日本地理学会発表要旨集
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  • 有江 賢志朗, 田殿 武雄
    セッションID: 936
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    氷河の平衡線高度(ELA)は,氷河が形成されうる理論的高度を示すため,氷河モニタリングの重要なパラメータであると考えられているが,現地調査によるELAの観測事例は数百程度の氷河に限られている.König et al.(2000)は,フィルンと氷体における衛星搭載合成開口レーダ(SAR)の後方散乱係数の違いから,経年的なELA変化を表すフィルンライン高度(FLA)観測可能性を示唆した.しかしながら,長期間のアーカイブデータを用いたFLAの長期時系列変化を観測した事例はない.

    そこで本研究では,JAXAの衛星搭載L-Band SAR①:JERS-1(1992年~1998年),②:ALOS(2006年~2011年),③:ALOS-2(2014年~)の長期アーカイブデータを用いて,1990年代~現在のELA変化の観測を試みた.加えて,SARデータを使用したELA観測におけるL-Band SARとC-Band SAR(Sentinel-1)の違いについて検討した.対象氷河は,World Glacier Monitoring Service(WGMS)において長期間の実測ELAが記録されているアラスカ・Taku氷河,ヨーロッパアルプス・Kesselwandferner氷河である.

    2.手法

    冬期の氷河のSAR後方散乱係数は,積雪下のフィルン域で比較的高く,裸氷域では低くなる(例えばWinsvold et al., 2018).しかし,これらを分ける後方散乱係数の閾値は,SAR衛星・入射角・氷河によって異なることが予想される.本研究では,Taku氷河で幅200m,Kesselwandferne氷河で幅50mの帯状ポリゴン(図1:L1,2)領域におけるSAR後方散乱係数の高度プロファイルを求め,氷河上流部においてプロファイル勾配が大きく変化する高度をFLAと定義した.

    3.結果

    1990年代(JERS-1)と2020年代(ALOS-2)のSAR後方散乱係数の高度プロファイルを比較すると,プロファイル勾配が大きく変化する高度(FLA)が上昇していることが確認された(図2).図3にWGMS(2024)に記録されている実測ELAおよびSARデータから観測されたFLAを示す.衛星搭載SARデータによって観測されたFLAは,実測ELAの移動平均とほぼ一致していることが確認された.

    また,Taku氷河の帯状ポリゴンにおける,同パス・同時期のプロファイルの特徴を比較すると,L-Bandではプロファイルの形が同様である一方,C-Bandでは晩冬になるほど後方散乱係数が高くなる特徴が確認された(図4).

    4.考察

    JERS-1,ALOS,ALOS-2のSAR後方散乱係数の高度プロファイルすべてで,氷河上流にプロファイル勾配が大きく変化する高度が確認された.このことから,本手法では使用するL-Band SAR衛星に関わらずFLAを観測できることが示された.

    また,観測されたFLAが実測ELAの移動平均とほぼ一致していたことから,氷河により移動平均の年数は異なるが,FLAは複数年平均のELAを示していることが示唆された.

    さらに,L-Band SARでは,同パス・同時期のSAR後方散乱係数の高度プロファイルの特徴が同じであることから,冬期に一枚の画像が取得されていればFLA(複数年平均ELA)観測を行うことが可能であると考えられ,JAXAのSARデータによる広域および長期での観測が期待される.

    参考文献

    1)König, M., Winther, J.G., Knudsen, N.T. and Guneriussen, T., 2000: Equilibrium-and firn-line detection with multi-polarization SAR–first results. In Proc. Workshop EARSeL-Special Interest Group ‘Land Ice and Snow.

    2)Winsvold, S. H., Kääb, A., Nuth, C., Andreassen, L. M., van Pelt, W. J. J., and Schellenberger, T., 2018: Using SAR satellite data time series for regional glacier mapping, The Cryosphere, 12, 867–890.

    3)WGMS ,2024: Fluctuations of Glaciers Database. World Glacier Monitoring Service (WGMS), Zurich, Switzerland.

  • 植松 尚太, 堤 陸, 木村 紀喜, 黒田 圭介
    セッションID: P006
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 昨今,わが国ではモータリゼーションの進展や後継者不足等の理由で店舗の閉廃業が相次ぎ,空き家や空き地が増加している商店街がある。その一方で,溝尾・菅原(2000)が報告したように,資源化を目指して地域の歴史的景観の整備・保全を行うことで,商店街が活性化される事例も一部みることができる。このように,商店街を構成する店舗数の増減,店舗構成業種の変化,およびそれに伴う景観変化は,社会変化や地域住民の事情,行政の取り組みなど,複数の要因によって発生する。そのため,商店街(ハード面)の変化の要因を明らかにするためには,その影響に寄与したあらゆる人為的なソフト面を明らかにする必要であり,これが分かれば,例えば効果的な商店街活性化の立案に役立つと考えられる。そこで本研究では,熊本県山鹿市の豊前街道商店街における約100年間の店舗構成の変化を,約10年刻みで定量的に明らかにし,その変化に寄与したと考えられる要因を明らかにする。 2.研究方法2-1.研究対象地域概観:山鹿市は熊本県北部に位置し,豊前街道の温泉宿場町であるとともに,市南部を流れる菊池川による菊鹿盆地周辺の物資集積地として栄えた。この街道は熊本市新町を起点とし北九州市小倉に至り,江戸期には熊本藩主細川氏などの参勤交代に用いられた。また,山鹿市は歴史的建造物の維持により,歴史的風致を形成していることから,歴史まちづくり法による歴史的風致維持向上計画(以下,向上計画)の認定を受けている。山鹿市中心部は,重点区域のひとつである山鹿湯まち地区として歴史的建造物等の保存・活用がなされている。街道沿いには商店などが集積し,商店街を形成している。本研究では,街道に面した店舗や建物を研究対象とする。2-2.調査方法:明治末期から2024年現在までの店舗状況を,山鹿市郷土資料やゼンリン住宅地図,現地聞き取り調査によって調べ,その分布図及び店舗業種の経年変化を明らかにした。また,対象地域の振興に関わる取り組みはインターネット等で収集した。 3.結果・考察 商店街の店舗数や,対象地域の景観保全に関わる条例や取り組み,商店街に関係する出来事をまとめたものを図1に示す。なお,1937年については『鹿本郡全圖』を参照にしたが,詳細な地図が残っていないため,参考値としてとどめる。まず,商店街の店舗に関して言及すると,総店舗数は1955年の277店を頂点として減少傾向にあり,2005年には198店まで落ち込んだが,2016年から微増傾向となり2024年現在は203店まで回復している。業種別にみると,明治期には全体の半分を占めた小売業は,現在にかけて大きく減少し,約100年間で全体の約1/4となっている。サービス業に関しては,50店舗前後でこまやかな増減はあるもののほぼ一定である。住宅やオフィス,駐車場の数は,明治期から現在にかけて約4倍となっている。また,現在空き地・空き家は,全体の約1割を占めるに至っている。以上より,豊前街道商店街は,小売・サービス業を中心とした商店街から,オフィス,住宅地が混在するものへと変化しつつ,駐車場・空き地・空き家が商店街の空洞化を加速させている可能性がある。 次に, 商店街に関連する社会・環境変化を見てみると,1967年に国道が開通したことでモータリゼーションが進展し,1971年には大火を経験,1975年には近隣に商業施設の温泉プラザ山鹿がオープンしている(図1(1))。次に特に行政の関わりや条例等を見てみると,豊前街道商店街は1993年の熊本県景観条例による「景観形成地域」に指定後,地域住民によって店舗外観の修繕や保全が行われた(図1(3))。また,2009年より開始された向上計画の認定は,当時九州内では初であった(図1(7))。2018年からの再生事業により,外観修景に係る補助金助成が行われた(図1(8))。 以上をまとめると,豊前街道商店街は,行政による支援があまり行われていなかった1945年~1980年代においては,社会変化や大型店舗進出に伴い,特に小売業を中心として店舗数を大幅に減じ,住宅や空き家が急増した。その一方で,条例制定・補助金等が整備された1980年代後半から,住宅・オフィスの増加は落ち着き,飲食店をなどのサービス業は増加傾向へと転換した。以上より,行政支援や条例は,商店街の無秩序な開発や空洞化に対して一定の効果があると考えられる。

  • 長谷川 均, 佐々木 明彦, 泉 隆盛
    セッションID: 912
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    新潟県佐渡島の平根崎に分布する石灰岩質砂岩は付加体ではなく,現地成の冷水性炭酸塩堆積物である.これまで日本海側で海岸カルストが分布するという報告はなく,また日本では冷水性石灰質砂岩によるカルスト地形も報告されていない.平根崎はポットホールが分布する場所として天然記念物「平根崎の波蝕甌穴群」とされ国指定の文化財となっているが,日本における海岸カルストの模式地となりうる場所である.さらにこれらの地形が形成されているのは,日本の他地域のカルストで見られるような付加体石灰岩ではなく,現地成の冷水性炭酸塩堆積物でありこれが平根崎の海岸カルストの大きな特徴でもある.

  • 市町村へのアンケート調査の結果から
    植 遥一朗
    セッションID: 514
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

    高速道路は地方での産業の発展や,国土の均衡な発展を目的として,1963年の名神高速道路開通以降,国土の主軸から周縁部や大都市の環状線へと整備が進んでいる.高速道路が開通することによって沿線地域に与えられる影響について,2000年代半ばまでに多くの研究が蓄積されてきた.しかし,2000年代以降は,土木工学による経済効果の計量的な分析に移り,高速道路の開通によって沿線地域に具体的にどのような変化が起きたのか研究されていない.そこで,本研究は,2000年代以降の高速道路の開通によって,沿線地域にどのような影響が起きたのかを明らかにする.

    2.調査方法

    高速道路の開通による沿線地域への影響を明らかにするため,アンケート調査を実施した.調査は高規格幹線道路が2005年以降に開通した372市区町村の役場・役所の道路建設担当部署を対象とし,高規格幹線道路が開通した後の影響を質問し,187市町村から回答を得た.

    アンケート調査によって得られたデータについて,先行研究で報告されてきた地域への影響と比較し,影響の3大都市圏と非大都市圏,有料区間と無料区間での出現の傾向を分析した.

    3.アンケート調査結果

    アンケート調査の結果,道路交通の改善や人の往来の増加といった高速道路の直接的な効果を示す回答は42~49%と半数弱の市町村の回答があった.

    先行研究では,高速道路の開通を契機に産業が振興して,人口増加につながるとされてきたが,本研究のアンケート調査では,企業・産業が立地したという影響は,3大都市圏や非大都市圏の有料区間沿線で多い傾向で,32%に留まり,既存の産業が成長したという回答も7%に留まった.また,雇用については,当該地域で就業機会が増えたという回答の35%よりも,ほかの地域への通勤が容易になることによる就業機会の増加の影響の方が39%と多く回答された.さらに,定住人口減少の抑制や維持・増加につながったという回答は11%であり,産業・雇用・定住人口に対する影響は量的・地域的に限定的な結果となった.

    一方で,災害での高速道路の役割が58%,救急搬送の負担軽減・救命率向上の影響が52%と,先行研究では注目されてこなかった災害・救急に対する影響は,半数以上の市町村が回答しており,非大都市圏で多い傾向であった.

