日本地理学会発表要旨集
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  • 西川 穂波, 白岩 孝行
    セッションID: 848
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     北海道,知床半島沿岸には人為起源の漂着物が多数確認されており,これまで回収作業やボランティアによる海岸清掃が行われてきたが有効な対策はいまだ見出されていない (知床財団,2010).特に漂着量が多いとされる半島西側に位置するルシャ地区海岸には流木や漁網,ペットボトルなどが数多く堆積している.この海岸は野生動物の生活圏の一部であり,沿岸域は漁業や観光に利用されている.河川や海を通じて海岸に運ばれたごみは海岸上で滞留,あるいは海洋中に再び排出されると考えられる( Olivelli et al., 2020 ).よって,生態系への影響や海岸の景観,海洋汚染の観点から漂着物は早期に回収されることが望ましい.本研究では効果的な回収計画の提案に向けて、海岸上での漂着物分布や季節的な変化を明らかにした.

    2. 方法

     本研究ではRTK-UAV( Real Time Kinematic-Unmanned Aerial Vehicle )を用いてSfM多視点ステレオ写真測量( Structure–from-Motion/Multi-View Stereo Photogrammetry )を行った.撮影は2021年10月12日から2023年6月14日の期間に計3回行った.撮影画像からSfM/MVS処理により海岸の 3 次元モデルを構築し,DSM ( Digital Surface Model )およびオルソ画像を作成した.海岸の西部,中央部,東部において,各オルソ画像から漂着物の分布と面積を調べた.調査期間中はタイムラプスカメラによって海岸の連続撮影を行った.また,地形断面測量から漂着物の層厚を求めた. 3. 結果・考察

     海岸の西部,中央部において,漂着物は後浜から背後の植生域まで広く堆積していた.東部では漂着物は後浜にまばらに存在し,堆積域は西部,中央部より小さかった.また,地形断面測量の結果より,漂着物は海岸中央部で最大1 m 程度堆積しており漂着量が少ない東部では数十 ㎝ 程度の厚さであることが明らかとなった.調査期間中における漂着物の空間的・時間的変化をオルソ画像から判読すると,西部では堆積域の汀線側で漂着物の堆積域が増加していたが,東部では堆積域が減少していた(図1).網走沖の波浪データによれば,周辺海域は夏期に波浪が弱く、海氷期を除く冬期に波浪が強まる季節パターンがある.設置した1時間間隔のタイムラプスカメラ映像から,2021年12月26日-27日,2022年1月3日-7日,11月14日-15日,12月24日-27日の高波浪期に波が後浜に到達し,新たな漂着物の付加と堆積していた漂着物の流出が確認された.2021年から2022年において,西部では汀線側に堆積域が広がっていたが,中央部では陸域方向に堆積域が移動していたことから,冬期の高波浪は後浜の漂着物に変化を及ぼすが,西部の後浜背後に位置する浜堤に堆積した漂着物は影響を受けていないことが示唆された.

  • Shirou Xiang, Teiji Watanabe
    セッションID: 543
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    The principal aims of geoparks are to preserve geological heritage, disseminate geo-knowledge, and stimulate local economy. Central to achieving these objectives is geoeducation, which deepens the understanding of geological formations and the Earth's natural processes. This research focused on the Tokachi-Shikaoi Geopark and Hokkaido Shikaoi High School, adopting a mixed-methods approach. It included a content analysis of educational resources, particularly evaluating the relationship between the geo-knowledge content of the textbooks ‘Shin-Chikyu Gaku’ and the Tokachi-Shikaoi Geopark. It also conducted qualitative in-depth face-to-face interviews with key informants knowledgeable about geoeducation. The survey results indicated that while geoeducation was effective before 2018, its subsequent discontinuation created a need to revive and enhance its effectiveness. Potential enhancements could include interactive geopark-based activities and fieldwork projects that align with each educational level’s learning objectives. The interviews highlighted the importance of the ‘Geoeducation Program’ and expressed a strong attachment to it and a critical need for teacher training and support.A review of textbooks revealed a lack of sufficient information on the Tokachi-Shikaoi Geopark and geoparks in general. Potential enhancements could include the development of dedicated geopark chapters. This study proposed a partnership framework for geoeducation, engaging geoparks, universities, elementary, junior high, and high schools, as well as other stakeholders. This framework involves utilizing university resources and implementing e-textbooks featuring geopark-related geo-knowledge. Such collaboration ensures that the geopark’s economic contributions are sustainable, thus preventing the depletion of natural resources and environmental degradation. The findings of this study offer valuable insights for improving the quality and impact of geoeducation in geoparks worldwide.

  • 熊谷 美香
    セッションID: S504
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 研究の背景・目的

    近年の災害において高齢者や障害者の犠牲が多いことを教訓に,内閣府は2021年に「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」を改訂した。主な改定内容は,(1)優先度の高い避難行動要支援者についての個別避難計画の作成目標,(2)個人番号を活用した避難行動要支援者名簿・個別避難計画の作成・更新,(3)個別避難計画の作成に関する留意事項への追加記載である。また,「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」も2021年に改定され,(1)指定福祉避難所の指定及びその受入対象者の公示,(2) 指定福祉避難所への直接の避難の促進についての記載が追加された。上記指針およびガイドラインの改定をふまえた対応は市町村が主体となり,地域の特性や実情に応じて取り組むこととなっている。しかし実際の災害発生時の混乱した状況下では,市町村の担当者が地元で持っている知識や経験に依存せざるを得ない状況があり,行政が計画した避難支援,救援活動が災害対応の場面で想定通りに実行されるとは限らない。より効果的な避難,救援活動につなげるためには,平時も含めて地域の特性や実情を把握し,行政が策定した計画の実効性について検討しておくことが重要である。以上をふまえて,本研究では和歌山県新宮市を対象として,地域防災計画で要配慮者の避難支援および救援活動がどのように想定されているかを調査し,計画の実効性および福祉避難所の配置について検討することを目的とした。

    2 要配慮者に対する避難行動支援および救援活動の計画

    和歌山県新宮市は,南海トラフ法第10条第1項に基づき指定された和歌山県の津波避難対策特別強化地域の一つである。新宮市では2022年度に地域防災計画の修正版が公表され,その第4編において南海トラフ地震防災対策推進計画が定められている。指針およびガイドラインの改定,計画の修正をふまえた自治体の取り組み状況は下記の通りである。津波災害・土砂災害警戒区域,洪水浸水想定区域に位置し,災害時,施設利用者の円滑で迅速な避難を確保する必要がある避難促進施設は,障害者施設(n=13),老人福祉施設(n=21),児童福祉施設(n=16),学校(n=7),病院・一般診療所(入院可能施設)(n=3)である。また,避難行動要支援者の名簿作成,個別支援計画作成に関しては,2023年7月末時点で,要支援者数3,983人のうち1,574人(39.5%)の登録申請があり,112人の個別支援計画が作成されている。福祉避難所については,特別支援学校(n=1),高齢者施設(n=14),障害者施設(n=9)の計24施設と協定を締結している。要配慮者への救援活動においては,物資の供給だけでなく福祉的な支援も必要となる。具体的には,(1)福祉用具,育児用品等の確保,(2)在宅福祉サービスの継続的提供,(3)心のケア対策,(4)要配慮者等の施設への緊急入所等の支援活動が計画されている。要配慮者の被災状況やニーズを把握し,支援活動を実施するためには,保健・医療関係者の助言や福祉関係職員等の派遣も必要となる。

    3 計画の実効性および福祉避難所の配置についての検討

    避難支援および救援活動の計画に対して,それらの拠点がどのように配置されているのかを捉えるため,地形などの自然条件,交通や施設立地などの人文条件も加味した地域特性を,GISを用いて描画した。新宮市は津波被害が想定される沿岸部だけでなく,内陸部にも土砂災害等の危険区域が拡がり,それらのハザードエリアと一部の避難所,緊急輸送道路が重なっている。福祉避難所は24施設のうち7施設はハザードエリアに立地しており,これらの施設では災害発生時に避難所として安全性を確保できない可能性が示唆される。その他にも,移送や救援活動のためのアクセスが途絶する可能性のある立地となっている福祉避難所の存在も明らかとなった。今後災害発生を想定した特定条件下でのシミュレーションを行うなど,実効性の確保や計画の修正等,更なる議論が必要となる。

  • 高橋 日出男
    セッションID: P034
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    ◆ はじめに

     地球温暖化などの気候変化に関連し,近年季節や作物生育期間等の長期変化が数多く議論されている。そこでは十分に平滑化された年々の気温時系列に対して様々な気温閾値をあてはめ,季節・期間の開始日,終了日などが求められている(Allena and Sheridan 2016, Park et al. 2018など)。簡便で,ある意味客観的であるが,平滑化された気温年変化に基づく季節の開始日や終了日などの具体的な意味が明確ではなく,季節と大気循環との関係などに議論が展開されにくい。一方で,かつて木村(1963)は,国内の気温年変化は階段状の不連続なものであり,広域的に一斉に起こることを指摘している。また,東京の1地点であるが,統計的に6個の階段状変化を年々の日平均気温にあてはめた岩本・沖(2019)は,変化の期日から季節の長期変化を想定している。気温の年変化自体に存在する不連続的な大きい変化は,より具体的に季節の推移を捉える指標として有用な可能性があるが,気団論では解釈されず擾乱や上層の流れとの結び付きは見出せない(木村 1963)ことや,気圧配置型による季節区分と同期しない(岩本・沖 2019)などの指摘もあり,応用には十分な検討を要する。

     本研究は,気温年変化に認められる階段状の変化(以下,遷移と表現)に着目して,広域的に季節とその長期変化を捉えることを目的とし,まず日平均気温における遷移の気候学的な現れ方(地域性や時期,頻度など)について日本国内を対象に予察的な解析を行った。

    ◆ 資料と方法

     本研究では1901–2020年を対象とし,この期間に日平均気温の統計切断や欠測がない地点を用いる。ただし,東京は2014年に観測露場の移転による統計切断があるが,移転の影響を気象庁による平行観測や近隣アメダスデータによる検討後に接続させて,国内15地点(表1)を対象とした。

     毎年の気温年変化に現れる遷移の検出にあたり,ある日を境とした前期間(TB)と後期間(TA)の各n日平均気温の差(ΔT [℃]=TA – TB)を指標とし,季節の区切りとなり得る年に数回の大きい遷移を抽出する。ここでは n =15 とし,地点毎に全対象期間のΔTについて,95 percentile以上の連続する期間を昇温遷移期間,5 percentile以下の連続する期間を降温遷移期間として,各期間における |ΔT| の最大日を遷移日とした。なお,閏年には2月29日のΔTを使用せず,1年を365日として集計した。

    ◆ 結果

     図1には,120年間において遷移期間となった暦日別頻度(回数)と,それをK-Zフィルター(9日間移動平均を3回繰り返す)によって平滑化した値を,東京と多度津について例示した。東京では4月初めの昇温遷移と9月後半の降温遷移の頻度が高く,両極大は根室・札幌や石垣島を除く各地点で同時期に明瞭に認められる。6月から7月にかけても昇温遷移の頻度が高くなり,東京を含む東~北日本では7月中旬に,多度津など西日本では6月末から7月初めに極大が現れる。11月中旬の降温遷移の極大は,特に北日本において明瞭である。また,やや不明瞭であるが,東~北日本では5月末から6月初めにも昇温遷移の極大が現れる。国内の昇温遷移と降温遷移は,それぞれ3個ないし2個の時期に,ある程度の空間的な広がりを持って認められる(表1)。ただし,各遷移期間の高頻度時期は,従来の気候学的な季節区分とは対応せず,梅雨・夏・秋・冬の開始に1, 2週間ほど先行し,春はその期間中に遷移期間の頻度極大が現れる。

     遷移発生時期の長期変化を概観するために,対象期間を30年毎の4期に分割して遷移期間となった暦日別頻度を求めた。その結果,多くの地点で4月初めの昇温遷移や9月後半の降温遷移に,近年では極大頻度の減少と遷移時期の遅れる傾向が認められた。この傾向は,遷移日後期間の平均気温(TA)によって遷移の季節を分類した場合に,大きい遷移(|ΔT|の上位25%)を示した春への昇温遷移日や秋への降温遷移日の経年的な遅延傾向としても認められる。

     今後は,アジアや世界における気温の遷移時期を求めて空間構造を把握するとともに,遷移に対応する循環場の変化を抽出し,気温の遷移と循環場の変化とを組み合わせて季節の長期変化を考えたい。

  • 坂本 優紀, 山下 亜紀郎
    セッションID: P088
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.研究目的

     都市内の水辺空間に関しては,近年,その重要性が再認識され,親水空間としてハード・ソフトの両面から活用が期待されている。一方,水辺空間には事故や怪我などの危険性が潜み,特に子どもの利用に規制を設けている地域が多数みられる。これは,大人による子供の利用空間の制限であり,こうした規制は大人による地域や場所の捉え方と理解できる。

     そこで本研究では,子どもの水辺空間の利用を明らかにすることを目的とし,それにより地域社会の水辺空間に対する認識を検討したい。本研究の対象地は静岡県三島市である。三島市は,市街地を源兵衛川など複数の河川が貫流し,行政や住民により積極的に水辺空間の整備や保全活動がなされている地域である。

    2.調査の概要

     本研究では子どもの水辺空間の利用形態と場所を明らかにするため,アンケート調査と現地での観察および教育関係者への聞取り調査を実施した。

     子どもが利用できる範囲は学区により制限を受けるため,本研究では複数の河川が流下し,親水空間が整備されている場所を学区に含む三島市立北・西・南小学校の三校の5年生にアンケート調査を実施した。アンケート調査は2023年10月に各学校の教員を通して配布・回収を行った。北小および西小は授業中にアンケート票の配布と回収を行い,南小は学校でアンケート票を配布し,自宅で回答して提出してもらう形式とした。アンケート調査では,地図上によく利用する水辺を3地点まで示してもらい,その地点での行動と同行者,利用季節等を回答してもらった。その結果,258人中201人の回答を収集した。各学校の回収数は北小が100人,西小が53人,南小が48人となった。なお,各学校の児童数はそれぞれ108人,58人,92人であり,北小と西小はアンケート調査当日に出席していたほぼ全ての児童から回収できた。一方,南小の回収率は52%であった。また,一人3地点まで回答をできるようにしたため,総回答数は421であった。

    3.結果

     アンケート調査の結果,水辺空間を利用すると回答した人数は北小が30人,西小が33人,南小が31人の合計94人(47%)であり,約半数の児童が水辺空間を利用していることが明らかとなった。具体的な行動では,水遊びや魚取りなどの直接水に入る行動と,散歩や動植物の観察といった水に入らない行動の二種類が挙げられた。前者は80人が回答しており,直接的な利用をしている児童が多いといえる。 利用する地点については各小学校の学区に制限を受け,北小は上岩崎公園,西小は清住緑地,南小は中郷温水池周辺で30%を超える児童が利用していることが明らかとなった。ここで水辺空間の利用地点に着目すると,北小と西小では源兵衛川の上流部での利用が最も多く,それぞれ15人,と22人であった。一方,南小では源兵衛川の上流部の利用は12人であり,中流部の中郷温水池で最多の24人の回答があった。以上の結果より,本研究で対象とした児童の多くが利用する水辺空間は源兵衛川であることが示された。上記の内容は,現地観察の結果とも一致している。

     一方,三島市においても子どもの利用に際して制限が設けられていないわけではなく,桜川の流れが速くなる地点では利用を禁止する案内が夏季のみ掲示されるなどの取組みもみられる。こうしたことから,子どもの利用場所においては,大人によって安全な範囲が決められているものといえよう。ただし,その範囲は限定的である。また,子どもの利用においては,水質等の問題も重要となるが,三島市の河川では良い水環境が維持されていることも,利用を可能にしている。

     以上より,三島市における子どもの水辺空間利用については,直接水に入る利用が多く,その背景には地域社会が水辺空間を子どもの遊び場として肯定的に捉えていることがあると考えられる。

    付記

    本研究は,「公益財団法人国土地理協会2022年度学術研究助成(代表者:山下亜紀郎)」を得て実施したものである。

  • 東京への離家,学生生活,そしてキャリア
    栗林 梓
    セッションID: 633
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

     大学寮の存続意義は,その廃寮とともに語られることが多い.実際に,過去から現在に至るまで,駒場寮,泉学寮,吉田寮など,大学寮の廃寮めぐる議論は後を絶たない.

     大学寮の廃寮については,すでに多様な論点が提示されており,とりわけ空間的,社会的に重要な論点のひとつに教育機会の均等が挙げられる(例えば,萩尾2000).学術的にも,教育機会の地域間格差が存在する現状において(川田1992),低廉な大学寮が教育機会の均等化に必要であるとの主張がなされている(例えば,小林2005; 日下田2006).しかし,大学寮は,廃寮,高級化という課題を抱えている.社会的,学術的に⼤学寮に注⽬が集まる中で,教育機会の均等の実現に向けて⼤学寮が果たす役割について議論するためには,どのような社会経済的な背景を有している者が⼊寮しているのか,そして彼ら/彼⼥らからみて⼤学寮にはいかなる可能性と課題があるのかを明らかにしなければならない.一方で,そのようなデータに基づく議論は管見の限り乏しく,高田(2008:15)の言葉を借りれば,「『〇〇』寮史という編年史が編まれることはあっても,学生寮自体が研究対象になったことは意外に少なかった.」という状況にある.本研究の社会的,学術的価値とはこの不⾜を補い,先⾏研究が指摘する教育機会の均等という⽂脈における⼤学寮の存続意義を具体化する点にある.

    Ⅱ 研究目的・方法

     以上を踏まえ本研究の⽬的を⼤学寮の展開と運営・利⽤実態を明らかにし,教育機会の均等という⽂脈において⼤学寮が有する可能性と課題を探求することとする.

     対象としては東京大学の宿舎Xを選定した.当該大学は地方圏出身者が,自身の学力や関心,キャリアを考慮して進学する大学の1つと考えられる.また,重要なことに,宿舎Xの寄宿料は全国の大学寮の中でも最も安価な部類であり,低廉な大学寮が教育機会の均等化に有する空間的,社会的な含意を議論する際に着目すべき事例である.なお,「旧寮」「新寮」「新規格寮」に分類される大学寮のうち,宿舎Xは「新規格寮」に該当する.

     調査方法としてはアンケート調査を用いた.アンケートの作成にあたっては,東京大学が実施する『学生生活実態調査』(2021年度)の質問項目に倣った.具体的には,調査対象者の基本情報,社会経済的条件,大学進学,学生生活,希望するキャリアなどについて尋ねた.当該調査に倣うことで,宿舎Xの学生の特徴を東大生全体や全国の学生の中で相対化することを目指した.なお,対象者を日本人学生に限定した.回収数は112(回収率53%)であった.

    Ⅲ 結果および当日の議論

    (1)宿舎Xは,東京⼤学の学⽣と⽐較しても,世帯収⼊や学⽣⽣活費の負担といった点において,社会経済的には恵まれない者の受け⽫となっていることが明らかとなった.しかしながら,宿舎⽣の⼊学動機や希望するキャリアは東京⼤学全体の学⽣と⽐較しても変わらなかった.これらの点を踏まえると,宿舎Xは,社会経済的には恵まれないが,希望するキャリアを切り拓こうとする者,とりわけ地⽅圏出⾝者の学⽣⽣活の拠点となっている.

