日本地理学会発表要旨集
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  • 小田 匡保
    セッションID: 604
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 はじめに

     駒澤大学図書館には,故多田文男教授旧蔵の地図が多数所蔵されている。そのうち外邦図については目録が刊行され、ある程度周知されているが、国内官製地図などその他の地図は未整理の状態が続いていた。しかし、1年ほど前より整理が進められ、最近、その作業が完了した。本発表は、その整理作業で明らかになった国内官製地図の概要と、その中で見つかった稀覯図について紹介するものである。

    2 多田文男教授旧蔵資料の整理

     多田文男教授は1978年3月に逝去し、旧蔵資料はまとめて駒澤大学図書館に寄贈された。そのうち書籍・雑誌類は、「多田文庫」として整理が完了し、図書館OPACでも検索できるようになっている。しかし、地図類は長く未整理の状態が続き、駒澤大学図書館(2002)に、おおまかな概要が示されたのみであった。その後、外邦図については、2004年から地理学科学生(外邦図研究会、マップアーカイブズ)による整理が進められ、目録も刊行されている(高橋 2022)。一方、国内官製地図などその他の地図類は手つかずの状態が続いていたが、2022年秋、図書館によって未登録地図の整理が始まり、2013年12月に作業が完了した。

     図書館の整理は、大きく二つの部分に分けられる。一つは、駒澤大学図書館(2002)の段階で簡単な整理ができていた国内官製地図4334枚(整理完了後、4339枚)である。もう一つは、当時まったくの未整理だった「その他」の地図約1500枚である(正確な枚数は未確認)。後者には、地理学科旧蔵の地図がいくらか含まれている可能性がある。本発表は、前者の国内官製地図について紹介する。

    3 多田旧蔵国内官製地図の概要

     今回の整理は、駒澤大学図書館(2002)の分類を基本的に受け継いでいる。4339枚の国内官製地図を同じ分類記号・図書記号(291/1265)にまとめ、地図の種類ごとに巻冊記号を付している。内訳は、①五万分一1974枚、②五万分一(紐綴)277枚、③二十万分一260枚、④五十万分一110枚、⑤二万五千分一1024枚、⑥二万分一570枚、⑦一万分一77枚、⑧一万分一(日本地形社)47枚である(同じ図幅の重複は複数にカウント)。発行年代は主に戦前である。二万分一地形図については抜けている図幅も多いが、戦前の国内官製地図の大部分を含んでいると考えられる。なお、日本地形社発行の一万分一地形図は、戦災復興院がつくったもので、これも官製と言える地図である。

    4 多田旧蔵国内官製地図中の稀覯図

     五万分一地形図には、五万分一迅速測図「盛岡」が含まれる。仙台の第二師団参謀部が明治26年に測量・製版したものである。迅速測図は関東地方の二万分一がよく知られているが、五万分一迅速測図も存在する。国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」サイトの図歴画面には項目がないが、地図検索サイトでは東北地方の地図数十枚が確認できる。また、国立国会図書館には1890年代の図が数十枚所蔵されている(一部は全国Q地図で画像公開)。国土地理院には、明治30年に陸地測量部が製版した同じ図幅があるが、明治26年版にあった士官らの名前は削除されている。

     集成五万分一地形図「横須賀第2号」もある。集成五万分一地形図とは、清水(2005)によれば、本土作戦用に参謀本部が昭和20年に作製した地図で、原則として五万分一地形図4面を集成する。国会図書館には50枚以上所蔵されているが、本図はない。本図は房総半島先端部を描くため、例外的に五万分一図1枚の範囲で作製されている。集成五万分一地形図は軍事施設の名称が入っているというが、本図は館山海軍航空隊がなく、戦時改描のあとが見られる。

     関東地方以外の二万分一迅速図も2種類含まれる。一つは、伊勢国と記された三重県の地図10枚である。名古屋の第三師団司令部が明治22年に作製している。本図は、「地図・空中写真閲覧サービス」になく、国会図書館にも所蔵されていない。もう一つは、高松及丸亀近傍の図5枚(他に「その他」の地図にも1枚)である。明治20年代、丸亀の歩兵第十二聯隊の作製である。これらは、国土地理院または国立国会図書館に所蔵されている。

    5 今後の課題

    今後の課題としては、「その他」で整理された地図の全容確認が挙げられる。その中には、国内官製地図も含まれており、上記官製地図と統合して検索できるようにすることが望まれる。また、図書館とは別に地理学科で整理を進めている外邦図の図書館登録も課題として残されている。

  • 大久保 香穂, 山口 隆子
    セッションID: P029
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     天然製氷は,地域の自然の特性を生かした水利用の例として特異なものであるが,気候や地形的な制約を受けるため産地が限定され,また,盛んに製造が行われていた時代が,機械製氷が普及するまでの1870年から1910年頃までという短い期間であったため,記録に残されることが少なかった(村上,2019).しかし,氷は日常に不可欠で,全国各地に製氷池があったと考えられる.

     また,天然氷の製造が盛んであった1800年代は気温の観測が不十分で,1900年時点での気象観測地点は,関東地方では7か所と少なく,当時の気温分布は不明である.

     本研究では,製氷されるまでの温熱環境,特に気温と天候の関係性を解明し,製氷池の分布を明らかにすることで,過去の気温分布の把握に寄与することを目的とした.

    2.方法

     現存する秩父・日光において気温の連続観測や切り出し日に焦点を当てた製氷記録のデジタル化・解析,ヒアリングを行った.市史や統計書などを用いて文献調査をし,明治~昭和までの分布および気温分布図を作成した.気象官署の気温は,採氷までの気温変化が影響するため,区分した各年代の1月の日最低気温の月平均を年代平均したものを使用した.

    3.結果および考察

     切り出し日と製氷記録に記載された項目で分析した結果,放射冷却が増す晴天が多く,切り出し日前15日間平均日最低気温が-4.5~-3 ℃の時に製氷を行っていることが判明した.

     製氷池の全国的な分布の特徴としては,内陸部で多いことや南方の地点では主に標高が高い山間部で多く,製氷開始のきっかけは高原開拓に伴うものが挙げられる.作成した年代別の製氷池の分布を参照すると,明治初期は東京や神奈川のみであったのが,徐々に関東全域に広がり,昭和に入り製氷池は増えている.戦後の特需で東京都での製氷が存続又は開始されたことも分かった.

     現地の調査結果から,製氷池の気温を-3 ℃以下とし,製氷池の分布を合わせて気温分布図を作成した.明治初期から昭和にかけて,東京都や神奈川県など都市部では,気象観測地点より製氷池付近は寒冷であった.明治時代とはいえ,気象観測地点では,ヒートアイランド現象が起きていた可能性もあることが分かった.

    4.おわりに

     現存する製氷池での観測や製氷記録の解析から,製氷に適した気温を-3 ℃以下と設定し,製氷池の分布の調査結果と合わせ,気温分布図を作成した.気象官署は主として都市部の平地での観測であり,ヒートアイランドの影響を受けた地点もあると推察される.広く分布する製氷池による気温分布推定は,現在行われている気温の再解析値の検証データとして有効に利用できる.

  • 海の記憶を伝える
    植草 昭教
    セッションID: 615
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    千葉県千葉市には、かつて遠浅の美しい稲毛海岸があった。多くの海水浴客で賑わい、海辺には保養所、旅館、別荘が立ち並び、現在でいうリゾート地を形成していた。しかし昭和30年代半ばから住宅地造成のために埋め立てが始まり、昭和40年代半ばには稲毛海岸は歴史を閉じ、海浜ニュータウンが建設された。しかし2014年から千葉市教育振興財団所管の千葉市民ギャラリー・いなげで開催されていた「いなげお話し会」の中で、現存している稲毛海岸の名残とも言える建物や景観などから八つの施設を「いなげ八景」として選定した。この「いなげ八景」で、かつての美しい稲毛の海の記憶を現在、そして後世に伝えたいと考えた。その「いなげ八景」の選定について紹介する。

  • ―Landsat衛星画像を用いた分析―
    中垣 太樹
    セッションID: 319
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 背景と目的

     ウガンダ共和国の首都カンパラは、比高差50-100mの丘陵に都市が広がる特有の景観から、「七つの丘の街」として知られる。カンパラはウガンダ国内の政治・経済の中心であり、農村からの人口流入と自然増によって人口が増加し、未利用地や耕作地に新しく居住地が建てられることで都市空間が拡大し続けている。

     近年急速に都市化が進むグローバル・サウス都市において、都市空間の拡大を定量的に測定し分析する方法として衛星画像解析が進められてきた1)。本報告の対象地であるカンパラ大都市圏においても先行研究はあるものの2)3) 、これらは2000-2010年代の土地利用を可視化するにとどまり、丘陵地形による影響を受けながら都市空間が拡大していくプロセスは明らかにされていない。

     本研究では、カンパラ大都市圏における都市空間の拡大のプロセスを明らかにすることを目的に、Landsat衛星画像データを用いて、1990年代から2020年代まで10年ごとに4時期でカンパラ大都市圏の土地利用を分類し、数値標高データを用いて土地利用の通時的な変化と地形の関係を定量的に分析する。

    2. 研究対象地域

     カンパラ大都市圏は、ウガンダ南部のビクトリア湖畔に位置する首都カンパラ市を中心に、隣接するムコノ県とワキソ県にまで連続的に市街地が広がる都市圏である。カンパラ大都市圏では、1990年の121万から2020年の464万まで年率約4.7%で人口が増加しており、近年では都心部に比べて都心から5-15km離れた近郊地域や衛星都市周辺、都市外縁部で特に人口増加が顕著である。

    3. 方法

     本研究ではUSGSの提供するLandsat衛星画像を用いた。雲量の少ない乾季に撮影された画像を目視で確認し、Landsat5 TM(1989 年2 月27 日)、Landsat5 TM(2001 年11 月27 日)、Landsat5 TM(2010年1 月28 日)、Landsat8 OLI(2021 年12 月12 日)の4枚を選抜した。画像解析にはQGIS3.22.14を使用した。アルゴリズムには教師あり分類であるサポートベクターマシン(SVM)を採用し、プラグイン”dzetsaka classification tool” 4)を用いて、建造地、森林、耕作地、湿地、水域、その他の6カテゴリーに土地利用を分類した。分類後に建造地以外の5分類を非建造地として統合し、各時期の画像を建造地/非建造地に分類した。

    4. 結果

     精度評価より、分類の全体精度は86.4-98.4%であった(N=250)。

     1989年時点で建造地は35.1km2であり、うち21.6 km2がカンパラ市中心部であった。2001年には276.0km2、2010年には457.0km2、2021年には657.5 km2と、建造地は32年間で約19倍に拡大した。

     建造地は都心部の丘陵上部・斜面部から形成されてきた。都心から5km以内では、2001年時点で総面積の約90%を占める73.1 km2が建造地化し、都心から5-10kmの地域では、2021年までに総面積の約88%を占める198.5 km2が建造地化した。都心から10km以上離れた地域では、幹線道路沿いや、都心から約15kmに位置するムコノやガヤザ、ワキソ、カジャンシといった衛星都市の周辺から、多中心的に建造地化が進んでいる。また2010年以降では、都心から15km以上離れた都市外縁部の丘陵上に、カンパラ大都市圏と連続していない離散した建造地が新しく形成されている。

    参考文献

    1) Murayama, Y., Simwanda, M., and Ranagalage, M. 2021. Spatio-temporal analysis of urbanization using GIS and remote sensing in developing countries. Sustainability 13 (7): 3681.

    2) Nyakaana, J.B., Sengendo, H., Lwasa, S. 2007. Population urban development and the environment in Uganda: The case of Kamapala city and its environs.

    3) Vermeiren, K., Anton, V.R., Maarten, L., Eria, S., and Paul, M. 2012. Urban Growth of Kampala, Uganda: Pattern Analysis and Scenario Development. Landscape and Urban Planning. 106 (2): 199–206.

    4) Karasiak N. 2016. Dzetsaka Qgis Classification Plugin.

  • マルチビーム測深とROVフォトグラメトリー、潜水調査による浅海底地形研究
    菅 浩伸, 木村 颯, 堀 信行, 三納 正美, 上瀧 良平, 市川 泰雅, 山舩 晃太郎, 片桐 千亜紀, 中西 裕見子, 浦田 健作, ...
    セッションID: 835
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     陸上の地形学では、砂岩が作る独特の地形が注目してれ記載され1)、近年これらの地形用語が整理されてきた2)。一方、岩石海岸沖の海底地形については、いまだに研究例が乏しく、地形形成プロセスについても解明が進んでいないばかりか、どのような地形が存在するかも分かっていない。本研究では従来にない高解像度での海底地形を可視化し観察することによって、砂岩で構成される岩石海岸沖の海底でみられる地形を明らかにするとともに、それらの形成について論じる。

    2.研究方法

     琉球列島・与那国島において、2017年12月に南岸域、2018年7月に北岸域を対象として、ワイドバンドマルチビーム測深機 R2 Sonic 2022 を用いた測深調査を行い、海底地形測量を行った。また、2013年および2016~2022年にかけてSCUBAを用いた潜水調査を行い、海底地形や堆積物などの観察を行った。2021年4月には、合同会社アパラティスと株式会社ワールドスキャンプロジェクトによって開発された水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣 MURAKUMO」(特許取得済)を擁して、南東岸の新川鼻沖にてROVを利用した水中フォトグラメトリーによる1cmグリッドの高解像度海底地形モデルを作成した。本研究ではこれらの成果をあわせて海底地形に関する議論を行う。

    3.海底の侵食地形

     与那国島西端の西崎および東海岸(東崎~新川鼻)沖の海底には、頂部が平坦な台地状の地形(遺跡状地形)が多数存在する。これらの地形は、一時、人工的な造形と言われたこともあったが、考古学的な遺物や人類の痕跡は検出されていない。これらの地形が分布する地域は中新統八重山層群の砂岩泥岩互層で構成されており、多数の節理が台地状地形の側面を区切っている。潜水による観察によって、岩盤の剥離、削磨作用、礫の生成などの侵食過程や、様々な形状や大きさをもつポットホールなどの侵食地形が形成されつつある様子を観察することができた。海底における砂岩の風化・削剥が継続的に進行する中で、遺跡状の地形がつくられていることを示唆している。

    謝辞:本研究は科研費JP16H06309, JP21H04379(代表者:菅 浩伸)、与那国町―九州大学浅海底フロンティア研究センター間の受託研究(H29~31年度)、九州大学と株式会社ワールドスキャンプロジェクトとの共同研究および九州大学・比文・寄附講座ワールドスキャン地理情報解析講座の成果の一部です。

    引用文献: 1) Wray 1997 Earth-Science Reviews, 42, 137-160. 2) Wray and Sauro 2017 Earth-Science Reviews, 171, 520-557; Migoń et al. 2017 Earth-Science Reviews, 171, 78-104; Migoń 2021 Geomorphology, 373, 107484など。

  • 早川 凌矢
    セッションID: 635
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ 研究の目的 本研究では,人々が理想としてきた「近代家族観」に当てはまらないひとり親世帯のうち,母子世帯に比べて自立した生活を送っていると捉えられがちな「父子世帯」に焦点を当て,そのシングルファザーがいかなる空間でどのように孤立するのかを,ジェンダー地理学の観点から明らかにすることを目的にしている. Ⅱ 先行研究 日本の地理学におけるひとり親世帯研究はこれまで,居住問題や経済的貧困に焦点を当てた母子世帯やシングルマザーの研究に偏ってきた.一方で,居住問題が起こりにくい父子世帯の場合,地理学ではその姿を捉えることは難しく,研究蓄積は皆無に等しい.由井・矢野(2000:20)はひとり親世帯について「地理学からどのようなアプローチが適切であるか」を検討すべきとしたものの,その議論が十分になされていないのが現状である.シングルファザーも近代家族観を通じた性別役割分業のもと,日常生活のさまざまな空間において疎外と孤立を経験している可能性はある.そこで本研究では,ジェンダー地理学の観点から地図に描くことのできないミクロな空間に着目して分析する(村田 2002). Ⅲ メディアに描かれたシングルファザーの空間的孤立 シングルファザーを研究する際,インフォーマントを得ることが困難であることがしばしば指摘されてきた.また,本研究は日本の地理学におけるシングルファザー研究の第一歩とするために,まず日本で刊行されているシングルファザーの関連書籍やエッセイを言説資料にして,空間に関する言説のテクスト分析を行った.言説資料では職場,家庭,地域,学校および保育施設,役所といった多種の生活空間において,たとえば子育てによる制約から職場での「男のつきあい」ができず異質な他者として排除されたり,地域や学校やでは,女性中心に創られた空間のもとで他者化され,居づらさを感じて孤立するシングルファザーの姿が確認された.さらに,公共性の高い役所でさえ,企業戦士としての「男らしさ」を内面化している職員から男らしく働くように促され,相談する先を見失って孤立する様子も明らかになった. Ⅳ 従来の「男らしさ」と向き合うシングルファザー そこで3名のシングルファザーにインタビュー調査を行い,言説に資料でみられた現象の解釈の妥当性を確かめたり,テクスト分析からは明らかにされなかったシングルファザーの孤立を探ることを試みた.そこでは,テクスト分析でみられたように,職場でも家庭・地域でもシングルファザーの男性を異質な存在として他者化するまなざしを,「生きるためには仕方ない」と受け入れるシングルファザーの姿が明らかになった.すなわち,近代家族観のもとで男性の権力構造を支えた職場/家庭の空間がかえってシングルファザーを孤立させる空間的装置になっていることが議論された.ところが,リモートワークのような昨今の新しい技術に裏打ちされた働き方の変化によって,職場と家庭という空間の境界線は再びあいまいになり,家庭や地域の人間関係をシングルファザーが再構築できる可能性も示唆された.従来の「男性性」の再構築を図ることで,男性を他者化するまなざしをなくし,シングルファザーの孤立を防ぐことができるのではないかと本研究では結論づけたい. 文献 村田陽平 2002.公共空間における「男性」という性別の意味.地理学評論75-13:813-830.由井義通・矢野佳司 2000.東京都におけるひとり親世帯の住宅問題.地理科学55-2:77-98.

