日本生態学会誌
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67 巻, 3 号
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総説
  • :システム化保全計画の概念と手法の概要
    久保田 康裕, 楠本 聞太郎, 藤沼 潤一, 塩野 貴之
    2017 年 67 巻 3 号 p. 267-286
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    システム化保全計画の概念と理論に基づく生物多様性の空間情報の分析は、保全の利害関係者に様々な選択肢を提供し、保全政策の立案・実行における意思決定を支援する。本論では、日本の生物多様性保全研究を推進する一助として、システム化保全計画を概説した。保護区ネットワーク設計の基本概念は“CARの原則”である:包括性(comprehensiveness)、充足性(adequacy)、代表性(representativeness)。全ての地域を保護区にするのは不可能なので、現実の保全計画では、生物多様性のサンプル(抽出標本)を保護区として保全する。CARの原則は、母集団の生物多様性のパターンとプロセスを、抽出標本内で再現するための概念である。システム化保全計画では、生物分布データを利用して保全目標を定義し、保全に関わる社会経済的コスト(土地面積や保全に伴って生じる社会経済的負担)を考慮し、保全優先地域を順位付けする。この分析は、地域間(保全計画のユニット間)の生物多様性パターンの相補性の概念に基づいている。かけがえのなさ(代替不可能度、irreplaceability)は、保全目標の効率的達成における、ある場所や地域の重要度を表す指標概念である。保全優先地域を特定する場合、保全上の緊急性や必要性を組み込む必要があり、代替不可能度と脅威と脆弱性の概念を組み合わせるアプローチがある。これにより、各サイトは、プロアクテイブな事前対策的保全地域とリアクテイブな緊急性の高い保全地域に識別される。保全計画では、様々な保全目標を保全利益に照らして検討することが重要である。Zonationが実装している効用関数は、メタ個体群や種数—面積関係の概念に基づいて空間的な保全優先地域の順位付けを可能にしており、有望である。システム化保全計画の課題の一つは、生物多様性パターンを静的に仮定している点である。生物多様性を永続的に保全するため、マクロ生態学的パターンおよび種分化、分散、絶滅、種の集合プロセスを保護区ネットワーク内部で捕捉するスキームを検討すべきだろう。システム化保全計画は生物多様性条約の学術的基盤で、愛知ターゲット等の保全目標を達成する不可欠な分析枠組みである。今後、日本でも実務的な保全研究の展開が期待される。
  • :種内と種間の異なる空間的階層を統合して
    坂田 ゆず, 佐藤 安弘
    2017 年 67 巻 3 号 p. 287-306
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    植物と植食性昆虫の相互作用は陸上生態系の基底をなす要素である。近年の研究から、数十年、数百km程度の時空間スケールにおいて植物-植食性昆虫の関係は大きく変動し、こうした変異が植物種内における防御形質の進化を駆動することが明らかになってきた。本稿では、植物防御の種内変異に着目した近年の事例を紹介することで、植物防御の進化プロセスを理解するための実証的な枠組みを概観する。前半では、集団間と集団内の2つの空間スケールに着目し、それぞれのスケールで植物防御の変異や多型が維持されるメカニズムを解説する。具体的には、集団間では植物防御の局所適応を伴った地理的変異の形成、集団内では植食性昆虫を介した植物間の見かけの相互作用に着目する。後半では前半の知見を踏まえて、植物種内の防御形質の変異を生み出すメカニズムの1つである見かけの競争を例に、集団内から集団間までの空間スケールをつなげて考えることで、植物種内での防御の進化のメカニズムとパターンを統合する。さらに、植物種間の防御の変異を説明する仮説が植物種内の防御の変異も説明できるかどうかや、種内の変異が種間の変異へ種分化を介してつながる可能性について議論する。一連の事例を紹介することで、植物種内の防御の進化プロセス(小進化)が広域スケールでの防御の変異や種間の防御の進化(大進化)のメカニズムとなることを提案したい。
