日本地理学会発表要旨集
2019年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の319件中51~100を表示しています
発表要旨
  • 阿子島 功
    セッションID: 414
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    【背景】市町村のつくる洪水避難地図(洪水ハザードマップ)の説明に、伝統的な微地形分類図はまったく利用されない。その主たる理由は、伝統的な地形分類図では「低地はすべて浸水の可能性があるものとして、浸水したときの深さ・滞水程度の想定を述べているが、浸水頻度や浸水範囲の想定に対応していなかった」ためである。微地形分類図は微地形面の形成時間観の説明が不十分であった。応用上では、地形のなりたち(質)を述べた微地形分類図が直近の予想浸水範囲・予想浸水深(量)を示す図に代わられた。
    私の関心は、(a) 低地の微地形分類図は何を表していたのか? 純粋地形学として、微地形の形成時間観を明らかにしたい、そのため (b)近年公表されている“最大規模降水による洪水浸水想定区域図”から、低地の微地形分類図を再評価してみることである。 1/1000確率降雨による浸水範囲となると、考古遺跡や堆積物の年代による微地形の編年(歴史的事実)との対比ができるはずである。
    【降水想定規模】市町村のつくる洪水ハザードマップは従来(H13年~)、計画規模の降水(本川ではおおよそ1/100確率降雨、支川ではおおよそ1/50~1/30確率降雨)による浸水範囲・浸水深さを想定していたが、近年(H27年~)は最大規模の降雨による洪水浸水想定区域(おおよそ1/1000確率降雨による浸水範囲)と浸水深さを想定して避難対策の基礎としている。
    【旧版地形図の意義】旧版地形図は「おおよそ100年程前の、連続堤のなかった時代の氾濫範囲」すなわち「おおよそ1/100確率降雨を越えて破堤した場合の氾濫範囲」を想起する参考となるのであるが、市町村のつくる洪水ハザードマップの印刷物に採用された例はなかった(と思われる)

    【段丘面と氾濫原面の識別】低地が最大浸水範囲に一致すると考えていた段階で、「最下位段丘面と氾濫原面との識別基準」すなわち「段丘面はもはや離水している洪水でも浸水しないとはどのようなことか」を、おおむね確率1/100降水による洪水浸水範囲を用いることを提案し(阿子島1999.5東北地理学会春季大会, KoreaーJapan /J-K Geomorphological Conference 1999.8)、最上川中流の寒河江市高瀬山の河岸段丘~中山町の自然堤防の考古遺跡の離水・浸水状況を述べた。それはおおむね確率1/100降水本川堤防の設計基準)で破堤したときの洪水浸水範囲が公表されるようになった頃で、あくまでも実用上の基準であった。段丘は開析されている・崖が高いといった地形のみかけではなく浸水実績によって判断されるべきである。
    沖積世(約1万年前以降)に形成された低地のなかでも海面変動(縄海進・弥生海退イベント)の影響をうけた下流域では、 “離水しかけた自然堤防様微高地”と“埋没旧河道”を想定したことがある(阿子島,1978地理評51-8)。今回,過去1000年間では構造運動の影響が認識された。**

    想定降水に対応する低地面の3区分1/100確率降雨による想定浸水範囲と1/1000確率降雨による想定浸水範囲によって、低地の微地形面は次の3区分が想定できる
    A型. 過去1000年以上浸水していないであろう地形面
    B型. 過去1000年間に数回以上は浸水したであろう地形面(100年に1回程度は浸水した低地面であり
    離水しかけている微高地面。前述の実用上の段丘面)
    C型. 数10年に1回は浸水している低地面 である。

    【最上川流域でそれぞれに該当する事例】
    A型 (1)庄内町余目活褶曲の背斜部 (2)舟形町長者原 活断層運動1kaで段丘化した可能性のある氾濫原面 (3)寒河江市高瀬山(断層の隆起側の最上川河岸段丘。縄文中期遺跡のある+10m面。縄文時代後晩期・平安時代遺跡のある+ 8m面はB型) (4)中山町柳沢扇状地(条里制が浅く埋没。1/1000確率の最上川氾濫が及ばない) (5) 天童市西沼田遺跡(最上川氾濫原内の後背湿地にある古墳時代の低湿地集落遺跡で1/1000確率降雨による洪水が及ばない)。
    B (6) 中山町三軒家物見台自然堤防 河床から5+m(に訂正)の頂面は 古墳時代はしばしば浸水し、1ka以降は離水しかけているようである。(7) 飯豊町 最上川氾濫原のなかの段丘様微高地  (8) 長井市の野川扇状地扇端部(明瞭な最上川側刻小崖(“まま”と呼ばれる)があり、これより上に1/100確率降雨による洪水浸水は及ばないが1/1000確率降雨による最上川氾濫では小崖上まで浸水する。治水地形分類図ではこの部分を自然堤防に改訂)。
    C (9) 山形市・中山町・天童市の最上川と支流須川合流部の自然堤防(頂面には古墳時代遺構が最大1m内外埋没している部分と数10cm程度削平された部分がある)。
    ** 東北地理学会2017.5, 2018.10で述べたものを再整理した。
  • 丹羽 雄一
    セッションID: 419
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    はじめに
     東北地方太平洋岸に位置する三陸海岸では,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震時の沈降(Ozawa et al., 2011),および,地震後の隆起(国土地理院,2017)が記録されている.また,検潮記録に基づくと,当該海岸では2011年以前の数十~百年間にも沈降傾向が認められる(Kato, 1983).一方,三陸海岸では更新世海成段丘と解釈された平坦面の存在から,105年スケールの隆起傾向が示唆されていた(小池・町田,2001).三陸海岸で提案された,対象期間によって向きの異なる地殻変動を説明する既報のモデルは,三陸海岸が単一の地殻変動区から構成されることが前提となる(池田ほか,2012など).
     しかし,隆起傾向の根拠とされる海成段丘で,編年データが得られているのは三陸海岸最北部のみであり(宮内,1988),当該海岸南部では海成段丘と解釈されてきた平坦面の分布は断片的である(小池・町田,2001).そのため,海成段丘の分布に基づいて三陸海岸における地殻変動の空間分布を把握するのは難しい.一方,発表者は三陸海岸に点在する沖積平野において,沖積層の解析と14C年代測定に基づいて103~104年スケールの地殻変動の推定を行ってきた(丹羽ほか,2014など).本発表では,これまで得られた地殻変動の推定結果を述べ,三陸海岸が単一の地殻変動区から構成されるか否かを検討する.

    調査手法
     三陸海岸に分布する合計5つの沖積平野を対象とし,各平野1~3本の堆積物コアに対し,堆積相記載および14C年代測定に基づいて堆積環境を推定した.潮間帯堆積物が認められる場合は,その分布高度を地殻変動を含まない相対的海水準(Nakada et al., 1991; Okuno et al., 2014)と比較し,平野ごとに地殻変動傾向を推定した.また,平野内で複数のオールコア試料が得られている場合,断面図に等時間線を引いて,1000年ごとの堆積地形変化も地殻変動推定の参考にした.

    地殻変動の推定結果
     陸前高田および気仙沼大川では,完新世初期の潮間帯堆積物が地殻変動を含まない相対的海水準よりも低く分布することから,103~104年スケールの沈降傾向が示唆される(丹羽ほか,2014,2015).津谷では,海進を示す堆積物が相対的海水準上昇の鈍化した8000年前以降も堆積し,完新世後期の堆積速度がデルタフロント堆積物で小さく,デルタプレーン堆積物で大きい(丹羽ほか,2016).これらの特徴は,完新世の沈降傾向に伴う相対的海水準上昇によって説明可能である(丹羽ほか,2016).津軽石では,完新世中期の潮間帯堆積物が海面下に分布し,デルタ通過後に厚い湿地堆積物が認められる(Niwa et al., 2017).この堆積相分布の特徴は,完新世沈降に起因した相対的海水準上昇による堆積空間の上方への付加によって説明される(Niwa et al., 2017).小本では完新世中期のデルタフロント堆積物上部が河川堆積物に侵食され,津軽石平野で認められる103~104年スケールの相対的海水準上昇傾向を示す堆積環境変化は認められないことから,完新世における沈降傾向は認められない,あるいは顕著ではないと推定される(Niwa et al. in press).

    考察
     得られた結果から,津軽石以南は103~104年スケールで沈降傾向にある可能性が高い.一方,津軽石よりも北方の小本では103~104年スケールで顕著な沈降が認められないことから,三陸海岸の地殻変動様式が津軽石と小本の間のどこかを境に異なる可能性が考えられる.これら見解からは,従来単一と見なされてきた三陸海岸の地殻変動区を複数にセグメント区分する必要性が示唆される.

    文献:池田ほか(2012) 地質学雑誌.Kato (1983) Tectonophysics, 97, 183-200. 小池・町田(2001) 東京大学出版会, 122p.国土地理院(2017)地震予知連絡会会報,96,75-93.Nakada et al. (1991) Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 85, 107 – 122. 丹羽ほか(2014)第四紀研究,53,311 – 312.丹羽ほか(2015) 地学雑誌.124, 554-560.丹羽ほか(2016)地学雑誌,125,395-407.Niwa et al. (2017) Ql, 456, 1-16. Niwa et al. (in press) Ql. Okuno et al. (2014) QSR, 91, 42 – 61. Ozawa et al. (2011) Nature, 475, 373-377.
  • 遠藤 伸彦, 松本 淳
    セッションID: 504
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    日本・ベトナム・フランス・米国水文気象当局の図書室ならびにフランス国立図書館に所蔵されている旧フランス領インドシナ(以下,旧仏印)の気象に関連する出版物に基づき,植民地時代の旧仏印の気象観測の歴史をとりまとめた.旧仏印気象局が設立される以前はフランス海軍の軍医が気象観測を行っていた.旧仏印気象局が設立された後は,気象観測網が年々拡充されたが,その業務は旧仏印総督府の政策によって強く規制されていた.収集した出版物の画像集は,旧仏印の歴史的気象データの復元に役立てることができる.
  • 橋本 雄一
    セッションID: S210
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.「地理総合」とGIS
    新しい高等学校学習指導要領では「地理総合」(2単位)が必修科目として組み込まれており,その解説が2018年7月に公表された。この「地理総合」を構成する三項目の内,「(A)地図や地理情報システムで捉える現代世界」と「(C)持続可能な地域づくりと私たち」において,地図やGISの適切な活用の仕方が身に付くよう工夫することが述べられている。
    2.地理教育を支える汎用・基盤データ
    GISの活用としては,教員や生徒がGISを操作して地図作成を行う場合,もしくはGISで作成された地図資料を授業などで活用する場合などが考えられる。高校地理が必修化され,全国の高校の授業におけるGIS活用を考えるならば,どのような場合においても信頼性が高く全国を網羅している無料のGISデータが重要な役割を果たすと考えられる。その例として解説の中では「地理院地図」や「政府統計の総合窓口(e-Stat)」など公的機関が提供するものが紹介されている。
    これらと並んで期待されるGISデータとして,国土数値情報をあげることができる。これは地形,土地利用,公共施設,道路,鉄道など国土に関する地理的情報を数値化したものであり,国土交通省国土政策局が整備している。新しい学習指導要領の解説では,(C)の中の「(1)自然環境と防災」にハザードマップ利用に関する文章があり,その作成に欠かせないGISデータが,この国土数値情報で提供されている。
    解説で示される例として,避難計画や防災のための施策について考察するために,市町村役場,避難場所,消防署,病院などの防災にとって重要な施設の位置,集落の分布や規模,道路網や橋の位置などに留意する必要があることが記載されている。これらの地物を地図上で確認するために,国土数値情報が有効である。
    3.国土数値情報の現状
    国土数値情報の整備予算をみると,2011年度には3億円弱であったのが,2016年度には1億6千万円弱と約半分に,2018年度には約4千万円になっている。予算削減に歯止めが掛からなければ,毎年~5年毎の経年更新も難しくなり,いずれ「国土数値情報」の配信経費まで出なくなるということが懸念される。
    「地理総合」のGIS関連項目に関し,魅力的な授業を行うためには,国土空間データ基盤として整備されてきた国土数値情報や地理院地図のような汎用・基盤データの存続が必須である。これらデータの整備・維持・更新について,学術的な立場で議論し,今後も提言を続けていくことが望まれる。
  • 香川県を事例として
    平 篤志
    セッションID: S406
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    本報告は,香川県を事例として,県や関係団体による中小企業(起業を含む)支援の現状と課題を明らかにするとともに,地元中小企業による主体的な学び合いの事例を報告し,理想的な中小企業支援のあり方を探ることを目的とする。四国では,2014年より,四国経済産業局が中小企業を対象にして,海外展開応援フォーラムを開催している。直近の2018年12月に高松を会場に開催されたフォーラムは,「ASEANへの進出」をテーマとして,100名前後の参加者の元,香川県,かがわ産業支援財団,JETRO四国4県貿易情報センター,中小企業基盤整備機構四国本部と共催の形で行われた。企業および関係団体からの事例報告がなされ,パネルディスカッションを経て,最後に個別相談会がもたれた。同様なセミナーが他の機関によっても開催されており,セミナー間の調整や差別化が課題となっている。また,2001年に設立されたかがわ産業支援財団は,創業や新分野への進出,商品開発,事業化,経営基盤の強化,海外進出といった多様な企業のニーズに対応し,相談・指導,研究開発,販路開拓,人材育成など,事業段階に応じた様々な支援を行っている。起業に関しては,支援塾や事例発表会の開催,補助金の交付,独創的なプランのコンペなどを実施している。企業による自主的な学び合いの事例として,香川イノベーション実践報告会がある。これは,県内9社の地元企業により結成され,外部の経営コンサルタントの指導の下,半年に1回研究会を開催し,その間のイノベーションの取り組みについて発表しあっている。2018年12月の報告会で第8回を迎えた。半年という短期間で何らかの成果を出して発表しあうという仕掛けが,各メンバー企業の事業の前進につながっている。
  • 渡辺 満久
    セッションID: 403
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1 はじめに

    阿蘇外輪山北西部の二重峠付近から西南西方向の大津町に至る地域では、尾根や斜面上に直線的な凹地があり、その一部は「清正公道(豊後街道)」として利用されている。2016年熊本地震時には、清正公道に沿っても家屋の被害が目立ち、開口亀裂等の地変も確認された。本報告では、清正公道に沿う被害の特徴、地変の様子、トレンチ掘削調査結果を中心に報告する。調査には平成30年度科学研究費補助金「熊本地震から学ぶ活断層ハザードと防災教育-活断層防災額の構築を目指して」(課題番号:16H03601、研究代表者:鈴木康弘)を使用した。

    2 墓地と家屋の被害

    地震発生直後の墓地調査によって、墓石の台座までが倒壊するような非常に強い揺れがあったことが確認できた。既知の活断層から北へ遠ざかると被害の程度は小さくなるが、清正公道付近において被害は再び大きくなるように見える。

    清正公道に沿っては、家屋にも甚大な被害が発生しており、大津町の家屋被害図を見ても全壊・大規模半壊が目立つ。とくに古い家屋が多いわけではない。清正公道碑では、4本のボルトで固定されていた石碑が北方向に倒壊するなど、石碑の被害も非常に目立っていた。また、埋設された石柱が飛び出したり傾斜したりしていた。

    3 清正公道に沿って連続する地変(東→西の順に記載)

    豊後街道と県道23号線が交わる地点(阿蘇カルデラ)では、2cm程度の右ずれが生じていた。倒壊した清正公道碑付近では、北側が数~10 cm程度隆起するような変位が確認できた。新小屋の消防団倉庫付近では、最大で10cm変位(南側隆起)が認められ、数cm程度の右ずれも確認できた。さらにその西方では、右ずれ型のpull-apart basinが形成されていた(南北幅1.6m、東西長3.5m以上)。地溝を形成している地震断層の鉛直方向の断層変位量は、最大で8cm程度であった。

    清正公道碑から西方へ約1.5 kmにわたって、断続的ではあるが、非常に直線的に地変が連続していた。上下の成分では、東部で北上がり、西部で南上がりであった。

    4 トレンチ調査結果

    地変が残されている新小屋において、トレンチ掘削調査を実施した。ここでは、杉型雁行する複数の開口割れ目が形成され、南側が約10cm相対的に隆起している。トレンチ壁面では、上位から、アカホヤ火山灰を含む黒土層(約1.5 m)、スコリヤ層や軽石層を含む褐色の風成ローム(約2 m以上)が確認できた。また、清正公道を埋めた人工層(3 m以上)も確認できた。

    地変は、清正公道の埋土と地山との境界付近にあり、地下へ連続するような断層構造は確認できなかった。壁面の地層には、明瞭な変位の累積はないが、黒土や軽石の高度は、地変付近が最も高く、緩やかな高まりが形成されている可能性がある。なお、埋め土には、速報流動に伴うような圧縮変形はみられず、地変直下のローム層には多くの亀裂が認められる。

    5 考察

    墓地や家屋の被害が顕著であり、ボルトで固定された石碑が倒壊するなど、清正公道に沿って強い震動が発生したことは疑いない。

    地変は清正公道を埋めた人工層と地山との境界付近で発生しており、強い震動によって埋土が移動した結果形成された可能性がある。ただし、地表変形部の直下のローム層には多くの亀裂があり、地変は緩やかな高まりの頂部で形成されているため、地殻変動の結果である可能性を否定できない。

    また、清正公道に沿って認められる地変は非常に直線的に連続しており、円弧状の開口亀裂ではない。さらに、いずれの地点でも右ずれ変位や、右ずれを示唆する開口割れ目の配列を確認することができる。これらのことから、清正公道に沿う地変が、埋土の移動によるものと結論することも困難である。
  • 栗本 享宥, 苅谷 愛彦, 目代 邦康
    セッションID: P040
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    はじめに
     水沢上地すべり(以下ML:35.9363°N,137.0445°E)は岐阜県郡上市明宝に存在する大規模地すべり地である.MLは古文書に基づきAD1586天正地震で生じたとされてきた1,2).しかし先行研究では地質学的論拠が示されていない.筆者らは地質調査と地形判読を基礎として,MLの地形・地質的特徴と最新滑動年代を明らかにした.