  • 平峰 玲緒奈, 石村 大輔
    セッションID: P014
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     軽石は比重が1以下であるために水に浮くことがある.2021年8月に発生した福徳岡ノ場(FOB)噴火では,海域に流入した軽石が南西諸島に大量漂着し,漁業や観光業に影響を与えた(たとえば,吉田ほか2022).このような軽石は堆積物中からも発見されている(たとえば,白石ほか1992).本研究では,下北半島尻屋崎,奄美大島手広海岸・ホノホシ海岸,石垣島明石海岸で現地調査を実施し,海岸に露出する海浜堆積物中に含まれる軽石濃集層を発見した.それらは,層相と軽石の形状・分布より漂着軽石であると考えられたので報告する.

    2. 研究手法

     現地調査では露頭記載と試料採取を行い,採取した一部の試料は軽石に含まれる火山ガラスの主成分化学組成分析を実施した.分析には高知大学海洋コア国際研究所の共同利用機器であるEPMA(日本電子株式会社製JXA-8200)を使用した.

    3. 結果・考察

     尻屋崎は青森県下北半島北東端の岬である.現地調査は2018年7月,2023年3月に実施した.海岸は礫浜で,高潮線付近では木枝やプラスチックなどの漂着ごみが帯状に分布していた.軽石濃集層は岬の西側海岸において,漂着ごみの帯よりも約2〜3 m陸側に地表付近から層厚約15 cmで分布し,一部は植生に覆われていた.軽石の平均粒径は2〜3 cmで主に明灰色を呈し,丸みを帯びる.主成分化学組成分析の結果は1663年に噴出した有珠bテフラとよく似た値を示した.

     手広海岸は鹿児島県奄美大島の北東部に位置し,太平洋に面した海岸である.現地調査は2021年10月,2022年6月に実施した.海岸は砂浜で,木枝やペットボトル,プラスチック製の漁具などが漂着していた.本海岸は2021年FOB噴火に伴う軽石(以下,2021年FOB軽石)も漂着していた.軽石濃集層は,太平洋へ北から注ぐ小河川の右岸側で発見され,やや固結した層厚約100 cmの砂層上部に層厚約5 cmで濃集していた.軽石の平均粒径は1〜2 cmで,灰色を呈し,丸みを帯びる.なお,調査を実施した2021年10月時点では,軽石濃集層より標高の高い現生の砂浜部分には2021年FOB軽石は漂着していなかったことから,本軽石濃集層は2021年FOB軽石ではないと考えられる.しかし,主成分化学組成分析の結果はFOBの軽石とよく似た値を示すことから,1986年FOB噴火など,2021年FOB噴火以前のFOB噴火に伴う軽石である可能性がある.

     ホノホシ海岸は鹿児島県奄美大島の南端に位置し,太平洋に面した海岸である.現地調査は2022年10月と2023年10月に実施した.海岸は礫浜で,高潮位線付近には木枝やプラスチック製品,2021年FOB軽石などが漂着していた.軽石濃集層は,海岸背後の海食崖や後浜付近など複数地点で確認できた.対象とした軽石濃集層は地表付近から層厚約10 cmで分布し,黒色軽石(平均粒径約1 cm)と明灰色軽石(平均粒径約0.5 cm)で構成され,これらの軽石は丸みを帯びる.EPMA分析は今後実施する.

     明石海岸は沖縄県石垣島の北東部に位置し,太平洋に面した海岸である.現地調査は2022年5月,2023年10月に実施した.海岸は砂浜で,木枝やペットボトル,プラスチック製品,2021年FOB軽石などが漂着していた.軽石濃集層は,海岸の後浜付近に存在し,層厚約10 cmで濃集していた.軽石の平均粒径は1〜2 cmで,白色を呈し,丸みを帯びる.主成分化学組成分析の結果は1924年西表島北北東海底火山噴火に伴う軽石とよく似た値を示した.

     本研究で見出された軽石濃集層は,軽石の形状・分布より漂着軽石であると考えられる.また,各濃集層は水平方向に連続的に分布することから,一度に大量に漂着したことが推測される.後浜のように,日常的には波の影響を受けない場所では,軽石などの海からの漂着物が溜まりやすく保存されやすいと考えられる.本発表までに,EPMA分析を追加し,給源火山についてさらなる検討を加える.

    謝辞:東通村役場商工観光課,環境省 沖縄奄美自然環境事務所 石垣自然保護官事務所・奄美群島国立公園管理事務所の担当者の方には大変お世話になった.この場を借りて御礼申し上げる.

  • 本谷 佳保, 加藤 博和
    セッションID: 334
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 研究の背景

     2015年から2020年にかけての離島地域の人口減少率は6.95%であり, 同期間の全国の人口減少率 0.746%よりも, はるかに多い. 離島地域では, 高校への進学を契機に下宿を始める子どもや, 世帯ごと島外へ移住する事例が多いことを踏まえると, 離島地域における人口減少率を抑えるためには, 高校生が離島から通学できる環境が必要だと考えられる.

    2. 研究の目的

     本土の高校へ通学する生徒数が全国で最も多い三重県鳥羽市の答志島, 2位である愛知県南知多町の日間賀島, 3位の同じく篠島に, 三重県鳥羽市の菅島, 神島を加えた5島を対象として, 離島から船で通学する高校生が抱く負担感の要因を分析する.

    3. 研究の方法

     5島在住の高校生 42名(以下「離島生」), および本土在住の鳥羽高校生 131名(以下「本土生」)を対象に, アンケート調査を行った. 主に, 提示した項目に対する不安度や満足度, および通学時の移動手段や乗り換え地点, 所要時間などを質問した. 続いて, 本土生と離島生で, 通学時の不安度, 通学時の満足度, 実際の通学条件を比較した.

    4. 通学時の不安度の比較

     アンケート調査では, 「交通手段が運休すること」,「交通手段が遅延すること」,「交通手段が混雑すること」,「交通手段で寝過ごすこと」,「乗り物酔いをすること」,「利用する便を間違えること」,「利用予定の便を逃すこと」,「最終便を逃すこと」,「乗車・乗船中にお手洗いに行きたくなること」,「通学中に怪我をすること」の10項目に対する不安度を, 5段階で尋ねた.

     対応のない2群間に統計学的な有意差があるかを検証できるマン・ホイットニーのU検定を行った結果, 離島生は本土生よりも「通学中に怪我をすること」,「最終便を逃すこと」を不安視していたことがわかった. 前者について, 不安度の平均値は全10項目のうち3番目に低かったため, 大きな問題ではないと思われた. 後者について, 他の項目 -利用する交通手段全体を対象とした- と異なり, この項目では対象を最終便に限定していたため, 離島生にとっては船が, 本土生にとっては電車やバスが該当し, 不安度に差が出たと考えられた. すなわち, 離島生の通学を大きく特徴づけるのは船の利用だと思われた. 次章では, 利用する交通手段別の満足度についても見ていく.

    5. 通学時の満足度の比較

    5.1 交通手段別の満足度の比較

     交通手段別に, 「過ごしやすさ」,「本数の多さ」,「運休率の低さ」,「遅延率の低さ」に対する満足度を5段階で尋ねた. マン・ホイットニーのU検定を行った結果, 船の「過ごしやすさ」,「遅延率の低さ」に対する満足度は, 電車の場合, およびバスの場合よりも高いことがわかった.

    5.2 通学条件に対する満足度の比較

     「自宅から最寄り駅・バス停・港(以下『最寄り駅等』)までの近さ」,「高校から高校の最寄り駅等までの近さ」,「片道乗り換え回数」,「片道待ち時間」,「片道通学時間」,「片道通学費用」に対する満足度を5段階で尋ねた. マン・ホイットニーのU検定を行った結果, 離島生は本土生よりも「自宅から最寄り駅等までの近さ」に満足しており, 「通学費用の高さ」に満足していないことがわかった.

    6. 通学条件の比較

     前章で取り上げた6項目について, アンケート調査の結果から実際の数値を算出し, 被験者の客観的満足度の比較を試みた. マン・ホイットニーのU検定を行った結果, 離島生は本土生よりも自宅から最寄り駅等までが近く, 乗り換え回数, 通学費用が大きく, 待ち時間, 通学時間が長いことがわかった.

     同じ6項目に対する主観的満足度(5.2節)と客観的満足度(6章)とでは, 異なる結果になることがわかった.

  • 毒消しの通った道
    茗荷 傑
    セッションID: P080
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    日本大震災以降原子力発電に対する風当たりが強くなって久しい。しかしながら昨今はウクライナにおける戦争の影響で、燃料価格の高騰から逼迫する電力需要を背景にして政府は2022年7月には原発再稼働を本格化する方針を表明し、2023年10月現在では12基が稼働することとなる等、原発をめぐる事情は世相を如実に反映している。2024年元旦の石川県を中心とする大地震発生にもかかわらず、今回の大規模地震災害を契機とした原発運用に関わる議論が、東日本大震災の時のようにヒステリックに発生する気配がないのも当時とは光熱費事情が一変した表れであろうと考えると実に興味深い現象であると指摘せざるを得ない。このように原子力発電所というものは時代の状況に振り回されやすい存在であるといえるが、かつて原発設置の是非をめぐって一大騒動を巻き起こし、消滅した村が新潟市の片隅に存在した。

    角海浜村である。

    新潟市の海沿い、日本海と佐渡島の島影を望む国道402 号線、通称日本海夕日ラインを南下すると越後平野と海岸線を隔てるような角田山の山体が正面に迫ってくる。その角田山を左に見て通過したあたりから道路は内陸に向かって進路を変え、長いトンネルを二つ通り抜けて再び海岸線に沿って走るコースに戻るという不自然な区間が存在する。この国道が避けて通る地区、ここにはかつて角海浜村と呼ばれた集落が存在していた。三方を山に囲まれ正面は海という周囲から隔絶したこの村は特異な立地もさることながら、その成立から廃絶まで波乱万丈のドラマに満ちた歴史をたどったのであった 。

    角海浜の名は 知らなくとも 越後の 毒消しの名を知る人は多いであろう。1953年宮城まり子が歌った「毒消しゃいらんかね」で一世を風靡した。この毒消しが角海浜で製造され、村の女たちの行商によって全国へ広められたのであった 。

    最盛期には角海浜村だけではなく周辺の村々にも製造が広がり、行商の季節となると数千人の売り子が西蒲原から全国へと散っていく光景が見られたという。角海浜村以外の村からどのように 売り子たちが出ていったのかは残された証言からほぼ明らかであり、その道は現存しているが 廃絶した角海浜の売り子がどこを通って行ったのかは証言も少なく、また村へ通ずる道が使われなくなって久しいために判然としない。

    角海浜村の毒消しがどこを通って運ばれたのか、その道筋を明らかにし、「塩の道」や「熊野古道」のようにその道自体を復興する活動を報告する 。

  • —洪水氾濫シミュレーションを用いて—
    間宮 千皓, 中山 大地, 松山 洋
    セッションID: 741
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では、茨城県久慈川中流域を対象に水害防備林がもつ洪水被害への影響を明らかにすることを目的とし、3段階に分けた水害防備林の管理状態(密度状態)と経年立地比較(2022年と2006年の水害防備林分布)に着目した6つのシナリオを作成して洪水氾濫シミュレーションを行った。その結果、水害防備林の密度が高いシナリオは氾濫流をよく停滞させ、林内で水の減勢作用がよく機能することが分かった。それを踏まえて、水害防備林が密な状態では、2006年よりも水害防備林の分布面積が大きい2022年のシナリオの方がより顕著に洪水被害を拡大させる恐れがあることを明らかにした。

  • タシガン県における学校設立と統廃合を事例に
    森下 航平
    セッションID: 408
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに ブータンはGNH(国民総幸福)の指針のもと,経済成長と文化振興や環境保全などのバランスを重視した政策を通して国民の幸福の実現を目指していることで知られている.GNHで掲げられている政策の一つが教育の充実であり,ブータンはヒマラヤ地域に位置する山岳国家ながらも農村部に小規模校を普及してきた歴史を有する.しかし,近年は農村からの急速な人口流出が課題となっており,学校の統廃合を進める政策がとられている.本研究は,人口流出が進む地域の一つであるブータン東部タシガン県を事例に,学校の分布とその変化の実態を明らかにすることを目的とする. Ⅱ.学校の分布とその変化 ブータンで近代教育が一般に開かれだしたのは1950年前後とされており,全国に本格的に学校教育が普及されたのは第1次五カ年計画(1961-1966)以降であるとされている.また第6次5カ年計画(1987-92)以降では,Extended ClassroomやCommunity Schoolなど称される小規模校が積極的に設立され,教育普及に大きく寄与したとされている.これら小規模校の普及は,建設や運営に地域住民の労務も得て実現した(平山 2014,平山 2015).ブータン教育・技能開発省HPにおいて公開されている,2002年度以降の教育統計(一部年度は公開されていない)によると,タシガン県内の小学校数(小学校学級を有する中等教育機関を含む.特別支援学校を除く)は2010年代に大きく減少しており,2023年度では県内の小学校数は50となっている.教育の質向上などを目的にCentral Schoolと呼ばれる大規模校が制度化され,統廃合が進行している. Ⅲ.学校統廃合による影響 2010年代以降進んだ学校統廃合によって,通学時間の増加が発生している地域や,寮生活を余儀なくされる地域が発生している.5歳児学級に相当するPP(Pre Primary)クラス在籍児童が寮生活を送る例もある.謝辞 本研究の一部には,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター臨地教育・国際連携支援室2023年度海外エクスプローラープログラムを用いました.また本研究は,国際協力機構(JICA)草の根技術協力事業「ブータン国東部タシガン県における大学―社会連携による地域づくりに関する人材育成開発支援」に参画中に実施しました. 文献 平山雄大 2014. 1980年代後半のブータンにおける近代学校教育政策の特徴-『第6次5ヵ年計画』(1987~1992年)の分析を中心に-. 早稲田大学大学院教育学研究科紀要別冊 22(1): 83-94. 平山雄大 2015. 1990年代前半のブータンにおける近代学校教育政策の特徴-『第7次5ヵ年計画』(1992~1997年)の分析を中心に-. 早稲田大学大学院教育学研究科紀要別冊 23(1): 85-98.

  • 藤部 文昭
    セッションID: 706
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1979年4月~2023年3月のアメダス433地点のデータを使い,日本の都市における気温の長期変化を調べた.その結果,都市昇温(非都市地点に相対的な都市地点の気温上昇)は,対象期間の後半になって鈍化したことが見出された.都市昇温の鈍化は北・東・西日本に共通し,人口密集地の観測点だけでなく,周辺の人口密度が100~300km-2という都市化の程度が弱い地点でも認められた.また,都市昇温の鈍化はすべての季節と時間帯に見出され,他の季節よりも冬に,昼間よりも夜間により顕著な傾向があった.

  • 平野 淳平, 長谷川 直子, 三上 岳彦
    セッションID: P031
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では、青森県弘前市の『弘前藩庁日記』(1645-1864年)、山形県川西町の『竹田源右衛門日記』(1830-1980年)および、気象庁による山形地方気象台での日降水量・降雪量観測値(1962-2005年)をもとに、過去約350年間の東北地方日本海側地域における冬春季(2-4月)の降雪率の長期変動を明らかにした。1780年代や1830年代など、従来の研究において、冷夏が原因で凶作となったと指摘されている年代に、冬春季の降雪率も多かったことが明らかになった。また、1940年代以降には過去約350年間において前例の無い降雪率の急激な減少がみられた。

  • 齋藤 仁, 内山 庄一郎, 手代木 功基, 伊藤 千尋, 早川 裕弌
    セッションID: S606
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     湿潤変動帯に位置する日本では豪雨や地震等に伴い斜面崩壊が頻発する.斜面崩壊は土砂災害を引き起こし,崩壊土砂の流出は流域全体に影響を与える.また斜面崩壊は主要な植生の攪乱要因であり,崩壊跡地での植生回復は,斜面の安定性や生態系を検討する上でも重要である.これまで,広域を時空間的に高精細に観測する技術の限界から,個別の崩壊事例や大規模な斜面崩壊を対象とした研究が多かった.

     近年,急速に発展するドローンやレーザースキャナ,ハイパースペクトルカメラ等の技術は,蓄積された過去数十年の空中写真や衛星画像と組み合わせることで,小規模な斜面崩壊地を含めて発生場の特徴や斜面崩壊が植生景観に与える影響を時系列で明らかにする強力な手段となる.本発表では,最近の共同研究の進展により得られた,高精細地表情報を用いた斜面崩壊と植生景観との関係,および今後の取り組みの方向性について紹介する.

    2.対象地域と手法

     対象地域は熊本県の阿蘇火山である.阿蘇火山では,近年繰り返し降雨や地震に伴う斜面崩壊が発生した(例えば,1990年豪雨,2001年豪雨,2012年豪雨,2016年熊本地震).阿蘇火山は巨大火砕流噴火によって形成されたカルデラと,その中央に中央火口丘が存在する.研究対象の仙酔峡の斜面は,中央火口丘起源の降下テフラ累層に覆われている.また阿蘇山には日本最大級の草原が広がるが,その景観は草地の放棄や森林化等により近年急速に変化している.

