれるホルンブレンド・チタン磁鉄鉱の主成分化学組成は分散するものの,1/3以上の粒子がAz-MiPのその分散域と重なることから,飛山1–A,上欠1–A’はAz–MiPと対比できる.
    4.考察
    MoP~Si–OT間でSgP-2,Az–MiPが挟在していること,MoP~宝積寺礫層間にカミングトン閃石が確認されていない(山元2006,2013)ことから宝積寺段丘面の離水時期はMoP~SgP-2間であるといえる.SgP-2は阿多鳥浜(240 ka)の直上にあり,その噴出年代は240 kaと考えられる. MoPの噴出年代には150~200 ka(鈴木 2011)と220~230 ka(山元 2007)があり,見解に違いがある.それぞれの年代から判断すると,離水時期は150~240 ka,または220~240 kaとなる.
    そこで, Az–MiP,MoPの上位に位置し,同調査地点で観察される赤城鹿沼軽石(Ag–KP,44.2±4.5 ka;青木ほか 2008)や御嶽第一テフラ(95.7±5.3 ka;青木ほか 2008)の直下に位置する日光満美穴テフラ(Nk–MA)からSgP-2までのロ–ム層の厚さから堆積速度を求めて離水年代を推定した.Nk–MA~SgP-2間のローム層の堆積速度は7.6~8.2 cm/kyrとなり,これに基づくと宝積寺面の離水年代は220~222 kaとなる.この堆積速度からMoPの年代を求めると154~161 kaとなり,鈴木(2011)の年代の範囲内に入る.また,Ag–KP~SgP-2間の堆積速度は7.4~7.8 cm/kyrとなり,離水年代は219~222 kaとなる.以上の点から離水年代は219~222 kaと求められる.加えて,宝積寺段丘面の勾配が間氷期に離水した峯町面の勾配,および後氷期である現河床の勾配と類似するため,宝積寺面の離水時期はMIS7の間氷期であると推測される.
  • 阿部 隆
    セッションID: S0504
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    岩手県山田町の死亡・行方不明者の詳細な住所、建物被災状況、建物用途現況、津波浸水範囲、被災前の住宅地図を利用して死亡・行方不明者が住民登録をしていた住家の位置と被災状況を特定し、それを地区別、建物被災状況別、年齢別、死亡・行方不明者数別に整理することによって、死亡・行方不明者の避難行動を推定した。その結果次のような点が明らかとなった。

    1、死亡・行方不明者発生の1住家あたりの死亡・行方不明者数が地区によって大きく異なっている。津波浸水範囲外の豊間根・荒川地区は1.0であり、その一部が浸水範囲となっている、長崎・飯岡地区も1.2以下である。 これに対し、中心市街地に隣接する北部の柳沢地区、南部の境田町ではそれぞれ1.50、1.63という値である。複数の死者・行方不明者が同一の住家から発生した状況をその性別や年齢から推定すると、高齢の夫婦、あるいは高齢の父あるいは母とその子供あるいはその配偶者(40代、50代)が共に罹災するというかたちが多かった。避難できない、あるいは避難しようとしない家族がいたことが、複数の死者・行方不明者の発生につながったと考えられる。

    2.建物被災状況別の死亡・行方不明発生率では、山田町全体としては、住家が「流失」した場合の発生率が最も高く、住家が「大規模半壊以下」である場合の約4倍となった。しかし、全壊家屋の中でも、被災程度が小さいと判定された住家の方が発生率が高かった地区もある。例えば、柳沢地区と中央町では、「撤去」と判定された住家での発生率が最も高く、北浜町、織笠地区では、「条件付き再生可」と判定された住家での発生率が最も高かった。これは、より堅固で流失しなかった住家からの避難が遅れたことを示唆している。

    3.山田町では、北部では関口川、中心部では西川、南部では織笠川という小河川が小規模な沖積低地を形成し、その上に市街地が形成されているが、低地部分は、ほとんど高度差がなく、背後の丘陵地に接する部分のいわゆる「山際」まで強い津波流が到達し、「山際」においても浸水範囲内の家屋の大部分が「流失」している。また、中心部西部の八幡町では、「撤去」判定の住家よりも海岸から遠い西部の住家が「流失」と判定されるなど、海岸からの距離と建物の被災状況との間に不整合がみられる。このことがどのような要因で生じたのかについては、津波火災の影響などもあり、未だ不明な点であるが、織笠地区や八幡町、境田町などでは、海岸あるいは河岸から離れた「山際」の「流失」住家で多くの死者・行方不明者が発生しており、このような場所で避難行動が遅れたことを示唆している。

    4.船越東部の船越小学校周辺の小谷に形成された住宅地で、多くの死者・不明者が発生している。この地域での避難行動の詳細は不明であるが、約10mの高さの防潮堤とその背後に立地していた水産加工などの工場群が標高10mから20m付近に立地していた住家から海面の状況を見ることを妨げ、いわゆる「危機感のスイッチ」が入ることを遅らせ、多くの死者・行方不明者を出すにいたったとの証言が得られている。



    次に、山田町の死者・行方不明者の年齢構成と2010年の山田町の年齢別人口構成との比較から、年齢階級別死亡率を算出し、岩手県全体の人口動態から得られた、年齢階級別死亡率との比を算出してみると、全体的には、0から4歳の階級が高く、高齢になるにしたがって低くなる傾向を認めることができる。高齢者は確かに死亡者数は多いが、通常死に比較して異常に死亡率が高くなった訳ではない。また、女性については、15~19歳、30~34歳、45~49歳、男性については、15~19歳と30~34歳において、死亡率が前後の年齢階級に比較して高かったことが認められる。このような変化を示す理由については、母集団が小さいため、他の被災地でも調査が必要であるが、男女ともに同様の傾向を示しているということは何等かの理由があると考えられる。すなわち、30~34歳の年齢階級は、0~4歳の幼児の両親の年齢階級に相当し、子供を助けるために親も死亡した場合があると考えられる。一方、45~49歳の女性は、前述のように、高齢者と一緒に居住していることが多く、高齢者を救助する行動が死に至ったことも考えられる。一方、15~19歳については、家族と一緒に被災したと思われる場合が多いという特徴がある。

    今後の検討課題としては、死亡・行方不明者の地理的、人口的特徴から類推されるその避難行動について、近隣住民などからの聞き取りによって裏付けていく必要がある。また、津波火災からの避難行動には、津波からの避難行動とは、異なる地理的、人口的特徴があると考えられるため、その詳細を明らかにしていく必要がある。  
  • 畠山 輝雄
    セッションID: 716
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    現在の農山村地域では、高度経済成長期以降の若年層の人口転出により少子・高齢化が顕著になっており、それに伴う限界集落化によるコミュニティの崩壊も進んでいる。このため、行政や住民による社会的結節点やサポートの重要性が指摘されているものの、行政の財政難や担い手の確保の難しさから、困難な状況になっている。
    このような状況下において、近年社会的企業が新しい公共の担い手として注目されている。また、他方で過疎地域では、少子化に伴う学校統廃合が近年進んでおり、学校という公共空間の跡地活用が課題となっている。本研究で事例とする徳島県三好市三野地区太刀野山地域では、旧太刀野山小学校の跡地において、「三好市休廃校等活用事業」のもとで、徳島市内の民間企業が高齢者サロンや通所介護を運営しながら集落維持に取り組んでいる。本報告では、廃校活用による集落維持の取組みの可能性とこれらの取組みが集落住民を含めた地域へ及ぼす影響を明らかにする。
    2.研究方法
     三好市休廃校等活用事業については、三好市へのヒアリングをした。また、廃校活用施設における取組みについては、活用事業者へのヒアリングをした。さらに、集落維持の取組みが及ぼす地域への影響について明らかにするために、2015年9月に太刀野山地域に居住する全住民に対して対面式によるアンケート調査を実施した。アンケートは、世帯票と個人票とに分けて実施し、それぞれ101(59.8%)、159(51.6%)の回収を得られた(母数は同時期の住民基本台帳による人数)。
    3.休廃校活用による集落維持の取組みの概要
     太刀野山地域では、基幹産業であった葉タバコ栽培の衰退によって高度経済成長以降に人口が減少した。それに伴い、太刀野山小学校の生徒数も減り、2004年には生徒数が0人になり休校となった。その後、2013年より三好市休廃校等活用事業が実施され、無償貸与による事業者の公募が始まった。ここに徳島市内の民間企業が跡地活用に応募し、2013年から高齢者サロンや通所介護を中心とした集落維持の取組みを実施している。
     同施設の収入源は、介護保険事業の通所介護、みよし広域連合からの委託による地域支援事業の介護予防事業、自主事業の介護予防体操教室、高齢者サロン・カラオケなどがあり、介護保険事業が大半を占めている。支出は賃料が無料であるため、人件費と光熱費が大半を占めている。
    4.休廃校活用による集落維持の取組みが地域へ及ぼす影響
     同施設が開設される以前は、集落内の住民が集まる機会は自治会が開催される年4~5回程度であり、太刀野山地域全体の住民が集まる機会は、ふれあい運動会と社協主催のいきいきサロンの年2回程度であった。しかし、同施設が開設された以降は、集落内の住民が毎週顔を合わせることになり、太刀野山全体でも4月に花見が開催されることで集まる機会が増加した。その結果、安否確認において民生委員の負担が減少しているほか、アンケート調査によると施設利用者は外出頻度が増加したケースが59.0%、友人との交流が増えたケースが71.8%、地域行事への参加が増えたケースが33.3%、健康状態が良くなったケースが38.5%と効果が表れ始めている。
     また、住民は同施設の必要性について67.3%が肯定的に捉えており、事業者の撤退を危惧して施設を守るために他地域から友人を勧誘したり、集落維持に向けた前向きな発言をするなど危機感を持ち出していることも大きな効果である。
    5.おわりに
     以上のように、廃校活用事業により太刀野山地域および住民の活力は向上したといえるが、今後人口が自然減しサービス需要が減少していく中で、事業を継続していくためには高齢者福祉以外の事業展開が必要であり、事業者では就労体験型宿泊などを実施することを検討している。