    地域概要と研究方法 
    <地形>MLは飛騨高地南東部に位置し,周辺には標高2000 m以下の山岳が卓越する.木曽川水系吉田川とその支流がMLを貫く.<地質>ML一帯には烏帽子岳安山岩類が分布する.これはML西方の烏帽子岳から1 Maごろ噴出した安山岩と火山砕屑岩からなる2).同安山岩類は下部の凝灰角礫岩質の部分(以下Ep)と上部の安山岩溶岩(以下Ea)に分類される.他に貫入岩や,花崗岩,かんらん岩,美濃帯堆積岩類も分布する.MLの北に庄川断層帯三尾河断層(以下MF:B級左横ずれ)が走る.MFの最新イベントは840年前以降で,AD1586天正地震が対応する可能性が高い3).<方法>空中写真やDEM傾斜量図等を用いた地形判読と野外踏査を主な手法とした.踏査で採取した試料の14C年代測定も行った。

    MLの地形と地質
     MLは3条の滑落崖と,複数の地すべり移動体に分類される.やや開析された滑落崖は円弧状を呈し,急崖をなす地点ではEaが露出する.地すべり移動体南部の平坦面についてはその分布標高からL~H面に分類できる.全移動体の体積は約2.2×107 ㎥である(侵食部分を含む).以下,各地点での地形・地質的特徴を述べる.<P1>不淘汰かつ無層理のEaの角礫からなる地すべり堆積物を,シルト~中粒砂の堰止湖沼堆積物が覆う.地すべり堆積物にはパッチワーク構造が観察できる.地すべり堆積物に含まれる材はcal AD1494~1601を示す.堰止湖沼堆積物層最下部の材はcal AD1552~1634である.<P2>P2周辺の吉田川の渓岸には割れ目に富むジグソーパズル状に破砕されたEaの岩盤や,シート状の粘土層や著しく座屈・褶曲したEp層がみられる.この堆積物の特徴は大規模崩壊堆積物にしばしば認められる特徴と類似・一致する.<P3>P3を代表とする地すべり移動体南部のL~H面上には,比高がまばらな長円形の小丘状地形や閉塞凹地が分布する.小丘状地形は破砕されたEa・Ep岩屑などで主に構成される。このような地形は、地すべりの移動方向に短軸をもつ4).小丘状地形の短軸方向と分布を集計し,各地形面の移動方向を検討した.地形面同士の関係(切る・切られる)も考慮した結果,過去3回の滑動が推測できた.<P4>P4付近では高さ約20 m,幅約50~100 mにわたり蛇紋岩化の著しいかんらん岩が分布する.かんらん岩は,およそ北―北北東方向に発達しているとみられる2)

    おわりに
    本研究は以下のようにまとめられる.①MLの各所に大規模地すべりと判断できる地形や地質的証拠がみられた.②P1ではcal AD1552~1634に地すべりによる堰き止め湖沼が生じた.③地すべり移動体上の微地形判読から,過去3回の滑動が推測された.④そのうち最新の滑動がcal AD1494~1601に発生したことは確実で,その誘因としてAD1586天正地震が挙げられる.⑤地すべりの誘因はML周辺の活断層による地震が,素因は蛇紋岩などの地質的な条件が考えられる

    参考文献 1)飯田(1987)『天正大地震誌』、井上・今村(1998)歴史地震,14,57-58. 2)河田・磯見・杉山(1988)「萩原地域の地質」.地調.3)杉山・粟田・佃(1991)地震,44,283-295. 4)木全・宮城(1985)地すべり,21(4),1-9.
  • 九州新幹線開通による駅周辺開発に着目して
    有村 友秀
    セッションID: 217
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに

     都市の中心部に集積する高次の都市機能は都心機能とよばれ,その集積過程や機能分化が解明されてきた(戸所 1975等).また,「駅周辺地区−中心市街地」の競合関係に着目した研究では,中心市街地から駅周辺地区へ都市の中心部が移動することや,JRによる駅ビル開発が中心市街地へ大きな影響を与えたことが解明された(高野 2004,長ほか 2012等).本研究では,九州新幹線の開通によって駅周辺開発が進展した鹿児島市を事例に,駅周辺開発が中心市街地に与えた影響を分析し,都心機能の分布とその変容を明らかにした.



    2.九州新幹線の開通と駅周辺開発

     九州新幹線は,2004年に鹿児島中央−新八代間,2011年に博多までの全線が開通した.鹿児島中央駅周辺では,開通と同時期に様々な開発が行われたが,開発で誕生した施設は,①宿泊施設,②オフィスビル,③商業・飲食施設に大別される.これらの施設はそれぞれ,①宿泊機能,②業務管理機能,③商業・飲食機能を有しており,既往の都心機能研究で都心への集積が指摘されている機能である.したがって,本研究ではこの3つの機能について分析を行った.



    3.各都心機能の変容

    (1)宿泊機能

     駅周辺開発では,域外資本チェーンで大型のホテルが誕生したが,中心市街地においても同様のホテルが同時期に開発されていた.各施設の特性にも大きな差は認められないため,「駅周辺地区−中心市街地」の競合関係に変化はなかった.

    (2)業務管理機能

     駅周辺開発では,付加価値の高いインテリジェントビルが誕生した一方,中心市街地における新ビルの誕生はなかった.駅周辺地区に誕生したビルは,基準階貸室面積の広さや天井高,最新設備が魅力であり,中心市街地からのオフィス移転やオフィスの新設が行われた.オフィスの業種や部門において両地区の構成比が類似し,競合関係は駅周辺地区が強化され中心市街地に匹敵した.

    (3)商業・飲食機能

     駅周辺開発では,鹿児島初出店のテナントが大多数を占める,JRの駅ビルが誕生した.一方中心市街地では,駅ビル内での出店へと店舗が流出した事例や,百貨店が閉店した事例が発生した.百貨店はテナント集積型の商業施設に生まれ変わったが,その求心力は鹿児島初出店テナントへ依存しており,駅ビルと同様の戦略を取らざるを得なかった.歩行者通行量は,中心市街地の値を駅周辺地区が逆転しており,商業統計でも中心市街地の優位は失われていた.競合関係は,駅周辺地区が強化され,中心市街地を逆転した.一方飲食機能は,駅周辺開発で新たな飲食施設が誕生したが,一般の飲食店とは性格が異なるため,競合はなかった.



    4.おわりに

     宿泊機能は,両地区共に強化され,中心市街地が優位を維持している.業務管理機能は,駅周辺地区が強化された一方中心市街地の機能は維持され,二核心となった.商業・飲食機能は,駅周辺地区のみ強化され優位となった.都心機能の変容は三者三様だが,全体として鹿児島市の都心は二核心となり,新しく核となった駅周辺地区の機能強化が大きく寄与するかたちで,都心機能が強化されていた.



    〈参考〉

    ・高野誠二 2004. 日本における都市中心部の構造変容─鉄道駅周辺地区と中心街の関係から. 季刊地理学56: 225-240.

    ・長 聡子・芳賀博文 2012. 大規模駅ビル再開発と土地利用の変化─札幌,名古屋,福岡を事例に. 都市政策研究13: 11-20.

    ・戸所 隆 1975. 名古屋市における都心部の立体的機能分化. 地理学評論48: 831-846.
  • 土'谷 敏治
    セッションID: 804
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    茨城県ひたちなか市は,これまでにも積極的な公共交通政策を実施してきたことで知られるが,さらに,第三セクター鉄道のひたちなか海浜鉄道湊線の延伸を計画している.本稿では,ひたちなか市域全体を対象として,市民が日常の移動行動でどのように公共交通機関を利用しているのか,湊線延伸計画,ならびに,これまでのひたちなか市の公共交通政策をどのように評価しているのか,今後の交通政策に何を期待しているのかについて,アンケート調査を実施した.その結果,市民の移動行動は自家用車中心であるが,移動目的や居住地域などに対応することによって,公共交通機関の利用を促進することが可能とであると考えられる.湊線延伸計画,これまでのひたちなか市の公共交通政策については,地域差はみられるが,市民の賛同がえられていることが明らかになった.また,自家用車を利用できなくなることに不安を抱いている市民が多く,交通機関の連携を深めながら,公共交通を整備拡充していく必要性が認められる.現在は,市民への啓蒙活動と情報提供を進めることで,公共交通に対する市民意識の改革を図る好機でもあると判断される.
  • 須崎 成二
    セッションID: 220
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    Ⅰ はじめに

    都市には同性愛者の居住地や同性愛者向け商業施設の集積がみられる地区が存在し,その地区はゲイ・ディストリクトと呼ばれることが多い.ゲイ・ディストリクトにおける同性愛規範的(homonormative)な空間は,同性愛者のアイデンティティ構築や彼ら・彼女らのコミュニティ形成を促す場所として重要視されている.しかしその一方で,現在ではSNSなどの普及によるオンライン上での交流の増加や(Collins and Drinkwater 2017),ジェントリフィケーションに伴う居住者および商業施設の立ち退き(Ruting 2008)がゲイ・ディストリクトの機能を低下させ消失させる要因として着目されており,英語圏ではこのようなゲイ・ディストリクトの変化がモデル化されている(Collins 2004; Collins and Drinkwater 2017; Ruting 2008).

    本報告では,英語圏におけるゲイ・ディストリクトの発達モデルを踏まえ,日本におけるゲイ・ディストリクトとの共通点・相違点を明らかにすることを目的とする.対象地域は,日本最大のゲイ・ディストリクトである「新宿二丁目」とし,ゲイ男性向け商業施設の立地の変遷と再開発との関係性およびジェントリフィケーションを伴う再開発の要因を考察する.



    Ⅱ 研究方法

    ゲイ男性向け商業施設の数・分布の変遷を把握するために,ゲイ関係の雑誌およびホームページを参考にした.また,対象地域におけるビルの建て替え時期を把握するために住宅地図および「不動産アーカイブ」の閲覧と不動産企業への聞き取りを行った.



    Ⅲ 結果と考察

     新宿二丁目周辺は1970年代から再開発が進行し,それはバブル崩壊の1990年代前半まで続いた.この時期には,ゲイ向け商業施設が入居していたと考えられるビルの多くが建て替えの影響を受け,欧米の発達モデルと親和性が高い.ただし,その後に低下・消失に向かうのではなく,むしろ再開発によって建設されたビルにゲイ向け商業施設が立地することで,新宿二丁目周辺がゲイ・ディストリクトとして維持されていた.
     新宿二丁目は行政が関わる再開発から取り残されてきたが,民間による高層マンションやビルの建設が進行している.とくに新宿御苑に隣接する高層マンションの建設は,ジェントリフィケーションを引き起こす重要な要素であるが,ゲイ・ディストリクトの魅力ゆえにジェントリフィケーションが生じる英語圏の発達モデルとは異なり,新宿二丁目は駅へのアクセスと新宿御苑という外部要因によるところが大きいと考えられる.
  • 山下 清海
    セッションID: 711
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに
     世界各地に多数のチャイナタウンが形成され,特定のチャイナタウンの事例研究も多くなされている。しかし,グローバルな視点から,世界のチャイナタウンを比較研究し,それらの共通する特色や地域的特色を考察した研究は乏しい。
     1978年末以降の改革開放政策の実施後,海外へ移り住む中国人が急増し,彼らは中国では「新移民」と呼ばれる。新移民は,移住先のホスト社会への適応様式において,以前から海外に居住していた「老華僑」とは大きく異なる。本研究では,「老華僑」と比較するために,「新移民」のことを「新華僑」と呼ぶことにする。
     従来,アフリカ大陸は,南アフリカを除き,いわば華人空白地帯であった。しかし,中国政府のアフリカ重視政策に伴って,アフリカ大陸各地に,多数の新華僑が移り住んでいる。このようなアフリカ大陸における新華僑の実態については,マスメディアで注目されているが,アフリカの新華僑に関する研究はまだ少ない。そこで本研究では,アフリカの中でも,最大の華人人口を有する南アフリカの最大都市ヨハネスブルグにみられる新旧のチャイナタウンに着目し,ヨハネスブルグのチャイナタウンの地域的特色を明らかにすることを目的とする。2018年9月,3ヵ所のチャイナタウンにおいて,土地利用調査,聞き取り調査などを行った。

    2.オールドチャイナタウン~ファースト・チャイナタウン~
     世界のチャイナタウンは,おもに老華僑によって形成されたオールドチャイナタウンと,新華僑によって形成されたニューチャイナタウンに二分できる。CBDの近くに形成されたファースト・チャイナタウン(First Chinatown,中国語では第一唐人街または老唐人街と呼ばれる)が,ヨハネスブルグのオールドチャイナタウンである。
     1991年のアパルトヘイト関連諸法の撤廃後,CBDは衰退し,そこに大量の移民が集住し、治安が悪化した。これに伴い,ファースト・チャイナタウンは衰退し,新華僑もここに居住することはなかった。現在,ファースト・チャイナタウンには,杜省(トランスバール)中華会館(1903年創立)や杜省華僑聯衛会所(1909年創立),中国料理店(3軒),その他の華人経営の店舗(4軒)が残るのみである。

    3.ニューチャイナタウン~シリルディン・チャイナタウン~
     新華僑は,治安が悪いヨハネスブルグ中心部を避けて,東郊に多く居住した。なかでもCBDからから北東約6kmの郊外に位置するシリルディンに新華僑が集住し,郊外型ニューチャイナタウンが形成された。中国・南アフリカ両国の政治的関係の強化に伴い,シリルディン・チャイナタウンは,2005年,「ヨハネスブルグ・チャイナタウン」(約翰内斯堡唐人街)としてヨハネスブルグ市に登録された。2013年には,牌楼(中国式楼門)も建設された。
     シリルディン・チャイナタウンのメインストリート,デリック・アヴェニュー(Derrick Ave.,西羅町大街)の両側には,筆者の調査で華人関係の店舗・団体が38軒認められた。このほか、店舗の2階、3階などに「住宿」と書かれたゲストハウスやマッサージ店なども見られる。シリルディン・チャイナタウンでは、「超市」(超級市場の略語)の看板を掲げたスーパーマーケットと中国料理店が中核をなしている。

    4.モール型チャイナタウン~チャイナモール~
     一般にチャイナモール(China mall,中国商場)と呼ばれる新華僑経営の店舗が集中するショッピングモールが,Crown Cityなどヨハネスブルグの市内各地に形成されている。これらチャイナモールは,新華僑の重要な経済活動の場であるとともに,居住・生活の場でもあり,モール型ニューチャイナタウンである。チャイナモールでは,中国から輸入した様々な商品を現地向けに販売する新華僑が経営する店舗が集まっており,防犯のため,高い塀で囲まれ,自動小銃を構えた警備員が警戒している。
     ヨハネスブルグでは,上述したような3つの類型のチャイナタウンを確認することができた。オールドチャイナタウンの衰退やチャイナモールの厳重警備も,治安悪化というヨハネスブルグ特有の地域的特色を反映しているといえる。

    〔付記〕本研究を進めるにあたり,平成29~33年度科学研究費基盤研究(B)(一般)「地域活性化におけるエスニック資源の活用の可能性に関する応用地理学的研究」(課題番号:17H02425,研究代表者:山下清海)の一部を使用した。
    文献
    山下清海(2016):『新・中華街―世界各地で<華人社会>は変貌する』講談社.
    山下清海(2019):『世界のチャイナタウンの形成と変容』明石書店.
  • 高橋 洋, 神澤 望, 松浦 果菜
    セッションID: S307
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1. はじめに

     台風に代表される熱帯低気圧は、熱帯地域はもちろんのこと、中緯度地域にも気象災害をもたらす。風に起因する災害は、風速によって規定されているため、強い台風が問題となる。一方で、降水量を介した災害も多く発生する。しかしながら、台風と降水の関連は十分に研究されていない。 

