日本地理学会発表要旨集
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  • 林 武司, 皆木 香渚子, 柳澤 雅之, 飯泉 佳子, 小坂 康之, Dai Thi Xuan Trang, Tran Thanh Men
    セッションID: 805
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    アジアのメガデルタの1つであるメコンデルタの西部を流れるカイロン川の左岸地域は,メコン川から遠く離れた位置にあってデルタ内でも標高が低いことから,地球温暖化・気候変動による海面上昇や人間活動による直接的な環境問題に対して,特に脆弱であると考えられる.他方,この地域の主要な土地利用は1990年代以前には水田であったが2000年代以降,稲作と汽水エビ養殖のローテーションシステムに移行した.この土地利用の変化は,当該地域の水の循環のあり方や質に大きく影響してきたことが推察される.本研究は,現地調査による土地・水利用の実態や水質性状の把握と,地形や土地利用等のデジタルデータの解析を総合し,当該地域の微地形,土地利用,水循環の関係を把握することを目的としている.本発表は第2報として,現地で測定した地表水の物理化学性状も合せて検討した結果を報告する.

  • 栗城 亮大
    セッションID: P021
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     近年,シェアサイクルと呼ばれる自転車の共同利用システムは,新たな公共交通手段として位置づけられ,各地で導入が進んでいる.その中でも,生活の利便性向上を目的とする都市型のシェアサイクルは,ポートと呼ばれる専用駐輪場を都市内において高密度に配置し,面的な交通ネットワークを形成することで,「自由度」の高い移動を実現する交通手段として期待されている.一方で,バスや鉄道といった非競合性(複数の利用者が同時に交通サービスを享受することができる性質)を有する従来の公共交通手段とは異なり,シェアサイクルは「競合」する交通手段であることから,公共交通としての公平性には課題があると予想される.そこで本発表は,シェアサイクルの利用機会を時空間的に分析することで,大都市圏郊外における新たな公共交通としての都市型シェアサイクルの有効性と課題を考察する.

     

    2.分析の対象と方法

     対象地域は埼玉県さいたま市,千葉県千葉市,神奈川県横浜市とする.また,対象とする事例は,大都市圏郊外においてサービスを展開する「HELLO CYCLING」である.シェアサイクルの利用機会の分析においては,出発地付近のポートで自転車を借りて,目的地付近のポートで自転車を返すまでの一連の行動における制約を反映させるために,二段階需給圏浮動分析法を改良して用いた.また,分析に用いるデータとして,シェアサイクルを対象とした標準的なデータフォーマットであるGBFS(General Bikeshare Feed Specification)データを,公共交通オープンデータセンターのWebサイトから取得した(図1).

    3.結果と考察

     ①利用機会の空間的公平性の分析では,シェアサイクル事業が公共交通政策に位置づけられることで空間的公平性が向上したことが分かった.自治体におけるシェアサイクル実証実験と,その具体的な施策の一つである公共用地の無償提供は,ポートの設置場所の多様化と立地地域の拡大を通じて,シェアサイクルの利用機会の空間的公平性を高めたと評価できる.一方で,公共用地の無償提供は実証実験としての時限的な措置に位置づけられていることから,利用機会の空間的公平性を長期的に確保する点は課題となるであろう.

     ②利用機会の時間的公平性の側面では,住宅地において利用機会の不公平が生じていることが分かった.その背景には,平日の朝の時間帯におけるシェアサイクルの利用が,郊外住宅地から鉄道駅への片方向の移動に偏る点が挙げられる.これらの点は,シェアサイクルが都市のデイリー・リズムに組み込まれることで,日中の時間帯におけるシェアサイクルの利用可能性が低下することを示唆する.また,このような利用可能性の時間変化は,自治体や事業者においても課題として認識されており,自転車の再配置やクーポンの付与によって解消を目指している.しかし,利用可能性の低下をもたらす要因である都市のデイリー・リズムについての根本的な解決策は提示されておらず,前述の取組みでは費用面において持続性に課題があると考えられる.

     まとめると,大都市圏郊外における新たな公共交通としての都市型シェアサイクルの課題は,利用機会の時空間的公平性を長期的に確保する点であるといえる.

  • 久保 純子, 清水 長正
    セッションID: P040
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本地理学会創設者である山﨑直方(1870-1929)の業績は『山崎直方論文集後編』に石田龍次郎・岡山俊雄が作成した目録が載っている。これは主に論文や講演録などを一覧にしたものであるが、他方、創刊当初からの地質学雑誌や地理学評論などの雑報欄には、国内外の情報・用語の解説・新刊書や資料の紹介などが多数寄せられており、当時の山﨑の視点が垣間見られる。今般、改めてそれらの資料を抽出してみた。

     1889(明治22)年創刊の東京地学協会の「地学雑誌」では1893年の雑報が初見で,その後ドイツ留学中の1900年にベルリンで開催された万国地理学会議の状況を伝えている。

     多田(1966)によれば「小藤先生を助け、山崎先生は小川琢治・野田誠二郎氏らと相はかって東大に地質学会を創立し、地質学雑誌を発刊」とあり、当時帝国大学2年生として1893年の雑誌創刊時から編集に関わっていた。第1巻と第2巻には多くの雑報を載せ、以後、地震・火山・鉱物・氷河・新刊書評などを寄せている。その他に地質学会や地質談話会講演記録も多数ある。

     日本地理学会は1924年9月末に第1回準備会があった。会長山﨑、編集長辻村太郎、編集事務今村学郎・佐々木彦一郎、発刊古今書院とし、翌1925年3月1日に地理学評論第1巻1号が発行され、巻頭言は山﨑による(多田1966)。山﨑が没する1929年までに論文のほか雑録多数を寄稿している。

    文献: 多田文男(1966) 山崎直方先生の業績 地理11-3、

    山崎直方論文集刊行委員会編(1931)『山崎直方論文集 後編』古今書院

  • 小関 祐之, 吉田 圭一郎, 牛山 素行, 堀 和明, 高橋 信人
    セッションID: P020
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    I はじめに現行の教育課程が始められた令和4年から3年が経過し,現在では必履修科目としてほぼ全ての高等学校で地理総合が実施されている.地理総合の大項目C「持続可能な地域づくりと私たち」に「(1)自然環境と防災」があり,防災教育の充実が図られることとなっている.高校学校教育を通じて社会全体の防災力の向上を目指すためには,地理総合の中で防災教育がどのように実施されてきたのかを把握する必要がある.地理総合の実施状況についてはさまざまな観点から調査研究が行われてきた(例えば,日本地理学会地理教育専門委員会・日本学術会議地理教育分科会学校地理教育小委員会Webアンケート担当グループ 2022や志村ほか 2023など).これらは実施直後の状況把握を目的としており,地理総合の設置の実態や地理総合全般の内容に関するものである.そのため,地理総合での防災教育の実施状況については未だ十分には把握されていない.そこで本研究では,地理総合における防災教育についてのアンケート調査を行い,実施状況ならびに防災教育を進める上での課題について明らかにすることを目的とした.地理総合での防災教育にあたっては,自然条件(ハザード)だけでなく,社会的条件を加えた災害(ディザスター)を理解する必要があることから,本研究ではこの点についても着目して分析を行った.II 研究手法地理総合における防災教育についての具体的かつ効果的なアンケート結果を得るため,本研究ではまず東京都立大学と高大連携協定を結ぶ高等学校を中心に,地理総合を担当する教員へのインタビュー調査を対面で行った.インタビュー調査では,地理総合での防災教育の実施状況だけでなく,「自然環境と防災」における授業内容や課題などについての聞き取りを行った.次に,インタビュー調査での聞き取りを踏まえ,地理総合における防災教育についてのWebアンケートを作成し,地理総合を担当する高校教員を対象に実施した.Webアンケートの実施期間は2024年7~9月で,125の有効回答を得ることができた.実施したアンケートの主な内容は,地理総合での防災教育の実施状況,「自然環境と防災」での授業内容,授業で取り上げた社会的条件,地理総合での防災教育における課題などである.III アンケート結果と考察回答者のほとんどが国公立の高等学校に勤務する教員であり(87.9%),地理科目を担当した経験年数は5年未満が33.1%,5〜9年が17.7%,10〜19年が20.2%,20年以上が29.0%であった.主な専門領域は地理が多数の74.2%を占め,日本史,世界史,公民はそれぞれ7〜10%であった.地理総合で自然災害や防災を取り上げたと回答したのは全体の9割で,専門領域が地理の教員はほとんど全員が取り上げていたのに対し,他領域の教員では3割が取り上げていなかった.自然災害や防災を取り上げたと回答した教員のうち27%が「自然環境と防災」以外の単元で取り上げていた.聞き取りや自由回答から,地形や気候などの自然環境を生活文化との関わりで学ぶ授業と関連付けて,授業を構成する教員が少なからずいることが明らかとなった.「自然環境と防災」の単元に配分された授業時間数は,5〜6時間とした回答が最も多かったが(30.3%),4時間以下が42.7%を占めていた.一方で,地震・津波,火山,風水害の全てを取り上げた回答者は全体の66%と多く,少ない時間の中で自然災害全般を学習する必要がある状況がうかがえた.ほとんどの回答者が「自然環境と防災」の授業の中で社会的条件を取り上げていたものの(95.6%),社会的条件の項目は教員によってばらつきが大きかった.地理領域の教員や地理科目の経験年数が20年以上の教員では,「都市」や「土地利用」に偏る傾向がみられた.一方で,他領域の教員や担当年数が短い教員では「社会的弱者」を取り上げる割合が高くなっていた.聞き取りや自由回答も踏まえると,地理総合で防災教育を行う意義は大きいと感じている教員が多い一方で,授業時間を確保できていない状況にあることが本研究の結果から推察された.また,地理総合での防災教育において,扱うべき社会的条件についての考え方が系統的に定まっていない様子が伺えた.身近な地域における災害リスクを考えさせる上で,地理総合の授業の中で取り上げるべき社会的条件について,その定義や内容などをしっかりと提示していくことが今後必要であると考えられた.

  • 地域と産品の結びつきに着目して
    李 翔, 野津 喬
    セッションID: P014
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    地理的表示(GI)保護制度は,地域特有の自然環境や文化的背景を反映した農林水産物や食品の名称を知的財産として保護する仕組みであり,日本では2015年に導入された。GI制度に期待される効果としては,模倣品の排除,価格上昇,ブランド価値向上などがあげられる(江端ら,2018)。しかし,産地側からはGI制度が必ずしも期待される効果を十分に上げていないとの声がある。内藤ら(2020)は,GI取得の効果として,約70%の産地が販売量増加効果を期待していたものの,実際に効果があったと回答した産地は40%未満にとどまったと指摘している。本研究は,地域と産品の結びつきに着目して,GI産品に対する消費者の認識に影響を与える要因を明らかにすることを目的とする。

  • ―長野県軽井沢町の事例―
    綱川 雄大
    セッションID: 413
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ.問題の所在および研究方法

     観光地においては,地域全体での持続可能な地域発展が要請されている.この背景には,COVID-19からの再生をはじめ,観光産業による自助努力での持続的な経済振興の確立が求められていることがある.非都市部に位置する観光地では,その手段としてのインバウンド誘客が不可欠なものとして位置付けられ,その期待を裏書きするように,2024年11月現在の訪日外客数は既にコロナ禍前の年間水準にまで回復している.経済振興のためのインバウンド観光への需要は,今後ますます高まっていくと考えられる.

     国内におけるインバウンド観光の動向を見ると,最近では大都市圏を中心としたゴールデンルート以外の,主に非都市型観光地へと足を運んでいる姿が確認されている.インバウンドの流入の傾向が見られる一方で,非都市型観光地に立地する個々の事業体において,具体的にどのような誘客手法が立てられているのかは分析されていない.将来的な集客増加と地域全体での経済振興を展望していくうえでも,これに資する知見の一端を提示する研究を行うことは不可欠である.そこで本研究では,長野県軽井沢町を事例に,観光産業の中でも特に経済けん引力の強い宿泊業に焦点をあて,インバウンドを誘客するためにどのような戦略が採られているのかを明らかにしていく.

     観光産業の集客獲得に注目した既往研究では,主にICT(情報通信技術)の登場・普及によるデジタル技術を活用した誘客手法の分析に多くの焦点が当てられてきた.換言すれば,観光地の観光事業体と観光客を仲介・媒介する流通チャネルの様相を明らかにすることに力点が置かれてきたと言える.事業体の収益化のための誘客戦略は,どのような意図を持って誘客が企図され,誘客後にどのようなサービスを展開することで次の誘客に繋げていくかといった,誘客の前後においても発現するものである.従って,ICTによる媒介機能への注目は,そうした戦略全体の一部分のみを明らかにしてきたに過ぎない.よって,本研究では宿泊業の経営戦略に着目し,誘客前から誘客後までの手法を一連のプロセスとして体系的に把握することで,インバウンドを流入させるための誘客手段を考察していく.具体的には,誘客前・誘客段階・誘客後の戦略をそれぞれ事業戦略・Webマーケティング戦略・人材戦略に位置づけて分析する.

    Ⅱ.研究結果

     本研究の調査対象は16施設である.軽井沢町は標高1,000mの高原リゾートであることから,夏季の避暑を中心とした観光需要が入込客の大部分を占めており,冬季を中心とした閑散期には収益が低下するという課題を抱えていた.各宿泊施設は,そうした冬季を基調とした需要落ち込みに対してインバウンドを流入させることで対処を図っている.軽井沢町のインバウンドを国籍別に見ると,台湾・香港を筆頭にタイやシンガポールといった東南アジアの国々で大部分を占める.各宿泊施設は雪見やスキーといった冬季需要を持つ彼らにターゲティングすることで,誘客前における冬季での収益獲得を企図している.実際の誘客段階において,その誘客手段として既往研究のデジタル技術の一端をなすOTA(宿泊予約サイト)が活用される.そこでは,冬季へのインバウンドの収益化に繋げる具体的な方策の一つとして,夏季における海外OTAでの情報の不掲載を行うといった実践が把握できる.また,インバウンドの流入に関しては実質的に海外OTA経由が独占的な状況にあり,今後のインバウンド誘客でもそれに依存せざるを得ない現状が示唆される.誘客後の宿泊施設でのサービス提供に注目すると,相対的に資金力のある大規模宿泊施設ほど外国人材を雇用する傾向がある一方,個人経営の小規模宿泊施設ではボディランゲージや翻訳機を利用してコストを抑えており,接客サービスそれ自体が商品価値の一端を形成する宿泊業においてサービス提供の差異となって立ち現れている.同時に,外国人材の雇用が,各宿泊施設の就業環境・給与水準を維持したまま,人手不足の現状に対応する方策としても活用されている実態が浮かび上がる.

  • 地図・GIS活用の観点から
    伊藤 智章
    セッションID: S204
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本報告では、地誌の学習を小中高の各段階においてどのように一貫性を持たせるのかについて、GISの活用の観点と高等学校でのカリキュラム編成の観点から展望を述べる。

     報告の前半では、過去2回(2022年春・2023年秋)本学会で行われた地理教育に関するシンポジウムの議論を取り上げる。

    系統地理と地誌のバランスのとれたカリキュラム編成は、生徒主体の主題学習を支える柱である。また、デジタル地図を使った教材やGISによる統計や社会事象の地図化は、教師が生徒に対して観察すべき対象や検討するべき課題を明確に示すための手段として有効である。GISと地誌は、現行の学習指導要領で重視する生徒主体の課題解決学習を具現化する上で重要なものであると認識されてきた。しかし、教科書や授業の現場では、GISや地誌の扱いは旧課程の内容を踏襲したままであり、時代の変化に十分に対応していないと指摘されている。

     これらの議論を踏まえた上で、本報告では地誌学習およびGISのあり方について、高等学校の地理を念頭に2つの提言を行う。1つはGISを日常的に活用した「作図」の機会を増やすこと、1つは地誌の再構築、とりわけ日本地誌の内容の充実である。教科書にある主題図の出典となる統計にアクセスし、階級区分を変えたり他の資料との重ね合わせを行う、あるいは過去のデータを用いて時間的な変遷をたどりながら将来を予測するような活用もできるだろう。地誌学習においては、系統地理と世界地誌中心の記載を改め、「世界地誌」と「日本地誌」を土台に、国内や世界の諸地域の地域的な課題について資料を基に検討するような内容になることを求めたい。

     学習指導要領や改訂や教科書の改訂を待たなくても、現場教員による問題意識の共有と実践で、改善は可能である。実践事例を取り上げ、今後の方向付けを行いたい。

  • 川久保 篤志
    セッションID: 531
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     2020年に始まったコロナ禍は、食関連産業にも大きな影響を及ぼした。それは、高級食材や観光需要との関わりが深い部門でいち早く生じたが、食関連産業はこれにどう対処し,適応戦略を講じたのか。また、第1次産業にはどのような変化をもたらしたのか。これを解明することが本発表の目的だが、意外にも統計的には、高級食材の相場はコロナ禍初年でもそれほど大きく下落せず、2年目以降はむしろ好調に推移していた。そこで、本発表では観光需要と関わりの深い果樹加工品(ワイン、柑橘加工品)業界について行った実態調査結果を報告する。