     2012年豪雨以降,ドローンを用いてSfM-MVS写真測量やレーザー測量による斜面崩壊地の分析を行ってきた.また現地調査と合わせてコンステレーション衛星画像やハイパースペクトルカメラも用いて崩壊跡地の植生回復を分析した.

    3.斜面崩壊地の特徴と植生回復

     高精細地形データを用いて小規模な崩壊地も含めて分析した結果,2012年豪雨ではこれまで指摘されてきた土砂流出量よりも約10倍大きい土砂流出を解明した.従来の航空写真等では見逃されていた小規模な斜面崩壊が,土砂流出に大きな影響を与えていた.また2016年熊本地震に伴う斜面崩壊地は,2012年豪雨によって崩壊した斜面の上部のみに集中していた.過去の豪雨に伴う斜面崩壊の有無が,次の地震に伴う斜面崩壊の発生しやすさに与えた影響が明らかとなった.また,崩壊跡地では急速に植生が回復し,2023年には多くの崩壊跡地で90%以上の植生回復が明らかとなった.

     対象地域では,放棄された草地や森林域でも過去繰り返し斜面崩壊が発生してきた.様々な時空間スケールで斜面崩壊発生場の特徴と土地利用の変遷を検討し,斜面崩壊が植生景観に与える影響と土砂災害脆弱性評価が課題である.

    謝辞:本研究は,科研費・基盤研究(B)「高精細地表情報を用いた植生景観の定量的把握と土砂災害脆弱性の評価」(23H00725),および基盤研究(B)「多次元高精細地表情報を用いた流域内地形-植生系のconnectivityの研究」(21H00625)の助成を受けたものである.

  • 筑後川流域の浸水範囲の地形,人口データとの空間分析
    山後 公二
    セッションID: 742
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     世界的な地球温暖化により,今後,豪雨の頻発が懸念されている.令和5年7月には筑後川水系で豪雨による浸水被害が発生している.筑後川流域は,洪水に関する自然災害伝承碑が複数登録されており,令和2,3年にも甚大な浸水被害が発生しているなど,度重なる豪雨災害の歴史がある.国土地理院では,平成 30 年7月豪雨から,大規模な水害が発生した際にSNS 上に投稿された被災状況の画像や高精度な5m メッシュ標高データを用いて,浸水範囲と浸水深を推定した地図「浸水推定図」を作成している.浸水推定図は,災害時に排水ポンプ車の配置や保険会社の迅速な支払い対応等に活用されている.これらの資料は,当時の浸水状況を記録する重要な資料であり,将来の被害軽減検討にも活用可能な情報と考える.令和6年能登半島地震では高齢者の安否確認や避難が課題の1つとなっている.今後更なる少子高齢化が予測されており,様々な災害対策において地域の脆弱状況の把握を踏まえた対応が必要と考えられる.本研究では,筑後川流域で作成された浸水推定図をもとに,治水地形分類図,総務省の国勢調査の結果と重ね合わせ,地形分類別の浸水特徴や浸水地域の人口構成を分析し,今後の浸水被害軽減に向けた視点から浸水推定図の活用を検討した.

    2.研究方法

     本研究は,令和5年7月豪雨,令和2年7月豪雨の際に筑後川下流で作成された浸水推定図の範囲を対象として行った.浸水推定図は,過去6年間で8つの災害について作成しているが,同じ地域で異なる災害の作成については,現在のところ今回の対象地域と佐賀県六角川と事例は少ない. 浸水推定図の情報を治水地形分類図「鳥栖」ほか8面のデータとともに定量的に比較し,浸水した範囲の地形的特徴,地形分類別の浸水深を分析した.さらに,令和2年の国勢調査の5次メッシュ(4分の1地域メッシュで約250m四方間隔)データと重ね合わせて分析し,地域防災の観点から分析した.

    3.結果と考察

     浸水した範囲の地形分類は,氾濫平野が9割弱を占めていた.それ以外に複数の河川の合流点付近の旧河道や微高地(自然堤防)も浸水しており,それらの地形分類を加えると100%近くを占めている.旧河道の浸水深は他の地形分類に比べ深い割合が多く,防災上特に留意すべき地形と考える.微高地は,浸水していない箇所も多くみられている一方で,微高地の縁辺部が浸水している箇所も多数見られ,浸水深の頻度分布は氾濫平野のものとほぼ変わらない.微高地の縁辺部は,防災上,氾濫平野と同様の考慮が適切と考える.令和2年と令和5年の2時期の浸水状況を比較した結果,令和5年の浸水範囲の多く(8割弱)は令和2年の際も浸水しており,同じ個所が被害を受けやすい.一方で,令和2年に被害を経験しない箇所でも,令和2年の被害箇所近傍で令和5年の被害が発生しており,浸水被害を想定した備えは重要である.令和2年の人口分布と地形分類を比較すると,人口が多いメッシュは段丘面や微高地周辺に集まっている傾向がみられ,全体的には浸水被害に対して安全側の居住分布になっている.しかし,浸水又は周囲が浸水した場所に,人口が多く,高齢者世帯数も多いメッシュが局所的に存在した.そのような1つである久留米市北野町周辺を調べた.この地区は,治水地形分類図上は北側が微高地で古くから居住,南側が氾濫平野や旧河道となっており,一部の水田は昭和50年代から宅地開発され,現在居住区となっている.南側の居住区と水田部について,基盤地図情報(数値地形モデル)5mメッシュ(標高)や浸水深の違い,過去のDSMと比較した結果,宅地化する際に1m程度盛土したことにより,かつては氾濫平野や旧河道であったものの浸水被害を軽減していることが推測された.また,この地域は生産年齢人口(15-64歳)に対して同程度の割合の老年人口(65歳以上)のメッシュや,年少人口(0-14歳)の割合が多いメッシュが混在しており,災害情報伝達,防災訓練などの検討には異なる年齢構成の視点が必要な状況であることが推測された.

    4.おわりに

     浸水推定図は災害時の対策に活用されるだけでなく,治水地形分類図や国勢調査といった他の情報と重ね合わせることにより,浸水被害の推定や浸水リスクの高い箇所の人口特性などを分析することができ,宅地開発における盛土嵩上げや地域防災力の向上等の浸水被害軽減に向けた検討に活用できると考えられた.

  • 矢ケ﨑 典隆
    セッションID: 514
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    砂糖の地理学 人間は甘さに対する欲求を満たすために,サトウキビやテンサイを主な原料として砂糖を生産してきた.砂糖の地理学は,世界の砂糖生産地域を地理学の視点と方法によって理解することを目的として,サトウキビ糖回路とテンサイ糖回路に着目する.そして,サトウキビ糖生産地域とテンサイ糖生産地域の特徴や,それらの共存と競合の関係を,ローカルスケール,ナショナルスケール,グローバルスケールにおいて検討する.ローカルスケールでは,資本,製糖工場,原料調達,労働力という4つの要素に着目して,それぞれの砂糖生産地域の地域構造を明らかにする.ナショナルスケールでは,国家の農業政策・関税政策や大手資本の動向を踏まえて,砂糖生産地域の関係を検討する.そしてグローバルスケールでは,世界の砂糖生産地域の相互関係やグローバルな砂糖の流通に着目する(矢ケ﨑2018).

     アメリカ西部の開発と砂糖および移民については,すでに全体像を論じた(矢ケ﨑2023).本発表では,砂糖の地理学の視角から,19世紀末以降,テンサイを原料とする砂糖産業が展開したアメリカ西部を対象として,砂糖をめぐる甘さの地域構造を明らかにする.

    コロラド北東部 コロラドのサウスプラット川流域では,ドイツ系移民の実業家(チャールズ・ボッチャー)などが,ロッキー山脈での鉱山開発によって蓄積された資本をテンサイ糖産業に投資した.また,東部の精糖資本(ヘンリー・ハブマイヤー)が投資と技術支援を行った.サウスプラット川流域では,グレートウエスタン・シュガーカンパニーが13か所の製糖工場を建設して,独占的な影響を及ぼし,他の製糖会社は存在しなかった.原料のテンサイは地元農民との契約栽培によって調達された.労働力としてロシア系ドイツ人移民(ヴォルガドイツ人と黒海ドイツ人)が重要な役割を演じたが,彼らは時間の経過とともに,労働者から農場経営者へと農業階梯を上昇した.また,日系移民はテンサイ農場での労働に従事し,その後,労働者から借地農へと移行した(矢ケ﨑2019).

    ユタとアイダホ ユタとアイダホではモルモン教会が砂糖産業に主導的な役割を演じた.モルモン教会とモルモン系実業家が資本を提供するとともに,東部精糖資本(ハブマイヤー)も投資した.ユタアイダホ・シュガーカンパニーとアマルガメイテッド・シュガーカンパニーの2社が,ユタとアイダホに製糖工場を経営し,互いに共存関係を維持した.テンサイの供給には,モルモン系白人農民が中心的な役割を演じたほか,製糖会社の支援を受けた日系農民もテンサイを栽培した.モルモンの家族労働者がテンサイ栽培に従事したほか,メキシコ系労働者の役割が大きかった.

    カリフォルニア カリフォルニアでは,ドイツ系移民のクラウス・スプレックルズとフランス系移民のヘンリー・オックスナードが主導的な役割を演じた.スプレックルズは,ハワイでのサトウキビ糖生産とサンフランシスコでの粗糖精製事業にも従事した.また,カリフォルニアでは地元資本による製糖工場も多く存在した.テンサイを確保するために,製糖工場が農場を所有し,労働者を雇用してテンサイ栽培を行う直営農場方式が重要であった.農場労働者として日系移民が重要な役割を演じたが,借地農へと農業階梯を上昇すると,メキシコ人労働者が重要な役割を担うようになった.

    甘さの地域構造 アメリカ西部の砂糖生産地域は,主に前述の3つのテンサイ糖生産地域から構成されたが,それぞれの生産地域については,資本,製糖工場,原料調達,労働力の点で異なる特徴が明らかになった.それぞれのテンサイ糖生産のしくみは地域構造図にまとめることができる.ナショナルスケールでみると,アメリカ西部の砂糖生産地域は,南部(ルイジアナとフロリダ)とハワイのサトウキビ糖生産地域を含めた大きな枠組みにおいて共存した.なお,アメリカ西部のテンサイ糖生産地域は,グローバルなテンサイ糖回路とサトウキビ糖回路の枠組みに位置付けることにより明らかになるが,それは今後の研究課題である.

    文献

    矢ケ﨑典隆 2018.甘さの地域構造を探る―砂糖をめぐるグローバリゼーションとローカリゼーション.地理空間 11(1): 1-17.

    矢ケ﨑典隆 2019.アメリカ合衆国コロラド州サウスプラット川流域におけるテンサイ糖産業.歴史地理学 61(3): 1-33.

    矢ケ﨑典隆 2023.砂糖と移民から見たアメリカ西部の開拓の開拓.史境 82: 1-15.

  • 杜 国慶
    セッションID: 532
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    本研究は,東京都区部の観光スポットを対象とし,世界最大の旅行サイトTripAdvisorに掲載された27言語の投稿数を用いて,点分布の解析法とGISを活用して言語別投稿数を加味した観光スポットの分布を解析して,言語間の異同を探る。スポット別投稿数の空間構造を計測する際に,均等性と集積性の2つの観点から捉え,ジニ係数とモラン係数を用いて27言語の異同を把握したうえで,最近隣距離法で27言語の特徴を分析する。さらに,GISを用いて言語別に観光スポット投稿数の分布を地図化して,言語の類型区分を試みる。

  • 鎌倉 夏来, バエザゴンザレス セバスチャン
    セッションID: P050
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    経済地理学においては、長らくイノベーションの地理的特徴の把握が高い関心を集めてきた。本研究は、日本におけるイノベーションの空間分布を、特許情報を用いて特徴づけることを目的としている。具体的な方法としては、技術集中度と共立地を測定するために、空間ジニ係数と主成分分析(PCA)を使用し、空間的自己相関を測定するために局所空間統計量(LISA)を用いた。分析結果から、各技術分野の高い集中度と空間的自己相関が示されるとともに、イノベーションの集中度の高い都市地域が、それぞれの産業活動に対応していることが確認された。

  • 大西 健太
    セッションID: P051
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    本研究の目的は,筆者が作成したデータベースをもとに地方におけるアニメ制作会社の概要を把握することである.これまでアニメ産業の地方への展開は,インターネットや雑誌の記事では言及されてきたが,これらを体系的に扱ったデータや研究はみられない.そのため地方での傾向を,データベースを用いて可視化したい.

     本研究では,「都道府県」,「会社名」,「設立年」,「雇用形態」,「給与」,「工程」を記載したデータベースを作成し,単純集計とクロス集計を行った.

     その結果,工程間や地域間に差異が見られ,経済地理学において集積外にも着目する重要性を指摘した.

  • 笠原 茂樹
    セッションID: 711
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ. はじめに

     日本の陶磁器産業では,国内需要の減少に伴う,生産減少により各産地の維持・存続が課題である.日本最大の産地である美濃焼産地も同様の課題を抱えており.同産地の存続対応については,これまで一定の報告が蓄積されてきた.この中で,青木(2008)は,同産地の維持には,分業体制の中核を担う卸売業者の果たす役割が大きいと指摘した.笠原(2022)では,同産地の窯元に着目し,生産量減少への対応を報告したが,経営・生産規模により対応が分化する一方で,流通面は規模を問わず卸売業者の持つ販売力に依存しており,同産地の維持・存続には,卸売業者の動向に着目する必要性が示唆された.しかし,これまでの報告は窯元に主眼が置かれており,卸売業者に関する議論は十分ではない.そこで本研究では,美濃焼産地における生産量の減少への卸売業者の経営対応について,アンケート調査結果を中心に考察した.本研究に際して,2022年11月~12月に,美濃焼産地の卸売業者257社にアンケートを郵送し,43社から回答を得た(回答率16.7%).

    Ⅱ.美濃焼産地における陶磁器の生産量減少

     岐阜県陶磁器工業協同組合連合会統計によると,美濃焼の生産額は,1984年に海外市場向け(約514億円),1991年に国内市場向け(約1206億円)および総生産額(約1437億円)がピークを迎えた.1992年以降は,生産額の減少が著しく,2022年には総生産額は291億円まで低下した.業者数も同様に減少傾向であり,卸売業者は1082社(1979年)から292社(2022年)まで減少した。

    Ⅲ. 陶磁器卸売業者の経営的特色

     美濃焼産地の卸売業者は,伝統的に多治見市に集積する傾向にある.アンケート調査から卸売業者の経営規模をみると,年間出荷額1億円以下は43.9%,従業員数9人以下は73.3%,個人事業主は26.8%であり,中小零細規模の事業者が多い.うち16社は,「器蔵」や「陶雅」などのカタロググループに加盟し共同販売を実施し,取扱い品目の相互補完を行っている.土岐市陶磁器卸商業協同組合では組合主導による共販も実施している.仕入れ先は,全ての業者で美濃焼産地(土岐市・瑞浪市・多治見市)が半数以上を占め,瀬戸,有田などの国内他産地も一部でみられた.海外産地については,中国が2社でみられた.製品の仕向け先について地域別でみると,関東・近畿の大都市圏が61.4%と大半を占め,輸出も13.7%みられた.仕向け先の業態別では,消費地問屋(36.4%),直接輸出(14.3%),輸出商社(12.8%),小売店(12.8%),飲食店(12.8%)などへ出荷がみられた.一方で,岐阜県陶磁器卸商業協同組合・岐阜県陶磁器上絵加工工業協同組合連合会(1980)の調査結果をみると,地域別では,関東・近畿の比率は39.7%で,輸出は2.0%であった.また,業態別にみると消費地などの問屋が中心で小売店や飲食店への直接出荷はあまりみられなかった.

    Ⅳ.卸売業者の経営対応

     陶磁器生産量減少に対する各企業の取組みとしては,製品の値上げ(19社),製品の高付加価値化(16社)などが実施されている.特徴的な取組みとしては,陶磁器製造や絵付業への参入がみられた.安価な海外製品の仕入れ拡大の動きもみられるが,現在,取組として実施するのは1社にとどまる.仕向け先は,1980年の調査と比較すると,本調査では輸出比率が拡大した.これは,輸出を専門的に担っていた輸出陶磁器完成業者が,輸出量減少の中でほとんど廃業しており,輸出の再増加の中で卸売業者が受け皿となったためと考えられる.仕向け先業態でもインターネットを活用した販路の多様化と共に消費地の問屋を介さない直接販売が増加しており,流通の短絡化によるコスト削減が進んでいる.

    Ⅴ. まとめ

     美濃焼産地では,陶磁器需要減少下おいても,従前からの窯元・卸商を中心とする産地内分業が維持されている.一方で,一部の業者では,中国製品の仕入れや製販一体化の取組みがみられた.しかしこれらは,限定的な事例である.現存する多くの業者は,製品の値上げや高付加価値化による対応は勿論であるが,仕向け先地域を大都市圏への集約化した上で,仕向け先業態の多様化や短絡化を進めるとともに,輸出を拡大させることで,国内外における販路の拡大に成功し,経営を維持していることが確認された.