    4.考察

    先行研究で示されてきた高速道路の開通による沿線地域への影響と,本研究による調査結果とを比較すると,①アクセス性の改善といった高速道路の直接効果にあたる影響は依然として多くみられること,②一方で産業や人口に対する影響は限定的になっていること,③先行研究では注目されなかった防災や救急での役割が大きくなっていること,が示された.

    産業や人口に対する影響が,量的に少なくなり,地域的には大都市圏で多い傾向になっていることに関しては,日本全体で産業が成長局面から成熟局面へと変化して事業所の新規立地や生産増加が低調になっていること,高速道路の開通による時間短縮効果が逓減していること,高速道路の整備が国土の主軸から周縁部という産業が立地しにくい地域へ移行していることが要因として示唆される.

    災害に対する高速道路の役割は東日本大震災で大きく認識され,近年,社会的にも学術的にも注目されている.こうした災害や救急に対する高速道路の役割は,特に非大都市圏で,高速道路の重要な役割になっていることが明らかになった.

    5.おわりに

    先行研究では,高速道路の開通が沿線地域の産業振興に寄与し,それによって人口が増加するとされてきた.また,全国総合開発計画から国土形成計画に至る国土計画では,高速道路の役割として,交流を促進して地方圏において産業やイノベーションを生む役割,地方の一定の圏域で都市機能を集約して都市機能を維持する役割,災害対応の役割が示され,高速道路の整備によって国土の均衡な発展につながるとされてきた.

    しかし,現在では,高速道路によってすべての地域に産業振興の恩恵がもたらされるわけではない.非大都市圏を中心として,産業やイノベーションの創出にはつながりにくくなっており,経済面ではない災害対応や救急に対する役割が認識されるようになっている.

    先行研究では1960年代から2000年代半ばにかけての一時点でしか調査が行われてこなかったが,本研究で2000年代以降の高速道路の開通による沿線地域への影響を横断的に明らかにして,2000年代以前の状況からの変化を示した.このことによって,高速道路の開通による沿線地域への影響が,すべての時代や地域において同じではなく,日本全体の産業構造の変化や,高速道路が整備される地域が日本の主軸から周縁部へ移行していくことに伴って,変化していることが明らかになった.

  • 青田 優希, 日下 博幸
    セッションID: 809
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    はじめに

    都市化は対流性の降水に影響を与えると指摘されている。特に海、山地に隣接する都市が降水に及ぼす影響についての研究も多く行われている。しかし、大都市を有し、海、山および都市が密接している地域においての現実実験は少なく十分ではない。そこで、本研究の目的を大阪の降水についての数値実験を行い、対流性降水に都市が及ぼす影響について明らかにすることとした。

    手法

    本研究はWRFを用いたアンサンブルシミュレーションを実施して、都市化が降水に及ぼす影響を評価した。対流性降水が発生しやすい事例に対し、2種類の初期値・境界値を含む合計640事例のアンサンブルシミュレーションを実施して現実の土地利用を用いたCTRL実験と大阪都市圏の土地利用を改変したNOURB実験の結果を比較することで、都市化が降水に及ぼす影響を評価した。

    結果および考察

    CTRL実験とNOURB実験の結果を比較して,都市化による降水量の変化を確認する。CTRL実験では降水量が山岳域で多く,平野部では少ない傾向にあった。NOURB実験でも同様の傾向が確認されたものの,大阪周辺の降水量に変化がみられた。図1はCTRL実験−NOURB実験の降水量の差分であるが,降水量の変化がウィルコクソンの順位和検定において有意水準1%で統計的に有意な領域のみを示している。図1を確認すると,大阪の中心部よりやや東側で有意に降水量が増加しており,大阪の北側と南西の山岳部で有意に降水量が減少していた。また,その他の領域における降水量の変化は有意水準1%で統計的に有意な変化ではなかった。以上のことから,大阪の都市化は都市部で降水量を増加させ,一方で周囲の山岳部で降水量を減少させると言うことがわかった。これらの要因として以下の二つが挙げられる。 都市による顕熱フラックスの増加が混合層高度を上昇させ,対流を強化した。 都市による熱的局地循環が海風の収束域を変化させ,水蒸気を都市側に輸送した。

    結論

    WRFを用いた対流性降水が発生しやすいに対して2種類の初期値・境界値を用いた640事例において,アンサンブルシミュレーションを実施してCTRL実験と土地利用を改変したNOURB実験の結果を比較することで,都市化が降水に及ぼす影響を評価した。結果として,都市化により降水量は大阪周辺で増加,都市の周囲の山間部で減少した。また,大阪の中心部からやや東での降水量の増加と大阪の北および南西での降水量の減少については有意水準1%で統計的に有意な変化であった。降水量の変化は都市化により地表面顕熱フラックスが増加による混合層高度の上昇による大気の不安定化と,気圧の低下による都市部への水蒸気輸送の強化を引き起こし,大阪での降水量の変化をもたらした。

    謝辞

    本研究はJSPS科研費JP24K07130の助成を受けたものです。

  • 吉田 光翔, 吉田 圭一郎, 武生 雅明, 磯谷 達宏
    セッションID: 716
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    地球温暖化は森林生態系に多大な影響を与え,植生帯の移動を引き起こす(Kueppers et al. 2017).植生帯境界域では,構成樹種の更新動態に変化が生じることで種組成や相対的な優占度が変化すると考えられる.したがって,植生帯境界域における構成樹種の更新動態とその過程を明らかにすることは,地球温暖化にともなう植生帯の移動を予測する上で重要である.空間的な樹木密度に依存した種内・種間競争は,樹木の生長量の低下や枯死率の増加を引き起こし,更新動態に影響を与える.実際に,筆者らは昨年度の春季学術大会において,常緑広葉樹の被陰によって落葉広葉樹の更新が抑制されている可能性を示した.こうした種間関係の標高に沿った変化が植生帯境界を決定している可能性がある.そこで本研究では,植生帯境界域における樹木の空間分布と生長を標高毎に比較し,種間関係の標高に沿った変化を明らかにすることを目的とした.

    2. 調査地と方法

    調査地は箱根・函南原生林(総面積223 ha)である.函南原生林は200年以上前から禁伐林として厳重に保護されており,常緑広葉樹林(アカガシが優占)から落葉広葉樹林(ブナ,イヌシデが優占)への植生帯境界を形成している.函南原生林内の標高600,700,800 mの3地点に2005年に設置された大面積調査区(計2 ha)において,2022〜24年にかけて毎木調査を実施した.調査では胸高直径(DBH)が2 cm以上の全ての樹木を対象に,樹種,DBH,根本位置を記録した.取得した根元位置データを用いて,点過程分析により常緑広葉樹と落葉広葉樹の分布パターンを評価した.また樹木の肥大生長に隣接木との競争が与える影響を明らかにするために,調査区ごとに常緑広葉樹と落葉広葉樹の相対生長率(RGR)を応答変数とした一般化線形混合モデルを構築した.RGRは,2005年の植生調査()と本研究にかかる調査のDBHから算出した.本研究では説明変数として,隣接する樹木のDBHを樹木間の距離で割った値の合計で表されるHegyiの競争指数(Hegyi 1974)を用いた.その際,全ての隣接木を競争木とした場合と,対象木よりもDBHが大きな隣接木のみを競争木とした場合の2種類の競争指数を説明変数に用いることで,光資源の獲得に関連する一方向的競争と,土壌水分・栄養分の獲得に関連する対称的競争とを区別して評価することを試みた.

    3. 結果と考察

    常緑広葉樹の大径木(DBH ≧ 20cm)と小径木(DBH < 20)はともに尾根部を中心に分布しており,標高の上昇にともなって調査区内の生育密度は低下していた.落葉広葉樹は大径木が全ての調査区において全体に分布していたが,小径木の分布傾向は標高によって異なっていた(標高600,700 m:谷底部,標高800 m:全体).点過程分析の結果,常緑広葉樹の大径木は5 m以下の空間スケールで落葉広葉樹の小径木と排他的になっていたが,落葉広葉樹の大径木と常緑広葉樹の小径木では5 m以下の空間スケールにおいて明瞭な分布傾向はみられなかった.点過程分析におけるこれらの結果は調査区間で違いはなかった.このことは,標高にかかわらず常緑広葉樹の被陰が下層の落葉広葉樹の生存に悪影響を与えていることを示唆する.小径木のRGRには土壌水分・栄養分の獲得にかかわる対称的競争が影響していたが,光資源の獲得にかかわる一方向的競争の影響はほとんどみられなかった.常緑広葉樹の小径木のRGRは,全ての調査区において常緑・落葉広葉樹の両方との対称的競争によって負の影響を受けていた(p< 0.001).このことは常緑広葉樹の下層木が標高にかかわらず常緑・落葉広葉樹の両方と競争していることを示唆する.落葉広葉樹の小径木のRGRは標高700 mでは常緑・落葉広葉樹の両方との対称的競争によって負の影響を受けていたが(p < 0.001),標高600,800 mでは落葉広葉樹のみが影響を与えていた(p < 0.001).標高600 mでは常緑広葉樹の生育密度の増加にともなう常緑-落葉広葉樹間の地形的な棲み分けによって競争の機会が減少しており,標高800 mでは常緑広葉樹の生育密度の低下による光資源の増加や低温による常緑広葉樹の生育阻害により,落葉広葉樹が常緑広葉樹に対して優位な競合関係に立っている可能性がある.

    本研究は,公益財団法人市村清新技術財団 第33回植物研究助成(「UAVレーザースキャナを用いた植生帯境界における森林構造の把握」),および科学研究費補助金基盤研究(A)「高精細な地表面・植生情報を用いた山地植生の境界移動プロセスの解明」(研究代表者:吉田圭一郎,課題番号:24H00126)による研究成果の一部である.

  • 平 篤志, Rolf Schlunze
    セッションID: S401
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    In the fields of International business study and economic geography, management geography is attracting increasing attention from researchers studying economic activities ranging from micro and macro levels and from socio-economic to cultural features. Management geography is a new branch of economic geography that focuses on the nexus of practices and decision-making of firms and related agencies in a globalizing world from a geographical perspective. This symposium argues for the potential of management geography.