    2.コロナ禍における果樹加工品業界の対応

    1)ワイン・柑橘果汁の新興地場業者の対応

     国内のワイナリーは、日本ワインブームもあり2012年以降、小規模なものを中心に急増してきた。そのような中、コロナ禍に直面したが、開業数は鈍化したものの、増加は継続している。主要な日本ワイン産地である長野県でも同様で、コロナ禍の影響は一過性であった。コロナ禍での対応としては、アンケートでは「酒販店・レストラン向け販売は打撃を受けたが、個人の家飲み消費が伸びた」「小規模経営であり、在庫問題は生じなかった」との回答が多かった。また、販売上の工夫として「通販の強化」との回答が多く、「家飲み消費」の取り込みに成功したことが窺える。

     一方、委託製造を用いた農家等による「高級柑橘ジュース」販売への参入もコロナ禍初年に若干、鈍化したが、その後は活況を取り戻している。コロナ禍での対応については、アンケートでは「直売所・土産物店での売上は著減した」「通信販売は伸びた」「2022年以降は全般的に回復してきた」との回答が多かった。販売上の工夫としては、「イベントに出展した」が少しあったが、「特になし」が圧倒的に多かった。

     したがって、コロナ禍は新興のワイナリーと高級柑橘ジュース事業自体を脅かすほどの影響は及ぼさなかったといえる。しかし、品目・販売形態によっては影響の現れ方が異なっていた。ワインに関しては長野県の直売所では現在も販売量がコロナ禍前に戻っておらず、ネット販売の盛り上がりも大きくなかった。高級柑橘ジュースについては、愛媛県の直売所では2022年にはコロナ禍前を上回るまで回復し、和歌山県ではふるさと納税を通じた流通が急速に拡大した。

    2)島嶼部における柑橘加工品業者の対応

     ジュース以外の柑橘加工品が重要な観光土産となっている地域の1つに瀬戸内島嶼部がある。中でも、しまなみ海道沿いの島々では、特産品としてレモン関連商品が有名だが、コロナ禍直後は直売所を含む店頭販売は著減した。しかし、通信販売は好調だったため、売上自体はそれほど落ち込まず、翌年以降は店頭販売も回復に向かった。また、生果販売が好調であったため原料レモンに過剰感は生じず、むしろ価格は高騰し続けている。八朔を原料とした加工品についても、コロナ禍初年は販売が落ち込んだが翌年からは急回復し、現在は原料が不足気味で価格も上昇傾向にある。

     このように、一時期落ち込んだ柑橘加工品の需要は現在回復しているが、その一因に観光客の回復がある。しまなみ海道沿いの尾道市瀬戸田地区では2023年にコロナ禍前の水準を上回ったが、その背景にはこの地区に宿泊施設が相次いで開業したことがある。また、愛媛県上島町では2022年に町内の3つの島を繋ぐ橋が開通し、サイクリング客が急増している。

     一方で、観光客の回復は必ずしも島内での土産物需要の回復に繋がっておらず、コロナ禍で閉店した瀬戸田地区の飲食・土産物店は再開していない。これは、団体客の回復が遅いことが一因である。

    3.おわりに

     以上のように、コロナ禍は食関連産業に大きな影響をもたらしたが、需要の変化に関しては、リアル店舗の売上が大きく減少した一方で通販は大きく伸びたこと、コロナ禍2年目には需要は回復に向かったが観光客の回復には少し時間を要したことが明らかになった。また、事業者の適応戦略としては、ワイナリーでは通販の強化が促されたが、それほど積極的になる必要がなかった要因として、経営が小規模で在庫が嵩みにくく、コロナ禍2年目には消費が回復に向かったことがあった。高級柑橘ジュースに関しては大きな動きは見られなかったが、その一因として従来から卸問屋ルートでの販売がなかったことがある。ただし、営業コスト不要の通販とも言われる「ふるさと納税制度」を介した販売が急増し、売上を伸ばした経営体もあった。レモン・八朔加工品については通信販売の強化が売上増に大きく貢献したが、現在は観光客も回復し相乗効果が高まっている。

     最後に、コロナ禍が農業に及ぼした影響は、それほど大きくなかった。それは、農家の大半は生果販売を柱とした経営を行っていたことと、コロナ禍2年目から需要が回復し、販売が回復に向かったことが要因であった。

  • ― 太宰府天満宮を訪れる中国語圏観光客のアンケート調査を通じて ―
    楊 楠
    セッションID: 412
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    近年,オーバーツーリズムが問題視される中で,訪日観光客の分散化を進めるため,日本の多様な地域の魅力を発信することが重要な課題となっている.特に,SNSや口コミサイトなどのデジタルプラットフォームを活用した観光地の情報発信が集客に与える影響を明らかにすることは,現代の観光振興戦略として不可欠である.本研究では,台湾,中国本土,香港から訪日する観光客の訪問動向と,これらの地域間における観光行動や動機の違いを探ることを目的とする.研究対象地域として太宰府市を選定し,特に太宰府天満宮を訪れる中国語圏の観光客を対象にアンケート調査を実施した.調査結果を基に,特にSNSが旅行計画や再訪意欲に与える影響を分析した.台湾と中国本土からの観光客はSNS(Instagramや小紅書など)に強く依存し,旅行前にインフルエンサーの投稿や旅行系ブログを参考にする傾向が強かった.一方,香港からの観光客は公式メディアや地元ブログを重視し,SNSの影響は相対的に弱いことが明らかとなった.また,太宰府市に再訪する意欲が高い観光客は,SNSを通じて自身の旅行経験を共有したいという意欲が強く,再訪時にはSNSへの投稿が顕著であった.これらの結果から,地域ごとの文化的・社会的背景が観光行動に影響を与えることが示唆され,今後の観光振興戦略におけるSNS活用の重要性が浮き彫りとなった.

  • ―宮古市津軽石地区を事例に―
    吉村 健司
    セッションID: 606
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    三陸地域において,サケは水産重要種に位置づけられる.単に地域に対する経済的な貢献だけでなく,文化・社会的な貢献を果たしてきた.しかし,近年の極度のサケの不漁は,岩手県沿岸に展開されている定置網漁業の経営に深刻なダメージを与え,人工ふ化事業の存続が危惧されている.特に漁協経営上,非常に重要な位置づけにあったサケの不漁に伴い,岩手県沿岸の12自治体のうち7自治体では,これまでの定置網によるサケ漁業に加え,サーモン養殖が展開されている.岩手県においてサケは歴史的にも社会的に重要な役割を担ってきた魚種である.なかでも宮古市津軽石を流れる津軽石川は岩手県有数のサケの遡上河川として知られ,サケと密接な関係を築いてきた地域である.平成期には平均捕獲数が10万尾を超えていたものの,2023年シーズンには2,754尾まで落ち込んでおり,かつてない深刻な状況に陥りつつある.サケの不漁は,地域文化や経済活動全般に深刻な影響を及ぼしている.とりわけ,津軽石は県内の他地域と比べ,サケをめぐる信仰・伝統行事が多く見られ,様々な活動が津軽石鮭繁殖保護組合(以下,組合)を主体に行われてきている.例えば,11月30日に実施される又兵衛祭は津軽石に伝わる伝説に端を発する神事である.この神事には,県内の多数のメディアが訪れ,報道される.又兵衛祭の報道では,組合員がその年の豊漁を祈念する姿とともに,組合が運営する鮭直売所にも触れられることが多い.鮭直売所は又兵衛祭が行われる津軽石川の河畔で営業されている.鮭直売所では,人工ふ化事業のために採捕され,使用済みとなったサケが販売されている.定置網で捕られたサケより,安価に売られるため,県内外から客が足を運んでくる.2024年には,稀少なサケを求め,直売所には前日の夜から並ぶ購入客も散見された.加えて,サケの不漁により十分な供給量を確保できず,購入できない客からのクレームが相次ぎ,組合はイベントへのメディア取材を制限せざるを得ない事態となった.さらに,岩手県沿岸地域の初等・中等教育機関では地域学習の一環で行われる「新巻鮭作り体験」にも影響が及んでいる.新巻鮭は元来,保存性を高めるため,河川で採捕されたサケ(川サケ)が利用されてきたが,現代では定置網で捕られたサケを利用することが多くなっている.津軽石地区では,地域の歴史も踏まえて組合が川サケを提供することで,地域文化の継承を目指している.しかし,昨今のサケの不漁は,組合から小学校への川サケの提供本数にも影響が出ている.新巻鮭作り活動は,東日本大震災以降の住環境の変化により,各家庭での伝承が困難になる中で,地域文化の継承において重要な役割を果たしてきた.特に小学校での体験学習は,子どもたちが地域の歴史や文化を学ぶ貴重な機会となってきた.サケの不漁は,こうした地域学習においても影響がみられるようになっている.津軽石地区では,海洋環境の変化がもたらしたサケの不漁に加え,コロナウイルスや自然災害などの外的要因が地域文化の継承に大きな課題を投げかけている.特に,地域のアイデンティティ形成や文化継承において重要な役割を果たしてきた様々な活動が縮小を余儀なくされており,これは単なる経済的な問題を超えて,地域社会の持続可能性そのものに関わる重要な課題となっている.

  • 浦山 佳恵, 葉田野 希, 富樫 均, 兵藤 不二夫
    セッションID: P033
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    開田高原には,草原性の希少な昆虫や草本が生息・生育する半自然草地がある。これらの希少種は氷期の生き遺りとされ,縄文時代以降温暖化による森林化が進むなか,人間活動によって維持された草地の中で生き延びてきたと考えられている。

    近年,日本の土壌の1つである黒色土は火によって維持された草原的環境下で生成されてきたと考えられるようになった。花粉や植物珪酸体の分析から黒色土の多くを占める腐植の起源が草本であること,黒色土には植物の燃焼によって生じた細かな炭(微粒炭)が含まれていること等が明らかになったためである。そのため,従来の花粉や植物珪酸体に加え,黒色土層に含まれる全土試料や微粒炭の分析によっても環境史が検討されるようになった。広大な草地を有する阿蘇外輪山や霧ヶ峰高原にも黒色土が分布し,多くの草原性の希少種が生息・生育している。阿蘇では花粉・植物珪酸体・微粒炭の分析から,火事による草地維持は縄文早期以前に遡ると考えられている。霧ヶ峰では全土試料が分析され,遅くとも縄文中期までに野火による草地維持活動が始まった可能性が推測されている。

    開田高原にも黒色土が分布し,旧石器時代から縄文時代の遺跡や遺物が多く出土している。本研究では,当地域の草地の歴史を検証することを目的に,黒色土層の土壌断面の記載,全土試料の14C年代及び安定炭素同位体比の測定を行い,黒色土の生成年代について検討した。

    当地域の黒色土は緩傾斜地に広く堆積していたが,上面では堆積したものが侵食され,その周縁斜面では現地性の黒色土に,再堆積した黒色土やローム等が混入していることが想定された。上面の黒色土層も人の焼畑や耕作,植林等により攪乱を受けている可能性が推察された。つまり,当地域のように集落に近く,多様な地形からなる場所では,草地の歴史が継続的に検証できる現地性の黒色土が古い順に堆積している層を探すことは容易ではないと考えられた。一方,全土試料の14C年代は,当地域の黒色土の堆積が縄文早期に始まり,弥生時代や古墳時代にも続いていた可能性を示し,安定炭素同位体比はいずれも現在の半自然草地の表層土壌と似た値を示していた。開田高原においても野火による草原は縄文時代から存在したかもしれない。

  • ― 冬季におけるグランドハンドリング業務の視点から ―
    千葉 晃
    セッションID: P045
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    この研究は、空港でのグラウンドハンドリング業務を行う際の寒冷暴露の指針となるよう、特に北海道の空港で最も寒い空港はどこなのかを調べた。アメダスの瞬間値によれば、根室中標津空港と帯広空港における―29.6°Cが北海道での最低気温だった。トラフィックが多い新千歳空港では、-25.4°Cであり、新千歳空港では3°C以下と0°C以下の時間数も暦年ごとに数えた。

  • 野中 健一
    セッションID: S901
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.地理学を世間に

    地理学は,時空間に織りなす事象をいかに実証的に分析し,説明するかに挑んできた.これは,学史をひもとけ ば明白であるが,その成果は他学問や世間にはあまり知られていない.すでに経験し反省していることすら,他学問ではいかにも新しいことのように発表され,そちらの方が 通用している例は少なくない.この状況を打破し,地理学の持ち味を生かしてあくまで謙虚に世間に伝えるにはどうしたらよいか?その可能性を鉄道ジオラマに託し、制作ならびに公開の実践を紹介し,さらなる展開を検討したい.

    2.四次元で描く地誌の発想

    報告者は,自然と人間の関係を地域に展開する時空間 の四次元で描く地誌を提唱し(野中 2006),研究報告に反映させてきた(野中 2008 など).これをいかに分かりや すく効果的な1図で説明する方法として,「高杉さん家の おべんとう」など地理学の発想をモチーフに漫画を描いた 柳原望氏と漫画表現をいかした説明図「地理絵」を提唱し,実践してきた(Nonaka & Yanahara 2007).

    いっぽうで,地理的事象は一つのシーンに限定されることなく,時空間的な連続性ももつ.そして人文―自然関係を統合的に表すために三次元的に表現し,そこに物語性をもたせて、 さまざまな複数のシーンでひとつの地域を構成する立体的 なジオラマによる表現を構想した.3.物語をもつ地理ジオラマの実践 この発想で,表1に示す物語とセットの N ゲージ鉄道模 型(1/150 スケール)ジオラマを柳原氏と作ってきた(野中 2020).

    実践にあたっては,現実的な制約と,より多く の人びとに伝えるための運搬性を考えて幅 60×奥行 30cm を基本に制作した.鉄道模型界ではミニサイズとされる 90×60cm サイズの1/3に過ぎない.走行車両は限定されるが,情景に不自然にならないように高低差をとって路線延長を長くとることにより,数多くのシーンをいれる空間 をとることができる.鉄道にこだわる理由は,動くことにより,時空間の想像を促し,その動きと線路によ る動線のさまざまなシーンを作ることができる利点ゆえである.さらに見る人が自身を列車の乗客に投影することに より,その物語を追体験できることも利点の一つである.

    4.俯瞰と等身大でつなぐマルチスケールの地理学

    ただし,追体験するには,俯瞰で見る目から人が地に 足つけて見る目が必要である.ここに地理学だからこその哲学と方法がある.それを再確認することを鉄道ジオラマ への憧憬・活用と制作・展示の実践から提起したい.以下にその検討課題を示す.

    1 時空間的な連続性をもつ地理的事象の模型化

    2 自然環境と人間活動の統合

    3 三次元の(立体的)取り扱いプラス四次元の(歴史的)取り扱い

    4 俯瞰(縮小)と等身大(原寸)をあわせもつ視点(マルチスケール)の投入 5 人間活動を盛る上で対象に対する視点(主体)を明確にするための物語性の付加

    6 伝える工夫と展示する場のセッティング

    7 実物・実景に対する模型化の寛容さ

  • 小永吉 温志, 小寺 浩二
    セッションID: P067
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

     国土交通省は、日本を構成する14,125の全島嶼のうち、本州・北海道・四国・九州・沖縄本島を除いた島々を“離島”と定義している。瀬戸内海東端に位置する淡路島は、そのなかで最も人口の多い離島でありながら(人口約12.7万人)、水環境についての調査報告や学術的研究が極めて少ない。行政実施の「公共用水域水質調査」結果からは、近年島内の河川汚濁が改善され、比較的安定して推移しているように見受けられるが(図1)、調査地点に偏りがあるだけでなく、海塩の影響を受けているとみられる地点も存在する。下水道・汚水処理人口普及率についても、島嶼地域としては高水準であるが、兵庫県内では相対的に低いことから、本研究では島全域の陸水環境において水質を明らかにすることを目的とする。

    Ⅱ 研究方法

     淡路島の水文誌をQGISで整理し、2・5/6・8・11月に河川85~105地点で観測・採水を実施した。現地での測定項目は、AT・WT、EC、pH・RpH(比色法)、COD・PO43--P・NH4+-N・NO3--N・NO2--N(パックテスト)である。また、8月には湧水5ヶ所、10・11月にはダム湖表層水13ヶ所でも採水し、ECとpH・RpHを測定した。採水サンプルはメンブランフィルター(孔径0.2µm/φ25mm)で濾過し、研究室でTOCを測定した後、イオンクロマトグラフによる主要溶存成分の分析を行っている。

    Ⅲ 結果・考察

     河川水のEC値は概ね100~450µS/cmであった。諭鶴羽山麓に点在する各ダム湖の表層水は80~130μS/cmであり、流下とともに上昇する一方、北部の小規模な灌漑用ダムの表層水は200~250μS/cm程度である。PO43--Pは全体的にも夏季に明らかな上昇がみられ、洲本川・三原川水系の平野部において顕著であった。淡路島の農業は、水稲・タマネギの二毛作(さらにレタスなどの葉物野菜を加える場合もある)に畜産の堆肥を組み合わせた資源循環型の農業システムであるが、JA淡路日の出資料(稲作栽培ごよみ)によれば、夏季に栽培される水稲の施肥総成分量のNPK比は全ての品種でリンが高く、灌漑排水によりPO43--P値が上昇していると推察される。一方で、NO3--Nの月別の度数分布では夏季に低くなる地点が多く、水田の灌漑水中において脱窒作用が生じていると考えられるが、反対に夏に上昇する地点も見られた。三原川水系には本流並の流域面積を持つ支流が複数あり、平野部から河口付近で合流を繰り返すが、水質には異なる傾向がみられ、田の土地利用の割合が多い(土地利用細分メッシュによる)山路川・馬乗捨川で汚濁負荷が高まる。また、倭文川では河口堰の影響でCOD・PO43--P・TOCが高く、pHも年間を通して8.0以上であるため、湛水区域で炭酸同化作用が強く働いているとみられる。上流側に畜産施設が多い洲本川水系の樋戸野川では、COD・PO43--P・NH4+-N・NO3--N・NO2--N値が高く、変動係数も小さいことから、年間を通して負荷が大きい。下水道整備計画外の鳥飼川水系などでもCOD・TOCの高い地点がみられるが、観測値は月ごとにばらつきがある。小規模な河川では、下田川・角川でCOD・TOCと前者はWT・pH、後者はNH4+-Nが高く、排水等の影響が強いと推察される。島北東部の灘川では、国立明石海峡公園内で浄水センターの再生水を利用しており、PO43--P・NO3--Nの値が比較的高い。諭鶴羽山地南部の灘地区を流れる河川水は、EC値が350~500µS/cmと高くなる地点が多く、中央構造線沿いの油谷断層付近で地質的影響を受けていると考えられる。また、付近の水道水のECについても同様に、他地域と比べて高い値を示した。湧水のEC値は、阪神・淡路大震災前に測定された波毛ほか(1994)のデータよりも全体的に高く、示現水で400µS/ cm程度、大師の水で500µS/cm超に達する。また、広田の寒泉ではpH(6.2)とRpH(7.5)の差分が特に大きく、地下水の影響が強いことが示唆された。

    Ⅳ おわりに

     年4回の現地調査により、淡路島の水環境(主に河川水質について)を大まかに把握することができた。2025年は定点調査を毎月行いながら、季節変化や土地利用との関係を定量的に示し、主要溶存成分の分析結果と共に明らかにしたい。

    参考文献

    波毛康宏・西村良司(1994):名水を訪ねて(27) 淡路島の名水.地下水学会誌,36-4,pp487-492

  • 帝都復興事業期の横浜市を例に
    大田 寛之
    セッションID: 336
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    測量法制定以前, 公的機関がおこなう測量について, その統制をとるための法令・組織は存在しないと言って良い状況で, 測量の重複や測量成果の不適切な扱いが横行していた. そのような時代で, 陸地測量部は技術者を各所に派遣しており, 彼らは適切な測量がおこなわれるよう, 各所で技術協力をしていたと考えられる. 本研究では, 帝都復興事業期の横浜市都市計画測量を事例として, 彼らの担った役割を明らかにする.