     ※本研究を行うにあたり、科学研究費補助金(基盤研究(A)『「社会保障の地理学」による地域ケアシステムの構築のための研究』研究課題番号:15H01783,研究代表者:宮澤仁),(基盤研究(B)を使用した。
  • 清水 長正, 指村 奈穂子, 角田 清美, 池田 明彦, 関 秀明, 宮下 けい子
    セッションID: P004
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    明治・大正期に、崖錐斜面を利用した蚕種貯蔵風穴(蚕種の孵化を抑制させるための天然冷蔵倉庫)跡が、多摩川上流域に複数存在する。これまでに檜原風穴(東京都檜原村)、釜ノ澤風穴・熊澤風穴(山梨県丹波山村)などの風穴の遺構がある。2014年以降、各風穴において温度観測を継続中で、温度変化、冬季の風穴風の風速と温度の日変化など、中緯度・低山領域における風穴の典型的な温度データが得られた。
  • 山村 祥子, 奈良間 千之
    セッションID: 817
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    中央アジアの天山山脈北部地域のキルギス・アラトー山脈において,2013~2015年の現地調査と衛星画像・空中写真の地形解析から山岳不連続永久凍土帯の空間分布を調べた.分布するデブリ地形を地形判読より抽出し,差分干渉SAR解析による流動検出から,同山脈では山岳永久凍土の存在指標である岩石氷河が数多く確認された.地表面変動解析により凍土を有すると判断された岩石氷河は対象山脈内では450ほどあり,岩屑供給源から分類した岩石氷河の起源は,6割が氷河起源タイプ,4割は崖錐起源タイプであった.気候環境・地形環境から,山脈北側・南側ともに凍結破砕による周辺岩壁からの岩屑供給が見込まれる活発な周氷河環境であるといえる.2013年~2015年にかけて実施した地温・流動観測の結果,観測サイトである氷河起源タイプの岩石氷河(3500m a.s.l)上で平均40cm/yrの流動が確認され,MAAT -4.62℃とMAGST -1.47℃から内部の永久凍土の存在が示唆された.岩石氷河の分布から,山脈の北側では2800m,南側では3200m以上に山岳不連続永久凍土帯が分布していること,その数・面積が北側に集中していることが明らかになった.対象地域では氷河起源タイプの岩石氷河が全体の約半数を占め,このような岩石氷河は氷河の縮小過程で取り残された氷河氷を起源として発達したとみられる.
  • 大谷 侑也
    セッションID: 1005
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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     東アフリカ中央部にそびえるケニア山(5199m)は赤道直下にあるにもかかわらず、その頂に氷河を有する。しかし、近年の地球規模での気候変動により、その「熱帯の氷河」は急速に縮小している。もし山麓域の地下水が消えゆく氷河を主な水源としているならば、将来的にその量は減少すると考えられる。それが現実となった場合、地域住民生活および生態系に及ぼされる影響は大きいと考えられる。また、同じ東アフリカに位置するキリマンジャロ山の氷河も同様に近年、急速に縮小している。その山麓域のアンボセリ湿地はサバンナにおいて貴重な水場となっており、豊かな生態系を育んでいる。しかし、その湿地水の由来や水質、氷河との関係性を調べた研究は未だ無い。当該地域の生態系を維持、保全する上でそのような情報を得ることは喫緊の課題である。
     ケニア山およびキリマンジャロ山と、両地域の山麓の水環境を把握するため、2015年に現地調査を行った。ケニア山では河川水、湧水、氷河、降水を採水し、現地観測を行った。山麓域では湧水、河川水を採水、現地観測を行った。キリマンジャロ山では氷河融解水を採水し、山麓域のアンボセリ湿地では湿地水、湧水をサンプリングした。サンプルは総合地球環境学研究所(地球研)のpicarro2号器(picarro社製)を用いて酸素同位体比測定(δ18O)を行った。その結果、ケニア山および山麓域で標高毎に採水された降水サンプルのδ18Oから、明瞭な高度効果(標高が高くなると酸素・水素同位体比の値が低くなる効果)が見られた。この直線により、湧水の涵養標高を推定することができる。ケニア山山麓域で採水された湧水のδ18Oの値は-4.1‰、−3.6‰であった。この値を高度効果の直線にあてはめると、約5000m付近の水が地下にしみ出し、山麓で湧出していると推察される。5000m付近は氷河や雪の解け水が多く存在する場所であり、今回の結果から、それが麓の湧水に多く寄与している可能性が示された。一方でキリマンジャロ山山麓のアンボセリ湿地水のδ18Oは−0.9‰から−5.5‰まで幅広い結果が得られた。このことから湧水地点によってその涵養源が異なることが示唆された。 
     また、ケニア山山麓の湧水中のウラン濃度は同じ成層火山である富士山のものと比べ100倍近い値を示した。地下水中のウラン濃度は、地下の花崗岩の存在量が多いほど濃くなることが知られている。玄武岩はマグマが地下で冷却され固まったものである。ケニア山は活発な活動を続ける東アフリカ大地溝帯の中央に位置するため、その地下には大量のマグマが存在する。今回得られた湧水中ウラン濃度から、ケニア山の地下には大地溝帯のマグマが姿を変えた花崗岩が大量に存在することが示唆された。
  • 関根 正人
    セッションID: S0302
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    近年,地球規模の気候変動が進み,気象が極端化してきたと言われている.このことはIPCCの第五次評価報告書を引用するまでもなく,我が国で最近発生した事例を見れば明らかである.たとえば2011年の紀伊半島豪雨,2013年の伊豆半島豪雨,2014年の広島豪雨がこれに当たる.また,2015年9月には鬼怒川の堤防が決壊するという被害まで起こった.極端に規模の大きなこのような豪雨は全国いたるところで発生するおそれがあり,どこで同様の被害が起こっても不思議ではない.極端気象の条件下では,ハードウエアにより被害を封じ込めることは不可能である.被害軽減のため今後もハードウエア整備は必要であり,被害発生を遅らせることも肝要である.ただし,それだけでは不十分であり,いざというときに住民自らが避難して命を守ることがきわめて重要である.
    行政による効果的な減災対策と住民の適切な避難行動を促進するためには,今後起こりうる豪雨の規模を見定め,これに対してどの程度の規模の浸水・氾濫がどのようなプロセスで発生するかを,科学技術の粋を集めて精緻に予測できるようにする必要がある.また,その結果を住民にわかりやすく伝えなければならない.また,住民は自ら暮らしているエリアの潜在的な浸水危険度について日頃から関心をもち,避難情報に注意を払わなければならない.なお,これまで浸水ハザードマップが各自治体から公表されてきたが,予測精度を向上させることに加えて,情報の伝え方の練り直しが必要である.行政から住民への情報の一方通行では意味がないのである.
    本講演では,まず極端化する気象ならびに近年の豪雨被害の実状についてふれる.その後,東京都23区に焦点を絞り,今後懸念される都心部の大規模浸水について説明する.講演者は,名古屋で発生した2000年の東海豪雨の被害を目の当たりにしたことを契機に研究を開始させ,荒川からの大規模氾濫も含めた「都市浸水」を可能な限り精緻に予測する手法の開発に努めてきた.この計算には,下水道や都市河川に代表される都市インフラに関わる情報がすべて忠実に考慮されており,現実に即した浸水予測が可能である.講演時にはこの手法を用いた数値予測の結果を紹介し,これを踏まえて東京都心部の浸水リスクについて一緒に考える機会としたい.また,浸水ハードマップのようなリスク情報はどうあるべきかについても,改めて議論するきっかけとなるようにしたい.
  • 水野 一晴
    セッションID: 622
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.スラム街,キベラの発達
    人口300万人を超す東アフリカ第一の都会ナイロビには郊外に出稼ぎ民の居住地区がある。その一つは、19世紀末にスーダン南部からイギリスが強制連行してきたヌビア人傭兵のための軍用居留地であったものが、1940年代以降からスクウォッター(不法占拠)化し、出稼ぎの町となった南部のスラム街、キベラ地区である。キベラは、植民地政府が計画的なナイロビの都市開発を推進しようとした際に、抵抗としてヌビア人らはキベラに無許可で長屋をつくり、ルオなどの出稼ぎ民たちに賃貸したため、キベラの人口は急増することとなった(現在推定人口約100万人)。 キベラのようなスラムではさまざまなインフォーマルセクターの経済活動が発達している。キベラのスラムは、ナイロビとキスムを結ぶ鉄道の線路沿いに展開しているが、その線路脇にはさまざまな生活用品を売る屋台のような簡単な店が延々と軒を連ねている。廃タイヤからゴム草履、古いブリキから鍋やフライパン、廃材から家具というような、資源をリサイクルして製造・販売する、おもに男性による手仕事もあれば、仕立屋や美容院など女性が活躍する商売など多種多様の仕事場が混在している。
    2.スラム街、キベラの衛生環境

    キベラには、病院や公立小学校などはなく、キリスト教の教会やNGOなどによって運営されている小学校があるにすぎない。キベラの中でも比較的経済力のあるわずかな人たちが水道を引き、多くの人たちがその水を買って暮らしている。また、ゴミはいたるところに捨てられ、トイレも限られているため公衆衛生面に問題が多い。トイレは長屋に一つあるのが一般的で(長屋の大家が一つのトイレを設置)、20~40世帯にトイレが一つあるくらいの数である。長屋にトイレがない場合は公衆トイレを使用する。公衆トイレは1回紙代を含んで5ksh(約6円)くらいである。トイレの数が少ないのは、トイレをつくるのにこのあたりの固い岩盤を掘らなければならず、岩盤の上にバラックの家を建てるより建設費がかかるためである。雨季にはトイレからの汚水がスラム街にあふれ、強烈な匂いが立ちこめる。
    3.スラム街、キベラの地域社会

    キベラのある世帯の場合、6畳くらいの広さの部屋を月1500ケニアシリングksh(約1800円)で家主から借り、そのほかに月300ksh(約360円)の電気代を家主に払っている。ちなみに家主は電線から勝手に線を引っ張って電気を盗んでいるのだが、キベラではそれが普通になっている。この家庭の場合、夫は健康に問題があるとして働いておらず、妻が野菜を売って1日に約50ksh(約60円)を稼ぎ、ときどき洗濯の仕事もして、洗濯をした日は300ksh(約360円)くらい稼ぐというが、家賃を払うだけで精一杯である。洗濯は、固定客の家にときどき御用聞きに回り、その家の軒先で洗濯をして、1回100kshからで、半日洗濯をして400kshくらいになるという。 キベラでは、都市化と居住の問題に取り組む国連機関である国連ハビタットUN-Habitat(国際連合人間居住計画)とケニア政府によってスラムの住民をスラム外の新住居に移住させて、スラム街を解消させる計画が実行されている。実際には身分証明書をもっているものだけが新住居に入居できるため、貧困でまともに病院で生まれなかった人、とくに女性はそのような身分証明書をもっておらず、スラムから閉め出されて、住まいを失っているのが現状である。
  • 濱 侃, 浜田 慎也, 近藤 昭彦
    セッションID: 1014
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    近年、小型無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)、ドローンの様々な活用方法が考案されている。環境研究においては、低空からの地表面計測技術として小型UAVにカメラを搭載した小型UAV近接リモートセンシング技術が、地域に対応できるオンデマンド・リモートセンシングとして重要性が高まっていくと考えられる。UAVで撮影された複数枚の重なり合う鉛直写真からは、SfM(Structure from Motion)多視点写真測量技術の適用によりオルソ空中写真、3次元モデル(DSM:Digital Surface Model)が簡単に作成でき、そこから多くの情報を抽出することができる。本稿では、これらの手法の適用事例として、千葉県印旛沼流域、桑納川における外来水生・湿生植物ナガエツルノゲイトウの継続的モニタリングから明らかになったナガエツルノゲイトウの動態について報告する。
    印旛沼流域では、特定外来生物である、ナガエツルノゲイトウが河岸に繁茂し、その強い繁殖力による群落の拡大・拡散に伴う様々な問題が生じている。なかでも、印旛放水路(新川)に注ぐ河川である桑納川(八千代市)は、特に群落が繁茂しており、台風などの大規模な出水時に群落が流れ出し、下流の排水機場に漂着することで排水作業に支障をきたしている。問題の解決のためにはナガエツルノゲイトウの駆除が必要であるが、効果的な駆除方法は確立されておらず、現在、千葉県印旛沼水循環健全化会議を中心とした産学官民連携の協働駆除作業が試行されている。その中で、筆者らは2015年5月末から2015年10月末まで1か月間隔(5/30、6/22、7/25、8/26、9/23、10/29)を目安にし、桑納川下流の河道区間を小型UAVで継続的に空撮し、ナガエツルノゲイトウの動態(生育特性や駆除後の状態)を記録することで、群落の空間分布、繁茂状況および時空間変化の把握を行った。
    桑納川全体の群落面積は、観測開始日から徐々に拡大し、5月末から10月末で約1.7倍に増加した(5/30:1239.8m2、10/29:2080.2m2)。観測期間の中で桑納川流域からは、駆除作業により740.0m2、降雨イベントをはじめとした流出で309.7m2の群落が消失した。中でも8/26から9/23の期間は、168.2m2の群落が流出し、観測期間中では最大の流出量となった。これは9月6~10日の台風とその直前の降雨による大規模出水イベントによる影響と考えられる。駆除作業を行った群落を除外した群落のみの面積変化では観測開始当時(5月30日)の面積を100(%)とすると、10月29日時点で304と約3倍に増加した。各観測間の面積増加率では、5月末から6月末の間が最大で、その後徐々に増加率は減少した。SfMで作成されたDSMの断面からは、鉛直方向の生長が計測でき、9月末までは群落高が上昇し、10月末には群落高が減少していることがわかった。これは、水上部の茎や葉が枯れ落ちている状態が計測値に表れていると考えられる。初夏の駆除作業の後、人力摘み取りを月1回実施した群落の再生状況をモニタリングした結果、5/30(まだ駆除作業は行っていない状態)の面積を100(%)とすると、6/22:120、7/25:4、8/26:6、9/23:6、10/29:7と推移した。また、摘み取り量は回を追うごとに減少し、完全な駆除はできなかったものの、群落の再生長を抑制できていることがわかった。
  • 山田 育穂
    セッションID: 517
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    欧米諸国における肥満や生活習慣病など深刻な健康問題を背景に、都市の住環境と住民の健康との関連性が、医療・健康地理学や空間情報科学の分野で近年再注目されている。なかでもコンパクト・シティとも関連が深い「都市のウォーカビリティ(歩きやすさ)」という概念は、住民の徒歩移動を促進して日常生活の中での身体活動量を増加させ、住民の健康維持・促進に都市環境の側から働きかける仕組みとして、欧米だけでなくアジアでも研究活動が拡大している分野である。世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本においては、高齢者が自立的・健康的に暮らせるまちづくりは、高齢者のQoL向上に資するのみならず、世代間の負担格差の軽減という意味でも重要な課題である。本研究は、アンケート調査を通じて地域の住環境と住民の身体活動・健康状態との関連性を明らかにして、超高齢社会における都市のあり方について健康という視点から検討することを目的とする。今回の発表では、2017年12月に実施したアンケート調査について報告する。

