血液細胞の形態学を研究する場合当然のことながら,造血組織および,血液細胞の系統発生的観察が重要な研究課題となる.本論文はこの意味から鳥類血液細胞のうち,ヒトの血小板に相当すると云われている紡錘形細胞を選び,その微細構造を電子顕微鏡学的に観察し,ヒト血小板の微細構造と比較対照したものである.
鳥類は脊椎動物の系統樹から見れば爬虫類から分化し,飛ぶことに適した恒温動物であるが,骨格は完全に分化し,骨髄造血を行い,その上,リンパ節の分化が始めて認められる動物である.
まず,鳥類以下の脊椎動物の血液細胞および,造血組織について系統発生学的立場から概略を述べる.(図1動物の系統図参照)
円口類Cycl vstamataはヤツメウナギ,スナヤツメによつて代表される最下級の脊椎動物である.これらの動物の血液細胞としては赤血球,好中球,好酸球,血小板および,リンパ球様細胞が存在し,主要造血組織は腸の螺旋綴壁内にある.また,魚類Piscesになると板鋸目Elasmobranchiiではその血液細胞は有核赤血球,偽好酸球,好酸球,血小板,リンパ球様細胞の5種類に分類され,造血組織は,穎粒球については生殖腺間質に,リンパ球様細胞については脾の白髄と小腸粘膜上皮下に存在する.
さらに,硬骨魚目Telesteiにおいては有核赤血球,好異球(両色好性),好酸球,好塩基球,リンパ球様細胞および・血小板の6種類が区別され,穎粒球の造血組織は中腎間質にあり・リンパ球様細胞の造血巣は脾の白髄と腸管粘膜にあると云う.骨髄の造血組織が高度に発達し,穎粒球造血と赤血球造血(および,血小板造血?)の主体が骨髄に移るのは無尾両棲類以上の段階である.しかしながら無尾両棲類では骨髄は冬眠から醒めた直後の短い期間にのみ活発に造血を営むにすぎず,骨髄が造血中枢としての機能を全面的に発揮するのは恒温動物である哺乳類と鳥類である.
鳥類Avesの血液細胞は有核赤血球,好異球(好中球)i好酸球i好塩基球,単球,リンパ球,紡錘形細胞(血小板)の7種類である.
鳥類の顯粒球および有核赤血球については,造血の主体は骨髄にある.爬虫類以下の下級脊椎動物はいわゆる変温動物で,一般に組織の酸素消費量がすくないため赤血球の産生はそれ程活発に行なわれないが,鳥類は恒温動物であるから組織の酸素消費量が高く,赤血球の産生も活発となる.したがつて骨髄は鳥類においてほぼその発達の極限に達し,その組織像はおよそ哺乳類のそれに匹敵するといわれている.
魚類,両棲類,爬虫類および鳥類の有核血小板(栓球)は哺乳類の無核血小板(栓球)と同じ機能を有すると言う.この意味において鳥類の血小板様働きを示すと言われる紡錘形細胞とヒト血小板との微細構造の比較観察は系統発生学的立場から意味深いものと考えられる.
鳥類以下の下位脊椎動物の血小板については天野が詳細に諸家の研究を紹介し,かつ検討している.それによると天野は鳥類その他の血小板の幼弱なものは骨髄巨細胞に相当し,成熟形は機能的に血液凝固ないし凝血に関与するいわゆる血小板に相当する細胞であると述べている.すなわち,それは血小板(栓球)であり,かつ,血小板芽球(栓芽球)であると言う.この血小板は動物の種類によつて紡錘形細胞の名で呼ばれている.一方,紡錘形細胞が鳥類では直ちに血小板を意味せず,変性幼弱赤血球であると主張する研究もあるが後にこの考えをその研究者自身翻したといわれる.(杉山,1926).したがつて天野は鳥類以下の脊椎動物における紡錘形細胞,有核血小板,栓球などを同義語として扱つている.鳥類の血液中紡錘形細胞,すなわち,血小板の微細構造について電子顕微鏡学的に観察した報告ははなはだすない.Schumaeherは始めてwhi teleghomを断頭,または静脈(Y. cutanea ulnaris)穿刺により採血し,抗凝固剤を加え遠心沈澱の後,その白血球層をosmium tetroxide溶液で固定した試料について電子顕微鏡学的に観察し,血小板,リンパ球,単球の微細購造を光学顕微鏡所見と比較検討して報告しているが,今回,著者はQsmium tetroxideとglutaraldehydeの2重固定法を用いて切片を作成し,紡錘形細胞の微細構造を観察した結果,Schumacherの記載と若干の相違を見出したので報告する.
本論文はヒト正常血小板と鳥類紡錘形細胞との比較観察が目的であるので,順序として始めにヒト正常血小板についての著者の電子顕微鏡による観察所見を,諸家の研究成績と対比しつつその微細構造の概略を述べたい.
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