    (2)宿舎Xは経済的側⾯において宿舎⽣から高い評価を得ていた.しかしながら,それ以外の側⾯については,相対的に低い評価であることが明らかとなった.その背景として新規格に準拠した⼤学寮の建て替えが進み,寮を管轄する制度や建物構造が変化したことがあり,結果として寮⽣間の「交流・親睦」「宿舎内の充実度」といった,とりわけ⼼理的側⾯に関する項⽬の評価は低くなっていた.

     教育機会の地域間格差が解消されるべき問題であることは論を俟たない.このような文脈において,社会経済的に恵まれない地方圏出身者が,その能力を活かすべく宿舎Xで学生生活を送り希望するキャリアに向けて歩んでいることは,教育機会の均等化における低廉な大学寮の存続意義として,強調してもしすぎることはない.

     しかしながら,大学進学における離家の負担は経済的負担に限定されない.人間関係の再編や親からの物質的・精神的サポートの欠如,住み慣れた環境からの離脱などは離家の心理的負担として考えられる(石黒ほか2012).大学寮の新規格化に伴い,食堂をはじめとする宿舎生が集う共同空間を縮小・排除したことの顛末は,宿舎生に「弱み」として指摘される項目の多さと無関係ではないだろう.

     発表当日は,先行研究で指摘されている教育機会の均等化を阻む要因と,大学寮の歴史及び本研究の結果を引きつける形で,低廉な大学寮の存続意義について議論を展開する.また,本研究で対象とした,大都市圏に進学して学生生活を送りつつも,多様な不利性を抱える地方圏出身者が,社会的,学術的に不可視化されることの問題について検討する.

  • 杉山 博崇, 奈良間 千之
    セッションID: 811
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     高山帯における落石や岩盤崩落などの急速なマスムーブメントは,高山景観を変化させる重要な地形形成プロセスであるとともに,災害を引き起こす要因となる(Varnes,1978;Rosser et al., 2007).飛驒山脈の後立山連峰に位置する杓子岳では,2005年に2名の死傷者を出した崩落が生じた(苅谷ほか,2006).このような登山事故を減らすには,中部山岳の岩壁の削剥過程の理解を深める必要がある.

     苅谷ほか(2006)は,杓子岳北東面に節理の粗密があることから,節理密度に依存した差別的な削剥(岩船,1996)の可能性を示唆した.しかしながら,現地踏査の困難さから,中部山岳では崩落前後の節理密度や引張亀裂を含む削剥過程の観察は限定されており,長期のモニタリングもほとんど実施されていない.

     そこで本研究では,杓子岳北東面の岩盤斜面を対象に3D点群データを用いた地形解析をおこない,1976年~2023年の47年間の削剥過程を明らかにすることを試みた.

    2.地域概要

     杓子岳北東斜面の天狗菱北側の岩峰は,新第三紀中新世に白馬岳層に貫入した珪長岩で構成される(中野ほか,2002).また,珪長岩は変質の程度によって強度に違いがあるものの,節理が発達し崩れやすく,2005年に2名の死傷者を出す崩落が生じた(目代,2005;小森,2006).本研究室が白馬岳頂上宿舎(2730 m)に設置した気温計は,2021年9月1日~2022年8月31日に年平均気温-1.6℃を記録した.

    3.研究手法

     2005年に生じた杓子岳北東面の天狗菱北側の岩峰を対象に,SfM-MVSソフトのContext Capture(Bentley Systems社製)を用いて,空撮画像から3D点群データを作成した.使用した画像は,1976年(国土地理院)と2004年(林野庁)の空中写真,2015年~2023年にかけて研究室がUAVやセスナ機で撮影した空撮画像である. 節理密度による削剥速度の違いを明らかにするため,対象域において,傾斜と方位がほぼ同じだが節理密度に違いがある岩壁①と②(②は2005年崩落箇所)を対象に節理密度と削剥過程を調べた.ArcGIS(Esri社製)で2019年の岩壁のオルソ画像を用いて,1mメッシュにかかる節理数から節理密度を算出した.岩盤の地形変化については,Mierre(中日本航空)を使用し,多時期の3D点群データの比較から変化量を算出した.

    4.結果

     岩壁①では,1976年~2023年にかけて継続的に削剥が生じ,岩壁は約20m後退した.2015年~2016年には岩壁下部が削剥され,2017年~2018年にオーバーハングした上部が崩落するという連続的な削剥過程を確認した.岩壁①では節理が岩壁全体で発達するが(2.0本/m2),2019年~2023年に生じた削剥は,岩壁①の節理密度が特に大きい箇所(2.4~2.6本/m2)でのみ確認された.

     岩壁②では,1976年~2023年の岩壁の後退量は岩壁①と同様に約20mであった.しかし,2004年~2015年の後退量が期間全体の後退量のほとんどを占めており,連続的な削剥で現在の位置に達した岩壁①とは違っていた.岩壁②は,節理密度の小さい上部の岩盤ブロック(0.4本/m2)と節理密度の大きい下部(3.9本/m2)で構成されており,下部では毎年のように継続的な削剥が生じていた.また,上部の岩盤ブロックの上方では開口した後背亀裂があり,2023年に拡大していた.この亀裂と同じ走向をもつ後背亀裂が,2005年崩落前の2004年の岩壁②でも確認された.

    5.考察

     岩壁全体に節理が発達する岩壁①では,節理密度の大きい箇所で削剥が進むが,オーバーハング地形が形成されても高い頻度で崩れていた可能性がある.一方,節理の密度差が大きい岩壁②では,節理密度が小さい箇所が一度に崩落するため,大きな崩落が生じる可能性がある.この場合,岩壁上方の後背亀裂の拡大が確認され,重力変形をともなう不安定化も崩落の前兆現象として判断できる.このように岩壁②は大きな崩落で岩壁①と同等の削剥速度を保っていた可能性がある.後背亀裂を境に切り離される岩塊(比高38m)の体積は3×103m3以上であることが推定された.

  • 穂積 謙吾
    セッションID: 503
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    日本の海面魚類養殖業における生産額(以下,養殖生産額)は,高度経済成長期から1990年代前半にかけて急速に拡大したが,その後は停滞が続いている。しかしながら,海面漁業生産額は一貫して減少しているのに対して,養殖生産額は1990年代後半以降も相対的に維持されている。 1990年代後半以降の海面魚類養殖業を対象とした漁業経済学や漁業地理学の研究は,特定の地域の経営体の経営維持についてフィールド調査を通じて明らかにしたり(穂積 2024など),主要な生産県における経営体の構成の変化について漁業センサスの分析を通じて明らかにしたりした(佐野 2021など)。しかしながら,1990年代後半から現在にかけての,海面魚類養殖生産額(以下,養殖生産額)の維持について統計的に検討した研究は,管見の限り見当たらない。そこで本研究では,漁業関連統計の分析を通じて,1990年代後半以降の養殖生産額がどのように維持されてきたのかを明らかにすることを目的とする。 資料と方法 本研究では,漁業センサス,漁業・養殖業生産統計,漁業産出額を使用した。漁業センサスは西暦の末尾を3および8とする年に限り実施されることから,本研究では1998年と2018年を分析の対象とした。なお,2018年の漁業センサスの一部は,農林水産省による提供を無償で得たものである。

     以上の統計を踏まえ,日本全国と各都道府県を対象として次の4つの値を算出した。第1に,1998年と2018年における魚種別(ブリ類,マダイ,ヒラメ,その他魚種)の,養殖面積を10,000㎡以上とする大規模経営体による生産額(以下,大規模経営体生産額)と,10,000㎡未満とする中小規模経営体による生産額(以下,中小規模経営体生産額)である。第2に,養殖生産額の増加に対する,各魚種の大規模経営体生産額と中小規模経営体生産額の増減の寄与率である。第3に,各魚種の大規模経営体生産額と中小規模経営体生産額のそれぞれの増減に対する,経営体数と1経営体当たり生産額の変化の影響度である。第4に,各魚種の大規模経営体と中小規模経営体における1経営体当たり生産額の増減に対する,1経営体当たり養殖面積と1㎡当たり生産量と単価の変化の影響度である。

     全国単位でみると,ブリ類の大規模経営体生産額とマダイの大規模経営体生産額とその他魚種の生産額において,養殖生産額の増加に対する寄与率が卓越していた。いずれの魚種においても,生産額の増加に対する影響度としては1経営体当たり生産額が経営体数を上回っていた。1経営体当たり生産額の増加に対しては,ブリ類とマダイの大規模経営体のいずれにおいても,1㎡当たり生産量の影響が卓越していた。 都道府県単位でみると,ブリ類の大規模経営体生産額については鹿児島県と大分県と宮崎県において,マダイの大規模経営体生産額については愛媛県と熊本県において,その他魚種の生産額については長崎県と鹿児島県と宮城県において,養殖生産額に対する寄与率が卓越していた。このほか,ギンザケと考えられる宮城県のその他魚種や愛媛県のマダイにおいては,中小規模経営体生産額による寄与率が卓越していた。各魚種の生産額の増加への影響としては,熊本県のマダイの大規模経営体生産額を除けば,1経営体当たり生産額が経営体数を上回っていた。1経営体当たり生産額の増加に対しては,鹿児島県のブリ類養殖と愛媛県および熊本県のマダイ養殖の大規模経営体においては1㎡当たり生産量の影響が卓越していたが,1経営体当たり養殖面積や単価の影響が卓越していた都道府県ないし魚種も確認された。

     近年の海面魚類養殖業では,損益分岐点の上昇に伴い経営維持に向けては生産額の増加が求められていることから(小野 2013など),残存経営体が実際に生産額を増加させている可能性は高い。したがって,全体の養殖生産額の増加に対しては,主要産地の大規模経営体による生産額の増加が大きく寄与しているといえる。合わせて,宮城県のギンザケ養殖や愛媛県のマダイ養殖といった,国内市場で一定のシェアが確立されている魚種における中小規模経営体による生産額の増加も,養殖生産額の増加に寄与していると考えられる。ただし,同一の経営体規模や魚種であっても,経営体が養殖面積と単収と単価のいずれを増加させながら生産額の増加を実現しているのかは,地域間で異なっているといえる。その背景事情としては,養殖面積の拡大に影響を及ぼす漁場利用の状況や,単価の上昇に影響を及ぼす市場シェアの地域差があると推察される。

  • 伊藤 直之
    セッションID: S401
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.本シンポジウム企画の背景・目的

    「ジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities) 」プロジェクトは欧州を中心に展開し,パートナーの志村・伊藤を介して日本に影響を与え,プロジェクトの第2段階(強力な学問的な知識を示すヴィネット開発など)が日本でも進展した。その一方で,第3段階(授業実践を通した社会正義への寄与)の取り組みについては欧州で一定の成果を生み出しているものの,日本では未着手といえる。具体的には,ヴィネットをもとに教師がいかに再文脈化し,パワフル・ペダゴジーを用いて授業実践へと結実したか,そして,授業実践についてのいかに省察したかについては,これまでに取り組みがなかった。そこで,今回,このシンポジウムでは,プロジェクト第3段階の日本版として,歴史を含めた「地理歴史科」を念頭に,カリキュラムやペダゴジーをめぐる検討を多方面から行うことを目的とする。

    2.基調講演

     シンポジウム冒頭では,欧州でのプロジェクト第3段階の取り組みに関与したユトレヒト大のベネカー・タイン教授を日本に迎えて,「地理教育における「知識」の接続~GeoCapabilitiesの視点からの考察~」をテーマに基調講演をしていただく。オランダの学校教師との協働的な取り組みの実例を通して,学校地理教育を取り巻く知識のギャップや,それを解消するための理論的基盤についての示唆が期待される。

    3.各報告の概要と意義

     シンポジウムでは,上記の基調講演に続いて,5つの報告を企画している。金報告では,昨今教育界で叫ばれる「ウェルビーイング(Well-being)」や「エージェンシー(Agency)」と,ケイパビリティの関係性や異同について,アマルティア・センやマーサ・ヌスバウムの原典に立ち返り,検討するものである。本報告を通じて,ジオ・ケイパビリティズ・プロジェクトの第3段階がなぜ社会正義志向となったかが明らかになるものと期待される。志村・山本報告では,「Powerful Geography(力強い地理)」なのかを調査解明する国際研究のもとで,神戸大学附属中等教育学校で地理総合を学び卒業した生徒6名を対象にインタビュー調査を行い,M-GTA分析を通して「高校地理学習の意義」を明らかにするものである。本報告を通して,受講者の立場からの地理学習の意味づけの一端が描出されることが期待される。 高木報告では,先の志村・山本報告を受けて,授業実践者の記録から,調査対象の6名がどのように「地理総合」を評価し,授業者がどのように「地理総合」を実践してきたのかについて明らかにするものである。本報告を通して,授業者の立場からの地理学習の意味づけの一端が描出されるとともに,力強い地理を生み出すための教師の再文脈の過程が解明されることが期待される。永田報告では,日本の小中高における地理教育で,ESDとしての地理授業(地理ESD授業)の推進が重視されている事実を受けて,従来のケイパビリティズ・プロジェクトが力強い知識の側面に偏っていたことを踏まえ,力強いペタゴギーと有機的に関連づけることを目指した地理ESD授業のあり方を提案する。本報告を通して,学習指導要領やユネスコの諸政策とプロジェクトの異同や,日本におけるプロジェクトの含意が明らかになるものと期待される。二井報告では,歴史教育研究者の立場から,ケイパビリティ・アプローチが歴史教育の領域で論じられることが少ないことを受けて,「レリバンスの構築」の論理を用いてケイパビリティ・アプローチを歴史教育に架橋することを試みるものである。「歴史総合」や英国歴史教材「Human Being?」等を分析する本報告を通して,今まで語られることが少なかった歴史教育におけるケイパビリティのあり方や,地理との架橋の可能性について明らかになるものと期待される。

  • 田中 耕市
    セッションID: S503
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I.研究の背景と目的 2011年の東日本大震災以降,以前よりも大きな災害を想定した防災・減災対策が全国的に取り組まれるようになった.特に,南海トラフ地震による津波被災が予測されている西日本の太平洋沿岸地域では,避難所および緊急避難場所の設置や再配置,避難ビルの指定,避難タワーの建設など,避難施設の見直しや新規建設が進められてきた.しかし,沿岸部における所与の地理的条件(周辺地形,道路ネットワーク形状,人口分布,中高層建築物の有無など)には差異があり,避難所および避難場所の配置や,避難経路の設定には様々な制約がかかる.そのため,避難アクセシビリティの地域的差異はどうしても生じてしまう.地理的条件による制約には,人の手によって改善しがたいものと改善可能なものがあり,後者についてどれだけ改善できているかという点が重要である.2024年能登地震では,珠洲市や輪島市の一部地域において地震発生から約1分で津波が到達した.内閣府南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループの予測によれば,南海トラフ地震においても1mの津波が最短で2分で到達する箇所がある.しかし,当然ながら,防潮堤が整備されていれば,沿岸部到達時刻からすぐに内陸に遡上するわけではない.津波が防潮堤を越えて内陸に遡上するまでの時間に,安全な場所への避難が必要となる.本研究では,南海トラフ地震による津波被害の危険性が高い沿岸地域を対象に,避難施設へのアクセシビリティを評価するとともに,各施設への避難者数を推計することにより,避難施設の空間的な需給バランスを明らかにする.それによって,避難施設の空間的配置の課題を明らかにする. Ⅱ.対象地域と研究方法 本研究は対象地域として主に徳島県沿岸部を取り上げた.南海トラフ沿いにおけるマグニチュード8から9の大地震は,今後30年以内に発生する確率が70~80%と予測されている.徳島県沿岸は,過去にも,1707年(宝永地震),1854年(安政南海地震),1946年(昭和南海地震)と,津波の被害を繰り返し受けてきた.南海トラフ地震の最大津波モデルによる徳島県の浸水面積は200km2を超えると予測されている.本研究では,2023年7月時点における避難施設データと,2020年の国勢調査と住宅地図データを用いて,各住宅からの避難施設までの距離と,施設ごとの避難者数を推計する. Ⅲ.避難施設の配置と津波浸水域人口の分布 徳島県の沿岸部は,北部は平野が広がっている一方,南部ではリアス海岸が大部分を占める対照的な地形をなしている.県内における津波災害時の避難施設数は800を超える.南部では,津波高は比較的高く予測されているが,沿岸部の住宅地に山が迫っているために,避難施設までのアクセシビリティは相対的には良い傾向にある(図1).