    本研究で用いたアンケート調査用紙は、世界で標準的に用いられている簡易版近隣歩行環境質問紙(Abbreviated Neighborhood Environmental Walkability Score; ANEWS)と国際標準化身体活動質問紙 (International Physical Activity Questionnaire; IPAQ)を基に再構築した。どちらも欧米で開発された質問紙であり、ANEWSについては相対的な道幅の狭さや犯罪率の低さなど日本の都市環境の特徴を考慮して質問項目の変更・調整を行った。IPAQでは回答者の負荷軽減のため、徒歩・自転車など交通に係わる身体活動を中心に質問を絞った。更に、個人の健康状態を示す指標として、主観的な健康状態、外出時の杖など補助具の使用状況、身長・体重(肥満指標BMI算出のため)についての質問を加えた。

    調査対象としたのは、「日本一健康文化都市」を目標に掲げる静岡県袋井市である。JR袋井駅を中心に、人口と人口密度、面積、駅からの距離、互いの連担性などを考慮して、多様な住宅地が含まれるよう18町丁目を選出し調査票を配布した。配布は主に日本郵便のタウンプラスというサービスを利用して、2017年12月11日から約1週間に渡り行われた。配布総数は4922通で、2016年1月25日現在1323通の回答が得られている(回答率26.9%)。
  • 渡邉 俊介
    セッションID: P060
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本研究では宮城県を事例対象地域の一つとして、上記4業態を対象に、回帰分析によって求めた業態毎の店舗立地確率をもとにGIS上でその立地変化シミュレーションモデルの開発を試みる。

     日用品店舗立地確率を求める手法に関しては、磯田・渡邉(2014)を参考にロジスティック回帰分析と地理的加重回帰分析を組み合わせた地理的加重ロジスティック回帰分析(GWLR)を用いた。変数に関しても磯田・渡邉(2014)に準じているが、人口と従業者の変数に関しては、多重共線性を考慮して人口ポテンシャルの概念を適用し、新たな変数として投入した。

    シミュレーションモデルの手法に関しては、小売法人への聞き取り調査及びアンケート調査から明らかにした店舗の出店・撤退プロセスを参考に開発した。また、磯田・渡邉(2014)で明らかになったように、日用品を扱う店舗の立地確率には業態間関係が大きく影響し、1店舗の出店・撤退が周辺の店舗立地確率を大きく変動させる。そこで、上記の影響を考慮したシミュレーションモデルを開発するために、セルオートマトン(以下、CA)モデルの考えを適用した。つまり、本シミュレーションの1回のサイクルでは、店舗の新規出店もしくは既存店舗の撤退が生じ、このサイクルを繰り返すことで立地変化を観察する。以下に、シミュレーションモデルの概要を説明していく。

    まず、シミュレーション前の準備として、店舗は道路に立地していると仮定し、宮城県内の道路データを10mラスタに区切り、各ラスタについてGWLRの結果を用いて店舗立地に関する対数オッズを算出した。また、店舗出店の法的制限として都市計画法の用途地域である「第一種低層住居専用地域」、農業振興地域の整備に関する法律の「農用地区域」に関しては、店舗の出店が厳しく規制されているためシミュレーションからは除外した。以上のラスタが初期状態のラスタであり、各ラスタにCVS、SM、Dg.S、HCの立地の対数オッズが算出されている。

    次にシミュレーションの実際のプロセスとして、まず店舗の出店・撤退を判断するために、対象ラスタのうち、各業態の店舗が立地していないラスタのなかから対数オッズの最大値と、店舗が立地しているラスタのなかから最小値の絶対値とラスタの位置を抽出する。そのなかで、最もゼロから遠い値をもつラスタにおいて、その値が最大値であれば出店のプロセスを、最小値であれば撤退のプロセスを実行する。出店であれば、その出店ラスタから周囲5㎞のラスタに関してGWLRによって求められた係数を対数オッズに加算し、撤退であれば係数を対数オッズから減算する。GWLRの係数値は、各業態の店舗が1店舗出店した場合に対数オッズがどの程度変化するかを示しており、基本的に同業態店舗が出店した場合は負の値、他業態店舗が出店した場合は正の値が算出されている。これによって新たに求まった対数オッズを初期状態のラスタに更新して、次サイクルに移る。

     シミュレーションを100サイクル実施したところ、仙台駅西口周辺のエリアにSM、Dg.S、HCがそれぞれ、27、44、29店舗出店する結果となり、撤退はみられなかった。また、CVSの変化も見られなかった。そこで、初期対数オッズの値がどの業態でも仙台駅周辺で高く、かつ、SM、Dg.S、HCの対数オッズがCVSより非常に大きい値をとることを考慮するために、仙台駅周辺の容積率400%以上の商業地域のSM、Dg.S、HCのラスタをシミュレーションから除外し、再度100サイクル実施した。その結果、集積地が大崎市古川駅周辺に変化したものの、依然としてSM、Dg.S、HCの出店しか生じず、店舗の撤退も生じなかった。

    この結果から、本シミュレーションは店舗の出店・撤退を繰り返す現実的な店舗の立地変化をシミュレーションしているとはいえない。それには、GWLRの推計値に、各業態小売店の立地阻害要因が十分に考慮されていないという大きな問題点があることが明らかとなった。シミュレーションでは出店ばかりが生じ撤退が生じなかったが、シミュレーション前後の対数オッズの変化をみると、どの業態も出店が生じたエリアで対数オッズの値が急激に上昇していた。すなわち、他業態店舗が出店することによる正の値が、同業態店舗が出店することによる負の値を上回り、同じエリアに同業態が出店ばかり生じる結果を生み出していた。この問題を解決するためには、GWLRのモデルにおいて、店舗立地の負の影響を適切に算出できるよう、変数の工夫や制限が必要である。
  • 藁谷 哲也, 梶山 貴弘
    セッションID: P053
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    カンボジアの森林面積は,1973年時点に約1,310万haあったが,年を追うごとに減少し,2014年には約866万haとなった。この41年間で,実に約34%の森林が失われたことになる。このような森林伐採は,農地転用のほか商業伐採,違法伐採,森林火災などによるという。 森林伐採は,数多くのアンコール遺跡を抱えるシェムリアップ周辺地域でも進んでいるようである。背景には,急速な観光地化や人口増加の進行があると推測される。森林伐採は,遺跡とその周辺地域に環境変化を引き起こしていると懸念される。そこで本研究では,シェムリアップ周辺を対象に1989~2015年における土地被覆状況,とくに樹林地の変化を分析する。  
    2.研究対象地域と研究方法
    研究対象地域は,クメール王朝の傑作とされるアンコール・ワットを中心に,南はトンレ・サップ湖北岸から北はプノン・クーレン丘陵に至る地域である。この地域には,ユネスコ主導で作られた「シェムリアップ地域の区画および環境管理計画(ZEMP)」と,クーレン国立公園(KNP)による遺跡,環境保護ゾーンがそれぞれ含まれている。 土地被覆の変化は,おもにリモートセンシング画像の解析(RS分析)と現地調査によって進めた。RS分析に利用した画像は,アンコール遺跡の世界遺産登録(1992年)前である1989年3月のLandsat TM画像(空間分解能30m)と,それから16年後の2015年2月のLandsat OLI画像(同30m)である。これら画像と現地調査およびGoogle earth画像を基に,教師付き土地被覆分類を施して土地被覆分類図を作成した。一方現地調査では,2015~2016年の乾季を中心に,土地被覆分類に使用するトレーニングデータのグランドトゥルースや,土地被覆の変化地点の観察・確認,住民への聞き取りなどをおこなった。  
    3.研究結果
    3-1.プノン・クーレン丘陵とその周辺部の樹林地
    土地被覆分類図を作成したところ,1989年における樹林地は,プノン・クーレン丘陵とその周辺部,およびトンレ・サップ湖北岸部に広く分布していた。しかし2015年になると,とくに丘陵周辺部の樹林地面積が大きく減少し,草地・水田・畑・裸地などに変化したことがわかった。一方,当該丘陵内では2時点間の変化はほとんどなく,樹林地は残存していた。 これら地域における現地調査から,丘陵周辺は農地(おもに米,イモ,果樹などの栽培)や荒地のほか,軍事施設として利用されているところも広い面積を占めていることがわかった。一方,丘陵内では,現時点でも森林伐採が進められていた。標高約350mに位置するPopel村(83世帯)におけるインタビューによると,村民はコメ,イモ,豆,バナナやゴマなどの栽培や採薪のため,乾季(12~3月)に自分の所有する森林をおよそ直径300mほど切り開いて農地を作り出している。
    3-2.アンコール遺跡周辺の樹林地
    作成した土地被覆分類図によると,アンコール遺跡が集中するアンコール・ワット周辺,およびトンレ・サップ湖北岸部では,1989年よりも2015年において樹林地面積が増加していた。一方現地調査では,アンコール遺跡周辺において,増加する外国人観光客に対応するため,観光関連施設の建設やインフラ整備などが進められ,これらに伴って樹木伐採や土地利用変化の生じていることがわかった。また遺跡内では,遺跡の保存・修復事業の一環として,樹木伐採が行われていた。 
    4.樹林地変化の要因
    プノン・クーレン丘陵は,1993年に37,500haがKNPに指定された。このため,丘陵内での森林伐採は禁じられている。1989年と2015年におけるKNPの樹林地にほとんど変化がないのは,KNPの指定が森林伐採の歯止めに奏功しているためと思われる。しかしPopel村民は,伐採はいまでも個人所有地で実施していると説明している。当該丘陵には,モザイク状に森林伐採跡が多数残されているが,今日における伐採規模は以前より大幅に低下したものと考えられる。その一方で,森林伐採は丘陵周辺に広がっている。KNPの指定は,樹木伐採を周辺部で拡大させるきっかけになった可能性がある。 アンコール遺跡周辺では,遺跡保存のためのゾーンがZEMPによって設けられている。2時点の土地被覆分類図から,樹林地面積の増加が示されたことは,このゾーン指定が奏功していることを示している。しかし,1)ゾーン内でも小規模な樹木伐採は行われている,2)RS分析に利用した画像の空間分解能はいずれも30mである。これらの点を考慮すると,樹木伐採の規模によっては,RS分析で樹林地面積の変化を捉えることは難しいと推察される。
  • 中條 曉仁
    セッションID: S0102
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    現代の農山村は,高齢者中心の社会が形成されている地域である。それゆえ,高齢者は地域社会の担い手とならざるを得ない場面が数多く存在し,地域社会の存立において無視のできない存在となっている。
    そもそも生活条件の不利な農山村に,なぜ高齢者が住み続けているのであろうか。そこには物理的な条件以上に,高齢者の生活を支える力が存在するといえ,それは農山村の価値を反映するものと考えられるのである。
    本報告では,「限界集落」論や「地方消滅」論など高齢社会化をめぐるさまざまな言説が流布している中で,農山村では高齢者が活き活きと生活を維持しているという事実に注目することを通じて,農山村の価値を見出していきたい。
    農山村では,住民の生活維持を目指した「地域づくり」が各地で進められているが,高齢者はその重要な担い手となっている。例えば,農業の6次産業化や都市農村交流といった地域資源の活用において独自の役割をみることができる。
     まず,農業をめぐっては農業従事者の高齢化が進んでいるが,1999年の「食料・農業・農村基本法」において農業の福祉的機能がうたわれており,高齢者の生活に適合した産業であることを示唆している。高齢者は年金を主な生計維持の手段としているため,農業を経済的側面というよりは生活リズムの維持や介護予防といった保健・福祉的側面から評価すべきであろう。
    このような観点から,高齢者は農業生産者というよりも農産物の加工や販売を組み合わせた6次産業化の担い手として期待される。農産物加工に関する知識や技術を生活の中で長年蓄積しているため,その担い手としてふさわしい存在といえる。特に,農山村では女性高齢者を中心とする「女性起業」が全国に展開しており,男性中心の地域社会において自己の活動領域を確保しようとする女性たちの姿が見出される。
    都市農村交流においても,高齢者は農業体験や民泊体験など,農山村の日常生活を資源とした取り組みの担い手となっている。すなわち,伝統・文化の伝承者としての性格を有しており,都市住民との交流が農山村に住み続けることのインセンティブになっている点にも注目したい。また,これらの取り組みは,高齢者にとって経済的稼得手段の確保になっているという点でも重要である。
    農山村の高齢者たちは地域社会において多様なつながりを構築し,そこから生活維持に必要な手段的・情緒的なサポートを得ている。「2015年問題」として指摘されるように,高齢者は加齢という身体的・精神的な変化に直面する存在でもある。
    地域づくりや農業生産など日常生活圏で展開される多様な地域活動は,高齢者にとってつながりを生む契機となっている。これらは,主として情緒的サポートの付与に機能し,生きがいの醸成に寄与している。
    このような高齢者をめぐるつながりの中でも,「他出子」との関係は最も重要な役割を担っている。出身村からそれほど遠くない地域に住む他出子は老親の生活をはじめ,自家農園での農作業など手段的サポートを提供したり,地域社会の運営を支えたりしている。また集落の近隣関係も,急を要するサポートの授受には離れて住む子どもより頼りにされやすく,生活維持に対して有意に機能している。
    高齢者の生活を通して,農山村には多様な社会的つながりのあることが読み取れる。
    近年の高齢社会研究では,高齢者を地域社会のお荷物として捉えるネガティブ・エイジングから,高齢者の主体性を重視するポジティブ・エイジングへとパラダイムシフトしており,高齢化率が高い地域への見方を見直す時期に来ているといえる。
    これまでの高齢者の位置づけをみると,農山村の高齢社会化は過疎問題を構成する要因の一つとして扱われてきた感が否めない。高齢者は生活条件の不利性に対応しながら農山村に住み続けており,高齢者の積極的な行動がそこに見いだされるのである。農山村の価値をふまえた高齢者像の再構築の試みが可能になると考える。
    本報告を通じて,農山村は高齢者という経験や知識,技術を豊富に有する長寿の人々が社会経済の担い手として活躍する舞台であり,高齢者は農山村の価値を維持・創出する人々であることを提起したい。
  • 遠藤 伸彦, 松本 淳
    セッションID: 902
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    旧フランス領インドシナの歴史的気象資料の画像データを作成し,20世紀全体での降水特性の長期変化を明らかにするための基盤となる降水資料のデジタル化作業を行った.1890年代後半から1941年の期間と1949年から1954年の期間について月降水量・月統計値を, また1911年から1930年の期間と観測原簿の存在する期間については日降水量をデジタル化した.デジタル化を実施した15地点である.