     日本では、河川の傾斜が急峻であるため、短時間降水量の強さが災害と直結する。一方で、熱帯アジアモンスーン域の多くでは、河川の傾斜が緩やかなため、降水量の積算量が重要になり、季節積算降水量の予測が求められる。中緯度では、豪雨の正確な予測が難しいことに起因して、災害の予測が難しく、一方で、熱帯では、季節予報の難しさにより災害の予測が難しい。地域により理由は異なるが、いずれの場合も台風の降水に起因する災害は、現在でも極めて重要な問題である。

    2. 結果と議論

    過去の研究として、インドシナ半島で2011年に起こった洪水時の大気循環場が調べられている(Takahashi et al. 2015)。2011年の洪水には、アジアモンスーンの台風などの熱帯擾乱が頻繁に通る経路である「モンスーントラフ」上で熱帯擾乱活動が極めて活発であった。この時に注目すべきことは、熱帯擾乱活動は、台風だけではなく、熱帯擾乱などの弱い熱帯低気圧も降水量変動に重要な要因となっていることである。

     台風は、熱帯低気圧の極めて強いものであるため、熱帯擾乱に比べて個数がかなり少ない。つまり実際の降水量変動にとって、多数の弱い熱帯擾乱は重要な要素となっていることを示唆している。しかしながら、弱い熱帯低気圧を含めた熱帯低気圧の降水量変動への寄与は、研究が非常に少ない。Takahashi and Yasunari(2008)では、インドシナ半島での降水量変動の弱い熱帯低気圧を含めた熱帯低気圧の寄与を見積もっており、それは、7割にも達するとしている。また、過去の研究で、インドシナ半島の降水量変動をインデックスとして大気循環場のコンポジット解析をすると、熱帯擾乱の描像が現れる。つまりこれは、降水量変動を支配する要因として、熱帯擾乱活動が卓越していることを意味している。
     このような数少ない研究はあるものの、一般的には、強い台風による降水量の寄与は2割以下であるという先行研究がある。これは、少数の強いものの寄与よりも、多数の弱い熱帯低気圧が重要であることを示している可能性があるが、弱い熱帯低気圧を含めても降水量に対する寄与が小さい可能性もあるため、追加の調査が必要である。また、将来変化など(Kamizawa and Takahashi 2018)も含めて、さらなる検討が必要である。
  • 谷 謙二, 春原 光暁
    セッションID: 215
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに
     1990年代後半以降,日本の大都市,特に東京では都心部やその周辺での人口回復が継続している。そうした人口回復の中心となっているのが分譲マンションの供給であり,その動向に関しては多くの研究がなされてきた。そうした中で本研究では,1997年から2016年までの20年間の東京都中央区における分譲マンション供給の変化と,マンション立地前の土地利用について明らかにする。中央区の人口は,高度経済成長期以降減少を続けたが,1997年の7.2万人を底としてその後は増加を続け,2018年1月には15.7万人と2倍以上に増加し,最も人口回復の顕著な地域の一つである。中央区に関しては,川崎(2009)が立地規制や規制緩和に関するローカルルールを詳しく説明している。また国土交通省(2001)によると,中央区の90年代後半のマンション立地前の用途は駐車場や空き地の低未利用地が半分を占めていた。

     調査にあたって,分譲マンションに関する資料として不動産経済研究所による『全国マンション市場動向』を,土地利用に関する資料としてはゼンリン発行の住宅地図を使用した。各マンションについては,販売年,販売戸数,分譲面積,位置等を調べた上で,住宅地図を用いて各マンションの最終販売年,その3年前,6年前の土地利用の状況を調査した。


    2. マンション供給の動向
     この間のマンション供給の動向をみると,2005年までは全国で毎年16万戸前後の供給があったものが,2009年には半分の8万戸まで急減し,その後は8~10万戸/年で推移している。これには2005年のマンション耐震偽装事件やリーマンショックなどが影響している。一方東京都中央区では,2005年から急減したものの,近年は大型物件の発売が相次いで活発な供給が続き,2000年代前半のピークを越える年もある。中央区での一戸あたりの販売価格は,2000年代前半は平均4千万円だったが,その後上昇傾向が続き,2016年では8千万円と2倍ほどになっている。


    3.中央区におけるマンションの立地
    1997年から2016年にかけて,中央区で販売された分譲マンションとして368件,29,552戸が抽出された。368件のうち300戸以上の大規模マンションは14件で,10,362戸と販売戸数全体の35.1%を占める。分布では,山手線に近い第1ゾーンが17件と少なく,その東側の第2ゾーンが277件,月島・晴海などの第3ゾーンが74件となっている。大規模マンション14件のうち13件は第3ゾーンに立地し,10件は市街地再開発事業や土地区画整理事業,大川端リバーシティ21地区に立地する。一戸あたり平均面積では,第1ゾーンは平均面積40㎡未満,第2ゾーンは50~60㎡,第3ゾーンは60~70㎡のマンションが多く,ゾーンごとに特徴が見られる。2008年以降 時期を10年ごとに前半と後半に分けると,前半の㎡単価は71万円だったが,後半は95万円とかなり上昇した。また,ワンルームマンション規制により平均面積40㎡未満のマンションは後半になると減少している。


    4.マンション立地前の土地利用
     マンション立地前の土地利用に関して,住宅地図を用いて6年前の状況をみると,368件のマンション敷地は1,206区画に分かれていた。そのうち1区画だったケースは151件で,その場合6年前の用途は業務が2/3を占めていた。前半と後半に分けると,前半では更地・駐車場の低未利用地が区画の35%を占めていたが,後半には20%に低下し,かわりに住宅が14%から23%,業務が48%から54%へと上昇した。バブル後の低未利用地への立地から,既存建築物の再開発による立地へと変化してきている。中央区では,現在でも古い住宅や併用住宅が少なからずあり,また,晴海においてはオリンピック選手村が終了後に分譲マンションとなる予定であり,当面マンション供給は続くと考えられる。
    文献
    川崎興太 2009.『ローカルルールによる都市再生―東京都中央区のまちづくりの展開と諸相』鹿島出版会.

    国土交通省編2001.『土地白書』財務省印刷局.
  • 植木 岳雪
    セッションID: S702
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに

     アウトリーチとは,手を差し伸べる(reach out)という意味で,もともと福祉分野で使われていた用語であり, 2000年前後からは,科学のアウトリーチとして,研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動を指すようになり,研究成果の社会への還元のために推進されるようになった.アウトリーチ活動は,大きな大学や研究所では特別な組織によって行われるが,一般には研究者個人に委ねられている.一方,研究者の集団である学会でも,専門分野の認知,普及啓発,存在意義,社会的合意形成などのために,“組織として”アウトリーチ活動を行う必要があると思われる.本発表では,隣接学会のアウトリーチ活動を紹介し,ジオパークの支援のほかに,日本地理学会ができるアウトリーチ活動と今後の方向性について議論したい.

    2.日本第四紀学会の例

     日本第四紀学会では,現在,領域5「現在社会に関わる第四紀学」が組織としてアウトリーチ活動を行っており,ジオパークに関する公開シンポジウムを毎年1回開催している. かつては教育・アウトリーチ委員会という組織があり,大会に合わせて普及イベントなどを行った.また,科研費の研究公開促進費を取得して,一般講演会や巡検を行なった.学会のスケールが小さく,小回りがきくメリットはあるが,これらの活動は一部の会員に依存し,内容の偏りや持続性に問題がある.

    3.日本地質学会の例

     日本地質学会では,広報部会と社会貢献部会が組織としてアウトリーチ活動を行っており,写真コンテストを毎年開催している.5月10日を「地質の日」として博物館等のイベントを促進したり,「県の石」を制定している.特筆すべきは,毎年の大会に合わせて全国を巡る普及イベント「地質情報展」であり,産業技術総合研究所(もと地質調査所)と共同で開催している.日本地震学会,日本火山学会と共同で「地震火山こどもサマースクール」を開催している.また,各地方の支部で普及講演会や巡検を開催する場合もある.学会のスケールメリットを生かして,国の研究所や他学会と連携している点が特徴である.
  • グロスマン マイケル, 財城 真寿美, 三上 岳彦, 吉村 稔
    セッションID: S304
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    Introduction
     Typhoon landfalls and close approaches to the Japanese islands are an annual threat to life and property. While Japan has a long history of written records, the systematic collection of modern instrumental weather data did not begin until the late 1870’s and even then, only at limited locations. Examination of historical documents and early instrumental weather observations makes it possible to reconstruct a time series of typhoons affecting Japan in the second half of the 19th century.

    Data Sources and Methods
    1) English-language newspapers began publication in Japan in the late 1850’s but only became consistent after 1860. Multiple newspapers were searched manually and digitally for reports of typhoons.
    2) The Historical Weather Database for Japan was developed by a team of historians and climatologists that examined and extracted qualitative weather observations from diaries of feudal clans, local offices, temples, shrines, farms and private individuals. These observations were compiled into a coded database. From this database, we extracted reports of typhoons and days with high winds and heavy rains indicating a possible typhoon.
    3) Meteorological observations taken twice daily at 30 lighthouses between 1877-1882 were searched for days with low pressure and high winds during the typhoon season indicating possible typhoons.
    4) Compilations of historical weather disasters in Japan were searched for reports of typhoons or conditions of high winds, heavy rains and flooding that might indicate a typhoon.
    5) Instrumental data collected by the IMO in Tokyo, Nagasaki, and Kobe were examined for weather conditions indicating typhoons.
    6) Data and descriptions of typhoons were extracted from Dechevrens’ monographs for 1880, 1881 and 1882.
    7) Data were collected from logs of U.S. Navy ships around Japan in 1877-1879. We plan to collect additional ship logs for typhoons identified in other sources.

    Time Series of Typhoons affecting Japan from 1860-1899
     Typhoons with at least two independent reports were used to compile a preliminary time series of storms affecting Japan in the 40-year period 1860-1899. Additional data points will be added as more data is collected and analyzed.
  • 北原 舜太, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: P031
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    火山活動が水環境に与える影響は大きく、自然環境だけでなく、人間の生活にも大きく影響を及ぼす。2018年には霧島火山の硫黄山で噴火が発生し、噴火後には深刻な水質汚濁が発生しており、農業に大きな被害を与えた。現状水質に関する防災対策はあまり見かけられないこともあり、今後火山防災の計画を立てていくなかで、火山活動による水環境の変化の把握は非常に重要である。これより、新燃岳や硫黄山を中心にした霧島火山周辺を調査地域とし、2018年3月から12月まで河川を中心に実施した水質調査や、分析(EC、pH、RpH、TOC、主要溶存成分など)をおこなった。そこから2018年の新燃岳や硫黄山の噴火、または火山活動が、河川の水質に与えた影響や状況を捉えることを試みる。調査の結果、硫黄山の噴火地点に位置する沢を源流とする河川などで高EC値を観測するなど、水質が噴火や火山活動による強い影響を受けている地点があった。一方では新燃岳周辺やその他の霧島火山周辺の河川では噴火による水質の変化は見られていないことから、噴火や火山活動の影響を受けている地域は局地的であることが分かった。
  • 濱 侃, 田中 圭, 望月 篤, 鶴岡 康夫, 近藤 昭彦
    セッションID: P069
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
     はじめに
     近年の気候変動とその食糧生産への影響については多くの議論がある.一般に,CO₂濃度の上昇は,光合成に伴う乾物生産量を増加させ,モンスーンアジアの基幹作物である水稲においても,生産量の増加が予測されている.一方で,CO₂の濃度の上昇により,米粒をはじめとした子実内のタンパク質(またはビタミン)の割合が減少し,アジアでは深刻な栄養不足が発生する可能性も示唆されている.
     日本における気候変動に伴う子実内のタンパク質の含有率の変化に関する研究は,各地の試験場で多くの研究実績が報告されている.その中で,気温の上昇がタンパク質の含有率に与える影響については,気温が高いほどタンパク質の含有率が高くなるという研究(Tamaki et al., 1989)と,気温が高いほどタンパク質の含有率が低くなるという研究(川口ほか,1995)があり,異なる見解が示されている.気候変動が食糧に与える影響を議論する上でも,各地で研究事例を蓄積し,その研究成果を比較することで,温暖化に伴うタンパク質の含有率の変化に関する理解を深める必要がある.
     そこで,本研究では,千葉県,埼玉県の圃場を対象にした観測データに基づき,温暖化が水稲のタンパク含有率に与える影響についての考察を行った.

     研究手法
     本研究は,千葉県農林総合研究センター水稲温暖化対策研究室(千葉県千葉市緑区)の管理する試験水田(以降,千葉試験地),および埼玉県坂戸市に位置する試験水田(以降,埼玉試験地)を対象に,ドローンを用いた観測,圃場内に設定した試験区画内での生育調査および気象観測(気温,日射量)を2014年から行った.なお,千葉試験地では,水稲の移植日を4期(4月初旬~6月初旬)に変化させることで,試験圃場内で生育期間の気象条件に差を与えている.ドローンを用いた観測では,近赤外撮影用マルチスペクトルカメラ(BIZWORKS社 Yubaflex)を搭載した近接リモートセンシングを行った.
     観測データは,実測したタンパク含有率を目的変数,ドローンで観測したNDVI(正規化差植生指数)および気象データを説明変数とした重回帰分析を行うことで,気象条件および生育状況とタンパク含有率との関係についての解析を行った.

     結果・考察
     出穂期NDVIと登熟期の平均気温または平均日射量を説明変数とし,実測のタンパク含有率を目的変数とした重回帰分析から下記の重回帰式を導出した.

    PC=15.66 NDVI-0.09 T+4.33 (1)

    PC=22.87 NDVI-0.06 SR+1.15 (2)

    ここで,PC:タンパク含有率(%),NDVI:出穂期のNDVI,T:出穂期から5~20日後の平均気温(℃),SR:出穂期から5~20日後の平均日射量である(MJ/m2/day).
     式(1),(2)は,出穂期後の登熟期間の気温および日射量が増加することで,タンパク含有率が減少することを示した.この結果は,本研究と同様に移植日を変化させる圃場試験で報告されている,気温が高いほどタンパク質の含有率が低くなるという研究成果と同様の結果である.
     千葉試験地における日射量と気温の関係をみたところ,決定係数0.591と明瞭な相関があった(図1).つまり,移植日の異なる試験区における気温の差は,日射量の差に対応していた.これは,移植日を変化させた既報においても同様で,これらの試験では気温ではなく,日射量の影響を見ていたと考えられる.
     施肥量を統一し,移植日のみを変化させた試験区におけるNDVIの時系列を比較したところ,移植日が遅い試験区ほど,NDVIの最大値までの日数が短くなり,同時にNDVIの最大値も高くなった.水稲の生育速度は,気温に依存するため,NDVIの最大値までの日数が短くなったことは生育期間が高温になったことを示している.また,生育期間が高温になり,地温が高くなるほど,地中の可給態(無機態)窒素量は増加する.NDVIは群落のクロロフィル量,つまり群落の窒素吸収量に対応しているため,NDVIの最大値の増加は窒素吸収量の増加を示している.式(1),(2)では,NDVIの増加はタンパク含有率の増加を示し,本研究では,気温の上昇はタンパク含有率の増加に寄与することが明らかとなった.
  • 教員免許状更新講習の一環として
    植木 岳雪
    セッションID: 313
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに

     平成21年4月から教員免許更新制が始まり,幼稚園,小・中・高等学校の教員免許を有する者は,10年ごとに教員免許状更新講習受講することが必須となった.しかし,全国で地理の内容を含む講習は,選択領域の全講習の1 %以下と非常に少なく,学校教員が地理を学びたくてもできないのが現状である.

     演者は,「校庭で穴掘り隊,教室でコア見せ隊」と称して,平野部での地形・地層の学習をサポートするシステムを試行している.そこでは,生徒・児童が,身近な場所である校庭でさまざまな機材を使って穴を掘り,地層を掘り出す体験をしてもらう,あるいは,あらかじめ模式的なボーリングコアを用掘削しておき,コアを教室で観察してもらうようにしている.必ずしも地理を専門としない学校教員に,自然地理のアウトリーチとこのシステムを広げることを目指して,平成30年度の千葉科学大学の教員免許状更新講習として,選択講座「校庭で穴を掘る,教室で地層を見る」を実施した.本発表では,その講座の概要と参加者の評価について報告する.