  • 山下 潤
    セッションID: 336
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    2050年までに温室効果ガス(GHG)排出量をほぼネットゼロにするという日本政府の目標を達成するためには、運輸部門のGHG排出量を削減することが鍵となる。当該部門におけるネットゼロ目標達成のための対策のひとつは、MaaS(Mobility as a Service)である。本報告では、日本におけるネットゼロ目標達成のための政策手段としてのMaaSの可能性について議論する。

  • 埼玉県ちちぶ圏域を事例に
    畠山 輝雄
    セッションID: P058
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 全国の自治体では,団塊の世代が後期高齢者となる2025年に向けて,高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで,可能な限り住み慣れた地域で,自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう,住まい・医療・介護・予防・生活支援などが地域において一体的に提供される,地域包括ケアシステムの構築が目指されている。同システムは,介護保険者が地域の自主性や主体性に基づき,地域の特性に応じて作り上げていくことが必要とされている。 畠山ほか(2018)では,人口規模や地域資源(医療・介護施設など)の分布傾向により地域包括ケアシステムに地域差が生じていることを明らかにした。その上で小規模市町村では,地域資源がフルセットで整備されていないことから,地域包括ケアシステムにおいても自治体間の広域連携による構築の増加を示唆した。しかし既存研究では,単独自治体やそれよりも狭域の地域を対象としたものがほとんどである。 そこで本研究では,埼玉県ちちぶ圏域を事例に,自治体間の広域連携により構築される地域包括ケアシステムの実態を明らかにする。なお本事例では,同システムの基礎的単位となる市町村のほか,さらにミクロな日常生活圏域,複数の市町村による広域連携地域という異なるレベルでのガバナンスが想定される。このため本研究では,マルチレベル・ガバナンスを分析視角として用いる。 調査方法は,ちちぶ圏域における地域包括ケアシステムに関わる諸機関への聞き取り調査および参与観察である。 2.ちちぶ圏域の概要 ちちぶ圏域は,埼玉県西部の山間部に位置する秩父市,横瀬町,皆野町,長瀞町,小鹿野町の1市4町で構成される地域である。2020年の国勢調査の人口では,秩父市が59,674人と最も多く,圏域の中心を担っている。その他では,長瀞町の6,807人から小鹿野町の10,928人と,小規模な町で構成されている。老年人口比率はいずれも30%台であり,高齢化も進んでいる地域である。なお,秩父市と小鹿野町では,平成の大合併を経験した。 以上のような地域的背景ゆえ,医療施設や介護施設などの地域資源は,秩父市の中心部に集中している。また二次医療圏も同じ枠組みであることから,高度医療や救急医療を中心に,秩父市内の医療施設を利用することが多い。また,ちちぶ圏域では,秩父広域市町村圏組合(一部事務組合)による介護認定審査会,ごみ処理,火葬場,消防,水道などの業務の共同運営をしている。さらに2009年度からは,ちちぶ定住自立圏として医療,地域包括ケアシステム,産業振興,公共交通などの共同事業を実施している。このように,ちちぶ圏域における構成市町間での連携は,以前から構築されている。 3.ちちぶ版地域包括ケアシステムとマルチレベル・ガバナンス ちちぶ圏域では,二次医療圏内の担当者間で連携が構築されていたことを踏まえ,予防医療を中心とした連携を目的とする「ちちぶ医療協議会」が2011年に設置された。2009年度から始まった定住自立圏の共生ビジョンでも,予防医療に関連する事業の実施において地域包括ケア体制の構築は盛り込まれており,準備が始まっていた。その後,2014年に設置された地域ケア連携会議において,秩父地域全体を見据えた連携の必要性が指摘され,2015年に「ちちぶ版地域包括ケアシステム(ちちぶいきあいシステム)」が立ち上げられた。また同年に改定された定住自立圏共生ビジョン(第2次計画)でも同システムが事業化された。 ちちぶ版地域包括ケアシステムでは,構成市町の異なる内容での地域包括ケアシステムを基盤に,それぞれから上がってくる政策提言を踏まえた資源開発や行政計画化,専門職間の連携や研修を目的としている。広域連携組織としては,「ちちぶ圏域ケア全体会議」と「ちちぶ圏域ケア連携会議」が中心になっている。ちちぶ圏域ケア全体会議は,秩父市高齢者介護課を事務局として,各市町の首長,圏域内の医療,介護,警察,消防の代表者のほか,各市町の地域ケア会議の代表者により構成されている。ちちぶ圏域ケア連携会議は,秩父郡市医師会から委託を受けた秩父市立病院地域医療連携室が事務局となり,医療,介護,保健,福祉,消防,警察の担当所管長クラスにより構成されている。 これらの広域連携会議を頂点とした,重層的なレベル(スケール)での垂直的連携,同一レベルでの水平的連携によりマルチレベル・ガバナンスが構成され,ちちぶ版地域包括ケアシステムが構築されている。これにより,専門職間の水平的な連携は構築されているものの,ローカルな課題を垂直的連携により広域課題とした際の解決方法には,行政内の縦割り構造や会議体の形骸化などが影響し,課題が生じていることが明らかとなった。

  • 古庄 航輝, 小荒井 衛
    セッションID: 813
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに 磐梯山南西麓には南北約5km,東西約10kmにわたって流れ山地形が分布している.この地域の流れ山地形について,給源山体近傍に全体の傾向から外れる小型の流れ山が存在することが指摘されてきた(三村,1988;吉田,2013).また,本地域には複数の岩屑なだれ堆積物が報告されている(下位から翁島岩屑なだれ堆積物(以下,OkDAD),磐根岩屑なだれ堆積物(IwDAD),古観音岩屑なだれ堆積物(FkDAD);千葉・木村,2001).これらのことは,本地域の流れ山地形が複数回のイベントによって形成されたことを示唆する.本研究では,流れ山地形をサイズの縦断分布特性に応じて分類し,岩石学的手法を用いて岩屑なだれ堆積物と対比することで,その形成要因を検討した.研究手法・結果 <地形判読・解析> 5mDEMを用いて作成したCS立体図から流れ山地形を判読し,そのサイズ(底面積,長径,短径)と給源からの距離との関係を調査した.結果として,磐梯山南西麓に分布する流れ山地形の縦断分布特性は,大半が一様な傾向を示し,翁島岩屑なだれによる形成で説明可能だが,給源からの距離7000m以内の流れ山はその傾向から外れて小型であり,さらに,より小さい流れ山グループ(Sグループ)と比較的大きい流れ山グループ(Mグループ)に分類可能であった.<岩石記載・化学組成分析>岩屑なだれ堆積物中の岩石と流れ山地形を構成する岩石との対比を目的とし,薄片観察と化学組成分析を行った.その結果,本地域に分布する岩屑なだれ堆積物3層は,TiO-SiO₂図において異なる組成領域を示した.各流れ山グループと比較するとMグループとIwDADの組成領域が一致し,SグループはIwDADやFkDADとは一致せず,OkDAD(7000m以遠の流れ山)の組成領域に包括された.各流れ山グループの形成要因 Mグループは,翁島岩屑なだれによる流れ山地形の縦断分布特性から外れて小型であり,岩石学的特徴や分布域がIwDADと一致することから,磐根岩屑なだれによって形成されたと考えられる.一方,Sグループは,Mグループと比較してもさらに小型であるが,岩石学的特徴はIwDADやFkDADとは一致せず,OkDAD(7000m以遠の流れ山)の組成領域に包括される.千葉・木村(2001)は,翁島岩屑なだれによって形成された馬蹄形カルデラが再崩壊したことによる小規模な岩屑なだれ堆積物を報告している.この堆積物の確認されている地点はSグループの分布域とおおよそ一致しており,馬蹄形カルデラの再崩壊とそれに伴う小規模な岩屑なだれがSグループの形成要因であると考えられる.文献:千葉・木村 2001,岩石鉱物科学 30,126-156.三村弘二 1988,地学雑誌 97,37-42.吉田英嗣 2013,地形,34,1-19.

  • 根元 裕樹, 続木 敏之
    セッションID: P063
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

    2022年度より始まった「地理総合」では,紙の地図と共にGISの学習にも力点が置かれている.しかし,高校にてGIS教育を行うためには,多くの懸念点がある.授業の指針となる教科書は,教科書によってGISの扱い方が違うこともあり(根元・夏目 2022),高校現場では,GISをどのように扱うべきかは議論の余地がある.

    筆者らは,「地理総合」におけるGISの扱いは,体験するだけではなく,GISとは何かを考えることが重要であると考えた.そのために,本研究では,紙の地図とGISの違いを点データの構造を中心に考えさせるためにLeafletを用いた授業実践を試行した.

    研究方法

    本研究では,地図と地理情報システムで捉える現代世界の単元に対して,Leafletを用いた授業計画を立案し,実施した.授業終了後にアンケートを採り,地理やGISに対する認識や授業自体に対する感触を確認し,授業中の様子と共に分析を行った.

    研究対象と授業内容

    研究対象となるのは,駒場東邦中学高等学校で第二筆者の「地理総合」の授業を受ける4年生5クラスのうち授業実践の研究の参加に同意した210人である.駒場東邦中学高等学校は,中高一貫の男子校であり,4年生は高校1年生に相当する.駒場東邦中学高等学校では,2年生の技術の授業において,HTMLを用いたプログラミングを扱っており,プログラミングの経験があった.

    授業内容は次の通りである.

    1学期に地形の単元を行い,地形の単元の中で地形に起因する災害について扱った.

    夏期休業期間の課題として,高校周辺の災害に関する調査を行い,紙の地形図にプロットを行った.

    2学期に入り,授業計画の授業を行う.初回は地形図とGISに関する講義・趣旨説明・班編制を行った.地形図とGISの両方で高校周辺の防災地図を作り,紙の地図とGISの違いを学習することを伝えた.

    2回目は夏期休業期間の課題で作成した内容を班で地形図に集約した.班内で,各々が調査で着目して点について確認し合った.

    3回目はコンピュータ教室にて,GISの作成を行った.まず,Leafletを用いたWebGISの作成方法を伝えた.教材は,根元・夏目(2019)にて開発したLeaflet教材を用い,第二筆者が補足のプリントと口頭による説明を行った.第一筆者が適宜質問対応を行い,指導した.生徒は,Leafletを用いて,2回目の授業にて地形図にまとめた班ごとの高校周辺の防災地図をWebGISとして作成した.

    4回目に発表会を予定していたが,授業時間の都合上,発表会を行うことはできなかった.

    結果

    授業の結果,高校周辺の防災地図をWebGISとして作成できた.アンケートの結果を見ると,その反応はばらつきがあった.

    授業の難易度は,とても簡単だった(7%),簡単だった(19%),普通だった(55%),難しかった(15%),とても難しかった(5%)という結果だった.難しかったやとても難しかったと答えた人は,「パソコンが難しかった」や「授業が短かった」という意見が複数出た.

    GISに関する認識については,GISがよくわかって説明できる(8%),GISはよくわかったが,説明できるほどではない(71%),GISはよくわからなかった(20%),その他(2%)という結果となった.GISについては,認識はしてもらえたようだが,十分に学習できたとは言い難いことがわかった.

    おわりに

    本研究では,「地理総合」におけるGIS教育について,Leafletを用いた授業計画を立案し,試行した.その結果,GISについては認識してもらえたようだが,十分に学習できたとは言い難いことがわかった.本研究では,アンケートや授業中の様子などのデータを取ることができたため,授業を改善していく予定である.

    謝辞

    本研究は,JSPS科研費20K13992および東京都立大学科研費チャレンジ支援の助成を受けたものです.御礼申し上げます.

    参考文献

    根元裕樹・夏目宗幸 2022. 『地理総合』教科書におけるGISの説明の確認とGIS学習教材の開発. 日本地理学会発表要旨集 102: 130

    根元裕樹・夏目宗幸. 2019. Leafletを用いたWebGIS作成教材および作成システムの開発. 日本地理学会発表要旨集 96: 88

  • 福田 和維
    セッションID: P064
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本研究では、雪に関わる学習内容を体系的に整理し、雪教育の体系的な教育内容の開発を行った。

     方法として新聞記事の分析結果と教科書内容の分析結果を比較し、体系的な教科内容の作成した。

     教育内容構成案の作成においては一つの授業内容においてある事象を軸に複数事象を扱うこと、およびある事象についてできる限り複数の教科で扱うことを意識した。また、小学校だけでなく中学校を併せた義務教育課程において学ぶことができるよう作成した。

  • ―官民連携に着目して―
    落合 弥知
    セッションID: 643
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

     日本国内では,特に地方部において公の施設の統合や更新が求められており,その維持は,一般のインフラ同様に大きな課題となっている.その中でも,老若男女問わず福祉・健康の増進や文化活動の場を提供する価値のあるスポーツ・文化施設の統合や更新は,再開発やまちづくりのコンテクストでも注目を集めている.

     そこで,本研究は住民の生活の質やウェルビーイングにかかわる施設・サービスをとらえる概念,「社会インフラ」の観点(Klinenburg, 2021)から,官民連携の形で運営される公の施設の在り方を検討した.特に,指定管理者制度を採用する施設に関して,管理者を可視化し,その施設,自治体,地域とどのような関係性を持っているのかを分析した.まず,国内で2000年以降に新設された文化ホール・スタジアムを類型化し,管理者の性質を俯瞰的にとらえた.そのうえで,地方の拠点都市としての役割を持ち,社会インフラへの需要が大きい一方で,財政,人口維持の面で厳しい状況にもあり社会インフラの維持,促進にリソースを割くことが課題となっている北海道函館市を対象として事例分析を行った.具体的には,市内の地域交流まちづくりセンター,函館フットボールパーク,函館アリーナ,はこだてみらい館を対象とした.

    Ⅱ 2000年以降の国内における文化・スポーツ施設の設置状況

     まず,2000年以降に新設されたスタジアム・文化ホールについて,収容人数,建設年,所在地の人口規模もとに,管理者として指定されている団体の傾向を分析した.結果,NPOなどの団体が小規模な施設を,経営基盤の安定した民間企業は大規模な施設をそれぞれ受注する棲み分けがみられた.一方で,自治体と密接な関係にある外郭団体などの財団は,施設・自治体の人口規模にかかわらず,一定数で指定を受けており,「民営」の一端を担うことを自治体側から期待されていることが示された.

    Ⅲ 函館市における事例分析

     さらに,函館市内の4施設について,施設の目的と,それに対応する価値がどのように提供されているかを,運営状況,自治体・管理者・市民との関係性などから分析し,指定管理者制度による運用の課題を明らかにした.どの施設においても,管理者は共通して地元を拠点とする団体であり,競技関係者や建設時の設計担当など,施設とは何らかのつながりがある一方で,それぞれの施設の運営や,求められるサービスの提供についてのノウハウの有無は多様であった.自治体との関係については,別の事業などで施設運営とは異なる接点を持っている団体はあったものの,自治体との直接的な接点は当該施設の運営事業のみ,というケースもあり,特に後者に関しては,関係性の構築が発展途上である様子がうかがえた.

    Ⅳ 考察と結論

     結果,指定管理者制度の運用方針は完全には統一されておらず,制度のメリットをどれほど享受できるかは,施設・担当者など個別の要因に大きく左右されることが示された.そして,制度導入から20年が経ち,公募の形骸化や,社会変動への対応の難しさなども,地方都市特有の課題として顕在化していた.一方で,函館市における聞き取り調査から,運営の現場は,自治体担当者や管理者の,必要なものを届けるという目的の下の行動によって支えられている一面があることもわかった.

  • 綱川 雄大
    セッションID: 534
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ 研究の目的とその背景                 

     本研究では,長野県軽井沢町を事例に,宿泊業労働者の軽井沢町への労働移動がどのような意図のもとになされているのかを,特に彼らの経歴に着目することで把握することを目的とする.

     いうまでもなく,COVID-19の前後において日本の将来の経済成長を担う中核産業として,観光産業には注目が集まってきた.その中でも宿泊業は,観光産業と地域経済の両方をけん引しうる中心業種として位置付けられている.リゾート地としても称される観光地は,自然資源や季節性と密接に関連して成り立つ場所であることから,これらは一般的に非都市部に位置する場合が多く(小室 2020),観光産業も必然的にそうした地域への立地を伴うこととなる.このような地域は,都市部と比較して,通勤可能な範囲である地域労働市場内の労働力のみでは不足となるため,海外のリゾート地においては,地域外からの移動による労働力供給の必要性が指摘されてきた(小室 2020).この傾向は,日本においても同様であると考えられ,特に宿泊業の基幹労働力である正規従業員の確保において,その必然性が高くなる.具体的なものとしては,企業内転勤移動,転職移動,新規学卒採用などが挙げられる.ここでは,主にこうした形態による地域外からの流入を労働移動として位置付けて考察を行っていくことにする.

     観光産業の労働力に着目した研究は,特に宿泊業を対象として蓄積されてきた.そこでは,もっぱら事業体を中心にした分析が展開されており,労働生産性の低さが指摘される宿泊業において,いかにその向上を達成するかに関心が払われてきた.併せて,離職率の高い同業界において,いかにして企業からの離職を防ぐかといった視点からの考察がなされている.地理学と領域を接する社会学においても宿泊業労働に関連した研究が行われているが,それは戦後から2000年代初頭までに見られた,かつての旅館労働力の状況をジェンダーの観点から浮き彫りにしたものに留まっている.本研究において,非都市部に位置する観光地の宿泊業労働者がいかなる目的をもって移動してくるのかを把握することは,とりわけ人口減少と少子高齢化が加速的に進む非都市部での持続的な労働力の確保を考えるうえで,その基礎的な資料を提示できる点で意義を持つ.以上の認識から,本研究は労働者の経歴に着目することによって,長野県軽井沢の宿泊業への労働移動がどのような意図のもとになされているかを考察するのである.

    Ⅱ 調査結果

     紙幅の都合から,より詳しいデータについては,本発表時にて言及する.本稿の執筆時点での調査対象者の移動理由は,①転勤・転職移動を問わずキャリアアップを目的とした動機のほか,②軽井沢町およびその周辺自治体出身者による地元還流・定着を意図した移動が散見される.

