日本地理学会発表要旨集
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  • 淡野 寧彦
    セッションID: 533
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 本発表は,コロナ禍が国内畜産業にいかなる影響をもたらし,これに対してどのような適応戦略が取られたのかを,観光牧場を対象として明らかにしようとするものである。本発表に先立って,発表者は高級牛肉の需給に関する調査・分析を行った。その結果,生産現場では感染状況の変化への都度対応が迫られたが,国策的な需給支援による肉牛の出荷・食肉処理体制の維持や,ふるさと納税の活用や輸出量の増加による需要増といった,新たな対応策が取られていることが明らかになった(淡野,2024)。一方で,観光牧場は消費者自身が現地を訪れて利用するものであり,コロナ禍において行動形態に大きな変化がもたらされた中では,上記の生産現場での対応とは異なる現象が複数発生していたことも推測される。コロナ禍における農村観光や農業体験施設等の利用の変化に関する先行研究をいくつか俯瞰すると,藤井ほか(2024)によれば,都市部における体験農園の利用者数はコロナ禍でも大きな変化は生じなかったものの,利用者同士や利用者と運営者との交流機会が減少し,体験農園の持つ魅力の低下が懸念される事態もみられた。河本ほか(2021)は,グリーンツーリズムや都市農村交流機会の減少が農村地域に大きな影響をもたらしうることを危惧しつつも,大都市部近隣という地理的条件や,地域資源の連携的な活用が進められてきた地域では,コロナ禍の影響は限定的となりうる例を示した。こうしたコロナ禍の影響に加えて,畜産業では日常的な防疫対策も不可欠であることから,観光牧場が持つ,畜産振興と消費者との関係づくりの両方を実現しうる存在としての役割や適応戦略に注目する。 2.大都市周辺部における観光牧場の展開とコロナ禍への対応 一般的に観光牧場は,酪農業を主に,乳製品の生産・販売や乳しぼりなどの農業体験,さまざまな動物との触れ合いなどが組み合わされて運営される。酪農業の最大産地は北海道であるが,関東地方の大都市周辺部の県でも主要な産地が形成されている。コロナ禍以前より,大都市周辺部の酪農は,飼料コストの高騰への脆弱性が露見しつつあった一方で,観光牧場の展開による独自商品の販売や6次産業化などによる新たな発展可能性も有している(周,2017)。また,観光牧場が地域の主要観光施設となっている場合,特産物の一大販売拠点としての役割も担うことから,コロナ禍における利用者の予測困難な増減が,当該地域に及ぼす経済的・社会的影響は大きいことも推測される。 本発表で主に取り上げる観光牧場の一つである栃木県のS牧場では,明治期の開拓地を活用して第二次世界大戦後に酪農経営が開始され,1960年代から観光事業に着手した。2000年代に入ると多様な農業体験イベントが展開され,年間利用者100万人超の,地域の主要観光拠点の一つとなった。こうした施設においてもコロナ禍の影響は甚大であったが,2024年秋にはレストランと売店をリニューアルするなど,いち早く新たな事業展開を進めている。 発表当日は,現地調査で得られた情報をもとに,コロナ禍およびその前後の対応について詳述する。 参考文献:河本大地ほか 2021.宇治茶の主産地・和束町におけるグリーンツーリズムの展開とコロナ禍のレジリエンス.日本地理学会2021年秋季学術大会発表要旨集.周 華 2017.観光を活用した大都市近郊酪農の振興方策-埼玉県上尾市榎本牧場における取り組み-.地域政策研究,19(4),151-166.淡野寧彦 2024.コロナ禍における高級牛肉需給への影響と産地の対応.日本地理学会2024年春季学術大会要旨集.藤井 至ほか 2024.コロナ禍における農業体験農園の体験・交流活動-東京都練馬区の事例から-.農業経済研究,95,279-284.付記:本研究では,科学研究費補助金 (基盤研究C課題番号:22K01064 「コロナ禍による食料需給の変化と食関連産業の適応戦略に関する地理学的研究」)を使用した。

  • 神奈川県藤沢市江の島を事例に
    武田 和大, 中山 大地, 松山 洋
    セッションID: 414
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    大量の観光客が訪れることで地元住民に不利益が生じるオーバーツーリズム、近年世界各地で発生しているこの問題は、日本においても例外ではない。オーバーツーリズムの中でも混雑は交通全体に与える影響が大きく、国内においても京都をはじめとした一部の観光地で発生しており、その解決が望まれている。特に近年多数の外国人観光客が訪れるようになった日本においては、新型コロナウイルス流行前からオーバーツーリズムが問題となっている。本研究では、神奈川県藤沢市江の島における観光に起因する混雑を、マルチエージェントシミュレーションを用いてコンピュータで再現するとともに、シミュレーション内における条件を変化させることで混雑問題の対策を講じた場合の変化を考察した。

    2 . 対象地とシミュレーションの設定

    対象地域は、神奈川県藤沢市にある江の島とした。江島神社をはじめとした宗教施設や、その風光明媚な景観から、信仰の対象として、そして景勝地として発展を遂げてきた。近年はアクセス性の良さに加え、寺社仏閣や富士山といった日本らしい景色を求めて外国人観光客が多く訪れている。実際、江の島への訪問者数は2021年の大型連休中に1日当たり2.2万人を記録しており、新型コロナウイルス感染症の流行の余波により2019年よりも減少しているが、それでも4割程度に回復している。シミュレーションは休日の15:00から5分間を想定して実行した。シミュレーションの開始時点で島内にいる観光客数、およびその後島内に入ってくる観光客数は、藤沢市の統計書等から設定した。シミュレーション上の観光客は、入島後複数の観光地を経由しながら移動する。また移動の途中にランダムなタイミングで飲食店や土産物屋に引き寄せられ、立ち寄り行動を再現した。移動には島内の道路を利用し、その速度は傾斜によって減速する設定とした。一部の観光客は江ノ島電鉄株式会社の運営する有料エスカレーター群「江の島エスカー」を利用する。これを利用している間は傾斜の影響を無視する設定とした。また麓から頂上へ向けての一方通行であるため、逆流が起こらない設定とした。シミュレーションは、現状を再現したものと、混雑を解消すると考えられる複数の施策を組み合わせた5つのシナリオの計6シナリオで実施した。混雑解消の施策は、江の島島内にある一部の道路を一方通行化と、江の島の東にある湘南港から本土までの航路の新設の2つであり、その適用範囲と組み合わせを変化させて実行した。

    3. 結果・考察

    現状を再現したシミュレーションの結果と、実際に現地で撮影した動画を比較したところ、おおむね一致する行動をとっていた。混雑解消シナリオのうち、島の中央部で行った一方通行は、混雑の緩和や移動速度の増加に寄与した。一方で島の北東部を一方通行化した場合は、一部の場所で混雑の緩和が見られたものの、既存の混雑発生個所のほとんどで混雑を悪化させていた。中央部と北東部の両方で一方通行かを行った場合は、両者の結果を折衷したような結果となった。このことから、混雑を解決すると考えられる施策であっても、適用する場所によってその効果に大きな差がうまれることが分かった。また湘南港から本土までの航路を設定した場合、島東部での移動速度が上昇し、集中の緩和に寄与していた。一方で一方通行と併用した場合は、一方通行のみで実施した場合と同様に交差点における渋滞悪化を招いた。これより、航路新設には効果があるものの、一方通行化と比べるとその影響は限定的であることが分かった。

  • 小川 滋之
    セッションID: S702
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに 本州中部では,八ヶ岳山麓に分布するチョウセンゴヨウ―落葉広葉樹混交林やヤエガワカンバ林,北関東などに分布する大陸部のモンゴリナラとよく似た形態であるフモトミズナラ林など氷期遺存林とみられるものが分布している.これらは,現在の北東アジアの大陸型落葉広葉樹林で主要な植生とよく似ている.大陸型落葉広葉樹林は,寒冷,乾燥な気候が卓越した最終氷期以前の日本列島に広く分布したものの,その後の気候変動により温暖,湿潤化する過程で分布域を狭めていき,現在のような氷期遺存林として残存するものになったと考えられている.近年では,北関東の丘陵地帯にみられるブナ林のように大陸型落葉広葉樹林とは相反する氷期遺存林も明らかになっている.

     ところで,本州中部におけるヤエガワカンバ林の存在については,これまで八ヶ岳山麓周辺にのみ分布すると考えられてきた.しかし近年では,その分布は亜高山帯に至る地域から常緑広葉樹林帯に至る地域までの落葉広葉樹林帯全域に及んでいることや,極相林あるいは土地的極相林として潜在分布することが明らかになってきた.そこで本研究では,本州中部にみられるヤエガワカンバ林に着目して北東アジアの落葉広葉樹林としての地理分布について考察する.

    本州中部におけるヤエガワカンバ林のデータ 山梨県乙女高原(標高1653-1670m),埼玉県外秩父山地蕨山(標高1025-1044m),高篠山(標高740-810m),栃木県那須地方(標高1160m)の4地域を用い,本州中部の垂直的,水平的な広がりを網羅できるようにした.乙女高原は林内に複数の成長段階の個体が共存する極相林,外秩父山地は蕨山の山頂平坦面や高篠山の地すべり地形において林冠ギャップの出現に依存する形で林分が形成される土地的極相林として分布している.那須地方については,単木的な個体群がみられることが知られている.外秩父山地蕨山と高篠山(一部),那須地方の林分については,比較的小規模な林冠ギャップに形成された小林分である.

    調査方法 本研究では,既往の報告から大陸部の落葉広葉樹林において主要な木本構成種を抽出した.本州中部の4地域のヤエガワカンバ林の木本構成種については,大陸部との共通種(ごく近縁種を含む),4地域のうち複数地域で出現する樹種,日本固有種などのうち林分内の相対優占度10.0%以上となる樹種,それに日本列島の落葉広葉樹林において代表的な樹種となるブナとイヌブナを抽出した.

    結果と考察 本州中部4地域のヤエガワカンバ林のうち,乙女高原に出現する樹種は,サワシバを欠くこと,わずかにブナが出現することなど多少の差異はみられるものの,林分の相対優占度のうち,80.0~98.4%がロシア沿海部との共通種であった.外秩父山地高篠山に出現する樹種は,51.3~83.1%がヤエガワカンバを含めた朝鮮半島北部あるいは南部との共通種であった.日本固有種などは,ミズメ,リョウブ,イヌブナなどの出現がみられた.外秩父山地蕨山と那須地方では,朝鮮半島北部あるいは南部との共通種が50.0%未満であった.

     本州中部の高標高域の林分については,植物社会学的な手法による既往の研究でも共通性が高いことが明らかにされた.低標高域の林分について,朝鮮半島における林分の情報ではヤエガワカンバを欠いているが,これは本州中部と同様に土地的極相林として局所的な分布をしているためであると考えられる.これを考慮すれば,外秩父山地高篠山については朝鮮半島との共通種が多く,類似性の高い落葉広葉樹林であるといえる.また,低標高域の比較的小規模な林冠ギャップに成立している林分では,優占種となるブナやミズナラなどが侵入しにくい環境下で先駆種の一つとしてみられる.このような条件の林分であることから共通種が少ないと考えられる.しかし,ヤエガワカンバの小林分や単木としての分布は,北関東でも広く確認されており水平的にも広い.これらも氷期遺存林の一部であるとするなら,本州中部における最終氷期以前の落葉広葉樹林は従来考えられているものよりも複雑なものになる.

  • ―高密度気温観測網のデータを用いて―
    大和 広明, 高橋 日出男, 三上 岳彦
    セッションID: P051
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

    夏季の関東地方では,南風が卓越するときに,相対的に沿岸部で低温,内陸部で高温になることが知られている。これは南風が海からの冷気を移流させるため,沿岸部では気温の上昇が抑えられ,内陸側では海からの冷気が侵入するのが遅く,気温が高くなる傾向があるためである。しかし,沿岸部に近いにもかかわらず東京都心の風下地域では沿岸からの距離が同じような他の地域に比べて相対的に気温が高く,その結果として夏季の晴天日午後に都心から都心の風下方向に高温域が広がる。これは,都心部のヒートアイランド現象の影響で,風下地域で海からの冷気を伴う海風の内陸へ侵入速度が遅いためである(Kusaka et al., 2000)。また,この関東内陸部の高温域では,1979年から2002年の間に,沿岸部より気温が経年的に上昇している傾向が認められている。これは,都市ヒートアイランドにバックグラウンドの地球温暖化の影響が加わった結果である(藤部,2004)。そこで本報告では,近年ますます進行している地球温暖化やヒートアイランド現象の影響を受ける首都圏を対象に,2006年から2023年の長期間にわたって観測方法が大きく変化していない空間的に高密度の気温の観測データを用いて,日最高気温の長期間の変化傾向を調査した結果を報告する。

    使用データと方法

    長期間にわたって観測方法が大きく変化していない気温の観測データとして,広域METROSの気温を用いた。広域METROSとは首都圏の小学校に設置されている百葉箱に,データロガー付きの温度計を設置して,10分毎に気温を計測する観測網である(三上ほか,2011)。10分毎の観測データから7,8,9月の気温の2007年から2023年までの日々の日最高気温を求めた。その日最高気温の変化傾向の解析を,ノンパラメトリック手法の1つである,Mann-Kendall検定を用いて実施した。関東平野内陸部に高温域がみられる,夏季の晴天日を以下の条件で解析対象日として選定した。選定条件は,関東平野部のアメダスにおいて,①6時から15時までの合計降水量0mm②9時から15時までの日照時間の平均が4.5時間以上の2つである。関東平野の内陸部の大半で日最高気温が出現する時間は13-15時であるため,15時までの降水量と日照時間のデータを使用して対象日を選定した。

    結果

    日最高気温は,大半の観測点で5%有意で上昇傾向が認められた。これは地球温暖化の影響で気温そのものが経年的に上昇傾向であることと整合的である。しかし,観測点の中には,5%有意で減少傾向を示す観測点があった。それらの観測点は百葉箱の周囲に樹木があるため,樹木の生長で日中の気温が低下傾向にあると考えられる。日最高気温から舘野の9時の850hPaの気温を引いて,地球温暖化による気温上昇の影響を除去した値の経年変化を見たところ,埼玉県北部の一部の観測点や東京湾の臨海部で5%有意で上昇傾向が見られた。ヒートアイランド現象の影響を見るために,都心部との気温差の経年変化を解析したところ,5%有意で地域的にまとまって上昇傾向が認められたのは,東京湾の臨海部のみであった。しかし,年によるばらつきも大きく,期間前半では2011年に気温差が大きい観測点も多いため,有意なトレンドが見られなかったが,都心の風下地域では,近年では2022年,2023年と日最高気温差が大きい年が見られた。都心の風下地域に広がる高温域で気温差が今後どのように変化していくのか注視していき必要があると考えられる。

  • 福井 幸太郎, 飯田 肇, 川瀬 宏明
    セッションID: 839
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

    近年,積雪深分布の観測にUAVが用いられることが増えてきた.これらの観測では,積雪期と無雪期にUAV-SfM測量で取得した点群データからDSMを作成し,両時期の差分から積雪深を推定する方法を用いている.誤差は概ね0.1~0.6m程度で,山岳地での最大積雪深分布の推定には十分な精度をもっているといえる.

     2020年頃になると安価なUAV-LiDARが販売され,砂防の分野では砂防堰堤周辺の地形測量などに盛んに活用されるようになっている.UAV-LiDAR測量ではUAV-SfM測量では測定できない樹林下の雪面DSMデータを得られるなどの利点がある.しかし,現時点での研究事例は少ない.本研究では2024年4月に立山黒部アルペンルート沿いでUAV-LiDARを用いて積雪深分布観測を行った結果について報告する.

    2.方法

    現地観測にはDJI社製Matrice 350 RTK(UAV本体)とZemmuse L1(UAV搭載用LiDAR),D-RTK2(GPS補正電波基地局)である.D-RTK2の座標は2周波GPS(イネーブラー社製GEM-1)によるスタティック測位で求めた.UAVによる観測では,地形フォロー機能を利用して高度100mで自動飛行を行った.点群のデータ処理はDJI Terra,データ解析はArcGIS proを用いた.

     観測地域は美女平(標高1200m前後),大観台(標高1400m前後),弥陀ヶ原(標高1800-1950m),室堂(2350-2600m),観測日は美女平と大観台が2024年4月15日,弥陀ヶ原と室堂が2024年4月6日である.

     無雪期の地表面データとして,国土交通省立山砂防事務所が所有している航空レーザー測量による1mメッシュDEM(2021年10月の観測データ)を使用した.誤差は0.2m程度と言われている.現地観測データ(積雪期DSM)と無雪期DEMの差分をArcGIS Proのラスタ演算で求め,積雪深分布を推定した.

    3.結果

    UAV-LiDAR観測による雪の大谷付近の積雪深は14―16 mであった.これは雪の大谷の高さの実測値(約14 m)とほぼ一致した.2024年3月下旬~4月中旬にかけて行った積雪断面観測による積雪深とUAV-LiDAR観測による積雪深の差は,室堂の2435 m地点(草地)で0.2 m程度,弥陀ヶ原の1935 m地点(疎林)で0.1 m程度であった.したがって,UAV-LiDAR観測による積雪深の誤差は0.2 m程度におさまっている可能性が高い.

     ハイマツ密生地やササの分布地では積雪深が最大0.5 m程マイナスになる場所があった.これは積雪から解放されると大きく立ち上がるハイマツやササの影響だと考えられる.

    大観台や美女平では,調査地のほぼ全域に樹高20m近いタテヤマスギやブナが分布している。UAV-LiDAR観測データからは,樹木が完全に消去された雪面DSMデータが得られた.道路沿いの除雪による積雪断面と概ね一致する積雪深データが得られていることからUAV-LiDAR観測では樹林下の積雪深を良好に測定できていると考えられる.

    4.過去20年間の積雪水量の高度による増加率の変化

    室堂平,弥陀ヶ原,大観台,美女平の平均積雪深に断面観測で測定した全層密度を乗じて各地点の積雪水量を求め,積雪水量の高度による増加率を求めた.直線回帰式によって得られた2024年4月の積雪水量の増加率(係数α)は約1.67であった.2005年3月下旬の航空レーザー測量による積雪深分布観測による積雪水量の高度による増加率(Iida 2008)は,係数αが約1.22であった.過去20年間では、高標高域の積雪深に大きな変化が見られなかったが標高2000m以下で積雪深が減少したため係数αが増加した.

    文献:Iida 2008. Proceedings of 36th IAH(2008) congress T5, 1-6.

