本稿は,建造物や景観の保存によって過去を示すとされるヘリテージの創出において,保存建造物はどのように選択されるか,また過去がどのように示されるかを明らかにする.事例とする象の鼻パークは,2009年,「横浜港発祥の地」をテーマに創出されたヘリテージである.象の鼻パークは,さまざまな公的事業によって,次々と新たな役割を課せられた.このため,個々の建造物の存廃決定過程において,歴史的な価値づけは,美的,経済的な価値づけとの対立を回避するよう,柔軟に変化しながら行われた.その結果,保存建造物の選択は,ヘリテージ全体にはたらく意図にのみ従うのではなく,流動的なものになり,個々の選択との整合性を図るためにヘリテージ全体の価値づけが見直されることもあった.また,象の鼻パークで示される過去は,計画の途上いつでも,さまざまな基準で取捨選択でき,さまざまなかたちで示すことができる可鍛性の高い資源として利用された.
産業集積を維持・発展させる上で,ローカルで伝統的な制度・慣習がつねに有効に作用するとは限らない.本稿は明治から大正期に同業者間の紛争を経験した大阪の材木業同業者町を事例に,伝統的な制度・慣習が地域における同業者間の調整機能を阻害した要因について論じる.江戸期以来培われてきた材木流通に関する制度・慣習は,明治以降も材木業者間の関係を細かく規定していく.しかし,こうした制度・慣習の新たな法的根拠になった同業組合の規定は,材木取引の実態から乖離していた.明治後期からの流通経路の変化と材木流通の制度・慣習に対する改善要求の高まりによって,この乖離は表面化し,大阪における材木業者間の利害対立を調整する機能は機能不全に陥った.調整機能が不全に陥った要因として,同業組合のフォーマルな制度が同業者の実際の利害関係に即していないこと,材木流通の制度・慣習が非常に閉鎖的であったことの2点が指摘できる.
粒子形状の研究は理学・工学のさまざまな分野で行われているが,長年にわたる用語の不統一や,近年における画像解析を中心としたデジタルな手法への移行といった傾向があることから,研究の現状を整理する必要がある.本稿では砕屑物の形状,特に昨今注目される「円磨度」に焦点をあて,20世紀以降の研究史を紹介する.円磨度は,半世紀以上前に提案された定義や階級区分が今日でも多用されている.中でも,短時間で半定量的に円磨度を計測できるKrumbeinの円磨度印象図は今後も活用が見込まれることから,より再現性の高い測定を行うための補助フローチャートを提案した.また,2Dおよび3D画像解析では高解像度化に伴う粒子の輪郭の評価が焦点となることから,曖昧であった円磨度と表面構造の境界を再定義した.今後,画像解析は円磨度を含めた形状研究の主軸となる可能性が高く,画像解析に対応した粒子形状の評価方法をさらに議論する必要がある.
近年,小型の無人航空機とSfM多視点ステレオ写真測量により解像度1m以下の高精細な空中写真と地形データの取得が可能になり,地理学の分野においてもそれらの利用が急速に進んでいる.本研究の目的は,これらの技術を表層崩壊地の地形解析に応用し,詳細な表層崩壊地の空間分布と土砂生産量を明らかにすることである.対象地域は,2012年7月九州北部豪雨に伴い多数の表層崩壊が発生した阿蘇カルデラ壁の妻子ヶ鼻地域と,中央火口丘の仙酔峡地域である.結果,空間解像度0.04mのオルソ画像,および0.10mと0.16mのDigital Surface Modelsが得られた.妻子ヶ鼻地域と仙酔峡地域における土砂生産量は,それぞれ4.84×105m3/km2と1.22×105m3/km2であった.これらの値は過去に報告された同地域の表層崩壊事例の土砂生産量よりも10倍程度大きい値であり,阿蘇火山の草地斜面における1回の豪雨に伴う潜在的な土砂生産量を示すと考えられる.
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