     転職移動によってキャリア追求を成し遂げようとする事例は,宿泊業の内部労働市場におけるキャリアパスの不透明さが背景にある.裏を返せば,ここでの見通しが良好な場合には企業内転勤という受動的な移動であっても,労働者のキャリア構築意向と合致したものとして受容され,自身による能動的な移動としても読み替えが可能である.また,キャリア追求による転職移動において,非都市部である軽井沢町の宿泊業が選択される理由は,都市部の宿泊業と比較した際の就業希望の相対的な低さから,キャリア上昇を見込める可能性が高まることが要因にあると考えられる.このほか,「軽井沢」という場所のブランド的魅力が移動の理由として作用する事例が確認される.

     地元還流・定着を意図した移動においては,自身に所縁のある地域で働き,生活することを志向する際に,宿泊業が地元雇用の受け皿として機能している様相が看取できる.この地元志向に基づく移動は,転勤移動においても確認できる.それは,宿泊業界全体での人手不足および,都市部と比較した際の非都市部での人手不足という二重の状況が関係している.ここでは,こうした現状を利用して転勤移動を積極的に活用し,安定した雇用条件のもとで自身の地元で働くことを成し遂げようとする事例と解釈できる.

    【文献】小室 譲 2020. ウィスラーにおける能動的国際移動者

        の実態―国際山岳リゾートにおける地域労働市場構造

        解明にむけて―. 経済地理学年報 66: 161-176.

  • 受け継がれる地域の物語として
    中尾 京子, 野津 喬
    セッションID: P081
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    遺構を再生する小水力発電事業の意義と課題ー受け継がれる地域の物語としてー

    Significance and challenges of revitalizing abandoned small hydropower facilities,As an inherited local story

    中尾 京子*, 野津 喬(早稲田大学大学院 環境・エネルギー研究科)Kyoko NAKAO, Takashi NOZU (WASEDA University Graduate School of Environment and Energy Engineering)

    キーワード:小水力発電,遺構,再生,地域資源,地域貢献

    Key Words:Small-hydropower, Abandoned facilities, Revitalization, Local resources, Community

    1.背景・目的:埋もれたレガシーを地域の資源に

     自然資源である河川を利用する小水力発電は、地形等に合わせて個別に設計し、立地から切り離せないことから、地域密着性が強いエネルギーといえる。歴史は古く、日本では明治時代に遡る。ヨーロッパから輸入した技術をやがて国内企業が担い、主に山間部へ導入されて人々の暮らしに電気をもたらした。しかし稼働から数十年後には、多くの施設が当時の社会情勢から継続を断念することとなり、遺構となって地域に埋もれてしまった[1]。これは他の再生可能エネルギーにはない特徴である。 埋もれていた遺構に再び光が当たるようになったきっかけは、2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故である。小規模分散型で地域資源由来のエネルギーを希求する機運が高まったこと、翌年導入されたFITに後押しされたことなどにより、小水力発電に目を向けた人々が適地を探し事業化する動きが増えていった。その流れの中で、遺構に気づき活用する再生事業も各地で生まれた。

     本研究は、地域史の文脈で捉えることのできる小水力発電[1]の再生事業に着目し、複数事例の調査・比較を行うことによって、その意義と課題を明らかにする。

    2.研究方法:遺構の再生事例調査

     2023年8月から2024年1月の間に、静岡県賀茂郡(事例A)、石川県金沢市(事例B)、岐阜県大垣市(事例C)の3事例について、現地調査及び各事業主体の担当者を対象とするヒアリング調査を行った。調査項目は ①事業参入の経緯 ②各フェーズで直面した困難と克服のプロセス ③実感する事業の意義と魅力 ④今後の課題と展望、である。その他キーパーソンとして、事例Bは旧発電所勤務経験のある立地地域の町会長2名に旧発電所及び発電所再生事業に対する思いと関わり方を、事例Cは事業形成の端緒を開いた他地域の大学教員に遺構を活用する小水力発電に注目した理由及び地域住民との合意形成のプロセス等についてヒアリング調査を行った。

    3. 調査結果・考察:社会的意義が好循環を生む

     事業主体はいずれも地域に縁の深い民間企業であるが、それぞれの事業領域は異なっており、そのことが事業推進の難易度にも関連していた。また3事例ともに、小水力発電事業の特性に加え、再生事業特有の困難(旧設備の調査をはじめとする工程の多さ、旧設備を活用するための臨機応変な創意工夫の必要性等)に直面していたが、事業主体の担当者はいずれも事業に対する社会的意義を感じながら、高いモチベーションを保ち続けていた。町会長等の地域のキーパーソンは、同意形成の必要な地権者及び地域住民と、事業主体の担当者を結ぶ重要な役割を果たし、事業による地域活性化を期待していた。その思いに応えることが、事業主体の担当者の士気を高めることに繋がっていた。また3事例とも旧施設の埋もれていた歴史を調査し、継承に尽力していた。それらはただ美しい記憶ばかりではなく、当時の過酷な労働や自然環境への配慮不足等も見えてくるが、先人への深い敬意とともに学ぶことの多い貴重な文化遺産でもある。

    [1]西野寿章(2022), 日本地域電化史論-住民が電気を灯した歴史に学ぶ-, 日本経済評論社

  • 多様な「人と自然」の在り方をつなぐための超学際研究に向けて
    伊藤 千尋
    セッションID: S608
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 はじめに

    熊本県阿蘇地域には約2万ヘクタールの草原が広がっている。阿蘇の草原は,そのほとんどが入会地として牧野組合により利用・管理されており,野焼きや放牧,採草といった年間を通じたサイクルにより維持されてきた。そのため,阿蘇の草原は人間と自然がつくりだした「文化的景観」としても広く知られている。

    他方,阿蘇一帯では,畜産農家の減少や高齢化が進行してきた。従来のように草原を維持することが困難となるなか,1990年代半ばから草原保全の動きが活発化した。今日では,地域内外からボランティアを呼び込んでいるほか,草原維持のための様々な取り組みが行われている。

    本発表は,牧野利用の変遷や,住民の牧野に関する様々な認識や経験を提示し,草原に刻まれてきた人と自然のつながりの痕跡をたどることを目的とする。これを通じて,高精細地表情報の活用と実社会の資源利用や保全の議論との接続について,またそれらが切り開く超学際研究の可能性について検討したい。

    調査は2022年から阿蘇市内に位置するA牧野組合を対象として実施した。組合員への聞き取り調査を行ったほか,野焼きなどの牧野の維持管理に関わる作業を観察した。

    2 牧野における開発・保全・災害

    A牧野組合は,A牧野とB牧野(他の牧野と共同利用)の2ヶ所を利用している。A牧野は放牧地,B牧野は主に採草地として利用されてきた。A牧野組合の入会権者数は1998年に35軒であったが,2021年には11軒に減少しており,同時期の有畜農家数は25軒から3軒に減少した。どちらの牧野も,内部では自然環境の特徴に基づく地名がつけられ,複数の区画に分類されていた。

    現在のA牧野における放牧地としての利用は,1950年代の草地改良以降,人工草地として利用されてきた区画に限定されている。この背景には,2018年に発生した熊本地震がある。熊本地震以前は,牧野全体を利用していたが,地震やその後の豪雨による斜面崩壊により,放牧が困難な状態となった。また,A牧野では,草地開発などの影響だけでなく,観光開発とも関わりがみられた。

    B牧野は主に採草地として利用されてきたが,放牧頭数が多かった時期には一部で放牧もされていた。しかし,1990年の豪雨では砂防ダムが崩壊するほどの被害を受け,放牧中の牛が流されるという経験があった。翌年,B牧野での野焼き面積は半減され,その後1990年代後半に野焼きが中止された。他方,保全団体等の支援を受け,2000年代に一部の区画で野焼きを再度開始した。

    このように,開発や保全などの時代ごとに異なる文脈に影響されながら,また,自然災害という突発的な事象に作用されながら,牧野の土地利用は変容してきた。今後は,住民による環境認識や土地利用の変遷が高精細地表情報としてどのように可視化される(されない)のかについて検討する必要がある。

    3 おわりに

    現在の阿蘇の草原は,生物多様性や水源涵養などの観点から,その価値が評価されている。他方,「阿蘇の草原」として一元的に語られる範囲のなかには,ミクロスケールでは人為の影響も含めて微細な地形・植生景観が含まれると考えられる。また本発表がその一端を示すように,地域における住民と草原とのつながり方は,牧野ごとあるいは牧野内部においても多様であると考えられる。高精細地表情報の活用は,このような個別的で多様な「人と自然」の関係性に基づいて草原の役割や機能を問い直し,保全のための空間スケールを検討するためのプラットフォームとして機能する可能性を有しているのではないだろうか。

  • 井田 仁康
    セッションID: S208
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.小・中・高校の地誌学習の一貫カリキュラムの必要性

     本シンポジウムでは、2023年春季学術大会のシンポジウムで議論された「次期改定に向けての小中高地誌学習の新たな方向性」を、さらに踏み込んでの議論となる。前回でも課題となったのが、小学校(幼稚園を含む)、中学校、高等学校を貫く地誌学習(カリキュラム)の必要性である。前回のシンポジウムでは、小学校での地方地誌教育を充実させ探究学習を深めていくこと、および中学校・高等学校での動態地誌的学習を推進し、事象の関連性が解明できる地誌学習が提唱された。本シンポジウムでは、さらに地域の枠組みに関する意味づけ、再構成が必要であることが指摘された。いわゆる「同心円的拡大」のカリキュラムが現代の子どもたちの空間認識にあっているのか、さらには「同心円的拡大」といっても、小学校、中学校、高等学校のカリキュラムを一貫してみると、そうはなっていないとの指摘もある。一方で、学校種という縦軸と分野や科目という横軸との結びつきの中で、多面的・多角的な視点からの総合化かが求められる地理的学習として構成されているという指摘もある。その意味でスパイラルになっているともいえるが、いずれにせよ、そこにわかりやすい論理性が示されているわけではない。それがこのような見解の相違を生じさせている要因であるといえる。それぞれの学校種では地誌(地理)学習の論理性が担保されているとしても、小学校から高等学校までの地誌学習の一貫性を論ずる場合には、「同心円的拡大」や「スパイラル」を含みこんだ、カリキュラムの一貫性の背景となる新たな論理性が求められよう。さらには、地誌学習と系統地理学習の関連性を今一度検討し、小学校から高等学校までの地誌学習と系統地理学習の有機的な(場合によっては融合的な)カリキュラム開発も必要となってこよう。

    2.未来志向の地誌学習

     今回のシンポジウムでは、地理教育でどのような人間を育てたいかが明確に示された外国の地理カリキュラムが紹介され、また、ESDといった未来志向の地誌学習が必要であることが指摘された。従来の地誌学習は、現状の理解および構造化に重点があった。一方で、何のための学習か、どのような人間を育成したいのかを考えた場合、現状の理解や構造化にとどまらず、持続可能な社会を構築できる人間を育てるためには、未来を志向した地誌学習の必要となろう。このことは知識を軽視しているわけではなく、個々の知識が積みあげられ概念化できることにより、汎用性のある知識の習得が望まれていることを意味している。こうした概念化された知識は、覚えて忘れてしまうような知識ではなく、学校種があがっても活用でき、さらなる高次の概念化された、メタ的な知識となる。地誌学習で得られる知識は、見方や考え方に基づき知識を概念化し、その概念化された知識を活用し、さらに思考を深め、判断力などを培い、社会に貢献できる実行力を獲得できるものでなければならないだろう。

    3. ICTの活用における地誌学習

     地誌学習に限らず、教育現場でのICT、特にAIの活用や弊害については喫緊の課題となった。急速な技術進歩に対応した地誌学習の在り方も考える必要性に迫られている。ICTやAIの進歩により、調べ活動が格段に向上した。しかし、地誌の本質を理解していなければICTやAIによる情報に翻弄される可能性もある。持続可能な未来志向の地誌学習では、小学校から高校までの一貫カリキュラムの開発の必要性と、地理的な見方・考え方に基づいた地誌の本質を見失うことのないAIを含むICT活用が鍵となろう。

  • 源兵衛川の事例
    谷口 智雅, 山下 亜紀郎, 渡来 靖, 坂本 優紀
    セッションID: P086
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    都市の河川・水路などの水環境は、水質・水量・生物などの自然環境の維持・保全の対象としてだけでなく、親水空間として機能を有する都市河川もある。その一つである三島市の都市河川の水環境として水質・水量などを把握し、人々と水辺空間との関わりを有する“うつわ”として捉えた調査を行った。

     結果は次のとおりである。各地点のうつわとしての川幅・水深は、2月より8月の流量が多いため基本水深は深くなるが、川幅は芝橋下流や蓮馨寺下など自然護岸などの傾斜護岸では水量が多い8月で広くなる傾向にある一方で、コンクリートや石垣などによる垂直護岸のいずみ橋下流や源兵衛橋下流などでは大きな差が生じず、その分流速がより速くなっている。比較的垂直護岸で可川幅に変化のある桜川では、水深と川幅および流速の関係は明瞭に表れない。なお、源兵衛川の水源でもある楽寿園内の小浜池は、2月は水が湛えられていない。しかし、工業用水の放水により最上流のいずみ橋の流量は0.143m3/秒で、最下流観測地点の源兵衛橋下流の流量は0.104m3/秒と約2/3にまで減少している。8月の小浜池は水が湛えられており、最上流のいずみ橋の流量は0.605m3/秒、最下流観測地点の源兵衛橋の流量は0.800m3/秒にまで増加している。いずみ橋から芝橋下流地点の流量は湧水池からの流入により0.067m3/秒増加し、気象ステーション上流地点からホタル看板前飛び石下流では0.126m3/秒と2月のホタル看板前飛び石下流での流量(0.129 m3/秒)と同程度の湧水の流入が認められる。一方、桜川と御殿川は源兵衛川より流量は少ないものの、湧水などによる流入割合が多い。源兵衛川の流速は2月の平均で0.120~0.369 m/秒、8月の平均で0.279~0.779 m/秒と地点による差異がある。芝橋下流から気象ステーション上流までの区間は、最大流速0.406~0.584 m/秒、平均流速でも0.212~0.257 m/秒と前後の地点の最大流速(それぞれ0.226 m/秒、0.328 m/秒)、平均流速(それぞれ0.12m/秒、0.146m/秒)より速い。このため、この区間での水の流れの速さを活かして浮き輪に乗って流れを楽しむなどの遊び方も見られる。逆に最大水深0.55m、最大流速0.779m/秒の蓮馨寺下や最大水深0.45m、最大流速0.588m/秒の聖徳太子堂階段上流は、水の中に入ることは大変危険な流速・水深となっている。桜川は比較的浅く流れが緩やかであり、御殿川は川幅の狭い区間が多く、水深は深くないものの流速が速くなっている。このため、白滝公園を含む桜川では川を歩く様子が見られる一方で、御殿川は梅花藻が水中に繁茂していることから、それを鑑賞する人はいるものの、川の中に入る人は見られず、川によって接し方にも差異が見られる。源兵衛川の冬季2月の水温・pH・ECは、それぞれ15.4~15.8℃、7.9~8.4、6.5~12.1mS/mとECの観測値幅はあるが、比較的一定している。一方、夏季8月は、16.2~17.0℃、7.5~7.7、12.8~16.8mS/mと水温に観測値幅はあるが、冬季同様に比較的一定している。水温は8月が高く、2月に低くなっているが、気温と比べるとその差は小さく、冬は気温より暖かく夏は冷たい。水遊びをする夏季の水温は17℃を大きく下回っておらず、さらに多くの子ども達が遊ぶ芝橋下流から看板前飛び石下流の区間の川幅は広く、最大水深は看板前飛び石下流で0.30mあるものの、他の2地点では0.15m、平均水深も0.08~0.14mと浅いことから、比較的安心して遊べる空間と言える。源兵衛川と桜川の水温分布を比較すると2月・8月ともに源兵衛川が低い傾向にあり、台地上の源兵衛川と台地下を流れる桜川・御殿川、楽寿園や白滝公園より北側で流れる桜川と南側で中心市街地に隣接して流れる源兵衛川と御殿川とでも地域的差異がある。

  • 吉田 明弘, 佐々木 明彦
    セッションID: P015
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ.はじめに

     亜高山帯域では,オオシラビやトウヒ,コメツガなどから構成される亜高山帯針葉樹林,落葉低木やササ草原などからなる偽高山帯の植生が広がっている。これら亜高山帯域における植生の差異については,これまで多くの研究がなされてきた。とくに,守田(2000)では,高山帯域や亜高山帯域における花粉分析結果の比較から,各山岳では完新世中期までは偽高山帯の植生景観が広がっており,それ以降に針葉樹林が形成されたことを明らかにした。しかし,各山岳における針葉樹林の形成時期には時間差が認められており,その形成要因は未解明である。

     一方,高山帯や亜高山帯における放射線炭素年代測定の結果については,年代値に大きなズレが生じることが報告されている。すなわち,高山帯域や亜高山帯域の環境変遷史を解明するためには,放射線炭素年代測定だけではなく,火山灰編年法などの複数の年代法に基づく堆積年代の推測が必要である。

     そこで本研究では,長野県志賀高原田ノ原湿原(標高1610m)においてボーリングコア試料を採取した。そして,このコア試料における泥炭バルク試料についてAMS法による放射線炭素年代測定を実施した。さらに,湿原堆積物に挟在するテフラ層について火山ガラスの形状や鉱物組成,屈折率の測定結果を基にテフラの対比を行った。本報告では,これら結果を報告するとともに,本研究によって新たに示された亜高山帯域での古環境研究の意義や問題点を明確にする。