    デジタル化した降水資料の品質を確認するため,複数の資料が存在する場合には,日降水量から求めた月降水量・降水日数・月最大日降水量を月報・年報の掲載値と比較した.その結果,手書きの観測原簿の読み間違えや入力の誤り等の問題の多くを発見・修正することができた. 一方で資料間の不整合もいくつか確認された.例えば1902年7月11日にHaNoi で558 mmの降水が観測された.観測原簿には台風接近に伴う極端な降水であると記載されており,たしかな観測値と考えられるが,後年の年報等に記載の Ha Noiの既往最大日降水量とは値が異なっている.旧仏印気象当局が,Ha Noi観測所の移転等に伴う統計切断を行ったのかもしれない. 1999年の11月3日にHue で 977.6 mm の降水が観測されたが,今回デジタル化した15地点の観測値の中でも最大の日降水量であることが確認された.さらに日降水量が500 mmを越える観測がベトナム中部の観測所で複数回観測されていることが明らかとなった.
  • 牛垣 雄矢
    セッションID: 208
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究目的
    商業地を対象とした地理学研究の分析視点は多様である.いわゆる地理学の主要学会誌へ掲載された比較的近年の論文をみても,場所論(杉山ほか2015),オタク文化論(和田2014),文化産業論(矢部2012),均質空間論(牛垣2012),音楽の地理学(成瀬2012),ストリート・ファッション論(川口2008),仲間型組織論(安倉2007)などがあり,いずれも異なる分析の枠組みが設定されている.
    言うまでもなく,地理学には地誌学と系統地理学という2つの視点が存在することにより,「地域主義」・「現場主義」を掲げる地理学教室も少なくなく,報告者もそのような教室に在籍・所属してきた.この立場で研究をする場合,対象地域を設定し,詳細に調査・分析することになるが,その結果として「地域から何を語るか」に悩まされることがあり,その原因は研究の枠組み設定が明確でない場合が多い.それぞれ異なる分析枠組が設定されている商業地研究においては,特にこれが当てはまるように思える.そこで本発表では,比較的近年の研究として,1990年以降に発表された商業地を対象とした地理学研究論文について整理・分類し,その分析視点を提示したい.

    2.結果
    1990年以降に発表された商業地を対象とした地理学研究を,図のとおりに整理・分類した.各論文が①から⑮のいずれかに該当するということではなく,一つの論文で複数の分析視点を有する場合もある.①地理的に特徴ある地域を対象とした研究では,若者の街,オタクの街,優れた景観を有する街が対象とされ,それぞれ研究の枠組み設定が問題となるが,地域の特徴が形成された背景・過程を明らかにしたものが多い.空間的観点による研究としては,③対象地域内部の構造やその変容に関する研究,④都市圏や都市内部で生じた構造変容が表れている地域として位置づけられた研究がある.これらはいずれも地域や場所に関する研究といえるが,地域に対する研究というよりも,⑫人と人との関わりや,⑬人間による空間への意味づけなど,地域を舞台としてそこに生きる人々に注目した研究もある.
  • 櫛引 素夫
    セッションID: 710
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
       北陸新幹線が2015年3月に開業し、東京-金沢間が2時間半まで短縮された。2016年3月には北海道新幹線が新函館北斗開業を迎える。本研究は、新幹線駅が郊外に立地した市に着目し、より適切かつ速やかな対策の検討に寄与することを目的として、発表者が2015年までに青森市や北陸、北海道新幹線沿線で実施したフィールドワークと郵送調査に基づき、整備新幹線とまちづくりの関連について、地域政策上の論点整理と問題提起を速報的に試みる。

     2.北陸新幹線沿線の概況
       JR西日本のデータによれば、北陸新幹線利用者(上越妙高-糸魚川間)は在来線当時の3倍の水準で推移している。ただし、地域を個別にみると、例えば富山県高岡市は新幹線駅が在来線の高岡駅から1.8km南側に位置している上、速達型列車「かがやき」の全定期列車が通過し、さらに北陸本線が経営分離され特急列車も全廃に至った状況に対して住民の強い批判が存在する。新幹線通勤者の発生に伴う新高岡駅一帯の駐車場不足も問題となっている。
       また、新潟県上越市は、都市機能が直江津、春日山、高田、上越妙高の4地区に分散した。直江津駅は鉄道の結節点としての機能が低下する一方、田園地域に新設された上越妙高駅周辺の再開発地区利用は進んでいない。上越地方全体としても、特急「はくたか」の廃止によって中越・下越地方との往復手段が激減した。加えて、「かがやき」が上越妙高駅に停車せず、やはり住民の不満が大きい。

    3.北海道新幹線の開業概要
       北海道新幹線は新函館北斗-東京間が最短4時間2分と時間短縮効果が限られ、直通列車も1日10往復にとどまる上、新駅から函館市中心部まで18km、駅が立地する北斗市の市役所は11km離れている。料金も割高で、開業によって観光客がどの程度、増加するか、また、函館市や北斗市のまちづくりがどう進展するか不透明な状況にある。新函館北斗駅前の利用は進んでおらず、むしろ南隣の木古内駅一帯が、道の駅の併設などによって活況を呈している。

    4.青森駅、新青森駅と市民の意識
       各市町のまちづくりが今後、どう進展するかを予測する参考とするため、発表者は青森市民を対象に、青森駅および新青森駅に関する郵送調査を実施した(対象257件、回答87件、回収率34%)。
       市中心部に立地する青森駅からみて、東北新幹線の終点であり北海道新幹線の起点となる新青森駅は約4km西に位置する。2010年に東北新幹線が全線開業した後も周辺に商業施設やホテルは立地していない。
       ただし、函館市の医療法人が2017年春の開業を目指して総合病院を建設中で、新幹線駅前の利用法の新たな姿を示した。
      二つの駅と駅前地域に市民は強い不満を抱いており、総合的な評価で「満足」と答えた人は実質ゼロだった。機能や景観、アクセス、駐車場など、ほぼすべての面で不満が大きく、特に新青森駅の機能や景観への不満が目立った。
    両駅周辺の将来像については大半が「今と変わらない」もしくは「すたれていく」と予測する一方、今後の対応については、両駅とも「一定の投資を行い速やかに整備すべき」「投資は抑制しつつ着実に整備」「整備の必要なし」と回答が分かれ、市民のコンセンサスを得づらい状況が確認できた。

    5.考察と展望
       青森市民への調査を通じて、「新幹線駅はまちの中心部にあって当然」「新幹線駅前には買い回り品を扱う商業施設や都市的な集積、景観が必要」とみなす住民が多いことが確認できた。ただ、多くの回答者は新幹線利用頻度が1年に1往復以下にとどまり、積極的に両駅前へ出向いているわけでもない。上記の認識は必ずしも自らの新幹線利用や二次交通機能、外来者への配慮、さらにはまちづくりの議論と整合しておらず、鉄道駅や駅一帯の機能と景観をめぐり、市民の評価に錯誤が存在している可能性を否定できない。
       同様の傾向は、高岡市や上越市にもみられている。
       住民らは、在来線駅と新幹線駅が併設された都市を念頭に「理想像」を描き、そこから減点法で最寄りの新幹線駅を評価している可能性がある。その結果、新幹線駅が郊外に立地した地域では「理想像からの乖離」が、いわば「負の存在効果」をもたらし、新幹線をまちづくりに活用する機運を削いでいる可能性を指摘できる。
       整備新幹線の開業に際しては、主に観光・ビジネス面の効果が論じられがちである。だが、人口減少や高齢化の進展に伴い、医療資源の有効活用や遠距離介護、さらに空き家の管理・活用問題といった、住民生活や都市計画・まちづくりの課題を視野に、地理学的な視点に基づく地域アジェンダの再設定が不可欠と考えられる。
  • 森 正人
    セッションID: S1307
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. 人間あらざるもののカリスマnonhuman charisma

    生産、消費される「自然」は自明ではない。その自然を地理学として問うこととは一体どのように可能であり、意味があるのか。本発表は自然、種、セキュリティをめぐって考えることでこの問いに取り組む。

    西欧近代において自然は人間主体により手を加えられる受動的な客体と前提されてきた。この人間-自然の形而上学的に文法はポスト人間中心主義の身振りにより掘り崩される。人間あらざるものnonhumanの行為能力は人間の統べ治める近代世界、人新世anthropoceneにおいて「人間なるもの」を鋳直す。生物多様性の危機において象徴性を帯びる人間あらざるカリスマは、この世界の危機を告げ知らせる。

    日本におけるカリスマの中でも旗艦種flagship species (Lourimer 2007)としての佐渡島のトキを見てみよう。日本を象徴するとも言われるトキは1981年に野生絶滅したものの、1967年に開設されたトキ保護センターで現在も人工孵化、人工繁殖が続けられている。トキの野生絶滅は人間による乱獲に起因するものであり、その意味では人新世的なものである。しかし同時にトキの絶滅は日本的なるものの消滅を訴えかけもする。2011年、世界農業遺産への「トキと共生する佐渡の里山」の登録という出来事は、トキの国民主義化を引き立たせる一例である。空一面を覆う飛翔するトキの風景、佐渡のエコロジーにおいて人間と共生するトキは「日本的なるもの」を象徴するために、里山や棚田とアッセンブリッジされ、審美性を構成する。