  • 佐々木 達
    セッションID: 534
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本のコメ市場が揺らいでいる.近年まで下落基調にあった米価が2024年に入って上昇傾向に転じ,8月以降の米不足の懸念から小売店の店頭からコメが消えた「令和のコメ騒動」として報道がなされた(日本経済新聞2024年9月1日付).今期の米価上昇の理由は,昨夏の猛暑による市場流通量の減少,円安を背景に膨らんだインバウンド消費の増加,麺類やパン類などの値上による消費拡大,8月に発表された南海トラフ地震臨時情報など様々な理由が指摘されている.しかし,米価の急騰は目新しい現象ではない.例えば,1993年は冷害に端を発したコメ不足は「平成の米騒動」と呼ばれ,米価の急上昇をもたらした.また,東日本大震災の翌年の2012年と2013年も供給不安によって米価が上昇したのであった.しかし,ここ20年間の期間を見渡すと米価は長期的な下落トレンドにあった.生産調整政策も実施されているが,米価の変動(下落)は基本的に需給問題と見られてきた.例えば,供給過剰説によれば,米価の下落は作付け過剰,新規需要米やMA米の主食用米市場への影響とされ,需要減退説によれば,米以外の消費増加による需要縮小,デフレによる低価格志向が指摘されてきた.他方,過剰米の処理システムの機能不全や売れ残り回避のための過当競争が生じたとみる流通制度説も米価変動の一因として語られている.これらの需給問題に従えば,今回の「令和のコメ騒動」に代表される米価上昇は,供給不足,需要増大,在庫不足といったことが絡み合って生じたということになるが,一過性のものとして処理される.こうした米価の一時的変動は価格をシグナルとして調整されて需給の均衡が達成されるはずだからである.したがって,需給問題はある時期の米価変動の説明には有効であるが,他方,なぜ米価の変動が繰り返されるのかという問いに対しては説得力をもたない.むしろ,コメの消費量の減少の下で生産調整政策によって供給を抑制的にしてきたにもかかわらず,米価が変動する理由は市場構造それ自体に問題を抱えているとみることが妥当であろう.その市場構造の特徴とは,①長期的トレンドとしての需給緩和(コメ余り)のもとでの生産調整の強化,②コメ余りの回避策としての転作(新規需要米含む)による供給抑制,③価格形成機能不全のもとでの産地間競争の激化(ブランド化,安売り)のことを指す.さらに,こうした市場構造の下で米価変動が繰り返されるなかで,各コメ産地はそれぞれの対応が迫られ,その結果として産地の地域構造の再編をもたらしている可能性がある.特に,その再編が売れるコメと売れないコメに分化することによって産地間の序列を変化させているとみられる.そこで,本研究は米価の変動がいかなる論理で発生したのかを分析し,産地構造がどのように再編されているのかを明らかにすることを目的とする.その際に,米価変動と主要産地の対応を東日本大震災以後(2012~2014年),コロナ禍(2020~2022年),そして予察的に令和のコメ騒動(2023年~現在)の各時期に注目してコメ市場をめぐる産地間競争の現局面を考察する.そして,現在の生産調整下では米価の変動は不可避的に生じる構造的問題であることを指摘する.

    2000年代以降の米価変動の動向をまとめると,東日本大震災前後の米価変動は,未曽有の災害と先行き不安視の中から生まれたコメ市場再編をめぐる産地間競争であった.コロナ禍における米価変動は,極端な需要縮小を前に産地段階で新規需要米への振り分けによって米価下落を食い止めようとする涙ぐましい努力の産物であった.そして,「令和のコメ騒動」は,生産調整によって供給を抑制することで米価下落を食い止めようとするものの,過度な数量削減によってわずかな需要増加で価格変動が常態化してしまう市場環境を政策的に作り出したといえる.これらから示唆されるのは,今後も生産調整による生産抑制と産地が生き残りをかけた産地間競争(品種開発,ブランド化乱発,早期売り切り)が続く限り,構造的な問題として米価変動は繰り返されるということである.今後,国民が安価で安定的に美味しい米を消費するための展望としては,コメの使用価値を裏付けにした価値実現(生産性の上昇による価格競争)するための正常なマーケットを構築することである.それは,コシヒカリを基準とした特定品種による硬直的な使用価値評価の市場を見直すこと,生産性の上昇による生産費の低下を享受できるために生産数量を抑制する生産調整の在り方を見直すこと,そのための価格形成機能を担保するコメ市場を再構築する必要がある.

  • 横山 俊一, 関 翔平, 山田 敦子, 白澤 千恵子, 荒井 美千子
    セッションID: P042
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    発表者は防災意識向上を目的とした市民へのアプローチとして、「地域食材」「産業動物・ペット」「臨時災害放送局」「アウトドア」等多種多様な切り口で講演会やワークショップ等の活動を進め、一定の防災意識の向上につなげることができた。しかし、活動をおこなうなかで、これまでとは異なる新たな視点での防災の切り口も必要となっている状況も感じている。そのようなことから、さらなる防災意識向上を目指し、新たな切り口である「文化芸術×防災」を提唱し活動を開始した。

     これまでにない文化芸術の視点から防災を意識するきっかけを創ることで、市民の防災意識の深化に繋げるとともに、文化芸術に関わるアーティストには「地域防災」を通じた新たな視野の提供にも繋げることを目的としている。さらに、近年の防災に対する一般企業の意識の変化もあり、新たな経営改善事業の創出の一端を創ることも期待できる。活動は文化芸術に関わる分野に携わる研究者だけでなく、他分野においても文化芸術につながる研究を行っている方々、舞踊や絵画などのアーティストと協働し行っているが、研究者やアーティストの視点だけではうまく進行しないことも多く、地域の様々な協力者も交えながら活動を行っている。

     今年度は文化からのアプローチとして、作物学研究者と協働で蕎麦と防災食に関わる講演会を実施した。蕎麦の栄養成分と行者・忍者の携行食について講演を実施し、災害時の食を意識してもらう目的で行った。あわせて、蕎麦職人による蕎麦打ちの見学と試食、災害時の食事としての活用できる蕎麦掻き体験と実食を行った。その後「蕎麦文化」と「防災」のクロストークを実施した。公共文化施設からのアプローチとして、災害時避難所になりうる美術館を舞台に、公共文化施設の発災時の課題についての講演を行った。ここでは能登半島地震発生から1年以上被災者対応を行っている団体と、2019年の東日本台風の際に要配慮者の避難を実施した福祉施設の関係者に話をしてもらうとともに、事業団グループで実施した東日本大震災被災公共文化施設の調査報告を実施した。その後自由討論型でのディスカッションを発表者、参加者を交えて実施した。

     日常生活において防災は重要であるという認識は、ほぼすべての人に浸透しているが、実際の防災普及はまだまだと言わざるを得ない。そのような状態のなか、いかに防災に興味関心を持ってもらい自分事として意識してもらうかが重要である。そのため新たな切り口での防災普及が今後さらに重要になると考える。

  • 地図コレクターとしてのJ. W. v.ゲーテと山崎直方
    石原 あえか
    セッションID: S102
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    近代地理学は19世紀ドイツが発祥とされ、創始者としては南米探検で有名なA. v. フンボルト(1769-1859)と1820年にベルリン大学初代地理学教授に就任したC. リッター(1779-1859)の2名が挙げられる。それ以前の地理学は、現在の地質学の前身で、地球の成り立ちを論じる「地球生成学 Geognosie」の一分野にすぎなかった。言い換えれば、19世紀前半に「地質学」から「地理学」が分離・独立するのだが、この背景には、これまで素朴な〈絵図〉として描かれていた世界が、主に軍事的・政治的必要性から18世紀以降実施された測量や地図作製技術の発達により、正確な〈地図〉として表現され、記録・共有可能になったことが影響している。

     さて、日本では詩人としてのみ扱われることが多いJ. W. v. ゲーテ(1749-1832)は、ヴァイマル公国の高級官僚であり、自然研究者でもあった。もっとも実践的で独立した学問としてドイツの諸大学に地理学教室が設置されるのは1870年代であるため、ゲーテのレオポルディーナ版『自然科学論文集』に「地理学」の独立項目はなく、キーワードとしても機能しない。しかし地理学誕生前夜の「地球生成学」をめぐる動向は、A. v. フンボルトとの長い交友関係はもとより、ヴァイマルのゲーテ国立博物館(GNM)所蔵のゲーテ個人コレクションからうかがい知れる。後に山崎が「氷河果たして本邦に存在せざりしか」と問うた氷河理論の黎明期にゲーテが関与していたことも見過ごせない。

     しかもゲーテは、1814/15年の故郷フランクフルト再訪を機に、同地の医師J. Ch. ゼンケンベルク(1707-1772)に因む自然研究者協会の創立メンバーになり、現在のゼンケンベルク自然博物館設立にも貢献した。それから約40年後、1868年に同協会会長となり、1873年にプロイセン政府の要請で来日し、日本の産業と工芸品調査を行った地質学者が、白山市桑島で日本初の植物化石を発見した J. J. ライン(1835-1918)である。彼は帰国後、マールブルクを経て、ボン大学教授に就任するが、このラインに師事したのが他ならぬ山崎直方(1870‐1929)であった。ちなみにラインの死後、ライプツィヒで競売に出された蔵書購入に山崎が尽力した結果、1925年以降、東京大学附属図書館(本郷・総合図書館)は「ライン文庫」を所蔵する。他方、山崎個人の地図コレクションには18-19世紀、すなわちゲーテが生きた時代と重なる世界地図・日本国内の地図なども多く含まれている。

     本発表では、地球の成り立ちの議論が現在の「地質学 Geologie」に変容する過程で、そこから分岐し、18世紀ドイツで近代的な「地理学 Geographie」が確立し、日本へ移入・定着する流れを、ゲーテと山崎、両名の個人コレクションを使って明らかにしたい。

     なお、本発表は2023年度採択の日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(B) 「ドイツ近代地理学の成立と日本への定着 ゲーテ、ライン、山崎の個人所蔵資料研究」(研究代表者・石原、課題番号23H00597/23K25294)による成果の一部である。

  • ―「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」の諮問を受けてー
    中山 正則
    セッションID: S207
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    次期学習指導要領改訂に向けての小・中・高 地誌学習の新たな方向性を2024.12.25に中教審総会で出た「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」の諮問を受けて提案する。具体的には、GISの活用、フィールドワークの再評価、OECDが打ち出した「エージェンシー」の重視、地誌学習の見直しの4点を中心に、次期学習指導要領における新たな方向性を示して提案する。

  • 三浦 エリカ
    セッションID: 744
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ 研究目的

     本研究では、都市部で地形的特徴が複雑で想定される災害リスクが多い神奈川県横須賀市において、共助の主体である自主防災組織が、身近な地域の自然環境をどのように認識し、想定されている災害へ備えているのかについて、実際の地形条件や災害想定との対比を行いながら調査し、どのような課題があるのかを明らかにすることを目的とする。

    Ⅱ 方法 

     3つの方法から研究を行った。1.津波、洪水、土砂災害の3種類の想定データや地形地質、土地利用データを使用し、GISを用いた地域特性と災害リスクの解析。2.行政や町内会・自治会(以降:町内会)におけるヒアリング調査。3.町内会活動の参与観察。町内会・自治会は市内の10の行政区からそれぞれ数か所ずつ選び、津波や土砂災害、洪水といった町内会で想定されている災害への認識や、町内会の課題などについてヒアリングを実施した。

    Ⅲ 結果

     横須賀市の行政地区(10地区)ごとに地形、浸水・土砂災害の想定・建物分布について述べた。また、ヒアリング調査を実施した各地区の64町内会を構成する地質と土地利用、想定される災害を、GISを使用して面積比を求め、建物用地(低層建物・低層密集地・高層建物・公共施設) の面積に占める想定される災害も示した。次にヒアリング調査では、各地区で想定される災害への町内会の認識を明らかにした。また、クロス表から、浸水・土砂災害想定範囲内に位置している町内会のうち、何か所の町内会で災害への認識があるかを明らかにした。また、避難所運営訓練や町内会の防災訓練において、参与観察を行い、参加者にヒアリング調査を実施した。その結果、実戦的な避難訓練の実施の必要性が強く感じられたため、津波避難訓練の実証実験を企画・実施した。避難訓練後の振り返りでは、参加者から、特に「高齢者や車椅子の人は避難が難しい」ことや、「これまでは、地域の特性に合わせた防災訓練を行っていなかったことに気が付いた」などの指摘があった。

    Ⅳ 考察

     横須賀市では、東京湾と相模湾の津波・土砂災害・河川洪水などが想定されている。しかし、浸水・土砂災害の想定に対し、災害を認識していた町内会は半数程度のものもあった。想定されている災害に対して「被害がある」と認識している町内会の例では、「自分自身の体験」、あるいは「身近な人からの伝聞」が基となっていた。一方、「被害が少ない/被害がない」と認識している町内会では、「過去の災害で被害がなかったから」「東京湾だから」「防災工事が行われたから」というものであった。特に、「東京湾だから」では、市内では、税務署などの重要な機関が低地に移動してきたことや、自衛隊の施設が海沿いに新しく作られていることに言及していた。また、想定される災害への認識には、ハザードマップが認識の決め手とはなっていなかった。その理由について、ハザードマップは誰かが計算した「数値」にすぎず、そこに暮らしている人々の経験などは含まれてこなかったからと考察した。また、津波浸水範囲内に市指定の避難場所が設置されていたこともあり、ハザードマップの精度などに、受け手が疑問を抱いたことが、認識の決め手とならなかった要因の一つであると考えられる。さらに、これまでの避難所運営訓練や町内会の防災訓練が、町内会単位で想定されている災害への認識と結びつかなかった要因として、参加者が主体的に考えて行動することがなかったことや、課題の解決をせずに、毎年同じ防災訓練を実施していたからであると考えられる。

    Ⅴ 結論・提言

     共助の主体である自主防災組織が有効に機能するためには、身近な地域の地形条件や社会条件をふまえた上で、実際にまちあるきなどを行い、災害リスクを認識し、自分たちで主体的に考えて行動することが重要である。また、地区防災では、第三者からの評価などを受けることが大切であり、地理学の分野からも貢献できると考える。

  • 高橋 直也, 石村 大輔, 山田 圭太郎, 太田 凌嘉, 荒井 悠希, 山根 悠輝
    セッションID: 919
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    研究背景

     河床材料の大きさや形状は堆積物粒子の運搬条件を規定するだけでなく,河川の侵食速度や河道の形状にも強く影響する.そのため,運搬に伴う堆積物粒子の質量変化とその要因を明らかにすることは,河川地形の発達を理解する上で重要である.粒子の質量変化は,力学的な強度や風化耐性をはじめとする様々な要素に依存する.河川下流方向への粒径,形状の変化は,支流や斜面,河道脇からの土砂供給によって局所的に変化することがある.また,円磨度や円形度の単位運搬距離あたりの変化量は,運搬距離の増加と共に減少していくため,野外における粒子形状の変化要因を突き止めることは容易ではない.本研究では,形状変化の要因を明らかにするために,粒子の形状変化が最も顕著だと考えられる河川の源流部において,画像解析を用いて粒子形状の変化を調査した.