    Ⅱ.試料と方法

     本研究では長野県志賀高原田ノ原湿原の中央部の2地点から不攪乱のボーリングコア試料を採取した。コア試料は実験室にて半割し,堆積物の記載と写真を撮影した。コア試料のうち状態の良い長さ297.5cmのTN02コアについて測定・分析を実施した。TN02コアは,下位より深度297.5〜260cmが砂質シルト層,深度260〜234cmが軽石層,深度234〜8cmが泥炭層、深度8cm〜地表までがミズゴケ層となる。TN02コアから4点の泥炭を採取し,14C年代測定をに依頼した。泥炭層中には肉眼で識別できる8枚のテフラ(T1~7,T9)が挟在していた。これらのテフラ試料は椀がけ法と超音波洗浄によって水洗した後に,実体顕微鏡を用いて火山ガラスの形態と有色鉱物の組成を調べた。さらに,肉眼で識別できないクリプトテフラを検出するために,泥炭層を約2㎝間隔で切り出して同様の方法で水洗し,1枚(T8)のテフラを検出した。これら9試料のテフラ試料は温度変化屈折率測定装置によって各試料の火山ガラスの屈折率を測定した。

    Ⅲ.結果と考察

     14C年代測定の結果,深度215~217cmの泥炭で10380-10655 cal BP,深度182~182cmの泥炭で5925-6180 cal BPの年代値が得られた。

     テフラ分析の結果,T1(深度13~14.5cm)は軽石型火山ガラス(Pm)で,屈折率はn=1.512-1.519であることから,浅間Cテフラ(約1.6ka)に対比される可能性が高い。T3(深度165~167cm)はPmで,屈折率はn=1.496-1.499である。さらに,酸化角閃石を含むころから,妙高大田切川テフラ(約4.8ka)に対比される。T5(深度174.5~175.5cm)はPmでn=1.510-1.519であり,浅間平標1/浅間平標2テフラ(As-T1/T2)に対比される。

     T6(深度177~178.5cm)はPmで,屈折率はn=1.496-1.500である。また,酸化角閃石を含むころから,妙高赤倉テフラ(約4.8ka)に対比される。T8(深度186~187cm)はバブルウォール型火山ガラスで,屈折率はn=1.502-1.513である。また褐色火山ガラスを含むことから,鬼界アカホヤテフラ(約7.3ka)に対比される。T9(深度234~259cm)はPmで,屈折率はn=1.500-1.503であることから,浅間草津テフラ(約15.0ka)に対比される。

     なお,T2(深度25.5~26.0cm)とT4(深度171~172cm)はPmで,それぞれ屈折率がn=1.499-1.503とn=1.497-1.502あった。T8(深度186~187cm)はPmで,屈折率は1.518-1.527であった。これらのテフラを既知のテフラに対比することは困難である。

     これまで田ノ原湿原は塚田(1953)により花粉分析資料が公表されているものの,14C年代値やテフラ年代に基づく編年がなされていない。このような中で,守田(2000)では田ノ原湿原の堆積物は完新世中期以降とされているが,本研究の成果では後期更新世まで遡る結果が得られた。今後,堆積物の詳細時系列に基づく古環境データを構築することで,亜高山帯針葉樹林の拡大過程やその要因などの課題を解明できる可能性が高い。

  • 岩木 雄大
    セッションID: P053
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ.はじめに 昨今,多くの商店街で空き店舗の増加や商店街そのものの縮小といった問題がみられる。商店街の衰退を食い止めるべく,あらゆる方法で商店街振興が図られてきた。しかし,国土交通省(2019)の報告では,中心市街地活性化が周辺との連携不足により,十分波及していないという例が確認されている1)。 さらに,商店街の発達段階に応じたマネジメントが必要だと指摘されており,適切な商店街振興を進めるにあたり,発達段階の把握が必要である。ここでは,依存と競争に関連した調整メカニズムは,依存と競争が適切に作動する「拡大均衡モード」と適切に作動していない「縮小均衡モード」の2つの状態があることが言われている2)。 以上のことから,本調査では,福岡市博多区吉塚地区にある吉塚市場リトルアジアマーケット(以下,吉塚市場)を事例に,商店街及びその周辺の商店経営者らへの聞き取り調査から,商店街振興に対する評価を明らかにし,商店街の盛衰を上記2つの状態に照らし合わせて,現在の商店街の発達段階を捉える。Ⅱ.調査方法Ⅱ-1.調査地の概況 吉塚市場の公式HP3)や現地での聞き取り調査によると,吉塚市場は戦前の闇市から商店街へと発展してきた。最盛期には約150店まで規模を拡大したが,2019年ごろには,店舗数は約30店にまで減少し,商店街に含まれる地域も縮小した。2020年に商店街の組合長と付近の御寺の住職らが申請した経済産業省の「商店街活性化・観光消費創出事業」に採択されたことを契機に,「吉塚市場リトルアジアマーケット」として再オープンした。その後は,アジアの料理を提供する飲食店が増加し,様々なメディアで取り上げられる商店街になった。Ⅱ-2.調査方法 吉塚市場の運営事務局や商店街組合,商店街内外の店舗経営者に対して,吉塚市場の商店街振興による評価や各店舗への影響などの聞き取り調査を行った。聞き取り調査件数は34件であり,うち,6件は商店街周辺の店舗経営者である。Ⅲ.調査結果 聞き取り調査の結果は属性による偏りがあり,商店街振興企画者と商店街内の店舗経営者と商店街周辺の店舗経営者の3つに大別できた。Ⅲ-1.企画者への聞き取り結果 吉塚リトルアジアプロジェクトの企画者である商店街組合長は,吉塚市場を現在の規模より大きく広げることも視野に入れ,吉塚市場の企画を考えているとの見解だった。ただ,吉塚市場に今後携わっていく若者が主導することが望ましく,自身はその支援に努めたいとのことである。 Ⅲ-2.商店街内の店舗経営者への聞き取り結果 吉塚市場の取組を肯定する人の多くは吉塚市場再オープン後に出店した経営者である。肯定の理由として,他地域から移転し,吉塚市場に商機を見出していることや,市場名に「アジア」と冠している割に,アジア関連の店が少ないため,企画者に新しい店を招致してほしいという声が聞かれた。現地調査から,商店街全体のうちアジア関連の店は31店中8店と,1/3以下に留まっていることが分かった。一方で,否定的な意見は,再オープン前から出店している経営者等から聞かれた。その理由として,再オープン後の市場の雰囲気に馴染めない常連客が減少したことや,市場を取材するメディアはアジア関連の店ばかり特集し,再オープン以前からある店にとって商売の妨げになっていることなどが聞かれた。Ⅲ-3.商店街周辺の店舗経営者への聞き取り結果 吉塚市場周辺の店舗は吉塚市場の組合に以前加盟していることが多かった。組合を脱退した理由が組合費の使途が不透明であることへの不信感や,十分な顧客を抱えているため,市場が再オープンしたからとは言え,再び組合に加盟することはないという意見がほとんどであった。また,吉塚市場の組合に加盟したことがない店舗への気聞き取り調査では吉塚市場の商店街振興へ関心をもっている店舗はみられなかった。Ⅲ-4.商店街の現在の発達段階 依存と競争に関連した縮小均衡モードは,市場の縮小や競合などの外部要因と店舗の合理的な経営の縮小という内部要因から規定される2)。吉塚市場では,外部要因は確認されるが,それによる事業意欲の低下は見られない。内部要因においても,アジア関連の店が新規参入するだけでなく,以前から出店している店舗においても,同業種集積を背景とする周辺商品の拡充があり,一概に経営の縮小がみられると言い難い。Ⅳ.まとめ 本調査で,商店街の経営者らの商店街振興に対する評価を聞き取り,多文化共生による商店街振興の地域特有の問題点を見出した。以下に結果をまとめる。1)吉塚市場の再オープンによる盛り上がりは市場内で温度差が見られた。商店街周辺への活性化の波及は見られなかった。2)吉塚市場の商店街としての発達段階は,縮小均衡モードと言えなかったが,現在の取組を継続的に行っていく必要がある。

  • 王 子豪, 夏目 宗幸
    セッションID: 647
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

    中国の行政区分は,上位から省級,地級,県級,郷級のピラミッド構造を持つ。都市の発展状況を把握するにあたって,重要となる地級行政区画の境界データは,中国国家基礎地理情報センター(NGCC,中国語:国家基礎地理信息中心)において公開されていた。しかし,2010年代後半に公式サイトのリニューアルに伴い,新しく公開されたデータは,地級より下位の行政区画である県級が主体となっており,地級行政区画の境界データは,公開されていない上に,過去の年代に遡ることもできない。つまり,公式に公開されているデータでは,中国の地級行政区の歴史的変遷を追う事ができないのである。こうした状況に鑑みて,本研究では,地級行政区画の境界データの作成を目的として,適切な年代別境界データの作成方法を模索する。

    Ⅱ 資料および方法

     境界データの作成にあたっては,まずNGCCにおいて公開されている「1:100万公衆版基礎地理情報データベース」を基礎資料として用いた。行政区画の変遷を辿るために,中国民政部「全国行政区画情報検索サービス」と「全国行政区画コードリスト」を用いている。また,データの確認作業の段階において,中国国家地球系統科学データセンター(NESSDC)および中国科学院地理科学資源研究所・資源環境科学データセンター(RESDC)の地級・県級データを参照した。

     作成手順は,第1図に示した通りである。NGCCの元データの前処理を行なって,まず「2019年版県級行政区画の境界データ」を得る。次に,民政部で公開される資料を整理し,県級行政区の所属関係や境界の変容を反映させた上で,2019年の前年度または次年度地級境界データを作成する。そして,NESSDCやRESDCにある同年のデータと比較して校正を行う。上述の操作手順を繰り返し,目標年の地級行政区画の境界データを作成する。

    Ⅲ おわりに

     本研究においては,中国の年代別地級行政区画の境界データの作成について検討した。現時点において,2010年・2020年の境界データを作成することができた。2010年以降の行政区画の変更は,中国の都市化の過程を反映しており,とりわけ2014年以降,県級行政区を合併し,地級行政区に編成されることが多くなっている。その要因として,都市と農村の一体化を進める「新型城鎮化和城郷融合」政策の影響が示唆される。この成果により,境界データと政府や研究機関が公開する統計データとの結合が可能となった。このような研究の基盤となる境界データの整備は,中国関連研究の進展に貢献すると考えられる。今後は,2000年代以前の境界データの作成に取り組む予定である。ただし,2000年代以前は,参照できる資料が限られており,2020年代と同等程度のデータ精度を維持できない可能性がある点に留意する必要がある。同年代の紙地図のトレース等の方法を用いる事も含め,種々の方法を検討していきたい。

  • 加藤 顕, 早川 裕弌, 笠井 美青
    セッションID: S604
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    This study is aimed to understand the relationship between topography and vegetation through landslide events. The detail and wide coverage of data was obtained by the recent 3D laser technology. The ground and forest movement resulting from landslides was measured using drone laser technology over the forest, while tree tilting caused by landslides was measured using terrestrial laser technology within the forest. The fine scale change before and after the landslide was captured by the 3D time series data. The tree movement measured in this study was analyzed and utilized to detect potential hidden landslide movements under forest cover.

  • ――選挙制度改革の目指した政治態度をめぐって――
    淵上 瞬平
    セッションID: 517
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに  1994年の選挙制度改革では,それまでの中選挙区制が小選挙区比例代表並立制へと移行し,それにともなって政治家の政治態度も「個人本位から政党本位へ」と変化することが期待された.すなわち,同じ選挙区内で同一政党から出馬した複数の候補者が個人での当選を争う時代から,1人の候補者が政党を背負って出馬する選挙への変化が企図されたのである.それによって,地盤に目を向けた地域戦略から政党中心の選挙戦略への移行が目指された(加藤 2003).しかしながら1994年以降,政治家は本当に政党中心の選挙戦略をとり,地盤となる自身の選挙区=「地元」を無視した政治態度をみせるようになったのであろうか.本研究では政治家にとっての「地元」が意味することを,政治地理学的な観点から検証する.  Ⅱ 愛知県における衆議院議員総選挙小選挙区の地域的特徴  本研究は都市的地域と農村的地域がひろく分布する「愛知県」を対象地域に選定し,1996年以降9回の衆議院議員総選挙で立候補したのべ506人の得票の偏りを算出した.それによると,年を追うごとに全16選挙区のうち多くの選挙区では細かな得票の偏りが薄まっていく傾向が確認できたものの,愛知県第1区(名古屋市東区・北区・西区・中区)では,依然として特定の区に偏った得票があり,候補者間で地域をすみ分けている様子が見受けられた.「選挙公報」で政治家が地域をめぐって語る言説(地政言説)を分析しても,第1区では「愛知」を前景化する自民系候補者と,「ナゴヤ」に言及する民主系候補がおり,地理的スケールの点で特徴があった.  Ⅲ 政治家の地政言説と空間行動にみる「地元」認識  そこで愛知県第1区に焦点を当てて自民系・民主系候補者2人の街頭活動記録を手に入れ,合わせて聞き取り調査を行ったところ,自民系候補者が街頭での有権者との近さを重視する選挙戦略をとっていた一方で,民主系がより多くの有権者に主張を届けるという違いがみられた(図1).これは「聞く」行為によってローカルな意見を国政へ反映させようとする自民系候補者と,逆に「伝える」行為によってナショナルな政策を選挙区へ訴えかけようとする民主系における,「地元」認識の在り方に対する地理的スケールの方向性の差異が反映されたものと解釈される.すなわち,いまだローカル・スケールを活動の出発点とする自民系候補者の政治態度は,選挙制度改革を経てもなお,大きな変容をみせていない,と本研究では結論づけたい.

  • 平野 優人, 羽田 麻美, 青木 久
    セッションID: P021
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     石灰岩で構成されるカルスト地形の一つに,石灰岩堤がある.石灰岩堤とは,比高が10m内外の堤防状の高まりをもつ地形で,熱帯・亜熱帯地域に発達すると考えられている.琉球石灰岩から成る沖縄島南部では,断層崖沿いに石灰岩堤が発達している.石灰岩堤は,断層崖表面でケースハーデニング(表面硬化作用)が生じ,断層崖が溶食から取り残された高まりであると報告されているが,崖表面の力学的強度の把握に基づいた研究は全くない.

     そこで本研究では,断層崖に沿って発達する沖縄島南部の石灰岩堤を対象として,シュミットロックハンマーを用いて断層崖表面の力学的強度を計測することにより,ケースハーデニングが生じているかどうかの実証を行い,石灰岩堤の形成について考察することを目的とする.

    2.調査地域の概要と調査方法

     沖縄県南部には,琉球石灰岩からなる石灰岩堤が活断層に沿って様々な方向に分布する.本研究では,糸満市大度地区と八重瀬町玻名城地区にみられる2つの石灰岩堤を調査対象とした.選定理由は,これらの石灰岩堤には,断層崖を人工的に切りとった切取面が存在し,断層崖に比べて新鮮と思われる石灰岩が露出するためである.そこで,各石灰岩堤において断層崖表面の露頭と切取面の露頭を調査地点として設定し,石灰岩表面の観察,シュミットロックハンマーによる岩石強度の計測を実施し,比較検討を行った.

    3.調査結果と考察

     まず,石灰岩堤において断層崖と切取面の結果を述べる.岩石強度は,断層崖表面よりも切取面の方が小さかった.現地観察より,断層崖表面では,光沢をもつ薄層が広範囲に覆っている様子が観察された.この薄層は,一度溶解した石灰分が再結晶化した物質であると推察される.このことから,断層崖表面では溶け出したカルシウムが再結晶化し,ケースハーデニングが起こっていると解釈できる.

     次に,大度の石灰岩堤に関与する断層は大度海岸まで連続しており,そこには海食洞が発達する.波食作用の影響の小さい海食洞奥の内部壁面を,断層崖として地表に露出する前の断層面とみなし,シュミットハンマー計測を実施した.その結果,海食洞壁面の強度は,断層崖よりも小さく,切取面とほぼ同じ値を取ることがわかった.このことから,ケースハーデニングは,断層面が断層崖として地表に露出した後に開始されると解釈できる.

     最後に,石灰岩堤の形成プロセスを考察する.まず断層運動に伴う垂直変位により,断層面が地表へと露出して断層崖が形成される.断層崖が形成されると,崖表面は降雨による溶解と日射による強い乾燥作用を受け,カルシウムの再結晶化が起こり,ケースハーデニングが生じる.その結果,断層崖の溶食(や侵食)に対する抵抗性が大きくなり,崖頂部を高まりとした石灰岩堤が形成される.

    付記 本研究は科研費(19K01160)の助成を受けて実施された成果である.