特集:熱帯林における球果類優占のメカニズム
  • :趣旨説明
    相場 慎一郎, 宮本 和樹
    2017 年 67 巻 3 号 p. 307-311
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
  • 相場 慎一郎
    2017 年 67 巻 3 号 p. 313-321
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    日本から台湾・東南アジア島嶼部・ニューギニア・オーストラリア東岸を経てタスマニアとニュージーランドに至る西太平洋湿潤地域では、巨視的に見ると、寒冷な気候で針葉樹と落葉広葉樹が優占し、温暖な気候では常緑広葉樹が優占する。ただし、針葉樹が優占する植生帯は、北半球だけに存在する「落葉広葉樹林」(暖かさの指数、WI=45〜85℃、寒さの指数、CI<−15℃)を挟んで、「北方針葉樹林」と南北両半球にまたがる「温帯・熱帯針広混交林」という2つの森林帯に別れている。北方針葉樹林は夏が短く冬が厳しい大陸性気候(WI=15〜45℃、CI<−15℃)に成立するのに対し、両半球にまたがる温帯・熱帯針広混交林は寒い冬を欠く海洋性気候(WI<144℃、CI>−15℃)に成立する。さらに、熱帯低地を中心とするWI>144℃の地域には「熱帯・亜熱帯常緑広葉樹林」が分布し、西太平洋湿潤地域の森林帯は以上4つに大別される。北方針葉樹林は日本の高緯度または高標高に分布し、亜高山帯林や亜寒帯林とも呼ばれる。温帯・熱帯針広混交林は、日本では太平洋側の狭い標高帯に限って分布する(いわゆるモミ・ツガ林など)が、台湾やニュージーランドではより広い標高帯に渡って(より暖かい気候にまで)分布する。これら両半球の温帯針広混交林は、東南アジアやニューギニアの熱帯山地の針広混交林へと連続的に変化していく。以上のことから、針葉樹が優占する温帯・熱帯林を総称して、北方針葉樹林とは独立した、温帯・熱帯針広混交林と名付けたのである。温帯・熱帯針広混交林では、比較的涼しい夏(熱帯山地では年を通じた低温)が常緑広葉樹の生育を制限する一方、温暖な冬(熱帯山地では冬がないこと)が落葉広葉樹の生育を制限することで、針葉樹が優占しているのであろう。巨視的に見た時に針葉樹が寒冷な気候で優占することは、土壌の貧栄養条件と関連している可能性があり、広葉樹が優占する気候帯であっても貧栄養土壌上では局所的に針葉樹が優占しうることは、その可能性を支持する。西太平洋地域と世界各地を比較すると、東太平洋地域で2つの針葉樹林帯が連続するのと対照的であることを指摘した。
  • 澤田 佳美, 相場 慎一郎, 清野 達之, 北山 兼弘
    2017 年 67 巻 3 号 p. 323-330
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    世界の熱帯における球果類の分布を見ると、撹乱跡地や貧栄養土壌を除くと山地に限定される。熱帯山地林で、球果類がどのようにして広葉樹と共存しているのかについては、未解明な点が残されている。広葉樹との共存に重要な要因の1つと考えられる球果類の更新について、定量的なデータがそろっているボルネオ・キナバル山の研究成果を中心に説明した。キナバル山に設置された調査区における球果類の優占度は、他の熱帯域における傾向と同様、山地林の、特に蛇紋岩地で高かった。球果類の更新について、そのサイズ構造から検討すると、山地林以上の非蛇紋岩地では撹乱に依存した更新と考えられる山型、蛇紋岩地では持続的な更新が行われていると考えられる逆J字型を示した。