    対象地域・手法

     津軽山地の玉清水山から西に流下する母沢(もさわ)の本流において,源流部から下流に向かって約6.5 kmの区間で調査を行った.この区間の上流側には中新統の玄武岩類が,下流側には中新統の硬質頁岩が分布する.この区間において7地点の砂礫堆から4粒度階(2–4 mm, 4–8 mm, 8–16 mm, 16–32 mm)の粒子をふるい分けして採取した.また,調査流域内の4つの支流のうち,3支流から同様に試料を採取した.さらに,粒子が斜面から河道へと流入した時の初期形状を明らかにするために,玄武岩,頁岩の崖錐堆積物からも同様に試料を採取した.採取した試料を室内で撮影し,画像解析(Zheng and Hryciw, 2015, Géotechnique; Ishimura and Yamada, 2019, Sci. Rep.)によって円磨度R(Wadell, 1932, J. of Geol.),円形度IR(Cox, 1927, J. Paleontology)を計測した.また,単位運搬距離あたりのR,IRの変化量が,運搬距離の増加と共に減少すると仮定し,形状変化係数,(単位:km-1)(Krumbein, 1941, J. Sed. Petr.)を求めた.運搬距離は,1次谷の最上流部からの流下距離とした.また,粒子の角が取れるチッピングや,粒子の破砕によって生じる岩片の形状を調べるために,頁岩粒子をハンマーで粉砕し,生じた岩片を用いて画像解析を行った.

    結果・考察

     円磨度Rと円形度IRの中央値とその変化係数は,岩種,粒径ごとに異なっていたが,調査範囲における変化の傾向は概ね同様であった.R,IRの中央値は,1次谷の上流端から約2 kmの範囲において急増した.その下流で,中央値がわずかに減少,もしくはほとんど変化しなくなり,さらに下流でわずかに増加した.形状が急変した最上流部における,は,その他の区間における係数よりも明らか大きく,形状変化の様相が総運搬距離の増加に伴って変化することを示唆している.一方,調査区間の中部でみられた極端に小さい,は,RIRを増加させる効果と低下させる効果が釣り合うことで起きたと考えられる.RIRを低下させうる要素について,支流と崖錐から採取した試料の形状,粉砕実験結果,河床縦断形,地質分布をもとに検討したところ,斜面からの供給,より粗粒な粒子の質量減少時に生じる岩片の混入,粒子形状による分級が重要な要素であることがわかった. 変化係数は,頁岩粒子のほうが玄武岩粒子よりも大きかった.これは,両者の強度差を反映していると考えられる.粒径とRの関係をみると,玄武岩粒子は粗いほどRが大きかった.粒子形状は粒子が運搬されていない時にも変化しうるため,河道内での滞留時間とともに増加すると考えられる.そのため,玄武岩粒子が粒度とRがともに増加したのは,滞留時間の増加が一因だと考えられる.一方で,頁岩のRは粒度とともに増加していなかった.これは,粒子の風化が質量減少速度に与える影響が,粒径が小さくなるほど大きくなることが原因だと考えられる.粒径と風化被膜の厚さには相関があるが(Hunt, 2015, Vadose Zone J.),Hunt (2015)がまとめたデータによると,粒径の変化量に対して風化被膜の厚さの変化量は小さくなる.その結果,粒径が小さいほど粒子全体に占める風化部分の割合が増加するため,小さい粒子ほど風化によるの変化が大きくなる.本研究の調査結果では,このような風化の影響を定量的に示すことはできないが,粒子形状の粒径依存性を理解する上で,粒径と風化被膜の厚さの関係を知ることは重要である.

    謝辞

    本研究は,公益財団法人国土地理協会2022年度学術研究助成,科研費24K00173を受けたものである.

  • 松山 周一
    セッションID: 617
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本発表は,場所イメージの客観的かつ理想的な視覚化を可能にする画像生成AI技術の応用可能性を検討するものである.

    従来の場所イメージに関する研究では,キーワード抽出によって体系化が進められてきたが,視覚化の試みは困難であった.本研究では,新たに登場した画像生成AI技術を融合し,理想的かつ客観的な場所イメージを生成する手法の可能性について検討する.このアプローチにより,テキストや図表中心の議論を補完し,視覚的検証の新しい次元を提供する.

    また,画像生成AIが作り出すイメージが地理学の新たなフィールドとなり得る可能性についても考察する.

  • 當麻 央介, 齋藤 仁
    セッションID: 948
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    日本国内には,数多くの地すべりが存在しているため,地すべりの変動モニタリングは重要である.近年,干渉SARを用いることで,現地調査が困難な場所や広範囲に分布する地すべりの活動性の把握が可能となってきた.現在,ALOS-2の打ち上げから約10年が経過し,同一の斜面を経年的に高い精度で観測できるようになりつつあり,ALOS-4の利用も期待されている.しかし,広域を対象とした地すべりの変動検出の研究は多くなく,さらなる事例の蓄積が必要である.そこで,本研究では関連する研究の少ない南アルプスを対象に,干渉SARを用いて地すべりの空間分布と活動性を時系列で解明することを目的とする.本発表では,その中の一事例として静岡市の諸子沢地すべりを対象とし,大規模な地すべり発生前の斜面の変動を時系列で明らかにする.本研究の対象地域は地すべりが頻発する地域であり,地すべり事例を詳細に検討することは,今後の地すべり予測のために有意義であるといえる.

    解析の結果,地すべり範囲やその周辺の斜面において,大規模な地すべりが発生する以前から継続的な変位が発生していた.地すべりの斜面は,斜面の上部の平均変位速度が5cm/yr以下である一方で,斜面の下部は5~10cm/yr程度の平均変位速度を記録しており,斜面上部と比較して,斜面の下部が活動的であったことが明らかとなった.また,斜面は2014年から2018年までは衛星から遠ざかる変位が卓越するが,2018年から2019年の期間は衛星に近づく変位に変わり,2019年以降は再び衛星から遠ざかる変位が卓越することが分かった.特に,2018年6月5日と2018年8月14日のペアによるD-InSAR解析結果より,崩壊範囲と整合する範囲において衛星に近づく変位が顕著に見られた.このことは,諸子沢地すべりの変動は一定ではなく,複雑に変動したことを示唆している.今後は,得られた変動結果を詳細に検証するとともに,解析範囲を広げて活動性地すべりの分布の解明が課題である.

  • 長野県開田高原における外部ボランティアの受け入れ事例
    畑中 健一郎, 須賀 丈
    セッションID: P028
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     全国各地の農山村地域では、田畑の肥料や家畜飼料の採取場所として昭和30年代頃まで草地が広く存在していた。しかし、化学肥料や輸入牧草の普及、農作業の機械化など農業形態の変化とともに、多くの草地が植林地や荒れ地へと変化した。それに伴い、草の利用に関わる知識や技術など生業に関わる文化が衰退するとともに、景観上の問題や生物多様性の劣化が指摘されるようになった。しかし、利用価値が見いだせなくなった草地に対する地域住民の関心は低く、観光や茅場として活用されている場合などを除いて保全に向けた動きはほとんどない。そうしたなか、木曽町開田高原地区では、草地の保全・再生に関心を持つ研究者や移住者らのグループが、外部からボランティアを受け入れることで草地の自然的・文化的価値を再評価し、住民や行政への浸透を図ろうとしている。本報告ではこの活動の概要を紹介し、今後の展開の可能性について考察する。

    2.対象地域の概要

     開田高原地区は御嶽山の麓の標高約1,100~1,300mに位置する高原地帯である。面積は約150km2、人口は1,449人(2020年)であり、過疎化・高齢化が進んでいる。主な産業としては、高原野菜の生産を中心とした農業のほか、宿泊など観光関連産業が挙げられる。地区内の「木曽馬の里」では在来馬の一種で長野県天然記念物に指定されている木曽馬の保存と活用のために約40頭が飼育・公開されている。かつて木曽馬の産地として知られた開田高原では、馬の餌を採るための採草地が広範囲に広がっていた。現在では採草はほとんどされておらず、小規模な草地が分散して残存している。毎年春に害虫駆除などを目的とした小規模な火入れ(野焼き)が地区内の各集落で実施されており、それらの影響もあって開田高原は草原性の希少な植物や昆虫が多く生息する場所として知られている。

    3.取組の経緯と活動内容

     草原性の動植物の減少や木曽馬に纏わる文化の衰退などを危惧する研究者や移住者らが草地の保全・再生を模索し始めた。しかし、地域住民や行政の関心は低く、活動への協力・理解を得ることは困難であった。この局面の打開策を検討するなかで、認定NPO法人アースウォッチ・ジャパンのボランティア派遣制度の支援を受けることとなった。アースウォッチが全国から募集したボランティアが調査や作業に従事することで、人員不足を補うとともに、地域での関心を惹起しようとした。

     ボランティアの受け入れは2022年から始まり、2023年までの計3回は再生草地での開花植物の調査や草刈り作業に従事した。調査結果としては、花の種類も数も再生前と比較して大きく増加しており、草地の再生が生物多様性の回復に寄与することが明らかとなった。2024年の調査では、素人だけでも可能な調査方法を確立すべく、希少なチョウとその食草を調査した。また、秋に訪れたグループでは草刈りと干草づくりの作業に専念した。このほか、木曽馬の里や博物館の見学、古老の話を聞く機会などを設け、木曽馬や草地に纏わる文化に対する理解を深めた。また、ボランティアの受け入れとは別に、木曽馬や草地の魅力を紹介する動画の作成などを行っている。

    4.活動の成果と今後の展望

     ボランティアの主要な任務である動植物調査については順調に成果が積みあがっている。一方で、草刈りなどの作業は天候にも左右されるため限られた時間で多くをこなすことは難しく、体験程度に終わっている。しかし、地域の文化と作業の意義を理解するとともに、自分が刈った草を木曽馬に直接与える機会が設けられたことで、単なる草刈りではない特別な体験となったようである。お金を払ってでも参加したいとの感想も多く聞かれた。また、もう一つの主な目的である地域での関心の惹起については、事前に地区住民へ回覧で周知したほか、役場職員の視察などもあり、活動は徐々に認知されていると考えられる。

     木曽馬と草地に纏わる文化と自然が地域の魅力としてボランティアに認識されたことで、草刈りなどの管理作業についても好意的に受け入れられたと考えられる。生物多様性の保全と文化の繋がりを体験できるエコツーリズムとしての可能性も考えられた。各集落の草地の保全は地元住民による取り組みが不可欠であり、今後は住民の参加を含む新たな市民参加プログラムの構築が望まれる。

  • 吉田 明弘
    セッションID: S705
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ.はじめに

    グリーンランドにおける氷床コアの酸素同位体比変動曲線は,晩氷期以降に急激な温暖化と寒冷化が繰り返し生じ,後氷期における温暖な気候環境になったことを記録している1)。これまで最終氷期最盛期以降については花粉分析や木材化石,大型植物化石など多くの植物化石を用いた研究が行われ,日本各地で資料が蓄積されてきた。近年は放射性炭素年代測定や火山灰編年法の普及や高精度化によって,詳細な時系列に沿った古植生データが各地で報告される。これら古植生データの蓄積と比較が進むにつれ,古植生の水平分布が高精度に復元できるようなった。しかしながら,日本列島は標高3,000~2,000m級の山脈が南北に貫き,起伏に富んだ地形を作り出している。過去の植生をより詳細に把握するためには,従来の研究のような植生の水平分布だけでなく,各地における植生の垂直分布も詳細に復元する必要がある。近年では長野県中部高地でLGM以降の植生の垂直分布の復元が進められている4)。本発表では東日本における花粉分析や大型植物化石・木材化石などの既存の古植生データを整理し,晩氷期における植生の水平分布を紹介する。また,長野県広原湿原の花粉化石データを基にして,中部高地のLGM以降における植生の垂直分布の復元例,さらに種分布モデルと植物化石データを用いたLGMにおける森林限界の研究例について紹介したい。

    Ⅱ.東日本の晩氷期における植生の水平分布

    晩氷期前半における花粉分析,大型植物化石・木材化石6)によれば,東日本では,LGMの寒冷な気候環境下で分布範囲を広げた亜寒帯・亜高山帯針葉樹林が依然として優占していたと考えられる。標高1,000m以上の駒止湿原や尾瀬ヶ原では亜高山帯針葉樹だけでなく,より暖地に分布する落葉広葉樹の花粉化石が産出する。山岳部の花粉分析結果には,山麓部に広がる森林帯からの上昇・下降気流によって容易に花粉が運搬され,とくに森林植生が乏しい亜高山帯や偽高山帯ではこれらの花粉が著しく産出する。したがって,駒止湿原や尾瀬ヶ原の花粉組成には,低標高域の植生からの影響を強く反映していると考えられ,晩氷期前期における高標高域は高山帯であった可能性が高い。 晩氷期後半になると標高1,000m 以上では亜高山帯針葉樹の花粉化石が優占し,標高1,000m 以下ではカバノキ属の花粉化石が多産する。したがって,晩氷期後半の低標高域では,針広混交林が広がった。東北地方北部の八郎潟や春子谷地では冷温帯性落葉広葉樹が比較的に早い時期から増加を開始している。しがって,LGMにおいて落葉広葉樹のレフュージアが存在し,これらの小集団を核にして拡大した可能性が高い。

    Ⅲ.長野県中部高地におけるLGM以降の垂直分布

    長野県中部高地にある広原湿原の花粉分析に基づき,高木花粉の年間堆積量の変動から過去3万年間における植生の垂直分布を復元した。約30~20 ka cal BPの広原湿原の周辺では,樹木が生育しない非森林域の高山帯に位置していたと考えられる。この時期の中部高地における植生の垂直分布を推測すると,森林限界は少なくとも標高1,000~1,400mまで低下していたと推測できる。 約20~17 ka cal BPになると,晩氷期における温暖化の開始しに伴って,森林限界の高度は約20~17 ka cal BPから徐々に上昇を始めたことを示す。約17~13 ka cal BPには,森林限界は標高1,400m以上に達し,針広混交林が覆ったと推測される。約13~11 ka cal BPには,森林限界の高度が標高1,400m以下へと,一時的に低下したことを示している。これは北大西洋地域のヤンガー・ドリアス期に相当する再寒冷化イベントが原因と考えられる。その後,約11 ka cal BP以降には落葉広葉樹の花粉化石が多産することから,広原湿原周辺では落葉広葉樹林が覆ったと考えられる。

    Ⅳ.LGMの東日本における森林限界の推定

    植物化石データには地域的な制約があり,より広範囲の植生を復元するには化石データと分布モデルを併用とその活用が,今後の植生史研究における大きな課題の一つである。そこで,著者らは高山帯~亜高山帯上部に分布するコケスギランに着目し,日本およびユーラシア大陸東縁を範囲として,最大エントロピー法による種分布モデルを作成している。さらに,種分布モデルと古気候データ用いて,LGMにおけるコケスギランの分布範囲を推測するとともに,植物化石データと比較して東日本における森林限界の高度を推定している。その結果,LGMの森林限界は中部地方で標高1,000m以高,東北地方南部で標高600m以高,東北地方北部で標高300m以高に位置していた。北海道では寒帯とツンドラ帯と移行域として,標高0mに近い低地に森林限界が存在していた。

  • 広大な自然を擁する大学附設園舎を対象として
    髙橋 真穂, 澤田 康徳, 川島 朋佳
    セッションID: P046
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    目的:季節感の涵養は生涯学習として重要であり,人間形成の基礎を培う幼児期から季節感を育むことをねらい,散歩活動などの体験活動が行われている.しかしながら,季節感に関わる発達段階上の経験時期は,概念的に議論されることが多く必ずしも明確ではない.幼児期からの多様な経験は,幼児期に季節感を育む直接的役割を担う保育者においても,意識に関わることが想定される.さらに,近年では森の幼稚園のように豊かな自然を擁する園舎の先進的活動が着目されている.本研究では,広大な自然を擁する大学構内に附設する園舎の保育者にアンケートを行い,季節感を育む活動支援に関して,支援の充実と密接な関心に関わる経験時期の特徴を明らかにする.さらに,広大な自然環境を擁する場における,季節感を育む散歩活動場所およびその観点を把握する.

    方法:東京学芸大学構内(小金井)に附設する園舎(幼稚園,保育園)の保育者(23名)を対象に,アンケートを行った(2024年7月中旬).質問内容は,①保育歴,②季節感を育む関心に関わる経験時期(幼児~保育者時期),③季節感を育む上で大切な要素(気候要素,生物などに関する要素),④季節感を育む散歩ルート設定に関わる情報源,および⑤散歩活動場所などである.回答は,①~④は程度の5段階評価(5点(そう思う)~1点(そう思わない)),⑤は季節感を育む散歩活動場所(網域)を地図に記入する方法で,その理由を自由記述で得た.②の得点に対し,Ward法(ユーグリッド平方距離)によりクラスター分析した.また,⑤の自由記述の語に対し,KH Coderを用いた多次元尺度構成法結果から場所の観点をカテゴリ化した.その際,Ward法(ユーグリッド距離)のクラスター分析結果を補助とした.