  • 小池 青, 小川 滋之
    セッションID: P040
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    海浜植生は海浜地域の開発や海岸侵食に伴って危機的な状況に立たされている(由良 2014)。こうした状況の一因として、砂浜における人間活動によって引き起こされる踏圧の問題が挙げられる。行楽地として多くの人々が通る場所あるいは車両の走行が許可されている場所では強い踏圧が働き、植物の生育に影響を及ぼす。踏圧への耐性は種によって異なることが知られているほか、登山道では微地形に起因する路面の歩きづらさが、登山道外へのはみ出しを誘発し、結果として周辺部まで踏圧がかかり植生衰退を招くとされている(小林1998)。多様性を擁する海浜植生の保全において踏圧による影響の現状を把握することは重要である。本研究では海浜植生における出現種と微地形の分布を明らかにするとともに、得られたデータから踏圧の影響について考察する。

     神奈川県大磯町から平塚市にかけての海岸を対象地域とした。ここは、大磯海水浴場や大磯こゆるぎの浜、虹ケ浜をはじめとした名称が付けられ、日本を代表する海水浴やマリンアクティビティの拠点となっている。人の流動により強い踏圧による影響がある場所でもある。これらの地域において4か所のベルトトランセクト(地点A~D)を設置し、内部に1 m×1 mのコドラートを設けた。植物が出現する最も汀線側をコドラート(以下Q)1としてQ2, Q3…と付番し、コドラート内に出現する植物種の同定およびコドラート内を占める植被率のデータを取得した。また、調査地点の微地形についてクリノメーター、ハンドレベルを用いて簡易的な地形断面測量を実施した。

     対象地域には2つのタイプの微地形が見られた。一つは、海側から内陸側に緩やかに高まり、局所的な平坦面を挟みつつ、最終的には急斜面を伴って西湘バイパスの法面に至るタイプ、もう一つは海側から緩やかに高まるものの、平坦面が広いタイプの微地形である。植物群落は緩斜面、平坦面の区別なく出現した。複数のベルトトランセクトに出現したのはコウボウムギ、ハマヒルガオ、ハマボウフウ、ビロードテンツキの4種であった。植被率は全体的に海側で低く内陸側では高くなる傾向がみられたが、内陸側においては局所的に低い値がみられる箇所もあった。

     今回の調査結果からは微地形とすべての植物種を含めた植被率との間に、平坦地において低位であるという特徴がみられた。このことは、登山道における歩行しやすい場所に踏圧が強く働くという事例(小林1998)と同様であり、砂浜でも比較的歩きやすい平坦面に対して選択的に踏圧がかかることを示唆している。平坦地では、水流などによる地表面の攪乱が少ないとみられるが、対象地域の平坦地においては歩行が踏圧や地表攪乱をもたらし、植生分布を規定していると考えられた。今回は、個々の植物種と踏圧の関係について見出だすことができなかったものの、海浜植生の多様性を保全するには何らかの対策を講じることも必要であろう。

  • 小室 隆, 後藤 益滋, 川崎 真由美
    セッションID: 702
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    湖沼や,そこに流入する河川には様々な生物が生息しており,湖沼や河川ごとに独自の生態系を構成している。しかし,近代化が進行するにつれてその生態系が崩壊し,国内外で生物種の減少が進行している。水圏生態系において水の濾過や魚類の産卵母貝として重要な役割を持つ二枚貝であるイシガイ類は国内外でその数が減少している。二枚貝のイシガイ目Unionoida(以下、イシガイ類)は、世界各地の河川、湖沼に生息し、全世界に6科165属、約1000種が生息している(Bauer, 2001)。日本国内では18種の生息が報告され、そのうち13種は絶滅危惧種である(Kondo,2008)。イシガイ類の再生産には寄生宿主として適正な魚類が多数生息している必要があることや、コイ科魚類のタナゴ類およびヒガイ類はイシガイ類に産卵するため、これらの魚類の再生産には不可欠であることなどから、環境指標生物としての重要性も有している。イシガイ類は、日本国内の河川及び湖沼に生息している。霞ヶ浦と周辺流入河川で確認されているイシガイ科の二枚貝は、1993年以降では9種だが、近年では急速に減少している(鈴木, 2018)。減少要因の一つとして考えられているのは、近年の気候変動に伴った夏季の霞ケ浦及び流入河川の水温上昇による影響が本種の再生産または生息に直接ないし間接的に与えている可能性も否定できないが、その情報が十分ではない。近年では環境DNA(以下,eDNA)を用いることで、従来法に比べて広範囲を短時間で生物調査を行えることや、貝を掘り起こすなどで引き起こされる人為的攪乱などを減させることが可能となる。本研究では、霞ヶ浦に流入する河川において,主に東日本に生息するタテボシガイ(旧イシガイ)Nodularia nipponensis (Martens, 1877)のeDNAを対象とし,2022年から定期的にな採水を行い,その変動をモニタリングと水温を計測することで生息環境を明らかにすることを目的とした。

    2.方法

    eDNAのサンプリングは、タテボシガイの活動期でもある2022年6月、7月、9月、2023年5月、8月、11月、2024年2月の7回実施した。霞ヶ浦に流入する6河川(KN川、KM川、SS川、YK川、HK川及びIS川)で実施した。調査対象河川では、サンプリング時に直接イシガイの個体確認も行った。いずれの河川も土地利用状況は、田畑であり、両岸が2面コンクリートもしくは鉄板による矢板で改修されている。流水環境は、平瀬であり、河床条件は砂またはシルト交じりの砂の上に細礫から大礫が所々に堆積している。eDNA分析用サンプルは、1Lポリプロピレン製ボトルに表層水をサンプリングして、塩化ベンザルコニウム水溶液を1ml添加し、十分攪拌した後にクーラーボックスで保冷して実験室へ持ち帰った。持ち帰ったサンプルは、ワットマンGFFろ紙(Cytiva社製)でろ過を行った。なお、採水及び抽出方法までの操作については、既往研究を参考とした(Minamoto et al., 2021)。eDNA解析には、タテボシガイ(N.nipponensis)のCO1領域を対象とした特異的なプライマーを新規設計した。設計したプライマーの精度を確かめるため,調査地に生息するイシガイ科のマツカサガイ(Pronodularia japanensis),ドブガイ(Anodonta lauta),ヨコハマシジラガイ(Inversiunio jokohamensis)の断片組織を採取し,そこから抽出したDNAを設計したタテボシガイ(N.nipponensis)のプライマーによる交差反応試験をeDNA解析と同条件を行い、クロスチェックを行った。解析は、リアルタイムPCR(Bio rad社製CFX Optus)を用いて行った。また、本調査地点では河床付近に水温ロガー(Onset社:HOBO MX Pendant Temp)をコンクリートブロックに固定して設置し、2022年7月から経時的な水温を測定している。 3.結果・考察

    eDNA解析の結果、図1に示すとおり全地点でタテボシガイのeDNAが検出された。2022年6月のKM3では、4227.1 copies/Ⅼと調査地点中最も濃度が高かった。KM1,3,4では濃度に差はあるものの,検出され続けた。季節間の挙動は、どの河川ともに概ね2022年の9月が最も濃度が高い傾向が見られた。また、2022年と2023年を比べると,全地点の傾向として2022年の方が濃度が高く検出されていた。濃度に差はあるもののKM1,3,4では2年間のモニタリングの結果,常にタテボシガイのeDNAが検出されたことからこれらの地点を生息場所として利用していることが明らかとなった。

  • 棚橋 廉, 中山 大地, 松山 洋
    セッションID: 802
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    北海道東部の釧路湿原は,1947年から1996年までの49年間でヨシやスゲといった湿原性植生の面積が20%減少し,湿原の乾燥化や植生の変化が進んでいたことが指摘されている.しかし,そのような変化を観測する広域的な植生調査は2013年以降行われておらず,近年の湿原面積や植生の分布については明らかになっていない.そこで,本研究は時系列衛星画像と機械学習を用いて2004年,2011年,2022年の植生分類図を作成し,近年の湿原面積と植生の分布について明らかにした.釧路湿原の面積と植生の変化の割合について,2000年代以前の大規模な湿原面積の減少や植生変化といった現象は起きていなかった. 2000年代以前の湿原面積の減少や植生変化は,釧路湿原周辺における農地開発や河道改修といった人為的要因が大きいと指摘されていた.しかし,近年ではこれらの影響は小さくなり,2000年代以前のような変化は起きていないと推察した.

  • 齊藤 桂, 奈良間 千之, 深田 愛理
    セッションID: P007
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     周氷河砂礫斜面とは,高山帯の稜線沿いの風衝地に広がる凹凸の少ない平滑な斜面である(小泉,1992).斜面形成には礫移動が重要な役割を果たすとされており,先行研究では礫の移動量と礫径や傾斜などの関係が報告された(例えば,高山地形研究グループ,1978;相馬,1979;岩田,1980).これら研究では,斜面の礫上に描いたペンキラインの変化から礫の移動量が求められた.しかしながら,斜面全体での面的な礫移動の空間分布は明らかでなく,凍結融解作用に対する積雪の影響評価も十分ではない.そこで本研究では,飛驒山脈でも周氷河砂礫斜面の分布面積が最大である白馬連山の周氷河砂礫斜面において,差分干渉SAR(DInSAR)解析とイメージマッチング解析により礫移動の空間分布と移動する礫の環境要因を調べた.

    2.研究手法

    2.1 礫移動箇所の抽出と観測

     本研究では,礫移動の空間分布とその要因を調べるため,白馬連山(杓子岳,白馬岳,三国境)の周氷河砂礫斜面を対象に画像解析と現地調査をおこなった.差分干渉SAR(DInSAR)解析では,GAMMA SARソフトウェアを用いて2時期のALOS-2/PALSAR-2のSARデータの位相差から地表面変化箇所を抽出した.また,衛星視線(Line of Sight: LOS)方向の変位量(地表面と衛星の距離の変化)を算出した.

     イメージマッチング解析は,2時期のオルソ補正画像から画像上の同一点を特定し,水平方向の移動距離と移動方向を明らかにする方法である.DInSAR解析結果を検証するため,2020年~2023年にUAV(DJI社製Phantom 4-RTK)から取得した画像とSfM-MVSソフトのPix4Dmapperを用いてオルソ補正画像と数値表層モデル(DSM)を作成し,2時期のオルソ補正画像を用いたピクセル・イメージマッチング解析から礫移動箇所を調べた.また,礫の移動様式や移動時期を明らかにするため,タイムラプスカメラ(Brinno社製)で60分ごとに撮影した.2.2 日周期の凍結融解の発生回数と積雪の関係

     礫の移動に関与する日周期の凍結融解の影響を検討するため,2か所で地温観測を実施し,0℃を上下する凍結融解の回数を計測した.また,セスナ空撮画像からDSMを作成し,4月と10月の差分から積雪深を求めた.

    3.結果

     2020年9月8日と2021年9月7日の1年間画像ペアを用いたDInSAR解析の結果,白馬連山の周氷河砂礫斜面では広範囲で地表面変化が生じていることがわかった.DInSAR解析による地表面の変化箇所は,三国境および杓子岳の周氷河砂礫斜面でのイメージマッチング解析で得られた礫の移動箇所と一致した.地表面の変化箇所(=礫移動箇所)の空間分布をみると,礫の移動箇所は限定されており,周氷河砂礫斜面全体ではなく積雪が少ない場所で礫移動が確認された.また,稜線沿いの西側斜面において傾斜20度以下の場所では礫の移動はわずかだった.

     タイムラプスカメラの観測結果から,日周期の凍結融解作用によって,夜間の地温低下とともに礫が持ち上がり,日中の温度上昇(8時~14時)に伴って礫が斜面下方に移動したことを確認した.地温観測の結果から,積雪の多い場所では凍結融解回数は年1回であったのに対し,積雪の少ない場所では2022年10~11月に8回,2023年4~6月に29回生じていたことがわかった.

    4.考察

     礫移動の空間分布をみると,積雪が少ない場所で礫移動が確認された.これは,積雪がある場所は日周期の凍結融解が抑制されるため,礫移動が生じていないためだと考えられる.積雪分布は,周氷河砂礫斜面でも違いがあり,斜面ごとでも大きく異なることから,積雪分布も含めた礫移動の空間分布を今後検討していく必要がある.また,約20°以上の傾斜は礫移動の要因の重要な環境要素であることが示唆された.

  • 清水 克志
    セッションID: 605
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     日本では,近現代を通じて都市化の進展に伴い各地で野菜産地が形成され,地理学においてもその研究が蓄積されてきた.しかしながら,野菜生産の前提条件としての種子生産の実態に関する研究は,いまだに少ない状況にある(清水2009).大正期から昭和戦前期においては,近郊野菜産地を中心に栽培品種の採種から発展した産地自給型の種子産地に加え,野菜採種に特化した大規模な販売種子生産型の種子産地の成立もみられた.本報告では,後者の代表的産地と位置づけられる千葉県北部の下総台地における野菜種子生産の史的展開について,種苗業者に残る史料群(八街市・高橋宏一家文書)と各種統計資料の分析をもとに,通時的に検討することを目的とする.

    2.下総台地の地域特性

     下総台地は,関東ローム層に覆われた標高20~40mの平坦な台地である.江戸時代には軍馬の育成を目的とした広大な放牧場(野牧)が広がっていた.明治政府は,1869(明治2)年以降,東京の豪商に下総開墾会社を組織させ,士族授産と荒蕪地(牧)の開墾を推進した.下総台地のほぼ中央部に位置する八街は,この当時に成立した開墾地(東京新田)のひとつであるが,寒暖差が大きく水の便も悪い台地の開墾は困難をきわめ,開墾の当初は入植農家の離散や逃亡が絶えなかった.

    3.八街における野菜種子産地の成立

     高橋松之助は1895(明治28)年に東京府北多摩郡三鷹村(現・三鷹市)から,千葉県山武郡日向村(現・八街市)へ入植し,1899年から北豊島郡滝野川村(現・北区)の種苗問屋から譲り受けた「滝野川牛蒡」の原種をもとに採種業を興した.八街産のゴボウ種子は滝野川の種苗問屋において好評であったことから,高橋は周辺地域での委託採種によって採種面積を拡大するとともに,自身でも改良をかさねて固定性の高い原種(八街改良種)の育成,販路の開拓を図った.野菜種子は八街における有力な商品作物となった.松原(1911)によれば,1909(明治42)年における八街産野菜種子の県外出荷量は,ゴボウ,ダイコン,ニンジンを中心に約900石にのぼり,そのうち全出荷量のうち63%を東京府(種苗問屋)が占め,残りの27%は関東甲信越および近畿地方などへ出荷された.東京以外の諸県へはゴボウの出荷割合が高く,とりわけ近畿地方への「滝野川牛蒡」の普及に大きな役割を果たした.明治の末から大正期にかけて,高橋松之助(丸松種苗)に加え,八街では浅見染次郎,三里塚(現・成田市)では渋谷栄一をはじめとする種苗業者の創業がつづき(高橋2015),八街を中心とした印旛・香取・山武3郡は,大正から昭和戦前期にかけて,北海道石狩地方や愛知県西部地方,福岡県筑後地方などとともに,日本有数の野菜種子産地に成長した.

    4.戦後における野菜種子生産の実態

     2023年6月,丸松種苗に残る終戦直後から高度経済成長期にかけての史料群(高橋宏一家文書)を整理・撮影する機会を得た.同史料群のうち特にまとまったものは,戦時中の企業合同の流れをくむ千葉種苗株式会社の1948年度における仕入・販売高に関する台帳と,1949~63年の各年における丸松種苗の委託採種について記録した「原種台帳」である.前者からは下総台地を中心として生産された野菜種子の仕向地と販売額,後者からは丸松種苗の委託採種地域が印旛・香取・山武3郡に加え,茨城県稲敷郡域にまで広がっていたことや,期間を通して採種栽培面積が減少傾向にあったことなどが判明する.

    〔主要参考文献〕

    ・松原滋 1911. 千葉県印旛郡八街村に於ける蔬菜種子. 日本園芸雑誌 23-9:14-18.

    ・清水克志 2009. 近代日本における野菜種子流通の展開とその特質. 歴史地理学 51-5:1-22.

    ・高橋宏一 2015. 千葉県における種苗業のあゆみ. 種苗界 76-9:23-28.

  • 縫村 崇行, 佐藤 洋太, 永井 裕人, 紺屋 恵子
    セッションID: P008
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    近年、氷河変動の評価には流域の水資源や氷河湖決壊洪水などの災害の観点からリモートセンシングによる広域的な研究が多く行われているようになっている。下流域の人口が多く水資源・災害評価の観点から重要視されているヒマラヤからカラコルムにかけての地域の氷河では氷河表面をデブリ(土砂)に覆われたデブリ被覆氷河が多く存在しており、デブリ被覆域は氷河全体の10%におよぶ。氷河表面デブリはその厚さにより氷河の融解量を大きく左右することが知られており、その層厚分布を広域に捉えることが氷河変動を評価するうえで重要となってくる。本研究ではリモートセンシングとフィールド観測から氷河表面の地表面温度の時系列変化パターンから熱特性を評価することでデブリ被覆氷河における熱特性(≒デブリ層厚)の分類を行った。解析結果からは流域のデブリ氷河において、デブリ層の厚い下流域、から薄い中流域にかけて明瞭に区分することができ、デブリ層厚と温度の時系列変化パターンに明瞭な関係が見られることがわかった。また、一般的に光学衛星画像からは識別の困難なデブリ被覆域と氷河外の境界も明瞭に区分ができていた。また、フィールドにおける地表面温度の時系列変化からはデブリ層の厚い地点と薄い地点にて地表面温度の変化パターンに明瞭な変化が見られた。発表ではそれらの地表面変化パターンとデブリ層厚に関しての検討結果に関しても報告する。

  • 中島 虹, 今田 由紀子, 伊東 瑠衣, 岡 和孝
    セッションID: 709
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    近年、日本において熱中症による救急搬送者数は高い水準であり、暑熱環境は厳しいといえる。今後、さらなる地球温暖化の進行が予測され、温暖化に伴う暑熱環境の変化を把握することの社会的意義は高いと考えられる。将来の暑熱環境を評価する際には、平均値の変化量だけでなく、例えば熱中症警戒アラート(暑さ指数(WBGT)≧33℃)発令頻度の変化のように頻度分布として把握することも重要である。頻度分布を把握するためには大規模アンサンブル気候予測データ(d4PDF)が有用である。本研究では、d4PDFを水平解像度5kmに力学的ダウンスケールしたデータセットを用いることで、将来の暑熱環境を把握することを目的とする。

    解析の結果、現在気候では東京で8月の日最高WBGTが33℃となる頻度は2.88%であった。それに対して、将来気候における頻度は58.52%であり、月の半数以上で熱中症警戒アラートの基準を超えると予測された。また、日変化についても解析を行った。将来気候では、日中は「運動は原則中止」とされるWBGT≧31℃の頻度が60%以上となる。また、夜間においても「激しい運動は中止」とされるWBGT≧28℃の頻度が50%に達する。以上のように、将来気候では運動時の熱中症に対して、日中だけではなく夜間でも注意が必要となることが示唆された。

  • ―1945年枕崎台風の影響を含めた分析―
    齋藤 健太, 八反地 剛, 小倉 拓郎, 古市 剛久, 田中 靖, 土志田 正二
    セッションID: P011
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

    山地を開析する谷には水路が発達しており,谷頭部における水路の最上流端には水路頭と呼ばれる微地形がある.水路頭は斜面(谷頭凹地)と水路の結節点であり,その位置は表層崩壊により変動することが指摘されているがその実態はよくわかっていない.繰り返し崩壊が発生する山地の場合,豪雨による水路頭の変動について,以下の仮説が考えられている.豪雨前,水路頭上部は周辺斜面からの土砂供給により埋没しており,水路頭の集水面積が大きい状態である.豪雨時,水路頭集水域内の谷頭凹地で表層崩壊が発生すると,水路頭は上流側へ移動し,その集水面積は小さくなる.豪雨後しばらく経過すると,周辺斜面からの土砂供給により崩壊跡地は埋積されるため,水路頭は下流側へ移動し,集水面積が回復する.これまでの研究により,集水面積が大きい水路頭では表層崩壊の可能性が高いことが指摘されている.集水面積と表層崩壊発生の関係についてさらに詳細に検討することにより,水路頭集水域内における表層崩壊の発生のしやすさを評価できる可能性がある.一方,一度崩壊した斜面においては崩壊の免疫性の考え方が有効であり,斜面単位では一定期間崩壊が発生しにくいことが指摘されている.しかし,集水域内で一度崩壊した水路頭において,一定期間集水域内で崩壊が発生しにくいかは不明である.そこで,本研究では,水路頭の集水面積と過去の崩壊履歴に着目して,水路頭集水域内における表層崩壊発生率を分析した.

    調査地域・方法

    調査地域は1945年枕崎台風と2018年7月豪雨により多数の表層崩壊が発生した広島県絵下山周辺の花崗岩地域である.まず,同地域において2009年に取得された1 m解像度DEMに基づき,2018年豪雨前の2009年時点の水路頭を判読し,それらの水路頭の集水域の面積(集水面積)を算出した.次に,1945年枕崎台風,2018年7月豪雨による崩壊地を空中写真により判読した.水路頭集水域内の2時期の崩壊の有無により,2009年時点の水路頭を1945年崩壊・2018年崩壊(2回崩壊,AL),1945年崩壊・2018年非崩壊(1945年のみ崩壊,AS),1945年非崩壊・2018年崩壊(2018年のみ崩壊,BL),1945年非崩壊・2018年非崩壊(崩壊なし,BS)の4つのグループに分類した.

