1. はじめに
村落空間内の多様な野生植物の利用は, 日本の中山間地域における人びとの生活を支えてきた. しかし高度経済成長期以降, 産業構造の転換によって住民の雇用確保と所得増大がもたらされた結果, 山稼ぎのほとんどは姿を消し, 二次林の減少と放棄が進んだ. また, 食品産業の成長および流通変革によって食料供給が安定した結果, 救荒食の採集は本来の意義を失い, 材料を購入して作るおかず中心の新しい食生活へと変化した.
それでは現代日本の中山間地域において, 人間と野生植物との直接的な関わりは失われたのだろうか. 従来のように里山を維持することが困難となる一方で, 山村振興の取り組みにおいては, 林野で採集される山菜や木の実, 果実といった食用の野生植物利用が, 商品化・特産品化される事例が生じてきた. また, 現代においても, 商業的生産を主目的としない小規模な菜園においては, 多様な山菜・野草の利用がみられる. このような背景のもと, 本発表では,鈴鹿山脈北部地域を事例として, 地域を取り巻く社会経済的要因を検討しつつ, 村落空間内で利用する野生植物の生息場所・種・用途の変化を明らかにする. また, 特に屋敷地に移植された野生植物の商品化の事例に着目し,野生植物利用の現代的意義および屋敷地が果たす機能について検討したい.
2022年4月から11月まで計22回, 三重県いなべ市の山麓の集落を訪問し, 屋敷地の植生調査および17名への聞き取り調査を実施した. また2021年5月から2022年11月まで計12回, 滋賀県側の廃村茨川を訪問し, 集落跡や畑跡の植生調査および2名の離村者への聞き取り調査を行った.
2. 鈴鹿山脈北部における社会変容と野生植物資源利用
調査地域においては, 1800-1965年頃まで, 食用, 薬用, 販売用に, 二次林あるいは畔・河原・道沿いでの採集と屋敷地・耕地での栽培が確認できた野生植物は計72種類であった. 食用の中でも日常的なおかず以外の用途をもつものは, 保存食, 救荒食糧・代用食, 季節の味・山のごちそう , 子供のおやつの4つに分類された. 1960年代の高度経済成長期以降, 住民の雇用確保と所得増大が生じ, 農村生活の都市化が起こった. 工場誘致やゴルフ場開場などの外在型開発もまた積極的に進められ, かつての薪炭二次林における都市的土地利用が拡大した. 余暇を利用した園芸ブームにより山野草を観賞用として二次林から屋敷地へ移植する現象, ヤマノイモが採集から栽培へ移行し特産品化するなどの現象が見られた.
1990年代以降は, 大型の企業誘致が成し遂げられた. 二次林や畔・河原・道沿いで採集が確認された植物はわずか19種類で, 屋敷地での野生植物利用の比重が高まっていることが分かった. これらの背景には, 高齢化率の高まりや獣害の深刻化により, 除草剤使用の増加や庭木伐採の増加が生じていること, またシカ食害による山地荒廃および豪雨による土砂災害, 林道の不整備などが直接的なきっかけとして挙げられる. 他方, 市町村合併により, 小学校など様々な施設の統廃合が進んだ結果, 市のまちづくり団体による, 各地区への干渉が大きくなっている. 移住者の増加や政策的支援を背景に, 二次林での食用野生植物の採集は, 野外教育・環境教育の一環として行われるようになった. また, 薬用や販売用として利用される野生植物の種類が増えていた. 結果として, 屋敷地への野生植物の移植栽培が植物の種類や用途の観点から多様化していることが分かった.
3. おわりに―植物利用の場としての屋敷地の機能 最後に, 植物利用の場としての屋敷地の機能についてまとめておく.
社会・経済的機能としては, (1)野生植物資源利用の維持・継承・導入の機能が挙げられる. 屋敷地は生活文化や地域文化の反映の場でもあり, 野草や山菜を屋敷地で利用し, 薬草や食文化の継承が進む. また特定の巨木は神聖視され, 維持される場合もある. また(2)野生植物の商品化の機能も見逃せない. 本発表では, 1990年代以降, 野生植物の商品化が進み, 地域振興や観光に活用され, 用途が多様化していることの一端を示した.
農業・生態的機能としては, 周辺山野に生息する野生個体を移植栽培して利用する場であることが示された. 特に近年, 集落管理の粗放化によって野生植物の利用場所が屋敷地に集中し, 移植栽培が増えている. 生態系保全や獣害対策を通じて屋敷地の役割は再評価されるべきなのではないか.
本発表は, 屋敷地が地域資源としての野生植物の維持・活用において果たしている役割の一端を示した. 中山間地域の生態系保全や地域振興, もとい持続可能な発展のための施策策定においては, 住民と行政が協力し, 屋敷地という空間を組み込んでいく必要があるのではないだろうか.
抄録全体を表示