    結果:季節感を育む活動の関心に関わる経験時期の程度に基づき,クラスター分析により保育者を4つの経験群に類型化した.関わる経験時期が多い経験群は,高等教育,実習や研修,保育上の経験など主に保育者時期(I)や幼少時期以降の全過程(II)の経験が関わる経験群,経験時期が少ない経験群は,主に幼少時期(III)や幼少時期と高等教育時期や保育上の経験(IV)などが関わる経験群である(図1-a).いずれの経験群も,全保育者において季節を育む活動の関心の程度は高い(4点以上).また,保育年数は,関心に関わる経験時期が全過程(II)および幼少時期と高等教育時期や保育上の経験(IV)の複数の学齢や保育上の経験にわたる経験群で長く,関心に関わる経験時期が保育者時期(I)および幼少時期(III)の幼少~保育者時期のいずれかに寄った経験群で短い傾向を示す(図1-b).散歩ルートの設定に関わる情報源は,いずれの経験群も天気予報や担当学年といった現況,保育上の経験や同僚との会話を活用し,関心に関わる経験時期が多い経験群(II,I)で情報源も多い.関心に関わる経験時期が幼少~保育者時期のいずれかに寄った経験群(I,III)は,保育実習のほか,経験時期と対応した大学の経験(I)や幼少期の経験(III)も活用している(図2).カテゴリ化した散歩活動場所の観点(図3-a)の語の頻度は,平均的に五感を育む全体的観点(i)が最も高く,フェノロジーを含む観点(ii,viii),場(iv)や秋の採集活動(vi),生き物(iii),夏季の多様性(v)農的体験(vii)の順で低くなる.観点別の語の頻度は,関心に関わる経験時期が多い経験群(II,I)で全体的に高い.経験時期が複数にわたる経験群では,全体的観点やフェノロジーを含む観点(II),全体的観点は多くなく相対的に秋の採集活動や情緒を育む観点(IV)の具体的観点の語の頻度が高い.経験時期が幼少~保育者時期のいずれかに寄った経験群では,全体的観点の頻度が高い場合(I)やいずれの観点も頻度が低い(III)場合がある(図3-b).このように,季節感の涵養の起点に直接的支援を担う保育者には,高い関心に関わる経験時期により,保育歴,散歩活動の情報活用や場所の観点に差異が認められた.高い関心に,保育上の経験が関わる場合が認められたことは,関心に関するリスキングの可能性を示していよう.さらに,散歩活動には,現況とともに同僚との会話が情報源として活用され,したがって,附設園舎における季節感を育む支援の充実に,関心の経緯を踏まえた意識や情報共有の保育者間連携や研修の有用性を本研究結果は示している.

  • 三重県立津高等学校での実践の事例
    森下 航平, 西村 訓弘
    セッションID: 312
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ.目的 地域社会を題材としたり,地域社会と連携したりして実施する体験学習や課題解決学習は,日本では就学前教育から初等・中等・高等教育まで広く行われている.高校においては,「高校魅力化」の取り組みが話題となっているように,農山村地域や島嶼部などの課題解決に資する実践として広く取り組まれてきた.これら実践は地域社会の発展や地域の将来を担う人材育成を担うものとして取り組まれるとともに,体験的で実践的な活動や,学校外の人や環境との関わりを通して,児童・生徒ら自身の発達や成長を促す教育活動としても認識されてきた.本発表では地方都市の進学校である三重県立津高等学校(以下「津高校」とする)が実践する,希望者対象の課題活動の事例を検討する.地域課題を題材とした課題研究活動は農山村地域や島嶼部などといった地域での取り組みが比較的知られているが,本事例を通して地方都市進学校で実現可能な実施内容や教育的可能性,社会的意義について検討する. Ⅱ.方法 本発表内容は,2022年度から2024年度にかけて津高校およびオンラインで実施した,参与観察およびアンケート調査に基づく.津高校は1880年に創設された旧制中学校を前身としており,三重県の県庁所在地に位置する公立進学校として知られている.生徒は津市居住者だけでなく近隣市町からの通学者も多く,遠方市町からは津市内に下宿し通学する生徒も存在する.卒業後は進学する者が多いが,県外へ進学したり,また進学後には県外で就職したりする者も少なくない.Ⅲ.結果と考察 津高校では,2011年度より「津高キャリアプロジェクト」という名称のプログラムを行っている.これは放課後に実施される課外活動であり,希望生徒が参加できる.三重県内外で地域創生に関する政策立案や実務に携わった経験がある大学教員が活動をコーディネートし,生徒らは地域課題に関する講義の受講と,地域課題解決方法に関するグループでのプラン立案とプレゼンを行う.プレゼンは計三回実施し,生徒らは受講生や教員から質問や助言を得て発表内容をブラッシュアップしてゆく.年度ごとに与えられるテーマに応じて生徒らは自ら課題を設定するが,そのテーマは津高校が立地する津市内の問題だけでなく三重県内の課題から広く選ぶことができる年度が少なくない.受講生らへのアンケート調査の結果,生徒らは地域の課題や活性化に対する関心が向上している.出身地や現在の居住地,活動で取り上げた地域で将来居住したり働いたりしたいという思いが強くなった生徒もいるが,そうでない生徒も一定数見られる.一方受講生らはプラン立案や発表内容に関するディスカッションを通して,学問への興味関心や課題解決能力,論理的思考力が向上したと回答している.チームメンバーとのコミュニケーションの重要性や,多角的な視点を取り入れる必要性,企画立案に必要な思考力や一貫的な論理性,積極的に未来を構想していくことの面白さなどを学んだとの回答があった.生徒らは地元の魅力や課題に関する学びだけでなく,将来のキャリアや人生において生かされうる技能や教訓を得ている.

  • 林 日佳理
    セッションID: S906
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. 物語としてのジオラマ

     報告者は,2021年よりママテツクラブに参加しジオラマの制作を行ってきた.当初はただ手を動かすことが楽しく,ミニチュア制作に没頭するだけであったが,次第に自らの研究分野である文学とジオラマ制作との共通点(あるいは交差点)に考えが向くようになった.それは,一言で言えば「物語story」という側面である.文学は,ある時代に生きた人間の意識や社会の状況を言葉によって「物語」にする.一方ジオラマは,ある一回きりの情景を切り取ったもののようでありながら,そこには制作者が込めた意図や,鑑賞者の目の動きによって読み取ることができる時間の流れ——すなわち「物語」がある.

     では,ジオラマの「物語」的側面は文学のそれと同じように「フィクション(虚構)」なのだろうか.その問いについては,このように考えられる:現実の情景を再現したジオラマであっても,それが「再現 representation」である限り,文学と同じように作り手の意識に映じた現実を描写したものである.そのため,ジオラマはフィクションの要素を完全に排除した現実描写にはなりえない(からこそ面白い).逆に,小説などの文学作品は,地に足のついていないフィクションだと揶揄されることがあるが,実際は現実の社会と密接に結びついており,世界の諸相が一片も入りこまない作品はない.このように,フィクションと現実とのせめぎ合いの地点にて表現行為を営むという点も,ジオラマと文学が共通する点と言えるのではないだろうか.

    2. ジブリジオラマの制作

     2024年,報告者はジブリ映画に登場する建物をいくつも作り,ジブリジオラマと称してまとめて展示するという機会を得た(さんけい「みにちゅあーと」シリーズから出ているペーパーキットを使用した制作).『耳をすませば』や『ハウルの動く城』など,複数のジブリ作品の建物たちを同一平面の上に並べることで,モノを配置するだけでも立ち上ってくる「物語」があることに気づかされた.それぞれのアニメ映画の具体的なシーンが思い出されるだけでなく,本来はつながりのない複数の作品のつながりを鑑賞者が自由に想像でき,『魔女の宅急便』のパン屋が『となりのトトロ』のサツキとメイの家に配達に行くなどの「物語」をふくらませる装置にジオラマがなっていたのだ.

    3. 文字や図像による2D表現から立体造形による3D表現への翻案と「精読」

     このように,文学作品やアニメ映画の2Dの表現を,ジオラマという立体物による3D表現へと変えることは,一種の「翻案 adaptation」とも言えるだろう.上記の例のように,ジオラマによって翻案元の映画作品を想起する楽しみのみならず,自分の手で触れたり,作り変えたりする楽しみもある.また,2D表現では思い至らなかった物語世界の奥行きや深み,手触りといった側面や,モノとモノの構造や位置関係をより広い視野から「精読」するという機会を3Dのジオラマは与えてくれる.「精読 close reading」とは,文学研究の範疇では作品を精密に読み込むことを意味するが,3Dのジオラマも同様に,細かいモノをひとつひとつ触って配置しながら作りこんでいくことで,そこに描かれる対象を「精読」することができる.このように,3D表現に携わることは,普段2D表現のみに特化している文学研究者にとっても,研究の手法を対照化し,異なる視点から対象に迫る方法を考えるという意味で,有益な契機になりえる.

    4. 分野を超えた学びと表現

     ここで白状しておかなければならないのは,報告者はジオラマを始めるまで地理学の素養が皆無であった(学んだこともないのに苦手意識があった)ということである.しかし,ジオラマ制作をきっかけに,地理学的な世界の見方が自らの研究分野とも密接にかかわることがわかり,「物語」という視点で場所や風景,地形,植物や建物の位置関係を捉えるという新しい視座を得た.報告者の制作するジオラマは,どちらかと言えばフィクションにふりきった,現実味の薄いものが多いが,それでもそこに「物語」がある限り,「ジオラマ地理学」に足を踏み入れることができているのだと考えている.

  • —広島県における特別天然記念物オオサンショウウの事例から—
    中原 愛
    セッションID: 432
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰはじめに 

     生物多様性の損失が世界規模で進行する中、生態系の保全において、外来種およびそれらとの交雑が引き起こす生態系への影響が重大な課題として認識されつつある。日本では、「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)」が2005年6月1日に施行され、農作物や人間社会に対して深刻な被害を及ぼす種を特定外来生物に指定し、防除が進められてきた。同法は2014年6月の改訂により、特定外来生物との交雑により新たに生じた交雑個体についても特定外来生物に指定することを可能とした。

     外来種および交雑問題への関心が高まる中、2024年7月には、チュウゴクオオサンショウウオ並びにニホンオオサンショウウオとの交雑個体が特定外来生物に指定された。特別天然記念物として文化財的価値が広く認知されていた本種が外来生物として指定されたことは、社会的にも大きな注目を集めた。

     「自然の地理学」の研究において、浅野・中島(2013)の指摘のように、人が自然と関わる時は個人の価値観や認識だけでなく社会が作った自然認識に従って働き方が行われる。外来種や交雑種の問題は、なにをもって外来・交雑・在来の線を引くか、その線は生物学的根拠のみを根拠として隔離・排除され、あるものは保護されるのか、その正当性はいかに定められるのかなど社会集団の価値観によって自然が意味づけられるであり、現在進行形で認識が定められつつある事象である。そこで、本研究では,広島県でのオオサンショウウオの保護および交雑種対策を事例として取り上げ、どのような関係者による、どのようなやり取りの上で、在来の二ホンオオサンショウウオの「望ましい」生息環境・存在の仕方が提示され、保護や防除の対応に至ったのかを明らかにする。

    Ⅱ特別天然記念物オオサンショウウオの交雑問題 

     オオサンショウウオ科の生物は中国と日本に分布し、日本在来種のニホンオオサンショウウオ(Andrias japonicus)は1952年に「特別天然記念物」に指定された。戦後、食用として消費されていた事もあるが指定後は禁止されたために、1970年頃に中国からオオサンショウウオが輸入された。現在特定外来生物に指定されている交雑は、その時輸入されたチュウゴクオオサンショウウオ(Andrias davidianus)が飼育放棄や逸走を経て河川に定着したと考えられている。中国産の個体や交雑個体は行動が活発で成長速度が速く、繁殖面でニホンオオサンショウウオより優位性を持つため、交雑化が進行している。2005年に京都大学の松井氏によって初めて本種の交雑問題が発表されて指摘されて以降、日本各地で交雑個体が発見されている。広島県では2022年に初めて交雑個体が発見された。

    Ⅲ広島県内のステイクホルダーの価値観

     本種の保護および防除に関する行政的対応について広島県においては、県の自然環境課と文化財課に加え、各市町村の文化財課が行政手続きの窓口となっている。また、研究および保全活動においては、広島市安佐動物公園、広島大学オオサンショウウオ保全対策プロジェクト研究センター、およびオオサンショウウオ生態保全教育文化研究所が関与している。

     2022年に交雑個体が発見され2024年に特定外来生物に指定される間、現場の研究者間では様々な葛藤が生まれていた。交雑を「雑種強勢」と生物の進化の現象として捉えるのか、万一在来種が絶滅した時に備えて可能な限り在来種の遺伝に近い交雑個体を残すべきなのか、交雑個体の殺処分方法や倫理性についてなど聞き取り調査からわかった関係者のオオサンショウウオへ向ける想いや価値観を整理し考察する。

    Ⅳおわりに:保護と防除

     交雑問題は生物学の研究者の発見から始まり、文化財保護法や生物多様性基本法などの枠組みの中で、在来種の種の存続を守るという意味での「生物多様性の保全」を「正しい」こととしてきた。そのため、チュウゴクオオサンショウウオと交雑個体は特定外来生物に指定され、法に基づいた処理がなされることになった。その運用について愛護団体など異なる立場が表明されることが予想されるが、両生類の動物福祉に関する議論は未発展な状況である。本報告では広島県の事例のみを取り上げたが、府県による実施の仕方の差異も生じている。また、今回は交雑問題に限った議論を取り上げたが、人間と野生生物の関係を論じる視点は生物学的な生物多様性のみで判断されるものではなく、時にはより複雑な価値観のすり合わせが必要になる場合もある。人間と人間以外の生物との共存のためには、共存をめぐる価値がいかに生まれるのか、それがいかに正当性を獲得するのかについての研究や議論を深めていく必要がある。

    淺野敏久・中島弘二(2013):自然の社会地理, ネイチャー・アンド・ソサエティ研究第5巻,p13~26

  • ー地域調査の力を身に付け地域の未来を想定するために
    山内 洋美
    セッションID: S904
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.生徒とフィールドに出てみる

    発表者の勤務校では,選択「地理探究」を2年間にかけて6単位履修するカリキュラムとなっている.週3時間,生徒の関心を引き出しながら,一緒に授業をつくってきた.その中で大切にしたのが,学校周辺のフィールドワークであった.「地理総合」は1年次で履修済であるが,40人×6クラスについて,担当者2名で1時間のフィールドワークを行うのは,さまざまな事情から年1回が限度である.2年次選択「地理探究」となり人数も28名となって初めて,気軽に身軽に外へ行ってみよう,となる.勤務校では新課程初の学年は40回生にあたり,当然「地理探究」も初実施となる.

    最初のフィールドワークは2023年5月2日という記録が残っている.5月にはあと2回フィールドワークに出て,それらの観察をもとに,学校周辺の小地形とその開発について考察を行った.さらに40回生が入学した年に裏山に宅地開発が入ったので,そのことも含めて作成したミステリー教材を用いて,学校周辺地域の開発と防災について考えた.教科書的知識,地域社会や環境・経済などの地域を取り巻く情報,それに実際に自分の足で歩き五感で確認するフィールドワークを合わせることで,地図が苦手,地形が苦手,自分の意見を述べるのが苦手な生徒たちが,それぞれ自分なりの考察を言葉にし,また他者の意見を聞くようになっていった.

    そこで,恒例の文化祭地理ブースに,学校周辺の地形図を印刷し,自分たちで撮った写真を貼って説明を書き入れたものを展示しようと持ち掛けてみたが,結果としては公開当日の朝にこっそりと未完成のものを貼り付けていく始末だった.どうしたら,自分たちが観察したことをもとに,自分たちが表現したい内容の地図をつくることができるのか.これまで多くの生徒たちと取り組んできた課題だが,悩んだままその年の文化祭も過ぎた.

    2.生徒とジオラマをつくってみる

    2年目の「地理探究」に入って,指導主事訪問の公開授業を担当することになった.生物担当の教務主任と相談して,持続可能な地域像という内容をSTEAM教育でということになり,「生物基礎」の視点から植生(バイオームと遷移)を学ぶならば,ジオラマをつくってみるかということになった.

    まず,夏休み直前の授業で,地形図を用いた立体地図を作成させた.班ごとに学校周辺の地図をA4サイズに切り分けて,等高線の本数を数えさせ,その本数+1枚の地図と厚めの段ボールを渡した.夢中になる生徒が各班に現れ,職人技でカーブを切り抜いたり,小さな山頂を丁寧に切り出して合わせたりして,楽しそうに作業を進め,2時間ほどで完成させた.各班の地図をパズルのように並べて,学校周辺の地形が浮かび上がったときは,みな喜んでいた.

    ところが,ここからが大変だった.航空写真で植生や建物,道路などの様子を確認させ,家から持ってこられる材料で実際の風景を再現しようと提案すると,標高と山林や建物の高さの差を全く考えず,色や形などそれぞれの班で思い思いに作ったことから,気づいたらまったく統一感がなくなっていた.夏休み明けにそのことにようやく気付いた生徒たちは,話し合って修正を始めたが,どうにも揃わないところができてしまった(下の写真を参照).