    結果・考察

    2018年崩壊の有無別に水路頭の集水面積を比較した結果,2018年非崩壊(AS+BS)の水路頭の81%では集水面積が3000 m2以下であり,集水面積の分布に偏りがみられた.一方,2018年崩壊(AL+BL)の水路頭にはそのような偏りは見られなかったが,全体の72%が集水面積3000 m2以上であった.また,2018年崩壊の水路頭の集水面積が2018年 非崩壊の水路頭と比較して有意に大きかった.さらに,集水面積3000 m2以上の水路頭の崩壊発生率は49%であり,3000 m2以下の水路頭では8%であった.この結果は,3000 m2以上の大きな集水面積をもつ水路頭では,その集水域内に潜在的な不安定領域が形成される確率が高くなることを示唆する.1945年崩壊(AL+AS)の水路頭のうち,2018年に崩壊が再発した割合が33%に達したが(図1),1945年非崩壊(BL+BS)の水路頭における2018年の崩壊発生率は17%であった.この結果は,1945~2018年の73年間において,集水域内で再び崩壊が発生しうる状態に達した水路頭が多かったことを示す.また,1945年崩壊(AL+AS)の水路頭における集水面積3000 m2以上の割合は50%,1945年非崩壊(BL+BS)の水路頭では25%であった.さらに,2回崩壊した水路頭(AL)のうち,2018年豪雨前時点で集水面積6000 m2以上のものが全体の80%を占めた(図1).これらの結果は,1945年崩壊の水路頭の一部では,何らかの要因により,集水面積が大きくなりやすい傾向があり,2018年に再び崩壊しやすい状態になっていたことを示唆する.一方,1945年非崩壊の水路頭には明確な崩壊履歴を確認できなかったが,集水面積が1945年崩壊の水路頭と比較して小さく,2018年における崩壊発生率も小さくなった可能性がある.

    謝辞:本研究課題は科学研究費基盤研究B(22H00750)の助成を受けて実施した.

  • 宇都宮 陽二朗
    セッションID: 603
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに: 佐渡博蔵の1791年製Cary’s Pocket Globeのケースは半球の片方にD’Anvilleの古代の世界図が他方には球儀に不記載の80地点の緯経度が中央の表題を囲み南東北西の反時計回りの四角枠にアルファベット順で表示されている。ここでは80地点,地域,国や諸侯領等とSLSA蔵,同型球儀球面の地理情報の吟味結果を報告したい。2.地球儀ケースの地点リストについて: 地球儀に非表示の80地点の地名,経緯度表の名称等が1790年代と現代で異なる上に度数ミスで緯経度と地点名の不一致もある。地名不詳では緯経度から地名を求め表と対応させ,地名検索で複数の場合は緯経度を優先させた。80地点の緯経度を佐渡博の地点表の後付けチェックの有無と不明確を区分しGoogle My Mapsで図化した。地点分布は中米・西印度諸島、南アジアのインドネシアと印度、北部アフリカ、中近東と西欧に限られ、大陸別にみると、Africa 7, America 2, Asia 6, Europe 65となり、80地点中65地点を西欧が占める。地域,国(諸侯領)別では、Algiers 1, Canarie ** 1, Egypt 1, MediterS 1, Negrold 1, Teneriffe 2, Carib. Sea 1, Jamaica 1,India 2, Mesopot.** 1, Mysore 1, Natolia 1, Sumatra 1, Azores 1, Bohemia 1, Brabant 1, Finland 1, Flanders 4, France 24, Germany 5, Holland 3, Italy 9, Moldav.** 1, Netherlds 3, Poland 2, Savoy 1, Saxony 1, Spain 3, Sweden 3, Switzerl.* 1, Turky 1であり、アジアではSeringapatnam (Mysore)、Indiaや夙に蘭が進出したスマトラなど限られ、西欧では、上記の下線を付した国々の様に英に近く、英が頻繁に侵攻した仏は24地点と圧倒的に多く、近隣のFlanders 4, Holland 3, Netherlds 3を合せると34地点となる。 西欧をみると、宗教改革発端の地、ジャンヌ・ダルク幽閉地, S.t Vallery, 火刑地のRouenなど英人に知られた地名が見える。百年戦争など遠征や英国に染みの新教発祥地,独のWittenburg等,Caryは英国富裕層,知識人の地理知識を念頭に80地点を表示し、地理情報の多さで差別化した販売戦略と考えられる。独立後間もないCaryは世界地理知識に乏しく、Aboの経度値錯誤、Pico島の東経の鏤刻など致命的な錯誤を残す。Caryはケースに天球図を描く同年製pocket globeも販売したが、錯誤に気付いた後であろう。3. 地点表にみるチェックの有無: 図1で佐渡博蔵ケースの地名,緯経度表のチェックの有無と不明瞭な地点の分布を見ると,必ずしも日本国内の加筆と断定出来ず英国も含めた吟味が必要とされよう。但し、チェック部分の化学分析で墨汁と判明すれば国内での加筆である。 4. 亡失の球儀と同年同型のSLSA蔵地球儀の地理情報: 豪SLSAの1791 Cary’s Pocket Globeと他社製地球儀の地理情報(1783,Newton’s Globe)をアフリカで比較すると、内陸部未踏査の為、著しい差は無い。太平洋ではNewtonには貿易風や"Admiral Anson’s tract”の航跡はあるがCookのそれを欠く。CaryはCookの航跡に殺害地名と年を特記するがAnsonの航跡のそれはなく、製作者の意識や編集方針の違いが情報差に現れている。猶、Caryの本初子午線(London通過)はHill,1754, Newton,1783や、Wilson,1783らの踏襲である。 5.まとめ: 佐渡博収蔵の1791年製Cary’s pocket globeケースに表示された80地点及び同型のSLSA蔵球儀球面の吟味結果は以下の通りである。1) 表示地点は当時の英人の世界認識が西洋,アフリカ、アジア、特に仏にあり、仏の多地点から長年の英仏抗争による地理情報量の多さと関心の強さを生かしたCaryの販売戦略が覗える。2)化学分析で文字部分が墨汁でなければ、英国内でのチェックも考慮する必要がある。3) ゴアの地理情報は最新に更新されるが、CaryがCookの航跡に添えた殺害地と年の注記は他に例がなく、国民的英雄への賛辞でもあろう。4)CaryのLondon基準の本初子午線はHill, NewtonやWilsonの地球儀のそれの踏襲である。

  • 学習者のアイデア創発を促す実践構築に向けて
    松下 直樹
    セッションID: 549
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.生成AIの隆盛と地理教育

     生成AI元年と言われる2023年,7月には文部科学省による学校向けのガイドラインが作成され,10月にはパイロット校が公表された。

     今後,生成AIが教育に大きな影響を与えることが予想される中で,これまで地理教育から何がしかの発信が世に出されることはほとんどなかったと言ってよいだろう。この事態に,発表者は強い危機感を抱くとともに,ファーストペンギンとして生成AIを活用した普段使いの授業を広く紹介し,トライ&エラーの記録をオープンシェアしていく決意を固めた。

    2.生成AIを活用した授業の概要

     本発表では,2023年9・10月に,高校1年の「地理総合(「B 国際理解と国際協力」の中項目「(2)地球的課題と国際協力」)」で実施した2つの授業を通して,学習者の創発を促すChatGPT活用の可能性について報告する。創発とは,2つアイデアから目的に対して1+1=3以上の効果を発揮するように組み合わせアップグレードさせる発想のことである(田中 2023)。

     なお,本校における生成AIの活用は,教職員に対する制限はないものの,学習者に対しては保護者の同意を得る準備を進めている。そのため,授業での生成AIの活用は,教師主導で行われている。

    (1)架空の国家の教授言語政策

     学習者は,黒崎・栗田(2016)などを参考に,架空の開発途上国における貧困層の子どもの教育水準が低くなる理由について,問題の構造をマルチスケールに把握した。その上で,教授言語政策について最良の策を導き出すために,3人の有識者としてロールプレイ・ディスカッションを重ね,互いの指摘を踏まえながら,それぞれの意見のメリット・デメリットを整理した。従来であれば,ディスカッションを踏まえてグループごとに政策を提案し合い,授業を閉じるところである。

    本実践では,政策に対するメリット・デメリットを学習者が整理した後に,ChatGPTに先の有識者会議を再現させた。その会議に,各有識者の意見をメタ認知した学習者が4人目の有識者として参加し,ChatGPTからの質問に返答したり,あるいは意見を述べたりしながら,4者間で合意形成をはかりつつ意見をさらに磨き上げ,政策の立案を目指した。

    (2)先進国の都市の再開発計画

     学習者は,山本(2013)などを参考に,バンクーバーのダウンタウン・イーストサイド地区における人口の都心回帰の背景と実態ならびに,都心居住の諸課題を把握した。その上で,現地で実際に起きている都市問題を解決するため,ソーシャルミックスを前提とする再開発プランを構想した。従来であれば,Googleクラスルームで課題を配布回収し,提案に対するフィードバックを行ない,グループごとに計画を発表し合い,授業を閉じるところである。GIGAスクール構想下でのICT導入により,作業効率は格段に改善された(教育あるある探検隊編 2023)。ただ,全体で60を超えるグループのアイデアに対して,次時までに一つひとつコメントを入れることは,発表者にとってもはや限界に近く,仮にそれをなせたとしてもサステナブルとは決して言える状況にはない。

     本実践では,ChatGPTに都市政策の専門家としてフィードバックとマイルストーンを提供させ,それを受けて,学習者はアイデアをさらに練り直し,計画の提案を目指した。

    3.生成AI活用による学習者のアイデア創発

     発表者は,プロンプトエンジニアリングのスキル獲得段階にあるため,ChatGPTのポテンシャルを十分引き出せていないことが考えられる上に,教師主導ということもあり,個別最適化の実現や,ディスカッションやフィードバックを重ねたりするに至っていないなど,本実践には改善の余地が多分に存在するだろう。しかしながら,アウトプットの質的な変容,アンケート結果の分析などから,生成AIが学習者の創発を促す強力なパートナーとなり得るのではないかと,現状では考えている。今後は,学習者主体の活用フェーズでの実践構築に取り組んでいく。

    参考文献

    教育あるある探検隊編 2023.『アナログ&デジタル―先生のお仕事365日』学事出版.

    黒崎 卓,栗田 匡相2016.『ストーリーで学ぶ開発経済学―途上国の暮らしを考える』有斐閣.

    田中善将2023. ChatGPTを活用して子ども達のメタ認知を育む.先端教育48:62-65.

    山本薫子 2013.北米都市におけるジェントリフィケーションの展開―バンクーバー・ダウンタウンイーストサイド地区の現在.10+1 Web site.

  • 埴淵 知哉
    セッションID: P054
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    地理情報を伴う統計的社会調査は,都市や地域を俯瞰的に記述・分析する方法として利用される。しかし,協力率の低下やインターネットの普及に伴い,社会調査のあり方は大きく変化してきた。近年におけるインターネット社会調査(オンラインサーベイ)の学術利用の拡大は,特筆すべき出来事といえる。これにより,大規模な非集計(個票)データの入手が比較的容易になり,各種の地理情報を紐づけることで個人と地域の関連性を詳細に分析することも可能となった。同様の研究デザインは,地域環境の影響(とくに近隣効果)を重視する隣接諸分野にも広がっており,データや分析手法の共有にもつながっている。オンラインサーベイには迅速性と廉価性,調査票設計の柔軟さなどに加え,多段抽出に依拠しないため標本が地理的に分散しやすい,また回答者(モニター)が移動しても追跡が容易であるなど,従来型の標本調査ではなしえなかった利点がある。

     こうした背景のもと,大規模なオンラインサーベイによる詳細住所付き個票データの収集とその公開を目指したのが「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査」(GULP)である(埴淵 2022)。同データは近隣関係や歩行,還流移動など様々なトピックの実証分析に利用されるとともに,SSJデータアーカイブに寄託・公開され,研究・教育に利用されている。ただし,上述のようなオンラインサーベイの利点に鑑みると,GULPにはさらなる拡張の余地がある。その一つは,追跡による縦断データ化である。意識や行動の変化の把握や,精度の高い因果推論のためには,追跡調査による縦断データの構築が必要になる。もう一つは,通常の調査回答以外の追加的なデータ収集である。オンラインサーベイを別の調査のリクルート方法として利用し,その追加調査データを元の回答データに結合することで,データの付加価値を高めることができる。

     以上の諸点を踏まえ,2023年10-11月にかけてGULP大都市調査の既回答者(n=30,000)に対する追跡調査を実施した。その結果,11,268名から有効回答が得られ(追跡率=37.6%),うち約400名は3年の間に大都市(東京特別区と政令指定都市)からそれ以外の地域に居住地を変更していた。縦断データとして移動者を含む1万名以上の回答が得られた点で,この追跡調査はGULPの付加価値を高めるものと位置付けられる。ただし,脱落率の高さはオンラインサーベイの課題であり,主要な個人属性および都市別に追跡率を比較すると,年齢による差が際立って大きいことが示された。若年層はモニターとしての登録継続率自体がやや低く,さらに今回の調査に対する協力率も低かったため,高齢層に比して大幅に低い追跡率を示す結果となった。ただし,その他の社会経済的特性や都市による違いは比較的小さいことも示された。

     さらに,上記の追跡調査時に「手描き地図」調査への追加協力の可否を尋ね,その応諾者5,334名のうち1,400名に対して郵送による配布・回収を行った(回収数は956,回収率は68.3%)。調査票は二枚あり,一枚には世界地図,もう一枚には居住地の都市の案内図を,資料等を参照せず手描きしてもらうよう依頼した。これらは,世界や都市のイメージを把握する手法としてよく利用されるが,本調査はこれをGULPに組み込むことで,視覚的な回答データと社会調査データの結合を試みた。手描き地図の調査は学生を対象に実施されることが多かったものの,本研究では幅広い年齢層からなる一般人口集団のデータを収集している点,また,事前のサーベイに含まれる多様な回答データ(たとえば科目「地理」履修の有無など)と合わせて分析できる点で,メンタルマップ研究にも寄与することが期待される。

     本発表では,以上の追跡調査および手描き地図調査によって得られたデータの詳細を紹介し,地理的社会調査を拡張したデータ収集と分析の可能性について議論する。

    埴淵知哉 2022. 『社会調査で描く日本の大都市』古今書院.

    (謝辞)「GULP-2023大都市追跡調査」は,京都大学教育研究振興財団令和5年度研究活動推進助成および私立大学等経常費補助金特別補助(立命館大学)の助成を受けたものである.また,「手描き地図調査」は公益財団法人三菱財団の助成を受けたものである.

  • ―ベトナムのチャムチム国立公園を事例にー
    MAI Thi Khanh Van, 金 枓哲
    セッションID: 531
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    This study explores the influence of international conservation schemes on wetland management in a developing country. Using Tram Chim National Park (TCNP) in Vietnam as a case study, a mixed-methods approach including in-depth interviews with 10 local conservation managers and semi-structured interviews with 30 community members is employed. Research results have shown that since 2003, international conservation schemes have acted as catalysts for reshaping Vietnam's wetland management policies, aiming to enhance community engagement and contribute to wetland’s conservation and sustainable utilization. The evolution of wetland management policies in Vietnam has transitioned from state-based management to co-management involving local communities. Nonetheless, these policy-level transformations have not been effectively translated into practical co-management or Wise Use practices. The resource use groups, conceived as part of co-management, yielded only transient gains in augmenting community participation in TCNP’s wetland management. The development of tourism as a manifestation of Wise Use practices has demonstrated only partial efficacy as the beneficiaries of local tourism did not include impoverished individuals relying on wetland resources. Despite the long-standing recognition of local communities’ role in wetland conservation due to international schemes and national policies, the execution of wetland management in the TCNP has remained entrenched in the fortress conservation paradigm without actively encouraging community participation in managing wetland resources. Based on the findings, this study concludes that without a fundamental shift in internal paradigms within the host country, international conservation endeavors can only generate transient co-management systems and incomplete Wise Use practices in developing countries such as Vietnam.

  • 青山 雅史
    セッションID: 732
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    2024年1月1日に発生した能登半島地震により,信濃川下流左岸の新潟市西区黒埼地区および右岸の江南区曽野木地区において液状化が発生したことを,現地調査により確認した。現地調査は,2024年1月6日,7日および11日,12日に行い,道路上や道路沿いの農地,空地などにおける噴砂の確認,マッピングをおもに行った。噴砂はその地点における液状化発生を示す指標となるため,噴砂発生地点の分布から液状化発生域を概略的に把握することができる。噴砂は,信濃川左岸の新潟市西区黒埼地区(ときめき西,山田,立仏,善久,鳥原)および右岸の同市江南区曽野木地区(天野)において,その発生が確認された。黒埼地区では,おおまかにみると南北方向に帯状に細長くのびる領域内において噴砂が発生し,曽野木地区では,東西方向に細長くのび,三日月状に湾曲した領域内において噴砂が発生していた。それらの地域では,戸建住宅の不同沈下,宅地地盤の沈下や傾斜といった変状,道路の変状に伴う路面損傷,ブロック塀や電柱の沈下などの被害が生じていたことが,現地での目視により確認された。GISで液状化(噴砂)発生地点を治水地形分類図に重ね合わせることにより,液状化発生域の地形条件を検討した結果,液状化(噴砂)の多くは,信濃川左岸側の黒埼地区と右岸側の曽野木地区ともに信濃川の明瞭な旧河道(旧河道上に造成された住宅地)で集中的に発生していた。調査地域南部の鳥原地区では,それらに加えてその旧河道に沿って分布する自然堤防(自然堤防上に造成された住宅地)においても噴砂が多く発生していたが,その他の地区では自然堤防上に造成された住宅地における噴砂の発生は少なかった。

    この地域においては,国交省北陸地方整備局と地盤工学会北陸支部が2012年に作成した「液状化しやすさマップ」が公開されている。本地震で発生したこの地域の液状化の多くは,このマップにおいて液状化の可能性が高い「液状化危険度4」や液状化の可能性がある「液状化危険度3(盛土造成地)」と区分されている領域で発生した。若松(2011)が示した液状化履歴マップによると,本地震におけるこの地区の液状化発生域では,1964年新潟地震においても液状化が発生していたことが示されている。

  • 学校設定科目「地球科学」の設置に向けて
    松本 至巨
    セッションID: 548
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    2018年に告示された新学習指導要領が2022年度から年次進行で導入された。今回の学習指導要領では「生きる力」の育成が強調され,「主体的な学び」,「対話的な学び」,「深い学び」の視点での授業改善を求めている。また各学校においては,教育課程に基づき組織的かつ計画的に教育活動の質の向上を図るカリキュラム・マネジメントに努めるよう示されている。著者の勤務校では,これまで以上に「生きる力」の育成を目指し,各教科・科目で近いまたは関連した内容を結びつけ,組織的・計画的に生徒が学べるようカリキュラム・マネジメントの構築が進められている。その中で,地理と地学については,地形や気候など共通して学ぶ内容を効率的に深く学ぶため,1年次の地理総合と地学基礎を融合する学校設定科目「地球科学」を設定する方向で検討が進んでいる。今回の発表では,現在検討を進めているカリキュラム,指導体制,評価等について報告する。

  • 金子 朋紀, 小荒井 衛
    セッションID: P020
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 2011年4月11日に発生した福島県浜通りの地震は福島県浜通りを震源とするM7.0で福島県いわき市,古殿町,中島村,茨城県鉾田市で最大震度6弱を観測した地震であった.この地震ではいわき市南東部に塩ノ平断層,井戸沢断層,湯ノ岳断層の3本の断層が正断層型の地表地震断層が出現した.このうち塩ノ平断層の北西延長と湯ノ岳断層の南東延長では活断層図において活断層として認定されていなかった地点でも変状が見られた.これらの地表地震断層崖は地震後約10年経過した時点で,運動の中心部では8割以上の比高が残存している地点が多いが,辺縁部の断層崖はおよそ4~5割程度が失われており,より長時間が経過している過去の断層運動の地形的痕跡は失われてしまったものと考える.本発表では,これらの断層の過去の活動を推定するために,Hayakawa and Matsukura(2003)で導出された滝の後退量を求める式を用いて断層運動によって滝が形成された年代を推定した.2.研究手法 岩盤の圧縮強度を測定するために,シュミットハンマーを用いて測定を行った.今回は滝を硬さの異なる岩質ごとにセクション分けして測定を行った.3.滝の後退 塩ノ平断層北方延長で地表地震断層が出現した地点では清道川と交差しており,滝が形成されていた.この地点では破砕帯の存在が認められ,滝は形成位置から5.9m後退している.この滝は過去の断層運動によって形成されたものだと推定でき,この地点で岩石の圧縮強度等の測定を行った.また,他2本の断層に関しても断層線と河川との交差点において破砕帯と滝を認め同様に測定を行った.4.滝の形成年代 Hayakawa and Matsukura (2003)で導出された式から,滝の幅・高さおよび構成岩石の圧縮強度はそれぞれ現地調査における実測値を用いた.上流の流域面積は地理院地図から,年平均降水量は気象庁が公開している近傍の上遠野の32年間分のデータを平均化して使用した.塩ノ平断層の滝における滝の形成年代はおよそ74.3年前という結果が得られた.湯ノ岳断層では55.1年という結果が得られた.井戸沢断層は現在検討中である.これらの結果は先行研究で示された値とオーダーは同じため,無効な値ではないと考えられるが,今後再検討が必要なものであると考えている.