  • 土居 晴洋
    セッションID: P027
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    東京は19世紀末に始まる日本の近代化を主導する首都であり,人口増加に伴って死亡者数も増加した。衛生環境悪化への懸念もあり,東京では火葬の推進と墓地の市街地の外への移転を都市政策として目指した。本報告では,区単位の統計データや墓地立地の地図化などを通して,東京市における墓地立地の地域的特質の考察を行った。その結果,東京市では明治から昭和初期にかけて,旧市域と新市域で墓地の類型に特徴を持ちつつ,墓地数の減少と面積増加という,墓地立地の再編が行われたことが明らかになった。

  • 喩 婕, 田中 靖
    セッションID: P016
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    中国・湖南省の北東部にある洞庭(トンチン)湖は長江の中流部に位置する。この地域の降水には季節性があるため,湖の水位は季節によって大きく変動し,乾季には多くの場所が陸地化する。また,ダム建設や干拓など人為的な影響により最近100年の間に水域面積は以前の半分以下となり,様々な環境問題が起こった。このように洞庭湖周辺の土地利用の変化は様々な自然・社会的要因を反映したものであり,その変化をモニタリングすることは重要である。 

     近年,これまでに取得された大量の衛星データが無償で取得できるようになり,さらに機械学習(ML)や人工知能(AI)の発達もあいまって,より高度な画像解析を行えるようになってきた。このような背景から,洞庭湖周辺においても衛星画像を用いて土地利用を解析する研究が増えてきている。しかしこれらの研究では,水位の変化に伴い陸地化する地域の土地利用の変化にはあまり注目していない。そこで本研究では,洞庭湖全域を対象として,特に水位の変化に伴って陸地化する(した)地域の土地被覆状況の変化を明らかにすることを目的とする。

     本研究では,前処理済み衛星データおよびDEMに対して機械学習法であるSVMとRandom Forestを用いた画像解析を行った。その結果,分類の学習データにDEMを加え,Random Forest法を利用することでもっとも精度が高い結果が得られ,それを用いて土地被覆変化を検討した。

     洞庭湖は全体的に陸地化が進んでおり,主に湿地と農地に変化したことを確認できた。農地が拡大した一方で,その一部は市街地に変化していた。湖の南東部と南部においては,水域や畑地から市街地に変化した様子や,中洲が大規模に湿地化しているのが目立つ。市街地の多くは農地から変化した地域であるが,それ以外に水域と湿地の縁辺部に発電設備が分布している。そのほか,洞庭湖の周辺にある現在の堤防の外側の地域においては,小規模な水域の増加が見える。この水域は農地の間に整備された魚の養殖池であった。

     洞庭湖における水域減少の主な要因は湿地と農地の拡張である。湖水面の面積は様々な要因により縮小傾向であったため,土砂堆積の空間が制限され,湿地の大規模拡大に繋がっていると考えられる。拡張した農地は,主に1979年までに行われた干拓によるものである。干拓地の標高は,雨季の湖水面よりも低く,堤防決壊時には大規模な洪水の危険性が高い。

     一方,小規模な水域の増加は,多くの養殖池が作られたことによる変化である。この地域にみられるこのような土地利用の大きな変化の背景には,1978年12月に始まった生産と分配方式の改革により,従来の絶対的な平均分配から,労働の質と量に基づいて報酬を計算する方式へと移行した影響がある。

  • 呉羽 正昭, フンク カロリン, 有馬 貴之
    セッションID: S601
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに

     2020年初頭以降の新型コロナウィルス(COVID-19)の流行で,世界の観光状況は激変した.しかし,2023年以降はコロナ禍以前の状況に戻りつつあり,各地で訪問者数の過剰や環境への悪影響などが生じている.こうした局面であるからこそ,今後の観光に必要な社会・経済・環境的諸条件を地域的観点から解明していくことが求められる.それはまた,観光の持続性,すなわち持続可能な観光(サステイナブル・ツーリズムsustainable tourism)を志向していく視点でもある.

     持続可能な観光は,さまざまな意味でとらえられてきた.国連世界観光機関(UNWTO)によれば,訪問客,産業,環境,受け入れ地域の需要に適合しつつ,現在と未来の環境,社会文化,経済への影響に十分配慮した観光と定義される.欧米諸国では1990年代以降に,持続可能な観光に関する研究が盛んとなったが(例えば、Fennell and Cooper 2020),日本国内では議論が未成熟であると考えられる.一方で,2023年に発表された観光立国推進基本計画では,「持続可能な観光地域づくり」を全国各地で進めることが目標に設定されている.実際に日本国内でも持続可能な観光の実現に向けた先進例がみられるが,地域間での相違点も多い.

     そこで,今回のシンポジウムでは日本各地で観光の持続性を考える.とくに,日本のさまざまな地域でみられる観光の特徴を把握するとともにその持続性を検討する.また,その地域に内在する地域的条件を捉え,いかなる条件のもとで持続可能な観光が存在しうるのかを考える.それらを通じて,今後の観光地の持続可能な発展へ寄与する観光の仕組みを検討したい. その際,地理学の特性を活かして事象の空間スケールを考慮しつつ分析を進める.第1にローカルスケールで,個別地域における観光の持続性を考える.第2に広域地域における観光流動・観光の持続性を検討する.第3に全国スケールもしくはそれに準ずる領域で,類似の事象を有する複数地域を取り上げて,それらの地域に共通するような観光の持続性をとりあげる.

    2.個別の目的地における観光の持続性

     個別の観光目的地について,その持続性をローカルスケールで検討する.今回の発表では,宗教ツーリズムにおける巡礼ガイドの役割,雪を活用したイベント存続の地域的意義,地域資源の活用と分散型宿泊施設について報告する.

    3.広域地域における観光流動・観光の持続性

     観光者の行動パターンの空間的特徴やその時間的変化を,やや広域スケールで明らかにする.本シンポジウムでは,鎌倉市における観光行動の空間的差異,SNS投稿数にみる観光スポット選好の言語間異同について報告する.

    4.類似する複数の観光目的地の持続性

     特定の地域や特定ツーリズムや形態を取りあげて,それらを全国スケールまたはそれに準ずる空間スケールでそれらの特性を分析する.本シンポジウム報告では,島嶼地域における観光,スキーリゾートにおける地域的課題,持続可能なスキー観光の実現について取りあげる.

    文献:Fennell, D.A. and Cooper, C. 2020. Sustainable tourism: Principles contexts and practices. Bristol: Channel View.

    付記:本研究はJSPS科研費23K21815,21H03717の助成を受けたものである.

  • 趣旨説明
    井田 仁康, 由井 義通, 村山 朝子
    セッションID: S501
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1.シンポジウム開催の背景と趣旨 持続可能な社会の担い手の育成のためには、学校教育において地球的課題の解決に向かう態度を形成する資質・能力の向上に加え、世界的な視野を小学校・中学校・高等学校と段階的に深化させることが欠かせない。初等教育における世界に関する学習では、地球的課題を見出す基礎的な知識を培うことや世界の人々や文化に対する共感的理解の涵養が重要である。しかし、初等教育での社会科では世界に関する学習が少なく、外国語をはじめとする外国文化の学習が教材化されている教科との連携も図られていない。こうしたことは、初等教育における国際理解・ESDも進まない要因となる。このため、国際理解・ESDを含む世界の学習内容については中学校をはじめとする中等教育の負担が大きくなっている。そこで本シンポジウムでは、初等教育における世界の学習を社会科教育、地理教育からの提言をはじめ、国際理解教育、外国語教育の研究者からコメントを受けることにより、教科をこえて初等教育における世界を学習する意義について議論したい。さらに、このような議論は、外国をルーツとする児童が増加していることから、多文化共生社会の構築のためにも必要なものとなる。

    2.本シンポジウムの流れ 上記の趣旨を受けて本シンポジウムは以下のように進めていく。

    総合司会:由井義通(広島大)

    開会挨拶・趣旨説明:井田仁康(筑波大・名誉)

    報告:

    村山朝子(茨城大・名誉):小・中学校における世界の学習の変遷と現在

    秋本弘章(獨協大):小中高を通じた世界地理学習の課題

    阪上弘彬(千葉大):初等地理教育における「世界」の学習―イギリス地理科、ドイツ事実教授の場合―

    中谷佳子(千葉大学附属小):小学校における世界 の学習状況 

    三橋浩志(文部科学省): 最近の教育改革の動向と「小学校・世界の学習」の関係

    中澤高志(明治大)・久木元美琴(京都大):国際理解教育の社会実装について考えるために―「多文化共生都市」別府における2つの個人的経験―

    コメント(指定討論者):

    小長谷有紀(国立民族学博物館・名誉、文化人類学):文化人類学の立場からの世界の学習

    佐藤真久(東京都市大、国際理解教育・ESD):国際理 解教育・ESDの立場からの世界の学習

    田山享子(共栄大、英語教育学):英語教育の立場からの世界の学習

    質疑応答・パネル討論

    3.本シンポジウムで明らかにしたい課題と展望 小学校学習指導要領解説社会編(2017)において、「世界の国々との関わりに関心を高める」とある。それが小学校社会科にしっかり反映されているか、また、他教科と連携しながら世界的視野を広げる学習が効果的に行われているかといった課題が具体的にみえてこよう。これらは、日本で学ぶ外国人児童の教育にも関わり、グローバル化する日本社会の教育的課題ともつながってくる。本シンポジウムでは、特に初等教育についての課題を明らかにするが、いうまでもなく、初等教育のみならず小学校から高等学校までの一貫教育としての改善を考えていかなければならない。

    文献 文部科学省 2017 『小学校学習指導要領解説社会編』

  • 八木 碧月, 日下 博幸
    セッションID: 806
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    都市街区内熱環境の研究では様々な数値流体力学モデルが利用されている。特にRANSベースモデルのENVI-met及びLESベースモデルのPALMが頻繁に利用されている。また、筑波大学計算科学研究センターでは同じくLESベースモデルのCity-LESが開発されている。本研究ではこれらの3つのモデルについて同様な計算設定で実験を行い、暑熱環境について計算結果の特徴及び計算精度の違いを明らかにすることを目的とする。

     本研究では、サーマルが再現されるかを調査するサーマル実験、計算結果の特徴の違いを調査する理想都市街区での暑熱環境実験、計算精度の違いを調査する現実都市街区での暑熱環境実験、数時間の計算での地表面温度及び地上付近での温位の変化速度及び領域内でのコントラストの大きさの時間変化の違いを調査する地表面温度・温位応答速度実験の4つの実験を行った。

     サーマル実験では、City-LES及びPALMではサーマルが再現されたが、ENVI-metでは再現されなかった。理想都市街区での暑熱環境実験では、地上1m温位の空間的なコントラストはCity-LES及びPALMでは類似していたがENVI-metでは空間的なコントラストが小さくなっている傾向が見られた。現実都市街区での暑熱環境実験では、地上2m温位及びUTCIについて、いずれもCity-LES、PALM、ENVI-metの順に精度が高かった。地表面温度・温位応答速度実験では、地表面温度・地上1m温位共にCity-LES及びPALMでは領域内のコントラストが計算時間を通して類似していたがENVI-metではどちらも他の2モデルより小さくなっていた。

     本研究の結果から、ENVI-metではCity-LESやPALMと比較して地上温位や地表面温度のドメイン内での空間的なコントラストが弱くなる傾向にあること、City-LES及びPALMは空間的コントラストの大きさは類似しているが地上温位や地表面温度の値はPALMの方が低くなる傾向にあること等が分かった。

  • A case of a Japanese MNE in Poland analysed from a management geography perspective
    Rolf D. Schlunze, Tomasz Dorożyński
    セッションID: S404
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    From the perspective of Management Geography, we investigated the role of a multinational enterprise (MNE) producing an important product for the EU's Green Economy. Using a Three Level Model we investigated green deal policy and quality of governance (macro level), organizational MNE embeddedness (meso level), and individual managers’ adjustments (micro level). The findings showed that the location decision-making was impacted by the EU’s Green Deal and the quality of governance. The results infer that MNE embeddedness will be achieved by adequate adjustment and network strategies. Finally, managerial adjustments might enable a smooth integration in the local economy.

