日本地理学会発表要旨集
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  • 方 學嘉
    セッションID: 313
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    研究の背景と目的

    1980年代半ばから台湾は急速な都市開発を迎え、新築マンションが台北をはじめ各大都市に現れてきた。同時期に環境問題や都市景観に対する意識が高まり、電柱や街路樹に広告を貼ることが禁止された。宣伝用の看板を掲げるサンドイッチマンはこの過程で新築マンションの宣伝のため多く利用された。1980年代末、居住権を求める社会運動への対応として、政府は淡海ニュータウンの建設計画を公表した。その結果、淡海ニュータウンはこの10年に台湾で最も開発が進んでいる地域の一つとなるとともに、増大する住宅宣伝の需要により多くのサンドイッチマンが集中するところとなった。サンドイッチマンが存在し続けることは都市開発の持続性をも意味する。ところが従来のサンドイッチマンに関する研究は、いずれも都市開発との関連について述べたものではない。本報告は淡海ニュータウンのサンドイッチマンを対象に、その労働実態と多様な身体的実践の検討を通じて、サンドイッチマンの主体性を明らかにすることを試みる。

    台湾のサンドイッチマン1980年代を境に、サンドイッチマンによる宣伝広告に大きな変化があったと考えられる。1980年代半ば、活発化しつつあった台湾の住宅市場は戒厳令の解除により一気に拡大し、民間部門で大量の住宅が供給され始めた。加えて、環境問題や衛生問題への関心が高まっていた台湾社会では、1970年代初頭から関連する法律が整備され、路上の広告やチラシは無人管理であれば不法廃棄物と認められるようになった。そのため住宅宣伝を行う広告会社はサンドイッチマンを雇い、路上の宣伝広告を行うようになった。その後、サンドイッチマンが掲げる広告の内容は主に新築物件に関するものとなった。台湾のサンドイッチマンは、不動産広告をめぐる一連の下請け構造の最下層に位置付けられる。デベロッパーは新築宣伝の任務を販売会社に任せ、販売会社はさらにそれを広告代理店に委託する。そして広告代理店は末端の宣伝業務にサンドイッチマンを用いるのである。そして広告代理店は末端の宣伝業務にサンドイッチマンを用いるのである。こうした構造に置かれたサンドイッチマンの多くは労災の補償などが乏しい派遣社員であり、労働者としての立場はきわめて脆弱である。経済的マイノリティを強く批判する傾向がある台湾社会においては、サンドイッチマンに対して不潔や怠惰などの汚名が着せられている。

    広告看板とサンドイッチマンの身体の矛盾した関係

    広告代理店は最大の宣伝効果を実現するために淡海ニュータウンで各種の広告手段を用いている。私有地での大型の広告キャンバスや道路に走る宣伝カーなどは常時見られるものである。一方、週末になるとサンドイッチマンが掲示する広告看板が淡海ニュータウンの路上に現れ、広告の空間を完成させる。しかし、サンドイッチマンなしでは広告看板は独自に路上に存在することもできない。広告看板が都市景観にとって目障りな存在(法律上の廃棄物)として認識されるとすれば、サンドイッチマンの身体の「移動力」は景観の美しさを維持する「秩序」の可能性である。一方、サンドイッチマンが広告看板を持って交差点に現れることは、都市の景観を乱すことを意味する。サンドイッチマンは環境の清潔を保つ責任を負う一方で、マイノリティに対する社会的スティグマをも背負っている。いずれにせよ、サンドイッチマンの身体は社会的な視点によって織り成された社会的な身体であり、外部の色眼鏡を通してまなざされる対象である。

    淡海ニュータウンのサンドイッチマンが用いる実践策

    仕事中のサンドイッチマンは生きられる多様な存在であり、行動を呼び起こす主体であると考えられる。そこでは、サンドイッチマンという仕事の持つ意味や、個人がどのようにそれを受け止めるかは、個人の信念や態度、さらにはライフストーリーによって異なっている。発表者は、この多様な行動を 1)広告空間との交渉と、2)労働身体の転化の二種類に分けて検討したい。

    広告空間との交渉について、サンドイッチマンの行動の目的は、既存の広告空間を壊すことではない。雇用主の規範にできるだけ準拠しながら、広告空間と交渉し、そこに積極的な曖昧さを探し出すことで自分自身の労働をより快適にしようとする。一方で、彼らは資本主義による労働力の搾取と、サンドイッチマンという仕事の特殊性を逆用して、労働力として商品化された空虚な身体を、自己価値や自己目的の実践へと翻訳してきた。そこでは、資本主義的労働市場によって均質にコード化されたサンドイッチマンが、資本主義的労働を翻訳する主体性をも合わせ持っていることを示している。

  • 令和6年能登半島地震を事例に
    桐村 喬
    セッションID: P060
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I はじめに

     本発表では,2024年1月1日に最大震度7の地震が発生した,一連の令和6年能登半島地震を事例として,発災後に国土地理院によって撮影・公開された空中写真から,フォトグラメトリによってDSM(数値表層モデル)を作成し,発災前の過去の時点の空中写真に基づくDSMと,石川県が作成した点群データを利用して,それらの変化から,建物倒壊の状況を把握することを試みる.近年,デジタルツインが提唱されるなかで,PLATEAUや点群データが整備・提供され,3次元的なデータの利活用が進められており,災害時の応用可能性を検討することも必要である.

    II 対象地域と使用するデータ

     分析対象地域は石川県七尾市と輪島市の中心市街地である.七尾市については2024年1月5日に,輪島市に関しては2024年1月11日に,それぞれ国土地理院による空中写真の撮影が行われており,公開されているデータからDSMを作成できる.

     発災前のDSMについては,七尾市の場合,2014年に撮影された国土地理院の空中写真からDSMが得られる.一方,輪島市に関しては,最も新しい空中写真で2010年である.そのため,輪島市については,G空間情報センターで公開されている,石川県が2020年度に森林情報整備業務で作成した点群データである「令和6年能登半島地震 能登西部3次元点群データ(発災前)」を用いる.また,建物のポリゴンとして,基盤地図情報のデータを用いる.

    III 平均高さの変化からみた七尾市における建物倒壊状況

     七尾市の場合,比較対象が2014年であり,DSMから得られる高さの変化を検討する際には,建物の取り壊しや建て替えを考慮する必要がある.そこで,作成したDSMから標高を差し引き,建物ポリゴンの範囲の平均高さを計算して,その変化を検討した.

     まず,2024年のDSMについて,2014年との平均高さの比(2014年比)を求め,2014年比が0.8以下であるものを抽出した(対象地域内の建物の12.3%).閾値を1としなかったのは誤差を考慮したためである.これらには,発災前に取り壊されているケースも含まれる.そのため,2024年の平均高さが2m以下のものをすでに取り壊されているものと判断した.倒壊している可能性が高い建物(推定倒壊建物)は,2014年比が0.8以下であり,2024年の平均高さが2m以上のものである.対象地域内の建物のうち,推定倒壊建物は6.9%であった.

     七尾市の中心市街地では,2023年にGoogleストリートビューの撮影がなされており,発災前に建物が取り壊されているケースをおおよそ判別できる.推定倒壊建物の箇所を個別に観察すると,すでに2023年時点で建物が取り壊されているものや,新しい建物が建てられているものが多く,2014年からの約10年間の変化が如実に表れている.しかし,推定倒壊建物のなかには,ニュースなどで倒壊が報じられている建物も確認できた.

    IV 点群データとの差分からみた輪島市における建物倒壊状況

     輪島市の中心市街地では,比較的近い年次である2020年度の点群データに基づくDSMと比較できる.DSMの差分は約4年間の変化を含みうるが,相対的には,七尾市よりも推定倒壊建物を特定しやすくなる.しかし,レーザー測量による点群データのDSMは,空中写真に基づくDSMよりも高精度であり,ノイズも除去されているため,かえって大きな変化しか把握できない.例えば,対象地域内の建物のうち,平均高さの2020年比が0.8以下のものは全体の66.8%を占めており,七尾市と比べると,大規模火災の発生を考慮しても非常に大きい.このような差は,点群データによるDSMの精度が高く,ノイズも除去されていることに起因しているものとみられる.

     一方,大規模火災が発生した朝市周辺でDSMの値の差を求めると,おおむね5m程度の減少になっており,2020年比は0.5以下のものが多い.すなわち,点群データの精度の高さなどを考慮すれば,閾値は0.5程度とするほうが適切と考えられる.2020年比が0.5以下の建物は29.3%であり,2020年からの変化であることを考えると,これらを推定倒壊建物と考えることができる.ただし,このうちの6割ほどは大規模火災によって焼失した建物であり,七尾市とは状況が異なる.

    V 今後の課題

     国土地理院が発災後に撮影した空中写真からは,精度の高いDSMを作成することができる.そのため,発災直前の空中写真や点群データが入手できれば,より正確な被害状況の把握が可能であるが,空中写真撮影の頻度はそれほど高くはなく,現実的には難しい.DSMによる変化を参考にしつつ,Googleストリートビューなどと併用していくことで,現地に行けないような状況であっても,ある程度の被害調査が可能になるものと考えられる.

  • 平本 行弘, 小寺 浩二
    セッションID: P039
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    印旛沼は、日本でも富栄養化が進んでいる湖沼としてしばしば研究対象として取り上げられているが、そのほとんどは湖沼内での調査・研究によるものとなっており、印旛沼内への流入河川を対象とした研究は少ない。1960年代からみられた流域人口の急激な増加がもたらした生活排水による水質汚濁が要因とされ、1982年以降は下水道並びに合併浄化槽等の普及により、水質は改善されてきてはいるが、それは湖沼水質保全特別措置法の改善目標値をクリアしているのみで、生活環境の保全に関する湖沼の環境基準値を大きく超えている結果となっている。本研究は、流入河川との水質の相関関係を確認し、2022年6月~2023年6月までの13ヶ月に実施した湖沼内を含めた流入河川31地点における最新の現地調査の結果として、水質データの整理を行い、考察することを目的とする。

  • 若本 啓子
    セッションID: 511
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    2011年3月の東北地方太平洋沖地震に伴う原子力災害により、避難指示区域となった福島県相双地域12市町村では、宅地・農地・畜舎の除染、飼料の実証栽培、自宅や畜舎の再建等を経て、2022年12月末時点で78戸、27法人の畜産経営が再開された。原子力被災地における農業の復興プロセスに関しては、農学を中心に営農再開事例の整理や評価が行われているほか、地理学では岩崎・新井(2023)が、富岡町の営農再開経営体が原発事故前の高い農外賃金並みの農業所得を期待していることを明らかにした。被災地域の農業は、避難指示解除の時期によって復興ステージが異なり(原田・則藤,2021)、再開後に廃業する事例が生じるなど、営農再開農家の実態を中長期的に捉える必要がある。

     本研究では、2010年以前に酪農と和牛繁殖が農業の中核を占めていた相馬郡飯舘村と双葉郡葛尾村を取り上げ、先行研究(齋藤ほか,2018)では十分に触れられなかった帰村・移住による畜産経営の再開等に至る数段階の意思決定を詳らかにするとともに、営農の持続性回復に向けた取組みを明らかにする。

     飯舘村で和牛経営を行っている10戸1法人(2023年3月時点)のうち、半構造化インタビューを実施した6戸1法人の、①避難先での営農継続、②避難中の転居、③帰村・移住の各時点における意思決定に注目した。①について、2011年4月に村全域が計画的避難区域となり、村内の200戸あまりの和牛経営(繁殖,肥育,一貫)農家は村外への牛の移動か、家畜市場や食肉市場への出荷のいずれかの選択をせまられた。県内外の避難先に牛舎を確保し、和牛経営を継続したのは6戸(うち帰村は3戸)にとどまった。避難先での営農継続の意思決定は、避難前の和牛部門の専業度と、後継予定者の有無に規定されていた。かたや、牛舎確保が叶わなかったものの、営農再開の意思を強固に持ち続けた農家も、経営主や後継者が村の復興事業や県外の大規模肥育農場で就労した。②の転居は、2戸の調査農家が経験した。1戸は、飯舘村の農地の保全に通う負担を軽減するため、福島市内に牛舎と自宅を確保した。もう1戸は地酒復活の酒米栽培のための転居であり、避難先の牛舎を後継者に任せる決断に至った。③の帰村の意思決定は、目標とする経営規模と経営主の年齢により、牛とともにある故郷での暮らしを取り戻すことを第一とする経営主と、大規模化によって高収益と産地復興への貢献を実現しようとする経営主に分かれる。後者は、原子力被災12市町村農業者支援事業(4分の1自己負担)や、被災地域農業復興総合支援事業(村が事業主体となり、無償貸与)によって、牛舎等施設の新増築、家畜および機械導入を図っている。これら補助事業の利用は移住者による経営開始の動機ともなっている。

     2022年から続く飼料価格高騰と子牛価格の下落は、和牛経営の収益性低下を招き、持続性回復の経路を不透明なものにしている。しかしながら、飯舘村の調査農家は営農計画を大きく変更せず、子牛価格の変動に応じた肥育頭数の調整や、飼料基盤の強化を企図した借入地の拡大を進めている。ただし、収穫調製にかかる労働力の確保や土壌改良に課題が残り、WCS用稲および牧草の大規模な作付を行う行政区営農組合に粗飼料生産の一部を頼っている。一方、再開農家に期待される「飯舘牛」ブランドの復活については、村内肥育牛の道の駅での限定販売や、和牛一貫経営による精肉店開業が実現しているが、収益性向上に直結するものでない以上、行政のかけ声に対する受け止め方には温度差がある。

  • 小林 岳人
    セッションID: 547
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     地図帳にはその国の全貌を捉え示した国勢地図帳や、道路地図帳のように、利用目的を絞ったものなどがある。教育目的での地図帳は初等教育、中等教育など、児童・生徒の発達段階に見合ったものが作られており、「学校地図帳(School Atlas)」と呼ばれている。

     学校地図帳については、多くの議論がされ研究の対象となっている(中村、2010)。多くは日本国内の学校地図帳を対象としたもので各国の地図帳を対象とした研究はそれほど多くはない。吉田(1990)は初等教育における学校地図帳についてイギリスのものを取り上げ、比較検討を行った。初等教育での地図帳は地図への入門であるが、中等教育での地図帳は、一般市民としての必要とする空間情報についての知識の集合体、総論といえよう。

    2.各国の学校地図帳の実状

     集めた50冊ほどを眺めると、伝統的な学校地図帳の出版社であるイギリスのCollins社やPhilip's社、Oxford社、ドイツ・Diercke社は初等教育、中等教育ごとに多くの種類が出されている。Collins社やPhilip's社、Oxford社はカリブ海諸国、ニュージーランド、香港、カナダなどの学校地図帳も出版している。Philip's社は、ノルウェーのGyldendals skoleatlasやオランダのBosatlasへ一般図を提供している。ハンガリーのcartographia社は自国の学校地図帳を多種発行しているとともに隣国ルーマニアの学校地図帳も発行している。これらは、それぞれの自国の一般図主題図以外のページは言語以外はほぼ同じ構成・図版である。同じようなケースがラトビアのJāņa sēta社にもみられ、同社はラトビアの各種学校地図帳を出版するとともに隣国エストニアの学校地図帳も同じ構成で出版している。日本の学校地図帳と比較して、サイズはやや大型、最初に地図学習全般の解説があり、主題図のデザインに統一性があり、一般図に掲載されている地名が索引に網羅されているなどが感じられる。

    3.各国の学校地図帳の教育利用へのアイディア

     地理の学習は、各国共通の視点はあるものの、その国の位置などによって、国によって注目点は異なる。それに基づく学校地図帳も各国によって異なる。その国の生徒の教育のために作られているので、その国を言語が使われるなどは当然であり、その国から見方・考え方が反映されている。紙の地図帳は紙面という変更ができない中で、サイズやページ数という制約のもとで工夫して作られたので正確さ、信ぴょう性などの成果物としての完成度は高い。諸外国を学ぶにはよい教材である。教員利用の視点からは、教師自身の知識を深めるともに、教材研究のツールとして、そして授業や考査などでの提示教材としての利用が期待できる。

    4.授業での利用

     各国の学校地図帳を見ていくと、その国の様子を深く知ることができる。そして、世界全体の様子を詳しく見ることで、それ自体の理解が進む。世界の国が世界をどのように捉えているかを知ることができる。日本付近を見ることで、日本をどのように捉えられているかを知ることができる。教育現場で示してみることは生徒にとって興味深いだろう。そこで、授業にて受講生徒個々へ1冊ずつ配布して①地図一般の基本事項②その国の様子・特徴③その地図帳自体の様子・特徴の三観点に関して注目点を示して見てもらい、感想や気づきを報告してもらった。発表者の勤務校である千葉県立千葉高等学校では地理は第一学年で必修(320名)の他、第三学年に選択科目で設置され約半数の生徒が受講している。第一学年の必修科目は旧課程で地理A、新課程で地理総合であり、第三学年の選択科目は旧課程では文系は地理B、理系は学校開設科目地理特講で、新課程ではどちらも地理探究となる。第三学年で「世界の諸地域の地誌的考察」を扱うことから、ここで実施した。受講生徒150名ほどの感想や気づきをまとめてみたものが図2である。「詳しい」「大きい」といった一般的なことや、「気候」「都市」「地名」「主題図」など地理の一般的なこと、「アジア」「ヨーロッパ」「ロシア」「インド」など国名や地域名などが記載されていたが、「日本」「領土」「竹島」「北方領土」など、日本がどのように扱われているか、特に領土についての関心が多い。

    5.まとめと展望

     各国の学校地図帳はその国の地理教育を概観するのにとてもよく、また、その国の部分が詳しく書いてあるのでその国の地誌、地理を理解するのには非常に効果的である。また、これらの観点から研究の対象としても有意義である。

    参考文献

     吉田和義 1990.イギリスと日本における小学校地図帳の比較研究.新地理 38-1:1-10.

     中村剛 2010.地理教育における地図帳活用に関する事例と検討課題.地図48-2:29-34.

  • 旧町域のコミュニティ経済を生成する丹波篠山市東部六地区協議会を事例に
    杉山 武志
    セッションID: 304
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    「レゾンデートル」の議論をコミュニティ経済研究に落とし込みながら存在論的な深耕を試みることを目的に, 本報告では兵庫県の多自然地域再生政策の「支援」を受けるなかで発展してきた丹波篠山市東部六地区協議会の事例を検討した.

  • JR四国による取組みを事例に
    柴田 卓巳
    セッションID: 333
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ 初めに

     日本では交通事業者ごとの経営判断によって交通網の改編が行われてきたことから,事業者間の連携が困難であり,異なる事業者の路線が並行・競合している場合がある.人口密度が低く独立採算での事業が困難な地域でも,鉄道の市場からの退出は事実上困難であり,また路線バスは補助制度が整備されており,不採算となっても維持しやすいことから,多くの地域で不採算路線が並行・競合している.

     一方で利用者の立場から考えると,一般に交通需要は派生需要であることから,目的地への移動時に並行する複数事業者の路線が利用可能であるならば,いずれを利用しても構わない.しかし実際には,一方の事業者の乗車券はその事業者でしか利用できないことから,待ち時間が余計に発生したり,別途運賃を支払わなければならなかったりと,利用者にとって不便な状況が存在することを,発表者は指摘したことがある(柴田 2024).