  • 鹿児島県島嶼部におけるAチェーンの事例から
    箸本 健二, 荒井 良雄
    セッションID: 719
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    高齢化と人口減少に直面する多くの有人離島では,食料品をはじめとする生活必需品を供給する小売業の維持が喫緊の課題とされている.地域共同体や地方自治体を運営主体とする共同売店の設立や,本土の量販資本によるネットスーパー事業の展開などは,こうした課題への代表的な対応例といえる.とりわけ,離島における通信インフラの整備とともに,離島に対するネットスーパー事業のサービスエリアが拡大している.しかし,食料品を含む最寄り品を離島へ配送する際には,①長いリードタイムを前提とする温度帯別配送の維持,②小ロット配送のコスト負担,③頻発する欠航への対応など,本土のネットスーパー事業とは異なる阻害要因が存在する.本研究では鹿児島県離島部におけるAチェーンの事業展開を事例に,離島へのネットスーパー事業における物流システムの構築と課題を検討する.

  • 観山 恵理子
    セッションID: S703
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.背景

     日本の卸売市場制度は,公正・公平で効率的な取引を実現するために1923年に設立された.以来,卸売市場には,安定した食料供給のための公的役割が期待され,それゆえに法律で取引内容が規制されるとともに,多くの公設市場に公的な資金が投入されてきた.2020年6月,卸売市場法の改正により,卸売市場取引における商物一致,直荷引き禁止,第三者販売禁止などの原則が撤廃され,卸売市場流通の自由化が大きく進んだ.卸売市場の企業化や民営化が進めば,事業の効率化や収益性が公共性よりも優先されるようになる可能性がある.このような社会的背景のもとで,卸売市場に求められる公共性はどのように発揮されるのか,その実態を明らかにすることは,今後の卸売市場流通の在り方を検討する上で重要な課題である.本報告では,公設卸売市場の運営事例を通して,卸売市場の公共性や今後の展開を官民の協働の可能性といった視点から議論する.

    2.産地と小売業者の大型化による市場外流通の拡大と卸売市場の機能変化

     卸売市場は,戦前から高度経済成長期頃までは,零細な生産者と小規模多数の小売業者を仲介する者として位置づけられていた.高度経済成長期頃以降は,国による産地形成政策や農協による出荷の組織化を通じて産地の大型化が進み,さらに,小売り側では,小規模な専門小売店(八百屋)が減少し,大型のスーパーマーケットやショッピングモールが伸長した.その結果,大規模な出荷者と大規模な買い手の間で卸売市場を介さない直接取引が試みられ,市場外流通の拡大をもたらした.しかし,一方で,気候変動などによって取引のリスクが大きくなるほど,卸売市場がリスク管理の場として活用されている.そのために,卸売市場がスーパーマーケットのエージェント化する傾向が見られるようになってきている.農産物消費の国産回帰や上記のようなリスク管理の観点から,低下し続けていた市場経由率は2011~2014年頃は横ばい傾向であったが,2015年から再び減少に転じている.その一因としては,品質管理基準の厳格化による各社による独自流通システムの構築が挙げられる.近年の卸売市場には,リスク管理に加えて,コールドチェーンの構築など品質管理システムの確立が求められており,その整備に係る負担や設備の更新などが問題となっている.

    3.小規模な公設・公営地方卸売市場の役割(長野県駒ケ根市場の事例より)(西原ほか 2022)

    (1)小規模な地場流通の拠点

     駒ヶ根市場は長野県中部に存在した公設・公営の卸売市場で,2023年度末に廃止が決定している.近年の年間取扱数量は約200t,取扱金額は5,000~6,000万円台で推移しており県内で比較的規模の大きい飯田青果(株)と比較するとその取引金額は約60分の1の小規模市場であった.駒ケ根市場は,規模は小さいものの,域内の小規模・兼業農家にとっての重要な出荷先として,また地元の専門小売店や小規模な量販店などの仕入れ先として,地域農業と地場流通を支えてきた.

    (2)給食への地場産品の供給

     学校給食への地場産農産物の供給においては,市場職員のうち,せり人が人脈と情報力を活かして,コーディネーターとして学校側と生産者側の間に立ち詳細な情報を共有することにより円滑な取引が実現されていた.こうしたきめ細やかな対応は公設・公営であり,利益の追求が限定的であるからこそ可能であった.

    (3)都市の小売業者との連携

     駒ヶ根市場では,京王電鉄(株)の運営する高速バスを利用した貨客混載事業を実施していた.駒ヶ根市場のような小規模な卸売市場においては,生産者による出荷の段階から店頭で販売されるまでの全段階で生産者の個性を商品に残したまま流通させることができ,消費者が店頭で生産者を確認できるような,いわば「顔の見える流通」を担うことが可能となっていた.このように,地域において広く新しい価値や生産基盤を創出するための情報や販路を提供することが,小規模産地市場の公共性の発揮であると指摘できる.

     現在の卸売市場には,流通の合理化や効率化に適応することが強く求められているが,駒ヶ根市場のように消費者や生産者,買参人のニーズに対し細かに応えることができる市場も地域に必要な存在である.市場の廃止が地域に与える影響については,今後の追加調査が必要であるが,本報告においては,今後の卸売市場運営における公共性と官民協働について,事例からその可能性を展望したい.

    参考文献

    西原実穂・観山恵理子・野見山敏雄 2022.公設・公営である小規模産地市場の役割と公共性――長野県駒ヶ根市公設地方卸売市場を通した学校給食材料と差別化商品の流通に着目して. 農業経済研究 94(1): 19-24.

  • 秋山 祐樹, 水谷 昂太郎, 馬塲 弘樹
    セッションID: P061
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    近年,日本全国で空き家が増加し続けている。そこで,2015年には「空家等対策の推進に関する特別措置法」が施行され,空き家の分布状況の把握が自治体の努力義務として定められた。また,2023年12月には同法が改正され,特定空家の予備軍となる「管理不全空き家」が新たに設定され,特定空家化する前に行政による改善の指導や勧告を行うなどの予防的措置を講じれるようになった.このように,空き家問題への関心は近年ますます高まりつつあり,現状の空き家分布の状況把握に資する研究も数多く見られる(Sayuda et al, 2021;水澤ほか,2022など)。一方,空き家の将来分布予測はこれまで著者らによる複数の自治体へのヒアリングの結果,高い需要があることが分かっているものの,現時点でその手法はほとんど確立されていない.そこで,著者らは日本全国同一の基準でオープンデータとして整備・更新され続けている政府統計(国勢調査,住宅・土地統計調査)を用いて,これらをAI(機械学習)により解析することで,日本全国の自治体の現在と将来の空き家率を推定する技術を開発している(秋山・水谷,2023)。本稿では秋山・水谷(2023)から発展した内容を紹介するとともに,研究成果を社会実装するための環境整備についても紹介する内容である.本研究では国勢調査から得られる市区町村ごとの様々な変数を説明変数,住宅・土地統計調査から得られる市区町村ごと空き家率(空き家数のうち,自治体での対応が必要になることが予想される「その他の住宅」の数を住宅総数で除した値)を目的変数とすることで,日本全国の市区町村の将来の空き家率を最長で2038年まで予測する手法を開発した。予測は機械学習モデル(LightGBMを用いた回帰予測モデル)を用いて行った。その結果,予測精度,外挿精度ともに高い汎用性に優れたモデルが実現した。また,本研究の成果は産官学民で幅広く活用されることで,日本の空き家対策の促進・加速を狙っている。そこで本研究の成果を社会に広く公開・普及するための環境整備として,図1に示すWeb GISを開発し,2023年7月より「空き家予測マップ」として本格的に公開を開始した。誰でも無償で閲覧することが可能であり,またオープンデータのみから開発されたデータであるため,同データの研究利用も可能である。 今後は町丁字等や地域メッシュなどの小地域単位で将来の空き家率や空き家数を予測する技術を開発する予定である。また,今後は商用利用(法人等)向けの提供方法についても検討を進める予定である。

  • 大谷崩における研究を通して考えたこと
    堀田 紀文
    セッションID: S605
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     山地において表面侵食や斜面崩壊によって流域に供給された土砂は,土石流や掃流砂,浮遊砂などのさまざまな土砂移動形態をとりながら流下し,やがて海に到達する.急激な土砂移動は土砂災害という形で人々の生活を脅かす一方で,土砂流出の過程で扇状地や段丘,三角州などが形成されると,そこは人々の営みの場所となる.

     大規模な崩壊地である静岡県大谷崩は,土石流が頻発する稀有な場所であり,これまでに現地観測に基づく精力的な土石流研究が続けられてきた.本発表では,大谷崩におけるいくつかの研究事例を紹介したうえで,流域における土砂の「コネクティビティ」について考えてみたい.

    2. 研究対象地と方法

     大谷崩は静岡県安倍川源頭部に位置し,標高2000mの大谷嶺直下に広がる約180haの崩壊地であり,1707年の宝永地震で形成された.研究対象地は一の沢と呼ばれる約22haの支流と,その末端に位置する大谷大滝から下流に広がる扇状地である.地質は古第三期層の四万十層群に属し,砂岩,頁岩,およびこれらの互層によって構成され,平均勾配は約27度である.土砂の生産と運搬に明確な年周期が存在し,岩盤斜面の凍結融解で供給された土砂が,豪雨時に土石流として流出する.年降水量は約3400㎜である.

     対象地において,雨量観測と土石流のモニタリング,および地形測量を実施した.流域下流部左岸の観測サイトに雨量計とビデオカメラを設置するとともに,流域内に複数のインターバルカメラを配置して,土石流の発生~流下を追跡した.ビデオカメラはワイヤーセンサーをトリガーとしている.地形測量では,当初は地上レーザー測量にて,その後ドローンを用いたSfM-MVS写真測量により,解像度 10 cm の数値標高モデル(DEM)を作成した.

    3. 源頭部での土石流の発生と扇状地での首振り

     対象地では,同一の降雨イベント内においても飽和土石流と不飽和土石流という異なる形態の土石流が発生し,その区分は単純に雨量や土石流流量だけで行うことはできない.地下水位の上昇に伴う斜面・渓床材料の安定解析から,不飽和・飽和条件下で土砂移動が生じる条件を力学的に求めた結果,斜面上の堆積物の勾配の空間分布を測定することで,飽和・不飽和土石流の発生を良好に区分できることが明らかになった.さらに,降雨「波形」が土石流の発生や規模に及ぼす影響と,それが流域内の堆積物の多寡によって変化することが示された.すなわち,土石流の発生は,降雨という外力と流域内の地形条件や堆積深という局所的な境界条件によって支配されていた.

     一の沢から流下した土石流は,扇状地で停止・堆積することもあれば,一気に下流まで流下することもあった.その違いは降雨や土石流規模では説明できない.扇状地DEMの時系列解析を実施したところ,土石流がいったん下流まで流下した後,後続の土石流サージが,複数の降雨イベントをまたぎながら,土石流流路を埋める形で停止・堆積域を遡上させていき,それが扇頂に到達した際に,別の方向に新たに流路を作りながら次の土石流が一気に下流に流下するというサイクルを有することが明らかになった.すなわち,扇状地上の土石流の挙動は,土石流の流入という外力と,扇状地形成サイクルがどのステージにあるか,という周期的に変化する境界条件によって決まることになる.

    4. 考察とまとめ

     大谷崩一の沢源頭部における土石流の発生と,扇状地上での土石流の挙動は独立した別のプロセスによって生じていた.一の沢と扇状地の間にある大滝がニックポイントとして,両者を明確に分けていると考えられる.安部川流域への土砂供給という観点からは,それぞれのプロセスを丁寧に評価することが望ましいと言えよう.実際,国土交通省による近年の土砂・洪水氾濫の取り組みでは,各地において,上流~下流にかけての数十年スケールの土砂動態予測が施設配置などの対策に役立てられ始めている.

     大谷崩での研究は,流域での土砂のコネクティビティについて,さらに一歩進んだ示唆を与える.一の沢で大きな土石流が発生するような条件(雨と堆積物)の際に,扇状地でのサイクルが新たな流路形成のタイミングに一致したらどうだろうか?想定外に大きな土石流が一気に下流まで到達する,という事態が生じ得る.異なるリズムに支配された複数の現象が「たまたま」一度に生じるという意味でのコネクティビティは,土砂災害対策など,さまざまな局面で重要な視点になり得るのではないだろうか.

  • −明治期の大磯海水浴場を事例として−
    馬籠 翔
    セッションID: 616
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    明治期以降,大都市近郊の沿岸部には海水浴場が相次いで開設され,そこでは不特定多数の人々による「モダン」な消費実践が繰り広げられた.日本の海水浴場の歴史に関する研究では,社会経済的な観点から分布や立地,機能・構造などが明らかにされてきたものの,その消費空間としての側面については十分に議論されてこなかった.そこで本報告では,明治期の神奈川県大磯における海水浴場のスペクタクル化の検討を通じて, 海水浴場を消費空間として読み解くことを目的とする.

  • 金 枓哲
    セッションID: 507
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    2040年までに全国の市町村の約半数が消滅する可能性があるとした増田レポート(2014)の衝撃的な予測が公になってからすでに10年が経っている。その間,「地方消滅」は近未来の現実として受け止められ,内閣府に「まち・ひと・しごと創生本部」が設置され,各自治体は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定が求められた。その内容は自治体によって若干の違いはあるものの,核となるのは将来人口推計をもとに30年後に約80~90%人口を維持するためには毎年何組の移住者が必要であるという「移住増加モデル」であった。この総合戦略が増田レポートのショックに対するアンチテーゼ的な性格を強く帯びていることを勘案しても,結果的に過疎問題の本質を再び人口問題に矮小化したと言わざるを得ない。

    ところで,「地方消滅」という用語から伝わってくるイメージは何だろうか。一般的にはある自治体が丸ごと急になくなることではないだろうか。しかし,現実ではそのようなことは起こりえない。起こりうることは自治体としての維持が困難となり,周辺の自治体に編入されることだろう。そこで疑問が生じる。ほかの自治体への編入ないし統合が「消滅」なのか。行政区域が再編されると,そこに住んでいた人々や集落がなくなるだろうか。そうではない。自治体の統廃合により合併される側の行政サービスが著しく低下することはすでに経験済みであるが,自治体の統廃合が,ある地域が丸ごと急になくなるといった文字通りの地方消滅ではないはずである。したがって,自治体の統廃合の可能性を「地方消滅」という刺激的な用語で心理的恐怖を助長することは,社会的に警鐘を鳴らそうとする意図があるとしてもなお行き過ぎた主張だと言わざるを得ない。2.選択と集中および地方消滅論でいう「地方」とは

    地方消滅論でいう「地方」とは何を指すだろうか。増田レポート等では市町村単位の自治体を想定しているように思われる。しかし,ある自治体が丸ごとなくなることは起こりえないとするならば,消滅の可能性があるのは自治体ではなく,集落レベルだろう。実際に集落レベルでは廃村もそれほど珍しくない。つまり,消滅危機の地方とは自治体ではなく,過疎地域の集落である。したがって,地方消滅前に財政の「選択と集中」で国土を再編しなければならないとする増田レポートの主張は,結果的に地方中心都市への集中と農村の切り捨てに帰結してしまう。過疎地域の立場からは,栄養不足で衰弱になっている患者に全身麻酔の手術を勧めるような処方箋に他ならない。3.地方消滅論と田園回帰論:二卵性双子

    増田レポート(2014)が発表された直後に,小田切(2014)は近年の大都市から地方への若年層を中心とする自発的な人口移動の動きに注目し,著書『農山村は消滅しない』で農山村の強靱さを浮き彫りにし,田園回帰論を主張した。小田切(2014)の主張は,農村と地方に対して,増田レポート(2014)とは全く異なる認識から出発しているが,結果的に過疎問題の本質をまたも人口(問題)に矮小化させてしまったと言わざるを得ない。その結果,過疎地域の現場では毎年何組の移住者があれば,現在の人口の7~8割程度を維持できるといった数字の一人歩きが横行し,過疎問題は再び人口という数字の罠に落ちいてしまった。小田切(2014)は,増田レポートのショックに対するアンチテーゼとして出されたことを勘案しても,昨今の過疎地域をめぐる議論を再び人口(問題)に矮小化させてしまったことから,増田レポートの「二卵性双子」と批判されても仕方ないだろう。

    4.「人口」は地域再生の結果であり,前提条件ではない

    発表者は過疎問題の本質について,人口減少それ自体よりも人口減少や人口密度の低下が社会的な問題に化す構造的なコンテクストにあり,外部環境の変化の激しさに耐えられず,村落社会のもつ自己調整メカニズムが機能しなくなった,社会的なアノミー現象(金,1998)と指摘したことがある。すなわち,日本の過疎問題は歴史的にも地域的にも限定的な条件のもとに生じた社会現象であり,人口減少や人口密度の低下が過疎問題の本質ではない。また,現在は急激な人口減少による社会的なアノミー現象もおさまり,日本の過疎地域は高齢化低人口密度社会として一定の安定を取り戻していたと思われる。むしろ,平成の大合併以降の行政サービスの低下が問題となる「ポスト過疎」の時代に入っていると考えられ,過疎地域の将来は人口規模の維持そのものより,地域自治組織の再編にかかっている。

  • 池田 真志
    セッションID: S705
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    日本におけるフランチャイズチェーン(以下,FC)は,その市場規模が約27兆円であり(日本フランチャイズチェーン協会 2023),消費者の生活に欠かせない存在となっている.他方,日本は人口減少社会に突入し,今後,小売・外食・サービス業などでは市場規模の縮小に伴い,閉店する店舗が増える業種・業態が出てくることが予想される.BtoCの各種店舗は人々の生活を支える上で重要であり,市場縮小期の店舗立地を理解するためには,小売・外食・サービス業などの店舗がどのような論理で立地し,維持・継続されているのかを明らかにする必要がある.本報告で研究対象とするFCは,本部企業(フランチャイザー)と店舗を運営する加盟者(フランチャイジー)が異なる主体であるという特性を持つため,店舗の立地や維持,撤退のメカニズムを検討する際に,この特性を考慮する必要がある.以上を踏まえ,本報告では,FCを展開する本部企業と加盟者へのインタビュー調査に基づき,FCの特性に着目した店舗の立地のメカニズムと市場縮小期における店舗の維持・継続の方法を検討する.