    トキに限らず、日本「固有」の種の絶滅に対する危機感は、生政治学と地政学を発動させる。「種」を同定し、その種の数滴把握とそれを生かすことの調整権力は、この調整される種を審美化する(フーコー2007)。したがって、審美的なもの、感性的なるものの分配をつまびらかにすることは、美しきものと生政治的なるものの関わりを暴き出すために重要となる。同時に種の場所と時間を同定し、そこからの移動も管理する力は地政学的である。この移動管理の地理は「生物多様性」という概念とそれに基づく制度によって推進されてきた。興味深いことは、専門家レベルの生物多様性の危機は人間の乱獲や開発によって引き起こされたものと認識されているのに対して、一般レベル(政治的領野)においては侵入外来種によって引き起こされていると想像されがちであることである。したがって、移動管理のセキュリティ強化が政治的アジェンダとして言説化されることになる。

    この移動管理される種(固有種/外来種)は普遍的な区分でも与件でもない。外来種とは、境界づけられた空間と、それをまたぐ移動を前提する。しかし、種が移動する境界とは「自然」ではない。そもそも生物多様性が生物の多様性維持を目的とするのであれば、世界全体で種の個体数管理をする生政治学であるべきであり、国家レベルでの境界管理とは矛盾する。これらは生物多様性の維持、調整が国家によってなされるときの「翻訳」的矛盾である。

    また種の固有/外来性は時間化の問題である。一体どれほど留まれば、どの世代まで遡れば種は固有になるのか。このことは種の問題ではない。振り返れば、保護されるトキは「中国産」である。しかしこの中国産トキの時間性と空間性は審美性によって覆い隠される。なぜなら、中国産のトキは遺伝的に同一であると同定されたからである。

    こうした一連の問いかけは、人間も自然もともに「生き物」であることを確認させる。固有種も外来種もともに人間社会を構成する行為者であり、人間の伴侶種(ハラウェイ2013)であるはずだ。
  • 白井 伸和
    セッションID: 305
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    目的と背景
    2014年2月14日から15日かけての降雪は、関東甲信越地方に大きな被害をもたらした。秩父地域では積雪98cmを記録し、年間降雪深さは、1953年以来の観測史上過去最高を記録した。山間地の秩父市大滝地区の中津川、大血川、三峰などでは大量の降雪による道路が寸断し孤立集落となった。
    記録的大雪という自然災害の陰で、地元建設業者は不眠不休で災害対応に当たり、地域維持に貢献した。しかし、地域の災害支援を行う公的な役割を担っている建設業者の側面は、ほとんど認知されていない。  地元建設業者による災害応急対策活動は、日常生産活動によって使用する資機材を使用し、これまでの地域に根ざした工事経験を活用して行われている。その活動は、無償のボランティア活動として実施している部分も多い(丸谷・比江島・河野,2010)。初期対応において使用される人員、重機類の維持管理は企業努力に委ねられ、無償に近い建設業界の貢献活動の原資となるものは、地元自治体から継続的に受注する公共事業である(森本・滑川・八田,2009)。
    つまりは、地元建設業者は地元自治体から公共事業を受注することにより、地域への無償 又は収益性の低いインフラの維持管理及び災害応急対応ができるシステムが地域に構築されていると言える。本発表では、建設業者が緊急に対応する災害支援の役割について光をあて、人口減少及び高齢化の著しい過疎の山村地域、しかも「平成の大合併」で周辺自治体と合併し、共同体としての自治能力も弱体化し、地域社会の衰退が著しい旧大滝村地区を事例として、今回の大雪対応との関係で地元建設業者の災害応急対策力の実態とその問題点を発表する。

    考察結果  
    過疎地域における災害応急対策力とは、地域建設業者が持つ重機と重機を操作する人員数に依存する。  
    大滝地区における災害応急対策力の弱体化をもたらした要因として、公共事業受注減少に伴う経営状況悪化によって建設業者の重機保有台数も減少しており、大滝地区にあって利用できる重機が不足していた。また、建設業者の従業員そのもの減少と、特に大滝地区に在住する従業員が激減し、緊急に地元で除雪できる従業員が不足していたことが挙げられる。その背景として、公共事業減少と市町村合併を起因として、大滝地区を担当する地元建設業者の公共事業の受注減少に伴い、ボランティアともいえる災害応急対策が出来る体力が無くなってきていると言える。また、大滝地区の過疎化により、大滝地区の従業員が減少し、他地区からの従業員が増大した事も緊急時の従業員不足の背景として言えるであろう。
    災害応急対策力のもう一つの柱である、地域住民による共助という視点で、大滝地区を見ると、地域間にネットワークが取りづらい中山間地域であり、過疎化が進行し限界集落と言える大滝地区において、住民間のボランティアである共助は期待できない。 以上の要因によって地域への無償又は収益性の低いインフラの維持管理及び災害応急対応ができるシステム、つまりは災害応急対策力の機能が低下していると言える。
  • 田中 圭, 中田 高
    セッションID: 304
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    自然災害の多くは,地形が急激に変化する場所に人間が不用意に立ち入ることで生ずる人災である.2014年8月20日未明に広島市北部で発生した土石流災害もこの例に当てはまる.土石流は花崗岩山地の山麓緩斜面に広がる住宅地を襲い,75名の犠牲者(災害関連死も含む)を伴う大災害を引き起こした. 土石流をもたらした集中豪雨やそれに伴う被害の状況については,既に幾つかの詳細な報告がある(土木学会・地盤工学会 2014など).その多くの報告では土石流被災地域の宅地化について言及しているが,新旧の空中写真や衛星画像の比較をもとに1955年以降の都市化の問題を定性的に検討したものが殆どで,戦後の高度経済成長期(1954~1973)に建築された建物に大きな被害が出たと一様に結論づけている. 本発表では,広島市安佐南区阿武山南東麓で発生した被害について,被災建物の分布とその建築年代の関連を定量的に分析し,都市周辺のスプロール現象による住宅地拡大によってもたらされた本災害の特徴について議論する.また,被害が集中した場所に災害の特徴を解明する手がかりがあるとの立場から,今回の土石流災害のなかでも特に被害が甚大で多数の犠牲者(全犠牲者75名中41名)を出した広島市安佐南区八木3丁目を対象とした.
    2.手法

    本発表では,多時期に撮影された空中写真をSfM-MVS(Structure from Motion – Multi-View Stereo)による簡易測量とGISを用いて,被災地域の宅地化の過程を明らかにし,建築時期別に被災建物の立地条件についての詳細な分析を行った.
    3.結果
    被害を受けた住宅は高度経済成長期に建築されたものに集中したという一般的な見解は,この期間に建築された建物数の多さから当然であり,間違っているとは言いがたい.しかし,壊滅的な被害を受け,被災後更地化された建物あるいは犠牲者が発生した建物の分析結果からは,高度経済成長期以降にも土石流災害の危険性が極めて高い場所に住宅建築が新たに行われ,大きな被害が発生したことが明らかになった.
    4.まとめ
    本発表の分析で明らかになったのは,土石流渓流の谷口およびその周辺の流路に位置していた建物が壊滅的な被害が発生し,多くの犠牲者が出たことである.このような場所に位置する住宅等の建築の禁止,既存の建物については移転あるいはコンクリート土台による嵩上げなどの具体的な対策がとられるべきである.
    参考文献
    土木学会・地盤工学会 2014. 平成26年広島豪雨災害合同緊急調査団・調査報告書
  • 佐藤 彩子
    セッションID: 514
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本稿の目的は、福岡市に立地する介護福祉士養成学校(以下、養成学校)を対象に、学生の出身地がどの範囲に広がっているのかを解明することにある。この解明は、養成学校が学生募集の効果的な進め方をしているか否かを検討する上で重要である。
    養成学校による学生募集範囲を検討する意義は次の点にある。近年、高齢化の進展と家族介護の困難性を背景として、介護サービス需要が高まっている。この実態を受けて2000年前後には養成学校が急増したが、2005年以降は定員割れが著しく2010年の入学定員に占める卒業者数の比率は50.2%である(日本介護福祉士養成施設協会、2012)。他方で、報告者は2014年12月~2015年2月に福岡県内の介護サービス事業所で就業する卒業者と養成学校を経由せずに直接、就職した者(以下、直接就職者)を対象にアンケート調査を行い、卒業者は直接就職者と比べて、3年以上の長期勤続者比率、2資格以上保有者比率が高いことを解明した。この点を踏まえると、卒業者は勤続年数、保有資格数といった質の点で、現在深刻な課題となっている介護サービス労働力不足解消に貢献できる。したがって、養成学校の卒業者数の減少は介護サービス産業へ供給可能な専門職の減少を意味する点で深刻である。
    なお、中心性の高い都市ほど地理的に幅広い地域から人を惹きつけることができるとするならば、地方中枢都市である福岡市は県内だけでなく九州全域からも人を惹きつけ、九州他県出身者で福岡市内の養成学校で学ぶ学生も一定数存在すると考えられる。この点で、福岡市の養成学校が九州全域の高校に対して学生募集を行うことはより多くの学生を集めることに繋がると予想される。
  • 飯嶋 曜子
    セッションID: 526
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.はじめに
    連邦制国家であるオーストリアでは,連邦,州,市町村の協力により空間整備に関する全体的指針(空間整備コンセプト)が策定されるものの,空間整備法は連邦ではなく各州が制定している.したがって,各州でその地域的特性に即した特色のある空間整備政策が実施されている.一方,空間整備政策の策定・実施においてもEUの影響はますます大きくなっている.本研究では,オーストリアのなかでも有数の観光地として発展してきており,多くが山岳地域でありながら高い水準の人口増加率を維持してきたチロル州の空間整備政策を概観する.そのうえで,①チロルの空間整備の展開とEUとの関係,②空間整備の現場での議論について焦点をあてて整理する. 
    Ⅱ.チロル州の空間整備政策の特徴
    1.EUにおける持続可能性の重視
    1992年のアジェンダ21採択後,EUは欧州連合条約において「持続可能な発展」を設立の基本目的のひとつに掲げ,2001年に「持続可能性戦略」を策定した.以降,「持続可能性」はEU諸政策に通底する基礎的概念となり,こうしたEUレベルでの動きは,各国でそれに適合するような持続可能性戦略の制定へと繋がっていく.オーストリアでは2002年に連邦持続可能性戦略が策定され,チロルでは2012年に州の持続可能性戦略が制定された.しかし,州の戦略が制定される以前から,実際には,持続可能性概念はとりわけEU地域政策の政策過程を通じて,加盟国や地方自治体の政策に影響を及ぼしてきた.EU地域政策の枠組みで加盟国が策定する実行計画を通じて,持続可能性の概念が重視されてきたのである.
    2.チロル州の空間整備政策
    チロル州の空間整備政策においても,持続可能性は重要な戦略概念とされている.持続可能性を高めることは生活や環境の質を高め,チロルの景観の美しさを守ることにつながり,そのことが地域の競争力として地域発展の重要な要素となるとみなされているからである.
    こうした近年のEUレベルでの動向によるだけではなく,チロルではその独自の地域的特性から,空間整備政策に持続可能性概念が積極的に導入されてきた.州面積の約12%のみが可住地であるチロルでは,土地利用の管理・制限を通じた成長管理的な空間整備にならざるを得ない.同州では農山村地域の観光発展が定住人口の維持・安定に貢献しているが,60~70年代のいわゆる「ハード・ツーリズム」主流の時代における観光地の乱開発の反省を踏まえて,「持続可能性」という言葉で提唱される以前から,空間整備においてこの概念が実質的には導入されてきた.そしてEUレベルでの動きを背景に,さらにその強化が進んでいったとみられる.
    3.空間に配慮した観光開発
    こうした背景から,州の観光政策においては空間整備を考慮した計画が策定されている.2010年に発表された州の観光開発計画「空間に配慮した観光開発」では,競争力のある観光地としてさらに発展するためにも持続可能性の重視が重要であるとし,大規模宿泊施設の新規立地の規制や,スプロール的な観光地開発を抑制し,コンパクトシティ概念を導入した観光地整備等を提唱している.
    4.新たな政策主体とその空間スケール
    チロルでは近年,州と自治体の間の広域的なスケールで,新たな政策主体が再編・設置されている.空間整備では「地域計画連合」が,観光政策では「地域観光協会」が再編され新設された.これは,EUの地域政策で開発されてきた政策手法の影響である.同政策では,補完性原則に依拠した分権的手法の重視や,パートナーシップ原則に基づき多様な地域的主体を包括したローカルなガバナンスの構築などが求められている.チロル州ではこれらの政策手法を用いて,地域レベルで空間整備が遂行されており,これはEU・連邦・州・自治体間のマルチレベルなガバナンスの相互関係を示しているといえる.地域性を考慮した空間整備のためには,分権的で,なおかつ,基礎自治体を越えたある程度広域的な組織形態が必要であり,そうしたなか,新たな政策主体のスケールとして伝統的な谷空間が再浮上していることが注目される.
    Ⅲ.チラータール(チラー谷)の事例
    チロルの中でも有数の観光地として発展してきたチラータールでは,2012年に地域計画連合によって戦略計画が策定され,持続可能な観光開発の方向性が示されている.同計画では,大規模宿泊施設や域外のチェーンホテルの新規立地が制限されている.発表では,チラータールの戦略計画の特徴とその背景を考察し,そこで生じている議論や課題を指摘する.
  • 小泉 佑介
    セッションID: 917
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに
    近年,インドネシアではパームオイルの原料となるアブラヤシの栽培面積が急速に拡大している.また,企業農園だけでなく,小規模なアブラヤシ栽培面積も400万ヘクタールを超えており,インドネシアにおける総面積の約4割を占めるまでに至っている.
    しかし,こうした小規模アブラヤシ栽培に関する統計データは十分に整っておらず,その実態は明らかとなっていない.特に,これまでの先行研究では,どのようなアクターが小規模アブラヤシ栽培に携わっているのか,あるいはアブラヤシ栽培の拡大によって当該地域の労働市場にどのような変化がもたらされているのか,といった問いに対して,マクロな観点からその動態を明らかにする試みは見られなかった.
    そこで,本研究では小規模アブラヤシ栽培が最も拡大しているスマトラ島リアウ州を対象とし,人口センサスのデータを用いて,同地における主要なアクターを把握し,彼らの就業構造の変化を分析する.