     人口密度の低い地域において複数事業者の路線が並行している場合,各事業者の経営判断に任せたままでは,人口減少が続く中で減便による利便性の低下が避けられない.またそうした地域における公共交通は,不採算であっても最低限必要なサービスとして補助金により維持されている状況であり,複数事業者の競争による改善は見込めない.そのため,各事業者の路線を維持するという前提に立つのであれば,事業者間の調整・連携によって利便性を向上させつつ,収支の維持・改善を図ることが望ましい.日本において,並行する鉄道とバスが調整・連携する事例は,同一企業グループの場合を除けばこれまでほとんど見られなかった.しかし,全国的に人口減少と公共交通機関の利用者の減少が進む中で,今後は鉄道とバスも調整・連携を行うことにより交通手段の確保を進めていく必要があり,そのための事例の分析や他地域での展開可能性を検討する必要がある.よって本発表では,並行する鉄道と路線バスの連携の状況を分析し,成果と課題を明らかにすると共に,他地域への展開可能性について検討することを目的とする.

    Ⅱ 対象とする事例

     事例としては,2022年から実施されているJR四国(牟岐線)と徳島バスの共同経営,2022年に実施されたJR四国(高徳線)と大川バスの実証実験,2023年に実施されたJR四国(予土線)と四万十交通の実証実験を取り上げる.

    Ⅲ 考察

     ①実証実験後の本格的な実施について.実証実験で生じた費用は各県の一時的な補助金で補塡してきたため,実証実験後の恒久的な取り組みに向けては,各関係主体の負担割合の決定が課題となる.特に広域自治体である県における線区の位置付けが一つの障壁となっており,市町村単位では主要な交通路である一方,県単位では一部地域を通るに過ぎないため,その線区に補助金を交付することに対する県民の理解が得られるかが問題となる.

     ②地域間幹線系統補助との整合性について.鉄道(普通列車)と路線バスのそれぞれが対応する需要は全く別個のものではなく,地域によっては大きく重複しているにもかかわらず,鉄道には運営費に対する補助制度が基本的に存在しない一方,路線バスには地域間幹線系統補助による国庫補助金の交付制度や,関連する自治体の補助制度が存在する.地域間幹線系統補助の目的や位置付けを検討すると共に,交通機関(モード)ごとの維持制度ではなく,通学や通院等の移動手段を保障するため,モードにかかわらず必要な公共交通を提供することを目的とする補助制度を考える必要があるのではないか.

     ③収支改善に対する効果について.「徳島県南部における共同経営計画」の計画期間5年間の収支シミュレーションにおいて,JR牟岐線阿南以南では約8億5,000万円の赤字から約10万円,徳島バス室戸・生見・阿南大阪線では約2,760万円の赤字から約40万円,共同経営を実施しなかった場合と比べて収支が改善すると想定されている.すなわち,共同経営によって大きく収支が改善し路線の維持につながるといったことは,特にインフラ産業であり多額の維持費が掛かる鉄道については期待できない.既存の路線を維持し活用することを前提とすれば,共同経営によって公共交通利用者の利便性が改善し,ひいては地域の魅力が向上するという効果が期待できるが,そうした可能性を踏まえつつも,鉄道路線やバス路線の維持方策は別途議論する必要がある.

     ④共同経営も実証実験も,JR四国は金銭的負担が比較的大きい一方,バス事業者は金銭的負担が比較的小さい運賃精算方式となっており,他の鉄道事業者は必ずしも同様の方式ではバス事業者と調整・連携できないおそれがある.

    文献

    柴田卓巳 2024.人口稀薄地域における鉄道と路線バスの並行問題―北海道美深町を事例に―.運輸政策研究 26.

  • 赤坂 郁美, 久保田 尚之, 松本 淳
    セッションID: P032
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

    発表者らはこれまでフィリピンを対象に、より長期の気候とその変動特性を調査する目的で、PAGASA(フィリピン大気地球物理宇宙局)設立以前の紙媒体の気象資料を収集し、電子化する「データレスキュー」を進めてきた(赤坂,2014)。マニラに関しては、1868~1940年の日単位の気象データが整備されつつあるため、降水量や風向風速の季節進行とその長期変化を調査してきたが(Akasaka, 2023など)、干ばつ等の異常気象に着目した解析は行っていない。1901年以降の118年間を対象に、マニラにおける気候の長期変化を調査したBagtasa(2020)も、異常気象に関しては顕著な多雨年の気候学的特徴を簡単に述べたのみである。しかし、地球温暖化の進行に伴って増加しつつある異常気象とその要因を解明するためには、過去の異常気象に関する詳細な分析が重要である。そこで本稿では、フィリピンで顕著な干ばつが発生した1903年を対象に、主にマニラにおける降水量と月最高気温の季節変化特性を明らかにする。また、1903年の農作物報告をもとに、干ばつの影響についても考察する。

    2. 使用データと解析方法

     マニラにおける1903年の気候特性を明らかにするために、1880~1901年のマニラ気象月報と、1903年のフィリピン気象月報から電子化した日降水量、月最高気温を使用した。降水特性を分析するために、日降水量から半旬降水量、月降水量、月降水日数(日降水量0.5mm以上の日数)を算出した。各要素の1880~1901年平均値も算出した。

     また、1903年のフィリピン気象月報には、月ごとに気候区別の農作物報告(Crop Service)がある。気候区の分類基準は不明であるが、I(南東部)、II(南西部)、III(北東部)、IV(北西部)の4地域に区分されていたため、マニラを含む気候区IVの報告内容を分析した。気候区IVに位置するマニラ以外の数地点の気象データも補足的に使用した。

    3. 結果と考察

     マニラでは、1903年の年降水量は約1,154mmで、22年平均(1880~1901年平均)の約6割であった。通常は雨季である5~11月の降水量が少なく(図1)、特に降水ピーク時期である6~9月の合計降水量は平均の半分ほどであった。一方、年降水日数は139.0日で、22年平均(約143日)との差は4日程である。3~8月に平均よりも2~7日ほど降水日数が少なかったものの、それ以外の月では平均と同程度かそれ以上であった(図1)。

     半旬降水量をもとに同様の分析をした結果、詳細な季節変化特性が明らかになった。1903年は雨季入りが不明瞭で、7月中旬頃まで顕著な降水量の増加が認められなかった。少なくとも雨季入りが平均より1ヶ月から1ヶ月半ほど遅れ、乾季が平均より長く持続していた。これに伴って、高温期の長期化もみられた。マニラの最暖月は通常は4月であるが、1903年は4月と同程度の気温が6月まで持続していた。このような気候特性の変化は、気候区IVに位置する他の地点でも同様に認められた。

     気候区IVの農作物報告にも、この顕著な干ばつによる影響が表れている。例えば、3~9月には、干ばつによる米や野菜の播種や植え付けの遅れ、生育不良、収量の減少に関する報告が多くみられた。4~7月には、異常高温による作物の枯死や生育不良の報告もあった。特に4~5月、7月、9月は干ばつによる農業被害の報告数が、報告数全体の約4割を占めていた。これらは、乾季が長引いていた時期や、少雨傾向が顕著であった時期に対応する。加えて、農作物報告からは、イナゴによる作物被害、家畜の病気やコレラ等の感染症の流行による労働力不足も重なることで、被害がより深刻化していたことも分かった。発表では、マニラ以外の地点の月降水量、月最高気温の季節変化も示しながら、1903年の干ばつの時空間的な特徴とその影響を議論したい。

    謝辞:本研究の一部は、DIAS及びGRENE事業、JSPS科研費(19H01322、19K01158、23H00030)の支援により実施した。

  • 植木 岳雪
    セッションID: P024
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    四国南東部,高知県の奈半利低地と室津低地,徳島県の牟岐低地において,沖積層のボーリング調査を行ったところ,3つの低地では沖積層の層序,層相,年代が大きく違っていた.沖積層の層序と年代の違いは河川の後背地の大きさ,層相の違いは河川による砕屑物の供給量に起因する.砕屑物の供給量は,後背地の隆起速度に対応し,隆起速度が小さな地域でないと,海成の地層が形成されない.

  • ―那覇市を中心として―
    山崎 康平
    セッションID: 717
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 研究の背景と目的

     既存のコンビニエンスストア(以下コンビニ)の立地展開に関する研究は、大手チェーンが市場を寡占している地域の事例が中心であり、後発のチェーンによる店舗展開を分析した研究はあまり見られない。そこで、2019年にセブン・イレブンが初出店を行った沖縄県に着目する。同年代に出店された青森県や四国と比較しても急速なペースで店舗展開が行われた沖縄県では、以前ローカルチェーンとナショナルチェーンとの間で激しい競合が行われたことがあり、加えて周りを海に囲まれているという点でもコンビニ立地において独自の特異性を持った地域であると考えられる。

     本研究では、ファミリーマートとローソンという二つのナショナルチェーンが県内のコンビニ市場を形成していた沖縄本島において、後発チェーンでありながら2019年の初出店から今日に至るまで急速な店舗展開を行っているセブン・イレブンの立地展開を分析し、沖縄の地域性がコンビニの出店にどのような影響を及ぼしているのか明らかにすることを目的とする。

    2. 分析方法

     本研究ではコンビニの立地分析において荒木(1994)、松山・遠藤・中村(2016)が提示した、人口規模や交通条件から検討する外部条件と、配送センターの立地と流通、企業毎の経営戦略から検討する内部条件の両面から分析を行う。

    3. 沖縄の地域性がコンビニの立地に及ぼす影響

     対象地域におけるコンビニの立地特性としては、中心市街地から3km以内の地点に店舗が多く立地しており、外部条件に関してはいずれのチェーンも人口、商圏環境、主要道路において、おおむね似た傾向の店舗展開がみられた。

     対象地域におけるセブン・イレブンの立地の特異性としては次の3点が指摘できる。第1に、那覇市を中心とした本島南部への集中出店がある。セブン・イレブンの出店傾向の1つである人口集中地域への店舗展開は沖縄県でも同様に確認された。那覇市や浦添市、糸満市など人口が多い都市が集中している本島南部への出店は、ドミナント方式による物流効率の向上のみならず、地域におけるチェーンの知名度の向上にもつながる。また店舗数が増加するにつれて、徐々に本島北部にも出店が進んでいる。第2に、主要道路沿いへの集中的な出店である。県内には普通鉄道が存在しないため、基本的に車が主な移動手段となっている。そのため駐車場を有する店舗が多く、那覇市内であっても主要道路沿いに立地している店舗割合が高い。第3に、沖縄の離島という地域性の影響である。2023年の調査時点で、セブン・イレブンは浦添市にある県内唯一の配送センターから本島の全店舗へ配送を行っている。仮に災害等でここからの物流が停止してしまった場合、他県の配送センターから商品を運ぶことができない。これはセブン・イレブンが沖縄に進出する際の課題の一つでもあった。一つの共同配送センターで県全体の店舗の物流をカバーしている一方で、それゆえに出店範囲が限定されているということも考えられる。

  • 濃尾平野における事例から
    中村 健太郎, 須貝 俊彦
    セッションID: 735
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I 研究の目的と対象地域

     神社は、神道の宗教施設であると同時に、前近代においては、地域共同体の中核としての機能も担った。また、神社は創建以来その場に立地する傾向にある(黒木、2022)ことから、前近代における共同体の洪水への適応が、神社の立地特性に長く記録されると考えられる。そこで、本研究は、神社の立地特性及び由緒を調べて、前近代の人々の洪水への適応過程の歴史を解明することを目的とした。

     研究対象地域は、濃尾平野に位置する18の市町村に設定した。

    II 研究方法

    (1)神社データベースの作成

     神社の名前、住所、由緒、写真などの情報を集めた神社名鑑に記載されている神社の全てを原則として対象とした。具体的には、研究対象地域に立地する1393社について、以下の6項目をデータベース化した。1.名前、2.住所、3.経緯度、4.創立年代、5.祭神、6.水害の浸水実績などの特筆すべき事項。

    (2)神社データの分析

     国土地理院より提供を受けた治水地形分類図のベクターデータと神社の経緯度データを空間結合し、神社の立地特性を分析した。また、年号が明らかな神社を対象に神社の増加傾向を時代・立地地形別に示し、年輪酸素同位体比変動(Nakatsuka他、2020)と対比した。

    III 結果及び考察

    (1)神社全体の立地特性

     神社の分布密度は、自然堤防と台地で高く、後背湿地や旧流路で低い。すなわち、神社を水害リスクの低い地形に配置する傾向が認められる。地域コミュニティの中核である神社を水害の被害から遠ざけ、共同体の水害に対するレジリエンスを高めるためと考えられる。

     例えば、神社の中には共同体の共同基金が設立されている場合がある(田村、2021)。共同基金がある神社を水害リスクが低い地形に配置し、水害時にも共同基金を維持し、被災後に活用することで、迅速な復旧復興が可能となる。このようにして、共同体のレジリエンス向上が図られたと考えられる。

    (2)神社の時系列的な増加傾向

     16世紀半ばから17世紀末までの間、神社が急増した。前半の戦国時代末期に神社が増加した理由として、戦国大名が国力増強のため開発を進めたことが考えられる。織田信長の岐阜入城の時期(A.D.1567)とも一致する。この開発の進展に伴い集落ができ、それに付随して神社も増加したと考えられる。

     後半の江戸時代初期以降の増加の理由として、政治の安定及び土木技術の発達で、築堤が可能となったこと (斎藤、1988)が考えられる。この時期は多雨で稲作に不向きであったが、大規模開墾が進んだ。気候上の不利を克服するために技術が発達した(平野、2021)。

     以上を踏まえると、開発の政治的要請と技術の発展によって、沖積平野の開発が進み、神社が急増したと考えられる。この時期はとくに後背湿地に創立された神社が多い点も注目される。築堤などの洪水対策の進展によって、後背湿地にも集落が成立するようになり、後背湿地にも神社がさかんに創立されるようになったと推定される。

  • 愛媛県八幡浜市真穴地区の事例
    池田 和子
    セッションID: P074
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    本研究の目的は,真穴地区の特色である農家のアルバイター自宅受入れの地域的な経緯と背景を明らかにすることである.特に同様の経験に着目する.本報告では,進行中である聞き取り調査から明らかになったことを整理し,その地域的特徴を考察する.

  • 渡邉 洋心
    セッションID: 618
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     現代社会において,宗教文化は観光や文化財として活用される資源としての側面を持つ。この流れを卯田(2023)は宗教の資源化と表現し,観光資源化と文化資源化(文化財化)の2つに大別した。一方,宗教文化の活用は,地域づくり活動の形で行われる例もある。地域づくり活動としての宗教文化の活用は,観光資源化や文化資源化が観光産業や文化財制度という共同体の外部からもたらされた制度を前提としていることに対し,それらの諸制度の影響が少ない点に特徴がある。また観光資源や文化財とはみなされていないローカルな宗教文化も,地域資源として地域づくりに活用される。これらを踏まえて本稿では,愛媛県松山市久谷地区における「お接待」を活用した地域づくり活動を事例に,「お接待」に地域づくりとしての役割を期待する地域内外の社会背景を踏まえた上で,お接待所が持つ機能や地域住民による価値づけに注目し,地域づくり活動における宗教文化の地域資源化について考察する。

    2.研究対象と研究手法

     お接待は,四国遍路の巡拝者に対して金銭や飲食物,宿や移動手段などを提供することにより,それを実施した人物に四国遍路と同等の功徳があるとされる宗教文化である(佐藤2006)。お接待は近年,地域コミュニティの再興や文化財の利活用など地域づくりの文脈でも実施される。本稿では地域づくりの意味合いが強い場合は「お接待」,宗教文化としての意味合いが強い場合はお接待として表記する。

     愛媛県松山市久谷地区は荏原地区と坂本地区に大別できる。両地区では2024年現在,荏原地区で渡部家住宅お接待所,坂本地区で坂本屋お接待所が「お接待」を実施している。両お接待所ともに,地域内外から社会的な役割を期待され始まったもので,地域コミュニティの拠点施設や文化財の利活用の文脈を意識して活動が行われる。本稿では,両お接待所への参与観察,および比較的新しいお接待所である渡部家住宅お接待所の参加スタッフに聞き取り調査を実施した。

    3.結果と考察

     渡部家住宅お接待所は地域にとって,①高齢者同士のコミュニケーション,②地域住民と来訪者の交流の場,③文化財の利活用の3つの機能を持つ。これにより参加スタッフは交流範囲が拡大,来訪者との関わりにより久谷地区を意識し,文化財の利活用を通じ歴史の中に久谷地区を位置づける。これらを通じて、お接待所への参加はスタッフによる「久谷地区」の再評価を促す。

     久谷地区の住民は久谷地区を「①松山市の一部としての久谷地区(1968年までの久谷村)」,「②久谷地区の中の荏原・坂本(1956年までの荏原村・坂本村)」,「③両地区の中の大字(1889年(町村制施行)までの村)」,「④大字の中の小字」の4つの異なったスケールで認識している。地域住民はこれらを場面によって使い分けるだけでなく,個人ごとに漠然とした「地域」を想起する際には,それぞれの地域との関わりに応じて異なった空間スケールを念頭に置く。町内会や婦人会などの地域に埋め込まれた活動を実施するスタッフは③や④,地域社会との関わりが希薄なスタッフは②,久谷地区まちづくり協議会などに参加しており地域づくりの中核的役割を果たすスタッフは①を指して「地域」とみなす傾向がみられる。各スタッフが想起する地域スケールは,個人のお接待に対する価値づけとも関連する。③や④であれば「宗教文化」として,②なら「ボランティア」として,①であれば「地域づくり」として,「お接待」を価値づける傾向にある。特に①のスタッフは「宗教文化」としてのお接待を把握したうえで,「地域づくり」の一環として「お接待」を戦略的に活用している。

     かつては巡拝者と地域住民の相互贈与の関係性で成り立つ宗教文化であったお接待は,現在では宗教文化の文脈を超えた地域資源である「お接待」として,久谷地区の地域アイデンティティとなっていると考えられる。

    卯田卓矢 2023.宗教の地理学.日本地理学会編『地理学辞典』354-355.丸善出版.

    佐藤久光 2006.『遍路と巡礼の民俗』人文書院.