    2.講座の流れと参加者の評価
     午前の90分で,茨城県土浦市で掘削された沖積層の模式ボーリングコアの観察を行なった.コアの層相が上位に向かって礫→泥→砂と変化するのは,完新世前半の気候の温暖化と海面・河床の上昇に起因していることを説明した.午後の最初の90分で,検土杖,ハンドオーガー,ジオスライサーなどを使って,大学の敷地で穴を掘り,地層を掘り出した.ハンドオーガーでは,男性のグループは3.5 mまで掘ることができ,地下水面に到達した.次の60分で,コアや穴掘りに関係する授業案を示すポスターを作ってもらい,最後の45分で発表してもらった.講座の参加者は保育園・幼稚園,小学校の教員が多かったが,授業に役立つという意見が出され,自由記述も肯定的な感想が多かった.
  • 釜堀 弘隆
    セッションID: S305
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    日本は世界的に見て台風の影響を非常に受けやすい地域にあり,これまでも大きな台風災害を度々経験してきた。顕著な台風災害としては,昭和の三大台風(室戸台風,枕崎台風,伊勢湾台風)がよく知られている。伊勢湾台風や室戸台風では強風被害・高潮被害が大きかったが,大雨による被害も無視できない。実際,枕崎台風では大雨により広島県で大きな被害が出ている。ここでは,日本において台風に伴う大雨ポテンシャルがどのように分布しているのかを過去の観測データを基に調べた。気象官署やアメダス観測を基に作製された格子点雨量観測データ(APHRO_JP)から台風に伴う雨を抜き出すと、太平洋側で多く、日本海側で少ないと言うコントラストがあることが分かる。太平洋側の地域でも特に大きいのは、九州東部・四国南部・紀伊半島東部であり、最大値は500mm/yrに達する。アメダスが全国展開されたのは1976年であるので、それ以前の期間についてはAPHRO_JPは台風雨量の詳細を表現できていないと考えられる。そこで、アメダスの前身である区内観測を電子化したものを用いて、昭和期の顕著台風に伴う雨の分布を調べた。一例として、伊勢湾台風では上陸前後の雨量が800mmを超える地点があり、これは年間の台風雨量の気候値を大きく超える値である。
  • 高波 紳太郎
    セッションID: 417
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では,非溶結の入戸火砕流堆積物(A-Ito)からなる笠野原台地の北部において,串良川沿いに発達する低位段丘の分布とその構成層を調査し,低位段丘の形成過程・時期を考察した.
     まず,低位段丘の分布を明らかにした.ついで,段丘構成層が観察される露頭において,その分布高度を測量し、構成層(砂礫層)に含まれる最大礫の直径を測定した.砂礫層またはそれより上位の風成層に含まれる軽石塊を6地点で採取し,エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS)により火山ガラスの化学組成(9元素の酸化物)を求め,A-Ito本体の軽石,および鬼界アカホヤテフラ(K-Ah)との対比を試みた.
     串良川の低位段丘としては,砂礫層が阿多溶結凝灰岩を直接覆うものと,この両者の間にA-Itoまたは大隅降下軽石(A-Os)を挟むものとがあり,両者をあわせて「馬掛(まかけ)面群」の新称を与えた.馬掛面群は共通して厚さ3 mのローム層に覆われる.馬掛面群を構成する砂礫層は層厚5 m未満で,高隈山地を起源とする堆積岩の円礫を主体とする.砂礫層中の最大礫の直径は上流から順に重田で31 cm,馬掛で30 cm,平瀬では12 cmと測定された.馬掛面群の砂礫層は直径数cm程度の橙色の軽石を多量に含み,この軽石の化学組成はすべてA-Ito本体の軽石のものと一致した.砂礫層より上位の風成層に含まれる軽石の一部は(K-Ah)と同じ結果を示した.馬掛面群を構成する各段丘面の勾配は,上流の重田から下流の平瀬までおおむね一様であり,現在の河床縦断形と比べて急勾配である.
     馬掛面群はA-Itoを急速に下刻した串良川の侵食段丘であるといえ,そのうちの一部の形成高度は阿多溶結凝灰岩の位置に制約された.馬掛面群の形成は遅くともK-Ahの堆積までに終了していたと考えられるが,より詳細な形成年代の推定にはさらなる調査を要する.馬掛面群の構成層における礫の最大径は笠野原面や新堀面を構成する砂礫層のものと比較してはるかに大きい.よって,馬掛面群の存在は,厚い非溶結の火砕流堆積物(A-Ito)が河川によって侵食される過程で,新堀面の形成後に流路が現串良川の位置で固定され,急激に河床を低下させたことを示している.
  • 宮澤 仁, 畠山 輝雄
    セッションID: S801
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    日本では,高齢者が要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることを支援するため,住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築が進められている.同システムは,団塊の世代が75歳以上となる2025年までを目途に,自治体の主体性に基づき地域の特性に応じて構築することが求められている.ゆえに,構築の進捗だけでなく支援体制にも地域差のかたちでバリエーションが生じている.地域差を生み出す具体的な過程をローカル・ガバナンスの観点から解明するとともに,バリエーションごとの特徴と課題を明らかにすることは,地理学に課せられた役割である.
    本シンポジウムの前半では,この課題に対して全国の自治体を対象に実施したアンケート調査ならびに事例自治体で実施した詳細調査を組み合わせて行った研究の成果を報告する.第1報告では,上記アンケート調査の結果に基づいて各自治体の地域包括ケアシステムを類型化し,それらの特徴を示す.
  • 上芝 卓也, 藤井 夢佳, 吉松 直貴, 髙桑 紀之, 山崎 航, 諏訪部 順
    セッションID: P002
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1 はじめに
     平成18年6月に策定された「国土交通省安全・安心のためのソフト対策推進大綱」に,全国の各種ハザードマップを一元的に検索・閲覧可能なポータルサイトを設置することが明記された.これを受け,国土地理院では,国土交通省水管理・国土保全局等と協力して,「国土交通省ハザードマップポータルサイト(以下「本サイト」という.)」を平成19年4月から運用している.メインコンテンツとして,様々な災害リスク情報等を重ねて表示できる「重ねるハザードマップ(以下「重ねるHM」という.)」と,全国の各市区町村が作成したハザードマップへのリンク集である「わがまちハザードマップ(以下「わがまちHM」という.)」を公開している.
     平成27年度に,本サイトの認知度,活用状況,ニーズ,課題を把握するために,地方公共団体(対象:11都道府県及び7市町村)や居住者等(サンプル数:約1000人)に対してアンケート調査を実施した(本嶋ほか,2016).得られた調査結果を基に,優先順位をつけて「任意の地点の各種災害リスクをまとめて表示する機能の追加」,「スマートフォン対応」,「災害種別ごとに必要な情報をパッケージ化」等のサイトリニューアルを行ってきた.一方,「データを充実して欲しい」をはじめとして「避難施設情報を追加して欲しい」「掲載データをオープンデータ化して欲しい」等の要望は未対応であった. これらの居住者等の要望に応えるため,平成30年度は提供データの拡充を図り,また,各種災害リスク情報のオープンデータ化を実施したのでその内容について報告する.

    2 平成30年度の取組み
     本サイトにおける災害リスク情報のデータ提供について以下の取組みを実施した.
    ・データの充実
     地理院地図で公開されている指定緊急避難場所(洪水・崖崩れ,土石流及び地滑り・高潮・地震・津波・大規模な火事・内水氾濫・火山現象)を掲載するとともに国管理河川における洪水浸水想定区域(想定最大規模)及び土地分類基本調査の地形分類図を新たに「重ねるHM」に掲載した.
    ・本サイトのデータを用いた防災アプリ公募
     オープンデータ化に先だって提供するデータ形式の検討を図るため平成30年10月3日~11月30日にかけて防災アプリの公募を実施した.本サイトでは,公募の開始と同時に洪水浸水想定区域(想定最大規模)及び土砂災害警戒区域を試行的にラスタタイルでWeb配信を行った.本公募に応募した9者のシステム開発者はこれらの災害リスク情報を利用した様々なアプリを開発した.特に,優秀なアプリについては防災アプリ賞を表彰した.本取組みを実施することで,民間のシステム開発者に本サイトのデータを実際に活用していただくとともに,提供方法の要望と課題の抽出をすることができた.
    ・オープンデータ化
     防災アプリ公募の結果を踏まえ,洪水浸水想定区域(想定最大規模)及び土砂災害警戒区域のデータをPNG形式のラスタタイルで引き続き配信することに加え,土砂災害危険箇所を新たに追加した.さらに,これらをGeoJSON形式のベクトルタイルとしてWeb上でオープンデータとして配信することとし,平成31年の出水期までに公開することを目指し,データのベクトル化を開始した.
     また,マスメディア等から「わがまちHM」のリンク集のデータ提供の要望もあったため,本サイトにダウンロード機能を実装しCSV形式で配信した.

    3 今後の展望
     今年度は,災害リスクに関わる掲載データの拡充を実施し,また,防災アプリ公募では本データを活用したアプリ開発等のデータ利用に繋がる取組みを実施した.これにより,平成27年度の調査で得られたニーズや課題等に対応したより利便性の高いサイトになった.今回の取組みは災害リスク情報の一層の周知につながり,より多くの居住者等の防災意識の高揚に貢献していると考えられる.
     今後はさらなるデータ拡充や利便性向上を目的として,洪水浸水想定区域(浸水継続時間等)や,ため池ハザードマップ等の各機関が作成した多様なデータを本サイトに掲載し,あわせて機能拡充を実施していきたい.
  • 成田 瑞穂, 赤坂 郁美
    セッションID: P026
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1. はじめに
     
    冬季に特徴的な現象として降積雪が挙げられる。地域によって降積雪量やその変動要因は異なり、日本では、日本海側地域と太平洋側地域で降雪の時期や量が異なっている。しかし、日本海側地域と太平洋側地域における降積雪の年々変動や長期変化傾向の差異を調査した研究はほとんどない。
     県全体が豪雪地帯に指定されている都道府県の一つである青森県は、本州最北端に位置しており、日本海側地域の気候と太平洋側地域の気候がどちらもみられる。日下・藤部(2018)は青森県では、比較的短距離の間に多様な気候がみられ、このような条件を持っている地域は日本では他にないと述べている。しかし、青森市の降雪特性に着目した研究はあるものの(例えば力石ほか,1989など)、青森県の複数地点における降積雪に関する地域特性とその長期変化傾向を明らかにした研究はほとんどない。そこで、本研究では日本海側と太平洋側の気候がどちらもみられる青森県を対象に、降積雪の長期変化傾向とその地域特性を明らかにすることを目的とする。



    2. 調査方法と使用データ
     
    気象庁アメダスの八戸、青森、深浦、むつの4地点における月平均気温、月最深積雪、降雪量の月合計・日合計を使用した。本研究では青森県において降雪が確認される11月~4月を1降雪期とし、1967年11月~2017年4月までの50降雪期を扱う。降雪期は、1967年11月~1968年4月であれば1967年降雪期のように表記する。
     また、4地点における降積雪の変動要因について調査するため、ERSSTv5の緯度・経度2˚グリッドの月平均海面水温(SST)データ(Boyin et.al.,2017)を使用し、各地点の降積雪変動との相関係数を算出した。データ使用範囲は120~160 ˚E、20~50 ˚Nである。加えて、4地点の降積雪と冬季の気圧配置の強弱との関係を明らかにするため、HadSLP2rの月平均海面気圧データ(Allan and Tara, 2006)を使用し、2月の最深積雪、平均気温と冬型指数との相関係数を算出した。冬型指数は、シベリア高気圧とアリューシャン低気圧の気圧差とし、50˚N、110˚Eのグリッドから45˚N、145˚Eのグリッドの気圧を引いた値と定義した。



    3. 結果と考察
     
    青森県内の4地点では、1990年頃を境に最深積雪、大雪日数共に減少する傾向がみられた(図略)。図1をみると、2月冬型指数が15hPa以下にまで下がる年が1990年前後から5年に一度ほどの頻度でみられるようになっており、この変化に対応するように、最深積雪や大雪日数が減少している。また、2月の最深積雪、月平均気温と、SSTや冬型指数との関係から、八戸以外の地点では冬季に強い冬型の気圧配置によって、北西季節風が強まると、日本海中部のSSTが下がると同時に、2月の平均気温が下がり、2月最深積雪も増加するという関係性が示された。しかし、八戸と青森の降積雪の長期変化は、冬型の気圧配置の強弱と日本海中部におけるSSTの変動以外の影響も受けている可能性が高い。八戸は太平洋側に位置しているため、東シナ海で発生した低気圧が日本の南岸を通過する際にも降雪がもたらされる。また、青森は地形的な要因から風が収束しやすいため、特に降雪量が多く、最深積雪、大雪日数も4地点で最も多くなっている。冬季における降積雪の変動要因は複合的であり、1つの要因では説明できないため、今後さらなる解析を行うことが必要である。
  • 石毛 一郎
    セッションID: 308
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    千葉県高等学校教育研究会地理部会による、県内高校生に対する地理関連行事への参加や発表を促す取り組みを紹介する。具体的には、11月に行われる生徒地理研究発表大会を基点として、2月の千葉地理学会、3月の日本地理学会高校生ポスターセッション、9月の理科研究発表大会へとつないでいる。あわせて、12月の科学地理オリンピック日本選手権への参加も呼び掛けている。
  • 筒井 裕
    セッションID: P077
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    中央アジアのキルギス(614万人、2017年)は、古くはシルクロードの要衝として栄え、東西の人々や文物の交流を促す一方で、自らは複雑な文化と民族構成を織りなしてきた。20世紀前半にこの地がソ連の構成共和国になると、ロシア系が都市部へ入植した。その後、1991年のソ連崩壊を受け、この地域はキルギス共和国として独立し、資本主義経済を導入するに至った。このような歴史的経緯をもつがゆえに、現在のキルギスには確認し得るだけでも80前後の民族が存在する。2013年現在、同国ではキルギス系が全人口の約7割を占め、国内最大の民族集団となっており、以下、ウズベク系(14.4%)、ロシア系(6.6%)、中国をルーツとするドンガン系(1.1%)と続く。キルギスでは約60年間で人口が3倍に増加したが、その牽引役となっているのがイスラム教を信仰するキルギス系とドンガン系である。合計特殊出生率は前者が2.3、後者が2.5で、後者は国内最大値を誇る(2009年)。ソ連崩壊以降、キルギスの農村では人口の急増と就業機会の不足などの問題が生じた。とくに経済が衰退している南部より、多くの人々がロシア・カザフスタン、またはキルギスの首都ビシュケクを含むチュイ州北部へ出稼ぎに赴いた。その結果、ビシュケクは人口98万人(2017年)の大都市へと成長し、今も市街地を拡大させ続けている。これは、キルギス系が首都近郊在住の親戚を頼って上京し、ある程度の経済力をそなえると自身も首都近郊に自宅を構え、今度はそこに出稼ぎにきた親族を同居させるという過程を繰返してきたことによる(筒井:2017)。キルギスを起点とした国内外への移住の動向とこれをめぐる社会問題については堀江編(2010)とSchuler(2007)が、ビシュケクとその近郊の都市化の過程に関しては筒井が報告している。だが、これらはソ連崩壊以降のチュイ州北部の農村における人々の移住の動向については検討していない。そこで本研究では、現在、キルギス系・ドンガン系が卓越する農村集落で聞き取りを行い、ソ連崩壊以降の両集落における人々の移住の動向を把握した。発表者は、首都から東に35km離れたキルギス系が卓越するイワノフカステーションと、同じく75kmに位置するドンガン系が集住するイスクラを調査対象とした。以下に、調査結果を記す。
     1980年代のイワノフカステーションではロシア系とドイツ系の人口が卓越していたが、ソ連崩壊を契機に彼らは母国に帰還し、両者の人口は減少した。その後、同集落ではキルギス系の青年・中年層の約半数が就職・進学を理由に国内では首都へ、国外の場合はロシア・カザフスタンへ移住した。こうしてイワノフカステーションでは大勢の住民が国内外に移住したことから、空き家が発生した。すると、転出者数を上回る南部出身のキルギス系がイワノフカステーションに移住を始め、「ビリヤードのような人口の流れ」がみられるようになった。彼らは十分な経済力をもたないため、自宅を新築せずに、専ら中古住宅に住んだ。この結果、同集落の人口は増加したものの、集落の面積はあまり変化しなかった。さらに聞き取り調査では、一旦は首都に移住したが、そこでの生活費の高さに辟易した人々が、これを安価におさえるべく同集落に転居した事例もみられた。以上から、本事例と筒井(2017)が報告した首都近郊の事例を比べると、転出・転入者数は両事例いずれも多いが、キルギス系が卓越する農村集落ではその様子が景観に反映されにくい状況にあると言える。
     ドンガン系はおもにキルギス北部に集住し、他民族と混住せずに独自の文化を保持してきた。現地調査の結果、ソ連崩壊以降、イスクラのドンガン系が①遊牧民のキルギス系から広大な面積の農地を購入していること、②彼らのルーツである中国から農業関連の情報・技術を得て、輸出を意識した大規模かつ合理的な畑作を行い、経済的基盤を形成していること、③酪農分野に新規参入するようになったことが判明した。つまり、現在、ドンガン系は農業経営の大規模化・合理化・多角化を進め、自集落内で現金収入を安定的に得られる仕組みを構築しているのである。イスクラのドンガン系は結婚以外の理由で他地域に永住することは稀である。就職・進学のために首都に移住する者はあるが、彼らの多くは少数民族であるがゆえに都市で孤独感を抱きやすく、イスクラに回帰する傾向にある。転出者にとって同集落へ戻ることは、経済的な安定の確約と文化的なストレスからの脱却を意味する。帰村者を含むドンガン系は比較的早期に婚姻・出産を経験して人口を増加させるとともに、自集落内で新居を建設する。こうしてイスクラは首都から遠方に位置する農村であるにも関わらず、首都近郊と同様に集落の規模を急速に拡大させていた。
  • 井内 麻友美
    セッションID: 214
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1,はじめに
    プラネタリウムは半球状の壁面に星像を投影し天体運行を再現する道具であり,映像投映や音響の調整された没入感に富む空間である。
    日本は,現在330館程のプラネタリウム施設が存在する世界的なプラネタリウム大国である。最初は戦前1930年代に東京と大阪に設置された。戦後1950年代に東京・大阪・名古屋などの大都市圏に設置が続く。1980年代から1990年代には,わが国の人口構成や経済状況に相乗し,各地方自治体所有の設置が相次いだ。2000年代に入るとプラネタリウム機器の技術変革が進展し,複数台のプロジェクタとコンピュータを用いて投映する「デジタル式プラネタリウム」が導入され,従来の機械光学投影機とのハイブリッド化が進んだ。2000年代から今日まで,既存施設では機器の老朽化に伴うリニューアルの実施が続き,新たなプラネタリウム施設も年数館開設されている。
    2,研究目的
    プラネタリウムの設置場所は,学校・教員研修施設・科学館のような理科教育の場だけではなく,博物館・公民館・市民センター・児童館・図書館・天文台を有する公共宿泊施設・商業複合施設など多岐にわたる。各地方自治体所有の施設は,所管先も教育委員会のみならず福祉課・産業振興課・市民生活課・総務課などが所管する。公営プラネタリウム施設は,教育・福祉・観光・市民文化・都市整備など多様な目的で設置され,目的実現の役割を担い運営が行われていると考えられる。そこで本研究は,日本全国のプラネタリウム施設立地の現況と,特に地域に設置されたプラネタリウム施設の活用実態を明らかにし,地域づくりへの効果を探ることを目的とする。本件では,全国におけるプラネタリウム施設立地の実態を報告する。
    3,研究方法
    各自治体のウェブサイトで公開中の組織(機構)図,指定管理実績一覧表,施設設置条例を検索収集し,地方自治体の組織内所管, 指定管理受注団体,設置目的を調査した。また,GISを用いプラネタリウム施設から最寄り鉄道駅までの道路距離の計測と,施設の立地場所の周辺状況を航空写真判読した。日本プラネタリウム協議会発行のデータブックを利用し,各機器メーカーの公表する納入実績,各施設館のウェブサイト情報から設置年・機種・改修年等を再調査した。これらを元に全国公営プラネタリウム施設の地理行列を作成し分析を行った。
    4,結果
    最寄り駅から800m(徒歩約10分)と2km(徒歩約25分)に施設立地のピークがみられた。判読から6つの立地特徴に分類した結果,1970~80年代開設は市民・児童福祉目的で都市公園内立地と住宅地内立地が,1980~90年代開設は市民文化目的で公共施設隣接立地が多い傾向にあり,特に1990年代は産業観光目的での山林立地開設が,2010年代は教育以外の目的で駅前立地の開設が比較的多い傾向がみられた。年代で立地の傾向がみられるのは,各時代背景から目的に沿った利用効果を期待して設置された表れと読み取ることができる。
  • 佐藤 剛, 若井 明彦, 後藤 聡, 木村 誇
    セッションID: P003
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    はじめに 2012年7月の九州北部豪雨を誘因とし,熊本県阿蘇地方では崩壊を契機とした甚大な土砂災害が発生した。佐藤ほか(2017)は,阿蘇カルデラ内において降下テフラとテフラ混じりのクロボク土(以降,クロボク土と呼ぶ)からなる互層が複雑に重力変形している斜面堆積物(図-1-A)を観察し,荷重痕の存在から変形の原因をクロボク土層の流動によるものであることを説明した。また,今後の豪雨により重力変形した堆積物が再び流動化し崩壊する可能性を指摘した。しかしながら,将来的な崩壊の可能性については,流動によってクロボク土層の強度が低下したか,あるいは強度が上昇していないか,力学的特性を確認することが求められる。前者の場合,流動にともないクロボク土層の土粒子間の結合が弱まることで強度低下すると考えられるのに対し,後者の場合,クロボク土が流動後に再堆積する過程で土粒子が再配列すること,また上載荷重による圧密で強度が逆に大きくなるとも考えられるからである。