  • 地形・地質調査の空白域に挑む
    菅 浩伸, 三納 正美, 後藤 秀昭, 青木 賢人
    セッションID: 907
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     沿岸浅海域は陸上地質と海域地質をつなぐ重要な地域であるが、大型調査船が近づけない沿岸浅海域は地形・地質調査の空白域として残されたままである。能登半島では東部で沿岸から5~7km、七尾湾では湾奥部から20kmの空白域が存在する。一方、能登半島北岸では半島北西岸沖を震源域とした平成19年能登半島地震(2007年3月25日,M 6.9)の発生後、沿岸近くまで及ぶ詳細な海底地質調査が実施された(井上・岡村,2010)。しかし、沿岸近くの探査は難しく、海岸から1~2.5kmの幅で空白域が残る。

     岩石海岸に接する浅海域では、侵食営力が作用して岩盤が露出する侵食地形であることが多い(たとえば,菅ほか2023)。海域の地質調査は通常、音波探査と堆積物等の試料採取(ドレッジおよびコア試料採取)によるため、岩盤が露出した海底は音波探査による地層の判別が難しい。中新世堆積岩類(南志見沖層群)と音響基盤との境界は海底地形の起伏を基に推定されており、音響基盤は主に火成岩類よりなると推定されている。輪島の北21~23kmに位置する七ツ島周辺にも空白域が存在するほか、周辺の地質は「音響基盤」である。輪島と七ツ島の間,距離にして23kmのうち、堆積物が堆積する(すなわち、海洋地質が記載される)海域は約4割程度である。

    2.沿岸浅海域のマルチビーム測深と潜水地質調査

     我々は2024年4~5月に能登半島北岸の約42㎢でマルチビーム測深機R2Sonic2022を用いた海底地形測量を実施し、0.5mおよび1mグリッドの高解像度海底地形図を作成した(例 https://isgs.kyushu-u.ac.jp/~seafloor/noto/)。その後、同年6月と8~9月に測深海域で28回の潜水調査を実施した。また、水中ドローンを用いた観察も21カ所で実施した。狙いを定めたポイントへ潜行する潜水調査やROV調査には、高解像度マルチビーム測深データは必須である。

     本研究では沿岸浅海域の地形・地質に関して多くの新たな知見を得た。輪島北西沖にはWSW-ENE方向に約4km延びる直線的な高まりが存在し、数値地質図S-1にて主に火成岩類よりなると推定される「音響基盤」と記載されるが、潜水して岩石を採取したところ、この高まりは原地性のサンゴモ(石灰藻)を主とする石灰岩よりなることが判った。また、その南側、海岸との間(幅約1.5km)は珪質シルト岩よりなるが、石灰質のマトリクスを含む珪質シルト岩や珪藻質の珪質シルト岩などいくつかの岩相が認められる。このほかにも、新たに得られた知見について発表時に紹介する。

    3.浅海底の地形地質調査法について

     岩盤が露出している沿岸浅海域の調査手法については、今後議論を行い、可能な方法を探ることが必要である。既存の地形図や地質図がない沿岸浅海域では、それらの作成から研究を始める必要がある。水中ではGPSが使用できず、見通しは透明度によるが、数cm~十数mである。また、減圧症等の潜水病を避けるため、深度によって潜水時間が限られている(目安として水深20mで約20分、水深30mで約10分を1日1~2回)。海況不良で調査ができない時も多い上、船舶借上や安全対策などにコストがかかるなど、陸上の調査と同様に進められないのが課題である。

     堆積物に覆われた海底ではマルチビーム測深による高解像度海底地形情報を基にした海底地形の判読と、地層探査による情報をあわせて地形・地質情報を整備し、活断層等の存在を解釈することが望まれる。

    謝辞:能登半島沿岸域の調査は株式会社ワールドスキャンプロジェクト(WSP)の資金援助によって実現しました。旅費の一部には九州大学総長裁量経費(代表者 ハザリカ・へマンタ教授)を受け,潜水調査はR3~6年度科研費JP21H04379(代表者:菅 浩伸)を用いて実施しました。現地調査にご協力いただいた石川県漁業協同組合の若松拓海様,石川県漁業協同組合輪島支所統括参事の上濱敏彦様,凪紗丸船長の岩坂紀明様,まる丸船長の塩谷雅孝様,わじま海藻ラボの石川竜子様はじめ,輪島市民の方々に感謝申し上げます。

    1) 井上卓彦, 岡村行信 (2010) 数値地質図S-1, 地質調査総合センター.

    2) 菅 浩伸ほか(2022)玄武岩海食崖沖の海食台. 地形,42(3), 69-81.

  • 池田 千恵子
    セッションID: S603
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究では,地域資源を活用した分散型宿泊施設による地域再生について報告を行う.分散型宿泊施設の一つにアルベルゴ・ディフーゾがある.アルベルゴ・ディフーゾとは,使用されていない歴史的な建造物を再利用し,レセプションを中心に客室が地域に点在する 「分散型ホテル」である (Liçaj 2014).空き家をレセプションや客室・レストランなどに再利用し,地域全体を宿泊施設に見立てる考え方で(渡辺ほか 2015),旅行者はその地域に暮らすような感覚で滞在できる.アルベルゴ・ディフーゾの最終目標は,地域に人を呼び戻すことにある.

     このような地域全体を宿泊施設として見立てる取組みは,日本では一般社団法人日本まちやど協会(以下,まちやど協会)が推進している.「まちやど」とはまちを一つの宿と見立て,ゲスト(宿泊客)とまちの日常をつなげていく宿泊施設である.「まちやど」のスタッフは,まちのコンシェルジュとしての役割を担い,地元の人たちが日常的に楽しんでいる飲食店や銭湯などの案内を行う.まちの中にすでにある資源やまちの事業者をつなぎ合わせ,そこにある日常をコンテンツとすることで,地域の価値を向上させる.利用者には世界に二つとない地域固有の宿泊体験を提供し,まちの住民や事業者には新たな活躍の場や事業機会を提供する.このまちやど協会に加盟している宿泊施設は,2022年時点で25施設ある.

     アルベルゴ・ディフーゾもまち宿も,空き家や空き店舗などの遊休不動産を再利用し,宿泊施設や宿泊客が利用する飲食店や小売店などが集積することを地域再生の方策の一つとしている.そして,どちらも旅行者と地域を繋ぐコンシェルジュ機能を特徴としている.

     本研究では,分散型宿泊施設による地域再生における1)地域の価値、2)事業目的、3)コンシェルジュ機能、4)新規事業者の特性などに着目して報告を行う.

     研究対象地域の神奈川県真鶴町では、1993年に制定された真鶴町まちづくり条例『美の基準 Design Code』により保全されてきた景観や日常の暮らしが,「地域の価値」として,地域住民から移住者へと継承されてきた.この「地域の価値」の発信を真鶴出版が行っている.真鶴出版とは,出版業と宿泊業を兼ね備えた小さな泊まれる出版社である.

     真鶴出版の宿泊業では,希望する宿泊者に町内を歩いて案内する「まち歩き」を提供している.この真鶴出版による「まち歩き」が,訪問者に「地域の価値」を伝えるコンシェルジュ機能を果たしている.「まち歩き」の場では、真鶴町の歴史や「美の基準」について話をした後,約1時間半から2時間かけて, 背戸道(せとみち)と呼ばれる細い路地を歩きながら,地域の暮らしや文化にふれながら案内を行う.また,地域の商店を訪問し,宿泊者に地域の住民とことばを交わす機会を提供している.

     真鶴出版の出版業としては,真鶴町の魅力を出版物(書籍)として発信し,発信された情報により真鶴町に興味を持った人々が,真鶴町を訪問している.真鶴出版の書籍は独立系書店で取り扱われているため,ある一定のこだわりを持つ人々が購入することが多く,書籍などの情報をもとに真鶴町に訪問した人々が、宿泊施設を利用している.そして,真鶴出版での宿泊により地域住民とつながることで,移住をしたり新規事業を行う人々が増えている.

    このような真鶴出版の活動をもとに分散型宿泊施設が地域に提供する価値について報告を行う.

  • 伊藤 修一
    セッションID: P023
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ.はじめに 本研究では,1990年代以降の軽乗用車普及の地域的傾向を統計的裏付けに基づき明らかにする.自動車検査登録協力会編『自動車保有車両数』によれば,普通・小型乗用車台数は1990年代に入って漸減傾向である一方で,軽乗用車はこの時期の規格改定による大型化や女性の社会進出などと重なり,その後も毎年増加している.日本自動車工業会『軽自動車の使用実態調査報告書』によると,軽自動車は地方圏のような低密度地域で利用が高い.さらに2005年の市区町村別の人口1人当たりの自動車保有台数を分析した奥井(2008)は地方間の差を指摘している.近年の軽乗用車の増加傾向からみれば,軽乗用車のみの地域的普及の特徴を把握することの重要性は増している.なお軽自動車は2台のうち1台が普通・小型自動車との併有という特徴がある(日本自動車工業会 2023ほか).そのため,軽乗用車の普及の把握においては普通・小型自動車との関係を考慮することも必要である.

    Ⅱ.分析データ 本研究で用いる軽乗用車台数は,全国軽自動車協会連合会『市区町村別軽自動車車両数』(1996年3月末版,2021年3月末版)の乗用車区分の車両数である.普通・小型乗用車は,自動車検査登録情報協会『自動車保有車両数統計書』(1996年3月末版,2021年3月末版)の普通乗用車と小型乗用車の区分の車両数の合計である.世帯保有率(以降保有率と略称)は,軽乗用車と普通・小型乗用車それぞれを世帯数で除した値である.ここでの世帯数は,総務省『国勢調査報告』(1995年,2020年)の一般世帯数である.分析対象は国内全ての市区町村であるが,市町村合併や分区などを考慮して,1824の部分地域に整理された.

    Ⅲ.軽乗用車台数の分布特性 2020年の軽乗用車は22.3万台の札幌を筆頭に,広島(18.7万台),岡山(17.1万台)と政令指定都市が上位に続くように,世帯数の多さに比例して分布する(r=0.76;p<0.01,以降相関係数の有意水準は全て0.01以上).2020年の軽乗用車の分布パターンは1995年の分布パターンともよく似ているが(r=0.97),両年を比較すると,全市区町村の軽乗用車は増加しており,その伸びも一部を除き2倍を超える.そのこともあって1995年に普通・小型乗用車よりも軽乗用車が多い市区町村は無かったが,2020年には中部地方以西を中心に286市町村にまで増加した.空間的自己相関係数を参考に地域的傾向をみると,増加率が高いのは北海道や東京都区部を除いた関東大都市圏,中京大都市圏であって,900%を超えている.対照的に東北地方日本海側や,中京大都市圏と京都,福岡,熊本各市周辺などを除く中部地方以西では300%未満の市区町村が広がっている.軽乗用車の分布は普通・小型乗用車のそれとよく似ている(1995年r=0.83,2020年r=0.91).ただし普通・小型乗用車が減少した市区町村は1226もあり,うち1115では普通・小型乗用車の減少数を軽乗用車の増加数が上回り,乗用車全体の台数(軽乗用車と普通・小型乗用車との合計)は増加している.1995年と2020年との間の普通・小型乗用車の増加率は世帯増加率に比例している(r=0.71).これに対して軽乗用車の増加率と世帯増加率との相関は弱い(r=0.29).さらに軽乗用車の増加率は普通・小型乗用車が減少した市区町村の平均281%よりも,増加した598市区町村の351%のほうが高い(t=9.19;p<0.01).これらのことからは,全体としてみた場合,普通・小型自動車から軽乗用車への転換よりも,軽乗用車の併有が多いことが示唆される.

    Ⅳ.軽乗用車保有率の地域特性 2020年の軽乗用車保有率は全国平均で40.8%であり,全国保有率が70.0%の普通・小型乗用車よりも普及は遅れている.それでも仙台市とその周辺を除いた東北や信越,中・四国,九州・沖縄各地方には70%を超える市区町村が集まり,中・四国地方以西で低保有率という普通・小型乗用車の分布パターンとは異なる(r=0.20).軽乗用車保有率の分布パターンは1995年に類似するが(r=0.86),保有率が低下したのは東京都千代田区と中央区,港区のみである.一方で東北,信越各地方,鳥取県,四国地方西部,九州・沖縄地方で50ポイント以上保有率が上昇している.これらは1995年時点で保有率が高い地域であって,軽乗用車の併有が進んだ地域と解釈できる.また軽乗用車増加率が高い三大都市圏縁辺地域にも50ポイント以上保有率の上昇した市町村がみられるが,保有率は総じて低くとどまる.これはこの地域の世帯数の増加率が高いことと関係しており,大都市圏と地方圏との軽乗用車の併有の傾向に違いがあることがうかがえる.

  • 学問分野に着目して
    栗林 梓
    セッションID: P012
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

     教育機会の均等は,教育基本法にも定められた日本社会の基本方針である.大学教育機会(以下,教育機会と記す)もその例外ではない.しかし,教育機会には地域間格差が存在し,社会的に問題視されている.

     人口減少が進む日本において,大学の量的な拡大が見込みにくい現在において,どこで何を学ぶことができるのか,という大学教育の質的な側面にも注目が集まりつつある.例えば,2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)では「分野の違いを含めた大学の配置状況を可能な限り分かりやすく可視化しておくことは,各高等教育機関が他の機関との連携・統合を含めた将来の組織改編等の戦略を立てていく上でも重要と考えられる」(中央教育審議会2018: 39)として学問分野に着目する必要性が指摘されている.当然ながら,学生が学ぶことのできる分野には大学ごとに差があり,教育機会の均等を目指す際には,この点を考慮する必要がある.

     しかし,意外なことに,中央教育審議会(2018: 39)が指摘したような,「分野の違いを含めた大学の配置状況」の可視化,分析は学術的に十分になされてきたとは言い難い.確かに,量的には,「収容力」(高等学校卒業者や18歳人口などに対する大学定員)などの指標を用いてその需給関係と地域間格差について検討されてきた.しかし,収容力は,上述した学問分野といった質的な側面を捨象し,教育機会を量的な議論のみに還元してしまう.学生の関心が多様であることを踏まえれば,学問分野を考慮して教育機会について論じる必要がある.

    Ⅱ 研究目的・方法

     

     以上の問題意識のもと,本発表の目的を,学問分野に着目し,日本の教育機会の地域間格差について明らかにすることとする.

     どこの大学でどのような学問分野を学ぶことができるのかを把握するために『全国大学一覧』(令和5年度)と『学科系統分類』(令和5年度)を組み合わせて整理した.具体的には『全国大学一覧』に掲載されているすべての大学の「学科」を『学科系統分類』を用いて11分類した(人文科学,社会科学,理学,工学,農学,保健,商船,家政,教育,芸術,その他).なお,大学のうち大学院大学と通信制大学は分析対象外とした.また,11大分類のうち「商船」については該当数が極めて限定的であることから,やはり分析対象外とした.分析スケールには学生の大学への通学可能性を考慮し,「都市雇用圏」(2015年国勢調査基準)を用いた.

    Ⅲ 結果および当日の議論

    分析の結果は以下のように集約される.

    (1)県庁都市を有する都市雇用圏と比較してそれ以外の地域では学問分野が限定的となる.そもそも222の都市雇用圏のうち87(39.2%)の都市雇用圏には大学が立地していない.比較的人口規模の大きな大都市雇用圏に分類されるものの,大学が立地していない地域もある(古河市,栃⽊市,島⽥市,富⼠市,舞鶴市,岩国市・⼤⽵市,新居浜市,⼋代市,沖縄市).また,1〜3の学問分野のみが供給されている都市雇用圏も少なくなく,学問分野という観点での地域差が見出された.

    (2)離家せずとも学びやすい分野があることと,学びにくい分野があることが示された.具体的には,222の都市雇用圏に各学問分野を有する大学が立地している割合は,「その他」(49.5%)→「保健」(45.5%)→「社会科学」(43.2%)→「工学」(37.4%)→「教育」(33.8%)→「人文科学」(30.2%)→「家政」(29.3%)→「農学」(26.1%)→「理学」(23.4%)→「芸術」(17.1%)の順に高い.何を学びたいかによって,離家の必要性の有無に地域差があると結論付けられる.

     発表当日は,より詳細な各学問分野の供給の地域間格差について提示する.分析対象年度を増やすこと,大分類のみならず中分類での分析を行うこと,マルチスケールでの分析を行うこと,などを今後の課題とし,収容力に還元されがちだった大学教育機会を質的な側面から再考したい.

    文献

    中央教育審議会2018. 2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)https://www.mext.go.jp/content/20200312-mxt_koutou01-100006282_1.pdf(2025年1月17日最終閲覧).

  • 中嶋 則夫
    セッションID: S208
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    現行学習指導要領の理念や趣旨の浸透は道半ばである。科目の構成の改善が行われた高等学校教育については,その一層の定着を図る方策が検討課題となっている。そこで現行課程のポイントを整理して改訂に向けた議論の一助としたい。1点目は,小中高の接続についてである。生徒が「同じ学習の繰り返し」と捉えることなく、成長を実感できる指導の工夫が求められる。地理学習の小中高の接続のみならず、中学校の分野間、高等学校の教科間の接続を意識したカリキュラム・マネジメントが重要である。教師には先行する学習を把握し、指導に活かすことが求められる。 2点目は,「地理的な見方・考え方」を働かせて資質・能力を育成する活動の充実である。地理の学習においては、「地理的な見方・考え方」を働かせ、調べたり、考察したりする活動を通して、目標とする,地理ならではの資質・能力を育成することが求められる。3点目は,地理学習における地誌学習の位置付けである。地誌学習を通じて対象地域の地域的特色を理解し、対象地域への関心を高めるとともに、事象間の関連性の一般的な傾向を理解することで、地域を様々な事象の相互関係に着目して考察する力を高め、対象地域が変わってもそうした考察が可能となることが想定されている。さらには、こうした力を活用して、社会に見られる課題の解決に向けて地理的に考察・構想することが期待される。4点目は,主権者として,持続可能な社会づくりに向かう社会参画意識の涵養についてである。社会とのつながりを意識する場面を設けて社会への関心を高めるとともに。そうした学習を通じて地理学習でなければ身に付けられない資質・能力を育成することが大切である。地図を使って他者に伝えたりする地理的技能の習得はその一つといえよう。現行課程の課題として,資質・能力について多義的な解釈による理解のブレがある。地理学習において目標とする資質・能力が、議論を通じてより明確化され、広く共有されていくことを期待したい。

  • 呉羽 正昭
    セッションID: S607
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     日本では,1990年代初頭まで日本人スキーヤーのみを主体としたスキーツーリズムが発展した.しかし,1990年代半ば頃以降,そのスキーツーリズムの規模は急速に縮小した.その結果,スキー場や宿泊施設など,スキーリゾートに存在する諸施設の経営は大きく悪化した.

     ところが,2000年代以降,外国人スキーヤーが一部の国内スキーリゾート再生の救世主になった.ニセコや妙高赤倉,野沢温泉,八方尾根などのスキーリゾートでは,多くの外国人が長期に滞在してスノースポーツや飲食等を楽しんでいる.こうしたインバウンド観光の発展にともなって,宿泊施設の廃業などが続いていたスキーリゾートでは,さまざまな変化が生じている.とりわけ,新しいタイプの宿泊施設の大量立地が目立っている.

     本研究では,日本国内の複数のスキーリゾートにおいて生じている,外国人向け宿泊施設の新規立地およびその増加にみられる諸特徴を明らかにするとともに,それに伴う地域諸要素の変化と関係する地域課題について検討する.それを通じて,外国人対応のスキーリゾートの持続性を考える.事例地域は,北海道ニセコ地域(主に倶知安町)と長野県白馬村である.

    2.外国人向け宿泊施設の新規立地

     外国人スキーヤーが訪問する国内スキーリゾートでは,長期滞在向けの宿泊施設が新規に立地してきた.それは,日本語で表現すれば「家具付き宿泊施設」で,欧米のリゾートではアパートメントApartmentと呼ばれる.日本語ではコンドミニアムと呼称されるが,本研究ではアパートメントの語を用いる.アパートメントの個々のユニットは販売され,投資対象にもなっている.開発者は,設計や開発許認可を経て,ユニットを個別に販売して収益を得る(ホテルの部屋を販売する例もある).購入者は,ある程度自由に滞在利用可能であるが,非利用時は宿泊施設として他人に貸出することもできる.後者の場合には,利用者との間に管理・宿泊斡旋会社が入る.

     ニセコ地域では,2000年代半ば以降,とくにひらふ地区において,コテージ形式のアパートメントの新規立地が著しい. 2010年前後までは,アパートメント建設者および購入者の大部分はオーストラリア人であったが,その後はその主体の中心がアジア系富裕層に移行している.ニセコ東急グランヒラフスキー場下部地点から半径約1.5kmの範囲でみると,アパートメントの立地はスキー場下部付近からその周辺部へと空間的に拡大している.