  • ――名古屋市中区「栄」地区を事例として――
    平野 竣祐
    セッションID: 311
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに  本研究は,近年都市論ブームが生起するなかで,「都市空間の断片」と位置づけられてきた夜の「盛り場」を取り上げ,そこに蝟集する若者がどのように行動し,かつ「盛り場」を「読み」解いているのか,そして若者と空間の相互媒介的な関係がいかに現出しているのかを,名古屋市中区「栄」地区を事例に論じるものである.先行研究によると,若者を扱った地理学的研究では,「都市空間の断片」のなかで取り締まりや規制を受ける主体が,都市空間をどのように読み解き,また自らの「居場所」をつくり上げているのかがある程度明らかにされてきた(杉山 1999).  Ⅱ 名古屋市中区「栄」地区の若者の行動空間と時空間リズム  本研究では,既存研究でほとんど注目されてこなかった名古屋市中区の夜の盛り場である「栄」地区を対象地区に選定した.筆者による定点観測と若者へのインタビュー調査によると,詳細なエリアごとに若者の時空間行動が異なっていた.たとえば久屋大通公園エリアとオアシス21エリアに滞留する若者は地下鉄の運行リズムに影響されている一方で,オアシス21エリアで連夜演奏を行う特定のミュージシャンのもとに集まる観客やドン・キホーテ栄本店エリア近辺のナイトクラブに通うクラバーは公共交通機関に影響されない独自の時空間行動を示しており,そのことが「栄」地区全体にエリアごとに異なる独特な時空間リズムを現出させていた(図1).  Ⅲ 夜の盛り場にみる若者と空間の相互媒介的関係  そこで,それぞれ3つのエリアに滞留する若者の「語り」を紐解くと,久屋大通公園エリアのベンチに滞留するような若者たちは,単に友人との「おしゃべりの場所」としてそこを利用しているに過ぎず,そこに「見知らぬ他者」との社会関係がつくられる余地は見出せなかった.一方,ドン・キホーテ栄本店エリアの「ナイトクラブ界隈」では共通点をもたない若者が「栄ごっこ」に興じるなかでゆるやかな同質性が構築されていた.他方,オアシス21エリアではミュージシャンの「観客」という同質性以外は一見して「みんな違ってみんないい」という多様性がありながらも,年齢層や交通手段などのミクロな差異から,不和と衝突を抱える不安定な「オアシス界隈」が形成されているというあり様が指摘できた. 本研究では,こうした「界隈」に参与するかそうでないかで,名古屋市の夜の盛り場は「舞台化した『栄』地区」と「脱舞台化した『栄』地区」に二分され,かつ若者が相互に影響しあわない閉じられた,しかしながらかれらの生きられた2つの「界隈」が久屋大通公園を挟んで東西に現出し,その中間に「脱舞台化した場所」が漂うといったモザイク状の夜の盛り場が相互媒介的に成立しているものと解釈した.

  • 植松 尚太, 上村 晶太郎, 黒田 圭介
    セッションID: 642
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに地域おこし協力隊(以下,協力隊と略す)は,地方自治体が,都市部の人材を条件不利地域において,地方創生の担い手として受け入れる取組である1)。この協力隊に関して,例えば三宅・北村(2021)は,自治体として協力隊を支援する仕組みづくりや職員との伴走支援の必要性,協力隊員同士の横のつながりを通じた悩み解消の必要性,そして,受け入れ地域における協力隊への抵抗感解消の必要性を論じている2)。さらに,安部・中塚(2023)は協力隊の周辺で発生する対立や衝突に対しては,中立仲介者の必要性を論じていることから3),協力隊,自治体,そして地域がよりよい関係を築き,共同して地方創生が実施できる3者の相互連携を策定することが急務であると考えられる。そこで, 本研究では,3者連携に関する事例の蓄積を目的として,ある地方都市における協力隊を事例に,隊員の活動実態を明らかにしつつ,隊員から見た自治体と地域との連携に関する実態を明らかにする。2.研究方法2-1.研究対象地域概観 本研究の対象自治体をA市とする。A市の人口は約20万人である。中心部には市街地とその周りに平野が広がり,北部には山地がある。協力隊の主な活動地域は,中心市街地から北に約15kmに位置する中山間地域にあるB地区,C地区及びD地区である。B・C地区は「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法(2021年4月1日施行)」によって過疎地域とみなされる区域4)となっており,自治体担当者e氏に対する聞き取り調査結果により,人口減少や人手不足,高齢化などの問題が生じていることが判明した。2-2.調査方法 A市役所に2024年1月18日現在所属し,北部中山間地域で活動している隊員4名,A市役所の担当者2名,B地区まちづくり協議会会長,及び移住事業など地域振興に関する活動をしているNPO法人理事に対して,活動内容や隊員と自治体,地域との連携に関する聞き取り調査を実施した。3.聞き取り調査結果3-1.地域おこし協力隊員への聞き取り調査 A市で活動している現役協力隊員に対する聞き取り調査結果を所属ごとに示す。また,活動年数,所属,提示活動類型及び活動内容は表1に示す。提示活動類型は,自治体から募集時に活動内容について提示があるものをミッション型,そうでないものをフリーミッション型としている。 3-2.a氏とb氏に対する聞き取り調査結果 自治体との関係性について,b氏によれば,距離的な問題で、電話でのやり取りが多く,担当者との意思疎通が不足していることが分かった。しかし,a氏によれば,悩みがある際は,担当者を中心に相談をしていることが判明した。 地域との関係性について,a氏は活動当初に「よそ者」扱いされることに不安視をしていたが,実際はなかったと話した。また,b氏によると,B地区にある温泉施設が住民の憩いの場として利用され,住民との関係を構築する場となっていることが明らかとなった。3-3.c氏に対する聞き取り調査結果 自治体との関係性について,コミュニケーション不足はなく,担当者はc氏が提出した日報に記載された内容に対して活発に意見交換を行っていることが分かった。 地域との関係性について,地域で行われるイベントや区役に参加するとともに,近隣の草刈りや山林整備を実施することで住民と関係を築いていると話した。3-4.d氏に対する聞き取り調査結果 自治体との関係性について,d氏によれば,担当者とのやり取りはあくまでも事務的なものが多く,また,活動や研修のための補助金の申請する際の手続きが煩雑で,前例がないとして承認されることが少ないことが分かった。 地域との関わりについては,活動が直売所の運営や農家の支援などで,住民と密接に関わるものが多いため,積極的に地域との関係を構築しようとしていることが判明した。4.まとめ 本研究では,現役隊員と自治体担当者,地域住民に対する聞き取り調査を通して,隊員の活動実態や自治体の隊員に対する対応や地域住民の協力隊員に対する意見が得られ,3者連携の実態が明らかとなった。以下に結果をまとめる。 隊員の活動内容は,所属や提示活動類型,提示された活動内容によって大きく異なっていた。 所属している課や担当者によって,隊員に対する扱いはさまざまなものであり,自治体としての統一性はない。 隊員と地域の関係性について,地域住民からの忌避感などはなく,受け入れられていることがうかがえた。

  • 乙幡 正喜, 小寺 浩二
    セッションID: P038
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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  • -新規避難所の検討と自治体への開設の要望活動を事例に-
    黒田 圭介, 山岡 貴秀, 後藤 健介
    セッションID: P065
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     中学校公民的分野における防災教育は社会参画力の育成を企図した教材の開発研究や授業実践が多くみられ,例えば井上(2020)では,防災福祉コミュニティー活性化の方法について考えさせて災害に強いまちづくりを担える市民育成を目指した授業実践を行い1),國原(2017)では地方議会の防災や震災地支援等に関する会議録を利用して社会的合意形成を学ばせるとともに,地域防災の課題について理解を深められる授業実践を行った2)。ここで,中学校地理学的分野での防災に関する既習事項と社会参画力育成を企図する公民的分野での学習を意識的にスムーズに接続しようとする授業実践は存外少なく,分野横断的な学びや,発達段階や地域の特徴に合わせた防災教育の必要性が重要視される昨今において,その実践例の蓄積が求められていると考えられる。

     そこで本研究では,佐賀大学教育学部付属中学校で実施した,地理的分野での既習事項を活用した公民的分野での防災教育の実践を報告する。特に本研究では,高い防災意識をもつ市民育成を目指し,地理学的知識や技術を活用しながら,妥当性のある新規避難所の開設の検討やその要望を実際に自治体に要望を行った活動を中心に報告を行う。

    2.単元の概要

    2-1.地理的分野:地理的分野の実施単元は別稿にて報告済みで3),中学校学習指導要領の「地域調査の手法」に該当し,避難マップを作成させた。主な既習事項は,佐賀市周辺の氾濫原地形,新旧地形図の対比や氾濫原の微地形と伝統的な土地利用の関係,ハザードマップの見方などである。

    2-2.公民的分野:公民的分野の実施単元は学習指導要領の「民主政治と政治参加」に該当し,主に地方自治を取り扱った。昨年度の地理的分野の学びから見出した防災における地域の課題を,対立と合意,効率と公正,個人の尊重と法の支配,民主主義などに着目して捉える内容としており,パフォーマンス課題「防災について,自らが住む地域の行政に意見しよう」を設定した。本研究で報告するのは,全9時間の学習活動のうちの後半部分で(表1),LP (ラーニングパートナー)として,著者の一人である黒田と佐賀市役所危機防災課の職員を設定した。前者は6時間目に生徒が作成した解決案や政策案に対しアドバイスを行い,後者は8時間目に生徒が主張・要望する新規避難所に対する意見聴取を行い,後日開設の実現性の回答を行った。

    3.結果

     一例として,佐賀市南部に位置する佐賀県農業大学校を新たな避難所として開設できるよう求めたグループを紹介する。このグループは地域の課題として,佐賀市南部の水害地形である氾濫原に建つ堅牢な建物を防災対策として活用していない現状に疑問を抱き,費用対効果の見方から政策の実現可能性を吟味し,6時間目にLPへその建物の避難所としての利活用の提案・要望を行った。しかし,その後LPからの回答より,地域と施設との間で避難所として使用する取り決めがあることが明らかとなり,新規に避難所指定することでその地域住民が十分に活用できない状況になるのではないかと,政策の提案を取りやめた。ただし,その地域の住民であるこのグループの一員であった生徒自身が避難所として活用できることを知らなかったことから,一部の地域住民しか知らない状況を打破するための在り方について議論する様子が見られた。

    4.まとめ

     地理的分野での既習事項を活用した公民的分野での防災教育の実践を報告した。その結果以下のことが分かった。

    1) 地理的分野で既習済みの地域の地形の特徴や災害リスクをもとに,避難所として妥当な建築物を選び取ることができた。 これにより,公民的分野における地方自治の学習に対して,現実味のある市民参画を体験できる活動を行うことができた。2) 新規避難所開設の要望活動を通じて,地域の諸事情を勘案しながら防災に関する議論を行うことができた。

    参考文献

    1)井上昌善(2020):シティズンシップ育成を目指す防災学習の論理-中学校社会科公民的分野単元「災害に強いまちのあり方を考えよう!」 の開発を中心に-.防災教育学研究,1 - 1,p. 81-92.

    2)國原幸一朗(2017):地方議会における争点をふまえた公民の授業 : 東海豪雨と東日本大震災を事例として.名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇 ,53 - 2,p. 93-106.3) 黒田圭介・山岡貴秀・後藤健介(2023):中学校地理における微地形判読を通した水害ハザードマップの評価活動事例.中学校地理における微地形判読を通した水害ハザードマップの評価活動事例.日本地理学会発表要旨集,104,p.144.

  • 松本 健佑
    セッションID: 518
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに 政党の勢力や組織を捉えるためには二つのベクトルを考える必要がある.一つ目はどのレベルの政府・議会で活動を行うか,二つ目はどの地域で選挙に出るかである.こういった観点から選挙政治を見た時に注目に値するのは,地域政党である.地域政党は特定の地域の地方議会で結成されることが多いが,国政選挙に候補者を出したり,他地域に進出したりすることもある.地域政党の選挙での強さ・イデオロギーなどの規定要因に関する知見は蓄積されているが,地域政党の他地域への拡大を扱った研究は乏しい.特定の地域に限定された支持を背景として成立する地域政党は,いかにして拠点とする地域の外に進出を試みるのだろうか.本報告では,大阪維新の会とそれを母体とする国政政党(以下「維新の会」と呼ぶ)を事例として,地域政党が拠点とする地域の外へ進出するにあたってどのような地域を選ぶのか,どのような政党から票を奪うのか,どのような政策を訴えるのかについて検討する.

    2. 研究方法 まず,各選挙における候補者の擁立状況を都道府県別に集計し可視化することで,維新の会がどの地域に進出したのかを明らかにする.国スケールでは衆議院選挙,地方スケールでは都道府県・市区町村の議会選挙を対象とする.また維新の会がどのような特徴を持つ選挙区に候補者を送ったのかを検討する.衆議院選挙の小選挙区を維新の会候補者の有無で二つのグループに分け,それぞれのグループの社会経済的特徴を比較する.小選挙区の社会経済的変数のデータには,西澤明氏作成・提供の国勢調査の小選挙区別集計1)を用いる.次に,維新の会が全国でどのような政党から票を奪ったのかを検討する.対象とする選挙は衆議院選挙比例代表である.都道府県別の主要政党の絶対得票率の変化(当該選挙の得票率-前回選挙の得票率)を算出し,得票率の変化同士の相関行列を作成することで,政党間の票の移動を検討する.最後に,維新の会が主張する政策とその変化に注目する.衆議院選挙の候補者を対象としたアンケート調査(東京大学谷口研究室・朝日新聞社共同調査)2)を用いて,各政党がどの政策分野を重視したのかを示す指標を算出する.また衆議院選挙の選挙公報を収集し,候補者ごとに「地方分権」「議員定数・報酬の削減」「教育無償化」の記載の有無を確認した.

    3. 結果と考察 分析の結果,維新の会は大阪府に隣接する府県はもちろん,全国の大都市圏に多くの候補者を擁立する傾向を示していた.維新の会は大阪府で既に成功した地域と似た特徴を持つ地域に積極的に候補者を立てていたことも明らかになった.また,維新の会は新たに進出した地域で,民主党系の政党から票を獲得している可能性が高い.前回の選挙で棄権した有権者から票を得ている可能性も高い.さらに,維新の会は「地方分権」「政治・行政改革」「教育・子育て」といった政策分野を重視していた.国政に進出した直後は多くの候補者が地方分権を主張していたが,次第に地方分権の重要性は低下し,代わりに政治改革と教育無償化を訴えるようになっていた.報告では,分析結果を詳細に紹介するとともに,維新の会と海外の地域政党の事例の共通点と相違点について議論し,地域政党の他地域への進出という戦略の背景についても考察する.

  • 石黒 聡士, 熊原 康博
    セッションID: S306
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 大学組織における災害対応部局

     大学組織においては,特に近年は地域貢献の重要度が増しており,立地する地域社会に対し研究機関として調査研究の成果を還元すべきとの認識が浸透している。中でも,災害と防災・減災に関する地域社会への還元の要請は高く,研究機関に寄せられる期待は高まっている。このような背景の中,全国の大学に「防災」,「減災」,あるいは「レジリエンス」といった名前を含む災害対応に関する研究センター等(以降,災害対応組織と呼ぶ)が設立されてきた。現在,86校ある国立大学のうち,半数近くの41校には災害対応組織等が設置されている。また,その41校の災害対応組織のうち30は,2011年の東日本大震災以降に設立されたり改組を経験しており,さらにそのうち半数以上の16の組織は,熊本地震以降に設置または改組された。

     これらの災害対応組織の多くは,改組を繰り返して現在の組織に至っていることが多く,組織の母体としては工学系の学部・研究科であることが多い。しかし,災害発生のメカニズムや被害の地域性などを解明するにあたっては,地理学的視点による考察が不可欠であることから,災害対応組織における地理学研究者の知見は極めて重要である。本発表に際し,災害対応委員のうち主に国立大学に所属する委員48名に,本務校における災害対応組織とその活動,および地理学研究者の役割等について,Webによるアンケートを実施し,これまでに14件の回答があった。これらの結果をもとに,各大学における災害対応組織の活動と,地理学研究者の貢献や影響力,課題について整理する。

    2. 災害対応組織の活動と地理学研究者の取り組み

     災害対応組織に関わる地理学研究者の活動として,広島大学では,平成30年7月豪雨直後に設立した広島大学防災・減災研究センターにおいて,兼任メンバーとして自然地理学研究者2名が参加している。これまで関わった業務としては,①広域災害が発生した際,空中写真や衛星画像等を利用した,原因となる自然現象や被害のマッピング,②学校への防災教育の指導,③地方自治体の防災教育コンテンツ作成の監修,④自然災害や防災に関する講演会の講師などがある。これらの業務は研究者単独でも行える内容であるが,センターを通じて実施することで,①研究内容の一般への認知度が高まること,②他分野との共同研究に繋がること,③学内における地理学のプレゼンスが高まることの意義があると考える。

     また,具体的な災害発生時の活動事例として,愛媛大学では,平成30年7月豪雨に伴う被害の調査団が結成された。調査団の大部分を構成する工学・土木系の研究者や農学系の研究者により各個に現地調査が実施された。その中で地理学研究者は,人的被害,浸水範囲,土砂災害,農業被害,文化財被害,道路被害などをマッピングし,情報を共有した。このように被災地域で生じていることがらを俯瞰して,災害の全体像を把握するためには,地理学的な視点が不可欠であると考えられる。

  • 李 傑陽, 鹿嶋 洋
    セッションID: 712
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     日本の半導体産業は長期的な凋落傾向にあり,「シリコンアイランド」と言われる九州においても同様である。しかし近年の半導体需要の高まりと米中経済対立をはじめとする国際情勢の変化により,サプライチェーン強靱化の観点から政府による半導体産業への支援が強化されており,半導体産業集積の現状を把握する必要性は大きい。

     半導体産業では,グローバル化と半導体産業の分業化の進展により,半導体製品の設計・製造においてグローバルな分業体制が形成されている。そのため,半導体産業集積を検討する際に,地域内・国内スケールだけでなく,グローバル生産ネットワーク(GPN)の視点から,産業と地域の発展を分析することが求められる(Coe and Yeung,2015)。また,半導体産業の全体像を捉えるためには,半導体デバイス製造業に加えて,半導体製造装置・部材・設計なども含めた関連産業をにも注目する必要がある。

     そこで本研究は,熊本県の半導体産業集積の構造上の特質と,特に地元企業群の位置づけを明らかにすることを目的とする。

    2.研究方法

     まず業種別の特徴を捉えるために,熊本県半導体企業を半導体製造企業(主導企業・サプライヤー企業),半導体製造装置企業(主導企業・サプライヤー企業),半導体設計サービス企業という3種類に分類した。半導体製造企業・製造装置企業の「サプライヤー企業」と半導体設計・サービス企業9社を対象として聞き取り調査とアンケート調査を実施し,熊本県庁産業支援課の担当者にも聞き取り調査を行った。そして,公表資料と独自調査に基づいて,各企業の発展過程と企業間連関の実態を把握した。

    3.産業集積の発展と企業間連関

     熊本県の半導体製造業は進出主導企業に依存しており,地元企業が主に主導企業のサプライヤーとして半導体産業のGPNに参入している。半導体製造装置産業では,主導企業が進出企業だけでなく,地元主導企業もGPNを構築しており,存在感が強い。製造装置のサプライヤー企業が主導企業のGPNに参入し,主導企業に随伴して海外進出することも多くある。半導体製造業と半導体製造装置産業の地元企業は,九州内との連関が多い。半導体設計・サービス産業は規模が小さく,九州外・海外との連関が多い。

    4.今後の展望について

     熊本県の半導体産業集積の特質として,地元産業集積の構造における業種の偏り,地元半導体製造企業の顧客開拓・技術開発を阻む壁の存在,企業分布の地域格差,海外進出,人材確保の難しさ,の5つの点が把握された。また,TSMCの進出・国際情勢などにより,半導体産業集積の発展とGPNの構造変化が起こっている。熊本県の半導体産業集積に及ぼす影響を把握し,半導体産業集積の今後の展望と発展に向けて,地元企業の自立化促進,海外進出・人材育成への補助,立地分散政策の策定,地元前工程企業の育成などの方策を検討した。

    参考文献

    Coe, N. M. and Yeung, H. W-C. 2015. Global Production Networks: Theorizing Economic Development in an Interconnected World, Oxford: Oxford University Press.