  • 申 知燕
    セッションID: 401
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに古典的な移民研究におけるエスニック・エンクレイブは,先進国での永住を目指す労働移民の人々が世界的大都市のインナーシティにおいて形成した,商業施設と居住地を含む地区であり,移住者がホスト社会に適応するまでに一時的にとどまりながら相互扶助を得られる空間であるとみなされてきた.移住者は,ホスト社会で生きていくために必要な人的・物的資本が揃えば,エスニック・エンクレイブを離れてホスト社会に同化していくが,それまでの過程でエスニック・エンクレイブ内のエスニック・ビジネスは移住者が働く先として,また移住者の生活を支え,エスニックな需要を満たす施設として機能してきた.とくに,エスニック・ビジネスの集積は,移住者をエスニック・エンクレイブに引きつけて,エスニック・エンクレイブを拡大させるための原動力にもなっていた.しかし,近年はグローバル化の進展によって労働移民にかぎらず多様なかたちの国際移住が発生している.とくに先進国や新興国からは永住志向の労働移民に代わってトランスナショナルな移住者が増加したことにより,必ずしも移住者がエスニック・エンクレイブを通過するとは限らなくなった.新たな移住者は,労働移民とは属性やライフコースが異なることから,既存のエスニック・エンクレイブに流入せず,都心各地に分散居住するか,良質な郊外住宅街に新たなエスニック・タウンを形成する場合もあったからである.このような状況下で,インナーシティに立地した旧来のエスニック・エンクレイブは新規流入者の減少を経験するようになり,次第にエスニック・ビジネスも人口規模の変化や訪問客の社会経済的背景に応じて立地や経営戦略を変えざるを得なくなる.しかしながら,一度形成されたエスニック・タウンがどのような変容を遂げるのか,とくにエスニック・ビジネスの立地や戦略がどのように変化するのかに関する先行研究は多いとは言えない.そこで本研究では,トランスナショナルな移住によるエスニック・タウンの多元化がエスニック・ビジネスの立地特性にもたらす影響を明らかにすることを試みる. 本研究にあたっては,2023年3月および9月に現地調査を行い,商業施設関係者(事業者・エスニック団体・NPO・関連業務従事者など)に対するインタビュー調査をもとに,商業施設の立地変化およびエスニック・ビジネス関係者の認識と対応に関する情報を収集・分析した. 2.フィールドの概要 本研究においては,ニューヨーク大都市圏における韓国系移住者(以下,韓人)を事例に,トランスナショナルな移住により多様なコリアタウンが形成されてから,コリアタウン内のエスニック・ビジネスがいかなる変化を経験したかを把握する. ニューヨーク大都市圏においては,1970年代からクィーンズ(Queens)区フラッシング(Flushing)地区において,労働移民として渡米した韓人によってエスニック・エンクレイブが形成された.同地区は,一時期はアメリカ東海岸でもっとも大規模なコリアタウンとなり,韓人コミュニティの中心地として機能したが,1990年代以降,労働移民が減少し,代わりに増加した高学歴・専門職のトランスナショナルな移住者が都心や郊外に居住するようになったことにより,中心性が低下しつつある. 3.知見 現地調査から得た知見は以下の2点である. 1点目は,コリアタウンが多元化するにつれて,各コリアタウン内のエスニック・ビジネスは訪問者の属性や需要によって多様化していることである.新たに形成されたコリアタウンでは,若者や子育て世帯をターゲットとした店舗や,韓国の大企業によるチェーン店が増加するが,フラッシング・コリアタウンでは旧来の移住者による事業体が中心となっている.とくにフラッシング地区の場合,韓人移住者の人口流出や,経営・投資方式の特殊性,エスニック・ビジネスに対する価値観,そして後継者不足などが総合的に影響した結果,商業地区の縮小が進む.また,同地区においては韓人人口の減少に加えて,中国系・ヒスパニック系移住者の増加が著しく,韓国系エスニック・ビジネスの移転や縮小を加速化させている. 2点目は,エスニック・ビジネスの集積が保たれている地区においては,コリアタウンを維持させるための,エスニックな地区活性化に向けた活動が推進されていることである.商業施設関係者は,営業利益の確保に加え,コリアタウンの復興と維持を目指して,通勤列車停車駅周辺の飲食店集積地区を中心にイベント開催,街路の整備,広報活動の拡大などを進めている.同活動は,従来の表象や伝統的景観の保存ではなく,コンテンポラリーなコンテンツを用いて,韓人はもちろん他の民族,なかでも近隣住宅街から都心へ通勤する層を幅広く取り込むことを試みていることから,エスニック・ビジネスの変容の端緒を示していると考えられる.

  • 川添 航
    セッションID: P070
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.研究の目的

    1990年代以降の入国管理政策の転換により,日本国内に流入する外国人人口は現在まで継続的に増加している.また,就業や結婚等により,生活の拠点を日本に移し長期定住・永住を指向する者も同様に増加傾向にある.在留外国人による集住地域の形成は東京・大阪などの大都市の一部を除き進んでおらず,多くの地方都市では分散して居住する傾向にある.また,東京における華人や,大阪・京都における韓国・朝鮮人,北関東・東海圏におけるブラジル人など,エスニシティ毎の居住傾向も地理的に多様となっている.その際に,幅広い社会階層・世代を包含し,在留外国人どうしの社会関係の形成や相互扶助を促進させるコミュニティ施設が日常生活において重要となっている.在留外国人向けのコミュニティ施設として,これまでエスニック・ビジネス事業所や行政により整備された国際交流施設など,多様な交流拠点が設立されてきた.本研究では,コミュニティ施設のひとつとしての宗教施設の分布に注目し,1990年代以降の宗教施設の設立・拡大やその特徴について明らかにすることを目的とした.

    2.1990年代以降における在留外国人向け宗教施設の拡大

    本研究では,在留外国人向け宗教施設の時空間的拡大を分析するため外国語活動宗教施設の設立や活動内容に関するデータベース(以下,データベース)を作成した.集計の対象はキリスト教会(プロテスタント教会およびカトリック教会),イスラームにおける礼拝施設であるマスジドを対象とした.データベースは,キリスト新聞社発行『キリスト教年鑑』各年版,店田(2015),東京基督教大学国際宣教センター・日本宣教リサーチ(2023)および各宗教施設・教派の公式ホームページなどに掲載された情報を元に集計を行った.宗教施設で行われるコミュニティ活動には異なる世代・職業・世帯状況を有する在留外国人が参加するため,分節化が進む在留外国人社会の中でも多様な背景をもつ在留外国人の関係構築・交流が促進される.宗教活動では,教義の理解をより深く理解するため,礼拝・説教は自身の母国語で行われることが重視される(マスジドでは,礼拝は聖典であるクルアーンの記述言語であるアラビア語で行われる).そのため,特にキリスト教会については活動言語別に宗教施設の件数を整理した. 年代ごとの特徴をみると,1980年代以降,外国語で活動を行う宗教施設は三大都市圏を中心に増加した.また,2000年代以降はプロテスタント教会およびマスジドが北関東地方や東海地方で拡大するなど,在留外国人人口の増加の地域的な傾向を反映して宗教施設の分布が拡大してきた.活動言語別の状況をみると,1980年代以降,英語・韓国語で礼拝を行うキリスト教会が増加し,1990年代以降はインドネシア語やポルトガル語,タガログ語で活動を行うキリスト教会やマスジドが増加するなど,礼拝言語は多様化する傾向にある.また,同時通訳等を介し複数言語で同時に行われる礼拝も拡大した.

    3.在留外国人社会の変化と宗教コミュニティの役割

    個別のキリスト教会,マスジドでは,FacebookやYoutube等のSNS・動画配信サービスが導入・活用されており,礼拝や説教のライブ/アーカイブ配信やイベントの告知,情報発信などが行われている.また,定住・永住が進展することにより,コミュニティ活動の一環として子ども世代への宗教施設における教育活動が重視されるようになった.宗教施設の活動内容をみると,それぞれの施設で青少年向けのグループ活動が整備されており,宗教教育や交流の機会が確保されていた.これらの宗教施設の設立および活動の拡大は,地方都市を含む都市部における在留外国人人口の増加,留学・就業などの移住経緯の多様化,世帯形成に伴う多世代化といった在留外国人の居住構造の変化を反映してきたといえる.宗教活動だけでなく,それに参加する在留外国人の個別の日常生活や移住後のライフステージを総合的に分析し,宗教施設の存立要件を検討していく必要がある.

  • 増田 耕一, 市野 美夏
    セッションID: P030
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    近世の飢饉の主要な要因であった東北地方の冷夏をもたらした天候の日本全国規模の時空間構造について、近代の日照時間の観測にもとづいて検討した。本州・四国・九州の45地点の1901~2020年の日照率の月値について主成分分析を行なった。8月の結果の第1主成分は全国規模で同符号だがその振幅は関東から九州北部で大きく東北北部では小さい。近代の凶作年のうちでは1902, 1905, 1980, 1993年がこのパターンである。第2主成分は北冷西暑型の冷夏に対応する。近代の凶作年のうちでは1934年がこのパターンである。

  • 高度経済成長期の深圳
    小島 泰雄
    セッションID: 403
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    中国華南、珠江デルタに位置する深圳は、イギリス植民地であったホンコンに隣接して、1980年に建設が始められた経済都市である。社会主義的な国家建設を進めてきた中国共産党は、途上国としての現実に立脚した開発政策である「改革開放」を1978年に採用し、その実験地として4つの「経済特区」を指定した。深圳はその一つとして、辺境の田舎町と農村から、輸出加工区へ、そして1700万人が暮らす巨大都市へと成長していった。 本報告は深圳の40年の都市史から、中国の高度経済成長期にあたる1990年代半ばから2010年代半ばまでに焦点をあわせて、その社会経済的な変化を考察することをめざすものである。

  • 高知県香美市の事例を中心に
    山﨑 恭平
    セッションID: 505
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    ユズは現在に至るまで一般的に条件が不利とされる中山間地域を中心に生産され,中山間地域の貴重な収入源となってきた。さらに,多くの農作物生産が縮小していく中,現在まで拡大を続けている稀有な品目である。しかし,「地域おこし」の文脈で,ユズ加工品製造・販売で大きく成長した馬路村は全国的に良く知られているが,馬路村以外のユズ産地や,産地研究の分野でユズはほとんど注目されてこなかった。

     そこで発表者は,ユズ産地の特性やユズ生産を支える農業構造を明らかにするために,継続的に調査研究を行っている。昨年度行った高知県に対する調査研究によって,ユズは産地ごとに主力とする販売方法(生果出荷・果汁出荷・加工品出荷)とその組み合わせが異なるために,多様な産地の特徴を有していることが分かった。またその中でも安芸市では,山間部の農家の生産力低下,及び米などの他の品目の価格低下によってユズが相対的に有利な品目になったことで,平野部の農家が水田をユズに転換してユズ生産に参入するという,ユズ生産の重心移動が起きていた。

     今回は高知県のユズ産地の中でも,生果生産・販売が中心である香美市に注目して,多様な経営形態を持っているユズ生産農家計29戸への農家調査を行った。他のユズ産地の出荷量に占める生果出荷量が約10%前後であるのに対し,香美市は概ね50%以上で推移するという,特異な生果率を誇っている。特に中山間地域で広く起きている過疎化・高齢化のなかで,ユズ生産がどのような農家によって担われているのか,その変化に注目した。

     その結果,安芸市と同じくより労働条件の良い平野部(物部町→香北町)へというユズ生産の重心移動が起きていることが確認できた。一方で,経営拡大の方向性として,平野部において面的拡大を基調とする経営拡大以外にも,少ない斜面を活用しながら土地生産性・労働生産性を高めることで,高齢小規模農家でも高い販売金額を達成するという経営タイプが出現していた。また,この高生産性経営の存在が,地域の若手農家にとっての目標となることで,2つの経営発展経路を有する産地となっていることが明らかとなった。

  • ―島根県を事例として―
    王 立騰
    セッションID: 508
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. はじめに

    三大都市圏への人口集中、都市と農村の格差の拡大などを背景として、過疎地域は今後、非農業者も含めた更なる人口の減少や、存続が危ぶまれる集落の増加に直面することになる。地域振興において重要とされた自助・共助・公助の可能性については、行政の財政難や人員不足、地域コミュニティからの人口流失、住民自身の高齢化などの原因で低くなっている。近年、デジタル技術が盛んになり、田園回帰の流れをふまえ、政府により様々な国土計画や地域政策が打ち出されている。「ネオソサエティ」という複雑な社会状況のなか、都市と農村の相互関係に新たな動きがもたらされており、それがそれぞれの地域の将来に大きな影響を与える可能性がある(堤2022)。こうした状況のなか、林立している政策のアウトカムとボトムアップの視点から過疎地域のスマートネスの現状を把握することによって、過疎地域の存続においての諸課題を探り出す必要性がある。

    2. 研究対象・方法

    過疎地域におけるスマートネスに関する諸問題を探究するためには、スマートネスに関連する政策(地方創生、スマートシティ、デジタル田園都市国家構想)についてレビューし、各政策の歴史、その背後にある理論と政治状況を理解することによって、政策の本質および政策間関係を解明することができる。本研究では、①離島振興法、②半島振興法、③山村振興法の指定地域、すなわち、①島根県隠岐諸島、②松江市美保関町、③邑南町口羽・阿須那地区の三地域内の19箇所を対象として、現地調査を実施し、役場職員・地域おこし協力隊隊員・学校教育関係者・観光業者・地方企業の従業員・NPO組織メンバー・自営業者などに対して聴き取り調査を行った。すなわち、各地域独自の課題をふまえて、実際に地域振興課題に関わる人々や現地住民に対して、地域のスマートネスの現状と将来像について調査を実施した。本研究では、地域の実態に即したデータを収集し、地域類型別・課題別の分析を行うことにより、スマートネスの導入が地域社会に及ぼす実際の影響を評価、過疎地域でのスマートネスの課題を明確にすることを目的とした。

    3. 考察と結論

    政策と理論の分析では、「国家全体の発展を優先し、地域の特性を軽視すること」、「ボトムアップによる政策策定の欠如」、「人口の争奪」、「技術主導」、「効率主義」、「資金の域内循環の困難性」、「人材・資金不足」などの問題が行政・教育・産業・交流などの方面で存在することやスマートネス推進に多重的なズレが生じていることが確認できた。将来の課題として、地方の特性を考慮した持続可能な政策、地方自治体に自立的なデジタル化への取り組み、住民の意思と関係人口の役割などの諸要素が組み合わさることで、地方自治体における新たなスマートネスの展開が可能となり、地域住民の生活向上と地域全体の発展につながると考えられるに至った。

    文献

    堤研二(2022)「ポストアーバン時代と地域的スマートネス」 『待兼山論叢』56. pp.55-70.

  • 経済センサスの事業所数は正しいか?
    菊地 穂澄, 小泉 秀樹
    セッションID: P052
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    地域の産業を分析するにあたって,経済センサスの調査結果は最も重要なデータだといえる。経済センサスは,特に重要な統計調査として統計法に基づく基幹統計調査に位置づけられており,企業・事業所の母集団情報作成のための全数調査が行われている。しかしながら,インターネットの進歩により外観では判別が困難な事業所が増えたこと,調査票回収率の低下など調査環境の悪化を要因とした把握漏れの可能性が指摘されており,経済センサスのデータの検証が求められる。

     本研究では,法的拘束力のある手続きに基づいて把握漏れがないと考えられる事業所データを作成し,経済センサスの把握漏れの程度と偏りについて検証することを目的とする。対象地域は千葉県千葉市とする。千葉市は,中世に千葉氏が拠点を構えたことに端を発する千葉都心部から高度経済成長期以降に開発の進んだ幕張新都心,おゆみ野やちはら台といった大規模ニュータウンまで,多様な市街地環境を持つことから,把握漏れの地理的偏りの分析に適しているといえる。対象業種は,日本標準産業分類で定義される「飲食店」とする。飲食店は,地域の魅力を構成する主要な業種であるとの指摘が多くあり,正確な把握が重要な業種であるといえる。また,開廃業が多いという飲食店の性質から,5年という広い調査間隔による把握漏れが疑われる。対象データは,本研究の主題である経済センサス(活動調査)と,比較対象である食品営業許可施設データを基に作成した飲食店事業所基準データ(以下,基準データ),さらに民間事業者の所有するデータである電話帳データ(東大CSIS共同研究による)と,レストラン情報サイト(食べログ)より入手したデータを用いる。経済センサス以外のデータに関しては,事業名などにより業種を特定した上で対象業種への絞り込みを行った。これらのデータ数を市全域で比較した上で,経済センサス上の飲食店事業所数と基準データ上の事業所数を町丁目別に比較する。

    まず千葉市全域でデータ数を比較した結果,基準データ(5682件,2021年8月)に対して経済センサス上の飲食店事業所数は約4割(2285件,2021年6月)で,かなりの把握漏れがあることがわかった。この経済センサスの事業所数は,固定電話契約の減少により網羅率の低下が想定される電話帳(2197件,2021年8月)と同水準で,時点の違いを考慮したうえでも食べログ上の飲食店事業所掲載数(3641件,2023年10月)より少ない。経済センサスのうち法人を対象とした試験調査では,他業種と比べ飲食店の調査票回収率が低いことが報告されており,調査票回収率の低さが網羅率の低下を招いていると考えられる。 また,町丁目別に基準データに対しての経済センサスの網羅率を計算した結果,海浜幕張駅周辺や蘇我駅周辺は比較的高い一方で,千葉都心部の網羅率が低いことがわかった。全体的にみても町丁目ごとの網羅率のばらつきは大きく,経済センサス上の飲食店事業所の,地理的偏りの存在が明らかになった。

    地域・業種を限った分析ではあるものの,不特定多数を顧客とする飲食店でもその事業所数には相当な把握漏れがあり,また地理的偏りがあることが明らかになった。とはいえ経済センサスほど多くの業種,広範囲で全数調査を行う調査はなく,重要な調査であることには変わりがない。地域の分析や政策検討において効果的な活用ができるよう,他地域や他業種の分析を通じたさらなる偏りの検証が求められる。

    本研究は東大CSIS共同研究No.1285の成果の一部である(座標付き電話帳DBテレポイント 法人版(P1B08_2021年8月)(㈱ゼンリン提供))。

  • 鈴木 比奈子, 蝦名 裕一, 吉森 和城, 半田 信之, 三浦 伸也, 目時 和哉, 原 直史
    セッションID: P044
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.背景と目的

    近年、自然災害により文化遺産が被災する事例が数多く発生しているが、文化遺産救出の始動には一定の時間を有する。一方で、被災した文化遺産の劣化・破壊は災害発生直後から加速度的に進行し、応急復旧時に災害廃棄物として文化遺産が破棄される可能性もある。これらを阻止するためには、平時からの文化遺産所在情報の把握、災害発生直後における迅速な被災状況の確認、被災地内外における保全関係者の連携体制の構築と救出活動の開始が求められる。2011年以降、災害時の文化遺産レスキューの迅速化のため、東北大学災害科学国際研究所を中心に「文化遺産防災マップ」構築が取り組まれてきた(例えば蝦名,2022など)。また、文化遺産に対するハザードへの曝露状況の可視化(鈴木ほか,2023)が検討されてきた。本稿では「文化遺産防災マップ」を利用し、2023年度に岩手県立博物館で実施した文化遺産防災訓練の事例と得られた今後の課題、令和6年能登半島地震の状況を報告する。

    2.文化遺産防災マップの構成

    文化遺産防災マップは、Web-GIS(eコミマップ)を活用し構成している。盗難の恐れを念頭とした個人情報保護の観点から、ID/PASSで閲覧者を制限できる機能をもつアプリとした。マップで閲覧できるデータ構成は、文化遺産情報、ハザード予測情報、進行中の災害情報、地理院地図から成る。現段階で文化遺産情報は、国が公開する緯度経度情報付きの国・都道府県の指定文化財の約35,000件であり、全てをポイントデータとして表示している。ハザード予測情報は、国交省ハザードマップや防災科研が公開する地震動予測情報などである。災害発生時には、各機関からWMS、KML、geojsonなどで公開がされるデータを重畳した。

    3.災害対応への活用

    1)岩手県立博物館での防災訓練(2023年11月24日実施)

    文化庁のInnovate MUSEUM事業を活用し、「岩手県版文化遺産防災マップ」を用いた防災訓練が実施された。ここでは、岩手県の教育委員会や県内の市町村の文化財担当職員約35名が参加し、豪雨災害を想定した訓練を実施した。

    2)令和6年能登半島地震対応

    2024年1月1日に発生した能登半島地震に際し、推定震度分布(防災科研)、斜面崩壊・堆積分布(国土地理院)、津波浸水域(日本地理学会)のハザードデータを重畳した。被災3県(石川、富山、新潟)のデータは、国・県指定の文化財情報と推定震度分布から、建物被害が生じる震度5弱以上の被害状況を推計し、指定文化財677件の文化財に被害が生じる可能性が推定された(蝦名・川内,2024)。そのほか自治体史から抽出した古文書所蔵情報を登録した。新潟県では、自治体等の関係者に文化財マップの情報提供をしている。

    4.課題,まとめ

    1)文化遺産情報のポイントデータのみでは迅速な状況把握に課題があり、事前防災および直後には、あらかじめ文化遺産がどこに集中しているかが俯瞰的に把握できるものが必要との意見が出た。ヒートマップやメッシュデータへの変換は1つの案である。また、訓練や災害での実践により、データベース項目やマップ活用フロー改善のさらなる検討が考えられる。

    2)各機関からWeb-GISで情報は公開されているものの、WMSやAPIが非公開となっているなど、地図のマッシュアップが想定より進まず、発信された情報の二次利用の課題が生じている。

    謝辞 本研究は東北大学災害科学国際研究所2023年災害レジリエンス共創研究PJ「災害時における文化遺産救済を目的とした文化遺産マップの構築および活用の研究(研究代表者:吉森和城)」による。

    【参考】

    1)蝦名(2022)文化遺産防災における文化遺産マップの活用.