     FCにおいては,直営店も活用されるが,本部と店舗は別の主体によって運営される.そのため,FCの店舗展開は,必ずしも本部企業のみの意向では決定できず,ある地域に新規に出店する場合は,その地域に加盟希望者が存在するかどうか,既存の加盟者がその地域に増店する意向があるかどうかなど,加盟者の存在や意向が重要となる.他方,店舗の維持に関しても,加盟者の契約更新の有無や後継者不在など,加盟者側の事情で店舗が維持できなくなることがある.たとえば,コンビニエンスストアにおいては,オーナー(加盟者)の高齢化による事業承継が課題として指摘されている(経済産業省 2023).

     FCの新規店舗の出店に関しては,加盟者に多額の投資が必要になる場合が多い.しかしながら,出店する店舗が必ずしも成功するとは限らないため,出店希望者に不安が生じる.これに対して,FC本部企業では,①最初に直営店や子会社で出店し,売上や利益などの実績が見えてきた時点で加盟者に店舗を引継ぐ,②店舗運営の経験がある既存の加盟者に増店を依頼して出店する,などの対応がなされている.

     FCの店舗を維持するためには,加盟者の事業承継が重要となる.加盟者の事業承継に関しては,本部企業によるサポートが行われている.それは例えば,①加盟者の社長の子世代のつながりを作る,②スーパーバイザーが事業承継をサポートする,③将来のオーナーを育成する事を目的とした研修制度を導入する,④加盟者の事業承継者の条件を緩和する,などである. 加盟者が事業承継できない場合,本部企業が,その加盟者の店舗を直営店や子会社で一時的に引継ぐことによって店舗を継続する対応がみられる.このような店舗は暫定的な直営店であり,将来的には加盟者に引継ぐ店舗として位置づけられている.FCにおける直営店は,テストマーケティングや社員教育などで使われる位置づけもあるが,加盟者の出店支援やフランチャイズ店舗を継続させる役割も果たしている.さらに,本部企業主導で加盟企業を合併して子会社化することによって店舗を継続する取組みも見られた.FCにおける店舗の新規立地や維持・継続にあたっては,本部企業が加盟者の新規出店や事業承継をサポートしたり,一時的に直営店として引継ぐなどの対応を行うだけではなく,加盟者が本部企業からの依頼によって既存店舗を引継いだり新規出店を行うなど,本部企業と加盟者が協同して店舗網を構築している.

    文 献

    経済産業省2023.新たなコンビニのあり方検討会.https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/new_cvs/index.html(最終閲覧日:2024年1月17日)日本フランチャイズチェーン協会 2023.2022年度「JFAフランチャイズチェーン統計調査」https://www.jfa-fc.or.jp/folder/1/img/20231017101510.pdf(最終閲覧日:2024年1月17日)

  • ―グループインタビューの質的分析を通じて―
    楊 珺屹, 松井 真一
    セッションID: 617
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.「記憶の場」とその利用近年,地理学において災害に関する記憶を集め,集合的記憶を分析する手法が見られるようになった。災害における集合記憶は個人の記憶を集合することにより,地域の災害記憶を明らかにする手法ともいえる。このような個人の記憶または一定の社会集団の集合的記憶を分析する手法は災害のみならず歴史的景観や,歴史的建造物保存運動などにも利用される。大平はフランスの歴史学者ノラの「記憶の場」という概念を取り上げ,「記憶の場」という研究概念は集合的記憶の根づいている「場」,すなわち空間,動作,イメージ,事物などに注目するものであり,そこには地理学的な空間スケールの場所も包括されている。「記憶の場」に焦点を当てることで記憶が孕むシンボル性と政治性を明らかにすることが試みられ,人々の歴史意識を問う文化=社会史が目指されていると指摘する。このような研究概念は都市空間の認知においても古くから利用されており,リンチは『都市のイメージ』の中で人々が都市の成り立ちを認知する際の手がかりとなるものとして「パス(Path)」「ランドマーク(Landmark)」「エッジ(Edge)」「ノード(Node)」「ディストリクト(District)」の5つの要素を挙げ,人々がいかに地域を認知するかを提示している。2.研究の背景と研究目的 今帰仁村謝名は琉球の伝統的集落景観を残す村である。この村では今でも祭祀が継承され,また4年に一度豊年祭がおこなわれる。現在,豊年祭は豊作を祝うというより地域の祭りとしての側面が強い。ただし,豊年祭の一連の行事には祭祀も含まれており,単なる地域の祭りとは一線を画する。祭祀や豊年祭は区長または公民館を中心としておこなわれ,コミュニティが地域性を継承する契機ともなっている。この村での「記憶の場」として挙げられるのはこれら祭祀や豊年祭がおこなわれる空間である。本研究では,これらの「場」についての語りや調査から村の集合的記憶がいかに構築されるかについて検討する。フィールドワークや文献などの筆者自身からの視点だけでは,空間に関する分析は十分ではない。そこで,人文主義地理学の視点から,科学的なデータ分析方法を用いて地理的な調査・分析を行うだけでなく,現地の人々の風俗習慣を理解し,現地住民の五感や感情,集合意識,知覚を問うなど,既存の方法とは異なる方法で地理空間を捉えることを試みる。具体的にはグループインタビューを通じて,集落の集合的記憶を構築し,そこから現地の人々の空間認知の再構築を試みる。3.集合的記憶からみる謝名の村落空間構造本研究では複数回にわたってグループインタビューをおこない,祭祀空間および集落全体の「場」に対する記憶を聞き取った。これまでの集落空間構造研究は,景観復原によって明らかにされる事が多かったが,本研究では個々の語りから集合的記憶の概念を利用しつつ,テキスト分析によって空間および集合的記憶の構築を明らかにしたい。聞き取り調査で得られたテキストデータを SCAT 分析した。この方法は,一つの事例データやアンケートの自由記述欄など,比較的小さな質的データ分析にも有効である。(大谷,2010:155)本研究では,この手法を用いて,聞き取り調査対象者の表層的な会話から場所と空間に関する理論的なストーリーを導き出し,これらのストーリーを集め,集合的記憶に基づいて空間と場所の構造を再構成する。

  • 原 裕太
    セッションID: 405
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 背景と目的

     中国では7,000年前頃,長江流域で稲作が,黄河流域でアワ,キビ等の雑穀作がそれぞれ始まったと考えられている.以来,秦嶺山脈-淮河ラインを境界として,伝統的に以南は稲作・米食,以北はアワやキビを中心とする雑穀作・雑穀食が中心で,北部の場合は歴史時代を通じて西方よりコムギやコーリャン,トウモロコシ等が伝わり融合した.

     中国はインディカ種(籼米)とジャポニカ種(粳米)両方の栽培がみられる特徴的な国であり,食文化にも関係するが,栽培種ごとの生産状況は不明瞭である,国内の移出入に関しても,政府統計では公開されていない.また雑穀栽培についても,現代を通じて縮小を続けてきたことは知られているが,近年は縮小とともに政府統計に記載されない傾向があり,継続的な経過把握が困難になりつつある.そこで本稿では,これまでの成果も踏まえ,国内外の諸情報と現地での観察結果から,改革開放以降の中国における穀物生産・消費の特性,変化について検討を試みる.

    2. 開発品種の登録情報が示す米産地内の特性と変質

     イネ・米に関して,栽培種レベルで地域性や変化を把握する際には中国水稲研究所データベースが有効と考えられる.各省で登録された品種情報を解析することで,全土を(1)籼米偏重地域(華南沿岸),(2)籼米中心地域(四川,湖北等の長江中上流),(3)籼米と粳米の拮抗地域(雲南等),(4)粳米拡大地域(長江下流),(5)粳米偏重地域(北部)に区分でき,秦嶺山脈-淮河ラインとは異なる空間特性の存在を見出せた.品種の特徴を時系列分析すると,寧夏等の北部粳米産地では1980年代以降,低アミロース化や栽培期間の長期化等が進行していることがわかった(原2022a).

     加えて,漁業統計を用いることで,新しい水田での水産養殖(イネ・水産物共作)の試みが,限定的なものの全土で広がりをみせる様子も把握できた(原2021).

    3. 米の国内流通の基本構造と実際

     鄭州商品交易所の2010年代の資料によると,代表的な米の国内移出入は「北粳南運,中籼東輸,中籼南下」,すなわち東北産粳米が華北,西北,西南へ,江蘇省の粳米と華中・華南内陸の籼米が沿岸部や雲南へ,と表現される(図1).

     以上を基礎として,市場調査の結果を踏まえると,図1には書かれていない黄河上流の寧夏が,主産地として周辺地域でメソ供給圏を形成していること(原ほか2016),西北では大都市以外でも東南アジア産籼米が流通しており,籼米需要がみられること(原ほか2016),反対に華南沿岸の広東省深圳では東北産粳米が多数販売されており(2024年),一定のシェアを有している可能性等が示された.

    4. 北部中低高原区における雑穀栽培の増加

     華北平原以外の中国北部の広い範囲では,1980年代以降,コムギや雑穀の播種面積が縮小し,トウモロコシやイモ類の栽培へと転換されてきたのが,全体的傾向である.

     その中で2000年代半ば以降,黄土高原や内モンゴル東部を含む北部中低高原区でアワの播種面積,生産量が増加に転じている.これはアワ栽培史上の一大転換点といえるが,中心産地の一つである河北省蔚県では,県城に近い好条件の平野部で雑穀が盛んに栽培される様子を観察できた(原2022b).また,深圳のスーパーマーケットでは,豊富な品揃えで蔚県や山西等の雑穀が販売されていた(2024年).こうした展開は都市住民の健康志向の表象と示唆される.

    5. まとめ

     一般に中国南部は米食,北部は麦・雑穀食と表現されるが,その実態は複雑化している.中国北部にも重要な米作地域が複数存在し,周辺地域を中心に米食化を牽引するとともに,品種や栽培方法も変化,改良されてきた.南部では北部の米食化と対象的に粳米や雑穀が受容され,北部内陸の雑穀栽培の増加へも影響を及ぼしている可能性がある.

    文献

    原 裕太ほか 2016. 環境情報科学論文集 30: 195-200. doi: 10.11492/ceispapers.ceis30.0_195

    原 裕太 2021. E-journal GEO 16(1): 70-86. doi: 10.4157/ejgeo.16.70

    原 裕太 2022a. 環境情報科学 51(4): 83-89. doi: 10.11492/eis.51.4_83

    原 裕太 2022b. 雑穀研究 37: 12-20.

  • 齊藤 建, 奈良間 千之
    セッションID: P004
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     世界的な多雪地帯である日本海側の山地では,100以上の多年性雪渓が分布する(Higuchi and Iozawa, 1971).雪渓の面積変動は,短期の気候変動を示す指標であり(樋口,1968),気象観測に乏しい中部山岳において山岳環境の変化を知る重要な指標である.しかしながら,空中写真の取得頻度は少なく,継続的な雪渓の面積変動のモニタリングはおこなわれておらず,雪渓の形成環境なども明らかでない.そこで本研究では,融雪末期の10月に取得された衛星画像を用いて,2016年~2023年の雪渓ポリゴンデータを作成し,雪渓の数や面積の変化を調べた.また,雪渓ポリゴンデータに環境要素を追加し,流域ごとに多変量クラスター解析をおこない,雪渓の維持や消失に関わる環境要因を調べた.

    2. 方法

    2.1 雪渓ポリゴンデータの作成

     2016年~2022年10月のPlanetScope衛星画像(解像度3m)を使用して雪渓ポリゴンを作成した.岩盤と雪渓の区別が難しい場合はRGBに割り当てるバンドを変更して雪渓範囲を判読した.精度検証として,同時期に撮影されたセスナ空撮画像から取得した雪渓ポリゴンデータを用いた.両者の相関は非常に高く,PlanetScope衛星画像でも雪渓ポリゴンを正確に取得できた.

    2.2 雪渓形成の環境条件

     飛驒山脈の雪渓数と面積雪渓形成の環境条件を調べるため,国土地理院のDEM(5mメッシュ)を使用して,主稜線から下流2km地点を流出点とした流域ポリゴンを作成して,流域の平均標高,流域内の傾斜角50度以上の面積の割合,流域内で雪渓が存在しなかった年の数の属性情報を入力した.また,立山連峰の風下側にあたる後立山連峰の唐松岳以南では,降雪量が唐松岳以北よりも少ないと考えられるため,第一線山脈であるかを区別する数値(第一線山地は1,そうでない山地は0)の属性情報を入力した.飛驒山脈において稜線の西側斜面の積雪は冬期の季節風によって吹き払われ,東側斜面に堆積するため,雪渓のほとんどが東向きの谷に形成される(朝日,2016).集団内の積雪量条件に可能な限り差がないようにするため,西側の流域と東側の流域を分けて,属性情報を用いて多変量クラスター分析をおこなった.

    3. 結果

     8年間の雪渓の数と面積を調べた結果を図1に示す.雪渓の数と面積は2017年に最大であり,わずかな違いはあるものの2016年と2023年に最小であった.雪渓の数と面積の変動は同じ傾向を示した.山脈の稜線東側の流域を対象に多変量クラスター分析をおこなった結果,平均標高あるいは50°以上の斜面の割合が大きいほど雪渓の消失年数が少ない結果が得られた(図2).しかし,グループ5のように第一線山地でない流域にも関わらず雪渓の消失年数が少ない流域が存在した.

     次に山脈の稜線西側の流域の分析結果では,雪渓の消失年数が少ないグループ2・3の流域は平均標高が高い,もしくは50°以上の斜面の割合が大きかった.第一線山脈ではないグループ5の流域では,雪渓の消失年数が最も多かった.

    4. 考察

     東側流域で雪渓消失年数が少なかったグループ2・3・5に着目する(図2).御前沢氷河や白馬大雪渓を含むグループ2の流域(第一線山地)では,50°以上の斜面の割合の平均が15.5%(東側流域の平均値は14.5%)であったが,平均標高の平均値が2409m(東側流域の平均値は2130m)であり,平均標高が高いために多年性雪渓が形成・維持されていると考えられる. 唐松沢氷河,三ノ窓氷河,小窓氷河を含むグループ3の流域(第一線山地)では,50°以上の斜面の割合の平均が25.7%と高く,平均標高の平均値は1873mであることから,この流域は平均標高が比較的低いにもかかわらず,急峻な岩壁からの多量の雪崩による積雪で多年性雪渓が形成・維持されていると考えられる.また,カクネ里氷河などが含まれるグループ5の流域では,第一線山地ではないが雪渓消失年数が少なかった.この流域では,平均標高値は2054mと低いが,50°以上の斜面の割合の平均が26.5%と高かった.この流域は第一線山地でないため降雪は比較的少ないと想定されるが,雪崩とグループ3よりも高い標高により多年性雪渓が形成・維持されると考えられる.

  • 井内 麻友美
    セッションID: P059
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    日本は,アメリカ合衆国,中国に次いでプラネタリウム施設を多数有し,かつ光学機メーカーを3社有する世界的に特異な国である.現在,日本では300館近くが稼働し,うち9割が地方自治体の所有する文化公共施設に設置される.開設の推移は,1960年代から増加し,1970年代前半と1990年代前半をピークに,2000年代以降も年数館の新設がある(日本プラネタリウム協議会,2020).プラネタリウムは,小中学校の理科学習の補填教具としての役割を主に,第二次ベビーブームの人口増加に合わせて,全国に設置された.設置年代と立地の傾向は,1970~80年代は都市公園内および住宅地内に,1980~90年代は公共施設に隣接,2010年代は駅前が比較的多い(井内,2019).施設は,機器更新,施設設備修繕を施しながら運営されるが,近年は機器老朽化を理由に休止・閉館する施設も少なくない.数多く設置された70~90年代の施設は,開設から30~50年近く経っており,地方自治体の有する公営施設では,今後一層,現在の地域に合った公共サービスの見直しや施設存続の意義が問われると考えられる.既存の文化・教育施設の利活用の実態としては,廃校跡地や廃校の利活用による利用者の交流など公立学校を対象とした事例研究がある(酒井2001;村井2021;畠山2016).人口減少,少子高齢化が加速するなか,2000年以降,各地方地自体で地域再生を目的として教育や文化を基盤にした地域づくりが取り組まれてきた.公営プラネタリウムは,地域コミュニティの再生や交流の拠点となりうる文化・教育に関連する公共施設内に設置される.プラネタリウムで提供される公共サービスの実態を明らかにすることは,地域に対する利活用の可能性を探る一歩となる.プラネタリウムの主なサービスが上映プログラムである.「番組」と呼ばれ,上映は1回30分~60分程である.番組は,当日の星空を再現し解説員が案内する番組を主に,対象者を明確にした番組や,番組配給会社が販売するコンテンツ番組,館独自で企画制作される番組など多種存在する.本研究では,日本における公営プラネタリウム施設の上映プログラムの実態を整理し,施設サービスの全国的な傾向をとらえることを目的とする.

    2.調査の手法

    公営施設のうち団体利用専用施設を除いた195館を対象とし,2023年11月下旬に各施設の自治体および施設ウェブサイトの公開情報を閲覧調査した.上映タイムテーブルと上映プログラムを整理し,各施設の演目内容の種類・見学者対象を分類し,GISを用いて分析した.

    3.結果

    日本の地域区分ごとにみると,配給番組は北海道以外の地域で実施館数の割合が30~60%を占め,全国的に浸透している.自主企画制作番組は,関東・中部・近畿で件数が多く,指定都市・中核市で実施され,都市規模に依存する.乳幼児対象番組は近畿で,大人対象が明確化された番組は東北・関東で比較的多く,地域で差が生じている.都市規模の小さな自治体施設では,定期上映番組がなく,年間でイベント上映を実施している所もあり,地域密着のサービスを提供していることが明らかになった.