    方法と結果 図-1-Aに示した斜面堆積物の強度特性を把握するため,原位置試験と土質試験を実施した。原位置試験には土層強度検査棒(土木研究所,2010)を用いたベーンコーンせん断試験を採用した。対象としたのは,変形および非変形域のクロボク土(F層)と,その下位にある往生岳スコリア(OjS;H層)である。各層で試験を実施したのは,実線で示した範囲内にある。非変形域と変形域のクロボク土の最大せん断応力の結果は,変形域のクロボク土で相対的に低下していることがわかる(図-1-B)。参考に測定結果から求められるクロボク土の粘着力(c)と内部摩擦角(φ)は,非変形域のものでcが22.5,φが29.4°,変形域のものでcが14.3,φが32.0°だった。内部摩擦角の値はおおまかには変わらないが,変形域の粘着力は低くなっている。非変形域では,OjSも対象に試験を行っているが,最大せん断応力は,クロボク土と比較し高い値を示している。土質試験はクロボク土層を対象に土粒子の密度試験,土の湿潤密度試験,土の含水比試験を行った。試料は非変形域のK-1,変形域のK-2(図-1-A)から採取した。クロボク土の土粒子の密度は,非変形域で2.79 g/cm3,変形域で2.53 g/cm3と同じ層準ではあるが,若干変形域で小さくなっている。湿潤密度は非変形域で1.32 g/cm3,変形域で1.15 g/cm3,乾燥密度は非変形域で0.68 g/cm3,変形域で0.59 g/cm3と,湿潤密度・乾燥密度ともに変形域のクロボク土で低下している。これに対応するように間隙比も非変形域で3.10,変形域で3.29と後者で高くなっている。

    考察とまとめ 非変形域のクロボク土の最大せん断応力はH層を構成するOjSよりも小さい値を示した。佐藤ほか(2017)は非変形域における飽和透水係数が,クロボク土で9.83×10-5 m/s,OjSで8.12×10-6 m/sとクロボク土で高い値を示すことを報告している。これらの物性の違いを反映し,豪雨を契機としてH層の上位でF層の間隙水圧が上昇し流動変形したと考えられる。また,非変形域と変形域におけるクロボク土の湿潤および乾燥密度は,変形域で低い値を示すとともに,間隙比も高くなっている。このような低密度の堆積物がせん断を受けると,負のダイレイタンシーが生じて有効応力が減少することが予測される。すなわち,豪雨時の流動変形により土層がほぐされた結果(土粒子間の結合が弱くなり),変形前よりも強度低下した状態にあると考えられる。

    【文献】土木研究所材料地盤研究グループ地質チーム(2010):土層強度検査棒による斜面の土層調査マニュアル(案),土木研究所資料,4176号,40p.佐藤ほか(2017):阿蘇カルデラ内で発見されたテフラ被覆斜面堆積物の重力変形,日本地すべり学会誌,54,199-204.本研究はJSPS科研費JP17K01232の助成を受けた。
  • 海部郡美波町の実態報告
    遠藤 貴美子
    セッションID: S408
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    本報告では,「とくしま集落再生プロジェクト」の一環としてサテライトオフィスの誘致に取り組んできた徳島県海部郡美波町を事例に,サテライトオフィス展開の実態や意義,今後の可能性について,現地調査の結果を踏まえて検討する。
     美波町は旧日和佐町と旧由岐町が 2006年3月に合併して新設された町である。旧日和佐町の中心部はかつて廻船業と水産業の拠点,また薬王寺の門前町として栄え,国および県の合同庁舎,2つの県立高校が置かれたことなどから一定規模の中心集落が形成されたが,近年では人口減少が深刻な課題となっている。
     当地におけるサテライトオフィス進出の第1号は,本社を東京に置くソフトウェア開発企業の(株)サイファーテックである。さらに,同社の代表である吉田基晴氏が当地での新たな働き方・暮らし方を提唱するとともに地域活性化ビジネスを行う「(株)あわえ」を当地で立ち上げ,サテライトオフィス誘致が官民共同で進められるようになった。「(株)あわえ」が実施するインターンシップ事業をきっかけとした,当地での起業や定住も認められている。
     2018年12月末時点で,当地におけるサテライトオフィスの進出数は17件にのぼっている。さらに,サテライトオフィス関連の移住者は39名,従業者宅を含む空き家活用件数は23件である(2018年3月時点)。なお,移住を伴わない関係者も含めれば50-60名規模のコミュニティが形成されているという。なお,サテライトオフィスの形態は,社員が駐在する「滞在型」と,当地と大都市本社との間を社員が往き来する「循環型」に区分される。サテライトオフィスを受け入れる施設は,特定の企業だけが使用するものだけでなく,循環型サテライトオフィス向けの予約制オフィス兼宿泊施設や,町営コワーキングスペースも開設されており,進出企業による当地での柔軟な活動や,進出企業間の交流のさらなる活発化を支えている。
     当地へ進出している企業の業種には,①狭義のICT業種(ソフトウェア開発,クラウド管理など),②インターネットコンテンツの作成,③地域活性化ビジネス,④古民家の改築等を手掛ける建築設計の企業が挙げられるが,それらの進出目的は,(1)ライフスタイルの追求,(2)市場開拓,(3)地域課題の探求の3つに類型区分することができる。また,①や②の業種には,当地に進出することによって自社のイメージを世間にPRし,ひいては求人効果へつなげるという狙いがある。多数のヒトや企業が存在する都会では,一企業の存在が埋没してしまうことや,かえって新たな繋がりができにくい側面があることからも,「何かを探している他者(他社)」に出会い繋がることができる場として当地は価値が見出されているという。
     進出企業がこれらのような進出目的を達成しようとするなかで,進出企業と地域社会との有機的な結びつきが構築され,交流人口が拡大するとともに,八幡神社の秋祭りにおける「ちょうさ」の担ぎ手といった地域社会の新たな担い手が出現している。さらに,理容業,飲食業,宿泊業,食品加工業,アパレルといったサテライトオフィス以外の新規創業が誘発されている。門前町の古民家では,滞在型サテライト企業の代表と新規創業者らが複合拠点(オフィス/カフェ/ギャラリー/デザイナーズショップ)を開設し,門前町再生の新たな核となりつつある。また,当地は自らの経験をパッケージ化し,同様の地域課題に直面する地域へノウハウを輸出することへも注力しているため,次々とストーリーを生み出すことが必要とされていくであろう。
     本研究はJSPS科研費の16K03201の助成を受けたものである。
  • 青柳 慎一
    セッションID: S212
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1 中高の接続について考える視点
     今回の学習指導要領改訂では,公民としての資質・能力を,小学校,中学校,高等学校での学習を通して一貫性をもって育成していく視点が一層求められていると考える。そこで,本発表では,中学校社会科から高等学校地理歴史科「地理総合」への接続について,中学校社会科で身に付けた知識や技能,社会事象の地理的な見方・考え方などの活用がどのように「地理総合」の学習と接続していくのか,そして,「地理総合」への接続を図る上でどのような課題があるのか,中学校の立場から考えることとする。
    2 内容構成から見た関連
     「地理総合」の大項目A「地図や地理情報システムで捉える現代世界」では,地球儀や地図の活用に関する技能など,中学校での既習事項を十分踏まえた学習活動の工夫が求められる。「地理総合」では地誌的な学習は設定されていないが,中学校の地誌学習で習得した知識・技能や見方・考え方も活用して課題追究していくことが学習指導要領等の記述から読み取れる。例えば,中学校の「世界の諸地域」では,空間的相互依存作用や地域などに着目して課題を追究していく。その際,世界各地で顕在化している地球的課題を取り上げる。ここでの学習は「地理総合」の大項目Bの「地球的課題と国際協力」で地球的課題について現状や要因,解決の方向性などを考察する学習と関連する。また,中学校の「日本の諸地域」の学習で自然環境を中核とした考察の仕方を位置付けた場合,自然災害に応じた防災対策が地域の課題となることなどについて考察する。これは「地理総合」の大項目Cの「自然環境と防災」の,自然災害への備えや対応などを考察する学習と関連する。空間的相互依存作用や地域などの地理的見方・考え方については「地理総合」の大項目Bの「地球的課題と国際協力」,大項目Cの「自然環境と防災」,「生活圏の調査と地域の展望」といった中項目に位置付けられている。なお,社会事象の見方・考え方については,中学校から高等学校へと校種が上がるにつれて視点の質やそれを生かした問いの質が高まるよう主題設定や問いを工夫していくことが望まれる。地理的技能については,中学校の地誌学習の中で地域を概観したり主題を設定して追究したりする際に,地図帳の一般図や主題図,写真や統計資料などを読み取ったり,収集した情報を地図化,グラフ化したりする。これらの地理的技能は「地理総合」の学習においても習熟を図るよう計画的に指導することが求められると考える。「地理総合」の大項目C「持続可能な地域づくりと私たち」では,中学校の「地域調査の手法」,「地域の在り方」での野外観察,野外調査を含む地域調査活動,地域的な課題の解決に向けて考察,構想する学習活動と関連する。
    3 「地理総合」への接続を図る上での課題
     中学校での学習成果を踏まえて「地理総合」の学習が展開されることを考えると,中学校での「課題を追究したり解決したりする学習」を充実させていくことが,「地理総合」の学習の土台となると捉えられる。特に,地誌学習で地理的な見方・考え方や地理的技能を身に付けさせていく指導方法の工夫改善,野外観察や野外調査の取組,今回の学習指導要領で新設された「地域の在り方」の授業設計などが「地理総合」への接続を図る上でも中学校社会科地理的分野の指導上の課題になると考える。それと合わせて課題把握,課題追究,課題解決といった学習の過程を踏まえ,小学校,中学校,高等学校を見通した資質・能力の育成についても検討し,その成果を指導計画に位置付けていく作業も必要になると考える。
  • 甲斐 智大
    セッションID: 818
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    国の進める「地方創生」のなかで,出生力を有する若年女性の地方から大都市圏への継続的な人口流出が懸念されている。この対策として,内閣の策定した『まち・ひと・しごと創生総合戦略』では,出生率の低い大都市部から地方圏への人口の再配置と,地方圏における人口の再生産を可能とする経済基盤の整備が課題とされている。こうした課題の解消に向けて地方圏には,子育てとケアの空間としての機能を拡充することが要求されている(中澤2016)。

     子育て空間に関する地理学の既往研究をみると,保育サービスは地域的文脈のなかで供給されるサービスであることが指摘されてきた(久木元2016)。しかし,一連の研究は都市部における保育サービスの不足を想定して進められてきたことから,対象地域が都市部に偏る傾向がみられる。また,保育サービス業は典型的な対人サービス業であり,サービスの需要者と供給者は時間と空間を共有することが必須でとなる。こうした産業特性,地域的文脈を踏まえて保育労働力の需給構造を明らかにした研究は十分ではない。