    2)蝦名・川内(2024)文化遺産防災マップから推定する文化遺産の被害状況.

    3)鈴木(2023)地理空間情報で文化遺産を保全する.

  • 榊原 保志, 小林 隆, 廣内 大助
    セッションID: 541
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    防災教育の試行授業は小学校および自宅からの避難をする場合の避難所と避難経路を考えるフィールドワークを地域のボランティアの協力を得て村バスを利用する形式で行われた。授業は難しくなく,楽しいものであった。防災マップは避難所・避難経路を考える上で役立ち,授業後は気になるようになった。この授業は子ども達に避難について真剣に考えさせるのに効果があった。

  • 土屋 純
    セッションID: 402
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    研究目的,使用するデータ

     本研究は,デリー首都圏を対象として,2000年代以降に開発が進んだショッピングモールの分布パターンと,ショッピングモールにおけるテナントミックスの状況を分析する.メガ・リージョンとして発展しているデリー首都圏における消費市場の動向の一端を明らかにしたいと考える.

     本研究では,株式会社ゼンリンより購入したデータを用いる.デリー首都圏を対象とした,2023年におけるショッピングモールの位置(緯度・経度),建物面積,テナント数,テナント構成のデータである.ショッピングモールの分布パターンを規模別に分析できるだけでなく,各ショッピングモールにおけるテナントミックスの状況を把握することができる.

    メガ・リージョンとしてのデリー首都圏

     フロリダ(2009)は,メガ都市を中心として,その郊外と隣接する諸都市が結びつき,グローバル経済のエンジンとしての役割を果たす地域のことを「メガ・リージョン」と定義した.先進国だけでなく新興国を含め,世界には40地域あることを指摘し,インドではデリー=ラホールがメガ・リージョンとして,ムンバイ=プネー,バンガロール=チェンナイはメガ・リージョンとして発展しつつある地域と位置づけられている.

     岡橋・友澤(2015)では,デリー首都圏をメガ・リージョンとして位置付け,郊外の開発地域を中心として,外資系企業の参入による自動車産業やIT産業の発展と,民間のデベロッパーを中心とした新興住宅地の開発について検討している.さらに友澤(2022)は,農村集落がアーバン・ビレッジに変化し,工場労働者向けのアパートや店舗等が増加している状況も調査・分析し,サバルタン・アーバニゼーションとして考察している.このように,デリー首都圏がメガ・リージョンとして発展しているというフロリダの指摘を受け,郊外地域における産業発展と住宅開発などの状況を詳細に調査・分析して,メガ・リージョン内の地理的ダイナミズムを明らかにしている.

    デリー首都圏におけるショッピングモールの展開

     土屋(2013)は,デリー首都圏を事例として,ショッピングモールの開発状況を報告した.ハリアナ州のグルガオンやウッタルプラデシュ州のノイダなどのデリー隣接地域では,民間デベロッパーが分譲住宅だけでなくショッピングモールを開発しており,そうしたショッピングモールには様々なブランドショップが積極的に参入していて,外資系ブランドの中にはインドでブランド認知を広める目的でショールームの機能を兼ねた店舗を展開していることを明らかにした.

     デリー首都圏の郊外地域は,富裕層だけでなく中間層の居住地域が拡大している.そして,外資系企業の進出によって,分譲住宅地には外国人が集住する場所が増えている.このようにデリー首都圏がメガ・リージョンとして発展していく中で,人口構成が多様化していき,消費市場がモザイク化してきた.特に,外国籍人口にとって,ショッピングモールは母国と似た環境で消費活動ができる場所になっている.

     なお土屋(2013)は,2010年の分布図をもとに検討したものである.2010年と2023年の分布図を比較すると,ショッピングモールの分布密度が高まるとともに,巨大モールが競合立地するようになった.テナント構成も変化しており,例えば,家電メーカーの直営店が減少する一方,家電量販店が増えている.外資系ブランドでは,小規模なショッピングモールから撤退する例が増えている.当日の発表では,テナントミックスの状況を踏まえてショッピングモールを類型区分し,それぞれの立地条件を検討して,モザイク化しつつある郊外市場への適応状況について報告したい.

  • 小荒井 衛, 桑森 勇多, 先名 重樹
    セッションID: 815
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    東京都小平市内の武蔵野台地には、深さ1~3m程度の窪地が存在する。窪地の成因については不明な点が多い。成因を明らかにするために、常時微動を窪地の中や外側など24地点で計測し、地下のS波速度構造を把握した。地下の地質断面が明らかにされている「小平市ふれあい下水道館」で常時微動計測を行ったところ、立川ローム層と武蔵野ローム層の境界深度がS波速度200m/s付近で速度が変化する深さに一致し、武蔵野礫層の上端の深度がS波速度300m/s付近で速度が大きく変化する深さに一致した。そのため、他の常時微動計測地点でも、上記の条件を満たすものと推定して、計測地点の武蔵野礫層上端の標高(深度)、武蔵野ローム層と立川ローム層の境界の標高(深度)を求めた。その結果、武蔵野礫層の上端の標高は調査地域の西端で約75m、東端で約65mと変化しており、常時微動で求めたS波速度変化部の深さが深さの15%程度の誤差があるので、特に窪地の部分で特に深いという訳では無かった。そのため、陥没などの構造的な要因でこの窪地が形成された可能性は小さいものと考えられる。一方、武蔵野ローム層の厚さは窪地の周辺と窪地の内部とで2m以上の違いが認められ、有意に窪地内でのローム層厚が薄いという結果であった。また、立川ローム層の厚さについては、窪地の中と外とで有意な差は認められなかった。この結果から判断すると、武蔵野ローム層の堆積時に窪地で湧水があり堆積したローム層を流したために武蔵野ローム層の堆積が窪地内や出口の谷地形で周辺よりも薄くなり、立川ローム堆積時には湧水も無くなり、窪地の内外でローム層の厚さに大きな変化が無くなったものと推定できる。

  • -静岡県熱海市を事例にして-
    印南 浩幸
    セッションID: 335
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     天野ほか(2004)によると,日本には,長崎県長崎市をはじめとした”斜面都市”が複数存在する.斜面都市では,坂が多いという生活環境の悪さが原因で,高齢化や空き家といった様々な都市問題が顕著に見られる傾向がある.特に,最近高齢者が増加する中で,移動行動に関する研究が注目を集めている.坂が多い地域では,特に高齢者を中心に移動が困難になる(伊東ほか 2020).斜面都市を事例に行われた移動行動の研究事例としては石川(2015)などが挙げられる.しかし,斜面都市における移動行動の研究は未だ少なく,1つの都市を事例に,移動行動やモータリゼーションなど”複合的”に分析,考察した研究は少ない.

     そこで本研究では,研究例が少ない点,別荘が卓越するという地理的特徴を持っている点などから,静岡県熱海市の熱海市街地付近を調査対象地域として研究を行う.本研究では最初町丁目単位で,傾斜の大きい住宅地を”斜面住宅地”,傾斜が小さい市街地を”平坦地”と定義づける.その後,斜面住宅地とされた範囲を対象にアンケート調査と聞き取り調査で,①移動行動の実態と地域差,②移動行動と年齢差,③自家用車と公共交通機関利用の地域差,④”新しい公共交通機関”への意識,⑤移動利便性(居住環境)の評価などについて明らかにする.この内容を明らかにすることにより,斜面都市が抱える問題点を明らかにすることができ,今後のまちづくりの方向性を検討することができると考える.

    2.研究方法

     本研究では最初,文献,書籍,聞き取り調査などから地域概況を明らかにする.その後,「斜面住宅地」とされた全町丁目に対し,全戸配布型アンケート調査を行い,移動行動などについて明らかにする.なお,アンケート調査結果の精度を高めるため,追加で聞き取り調査も行った.

    3.結果

     地域概況を調査した結果,①斜面住宅地の居住地部分の平均傾斜度は約14度~20度である点,②斜面住宅地の範囲の買い物環境が良くない点,③バス路線がやや広範囲にあり,本数,バス停数も比較的多い点,④斜面住宅地の範囲で,幅員が狭く,勾配の大きい道路が多く分布している点,⑤斜面住宅地の開発年代は昭和10~40年頃が多く,一部地域では開発に私鉄企業が関わっている点などが明らかとなった.

     アンケート調査では,移動行動(買い物行動・通勤行動),自家用車に関する質問(自動車運転免許・自家用車保有の有無,運転頻度),回答者の居住形態,現住地の評価等に関する設問を設けた.アンケート調査の回収率は約15.1%であった.

     アンケート調査と聞き取り調査より,熱海市熱海地区の斜面住宅地居住者の移動行動について分析した結果,以下のような傾向が見られた.①モータリゼーションが進行し,自動車依存社会となっている点,②自家用車を保有している場合は,熱海市内だけでなく,他市町村へ買い物に行く傾向が見られる点,③自宅の”すぐ近く”に公共交通機関がある場合は,高齢者を中心に利用する傾向にある点,④自家用車を保有しない状態での生活は厳しく,一家全員が免許返納後した場合,転出する事例が見られる点,⑤現在,公共交通機関が使いにくい地域を中心に” 新たな公共交通機関”を求める声が高い点,⑥全体的に居住環境の評価は高く,移住意欲が低いが,市街地から離れた地域では,居住環境の評価がやや低く,移住意欲がやや高いという6点である.

    参考文献

    天野充・杉山和一・全炳徳 2004.全国斜面都市の比較分析.土木計画学研究・講演集.30:I(125).

    石川雄一 2015.斜面旧市街地における移動と交通に関する課題 -佐世保市における事例-.長崎県立大学東アジア研究所 東アジア評論(7):51-62.

    伊東優・今井公太郎・本間健太郎 2020.長崎市の斜面住宅地におけるアクセシビリティの評価と改良 -地形・年齢階層・移動手段を考慮した街路ネットワーク分析-.日本都市計画学会都市計画論文集 55(3):428-434.

  • 教員研修の実践に基づく展開
    村山 良之, 桜井 愛子, 佐藤 健, 北浦 早苗, 小田 隆史, 熊谷 誠
    セッションID: 734
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1 「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」の必要性

     2019年に確定した大川小学校津波訴訟判決のとおり,東日本大震災後の学校では,ハザードマップの想定外まで含めた防災の取組が求められている。そのための具体的方策として,発表者らは「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」(右下図,下記のとおり改訂版)を提唱し(村山ほか,2019),実践を重ねてきた。地形は自然災害の素因として指標性が高く,地形を踏まえることで,ハザードマップに示された想定結果の理由を理解でき,ひいては想定外まで合理的に考えることができる。「3段階読図法」は,地理学界のこの「常識」を背景にしている。

    2 教員研修等の実践を踏まえた「3段階読図法」の展開

     2019年度から,発表者らは石巻市防災主任研修(の一部)を担当しており,その中で「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」に基づく研修を行い,成果も上げてきた(小田ほか,2020;Sakurai et al.,2021;村山ほか,2022)。

     同市他の実践を重ねるなかで,ハザードマップの想定外まで考えるためには,地形に加えてハザードマップの想定条件の把握(受講者に理解してもらうこと)が重要であることに,発表者らは(改めて)気づいた。そこで,本来は「1ハザードマップを読む」に含まれる「想定条件を理解する」を0として目立つように,図にも表現した。そして,下記は,ハザードマップの読図において把握しておくべき,想定条件についてまとめたものである。

    ○ 洪水浸水想定区域の設定

    ・想定対象河川(河川管理者:国,都道府県,その他)

    ・想定雨量 想定最大規模の雨量 + 地形

    ○ 土砂災害警戒区域の設定

    ・地形条件(崖の高さ,傾斜,谷地形,履歴)

    + 社会条件(人家,立地予定等)

    ○ 津波浸水想定区域の設定

    ・想定地震(想定海底断層) + 海底地形 + 地形

    + 潮位,海岸堤防(越流時点で破壊等),地盤沈下等

     また,地形を把握する方法として,現地観察等に加えて,各種地図の利用が挙げられるが,下記の地図群の利用が有効であることを確認した。また,下記のいずれの地図も,「重ねるハザードマップ」のみで,各種ハザードマップとともに,表示,検討が可能となったため,格段に利用しやすくなった。

    ○ 地形がわかる地図 下記および下記の組合せ

    ・地形図(等高線,崖記号,標高点など) →難しい

    ・陰影起伏図 →起伏の感覚的理解

    ・色別標高図(自分で作る色別標高図)

    ・地形分類図 →とくに低地内の微地形理解

     以上から,たとえば下記のように,合理的に「想定外」を考えられるようになる。

    ○ 地形を踏まえて「想定外」を合理的に考えられる事例

    ・洪水 低地で想定浸水区域なし(白色)

     → 想定対象河川がないため? → 浸水を想定すべき

    ・土砂災害 谷の出口や崖下で警戒区域なし(白色)

     → 人家がないため? → 土砂災害を想定すべき

     「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」は,学校防災(防災管理と防災教育)の基盤となり得る。学校の校地,学区,通学路の安全確認等に加えて,児童生徒向けの教育,なかでも中学校や高校での地理教育にも利用可能であると考える。

  • -全羅北道南原市の事例-
    兼子 純, 山元 貴継, 山下 亜紀郎, 駒木 伸比古, 橋本 暁子, 金 延景, 川添 航, 李 虎相
    セッションID: P072
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.研究課題と目的

     近年,多くの先進諸国において人口減少や脱工業化が進み,都市の縮小がみられる。韓国においても将来的な人口減少への危機感から,「縮小都市」への関心は高い。韓国でも日本以上に地方都市の衰退が懸念されているものの,日本の地方都市にみられるような「シャッター商店街」のような現象は韓国では起こりにくく,店舗の激しい入れ替わりによって,市街地の活況や構造は縮小しつつも維持されている。韓国の「縮小都市」を定義するいくつかの研究の中で,グほか(2016)は,韓国の77市のうち20市を「縮小都市」として抽出している。本研究の目的は,「縮小都市」として位置づけられる韓国の地方都市の中で,全羅北道南原市を研究対象地域とし,中心商業地の構造変化を,都市の骨格をなす主要施設の立地と店舗構成から明らかにすることを目的とする。韓国行政安全部が2021年に指定した「人口減少地域」にも南原市は含まれている。

    2.研究対象地域の概要

     南原市は韓国・全羅北道の南東部にあり,小白山脈の西となる盆地内に位置している。同市は,南東側は慶尚南道,東側は全羅南道と接している。盆地に位置するため,全羅北道の全州市や,光州広域市などの大都市とは隔絶して独立した都市圏を形成している。一方で南原市は,古くから交通の要衝にあって,内陸の関門としての文化的・経済的接触地帯であった。現在でも道路交通として,2つの高速道路が交差するなど,隣接都市圏へのアクセスは良い。鉄道交通として,全州と麗水を結ぶ湖南線が走る。南原駅は市街地の北側に位置していたが,現在は市街地から大きく離れた西部に移設された。南原駅はKTXの停車駅でもあり,ソウルと直通している。観光資源として,「春香伝」の舞台として有名な広寒楼苑が市街地内に位置している。南原市の2015年人口は80,499であったが,2022年では75,259と,短期間に6.5%減少している。

    3.調査の方法

     韓国の商業地における店舗の入れ替わりは日本に比して頻繁で,その新陳代謝が都市を活気づける要因ともなっている。そうした変化を既存の資料から明らかにすることは難しく,本研究では橋本ほか(2018)の調査方法を用いて中心商業地の店舗構成を明らかにすることを試みた。それに加えて,韓国の地方都市の都市構造において,その変化を把握するためには,公共施設などの移転との関係を理解する必要がある。それらも含めた南原市の中心商業地の現況について,関連機関への聞き取り調査を行った。

    4.中心商業地の構造変化

     南原市の中心商業地は,盆地を北東から南西に流れる蓼川の北岸に位置し,一帯は方形上の道路構造をなしている。中心商業地の骨格をなすのは,東西に延びる南門路であり,この通り沿いに商業施設が最も集積している。南門路の南部中央に広寒楼苑が位置し,観光の拠点となっている。市街地の南西部に公設在来市場が立地しており,ここでは五日市が開催されている。南門路の北側では,旧南原駅から南に延びる香丹路周辺に市庁舎が立地していたが,1990年代に北東1kmの位置に移転したことで,都市の中心が移動した。共用バスターミナルは中心商業地と新市庁舎との中間地点に位置する一方,高速バスターミナルは近年まで,新市庁舎のさらに東側となる南原ICに近い位置にあって,ここにはロッテの大型マートも立地している。

     調査の結果から,中心商業地の東西軸である南門路沿いには,スポーツ用品店をはじめとして同業種の店舗集積があり,人口規模に比して商業地の活気が維持されているように見える。一方で,鉄道駅や公共施設が移転した市街地の北側地域では,空店舗などの低未利用地も目立つ中で,リモデリングしたカフェ等の出店もあり,土地利用再編の萌芽がみられる。上記のエリアでは,商業集積地区と在来市場での業種によるすみ分けがなされている一方,カフェなどの新しいタイプの飲食店は移転した市庁舎のある地区に新規の商業集積を形成しており,商業機能の役割分担にも注目する必要がある。

     本発表はJSPS科研費・基盤研究(B)『地方活性化に向けた韓国地方都市の時空間ダイナミズムに関する研究(課題番号:22H00761)』の助成を受けた。

  • 山下 亜紀郎, 谷口 智雅, 渡来 靖, 坂本 優紀, 中村 瑞歩
    セッションID: P085
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.目的と方法

     本研究では,都市中心部をいくつかの河川・水路が貫流し,行政や住民等による水辺空間整備や保全活動の取り組みが盛んな静岡県三島市を研究対象地域とし,そのなかでも水辺空間の整備・保全や活用において中心的存在といえる源兵衛川に着目する.そしてその都市内水辺空間の環境を,「人」「水」「熱」「音」の四つの側面から調査・分析することで総合的に評価することを目的とする.研究の手順としてはまず,「人」として,源兵衛川における行政や市民団体等による水辺空間整備や保全活動の歴史的経緯と現状を概観した上で,「水」「熱」「音」の三側面から,水質・水温・水量,気温・湿度・風向・風速,音圧レベルなどの現地観測調査を通じて,水辺空間としての環境を多面的に分析する.そして,それらを踏まえながら水辺空間への訪問者(「人」)による評価を分析することで,都市の水辺空間としての特性を総合的に考察する.

