燃料協会誌
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31 巻, 4 号
選択された号の論文の20件中1~20を表示しています
  • 矢毛石 栄造
    1952 年31 巻4 号 p. 155
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 昭和27年1月26日新春特別講演会講演
    中原 延李
    1952 年31 巻4 号 p. 156-158
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
    その原料の95%を国外に仰いでいるわが国の石油工業は, 世界の石油情勢を刻々に反映している。世界の石油確定埋蔵量は年消費量の25倍で, 石油工業は一応健全であるとされている。世界の製油能力は消費量に対しやや不足している。わが国では, 太平洋岸製油所の再開以来, 外国会社との提携または連絡で目覚ましい製油能力の増大をみせ, 今年度末には約10万bbl/日に達するものとみられ, 航空用ガソリンや高級潤滑油以外は充分国内で製造できる。世界の原油の生産は巧緻をきわめた機構で計画され運営されており, わが国の輸入原油の62.7%は中東から, 20.7%は米国から, 残りの16.6%が東南アジァからのものである。輸入原油を運ぶ油槽船は31隻あるが, その牛数以上は戰標船で能率が悪く, 新船の建造が要求される。石油の統制や価格もむづかしい問題を孕んでいるが, 今後日本の石油業は, 施設の近代化により, いかなる製品も国際価格で売り得なければならない。
  • マーシヤルプランのヨーロツパ石油産業に及ぼしたる成果
    岡田 秀男
    1952 年31 巻4 号 p. 158-167
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
    筆者は昨年5月に世界石油会議への5人の日本代表の1人としてオランダに赴いたが, 会議の概要とそれに基づいて西欧における石油製産, 製油所建設それに附随してマーシャル計画について述べている。戰爭の結果石炭, 電力の動力が極端な不足をきたしたが, それを補うべき米国製の石油製品を輸入するには弗がまた著しく不足していた。マージャル計画による米国からの援助で, 従来の原則を破り, 消費地である西欧地区内に製油所が続々建設されるようになつた。
    その理由の主なものは, 中東における原油生産が伸びつつあるのに対してその政治情勢が不安定であること, 大製油所を建設すれば石油化学工業が当然並立されでくることである。
    これらの復興はO.E.E.C.(Organization for European Economic Co-operation) を通じ米国E.C.A.(Economic Co-operation Administration) の働きでなぎれたものである。西欧における製油能力は1950年度には1947年に比して2.5倍に増加し, 1953年には6, 237万tを処理し, 西欧内需要の96%を賄うことが予定されている。
  • 昭和26年9月15日第3回世界石油会議特別講演会講演
    藤沢 健三
    1952 年31 巻4 号 p. 167-177
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
    1951年5月28日より6月6日の期間, オランダ国ヘーグにおいて第3回世界石油会議が開催せられ, わが国は招待国として代表5名がこれに参加した。国際石油会議の歴史, 今回の石油会議の模様, 組織, 人的構成などを述べ, あわせて提出論文の車なるもの概説と批判とを行つた。
  • 昭和26年10月20日第261回例会講演会講演
    香川 貫一
    1952 年31 巻4 号 p. 177-181
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
    戰後の西欧諸国の原油生産は各国の大規模な探査によりて着々と成果が示されている。西ドイツは西欧原油産額の約1/2を産出し, 徹底した探査, 試堀によつて戰後9新油田を開発し, 1950年の出油量は1, 119, 000tで前年度に比して280, 000tの増加をみせている。オランダでは戰前は採算出油井は皆無であつたが, 現在は唯一ではあるが2, 000t/dayの大油田Schoonebeekが出現した。フランスではスペインとの国境近くにLack油田が発見され, Saint Marcetガス田では近代的天然ガス工業が経営され, プロパン, ブタンは自国の需要を満たした上, 北欧諸国へ輸出されている。イタリーではPo Valleyに大ガス田が発見され, 1952年9の産出量は2, 000, 000, 000m3に達するであろう。イギリ, スではD'Arcy Exploratlon Co.などの4グループが探査を行つているが, 産油量の大なるものはない。しかし, 石炭, カリ資源の発見および地質学的研究に重要な役割をなしている。
  • 昭和26年9月8日潤滑油に関する特別講演会講演
    片山 寛
    1952 年31 巻4 号 p. 182-197
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2011/10/21