    2. 人口センサスの概要とその応用
    インドネシアにおける人口センサスは1961年から2010年まで6度にわたって実施されてきた.調査項目としては,年齢や性別,出身地,民族,宗教といった基礎的なものに加え,5年前に住んでいた州や婚姻状況,就学状況,就業状況などがある.
    インドネシアにおける人口センサスの正確性に関して,政治状況が不安定な時期は予算が削減されていたり,民族といった項目に関しては明確な定義がなされていなかったりといった問題が指摘されている.
    その一方で,2000年の人口センサスからは全ての調査項目が全数集計され,デジタル形式に変換された個票レベルのデータが一般に公開されるようになった.そのため,上述のような不正確さを考慮しても,人口センサスの個票データは,インドネシアにおける地域社会の動向をマクロな観点から考察していく上で有用なデータであると言える.

    3. リアウ州における小規模アブラヤシ栽培の拡大
    リアウ州は広大な低湿地帯を有している一方で,近年まで人口希薄な地域であった.そのため,1990年代からリアウ州に隣接する北スマトラ州や西スマトラ州,あるいはジャワ島から多くの移住者が流入してきた.特に,北スマトラ州からの移住者は2000年の時点で401,861であったが,2010年には914,716へと倍増しており,リアウ州における総人口の17%を占めるに至っている.
    こうした北スマトラ州からの移住者の主な年齢層は20代~30代であり,アブラヤシ栽培に関連する仕事に就いている場合が多い.また,北スマトラ州からの移住者の分布は,小規模アブラヤシ栽培が拡大しているリアウ州の北西部に集中している(図1).これは,北スマトラ州からの移住者が,企業農園での仕事に従事するだけでなく,自ら移住先の土地を購入してアブラヤシを栽培するというケースが多いことを示唆している.
    さらに,人口センサスの就業状況に関する項目に着目し,2000年と2010年のデータを比較した.その結果,個人事業として農園作物(主にアブラヤシ)を栽培している北スマトラ州からの移住者に関しては,労働者を雇う割合が高まっていることが明らかとなった.つまり,北スマトラ州からの移住者の多くは,家族経営から雇用形態を伴うアブラヤシ栽培へと転換してきていると考えられる.
    このように,リアウ州の主要産業となりつつある小規模アブラヤシ栽培において,北スマトラ州からの移住者が担う役割は大きく,その関わり方は短期間で多様な変化を見せている.
  • 小島 泰雄
    セッションID: 912
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.目的 珠江デルタは、改革開放政策の下で経済発展の中核的な地域の一つとなってきた。広州近郊に位置する2つの農村集落におけるフィールド調査に基づいて、経済発展の過程と現状、さらにそれがもたらす農村変化について、伝統文化の復興に焦点をあわせつつ考察することが、本報告の目的である。
    2.フィールド フィールド調査は、2015年8月に広州市街地の南にひろがる番禺区の2つの農村集落(大嶺村と坑頭村)で、それぞれ4日間、景観観察と農家訪問を軸に行われた。調査に際しては、中山大学地理科学与規劃学院の劉雲剛教授の協力の下、大学院生の同行と補助を得た。記して謝意を表する。 2つの調査村落、大嶺村と坑頭村はいずれも広州市中心部から20kmあまりのところにある。衛星画像によってメソスケールの土地利用を概観すると、広州市街地との連担は観察されず、市橋を中心とする番禺区の都市化の文脈に位置づけられることがわかる。 大嶺村は石楼鎮に属し、丘陵である菩山を囲むように人口4917人(2010年人口センサス)が、西約・中約・上村・龍漖・社囲の5つの地区(「自然村」)に暮らす。集落形態は、華南農村に特徴的な集落の大規模性と凝集性を有している。村落の南部には工場が分布しており、人口のおよそ半分(2647人)は村外の戸籍をもち、いわゆる農民工などの外来の人々が、工場の宿舎や集落内の貸間に住む。 坑頭村は南村鎮に属し、緩やかな丘陵上に立地する巨大な集村と、すこし離れたところにある白崗・白水坑の2集落からなる。人口(2010年)は6417人で、このうち2680人が村外に戸籍を登録する者である。集落の西と東には工場地区が形成されており、その従業員が集落内部に建設された「握手楼」と呼ばれる中層建築の住宅に多く住んでいる。この景観観察を裏付けるように、上記の人口センサスに補足されていない労働者を含めると、流動人口は1万人を越えると推計されている。大嶺村よりも工業化、集落景観の改変が進んでおり、農民一人あたり収入も18,041元(2012年)と、大嶺村の10,316元を大きく上回っている。
    5.考察 広州近郊農村における産業化の進展と伝統文化の復興を因果的に結びつける推論は、本報告の意図するところではない。番禺農村を対象としたすぐれた文化研究において、国家に由来する農村政治の文脈が強調されるように(川口幸大2013)、むしろ、経済と文化の位相における2つの事象の同時代性を、場所における共存関係の中に読み解くことの必要性と、そこから描き出される地域性について、さらに踏み込んで報告したい。
      本報告は科学研究費補助金(課題番号:15H05169)の成果の一部である。
  • 大西 宏治
    セッションID: S0207
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    地形図を読図し、地形図上の事象と眼前の景観を対照させて地域を観察することができる技能を育てることは重要である。しかしながら、地形図を読図することは教室の中でできても、景観と対照させる機会をもつことは難しい。また、地形図と景観を対照させる題材をみつけ、生徒を景観の広がるところに連れ出しても、一斉授業で行おうとすると次のような問題が生じる。眼前の景観と地形図とを対照させることを教示することがそれほど容易ではないことである。教室内の読図では地域の状態がそれなりに理解されているにもかかわらず、目の前に広がる風景と地形図がすぐには比べられず、その指導に多くの時間がとられてしまう。このような問題を解決することができるのがAR(拡張現実)を用いた地形図読図の授業である。今回用いたソフトウエアJunaioはスマートフォンやタブレット上で動作するものである。GISとGPS機能と連動し、あらかじめデジタル地図上に緯度経度で地点を登録すると、スマートフォンなどを景観に向けるとエアタグで登録した地点を景観上に示してくれる。この機能を活用することで、生徒に地形図の読図結果を景観上に確認する指導が容易になる。この機能が授業でどの程度有効で、どのような活用が可能なのかを実験授業を通じて検討することが本報告のねらいである。実験授業は富山高等専門学校商船学科および国際ビジネス学科の1年生(商船学科41名、国際ビジネス学科52名)を対象に実施した。高等専門学校1年生は学齢的には高等学校1年生と同等である。授業は必ずしも学習指導要領に縛られるものではないが、高等学校地理Bの教科書を利用しながら「地理」の授業を行っている。1授業が90分間である。授業テーマは放生津潟の開発と土地利用変化と設定した。放生津潟の大規模開発による富山新港設置について検討する授業を実施する。地形的な特徴と土地利用の変化を考えるためにAR技術を援用する。特に地盤高をARで確認し、大規模改変の詳細を考える授業を実施した。授業は次のように実施した。授業は連続して3時間ではなく、前期に1、2回、後期の3回目を実施した。
    第1回:海岸地形に関する授業、第2回:放生津潟周辺の地形図の新旧比較、第3回:ARを用いた景観と地形図の比較、である。射水キャンパスは富山新港に近く、学校周辺の土地利用変化やその意味を考えることにつながる授業である。このキャンパスには商船学科があり、展望塔が設置されている。そのため、北陸の冬季の悪天候の中でも屋内から景観と地形図を比較する授業が実施できる。特に第3回の授業について記述する。授業の冒頭10分でAR技術とJunaioの使い方を説明した。次に端末数が限られるため、各クラスとも14名ずつに分け、展望塔に移動し、そこで地図と景観を比較する授業を実施した。教室に残る生徒には、本授業に関するワークシートの作業をさせた。
    (1)新旧地形図上にエアタグの位置を記入、(2)新旧地形図から新たに造成した地域を確認、(3)工場の立地地点の特色の検討。授業を実施した結果から、生徒たちは地図とARでわかる情報を組み合わせることが容易にでき、地域の理解が進んだという感想が多く見られた。また、ARを利用したのち、地形図の理解が進んだというものも見られる。授業にAR技術を活用することで景観を利用した地理授業が一定程度効果的に実施することができることがわかった。しかしながら、機器の利用についていくつかの課題がある。たとえばデジタルコンパスはあらかじめ十分に準備しないと利用できない。また、景観と地図を対応させる十分に効果的な課題を授業で設定できるのかという点である。これらについてさらに検討が必要である。
  • 岩間 英夫
    セッションID: 1025
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1.はじめに
    発表者は、日本における産業地域社会の形成と内部構造をまとめ、2009年に研究成果を公刊した。本研究では、マンチェスターを対象に、世界の産業革命発祥地における産業地域社会の形成と内部構造を解明する(本時)。その後、マンチェスターと日本における産業地域社会の比較研究から、近代産業の発展に伴う産業地域社会の形成メカニズムとその内部構造を明らかにする(次回)。 なお1極型とは、事業所の事務所を中心に生産、商業・サ-ビス、居住の3機能が1事業所1工場で構成された、産業地域社会の構造を意味する。  