    2.研究地域の概要と水辺空間整備

     三島市の中心市街地周辺は,約1万年前の富士山噴火によって流出した溶岩流(三島溶岩流)の末端に位置し,その溶岩流の中を流れてきた地下水が市街地の至るところから湧出している.そしてそれらの湧水を水源として,源兵衛川や蓮沼川,桜川,御殿川などの河川が市街地内を貫流している.

     源兵衛川では,かつての悪化した河川環境を再生・改修するために,「県営農業水利施設高度利用事業」(1990~1992年)および「県営水環境整備事業」(1993~1997年)が実施された.これらの事業では,市街地内を流れる約1.5kmの区間を8つのゾーンに区分し,それぞれの地域特性に合わせたコンセプトに基づいた親水空間が整備された.これらの事業による親水空間整備と並行するように,1990年代には三島市の水環境を再生・保全することを目的とした市民団体が相次いで設立され,現在でも定期的な河川の清掃活動のほか,ホタルや梅花藻の保全活動などさまざまな活動を実践している.一方,地下水位の低下による河川流量の減少に対しては,湧水群より上流側に立地する企業の協力によって,工場内設備の冷却用に使用した工業用水が通年的に源兵衛川へ放水されている.

    3.結果と考察

     源兵衛川の水質は年間通じて良好であるといえる.これは,一部に市街地由来の負荷物質が流入しているものの,水源の大半が流域内から湧出している自然由来の地下水だからである.水温については,若干夏季の方が高いとはいえ大きな差はなく,年間通じて低いといえる.一方,流量は夏季と冬季で大きく異なり,冬季は非常に少ないものの,親水空間として主に利用される夏季には十分な流量がある.ただし河川形状や流速は地点によって異なることから,親水空間整備によって安全に水遊びできるところがある一方で,子どもにとって多少危険なところもある.

     源兵衛川の水辺空間の気温は,日中は冬季も夏季も周辺市街地より低い傾向にある.その要因の一つは,水辺空間周辺の樹木が日射を遮っているからであるが,夏季にはとくに水温の低さも水辺空間の気温低減に貢献しており,周辺市街地よりも3˚C程度低い涼しい環境が形成されている.一方で,冬季の夜間は周辺市街地より水辺空間の方が若干気温が高い.これは冬季には気温より水温の方が高いからであり,そのために水辺空間の寒さが幾分緩和されていると考えられる.

     源兵衛川の水辺空間の音圧レベルは,周辺市街地とは平均的には大差ないといえる.そのため閑静な住宅地内を流れる区間では,水辺空間も同様に静かである.それによって,夏季だけでなく相対的に流量が少ない冬季であっても水辺空間では心地よい水音を聞くことができる.

     以上を総合的に勘案すると,源兵衛川の水辺空間では,とくに親水空間として利用される夏季において,水環境・熱環境・音環境いずれも良好な環境が形成されており,水環境が熱環境や音環境にも影響していることが明らかとなった.また,水辺空間への訪問者による評価においても,水環境・熱環境・音環境いずれも概ね高評価を得ており,とくに水質の良さと涼しさの2点の評価が高い.一方で,安全性において相対的に高い評価とならなかったのは,流量が多い夏季には水深が深く流速が早いところがあることが一因である.これらのことからは,訪問者による水辺空間に対する主観的評価が,観測結果に基づく客観的評価とも概ね一致していることが示された.

  • 渡辺 和之, 白坂 蕃
    セッションID: 418
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    中部ネパールのアンナプルナ南面山地はチベット=ビルマ語系の民族であるグルンの故地として知られる。彼らは18世紀のネパール統一に際し、ネパール国王の軍門に下り、統一後にその一部が東ネパールに移住した。その後、「東」のグルンはネパール語を話すようになり、「グルン語を忘れた」という。筆者は東ネパールのグルンが飼養する羊飼いの移牧を研究しており、かねてより「西」と「東」のグルンの文化との違いに関心を抱いていた。だが、「西」における移牧は、民族誌のなかで断片的に触れられるのみであった。発表では、2019年冬と2023年夏の調査により得た「西」のグルンの移牧から若干の東西比較を試みる。調査地はカスキ郡ガンドルック村(標高1940m)周辺である。アンナプルナ南面山地はネパールでも降水量の多い所として知られる。年間4000㎜の雨量があり、冬には降雪もある。同村はアンナプルナ保全地区に属しており、アンナプルナ内院へ向かうトレッキング街道に位置している。このため、住民のなかには、農業や牧畜の他、観光客向けにロッジ経営をする人々もいる。結果として次の点が明らかになった。 まず、家畜種では、ヤク、水牛、羊の移牧がおこなわれている。ヤクは3000から4400m、水牛は2000-3300m、羊は1000-4400m前後まで移動する。ヤクと牛との交配雑種は飼養していない。夏の放牧地(高山草地)は大きく2箇所、アンナプルナ南峰方面と内院方面ある。ヤクは前者の放牧地に行き、羊の場合はどちらかに向かう。水牛は前者の放牧地へ向かう途中に夏の放牧地(樹林帯)がある。なお、内院に向かう羊飼いは氷河を横断して対岸の放牧地へ向かうという。冬の放牧地は、ヤクは3000m付近の森林、水牛は村周辺の森林、羊は1000-2000m前後の村まで下りる。羊の場合、日中は村周辺の森林で放牧し、夜は畑で宿営し、畑を肥やす。放牧料は同じ行政村内では不要だが、別の行政村で放牧する場合は支払わねばならない。畜産物は、ヤクと水牛は搾乳し、バターを作る。羊の場合、かつては羊毛を刈ってフェルトの敷物を加工したが、近年はやっていない。次に、移牧の担い手についてみると、必ずしもグルンだけに限らず、マガールやプーンなどの家畜飼養者も含まれている。南峰方面の夏の放牧地は、マガールやプーンの村のあるミャグディ郡と隣接しており、彼らのなかにはカスキ郡側に家を持つ人もいる。また、南峰方面の夏の高山草地には湖がある。ここには、毎年8-9月の満月の祭りには巡礼がやってくる。羊飼いのなかには、自身の飼養する羊を湖の女神に供犠する人もいる。ちなみに「東」のグルンの間には湖の女神から羊をもらったとの伝説があるが、同じ話は「西」のアンナプルナ南面山地でも確認できた。また、「東」の冬の放牧地では、家畜の豊穣を祈るために川の女神に鶏を供犠するが、夏の放牧地ではこの供犠はおこなわれていない。これは「東」の夏の放牧地がチベット仏教を信仰するシェルパの土地であり、彼らが殺生を嫌うことと関係している可能性がある。また、「西」の湖の女神はミャグディ郡側にある湖の女神の妹神にあたるという。つまり、グルン語を忘れた「東」のグルンにも「西」と共通する要素は残っている。また、「西」のグルンの文化は隣接するマガールやプーンと関わるなかで生まれてきた可能性がある。なお、山上の湖への巡礼はヒマラヤ各地のヒンドゥー教圏に分布する。湖に住まう女神や家畜の供犠は、ヒマラヤ南面山地の山地で生きる人々の文化を考える上で、比較の入口になる可能性がある。

  • 吉田 光翔, 吉田 圭一郎, 武生 雅明, 磯谷 達宏
    セッションID: 804
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I はじめに

    近年,気候温暖化に伴う植生帯の移動が空中写真判読や分布予測モデルによって報告されている.その一方で植生帯移動には地域差があり,実際の植生帯移動はモデルによる予測とは移動の方向や速度が異なることが指摘されている.これは種組成や立地条件によって植生帯境界域の森林動態が異なるためだと考えられ,植生帯境界域における森林動態について研究の蓄積が必要である.

    植生帯境界域では生育形の異なる樹種が混交林を形成していることから,構成樹種間の競合関係が森林動態に強く影響を与えていることが予想される.樹木は種間・種内競争のような生物的要因と地形や土壌といった非生物的要因の影響を受け,空間的に不均質な分布パターンを取ることが知られている.したがって,樹木個体の分布パターンから構成樹種間の競合関係を推測することが期待される.

    そこで本研究では,暖温帯常緑広葉樹林―冷温帯落葉広葉樹林の境界域に位置する函南原生林において17年間の長期森林動態を明らかにした.また常緑広葉樹と落葉広葉樹の競合関係を明らかにするため,樹木個体の空間分布の解析を行った.

    II 調査地と手法

    調査地は箱根外輪山の鞍掛山の南西斜面に広がる函南原生林(223 ha)である.林内は標高傾度に沿って常緑広葉樹林(アカガシが優占)から落葉広葉樹林(ブナやイヌシデが優占)へと推移する植生帯境界を成している.

    函南原生林内の標高700 m付近の北向き斜面に1 haの方形区を設置し,2005~10年と2014~15年,2020年に胸高直径(DBH)が5 cm以上の個体を対象として毎木調査を実施した.2022年にはDBHが2 cm以上の個体について同様の調査を実施し,樹木の空間分布を解析するため,根元位置を記録した.取得したデータを用いて,非定常ポアソン過程に基づくRipleyのL関数を算出して樹木の空間分布の解析を行った.

    III 結果と考察

    函南原生林の植生帯境界域では17年間で落葉広葉樹の個体数は減少し,胸高断面積合計も減少していた.樹種別では常緑広葉樹のアカガシは継続的に更新してきた一方で,主要な落葉広葉樹(ブナ,ケヤキ,ヒメシャラ,イヌシデ)はほとんど更新が進んでいなかった.これらの結果は,植生帯境界域が常緑広葉樹の優占する森林へと変化しつつあることを示唆している.RipleyのL関数によれば,大きなサイズクラスの常緑広葉樹と相対的に小さな落葉広葉樹とは互いに排他的な分布傾向になっていた.これは,函南原生林の植生帯境界域における常緑広葉樹と落葉広葉樹との競合関係では常緑広葉樹が相対的に優位になっており,落葉広葉樹の空間分布を既定する要因となっていることを示している.また常緑広葉樹と落葉広葉樹との種間競争は,函南原生林の植生帯境界域における長期的な森林動態に影響を及ぼしており,落葉広葉樹林から常緑広葉樹林への植生変化を引き起こしている可能性があると考えられた.

  • 佐々木 美紀子, 渡辺 悌二
    セッションID: 414
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに 牧畜業は人間と山岳環境のかかわりを強めるもののひとつである。世界の多くの山岳地域で実施されている牧畜業であるが、ネパールのサガルマータ国立公園も、それが実施されている代表地域である。サガルマータ国立公園では、近年登山・トレッキングの中心地として観光開発が急速に進んでおり、シェルパが長年行ってきた牧畜業がその影響を大きく受けた(Stevens 1993)。観光客の荷物を運ぶ荷役獣としての役割を担うオスヤクが集落周辺に長期的に配置され、ナク(メスヤク)を中心としたかつての放牧パターンが縮小したと言われている (Brower 1991)。しかし、これまではナクを中心とした伝統的な放牧パターンのみが注目され、近年になって誕生したとされる「新しい放牧形態」(Brower 1991)はじゅうぶんには明らかにされていない。本研究では、観光開発の外圧によるシェルパを中心とした牧畜業の変容をみるべく、現在の放牧パターンを明らかにすることを目的として社会調査を行った。古くから牧畜業が盛んであった村の一つであるクムジュン村を対象とし、2022年11月にこの村の家畜飼育者28人に対してインタビュー調査を実施した。家畜の頭数 村に登録された家畜数データによると、2019〜2020年のクムジュン村の家畜頭数は、ヤク156頭、ナク115頭、ゾプキョ53頭、ゾム27頭、メスウシ82頭、オスウシ23頭、合計456頭(ウマとミュールは除く)であった。家畜の移牧の現状 クムジュン村で現在実施されている放牧に関し、家畜がクムジュン村に滞在する期間の長さを長期(5か月以上)と短期(5か月以内)の2つに分けて考えてみることとした。クムジュン村に長期的に(5か月以上)滞在する家畜数は110頭・6世帯(以降長期滞在組と呼ぶこととする)、短期的に(5か月以内)滞在する家畜数は少なくとも124頭・18世帯(以降短期滞在組と呼ぶこととする)であった。ただし、1世帯(合計53頭所有)は例外的に、家畜の種類に応じてクムジュン村に長期的にも短期的にも滞在していた。家畜の村滞在期間 長期滞在組において、クムジュン村での滞在期間は最短8か月、最長10か月、平均9.1 か月であった。一方短期滞在組は、最短0か月、最長4か月、平均1.6か月と大きく異なった。家畜のクムジュン村での平均滞在期間は、短期滞在組と長期滞在組で7.5か月と半年以上も差があることが明らかになった。家畜の年間の動き クムジュン村での放牧に関し、家畜の年間の動きにおいては、長期滞在組と短期滞在組でナワ制度実施中はすべての家畜がクムジュン村に滞在しないという事は共通していたが、この期間以外では特徴が分かれた。なお、ナワ制度とは、村の畑を食害から守るために家畜が村に滞在できる期間を規制する制度を指している。まず、短期滞在組に関しては世帯によって、滞在している標高も、期間も、時期も異なっており、多様な動き方が見られた。ただ興味深いことに6世帯の内5世帯は、1~4か月ほど家畜をクムジュン村に下ろしていることが共通して見られた。一方で長期滞在組は、5月中旬から7月中旬の間にすべての家畜がクムジュン村から出ており、平均2か月ほど放牧地に滞在した後、8月から10月中旬の間にクムジュン村に戻ってきていることがわかった。家畜の構成 頭数は異なるが、オスの家畜とメスの家畜両方を数頭ずつ所有する世帯が短期滞在組、長期滞在組のどちらにも含まれていた一方で、長期滞在組にはさらにオスの家畜のみ(荷役獣)を所有する世帯、ウシのみを所有する世帯が含まれていた。終わりに これまでは、クムジュン村の牧畜業において、メスヤクを使った伝統的な放牧形態が注目をされてきたが、今回は観光開発が急速に展開されてから懸念されるようになった、「村に長期的に滞在する放牧形態」に関する実態を把握することができた。そこでは、ナワ期間を避ける動きを把握することができた。ただ、この「村に長期間滞在する放牧形態」に関わる家畜の頭数と、これまでの「伝統的な放牧に関わる放牧」の頭数はおおよそ同じであり、果たして先行研究で懸念されるほどの影響が村周辺で起こっているかどうかは現段階では不明である。また、村に長期滞在する家畜種としては、観光に利用される荷役獣のほかに、ウシの存在も大きく、「村に長期的滞在する放牧形態」が存在する背景には、「観光」以外の要因も考えられる。

  • 甲斐 智大, 原 裕太, 高場 智博
    セッションID: P056
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ.はじめに

     五島列島では独自の文化的景観を有するキリシタン集落と仏教集落が隣接して分布する。キリシタンの入植時、彼らが使用できる土地は限られた。そのため仏教集落が台地上の比較的平坦な土地に位置する一方、キリシタン集落では家屋が急斜面や海岸付近に密集しており、土砂災害リスクの高い場所も多い(原ほか2023)。

     社会的地位と災害リスクの関係に関して、既往研究では人種差別により都市内部で不平等な居住地分布が作り出され、マイノリティに様々なリスクが集中していると指摘されてきた(石山1999)。東日本大震災以降は都市内部の問題とみなされてきた研究を昇華させ、都市―農村関係を念頭に原子力政策がもたらす社会的不平等についての議論も展開されている。日本の農山漁村でも村落内部に明確な社会階層が形成されてきたことが指摘されつつある(Sanada 2019)。しかし、こうした農山漁村に存在する社会経済システムが特定の社会集団にリスクを押し付けるメカニズムは未解明のままである。本報告では長崎県五島市岐宿地区に位置する仏教集落(A集落)とキリシタン集落(B集落)を事例に、人々の「語り」を基礎に、両地域での社会経済システムと社会的不平等の実態を示す。その上で、A集落内に設置された保育所が社会的不平等の縮小に果たした役割を明らかにし、これに高リスク地域に特定の社会集団が残存するメカニズムについての検討を加える。

    Ⅱ.対象地域の概要:異なる社会経済システムの特徴

     A集落:地域の土地条件に合わせ畑作や稲作が展開されてきた。1960年代までは稲作が主要な現金収入源で、同時に水田からの稲藁の調達が効率的な農耕、家畜飼養を可能にした。そのため労働生産性はB集落に比べて高い水準にあった。相対的に恵まれたA集落には地域内に互助的福祉システムが成立し、貧困者向け郷住宅や地域の住民同士の積立金の貸付制度が存在した。

     B集落:土地が限られるため、斜面開拓により畑地を確保してきた。劣悪な土地条件に加え、肥料確保等に労働力が割かれたため、労働生産性が相対的に低い状況におかれた。さらに宗教上の理由から出生率が高く、集落内の修道院が口減らし先として互助的機能を果たしたものの、経済的に困窮する世帯が多くみられた。

    Ⅲ.1950年代後半以降の保育所の増設と社会的統合の進展

     A集落とB集落はいずれも同一の小中学校の学区内に位置する。そのため1950年代生まれ世代までのB集落出身者は経済的・宗教的な違いを背景に幼少期に差別的な扱いを受けた経験を有する。

     旧岐宿町では戦中から戦後にかけての労働力不足を背景に女性の就業へのニーズが高まり、1950年代後半までに修道院が経営する保育所増設への機運が高まった。これに対する地域からの抵抗は大きかったものの、修道院は養蚕に代わる現金収入を確保する点、宗教に対する理解を得るきっかけとなり得る点から開設を決定した。1963年、A集落に修道院が経営する保育所が設立されたものの、当初はA集落ではキリスト教徒に対する差別的な認識から、保育所の利用希望児はA集落の一部の者に留まっていた。これに関してA集落出身者、B集落出身者、保育所関係者へのいずれの聞取りのなかでも、保育所での保育は修道女によって担われていたものの、宗教色は薄く、子どもの発達・発育の段階に即した適切な保育実践が行われていたことが確認された。そのため、A集落でも次第に保育所に対する信頼度が高まり、保育所の入園希望者が増加し、その結果、修道院が経営する保育所が周辺にも相次いで増設されることとなった。その後、保育所の開設によって両集落間での相互理解が進んだことで、B集落出身者の就業機会が拡大したり、集落を越えた婚姻もみられたりするようになった。このことからも保育所の開設が両地域の間での不合理な社会的不平等を低減させ、社会的統合の進展に寄与したといえる。

     定量的に示すことは困難であるものの、聞取り調査から就職や婚姻を機に土地条件に恵まれないB集落から他地域へと移動する者が一定数確認された。現在、B集落では一部の水産事業者が残存するものの、相対的に人口減少が著しく、過去に開拓された耕地の放棄が進んでいる。その結果B集落では従来以上に災害リスクが上昇していると考えられ、こうした高リスク地域に移動が困難な低所得、高齢な世帯や、社会的統合を進めた保育所の運営に尽力した高齢の修道女が残存するに至っている。

  • 1日スケールの位置情報ビッグデータを用いて
    安田 奈央
    セッションID: 309
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    COVID-19の流行に伴う不要不急の外出自粛や事業者への休業・営業時間の短縮の要請は,中心市街地における1日の歩行者の数や行動パターンを変化させたと考えられる.こういった人々の行動の時空間的な変化を詳細に把握するには,行動データの取得と分析が必要であり,COVID-19流行前後の人々の行動の変化を対象にした研究の多くが位置情報ビッグデータを用いている.これらの研究は,詳細な時空間データである位置情報ビッグデータの利点を活かしているものの,一つの中心市街地について時系列的に観察している例は少ない.また,夜間だけでなく日中も含めた1日の時間スケールで中心市街地の賑わいや人々の行動がどう変化したかについては,十分明らかになっていない.以上の研究動向を踏まえ,本研究は福岡市天神地区を対象とし,COVID-19流行前後における歩行者の行動の変化を1日という時間スケールで明らかにすることを目的とする.