球果類と広葉樹の成長速度を比較すると、標高1700 m以上の非蛇紋岩地では、ギャップ下など光条件が良いところでのみ球果類の成長速度は広葉樹と同等以上となるのに対し、蛇紋岩地では光条件に関わらず広葉樹と同等以上となった。球果類の単位面積当たりの実生・稚樹数は、高標高や蛇紋岩地で多い傾向がみられた。これらの立地では林床の光条件が良好となる傾向があり、こうした光環境の改善によって球果類の実生・稚樹数が生育しやすくなったと考えられた。以上のことから、球果類の更新パターンは標高や地質によって異なり、低地林ではほとんど更新できていないが、山地林以上の非蛇紋岩では撹乱に依存して更新すること、また、蛇紋岩地では連続更新していることが示唆された。こうした更新パターンの違いは、各環境条件での成長や実生・稚樹の定着における広葉樹との競争によって生じていると考えられた。
  • 宮本 和樹, 相場 慎一郎, 和頴 朗太, Nilus Reuben
    2017 年 67 巻 3 号 p. 331-337
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    熱帯ヒース林はポドゾルとよばれる貧栄養土壌に成立する熱帯林である。熱帯ヒース林は東南アジア地域で代表的な混交フタバガキ林のような突出木層をもたず、平坦で低い林冠や硬葉とよばれる厚い葉をもつ樹種が多いなど独特な景観を形作っている。ボルネオ島の熱帯ヒース林にはマキ科やナンヨウスギ科の球果類が出現することが多いが、同じ熱帯ヒース林でも球果類の種や優占度、地上部の森林構造、地下部の細根量には大きな変異がみられる。熱帯ヒース林の森林構造や種組成の変異を説明する環境要因として、土壌水分ストレス、土壌養分(特に窒素)の不足、土壌酸性度およびリター中のポリフェノールの存在など様々な仮説が指摘されてきた。しかし、現在のところ熱帯ヒース林でみられる森林構造や種組成の変異を十分に説明できるまでには至っていない。貧栄養環境における無機態窒素に代わる樹木の窒素源として、溶存有機態窒素(Dissolved Organic Nitrogen、DON)が注目されている。今後、熱帯ヒース林の森林構造や種組成の決定要因を明らかにするために、(1)無機態窒素と比べてDONが樹木にどの程度有効に利用されているのか、相対的な寄与を評価することと、(2)土壌だけでなくリターおよび樹体内部で保持されている養分量(特に窒素)を含めた、森林生態系全体として循環している利用可能な養分量を総合的に評価することが重要である。
  • 潮 雅之
    2017 年 67 巻 3 号 p. 339-345
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    マキ科・ナンヨウスギ科樹木は熱帯では貧栄養土壌や高標高域でしばしば優占する。このことはマキ科・ナンヨウスギ科樹木の根が土壌からの養分獲得において同所的に共存する他の被子植物と比べて何らかの優位性を備えている可能性を示唆している。本論文ではマキ科・ナンヨウスギ科樹木の根の形態・共生する菌根菌・土壌養分獲得能力に着目して過去の研究をレビューする。マキ科・ナンヨウスギ科樹木は根に根粒様構造(nodule-like structure)を持っており、野外においてその構造の内部にはアーバスキュラー菌根菌(AM菌)が共生している。このマキ科・ナンヨウスギ科に特徴的な根粒様構造の機能は、これまでに主に窒素固定活性に注目して研究されてきた。窒素固定活性は主にアセチレン還元法によって定量され、先行研究によるとマキ科・ナンヨウスギ科の中で弱い窒素固定活性が認められた属(例えば、Agathis, Dacrydium, Podocarpusなど)も存在する。しかし、その活性はマメ科やカバノキ科ハンノキ属の植物など代表的な窒素固定植物と比べると極めて弱い。また、根の周囲の土壌(根圏土壌)を丁寧に除去すると活性が大きく低下することから、現在のところ、マキ科・ナンヨウスギ科樹木で検出される弱い窒素固定活性は根(もしくは根粒様構造)が直接保持しているものではなく、周囲の土壌に生育している自由生活型(非共生型)の微生物によるものと考えるのが妥当である。しかし、現在までのところ、マキ科・ナンヨウスギ科樹木の根に関する研究はその多くがオーストラリア・ニュージーランドなど南半球温帯に生育する特定の樹種に関してのものである。熱帯に分布するマキ科・ナンヨウスギ科に関しては研究例・研究者が少ないこともあり、まだ不明な部分が多く、新たな発見の余地が大いに残されている。例えば、近年大きく発展している分子生物学の技術を活用して共生している菌根菌や根圏土壌の微生物を調べることで新たな展開が期待される。