  • -いなげ八景の物語をめぐる-
    植草 昭教
    セッションID: 612
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    千葉県千葉市稲毛は、かつて「稲毛」と言えば稲毛海岸と言われるような海の保養地(リゾート)を形成していた。しかし昭30年代半ばから稲毛海岸の埋め立てが始まり、かつての稲毛海岸は失われ、住宅地へと変化した。これにより、稲毛が海の保養地としての性格も薄れていった。しかし、近年かつての稲毛海岸の記憶を現代そして後世に伝えようとする動きが出てきている。現在稲毛に残っているかつての稲毛海岸の面影を残す施設や風景など八か所選び、いなげ八景として選定した。そのいなげ八景を選定した後、どのように稲毛の海の記憶を稲毛または稲毛以外の人々に伝えていこうとしているのか、活動を紹介し、失われつつある地域の性格を「記憶」として留めることについて紹介する。

  • 牛山 素行
    セッションID: S303
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    風水害の危険性に関わるハザードマップや地形分類図など、その場所で起こりうる災害の危険性に関する情報(災害リスク情報)、警報・キキクル・指定河川洪水予報など、その場所・時点における風水害発生の危険度を示す情報(防災気象情報)は年々高度化、精緻化が進み、これらの情報を避難情報(高齢者等避難、避難指示、緊急安全確保の総称)の判断に適用することも、内閣府ガイドラインなどの形で体系化が進んでいる。災害リスク情報や防災気象情報は、何らかの形で既往の災害事例に関する情報を元に構築されてはいるが、逐次発生する風水害の発生箇所、発生時間帯と、これら情報の関係の検討は体系的・系統的に行われているとは言いがたい。筆者は1999年頃以降の風水害により人的被害(死者・行方不明者)が発生した場所の調査を継続的に行っており、近年は特に、被災箇所と災害リスク情報、防災気象情報の関係に着目している。本報では避難情報と防災気象情報・災害リスク情報の制度的なつながりについて概観した上で、近年の事例から、これらの情報の関係についての調査結果の一部を紹介する。

  • 中岡 和好, 小寺 浩二
    セッションID: P068
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     徳島県西部を流れる吉野川水系の穴吹川の水質については、これまで徳島大学を中心とした調査チームにより水質調査が行われている(山本他、2011)、(山本他、2008)。この調査から、10数年以上の期間が経過しており、当時の水質から変化があると考えられる。ほかにも、穴吹川の上流部において、御荷鉾構造線の破砕帯を通過している箇所があるが、構造線の破砕帯を河川が通過するとき、HCO3の濃度が上昇することが穴吹川と隣接している祖谷川において確かめられている(天田他、1982)。同調査は、穴吹川では実施されていないため、本調査において祖谷川と同様の地質帯を通過する穴吹川においても実施する意義があると考えた。

    Ⅱ 対象地域 

     吉野川水系の貞光川と、穴吹川を本調査の対象とする。調査にあたっては、本流だけでなくそれぞれの支流及び、両川の流入する付近の吉野川もその対象に含めた

    Ⅲ 研究方法

     月1回を目途に、水質の調査を行うほか、両川の環境の違いを分析するため、両河川の縦断図を作成するとともに、ストレーラの水系次数や、水系密度、流域形状係数等を1/50,000地形図を基に作図し算定した。また、流域の地質構造の違いを明確にするため、1/200,000シームレス地質図に水系網を重ね、本流、支流の通過する地質を確認した。

    Ⅳ 結果・考察

     1.水力発電所の取水が水質に与える影響

     水力発電所の取水による水質の悪化は認められなかった。ただし、取水口から放水口までの間、河川維持放流がなされていない区間では、水質の悪化が認められた。この悪化を解消するため、貞光川の吉良発電所取水口において0.2m3/sの河川維持放流があれば、取水口とほぼ同等の水質が維持できることを確かめた。

     2.地質や流路の違いによる影響

     穴吹川上流部における高いEC値の原因を探るため、主要な支流について、三波川帯の上流部と、秩父帯の上流、それぞれの破砕帯通過後のEC値を比較した。結果、いずれの地点においても、上流部の値は60μS/cm前後で貞光川と穴吹川は、ほぼ同様であったのに対し、構造線近辺では130~200μS/cm程度の高い値を示した。破砕帯を通過する際、HCO3やCaの濃度が上昇し、高いEC値を示すためであり、現地において、ECを測定することにより破砕帯の有無の簡易判定が可能となり、地滑り危険地域等の判定の参考となる。

  • 村山 朝子
    セッションID: S502
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    世界の地理学習は1970年代まで小学6年で行われていた。それが1977年学習指導要領改訂でなくなり,1980年代以降今日まで,義務教育を通して世界についてのまとまった学習機会は,中学1年地理的分野での「世界の諸地域」学習に限られる.世界に関する事象を扱うのは社会科だけではないし,世界の学習は教科等の枠組みでのみ行われるものでもない.2017年改訂で小学5・6年に新設された外国語の教科書には,外国の日常生活や習慣,文化などに関する文章や図版が随所に登場し,ほぼ必ず国名と国旗が掲げられる.国語の教科書には「世界の風土や文化などを理解し,国際協調精神を養う」教材が,各学年一つは収載される.「総合的な学習の時間」の探究課題例には,「国際理解」が「情報,環境」等と共に示される.道徳でも,各学年の「内容」に「国際理解,国際親善」が掲げられる.このように,小学校では社会科以外の教科等で外国の諸事象が教材として数多く取り上げられている.ただ,それらの背景となる国や地域と関連付けて扱われることはまずない.そのため,生活や文化の多様性の理解や国際協調の態度育成には繋がるとしても,多様性を生み出した舞台である国や地域,それらの集合体である世界や国際社会への興味や関心,理解には結びつきにくい.一方で,年度末に学習を振り返る調査で,5年社会では「もっと学びたい」事項として「世界の国々」が突出して高いという調査結果がある.輸入食料,国際交流など,「産業や現代社会」の項目等で日本との特定の「関わり」で断片的に世界の国や地域に触れる箇所は増えているが,子どもが「もっと学びたい」としたのは「世界の国」そのものではないか.中学校段階での世界の学習にも課題はある.1980年代以降,改訂のたびに社会科の中でも特に地理は,事例学習,調べ学習,主題学習と新たな方法が加わり,内容知から方法知への傾斜を強めてきた.とりわけ1998年改訂のいわゆる「ゆとり教育」の時期に教育現場に浸透した「地理は調べ学習」という指導スタイルは,定着したまま揺らがない.歴史的分野では世界の歴史が拡充方向にあるが,小学校で世界の地理的学習がない上に,1年に置かれた世界地理が州別の主題学習であるため,国単位,或いは地球規模での世界像の形成はむずかしい.公民的分野では国家間の連携や紛争などが出てくるが,それらの国に対する知識もイメージもないままでの課題の考察は,表層的で深まらない.高校で地理が必修化されたことから,中等教育における地理学習の観点からも検討を要する.世界や外国,環境に対する子どもの意識が変化している.「第一に考えるべき」は「世界全体よりも日本のこと」「地球環境よりも人間のこと」とする小・中学生の回答がここ20年で増加している.旅行先は海外より国内を好む傾向も強い.そもそも「行きたい国がない」とする小学生が5割を超え,その3分の2が理由に「興味がない」「特にない」と答えるデータもある. 子どもの内向き思考が強まっている.1989年改訂の方針には「国際理解教育の充実」が掲げられた.2002年には,日本が提唱してESDが始まった.2006年教育基本法改正で新設された「教育の目標」には,「他国を尊重し」,「国際社会の平和と発展」「環境の保全」に寄与する態度を養うことも掲げられた.内向き思考の背景に時代や社会をあげることはできるが,こうした施策に基づく教育は無力だったのか.学校教育で何が足りなかったのか.世界に関する断片的,トピック的な情報は日常に溢れているが,子どもにはきっかけ,働きかけが必要である.学校教育にはその役割がある.初等教育は「子どもがまず出合うべきことは何か」という教育の原点に立ち戻って内容を構成するべきではないか.地球が多様な自然環境と多種多様な動植物からなること.人類は,様々な環境のもとで多様な文化・生活を築いてきたこと.そして世界には幾つもの国があり,それぞれ個性をもつ対等な存在であること.これらの事実との出合いが,世界や外国についての共感的理解の土台を築き,持続可能な社会の担い手を育成する第一歩となろう.社会科地理は自然と人間との関わりの視座から,様々な教科等の学習過程で扱われる世界に関わる事象を空間的枠組みにおいて関連付け,地域的特色として再構成することができる.ローカルとグローバルとを併行して多元的に地域を理解する地理学習を積み重ねていくことが,世界像の形成,そして世界的視野の獲得につながるだろう.初等教育においては,社会科のなかでも地理がプラットフォームになり,他教科等との連携を図りながら進めていく越境型「世界の学習」カリキュラムを具体化していくことが望まれる.

  • Yasuhisa Abe, Qing Zhang
    セッションID: S405
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    In this study, we examined the role of SNS created social networks in the home-made meal delivery service in Beijing. This service promotes interaction between customers and small business operators. The existence of trust in information and business exchanges is the background to the continuation. It became clear that the service is developing significantly in the six central districts of Beijing, where per capita disposable income is high. Differences in the rates of development within and outside the central district were found pinpointing on the degree of coincidence of circumstances that has serviced developments.

  • Lech Suwala
    セッションID: S409
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    By combining the emerging discourses on place leadership, corporate spatial responsibility, management geography and mission-oriented (innovation) policies, the study develops a – what we call – framework on (corporate) transformational, responsible and mission-oriented place-leadership.

    Empirically, the study builds on three case studies from Germany, Poland and Japan and the presentation focuses on the Montbell Group case.

  • 村山 祐司
    セッションID: S105
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    コロナ禍を契機に,学会への関わり方に変化がみられる.学会によってはWebでの発表が可能になり,現地参加は減少傾向にあるようだ.会議や情報交換も対面でなく,WebやSNSの利用を好む会員が多くなっている.ここ10年来の傾向だが,研究活動の国際化が進み,若手を中心に,欧米の学会に加入し英語で発表する研究者が増え始めている.SNSを使って親睦を深め,共同研究を行い,国際共著論文を執筆する研究者も珍しくない.投稿先は学会編集の機関誌ではなく,IFを有し査読期間が短いオープンアクセスの商業誌を選ぶケースが増えているようだ.商業誌側では,自らWebベースの国際会議を主催し,質の高い論文を集めるといった動きもみられる.既存学会への帰属意識が薄れつつあり,組織としての弱体化が懸念される.学会は今後どうあるべきか,その役割が問われる.

    これからの地理学の発展に向けて 

    (1)自然地理学と人文地理学との連携強化:自然と人間の関わりを探究し,文理融合を旗印にする地理学にとって,人間-自然系研究の推進は戦略的にきわめて重要である.隣接諸学問に対し学術的リーダーシップの発揮が望まれる.統合的な時空間分析やモデル化を目指す地理情報科学には期待が寄せられる.とくに,自然的データと人文社会的データを位置情報を拠り所に一括管理するとともに,GISを駆使して地球・地域環境関連の汎用性の高い空間データベースを構築し,隣接諸分野に発信できれば関心を集めるだろう.専門分化が進み,ともすれば交流が希薄になりがちな人文地理学者と自然地理学者が再結集することにより,総合の科学を標榜する地理学の地位向上に寄与するに違いない.

    (2) 政策や計画への積極的関与:これからの地理学は,地域形成のメカニズムやプロセスを究明するだけでなく,地域の将来像を的確に予測し,シナリオ分析を駆使しながら,計画や政策にも積極的に関与すべきであろう.GISやML(機械学習)をうまく活用すれば,空間予測にとどまらず,空間制御や空間管理の領域までが視野に入る.シミュレーション解析はその有力なツールになる.真理の探究を目指す理学的思考に社会実装を目指す工学的思考を重ね合わせ,問題解決指向の学問(実用科学)として,社会に寄与することが期待される.基礎研究に加え応用研究の推進が欠かせない.