     本研究は株式会社Agoop「ポイント型流動人口データ」を使用した.また,同時期の歩行者数の把握・比較のため,2017年,2022年2月の2時点の福岡市「歩行者交通量調査結果」を使用した.ポイント型流動人口データの研究対象日は2017年2月26日,2019年9月15日,2020年2月23日,4月26日,2021年2月28日,9月19日,2022年2月27日の7日間であり,全て休日,晴れまたは曇りの日である.「Space-Time Density Tool for ArcGIS Pro」を使用し,対象地区内の全ポイントを可視化した.さらに,ユーザごとの分析としてArcGIS Proの滞在場所の検索(Find Dwell Locations)ツールを用いて,ポイント型流動人口データのポイントの状態(滞在か移動か)を分類し,ユーザごとの滞在 (滞在中とされるポイントの集合)の数や1回の滞在あたりの時間,天神地区に出現した時間のうち滞在時間の割合を算出した.また,一連の点の最も外側を凸型につないでできた多角形を行動圏とする「最外郭法(Minimum Convex Polygon:MCP)」を用いて,外れ値として5%を除いた95%行動圏の面積を算出した.

     対象地区内の全ポイントの時空間カーネル密度分布から,賑わいの中心は天神地区中心部の天神エリアにあり,時間帯によっては大名エリア,中洲エリアにも出現することがわかった.しかし,1回目の緊急事態宣言下では,天神地区居住者のポイントが強く反映され,通常時の賑わいが現れなかった.また,COVID-19流行後には,深夜の賑わいがみられなくなるなど夜間の変化が顕著であった.

     滞在地点,滞在時間,行動圏の面積の分析結果からは,COVID-19流行前後で夜間の滞在が減少し,行動終了時刻が早まったことが明らかになった.また,COVID-19流行前後において,夜間のみならず昼間においても滞在時間が短くなったこと,より空間的に広い範囲で行動するようになったことなど行動パターンの変化が明らかになった.

     本研究の知見は大きく3つである.1つ目は,1回目の緊急事態宣言下と2回目以降の緊急事態宣言下・まん延防止重点措置期間の特に夜間において,多くの人が天神地区を来訪していなかったことである.2つ目は,COVID-19流行前後で短い滞在の増加や滞在時間の減少,行動圏の面積の拡大といった歩行者の天神地区における行動パターンが変化したことである.3つ目は,COVID-19流行の前後だけでなく,COVID-19の流行下においても歩行者数や歩行者の1日の行動パターンに変化がみられたことである.特に,昼間における滞在時間や行動圏の面積に変化がみられたことは,本研究による新たな知見である.しかし,本研究では位置情報ビッグデータの仕様の差異を考慮した分析が難点であった.今後位置情報ビッグデータの取得・分析技術の向上が考えられるが,データ自体の仕様を考慮し,補正したうえで分析を行うことが重要であるといえる.

  • 全国インターネット調査の統計的分析に基づく考察
    堀川 泉, 埴淵 知哉, 谷本 涼, 中谷 友樹
    セッションID: 306
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.問題の所在

    食生活の満足度は生活の質の向上に重要な役割を持つことが知られ,栄養学分野を中心に,食生活の満足度と食習慣との関係などについて定量的な分析が蓄積されている.しかしながら,家族構成や就業状況,所得といった個人属性に加え,それらと同様に食生活に強く影響することが考えられる近隣環境の地理的特性(店舗の立地状況や歩きやすさなど)と,食生活の満足度の関連については議論が乏しい.食の消費に着目した地理学的研究は,特定の食品の消費パターンの検討や,伝統的な食文化の把握などが中心的といえ,多くの人々が日常的に食するものや,日々の食生活についての研究は限定的である.一方,フードデザートをめぐる議論においては,主に社会的弱者にとっての食料品へのアクセス保障が,達成すべき課題とされてきた.ただし,近年ではより多様な人々の食生活の質を向上させるために,栄養摂取のための食の確保のみならず,地域に根ざす多様な/新鮮な食を味わうといった,食の質的な豊かさの向上も重視されるようになっている.

    そこで本発表では,多様な項目を含む社会調査の個票データを用いて,食生活の満足度と,個人の属性や食に関する習慣・嗜好,および居住地の近隣環境や食の質的な豊かさの指標との関連を統計的に分析し,都市住民の食生活に対する満足度を規定する要因を考察する.

    2.データ収集方法と集計結果の概要

    分析には,「都市的ライフスタイルの選好に関する地理的社会調査(GULP)」(2020年,20-69歳対象)の3年後追跡調査(2023年10-11月実施,登録モニターに対するweb回答形式,n=11,268)により収集された横断データを用いた.この調査では,本調査時の全国21大都市居住者を対象に,性別・年齢・世帯年収・家族構成といった個人属性と,居住地の郵便番号のほか,多様な生活上の意識・習慣を問うた.食習慣や食の嗜好についての回答状況(図1)をみると,回答者の7割以上が現在の食生活に満足している(強くそう思う+ややそう思う)一方で,地元産の食材や各地の料理を食べたいと考える人々も,食事内容へのこだわりの強くない人々も存在することが読み取れ,回答者の食生活の多様性が推測される.

    発表では,こうした食生活の満足度と個人要因に加え,近隣環境の指標である郵便番号単位での徒歩圏内の食関連施設数と,食の質的な豊かさの指標との関連について,分析した結果と考察を報告する.

  • 大上 隆史
    セッションID: 836
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

    島原湾(有明海)は九州島で最大の内湾であり,湾内の大部分は水深が50 mより浅い海域によって構成されている.一方で,湾口の早崎瀬戸付近や,湯島西方には水深150m程度に達する海釜(Caldron)が発達している.日本周辺の海域に分布する海釜については多くの報告が行われてきた(例えば,矢部・田山,1934,吉川,1953;茂木,1963).海釜は海峡や湾口などの狭窄部に発達することが知られている.また,海釜の成因については,潮流,波浪,地質構造などが挙げられており,相対的海水準変動との関係も指摘されている.このように,海釜の調査研究は沿岸海域の地形形成を理解する上で重要である.しかしながら,海釜は一般に水深が深く,また侵食域である場合が多いため,海釜の形成プロセスを検討可能なデータは限定的である.島原湾南部において実施された海底活断層調査(文科省・産総研,2023;大上ほか,2023)では,高分解能反射法音波探査によって,湯島西方の海釜を含む島原湾の海底地形および地下構造に関する資料が得られている.本発表では,島原湾南部の海底地形,特に海釜に関連する地形・堆積構造について報告する.

    島原湾南部の海底地形

    島原湾南部の海底地形について,海底地形デジタルデータM7000シリーズ「九州西岸海域」日本水路協会(2021)および高分解能反射法音波探査記録(文科省・産総研,2023;大上ほか,2023)にもとづいて検討した(図).文科省・産総研(2023)における音波探査の対象海域は,宇土半島北岸〜大矢野島〜湯島〜島原半島(南島原市南有馬)にかけての,布田川断層帯(宇土半島北岸区間)が推定されている領域である.この領域には北東―南西方向に軸を持つ凹地が発達していることを確認できる.大矢野島の北岸付近には最大水深80 m程度の凹地(海釜)が形成されており,周辺の平坦面に比べて30 m程度深くなっている.探査記録によれば,この凹地の表面は侵食面であると推察され,侵食面を覆う堆積物はほとんど確認できない.また,探査記録をみると,さらに深部に埋没した凹地を確認でき,その凹地は第四紀層(後期更新統の可能性が高い)によって埋積されている.以上のことから,この場所では10万年サイクルの海水準変動にともなってサイクリックに凹地(海釜)の形成(侵食)・埋積が繰り返されており,現在の凹地(海釜)が現在埋積されていないことから,凹地(海釜)は海進期(低海面期〜高海面期)に形成(侵食)され,海退期に埋積されていると推察される.

    湯島西方には最大水深が約150 mの海釜が発達している(図).この海釜については,中条ほか(1961)が構造的な地形である可能性を指摘し,文科省・産総研(2023)および大上ほか(2023)が海釜の南縁付近に海底活断層(布田川断層帯の延長部)が分布していることを示している.海釜の最深部について,北東―南西方向に横断する断面に着目すると,断層の低下側には新しい時代の(第四系の可能性が高い)堆積物が50 m以上の層厚で形成されている.他方で,現在の海釜はその堆積物を侵食して発達しており,その侵食面を覆う堆積物はほとんど確認できない.以上のことは,湯島西方の海釜が比較的新しい時代に発達した,あるいは,下方への侵食が進行したことを示唆している.ただし,その詳細については周辺の地形・地質を総合的に検討する必要がある.

    謝辞:本研究では,文部科学省委託事業「活断層評価の高度化・効率化のための調査手法の検証」の一環で取得したデータを使用しました.

    参考文献:矢部・田山1934,地震研彙報.吉川1953,お茶の水女子大自然科学報告.茂木1963,地質学雑誌.中条ほか1961,地調月報.日本水路協会2021,海底地形デジタルデータ「九州西岸海域」.文科省・産総研 2023,「活断層評価の高度化・効率化のための調査手法の検証」令和4年度報告書.大上ほか2023,日本地震学会2023年度秋季学術大会.

  • 富樫 陸斗, 磯田 弦, 中谷 友樹, 関根 良平
    セッションID: 343
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    国内の地方都市においては、大型店の郊外進出と中心商業地の衰退が長年問題となってきた。また近年、人口減少によって都市の縮退が進み、居住機能と都市機能を集約させたコンパクトなまちづくりが求められている。本研究は人口減少期において、小売業の都市圏における中心・周辺間の分布の変化を小売業従業者数の分布を用いて観察するとともに、都市圏人口の変化との関連を分析する。

    2.方法

    全国の大都市雇用圏(MSA)を対象とし、小売業従業者数を2009年,2014年,2021年の経済センサスより得たほか、上記年次の住民基本台帳人口を用いた。都市圏内の中心・周辺を設定するにあたり、都市雇用圏の中心市町村・郊外市町村を用いる定義と、中心市町村かつ用途地域が商業地域である区域(以下、「中心商業地」)を中心、都市雇用圏のそれ以外を周辺とする定義の2種類を用いた。 まず、中心・周辺それぞれの従業者数変化率を算出し、都市圏人口の5段階区分によって色分けして散布図を作成した。その後、人口変化率と従業者数変化率、人口と従業者数の集中化指標(中心部の変化率—周辺部の変化率)で相関を調べた。

    3.結果と考察

    小売業従業者数は、年次や中心・周辺の定義に関わらずほとんどの都市圏で減少していた。その中でも中心商業地では特に減少幅が大きくなっており、小売業の「中心商業地」への再集中は進んでいないことが明らかになった。都市規模ごとの傾向を見ると、小規模な都市圏ほど中心市町村よりも郊外市町村において顕著な減少がみられたが、それでも「中心商業地」の減少幅は他都市圏のそれを上回っていた。また人口と従業者数の変化率、集中化指標はどちらも正の相関を示したものの、神田ほか(2020)と同様に人口分布が多くの都市で集中化傾向にあるのに対して従業者数は一貫した傾向を示しておらず、居住機能に比べ商業機能の集約は多くの都市で進んでいないことが示唆された。

  • 宇和島市吉田地区を事例に
    原田 一学
    セッションID: P075
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1. 研究課題 都市部を除く地域では人口減少や流出が進行し,新規就農者を農業の担い手として位置づけることが重視されている(川久保 2016).また,組織経営体の増加と法人化が進行し,水田では集落営農が,野菜や果樹などの作目においては集落営農以外の法人組織が,農業の相当部分を担うようになった(山本・田林 2021).これらから,日本の農産物産地では法人組織など農業の担い手に注目して分析を行う必要がある.

     そこで,法人組織の展開がみられ,繁忙期に短期的な労働力の確保が求められるとされる,柑橘栽培に注目する.岩﨑(2020)は,柑橘栽培に特化した愛媛県八幡浜市,西予市三瓶町,西宇和郡伊方町を管轄する愛媛県JAにしうわの地域では,みかん農家,JA,行政が連携した全国を対象としたアルバイター事業で収穫期の労働力を確保し,生産維持に大きく寄与していると報告した.しかし,上野・小林(2020)は農業における労働力について,地域内や近隣地域から調達してきた臨時雇用労働力が地域の人口減少に伴って獲得が困難となってきていると指摘した.

     以上を踏まえて本研究は,柑橘産地であるとともに水稲作も盛んであるという愛媛県の特徴があらわれている宇和島市において,柑橘栽培を主として担う農業法人に着目し,農業法人への労働力供給の地域的特徴を明らかにすることを目的とする.

    2. 研究方法 本研究では,2023年8月に宇和島市産業経済部農林課に聞き取り調査を行い,宇和島市の柑橘栽培の現状を把握した.また現地調査によって,対象地域で柑橘栽培を行う農業法人の2法人に対して聞き取り調査を行い,法人の事業内容や雇用者の属性,農地の分布を把握した.

    3. 労働力供給の地域的特徴 災害を契機に地域の若手農家によって設立された農業法人は,地域の農業を維持することに重点をおきつつ,さらに地域の価値を高めようとすることが特徴である.その一方で,地域外からの参入者も主力となって活動していることも重要である.法人としての利益を確保するために,地域内だけでなく,地域外からも労働力を柔軟に活用し,研修などを行うことを通じて参入者を地域に定着させている.しかし,全体像を捉えれば,本拠とする地域を維持・発展することを主眼に置いて事業を展開しているため,労働力供給も地域内が中心となっている.

     対して,本拠とする地域を中心に柑橘栽培を展開し,本拠とする地域を含めた広範囲の地域での水稲作栽培にも取り組んでいる農業法人は,国外も含めた地域内外の多くの労働力を常雇いし,年齢に応じて業務の効率的な分配を行っていることが特徴である.

     これらに共通するのは地域内外の若年層が柑橘栽培作業の中心を担っていることである.また,地域内外から若年層や外国人を受け入れることで,農業法人は通年で労働力を確保している.このことは,地域における農地や農業の維持に貢献していると判断できる.

    【文献】

    岩﨑真之介 2020. 愛媛県JAにしうわ「みかんの里アルバイター事業」の仕組みと新たな展開 ―果樹大産地はいかにして全国から多数の短期雇用を確保しているか?―. JCA研究REPORT.

    上野 綾・小林国之 2020. 都市農村交流からみた臨時雇用労働力の可能性 ―北海道厚沢部町「農楽会」における農業アルバイトを事例に―. 農経論叢.

    川久保篤志 2016. 農業・農村と地方圏の未来. 地理科学.

    山本 充・田林 明 2021.  日本農業の動向と研究課題. 『日本農業の存続・発展 ―地域農業の戦略―』農林統計出版.

  • 山口 哲由, 月原 敏博
    セッションID: 515
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    【研究の背景】

     山地では標高に応じて多様な自然環境が形成されるため,標高帯ごとに多様な生産活動がおこなわれており,それらの相互関係に基づいて生業形態や社会が形作られてきたとされる。近年の気候変動や商品経済の浸透によって山地の人々の生活も変わりつつあるが,そのなかで人と自然環境との関係を捉えなおすことが山地の文化地理学の一つの課題となっている。

     筆者らは,インド北西部ラダックのドムカル村において2008年から土地利用や農業経済の調査をおこない,垂直的な土地利用の衰退とともに耕作放棄が進む状況を報告してきた。しかし,これらの変化は数十年前から生じていたとされ,元となった過去の土地利用を把握する資料に欠いていた。

     インドでは,パトワリという役職が村落のジャマバンディと呼ばれる土地台帳の記録を担ってきた。現在のラダックでも,パトワリは毎年村々を訪問しており,土地台帳を更新している。筆者らは,1908年のドムカル村の土地台帳と地籍図を入手し,これらに基づいて,かつての土地利用の分析を進めてている。

    【調査地の概要】

     ラダックはトランスヒマラヤに位置し,一年を通して低温で降水量も少ない。ラダックの中央部にはインダス川が流れているが,村落はインダス川本流や支流沿いに分布して灌漑農業を展開してきた。ドムカル村はラダック西部のインダス川支流に位置し,集落は支流沿いに10kmにわたって細長く分布している。主な栽培作物はオオムギやエンドウマメなどで,近年はアンズや野菜の商品作栽培が拡大している。

     筆者らの2008-2012年のドムカル村調査では,支流の下部集落の世帯が上部集落に飛び地を所有しており,垂直性を軸とした農業が展開していたという聞き取り資料が得られた。しかし,そういった伝統的な形式は1990年代には失われており,2008年の時点でごくわずかしか確認できず,詳細は不明であった。

    【土地台帳と地籍図】

     1908年の土地台帳と地籍図はウルドゥー語で記載されている。土地台帳には,村落単位や世帯単位での土地所有面積や租税額が記されている。世帯単位では,一筆ごとの土地の地番と面積,地目と作付け,灌漑水路の名称,租税額などがまとめられている。地目としては,等級別の農耕地,荒れ地,果樹園,牧草地のように分かれるが,現在では詳細の分からない分類も含まれる。地番は地籍図上の番号と紐づけられており,ドムカル村上部集落が01となり,以下,下流に向けて21までの区画に分かれ,区画内でも一筆ごとに二桁の番号が割り振られている。これらを組み合わせた四桁の番号で一筆ごとの位置を特定できる仕組みである。また,地籍図はイギリス統治期の測量技術を用いて作られており,非常に精度が高い。

    【世帯単位での土地所有の再構成】

     土地台帳と地籍図は汚れや破損によって判読できない部分もあるが,大部分の世帯では当時の土地所有を確認できる。例えば,世帯番号09番のベサナ家は5km以上離れた中部と上部の集落に農耕地を所有・耕作していたと考えられ,伝統的な山地の土地利用形態を読み取ることができる。こういった資料と,2012年の調査に基づく耕作状況とを比較することで,近年の山地の土地利用や生業形態の変化を明確には把握できる。

  • 山形 えり奈, 小寺 浩二
    セッションID: P036
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    Ⅰ はじめに

     最上川は,山形県を流下する,幹川流路長約229 km(全国第7位),流域面積約7,040 km2(同9位)の一級河川である.当流域について,河川水質を明らかにする目的で行った調査の結果を報告する.

    Ⅱ 研究方法

     2022年3月から2023年7月まで約月1回の現地調査を行った.調査地点は本流(m01~06, 08~17)支流(t01~37)を合わせ計53地点であり,現地では気温,水温,比色pH,比色RpH,電気伝導度(EC)を測定し,採水を行った.2022年9月のサンプルは,イオンクロマトグラフィによる主要溶存成分分析を行った.

