本稿では,長野県上田の若手創業者の実践を通じて,地方都市における雇われない働き方・暮らし方の可能性について検討する.自営業の減少という一般的傾向は,規模の大きなコーホートの引退によるところが大きく,青壮年層には「新しい自営業」と呼ばれる人々が一定程度存在する.上田の若手創業者の活動は,学校縁や場所が育むつながり,自然発生的な創業者同士のつながりなど,多様な契機によるマルチスケールの関係性に支えられており,利潤動機のみには回収しえない多面性を持つ.そうした活動は大きな経済的価値をもたらすものではないが,地域社会をより包摂的にし,芸術や文化,社会関係資本を涵養している点で,その意義は大きい.本稿の後半では,ポランニーの統合の諸形態とJ. K. Gibson-Grahamの多様な経済の概念に基づき,上田の創業者の諸活動が市場での交換以外の多様な経済に彩られていることを示し,その理論的・実践的意味について考察する.
本研究は,個人の意識・行動・属性と人々が居住する地域環境の情報を併せもつ統計データ(地理的マルチレベルデータ)を,新たな調査法の組合せによって構築する試みである.東京都文京区の住民を対象に,回収数の最大化を意図したインターネット調査を実施した結果,すべての郵便番号界から一定数の回答が得られた.次に,Google Street Viewを用いて効率化した系統的社会観察を実施し,街路景観評価に基づく近隣特性の面的把握を行った.そして,これらを結合した地理的マルチレベルデータを分析し,近隣のミクロスケール・ウォーカビリティと住民の余暇歩行の間に有意な正の関連性がみられることを確認した.従来型の社会調査や国勢調査を利用したデータ構築が困難さを増す中,本研究が提案した方法は,地理的マルチレベル分析を近隣単位かつ広域的に実現しうる一つの有用な選択肢となる.