    ジャーナル フリー
    近年潤滑油製造技術の進歩と共に良質のクランクケース油が製造されるようになつたが, その使用條件も段々と苛酷になり, 精製のみでは達し得ない性質を附与する添加剤の問題がとり上げられてきた。初期には添加剤としては酸化防止剤が研究され, 次いで油受に銅鉛合金が使用されるに至つてその腐蝕防止剤が問題となり, 現在ではラッカーの生成やカーボン堆積を防止するdetergent-inhibitor型の酸化腐蝕防止と清浄作用の両性能を持つ添加剤が主流となりつつある。添加剤を加えた潤滑油の性能はわが国の規格では表現でぎず, 場合によつては不合格となる。米国ではA.P.I.S.A.E.の協同研究機関であるC.R.C.のL-1ないしL-5のエンヂン試験によつて潤滑油の品位を決めregular type, premlum type, heavy duty typeの3種にわけている。以上のようにエンヂン試験以外ではクランクケース油の評価の困難なことはわが国でも各方面で問題とされ, それぞれ研究が行われているようであるが, 筆者は日産ガソリン, いすゞヂーゼルの2種の自動車エンヂンを使つて, アラビア原油からのフルフラール選溶によるヂーゼルエンヂン油を試料として台上試験を行い, その興味ある結果を報告している。エンヂン試験の結果はエンヂンの機械的因子の影響を大きく受け, 試験結果の解析は非常にむつかしい問題であるが無添加剤の良質潤滑油で故障の起きる相当苛酷の條件下でも添加剤入りの油はきわめて優秀な性能を示している。
  • 昭和26年9月8日潤滑油に関する特別講演会講演
    稻葉 彌之助
    1952 年31 巻4 号 p. 197-216
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
    著者は第二次大戰中に鯨油を原料とする合成潤滑油を1, 000HPの航空発動機 “ハ105特9” の耐久試験に使用し, 約200時間運転後総分解を行い, 潤滑油の関係する部分を精査して, 満足すべき性能を有するものと認めた。潤滑油の消費量はきわめて少なく1g/HP-hr程度であつた。この試験で, 潤滑油を1回装入しただけで約55時間の連続運転を行い, 運転中特定の時期ごとに使用油を採取してその諸恒数を測定し, これを馬力時間 (HP-hr) に対してプロットしてスムースな曲線を得た。また, これらの試料油中の稀釈物を除去したものおよび白土処理によつて老廃物を除去したものゝ諸恒数を測定し, 潤滑油の発動機内における変質の過程並びに稀釈物および老廃物の影響を論じた。老廃物の定量を実施し, この結果に基ついてその諸恒数の時間的変化を推定した。白土による再生油の安定性試験をBritish Air Ministry法によつて行い, 未使用油とほぼ同等の安定性を有することを確かめた。別に得られた廃油を試料として, 未使用油, 廃油, 濾過油, 再生油の安定性を比較検討し, 廃油の安定性を低下せしめている成分について若干の考察を行つた。
  • 井桁 治郎
    1952 年31 巻4 号 p. 217-221
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 馬場 有政
    1952 年31 巻4 号 p. 222-225
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 別府 健次
    1952 年31 巻4 号 p. 226
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 227
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 燃焼動力及熱管理
    1952 年31 巻4 号 p. 228
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 228a-229
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 229-230
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 230
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 230a-231
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 231-233
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 本邦の部
    1952 年31 巻4 号 p. 234-236
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 236-238
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
  • 1952 年31 巻4 号 p. 238-239
    発行日: 1952/04/30
    公開日: 2010/06/28
    ジャーナル フリー
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