     一方白馬村では,八方尾根スキー場下部にある八方地区に隣接する和田野地区とエコーランド地区で,外国人を中心とした主体によるアパートメントの新規立地が顕著にみられた(吉沢 2022).しかし,2018年頃以降は,エコーランド地区に加えて,みそら野別荘地においても外国人名義のアパートメント立地が急速に進んでいる.

    3.考察と地域的課題

     両地域ともにアパートメントの新規立地が盛んであり,それはリゾートタウンの中心部から外縁部に向かって拡大している.しかし,その立地拡大は過度であるようにも思われる.こうした拡大は,日本で増加が進む外国人スキーヤーの需要を満たすという点では経済的に重要な意味を持つ.しかし,開発の無秩序な進行という側面は否めず,環境の許容量を越えた状態であるとみることもできるだろう.また,土砂災害リスクや上下水道不足,地価上昇,駐車場不足,混雑,景観悪化などのさまざまな問題が地域社会のなかで顕在化している.それぞれの地域ではある程度の開発規制は存在するものの,リゾート全体としての開発・整備の方針や規模がほとんど考えられていない状況である.

     特定のスキーリゾートにおける開発の集中は,訪問者の集中をもたらしている.こうした状態に対してスキーリゾートの持続性には,まずは,他の国際対応スキーリゾートへの分散や棲み分けが考えられる.異なる地域的条件を有する他の地域での受け入れ推進が諸問題の解決に繋がる可能性がある.同時に,個別地域では,リゾートとしての理想像や将来像(上位計画)の設定が必要であろう.その上で,より具体的なデスティネーションマネジメントDMの方針が決められ,さまざまな関係者(既存のDMOや関連組織)を巻き込んだデスティネーションガバナンスによって合意形成がなされ,その方針が管理・運営されていくというプロセスが求められる.

    文献:吉沢 直 2022. 長野県白馬村のスキーリゾートにおけるホスト化した外国人の役割─リゾート発展プロセスにおけるアクターの変遷に着目して─. 地理学評論 95: 1-24.付記:本研究はJSPS科研費23K21815,21H03717の助成を受けたものである.

  • 三原 昌巳
    セッションID: S903
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.発表の目的

    2020年4月からの外出自粛によりミニチュア作りを始めたことを契機に立教大学のジオラマ制作サークルに参加し,初めてA4サイズのジオラマ制作に挑戦した.またサークル活動を通して,ジオラマから展開できる地理学的な発想についても議論を深めてきた(野中2020).本報告では,この試みを事例とし,旅の記憶が,どのような地理的経験に基づくものなのか,また,ジオラマ制作が地理学へどう応用可能なのかについて考察する.

    2.古都クラクフの街並みの再現

    ジオラマの題材は,ポーランド南部に位置し,11~16世紀にかけて500年以上,ポーランド王国の首都として栄えた古都クラクフの街並みである.筆者が2018年2月に約1週間滞在した旅を振り返ると,市中を頻度よく走っていたトラム,階段が多く構内を迂回したクラクフ中央駅,織物会館の広場に雪中,立ち尽くす観光用馬車,ベビーカーをガタガタと揺らす石畳の道のでこぼこ,などが想起された(図1).そこで,1/150スケールの鉄道模型の電車を市中トラムに見立て,街並みを自作の建物や市販品を配置することを構想した.ただし,ジオラマ制作ではA4サイズに収めるため,デフォルメされている.例えば,1/150スケールでは,長さ100mを越える織物会館はA4サイズに到底入りきらない.さらに,発表者のようなジオラマ制作の初心者からすれば,不器用な自分の手先で造作できるものしか制作できない.そこで,織物会館の装飾は,赤色系の色合いやアーチ状の形状のみを真似た.石畳の道のでこぼこは,スチレンボードにカッターで大まかに切り込みをいれて表現した.旅の醍醐味である現地の食事には,ポーランド名物のピエロギが浮かんだが,厳冬期のため,建物外での外食の風景を表現しづらく,省略した.

    3.旅を語るジオラマの意義

    旅の道中では,非日常の場所で見知らぬ人々と遭遇し,想定外の出来事を楽しんだり,落胆したりする.旅が終われば,その場所は再訪することは滅多になく,断片的な旅の記憶を手繰り寄せることで場所の想い出がよみがえる.ジオラマ制作者はその記憶を取捨選択し,構想を十分に練ることで,ある場所の景観を想像力と創造力をもって再編成し,A4サイズのジオラマを完成させる.完成したジオラマを地理学的な視点で評価すると,2つの特徴がある.一つ目は,地域の特徴を示すために代表的な建築物などのランドマークを入れたことである.二つ目は,デフォルメしつつも,現実の地理的空間に合わせようとしていることである.例えば,建物の前はできる限り平らにし,広場を表現しようとした.旅することで,場所の高低差や大小を細部まで感じ取っていたことに気づかされた.三原(2019)において,ポーランド旅行の経験から景観写真の活用を例にし,地誌教育では教員の体験に裏打ちされたリアリティの要素が重要と指摘している.三次元で表現されるジオラマは地理的空間をつかみやすく,横からの臨場感ある視点や,上からの鳥瞰的な視点に変えると違って見えることで,地誌の教育効果が高められる.ジオラマを活用した地誌は新たな教育方法となり得るため,今後試してみたい.

    参考文献

    野中健一 2020.小さなジオラマで大きな世界をつく(作・創)る.地理65(3): 4-7.

    三原昌巳 2019.世界地誌に関する授業の履修学生の興味・関心と授業実践の例.人文学研究所報(神奈川大学)62: 61-68.

  • 中谷 佳子
    セッションID: S505
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. 問題の所在

     2017に告示された小学校学習指導要領では,進展するグローバル化への対応を色濃く反映した内容となった。地図帳の配布が1年前倒しになり,第3学年から使用されることもその一例であろう。また,第3学年「販売のしごと」では,「他地域や外国との関わり」が,第4学年「特色のある地域」では,「国際交流に取り組んでいる地域」が,第5学年「我が国の工業生産」では,「交通網の広がり,外国との関わり」が取り上げられている。

     しかし,実際の授業はどうだろうか。「外国との関わり」が示された第3学年「販売のしごと」についても,内容の取扱いには,「外国との関わりに着目するとは,外国を含めた商品の産地や仕入れ先の名称と位置,買い物に来る客の居住地の範囲などについて調べることである」とある。子どもたちは,店(スーパーマーケット)で販売されている商品の産地の国名や位置,また国旗については理解したとしも,その国のようすや文化,その土地に住む「人の営み」について学ぶ機会は第6学年「世界の中の日本」の単元までない。このことは,第4学年,第5学年の学習内容でも同様である。

     しかし,それでは,社会科学習が,寺本(2003)のいう「精神の鎖国」という状況に陥ってしまう。そこで筆者は,学習指導要領の示す空間スケール(第3学年:市町村,第4学年:都道府県,第5学年:日本)のもとで,そのスケールの中にある外国や外国の人々の営みを積極的に教材化し,外国とつながる社会科授業を開発してきた。

    2. 単元構想と授業の実際

     本実践は,第4学年「国際交流がさかんなまちづくり」で,全国の約2割に相当する約900人のアフガニスタン人が生活する千葉県Y市を教材として取組んだ単元である。

     アフガニスタン人との交流やアフガニスタン人を支えるボランティア活動をするKさんを学ぶことを通して,子どもたちは自然とアフガニスタンという国やイスラム教の文化について調べ,学びを深めていった。

     本発表では,現行の指導要領のもとで行われている小学校社会科「外国」に関わる授業の課題や,本単元において,アフガニスタンの文化やイスラム教を学び,「外国人と共生すること」について話し合う子どものようすから,小学校社会科,特に中学年の子どもたちが外国を学ぶ必要性を考えていきたい。

    文献

    寺本潔2003.学習指導要領における地理教育の内容.村山祐司編『21世紀の地理 新しい地理教育』朝倉書店,79-89

  • 原 裕太
    セッションID: 638
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ.はじめに

     筆者らは,中国ではこれまで一般に用いられてこなかった「高度経済成長」という概念を用い,毎年高い経済成長がみられた1990年代(もしくは1980年代)から2010年代前半頃までの約20~30年間の中国社会・文化の多様な変容を,地理学的に明らかにしようとプロジェクトを進めている(基盤研究A.代表:小島泰雄).

     本研究では諸文献および統計情報のレビューから,高度経済成長が中国の自然環境に及ぼした多面的な影響を整理,評価し(図1),自然環境からみた高度経済成長の概念の意味を検討する.

    Ⅱ.高度経済成長と公害の深刻化というセオリー

     日本では高度経済成長期(1950年代半ば~1973年頃)を通して四大公害に代表される大気,水,土壌の汚染が深刻化した.

     中国も同様で,鉱工業,都市化,人口や廃棄物の増加,農薬と化学肥料に依存した農業,水産養殖業等によって環境汚染と健康被害が広がった.1980年代には酸性雨とスモッグが認識され,米国で世界初となる微小粒子状物質(PM2.5)の排出基準が制定されてから2年後の1999年には,清華大学の研究グループの観測によって北京のPM2.5濃度が米国基準の約10倍に上ることも明らかになった.大気質や水質は2010年代前半まで悪化を続けた.太湖での富栄養化と無錫の水危機(2007年),「癌村」の顕在化(2000年代~),大気汚染に警鐘を鳴らす元国営放送キャスターによる自費製作動画「穹頂之下」の波紋(2015年)等は,その代表である.

     その後,SO2,NOX,PM2.5,河川水の数値等の多くは全国的に改善へ向かい,一部指標は1990年よりも好転している.背景には2010年代の対策強化がある.2015年には環境保護法が改正され,行政拘留や生産停止等の厳しい罰則をともなう法執行権限の大幅な強化が図られた.食品安全に関する認証やルールも設けられた.

    Ⅲ.高度経済成長が促した生態系の修復と再生

     興味深いのは,中国の高度経済成長は,必ずしも自然環境を悪化させる側面だけではなかったことである.とくに,1998年を境に,その前後で様相は大きく異なる.具体的には,森林伐採を全面禁止する「天然林保護」,農牧地を緑化する「退耕還林」「退牧還草」,干拓田を湿地や湖沼に戻す「退田還湖」等が進められ,2000~2005年を中心に自然保護区の数,面積も急増,急拡大した.

     契機となったのは1998年の大水害であるが,その背景として筆者は,高度経済成長と食料生産の拡大が,生態系の修復・再生の本格化を可能にしたと考えている.その結果,森林環境は近現代を通じて最大規模に回復,中国は世界最大の森林増加国となり,「昆明・モントリオール生物多様性枠組」採択(2022年)の主導等,環境分野における国際条裡での積極的な活動に繋がった.

     防災(風水害)の観点でも1998年がもつ意味は大きく,生態系と防災の接近,土地利用の再検討という流れがここで生まれた.

    Ⅳ.安定成長にともなう新たな課題の発生

     しかし,高度経済成長と生態系保全策の間の正の関係は,経済成長率の鈍化にともなって新たな課題に直面している.地圏,気圏,水圏の汚染が改善される一方,403もの自然保護区が指定を解除され,2007年を境に保護区の面積は減少に転じている.大半は地方政府が開発のため一方的に解除したと指摘されており,背景には管区の景気を刺激したい地方政府の思惑があると推察される.食料自給の低下から,近年では「退林還耕」の言葉も聞かれる.

     加えて,生物多様性は高度経済成長の間,損失が続いてきた.これには生態系の対策とのタイムラグや環境汚染の継続等が影響していると推察される.環境汚染は改善へ向かっていることから,今後,生物多様性の回復軌道への移行,いわゆる「ネイチャーポジティブ」の実現が求められるが,保護区の動向や食料事情の変化等からは,安定成長期の社会経済がその障壁となる可能性も懸念される.

  • 薛 子怡
    セッションID: 411
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    富士山は日本最高峰であると同時に、豊かな文化・信仰の背景を持ち、古くから絵画や文学などで重要な位置を占めてきた。世界文化遺産として登録されていることもあって、現在多くの外国人登山者が訪れるが、その登山リスクについて十分な理解しないまま挑む事例も少なくない。本研究では、観光プロモーションが外国人登山者のリスク認識および行動に与える影響を、プロモーションと実際の登山行動との間に存在するギャップを明らかにすることを通じて検討する。そのために、富士山に関連する観光プロモーションの資料を収集し、吉田口登山道を中心に外国人登山者および登山ガイドや山小屋関係者へのインタビュー調査を実施した。分析の結果、プロモーション内容が外国人登山者が有する登山リスクの認識に大きく影響していることが示され、特に「観光地」としてのイメージが富士登山の難易度を過小評価させる一因となっていることが明らかになった。また、2024年の新規制により、「弾丸登山」者が大幅に減少した一方、ゲート閉鎖直前に登山を開始する者や軽装の登山者の問題が依然として残っている。本研究の成果は、山岳地域における登山をめぐる観光のリスク認識のあり方について新たな視点を提供するものである。

  • 中辻 享, 渡辺 一生
    セッションID: 334
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    航空写真は1930年代から全世界で本格的に撮影され、一般に解像度が数メートル以下と高く、鮮明な画像である。衛星画像が撮影され始めたのが1972年で、2000年ごろまで数十メートルの解像度でしかなかったことを考えると、航空写真は20世紀の土地利用・土地被覆の変化を高解像度でたどることができる唯一の画像データということができる。特に、本研究の対象とする東南アジアについては、20世紀に土地利用や植生がどのように推移してきたかという点がほとんどわかっていない。航空写真を活用すれば、この点を明確にすることができるはずである。にもかかわらず、その利用は衛星画像と比べて、はるかに遅れている。この原因の一つに、航空写真のオルソ幾何補正の作業が煩雑で時間がかかることが挙げられる。オルソ幾何補正とは、写真を地図と同様の正射画像に変換し、座標系に位置付ける作業のことをいう。航空写真をGIS上で現在の地図や幾何補正された衛星画像(Google Satelliteなど)上に位置付け、過去の集落や耕作地の位置や面積を把握するには、オルソ幾何補正が必須になってくる。しかし、そのための従来の手法はいずれも手間暇のかかるものであった。そのため、広域にわたる数十枚以上の航空写真の補正は、人海戦術的な方法に頼る以外になかった。 この問題を克服する技術として注目されるのが、SfM多視点ステレオ測量(Structure-from-Motion /Multi-View Stereo Photogrammetry)である(早川ほか2016)。これは多数のステレオペア画像から対象物の3次元形状データを得ることができる写真測量技術である。2010年代に急速に普及し、おもにUAV(ドローン)や手持ちデジタルカメラを用いた地形や地物の3次元モデル生成に利用されている。この技術を用いれば、ステレオペアの航空写真画像からも3次元モデルを生成し、それを元に2次元のDEMやオルソモザイク画像(オルソ幾何補正した多数の航空写真を1つの画像としてつなぎ合わせたもの)を作成することも可能である。発表者らもこの技術を用い、1959年にラオスのルアンパバーン県南部を撮影した93枚(縮尺4万8千分の1)の白黒航空写真から、平均平面誤差15メートル以内の精度でオルソモザイク画像を作成することができた。その範囲は2600㎢であり、当時の土地利用(集落、水田、焼畑など)、土地被覆(草原、叢林、森林、竹林など)の分布を明瞭に示している。東南アジアでは、一般に遠い過去の土地利用・土地被覆を示す、信頼に足る地図に乏しい。その点、こうしたオルソモザイク画像は貴重な資料となる。発表では、これが人文地理学でどのように利用できるかを示すために、対象地域における第2次インドシナ戦争前後の集落分布の変化を明らかにすることを試みる。冷戦期のこの戦争がベトナム、ラオス、カンボジアの人口分布に与えた影響は大きく、まさに地図を塗り替えるほどの変化があった。戦火を逃れての住民の自発的な移住や政府の指導による移住により、大規模な人口移動が起こったためである。しかし、こうした人口移動が各地域でどの程度起こり、それが土地利用・土地被覆をどう変えたかという点についてはわかっていない。そこで、戦争前の状況を示す1959年の航空写真のオルソモザイク画像と戦後の1980年代初頭に作成された地図を比較することでこの点を明らかにする。引用文献早川裕弌・小花和宏之・齋藤仁・内山庄一郎2016.SfM多視点ステレオ写真測量の地形学的応用.地形 37: 321-343. 本研究はJSPS科研費23K21802の助成を受けたものです。

  • 王 藝晴
    セッションID: 516
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Based on China's new energy vehicle subsidy policy and considering geography factors and individual user experiences, this study discusses the popularity of new energy vehicles in medium-sized cities in China, identifies the reasons and factors may affect the diffusion of NEV.

    The research focuses on Dalian, China, a city with subsidized new energy vehicle (NEV) policies. This study examines Dalian's NEV promotion policies through official documents and city council meeting minutes, comparing them with those of Beijing and Shanghai. NEV users in Dalian are surveyed on their experiences and reasons for adoption, while gasoline vehicle users are interviewed for additional perspectives to analyze alongside NEV data.

    According to the Comparison with Shanghai and Beijing, Dalian lacks traffic restrictions, which while not directly proving the low NEV popularity, shows that individual users face fewer external influences. Environmental awareness is low among both vehicle types of users. Most gasoline vehicle users prefer Japanese brands for trust in the technology, while NEV users prefer BYD brand due to their suspicion of other Chinese EV brands. Secondly, the geographic factors in Dalian, particularly the low winter temperatures reducing battery activity by almost half, lead some users to prefer PHEVs, addressing range issues. Then, policy incentives, such as tax exemptions for PHEVs used mainly as gasoline vehicles, also affect choices. Media and social influence play a role, with petrol car users exposed to negative EV news and NEV users swayed by recommendations or media promotion, though skepticism about Chinese EVs persists.Even though the low temperature in Dalian affects battery activity, and that there are many other cities in China with similar environmental problems, the popularity of new energy vehicles in those cities are also very high. The popularity of new energy vehicles in Dalian is mainly based on users' own perceptions

  • 若松 伸彦
    セッションID: S709
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本列島は有史以降、水田開発、耕作肥料や建材調達などのため、過剰な森林伐採がされ、江戸時代までに日本列島全体の約25%の森林が消失したとされる。さらに江戸時代には、森林の伐採を禁じる「留山」を定めるなど、森林保全のための規制を強化したが伐採可能な森林の大半は消失したとされる。明治以降はさらなる人口増加、戦争による木材需要が加速し、昭和初期には日本の森林の7割がハゲ山化したとされる。

    戦後、国土緑化運動が開始され、また拡大造林政策がとられたが、木材として価値の無いブナなどは伐採され、スギなどの人工林に置き換わっていった。結果として、現在、自然林の残存率は、国土面積の20%以下であり、更に減少傾向にある。一方、里地の雑木林などは、縄文時代より持続的な利活用により維持されてきた生態系であるが、1970年代以降のエネルギー革命や過疎化などにより、宅地化や管理放棄が急速に進み、雑木林の生態系が大きく変化している。同様に半自然草原も減少している。

     森林の直接的な利用以外のいわゆる開発も戦後に進んだ。代表的なものは、尾瀬の水力開発計画、黒部川第四発電所などの大規模な電源開発計画である。さらには山岳観光道路やスーパー林道などの大規模林道が計画され、冷温帯域のブナ林や亜高山性針葉樹林などが大規模に伐採されることとなった。また、山間部ではスキー場やゴルフ場の開発が進み、郊外の里山地域では大規模な宅地造成などが進んだ結果、身近な動植物の減少が進んだ。

     このような大規模開発による環境影響の軽減や公害防止等のため、環境アセスが実施されるようになった。公共事業に対して、1984年に要綱アセス制度を定めた閣議決定がされ、その後、1997年に環境影響評価法に基づくいわゆる法アセスが開始した。また各自治体でも独自に条例などに基づく条例アセスが実施されている。