  • 岡田 ひかり, 堀川 泉
    セッションID: P066
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.問題意識 食のグローバル化以降、フードチェーンは長大化し、フードネットワークの語が示すように、現代の食には多様な主体が関わり、各主体の認識が錯綜する中で食生活が営まれている。この複雑な状況を読み解く際には、食を取り巻く現象そのものを見るだけでなく、個人や集団が自らの認知する現象の構築にいかに関与し、解釈しているかという視点が有効である。そこで本稿では、空間的な食環境の構築プロセスを、構築主体の関与と認識に着目して理論的に考察するアプローチである、フードスケープ(Foodscape、以下FS)概念の、意義と課題を整理しながら可能性を検討する。2.理論と特徴 MacKendrick(2014)は「食べ物を手に入れ、準備し、食べ物について話し、食べ物から何らかの意味を得る場所と空間」がFSであるとした。FSの定義は完全には統一されておらず、研究分野や研究者個人によって異なっているが(河合,2020)、MacKendrickの定義から読み取れるように、食環境の物理的・物質的な様相と、人々による主観的な解釈とを組み合わせた概念であるという点にFSの大きな特徴がある。FSを用いて、食べ物・人々・領域の3者の関わりを大局的に捉え、その背景が社会、文化、政治、経済などの視点から多面的に考察される。公衆衛生や都市計画の分野では、FSは通常、要素を列挙し、分類し、政策介入によって改善できる可能性がある、構築された食環境とみなされている。また、社会学や文化人類学では、日常的な食の実践の社会的形成や、文化的食習慣によるFSの形成に着目した研究が行われている。一方で、地理学では、FSの導入により、景観研究の蓄積を踏まえて景観を形成し意味づける生活者の主体性を明らかにするとともに、食の地理学研究の蓄積から食の空間的な存在とその背景にある権力について、前述のような複数の視点から検討する点に期待できる。3.具体例 Pascale(2021)は、米国サンディエゴにおける、エスニック居住区のFSを取り上げ、その特徴と変容を多面的に検討している。まず、都市開発の視点からエスニックFSが議論されている。エスニックFSは地域の多様性や活気を示すものとして位置づけられ、都市の成長と資本蓄積を促進するために用いられている。その背景として、公共、民間、非営利の関係者による選別と排除の存在が指摘されている。具体的には、観光業や雑誌記事での宣伝によって、移民地区と美食としてのエスニック料理の空間的関連性が創造/想像されることで、場所が食文化の資本を提供するものになっている。さらに、宣伝の一方で、宅地・金融政策によって移民は都市郊外での居住を強いられることから、移民へのマイナスイメージが再生産され、彼らのFSが隠され続けている。次に、ジェントリフィケーションを通じた、都市のエスニックFSの変容が議論されている。エスニックFSには、移民達が経営する飲食店や食料品店が多く、地域の食料安全保障に寄与してきた。近年、そこでの食の消費が、白人中産階級にとって、食の豊富な知識や人種偏見のなさを表し、自らを他者と差別化するものとして人気を博している。その結果、彼らのニーズに合った高級なエスニック料理店が増加する一方で、エスニックの住民達は、家賃・食費の上昇と、馴染みの店や相互扶助の場の消失、場所に基づく記憶の喪失に見舞われている。こうした状況が、エスニックからコスモポリタンへの、FSの変容と解釈されている。なお、食環境の人への影響に加え、食環境の構築への人の関与など、両者の関係性を双方向的に捉えることが重要である。それにより、食に関する問題を様々な観点から重層的に描出可能となるからである。既存の食の地理学では経済的な視点が主であったが、食の社会・文化的側面を検討する点にもFSは可能性を持つ。発表では、さらに事例を示し、FS研究の可能性を議論したい。

  • 草野 邦明
    セッションID: 341
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本研究では,2015年国勢調査8分の1(125m)地域メッシュを使用して,東京都区部において人口が居住する31,146メッシュに対し,年少,前期および後期生産年齢,老年の4年齢層の人口数に基づき居住地域分類を行なった。

    分析にあたっては,データ数が3万を超えていることから,クラスター分析K-means++法およびエルボー法を用い,クラスター数の変化とクラスター内誤差平方和の変化から,適切なクラスター数を決めた。

    本分析の結果,従来の研究では捉えることができなかった,「超高層マンションの後期生産年齢人口卓越地域」,「高層マンションの後期生産年齢人口卓越地域」および「高層公営団地の老年人口卓越地域」の局所的な居住地域を設定することが可能となった。加えて,年齢層・住宅の建て方・人口密度の間の関係を明確に捉えることができた。

  • 森岡 玄登, 竹川 陽揮
    セッションID: P069
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 研究の目的 近年, 大都市圏郊外のコミュニティにおいて, 社会関係資本の重要性が増している. 他方, 公的統計を含む個票データの利用とともに,インターネット調査などの大規模な統計調査のデータ構築と分析に向けた議論が行われている.そうした議論から,全国の主要大都市などを対象とした社会調査の分析が埴淵編(2022)においてなされた.本報告では,埴淵編(2022)で取り上げられた項目の中でも「地域の満足度(人間関係)」に注目し,同様の設問を持つ私鉄沿線居住者を対象とした調査データを用いて,東京圏西郊外の居住地のコミュニティに関する満足度の地域差を示すことを目的とする. 2.「小田急沿線生活者1万人調査」の概要 本発表で使用するデータは,小田急電鉄小田急総合研究所によって2022年に行われた「小田急沿線生活者1万人調査」である.この調査は,主に小田急線を最頻利用路線とする標本をインターネット調査を通じて収集したものである.報告者らはその調査結果のうち, コミュニティに関するデータを許可を得て使用した.第1図のように,対象地域は東京圏の都心周辺部から郊外,農村地域までを含み,交通利便性や住民属性は多様で,コミュニティに関わる価値観や意識の地域差を分析するのに適していよう.3. コミュニティに関する満足度と重視度 この調査では,「居住地」および「住みたい地域」に対する設問が与えられている.なお,住みたい地域とは,必ずしも居住地とは限らない.第1に,「(居住地は)近所づきあいや地域活動が活発である」という項目に対して「満足」「やや満足」の回答率が高いのは,鎌倉市や多摩市,開成町,平塚市などである. また,これらの回答率が低いのは,箱根町や大井町,小田原市, 中井町,伊勢原市,狛江市,座間市などである.これをエリア別にみると,多摩エリアと湘南エリアが高く,その他の地域と約5%ポイントの差がある.第2に,「(居住地は)困ったときに互いに支えあう雰囲気がある」という項目に対して「満足」「やや満足」の回答率が高いのは,南足柄町や開成町,平塚市などである.これらの回答率が低いのは,大井町や松田町,座間市,大和市,川崎市多摩区などである.これをエリア別にみると,湘南エリアが最も高く,次いで多摩,世田谷エリアに加え,県西エリアでも高い.続いて,社会関係資本の重要性に関連して,「近所づきあいや地域活動が活発である」という項目について,「居住地」に対して「満足」「やや満足」と回答した人の割合(:満足度)と,「住みたい地域」に対して「重視する」「やや重視する」と回答した人の割合(:重視度)を組み合わせて示した(第2図).これをみると,多摩,湘南エリアで満足度と重視度がともに高いのに対して,代々木,世田谷,川崎エリアはいずれも低く,町田,県央,県西エリアでは重視度は高いが満足度が低いことがわかる.4. 考察 多摩,湘南エリアの居住者は,人づきあいや地域活動を重視した生活を求めている可能性がある.他方,代々木,世田谷,川崎エリアの居住者は,相対的に人づきあいや地域活動を重視しているとは言い難い.こうした傾向には,家族構成や職業といった居住者層の違いが影響していると考えられる. また,多摩,湘南エリアは人口増加率が高い地域である.特に湘南エリアは移住先として注目される地域であり,コミュニティに関する満足度やそれらの重視度が高く,コミュニティについて特徴的な意識を持つ地域であることが指摘できる.文献 埴淵知哉編 2022.『社会調査で描く日本の大都市』古今書院.

  • 関戸 明子
    セッションID: 614
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本報告は,風景写真を印刷した絵はがきを手がかりに,近代における観光名所のイメージがどのように生産され,流通したのかを,妙義山を事例として考察するものである。 絵はがきの発行は,日本では1900(明治 33)年 10 ⽉の私製葉書の許可に始まり,日露戦争(1904〜1905年)にかかわる記念絵はがきが人気を集めて爆発的なブームを迎えたことが知られている。『風俗画報』318号(1905年6月),320号(1905年7月)にも「絵葉書の流行」に関する記事が掲載されている。佐藤健二は,絵はがき解読のための課題として「モノとしての絵はがきの生産--流通--消費の仕組みを,その社会のなかで細かく描いてみる研究が必要になる。どのように作られ,だれによって売られ,だれが買い,そしてどんなふうに使われているかのモノグラフである」と述べている(佐藤2018: 147)。絵はがきには,記念絵はがき,美人絵はがき,事件絵はがきなどの多くの種類があるが,風景写真を印刷した名所絵はがきはその中でも主要な位置を占めていた。名所絵はがきを比較し,歴史的景観の変遷を読み解く試みはさまざまな成果を生み出してきた(関戸2010)。一方で,佐藤が課題としたモノグラフの実践は,資料の限界もあってわずかしかみられない。事例とする妙義山は,群馬県西部に位置し,大分県の耶馬溪,香川県の寒霞渓とともに三大奇勝の一つに数えられ,1925年に国の名勝の指定を受けた。独特の形をした荒々しい岩峰が連なり,多くの奇石や石門がみられ,山水画を思わせる風景で知られてきた。それゆえ文学作品や絵画に描かれ,豊富な作品が残されている(関戸2022)。妙義山の山域は白雲山,金洞こんどう山,金鶏きんけい山の三つからなり,白雲山麓には妙義神社,金洞山麓には中之嶽神社が鎮座する。1885年の信越本線・松井田駅開業以降,登山道の整備が進み,1910年代には金洞山の石門と奇岩をめぐるルートに多くの登山客が訪れるようになっていた(図1)。金洞山の西部に中之嶽神社と御神体である朝日岩(轟岩),東部に四つの石門がある。石門一帯は金洞舎の柴垣氏の私有地であり,1954年に30haの土地が群馬県に寄贈され,県立妙義公園が開設されたという背景をもつ。妙義山の絵はがきの発行・販売の中核を担ったのは,妙義神社門前の旅館と金洞山一本杉に位置する休憩所・金洞舎と中之嶽神社社務所であった。妙義神社社務所については,境内の建物を中心として絵はがきを発行しているほか,1907年以降,複数回にわたって石門の写真も掲載した案内書を出版している。松井田駅から来た客は,妙義神社門前で登山案内人を雇って,金洞山に向かうのが一般的であった。1911年には,実業之日本社の記者一行が妙義山を訪れている。事前に石門一帯は個人有で写真撮影が難しいと知らされ,そのことを金洞舎の主人に尋ねると,「山下では宿屋もはがきも総て独占しやうとしている。それでは共同して山を発達させることは出来ぬ。制限などしたくはないが,余りひどいから,つい言ひたくなる」と聞き,「山の上で売つてゐるのを売つてゐないと偽つて(略)山の持主の売つてゐるのを複写した汚い絵ハガキを売りつけたりする」といった行為に不快感を示している(記者談話倶楽部1911.「妙義登山鼻競べ」実業之日本14(25): 76-79)。このように両者には対抗関係がみられた。金洞舎の絵はがきの袋には印刷所を記載しているものがあり,東京の光村製版印刷所,和歌山の大正写真工芸所といった業者名を見出せる。妙義山において,どのような風景が写真に撮られ,名付けられて,絵はがきとして販売されていたのか,登山客がどのような経験をしていたのかなどの具体的な様相については,当日報告する。

  • デリー首都圏の日本市場向け製造企業2社を事例に
    宇根 義己
    セッションID: 714
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.研究の目的

     インドは中国に次ぐ世界第二位の縫製品生産国に成長している.国内には,地方や大都市に繊維・縫製産地がさまざまな工程・素材ごとに多数存在している(Mezzadri 2017; 宇根 2023).本発表で取り上げるデリー首都圏は,近年の成長が顕著な縫製産地のひとつである.また,インドはファーストリテイリングをはじめとした世界的なアパレル企業・ブランドの進出・委託生産が進むなど,近年になってグローバル生産ネットワークに組み込まれつつある.同時に,COVID-19は世界における繊維・縫製業の再編を迫る機会となり,インドのアパレル産業をめぐる状況は大きな変容の只中にある.

     発表者は2019年12月と2024年1月において,デリー首都圏に工場を有し日本市場向けに縫製品を製造する日系企業およびインド系企業各1社を訪問し,インタビュー調査を実施した.本発表は,これらの調査結果をもとに,インドのアパレル産業における生産ネットワークの実態とCOVID-19の影響を分析し,日本市場向けアパレル産業をめぐる生産ネットワークの動向を展望することを目的とする.

    2.日系N社の事例

     日系J社は1990年代中頃にインドへ進出し,国際空港に至近のハリヤーナー州グルグラム(グルガオン)県に本社工場を構えている.同社は,日系企業が集積しているグルグラム県IMTマネサール工業団地にも縫製・検品機能を保有していたが,当該工場はコロナ禍の再編により2021年に本社工場へ集約された.

     ところで,2020年春のCOVID-19第一波の際,インド製造業は政府によって約1ヶ月間の強制的な操業中止命令(ロックダウン)を受けた.その後,縫製業界では「エッセンシャル・アイテム」としてマスクや白衣などの製造のみ認められ,同年6月頃からは段階的に通常生産が再開された.生産の再開にあたっては,COVID-19の感染状況に即して地域が区分され,地域別に生産制限の解除が進められた.こうした状況のなかでJ社は安定的な受注が見通せなくなり,対応策として非正規雇用割合を引き上げた.

     J社は主に成人女性向けの夏用衣服を製造している.サンプル作成から納品までのリードタイムは,コロナ禍前で約90日であったのが,コロナ禍では納入先の了承のもと,調達,生産,出荷の各工程をそれぞれ10日ほど延長した.また,コロナ禍では素材や物流のコストが値上げし,2024年の調査時点でもコストはコロナ禍前の水準に戻っていない.糸や布など素材の調達範囲は国内主産地に広がっており,生産ネットワークは広域的である.インドでの日本市場向け縫製において,品質の担保は大きなボトルネックの一つとなっているものの,複数回の検品作業により品質の問題に対処しようとしているほか,取引先の選定や素材・完成品の品質管理は厳格に行われている.

    3.インド系I社の事例

     I社は,日本に留学経験のある現社長によって1990年代前半にデリーで設立され,2000年にハリヤーナー州グルグラム県,2006年にIMTマネサール工業団地に工場を設立した.2015年には,安定した女性労働者の確保を目的に,デリーから北東約100kmの小都市に分工場を設置した.主に日本の成人女性向け衣服を製造してきたが,COVID-19によって国内市場の開拓を開始した.N社と同様,I社も2020年には生産中止に見舞われた.その後,生産は回復していったものの,2021年初夏の第二波は,従業員の感染増加など第一波よりも困難な状況であったという.また,コロナ禍前に比べると小ロットの発注が増えているなど,COVID-19の影響は随所にみられる.

    【文献】Mezzadri, A. 2017. The Sweatshop Regime: Labouring Bodies, Exploitation and Garments Made in India, Cambridge university Press.

    宇根義己 2023. インド繊維・アパレル産業のサプライチェーンと地域的特性.佐藤隆広編『経済大国インドの機会と挑戦』131-158.白桃書房.

  • 井上 萌来, 田畑 勇也, 矢野 桂司
    セッションID: 648
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

    京都市は、2007年の新景観政策の実施以降、京都市内の伝統的な建物や景観を保全するための「京の景観ガイドライン」を策定してきた。中でも京都の景観を構成する京町家の保全・継承に関して様々な取り組みが展開されている。京都市は、その基礎データとなる京町家の残存状況を把握するために、1995・1996年度以降、4回にわたり、京町家まちづくり調査を実施してきた(京都市 2017)。しかし、京町家の悉皆調査は、多くのコストと時間がかかることが課題となっている。そこで、本研究では、京町家の残存状況を把握する悉皆調査の簡略化を図るために、多様な地理空間情報を活用した京町家の滅失推定の方法を提案する。

    京町家の滅失推定方法 第3・4期京町家まちづくり調査の概要とGIS分析

    京町家まちづくり調査は京都市、京都市景観・まちづくりセンター、立命館大学などが協力して過去、4回行われてきた。特に大規模に調査が行われた第3期京町家まちづくり調査(2008・2009年度)では、現地での外観による悉皆調査によって47,735件の京町家が特定され、それらの京町家ポイントデータが作成された(松本ほか 2011)。その後、2016年度に第4期京町家まちづくり調査(第3期京町家の追随調査)が行われ、2008・9~2016年度間で5,602件の京町家が滅失したことが確認された。

    ゼンリン住宅地図の建物面積変化よる滅失推定

    京町家滅失推定として、第3・4期京町家まちづくり調査で作成された京町家ポイント(当時のゼンリン住宅地図データベースZmap-TOWNIIの建物面積を含む)と最新の2023年度版 Zmap-TOWNII建物ポリゴンを重ね合わせることにより計測される面積差に着目して滅失推定を行った。両年度間のGIS上での重ね合わせによって、2023年度の建物ポリゴンと2016年度京町家ポイントの重なりは42,133件であった。残りの4,100件の京町家ポイントは、現時点では建物形状のない敷地(空地や露天駐車場など)上にあることから、2016年度以降に滅失した京町家と推定することができる。また、重なりの見られた両年度間の建物の面積差が大きくプラスになったものは、京町家が取り壊され、その後、マンションや大型施設等に変化していることが分かった(面積が30m2以上増加した建物が1,390件)。しかし、面積差が見られない建物は、京町家が存続しているのか、同規模の建物が新築されたかを判別することは難しい。

    建築確認申請データの利用

    次に、2016年度以降に建築確認申請が行われた建物から京町家の滅失推定を行う。建築確認申請とは建築物を建てる際に、計画や設計が法令や規定に適合しているかを指定確認検査機関等に確認する手続きである。2016年度時点の残存京町家のうち、2016年以降に建築確認申請されたものは、京町家が新たな建築物に建て替えられた可能性が高い。2016年度以降の建築確認申請数は25,850件であり、京町家の建物ポリゴンと重なるものは1,520件あり、それらの京町家は滅失したものと推定できる。そして、2.2で求めた5,490件との重複を除くと、2016年度以降、6,677件が滅失したと推計される。

    京町家滅失推定の精度検証ここでは推定精度を検証するために、京都市西陣の柏野学区にある京町家(561件)を対象とした現地調査(2023年秋実施)の結果を用いる。現地調査からは、2016年度以降、88件の京町家が滅失しているが、2.の方法では59件の京町家の滅失が推定された。実際の滅失した88件のうち37件が適合したが、残りの22件は残存する京町家を滅失していると推定し、51件の滅失を推定できなかった。このような結果の齟齬は、建築確認申請をしてまだ取り壊していない場合や、ゼンリンの建物ポリゴンの経年的な変化(例えば棟続きを1つに変更)、用いた地理空間情報の作成時期と現地調査の時期との違いなどが考えられるが、より詳細な検討が必要である。

    おわりに

    本研究では、すでに特定されている京町家を対象に、現地調査を行わずに、既存の地理空間情報を活用して、京町家の滅失推定を行う方法を提案した。そして、柏野学区を対象とした現地調査での滅失状況と照応してその有効性を検討した。その結果、GISの空間分析を通して、ある一定の精度で京町家の滅失推計を行うことができることが明らかとなった。 今後は、Zmap-TOWNIIに含まれる表札名の変化や、京都市が所有する各建物の建築年やリサイクル法による建物解体の届出データ、空中写真判読、Google Maps Street View画像の差分分析などの情報を加えることで、滅失推定の精度をより高めることが期待される。

  • 山本 沙野香
    セッションID: P071
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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     都心機能の侵入がみられる都心周辺地域では、イメージの向上、建築物の更新、商業機能の充実、住民属性の上昇の相互連関によって変化し、ジェントリフィケーションに至るとされる.都心周辺の変化を把握する上で、イメージ、建築物、商業機能、住民属性の4つの側面に注目することは有効であると考えられるが、これらの価値上昇が一方的に生じているわけではない.高円寺、下北沢など東京の都心周辺においては、魅力的とされる街が存在する.そこでは、新旧の建築物が混在し、多様な住民属性が居住し、様々な商業活動が行われており、現代の都市計画において希求されているソーシャルミクス(社会的混合)やミクス・ドユース(複合利用)が実現しているとも考えられる. 本報告では、都心周辺地域として高円寺を対象に、その場所特性を把握するにあたり,4つの側面が,いつどのように相互に関連しながら,高円寺の場所特性が形成されたのかを明らかにする.その際,高円寺の持つ多様性,特に新旧の建物と多種多様な商業の混在を示すミックスド・ユースや,若年層と高齢者などの様々な居住者の混在を示すソーシャルミックス,それらが創出させる高円寺の多様なイメージに注目する.