     保育士の有効求人倍率に着目すると,都市部での有効求人倍率は上昇傾向にあり,既往研究が指摘するように都市部での保育サービスの供給は不足傾向にあるといえる。加えて,地方創生事業のなかで子育て空間としての機能の拡充が要求されている地方圏おいても,保育士の求人倍率が高まっており,地方圏でも保育士不足の問題が浮き彫りになりつつある。そこで,本発表では,地方圏において保育士の供給機能の中心的役割を担ってきた地方圏の保育士養成校の就職動向を分析し,地方圏の保育労働力供給と都市部の保育労働力需要の関係性について考察することから,地方圏の保育労働市場の変容について明らかにする。
  • 畠山 輝雄
    セッションID: P084
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     近年,脆弱財政下の地方自治体における新たな収入源の確保策として,公共施設へのネーミングライツ(命名権)(以下,NR)が注目されている。NRとは,施設等の名称を企業等に売却して資金を得る方策であり,日本の公共施設では2003年に東京スタジアムで導入されて以降,全国の多くの自治体・公共施設に導入されている。そのような中で,大阪府泉佐野市の市名や,東京五輪後の新国立競技場への導入など,国民的な議論となる案件もある。また,横浜開港資料館,徳島阿波踊り会館,渋谷区宮下公園,京都市美術館,愛媛県県民文化会館では,導入検討時や導入時,導入後に住民や施設利用者,競合企業などから反発が生じたように,各地域で物議を醸すような事例も報道されている。
     報告者は,日本の公共施設にNRが導入された時期から追跡をし,研究をしてきた。しかし,統計的にまとまったものがなく,実態把握が困難なことから,2012年に全国の都道府県,市区に対してアンケート調査を実施した(畠山2014)。同調査では,大都市を中心にNRの導入が広がっていること,NRによる施設名称から地名が消失していること,NR導入に際して議会をはじめとする合意形成が図られていないことなどが明らかとなった。
     同調査後,わが国ではさらにNR導入が進んでおり,小都市や町村部にまで広がっている。そこで,報告者は公共施設へのNR導入の最新動向を明らかにするために,2018年11月に対象を全国の都道府県,市区町村にまで広げ,アンケート調査を実施した。本報告では,2018年に実施したアンケート調査の結果により,2012年時のアンケート調査との比較も含め,公共施設へのNR導入状況の考察を行う。
     また,公共施設へのNRに関しては,既存研究では法学・行政学における法的解釈や導入手続きに関して,スポーツ経営学などにおける導入推進を前提とした事例分析が中心である。地理学では,Rose et al(2009)が,アメリカ合衆国の事例から公共の場に企業名を付与することの危険性を指摘し,地名研究の新たな方向性を示唆している。また日本における地名標準化を目的とした「地名委員会(仮称)」の設置に関する日本地理学会の公開シンポジウムでの提言でも,NRに関する懸念が指摘されている。しかし,これらは具体的な検証ではなく,地名研究からのさらなる検証が必要である。また,畠山(2017)や畠山(2018)では京都市を事例にNR導入に伴う合意形成や住民のアイデンティティの変化について分析をしている。このように,公共施設へのNRに対する地理学的研究の蓄積は少ないため,アンケート調査の結果を踏まえて今後の地理学的研究の可能性についても探りたい。
    2.研究方法
     本報告で使用するアンケート調査は,2018年11月に全国の都道府県および市区町村(1,788自治体)を対象に,郵送配布により実施した。回答は,報告者のウェブサイトに回答フォームをダウンロードできるようにし,郵送もしくは回答フォームのメールによる送付という2種類から選べるようにした。回収率は67.9%である。
    3.考察
     NRを導入している自治体は1割強であり,その多くは都道府県や大都市の市区に集中している。これは,導入可能な大型施設を保有していること,スポンサーとなれる企業等が立地していることなどが要因である。また,畠山(2014)よりも,導入自治体は増加しており,小規模自治体でも導入するケースが増えた。導入施設では,スポーツ施設が多いほか,近年増加している歩道橋への導入が目立った。
     施設の名称(愛称)には,企業名や商品名,キャラクター名などさまざまな形態が存在する。このような中で,施設名称から地名が喪失したケースが多くみられる。これらの施設では,施設所在地が不明確になることや利用者のアイデンティティ喪失が懸念される。
     自治体がNRを導入する際の合意形成については,特に何もしていないケースが大半である。議会承認についても,ほとんどの自治体・施設で行われておらず,住民の税金等で建設される公共施設の名称変更に対する合意形成が図られていないことは大きな課題である。
     以上のように,地域政策としての合意形成のあり方や政策形成の地域差,さらに地名問題など,地理学的研究の必要性があると考える。
  • 中條 曉仁
    セッションID: S809
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    地域福祉活動は,人々が日常生活のリズムを崩すことなく,住み慣れた地域から離れずに福祉的課題の解決を図ろうとする点に目標が置かれている。また,急な病気やケガに対する第一次的対応は地域住民に依存するところが大きい。地域社会には福祉的課題を小さなうちに発見し,早期に対応することによって事態の深刻化を防ぐ機能が存在しているといえる。例えば,住民相互間のサポートの授受など,住民参加による対応が有効である。こうした住民のつながりを地域社会に構築していく中心的役割を担うのが,住民参加の地域福祉活動といえる。
     特に中山間地域では,家族の空間的分散居住により高齢社会化が進み,世帯内あるいは老親子間でのサポートの授受が困難な世帯が増加している。さらに,高齢者世帯の増加は地域社会(集落)の内部におけるサポートの授受も困難にしていると思われる。民間事業者の地域的参入も,サービス供給に関する閾値の小ささから望みにくい現状が存在するため,世帯や集落という空間的枠組みを超えて地域住民が協同することが求められている。
     本報告では,中山間地域から住民参加による地域福祉活動の地域的意義と課題を提示し,同地域において地域共生社会を構築していく可能性を考えたい。
     中山間地域では高齢社会化が進んでいることから,そこでの福祉活動は主として高齢者の生活支援を目的としている。
     近年の中山間地域では,家族の空間的分散に伴う世帯の小規模化が懸念されている。これらは高齢者の生活に直接影響を及ぼす問題となっている。なぜなら,高齢者にとって家族は自身の身体的・精神的なサポートの提供主体として大きな意味を持っているからであり,世帯の小規模化は福祉ニーズをはじめさまざまな課題に家族が対応しきれない事態を意味しているためである。とりわけ高齢者だけで対応が難しくなれば,その解決のために別居子や近隣(集落),行政といったサポート源を頼りにせざるを得なくなる。しかし,子どもが他出している高齢者が増加している中で,老親子間におけるサポートの授受は高齢者と別居子との空間的関係に影響されるため,別居子のサポートには限界が伴う。さらに,集落内部でのサポートの授受についても,高齢者世帯が増加しつつある中では困難と思われる。自分たちで対応できない家族に,もはや他の家族の高齢者をサポートする余裕があるとは考えにくいからである。その意味で,住民参加の福祉活動は集落という空間的枠組みに依拠することなく,それを超えてサポートを授受できる有効なシステムといえる。
     住民参加の福祉活動は,近年,中山間地域における地域づくりにおいても重要な課題となっている。とりわけ,政府の地方創生施策の中で推進されている「地域運営組織」にも重要な機能として取り込まれている。財政難から効果的で効率的なサービスを行政等の公的セクターのみから供給することは困難なため,行政や地域住民組織など多様な主体が連携してそれを担っていくことが求められている。
     中山間地域では,これまで地縁や血縁に基づく社会関係で構成された集落組織が各世帯では充足できない生活課題に機能してきたが,現状においては難しい状況となりつつある。高齢社会化に対応する地域福祉という要素に対して,地域住民組織がどのように形成され,その活動がどのように展開しているのかという点を明らかにすることは地域共生社会の可能性を検討していくうえで重要な手がかりとなるだろう。特に地理学では,既存の集落組織と集落という空間的枠組みをどのように再編して新たなコミュニティが形づくられるのかが論点となる。
     また,生活必需サービスを集落システム上の中心地に再編立地させようとする「小さな拠点」論も,デイサービスなど高齢者に対する日常的福祉サービス供給の拠点をどこに立地させていくのかという議論に大いに関わるものといえる。
     中山間地域では元来,「集落」という社会関係の濃密な地域社会が形成され,地域共生社会の理念を先取りする住民の生活が展開されてきた。それゆえ,地域共生社会にむけた新たな福祉コミュニティの構築は相対的に容易であるようにみえる。しかし,家族の空間的分散が進み,かつ高齢社会化が進んでいるため,住民参加の担い手を安定的に確保していくことは大きな課題である。住民参加の空間スケールを調整していくことも対応策として考えられる。もちろん,現地に居住する住民から参加を募るばかりでなく,田園回帰論のように都市から新たなアクターを受け入れていくことも有効であろうが,それに多くを望むことは現実的ではない。むしろ,出身村を定期的に往復し続けている別居子などの関係人口を取り込んでいくことも検討すべきではないか。本報告では,この点についても考察を加えたい。
  • 青森市・幸畑団地と青森大学の事例から
    櫛引 素夫, 西山 弘泰
    セッションID: 216
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに
     青森大学は2013年から、立地する青森市・幸畑地域を対象に、交流をベースとした教育・研究・地域貢献活動「幸畑プロジェクト」を展開してきた。特に幸畑団地(人口約4,500人、約2,300世帯)との協働に基づく住民ニーズに応じた空き家調査、住民主体の空き家活用の試行などが進展、転入の実態も明らかになった。成果の一部は2014~2018年の日本地理学会、東北地理学会で報告した。
     本研究では5年間の活動を総括し、幸畑団地の空き家発生から再利用・住宅新築に至るプロセスを分析するとともに、空き家をめぐる課題や調査活動について、①地域社会における位置づけ、②大学が果たすべき役割、③地域の将来像の検討と構築に大学や地理学はどう関わり得るか、といった観点から考察する。

    2.幸畑プロジェクトの進展
     幸畑団地は、青森市がコンパクトシティ政策で脚光を浴びた2000年代に、高齢者の街なか居住や子育て世代との「住み替え」のモデル地域として各種施策が進められた。しかし、その結果、皮肉にも「衰退する郊外の象徴」という意識が青森市内や地元に浸透、2013年ごろには住民自身も人口減少や空き家増加に危機感と不安を抱いていた。
     発表者は、団地内で空き家の悉皆調査を初めて実施するとともに、住民への報告会を企画した。一連の過程で地域や大学と情報・認識の共有がなされ、さまざまな協働の起点ができた。2014年には青森大学を交えて幸畑団地地区まちづくり協議会が発足し、その後、空き家活用試行や「お試し移住」体験に取り組んだ。

    3.経緯と成果
     空き家調査を端緒として、定期的に幸畑団地を調べ、結果を住民、市内の行政・不動産関係者らと検討する仕組みが整った。調査は常にまちづくり協議会と大学との共同作業として設計、実施し、信頼関係の深化や住民の主体性構築を重視した。2016年には地元町会と学生が合同で新規転入者の調査票調査を実施し、県内の多様な地域から住民が集まっている状況を把握できた。
     2018年に5年ぶり2回目の悉皆調査を実施した結果、過去の調査と併せて、①人口減少と高齢化は市平均を上回るペースで進行している、②にもかかわらず住宅の新築が進み、5年で120軒前後が新築された可能性がある、③空き家や空き地を再利用して住宅を新築した事例が多数存在する、④最大要因は安い地価と乗用車2台以上を置ける敷地の広さである、⑤新築を含め、地区によっては年に1割程度の住民が借家を中心に入れ替わっている、⑥子育て世代を中心に住宅新築を伴う転入が続いており、30年後を視野に入れた地域運営の検討が急務である、といった状況が明らかになった。
     空き家は、単身・夫婦の高齢者の入院や遠方の子どもによる引き取りなどによって発生するが、配偶者との死別後、空き家に戻り再居住を始めた住民も確認された。また、新築・リフォームに伴う転入者は①幸畑団地で育って転出後、親の近くへ転入、②市内の他地域出身者が転入、③市外出身者が転入、といったケースがあることが分かった。
     青森大学は地域との接点を持たず卒業する学生が少なくなかったが、近年は地域貢献演習などのカリキュラムが充実、地域が協働対象として定着している。

    4.展望
     空き家問題は「地域住民がどこまで関与するか、できるか」が大きな焦点となる。危険空き家が発生してしまえば、法的・技術的には、一般住民の手が届きにくい。しかし、空き家発生につながる可能性が高い高齢者世帯などを対象に、事前に周囲と対応を相談する仕組みをつくるなどの対策を講じれば、発生抑止が期待できる。地域の見守り活動などと絡め、空き家やその前段階の家屋の活用・維持を考えていく上で、「空き家問題を地域として受け止め、考える」機運の醸成は重要である。
    幸畑団地の空き家が減少しているとはいえ、幸畑プロジェクトそのものが「物件としての空き家の解消」「空き家の継続的活用」につながっているわけではない。コミュニティ衰退に伴う課題も山積している。それでも、空き家問題への取り組みは地域の実情把握や意識変革、協働の起点となった。幸畑地域は現在、青森市全体の将来像を考える人々の拠点となりつつあり、市域をカバーする「地域メディア」づくりが、幸畑を中心に始まっている。また、筆者らが2018年12月に青森大学で開催した「幸畑団地居住フォーラム」では、出席者から、空き家調査・対策にとどまらず、地域と大学の協働をベースに、学生も主役とした、創造的な〝攻め〟の地域づくりを期待する提案がなされた。
    「物件としての空き家問題」を超えた持続可能な地域づくりに向けて大学の役割は重要である。また、時間・空間と「人の生き方」を軸に、地域に併走できる地理学には、大きな優位性と使命があると結論づけられよう。
    (JSPS科研費15H03276・由井義通研究代表)
  • 瀧本 家康
    セッションID: 515
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    本稿では,秋季晴天静穏日である2017年10月9~10日における神戸市東部の局地風系の日変化について,既存の観測データに加え,独自の観測データも合わせて解析を行った.

    その結果,局地風系の日変化について以下の6点が明らかとなった.
    人工島上では,風向の日変化はいずれもなめらかな右回りを示すが,01時~02時にかけて不連続に広域的な東寄りの陸風に変化する. 人工島上では,風速の日変化はAKAやAKでは概ね日中の海風時に強まる傾向があるが,Riでは1日を通してほぼ一定である. 神戸市街地平野部では,右回りの風向の日変化傾向は人工島上と同様であるが,海岸から相対的に距離が離れたEnやNaでは風向の変化が段階的に生じている.これは人工島上と平野部の地表面の差異によるものと推測される. 神戸市街地平野部では,0時~12時にかけての風向の変化には9日と10日で差異が見られ,同じ晴天静穏日であっても六甲山地からの山風から局地的な海風にそのまま移行する場合と広域的な陸風の影響を受けながら移行する場合がある可能性がある. 大阪と神戸の気温差を調査した結果,安定的に広域的な陸風が吹走していた時間帯と大阪が相対的な低温を示す時間帯に対応が見られた. 六甲山地中腹では,日中の風向変動が大きいが,六甲山頂ではそのような変動は生じていない.また,07~08時頃に気温上昇の一時的な停止が見られ,このような気温の変化傾向は平野部では生じていない.これらのことは,山地中腹特有の局地風系が存在している可能性を示唆している.
     本研究では,十分な知見が得られていない神戸市東部における晴天静穏日の局地風系の様態を明らかにすることができた.特に,局地的な海陸風と広域的な海陸風の現れ方が同じ晴天静穏日であっても異なることがわかった.
  • 岡谷 隆基
    セッションID: S205
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    国土地理院は、我が国の位置の基準を管理し位置を測れる環境を提供し、日本の国土全体の地図を整備しさまざまな形態で提供し、災害情報をより早くわかりやすく提供すること、すなわち国土を「測る」「描く」「守る」ことを任務としている。中でも「描く」の取組により提供されてきた地形図は過去1世紀近くにわたり、地理教育の各場面において課題考察などのためのツールとして教科書等で広く扱われてきた。他方、平成28・29年度に順次告示された次期学習指導要領を受けた中学校社会科及び高等学校地理歴史科の学習指導要領解説では、従前の地形図や主題図に加え「地理院地図」についてその活用の意義が明記されるなど、地理教育における地理院地図への期待は大きい。次期学習指導要領において高等学校で地理が新たに必履修化され、新科目「地理総合」が平成34年度から開始するが、その中では課題解決に地図やGISを活用することとしている。しかしながら、中学校社会科及び高等学校地理歴史科の教員の大半が地理専攻出身者ではないことから、いきなり高度なGISソフトウェアを扱うことは困難であり、地理院地図がGIS学習の入り口の役目も果たすものと考える。こうした状況を踏まえ、当日は高等学校における地理必履修化を見据えた地理院地図の活用法について報告する。
  • 中田 高, 後藤 秀昭, 熊原 康博, 山中 蛍, 田中 圭
    セッションID: P050
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    「アジアのデジタル活断層図」プロジェクトにおいて採用するALOS 30 DSMアナグリフ画像を用いた活断層の効率的な広域マッピングの方法について紹介する。
  • 曽根 敏雄, 斎藤 和之
    セッションID: P024
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    永久凍土の有無を確認するには,地温観測が必要となるが,広範囲で調査を行うことは困難である.地表面の温度ならば,観測は容易であるが,それだけでは永久凍土の有無は判明しない.しかし地表面温度と永久凍土の温度との関係性が知られれば,それを手掛かりに地表面温度情報しかなくても永久凍土の有無を推定できるかもしれない.永久凍土面(あるいは最大季節凍結深となる深さ)における年平均地温と年平均地表面温度との差をサーマルオフセットという.そこでサーマルオフセットについて,これまでに出版された文献を調べ,年平均地表面温度が0℃以上あった場合でも永久凍土が存在しうる条件について検討した.
  • 長谷川 直子, 中川 優希
    セッションID: 312
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1. はじめに/研究目的・方法