     過去40年間の環境アセス対象事業の事業種別件数の経年変化を、環境省の環境影響評価情報支援ネットワークおよび各都道府県の環境アセスの関連ホームページから、明らかにした。その結果、最終段階の評価書の発行件数は、1990年代には毎年100件を超えていたが、2000年代以降は、毎年50件ほどに減少していた。アセス対象事業種としては、2000年以前はゴルフ場や道路、住宅造成などが多く、総数の半数ほどを占めていた。特に、ゴルフ場は1990年代には、年間60件を超える年もあった。また、2020年頃から対象事業として太陽光発電所、風力発電所が多くなっています。

     一方で、環境影響評価法成立後の2000年以降の法アセス事業の開始件数は、2012年以降に急増しており、2020年には100件を超えていた。その大半は風力発電所事業であり、特に陸上風力発電所事業が急増していた。これら陸上風力発電所のアセス手続きは、通常、手続き開始から数年後に、手続き最後の評価書の発行がされ、数年後には評価書の発行が急増することが予想される。この件数は1990年代のゴルフ場建設事業件数に匹敵するほどである。つまり、今後、国内の自然環境に対し最も懸念が大きい事業種は、陸上風力発電所の設置事業であるといえる。

     近年はこのような太陽光発電や風力発電事業などの再生可能エネルギー導入による植生への影響が懸念される。特に、陸上風力発電事業は、2016年頃までは平坦地や人工林および二次林での計画が多かったが、2017年以降、自然林や自然草原を広範囲で改変する計画が急増している。特に対象となっているのは、北海道や東北地方のチシマザサ-ブナ群団、エゾイタヤ-シナノキ群落などの冷温帯林であり、2020年以降はこれらの植生に加えて、九州地方や近畿地方などの照葉樹林で増加傾向にあった。また環境省指定の特定植物群落を含む計画も増加している。このような場所の多くは、既存の林道が無い場合が多く、大型の風車の搬入などのために広範囲の伐採などを行う必要があるため、広範囲の植生への影響が今後懸念される。

     開発などによる自然の劣化は、国内だけでなく国際的にも深刻な問題である。そのようなことから、2022年12月の生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)で、新たな国際目標として2030年までに自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる「ネイチャーポジティブ」が示され、その実現目標の一つとして2030年までに、陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする「30by30」が国際的な目標となった。

    植物とその場の環境を総合的に研究することに長けている植物地理学は、地域固有の生態系を総合的に評価することが可能である。そのようなことから、この国際的な目標への貢献の余地は十分にあるのではないかと考えられる。

  • 宇佐見 星弥
    セッションID: 947
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では、「北海道の活動性地すべり地形データマップ(宇佐見 2024, E-journal GEO)」に基づき、地すべり地形の動態を考慮したうえで、地すべり地内の地形量を分析した。その結果、活動的であるほど地すべり地の標高と斜面傾斜角の標準偏差が高いことが示された。このことは、地形量を用いた地すべり活動度評価の可能性を示唆する。

  • 広島県世羅町における活動とコウノトリの飛来を事例として
    蜂谷 英介
    セッションID: 433
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

    日本の農山村地域では,人間の活動の適応した生物が生育し,特有の自然環境が形成されてきた。大澤ほか(2008)によると,農林水産業などの人間活動が,地域特有の景観や自然環境を形成・維持してきたことにより,多くの生物に貴重な生息生育環境を提供し,特有の生態系を形成・維持しているといわれる。広島県世羅町も同様であり,ヒョウモンモドキを始めとした多くの希少生物が生息しており,2023年には町内でコウノトリの営巣とヒナの巣立ちが確認され,保全活動も始まった。

    Ⅱ 研究概要

     本研究では,世羅町内の各希少生物への保護団体や行政への聞き取りと,町内の自治センターへのインタビュー及び世羅町民へのアンケートを通して,希少生物が多数生息する農山村での生物保全の現状及びコウノトリの飛来・営巣による変化を調査する。そして,コウノトリが住民の意識や自然へのかかわり方に与えた影響と,人間と生物がどのように共存していくために,どのような議論が行われているのかを論じる。

    また本研究は,2022年から2024年にかけて世羅町内で実施したインタビューやアンケートの調査の成果に基づく。

    Ⅲ 世羅町の保護活動の概要

    世羅町は広島県中東部に位置する,人口約15,000人の町である。町内の農山村には,ヒョウモンモドキ,ダルマガエル,ブッポウソウなどの希少生物が多く生息しており,各生物に対する保護活動が行われているが,コウノトリの飛来・営巣が確認され,行政ぐるみで保全活動が開始されたことで,コウノトリによる農地や住宅地への被害やコウノトリ以外の生物への関心低下が懸念されるようになった。特に,ダルマガエルはコウノトリに捕食されてしまうため,大きな問題となった。しかし,ダルマガエルの保全活動に携わるI氏は,「コウノトリも含めて,あらゆる生物が繁栄することが生物多様性。コウノトリを排除しようとは思わない。」と話すなど,保護団体側もコウノトリへの印象は肯定的であった。

    Ⅳ 自治センターへの聞き取り調査から

    世羅町に生息している希少生物であっても,世羅町全域に分布しているのではなく,コウノトリも地区により飛来頻度は異なる。希少生物の少ない地区では,被害も懸念事項も生まれない

    ため,関心も高くはなかった。対して,獣害に関しては世羅町全域で深刻なため,どの地区でも関心は高く,自治センターぐるみで罠による駆除や農地への電気柵の設置等の対策が行われていた。コウノトリに関しては,営巣地に近い地区を中心に糞害や食害といった懸念事項は挙げられたものの,住民の中でもコウノトリを見に行く人や写真を捕りに行く人がいるなど,多くの地区で話題性は高かった。また,「コウノトリの飛来により,世羅町の自然の豊かさを改めて実感し,他の希少生物にも目を向けるようになった。」といった,よい影響も見られた。

    Ⅴ 世羅町民へのアンケート調査から

     世羅町民を対象に,Googleフォームによるオンライン方式,アンケート用紙によるアナログ方式を併用したアンケートを実施したところ,352件の回答が集まった。獣害を引き起こすシカやイノシシへの否定的な意見は多かったが,多くの懸念事項が挙がっていたコウノトリへも否定的な意見は少なく,世羅町の象徴になり得ると期待する人が多いなど,町民のコウノトリに対する期待は大きかった。また,「コウノトリが営巣するような場所なら,子供の時に見たオオサンショウウオが今も生息しているかもと思うようになった。」との回答や,「世羅町がさらに好きになった」といった意見がみられるなど,ここでもコウノトリの飛来・営巣により,他の希少生物や自然全体への関心の向上など人間と生物が共存していく上でのよい影響が見られた。

    Ⅵ おわりに

     世羅町では,獣害が深刻であり,住民の中でも「自然は圧力」との意識が強く,獣害対策が最優先で行われており,町内に生息する希少生物に関心が向きにくい状態が続いていた。そこへコウノトリが飛来・営巣したことで,コウノトリに関するシンポジウムが開かれるなど,盛り上がりを見せた。一時は多くの懸念事項が浮上したが,町民が世羅町の自然の豊かさを再認識し,既存の希少生物にも意識が向くきっかけとなった。このコウノトリの飛来・営巣を好機と捉え,住民の自然への意識をさらに向上させ,持続可能な活動作りや生物・環境保全と住民の暮らしにどのように折り合いをつけていくべきかの議論が行われている。

    参考文献

    大澤啓志,大久保悟,楠本良延,嶺田拓也(2008): これからの農村計画における新しい「生物多様性保全」の捉え方. 農村計画学会誌 27(1), 14-19.

  • 坪井 塑太郎
    セッションID: 746
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 

     能登半島地震(2024年)の課題のひとつに,道路の寸断等により物資支援が困難に陥った「孤立集落」が多数発生したことが挙げられた。わが国では,2004年の新潟県中越地震において「孤立集落」が着目されて以降,内閣府によりこれまで,2005年,2009年,2013年に「漁業集落」と「農業集落」に分けてそれぞれ全国調査が実施された。このうち,2013年調査での「農業集落」の孤立可能性は,全国58,734集落中,17,212集落(29.3%)であることが報告されており,集落ごとに,避難施設や備蓄状況,通信手段,ヘリ駐機場の有無等がまとめられている。 しかし,同調査からすでに10年以上を経ているほか,集落ごとの人口や世帯の状況については集計当時より「不明」とされているところも多くみられる。今後の発災に備え,災害対応計画を策定していく上では,その基本となる人口・世帯等の状況を明確にすることが求められる。そこで,本研究では,栃木県を対象として孤立可能性集落の人口推計を行うと同時に対応方策案を示すことを目的とする。栃木県の地勢は,県北部から西部にかけて標高2000mを超える那須,日光,足尾の連山が位置するほか,東部においても標高1000mほどの八溝山地が広がり,中央部を南流する鬼怒川沿いに比較的広い平野を有している。人口の多くは,この平野部に集中しているが,県北,県西,県南の谷筋を中心に小規模の農業集落が多数点在している。

    2.研究方法

     本研究では,内閣府により2013年に実施された全国調査「中山間地等の集落散在地域における孤立集落発生の可能性に関する状況フォローアップ調査」(2014)をもとに実施した。同調査は「農業集落」単位で集計され,栃木県内の孤立可能性集落は249か所が挙げられているが,このうち,集落内人口が報告されているのは,52集落(20.9%)にとどまっている。そこで本研究では,2020年の農山村地域調査のShape file(3,502ポリゴン)から生成した地図をもとに,同年の国勢調査250mメッシュ統計を用いて面積按分し,集落単位での人口推計を行った。その際,65歳以上人口および世帯数も併せて抽出を行った。

    3.考察・課題

     発災時におけるドクターヘリ(時速約250㎞で)での医療搬送圏域より,県内全域は15~20分でカバーされるが100人以下の集落数が多く,駐機場を有しているのは90集落(36.1%)にとどまっていることから,域内での自主搬送に向けた共助体制の構築や,ドローンを活用した補完的医療体制の構築も同時に求められる。

  • 吉田 圭佑, 中山 大地, 松山 洋
    セッションID: 739
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    浸水発生時には航空機等で撮影される航空写真や光学衛星画像,合成開口レーダー(SAR: Synthetic Aperture Radar)衛星データを判読することにより,浸水状況の把握が行われてきた。SARはマイクロ波を地表面に照射し,その反射(後方散乱)を観測する。マイクロ波を用いたSARは気象条件や水蒸気等の影響を受けにくく,夜間でも観測できるといった利点がある。一方で,後方散乱の強さ,後方散乱強度を用いた従来の浸水域抽出手法では建物の密集している領域(建物域)において抽出できないという欠点がある。一方,近年コヒーレンスといった位相情報から算出される指標を用いた建物域における浸水域抽出手法が提案されている。そこで,本研究では,後方散乱強度と位相に関する指標であるコヒーレンスの双方を考慮し,浸水域を抽出する際に地表面の建物の有無などに左右されないロバストな機械学習モデルの作成を試み,評価を行った。この機械学習モデルはデータが与えられたときに,そのデータに基づく浸水している事後確率(浸水確率)を出力するよう設計した。

    2. データと手法

    本研究ではESA(European Space Agency)が運用するCバンドSAR衛星,Sentinel-1の3時期(災害前×2,災害直後)のデータを用いて災害前後のVV偏波,VH偏波それぞれの後方散乱強度とコヒーレンスを算出した。また,PythonのライブラリであるPyTorchを用いて中間層2層15ユニットのニューラルネットワークを構成し,令和元年東日本台風により浸水が発生した阿武隈川流域から抽出した学習データを学習させた。このモデルを阿武隈川流域の事例のテストデータと,同じく令和元年東日本台風により浸水が発生した那珂川流域,荒川水系都幾川・越辺川流域に適用し,評価を行った。

    3. 結果と考察

    各事例の適用の結果,図1のように建物域でも浸水域を検出できていることが確認でき,最大カッパ係数は阿武隈川流域の事例におけるテストデータで0.669,那珂川流域の事例で0.621,荒川水系都幾川・越辺川流域の事例で0.485となり,高い抽出性能を持つことが確認された。さらに,ROC曲線を用いて,出力された事後確率の浸水域の判別性能について検証した。このROC曲線を用いた評価では,ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線の下の面積であるAUC(Area Under the Curve)を判別性能の指標を用いた。その結果,阿武隈川流域の事例のテストデータではAUCが0.953,那珂川流域の事例ではAUCが0.881,荒川水系流域の事例ではAUCが0.872となっており,どの事例においても高い判別性能が認められた。

  • ー鈴鹿山脈北部地域を事例としてー
    石崎 楓
    セッションID: 546
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    村落空間内の多様な野生植物の利用は, 日本の中山間地域における人びとの生活を支えてきた. しかし高度経済成長期以降, 産業構造の転換によって住民の雇用確保と所得増大がもたらされた結果, 山稼ぎのほとんどは姿を消し, 二次林の減少と放棄が進んだ. また, 食品産業の成長および流通変革によって食料供給が安定した結果, 救荒食の採集は本来の意義を失い, 材料を購入して作るおかず中心の新しい食生活へと変化した.

    それでは現代日本の中山間地域において, 人間と野生植物との直接的な関わりは失われたのだろうか. 従来のように里山を維持することが困難となる一方で, 山村振興の取り組みにおいては, 林野で採集される山菜や木の実, 果実といった食用の野生植物利用が, 商品化・特産品化される事例が生じてきた. また, 現代においても, 商業的生産を主目的としない小規模な菜園においては, 多様な山菜・野草の利用がみられる. このような背景のもと, 本発表では,鈴鹿山脈北部地域を事例として, 地域を取り巻く社会経済的要因を検討しつつ, 村落空間内で利用する野生植物の生息場所・種・用途の変化を明らかにする. また, 特に屋敷地に移植された野生植物の商品化の事例に着目し,野生植物利用の現代的意義および屋敷地が果たす機能について検討したい.

    2022年4月から11月まで計22回, 三重県いなべ市の山麓の集落を訪問し, 屋敷地の植生調査および17名への聞き取り調査を実施した. また2021年5月から2022年11月まで計12回, 滋賀県側の廃村茨川を訪問し, 集落跡や畑跡の植生調査および2名の離村者への聞き取り調査を行った.

    2. 鈴鹿山脈北部における社会変容と野生植物資源利用

    調査地域においては, 1800-1965年頃まで, 食用, 薬用, 販売用に, 二次林あるいは畔・河原・道沿いでの採集と屋敷地・耕地での栽培が確認できた野生植物は計72種類であった. 食用の中でも日常的なおかず以外の用途をもつものは, 保存食, 救荒食糧・代用食, 季節の味・山のごちそう , 子供のおやつの4つに分類された. 1960年代の高度経済成長期以降, 住民の雇用確保と所得増大が生じ, 農村生活の都市化が起こった. 工場誘致やゴルフ場開場などの外在型開発もまた積極的に進められ, かつての薪炭二次林における都市的土地利用が拡大した. 余暇を利用した園芸ブームにより山野草を観賞用として二次林から屋敷地へ移植する現象, ヤマノイモが採集から栽培へ移行し特産品化するなどの現象が見られた.

    1990年代以降は, 大型の企業誘致が成し遂げられた. 二次林や畔・河原・道沿いで採集が確認された植物はわずか19種類で, 屋敷地での野生植物利用の比重が高まっていることが分かった. これらの背景には, 高齢化率の高まりや獣害の深刻化により, 除草剤使用の増加や庭木伐採の増加が生じていること, またシカ食害による山地荒廃および豪雨による土砂災害, 林道の不整備などが直接的なきっかけとして挙げられる. 他方, 市町村合併により, 小学校など様々な施設の統廃合が進んだ結果, 市のまちづくり団体による, 各地区への干渉が大きくなっている. 移住者の増加や政策的支援を背景に, 二次林での食用野生植物の採集は, 野外教育・環境教育の一環として行われるようになった. また, 薬用や販売用として利用される野生植物の種類が増えていた. 結果として, 屋敷地への野生植物の移植栽培が植物の種類や用途の観点から多様化していることが分かった.

    3. おわりに―植物利用の場としての屋敷地の機能 最後に, 植物利用の場としての屋敷地の機能についてまとめておく.

    社会・経済的機能としては, (1)野生植物資源利用の維持・継承・導入の機能が挙げられる. 屋敷地は生活文化や地域文化の反映の場でもあり, 野草や山菜を屋敷地で利用し, 薬草や食文化の継承が進む. また特定の巨木は神聖視され, 維持される場合もある. また(2)野生植物の商品化の機能も見逃せない. 本発表では, 1990年代以降, 野生植物の商品化が進み, 地域振興や観光に活用され, 用途が多様化していることの一端を示した.

    農業・生態的機能としては, 周辺山野に生息する野生個体を移植栽培して利用する場であることが示された. 特に近年, 集落管理の粗放化によって野生植物の利用場所が屋敷地に集中し, 移植栽培が増えている. 生態系保全や獣害対策を通じて屋敷地の役割は再評価されるべきなのではないか.

    本発表は, 屋敷地が地域資源としての野生植物の維持・活用において果たしている役割の一端を示した. 中山間地域の生態系保全や地域振興, もとい持続可能な発展のための施策策定においては, 住民と行政が協力し, 屋敷地という空間を組み込んでいく必要があるのではないだろうか.

  • 鈴木 克彰
    セッションID: 536
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    フードデザート(以下,FDs)問題は買い物利便性や高齢者人口などの「空間的要因」と,社会からの孤立といった「社会的要因」によりもたらされると考えられている.FDsをめぐっては,空間的要因と比べ,社会的要因に着目した研究は少ない.そこで本発表は,新潟県佐渡市佐和田地区を事例に,FDs問題について社会的要因に着目して検討する.具体的には,ソーシャル・キャピタル(以下,SC)に関する研究を参考に,地域の社会的つながり等について明らかにした上で,それが当該地域の買い物行動へ与える影響を考察する.本発表で用いるデータは,佐和田地区内の3地域で行ったアンケート及びインタビュー調査により収集した.調査を実施したのは,後述する佐和田地区内A〜Cの各地域の部分地域であるa〜c地域である.アンケート調査の回答者数は,a地域が41人,b地域が18人,c地域が18人である.

     佐和田地区は,佐渡島の国仲平野の西部に位置し,佐渡市の行政や経済の中心的地位を占める.同地区は4地域から構成されており,各地域の人口と高齢者率(いずれも2020年国勢調査)や社会的・経済的特徴は次の通りである.A地域は人口1,557人,高齢化率41.5%で島を一周する道路沿いに古くからの家が並ぶ地域であり,地域自治組織が特産品を使ったイベントや運動会を積極的に開催している特徴がみられる.B地域は人口1,160人,高齢化率38.1%であり,商店街が存在するなど住民や観光客の拠点的な地域として特徴づけられる.C地域は人口1,091人,高齢化率47.8%であり,農業や漁業従事者が比較的多い地域であり,商店はほとんどない.D地域は人口4,501人,高齢化率26.1%であり,島を横断する道路沿いに新興住宅やアパートが立地しており,飲食店や喫茶店なども多い地域である.調査を実施した地域における食料品店の立地に関しては,B地域内のb地域周辺には食料品店が集積しており,ほとんどの住民が食料品店から500mの徒歩圏内に居住する.A地域内のa地域は食料品店から2㎞圏内にほぼ含まれ,C地域内のc地域は半数が食料品店から2㎞圏内というアクセス状況である.さらに高齢者人口等を加味すると,c地域が特にFDsの危険性が極めて高い.本研究は,次の手順で進める.まず,アンケート調査の結果から,各地域における買い物行動とSCの特徴を明らかにする.その上で,インタビュー調査の結果も踏まえて,SCが買い物行動へ与える影響を考察する.買い物行動に関しては,同地区では,65歳以上の高齢者の大半が自動車を利用しており,一般的に買い物難民の定義される人と実際に困難を感じている人との間に乖離があると考え,主観的な買い物困難性を加味して分析を進めた.