    Ⅲ 結果と考察

     調査結果より,最上川は上流部で硝酸イオンが急激に増加することがわかった(図1)。硝酸濃度はm01で0.23 mg/Lであったが、m03で大きく増加し1.52 mg/Lであった。その後m06で0.72 mg/Lまで減少し、m13までは濃度の大きな変化はなく、m14からは再び増加し、最下流のm17で1.83 mg/Lの濃度であった。m01-m02間およびm02-m03間の増加率が高く(順に269.6%、78.8%)、この地域、つまり米沢盆地での硝酸イオンの流入が認められた。硝酸イオンは流域の土地利用割合との相関関係から人為起源と推察される。

     一方、硫酸イオンは最上流部のm01で17.28 mg/Lと高値を示し、流下に伴いm09まで減少し、m10で17.92 mg/ Lまで再び増加する。その後また、減少して最下流のm17では12.52 mg/Lであった。硝酸イオンとは異なり、硫酸イオンはm09-m10間での、つまり山形盆地での増加率が89.6%と高い。この硫酸イオンは支流のt19から供給され、さらにt19に硫酸イオンを供給しているのは、硫酸イオンが卓越しているt12およびt13であることが溶存成分分析によりわかった(図2)。t12やt13の硫酸イオンは、硫黄鉱山や蔵王温泉起源と考えられ、火山性と推察される。

     したがって、米沢盆地では本流に人為起源の硝酸イオンの供給があり、山形盆地では火山起源の硫酸イオンの供給があることが明確となった。

    Ⅳ おわりに

     今回,最上川流域について,硝酸イオンおよび硫酸イオンに着目して河川水質を明らかにした。今後さらに,流域の水質形成要因が明らかになることが望まれる.

  • 原 祐二, 三瓶 由紀
    セッションID: 746
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

    2021年7月3日に発生した熱海市の盛土土石流により、建設発生土の適正処理が改めて防災・減災上の課題として表出した。切土盛土造成による人工地形に関する環境問題は、とりわけ高度経済成長期以降、私達の生活圏に常在し、1980年代前半には地理学会においても人工地形研究グループが活動していた。しかし、人工地形を、付随する建設発生土の流動も含め、定量的にその環境影響評価を行った事例はない。当時はGISやデジタル空間情報が未整備であり、また開発優先主義の世相の中、人工地形は中心課題として深く考究されることはなかった。著者らは、2000年代初頭から国内外の現場で人工地形環境を研究してきている。本報告では近畿圏を対象として進めている最近の研究事例の一端(Hara et al. 2022)を紹介する。

    研究方法

    大阪府土砂条例と一部臨海埋立地の土砂原票(発生地、受入地、期間、体積)を、CSISアドレスマッチングサービスおよびPythonを援用しながら、ポイントおよびラインデータとしてデジタル化を完遂した。その後、現状土砂流動と、全体最小移動距離で最適化した土砂フローを視覚化した。また、土砂の掘削と移動にともなうCO2を、各原単位と土砂重量(体積より換算)・距離を乗じることで算定した。これらの結果を、地域の河川の自然侵食量と、大阪府部門別CO2発生量と比較、純粋な(人新世的)地学的視点および人間の産業活動の両面からスケーリング議論を行った。

    結果と考察

    大阪府の年平均土砂流動積算距離は7668kmであり、その8割は臨海埋立地に、残り2割が内陸埋立地に起因していた。年平均流動積算重量は1,059,019tonであり、臨海・内陸でほぼ半々だった。単位面積当たりの土砂流動値としては、311.2m3/km2/yearが得られ、これは当地の自然河川侵食量22m3/km2/yearより大きい。年平均CO2積算排出量は10,964tonであり、その58%が掘削由来、残り42%が運搬由来だった。全体距離の最小化シミュレーションでは、8448kmの移動距離と、5724tonのCO2削減量が達成可能であると推定された。これは2160世帯分の発生量と等価である。

    【引用文献】

    Hara, Y., Hirai, C. and Sampei, Y. 2022. Mapping Uncounted Anthropogenic Fill Flows: Environmental Impact and Mitigation. Land 11: 1959.

    https://doi.org/10.3390/land11111959

  • ――名古屋鉄道を事例に――
    西川 祐人
    セッションID: 533
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    通勤・通学といった都市鉄道の日常利用が減少するなかで,非日常利用,とりわけ観光利用の重要性が増している.しかし,既往の研究では鉄道会社による観光開発が取り上げられることはあっても,観光利用促進の戦略や観光客の鉄道利用それ自体に着目した研究蓄積は少ない.そこで本研究では,中京圏の代表的な都市鉄道である名古屋鉄道(以下,名鉄)を事例に,都市鉄道における観光利用の現状を分析し,将来的な観光利用の可能性を論じる.中京圏は名鉄やJR東海をはじめとする多数の鉄道会社が名古屋駅を中心に都市鉄道網を敷いているものの,鉄道分担率が低く,近年通勤・通学利用の減少に歯止めがかかっていない.まず,2005~22年度までの名鉄のポスター広告を分析すると,2018年度を境に従来型の景観観光を中心としたものから,体験型観光を重視する新しい観光戦略へと変化したこと,継続的に女性に特化した観光戦略がとられてきたこと,また「旅行商品」からは,名鉄名古屋駅から半径40kmの日帰り旅行圏と40km圏外の宿泊旅行圏が設定されるなかで,名鉄の観光利用促進が企図されていること等が明らかになった.そのいずれにおいても愛知県の犬山エリアが特別な地位を示していることがわかった.そこで,実際に犬山エリアに名鉄を利用して来訪した観光客56人へのアンケート調査を行った結果,総じて鉄道利用に大きな不満をもっている観光客は少なかったものの,中京圏外居住者は名鉄の「旅行商品」をまったく利用しておらず,その訴求力には疑問が残った.一方,中京圏内居住者は一定数が「旅行商品」を購入して来訪しており,そのなかでも「旅行商品」を利用した人の方が鉄道利用の廉価性や定時性を評価し,かつ鉄道観光特有の快適性を甘受している姿がうかがえた.ただし,混雑や不便な乗り継ぎなどが発生するとそうした人々の観光の快適性が阻害され,鉄道利用そのものの不満につながる可能性もあるため,「旅行商品」の訴求力向上とともに,観光に向けた鉄道利用の快適性を向上させるようなさらなる取り組みが求められると,本研究では結論づけた.

  • 大谷 侑也
    セッションID: 843
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    はじめに

     近年、東アフリカのケニア山、キリマンジャロ山の氷河は急速に縮小しており、今後十数年で消滅する可能性が高く、最も顕著に温暖化の影響を受けている地域のひとつである。先行研究から、それらの高山帯の氷河が縮小し、露出した地表面に植物が急速に前進していることが分かっているが、その植物の分布変化の要因については、詳しい議論が成されていない状況である。

     高山帯の植物分布の拡大には降水量の増加や土壌水分の増大等の環境要因が関与している。本地域の気温は上昇傾向にあるが、とりわけ分布に影響を与えるとされる土壌水分は経時的な調査・観測が行われておらず、その変化は明らかにされてこなかった。

    研究の目的 〜炭素安定同位体を用いた過去の土壌水分の復元〜

     樹木の炭素安定同位体(δ13C)は生育場所の土壌水分と高い相関を示す。さらに樹木年輪に含まれる一年毎のδ13Cを分析し、気候変動による経時的な土壌水分の変化を復元する研究が進んでいる。一方で今回の東アフリカ高山帯(約3,000m以上)は森林限界以上のため樹木がなく、年輪を用いた古環境の復元ができない。

     そこで東アフリカ高山帯の標高約3,000m以上に分布しているジャイアント・セネシオ(Dendrosenecio; 以下, セネシオ)の枯葉に着目した。セネシオはキク科の半木本植物で、高山帯の低温環境に耐えうるように、枯葉となった葉を保温のために幹の周りに保存する生態的な特徴があり、「セーター植物」とも言われる。つまり過去の生育期間中の葉がほぼ全て保存されており採取可能である。2019年に実施した予備的な調査では1年間に3cm程度成長することが分かっており、例えば樹高4m程度の個体は130年以上の樹齢を有すると推定される。

     そこで本研究ではセネシオの根元から樹頂点までの枯葉のδ13Cと年代測定を実施し、経時的な土壌水分の変化を復元することで温暖化に伴う東アフリカ高山帯の植物分布の変化の要因を解明することを目的とした。

    結果

     枯葉の年代測定の結果、樹頂点からの距離が160cmの枯葉が1959年、221cmが1960年、280cmが1947年、290cmが1938年、400cmが1889年と推定された。成長率が一定と仮定すると、セネシオの成長速度は2.67〜3.75cm/年と推測された。また3個体のセネシオの樹頂点から根元までの10cm毎の枯葉サンプルのδ13Cは、-22‰から-29‰の間で推移し、樹頂点からの距離が近くなる(最近のものになる)ほど、減少するトレンドが見られた。この結果から、近年の温暖化に伴いセネシオの生息域の土壌水分が増加し、乾燥ストレスが低下している可能性が示唆された。

  • スマートフォンアプリへの口コミを資料とした分析
    澁谷 和樹, 神谷 悠
    セッションID: P049
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.研究の背景・目的

     国土交通省と経済産業省が2019年に「スマートモビリティチャレンジ」を開始して以降,日本全国でMaaSの取り組みが展開されている.MaaSは公共交通の再編や交通弱者対策のみならず,多様な移動手段の連携や各種サービスの提供による人々の移動の質の向上を目指すものであり,地理学としても取り組むべき課題であるといえよう.報告者はこれまで,「スマートモビリティチャレンジ」の採択事例について,観光との連携状況及び提供移動手段・サービスの把握(澁谷ほか,2022)や,採択自治体における取組状況と課題認識の調査(澁谷ほか,2023)を行い,MaaS提供者側の現状と課題を明らかにしてきた.一方で,MaaSの推進にはサービスに対する利用者の評価を把握することも重要となる.とりわけ,利用者に提供されるMaaSアプリは,交通手段の利便性や移動の体験などに直接かかわるものである.そこで,本研究はMaaSアプリに対する利用者の口コミを資料とした分析を通して,MaaSに対する利用者の評価内容を解明する.

    2.分析対象

     本研究はMaaSアプリ対する利用者の口コミ投稿を分析対象とする.対象アプリの選定手続きは以下の通りである.まず,国土交通省と経済産業省が取り組みを進める「スマートモビリティチャレンジ」の採択事業において使用されたMaaSアプリを抽出し,ウェブアプリ,スマートフォンアプリに分類する.そのなかで,アプリストア経由で口コミを収集可能であることからスマートフォンアプリに絞り,アプリで提供されるサービス及び機能,移動手段の整理を行う.整理した結果と口コミ投稿数に基づき,機能と提供移動手段が類似し,かつ一定以上の投稿数のあるEMot,my route,tabiwa by WESTERを本研究の対象とする.

     選定した3つのアプリに対する投稿を2023年7月13日,14日に収集し,誤字脱字の修正や表記ゆれの統一など,データクレンジングを行うとともに,英語のみの投稿を除外する.その結果,540件の投稿が対象となり,そのうち星1,2を付ける365投稿を「低評価」,星3を付ける57投稿を「中評価」,星4,5を付ける118投稿を「高評価」に分類する.それぞれに対して,KH Coder及びRを用いた分析を行い,評価別の投稿内容の差異を明らかにする.

    3. 利用者のMaaSアプリ評価

     共起ネットワークによって,各評価の投稿テーマを抽出すると,低評価では,「チケットの購入・使用」や「ルート検索」,「ユーザー登録・認証」,「フリーパス」に関するテーマが見いだされる.中評価でも同様の傾向を示す.高評価においても,「ルート検索」と「チケットの購入・使用」に関するテーマを見出すことが可能である一方で,地元店舗や観光スポット等に関する「情報提供」は高評価でのみ抽出される.MaaSでは異業種との連携が目指されており,連携により実装される機能に対する点が高評価で言及されやすい.一方で,「ユーザー登録・認証」は低評価,中評価のみにあらわれており,不満が抱かれている点である.MaaSアプリで提供される交通チケットを購入するためには,ユーザー登録は必須であるが,その手続きというサービス利用前の段階での不便さが特に低評価につながっていることが推測される.

     また,テーマを構成する語群の違いと,語と語のつながりから,評価対象ごとの文脈の特徴を見いだすことが可能である.例を示すと「ルート検索」に対しては,高評価投稿では多様な移動手段を組み合わせた検索に対する言及がある一方で,低評価投稿では検索結果そのものに対して言及がされる.このように評価によって言及されるテーマが異なる場合もあれば,同様のものもあり,後者の場合にはそれぞれの評価ごとにテーマに対する評価項目が異なる.

  • 梶原 拓人, 川東 正幸
    セッションID: 807
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     仙台平野の沿岸部では海岸林の津波軽減機能強化のために,主要植栽木となるクロマツの根系発達の促進を目的とした植栽基盤の盛土造成が行われた.人工林を形成・発達させる目的での盛土造成は極めて新しい試みだといえるが,植栽されたクロマツには生育不良が生じている.既往研究において,植栽地の気候・地形条件に大きな違いがないことから生育不良の原因は植栽基盤の土壌特性,特に土壌物理性だとされてきたが,実際にクロマツの生育状況と植栽基盤の土壌特性を関連付けた研究はない.また,クロマツの生育状況は数メートル単位で大きく変化するため,植栽基盤の土壌環境も同じスケールで変化している可能性が高い.本研究では,多地点土壌観測データに基づいて植栽基盤の土壌特性の空間的把握ならびに生育環境評価を試みた.

    2.研究手法

     調査地は宮城県名取市海岸防災林に設定した.植栽後最も年数が経過している2014年度植栽区を対象に約20 × 30 mの方形区を4箇所(No.4-1,No.4-2,No.8,No.10)設置した.各方形区において毎木調査を行うと共に,表層のpH,電気伝導度(EC),含水率,土壌硬度およびリターの厚さを72~96地点ずつ計測した.得られたデータをもとにセミバリオグラムを用いたクリギング補間法を用いて各土壌特性の空間依存性の把握ならびに空間分布図の構築を行った.さらに,毎木調査で得られたデータからクロマツの単木重量ならびに水平根到達範囲を概算し,クロマツの単木重量を目的変数,クロマツの水平根到達範囲内の各土壌特性を説明変数として重回帰分析を行うことで,調査地におけるクロマツの生育制御因子を考察した.

    3.結果

     毎木調査の結果,4箇所の方形区は同一植栽年度であるにも関わらずクロマツの生育状況に大きな差がみられた.多地点土壌観測の結果,4箇所の方形区は土壌物理性・化学性ともに全く異なる様相を示した.クロマツの生育が不良であったNo.4-1,No.4-2は固結層の形成,高い含水率,低いpH,高いECを示したほか,同じ方形区内においても不均一な土壌環境を示し,各土壌特性が数メートル間隔で大きく変化した.一方で,クロマツの生育が良好なNo.8,No.10ではECや含水率が低いほか,pHは中性を示し,リターの堆積が確認された.また,各土壌特性値における空間的なバラつきも小さかった.各土壌特性間の相関分析を行った結果,含水率とECには有意な正の相関が,土壌硬度と含水率,含水率とpH,pHとECには有意な負の相関関係が認められた.各方形区を対象とした重回帰分析ではいずれの方形区も有意な重回帰式を得られたものの,調整済み決定係数が低く説明力に欠けた.一方,全サンプルデータをもとにした分析では土壌硬度,pH,ECを目的変数とする有意な重回帰式が得られたうえ,調整済み決定係数は0.42を示した.

    4.考察

     調査地は異なる植栽区間および同じ植栽区内という2つのスケールにおいて土壌特性に不均一性がみられるという極めて特異な環境であることが明らかになった.クロマツの生育が不良なNo.4-1,No.4-2では固結層の形成および高い含水率が確認できたことから,土壌物理性の不良によるクロマツの根系発達阻害が生じていると考えられた.また,土壌物理性の不良は造成時の工法や造成に用いられた母材由来の粒径の違いに起因すると考えられた.なお,土壌硬度と含水率に負の相関関係がみられたこと,硬盤層が60 cm以深まで確認されなかったエリア内と高い含水率を示すエリアが概ね一致していたことから,降水等により生じた表層水は透水性の低い硬盤層では浸透せず,比較的透水性が高いエリアに集中して流入している可能性が考えられた.No.4-1の一部エリアではpHが3.5未満であるという酸性硫酸塩土壌の識別特徴の1つを満たしていたことから,土壌材料の客土に伴って母材由来の硫酸酸性が顕在化した可能性が考えられた.さらに,pHとECに負の相関関係がみられ,空間的な分布も一致していること,pHが4.2未満になるとECの値が大きく増加したことから,酸性環境下によるAl3+の溶出が発生していると考えられた.pH,ECの結果より,調査地においては従来指摘されてきた土壌物理性のみならず,土壌化学性に関しても樹木の生育環境としては不適当であることがわかった.全方形区を対象とした重回帰分析において有意な重回帰式を得られたことから,植栽基盤の土壌特性がクロマツの生育制御因子である可能性は高いと考えられた.また,得られた重回帰式より,クロマツの生育状況は土壌硬度,pH,ECで説明できることがわかった.

  • 岩手県陸前高田市の「地域交付金制度」を事例に
    前田 洋介, 池口 明子, 貝沼 良風, 崎田 誠志郎, 穂積 謙吾, 松井 歩, 横山 貴史
    セッションID: 641
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    I はじめに

     2000年代以降,日本では,諸政策においてコミュニティに対する期待が高まっており,こうした状況はしばしば,1970年代の第1次コミュニティ・ブームに続く,第2次コミュニティ・ブームと表せられる(筒井・小関2023).第2次コミュニティ・ブームにおいて特に注目を集めているのが,小学校区など,自治体内の部分地域において,地域社会の諸問題について話し合い・意思決定・活動等を行う地域運営組織や地域自治組織と呼ばれる組織である(以下,地域運営組織).平成の大合併以降,地方圏を中心に地域運営組織が増加しており(坂本ほか2013,服部・上野2015,Maeda 2020),名称や定義が極めて多様といった問題を抱えながらも,諸分野において研究が進められている(今里2020).特に地方圏の地域運営組織をめぐっては,集落機能の維持や合併後の旧町村の周縁化抑制に関する議論が盛んに行われているといえよう.一方で,地域運営組織は,都市内分権や自治内分権の観点からも着目されており,本報告もこの観点から検討する.

     中でも本報告が焦点をあてるのは,地域運営組織が使途を柔軟に決めることができる交付金(以下,一括型地域交付金)である.こうした交付金は,自治体から地域運営組織への分権と捉えることができよう.しかし,一括型地域交付金が地域運営組織やコミュニティにどのような役割を果たしているのかについては,研究途上といえる.

    II 目的とデータ

     本報告は,陸前高田市が2019年に創設した一括型地域交付金制度である「地域交付金制度」を事例に,交付金の使途や使途の決め方を分析し,一括型地域交付金制度が地域運営組織及びコミュニティに果たす役割を検討する.使用する主たるデータは,2023年3月,11月,2024年1月(予定)に実施した現地調査の結果と,同市が公開している資料である.