     地理学のアウトリーチを進める一つの手段として、一般向け書籍の刊行が挙げられる。森(2018)では、出版売り上げデータを用いて、歴史と比較して地理学関連書籍の点数も売り上げも少ないこと、読者は中高年男性に偏っていること、書店の棚に地理コーナーがないことなどを明らかにしている。本研究では、この森(2018)をベースにして、どのような属性の人がどのような下位分野の本を執筆しているのかについて、傾向分析を行った。用いたデータは森(2018)で使用された地理学関連書籍80点である。これらの執筆者を研究者、中高教員・塾講師、専業ライター、兼業ライター(地図関係職か否か)、編著のカテゴリに分類した。その結果を森(2018)で分類されている本のカテゴリとクロス集計を行った。



    . 結果・考察 

     クロス集計結果を表1に示す。研究者の執筆は地学系(自然地理学が含まれる)が最も多く、ついで地理一般となっており、散歩系と地図関連は少ない。これは地学の研究者が地学の内容で一般向けの解説書を書いているものが多いことを反映していると思われる。次に中高教員・塾講師の執筆は、地理一般にほぼ集中している。これは、大学入試の地理が意識され、その内容を網羅する形での執筆が多いことを反映していると思われる。兼業ライター(地理以外)は地形散歩にほぼ集中し、兼業ライター(地理関連)は散歩と地図関連に多い。また兼業ライターは地理一般や地学系を全く執筆していない。これは、地理関連職のライターはその仕事で培った専門性を活かした形での執筆の傾向があることを反映し、地理と関係ない職に就く兼業ライターは職と関係なく趣味で地形散歩などを行ってきたものを書籍化したものが多いと考えられる。専業ライターは兼業ライターと同じく、地理一般や地学系は少なく、散歩系や地図関連が多い。編著は地形散歩が多いが、9点中8点はブラタモリシリーズとなっており、そのほかでは地理一般が多い。以上の結果より、著者の属性により執筆される本の分野に傾向があることがわかる。

     また、地理学界からのアウトリーチとして研究者属性に着目すると、17点中10点が地学系で、5点が地理一般となっている。森(2018)による書籍の分類は自然地理学・人文地理学という分類を用いていない。自然地理学を地学系と解釈できても、人文地理学がどこに入るのかが難しいが、いずれにしても自然地理学と比較して人文地理学の書籍のほうが少ない傾向は読み取れる。また研究者による散歩系、地図関連はほぼない。

     

    . 今後の展望と課題

     以上のことから、研究者による人文地理系一般書、散歩系一般書、地図関連一般書が手薄となっているため、これらの一般書を出していくことが空白地帯を埋めることになるだろう。例えばE-journal GEOに新たに創設された「地理紀行」カテゴリは、一般向けのアウトリーチを意識した趣旨のように思われるが、ここに投稿された論文をカテゴリでまとめて書籍化するようなことも考えられるだろう。大学で行っている巡検の内容を書籍化すれば、散歩系になるものもあるだろう。GISなどの技術を用いた地図系書籍も可能であろう。さらには、研究者とライターがコラボして空白地帯を埋めるやりかたもあるかもしれない。また森(2018)によると読者が中高年男性に偏っているということなので、それ以外の年齢・性別層にアプローチできる形を模索することも重要課題と考えられる。

     本研究では森(2018)を踏襲し、書籍の選定とカテゴリをそのまま使用した。しかし「地理学界のアウトリーチ」という観点から地理学研究者による出版物に注目する場合には、書籍のカテゴリ自体(地学系でいいのか、人文地理分類がなくていいのか、など)を再検討する必要があるかもしれない。地理学は間口が広いため、新たなカテゴリの創出もありうるかもしれない。以上については今後の課題としたい。






    参考文献

    森岳人2018, 出版業界から見た地理学のアウトリーチ E-journal GEO, 13(1),170-183.
  • 松本 淳, 井上 知栄, 濱田 純一, 藤部 文昭, 林 泰一, 寺尾 徹, 村田 文絵, 久保田 尚之, 赤坂 郁美, 釜堀 弘隆
    セッションID: 503
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    アジアモンスーンの長期変動史を解明可能な新たな資料を発掘・利用することを目的とし,科学研究費基盤研究(S)「過去120年間におけるアジアモンスーン変動の解明」を,2014年度から5年間にわたって実施した。本発表では関係するグループ発表・ポスタークラスター発表に先立ち,デジタル化した資料の概要と,残された問題点について発表する。
  • 小室 譲, 加藤 ゆかり, 有村 友秀, 白 奕佳 , 平内 雄真, 武 越 , 堤 純
    セッションID: S404
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    中心市街地における飲食店の新規開業
     地方都市における中心市街地では,店主の高齢化や後継者不足および,それに伴う空き地や廃店跡の増加が喫緊の地域課題である。こうした衰退基調にある中心市街地では,これまでにまちづくり三法をはじめ,中心市街地の活性化に向けたさまざまな補助金政策や活性化の方策が官民学により検討されてきた。
     本発表では,シンポジウムの主旨であるUIJターンによる起業が中心市街地において進展している長野県伊那市を事例とする。発表手順は,UIJターン者により開業された主に飲食店の実態を報告したうえで,次に対象地域でいかにして,いかなる理由から新規開業が増加しているのか,地域的背景を踏まえて検討する。
     伊那市中心市街地では,2000年代以降に都市圏からのUIJターンによる移住者の新規開業が増加しており,2018年9月現在で,52店舗を数える。そのうち,飲食店が過半数の33店舗を占めており,そのほとんどが個人経営である。開業者は主に20〜50歳代であり,移住以前の飲食業や他業種における就業・就学期間を通じて得られた,経験や知見をもとに開業に至る。伊那市中心市街地では,ダイニングバーやスポーツバー,カフェなどである。そして,それぞれの店舗では開業者の経験や知見に裏付けられた地域のマーケットニーズのもと,地酒や地元の食材を積極的に活用し,周辺の官公庁向けにランチ営業をするなど中心市街地において新たな顧客層を獲得するに至っている。


    新規開業者を支える地理的条件
     まず伊那市内が地方創生関連の補助金や移住先輩者のインターネット上による情報発信のもと,Uターン者はもとより,IJターン予定者の居住地選択に入る地域であることが新規開業の前提として指摘できる。その上で移住者は官公庁や鉄道駅があり,既存の利用客による一定の集客が見込める中心市街地を開業先として選定する。その店舗開業の過程には,高齢化や後継者不足により中心市街地に残存していた低廉な飲食テナント,および開業助成金を開業資金の一部として充てることで大都市圏よりも開業時のイニシャルコストを抑えられることが新規開業を後押ししている。また既存商工会や既存商店主は,こうした中心市街地の空き店舗に対する新規開業者を市街地活性化の新たな救世主として好意的に捉える店舗が多い。事実,一部の既存店主は新規開業者に中心市街地内の空きテナント情報や開業時に申請できる補助金情報を積極的に提供している。
     新規開業者の移住・開業経緯の詳細は当日述べるものの,東京大都市圏出身者の中には会社員生活における昇進主義や満員電車の通勤生活に疲弊して,ワークライフバランスを考慮した生活環境を求めて移住を決意する事例がある。こうした開業者にとって個人飲食店の開業は,自己実現の機会であるとともに,移住先の就労機会として移住者やその家族が移住先で生活していけるだけの必要最低限の収入を得るためのなりわいとして成立している。一方で,中心市街地においては新規開業店の増加が単に空きテナントの量的補完にとどまらず,既存店舗の顧客増加,既存商店組織の活性化,開業者ネットワークの構築による中心市街地イベントの創出などの相乗効果として認められる。
  • 高精度標高データの活用
    研川 英征, 関口 辰夫, 倉田 憲, 吉田 一希, 長野 玄
    セッションID: P033
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに
    草津白根山では,平成30年1月23日の本白根山の鏡池付近における噴火により,災害が発生した.
    国土地理院は,草津白根山の赤色立体地図等を作成し,火山活動に関する情報提供を国土地理院ウェブサイトから行った.
    筆者らは,赤色立体地図等による判読により,過去に噴火記録のない火口と推定される地形群(以後,推定小火口とする)を発見したことから,1月23日に形成された新期の噴火口に関する判読結果と合わせて推定火口位置の分布図を作成し,国土地理院ウェブサイトより公開した.

    2.調査方法について
    航空レーザ測量データ(平成27年度に計測)から作成した1mメッシュ標高データを基に赤色立体地図を作成した.
    国土地理院による1月27日撮影の航空機SAR画像(以後,SAR画像とする)及び1970年代撮影のカラー空中写真(以後,空中写真とする)を使用した.
    1月23日に形成されたと考えられる噴火口については,SAR画像・赤色立体地図・空中写真の判読により抽出後,火山噴火予知連絡会資料の火口位置に関する記載とおおむね一致することを確認した.
    推定小火口群の判読は,次の通り行った.
    まず,赤色立体地図上で火口状の地形を判読・抽出した.次に,空中写真を判読して火口の推定(明瞭または不明瞭)を行った.抽出する火口状の地形は,直径10m以上かつ,おおむね50mまでのものとした.
    判読の基準として,円形または楕円形の深い凹地を呈し,噴火以外の可能性が考えられないものを「明瞭」とし,凹地の周囲に侵食や堆積により崩壊地やガリーなどがみられるものや,人工的な地形である可能性が考えられるものを「不明瞭」とした.

    3.判読結果とその意義
    本調査により明らかとなった推定小火口群の多くは,その立地や形状から,既知の噴火による地形の形成以後に生じている.
    とくに本白根山では,最新の噴火活動は1500年前とされていることから,推定小火口群の形成は少なくとも過去1500年間のものと推測される.推定小火口群の大きさは1月23日の噴火による噴火口の規模と同程度であった.
    また、解像度が1mに達する高精度な標高データの整備が進んだことで,これまで捉えることが難しかった小規模な地形,つまり1月23日の噴火によるものと同程度の火口の判読が容易になり,過去の噴火について新しい情報を得られることが確認できた.
    本調査では,SAR画像(噴火直後)と,赤色立体地図(噴火前)の判読により,1月23日の噴火による地形変化の詳細な比較が可能となった.
    標高データの精度向上による効果は,過去の噴火履歴に関する調査だけでなく,今後の噴火時における,地形の前後比較などにおいても精度向上に繋がる可能性が十分に確認された.
  • 石橋 真那美, 苅谷 愛彦, 目代 邦康
    セッションID: P038
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
    会議録・要旨集 フリー
    穂高連峰における最終氷期(酸素同位体ステージ4前後)の氷舌最末端は通称「横尾岩小屋」モレーン(標高1695 m)とされ(五百沢 1962),長く支持されてきた。
     本研究ではこれより約1.5 km下流にあたる堆積岩からなる橫尾・黒沢北側の尾根 (1615 m)で穂高安山岩類を発見した。この安山岩類は不淘汰な亜角礫の堆積層相をしめし、氷河の拡大範囲に分布している岩石であることから氷河運搬作用でもたらされた疑いがあると判断した。
     橫尾谷から黒沢にかけて8地点で堆積物の礫種の分析を行った結果、岩小屋モレーンのモレーン堆積物と黒沢の不淘汰堆積物はともに氷河涵養域に分布する穂高安山岩類を90%以上含むことが判明した。また、粒度分析の結果、これらは中粒砂以下の細粒な粒子を半分以上含む特徴を持っていることからも土石流によって堆積した可能性は低いと判断した。

    以上のことから横尾谷の氷河は橫尾山荘付近まで伸び、槍沢を堰き止めていたことも考えられる。
  • 石村 大輔, 平峰 玲緒奈
    セッションID: P036
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.はじめに

     中期完新世を代表する日本国内の広域テフラは鬼界—アカホヤ(K-Ah)テフラである.給源である鬼界カルデラから関東地方までは広くその分布が確認されているが,東北地方以北での認定は限られ,その北限は東北地方南部とされている(町田・新井,2003).一方,東北地方を代表するテフラの多くは偏西風の影響により分布が東に偏り,東北地方を広くカバーする完新世のテフラとして十和田火山を給源とする十和田—aと十和田—中掫(To-Cu)テフラが挙げられる(町田・新井,2003).特にTo-Cuテフラは,最近の研究によって(苅谷ほか,2016;石村ほか,2017;Mclean et al., 2018),中部〜近畿地方北部にかけても分布することが確認された.加えて,Mclean et al(2018)により水月湖の年縞堆積物中に認められたことで信頼性の高い年代(5986-5899 cal. BP)が得られている.このようにTo-Cuの分布域や信頼度の高い年代が得られたことから,本テフラは東北〜中部地方にかけての中期完新世を代表する広域テフラとなり得る.しかし,その特徴は個々の地点・研究で得られているのみで,給源から遠地にかけて一様な情報に基づき対比されていない.

     そこで本研究では,給源地域におけるTo-Cuを構成する3ユニット(下位より中掫軽石(Cu),金ヶ沢軽石(Kn),宇樽部火山灰(Ut)(Hayakawa,1985))と下北半島〜三陸海岸,新潟平野,青木湖に分布するTo-Cuの詳細対比を試みる.

    2.手法

     本研究では,すでに石村(2014),高田ほか(2016),Niwa et al.(2017),石村ほか(2017)によってTo-Cuに対比されている試料と新たに露頭から採取した試料を用いた.

     To-Cuのユニット対比に用いた指標は,火山ガラスの形態,火山ガラスの屈折率,火山ガラスの主成分化学組成である.火山ガラスの形態は,偏光顕微鏡を用いて,火山ガラスの形態を4つに分類し,それらとは別に色付きガラスの個数をカウントした.屈折率測定は,RIMS2000を用いて,30片以上を測定した.主成分化学組成分析(EDS分析)は,首都大学東京所有のエネルギー分散型X線分析装置Genesis APEX2 (EDAX製)と走査電子顕微鏡JSM-6390(日本電子株式会社製)を使用した.

    3.To-Cuユニットの特徴

     給源地域における各ユニットの特徴について以下に述べる.屈折率測定結果から,Cuの屈折率は高いモード(1.513-1.514)と狭いレンジ(1.512-1.514)を示し,Knの屈折率は,Cuに比べ少し低いモード(1.512-1.513)と少し広いレンジ(1.511-1.514)を示す.一方,Utの屈折率は全く異なる傾向を示し,低いモード(1.505-1.510)と広いレンジ(1.500-1.513)を示す.主成分化学組成の結果から,CuとKnに大きな違いは見られず,値が集中する傾向を示す.一方,Utについては,Cu・Knに比べて値がばらつくのが特徴であり,SiO2の値がCu・Knよりも高いものが多い.火山ガラスの形態については,その比率からユニットの対比は難しいが,上記の指標に基づく対比をサポートする上では重要な指標になり得ることがわかった.

    4.遠地におけるTo-Cuユニットの対比・分布

     上記の特徴に基づき,各ユニットの対比を行ったところ,Cuは,下北半島の中部〜北部には降灰しておらず,著しく南に偏った分布を示す.三陸海岸では全地点で確認でき,また新潟平野や青木湖に降灰したものもCuに対比された.Knは,Cuに比べて北にも広く分布する.確認できた範囲の北限と南限はそれぞれ下北半島北部と三陸海岸南部であり,それらの地点で層厚は1 cm程度認められる.Utは,東南東に偏った分布を示すが,三陸海岸沿いでは給源から約200 km離れた地点でも1 cm程度の層厚を有することがわかった.したがって,最も広く降灰しているユニットはCuである.また,Knも東北地方北部には広く分布している可能性がある.Utについては分布が偏るが,給源から50-100 km内には分布する可能性がある.