    (3)独創的研究の推進:欧米の思想・理論・方法論を単に受容するのでは,日本の地理学の将来はみえてこない.日本ならではのテーマや課題を選び,独自に開発した手法やモデルを実証研究に適用し,その成果を世界に発信することが大切である.たとえば,世界有数の変動帯に位置し,モンスーンの影響を受ける日本では,「湿潤変動帯がらみ」の研究は有望な成長領域であろう.変動地形学,小気候学・生気候学,地域生態学,水循環論,風土学,景観論,立地論,災害・復興研究などの成果を統合し体系化できれば,日本発の文理融合の新領域として,世界から注目を集めるに違いない.

    (4)社会への貢献:社会の支持なしに学問は発展しない.世の中のニーズを的確に捉え,社会に役立つ研究を推し進めることが重要である.啓発活動もしかり.余暇活動重視の時代を迎え,良質の科学的地理情報が求められており,教養地理の充実が必要である.地理的現象や事象のメカニズムをわかりやすく伝えるサイエンス・コミュニケーターの育成も欠かせない.学校教育を念頭に,研究と教育を一体化するシチズンサイエンスの普及も図りたい.

  • 南雲 直子, 原田 大輔, 江頭 進治
    セッションID: P063
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    大雨に伴って河川の上流域で崩壊が発生すると、崩土の一部は土石流となって流出することが多い。土石流の堆積土砂は、その後の洪水流によってさらに下流へと運ばれ、流路の土砂輸送能力が落ちるところで堆積し、河床が上昇して土砂の氾濫が起こることがある。このような氾濫の弱点部を抽出するため、発表者らは流路の土砂輸送能力に着目し、これを評価するための指標を提案した。また、この指標を実河川に適用した結果、その縦断的な増減は、実際の土砂の侵食・輸送・堆積と矛盾しないことを確認した。

  • 福岡市「吉塚リトルアジアマーケット」を事例として
    本多 忠素
    セッションID: 614
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     中長期在留外国人の数は,2024年時点まで概ね増加傾向にあり,なかでも東アジア・東南アジアからの外国人流入が顕著である.このような人々にとっては,移住先の日本でも宗教実践がその生活の一部となっていることがしばしばみられる.そうした宗教実践の内容次第では,実践のための空間を確保することが必要となろう.しかし,ホスト社会の日本においては,在留外国人の生活支援が政策的に検討されるときでさえ,そうした人々の宗教とその実践という側面は容易に見落としてしまうことがある.本研究では,ホスト社会側が宗教実践のための土壌を整備することで,宗教多元性を有する空間が形成されつつある事例を取り上げる.そして,在留外国人の宗教実践の拠点の形成が,どのように展開されてきたのかを,ホスト社会側の諸アクターの企図を踏まえて明らかすることを本研究の目的とする.これにより多文化の共生や多様化する都市空間における宗教への着目という視座を示す.

    2. 調査対象と調査手法

     調査対象は,福岡県福岡市博多区吉塚に所在する吉塚御堂とした.当該の御堂は「吉塚リトルアジアマーケット」と名を冠する商店街の一画に所在する.この商店街は,2019年以降,多文化共生をコンセプトとしたまちづくりを行なってきた.吉塚御堂はまちづくりと時期をほぼ同じくして,宗教活動の支援者により整備された仏教系の礼拝施設である.吉塚地域は比較的多くの外国人が居住しており,この施設はそうした在留の仏教徒の宗教実践のために用意された.現在では実際にベトナム・ミャンマー仏教徒の礼拝施設として使用されている.同時に,商店街の企画や健康維持の講習会といった世俗的用途にも供されている.本研究では国を越えて宗教実践が行われるような土壌が,どのように整えられてきたのかを把握するため文献調査および,吉塚御堂の運営に関わる諸アクターと宗教実践を行う在留外国人への聞取り調査を実施した.

    3. 多元主義的宗教空間の形成

     吉塚御堂は,主に日本やベトナム,ミャンマーの仏教徒によって利用される.ただし,大乗や上座部といった違いをはじめ,同じ仏教であっても国ごとにその様態は異なる.本事例においては,そうした違いを乗り越える運営態勢として,特に重要と考えられる3点を指摘できる.一つは,宗教的な基礎を共有しているという点である.当該御堂の運営や宗教実践に日本人住職が関わることで,仏教や使用言語の違いをも越えた宗教実践の実現・交流を支える素地を整えることが可能となった.二つ目は,御堂の日本人堂守(守人)による日常的な在留仏教徒支援が,彼ら/彼女らとの信頼構築に貢献している点である.こうした点はベトナム総領事にも評価なされている.最後に,商店街での多文化共生を掲げたまちづくりによって,宗教実践の受け入れやすい態勢が構築されていたことが挙げられる.本商店街では,まちづくりや企画を通して多文化を受け入れ,支援する土壌ができていた.こうしたことは,同商店街内において,共用スペースを利用したヒンドゥー教徒による宗教行事が開催されるなど,仏教に限定されない多元的な宗教を受け入れる態勢にも表れている.本事例は,多文化の共生という点においても,ホスト社会側が在留外国人の多様な宗教への視座を持つことの重要性を示している.

  • 植木 岳雪
    セッションID: P072
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    等々力(とどろき)渓谷は,多摩川下流部,東急大井町線等々力駅のそばにある長さ約1 kmの渓谷であり,東京都区部で唯一の自然の渓谷である.等々力渓谷の形成時期と成因については,先史時代の河川争奪という自然現象説と,江戸時代の開削工事によるという人為説がある.また,自然現象説でも,河川争奪の時期についてはわかっていない.

     本研究では,かつて等々力渓谷の北側を西から東に向かって流れていた旧九品仏(くほんぶつ)川の低地において,ボーリング調査を行った.旧九品仏川の細粒堆積物は,約3万年前から9,000年前の年代を示した.そのことから,旧九品仏川は,武蔵野面の離水以降完新世初頭までは東に流れていたことになる.したがって,矢沢川によって旧九品仏川の流路が争奪され,等々力渓谷が形成されたのは,完新世初頭以降となる.

  • 桐村 喬
    セッションID: 337
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    I はじめに

     1970年代以降,日本の大都市圏では,都心部での人口減少や郊外化,1990年代以降は都心部での人口回復と郊外の衰退などを経験し,都市構造を大きく変容させてきた.既往研究の多くは,居住分化を中心に,このような変容に焦点を当ててきたが,都市空間を2次元的な視点から捉えるものが多く,立体的な変化には十分に注意を払ってこなかった.大都市には多くの機能が高度に集積して都市空間が立体化してきており,このような立体化は大都市圏の構造変容にも大きな影響を及ぼしている.

     3次元的な視点から都市空間を分析するには,建物高さを含んだ3Dデータが必要になる.近年は,PLATEAUのように公開が進みつつあるが,過去の都市空間の3Dデータは,国土地理院の空中写真などを利用し,フォトグラメトリによって作成する必要がある.

     そこで,発表者がすでにデータを作成し,一部をウェブ公開している,1961~2021年の神戸市の既成市街地の3Dデータを利用し,建物高さの長期的な変化についての分析を行う.特に,①大都市における建物高さの時空間的な変化と,②阪神・淡路大震災以降と重なる,1990年代後半以降の都心部での人口回復期における人口動向と建物高さの変化の関係について検討する.

     分析に用いる3Dデータは,1961・1975・1985・1995・2009・2021年の6時点のものであり,フォトグラメトリによって得られた点群データの分類を行い,地面の点群を利用してDEMを作成し,DSMとの差を求めて建物高さを得る.この高さには樹木なども含まれるが,対象地域が市街地であることから,大きな影響はないものと考えられる.

    II 1961~2021年の建物高さの変化

     1961年時点での31m程度の高さの高層建築は,三宮駅から神戸駅にかけての都心部に限られている.都市空間の立体化は需要が最も高い都心部で始まっている.1975年になると,そのような高層建築が都心部以外にも点在するようになり,1985年には分布を大きく広げ,都心部以外にも多くなる.また,都心部から新開地など,周辺地域にも徐々に広がっている.1995年のデータは3月のものであり,地震から2か月程度が経過しているが,高層建築については1985年からの10年間に分布を広げている.2009年には高層建築の分布はさらに広がり,都心部などにはタワーマンションもみられる.また,復興事業による複合ビルなども確認できる.2021年までの間も高層建築の増加傾向は続いている.

     神戸市既成市街地における都市空間の立体化の進展は,都心部では1960年代ですでに端緒がみられ,都心部以外の主要な駅前などでは1970年代以降である.特に面的かつ顕著に進展するのは1995年以降である.

    III 1995年以降の人口動向と建物高さの変化との関係

     ここでは,1995・2009・2021年の建物高さデータと,1995・2010・2020年の国勢調査の人口データを利用して,前半期(1995~2009/2010年)と後半期(2009/2010~2021/2020年)のそれぞれの変化率を求めて建物高さの変化と人口動向との関係を検討する.建物高さデータについては市街化区域内の街区に分析範囲を限定し,町丁単位で建物高さの中央値を算出して変化率を求める. 2つの変化率には若干の対応関係がみられるが,順位相関係数を求めると,前半期のほうが後半期よりも係数が若干高く,震災復興がより顕著に進んだ前半期のほうが,建物高さの上昇と人口増加に一定の関係があるものと考えられる.このことは,特に前半期において,建設された建物の多くが住宅であることを示唆している.

     1995年以降に人口が大きく増加した町丁には,復興住宅や再開発による高層の住宅が建設された地域だけでなく,区画整理事業後に中低層の住宅が建設された地域もみられる.前者で建物高さが大きく上昇しただけでなく,後者の地域でも,更地からの変化率という点では大きな上昇がみられる.また,都心部および都心周辺部,主要駅周辺では高層マンションが建設されている状況が確認でき,大都市に共通する都心部での人口回復の結果と考えられる.

    IV 今後の課題

     国勢調査に近い,おおむね5年間隔で空中写真が利用できれば,建物高さと居住者特性の変化との関係をより詳細に検討することができる.また,経済センサスなどと併用することで,都市機能の集積との関係の分析も可能と考えられる.

     一方,3Dデータに関する課題もみられる.例えば点群データの分類の際には,建築面積の広い建物や密集する建物が地面として誤分類されることがあり,そのような地域での建物高さは低く計算されてしまう.これらの課題を解決しつつ,3次元的な視点からのより精緻な分析を実現できるようにする必要がある.

  • 上杉 昌也, 豊田 哲也, 上村 要司, 桐村 喬
    セッションID: P011
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    I 研究の目的

     グローバル都市の都心部では,高所得層が集積し,質の高い学校や高賃金の仕事を提供する場として変化しつつある.米国社会では,富裕層と貧困層の分断は居住地域のみならず,教育・職場・友人ネットワークなどにおける分断との関連も指摘される.そこで本研究では,居住者の社会的つながり,住宅の資産性,教育,価値観・意識などの観点から日本の大都市圏における多様な社会経済的なセグリゲーションの実態について明らかにする.