  • ―陝西省呉起県李溝村の事例―
    李 為霖
    セッションID: 516
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 背景と目的

     黄土高原では,土地劣化を緩和させるため,1998年から,25度以上の急斜面耕作地を放棄して植林する「退耕還林」プロジェクトが開始された。同時に,「改革開放」政策以来の内陸部と沿岸部の経済格差を緩和し,植林地管理の主体となる農家が持続的に植林地を管理できるよう,農村開発が進められた。これまで,植林の進行にともない,作付けされた農産物の変化や農村経済の変容が研究された。しかし,対象地域は,元々農業生産に適した地域が主であり,検討された時期は,退耕還林初期や,2015年までの第一期末期に集中していた。原ほか(2017)は退耕還林以後,河岸地域におけるトウモロコシ栽培とビニールハウス栽培の経済効果を検討し,丘陵奥地が経済的劣位にあることを指摘した。本研究は,丘陵奥地において,2015年に退耕還林第二期の事業が開始以後も含め,農家の所得向上が達成しているか,明らかにすることを目的とした。

    2. 対象地域と研究方法

     陝西省呉起県では,退耕還林が最も推進された。対象地域である李溝村は,長官廟鎮という呉起県を構成する九つの郷鎮の一つに位置している。地形的には黄土丘陵の奥地,標高1,300m~1,750mにある。2023年現在高齢化率が42.5%であり,30歳以下の人口は皆無に近い。

     本研究は,退耕還林前後における農家生業構造の変化,2023年現在の土地利用,世帯経済を明らかにするため,李溝村の中にある興庄湾と李溝組という二つの集落にて聞き取り調査した。さらに退耕地における植生の種類やその経済的効果を考察した。

    3. 結果と考察

     丘陵奥地に位置する二つの集落では,いずれも退耕還林政策の影響を受け,主な農産物が従来のコムギ,ソバなどの穀物生産からより経済的効果を持つリンゴ栽培に変化した。さらに退耕地に植えられているヤマアンズやヤマモモなどの果実を収穫することにより,農家の所得向上が見られ,人為的な植生回復と生活の質向上が同時に達成されていることも明らかとなった。

     リンゴ生産について,従来経済的劣位にある山頂台地に位置する興庄湾ではリンゴ栽培に適した自然条件を持ち,その産業の発達により農家所得の向上が見られた。一方,従来経済的優位にある河岸地域に位置する李溝組では,リンゴ生産の発展が遅れ,リンゴの耕作放棄地が増加した。その結果,産業発展に適した自然条件を持つ興庄湾の農家平均収入が李溝組を上回った。

     つまり,退耕還林後,経済的優位性を持つ地域は,単に地形や水文など自然的な条件だけでなく,自然条件や社会条件に適した新たな代替産業の開発を行うことで,従来貧困であった集落においても経済的優位性を持つことが可能になったといえる。

                    参考文献

    原 裕太・浅野悟志・西前 出 2017. 黄土高原・陝西省呉起県農村における河岸地域の経済的優位性:呉倉堡郷の行政統計表を用いて. 地理学評論 90A:363-375.

  • 細井 將右
    セッションID: 411
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    アグスチン・コダッシ(1793-1859)はイタリア生まれでベネズエラ、コロンビアで地図作成で活躍した砲兵将校。1830年ベネズエラ政府は、ベネズエラの地図・地誌・統計表の作成をコダッシに委託した。彼は1839年にその作業成果を政府に提出した。

    地図は別に『ベネズエラ自然政治アトラス』として纏めており、本書は地誌・統計表から実用的な情報を要約して纏め、パリで1841年に印刷された。国全体の自然地理、政治地理、13州の州別地理から成る。目次を含め648ページ。地図・図は無いが、枠付きの表が60余り、他に枠の無い表が多数ある。表にも文章構成にも番号が付いていない。

    ほぼ同時期の我が国幕府昌平坂学問所による地図・絵付きの2倍ほどの大部の『新編相模国風土記稿』が表無し精神文化重視に対し、本書は国土と人間活動を実用的観点から、つとめて数量的総合的に捉え、政府施策の参考資料としている。

    本書によると、1838年前後時点で、人口は概略95万人、うち、インディオ22万、白人26万、混血41万、奴隷5万。カラカス869mの気温は、最高22.22度、最低16.67度、平均19.45度。栽培作物は、産額で1位トウモロコシ、2位コーヒー、輸出額で1位コーヒー、2位カカオ。貿易額は1位合衆国、2位英国、旧宗主国のスペインは6位ぐらいである。

  • ―北海道東川町を事例として―
    河村 光
    セッションID: 644
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに 日本では,水道によって水を供給する生活用水システムが普及している。水道は水系伝染病の防止を目的として,主要都市から整備され,高度経済成長期を経て全国的に整備され,普及した。水道の整備により生活用水における水利用は,利用者が直接,近在の水源から取水する従来の形態から,公的機関が近在の水源から取水し,利用者に供給する形態に移行した(肥田: 1995),さらに,山間部に建設されたダムなどの遠くの水源から取水し,より広域の利用者に供給する形態へと移行した。こうした水利用形態の移行により,水の管理をになう主体も水を共同して利用する地域社会組織から水道を運営する公的機関へと移行した。 水道による水利用形態における水源の近い水から遠い水への移行は水道広域化によるものである。水道広域化は,高度経済成長期における水需要の増加に対応するための水資源開発のなかで進められた。水資源開発を推し進めるため,公的機関による水の管理が強化され,水の管理は公的機関によって一元的に行われるようになった(森滝: 1982,嘉田: 2002)。水需要減少期に入った現在,水道広域化は,水道事業における料金収入が減少と老朽化施設の更新によるコスト増加という課題に対応するための政策として進められている。 こうした水道事業経営の課題を背景に,地域による水の管理をもとに生活用水システムの再構築が求められている。そのためには,地域においてどのように水を管理するのかが課題となる。本発表では,この課題について従来の水利用形態を継続している事例をもとに考える。研究対象地域は北海道上川郡東川町である。Ⅱ 東川町における水道事業の沿革 東川町では水道が整備されておらず,ほとんどすべての住民が個別に設置した井戸から地下水を汲み上げて,生活用水として利用している。こうしたなかで,農業における水需要の増加と市街地での井戸枯れの発生を背景に,ダム開発により水源を確保し水道を整備することが計画された。しかし,ダム建設が遅れたことにより,水道事業計画が見直され,水道の整備は休止となった。Ⅲ 生活用水源としての地下水の管理 水道事業計画の見直しを契機に,地下水の管理が開始された。町では地下水位の計測と町内の全世帯を対象とした水質検査をはじめとする地下水の量的・質的な管理を行っている。また,既存井戸の改修にかかる費用を補助する制度を整備するほか,他自治体と地下水管理の取り組みについての意見交換を行っている。他自治体との意見交換は地下水の保全と採取規制を盛り込んだ条例の改正につながっている。地下水管理の取り組みが行われる以前から,町では基幹産業である農業に由来する農村景観を保全する取組みが行われている。そのため,人口減少防止策として行われた土地開発公社による宅地開発では,農業および農村景観への配慮がなされた。これによって,人口増加による水需要の増加が抑制され,地下水の過剰利用によって生じる問題が防止された。 こうした行政の取組みのほか,農協では生産する米の品質向上およびブランド化を目的に,農薬の使用をできるかぎり少なくする取組みを行い,農薬による地下水の汚染を防止している。住民は,各家庭に設置された井戸の管理のほか,利用する水を汚さないように配慮するなどの取組みが行っている。Ⅳ おわりに 以上のように東川町では,従来の水利用形態を継続しているため,自治体を中心に在来水源である地下水が管理されている。生活用水システムを再構築するうえでは,在来水源を管理する自治体の役割が重要となると考えられる。

  • ―法務省地図データおよび土地台帳などの活用による分析―
    山元 貴継
    セッションID: 609
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    報告の背景と目的

     本報告で注目する現・鹿児島県南薩地域に限らず,農耕条件が必ずしも良いと言えない地域では,村落内の農地などを住民どうしで分け合うとともに,それらの配分を一定年限をもって割り替えるという「地割制度」がみられやすい.さらに,島津藩領の一画を占めていた同地域においては,住民管理制度でもあった「門」と「地割制度」とが結びつき,通常2~4の名子家部で構成された「門」ごとに均分された土地「門地」が割り当てられ,それらを不定期的に割り替える「門割」制度が,明治期に入っても強く維持されてきたことが指摘される(『開聞町郷土誌』).

     こうしたことから,「門割」の実態と,同制度が各地の村落構造にいかなる影響を与え続けていたのかという分析を進めたいところで,南薩地域においても,いわゆる「国土調査」以前の地籍資料は,精度があまり良くない.そうした中で,2023年1月から法務省によって一般公開されるようになった地図データは,これまで多くの手間と時間とを必要としてきた「国土調査」以前の地籍資料のGISデータ化を,比較的容易にすることとなった.

     そこで本報告では,それらのデータをもとに南薩地域の村落構造の一端を明らかにした上で,その構造に「門割」がどのように関わっていたのかについて分析を試みた結果を示す.

    法務省地図データなどの活用による地籍資料の精査

     Webを通じて公開されるようになった法務省地図データのうち,とくに注目されるのは,地筆線シェープファイルである.依然として国土面積の半分程度にとどまるものの,「国土調査」完了地域について公開されているファイルを活用し,過去の分筆により加筆された地筆線などを消去していくと,特定時期についての地筆線シェープファイルが作成できる.また,合筆や耕地整理で過去の地筆線が分からなくなっていた場合でも,現行地筆線シェープファイルをもとに幾何補正した米軍空中写真や,いわゆる「公図」をもとに地筆線データを加筆することで,特定時期についての地筆線シェープファイルが復元できる.

     こうした作業により作成したデータを用いると,ポリゴンとして示される各地筆の面積が即座に求められる.また,土地台帳をもとにした各地筆についての土地所有データベースと対応させることで,特定時期の土地所有関係も詳細に分析される.

    明治20年代における旧頴娃郡仙田村の空間構造

     分析対象とした旧頴娃郡仙田村(現・指宿市開聞町大字仙田)は,カルデラ湖となっている池田湖南側に位置し,その外輪山外側南斜面とその下方に広がる.そのうち集落は,いわゆる「シラス台地」上に展開され,同村東西端は,現地で「迫(サコ)」と呼ばれる,侵食によって形成された,その両側が急崖となっている狭い谷までとなっている(図1)

     こうした地形的条件のもとで,同村は明治20年代の時点で,「シラス台地」上でも火山岩が露出した一画を中心に約300坪あるいは500坪前後の面積に揃った宅地(屋敷地)を配し,その周囲の台地上と,北側の斜面を広く畑作地とする土地利用を見せていた.そして,わずかばかりの水田が「迫」底の低地にみられた.ほかに,台地上の残丘とみられるところが墓地とされていた.

    「門割」に注目して見た旧仙田村の空間構造とその後

     GISを用いて明治20年代以降の旧仙田村における土地所有関係を,所有者別の所有面積も算出しながら確認した.その結果,同村においては台地上で,同じ「門」に由来するとみられる同一姓の所有者による約300坪あるいは500坪のいずれかに揃った面積の宅地(屋敷地)が寄り集まり,さらにそれらの宅地群が組み合わさってというクラスター状の構造をもって,集落が構成されていたことが明らかとなった.

     一方で,同じく台地上で集落の周囲に広がる畑については,同じ「門」を構成していたとみられる土地所有者による畑を合わせた面積が,それぞれ計2~3町歩で揃いやすくなっていた.それらの面積は,各「門」の構成者とみられる土地所有者の多少とは関係が少なかった.ただし,それら各「門」の畑作地の位置は,「門」により,各「門」構成者とみられる土地所有者の居住宅地に隣接する場合と,大きく分散する場合とに分かれた.そして,これら畑作地とは完全に無関係に,「迫」の底の水田は細かく短冊状に分割され,各「門」に所有される形となっていた.

     このうち,各「門」構成者とみられる土地所有者の居住宅地に隣接する畑作地の分割と,その子孫とみられる人々の居住宅地への転換を経て,現在の一帯の村落構造が形づくられた.

    文献 開聞町郷土誌編集委員会 1973. 『開聞町郷土誌全一巻』開聞町郷土誌編集委員会.

  • 德安 浩明
    セッションID: 612
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    たたら製鉄は20世紀初頭に一度廃絶したものの、砂鉄採取業である鉄穴流しは1972年まで奥出雲地方において行われていた。本発表では、奥出雲町三沢地区における砂鉄採取業の実態について報告する。20世紀後半の三沢地区では楮谷と雑家において鉄穴流しが行われていた。鉄穴流しは、鉱業権をもつ鳥上工場が経営し、その労働を近隣農民からなる2つのグループが請け負っていた。その一方で、稼業時の写真を提示しつつ、砂鉄採取業の工程や施設を明らかにした。そして、選鉱場の所在地と、砂鉄採取によって大規模な地形改変が引き起こされた実態を地図に示した。

  • ドイツの地理教育の分析
    阪上 弘彬
    セッションID: S204
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    地誌学習は小学校から高校に至るまでどのような連続性のもとで構成され,また地誌学習は何のために,何を,どのように教えられるべきか.上記の問いを考えるため,本発表ではドイツの地理カリキュラムの実態を報告する.なお発表では,ラインラント=プファルツ州(以下,RP州)における初等・中等地理カリキュラム(Ministerium für Bildung, Wissenschaft, Weiterbildung und Kultur RP, 2015, 2021, 2022)を取り上げる.

    2.ドイツの地理教育における地誌学習

    地理教育では地誌に相当する用語は主に地域地理Regionalgeographieが用いられ,「地球表面の特定の部分空間または国家,州,州の一部もしくはより広い関連ある空間ないしは文化的部分のような社会的空間構造の研究および説明」を意味している.また中等地理教育を対象とした『ドイツ地理教育スタンダード』(DGfG 2017)では,コンピテンス領域「空間定位räumliche Orientierung」において地誌に関連した知識や技能のスタンダードが設定されている.

    3.初等教育および中等教育における地誌(的)学習

    初等では地誌的学習は,統合的教科の事実教授Sachunterrichtの中に位置づけられる.初等の地誌的学習の方向性としては,現実,仮想,私的,公的空間Raumの相違点,特徴的な空間的事象の把握を通じて空間を探検,気づく,その中での自身の位置がわかること,が示される. RP州では中等教育前期と後期を通じて地理,歴史,日本の公民的分野に相当するゾチアルクンデSozialkundeが統合された教科が採用される.前期中等教育において5/6学年では特に空間的体系,7/8学年では地図コンピテンスと空間認知,9/10学年では空間認知と空間構築が中心となり地誌学習が設計される.一方後期中等教育では,地球的課題をテーマにカリキュラムが構成され,地誌に直接かかわる学習領域は設定されていない.しかしながら,事例空間やそのスケール選択において偏りが出ないような配慮がなされている.

    4.暫定的な結果

    初等教育から中等教育にかけてドイツの地理教育は,「人間―環境関係に気づき,分析し,評価する,そしてこれに基づく空間に関連した行為コンピテンスを発展させ,実行に移すことができる人物の育成」(Hemmer 2013, S.99)を目指す.その中で地誌(的)学習は,初等教育では空間を学ぶことに関する導入的な学習,前期中等教育では学年が進行することに空間を認知・構築する学習が重視され,後期中等教育においては地誌に関わる学習は設定されていないが,事例空間の選択肢を示すことで学習で扱う空間に偏りが出ないようになされている.またカリキュラムの連続性については,①同心円的拡大よりもさまざまな空間およびそのスケールの選択,②コンピテンス志向による各学校段階で重視される学習目的および学習プロセスの違い,などが見受けられた.

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