    その後,「生物基礎」のバイオームと遷移の復習,および学校周辺地域のバイオームをフィールドワークで学び,「地学基礎」で周辺の地形と地質を学んで,それらの学びも踏まえて公開授業で学校周辺地域の未来像を考えた.生徒が自分で観察したことをもとに考えていると,参観者からお褒め頂いたことがうれしかった.

    3.ジオラマの効用と今後の課題

    具体的に手を動かすと,そこに地域の姿が3次元で現れる.それが,ジオラマの強みだ.はじめから創造的なものを要求するのではなく,地形図の学習を兼ねて,立体地図をまず作ってみるだけでも,十分地域を具体化できる.そこがよく知る地域なら,なおさらだ.なにしろ印刷した地図と段ボールだけでできてしまう.

    現在,たった3人の社会部で,夏にフィールドワークした秋保の農村集落とその言い伝えを,地形図をベースにしたジオラマにしようと取り組んでいるが,それは明らかに,前述の授業で作ったジオラマに刺激されたからだ.目にした風景や頭の中のイメージが形になる面白さに夢中になって,できあがればそれをもとにさらに具体的に対象地域について考えることができる.そのスパイラルが生まれることを今からわくわく,楽しみにしている.

  • 藤部 文昭
    セッションID: 836
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    気象庁の観測データを使って,過去100年間の日本の暑夏に対する年々の気候偏差と長期的気候変動の寄与を評価した.各年の夏の暑さを示すため,いくつかの気温指数を定義した.各指数の時系列を,年々変動成分と時間的に平滑化した成分に分け,後者を非都市成分と都市成分に分けた.結果によると,非都市長期成分は1990年代以降に増加し,これはほぼ地球温暖化によると考えられるが,PDOとENSOに関連する年~数十年スケールの気温変動も示唆される.また,都市の昇温は1960年代から顕在化したが近年は鈍化している.2024年の記録的な暑夏においては,大都市では年々変動成分・非都市長期成分・都市成分がいずれも1℃程度の値を持つことが示された.

  • 矢ケ﨑 典隆
    セッションID: 611
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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     アメリカ西部におけるテンサイ糖産業の発展と西部開拓の進行については、すでにその概要を公表した。また、2024年3月の日本地理学会春季学術大会(於青山学院大学)では、コロラド、ユタ、アイダホ、カリフォルニアについて、資本、製糖工場、原料調達、労働力に着目して、テンサイ糖生産地域の特徴と地域性を論じた。19世紀末から20世紀前半にかけて繁栄したテンサイ糖生産地域は、その後どのように変化したのだろうか。そして製糖業は、今日、どのように記録され記憶されているのだろうか。

     アメリカ合衆国では、USDA資料によると、総計170か所のテンサイ糖工場が設立された。そのうち、カリフォルニアには24工場、コロラドには22工場、ユタには19工場、アイダホには11工場があった。これらの76工場とカンザスの1工場を含めて、77工場の場所を現地調査し、操業状況、工場廃墟、工場記念碑、跡地利用などを明らかにした。コロラドについては、サウスプラット川流域を対象として、テンサイ糖産業の地域的特徴と砂糖工場の廃墟についてすでに検討済である。そこで本発表では、ユタとアイダホ、そしてカリフォルニアを中心に報告する。

     1934年砂糖法は、生産割当、関税、価格保証金などの保護措置を組み合わせることにより、砂糖の壊滅的な低価格を抑え、国内産業の維持に貢献した。しかし、連邦政府は1974年に砂糖法を更新しなかったため、砂糖をめぐる保護政策は打ち切られ、その結果、競争力の弱いテンサイ糖産業は崩壊への道を歩んだ。ただし、テンサイ糖産業が完全に消滅したわけではない。2022年農業センサスによると、テンサイ栽培面積は合計116万エーカーで、サトウキビ栽培面積(91万エーカー)を上回る。テンサイ生産量を州別にみると、ミネソタ (35.9%)、アイダホ (19.91%)、ノースダコタ (18.6%)、ミシガン (12.4%) の順である。20世紀前半にテンサイ糖産業を主導した西部4州のうち、アイダホのみが現在でも主要な生産州の地位を維持している。一方、コロラド、ユタ、カリフォルニアでは、ほとんどの製糖工場が閉鎖された。廃業した製糖工場の現況をみると、その痕跡を認めることのできない消滅工場の事例、工場施設がそのまま廃墟として残り、あるいは施設が他の目的に転用された事例、また、記念碑が製糖工場の存在を記憶する事例など、さまざまである。景観に記録・記憶される砂糖の遺産には地域性が認められる。

     コロラドでは、コロラド川流域、サウスプラット川流域、アーカンザス川流域に製糖工場が建設された。製糖の痕跡を認めることができなった消滅工場は11か所、工場廃墟(施設の再利用を含む)が8か所である。サウスプラット川流域のフォートモーガン工場では、テンサイ生産者の農業協同組合組織によって砂糖生産が続けられている。

     ユタとアイダホのテンサイ糖産業を支配したのはモルモン教会であり、モルモン資本によるユタアイダホシュガーカンパニーとアマルガメイテッドシュガーカンパニーであった。今日、ユタには操業を続ける製糖工場は存在しない。消滅工場は12か所、工場廃墟(施設の再利用を含む)は6か所である。一方、アイダホでは、スネーク川流域に製糖工場が建設され、現在でも3工場が操業する。上流部には4工場の廃墟があり、これらを含めて、工場廃墟は5か所である。また、3工場が消滅した。アイダホは現在でも第2位のテンサイ栽培州である。

     メキシコ国境に近いインペリアルバレーのブロウリーには、州で唯一の製糖工場が操業する。一方、15か所の製糖工場が消滅し、それらの痕跡を認めることはできない。4か所では工場跡が廃墟として存在する。また、製糖工場の存在が記念碑として残されているのは3か所である。サンフランシスコ湾岸地域のアルバラド(現ユニオンシティ)にはこの国で最初の成功したテンサイ糖工場が建設されたが、都市化の進行に伴い、敷地では郊外住宅地開発が行われ、今日、記念碑が製糖業の歴史を記録する。一方、州北部のハミルトンシティや中部沿岸のベテレービアのように、都市化の影響が少ない地域では、製糖工場が廃墟として残存する。

  • 西村 智博
    セッションID: S304
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

     「ハザードマップ」とは、一般に「自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で、被災想定区域や避難場所・避難経路などの防災関係施設の位置などを表示した地図」とされている。

     ハザードマップを作成するためには、その地域の土地の成り立ちや災害の素因となる地形・地盤の特徴、過去の災害履歴、避難場所・避難経路などの防災地理情報が必要となる。一方で、各地で発生する多種多様な災害を一枚の地図の上で要領よく表現することは非常に難しく、作成過程で様々に情報の取捨選択が行われている。

     ここでは、ハザードマップの作成を手掛ける防災コンサルタントの立場から、その作成過程、有用性、課題について述べる。

    2. 災害種別ごとのハザードマップの作成

     わが国では、数多くの災害の素因が存在し、多種多様な災害が発生する。これらの主要なものについては、法令に基づいてハザードマップが整備されている。

     国や地方自治体は災害対策基本法により防災計画の作成が求められているが、災害規模の想定にあたりハザードマップを必要としている。

     一般的に、災害種別ごとのハザードマップは以下の手順で作成される。

     ①国や都道府県等が作成を立案・計画

     ②建設コンサルやシンクタンクが調査・評価を実施

     ③委員会による審議

     ④国や都道府県等が成果をとりまとめて公表

     委員会には、理学(地震学、地質学等)、工学(建築学、土木工学等)、社会科学(防災学、経済学等)といった有識者のほか、行政機関の防災関係者が参加していることが多い。

    3. 市町村ハザードマップの作成

     市町村は、災害対策基本法によりハザードマップの作成・公表の努力義務が課せられていることから、国や都道府県が実施した災害種別ごとのハザードマップを参考に、各自治体に必要な情報を抽出・取捨選択・付加して独自のハザードマップを作成している。

     近年は住民等から災害情報に関する要望が増加しているため、「風水害編」「地震災害編」「火山噴火編」などに分けて作成されていることもある。

     市町村ハザードマップには、各種災害の被害予測に加えて、以下のような情報が付加されているものが多い。

     ①避難場所・避難所・避難路 ②避難の心がまえ

     ③災害情報の入手方法 ④緊急連絡先一覧

     ⑤防災備蓄品一覧

    4. ハザードマップの有用性と課題

     ハザードマップは、今後発生しうる災害の被害を予め予測して図に示したものであるため、平時から内容を十分に理解しておけば、いざというときに非常に有用である。一方、以下のような課題があり、利用にあたっては留意が必要である。

     ①一定の前提条件の下で被害想定が行われている

     ②被害想定の対象エリアが限定されている

     ③マップの作成過程で情報が取捨選択されている

     ④複合災害については十分に考慮されていない

     ⑤地図が読めることを前提として作成されている

     近年では、インターネットを通じてハザードマップが公開されており、災害予測結果と地形や土地利用情報など多種多様な情報と重ね合わせて閲覧できるようになってきている。一方で、サイトの利用方法や各種地図の見方が分からないなど、一般市民にとってハザードマップはまだまだ馴染みがある状況とは言えず、橋渡し役として、地理学に携わる人々が果たすべき役割は大きい。

  • ―高等学校地理探究における中国地誌を事例に―
    首藤 慧真
    セッションID: 315
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに 次期学習指導要領における地誌学習の在り方に関する議論が,今まさに進みつつある(田部ほか,2022,田部,2024)。これらの議論では,地理学の最新のフィールド研究の成果を踏まえた報告,現行の学習指導要領下における教科書分析,動態地誌や比較地誌による授業実践,小中高一貫カリキュラムを視点とした各校種における授業の在り方などが話題の中心である。 一方で,大矢(2023)は,「これまで地誌学習において,カリキュラム作成者や授業者によって恣意的・主観的に設定された「地域性」や「地域的特色」を子どもに無批判にとらえさせる危険性」を指摘し,「子どもたちが地理的概念に基づきながら,地域像を吟味・批判したり,新しい地域像を状況に応じて作り出したりすることのできる地誌学習のあり方」を提案している(社会構成主義アプローチに基づく地誌学習)。また,池(2023)は,地域的特色を把握する方法として,客観的・科学的データに基づきつつも,地域像を生徒自らが自由に描けるような構成主義的な学習を進めることが,今後の地誌学習に求められる課題であると指摘している。永田(2024)は,州ごとに整理された学びを固定化しすぎることの危うさを指摘し,世界や社会の理解はあくまでも暫定的な整理の中で進めていることを授業者自身が改めて自覚的であるべきだと述べている。 このように,地誌学習では,授業者が扱おうとする地域の地域区分や地域的特色も,無自覚のうちに授業者によるレンズを通して見ていることを自覚したうえで,生徒たちにも地域をメタ的な視点でとらえさせる授業の在り方が求められている。 「認知された空間」として地域をとらえる地誌学習阪上(2019)は,ドイツの地誌学習において重視される4つの空間概念(「コンテナとしての空間」,「関係空間」,「認知された空間」,「作られた空間」)と,それらを学ぶドイツ地理教科書の単元分析を行っている。本研究では,これらの空間概念を活用して中華人民共和国を学習し,上述の課題を乗り越えるための,新たな地誌学習のアプローチを提案する。授業では,次の①~⑤の流れに沿って実施した。①中国に対する生徒たちの既有のイメージをFormsに入力させ,その結果をAIテキストマイニングを用いて可視化し,その特徴や傾向性(「認知された空間」としての中国)を共有する。②テキストマイニングの結果にあらわれていない事象(主に「コンテナとしての空間」としての中国)を資料集から読み取らせ,その内容を①と同様にFormsに入力させ,テキストマイニングによって可視化する。③中国が中華人民共和国という近代国家による“社会的に作られた境界”に基づく区分であることを確認する。④上記①・②で作成したワードクラウド(単語の出現頻度を可視化したグラフ)中の単語を,中華人民共和国という国家の枠組みがあるゆえに生み出されたものか,本来この地域が持つ環境や条件によって生み出されたものか,あるいはその両方によるものかを3色で分類させる。⑤分類した結果とその理由をグループ内・クラス内で共有する。 地誌学習への新たなアプローチ②では,生徒たちが資料集を読み込み,追加の情報収集を行いながら個別的知識を獲得する主体的な学びの姿が見られた。④では,系統地理で学んだ学習事項を活用しながら,中国の地域的特色とその成立背景を,それぞれの生徒の考察結果に基づいて説明する姿が見られた。また,そのとらえには多様性があることを,⑤を通じて生徒たちはメタ的に理解していた。本研究では,生徒が獲得する知識の質を担保しつつ,授業者による一面的な「地域的特色」を生徒に注入する可能性を回避し,地域像を生徒自らが描く構成主義的な学習が,主体的・対話的で深い学びにつながり,従来の静態・動態・比較地誌いずれの方法論とも異なる地誌学習の新たなアプローチとなり得ることが示唆された。

  • 桜井 愛子
    セッションID: S302
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1. 日本の学校防災をめぐる最新動向

     日本の学校防災は、学校保健安全法に基づき「学校安全の推進に関する計画」を通じて推進され、現在第3次計画期(2022〜2026年度)にある。文部科学省の有識者会合では、学校安全を学校経営方針の柱に位置づけ、防災計画を学校運営協議会等で共有し、地域と連携体制を構築する方策が議論されている。学校は災害時に児童生徒の避難対応だけでなく地域の避難所ともなることから、事前に災害対応や避難先を学校と地域で合意形成する重要性が指摘される。

     2024年11月2日、石巻市で市の総合防災訓練が行われ、全市立学校が地域と連携して参加した。地震発生と津波警報を想定したこの訓練では、シェイクアウト訓練や避難所開設訓練が実施された。しかし、訓練が行われない地域の子どもたちは学校で防災授業に参加する形となり、地域訓練との連携には課題が見られた。この事例は、学校と地域の連携強化が必要であることを示している。

    2. インドネシアにおける学校防災体制の整備

     2024年は、2004年インド洋大津波から20周年の節目であり、この間インドネシアの防災体制は大きく進展した。2007年に災害管理法が成立し、2008年には国家防災庁(BNPB)が設立された。2019年には教育文化省が「防災教育ユニットプログラム(SPAB)」を発表し、災害リスクの高い学校の防災力強化やインフラ整備を進めた。BNPB開発のWebGIS「InaRisk」を活用してリスク評価を行い、ハザードごとの避難経路策定や学期ごとの避難訓練が進められている。また、SPAB推進に向けたロードマップ(2020-2024)が策定され、ファシリテーター研修も実施された。

     しかし、2024年11月〜12月に実施した調査では、バンダ・アチェ市沿岸部の学校に避難経路表示がない、校長が津波浸水高を理解していないなど、津波避難の実効性に課題がある状況が確認された。

    3. 課題

    実効性の高い学校防災の実現には、学校周辺の災害リスクを踏まえた避難計画の検討が不可欠である。日本では地理院地図やハザードマップ等が公開されているが、これを学校で活用できる教員は限られている。教員の地図リテラシー向上は、国際的にも学校防災を支える重要な課題である。

    引用文献

    Sakurai, A., Bisri, MBF, et al. (2018) Exploring Minimum Essentials for Sustainable School Disaster Preparedness: A Case of Elementary Schools in Banda Aceh City, Indonesia. International Journal of Disaster Risk Reduction, 29, 73-83.