    II 調査方法

     本研究では,現在東京都市圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県)と大阪都市圏(大阪府・京都府・兵庫県・奈良県)に居住し,2015年以降に転居を経験した30~60歳代を対象に,オンライン調査を実施した.調査項目は,個人属性に関する項目のほか,社会的ネットワーク(友人や近所のつながりなど),居住地域に関する項目(転居理由,居住地選択要因,居住履歴,将来居住意向など)に関する項目,教育に関する項目(子どもの学校の種類,進学先の相談者など),価値観・意識に関する項目(階層帰属意識,居住環境評価,主観的幸福度など)である.調査は株式会社マクロミルに委託し,2024年11月11~18日に実施した.標本は各都市圏2000ずつとし,地域・性別・年齢で人口比例割付した.

    III 調査速報

    (1) 社会的つながりとセグリゲーション

     社会的なネットワークの分断と居住地の分断との関係を明らかにするため,家族や親戚,友人,近所の人に特定の属性の知り合い(医師・弁護士,大学教員・研究者,シングルマザー,フリーターなど)がいるかをそれぞれ尋ねた.また回答者の居住地特性として,郵便番号区単位での社会経済的水準(ホワイトカラー割合)を特定したところ,地区特性によって社会的ネットワークの違いがみられた.ただし,このような関係はあくまで相関関係であり,居住地の効果としてのつながりへの影響を特定するためには,他の個人属性や移動履歴との関連性なども含めてより詳細な分析を進めていく必要がある.

    (2) 住宅の資産性とセグリゲーション

     住宅の将来価値や収益性といった資産価値が,居住地選択に与える影響についても把握した.持家居住世帯では,将来転居する際の現住宅の扱いについて,売却のほか所有したまま賃貸する意向がみられ,現住宅や転居先住宅の売却益とともに賃料収入を重視する姿勢も示された.定住意向は郊外居住者において高いが,東京都市圏の都心・周辺区では高所得層ほど高い.大阪都市圏の都心・周辺区の高所得層では,現住地の選択時に特定学区にこだわる傾向もみられた.これらの特徴の背景について,地域の住宅価格や所得水準との関係からさらに考察を加えることにする.

    (3) 子どもの教育とセグリゲーション

     子どもの進学先は,居住地選択の際の重要な要素である.私立学校への進学率の地域差も考慮して,公立小・中学校の推定進学率を算出し,それに基づく地域区分で調査結果を集計した.例えば,進学先の選択にあたって相談する/した相手として,「学校や塾の先生」を選択した回答は,公立小学校・中学校の推定進学率が低い地域ほど高い傾向がある.特に,私立・国立の小学校・中学校に通わせたい/通わせているという回答が多い地域区分で高い.このような教育の専門家による進路選択への関与によって,子どもの教育面でのセグリゲーションが進んでいく状況がうかがえる.

    (4) 階層帰属意識とセグリゲーション

     社会経済的なセグリゲーションが生じる行動的要因は,個人が居住地を選択する際,自分の所得や社会階層にふさわしい地域を選ぼうとする意思決定にある.そのことが主観的幸福感を高めるのか,3つの仮説が考えられる.①自分の帰属階層と居住地域に対する階層評価が等しいとき(同質性仮説).②自分の帰属階層が周囲より相対的に高いとき(優越感仮説).③自分の帰属階層より周囲の階層が相対的に高いとき(向上感仮説).本調査では,階層帰属意識を「日本全体の中で」と「現在お住まいの地域の中で」に分けてたずね,現在の居住地域における主観的幸福感との関係を調べた.分析結果からは仮説③が支持され,高い階層地域に転居したことに幸福感を得ていると推察される.

  • 内藤 保
    セッションID: S902
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.原風景・自分史を自由に描く

    報告者は,2023年度立教セカンドステージ大学科目「原風景とジオラマで自分史をつくる」(担当野中健一立教大学教授)を受講し,ジオラマを制作した.目標は『自分史を立体的・多面的に創る』ことだった.ジオラマは未経験であったが,何にでもチャレンジしてみたいという思いで取り組んだ.その手始めとしてA3の真っ白い紙に何でもよいから原風景を自由に描くことから始まった.還暦を過ぎたシニアが自分の幼いころの自分史・原風景を自由に描いてみるというのは,構えてしまい意外に難しい.しかし,考え,書き始めてみると不思議と走馬灯のように思い出と地理が出始めるものである.生まれも育ちも台東区谷中であり,今も住んでいるこの地域が自分の原風景である.ただ,幼少時代の感覚や見ているもの・目線・思いは当然,今とは違うものもあり,A3の白い紙にぎゅうぎゅうに描かれていった.

    2.自分史・原風景を見つめ直し,凝縮する

    野中教授によると,ジオラマは「可視的な説明・表現法」だ. 自分史をA3で自由に描くことで自分自身の潜在的なものを引き出し,可視化し,思わぬものが発見できる.A3で描いた原風景地図をジオラマ制作のためにA4に凝縮していく.この作業は自分の根底にある記憶をより深く・鮮明に洗い出し,選択することだと感じた.A4という小さな空間に,自分の残したいものをどのように残すかを考えて配置を試みることは,自分史と原風景をつくるうえでの地理学的表現のひとつだといえる.

    3.ジオラマによる二次元から三次元への展開

    二次元で表現していたA4の絵を三次元のジオラマに展開していく.現実の世界により近いリアリズムが求められるため,紙の上とは違い空間造形を意識したり,全体に一体感が出るよう,地域の成り立ちや構成を反映した配置をしたりする必要が出てくる.建物の高さなどのような,二次元では表しきれない立体感も必要になってくる.その立体感・空間があることで,幼少期の暮らしや原風景が再現されてくる.

    自分の原風景・谷中の街はどこに行くにも坂が存在する高台にある.そのため,ジオラマでも高台を表現することが重要になる.そこで三層の立体的な構造を発想し,一番下に線路,二番目に日暮里駅建屋,一番上に坂道を登った寺や自宅などの居住地域を配置した.原風景を詰め込むために見えている部分の有効活用を試み,本来トンネルの中を通ってはいない電車をトンネル内に通すこととした.

    また,富士見坂の名の通り坂の上から富士山を望めた風景は,立体構造の最上段に写真を立て表現した.

    4 ジオラマ制作を通じて苦労したこと・こだわり

     今回の制作で,自分史の重要な場所の再現をするためにこだわりを持ったうえで,苦労した箇所が多くある.自分の思い出の再現のために,数ミリの厚紙をピンセットで貼り合わせて墓を作り,五重塔の礎石を野球のベース代わりにしていた記憶からミリ単位の石・粘土で礎石を作成するなどのこだわりポイントをもった.

    こうした作業の結果,原風景や暮らしぶりを小物や建物で表現ができたと思っている.こうした地道な作業は,時としてコスパ,タイパの時代にあって,時間を忘れさせ,心地よい時間も得られた.また、新たな地域の見方と提示の仕方を考える一つのきっかけになったように感じる.

    5.ジオラマの原風景・自分史と今の街から感じること

     今回のジオラマ作成を通じ,自分の振り返りという点で成果はあった.また,ジオラマ制作とは離れてしまうかもしれないが,原風景となった自分の幼少期と今の街を比較したことで,いろいろなことを改めて考えさせられるきっかけともなった.

    谷中は50年以上経った現在でも街並みに大きな変化はない.ノスタルジックにみるつもりはないが,街の中に時の流れを感じ,本来の日本の良さが失われ,勢いや活気が薄らいでいるように感じる.谷中商店街は,以前は町の人の商店街であったが,酒屋だった店が今は立ち飲み屋に変わるなど飲み・食い・土産もの屋が大半を占めるようになり,観光人向けの小銭を稼ぐ通りに変容した.商売をして生活していくためには仕方がない部分もあるのは理解するが,何とも言い難い複雑な心情もある.

     ただ,昔と変わらないものもある.住んでいる人たちの「思いやり」や「人との絆」は昔から続いている.諏訪神社は相変わらず夏祭りでにぎわい,墓地の桜のトンネルは今も変わらず咲いている.変わっていくもの,変わらずに残っておりこのままにしていきたいものは,作業しつつ,また,完成したものをみて感じたところである.

    単にジオラマを作るだけではなく,自分の原風景を立体の地理的な感覚で見直す機会を得て時代・街・人の変化や流れを感じ,今後どのようにしていくのかも考えるきっかけとなった. ジオラマづくりから様々な思いを考える経験を得られた.

  • 京都府宇治市と『響け!ユーフォニアム』を事例に
    黒田 凌雅
    セッションID: 409
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに 

     各地域では,漫画,アニメーションといったコンテンツを,観光資源や,地域コンテンツとして多方面に活用する取り組みが行われている.他方,地域資源となりうるアニメーションを制作する拠点が地方進出への萌芽をみせ,アニメコンテンツを同一地域内で制作,活用し,地域コンテンツとして発信することが可能となりつつある.そこで,本研究では,同一地域内でアニメコンテンツの制作と活用が行われている京都府宇治市において,制作側の主体と活用を行う地域側の各主体がコンテンツにどのように関わっているかについて多角的に捉え,「アニメ聖地」におけるコンテンツの地域活用モデルを提示することを目的とする.

    Ⅱ 地域におけるコンテンツ制作と活用   

     本研究対象とする『響け!ユーフォニアム』は,同タイトル小説の原作者の出身地である宇治市を舞台にしたアニメ作品である.インタビュー記事等から,原作者は出身地への愛着から宇治市を舞台に選定したことがわかった.また,京都文化博物館への聞き取りによると,宇治市に本社を構える京都アニメーションは,「京都を舞台にした作品を作りたい」という思いからアニメーション制作を行っていると考えられている.さらに現地調査を通して,同社は,2019年に発生した京都アニメーション放火殺人事件に対する各地からの支援をきっかけとして,地域貢献の思いをさらに強め,『響け!ユーフォニアム』を活用した取り組みのほか,宇治市をPRする動画制作に協力するなど,コンテンツ活用に積極的に取り組むようになったと考えられる. また,宇治市におけるコンテンツ活用においては,聞き取り調査により,行政をはじめ,京阪電車や商店街,大学やアニメファンなど,多様な主体が取り組みを行っていることがわかった.行政や京阪電車は,アニメ『響け!ユーフォニアム』放映当初より相互に協力する形で,アニメに登場したスポットを掲載したマップを作成している.商店街においても,アニメ制作委員会からコンテンツを活用する許可を得て,キャラクターをイメージしたコラボメニューの販売などを行い,「商店街フェスタ」を実施している.さらに,非公式の活動としては,京都文教大学において学生プロジェクトの一環としてキャラクターの誕生日会などを行っているほか,アニメファンは,有志の団体として「北宇治高校OB吹奏楽団」を結成し,宇治市にて作品にまつわる楽曲を再現する演奏会を定期的に開催している.

    Ⅲ 宇治市におけるコンテンツ活用モデル

     『響け!ユーフォニアム』の制作,活用に携わるそれぞれの主体は,地域への愛着や地域振興への思いを共通の価値としていた.また,コンテンツ活用を行う際には,各主体がプラットフォームのない緩いつながりを有しており,互いに協力しつつも,各主体において比較的自由な活動を行っている.さらに,制作側は地域における大学やアニメファンの非公式な取り組みに対し黙認する姿勢をみせている.制作側が地域において,コンテンツへ自発的に創造性を加えていく「ものがたり創造」(片山 2023)的な活動にある程度寛容な態度を示し,地域側の各主体が地域貢献という同じ思いの中で,コンテンツ活用を行える環境を作ることによって活動が拡大すると考えられる.