  • 堀本 雅章
    セッションID: 303
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    八丈小島と臥蛇島の無人島化への要因の比較を行った。その結果、両島に共通する要因として、インフラ整備が遅れ、産業が整備されず経済的に厳しいこと、医師がいないことなどである。その一方、臥蛇島では艀作業が住民だけでは困難になったことが大きな要因である。

  • 近藤 玲介, 澤田 結基, 高野 建治, 井上 京, 山本 忠男
    セッションID: 847
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I.はじめに 

     北海道東部,根室半島周辺では,平野部において現成の周氷河性微地形が分布することが知られる(たとえば小疇ほか,2003).特に,根室半島西部を中心とした地域の太平洋岸の草原には,畝溝状の形態を呈する現成の可能性がある条線土が分布している.本地域において条線土の詳細はこれまで記載されておらず,その形成史やプロセスなどで不明な点が多い.そこで本発表では,根室半島周辺で条線土が最も広い面積に連続的・模式的に分布する半島西部の落石岬周辺において,その地形学的記載と層序について,速報的に報告することを目的とする.

    II.方法 

     北海道東部太平洋岸を中心とした地域を対象に衛星・空中写真判読を行い,条線土が分布する地域を抽出した.本発表の調査地である落石岬周辺では,ドローンによる写真測量を行った.野外調査では,検土杖およびトレンチ調査により層序を記載した.トレンチ掘削にあたっては条線土の横断方向に深さ約1 m,長さ約2.5m程度,条線土頂部での縦断方向(最大傾斜方向)に深さ約1 m,長さ約1.5mの調査壁面を設置した.

    III. 調査地点周辺の地形・地質概要

     野外調査地点は,根室半島西部の落石岬の基部付近に位置する.調査地点(標高約15~30 m)周辺は,中期更新世に離水したと考えられる海成段丘および丘陵を主体とし,小規模な侵食谷が発達する.谷底の沖積低地には小規模な流路と湿原が分布する.本研究で対象とした条線土は丘陵斜面に分布し,周辺の頂稜部や丘陵基部斜面と谷底低地の境界付近には大型のアースハンモックが密に分布する場合がある.これらの条線土とアースハンモックは地形的に漸移的な分布を示す場合や,中間的な二次元形態を示す場合がある.条線土およびアースハンモックが分布する地形面の植生は主にササからなる草原であり,周辺には扁形・矮性低木化したカラマツ属の植林が疎らに分布する.

    IV.結果とまとめ

     本研究で主対象とする条線土と同様なものは,厚岸湾以東の草原で多く出現し,霧多布湿原から落石岬にかけての沿岸部で特に多く分布する.これらの条線土は現海岸線から内陸に約1 km以内の丘陵斜面や,段丘崖が二次的に緩斜面化した地形面に発達する.条線土が分布する斜面の傾斜は,10~35°程度である.これらの条線土は,北~北東斜面に多く出現し,相対的に地形的に明瞭なものが多い.調査地点周辺の条線土は,凹部からの高さ10~50 cm,条線幅50~100 cm程度の畝溝構造を呈し,いずれも主にササで完全に植被されている.

     条線土の発達する斜面における検土杖とトレンチ調査の結果,層序は下位から基盤岩,シルト質砂礫層,砂質シルト層(ローム層),摩周f~jテフラ(約7.5 ka;岸本ほか,2009),シルト層(ローム層),クロボクである.摩周f~jテフラは,主に直径0.2~1.0 cmの軽石を主体とする.本地点では,砂質シルト層以浅で波状構造が認められ,表層のクロボクが最も顕著に波状構造が認められた.

     以上の結果に基づき,調査地点の条線土は有機質土壌からなる不淘汰条線土(たとえばWashburn, 1979)の一種であると考えられる.本地域においては,条線土が北~北東斜面で顕著に発達することや,出現頻度が高い地域は霧発生日数の特に多い地域に該当することから,冬季季節風と霧の影響が分布特性に寄与している可能性がある.また堆積物の層序から,本地点では約7.5 ka以降に条線土の形成が開始されたことが明らかとなった.

    引用 岸本ほか 2009.火山 54: 15-36.; 小疇ほか 2003.『日本の地形2 北海道』; Washburn, 1979. 『Geocryology: Survey of Periglacial Processes and Environments』

  • 後藤 秀昭, 渡辺 満久, 鈴木 康弘, 岩佐 佳哉, 中田 高
    セッションID: 838
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    ウランバートル断層(UBF)は,約30m間隔のALOS-30の数値表層モデル(AW3D30)をステレオ実体視することで最近になって見いだされた活断層で,モンゴルの首都であるウランバートルを横切って延び,最大延長は約50kmに達するとされる(Suzuki et al., 2021)。ウランバートルの北西に分布するUBF北西部はWNW-ESE〜EWで,UBF南東部はNW-SE方向に延びる。UBF南東部では,南西低下の左横ずれ変位とされる(Suzuki et al., 2021)。2022年夏に,UBF北西部において断層地形を横切るトレンチを複数,掘削し,その壁面を観察する地質調査を行い,活動性を検討した(渡辺ほか,2022)。古生界を切断するほぼ鉛直の断層が確認されたトレンチでは,その上位の礫層に明確な変位を見いだすことができなかったが,基盤岩まで掘削していない深度の浅いトレンチでは,礫層を切る北北西低下の小断層のほか,礫層中に挟まる2枚の黒土層が断層地形と調和的に変形している様子が確認でき,黒土層の放射性炭素測定値から完新世の活動が推定された。UBF南東部では,Suzuki et al.(2021)によりトレンチ調査が実施されており,約2〜3万年前に堆積した礫層が大きく変位,変形し,地表直下の風成層まで変形している可能性が指摘されている。しかし,完新世の明確な断層活動や活動間隔の情報は得られておらず,ウランバートル断層の地震危険度の評価は難しい状況にある。そこで,演者らは2023年夏に,UBF南東部を対象に,詳細な地形図を作成するとともに,トレンチ掘削調査を行い,活動性の検討を行った。本発表ではその内容と結果について報告する。

  • 潘 毅
    セッションID: P067
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    上海市は中国最大都市であり,近年,都市規模が広がっている。ヒートアイランド現象は深刻となっていくという背景に,都市分析,特に都市小気候分析には,2次元の土地利用分類及び3次元の都市建築データが必要だと思われる。

    近年では,google earth engine(GEE)という新たなプラットフォームを用いることにより,土地利用分類などリモートセンシングデータの分析効率が高まっている。しかし,GEEはベクターデータの処理と可視化などに課題が残っている。

    そして,発展途上国は政策や技術などの制約で,建築データが足りないという課題が残っている。

    本研究はpythonの'geemap'と'leafmap'を使用して,リモートセンシングデータの処理と計算,そして,建築データのみ抽出することを目的とした。

  • 受入住民側の特性に着目した探索的分析
    滕 媛媛, 埴淵 知哉, 中谷 友樹
    セッションID: 305
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

     近年、少子高齢化による人口減少が進行する中、東京への一極集中に歯止めがかからない状況が続いている。新型コロナウイルス感染症の流行により、一時的に東京都への転入超過数は減少したものの、2023年には再びコロナ禍前の水準に接近している。2022年の東京都の転入超過数は3.8万人程度であったが、2023年は11月までで既に約6.8万人に達している(『住民基本台帳人口移動報告』より)。

     このような状況に対応するため、2014年に策定された第1期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」やその後の第2期とコロナ禍の影響を踏まえた修正版においては、地方への移住・定着の促進が基本目標の一つに掲げられている。これに応じて、多くの地方自治体が積極的な人口誘致策を展開している。各地では移住者による多様な新規事業が起こされ、地域の活性化が進んでいる一方で、移住者が経験する生活上のトラブルもしばしば報道されている。特に、移住者と地域住民間の人間関係に関する問題が顕著であると指摘されている。加藤・前村(2023)によると、余所者扱いを受けるなどの社会的排斥や人間関係の悩みといった中断要因は、女性や移住先で比較的長い期間居住した移住者において目立っている。また、移住者の定着を妨げる主要な要因は、中断後に再移住した他の地域がより魅力的であるためではなく、中断に至った移住先の問題であるとされている。したがって、移住者の定着を促進するためには、移住先の受け入れ環境や態勢の整備が重要である。

     しかし、移住者の受け入れ環境の整備に関する研究の多くは制度面に偏重しており、社会的環境としての地域住民の移住者に対する意識やその決定要因に関する分析はまだ不十分である。埴淵(2022)では、移住者の増加による地域への経済的利益と人間関係への影響についての集計結果を紹介しているが、詳細な分析には及んでいない。本研究では、地方居住者の移住者に対する意識に焦点を当て、同じアンケート調査のデータを用いてその決定要因を明らかにすることを目指す。分析においては、特に地域住民およびその居住地の特性に注目する。

    2.方法と結果

     本研究の分析には、2020年10~11月に実施された「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査(GLUP)」のデータを用いる。この調査については埴淵(2022)に詳述されている。調査では、回答者が生活している地域に移住者が増えることで、「地域経済が活性化する」、「地域社会の文化を豊かにする」、「地域の人間関係が希薄になる」、「地域の治安・風紀が乱れる」という影響があると思うかどうかを、それぞれ「そう思う」~「そう思わない」の4段階の評価で尋ねている。

     分析では、まず移住者に対する意識を示す4つの設問に対して主成分分析を行い、2つの主要な成分を抽出した。これらは「地域発展メリット肯定因子」と「地域社会リスク警戒因子」と名付けられる。次に、これら2つの因子を目的変数として、回帰分析を実施した。説明変数には、回答者の人口学的属性、社会経済的特性、社会関係、居住地の状況などを用いた。

     分析の結果、比較的若い層、高等教育を受けた人、居住年数が短い人、地域と強いつながりを持つ人や地域の未来に明るい展望を持つ人などは、移住者の増加が地域の発展にもたらすメリットに肯定的な認識を持ちやすい傾向が確認された。一方で、移住者の増加に伴う地域社会のリスクに対する警戒意識は、個人の属性よりも地域特性(より都会的であること)、地域に対する認識、社会的関係、地域との関わり方(たとえば、密接な人間関係や強い地域への愛着)などとより強く関連していることが分かった。本発表では、より詳細な結果および政策的インプリケーションについて議論する。

    引用文献

    加藤潤三・前村奈央佳 2023. 地方移住をやめるとき――計量テキスト分析による移住の中断要因の検討.立命館産業社会論集59(3):55-72.

    埴淵知哉編 2022.『社会調査で描く日本の大都市』古今書院.

    謝辞

     本研究で利用したデータ(「地域での暮らしに関するアンケート調査」)は、JSPS科研費17H00947(代表:埴淵知哉)の助成を受けたものである。

  • 木戸口 智明
    セッションID: 502
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.問題意識と研究目的

     日本の水田農業では,農家の加速的な離農が進行しており,農地の新たな受け皿として農業法人への期待が高まっている.とりわけ,家族農業経営が強固に維持され,農地流動化を通じた構造再編が立ち遅れていた東北地方では,農業従事者のなかで大きなボリューム層をなす団塊世代の引退を見据えて,将来的な農地の受け皿をいかに組織化していくのかが課題となっている.本報告では,岩手県奥州市を事例に農業法人の成立過程を分析することを通じて,水田農業の再編実態を検討することを目的とした.

    2.研究対象地域の概要

     奥州市は岩手県南部に位置しており,広大な扇状地を活かした水田農業が展開されている.奥州市では,2000年代以降に農家の高齢化と離農が進行する一方で,農業法人の設立件数は増加傾向にあり,農業法人が水田利用において存在感を高めている.当地域では,旧江刺市を除く奥州市全域を管轄する「JA岩手ふるさと」が,コメの集荷・販売や生産調整対応において主導的な役割を果たしてきた.なかでも旧胆沢町では,2001年に「JA岩手ふるさと」の生産部会の一つとして「機械化銀行(大豆班)」が設立され,農家単位の水稲生産を維持したまま大豆転作を普及していく体制がつくられた.こうした生産調整への対応方法は,地域内の集落営農組織や農業法人にも応用されている.本報告では,旧胆沢町のA法人を対象にヒアリング調査を実施した.

    3.農業法人の成立過程

     A法人は,2020年に設立された農事組合法人である.事業内容は,水稲と大豆の農作業受託と水稲苗販売であり,売上高の80%以上を農作業受託料が占める.農作業は,A法人の役員6名と複数の集落営農組織から受託しており,受託面積は約140haに達している. A法人の設立母体は,2000年代前半の圃場整備事業を契機に設立された転作受託組織である.転作受託組織では,4集落から構成される地区の転作作業を受託し,現在のA法人の役員がオペレーターを担当した.他方,転作を実施するための土地利用調整は,各集落の集落営農組織が担当した.地区内では,水稲生産を継続する意思をもった農家が多数残存していたため,これらの農家を温存する形で広域的な組織化が図られた.転作受託組織がA法人として再編された要因は,以下の2点である.一つは,農家単位での規模拡大に限界が生じたことである.A法人の役員6名は,それぞれ15ha前後まで規模拡大を進めていたが,農業機械をはじめとする追加の設備投資には困難が生じた.そこで,A法人を通じて農業機械を共同利用することで設備投資を抑制することが可能となった.二つは,農業後継者の確保である.役員6名はいずれも60歳代となり,世代交代を見据えて後継者を確保する必要性に迫られた.A法人の設立後は,役員の子弟2名を常雇として雇用して,各種資格の取得や農業技術を継承する体制を整備した.このようにA法人は,個別に規模拡大を進めてきた集落の担い手農家が,農業機械の効率的利用や農業後継者の育成を目的に設立された.以上にみたA法人の成立過程から導き出されることは,コメの生産調整に対応するために水田農業地域で形成されてきた組織的枠組みが今日の農業法人として再編されている実態である.すなわち,生産調整への地域的対応いかんが農業法人の形成に象徴されるような水田農業の再編方向を規定する大きな要因となっているといえる.

  • 山田 奈穂, 奈良間 千之, 飯田 佑輔, M. Daiyrov
    セッションID: 845
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    中央アジアのキルギス・天山山脈では,多数の小規模氷河湖の出水による氷河湖決壊洪水(GLOF)が報告されている(Erokhin et al., 2008, 2017; Daiyrov et al., 2018, 2022).同地域ではわずか数ヶ月で氷河湖の形成・出水を起こす氷河湖の存在が明らかになっており(Narama et al., 2010, 2018),高い時間分解能,かつ広域でのモニタリングが課題である.現在の氷河湖モニタリングでは主に,広域での観測が可能なリモートセンシング技術が活用されている.この技術を利用した氷河湖認識の課題として,正確な水域検出の難しさが挙げられる.一般的に水域の自動抽出には正規化指数などが用いられ,閾値を決定しておこなわれるが,氷河湖は複雑な山岳地形に囲まれており,影などの自然条件の影響を受けることから,これまでのルールベースの画像処理技術を用いた水域同定では閾値決定が難しい.この問題を解決するために近年導入されているのが深層学習である(J.E.Ball et al.,2017) .インド・ヒマラヤ地域やグリーンランドの氷河湖のセグメンテーションに深層学習が用いられ,高い精度で氷河湖領域の分類が報告されている(Qayyum et al.,2020;Lutz et al.,2023).しかしこれらの地域の氷河湖に比べ,対象地域の氷河湖は比較的小規模であり,氷河湖周辺環境も大きく異なるため,これまでの深層学習モデルをそのまま適用することで,対象領域において十分な検出精度を達成することは難しいと考えられる.そこで本研究では,対象地域の小規模な氷河湖に特化し,高頻度でデータ取得が可能な光学衛星画像と,深層学習を用い,氷河湖領域の分類を目的としたモデルを作成した.作成したモデルは,氷河湖領域の実測値を用いて評価し,対象地域における氷河湖のマッピングをおこなった.

    2.手法

    対象地域は,キルギス共和国の天山山脈に位置するキルギス山脈とテスケイ山脈である.テスケイ山脈のみでも,300以上の氷河湖が確認されており(Daiyrov.,et al 2018),直近では2023年8月にテスケイ山脈東部でGLOFが発生した.

    光学画像から約1300のデータセットを作成し,うち80%を学習用データセット,20%を検証データとし,モデルの学習をおこなった.1つのデータセットは,衛星画像データと氷河湖領域を示したground truth(GT)の2つで構成され,画像サイズは256×256である.モデル構造には,画像セグメンテーションの分野で広く使われるU-Net(Ronneberger et al., 2015)を使用した. モデル精度評価のために,画素単位での評価指標の算出と,UAVにより実測された氷河湖面積とモデル予測結果との比較をおこなった.

    3.モデル精度の評価と課題

    モデルの評価指標は,Accuracy約 97%,Precision約85%,Recall約80%であった.学習したモデルによる氷河湖領域の予測結果を図1に示す.どの氷河湖においても高い数値が得られ,可視化した予測結果も氷河湖領域が正確に検出されていたことから,氷河湖領域の検出精度はおおむね良好であった.Precisionに比べRecallが小さいことから,地表面の水面への誤認識よりも,氷河湖領域の見逃しが起こっていることが分かった.作成したデータセット内の氷河湖領域は画像全体の3%ほどであったため,モデルの学習時に与えた氷河湖領域が少ないことによるデータラベル数の不均衡が,この原因として考えられる.今後の課題として,損失関数の重みづけなどのデータインバランスの解消によって,氷河湖領域の見逃しを減少させることでモデル精度の向上が期待できる.

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