要旨:漢方医学を西洋医学的アプローチによって解明することは,きわめて重要なことである.ことに,「疹血(おけつ)」という漢方独特の概念は,微小循環との関連が示唆される部分が多く,これを微小循環学の立場から解析することは,漢方の自然科学的解明の糸口となると考えられた.
本研究では,癌血病態における血液レオロジーの分析を加えるとともに,ヒト眼球結膜を観察することにより,微小循環動態から瘍血病態の変化を捉えようと試みた.
(対象と方法)
駆痕血剤(桂枝秩苓薬散)投与適応のある患者に対し,まず寺澤の癌血スコアーにより癌血重症度の評価を行なった.ついで,それぞれの薬剤の,急性負荷前後の各種レオロジカル因子を測定し,同時に対馬の生体ビデオ顕微鏡システムによって,眼球結膜細静脈の微小循環動態と,一部の患者については,手指爪床と,背皮膚の毛細血管係蹄を観察記録した.
また,駆癌血剤以外の漢方薬剤の作用との比較検討を行なうため,高血圧や脳血管障害への作用が注目されてきた黄連解毒湯と,我々の観察系に影響が少ないであろうと推測された甘麦大覆湯を選び,それぞれ同様に,負荷前後のレオロジーと微小循環動態の変化を調べた.
(結果)
瘍血重症度と全血粘度(高・低両ずり速度)血漿通過時間は有意の正の相関関係を示した.微小循環の観察では,癌血患者を正常人と比較すると,微小血管構築における血管壁の不整,硬化,蛇行が多く,血流の性状でも,赤血球集合やスラッジ現象などの血行動態の悪化が観察された.
桂枝荻苓丸は全血粘度(高・低両ずり速度)血漿粘度(高ずり速度)を低下させ,血漿通過時間を短縮させた.また,眼球結膜細静脈内径および血流量を増加させた.一部患者では手背皮膚血管数の増加が観察された.
当帰有薬散は全血粘度(高・低両ずり速度)血漿粘度(高ずり速度)を低下させ,血漿通過時間を短縮させた.また,眼球結膜細静脈内径,血流速度および血流量を増加させた.
黄連解毒湯負荷では,収縮期・拡張期血圧および心拍数の低下を認めた.また,RBC,HT,TP,Alb,全血粘度(高・低両ずり速度)は低下し,血漿通過時間は短縮した.眼球結膜では血管内径は収縮し,血流速度,血流量は増大を示した.
甘麦大聚湯は,血液レオロジー,微小循環動態とも有意な変化をもたらさなかった.
(結論)
1.癌血での血液流動性の悪化が確認されたが,その要因である各種パラメーターは必ずしも一定の動態を示さず,癒血が種々の要因を含んだ「不均質な病態」であることが示された.
2.眼球結膜微小循環動態の観察により,癌血が血液レオロジーのみならず,微小循環動態の悪化も伴った病態であることが明らかになった.
3.2つの駆癌血剤ともに血液レオロジーおよび微小循環動態の改善に有利に働くことが確認されたが,その作用形態には若干の差異が認められ,このことが2剤の投与目標(=証)の違いにも関係する可能性が考えられた.
4.黄連解毒湯はその急性負荷により,血圧,心拍数を低下させるとともに血液粘度の低下及び血流量の増加という微小循環への改善作用を持つことが明らかとなった.
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