     買い物行動については,主観的な「買い物困難性」において,a地域が他地域よりも値が高い結果となった.それ以外の項目では.年齢が比較的低いa地域では,買い物頻度が高かった.他方c地域では,お裾分けや農漁業の実施が高いという特徴がみられた. SCについては,c地域が全体的に高い傾向がみられた.この傾向は,都市の中心から離れるほどSCの値は高くなるという先行研究に類する結果と言える.他方で,近所面識や運動会参加においてはa地域が高い結果という特徴が見られた.

     以上の結果に加え,インタビュー調査結果を踏まえると,買い物行動とSCとの関係について,次の点が考えられる. SCが買い物困難性を和らげる機能を発揮している点である.c地域のようなSCが高い地域では,農漁業や知人間のお裾分けをしている住民が多く,それにより買い物に対する負担感が軽減されていると考えられる.一方でa地域ではSCの規範やネットワークの値が高いが,買い物困難性も高いという特徴も見られた.それに関して,地域行事の準備等があり仕事後も忙しいという声もあり,それが反映されていると考えられる.つまり,空間的要因に着目するとFDsの危険生が高いとされていたc地域は,SCによって危険度は軽減されており,一方で空間的要因の面では危険度が相対的に低いa地域では,SCが危険度を高めている可能性が推察される.さらに,食料品店までの距離は買い物困難性に大きな影響力を持たないという結果を踏まえると,本地域においては,買い物の困難さは,空間的要因よりもSC,すなわち社会的要因に規定される面が大きいと推察される.また,SCの,買い物の困難さへの影響の与え方は,地域条件やSCの項目によって異なると考えられる.

  • 浅野 裕樹, 中村 祐輔, 日下 博幸
    セッションID: 815
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    夏季の都市街区での暑熱環境は劣悪である。劣悪な暑熱環境は熱中症リスクを増加させる。また、炎天下の都市街区を歩行することで、その後屋内での知的生産性が低下することも知られている(Asano et al. 2022)。そのため、都市街区での暑熱ストレスを緩和するために様々な施策が研究されてきた(例えば、Nakamura et al. 2024)。近年、都市街区の暑熱環境の要因解明や暑熱緩和策の評価のために、都市街区の建物を解像できる高解像度の数値気象シミュレーションの需要が高まっている。そして、数値シミュレーションの精度の向上や検証のために、都市街区内や都市上空の詳細な風況観測が必要とされる。本研究は世界的大都市である大阪市を対象に、沿岸部と商業地の上空の風を観測し、その特徴を明らかにした。

    2. 手法

    大阪市内の沿岸部(舞洲)と商業地(本町)にドップラー・ライダー(LR-S1D2GA、三菱電機株式会社)をそれぞれ設置し、流入風向に沿った視線風の鉛直断面と、水平風・鉛直風の鉛直プロファイルを観測した。各観測の時間間隔は20分、空間解像度は75 mとした。観測期間は2024年9月3日〜10月24日であった。上空の風観測に加えて、9月4、5日には、気温、相対湿度、風向、風速、黒球温度、および放射を含む地上気象観測を商業地域において実施した。

    3. 結果

    商業地の上空の風は、9月5日の午前10時までは東寄りの風で風速も 2 m/s 以下であったが、10時以降風速は増加し、風向も西寄りに変化した(図1)。海から陸に向かう風向と、風向と風速の明確な日変化からこの風が海風であると判断した。この海風は沿岸部でも観測された。観測された海風の平均風速は両地点で同程度であったが、商業地の方が時空間的なばらつきが大きかった。このばらつきはビル群によって形成された大規模乱流の影響によるものであると考えられる。観測された風のプロファイルをLarge Eddy Simulationモデルの流入境界条件に組み込むなど、本観測結果は商業地域での数値モデルの再現性向上への貢献も期待できる。

  • 金子 朋紀, 小荒井 衛, 先名 重樹
    セッションID: 911
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 双葉断層は宮城県南部から福島県浜通りに南北100㎞以上にわたって存在する大断層であるが,相馬市,南相馬市の一部を除き推定活断層とされている.また,活断層であっても低断層崖の消失や断層露頭の被覆により伏在断層とされ正確な位置の把握が困難である.そこで本研究では相馬市山上,南相馬市栃窪・橲原,浪江町室原において常時微動観測を実施し,その結果から活断層の位置の推定を行うとともに地形発達史の検討を実施した.2.研究手法 小荒井(1988),鈴木・小荒井(1989)に記載されている断層露頭の直上や福島県(1999)によるトレンチ調査地点で複数の常時微動観測を実施し,S波速度構造との比較から基盤に達する深度でのS波速度を設定した.その後,地形判読のみにより活断層の位置を推定された地域において,断層線を挟む多くの測線で常時微動観測を行い,その結果から断層位置の推定と地形発達史の検討を実施した.3.断層位置の推定 橲原の断層露頭周辺の常時微動観測結果により,断層東側に分布するジュラ系の基盤に達するS波速度を300~400m/sに,西側に分布する新第三系の基盤に達するS波速度を200m/sと設定した.このS波速度を用いて考察を行った結果,橲原において推定された断層位置は,都市圏活断層図に示されている低断層崖と比較して東側に位置しており,低断層崖の後退が示唆された.栃窪における断層位置の推定は,伏在断層も含めて都市圏活断層図の断層位置と対応した結果が得られた.また,周辺の広い範囲において基盤に達する深度を推定した結果,鈴木・小荒井(1989)によるⅢ面で約150㎝の東落ちの変位,Ⅴ面で約70㎝の東落ちの変位が認められた.山上の低位面では,都市圏活断層図の2面において基盤の変位が認められず,室原の低位面では,都市圏活断層図の1面で,水準測量で約3.5mの地形変位,常時微動観測で約3mの基盤の東落ちの変位が認められた.4.地形発達史の検討 栃窪では,Ⅲ面形成後に2回の断層運動で約150㎝の東落ちの変動があり,Ⅴ面の形成よりも前に最新断層運動により約70㎝の東落ちの変動があったと考えられる.最新断層運動で上流側にのみⅣ面が形成され,支流の侵食で断層の両側にⅤ面が形成されたとする鈴木・小荒井(1989)の説とは整合的である.山上の2面には地形・基盤双方にずれが認められないため,最新断層運動は2面形成より前ではないかと示唆される.一方,室原では地形・基盤双方で同程度のずれは確認できたが,確実度を変更するには,さらなる検討を要する.

  • 武内 樹治
    セッションID: P035
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本では特に地方において人口減少が顕著である。その際に地域で継承されてきた文化財・文化遺産の保存継承をどのようにしていくかが課題である。既に渡邉(2024)によって四国地方を対象として人口減少下での指定文化財の分布的特徴が特定されている。本研究では、文化財と人口減少に関する地理空間情報を用いてGIS上で人口減少の渦中にある文化財を全国規模で空間的に推定し、その動向を明らかにすることを目的とする。

    人口減少に関するデータは、農林水産省が公開している将来推計人口データを用いた。文化財情報については、オープンデータをはじめウェブ上に公開されている情報を用いてデータを作成した。

    結果として、2020年と比較して2045件には10人以下の集落に位置する文化財件数は増加し、増加率も農業集落自体の件数の増加率よりも高いことが判明した。

    実際の文化財の管理・継承は小学校区や旧市町村単位などで行われている場合もあり、今後はメソスケール・ミクロスケールでの集計の比較、さらには現地調査での実態把握なども行う必要がある。

  • ー平成30年7月豪雨により発生した土石流シミュレーションを基にー
    齋藤 慎之佑, 佐藤 剛, 尾崎 昂嗣, 木村 誇
    セッションID: P081
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    平成30年7月豪雨は梅雨前線と台風7号の接近に伴い,記録的な豪雨災害を西日本各地にもたらした。愛媛県の興居島においてもこの豪雨による崩壊とそれに伴う土石流の被害が多発した。今後,同程度の豪雨を経験する場合,これまで崩壊が発生しなかった渓流で同様の災害が発生する可能性がある。そこで,本研究では平成30年7月豪雨により土石流が多発した同島南部をテストフィールドに設定し,数値シミュレーションソフトIRICを用いてこれまで崩壊が発生していない渓流に対して適用し,土石流の流下範囲を推定した。その結果,建物の被災数は108戸,道路の被災数は36箇所になることが明らかになった。

  • 小田 理人, 小寺 浩二
    セッションID: 803
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

    東京近郊の河川では急速な人口増加により水質汚濁が引き起こされた。近年は下水道等の普及により改善傾向にあるが、未だ課題の残る地域も存在する。筆者らは2020年より多摩川水系浅川を対象として水質に関する研究を実施してきた。本研究では筆者らの先行研究である小田・小寺(2023)により、特に課題の残る支流とされた湯殿川と、地質由来で電気伝導度(EC)が高いと考えられた山入川を特に重点的に調査し、両河川におけるECの高さとその原因について解明することを目的とする。

    Ⅱ 研究方法 

    浅川流域内に34の観測点を設け、2024年4月より月に一度の頻度で現地観測と河川水のサンプリングを行った。小田・小寺(2023)において課題の残る地域とされた湯殿川と高いECが観測された山入川において重点的に調査を行った。現地での観測項目は水温、EC、pH、RpH、流量である。サンプリングされた河川水は実験室においてTOC計によるTOC分析とイオンクロマトグラフィーによる主要溶存成分の分析を行った。

    Ⅲ 結果と考察 

    浅川本流におけるECは小田・小寺(2023)に記載の2020~2021年の観測値とそれほど変化は見られなかった。湯殿川では、南側から合流する支流の中で特にECの高い支流がみられた。また、源流においても比較的ECが高いことがわかり、人為の影響だけでなく地質の影響も考えられる。山入川では、流域南部を流れる支流の小津川では比較的低いECであった一方、山入川上流部では高い値が観測された。最上流部には、石灰岩の採石場が分布していることが明らかとなり、これの影響により山入川のECが高くなっていると考えられる。

    Ⅳ おわりに 

    小さい支流域を対象としたより詳細な調査より、局所的な汚濁の実態が徐々に明らかとなってきた。今後は主要溶存成分の季節変化や、その他の金属イオンの溶存濃度の調査、個別の一次流ごとの調査によるさらに詳細な汚染源の特定などが求められる。

    謝辞

    本研究は東急財団 多摩川の美しい未来づくり助成(助成番号:2024NA005)により行われました。ここに記して感謝申し上げます。

    参考文献

    小田理人・小寺浩二(2023): 多摩川水系浅川の水質及び流域特性 : 東京近郊河川の局所的汚濁について,水文・水資源学会誌,36 (4), 269-285.

  • 坪本 裕之, 桑原 優太
    セッションID: P025
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    本研究は,2000年以降の東京郊外の多摩市を対象として,住宅供給の変化に伴う居住動向の把握を目的とする.古屋ほか(2013)は,多摩市において2000年代初頭に建設が急増した分譲マンションの入居者を対象として,購入理由や居住地移動を明らかにした.入居者は核家族世帯が主であり,マンション購入を前提として住宅を探索し,駅近かつ多摩ニュータウン(以下NT)区域からの近距離転居を指向していた.しかしながら,多摩市にはNT区域外の地区も存在し多種の住宅が供給されている.本研究では,多摩市における住宅供給と居住動向を2010年代を中心として議論し,古屋ほか(2013)が明らかにした居住動向の特性について,多様なその中での相対化も試みる.分譲マンション供給は,主に全国マンション市場動向(不動産経済研究所)から住所や販売価格等のデータをもとに地図化を行い把握した.加えて,マンションデベロッパーへの聞き取り調査を行い,東京圏および多摩市での分譲マンション供給動向,購入層の変化とその背景について訊ねた.戸建て住宅については国土交通省不動産情報ライブラリの取引データを用い,取引価格の変化にも着目した. 居住動向は,国勢調査小地域統計のデータ等を中心に把握した.

    2000年代の多摩市では,分譲マンションがNT新住宅市街地開発区域の業務・商業地区や聖蹟桜ヶ丘駅周辺地区に,戸建て住宅はNT区域外の農地の多いスプロール化した地域に供給されており,対応した人口増加が確認された.持ち家取得動向は分譲マンションと戸建て住宅に分化しており,両地域で子育て世帯が増加した.後者では小学校で児童数の急増による受入困難が発生し,学区の変更がなされた.

    2010年代の住宅供給と居住動向は,2000年代と同様に分譲マンションは鉄道駅を中心に立地する傾向がみられたが,2010年代は供給数が減少し価格が上昇した.東京圏では,2011年東日本大震災の復興事業に伴う資材や建設従事者の不足により建築費が高騰し,それを契機としてマンション価格が上昇した.デベロッパーは,多摩市では建設用地が限られ高価格の分譲マンションへの需要も少ないと判断している.戸建て住宅はNT区域外を中心に継続的に供給され,価格は比較的安価で維持されていた.多摩市では,マンション供給地域を中心として住宅購入層となる年齢の人口が増加し,地域別の他住民属性の差異も確認された.

    2000年代初頭の居住動向は2010年以降も継続しているものの,多摩市では人口数の多い団塊ジュニア世代の住宅購入が前提であったといえる.それが過ぎつつある2010年代は,供給が量から質へ転換した分譲マンションへの入居を指向する層と,幅広い価格帯で販売される戸建て住宅を指向する層への分化がより進行している.

    文献

    古谷泰大・杉浦芳夫・原山道子 2013. 2000年以降の東京郊外多摩市における民間分譲マンション供給とその居住者.理論地理学ノート 17:39-66.

  • 山口 朱莉, 佐藤 剛, Nguyen Van Thang, Tran Viet, 尾崎 昂嗣
    セッションID: P082
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    近年,ベトナムでは気候変動に伴う局地的豪雨の増加により,土砂災害の発生頻度と規模が増大している。例えば中部クアンナム省の山岳域では,2020 年 10 月に発生した台風 Molaveの豪雨によって,表層崩壊が広域で発生した。同省では,この豪雨災害による死亡者数が46人,行方不明者数が17人に達した。しかしながら,当地において台風Molave に伴う豪雨を誘因として発生した崩壊の詳細な分布図は作成されていない。したがって,崩壊の分布特性や発生プロセスの議論がなされていないのが現状である。そこで,本研究は,衛星画像判読を基にベトナム中部クアンナム省南西部を対象に台風Molaveに伴う豪雨を誘因として発生した崩壊の詳細な分布図を作成し,崩壊の分布特性,地質および崩壊との対応関係を検討した。調査地域はクアンナム省南西部に位置し,起伏は東部に比べ西部で大きい。調査地域の中央部には,標高約1,600 mの山頂が連なる稜線が南北に伸びる。地質は主に白亜紀,古第三紀の花崗岩,原生代の片麻岩,結晶片岩および複合岩(花崗岩,片麻岩)である。調査は衛星画像を用いて地形判読を実施し,斜面崩壊分布図を作成した。その結果,675 km2の調査範囲内で,14,537の崩壊地を抽出した。崩壊は調査地の中央部に位置する標高約1,600 mの山頂が連なる稜線を境に西部に集中し,崩壊地面積の規模も東部と比較して大きい傾向が確認された。次に地質毎の崩壊面積率を算出した結果,花崗岩が最も高い13.03 %を示し,結晶片岩が2.95 %,片麻岩1.26 %となった。花崗岩は風化して真砂となり,豪雨によって崩壊が発生しやすいことが知られている。一方で,結晶片岩および片麻岩は高温高圧下で形成され,強固な結晶構造を持つため崩壊が発生しにくいと考えられる。崩壊地の形状を見ると,花崗岩は幅40 m以上,長さ300 m以上の崩壊が他の地質と比較して大きい。花崗岩域は,真砂からなる厚い風化帯が形成される。この基盤を覆っている真砂に雨水が浸透し,間隙水圧が上昇することで大規模な崩壊を引き起こしたと考えられる。一方,結晶片岩は,崩壊の縦横比が他の地質と比較して異なり幅が広い。これは,結晶片岩が片理面の発達によって面的に崩壊しやすいことを反映していると考えられる。片麻岩および複合岩は,幅20 m未満,長さ120 m未満と線的な形状をした崩壊が多い。これは花崗岩ほど厚い風化帯が形成されていないことが原因だと考えられる。そのため,雨水は谷に向かって浸透し,その周辺で間隙水圧が高まり谷沿いで崩壊が発生するからだと考えられる。以上,地質と崩壊との対応関係を検討した結果,降雨を誘因として発生した崩壊は地質毎に分布特性が異なる傾向が認められた。

  • 岡本 透, 太田 陽子, 八巻 一成
    セッションID: P034
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    長野県木曽郡木曽町開田高原(旧西筑摩郡開田村)を対象にして明治期以降の草地面積の変化を、統計値および地形図の地図記号の読取、空中写真の判読などから明らかにした。 統計値は、第二次世界大戦前は1874年の郡村誌開田村を最も古い資料として西筑摩郡統計書など、第二次世界大戦後から町村合併前の2004年までは長野県統計書、農林業センサスなどから原野、牧場、森林以外の草生地といった項目を草地として集計した。1911年の旧版地形図では「荒地」「矮松地」を草地とし、地類境界を植生の境界としてGIS上で草地の範囲を抽出した。空中写真は1948年の米軍撮影、1963年の林野庁撮影、1975年および1977年国土地理院撮影を用いて草原の範囲を抽出した。1980年代以降は環境省植生図から自然草原、二次草原、牧草地等を草地として抽出した。各図像資料から抽出した草地をGIS上でオーバーレイ解析した。 統計値の草地面積は、第二次世界大戦前までは3,000ha弱程度で推移した。戦後直後から1950年代にかけては、同年でも出典により値が大幅に異なる年があり、年ごとの変動が大きかった。これは、草地に関する項目、区分が複数にわたることや、集計の方法の違いなどによると考えられた。1960年代初め以降、草原面積は時間の経過とともに漸減し、2004年には181.4haであった。一方、図像資料の草地面積は、最も古い1911-12年測図1/5万地形図では2,441.4haと同年代の統計値よりやや小さく、2019年の植生図では94.5haであった。最新の資料の草原面積は、最も古い資料を100とした場合、統計値では6%、図像資料では4%程度にまで減少していた。

  • ―横浜市を事例に―
    清水 和明, 田口 俊夫
    セッションID: P030
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに 

     1968年に制定された新都市計画法に基づき,都市計画区域内を市街化区域と市街化調整区域(以下,調整区域と略す)に区分する「区域区分制度」が設立されてから50年以上が経過する.調整区域内での開発行為や建築行為は,一部の特例を除き都市計画法により制限されている.しかし,近年では区域区分制度を廃止する動きや,調整区域内の開発行為を可能となる条例を策定する動きが各地でみられる.区域区分制度の在り方が今日問われている.

     調整区域における開発行為や建築行為の実態を捉える上で重要になるのが農地転用である.調整区域内の農地を農地以外に転用する場合,市区町村の農業委員会に農地転用申請を行い,許可を受けなければならない.そのため,調整区域における農地転用は,農業委員会が保有する議事録を通して,位置や転用目的,転用理由等を把握することができる.

     基礎自治体として国内最大の人口を有する横浜市は,1970年の都市計画決定に基づき区域区分制度が設定された.2023年3月末日の時点で市街化区域面積337.7㎢,調整区域面積98.9㎢を有する.横浜市は1960年代後半より市独自の制度である農業専用地区制度を設定し,調整区域内の開発行為を抑制しつつ,農業振興に向けた施策を同時に進めてきた.その一方で,住宅開発をはじめ都市化圧力が強く,調整区域内でありながらも農地転用が進んでいる.

     本報告では,横浜市の調整区域における農地転用の実態を明らかにする.その上で,転用後の土地利用にみられる地域的特徴について考察する.