    2.マンチェスターの産業地域社会形成と内部構造

    Ⅰ 産業革命による近代工業形成期(1760-1782年)
    17世紀末にインド、18世紀に北アメリカから綿花が輸入されたことにより、マンチェスターの主要産業は毛織物から綿工業に転換した。マンチェスターでは、地元のハーグリーブスによるジェニー紡績機の発明(1765年)などによって産業革命が生じた。その結果、旧市街地における商業資本の問屋制家内工業が衰退した一方で、水運沿いでは産業資本家による小規模な工場制機械工業が発展した。これによりマンチェスターは、綿工業による一極型から、多極型の単一工業地域へと変容した。綿工業地域社会の内部構造は、産業資本家の各事務所を中心に、工場の生産機能、商業・サービス機能は旧市街地に依存、産業資本家(中産階級)の居住機能は旧市街地周辺、また労働者の居住機能は旧市街地の工場周辺(スラム街)に、それぞれ展開した。1543年におけるマンチェスターの推定人口は約2,300人であったが、1773年には43,000人となった。
    Ⅱ 近代工業確立期(1783-1849年)
    マンチェスターでは、綿工業の国内外市場拡大に合わせて、商業・金融資本が台頭した。綿工業は一核心多極型から二核心多極型の複合工業地域、1816年以降は綿工業による多核心多極型の総合工業地域を確立した。マンチェスターは「コットン=ポリス」、「世界最初の工場町」と呼ばれた。同市は、商業・金融資本の市街地を中心に、周辺部に工業地域、郊外にかけて住宅地域が同心円状に展開した。工業地域社会の内部構造は、各事務所を中心に、工場の生産機能、商業・サービス機能は市街地に依存、市街地と工場周辺に労働者の居住機能、産業資本家の居住機能は煙害を避けて郊外の鉄道沿線に移転・拡大した。1821年における人口は、129,035人に増加した。 
    Ⅲ 近代工業成熟期(1850年~1913年) 
    世界への市場拡大を背景にマンチェスターは国際的商業センターの性格を強くした。また、第二次産業革命が始動し、マンチェスターは多業種からなる多核心多極型の総合工業地域となった。市街地は再開発され、銀行、保険、商館、鉄道駅舎や市庁舎などが建てられて、中枢業務地区(CBD)を形成した。その結果、人口分布のドーナツ化とスプロール化が顕著となった。工業地域社会の内部構造は、各事務所を中心に、工場の生産機能、商業・サービス機能は市街地に依存、煙害を避けて労働者の居住機能は郊外に、産業資本家の居住機能は鉄道沿線のさらに外縁部に移転・拡大して展開した。また、1894年にマンチェスター運河の完成により、国際港と英国初の工業団地(トラフォードパーク)が出現した。1901年、マンチェスターの人口は607,000人に急増した。 
    Ⅳ 工業衰退期(1914~1979年)
    マンチェスターでは、トラフォードパークにアメリカ系企業が進出したことによって、自動車や航空機産業などの第2次産業革命(重化学工業)が促進され、総合工業による多核心多極型を維持した。しかし、第二次世界大戦後には1,000以上の工場が閉鎖され、工業が後退した。工業地域社会の内部構造をみると、空き工場が増え、ゴーストタウン化した。人口は1931年の751,292人をピークに、1981年には437,660人まで減少した。 <BR>
    再生期 (1980年~ )
    1990年代にイタリア人街で始まった市民による都市再生運動により、マンチェスターは再生した。再生の根底には、産業革命時と相通じる主体的開発の精神があった。従来の商業と交易に加えて、金融機関や新聞社・テレビ局などのメディア企業、学術機関、研究所などが集中し、街は勢いを取り戻した。空洞化した都心部には移民が集住し、多民族都市の性格を濃くした。人口は、2011年現在で約49万人である。 <BR>  

    3.まとめ
    参考文献 
    岩間英夫2009.『日本の産業地域社会形成』古今書院.
    Alan Kidd 1993. Manchester A History. Carnegie Publishing.
  • 後藤 秀昭
    セッションID: P032
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    1. はじめに 国土地理院の基盤地図情報など,詳細な数値標高モデル(DEM)が整備・公開され,地形研究での利用が進みつつある。DEMの利用は2007年の地理空間情報活用推進基本法の施行により急速に進んだ。これらを使った実体視可能なステレオ画像により,空中写真による地形判読では認識が困難であった変動地形が抽出されるようになった(後藤・杉戸,2012;Lin et al.,2013など)。活断層の地形を把握する主要な資料が空中写真から数値地形データに転換しつつあり,1960年代に地形図から空中写真に変わったのと同様の手法的な新展開となっている。  2013年11月に国土地理院から5m間隔のDEMが広範囲に整備,公開されたのを受け,後藤(2014)は,国土地理院整備の5m間隔および10m間隔のDEMと後藤(2013)で作成した海底のDEM(約1秒間隔:約30m間隔)を用いて,現在,公開されている地形データを使った最も詳細な日本列島と周辺海域を統合した詳細地形アナグリフを提示した。また,これらを用いた変動地形学的な地形判読結果について,後藤(2014;2015)などで公表してきた。  本研究では,これらの画像の概要や作成方法について改めて紹介する。また,我が国で最も広い海成段丘地形の発達する地域の一つである下総台地を対象に行った地形判読によって新たに認識された変動地形について報告する。これらにより関東平野の活構造研究への新たな仮説の提言とDEMのステレオ画像判読を用いた地形研究の普及を目指す。 2.作成方法と概要 本研究では,国土地理院整備の5m間隔のDEMとその不足地域においては10m間隔のDEMを用いて,フリーウエアのSimple DEM Viewerに読み込み,地形アナグリフを作成した。地形表現には傾斜角をモノクロで表現したものに,陰影表現を補助的に加えたものとした。微細な地形を読み解けるよう傾斜角5度以下の小さな起伏が強調されるように設定し,過高感(垂直倍率)を大きくした画像を作成した。関東平野南部が1枚で判読できる程度の広い範囲(20万分の1地勢図の4図郭分)の画像を作成した。  この画像により,海成段丘の平坦面を広域的に対比でき,平坦面のわずかな起伏を明確に捉えることができるようになった。広域的に分布する下総台地の変形をこれまでよりも詳細に検討できた。 3.下総台地の変動地形 下総台地は関東構造盆地の海湾(古東京湾)に堆積した下総層群からなり,関東造盆地運動の影響を受けながらも太平洋側に向かって高くなる特徴を有する。より細かく見れば,東京湾北東縁に沿った東京湾北縁撓曲帯やそれにほぼ並走する習志野隆起帯,それらと直交する向きの北北東—南南西方向で房総半島の北延長のように延びる八街隆起帯などの変形が知られている(貝塚・松田,1982;杉山ほか,1997など)。  本研究で作成した地形アナグリフでは,これらの地形を1枚の画像で容易に認識することができた。東金付近以南の房総半島では太平洋側から東京湾に向かって北~北東への傾動が顕著であり,九十九里浜方向に流下する河川による争奪地形の連続が確認できる。東金付近より北東の下総台地は波長20km程度の背斜状の変形(八街隆起帯)が認められ,四街道付近から北西には習志野隆起帯の変形と考えられる東京湾北縁方向の南西への傾動が認められる。  一方,これらの隆起帯の接合部付近から習志野隆起帯の南東部の隆起軸付近にかけて,北北西—南南東~北西—南東方向に湾曲した分布をなす南西落ちの低崖が数条,断続的に約30kmにわたって延びているのが新たに認められた。いずれもMIS5eに対比される下総上位面(杉原,2000)に認められ,低断層崖と考えられる(千葉断層系と呼ぶ)。この断層崖の比高は5m程度で,いずれも東京湾側に階段状に低下している。断層崖を挟んで隆起側よりも低下側の変形が顕著にみえ,正断層による地形と似た形態を示す。  千葉断層系は,東金以南の房総半島の傾動と八街隆起帯,習志野隆起帯の境付近に分布し,大局的には東京湾の北東縁を囲むように弧状に分布している。これらの特徴から,千葉断層系は,東京湾造盆地運動を含め,変形様式が大きく変化する複雑な地質構造の場所に発達した裂け断層(tear fault)の可能性がある。  関東平野の活構造については,第四紀層やローム層が厚いこと,人工改変が早くから進み,調査が容易でないことなどから理解が進んでいない。従来の手法に加え,ステレオ画像などDEMを用いた検討の推進が必要と考える。 ※科学研究費補助金(25350428)の一部を使用した。 【文献】貝塚・松田1982内外地図;後藤2013;2014;2015広島大学文学研究科論集;後藤・杉戸2012 E-journal GEO;杉原2000「日本の地形4」;杉山ほか1997活構造図「東京」(第2版);Lin et al. 2013 Geomorphology
  • 中埜 貴元
    セッションID: P045
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    平成27年9月関東・東北豪雨に伴う鬼怒川流域での洪水災害では,茨城県常総市や下妻市などで浸水被害が発生した.常総市周辺で浸水範囲と治水地形分類図を概観すると,浸水範囲の境界は概ね氾濫平野等の低地と自然堤防等の微高地との地形境界付近に位置しており,浸水範囲と地形との密接な関係が窺える.一方,下妻市周辺では,越水箇所周辺以外でも段丘面(更新世段丘)が浸水している箇所が見られた.そこで同地区において,詳細な推定浸水範囲と治水地形分類図,土地条件図,航空レーザによる標高(DEM)データ等を比較することで,同地区の浸水範囲と地形との関係を探った. 同地区では,堤防を代替する段丘面中の低地部を流路として越水したと推定された.また,浸水した段丘面は,段丘縁辺緩斜面に該当し,低地からの比高が概ね3m以内で,浸水リスクに関する「治水地形分類図解説書」の説明とは調和するが,一般的に離水した地形とされる更新世段丘が浸水することは誤判断の要因となるため,治水地形分類図において,段丘縁辺緩斜面は段丘面に含めない方が誤解を招きにくいかもしれない.
  • 志村 衛
    セッションID: P087
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    Ⅰ.問題意識と研究目的
    戦後の農業政策は,農業基本法の施行(1961年)以降,農地流動の進展による「生産性向上=構造改善」が目指されてきた.本研究は,日本における農地政策と農地流動の展開過程を追ったうえで,それぞれの時期における農地流動の地域的特徴について明らかにすることを目的とする.

    Ⅱ.戦後農地政策と農地流動の全国的展開
    戦後日本における農地流動は,農業政策との関連から3時期に整理できる.
    第1期(1952~1974年):「農地法」の下で,1960年代半ばまでの農地流動は売買を中心に展開した.しかし,これ以降,売買による農地流動は約7万ha台(全体の約65%,以下同様)にとどまった.賃貸借による流動は1952年の5,948ha(21.0%)以降,1970年には1,838ha(1.7%)へと減少しつづけた. このような農地流動の停滞を打開し,とくに賃貸借による農地流動を促進させるため,「農地法」が1962年に一部改正された後,1970年に大幅に改正された.ここでは主に農地取得の上限面積の制限を撤廃するとともに,賃貸借関係の規制が緩和された.しかし,農地流動は依然として停滞を続けた.
    第2期(1975~1992年):1975年以降における農地流動は,面積的には約10万haで停滞を続けたが,「農用地利用増進事業」とその法制化を契機として,賃貸借が1975年の5,920ha(全体の6.1%)から,1992年の58,708ha(52.8%)へと拡大した.
    第3期(1993年~現在):当時期における農地流動の最大の特徴は,「農業経営基盤強化促進法」の施行(1993年)を受けて,第2期をとおして停滞していた農地流動が,賃貸借を軸としながら拡大基調へと転じたことにある.1993年時点で113,420haであった農地流動面積が,2000年には146,173ha,2010年には191,893haへと拡大した. 賃貸借面積は,1993年に64,157ha(71.0%)であったものが2000年には103,875ha(71.1%),2010年時点では154,506ha(84.6%)と拡大した.これに対して,売買面積は1993年以降,約3万ha台(15%台)を推移しており,横ばいの傾向にある.

    Ⅲ.農地流動の地域的展開
    第1期(1955・1970年):売買率(耕地面積に対する売買面積の割合)の全国平均は,1955年の0.72%から70年の1.26%となり,賃貸借率は55年の0.10%から70年の0.06%となった.第1期をとおして売買率が全国平均よりも高い地域は,北海道および南九州地方の諸県であり,大阪府や京都府といった大都市部においても進展していた.賃貸借率が全国平均よりも高い地域は中国地方の諸県であり,これらに北海道が次いでいた.
    第2期(1980・1990年):第1期に比べ,売買率の全国平均が低下した一方で,賃貸借率は上昇した(売買率;80年:0.75%,90年:0.67%,賃貸借率;80年:0.47%,90年:1.18%).売買が進展する地域は,北海道および南九州の諸県に限定されるようになった.一方,賃貸借は,中国地方を筆頭に北から北海道,北陸地方,沖縄県を含む九州地方諸県などで,進展地域の拡大がみられた.
    第3期(2000・2010年):売買率(2000年:0.68%,10年:0.71%)は停滞し続けている一方で,賃貸借率(2000年:1.72%,10年:3.18%)はさらに上昇している.売買の進展地域は北海道および沖縄県に限られているのに対して,賃貸借は,中国地方を筆頭に北海道,北陸地方,北九州地方の諸県で進展している.とはいえ,これら諸地域の賃貸借率も約3~5%台であることに注目しておきたい.