    III 研究対象

     陸前高田市は,三陸海岸に面する,人口18,262人(2020年国勢調査),面積231.9㎢の,岩手県南部の自治体である.2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は,同市に甚大な被害を及ぼした.同市の地域運営組織や一括型地域交付金は災害からの復興とも関わりがある.

     陸前高田市は,1955年に,高田町,気仙町,広田町,小友村,米崎村,矢作村,竹駒村,横田村が合併して発足した.同市の地域運営組織であるコミュニティ推進協議会は,合併前の8町村をベースに11地区に設置されている.1970年代に,都市型の生活様式の浸透に伴い地域活動のあり方が模索されるようになった.そうした状況のもと,市がコミュニティ施策を展開するようになる中,1980年に同協議会が設置された(菊池2009).本報告では全11地区のうち,市街地のA,B地区,漁業地域のC地区,中山間地域のD地区の4地区に特に焦点をあてて分析を行う.

     コミュニティ推進協議会を対象とした地域交付金制度は,「地域住民が地域課題の解決に自ら積極的に取り組み,創意工夫することにより持続性の高い活力ある地域コミュニティの形成を図る」(陸前高田市2022[2024年1月18日最終閲覧])ことを目的に2019年に創設された.同交付金は,各地区に年間500万円を限度額として交付される.使途は,各地区で決めることができ,道路の修繕から文化活動まで幅広い事業が実施されている.市内では東日本大震災からの復興に関する各種事業が実施されているが,整備や補修が行き届いていないものも存在する.そうした中,同交付金制度には,地区ごとに優先度の高い事業を選択・実施することで,限られた資源の中で各地区のニーズに応える役割もある.

    Ⅳ 結果・考察

     C地区の2019〜2021年度の使途をみてみると,子どもの登下校を見守るボランティア活動の支援や,郷土芸能保存の支援といった比較的ソフトな事業が実施されている一方で,金額的に大きな割合を占めていたのは,道路の側溝に蓋を設置するといった,インフラ整備に関する事業であった.また,交付金の使途の決め方については,地区内の各集落に要望を照会するとともに,各集落が公平に恩恵を受けられるように調整するといったことが行われていた.

     発表では,A地区,B地区,D地区についても分析結果を報告するとともに,それらを踏まえ,一括型地域交付金制度が地域運営組織及コミュニティに果たす役割について考察する.

  • 細渕 有斗, 森島 済
    セッションID: 806
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

    離島の山頂,稜線付近では,標高や温度環境に関わらず,風衝の影響により高山帯の景観に類似した裸地及び草地が長期的に維持される(水野・山縣 1992)。佐渡島の1,000m程度の標高を持つ大佐渡山地においても,山頂付近に高山帯の景観に類似した植生が指摘され(瀬沼 1981),同山地北部では,斜面部においても,尾根部同様の植生が局所的に成立していることが報告されている(蒲澤 2021)。しかし,島嶼部の低山である同山地風衝地における先行研究では,高山風衝地における植生の規定要因である季節を通じた積雪の影響は,風衝による間接的な冬季の保温効果の分析に留まっているだけでなく,夏季の生育期間への影響については考察が行われていない。細渕ほか(2023)では,同山地北西斜面の風衝地における植生分布の特徴を整理し,微地形に応じた植物の住み分けの比較を行った。本発表では,積雪の不均一性によって生じる植生の成立環境の違いを報告する。

    2.調査方法

    各植物への雪による影響を明らかにするために,植被の状態及び生育植物種の異なる複数地点に地温計を設置した。地表面付近の地温の日変化が殆ど生じなかった時期を,積雪による保温が行われる期間として分析を行った。夏季の水分条件が,植物の住み分けに与える影響を明らかにするために,生育植物種が異なる複数地点で土壌水分量の連続観測を実施した。併せて,降水量が土壌水分量に与える影響を考慮するために雨量計を設置した。

    3.結果と考察

    地温観測の結果より,裸地を除いて,冬季から春季までの期間において,積雪による保温効果がみられた。全地点において,保温期間は冠雪後の12月初旬よりみられたが,各地点により消雪時期は異なっている。地衣類・スゲ類,ハクサンシャクナゲ,ホツツジがみられた箇所では,12月初旬以降,殆ど日変化を示さず,観測地点により異なるものの,2023年2月下旬まで約0-4℃の中で一定の温度を示し,積雪による保温効果がみられた。一方で,シバ類・スゲ類のみられた箇所では,12月初旬から12月下旬まで,約0℃を保ったが,以降は0℃を下回る明瞭な日変化がみられ,保温期間は短い。消雪時期が早いことは,低温及び風衝に曝される期間の長期化と考えられることから,消雪時期が早い草本類生育地点は,冬季の低温及び風衝の影響が強く,消雪時期が遅い木本類生育地点は,冬季の温度変化及び風衝の影響が小さい。このことは,対象地域では,高山の風衝地と同様に,消雪時期が植物の住み分けに影響を及ぼしている可能性を示す。夏季の土壌水分量は,草本類の生育地点で高く,木本類の生育地点で低い傾向を示した。特にガクウラジロヨウラクの生育地点は,最も土壌水分量が低く,降水後の低下率が大きい傾向にある。ガクウラジロヨウラクと比較すると,ホツツジ生育地点は土壌水分量が高い傾向を示した。また,ホツツジ群落下部でのみ,常緑樹ハクサンシャクナゲの侵入がみられたことから,木本類は生育期間の土壌水分量に対応して,住み分けが行われていると考えられる。

  • 渡邉 敬逸, 武田 有未, 松田 久司, 吉岡 宏之, 加藤 雄也
    セッションID: P079
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.背景と目的

     ナベヅル(Grus monacha)は全長約1mの小型のツルである。その世界の生息数はおよそ15,000羽とされ,国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種(VU)に指定されている。ナベヅルは夏季にアムール川流域周辺で繁殖し,冬季に日本・朝鮮半島・中国東部などで越冬しており,このうち日本は鹿児島県出水市周辺と山口県周南市周辺の渡来地が特別天然記念物の指定を受けているように,古くからその主要な越冬地として知られている。特に鹿児島県出水市周辺には,世界の生息数の約9割のナベヅル,そしてナベヅル同様に国際的な絶滅危惧種(VU)であるマナヅル(Grus vipio)の約5割が飛来しており,同地は世界的なツル類の越冬地として知られている。

     一方,個体数が出水市周辺に集中することにより,感染症の発生等による絶滅リスクが懸念されることから,2000年代初頭から環境省を中心として日本国内におけるナベヅルとマナヅルの新越冬地の形成が検討されている。その候補地として,これまでに断続的にツルの越冬が確認されてきた佐賀県伊万里市,長崎県諫早市,高知県四万十市などが挙げられており,いずれの地域でも越冬環境の整備,デコイ等を用いたツルの誘因活動,地域との協力体制のしくみづくりが現在まで行われている。本報告の対象地域である愛媛県西予市石城地区もこうした地域の一つであり,近年その定着に向けた各種取組が行われている。

     現在までツル類の出水市周辺へ集中的越冬に大きな変化は見られないものの,出水市以外の地域におけるツル類の越冬状況,遊動域,そしてその環境選択性などのローカルな状況については明らかではない部分も多い。また,将来的に越冬地分散が進んだとしても,各越冬地のツル類の収容可能羽数については,具体的なツル類の遊動域や域内での環境選択性、そしてこれらと強く関連すると想定される営農状況を踏まえた検討が必要であろう。

     そこで本研究では愛媛県西予市石城地区に飛来するナベヅルを対象として,その近年の観察記録から遊動域を特定するとともに,その域内の環境選択性をナベヅルが利用する圃場の営農状況と越冬環境整備により設置されたデコイや湛水田および主要道路との距離から検討する。そして,これらの結果と飛来前後の餌資源量調査とを踏まえて対象地域における収容可能羽数を推定する。

    2.方法

     愛媛県西予市石城地区は宇和盆地西端に位置する農村地域である。同地区は西南北を比高300m前後の山地に囲まれており,山裾に集落が帯状に分布し,地区中心部に耕地整理された方形の水田が広がっている。同地区へのナベヅルの飛来は観察記録上では2002年から記録されており,以降現在まで断続的にその飛来が見られる。特に2015年に90羽のナベヅルの越冬が確認されたことをきっかけとして,渡来重点エリアの設定,地域住民による見守り隊の設置,デコイ・湛水田・ねぐらの設置などの越冬環境整備,各種計画の策定などの地域との協力体制のしくみづくりが現在まで行われている。

     本報告では2019年度から2022年度までの期間を対象として,同期間中の観察記録から石城地区におけるナベヅルの遊動域を特定し,遊動域内の各圃場とデコイ・湛水田・主要道路との距離からナベヅルが嗜好する圃場環境について検討する。また,2022年度については飛来前の土地利用調査と飛来前後の餌資源量調査を実施しているため,上記の検討に加えて,土地利用種別および耕起の有無とナベヅルの環境選択性との関係,そして餌資源の減少量を踏まえた石城地区におけるナベヅルの収容可能羽数の推定を実施する。それぞれの結果の詳細については,本報告の発表にて紹介する。

    ※本研究を実施するにあたりJSPS科研費20H02279の助成を受けた。

  • 持続可能性の概念と地理的価値態度に着目して
    永田 成文
    セッションID: S406
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.日本におけるESDの推進

     現代世界は良好な生活環境の存続が難しくなってきている。このため,持続可能性(sustainability)の概念が登場し,この視点から現代世界の諸課題への対応を考え,持続可能な社会づくりに向けて人々の意識や価値観や態度を変革していく教育であるESDが世界的に推進されるようになった。

     2006年の我が国における「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」実施計画では,「環境,経済,社会の面において持続可能な将来が実現できるような行動の変革をもたらすこと」を目標に,参加型アプローチと問題解決能力を育成する学習プロセスが示された。また,2008・2009年の学習指導要領では,「持続可能な社会」の用語により地理教育を中心とした社会系教科にESDの視点が導入された。2017・2018年の現行学習指導要領では,知識を基盤としたコンテンツから資質・能力を意識したコンピテンシーが意識され,高校の地理総合を核として,小中高の地理教育において,ESDとしての地理授業(地理ESD授業)がより推進されている。

    2.力強い知識と力強いペタゴギー関連づけた地理ESD授業

     「地理ケイパビリティ」(GeoCapabilities)は,地理的知識や地理的概念をもとに専門的で特有な方法で考えることができる能力を含み,学問的な理念や概念から導き出される力強い学問的知識(powerful disciplinary knowledge:PDK)が核となっている(永田ほか,2017)。しかし,従来のケイパビリティ論を踏まえた国際プロジェクトでは,力強い知識(powerful knowledge)の側面に偏りすぎ,力強いペタゴギー(powerful pedagogy)と有機的に関連づけることが課題となっていた。

     地理総合の目標の柱書には,地理的な見方・考え方を働かせて,世界の大小様々な地域レベルで表出し,その持続性が脅かされている課題を自らの問題として捉え,背景を思考し,解決に向けて合理的判断を行い,行動につなげていくという,主権者に求められる力の育成が明確に示されている(永田,2020)。志村(2017)は,教科教育におけるESD授業を構想する際に,「持続可能な社会づくりの構成概念」や「ESDの視点に立った学習指導で重視する能力・態度」は汎用的なものであり,教科等の学習活動を前提とする必要性を強調した。

    現行学習指導要領において地理総合を核として地理教育全体で推進されている地理ESD授業は,力強い知識と力強いペタゴギーが関連づけられている。

    3.持続可能性からの地理的探究による地理的価値態度の育成

    UNESCO(2004)は,DESDの国際実施計画フレームワークとして,ESDの3領域と15重点分野を示した。OECDの「Education 2030」で示されているウェルビーイングの11指標は,ワークライフバランスや主観的幸福以外はESDと対応している。また,「Education 2030」で示された,私たちの社会を変革し,私たちの未来を作り上げていくためのコンピテンシーであるエージェンシーという考え方は,UNESCOの「ESD for 2030」で強調された「変容的行動」につながる(永田,2023)。

    地理ESD 授業は,力強い学問的知識として,位置や分布,場所,人間と自然環境との相互依存関係,空間的相互依存作用,地域を意識し,力強いペタゴギーとして,持続可能性から地理的な見方・考え方を働かせて,見出した課題に対して,その要因を思考し,解決に向けて判断する地理的探究により地理的価値態度を育成する。この思考・判断の過程で力強い学問的知識を深めていくことになる。

    文献

    志村喬 2017.教科教育としてのESD授業開発の手法-社会科授業を事例に-.井田仁康編『教科教育におけるESDの実践と課題-地理・歴史・公民・社会科-』10-25.古今書院.

    永田成文ほか 2017.エネルギーをテーマとした地理ESD授業業.地理 62-9:100-105.

    永田成文 2020.「地理総合」の学習指導・評価.社会認識教育学会編 『中学校社会科教育・高等学校地理歴史科教育』95-108.学術図書.

    永田成文 2023.持続可能性に基づいた小中高一貫地理教育カリキュラムの構想-SDGsを活用した地理ESD授業-.新地理

    71-3:52-56.(印刷中)

    UNESCO 2004. United Nations Decade of Education for SustainableDevelopment(2005-2014): Draft International Implementation Scheme.

  • 淡野 寧彦
    セッションID: 512
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
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    1.はじめに

     2020年初頭から約3年間,世界中で猛威をふるった新型コロナウイルス(COVID-19)は,社会に大きな影響や変化をもたらした。食をめぐる問題にしぼったとしても,その分析視点は多岐にわたる。コロナ禍における日本の食料需給と農産物価格の変化に早い段階で注目した川久保(2021)によれば,2020年の農産物価格において,日常的消費品目に大きな変化はみられなかった一方,高級食材については家庭内消費が限られることもあって,大幅な下落がみられた。コロナ禍においては,緊急事態宣言による外出制限や,一方での「Go To Eatキャンペーン事業」の展開などにより,高級食材を主に取り扱う外食産業やそれらの産地は,予期せぬ状況に翻弄され続けながら対応に迫られたことは想像に難くない。そこで本研究では,高級牛肉を対象として,その需給への影響と産地の対応について分析することを目的とする。研究方法は,市場全体の動向を俯瞰する手段として食肉業界誌を対象とした文献調査と,産地の具体的な動きを把握する手段として「鹿児島黒牛」を事例とした現地調査である。なお,コロナ禍が続く中では,ロシアのウクライナ侵攻による穀物供給の減少に伴う飼料高をはじめ,様々な物価高騰も発生したことから,これらによる影響も可能な限り留意したい。

    2.業界誌にみるコロナ禍の影響

     ここではまず,食肉通信社が発行する『月刊ミート・ジャーナル』を対象に,コロナ禍以前の2019年1月から2023年12月までの記載内容をもとに,コロナ禍の影響を検討する。国内でのコロナ禍に関する話題は,2020年3月号のコラム欄での記載がみられ,4月号以降では外食業への影響や生産者支援のための緊急対策,共進会などの定期イベントの中止などの記事が並び始めた。同年12月号では「コロナ禍で激動の1年の検証」との特集が組まれている。2021年からは,コロナ禍を前提として,クラウドファンディングによって和牛飼育を継続する産地の例や,定期イベントの再開,またアフターコロナを見据えた戦略といった記載がみられるようになった。2023年にはアフターコロナの消費トレンド分析のほか,コスト高や物流の2024年問題を念頭にした飼料配送をめぐる問題へと内容は変化していった。

    3.「鹿児島黒牛」の供給体制とコロナ禍への対応

     2023年の全国における肉用牛飼養頭数は1,882,000頭であり,最大産地は343,400頭(18.2%)の鹿児島県である(畜産統計:下図)。本研究で取り上げる「鹿児島黒牛」は,1986年,鹿児島黒牛黒豚銘柄販売促進協議会の設立により,統一銘柄として設定された。1992年には,鹿児島県が指定する「かごしまブランド」の一つとなった。その後も飼育マニュアルの設定・改訂などを通じて品質の向上・安定化が図られ,全国和牛能力共進会で受賞を続けるようになった。2017年には第6類生鮮肉類の区分で地理的表示産品(GI)に登録されている。発表当日は,現地調査で得られた情報をもとに,コロナ禍における産地の対応について詳述する。

    参考文献:川久保篤志 2021.コロナ禍で現れた食料需給と農産物価格の変化に関する一考察.地域地理研究,26,14-22.付記:本研究では,科学研究費補助金 (基盤研究C課題番号:22K01064を使用した。

  • 森 泰規
    セッションID: 716
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/04/19
    会議録・要旨集 フリー

    幸福度の発現

    本稿では、当事者の「主観的な幸福度」(いわゆる「ウェルビーイング(Subjective Happiness Scale / Subjective Well-being)」)は日本国内における「小泉改革」以降の経済格差増大が、主観的幸福感の実質的な低下をもたらしておらず(山根ら2018)時系列的に平均幸福度と平均所得との間で相関関係は認められないことから、その説明要因として社会関係資本に注目する研究がなされている(古里・佐藤編2014)。本稿では、逆向きの十分条件として考え、幸福度は人とのつながりや一般的信頼に発現するのか検討する。

    検討の方針と分析方法

    博報堂生活総合研究所では、1992年より隔年で東阪の生活者を対象とした意識調査『生活定点』ではその項目内に、「今の生活が楽しいかどうか」を4段階(楽しい方だ、やや楽しい方だ、あまり楽しくない方だ、楽しくない方だ)(以降主観的幸福度)を、また「約束の時間に遅れてくる友人を待てる時間(来るかどうか相手を信頼する尺度)」の平均時間をきく設問(以降、人待ち上限時間とする)を有する。今回はこれらを指標として用いて検討を行う。本調査はおよそ3000 名程度を有効回収数とし,首都圏 40キロ圏(東京・埼玉・千葉・神奈川・茨城各都県),阪神 30キロ圏(大阪・京都・兵庫・奈良各府県)に対し,18 歳から69 歳の男女を調査実施年の国勢調査に基づく人口構成比(性年代 5 歳刻み)で割付,各調査年の5・6月(2020 年のみ6・7月)に訪問留置法で実施する。今回は前述の設問を行っている2000年以降を使用し、分析効率を高めるため、「主観的幸福度」は諾否の二項に整理の上、「人待ち上限時間」に対し、ノンパラメトリック検定(Kruskall-Wallis)実施した。結果、過去20年分の合算値・東阪ごとの結果では有意な差(p < .01)があり、かつ主観的幸福度あり群においては、平均値に有意な違い(0.4分程度長い)が確認できた。ただし調査年ごとにみると有意差を得るのは2018年, 22年のみ、東京のみでは06年と22年、大阪のみでは08年と18年のみとなる。

    結果と考察 遅れてくる友人を来るかどうか信頼して待てる時間に置き換えた場合、主観的幸福度の高い生活者の方が有意に長くその遅れを許容することから、幸福度は一定程度一般的信頼として発現するものと考えられる。一方で調査年ごとに見ると差異がないケースもあることからこの件については複数年時にわたり長期的な視点で観測を行う必要があるとも考えられる。

    参考文献

    山根智沙子, 山根承子, & 筒井義郎. (2008). 幸福度で測った地域間格差. 行動経済学, 1, 1-26.主観的幸福感とソーシャル・キャピタル――地域の格差が及ぼす影響の分析(古里由香里・佐藤嘉倫) 辻竜平・佐藤嘉倫編 『ソーシャル・キャピタルと格差社会――幸福の計量社会学』2014 東京大学出版会

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