  • :広葉樹との比較
    青柳 亮太, 多賀 洋輝
    2017 年 67 巻 3 号 p. 347-353
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    現在地球上の多くの森林では広葉樹が優占し、球果類が優勢となるのは貧栄養土壌などストレスが強くかかる環境に限られている。本稿では、こうした分布パターンを説明する仮説として重要とされてきたSlow seedling仮説に関する研究例と、その背景となる球果類と広葉樹の生理的特性の違いについてレビューを行った。近年メタ解析によって、富栄養環境の成長速度では広葉樹が球果類を上回る一方、貧栄養環境の成長速度では球果類と広葉樹に差がないことが示され、Slow seedling仮説が部分的に支持されることが示されている。また、貧栄養環境で球果類が成長速度を維持するためには、養分の利用効率(吸収した養分あたりの成長速度)を高める必要がある。そのメカニズムとして、球果類が低養分濃度・長寿命の葉をもつほか、材の養分濃度が低く材生産に必要な養分要求が小さいことが重要である可能性が示された。一方、本レビューによって、これまでの研究には研究対象に大きな偏りが見られることがわかった。例えば、広葉樹と球果類の比較研究の多くは高緯度の温帯地域で行われ、低緯度の熱帯地域では少ない。また、これまで球果類との比較対象として研究されてきたのは落葉広葉樹が多く、常緑広葉樹と球果類の成長や生理的特性の比較はほとんどおこなわれていない。今後、球果類と広葉樹の成長・養分利用について一般的な傾向を明らかにするためには、これらの点に焦点を当てたデータの蓄積が必要だろう。
  • 相場 慎一郎, 宮本 和樹, 潮 雅之, 青柳 亮太, 澤田 佳美
    2017 年 67 巻 3 号 p. 355-360
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/12/05
    ジャーナル フリー
    熱帯林において裸子植物球果類の優占度を決定するメカニズムを模式図としてまとめた。球果類の優占度は貧栄養土壌で高くなる。土壌養分条件は被子植物の成長に直接的な影響を与え、また、森林の光環境に間接的な影響を与えることによって、球果類の優占度を決定していると考えられる。地球全体を見ると寒冷・乾燥気候で球果類の優占度が高まるが、この地理的パターンも土壌の貧栄養条件を介して生じている可能性がある。さらに、被子植物(広葉樹)がふつう優占する気候帯でも、特殊な地形・地質条件や遷移途中の森林ではしばしば球果類が優占するが、これも土壌養分条件で説明できる。貧栄養土壌で球果類の成長がさほど抑制されない原因はよくわかっていないが、菌根菌など共生微生物の働きにより養分の吸収効率が高い、または、吸収した養分の利用効率(吸収した養分あたりの成長速度)が高い、もしくはその両方の可能性が考えられる。球果類の多くは長命な先駆種というべき生態を示すが、一部は高い耐陰性をもつ。貧栄養への適応と暗い光環境への適応は低資源・高ストレス環境への適応という意味では同じであり、ストレス耐性という観点から球果類に見られる生態の多様性を統一的に説明できるかもしれない。今後の研究課題として、球果類と球果類様の広葉樹の収斂進化、花粉媒介や種子散布などの繁殖生態、植食者・病原微生物との関係などを挙げた。
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博物館と生態学(29)
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