デキサメサゾン処理でプロモーターの転写活性化を誘導できるマウス乳癌ウイルス (MMTV) -LTRの下流に, インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼの各サブユニット (PB1, PB2, PA) 遺伝子および核タンパク質 (NP) 遺伝子のcDNAをつないだプラスミドpBMSA-PB1, pBMSA-PB2, pBMSA-PAおよびpBMSA-NPを作製した。これらのプラスミドをマウスC127細胞に導入し, デキサメサゾン処理で, ウイルス遺伝子を種々の組合せで誘導発現できる細胞株を作製した。クローン76株はPB1, PB2, PA, NP遺伝子を, クローン64株はPB1, PA, NP遺伝子を, クローンYP1N25株およびYP1N27株はPB1, NP遺伝子を, クローンYN30株はNP遺伝子を誘導発現できる細胞株である。また, クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ (CAT) 遺伝子の両端に, インフルエンザウイルスゲノムの第8分節RNA (NS遺伝子) の両末端共通塩基配列のcDNAを付加したNS -CATキメラDNAを, T7 RNAポリメラーゼプロモーターの下流につないだプラスミドpOUMS 101およびpT7/NS-CATcを用いて, T7 RNAポリメラーゼでゲノム鎖 (vRNA) に相当するNS-CATv RNAおよび相補鎖 (cRNA) に相当するNS-CATc RNAを
in vitro で人工合成した。これらのモデルRNAを上記の細胞株に導入し, ノーザンハイブリダイゼイション法, RT-PCR法あるいはCATアッセイ法で, インフルエンザウイルスゲノムの転写および複製反応におけるRNAポリメラーゼの各サブユニットの機能を解析した。その結果, (1) PB2サブユニットは転写反応におけるcap構造の認識, 付加に働いているが, mRNA鎖の伸長やポリ (A) 鎖の付加反応および複製反応には必要ないこと, (2) PB1サブユニットは転写および複製反応の全てに必須であること, (3) PAサブユニットはvRNA合成には必須であるが, cRNA合成および転写反応には必須ではないことが明かとなった。
これらの結果をまとめると, インフルエンザウイルスゲノムの転写および複製反応の機序は以下のように考えられる。複製反応においてPB1サブユニットは単独でvRNAを鋳型としてcRNAを合成でき, 合成されたcRNAを鋳型としたvRNA合成には, PB1サブユニットだけでなくPAサブユニットの機能が必要である。一方, 転写反応において, PB2サブユニットは宿主細胞のmRNAのcap構造を認識し, cap構造を有する10~13塩基からなるオリゴヌクレオチドをプライマーとしたウイルスmRNA合成開始複合体の形成に関与しており, RNA鎖の伸長およびポリ (A) 鎖の付加はPB1サブユニットが行っている。前述したように, インフルエンザウイルスゲノムの転写および複製反応におけるRNAポリメラーゼの個々のサブユニットの基本的な機能は判明したが, mRNA合成におけるcap構造を持つRNAへのポリ (A) 鎖付加の機序, vRNAを鋳型とするcRNA合成とmRNA合成のスイッチングがどのように制御されているのか, また, 関与している宿主因子の同定やその機能を含め明らかにすべきことはまだ多数残されている。
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