    Ⅳ.結論
    ①日本における農地流動は,1970年代までは売買を軸に進展していたが,これ以降は賃貸借を中心としたものに変化した.農地流動は第3期以降,大幅に拡大している.
    ②農地流動の進展地域は売買と賃貸借とで異なるものの,北海道や北陸地方など特定の地域で進展する傾向にある.
    しかし,農地流動が進展している地域でさえ,耕地面積に対する農地流動面積の割合でみれば,わずか数%に過ぎない.このことは,農業政策上の課題として農地流動の進展が長期的に掲げられている以上,看過できない事実である.このような現状のなかで,農地流動の進展による「生産性向上=構造改善」の方向性が問われているといえよう.
  • 和田 崇
    セッションID: 709
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    本研究は,広島県尾道市における映画を活用したまちづくり方策を検討するための基礎研究として,「映画の町・尾道」の成立過程と近年の新たな動きを把握,整理したものである。研究方法としては,尾道市民とおのみち映画資料館来場者,映画館来場者を対象としたアンケート調査と,映画にかかわる尾道市内9団体を対象に行ったヒアリング調査を用いた。
    尾道市が「映画の町」と呼ばれるようになった理由は,尾道市で映画の撮影がいくつか行われるとともに,それらの映画に登場した場面を訪ねるフィルム・ツーリズムの動きが全国に先駆けてみられるようになったことにある。1929年から2008年までの約80年間に尾道市内で撮影された映画は45本にのぼり(おのみち映画資料館資料),これらのうち尾道市に「映画の町」というイメージを植えつけたのは,小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)と「尾道三部作」に代表される大林宣彦監督による一連の映画作品(主に1980-90年代)だったといわれている。こうした状況に対して尾道市は,映画の撮影を受け入れ,支援するために2003年に「おのみちフィルムコミッション」を設立した。また,2001年には旧家を改造して「おのみち映画資料館」を整備し,小津安二郎監督『東京物語』などの映画資料を展示・公開することで,「映画の町・尾道」に訪れる観光客に対するサービスを充実させた。
    尾道ロケ映画の鑑賞者等による尾道市への関心が高まり,とくに1980年代以降,それを一因として尾道市を訪れる観光客数が増加した。観光客はロケマップを片手に尾道市内のロケ地を訪問したり,おのみち映画資料館を訪問したりして,映画を追体験するようになった。 しかし一方で,レジャーの多様化,テレビやビデオ,DVDの普及などにともない,映画館に足を運ぶ尾道市民の数は減少の一途を辿り,1950年代の最盛期には4館あった映画館は2001年までにすべてが閉館した。映画鑑賞を趣味とする尾道市民は少なくないものの,彼らの多くは若者を中心に最新の人気映画,アニメ映画などを自宅のテレビやDVDで鑑賞したり,隣接する福山市のシネコンで鑑賞したりするようになった。また,観光客が関心を示す尾道ロケ映画に対する尾道市民の関心は決して高いとはいえず,市民アンケート調査によれば,おのみち映画資料館への来場経験がある者は回答者の1/4弱,尾道ロケ映画のロケセットの見学経験がある者は同1/6~1/3にとどまった。 こうした中,2004年に市民有志による「尾道市に映画館をつくる会」が発足,2006年にはNPO法人シネマ尾道となり,同法人が運営主体となって2008年に映画館「シネマ尾道」を開業した。シネマ尾道は流行の人気映画よりもメッセージ性の強い邦画や欧州映画などを上映しており,尾道市民を中心に熱心な映画ファンが繰り返して来場している。 このように尾道市は,尾道ロケ映画に関心をもつ観光客,最新人気映画などを隣接市のシネコンで鑑賞する大多数の尾道市民,メッセージ性の強い映画をシネマ尾道で鑑賞する熱心な映画ファンが併存する状況にある。
    シネマ尾道の開業に続き,尾道市では近年,映画撮影とフィルム・ツーリズムの展開にとどまらない,映画をめぐる新しい動きが生まれている。それらは,尾道市立大学芸術学部における映像関連講座の開催(2009・2013年),「お蔵出し映画祭」の開催(2011年~),尾道市に移住した映像作家による映画制作・公開(2014年),NPOによる空き家再生と映画研究会の開催(2015年~)などである。これらの動きは,次の2点において,「映画の町・尾道」に新たな変化をもたらしている。一つは,行政だけでなく市民やNPOが映画まちづくりの担い手となってきたことである。彼らの多くは映画あるいは「映画の町・尾道」に関心をもつ若者であり,NPOによる空き家再生の動きと相まって,尾道市外から移住してくる者も多い。いま一つは映画の消費・活用形態の変化であり,従来からの尾道ロケ映画の鑑賞とフィルム・ツーリズムに加え,「映画の町・尾道」で映像を学び,交流し,制作し,発信するという動きが胎動をみせている。 これらの変化は,東京等大都市を中心とする日本の映画産業構造の中で,ロケ地および観光地という受け身的な位置にあった尾道市が,より主体的に映画文化をつくり出し,それを享受しようという動きをみせていると捉えることができる。ただし,この変化が大きなうねりとなるか,一時の小波にとどまるかは引き続き注視していく必要がある。
  • 石井 祐次, 堀 和明, 百原 新
    セッションID: 810
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
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    はじめに

    古洪水復元は過去に生じた洪水の規模や頻度を推定し,将来起こりうる環境変動に対する河川の応答を推定するためにおこなわれてきた.氾濫堆積速度は洪水時の土砂濃度や氾濫時間と関係していることから,氾濫頻度の指標として用いることができる可能性がある.

    泥炭層は主に植物遺体と氾濫による土砂によって構成されており,泥炭層の強熱減量は氾濫による泥炭地への土砂の流入量を反映していると一般的に考えられている.このことは,泥炭層の強熱減量の深度方向の変化が,氾濫堆積速度の変化を反映していることを示唆する.泥炭層の強熱減量は高解像度で計測することが容易であり,数百年スケールでの氾濫堆積速度の変化を捉えることができる.本研究では,石狩低地において採取した泥炭層の強熱減量を用いて氾濫頻度の変化を復元するとともに,広域的な気候変動との関連について議論する.

     

    堆積物の特徴

    泥炭層の層厚は約3~5 mであり,その下位には泥質な氾濫堆積物および小規模なクレバススプレイ堆積物もしくは自然堤防堆積物が堆積している.泥炭層の形成開始時期は各地点において異なるが,約5400~3600 cal BPの間である.泥炭層は草本質であり,木片がときおり認められる.泥炭層の強熱減量の変化は,肉眼で判断できる植物遺体の含有量の変化と一致する.

    泥炭層の強熱減量の変化はパターン1~3に分類される.パターン1は主に石狩川付近に位置し,強熱減量は約3600 cal BP以前に増減を繰り返し,約3600 cal BPに最も高く約80%を超えることが多い.強熱減量は約3600~1500 cal BPにかけてわずかな振幅をともないながら少しずつ低下し,約1500 cal BPに大きな低下が認められる.パターン2は石狩川の支流近くに位置することが多く,泥炭層の堆積開始以降,数百年スケールでの振幅が認められるものの,長期的な傾向はほぼ認められない.パターン3は低地の東端に認められる段丘から比較的近く,かつ支流および本流から離れた泥炭地の中心部において認められ,強熱減量は常に約80%以上の高い値を保つ.

    パターン1に分類されるP43地点においては,約3600 cal BP以前の泥炭層の強熱減量の変動が大きい時点においてフトイ属,スゲ属,ミズオトギリが卓越する層準が認められる.約3600~3000 cal BPにはスゲ属が卓越するが,高層湿原で生育するヤチヤナギがときおり含まれる.約3000~2000 cal BPには高層湿原にみられるミカヅキグサ属が卓越する.約2000 cal BP以降には特定の種が卓越する層準は少ないが,主に低層湿原で生育するシロネ属が卓越する層準が認められた.

    パターン2に分類されるP40地点では概ね強熱減量が約70%以上において高層湿原で生育するヤチヤナギおよびミカヅキグサ属が産出する.ただし,強熱減量が上方へ増加した直後においては主に低層湿原で生育するシロネ属やハンノキが産出する.

    パターン3に分類されるP47で深度3 mまで泥炭層が認められており,深度1.3 m以深においてはスゲ属が卓越し,ときおりハンノキが産出することから低層湿原であったと推定される.深度1.3 m以浅ではミカヅキグサ属が卓越することから,高層湿原へと移行したと考えられる.

     

    泥炭層の強熱減量を用いた古洪水復元

    湿原の植生(低層湿原か高層湿原)は主に栄養状態を反映する.氾濫原の湿原における栄養塩の主な供給源は,氾濫原の端からの表面流出や地下水流出,河川の氾濫である(Charman, 2002).パターン3は氾濫原の端に位置する段丘に近く,地表面流出や地下水流出によって栄養塩が供給されていたと考えられる.一方,河川に近いパターン1,2 では氾濫頻度が,泥炭地への栄養塩の供給に大きく寄与していたと考えられる.

    パターン1,2においては強熱減量の高い時期において高層湿原,強熱減量の低い時期において低層湿原であった.このことは,強熱減量の変化が泥炭地における栄養状態の変化,つまり氾濫頻度の変化を反映していることを示唆する.したがって,泥炭層の強熱減量の変化を用いて氾濫頻度を復元することが可能であると考えられる.

    石狩川本流および支流において氾濫が生じる気象条件を考慮すると,パターン1は梅雨前線や秋雨前線による降雨の強度の変化と,停滞前線に対して台風が接近する頻度を反映している.一方, パターン2は梅雨前線が北海道付近で維持されて北上する頻度を反映していると考えられる.パターン1の強熱減量の変化は,東アジア夏季モンスーンの強度変化と概ね一致する.
  • 吉岡 咲紀, 木本 浩一
    セッションID: 505
    発行日: 2016年
    公開日: 2016/04/08
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに
    高度経済成長期以降、現在に至るまで一貫して農村人口は減少を続けている。農業・農村の担い手の減少は、地域資源の経営管理の主体の減少や地域生活機能の低下をもたらし、農業のみならず農村の存立基盤を大きく揺るがしている。現在では、「担い手」をいかに確保するかという課題に加えて、その「担い手」が農業と農村とをともに「担う」形で根付くことができるのかという課題に直面している。 営農団地は、農業・農村の担い手を確保するための手段の一つとして、1970年代に系統農協によって構想され、全国に設置された。当初、営農団地は生産から販売までを一貫して行うための仕組みとして期待されていた。これまでの営農団地に関する研究は、パイロット事業の事例評価や構想当時に農協が農業団地を批判したものが主であり、設置した地域との関わりについての研究は少ない。 本研究は、広島県神石高原町豊松地区にあるトマト団地を対象にして、団地造成がトマト産地維持にどのように貢献したのかを、団地入植者と地元農家の関係から明らかにする。  
    2 方法
    調査対象は広島県神石郡神石高原町豊松地区(旧豊松村)に位置するトマト団地である。豊松地区は、広島県の東端に位置し、人口1361人、面積52.35㎢、総土地面積の80.1%を森林が占める条件不利地域である。主産業は農業であり、県内屈指のトマトとコンニャクの生産地である。 本研究では、2015年9月−11月の間に1週間、トマト団地入植者および地元農家への聞き取り調査を実施した。また、同期間中に団地造成当時の様子を知るため、元村議会議員、農業公社、JA、当時造成に携わった役場職員に対する聞き取り調査と資料収集を行った。  
    3 結果と考察
    豊松地区のトマト産地としての発展過程は主に4つの時期(①1960年代から1970年代初頭にかけて②1970年代後半から1980年代にかけて③1990年代初頭④1994年から現在にかけて)に区分された。豊松地区におけるトマト栽培は1950年代後半に地元農家有志20数名によって開始され、1980年代に産地としての全盛期を迎えている。しかし、1990年代に入ると生産者の高齢化により生産量は衰退した。その衰退に歯止めをかけるために村が打ち出した政策が、団地化構想であった。 団地には現在11名が入植している。団地入植者によるトマト生産量は、町内全体の半分以上を占めており、農業の主要な担い手となっている。 団地入植者の特徴として、Iターン者(新規就農者)と地元農家(トマト栽培経験者)が混在していることが挙げられる。団地内の社会関係においてはあくまでも個人経営者の集まりであることが強調されるが、入植者間では技術や知識を補完し合うことが出来ている。 団地と地元農家との関係をみると、団地造成当初、地元農家からは「団地ばかり優遇を受けている」といった批判的な意見があった。しかし、団地内の技術が向上を始めると、批判的な意見は少なくなった。そして、町内全てのトマト生産者が集う「勉強会」が実施され、団地内の技術が地元農家にも共有された。 以上より、トマト団地は営農のための仕組みとして機能しただけでなく、団地入植者(外部移住者)と地元農家(受け入れ地域)を融合させる「仕掛け」として機能し、その結果として産地維持に貢献したと言える。
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