    参考文献

    片山明久 2023. 現代観光の質的変化と「ものがたり創造」―京都府宇治市を事例に―. コンテンツ文化史研究 14: 54-74.

  • -令和6年台風第10号に伴う大分県由布市湯布院町における浸水被害の事例-
    岩佐 佳哉, 鶴成 悦久, 福田 昌代, 三﨑 貴弘, 山本 健太郎
    セッションID: P060
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 災害対応において地理空間情報は不可欠な情報になりつつある。地理学では災害の要因となった現象を広範囲において迅速にマッピングし、その全体像を可視化することで、被災地域の把握や災害対応に資する情報を提供してきた(松多ほか 2012; 後藤ほか 2020; 岩佐ほか 2023など)。また、河川の氾濫による大規模な浸水被害が生じた際には、国土地理院により浸水推定図が作成されてきた(吉田 2018)。2024年8月27日に非常に強い勢力となった台風第10号は、30日昼過ぎにかけて大分県を横断した。台風の最接近に先行して、29日朝には線状降水帯が発生し、大分県由布市の湯布院観測点では451.0 mm(8月最多)の日降水量を記録する降水量となった(大分地方気象台 2024)。この大雨により、由布市を流れる大分川水系の一級河川宮川などで浸水被害が発生した。発表者らが所属する大分大学減災・復興デザイン教育研究センターでは、大分県との災害対策に係る連携協定に基づき、大分県庁において8月28日から8月30日の期間で災害情報活用プラットフォームEDiSONを活用した災害対応支援を行なった。本発表では、令和6年台風第10号に伴って大分県で発生した浸水被害において、浸水推定図を活用した災害対応支援の過程について報告する。

    2.災害対応支援における浸水推定図の作成 宮川周辺の浸水は8月29日朝に発生した。夕方までにSNSに被害状況の画像が投稿されたため、画像をもとに浸水範囲を推定した。ただし、この時点では投稿数が少なく十分な情報を得ることができなかった。30日朝には、災害時におけるドローン活用に関する協定に基づいて、地元業者からEDiSON内の機能を通じて空撮映像が提供された。映像を判読することで浸水範囲を精緻化するとともに、推定される浸水深の分布を示した浸水推定図を作成した(図1)。浸水推定図を作成では、1)SNSの画像の位置を特定し、浸水深や浸水限界に基づいてその地点の浸水面の標高を5 m DEMを用いて取得した。また、2)上述の浸水推定範囲の外周線の標高を取得した。1)と2)を勘案して浸水範囲における浸水面の標高を推定し、5 m DEMの標高値を差分することで浸水深を算出した。一連の作成方法は試行錯誤によるものであるが、結果として吉田(2018)と同様の手順となった。作成した浸水推定図は大分県および由布市に提供した。

    3.浸水推定図の妥当性 8月31日には、被害状況の把握および作成した浸水推定図の妥当性を検証するために現地調査を行った。現地では浸水痕跡の高さを計測し、浸水推定範囲の最北端に位置する集落で最大1.1 m、南西端に位置する集落で最大0.8 m、最南端で最大1.8 mの浸水が生じたことを確認した。現地調査結果と浸水推定図を比較すると、浸水深の大きな傾向は一致しており、速報としては妥当な推定を行うことができていた。一方で、浸水推定図では0.4 m過剰に浸水深を推定していた。これはSNSの画像を用いた浸水深の推定が誤っていたためである。そのため、現地調査に基づいて修正した浸水推定図を由布市に提供した。

    4.浸水推定図作成の意義 吉田(2018)は浸水推定図の作成が、被害状況の迅速な把握に資するとしている。本事例でも、地理的な条件に密接に関わる災害の被害状況を地理空間情報として可視化することは、状況の迅速かつ直感的な把握に繋がったと考えられる。また、作成した浸水推定図は被害のアーカイブとしての役割も有すると考えられる。宮川周辺では令和2年7月豪雨でも浸水被害が発生しており(大分県災害対策会議 2020)、繰り返し浸水が生じる地理的条件を有する。作成した浸水推定図は災害の状況を視覚的に示したものであり、防災啓発等で活用することで将来の被害軽減にも資すると考えられる。

    文献:松多ほか(2012)E-journal GEO 7(2).後藤ほか(2020)広島大学総合博物館研究報告 12.岩佐ほか(2023)2024年日本地理学会春季学術大会発表要旨集.吉田(2018)日本リモートセンシング学会誌 38.大分地方気象台(2024)災害時気象資料.大分県災害対策会議(2020)令和2年7月豪雨災害大分県復旧・復興推進計画(由布市).

  • 南海トラフ地震を始めとする津波避難対策の今後も展望して
    岩船 昌起
    セッションID: S306
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ はじめに

     本発表では,東日本大震災にかかわる津波避難と防災教育を振り返り,津波到達時間が短い津波が想定される地域での防災教育実践事例を紹介しつつ,南海トラフ地震を始めとする津波避難対策の今後を展望する。

    Ⅱ 東日本大震災時の津波の概要

     岩手県の沿岸では,2011年3月11日14時46分頃の地震発生から30~50分後で津波の最大波が到達している(気象庁2011等)。津波により浸水が始まり,「高台への立退き避難(以降,高台避難)」が困難になり始めた時間が,防潮堤の有無や高さ等にもよるが,地震発生から概ね20分後以降と推測される。津波は,外洋に面した半島海側等では20~30 m程度まで遡上し,湾内では,湾の形状にもよるが,10m弱~20 m程度の高さであった(気象庁2011等)。岩手県では,沖積平野等の低標高地に住家を構える多くの住民は,大半が「高台への立退き避難(以降,高台避難)」を行い,逃げ遅れ等による一部が住家2階等への「垂直避難」で助かった。

    Ⅲ 東日本大震災時の津波避難行動の特徴の一端

     東日本大震災時の津波避難では,浸水(想定)域に脱するまでに,地震発生から概ね20分かそれ以上の時間的な猶予があったことが,避難条件の一つとして挙げられる。その間,避難すべき人間は,さまざまに行動している。例えば,岩手県山田町での避難行動の記録では(山田町2017),地震で怖くて抱き合う・じっとしている等,立退き避難時の衣服・携行品等の選択,家族・親戚の安否確認や送迎等,後片付け等の家の管理,沖出しを含む船の管理等が確認できる。

     一方,青森県から千葉県までの6県62市町村の津波浸水被害者2,768人を対象とするヒアリングでは,津波最大波到達直前の避難での移動手段として,車51.2%,徒歩46.4%,自転車1.1%,バイク0.6%,その他0.8%であった(国土交通省2013)。

    Ⅳ 津波防災教育の展開

     東日本大震災の発災時,釜石市鵜住居で釜石東中学校生徒と鵜住居小学校児童等による高台避難にかかわる一連の行動は,“釜石の奇跡”として紹介され(いわて震災津波アーカイブHP等),津波避難行動の模範例とされている。気象庁でも,動画「津波からにげる」(気象庁2012)が作成され,全国の小中学校等での出前講義で活用して,津波避難時には高台避難を行うべきことが強調されいる。

    Ⅴ 波源が近いあるいは既に到達している津波の危険性からの避難事例

     2022(令和4)年1月15日トンガ沖海底火山大噴火に伴う潮位変化時に,16日0時15分に津波警報が発表され,奄美市役所職員の概ね4分の3が路上を経由した「立退き避難系の避難」を行っている(岩船2022)。この時の「津波避難警報」は,最大3mの津波を想定し,津波が「既に到達」した状態であったため,避難経路において,標高2~3mの海沿いの低地の路上が最も危険であった。

    Ⅵ 令和6年度 内閣府・喜界町「地震・津波防災訓練」

     喜界島では,完新世に,概ね1.0 ~ 2.1 ka間隔で4回の地震隆起が認められている(Sugiura et. al. 2003)。また,1911年6月15日に喜界島東方沖でM8.0の地震があり,津波の詳細は不明だが,喜界島赤連では遡上高8.0mとの記録が残る。

     令和6年度内閣府・喜界町「地震・津波防災訓練」では,①平常の状態で地震に見舞われてから何分で自宅を出られるか,②徒歩に限定せず,「実際に選択する移動手段」で避難してもらい,後のワークショップで,想定される津波到達時間数分との関係から避難行動を振り返ってもらった。1911年地震で発生するL1津波では屋内安全確保で身を守れる可能性が高いが,地震隆起を伴う概ね1.0 ~ 2.1 ka間隔でのL2津波では,有識者として「必ず助かる避難行動」を提示できず,高台避難と屋内安全確保および垂直避難で考えられる状況を説明するにとどまった。最終的には自宅や避難経路の標高等にも基づき,住民自身で避難方法を選択するしかない現状を伝えた。

    Ⅶ 南海トラフ地震の津波での被害を減じるために

     南海トラフ地震による津波到達時間の想定は,津波高5mの最短到達時間が静岡県4分,和歌山県4分,三重県7分等と極めて短い(内閣府2012)。発生する津波の高さや到達時間,発表される津波警報・注意報の種類,自宅や避難経路等の標高,移動手段,自宅がある集落の道路状況等を,ワークショップ等を通じて,個人レベル(パーソナル・スケール)で総合的に把握して,個々に避難行動を熟考しておくべきであろう。

    <謝辞>本研究は,科研費基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

  • 八木 浩司, 松四 雄騎, 熊原 康博
    セッションID: 945
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    大ヒマラヤからミッドランドに移行する海抜3500m以下のエリアには,大規模深層地すべり地形が密に分布図する.大規模深層地すべりは千枚岩地域や眼球片麻岩類が北西落ちの流れ盤構造を示す地域に多い.大ヒマラヤ山麓部から低ヒマラヤ帯にかけて空中写真判読を行った結果,カトマンドゥ盆地北東外縁・ランタン・ヒマール東部山麓,のスン・コシ流域インドラワティ川とその支流との合流点付近のGinsakot周辺に,巨大な地すべり地形を発見した.今回演者らは,地すべり移動体で一時的に閉塞された支谷に残された湖成の有機質堆積物に対してAMS年代測定を行ったことから,その結果と合わせてGunsakot地すべりの発生時期について報告する.

  • 青木 賢人
    セッションID: S307
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
    会議録・要旨集 フリー

    2024年の石川県能登地方では,1月1日に珠洲市を震源とするMj7.6,最大震度7(輪島市・志賀町)に達した令和6年能登半島地震(以下 能登半島地震)が発生したことに続き,9月21日の輪島市・珠洲市を中心とした令和6年奥能登豪雨(以下 奥能登豪雨)が発生し,住民に多大な被害が生じた.この一連の災害によって,能登地域では多くの住民がさまざまな形の「避難」を余儀なくされた.本発表では能登半島地震発生時からの時系列に沿って,アラカルト的ではあるが「避難」に関わる諸相を指摘していきたい.

