生元素安定同位体比を用いて動物の食物源と栄養段階を推定する手法が開発された1980年前後以降、感潮域および沿岸域の栄養構造に関する情報が飛躍的に増えた。本総説では本手法を用いた温帯の感潮域および沿岸域の研究例より動物の食物源となる一次生産者・有機物の値(δ
13C、δ
15N、δ
34S)をまとめた。さらに、生息環境を塩性湿地、感潮河川と潟湖、干潟、岩礁、海草藻のモ場、内湾と浅海域、陸棚、および人為的有機物影響下水域に8区分し、各生息環境における水生動物の食物源を整理した。生息環境に応じた栄養構造の違いはあるが、総じて研究例の多くは維管束植物由来のデトリタスより自生的微細藻類の水生動物食物源への貢献を強調している。また、人為的有機物が生態系の中に組み込まれていく過程が明らかにされつつある。他方、一次生産者や有機物の同位体比値が時空間的に変化する例や濃縮係数が種・組織依存で試料の前処理により変化する例が報告され、本手法を画一的に適用することに疑問が生じている。また、一次生産者・有機物の種類が多い場合やそれらの同位体比値が重なる場合には本手法の適用が困難となる。これらの課題と対策についても述べた。
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