    5.まとめ

     本研究では,To-Cuを構成する各ユニットの特徴を明らかにし,遠地における各ユニットの対比を行った.結果,3ユニットの降灰範囲が明らかとなり,東北地方から中部地方にかけて広くCuが分布することがわかった.したがって,To-CuがK-Ahに代わる東北地方の中期完新世を代表するテフラであることを確認でき,今後,関東〜中部地方での分布が確認されることを期待する.
  • 横山 秀司
    セッションID: P081
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    クルッツェンが2000年に発表した「人新世」に関して、まずその始まりが大気中の温室効果ガス濃度の増大が見られるようになる18世紀後半、1784年のワットの蒸気機関以後であることとその根拠を紹介した後、人新世の3つのステージについて解説した。次いで、自然-人間-環境を対象とした人新世の課題は、地理学の研究テーマであるにも拘わらずその取り組みが遅れたことにふれ、地理学者の論文を参考にして、地理学や地形学が研究していくべきであることを明らかにした。そして、わが国の地理学界でも追究すべき課題であることを指摘した。最後に、人新世第3ステージで求められている地球に対するエコロジカルな対応、地域における自然の保護・再生への取り組みに対しては、景観を構成する地因子と人間社会の関係を生態学的に考察する景観生態学がこれに適った学問分野であることを述べた。
  • 中部ネパール、アンナプルナ南麓における事例
    渡辺 和之
    セッションID: 705
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    山岳地域の観光資源のなかで、しばしば登場するのが移牧である。だが、羊や水牛を対象とした移牧は、牛やヤクのそれほど知られていない。また、山岳地域の保全活動では、国立公園や森林保護政策の影響で、放牧の規制が起こることがある。中部ネパールのアンナプルナ山麓では、エベレスト地域を国立公園とした際に起きた問題の反省から、アンナプルナ山麓を保全地区に指定し、ACAP(Annapurna Conservation Area Project)の指導のもと、住民参加の環境保全活動をおこなってきた。

    発表では、アンナプルナ南麓における羊と水牛を対象とした移牧の調査をもとに、ACAP、地元の社会組織、移牧に関わる牧夫の関係を考察してゆく。調査は2018年3月と2019年1月の計3週間おこなった。

    アンナプルナ山麓が保全地域に指定されたのは、1992年である。保全地域では、国立公園と異なり、住民が地域内に残留し、生業活動したまま、域内の環境保全に尽力することになる。このため、当時考えられていた住民参加による森林保全の考え方がアンナプルナ保全地域には適用された。国立公園の場合、保全政策は公園管理局の決定に従い、現地に適用されるが、保全地区の場合、ACAPの助言に従い、地域住民が組織を作り、保全計画を作成し、地域の保全活動に加わる (Stevens 1997)。また、保全地域内では観光客向けのロッジで薪の利用が禁止され、代替燃料の使用を義務化した。特に観光客が訪れるアンナプルナ内院は、特別保護地区に指定され、「車道の延長禁止、荷役家畜の立ち入り禁止、地元の文化を尊重し、特別保護地区内では肉食禁止」などの厳しい規制がかかる。

    現在、ガンドルック行政村には、確認できただけでも、3組の羊飼いがいた。水牛を飼う牧夫は村ごとにいる。なお、調査村ではヤクは飼養されていない。羊飼いの季節移動を聞き取りした所、アンナプルナ南峰の南斜面やアンナプルナ内院で夏を過ごすグループがいた。羊飼いは、冬には1000m前後まで下りて収穫後の畑で滞在するが、行政村を越えて放牧する場合、放牧料を移動先の行政村に収める。またどこで誰が放牧するかは、基本的に村ごとに決まっている。ただし、その村の羊飼いと一緒に放牧すれば問題ないとのことである。移動する高度差は、羊の場合、4500m前後から1000m前後、水牛の場合は3000m前後から本村の標高(1500-2000m)になっている。

    ACAPは家畜を対象にした支援活動もおこなっている。家畜の予防注射や羊毛加工の技術を導入するなどもやっていた。また、かつては、移牧の羊毛を用いた羊毛製品を作っていたが、最近は織り手がおらず、自家用のみである。また、ACAPの指導で絨毯を織って観光客にも売っているが、あまり売れないという。以上のように、ACAPの活動は、観光客や観光業者には厳しい規制をもたらすものであるが、住民生活には配慮した形になっている。牧畜に関する限り、地元住民の生業活動を妨げるものにはなっていない。

    アンナプルナ周辺には、グルンやマガールなど、中間山地帯の民族が多く住む。密集した集村、石積みの家、石畳の道などの景観は、これらの民族に共通した文化である。住民もそうした伝統的な家屋の外観を残したロッジを使い、村の民族文化を観光資源としているが、観光客の関心は、あまり向かない。彼らの関心はトレッキングや山岳景観にある。「シェルパやヤクはエベレストの風景の一部」に相当する観光客の認識がアンナプルナにはない。ネパールの山岳観光には、中間山地帯のチベット=ビルマ語系の民族文化に対する視点が欠けていることを痛感した。
  • 鹿野 健人, 宍倉 正展, 羽佐田 紘大
    セッションID: 415
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    はじめに
    荒川と利根川は最終氷期最寒冷期に荒川低地を流下していた(Matsuda 1974;菊池 1979).これらの河川が荒川低地を離れて,加須低地や中川低地へ流入するようになったのは4500~1500年前頃と推定されている(菊池 1979;平井 1983;江口・村田 1999など).しかし,先行研究では荒川と利根川がいつ頃荒川低地を離れて,加須低地や中川低地へ流入したのかを正確に把握できていない.また,近年,沖積低地で掘削されたオールコア堆積物に対して,堆積相解析やAMS法による放射性炭素(14C)年代測定を用いた研究が進められており,関東平野においても堆積環境の時間的変化を詳細に把握されるようになってきている(田辺ほか 2006a;小松原ほか 2010など).
     本研究では,関東平野の荒川低地,中川低地,東京低地,妻沼低地,加須低地を対象に,既存研究によるオールコア堆積物の解析・分析結果を集め,陸域の堆積環境における堆積速度の変化を指標として,各低地への河川の流入時期を推定し,関東平野中央部の河道変遷史を整理することを目的とする.

    研究方法
     石原(2014)がまとめた関東平野中央部におけるボーリングコア試料のリストを基に関東平野で報告された14C年代値を整理した.合計36地点,443点の年代値をCALIB7.0.4を用いて暦年較正した.海洋リザーバ効果の補正については,研究対象地域のローカルリザーバ効果が不明であったため,ΔR=0とした.これらの年代値に基づいてそれぞれの分布深度から平均堆積速度を算出した.また,コア試料から認定された堆積相(田辺ほか 2006a;小松原ほか 2010など)を陸成層と海成層に大別し,時代ごとの堆積環境(海域,陸域)を推定した.これらを基に,過去9000年間における500年ごとの堆積速度および陸成層・海成層分布図を作成し,堆積速度の増減や堆積環境の変化を指標に各低地における荒川や利根川の流入時期を評価した.

    結果と考察
     荒川低地中流域では9000 cal BPに陸成層が広がっていたが,8500 cal BPには海成層がみられることから,海進が進んでいたと考えられる.8000 cal BPになると再び陸成層が分布しており,海退に転じたことがわかる.時代を経るごとに陸成層の分布域が下流側に拡大していき,5000 cal BPには荒川低地下流部まで達した.一方,中川低地や加須低地下流部では9000 cal BPから3500 cal BPまで海成層がみられる.以上から,荒川低地は,中川低地や加須低地下流部よりも早い段階で海退が進んだと推定できる.この要因として,荒川低地では荒川と利根川という2つの大きな河川が流入して内湾の埋立てが進んだことが挙げられる.このことから,この時代においては荒川低地に荒川と利根川が流入していたと考えられる.
     荒川低地最下流地点における堆積速度は4500 cal BPに3.9 m/kyrとなるが,4000 cal BP以降は0.7 m/kyrと急激に減少している.一方,加須低地の堆積速度は,4500~3500 cal BPで0.8~1.0 m/kyr程度と小さいものの,3000 cal BPから1000 cal BPにかけて1.2 m/kyr,1.8 m/kyr,2.0 m/kyr, 2.2 m/kyr, 2.3 m/kyr と大きくなる.また,下流側の中川低地の堆積速度は,4500 cal BPから3500 cal BPで0.6 m/kyr,3000 cal BPで4.3 m/kyrと増加している地点がみられる.これらの堆積速度の増減が荒川や利根川の流路変化による土砂供給量の増減を示唆しているとすれば,荒川や利根川は4500 cal BP~4000 cal BP頃に荒川低地を離れた後,3500~3000 cal BPには加須低地へ流入を開始し,中川低地にも流れ込んだと考えられる.さらに,3000 cal BP以降,加須低地や中川低地への土砂供給が活発化したと推定できる.
  • 趣旨説明:地域社会のための統合地理学
    渡辺 和之, 池谷 和信
    セッションID: S601
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    地理学は自然と人間の統合の学である。しかし、文理融合は容易ではない。分野の違う研究者がお互いの専門をよく理解できないと、共同研究すらままならない。また、長く調査すると、調査地に対する社会的責任も生じるし、調査地が災害や環境問題に直面することもある。調査地への社会連携が求められるなかで、どう研究と両立するのか。本シンポジウムでは、長らく文理融合の分野で研究をされてきた小野有五氏に基調講演をしてもらい、それを受ける形で、地理学だからこそできることは何かを考えてゆく。

     小野氏の業績は、周知のように、本業である氷河地形学に留まらず、森や川の保全、環境教育、先住民族の権利回復など、環境問題解決のための社会貢献にまでおよぶ(小野2013:384-5)。

    こうしたいわば純粋な「研究」以外の活動に小野氏が関わるようになった背景には、氷河の調査隊が村民に無用な伐採を促してしまった経験や、地元の湿原が河川改修で消えゆくのを黙って見過ごせなかった背景がある。

     似たような問題は、上高地の保全問題に関わった岩田氏らの研究でもいえる。ケショウヤナギは、自然の河川による洪水で生育する。建物をかさ上げし、洪水を維持すれば回避できるのに、役所は特定の個人にお金を出せないからと、河川改修をする。こうして洪水が起きない河川環境を作ることが、ケショウヤナギを絶滅の危険にさらす(岩田2007, 2018)。

     お2人の指摘は、「人間にとって望ましい環境とは何か」という問題を提起するものである。人間や役所の都合でおきる不必要な自然破壊を許さない点で、お2人の主張は一致する。だが、人間が生きる上では、農業や牧畜のように自然に手を加えて生きることもある(だから公共工事もやむを得ないのではない)。また、同じ地域に住む人たちが同じ価値観を持っているとも限らない。今日、異なる価値観や利害が対立し、社会の分断を招いている。沖縄県基地問題や福島の原発事故に見るように、もともと国民全体の問題なのに、年月とともに、国民の関心は低下し、県内だけの問題になりつつある。

     また、気候変動による災害も今日では多発している。政府は災害対策と言う名目で、今後、公共工事をすすめるだろう。あるいは財源不足から大規模な改修工事などおこなえず、多自然型方法と言いながら、部分的な災害対策で、しかも自然の河川とは異なる人工的な環境をあちこちに作り出すかもしれない。湧水を研究する鳥越によると、水道水と湧水を選択できる状況を後世に残すのが重要で、そのためには、地域住民の協力と役所の理解が必要である(鳥越2012)。地理学者には、今後、過去の歴史をもとにどの位の災害に備えたインフラが必要なのかを推定し、同時に、地域住民の視点から、地域の環境をどう残すかを提言できる力量が求められる。

     小野氏の取り組みから学ぶのは、エコツーリズムによって環境教育しながら、自然環境を守ってゆく点である。どんなにリモートセンシングが発達しても、人間は自分の想像を越えることを想うのは難しい。環境問題に関する問題意識を涵養するには、できるだけ若い人を現地に連れ出すのが着実な環境教育なのだろう。

    つまり、求められているのは、地誌学的な視点である。地域の現状を多角的に調査し、安易な一般論は許さず、地域の多様性を把握しつつ、他地域の事例と比較する。自然と人間を統合した地理学が必要とされている。ただ、それを世の中にどう訴え、いかに社会と連携し、地域の信頼を得てゆくのかを、われわれは考える必要がある。
  • 村山 徹
    セッションID: 533
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    本研究は豊橋市野依小学校区を対象とし,避難行動意図と知り合いの周辺居住といった避難に資する人的つながりについて分析する。そして,特徴の異なる町字別のそれらの差異を比較検討する。
    野依校区3町は,野依町が旧集落,野依台1丁目が高度経済成長期の住宅造成地,若松町は工場地帯と周辺小規模住区といった具合にその特徴が異なる。災害現象の知覚による避難行動意図は野依町で高く,野依台1丁目と若松町で低くなった。また,知人とのつながり要素による避難意図は旧集落で高くなることを予測したが,統計的に有意な差は得られなかった。
    避難時に頼りになる親族に関する分析では,同町内・校区内親族に頼る傾向が野依町で高く,野依台1丁目では著しく低い結果となった。一方で,同県内もしくは静岡県西部の親族,それより遠くの親族からの支援に対しては,野依台1丁目の住民が頼りとしていることが明らかになった。
  • 井上 知栄, 松本 淳, 久保田 尚之
    セッションID: P017
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1. はじめに

     モンスーンアジア地域における20世紀初頭からの気候要素の変動については、デジタル化されたデータが少ないことから、限られた国での解析にとどまっている。そのため我々の研究グループでは、旧英領インドの国における日降水量データのデジタル化を進めている。本研究では、新たにデジタル化したデータを利用して、ミャンマーにおける1891~2015年の日降水量地上観測データを解析し、過去125年間の降水量の変化傾向について調べた。

    2. 資料

     1961~2015年の日降水量データは、ミャンマー気象水文局(DMH)より入手した。1891~1956年の日降水量データは、米国NOAA Central Library で公開されている旧英領インド時代の"Daily Rainfall of India"などのスキャン画像を基として、インド熱帯気象研究所(IITM)・インド気象局(IMD)・英国気象局(UKMO)の現地にて冊子原本とのデータ照合作業を行い、データベースにしたものを使用した。今回は対象期間で利用可能なデータの年数が比較的よく揃っている28地点を解析対象とした。

    3. 結果

     19世紀末~20世紀前半と20世紀後半~21世紀初頭の各47年間における年降水量を比較すると、エーヤワディー川下流の地点などで増加する一方、北西部で大きく減少しており、複雑な空間パターンを示す。また年最大日降水量は増加した地域が多く、特に北緯15度以南では20 %以上増加している。
     次に各地点について降水量の季節進行の年代間比較を行った。北緯16~20度に位置するミャンマー中南部(北緯16~20度)の地域では、第33~39半旬(6月10日~7月14日)の期間で降水量が増加し、第40~43半旬(7月15日~8月3日)の期間では減少している。すなわち、雨季のピーク時期が近年ではやや前倒しして現れやすい傾向があることが確認された。それぞれの期間における降水量変化率の分布を確認した結果、北緯20度より北の地点では逆の変化傾向を示しており、北進する季節内振動のタイミングなどの影響が年代によって異なっていた可能性があることが示唆された。
  • 岩間 信之, 池田 真志, 駒木 伸比古, 田中 耕市, 佐々木 緑, 浅川 達人, 今井 具子
    セッションID: 809
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/03/30
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    1.研究目的

    食生活が偏り低栄養状態に陥る高齢者は,全国で17.9%に達する。こうした高齢者は,特定のエリアに集中する傾向にある。このことは,何らかの地理的要因が,住民の食生活を阻害していることを示唆する。こうした地理的要因の解明は,地理学が担うべき課題である。

    これまでの研究から,フードデザート(以下FDs)の分布と食生活が悪化した高齢者(低栄養リスク高齢者)の分布には,地域レベルで高い相関があることが分かっている。日本のFDsは「①社会的弱者(高齢者,低所得者など)が集住し,②買い物利便性(食料品アクセス)の悪化と,家族・地域コミュニティ(地域レベルのソーシャル・キャピタル)の希薄化のいずれか,あるいは両方が生じた地域」と定義できる。

    食料品アクセスは,FDsを規定する重要な指標の一つである。現在,農林水産政策研究所をはじめ様々な学問領域で,食料品アクセスマップが作成されている。しかし,現行の地図と実際の低栄養高齢者の分布には乖離が存在する。食料品アクセスと住民の食生活の相関関係も,現段階では証明されていない。

    現行の食料品アクセスマップは,①分析対象が生鮮品販売店に限定している点,および②店の品ぞろえを考慮していない点に課題が残る。現在の地図は,自宅から生鮮品販売店[百貨店,スーパーマーケット,鮮魚店,精肉店など]までの距離から算出されている。総菜や冷凍食品などを中心に扱うコンビニやドラッグストアは,対象外とされている。これでは,自立度の低下などの理由で調理が困難となり,中食に依存せざるを得なくなった高齢者が,分析対象から漏れる可能性がある。多様な店舗を分析対象とするためには,品ぞろえを統一的に評価する指標が必要となる。そこで本研究では,食料品充足率を加味した新しい食料品アクセスマップを作成したうえで,東京都心部や地方都市,農漁村における買い物環境を地理学的に考察した。



    2.研究方法

    本研究の手順は以下の通りである。第一に,厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告」をベースに,健康的な食生活を維持するうえで必要な食料品群を,計86品目選定した。第二に,研究対象地域のすべての食料品店を対象に,上述の食品群リストのなかで,各店が実際に販売している食品の割合(食料品充足率)を測定した。第三に,食料品充足度を加味した新しい食料品アクセスマップを,東京都心部,地方都市,農漁村などで作成した。



    3.分析結果

    分析で得られた知見は,以下の通りである。➀食料品充足率は業態別に異なる。また,コンビニやドラッグストアも一定の品ぞろえを確保している。②新旧食料品アクセスマップには,大きな乖離が存在する。従来の食料品マップは,東京都心部の買い物環境を過小評価していた。反対に農漁村では,買い物環境が過大評価されていた。③新しい食料品アクセスと地域住民の実際の食生活の間には,統計的に優位な相関が確認された。

    今回の報告では,以上の知見や住民アンケートをもとに,調査地域における買い物環境の検討結果を報告する。



    参考文献

    岩間信之ほか2018.食料品充足率を加味した食料品アクセスマップの開発.フードシステム研究25(3):81-96.

    浅川達人ほか『食料品充足度を加味したアクセス測定指標による食品摂取多様性の分析』日本フードシステム学会2018年度全国大会発表要旨集.
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