    Ⅱ 分析に用いた資料

     横浜市農業委員会が保有する農業委員会議事録を参照し,農地法第4条に基づく転用(所有権等の権利移転や設定がない転用)と,同法第5条(権利者の移転や賃借権等の設定を伴なう転用)に基づく転用状況を把握した.対象とするのは2000年以降の5つの時期(00年度,05年度,10年度,15年度,20年度)である.なお,本報告では横浜市中央農業委員会が管轄する市内8区(鶴見区,神奈川区,保土ヶ谷区,旭区,港北区,緑区,青葉区,都筑区)の農地転用の実績について取り上げる.

    Ⅲ 農地転用の実態とその地域的特徴 

     調整区域内における農地転用は,都道府県が指定する農業振興地域の中で,農用地区域(いわゆる青地農地)から域外される「白地農地」において行われる.そのため,「白地農地」の面積が多い地域において農地転用の件数および面積が多くなる.横浜市中央農業委員会管轄の地域における農地転用は,農地法4条5条ともに都筑区が圧倒的に多く,これに港北区・青葉区・緑区が続く.農地転用の申請件数と面積は2010年代以降大きく減少する.

     農地法第4条に基づく転用は,家産としての農地を申請者自身が別の土地利用に転換する,敷地面積の小さな駐車場,農家住宅や分家住宅が中心となる.その一方で,農地法5条に基づく転用は,建設会社の資材置場や車両置場,収容台数の多い駐車場に転用される事例が多くみられる.とはいえ,これらは広範な地域にみられるものではなく,特定の地域に集中している傾向がある.詳細は報告時に示す予定である.

    Ⅳ まとめ 

     農地所有者による転用である農地法第4条に基づく転用は,住宅周辺住民の合意を得た上での転用である.そのため,農地転用にともなう土地利用の変更が周辺地域に与える影響は小さい.その一方で,権利者の移転や賃借権等の設定を伴う農地法5条に基づく転用は,建設会社の資材置場や車両置場などに転用されることが多い.農業生産が行われている農地の近隣において,こうした土地利用に転用される事例は多くない.農地転用が進展する地域と,農地が維持され農業生産が継続される地域という,性質の異なる地域が調整区域内に存在することが明らかになった.

    Ⅴ 今後の研究課題

     本報告では触れなかった横浜市南西部農業委員会管轄の10区における農地転用の実績も踏まえ,横浜市全域における農地転用の実態とその地域的な特徴を把握する.また,農地転用が進展する中,調整区域内で農業を行う経営体の生産実態や営農環境に関する認識についても調査を行う.

    本発表はJSPS科研費『農と住の共生を中心とする市街化調整区域のあり方に関する計画的研究』(課題番号24K07813)の助成を受けたものである.

  • 岩崎 亘典, デルッキ ルカ
    セッションID: P018
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

    農業分野におけるデータ管理の効率化と情報活用の重要性が高まる中,エドムンド・マッハ財団のデジタル農業ユニットは,農地に関する多種多様なデータを一元管理する無料かつオープンソースのアプリケーション「DigiAgriApp」を開発した。本発表では,DigiAgriAppの概要についてと,日本における活用推進の取組について報告する。

    DigiAgriAppの概要

    DigiAgriAppは,気象データ,リモートセンシングデータ,観測記録,作業履歴など,農業現場で得られる多様な情報を統合的に管理することを目的としている。主な機能として,農地データの管理,作業・観測データの記録,収穫・排出物の管理,データの可視化が挙げられる。DigiAgriAppでは,モバイル端末上に現地圃場に情報を表示するとともに,フォームを利用することで簡便なデータ入力が可能である。これらの機能を実現するために,サーバー側にはPostgreSQL/PostGISとDjango REST Frameworkを用いたシステムを構築し,クライアントアプリケーションはFlutterを用いてマルチプラットフォーム対応としている。また,QGISプラグインを開発し,地理情報の管理やデータの同期を容易にしている。

    活用事例

    DigiAgriAppは既に実運用において成果を上げている。例えば,約18ヘクタールのりんご果樹園管理において5.5ヘクタールが個別株までマッピングされ,3,000本以上の植物が定期的に観察・記録されている(図2)。この結果,栽培品種や台木の情報管理,作業履歴や排出物の履歴把握,リモートセンシングデータと気象観測データの相互参照による高度な栽培管理が実現されている。さらに上記の圃場で, 20,000本以上を対象とした機械学習を活用した病害虫検出システムとの連携試験を行った。

    今後の改良と日本での活用

    今後の展望として,DigiAgriAppの機能拡張とユーザーコミュニティの構築を進めるとともに,日本市場向けの改良および日本語化を推進する。特に,AIによる病害虫診断システムとの連携を強化し,ブドウ透翅蛾などの害虫検出機能を実装する予定である。また,JSPSの短期滞在制度を活用して日本に滞在する期間中に,日本の農業環境に適した機能の追加やインターフェースの日本語化を行い,現地ユーザーのニーズに応える形でアプリケーションの利便性を向上させる。これにより,日本の農業現場におけるデータ管理の効率化と生産性向上に寄与することを目指す。DigiAgriApp のソースコードや最新情報,ドキュメントは下記リポジトリおよび公式サイトで公開している。

    レポジトリ:https://gitlab.com/digiagriapp/

    公式サイト: https://digiagriapp.gitlab.io/digiagriapp-website/

    謝辞

    本プロジェクトは,Fondazione Valorizzazione della Ricerca Trentina,Hydrologisの支援を受けた。また、本発表にあたり、日本学術振興会短期招へい研究の支援を受けた。深く感謝します。

  • 平出 尚義, 今村 功一, 佐竹 崚, 大串 文美, 田殿 武雄, 平山 颯太, 水上 陽誠, 伊藤 駿, 奈佐原 (西田) 顕郎
    セッションID: 335
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1 はじめに 

     土地利用土地被覆図 (以下、LULC図) とは人間の活動による土地利用と、地表面が物理的に何に覆われているかを示す土地被覆をいくつかの設定されたクラスで色分けした主題図である。国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 地球観測研究センターでは人工衛星で観測されたデータ等を活用して地域や国レベルを対象としたLULC図を継続的に作成し、無償で公開している。2025年1月時点での最新版は“日本域高解像度土地利用土地被覆図バージョン23.12”(以下、2022JPN_v23.12) という2022年の衛星データを用いて作成された日本全域10 m 空間解像度でのLULC図であり、14クラスの全体精度は95.53 [%]で分類されている。

     LULC図は生態系評価、資源管理、災害対策等の地域・国土保全へ利用される様々なアプリケーションの基盤情報としての活用が見込まれている。こうしたニーズに対応するためには時系列でのLULC図が必要不可欠である。現状ではJAXAのLULC図として2022JPN_v23.12以外に、2018-2020年のLULC図である 2018-2020JPN_v21.11、2014-2016年のLULC図である 2014-2016JPN_v18.03があるが、入力データや分類アルゴリズム、クラス数が異なるため、単純な比較が難しい状況である。そのため2022JPN_v23.12と同等の精度を持ち、異なる時期かつ整合性があるLULC図を整備していくことが課題である。本研究は2022JPN_v23.12に精度面で比肩し、かつ2020年のデータを用いた日本域LULC図の作成および結果を報告する。

    2 入力データ・アルゴリズムについて 

     入力衛星データは2022年1月から12月を2ヵ月ごと6時期に分け、雲マスクを施した後に中央値コンポジット処理を実施した光学衛星 (Sentinel-2 L2A) データ10 band×6時期の特徴量、それらから計算された6指標×6時期の特徴量、単時期のSAR強度データと多偏波情報 (ALOS-2/PALSAR-2) から計算された指標 16特徴量を使用した。さらに、ALOS World 3D DSM 5 m 及びDSMから求めた傾斜、オープンストリートマップの道路情報、筆ポリゴン抽出による農地情報、緯度経度を加えた。光学衛星データ時系列特徴量96個、SARデータに補助データを加えた非時系列特徴量21個の計117個を整備した。

     分類アルゴリズムはJAXAが開発したSACLASS2.5を使用した。SACLASS2.5は時系列特徴量に対しては時間・特徴量領域の畳み込みを行うCNNを、非時系列特徴量に対してはMLPを実施する。入力データを時系列・非時系列で区別し異なるアルゴリズムを適用することで特徴量の次元を削減し、分類精度の向上や計算時間の短縮を実現している。  

     訓練データはクラス番号、緯度、経度で整備し、計12,326点を用いて分類を実施した。尚、分類に際しては整合性を担保するため、2022JPN_v23.12で作成したモデルに対して今回整備した訓練データを用いたファインチューニングを実施している。また、初期値を変更して作成した5個のモデルで分類を実施し、各ピクセルの確率値をクラス毎に足し合わせ、最も確率値が高いクラスを採用するアンサンブル処理を実施している。

    3 結果

     図1に日本域全体の分類結果を示す。14クラスにおいて、全体精度94.40 [%] と2022JPN_v23.12の全体精度95.53 [%] と同等の精度で異なる年度の分類ができた。

    4 まとめ 

     本研究では2022JPN_v23.12と同等の精度を維持しつつ、異なる時期の整合性を保った高精度の時系列LULC図の作成を目標とし、それを達成した。今後は、得られた知見と技術を基にさらに時系列を拡張した日本域高解像度土地利用土地被覆図を整備し、ユーザの皆様に活用いただけるよう努めたい。

  • 鈴木 重雄
    セッションID: S707
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

     里山は日本の農山村において,自然と人との相互関係(社会-生態系)の中で育まれてきた景観である.2010年の生物多様性条約第10回締約国会議では,社会-生態系の中で維持されてきた生物多様性を持続させる取り組みとしてSATOYAMAイニシアティブが提唱された.しかし,生物多様性は,開発,人による働きかけの縮小,外来種・化学汚染,気候変動により衰退が進んでいるとされている.特に,社会-生態系の中で育まれてきた里山においては,特に人による働きかけの縮小が顕著になる中で生じた,植生(生態系)の均質化が進行している.本発表では,関東地方における里山の植生の空間分布の変遷から里山の社会-生態系の変化がもたらす生態系への影響を示す.加えて,人間社会への影響も大きい植生環境の変化に対して,地理学的にアプローチできるかを示したい.

    里山の利用衰退が植生にもたらした影響

     里山では,1960年代以降薪炭材の利用の衰退が景観の画一化をもたらした(鎌田・中越 1990など)一方で,1970年代後半から進行したマツノザイセンチュウによるマツ枯れが,アカマツを中心とする二次林でも猛威を振るった(藤原ほか 1992など).埼玉県比企丘陵においても,1980年以前はアカマツ林が広く広がっていたものの,マツ枯れの進行によって,広葉樹林へと優占種の変化が見られた.マツ枯れは,先駆樹種として面的に広がっていたマツが枯死することからその変化が分布としても捉えやすく,時系列的な空間分布としても現れやすい変化であったと言える.

     また,里山林を代表する樹種の一つであるブナ科の樹木に対しても,2010年をピークにカシノナガキクイムシとその共生菌によって引き起こされるナラ枯れの被害が生じている(小林・上田 2005など).この被害は,いったん落ち着いたように見えたが,2020年前後より東日本を中心として,被害の拡大が見られた.

     マツ枯れ,ナラ枯れともに大径木で被害が多い傾向があり,人為攪乱としての人による薪炭等への利用が衰退した結果,樹齢の高齢化が進んだことがこれらの枯損被害の急激な進行に影響していると考えられる.

    里山の利用低下がもたらす中山間地域の衰退

     1980年代後半から西南日本を中心に,モウソウチクを中心とする竹林の拡大が著しい(鳥居・井鷺 1997など).種子繁殖がほとんど生じないタケは,人による植栽で拡散したものであるが,竹林そのものと竹林周辺の土地利用が低下をする中で,地下茎の伸長で面的拡大に成功した植物である.埼玉県比企丘陵においても,1980年代以降竹林の拡大が顕著に見られており,かつては,たけのこ生産地であった千葉県大多喜町でも生産竹林の放棄とともに,面積を急激に広げた.これにより,周囲の利用の続いている耕作地や宅地への竹稈の侵入によってさらなる営農意欲・居住継続意志の低下要因となることや,竹林がイノシシなどの越冬空間として機能することにより,獣害が深刻になるなどの影響も大きい.

     近年では,ニホンジカ,イノシシ,ツキノワグマ,ニホンザルなどの大型哺乳類による農業・林業被害や植生被害も深刻になってきた.人による狩猟圧の低下や戦後の拡大造林政策によって針葉樹植林地が増加した事による奥山での餌資源の減少などの要因が指摘されているが,里地・里山の利用低下が餌資源の増加を引き起こし,大型哺乳類を誘引していることも大きな要因であると考えられる.これらは,直接的な被害だけでなく,ヤマビルの増加などが間接的に里山の利用の低下に寄与することとなり,結果として農村のさらなる衰退につながってしまう.

    植生地理学からの里山研究に求められること

     農村の社会と里山の植生は深く結びついているものである.里山の植生を研究する上では,農村を深く理解することが不可欠である.また,人の営み・行動と植生の因果関係を定性的にとらえると同時に,空間情報を駆使して定量的に捉える試みがあっても良いのではないかと考える.

    文献

    鎌田磨人・中越信和 1990.農村周辺の1960年代以降における二次植生の分布構造とその変遷.日生会誌 40:137-150.

    小林正秀・上田明良 2005.カシノナガキクイムシとその共生菌が関与するブナ科樹木の萎凋枯死.日林会誌 87:435-450.

    鳥居厚志・井鷺裕司 1997.京都府南部地域における竹林の分布拡大. 日生会誌 47:31-41.

    藤原道郎ほか 1992.広島市におけるアカマツ二次林の遷移段階とマツ枯れ被害度.日生会誌 42:71-79.

  • 宰川 玲
    セッションID: 613
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに 1988年開通の瀬戸大橋は,日本の科学技術の結晶とも評されるが,1955年5月11日に高松市沖で発生し,4校の修学旅行関係者108人を含む168人が亡くなった宇高連絡船紫雲丸の沈没事故が架橋の機運を高めたとする言説もみられる.ただ,そのような語りに包括されない多様な追悼の営為が紫雲丸事故をめぐって実施されてきたとともに,追悼空間という形で現出してきた.人為的災害をめぐる研究では,事故現場のモニュメントに注目する場合が多いが,紫雲丸事故では,事故海域を望む地点や児童生徒が犠牲となった遭難校など複数地点に追悼空間が形成された.本報告は,現地調査,文献調査に基づき,追悼空間の形成過程を整理し,個々の追悼空間に込められた意図やその差異を明らかにするものである.

    事故海域周辺の事例 事故海域においては,1周忌におこなわれた海上供養を嚆矢として,瀬戸大橋が開通し,国鉄宇高連絡船が廃止となるまで,船上からの供花や読経がなされていた.また,事故海域を望む地点にも,いくつかの追悼空間が形成された.高松市の西方寺にある「紫雲丸遭難者慰霊碑」は,1957年に建立された.事故海域を望む形で,遺族会主導で建立された観音像である.事故海域の北側に位置する女木島では,地域住民によって,犠牲者の霊をまつる地蔵が建立された.同じく高松市内の「厄除不動明王院」は,事故当事者である乗組員らが中心となって,1958年に建立された.不動明王像の中には,事故死者を弔う般若心経が納められた.以上の3事例に共通する特徴として,仏教に由来する形象が採用されるとともに,事故海域を望むような配置がなされているという点が挙げられる.また,国鉄の再発防止策の一環で整備された「女木島灯台」でも,その建設時に,事故死者を悼むための納経がなされ,白い墓標とも称された.

    遭難校における事例 事故後,各遭難校周辺で20人近くの葬儀が開かれた.その異様な光景や遺品のようなモノを通じて,生存者や地域住民は,犠牲者という「不在の存在」を痛感した.高知市立南海中学校の「紫雲丸遭難記念碑」は,最も早く当年の9月に除幕式が実施された事例であった.事故当時の遺族と学校関係者の間の心理的な和解が,学校内での追悼空間の促進要因となっていた.松江市立川津小学校の「紫雲丸遭難記念碑」は,事故翌年の3月に完成したものであるが,「記念碑」という用語を,建立に携わった教員陣が意図的に選択したものである.広島県木江町立南小学校では,慰霊碑ではなく,図書館を兼ねた「紫雲丸記念館」が翌年に建設された.そこには,事故に対する悲しみからの感情面での切り替えを図る意図があった.愛媛県三芳町立庄内小学校の「みたまの塔」は,造形美術家の設計で,翌年の3月に建立された.学校所蔵の設計図には,設計者が込めた意図が書き込まれていた.その中では,人々から隔絶された従来の記念碑に対する反省を踏まえて,児童による清掃などの継続的なパフォーマンスの実施を求めていた.

    分極的な追悼空間と非線形的な時間軸 紫雲丸事故の追悼空間は,建立主体や建立動機が異なる中で,分極的に立ち現われたといえる.追悼する側は,それぞれのバックグラウンドに基づき,折々のタイミングで,参与する追悼空間(仏壇・墓・遭難校の碑・事故海域の碑)を使い分けていたといえる.そのため,追悼する主体のパフォーマンスや感情に重点を置いた分析が求められる.また,本報告の事例,特に遭難校の追悼空間に対しては,未来を見据えた意図が込められていた.そのように考えると,追悼空間は,過去が保存される空間や過去が現在的に構築される空間としてだけではなく,過去―現在―未来の非線形的な時間が流れ込む空間とみなすべきだろう.そして,このような追悼空間をめぐる非線形的な時間感覚は,その後の追悼空間の継承にも影響を及ぼしたと考えられる.Jones(2011)は,より親密に,関係論的に,パフォーマティブに,生物文化的に「記憶」へアプローチすることで,記憶研究と非表象的な地理学を結び付けることを目指した.分極的な性質と非線形的な時間性がそれぞれ指摘される追悼空間の分析においても,そのような見方を援用する意義が認められるのではないだろうか.以上を踏まえることで,特定の地点において,追悼空間が現在に至るまで立ち現われ続けた機制についての更なる考察が展開されていくことになるだろう.

  • 三上 岳彦, 林 あゆみ, 平野 淳平, 長谷川 直子
    セッションID: 834
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    長野県諏訪湖では冬季に湖水が結氷しその氷が鞍状に隆起する御神渡りと呼ばれる現象が見られる。この現象は地元の神社によって長期的に観測され1444年から連続的に現存し、それを基に長期的な日本中部の冬季の気候を復元できる資料として広く活用されてきた(Gray1974など)。

     歴史時代の気候を復元するには、20世紀以降を中心とした近代気象観測データと結氷・御神渡り日との関係を解明し、その関係に基づいて、気象観測データの存在しない時代の結氷・御神渡り期日から気候を推定する手法が有効である。そのため、近代気象観測データと結氷・御神渡りとの関係を解明することは、長期的な中部日本の気候復元をする上で重要である。

     そこで本研究では、諏訪での近代気象観測が行われて以降の気象観測データと結氷・御神渡り日との関係を1924年から2023年の100年間を対象として検討した。使用データは、1924年から1944年は飯田測候所による諏訪郡役所での区内観測データ(毎朝10時に最高最低温度計にて気温観測)、1945年以降は諏訪測候所による観測データを用いた。結氷・御神渡り観測は複数団体が行なっておりその日付が異なる場合があるが、本研究では100年間の連続性を考慮して八剱神社による諏訪湖御渡注進録を使用した。天気図はデジタル台風サイトに掲載(気象庁印刷天気図)のものを使用し、その気圧配置分類は1941年12月~1970年12月, 1981年1月~2000年12月については気圧配置ごよみ(Yoshino et al. 1974,吉野2002)を使用し、そのほかの期間については前出文献の分類を参考に演者らが分類した.