  • 田代 豪, 小寺 浩二
    セッションID: P069
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     佐賀平野は干拓により作られた平野で市街地、郊外に関係なくクリークが網目状に発達している。農業用水の確保と低平地により有明海への排水が困難であったため、用水路かつ貯水池、排水路としてクリークは発達した。これまで、大串和起ほか(2006)では佐賀平野西部(白石平野)の、水田一枝(2003)や濱田康治ほか(2008)では有明海沿岸クリークの水質調査が実施された。これらの研究から20年前後が経過し、その間に導水路の整備、都市化の進行など環境も大きく変化しており、佐賀平野の河川、クリーク(幹線、集落内)の水質調査を実施し、現在における佐賀平野の水環境の特徴を考察する。

    Ⅱ 対象地域

     佐賀平野(筑後川の下流域に広がる筑紫平野の内、筑後川より西から塩田川までの地域)を広範に対象地域とし、筑後川、嘉瀬川、六角川の各水系の主な河川、幹線クリーク(国営や県営等の主要水路)、集落内クリークを調査対象とした。

    Ⅲ 研究方法

     2024年6月から11月まで毎月調査を実施した。現地では気温、水温、電気伝導度(EC)、COD、pH及びRpH、溶存酸素量(DO)、透視度を測定し採水した。自宅では濁度、アンモニウム、亜硝酸、全窒素、全リンを測定した。研究室ではTOCおよびイオンクロマトグラフを使用して主要溶存成分の分析を行い、調査結果に基づきGIS等を用いて空間分布や時間変動の特徴を確認した。

    Ⅳ 結果・考察

     主項目(EC、COD、TOC)の中央値で空間分布図を作成し確認した(図1)。佐賀平野西部地域(白石平野)で幹線Cr、集落内Cr、河川ともにEC、COD、TOCが高い。特にSR1は幹線Crであるにも関わらず3項目とも高く、農業用水としての課題を示唆している。佐賀平野中部地域及び東部地域は上流部の河川で測定値は低く下流部で高くなる。河口に近い地点では河口堰の開閉により潮の影響を受けECの変動は激しい。幹線Crと集落内Crの比較ではSR1のように極端な地点を除けば、CODでは大きな差は見られないがECでは集落内Crがやや高く汚濁傾向にあると言える。全体的な傾向としては中部地域、東部地域、西部地域の順に汚濁が進んでいると言える。

     アンモニウムイオン、亜硝酸イオンは平均値(2024年9月~11月)で空間分布図を作成し確認した(図2)。主項目で汚濁が進んでいた西部地域は中部、東部に比べ低い傾向にあり、都市排水の流入は少ないことが窺える。クリークではアンモニウム、亜硝酸ともに低い傾向があるが幹線CrのSA11はいずれも高く、追加調査により要因を明らかにしたい。

    Ⅴ おわりに

     先行研究においても佐賀平野西部地域の水質汚濁が問題であった。以前に比べ数値改善はなされているが、本研究においても他地域に比べ数値が高く、依然として佐賀平野西部地域の水環境に課題があることが示唆された。

    参 考 文 献

    大串和紀,弓削こずえ,中野芳輔(2007):白石平野の水事情とクリーク水質についての考察.九州大学大学院農学研究院学芸雑誌,62-1,p69-81

  • 田中 健作
    セッションID: S804
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.都市における移動手段の多様化・統合とモビリティ

     現代の都市の整備目標として,人が生活を豊かにするための活動へのアクセスの確保があげられる。そこでは,アクセシビリティとともに,徒歩や自転車,その移動を支援する公共交通等を組み合わせた「モビリティ」(本報告では,フィジカルな空間の移動のしやすさとする)の向上も問題となる。移動やモビリティは,環境負荷の軽減,レジリエンス,インクルーシブ,健康といった都市整備のキーワードとも結びつくものである。

     日本では,情報通信技術の発展や規制緩和により,自動車や電動自転車等のシェアリングサービス自動車や電動自転車等が出現し,移動手段は多様化・細分化してきた。さらに,公共交通やシェアリングサービスといった「モビリティサービス」は,IoTやAIなどの新技術と結びつき,MaaSによってその利用アクセスが統合されるようになった。サイバー空間とフィジカル空間の融合が進展している。今日のモビリティは,個人の身体能力や所得,交通施設(交通用具を含む)の利用可能性だけでなく,サイバー空間の利用能力(アプリケーションへのアクセスなど,サイバー空間の移動のしやすさといえる)も加味する必要があろう。

     人間の基本的な移動手段である徒歩(車いす移動を含む)や自転車の利用を促すためのウォーカブルな道路への関心も高まっている。交通モードの細分化や分節化に対応するためには,シームレスな移動空間をつくり出すユニバーサルな交通結節点の整備も要となる。これら道路や交通結節点は,人々の過ごす「場」ともされる。歩行中や交通機関利用時も含め,移動経路自体も価値あるものとなっている。

     本報告では,こうした日本の(面としての)都市における移動手段の多様化・統合を踏まえつつ,都市における交通とモビリティに関わる地理学研究の可能性を検討したい。

    2.都市の交通とモビリティの地理学研究に向けて

     交通現象は地域の成り立ちと不可分の関係にある。交通地理学はこの点を意識してきた研究領域である。この点をより明確に示したものとして,都市地理学と交通地理学の境界部分に位置する都市交通地理学の概念的枠組み(小長谷,1990)が挙げられる。この枠組みは全体として都市構造と交通現象に関する「輸送」および「移動・行動(交通流動)」のとの関係が明確に示されている。時間的スキームと都市環境と関連した,交通様式,交通施設,都市構造,交通流動とその相互連結関係によって構成されている。この枠組みは記述あるいは計量といった研究手法の違いをこえて,「輸送」も「移動」も重要である現代の都市における交通現象を捉える道筋を与えている。都市構造と不可分の関係にある都市の交通問題もこの枠組みに関連付けることができるだろう。

     この枠組みからは,モビリティと直結する「輸送」「移動行動」「障害」,「輸送」や「移動行動」に作用する交通施設・サービスの整備と関わる「政治」「行政」,都市構造に関わる「都市」「都市機能」の研究(者)の学界内の連携可能性が見出される。さらには,モビリティに関する研究課題も見出される。例えば,都市環境と移動者との相互作用である,移動者の「経験としての移動行動とその認知」や(特に高齢者や子育て世帯,障害者,貧困層の)「生活交通問題」と「モビリティ」の関係である。これらは,「交通様式・交通施設・都市構造・交通流動」の一体的な検討を要請する。こうした研究の遂行は,都市内の機能的結合のプロセスや都市における人々の生活の質や幸福度,すなわち都市の姿の理解を深める可能性をもっていると考えられる。

    【参考文献】小長谷一之(1990):都市交通地理学の研究動向-都市構造と交通流動との関係を中心として-,人文地理42(1), 25-49.

  • 松岡 憲知
    セッションID: 935
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    淘汰構造土は周氷河地域を代表する地形景観であり,地球上さらには火星表面で数多く記載されている。しかし,その形成条件に関する統一的な理解は不十分である。本研究では,文献および各地での現地調査に基づいて,淘汰構造土の分布・形態・形成プロセスについて統一的な整理を試みる。世界63地点の現成淘汰構造土を対象に,位置(経緯度・標高),向き,傾斜,形状,大きさ(条線土の幅,円形土の直径),淘汰深度,土層厚,卓越礫径,地質,年平均気温(MAAT),凍結・融解深度,凍結・融解頻度,凍上量,霜柱の長さ等のデータを抽出し,各種の分析を行った。その結果を最近の理論・実験・観測に基づく構造土形成プロセスに照合して考察する。

     構造土は大きさの点からS(<0.3m),M(0.3~2m),L(>2m)に区分される。S型は亜南極島嶼,熱帯~中緯度高山に多く,M型は中・高緯度に広く存在し,L型は北半球の中緯度の高所と高緯度で見られる。年平均気温との関係でみると,L–M型の境界はMAAT=−5℃付近(寒冷/温暖永久凍土帯の境界)にあり,M型はMAAT=−5~+5℃(温暖永久凍土~季節凍土帯)の地域,S型は永久凍土を欠き日周性凍土の卓越する地域に多い。以上より,L型は二方向凍結の発生する永久凍土帯で密度逆転による活動層全体の対流,M型は季節凍結層の比較的浅部にアイスレンズが集中する条件下での地中礫の差別凍上,S型は頻発する霜柱による地表礫の分散・集中が主要なプロセスであると考えられる。

     泥質の風化層を形成する岩石,ティルや火山灰が被覆する地盤で形成されやすい。平均すると幅(直径)は淘汰深度の約3.6倍である。これは,S型は層厚5cm程度の細粒土で形成されうるが,M型の形成には少なくとも層厚8~50cm,L型の形成には層厚50cmを超える細粒土が必要であることを示唆する。また,粗粒部の卓越礫径は幅(直径)の1/10程度であり,とくにS型条線土では幅の1/2を超える礫があると縞模様が途切れる傾向がある。これより,霜柱は径3cm程度の礫までは横に排出しながらS型の形成を進めるが,径5~10cm以上の礫が多いとS型の形成は抑制される(礫をよけて土が移動する)といえる。

  • リンジャニ・ロンボクジオパークを事例に
    松木 駿也
    セッションID: 419
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.災害経験のインターローカルな共有

     ジオパークにおいて,自然災害の伝承は重要なテーマの一つと位置付けられている。日本の島原半島ジオパークなどでは被災経験に関する「語り」もまたジオパークの重要な構成要素であり,過去の災害経験や対応実践,教訓のインターローカルな共有が求められる一方で,防災・減災に関する国際的な交流は進んでいるとは言えない状況にある。インターローカリティとは,被災経験や教訓をローカリティ(過去の被災地)から別のローカリティ(未来の被災地)へ再具現化・再文脈化することであり,ジオパーク間のネットワーク構築を理念とするジオパークが果たす役割も期待される。本発表では,インドネシアのリンジャニ・ロンボクジオパーク(以下,ロンボクジオパーク)を事例として,「ジオツアーガイド」が自然災害をいかに語るのか,さらに,2023年から開始している防災・減災に関する国際連携の展開可能性を検討する。

    2.ジオツアーガイドの自然災害の語り

     インドネシア・ロンボク島は,2018年7~8月にかけてマグニチュード6.0を超える大地震を複数回経験した。しかし,ジオツアーガイドが被災経験を語ることはないという。ガイドによれば「トラウマを抱えていることを隠したいから」話さないのだという。また,インドネシアのツアーガイドは国家による認証を要する「専門職」であり,経済的利益を志向していることも関係しているだろう。一方で,歴史上の噴火災害については伝説やスピリチュアルな話も併せて語り,最新の防災対策技術についても語る。

     ロンボクのジオツアーガイドは,専門職として「プロフェッショナル」であり,地質学的解説に技術,文化,神話・伝説など様々な要素を相互に連関させた語りをしている。こうしたガイドの在り方から,日本の高齢者ボランティアを中心としたガイドが学べることは多い。一方で,災害伝承という観点から見れば,被災経験を積極的に語る日本の被災地ジオパークの事例から学べることもある。国際的なジオパーク間連携を通じて,相互交流や情報交換を行うことでインターローカルに双方が学びあうことが可能になる。

    3.防災・減災分野におけるジオパーク間連携

     ロンボクジオパークは,2022年から阿蘇,ダクノン(ベトナム),チェジュ(韓国)の4つのジオパークとともに「溶岩洞窟ワーキンググループ」を開始した。これを契機に,2023年9月,ともに地震災害を経験しているロンボクジオパークと阿蘇ジオパークの間で,MOU(Memorandum of Understanding/了解覚書)が締結された。両ジオパークの事務局長はSNS(WhatsApp)を用いて連絡を取り合い,双方が開発した教材を交換したり,web会議システム(zoom)を用いたオンラインシンポジウムを開催したりしている。

     こうしたインターローカルな交流ができるようになった要因は何か。1つ目は,MOUという連携方法である。他のジオパークとの連携の際,日本のジオパークはこれまで「姉妹提携」を結んできたが,インドネシアではMOUが一般的であるという。MOUは事務局レベルで締結されるため意思決定が早い。2つ目は,WhatsAppやzoomといった情報通信システムの活用によって,迅速なコミュニケーションが可能になり,遠隔性を克服している。

     ジオパークという地球科学的プログラムを介して語りや在来知と科学知が融合されることで,災害経験・教訓はインタージェネレーショナル(世代間)だけでなく,インターローカルに(国際的にも)共有可能な「文化資源」となることが期待される。

  • 潘 毅, 森本 健弘, 一ノ瀬 俊明
    セッションID: P017
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    都市拡張,ヒートアイランド,都市人口推測など,都市に関する分析には,建物データが必須となる。建物データは政府,OpenStreetMap,またはその他のデータ集から入手する。一方,特に発展途上国では,建物データが足りないという問題に直面する。

    本研究の目的は機械学習の新技術Samgeoによる建物データ取得の利点と欠点を,Sentinel衛星からの建物データ取得の場合と比較して明らかにすることである。

    結果としては,Samgeoを用いてGoogle mapを分割した建物ベクトルデータは,衛星データを用いて抽出した建物よりも明らかに精度が高く見える。建物自体の形状を一定程度表現できている。しかし,GPUの制約で,Samgeoは広い範囲に応用が難しい。

  • 井田 仁康
    セッションID: S110
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.日本地理学会設立前の地理学と地理教育との関係 学校教育で地理が始められるのは、1872年からであり、同年9月には『小学教則』が定められ、地理教育の内容が規定された。そのため、教師を養成するための師範学校などでも地理学が重視された。専門の地理学者の養成に先んじて、地理学が教員養成とのかかわりで師範学校において開講されたいたことを鑑みれば、地理学と地理教育との関連は強いということができよう。日本地理学会設立以前から、地理学と地理教育との関係は強く、地理教育者からも地理学研究や他の分野で活躍する人々がみられたのである。地理教育は、学習内容としては地理学の成果や地理学の観点によりながら、教育学、心理学などの成果による子どもの学習能力の発展性などをふまえて展開される。学校教育の地理は、長く暗記科目と批判されてきたが、他方で、1880年代にはペスタロッチ主義の教育に基づいた、子どもによる観察と体験を基調にした実物直観の教授法が強調され、さらに明治中期以降「地人相関」などの地理学の研究成果が小学校の「地理」の授業に組み込まれた。このように、地理教育は大正期から昭和初期にかけて、地理学研究を反映した学習内容においても、教育学的な学習方法(教授法)においても大きな変革期となり、両者が絡み合いながら大きな変革を遂げたのである。

    2.地理教育における日本地理学会の役割 第二次世界大戦後、地理の学習内容は、社会科に含まれるが、高等学校では「人文地理」が科目として存在した。こうしたなか、1958年改訂予定の学習指導要領では、高等学校の「人文地理」の単位数が削減されるとの情報を得て、日本地理学会では、学習指導要領の改訂にともない要望書をだし、文部省などに地理の単位数を減らさないように強く陳情し、1958・60年公示の学校学習指導要領では地理の選択科目として単位数の減少はほぼなかった。地理だけでなく、学校教育に大きな変革をもたらしたのが、1989年の学習指導要領の改訂である。高等学校では社会科が解体し、地理歴史科として地理Aと、地理Bの2科目が設定され、知識の習得だけでなく、地理的な見方・考え方の育成が目指されていたが、いずれの科目も選択科目であった。日本地理学会では、地理を世界史と同等に扱うことを強く要望していたが受け入れられなかった。日本地理学会が地理教育の課題で組織的な取り組みを始めたのは1983年の地理教育の歩み刊行委員会からであり、地理が高等学校の必履修科目から外れたことなどから、ロビー活動などさらなる組織的な取り組みが必要という見解から常設の地理教育専門員会が設けられたのは1998年のことであった。地理教育専門委員会では、高校生などを対象とした地理的知識の調査を2005年、2008年、2014年を行い、高校生の日本や世界の基礎的知識が十分でないことを指摘した。こうした調査に加え、諸外国の地理教育の研究に基づき日本で地理教育を推進する国際的意義を明確にしたうえで、学術会議地理教育分科会の学校地理教育小委員会と共同で「地理基礎」の学習内容案を作成し、2011年の提言に反映させてきた。日本地理学会としても高等学校での地理の必履修化については強くサポートし、2010年には日本地理学会が主導して地理学関連団体で高等学校における地理歴史科の履修形態の改善に関する要請を文部科学大臣宛に作成し、陳情した。さらには、2014年には高等学校地理教育検討タクスフォースを立ち上げ、地理の必履修化に向けた折衝を歴史関係者や文部科学省と行い、地理の必履修化実現のための推進役となった。

    3.日本地理学会における地理教育の意義と展望 日本地理学会には、地理学研究者のみならず、初等、中等教育の地理教員、官公庁・民間の地理および地理教育関係者から構成され、他の学会ではみられない専門学問と学校教育との強い連携ができている。こうした日本地理学会は、持続可能な社会、Well-beingの達成において必要不可欠な地理教育を推進できる学術団体として今後も期待できよう。

  • 森田 匡俊, 大呂 興平, 小池 則満, 石川 慶一郎, 服部 亜由未, 岡本 耕平
    セッションID: P057
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究では,施設規模をはじめ,異なるタイプの宿泊施設が立地する大分県別府市を対象地域とし,主に市中心部の津波想定浸水エリア内に立地する施設の津波避難対策について訪問アンケート調査を実施した.調査結果から,対策にどのような差異が生じているのかを把握し,宿泊施設における津波避難対策の課題について考察する.

  • 手代木 功基, 吉田 圭一郎, 山科 千里, 濱 侃
    セッションID: 711
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

    温暖化をはじめとする気候変化に起因して各地で植生変化が生じており,その動態解明は焦眉の急である.他方,日本の高山域における気候変化と植生動態の関係は十分に明らかになっておらず,植生変化のプロセスや,規定要因等を明らかにしていく必要がある.富士山の北西斜面にある七太郎尾根は,約25年前に植生調査が行われ,樹木限界付近にはカラマツを主な構成種とするパッチが点在していることが明らかになっている(Oka and Kanno 2012).本研究は,同一地域を対象として高精細な地表面・植生情報を取得・解析し,新旧の植生調査結果を援用することで,富士山北西斜面の樹木限界の規定要因を検討する.

    方法

    七太郎尾根の標高2,650mから3,000mにかけての斜面で,2024年9月に現地調査を実施した.調査では尾根上に調査区を設定し,出現したカラマツの樹高や周辺の出現種などを記載した.また,同時期にUAVによる高精細地表面・植生情報の取得も行った.具体的には,UAV‐LiDARで3次元点群データを取得し,植生を除去した数値地形モデル(DTM)などを作成した.また,別途撮影したマルチスペクトル画像からオルソモザイク画像を作成し,正規化植生指数(NDVI)を算出した.

    結果と考察

    調査地では,標高2,710m付近に位置する森林限界よりも上部において,標高が高くなるほどNDVIが小さくなるという明瞭な関係が認められた.また,森林限界よりも上部の植生はパッチ状に点在しており,最も高い場所に成立するカラマツのパッチは標高2,950mにみられた.先行研究と比較すると,25年間で50m上昇していることが明らかとなった.植生のパッチは,周氷河作用に起因する微地形と対応していた.植被と微地形の関係を,DTMから算出した傾斜とNDVIから検討した結果,傾斜が大きい場所にパッチが分布する傾向が認められ,階状土の急傾斜部に植生が生育していることが示された.樹木限界付近に分布する階状土は標高2,950mよりも上部においては形態が不明瞭となるため,こうした微地形の分布や有無が,今後の七太郎尾根の植生動態を規定すると考えられる.