     先行研究にて日本の冬季気温は1987年を境として階段状に上昇していることが指摘されている(Kim et al. 2015)。そのため1987以前と以降では御神渡りの発生頻度にも大きな違いが現れている(三上ほか2024)。そこで本研究では対象研究期間100年間を1924-1986と1987-2023で区別して分析した。

     結氷日当日はその前に比べて一段と気温が下がるものの、近年の結氷日はその下がり方が弱いことがわかる。また同様に調べた最高気温の推移は、結氷日前日に低下していることがわかった。以上のことから、結氷発生には前日の最高気温が低く、当日朝の最低気温が低いことが重要であると示唆される。冬季における西高東低冬型の気圧配置出現割合は、対象とした100年間で減少傾向にあった。このことから,諏訪湖が結氷するような強烈な寒さが発生しにくくなっているといえる.

  • 田伏 夏基
    セッションID: 704
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.問題の所在

     「スケートボード」は,東京2020オリンピックにおいて正式種目の一つとして採用された.これを機に,スケートボーディングはストリート・カルチャーとオリンピック競技という二つの側面を有することになり,これらを取り巻く環境に大きな変化が生まれた.本報告は,ストリートとスケートボードパークを含めたスケートボーディング空間を対象に,行為の意味が変わることで,スケートボーディング空間にどのような変容が見られるのかについて検討する.

    2.調査の概要

     報告者は,2024年10月3日から20日にかけて都立武蔵野公園におけるスケートボードエリアの管理と自治に関する聞き取りを実施した.調査対象は,都立武蔵野公園ノガワスケートボード協会というローカル団体のスケートボーダーと,同公園の指定管理者である武蔵野の公園パートナーズ,さらに東京都の行政管理機関である東京都建設局の三者である.また,ストリートを舞台としているスケートボーダーについては,スケートボーディング雑誌『SLIDER』に掲載されている実践者の声を基に分析した.

    3.スケートボーディングを取り巻く空間の変遷

     日本におけるスケートボーディングの歴史を辿ると,1980年代に原宿の歩行者天国で活動していたスケートボーダーの姿が確認できる.同時期には,スケートボーダーに「見出された空間(ボーデン 2006:2)」として,渋谷児童館(美竹公園)や新宿中央公園内にあるジャブ池が活動場所となっていた.これらの空間の特徴として,スケートボーダーは公園内に設置されている遊具や水遊び場を本来の利用方法とは異なる形で利用しており,これらの実践から都市空間の既存の用途を超えた新たな使い方を創造する行為としてスケートボーディングを位置付けることができる。しかし,上述で示した空間でのスケートボーディング行為は禁止され,水を張るといった管理者側からの対策により,スケートボーダーは排除の対象となった.

     一方,2016年にスケートボーディングがオリンピック種目に採用されると,「建造された空間(ボーデン 2006:2)」として,全国的に公共施設としてのスケートボードパークの整備が顕著となる。NPO法人日本スケートパーク協会の発表によれば,国内における公共のスケートボードパークは2017年時点で100箇所であったが,2024年には475箇所にまで増加している。特に,この増加しているスケートボードパークの多くが,競技としての「スケートボード」を想定したパークや行政が一方的に整備した空間であり,スケートボーダーが求めるスケートボーディング空間とは大きな乖離がみられた.

    4.「創出された空間」としてのスケートボードパーク

     このような状況の中、都立武蔵野公園内に設けられていたスケートボードエリアでは,スケートボーダー自らがセクションを製作し,DIY型のスケートボードパークを創出した。これらの取り組みは,スケートボーダー自らで活動場所を獲得するだけでなく,公共空間の管理に利用者が関わる特異な事例としても捉えることができる.また,同公園では専門施設としてのスケートボードパークを整備する際に,スケートボーダーは公共空間の設計に参画するなど,専門知識を有する存在として位置づけられ,これらの空間を創出する主体として捉えることができる.

     このように,公共空間において利用者の目線から整備を行うという,一見すると特異なスケートボードパークの事例は,これからの公共空間の再整備に新たな一面を見出す行為であり,彼らは公共空間に自らの居場所を創出したと解釈することができる.

    文献

    ボーデン,I. 著, 齋藤雅子・中川美穂・矢部恒彦訳 2006. 『スケートボーディング, 空間,都市―身体と建築』新曜社.Boden,I.2001 .Skateboarding,Space and the City―― Architecture and the Body: Berg Publishers.

  • 河合 貴之, 青木 かおり
    セッションID: 931
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. 緒言

     東北日本における地形発達の編年学的な研究の蓄積は,島弧系の山地と盆地の分化・火山活動やそれに伴う堆積物供給などの時空的変遷の解明において重要であり,テフラ層序や植物珪酸体組成変動等と合せて議論されてきた.しかし,本地域における中期更新世以前の火山灰編年については,陸域の地形面や時系列の連続性がよい海底堆積物が失われがちで編年学的研究が少なく,海陸間のクロスチェックが十分とは言い難い.本稿では,三陸沖で掘削された海底コアより検出されたテフラの陸域との対比を通して,仙北地域周辺における地形面編年の高精度化に向けて予察を行う.

    2. テフラの記載

    青葉山Ⅰ面段丘堆積物中 仙台市街地西方に分布する青葉山Ⅰ面の河成段丘礫層上位のシルト層より,層厚4cmの降下火山砂を検出した。本層は,石英,斜長石,チタン磁鉄鉱,ホルンブレンド,風化した微量の斜方輝石,軽石型火山ガラスを含む.火山ガラスとホルンブレンドの屈折率はそれぞれn: 1.494-1.501とn2: 1.671-1.685であり,火山ガラスの主成分化学組成は,SiO2: 78.1-79.0 wt%,Al2O3: 12.1-12.7 wt%,FeO: 0.7-1.4 wt%,CaO: 0.4-1.7 wt%,K2O: 1.6-3.6 wt%である.

    1151C-No.2試料 ODP Leg. 186で三陸沿岸の気仙沼沖において掘削された1151Cコアはシルト質泥層を主体とするが,その中のNo.2試料は,深度2.45-3.95 mでハプト藻Emiliania huxleyiの出現層準に当たり,その層位は,海洋酸素同位体ステージ(MIS) 8付近である.本層は,一部円磨され,斑晶鉱物を殆ど含まない軽石礫や火山砂が混在する.火山砂には,ホルンブレンド,斜方輝石,チタン磁鉄鉱,単斜輝石,斜長石,石英,軽石型火山ガラスが含まれる.火山ガラス・斜方輝石・ホルンブレンドの屈折率はそれぞれn: 1.496-1.528,γ: 1.699-1.738,n2: 1.669-1.694であり,火山ガラスの主成分化学組成は,SiO2: 66.7-79.5 wt%,Al2O3: 12.1-14.8 wt%,FeO: 0.7-1.4 wt%,CaO: 0.4-1.7 wt%,K2O: 1.6-3.6 wt%である.本層の試料分析は,微流砂・細粒砂・中粒砂・粗粒砂・粒径2mm以上の粒径区分別に実施したが,分析値の頻度分布から,本層は複数のテフラを起源とすると考えられ,軽石礫や粗粒の火山ガラスで低シリカのものが目立つ.

    3. 既知のテフラとの対比

     前節記載のテフラについて,中期更新世後半の東北日本周辺における既知のテフラとの対比を検討し,青葉山Ⅰ面段丘堆積物中のテフラが一迫川流域に分布する小僧テフラ(Kzo)に,1151C-No.2試料のうち,微粒砂・細粒砂サイズの火山ガラスの主成分でSiO2が78 wt%以上のものが南九州起源の阿多鳥浜テフラ(Ata-Th)及びKzoにそれぞれ対比された.1151C-No.2試料の起源と考えられる他のテフラとの対比については別稿で論じる.

    4. 仙北地域周辺における中期更新世のテフラ・地形面の編年三陸沖でのハプト藻出現層準 今回,Emiliania huxleyiの出現層準においてAta-Thが検出された.これが二次堆積物の混入である可能性はあるが,既往研究による本層やAta-Thの層位に関する議論と矛盾しない.

    青葉山Ⅰ面の形成時期 前節の対比とKzoが鬼首池月テフラ(On-Ik; MIS 8/7.5境界付近)の直下に層位をもつことから,温暖期とされる青葉山Ⅰ面の形成時期は,MIS 9-8.5と推定される.

    坪沼第一軽石・青麻カルデラ起源の火砕流堆積物群の噴出時期 青葉山Ⅰ面形成以前に降下した坪沼第一軽石は,顕著な温暖期に層位をもち,青麻カルデラ起源の曲竹軽石流堆積物とそれより下位の火砕流堆積物群を被うとの既往研究と前項の議論から,TbP1の層位はMIS 11となり,青麻カルデラ起源の火砕流群はMIS 11以前の時期に噴出したと推定される.

  • -信濃川山島新田地区を事例として-
    佐藤 元彌
    セッションID: 713
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    地球温暖化による気候変動によって日本でも河川氾濫や洪水災害が年々甚大化している中,これらに対応できる治水対策を推進していく必要がある.それに向けてコンクリートを多用した治水工事等が進められ,河川の自然環境や景観に大きな影響を与えてきたため,今後は河川周辺の植生を考慮に入れた治水工事を行うことが重要である.そこで本研究では,毎年開催されている「全国多自然川づくり会議」で紹介されている優良事例を用いて「都市河川」の事例と「農村域河川」の事例を整理し,それぞれで行われている工法の傾向を検討した.この結果「河道整備」「河岸整備」はどの河川でも行われる一方,「親水、地域協働」,「景観」は主に都市河川で,「動植物の保全、創出」は農村域河川の代表的な工法であった.そして「動植物の保全、創出」といった「農村域河川」を代表する工法が用いられている,新潟県の信濃川山島新田地区を調査地とし,本事業が河川周辺の自然環境の観点からどれほど効果があったのかを,植生図や植生断面図の作成を通して検討した.さらにこれを通じて今後の「農村域河川」における多自然川づくり事業立案の際の参考となる指標を提示した.植生調査の結果,河道掘削工事によって整備区間で水際に生息する種の生育空間が多く創出され,ヤナギ類などの河道内樹木を減少させたことで治水と河川の自然環境を考慮した整備の効果を確認できた.今回の事例は河川の多自然川づくり事業の代表的な成功事例として参考になると考える.

  • 山田 育穂, 貞広 幸雄, 長谷川 大輔, 岩井 優祈, 浅見 泰司
    セッションID: 403
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    経済活性化の切り札として社会のスタートアップへの期待が高まる中、スタートアップの誕生と成長を促進する環境「スタートアップ・エコシステム」の形成が、日本経済における重要な課題となっている。このエコシステムにおいては、同業種あるいは異業種のスタートアップの集積がプラスの効果を持つと考えられている。本研究では、東京23区を対象にスタートアップ集積地域を検出すると共に、事業分野別の空間分布特性を明らかにして、スタートアップ立地に係わる知見を得ることを目的とする。

    本研究では、スタートアップ情報プラットフォームに掲載された企業情報を使用して、カーネル密度推定による集積地域の検出、事業内容を示すタグ情報に共起ネットワーク分析を適用した事業分野の抽出を行った。東京23区内では渋谷エリアにスタートアップが多く立地していることが知られているが、渋谷以外にも規模・密度の異なる複数の集積地域が存在することが明らかとなった。抽出された8つの事業分野別に集積密度を算出したところ、分野により中心的な集積地域が異なる傾向が見られ、事業分野と立地選好の関連が示唆された。

  • 成田 慶太
    セッションID: P004
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

     日本の温浴文化の一つにサウナがある.フィンランド発祥のサウナだが,日本では現在,第三次ブームを迎えている.2021年の流行語大賞には,サウナによってリラックスした状態を表す「ととのう」がノミネートされ,サウナを題材とした漫画やドラマも放映されるようになった.また,日本航空の「サ旅」や千葉県勝浦町のテントサウナを活用した地域振興の事例など,観光資源としての活用も進んでいる. しかしながら,日本におけるサウナ研究は,主に医学的・生理学的な効果に焦点を当てたものが中心であり,サウナの立地や空間的特徴に着目した研究は少ない.地理学においては公衆浴場の立地に関する議論が多く行われてきたが(杉村 1975;山登 2007),蒸気や熱気を用いて薬治や美容など特定の効果を目的とするサウナ施設の立地については,これまでほとんど議論されてこなかった.そこで,本研究ではサウナ施設の立地傾向を検討し,明らかにすることとした.

    Ⅱ 日本におけるサウナの動向

     サウナ発祥の地とされるフィンランドにおけるサウナの分布は,首都ヘルシンキに最も集中している.一方,都市部以外でもサウナは,湖や海に面した伝統的なサウナとなっている.これらの施設は,サウナ室を出た後に湖や海で遊泳するというフィンランド特有の入浴方法が立地に反映されている. 日本におけるサウナの分布も都市部に集中しており,フィンランドにおけるサウナの分布傾向と類似しているが,その集中度は日本の方が高い.日本ではサウナが海や湖の近辺に分布する例は少なく,日本のサウナ文化はフィンランドとは異なることが考えられる.

    Ⅲ 平均最近隣距離法とK-関数法

     本研究では日本全国のサウナ情報を掲載する『サウナイキタイ』の施設情報を利用した.『サウナイキタイ』はサウナ利用者向けのウェブサイトであり,各サウナの施設名や住所といった基本情報に加え,施設の形態,休憩スペースの有無など,多岐にわたる情報が掲載されている.『サウナイキタイ』上での東京都のサウナ施設数は,2025年1月現在で945件である. まず,東京都区部における立地特性を理解する.東京都における全サウナのポイントデータを用いて,その空間的な特性を把握するために,平均最近隣距離法とK-関数法を用いた統計的な分析を行う.これにより,点分布が密集しているのか,分散しているのかを定量的に評価する. まず,平均最近隣距離分析 (Average Nearest Neighbor)を適用する.この手法は,各点における最も近い隣接点との距離を計測し,それらの平均値を求めることで,全体の分布傾向を判断するものである.最近隣指数(Nearest Neighbor Index, NNI)が1に近い場合はランダム分布,1より小さい場合は集積傾向を示し,1より大きい場合は均等分布の傾向を示す.この指数が統計的に有意な場合,サウナの分布に何らかの空間的偏りがあることが示唆される. 次に,K-関数法を適用する.K-関数(Ripley’s K-function)は,異なるスケールで点の空間的自己相関を評価する手法であり,空間的なクラスタリングの程度を距離に応じて分析できる.この方法では,任意の距離範囲内での点の期待値と観測値を比較し,観測値が期待値を上回る場合にはクラスタリングが発生していると判断する.一方,期待値を下回る場合は分散傾向を示す.特定の距離スケールでの傾向を把握することが可能であり,サウナの立地におけるスケール依存性のあるパターンを明らかにできる.

    Ⅳ サウナの空間的特性

     分析の結果,サウナの分布が統計的に有意なクラスター傾向を示した.つまり,特定の地域における需要の高さや土地利用,駅や商業施設との関係などが影響している可能性がある.一方で,サウナの分布が均等に近い結果が得られた場所では,市場や人口分布といった要因がサウナの立地に影響を与えている可能性がある.さらに,距離に応じて異なるパターンを示す場所では,地域ごとの特性や都市全体の構造が異なる影響を及ぼしている可能性がある.

    Ⅴ まとめ

     東京都区部におけるサウナ施設は,空間的偏りがあることが示されたが,ミクロスケールではその地域の歴史や文化,周辺施設などの情報との関連を,マクロスケールでは東京都区部の社会地区類型との関連を詳細に検討していく必要がある.発表では,これらの点についても報告を行う予定である.

    文献

    杉村暢二 1975.中心商業地における公衆浴場の立地.地理学評論48: 418-423.

    山登一輝 2007.東京都区部における都市型レジャー施設の立地-温浴施設の事例.経済地理学年報53: 308-309.

  • 佐藤 俊文
    セッションID: P075
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    房総半島の脊梁部に源を発し東京湾に注ぐ湊川は,その下流域~河口域の基盤地質が上総層群内に収まりかつ隆起が激しい.このような湊川下流域の,最終氷期最大海面低下期~後氷期海進最盛期(縄文海進最盛期)~現在の海水準変動による地形発達,縄文海進最盛期頃からの4度の元禄型地震隆起と河口からの遷急点の後退など考慮した段丘の発達を考える.中止となった大会の口頭発表や修論をベースに検討し,加除修正を加えた.

  • 東 晃太郎, 河本 大地
    セッションID: P031
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本全国的な少子化の影響で、学校の統廃合や小規模化が加速しており、かつてから少人数を生かした教育が施されているへき地教育に注目できる。このような性格を有する学校が多く加盟する「全国へき地教育研究連盟」の加盟校の所在とへき地等級について、地理学的アプローチからの空間分析を行うひとつの方法として、全国初の取り組みと言える分布図を作成した。この分布図を用いて様々な分析を行い、今後のへき地教育や地域創生、教員研修、教員養成などの場で活用されることが期待できる。

  • 永迫 俊郎, 堀 信行
    セッションID: P038
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに  テコテンドンは大隅半島の肝付町岸良で毎年1月2日に行われる山の神を集落にお迎えする神事で,柴祭りの一種とされる.国見山系の北岳(標高747m)山頂すぐ手前の露岩(テコテン岩)の陰に祀られる神を榊の束を依り代に平田神社にお招きする.一方,屋久島の岳参りは,一二例を除いて途絶えたものの,世界自然遺産登録を機に復興が進み,島内24集落のうち19集落(屋久島記録の会,2022)で,春と秋ないし年一回行われている.洋上アルプスと評される島の奥岳は海岸沿いの集落からは殆ど望めず,集落背後に海から聳える前岳とて標高1000m超えは珍しくない.前岳あるいは奥岳の山頂に登り,そこに祀られる石祠を参拝し集落の平穏・五穀豊穣・豊漁祈願などを祈願する集落行事である.

     いずれも体力を要する登山を伴い,花崗岩からなる山塊の景観,修験道の霊場だったという背景は共通する.正月祭祀であるテコテンドンが山と里の関係の古層をとどめていそうなのに対し,岳参りには願掛け・願解きが不可欠で,目的地の山や通る歩道に集落名が付される事例が多く集落の縄張り確認の意味合いもあると考えられ,島で森林利用が進んだ近世以後の行事という色彩が強い.本発表では,参与観察や聞き取りの現地調査にもとづき,現在進行形の行事を丹念に記載(詳細はポスターにて)し,比較・対比を通じて集落と山の関係性の奥行きについて議論し,併せて行事の変容について考えてみたい.

    記載  (1) テコテンドン:2019,20,22,25年1月2日の4回永迫が行事に同行させていただき,携わる方への聞き取りを別日に堀を交えて複数回行った.現状では岸良集落の行事というより平田神社が執り行い,女性宮司の代理でお兄さまが北岳への往復(登り:8時過ぎ~11時頃,下り:13時頃~15時半)を引率する.テコテン岩および下山途中の中岳と呼ばれる土石流堆積物の巨岩群の岩陰での神事を司り,御霊移しされた榊のひもろぎを捧げて下山を先導する.神社の鳥居前でひもろぎを受け取った宮司を先頭に一列に並んで,神社社殿を左回りに3回,右回りに3回まわる.その後すぐ社殿内での神事に移り,その一つクゲワタシの次に,北側の雨戸が開け放たれ,神さまには飛んで北岳にお帰りいただく.ひもろぎを構成していた榊(7本括りを3束合わせ,横木を添えて人形に;計21本)は一本ずつ参加者に配付される.引き続き直会となり,17時前にお開きとなる.