  • タイ北部における地域比較
    中井 信介, 池谷 和信
    セッションID: 635
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1 はじめに

     国家の特定の地域内において、いくつかの民族がすみ分けて暮らす状況、いわゆる多民族の共存状況も、過去の履歴をたどると、何らかの形成過程を確認することができる。また、フィールド調査で観察できる現在の地域の状況も、動的に変容しつつある過程の、一断面を確認している。いわゆる環境史と呼ばれる研究群も、このような視点から把握できる(cf. 池谷編2009)。

     例えば東南アジアの大陸部では、盆地にタイ族やラオ族あるいはビルマ族など、過去に王国を形成し、現代では近代国家を構成する主要民族である水田稲作民が暮らしてきた。そして、標高1000m程度の山地には、多様な少数民族が焼畑農耕や狩猟採集をして暮らしてきた。これらの民族の生業は、それぞれの変容過程にある。

     本発表ではタイ北部の東側(ナーン県:ラオスと国境を接する)の事例から、地域における各民族の生業変容の状況を整理する。とくに移住とその後の定住化の影響に焦点を置いて検討する。また、西側(メーホンソーン県:ミャンマーと国境を接する)の状況整理を若干行い、生業変容をめぐるタイ北部の各民族の状況について、東と西の地域比較を試みる。

    2 結果と考察

     筆者がこれまで主な調査を行ってきた、タイ北部の東側に位置するナーン県(2013年に人口約48万人)は、盆地にはタイ系民族、山地にはモン(Hmong)族(2002年に人口約2.5万人)やミエン族やカム族が暮らしてきた地域である(中井2013、2025)。さらに狩猟採集を主な生業としてきたムラブリ族(2010年に人口約350人:隣のプレー県を含む)も暮らしてきた(Nakai and Ikeya 2021)。

     例えば、あるモン族の村(HY村:2005年に人口632人)では、2000年代以降の換金用トウモロコシ栽培において、近隣のムラブリ族を労働者として利用する集団が存在し、また収穫時にカム族を労働者として利用する事例が存在した。そしてカレン族は、キリスト教の教会関係者として、ごく少数(HY村には2006年に2名)が暮らしてきた。近隣のミエン族は、モン族より人口規模は小さいが、モン族とほぼ類似した生業を営んでいる。

     タイ北部の西側(メーホンソーン県)は盆地が少なく、タイ系民族よりも少数民族が多く暮らしている。山地には多くのカレン族が暮らし、あわせてモン族も暮らしてきた。しかし、ムラブリ族はメーホンソーン県での確認事例がない。東隣のチェンマイ県では1950年代の記録が最後で、以後はチェンマイ県より東側でのみ確認されてきた。

     現在のタイ北部の領内に、カレン族(チベット・ビルマ語系)は西側から移住して、18世紀後半に到着している。いっぽう、モン族(ミャオ語系)は東側から移住して、19世紀後半に到着している。21世紀の視点からみると、タイ北部地域の山地に存在した未利用の資源を、到着時期が約100年間異なる集団が、それぞれ定住化を進めながら利用してきたことになる。

    文献

    池谷和信編2009.『地球環境史からの問い ヒトと自然の共生とは何か』岩波書店.

    中井信介2013.自然資源利用と豚飼育 タイ北部の山地農村の事例から.池谷和信編『生き物文化の地理学』193-209.海青社.

    中井信介2025.『豚を飼う農耕民 タイにおけるモンの生業文化の動態をめぐる民族誌』明石書店.

    Nakai, S. and Ikeya, K. 2021. Mobility and the Continuity of the Relationship between Hunter-gatherers and Farmers in Thailand. Senri Ethnological Studies 106: 181-194.

  • 手代木 功基, 藤岡 悠一郎
    セッションID: S708
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

    日本の植生の大部分は,何らかの形で人びとの暮らしと関わって形成されている.植生と人間活動の関わりを検討するために,地理学では用途や機能に着目して植生を分類し,その利用や分布・変化などが検討されてきた.例えば防風林や農用林,薪炭林などに関する研究が行われてきた.こうした植生の一つに,食資源の採集の場として維持されてきた「採集林」がある.採集活動に着目した人文地理学的な研究はみられるが,採集活動によってつくられた植生の成立過程や立地環境に着目した研究は限られている.本研究では,滋賀県高島市朽木地域のトチノキ(Aesculus turbinata)の大径木がまとまって生育するトチノキ巨木林の成立を事例として,採集林を(植生)地理学が検討する意義を述べる.

    方法

    調査地は巨木林が分布する朽木地域の一集水域である.調査は,出現樹木の胸高直径の測定や地形計測などの自然地理学的な手法と,自然資源利用に関わる聞取りなどの人文地理学的な手法を組合せて実施し,成立に関わる諸要因を検討した.

    結果と考察

    調査対象地における植生・地形調査から,トチノキの巨木は谷底から一定の高さに生育していることが明らかとなった.また,トチノキの巨木は,小・中径木と比べて谷の上流部に分布が偏っていた.これらはいずれも大規模な地形撹乱を受けにくい場所であり,数百年の時間をかけて成長したトチノキは,こうした特定の立地環境で巨木林を形成していた.聞取り調査からは,トチノキは食用となる実の採集のために選択的に残されてきたことが明らかになった.また,トチノキは炭焼きに不向きな樹種であるため,周辺の山林が薪炭林として利用されてきたなかで伐採されない場合も多かった.実際に巨木林の周辺植生は,人為の影響を受けた二次林や人工林であった.結果をもとにトチノキ巨木林が成立する条件に着目すると,地形面の安定性などの自然環境要因とともに,実の採集のための選択的な保全や他樹種に対する定期的な撹乱といった地域住民の自然資源利用が影響していた.すなわち,採集林としてのトチノキ巨木林の成立には,採集活動に加えて環境条件や周辺植生の動態など複数の要因が関わっているといえる.

    おわりに

    世界的に巨木が減少している中で,採集活動のために残されてきた朽木地域のトチノキ巨木林は貴重な存在である.現在,朽木以外の地域にも採集林としてのトチノキ巨木林が複数残存していることが明らかになりつつある.採集林は,採集や伐採に関わるルールが設けられているなどの特徴がみられるため,環境要因や資源利用だけでなく,地域の社会制度などを含めて植生動態を考える必要がある.したがって採集林の成立を検討するためには,植生に関わる個別領域的な自然科学にとどまらない,領域俯瞰的な地理学によるアプローチが重要となる.

  • 谷貝 等
    セッションID: 513
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究は、時間地理学における最短時間パスの考え方を応用して, 人の移動の制約となる公共交通機関の運行サービス水準を計測する手法を検討し, 時系列および異なる交通機関間での公共交通機関の運行サービス水準を比較検討することを目的とする.

    任意の2地点間の移動時間はある時刻における鉄道・バス等の発車時刻までの待ち時間と乗車時間との和とし,運行サービス水準は1日の任意の時間帯における1分単位の移動時間の合計とする.

    時系列での比較計測として, 2011年の東日本大震災で被災した三陸地域の公共交通機関の復旧状況について計測した結果, 概ね復旧が完了した2015年時点の主要都市間の運行サービス水準を震災前時点と比較すると, 三陸地域の公共交通機関のサービス水準は, 概ね震災前の水準に回復していることが明らかとなった.

    東京オリンピック開催に向けて2020年に運行を開始した東京BRTと既存の交通機関との交通機関間の運行サービス水準を比較計測した結果, 東京BRT の主要区間である新橋~国際展示場間は既存路線バスより運行サービス水準が高く, 新交通システムや鉄道の乗継に匹敵する運行サービス水準を確保していることが明らかとなった.

  • 大西 健太
    セッションID: 405
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究は、地方におけるアニメ制作者の労働市場と地域間移動の実態を明らかにすることを目的とし、地方圏に立地するアニメ制作会社およびその従事者を対象に聞き取り調査とアンケート調査を実施した。調査結果から、地方のアニメ制作企業は設立から日が浅く、新人制作者が中心となっている一方で、熟練労働者は主に東京を経由していることが明らかとなった。また、地方企業の労働市場は地域内教育機関の卒業生や企業の採用戦略に大きく依存しており、東京における労働市場の優位性に対抗するための連携が進められている。さらに、地域間移動に関しては、進学、就職、転職に伴う移動の3つのパターンが確認され、特にUターンや地元への就職が多いことが特徴的である。

  • 浅田 晴久, 佐藤 孝宏, ヴァッタ カマル, 林田 佐智子, パトラ プラビル
    セッションID: 639
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.研究の背景 

     総合地球環境学研究所プロジェクト「大気浄化、公衆衛生および持続可能な農業を目指す学際研究」(通称Aakashプロジェクト、2020~2024年度)では、デリー首都圏(National Capital Region: NCR)を含む北インドの大気汚染と北西部パンジャーブ州の農業残渣物の焼却(以下、野焼き)、住民の健康被害などの関連を明らかにするとともに、新たな営農システムを提案することで野焼きを減らし、大気汚染を改善することを目的としている。 

     本プロジェクトの背景として、2010年代より北インドの大気汚染が問題となり、住民の生活や健康に大きな影響を及ぼすようになったことがある。大気汚染の原因は、工場の排煙や車の排気ガス、砂塵、気象条件、ディワーリーの祭りの花火などあるが、特に10-12月に大気汚染指数(AQI)が著しく高くなる原因として、この季節に近隣州で行われる野焼きとの関連が指摘されている。 

     インド北西部の半乾燥地帯に位置するパンジャーブ州は、1960年代半ばに始まった「緑の革命」以降、地下水を利用した稲とコムギの二毛作が普及し、今ではインド有数の穀倉地帯となった。9月末から11月中旬まで、稲の収穫後にすみやかにコムギを播種するため、耕地に残された残渣物が焼却処分され、大気汚染の原因物質が放出される。政府は、野焼きを止めるために、違反者からの罰金徴収、作物残渣処理機械の購入補助金の支給、代替作物の奨励などを進めている。2020年以降は野焼き件数が減少傾向にあるが、依然として大きな社会問題となっている。

    2.明らかになったこと 

     著者らはこれまで、2020年と2022年に実施した全州レベルの質問票調査を分析することで、パンジャーブ州の中でも、特に南部Malwa地方において、稲収穫からコムギの播種までに耕地で野焼きをする割合が高いことを明らかにした。これらの地域では、政府によって最低買取価格が保証されている稲とコムギの二毛作が特にさかんであり、両作物ともに生育に長期の日数を要する晩生種(PUSA-44)が好んで栽培されていることが判明した。このため、稲収穫からコムギ播種までの日数が極端に短くなり、残渣物の処理が困難になることが示唆された。 

     さらに、野焼きを行っている農家がどのような社会経済階層に属するのか、なぜ野焼きを続けているのかを明らかにするために、2023年秋に南部Moga県の一村落において、耕地経営を行っている全104世帯を対象に質問票調査を実施した。その結果、村ではすべての経済階層の農家が野焼きをしていることが分かった。ただし、野焼きをしない農家は、コムギの播種にHappy seederやSuper seederという新型の機械を使用しているのに対し、野焼きをする農家は旧型のZero till drillを使用しているという違いがみられた。新型機械を所有している大規模農家、レンタルして使用している小規模農家は野焼きをする比率が低いのに対して、新型機械を所有もレンタルもしない中規模農家で野焼きの比率が高いことが分かった。

    3.残された課題

     稲収穫後に使用される作物残渣処理機械に補助金を支給することで野焼きを減らすという政府の試みは一定の効果があることが確かめられた。ただし、機械のレンタル料金は高く、野焼きをする場合と比べて生産コストがかかる。稲とコムギの二毛作から農家が得られる収益がますます低下するため、小規模農家ほど農業を続けられなくなる恐れがある。また、たとえ野焼きが減っても、農家が稲作を続ける限り、地下水枯渇の問題は解決されない。

     2024年9-11月に軌道衛星観測からパンジャーブ州で確認された13:30における火災検知数は10,909件であった。これは2021年から2023年の観測値に比べて大幅な減少であった。しかし同時期のデリーの大気汚染は減るどころか、ピーク時のAQIは前年より悪化した。プロジェクトでは軌道衛星観測時刻の後、夕刻に行われた野焼きの影響も含め、大気汚染との関連の定量的把握も進めている。

  • 鈴木 勇人
    セッションID: 706
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ 背景と目的

    墓地は先祖祭祀を継続する場として法的,社会的に期待される施設である.一度墓地となった場所は,墓地としてその位置を占め続けることとなり,他の土地利用への転用の可能性は低い.また,経営主体は設置した墓地を継続して安定的に維持する必要があるため,墓地行政では墓地自体の構造規制,周辺環境を考慮した立地規制に加えて,経営主体の安定性や墓地の必要性を審査している.近年は一般墓が減少し使用期間に定めがある樹木葬や合葬墓が増加しているが,墓地そのものを維持し続ける必要性や空間の占有には変化はない.そのため,墓地の供給と立地の分析は重要な社会的課題である.墓地立地を巡っては,東京大都市圏内の1自治体を取り上げて民間部門の墓地立地を分析した研究や,東京23区全体に注目した立地の計量的な分析がなされてきた.一方で,墓地利用は必ずしも自治体内,東京特別区部内で完結するとは限らないため,墓地供給を分析するためにはより広域的なスケールでの立地分析が必要である.また,特に墓地供給が減少してきた2010年代以降を含む分析を通じて供給状況の変化と地域差を分析することが重要になる.

    Ⅱ 分析の方法

    以上から本発表では,東京大都市圏を対象に2000年代以降の民間部門(宗教法人,公益法人)の墓地供給と立地について地域差と変化を明らかにすることを目的とする.ここで,特に民間部門に着目する理由は,公共部門による墓地供給に比して規模が大きく,居住地や必要とする時期によらず,区画の利用が可能であるためである.民間部門の墓地の供給データは主として『霊園ガイド』誌を用いた.『霊園ガイド』誌は1986年から2022年まで,年3回刊行されており,首都圏の霊園,寺院墓地,納骨堂について,墓地の所在,規模,価格等を各墓地経営主体からの情報に基づき掲載する.本データは民間部門の墓地全てを網羅しているわけではなく,掲載墓地が比較的規模の大きい墓地に限られることなど一定の偏りが見られるなどの制約はあるが,現在一般に入手できる民間部門の墓地データとしては唯一のものである.本報告では,本誌のデータに基づいて各年の掲載墓地の立地変化,墓地の規模等の変化,利用可能な区画の変化,墓地価格等の変化について集計し分析する.そのうえで,東京大都市圏全体での民間部門墓地供給の変化を明らかにして考察する.

    Ⅲ 結果

    東京大都市圏の墓地の総区画数が増加する一方で,利用可能な区画(募集区画および空き区画の合計)は,2000年代初頭には約10万区画であったが,2022年には約4万区画まで減少している.また,区画の内訳では,経営主体の宗教法人の檀家や信徒となる必要のない「霊園」の割合が上昇している.立地に注目すると,利用可能な区画が特に郊外で増加している.具体的には,2000年代初頭には東京都心10~30km圏に多く分布する一方,2022年には都心から40km以上離れた地域が最も多い.区画使用料は寺院墓地では平均15万円程度減少する一方,宗教不問の墓地では10万円程度上昇した.区画数が増加している「霊園」で単位面積当たりの価格上昇が目立つ傾向にある.発表では,立地の空間的特性の詳細,他の価格要素や面積等の詳細な変化及び地域差に関する分析結果を示し,墓地開発の動向と併せて墓地供給の変化について議論する.

  • 鹿児島県の桜島を事例に
    宗 建郎, 菊川 結衣, 黒田 圭介
    セッションID: P059
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    防災教育で取り上げられる災害は、地域の防災意識や災害伝承について考える上で重要な指針となる。防災教育の現場で伝承される災害は、学んだ児童生徒の記憶に残るだけでなく、家庭で話し合われ、コミュニティに広がっていくことで、地域の防災意識形成にも関わってくる。そのためコミュニティスケールでの防災意識・災害伝承の地域性を明らかにするために、小学校での防災教育や郷土教育、総合的な学習の時間で取り扱われる災害と、その頻度を調査し、それぞれの災害伝承の時間的・空間的な広がりについて考察していくことが必要であると考える。そこで本研究は、事例が少ない火山災害に焦点を当て、地域による防災教育の違いを調査することで、火山地であることがもたらす防災教育への影響を明らかにすることを目的とする。鹿児島県鹿児島市にある桜島に関連した防災教育について鹿児島市が行っている取り組みをまとめた上で①鹿児島市立東桜島小学校②鹿児島市立原良小学校③鹿児島市立紫原小学校への聞き取りを行い、そこで取り組まれている防災教育や郷土教育、総合的な学習の時間で取り扱われる災害とその頻度を調査し、知識・実践の両面から分類して火山地であることが防災教育に与える影響を分析した。その結果以下の3点が指摘された。(1)実践を伴う防災教育においてはそれぞれの地域で頻度が高いと想定される災害が選択されており、桜島島外では火山災害の影響が見られない。(2)知識に関する防災教育においては桜島島外でも火山の取り扱いがある。(3)知識に関する防災教育においても地域差が見られる。

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