    (2) 屋久島岳参り:2022年10月から5回現地調査を重ね,永田・吉田・宮之浦・楠川・安房・尾之間・栗生の岳参りについて堀も一緒に聞き取りを行った.断絶なく続けられているという楠川の楠川前岳(標高1125m)への岳参り(2024年8月25日;8月最終日曜日に年一回)に永迫が同行させていただいた.5時半に楠川八幡宮に集合し,目の前の浜にて手を清める(お供え物の砂は乾かすため事前に区長が採取済).楠川歩道の車が通れる範囲は車両にて往復.集落と山の境界で,かつて女性はこれより先に入れなかった①ノノヨケ,白谷雲水峡手前の②三本杉,③楠川前岳山頂の三ヶ所の祠に参詣する.代表が塩・米・焼酎と浜砂をお供えしてローソクを灯し,各自線香をあげる(二礼二拍一礼).登り:6時15分~11時前,雨により山頂滞在を短縮し,下り:11時半~15時半頃(同行カメラマンが足を負傷し時間超過).楠川では山から里への土産は採取しない.17時から正木の森(薩摩半島指宿でみるモイドンと酷似)で僧侶による読経を中心としたサカムカエ.山から憑いてきた魔を払う.その後公民館でのマチムケエ,21時にお開きとなった.

    議論  テコテンドンでは下山中に馬酔木を採取し,振り回して悪霊を憑けないようにする話を伺ったが,同行した4回とも見られなかった.僧侶に依頼しお祓いをし,集落ごとに決められた料理を振る舞い厄払いしている屋久島の方が,山の怖ろしさという感覚(自然のもつ両面性)をとどめている.近世から石祠・石塔を神聖な場所まで運び上げ,歩道を整備するに至った屋久島では,平木での年貢払いや屋久杉といった森林資源への意識が強い.そもそも前岳と奥岳の呼称が如実に現しているように,奥岳を聖域とみなし立ち入らなかったのは確実である.筆者らは前岳への岳参りこそ原初的形態で,そこから奥岳を遙拝していたと考えている.状況証拠にすぎないが,海成段丘の平坦な種子島に祟り山が幾つも残っているのに,はるかに山深い屋久島でそれを聞かない.森林利用の結果上書きされ,消去されたのだろう.書かれた文字や一側面に依拠し過ぎず,行事のもつ重層性に迫りうる地理学の姿勢はもっと主張されていいはずだ.

  • 小島 大輔
    セッションID: S602
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.研究目的

     本研究では,新潟県十日町市旧十日町市における現代雪まつり「十日町雪まつり」および同旧松代町における雪上レース「のっとれ!松代城」の二つの事例について,その成立・展開過程を検討し,イベント存続の地域的意義を考察することを目的とする。

    2.「十日町雪まつり」の成立・展開過程

     第1回の雪まつりは,「雪国の生活を明るくする運動」として町の文化協会により発案され,1950年に雪像制作,雪具供養,仮装民踊,スキー駅伝などで構成されたレクリエーション・イベントとして開催された。第8回(1957年)より,地域の特産品である織物組合の青年部が「雪上カーニバル」を開始し,以降第69回まで十日町の織物の宣伝や,全国的な集客の役割を果たし,地域の主要なイベントとしてメイン会場の大規模化や企画の多様化が進んでいった。

     他方,第1回から継続する「雪の芸術展」は,地域住民が制作した雪像を作品とした芸術展であり,開始当初から審査が実施されている雪像の芸術性を競う特徴的な企画である。雪まつりの焦点が「雪上カーニバル」に移り雪像制作団体が減少した際は,第17回(1966年)より学童部門を設置して住民参加の促進を図るなど,雪まつりと地域住民を結びつける企画として機能してきた。第25回(1974年)以降は,昭和の大合併以前の十日町の行政域外へも雪像制作団体が広がり,メイン会場以外にも旧十日町市域各所に地区会場が開設されるようになる。現在,雪像は各地区会場内に設置するよう実行委員会より協力が求められ,地区会場の重要な構成要素となっている。実行委員会が編成したメンバーが行う「着想」,「技術」,「努力」の観点からの審査は雪まつりの開会前夜に実施され,雪まつり当日来場者は掲示された審査結果とあわせて雪像を見学する。  

     「雪の芸術展」は,芸術作品としての審査を目的とした「芸術部門」,鑑賞のみを目的とした「特別部門」,児童・生徒により制作される「学童部門」で実施されている。開始当初の趣旨が続く「芸術部門」には,旧十日町市内の様々な地域に関連した団体(自治会や部会など)が多く参加している。構想から完成まで約2カ月が費やされる雪像制作においては,他の地域の団体よりも良い作品を制作してより上位を目指そうとする「対抗関係」によってその意義が生み出される。その結果,制作期間中,それぞれの制作団体に関連する地域住民から制作団体に対して陣中見舞いとしての支援がなされる。他方,「特別部門」では,雪像制作への参加継続そのものに意義を示す団体などがあり,多様な動機からのイベント参加も担保されている。

    3.「のっとれ!松代城」の成立・展開過程

     「のっとれ!松代城」は,松代総合体育館グラウンドから城山山頂に至る総距離2~3km,高低差約100mの雪で作られた障害物コースを走破した着順を競う雪上レースである。これは,59豪雪を経た1980年代半ば過ぎ,豪雪を嘆くのではなく全国屈指の豪雪地として雪国をアピールする必要性が叫ばれたことを端緒とする。すでに後発の雪活用イベントであったため,独自性の高さを志向して創出された。このレースは,毎年3月中旬に2日間開催されるイベント「越後まつだい冬の陣」のメイン企画として実施され,両日合わせて2万人の来客を迎える松代地域最大のイベントとして30年以上継続している。

     開始当初の数年の試行的時期は「戦国」というテーマはまだ一貫しておらず,イベントの副題も近隣自治体で盛況を博していたイベントを意識して「雪まつり」とされていた。そのため,参加者の多くは地域住民であった。しかし,参加費を有料化して賞品などが設けられると,集客数が確保された発展的時期に入る。この時期,参加定員は倍増し,コースは複雑化し,観客も3倍増するなどイベント規模が拡大し,レースではイベントのテーマである「戦国」が定着し集客は安定化していった。この間,実行委員会を「幕府」と称して地域全体を巻き込んだ組織化が図られ,文化活動の発表会,集落対抗の競技会,他地域との交流活動などが付加された。このように,「越後まつだい冬の陣」は「のっとれ!松代城」を中核として,それまでの地域が持っていた機能や諸行事を「置き換え」る様々な機能を持つ地域のイベントに変容していった。

    付記:本研究はJSPS科研費23K21815の助成を受けたものである。

  • 雲南省諾鄧村の住民意識にもとづく一考察
    趙 孫暁
    セッションID: 502
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに 

     中国の伝統村落は,現代化の波の中で建築や住環境の破壊,無形文化の衰退,コミュニティ・ガバナンスの欠如といった課題に直面している。この状況を改善するため,2012年に伝統村落認定リスト登録制度が導入され,全国規模の調査および保存プロジェクトを中心とする保全事業が進められてきた。それに伴い,地理学における伝統村落に関する研究は理論的枠組みから保全・振興策といった具体的な政策提言に至るまで,多角的な視点で進展している。ただし,既存の研究では地域資源に着目する論考は少なく,特に住民の地域資源に対する認知や保全活動への参加意識を量的に明らかにした研究はほとんど見受けられない。 

     本研究では,中国における伝統村落保全事業の経緯を概観した上で,第1回中国伝統村落リストに登録された雲南省諾(だく)鄧(とう)村(そん)を対象に,同村の地域資源の保全と活用,ならびに伝統村落保全活動の歴史的展開と現状を整理した。また,アンケート調査を通じて住民の地域資源に対する評価や地域活動への参加意向などを分析し,住民の意識に基づいて伝統村落保全事業を評価するとともに,その課題を検討する。

    Ⅱ 中国における伝統村落保全事業 

     本研究では,中国における伝統村落保全事業の発展過程を以下の3つの時期に分類して考察する。①模索期(2002~2011年):政府は一部の歴史文化名鎮名村のみに焦点を当てていたが,学術界では古村落に対する関心が高まっていた。②確立期(2012~2015年):全国伝統村落認定リスト登録事業を軸に,調査と保存プロジェクトが着実に進行し,保全対象は拡大するとともに,方針も柔軟に調整された。③発展期(2016年~現在):集中連片保存・活用モデル事業を通じて資源の統合と集約的な発展が促進され,総合的かつ長期的な保全を目指す段階へと移行しつつある。こうしたトップダウン型の保全事業により,8,155村が「中国伝統村落リスト」に登録され,85地区が集中連片保存・活用モデル地域として選定された。

    Ⅲ 諾鄧村の地域資源の保全・活用および伝統村落保全活動

     諾鄧村は雲南省大理ぺー族自治州の北部山岳地帯に位置し,面積は32.00㎢,人口は815世帯,2,153人である。独特の地形と豊かな自然に恵まれ,動植物の多様性を有する諾鄧村は,唐代から塩の産地として知られ,多くの文化遺産を有する歴史的地域であり,2012年に中国の伝統村落リストに登録された。  

     2000年以降,諾鄧村は多様な地域資源を活用し,国内外で広く知られる観光地へと発展した。伝統村落リストへの登録後,関連制度の整備,地域資源の保存と活用,住民参加の促進を含む包括的施策が実施されてきた。その結果,2023年に中国住宅都市農村建設部により「歴史文化古村の保存・活用モデルケース」に選定され,文化遺産の保存と地域発展の調和を図る成功事例として注目されている。

    Ⅳ 諾鄧村の住民意識 

     諾鄧村の住民を対象としたアンケート調査の結果,住民の保全活動への参加度は高いものの,頻繁に参加する住民は限られていることが明らかになった。地域活動への参加意欲は全体的に高く,特に文化・歴史関連の活動に対する関心は高い一方で,自然環境保護活動への関心は比較的低い傾向が示された。また,地域資源の評価では,特産品や歴史文化資源が高く評価されている一方で,自然資源は相対的に低い評価にとどまった。さらに,資源の保存や伝承が重視される一方で,現代的な手法に対する住民の理解と支持は十分とは言えない。地域発展に関しては,住民が生活環境の改善に強い要望を抱いていることが示された。最後に,伝統村落保全活動は,住民の地域資源に対する保全意識の向上を促すだけでなく,人材育成や外部との交流促進,地域ブランドの構築といった資源活用に関する意識啓発にも寄与する有効な施策であることが確認された。

    Ⅴ おわりに 

     以上を踏まえ,諾鄧村の伝統村落保全活動においては,歴史文化と自然環境の持続可能な管理,住民の意識改革,歴史的風致の維持と生活環境の向上の調和といった課題は依然として残されている。観光開発を優先する県の方針や人手不足といった現状を踏まえ,従来の活動形式の見直し,地域団体との連携強化,村全体の資源を包括的に取り入れる住民主体の保全活動への移行が求められる。特に,若年層の高い参加意欲と現代的な視点を活かした新たな参加促進策は,保全活動の継続性と持続可能性を確保する鍵となるだろう。

    文 献

    胡燕・陳晟・曹瑋・曹昌智 2014.伝統村落的概念和文化内涵.城市発展研究 21-01:10-13.(中国語)

    任映紅 2023.伝統村落的現実境遇,価値意義和路経探尋.学術探究 12:47-53.(中国語)

    孫九霞 2017.伝統村落:理論内涵与発展路経.旅游学刊 32-01:1-3.(中国語)

  • 佐々木 美紀子, 渡辺 悌二
    セッションID: 632
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    世界の山岳地域では、牧畜は重要な生計手段の一つである。山岳地域の牧畜を理解することは、地域住民の生活の持続可能性や自然環境の保全を考えるうえで欠かせない。ネパールのサガルマータ国立公園は急速な社会変革が生じている。それに伴い、この国立公園内に暮らすシェルパによる牧畜にも変化が生じている。特にこの国立公園の主要な村の一つクムジュン村は特に注目されている。観光産業と伝統的な農業、牧畜が共存しているクムジュン村は牧畜の現状やその背景を理解するうえで理想的であることから、本研究は、この村を対象に1990年代以降の牧畜の変化を明らかにすることを目的とした。2022年11月および2024年9月の期間にインタビュー調査を実施した。家畜保有世帯の家畜構成と家畜の年間移動パターンを明らかにした。家畜構成の変化は、月原(1992)の1990年代のデータと本調査で得られたデータを比較した。家畜の年間移動パターンに関しては、1990年代と2024年のパターンをインタビュー調査をもとに比較した。本調査結果から、1990年代以降、クムジュン村のの家畜頭数と家畜保有世帯数は減少していた。また、クムジュン村の家畜構成と家畜移動パターンが変化していることが明らかとなった。この地域では観光産業の荷役獣としてヤクとゾプキョが利用されている。しかし、2024年にはヤクの頭数増加とゾプキョの頭数減少という対照的な変化が見られた。多くの住民が、ゾプキョの維持にかかる経済的負担の大きさを指摘した。1990年代以降にゾプキョを手放した世帯や、ゾプキョの代わりに新たにヤクを保有し始めた世帯が複数確認された。ゾプキョはヤクよりも2倍の量の牧草が必要とされる。クムジョン村では、干草の価格が過去10年間で約1.5倍上昇している。さらに、低地域に適応できるゾプキョを利用し、荷役獣として仕事を得ることが難しくなっていることも指摘された。1990年代以降、家畜の維持費や仕事を得る機会の変化に伴い、住民は荷役獣の中でもヤクを好むようになっていると考えられた。故に、住民は経済的合理性に基づいて家畜種の選択を行っていることが示唆された。次に、乳獲得種として保有されるナク,ゾム,ウシのうち、1990年代以降ウシの保有世帯率が増加していることがわかった。ナクとゾムを手放し、管理が簡単なウシを新たに保有し始めた世帯が複数確認された。その背景には、家畜の世話をする人が不足していることが挙げられた。また、世帯ごとの家畜保有戦略にも変化が見られた。1990年代は荷役獣として利用するオスの家畜と乳獲得種として利用するメスの家畜の両方を保有する世帯が半数以上を占めていた。しかし、2024年には荷役獣または乳獲得種のどちらか一方のみを保有する世帯が半数以上を占めていた。多くの世帯がこの変化の理由として人手不足を挙げていた。クムジュン村では若年層の離村や観光産業を生計手段として優先させる世帯が増加している点が住民から指摘されている。このような環境の中、限られた人的資源を活用した家畜維持の工夫が、1990年代と比べた家畜種構成変化として現れた。

    1990年代以降、利用する放牧地やその数が多くの世帯で変更されていた。その背景には、家畜種構成の変化や家畜管理者の変更が大きく影響した。家畜種構成の変化については、上述した理由に加え、家畜保有の目的を変更した世帯も確認された。例えば、荷役獣を手放して乳獲得種を保有し始めた世帯がみられた。家畜種によって管理方法も異なるため、家畜種構成の変化が家畜移動パターンの変化を引き起こしている。一方で、家畜管理者の変更に関しては、多くの世帯が他世帯に家畜を預け、面倒を見てもらうようになっていた。その背景には、観光産業への従事や若者の離村による世帯内の人手不足が大きかった。世帯ごとに利用する放牧地が異なるため、管理者の変更も家畜移動パターンに影響を与える。このように、各世帯が直面する課題や状況に応じて柔軟に対応した結果、1990年代とは異なる家畜移動パターンが形成されていた。一方で、1990年代から変わらない家畜移動パターンの特徴も確認された。一つは夏季の季節的移動で、6月中旬から9月中旬にかけてすべての家畜が村の外で放牧される点は現在でも変わっていない。また、世帯ごとの家畜規模に応じて、年間移動パターンが大きく2つに分かれることも、1990年代と2024年で共通していた。よって、村全体で共有される伝統的な牧畜戦略が現在まで維持されていることがわかった。本研究結果から、1990年代以降、家畜保有世帯は経済的・社会的制約の中で牧畜に取り組んでいることがわかった。現在クムジュン村でみられた家畜種構成や家畜の年間移動パターンは各世帯が採用した戦略によるものであることが明らかになった。

  • 細渕 有斗, 吉田 圭一郎
    セッションID: 715
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

    日本の山岳の稜線部では冬季の卓越風が植生の成立に大きく影響する.これまで,しっぽ状植生や偏形樹を用いて風環境の推定および考察が行われてきた.しかし,従来の調査は,広範囲の風環境を分析するものが主流であり,偏形樹の分布や偏形方向から小地形によって規定されるミクロスケールの風環境を推定した研究はほとんどない.近年,自然地理学分野において小型無人航空機(UAV)によるリモートセンシング技術が進展している.特に植生についての研究では,RGB画像とマルチスペクトル画像から算出した正規化植生指数(NDVI)とを活用することで,短期間での広範囲かつ高精度なモニタリングを可能にした.また,UAV搭載型のレーザースキャナ(UAV-LiDAR)は,森林を高精度かつ高密度で測定することで,樹高や樹冠密度,樹頂点といった森林の3次元構造の解析を可能にした.UAVを用いた森林構造の解析は,更新動態の解明にとどまらず,環境ストレスに起因する森林の変化を評価するための新たな手法としても期待される.特に偏形樹は風の物理的ダメージによる風衝側の枝の欠損が原因で,偏形方向とそれ以外の方向でNDVIが異なることが予想される.このことから,UAVにより測定される樹形とNDVIを組み合わせることで偏形樹の分布や偏形方向を特定でき,ミクロスケールの風環境を効率的に可視化が出来ると考えた.そこで本研究ではUAVを活用し,偏形樹の空間分布と偏形方向を明らかにする手法を提案し,佐渡島大佐渡山地の風衝地におけるミクロスケールでの風環境を推定することを目的とした.

    Ⅱ 調査地と方法

    調査地の新潟大学附属フィールド科学教育センター佐渡ステーション演習林は佐渡島大佐渡山地の北部に位置する.大佐渡山地は冬季の北西からの季節風の影響を強く受け,稜線上にはスギやブナの偏形樹がみられる.調査地とした風衝地は標高約800mに位置する.北西側にある谷から強風が吹きこみやすく,冬季には最大瞬間風速40m/sを観測した(本山 2022).本研究ではDJI社製Matrice350RTKに搭載したZenmuseL1を用いてレーザー測量を実施し,林冠木の3次元点群データを取得した.マルチスペクトル画像はDJI 社製Mavic3 Multispectral により撮影した.高度は共に50mで飛行した.取得した3 次元点群データはDJI Terra およびAgisoft 社製Metashapeを用いて処理し,数値地形モデル(DTM)および数値表層モデル(DSM)を作成した.これらを基にQGISを使用して樹冠高モデル(CHM)を生成し,樹頂点を抽出した.また,マルチスペクトル画像についてはMetashape を使用してオルソモザイク画像を作成し,QGISを用いてNDVIを算出した.各樹頂点を中心に半径0.5mのバッファを作成し,16方位でNDVIの平均値を算出した.いずれかの方位においてNDVIが0.81以上と0.72未満の方位がともに存在する個体を偏形樹として抽出した.その際,NDVIが最も低い方位を偏形方向とした.

    Ⅲ 結果と考察

    調査地の林冠木は標高が上昇するほど樹高が高い傾向がみられた.また,樹高が高い個体ほど偏形樹である割合が高かった.この結果は,標高が偏形樹の出現に影響を与える可能性を示唆している.偏形樹の偏形方向を解析した結果,調査地の西側ではNW方向へ偏形している個体が多く,調査地の東側に向かうにつれてWSW方向へ偏形する個体が増加していた.この結果は,大佐渡山地が北西から吹く冬季季節風の影響を強く受けるが, 調査した風衝地においては,風は北西側の谷から吹き上がった後に,小地形の影響を受けて放射状に広がっていることを示唆している.ただし,調査地の最も東側の尾根上に分布する個体においては,偏形樹である割合が比較的低く,多くがNW方向に偏形していた.最も東側の尾根は北西側の谷から最も離れており,相対的に風の影響を受けていない可能性が考えられる.本研究の結果は,UAVを活用することで偏形樹の分布および偏形方向を明らかにし,風が小地形の影響を受けて放射状に広がることが示唆された.本手法は偏形樹を通じてミクロスケールでの風環境を推定する新たなアプローチであり,局地的な風環境の解明や森林生態系への影響評価に貢献する可能性を有している.

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