  • 島本 多敬
    セッションID: 605
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. 問題の所在 千葉(1956)は人為的林地荒廃(はげ山)を形成した歴史的な地域構造を探究し,その後,千葉(1973)は土砂の流出や堆積が引き起こす問題への地域側の対応について,史資料や地域調査をもとにいくつかの具体例を紹介した.それら事例は,近世以降,生業や土地所有関係に規定された過度な植生利用とその帰結としての土砂の移動が構造化された状況で,築造された土木施設や浚渫などの労働が水害・土砂災害への対応の一種として,村落景観の形成に寄与していたことを示唆している.近代土木工学導入以前の土砂留め(砂防)については,土木史分野などで『土木工要録』『水理真宝』といった書物をもとに,堰堤や山腹工に相当する工法が用いられたと紹介されている.しかし,それらは明治中期に工法の回顧と改善を目指して編んだ工法書の例であり,在来の手法による村々の土砂移動対応については,同時代,あるいは地域に残された史資料による検証が必要である.近世の村々による土砂留めについては普請明細帳や一部の古地図を用いた分析(水本 2022)があるものの,17世紀末以降の沈砂池を利用して水路の土砂堆積を防ぐ例が確認されている(島本 2023,渡部・島本 2024)ように,施設・工法の種類や分布については,なお未解明な点を残している.2. 分析方法 本報告では,はげ山や土砂流出の問題が顕著であった近江国を事例地に,明治初期に統一的な記載指示に基づき作製された村絵図から土木施設の表現を検討し,上記の課題について基礎的考察をおこなう.対象資料は,滋賀県立公文書館に収蔵されている村絵図群(普請所調査絵図)である.同資料は計1,174点からなり,普請の費用補助の有無や土木施設の種類・規模について詳しく記した図である.そのなかには,普請所の一種として「砂留」やそれに類する呼称の施設を描いた図が見出せる.それらの表現を分析するとともに,関連する「滋賀県歴史的文書」や自治体史所収の史資料も援用し,「砂留」などの形態や機能を推定した.3. 結果 「砂留」「砂溜」などと呼ばれた施設には,明らかに護岸と推定される土留石垣を除くと,谷筋に直交して築かれた堰堤,沈砂池,土砂を河岸側に堆積させる意図で設けられた水制が見出せた.これら「砂留」などの記載がみられる図の数を郡別に整理し,各郡の総図数に占める比率を示すと,坂田郡33点(21.0%),高島郡7点(12.5%),犬上郡10点(11.2%),蒲生郡13点(10.1%)の順となった.堰堤には,谷筋にあって用水との関係が明記されたものとそうでないものがある.また,沈砂池には,水路に接続しているものと,谷筋に築かれた溜池(谷池)の上流側に付設されたものがある.用水との関わりが明記されていない堰堤には崩れた土砂を止める機能が,それ以外の施設は,用水の中に含まれる土砂を取り除く機能があったと考えられる. 先行研究において存在が指摘されていた近世の土砂留めの工法には,植栽工事を除くと,先述の土木工法書に示されていたものと同様の,谷筋の堰堤,山腹に施すしがらみ工のようなものであった(水本 2022).しかし,当時の村々が「砂留」と称していた施設には,水路・溜池への土砂堆積を防ぐ目的と推定されるものが一定数確認でき,山地から流出する土砂への工学的対応については,より多様な手段・施設の存在があったと考えられる.今後は,地質・地形的条件の違いに留意した地域間比較,普請目論見(出来方)帳など,土木施設の構造を知ることができる史資料と合わせて詳細を検討すること,それらを通じて当時の「土砂留め」「砂留」の語の範疇などを明らかにすることなどが課題である. 本報告はJSPS科研費21K13163の助成を受けた成果です.文献島本多敬 2023. 絵図・地図からさぐる比良山麓の村々の土砂移動対応. 島内梨佐ほか編『地域の歴史から学ぶ災害対応―日本各地につたわる伝統知・地域知―』96-107. 総合地球環境学研究所.千葉徳爾 1956. 『はげ山の研究』農林協会.千葉徳爾 1973. 『はげ山の文化』学生社.水本邦彦 2022. 『土砂留め奉行―河川災害から地域を守る―』吉川弘文館.渡部圭一・島本多敬 2024. 山の荒廃と土砂対応. 吉田丈人ほか編『災害対応の伝統知―比良山麓の里山から―』57-78. 昭和堂.

  • 榊原 保志, 濱島 良太
    セッションID: 316
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    小学校において災害アーカイブ動画を一斉形態で視聴する授業を行い,児童がどのように避難生活を理解し,防災意識が変わるのかを調べた.授業前後で質問紙調査を実施した結果,児童は避難生活で困ることは,水・食料・トイレで困ると理解していた.授業は難しく,楽しいものではなかったが,多くの児童は避難生活が大変なものであることがわかり,防災について真剣に考えるようになった.

  • 中村 祐輔, 高畠 亮, 日下 博幸
    セッションID: 808
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Stewart and Oke (2012)が提唱したLocal Climate Zone (LCZ)は,都市気候だけでなく,様々な研究分野で活用されている.一方,日本などの都市に対して,LCZクラスの分類が不適切となるケースが指摘されている(Chiba et al., 2022).そこで本研究は,国土交通省PLATEAUデータなどの高品質な都市街区・自然地理情報を用いて,日本の都市環境に適合するLCZクラスを再定義した「日本版LCZ」の開発を目的とする.

     対象地域として,大阪府大阪市,静岡県静岡市および埼玉県さいたま市を選定した.分類に使用するパラメーターには,建蔽率,平均建物高さ,不浸透面率,表面熱伝達率,建物数,建物階数,エネルギー消費を採用した.各パラメーターは,対象地域内で100mメッシュ毎に算出された(N=68681).分類は,標準化したパラメーターを自己組織化マップ(Self-Organizing Map: SOM)に適用した後,k-means法でクラスタリングすることで実施された.パラメーター作成には,PLATEAUデータを用いた.また,開発された日本版LCZと各クラスにおける気象との関係を調査するため,2024年9月4~5日の大阪市街地において,暑熱観測を実施した.

     図1に,大阪市における分類結果を示す.各クラスターの空間分布やパラメーターの値から,都市形態や土地被覆の特徴に従って適切に分類されたことが分かる(図省略).図1の結果を基に開発された日本版LCZを図2に示す.日本版LCZでは,都市街区が11クラスに分類された.なお,クラスター12~15は,自然に関するパラメーターが高いため,都市クラスから除外した.日本版LCZのクラス3~5および9~11は、従来のLCZと類似する.一方,その他は新しく提案された日本独自のクラスである.住宅街であるクラス6~8は,その他クラスより表面熱伝達率が約200 Jm-2s-1/2K-1 低く,木造建築が多い日本の住宅街の特徴が表れた分類結果といえる.以上のことから、日本版LCZが従来版よりも日本の都市をよく再現していることが示唆される.

  • 阿子島 功
    セッションID: 933
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    約2000―1500年前に描かれた地上絵を指標にして扇面の地形プロセス、地上絵の線に関わるAv層の観察について述べる。この地区の特性を下線部で示す。

    1 隆起扇状地台地の年代論 ナスカ盆地は西アンデス山脈の前縁帯盆地であり、中新世ピスコ海盆(延長300km、幅数10km)に起源をもつ第四紀の構造盆地である。ナスカ台地は、ナスカ盆地の東北部を占める隆起扇状地台地であり、高度500~300m、延長15km、開析谷底との比高100mである。その北側の開析谷沿いに約30m低い段がついている。礫表面の風化被膜に差はない。台地礫層の直接年代資料はないが、北15kmのパルパ盆地の上位の台地面(高度600~400m)の10Be法による年代が約100万年前、下位面が約20万年前(Hall et al,2008)で両者の比高は20mである。高度・連続性・開析度によってナスカ台地の上・下位面に対比されるが上位面を約100万年前とするのは(下位面との20mの比高を生ずるのに80万年間となり)過大であり、隆起量から数10万年前ではないか。ナスカ台地を構成する扇状地礫層の最大層厚は約100m、扇央北縁では鮮新世(?)の 未固結細粒砂層にアバットしている。礫層の起源はアンデス山脈西斜面である。なお、ピスコ堆積盆の北部の台地面は基盤岩が未固結海成砂層であるため礫が生産されず、台地上面が侵蝕面で砂漠となっている。中新世ピスコ層は少なくとも厚さ数100mは削剝されているであろう。ナスカ台地の南側のマホエラス川より南の台地の上面は東側丘陵に発する小河川群の扇状地面となっており、稀ではあるが短時間強雨によって生ずる洪水時には砂・シルトが広く堆積する(alluvial fanであるが同義でpedimentと記載されていることが多い)。

    2 地上絵が描かれた地形面  大型の図像と種々の幾何学図形の地上絵はナスカ台地の北東部に集中しており、浸食に対して安定した地形面が選択されている。この地形面は波状で起伏は小さく(2m格子DEMで5-10cm等高線図表現が可能)、緩い尾根型斜面では2000―1500年前の地上絵の線(深さ数~20cm程度)のほとんどが保存された面上の集水域は限られるので河川浸食は軽微であり、浅い谷底面のうちの河流跡でのみ地上絵の線が不明瞭となっている。現代の4輪車の轍や馬車の轍(単独の深い平行線、細く浅い無数の線が帯をなす)は 浅い谷底面のうちの河流跡に切られるが、その深さは地上絵の線の場合とほとんど変わらないから、下刻深さに差はない。

    3 地上絵のカンバス―― desert pavementとAv層

    台地上面は 礫原 desert pavementである。露頭でみる扇状地砂礫層中にレンズ状砂層もあるが地表に露出すれば風で除去されるであろう。個別の礫は赤黒い被膜desert vanishで覆われているため扇面全体が赤黒くみえる。礫の上面と下面では皮膜色調に差があることから、礫は万年単位で動かされていない。赤黒く風化した礫の層準(厚さは数石未満)の直下に明色の細砂・シルトで充填された層準(vesicular A soil horizon, Av層)があり、暗色皮膜礫の層準を除去・荒らすことによって地上絵(線・面)が描かれている。

    4 風成層  風成砂の起源は北西50kmの海浜から台地に吹き上げる列状砂丘および段丘崖の第三紀層の砂層であるが、地上絵が覆われて見えにくくなっているのは海岸から20kmまでであり、ナスカ台地に旺盛な風成砂は到達しない。ナスカ台地では日常的に午後に強風が吹くので、積もってもごく薄い風成砂が循環している。風で礫が動かされることはないから地上絵の線は消えない。

    5 地上絵の線  マリア・ライヘによって図像の地上絵が始めに記録されたとき線は箒で清掃された。その後、主たる図像は文化庁(現・省)によって箆によるなぞり書きが行われている。現在、地上絵の線には雨水で溶かされた風成層(砂・シルト)が堆積しているところが多く、そのため線はより明るく強調されて見える。風成砂が雨水で移動した根拠は、広がり、細礫の移動跡、乾燥割れ目が観察されることである。無数にある直線は加工されていないので指標にできる。

    6 Av層と降雨  Av層の成因には諸説あるが、それぞれ形成環境が異なっているのであろう。この地区では 緩んだ礫層表層の隙間に雨水で溶かされた風成砂が入り込んで固結したものと考えられ、稀なる降水の作用が欠かせない。Av層は浸透を妨げるので当地のAv層の層厚は飽和・平衡状態になっているのではなかろうか。

  • 佐藤 善輝, 小野 映介
    セッションID: P085
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    巨椋池はかつて京都盆地の南部に存在した淡水池沼である.1590年代に沿岸に太閤堤が築かれたのち,1941年に干拓によって消滅した.巨椋池周辺の地下地質に関する研究は多くあるものの,その成立過程や環境変遷については不明な点が多い.増田ほか(2019)は多数のボーリング資料の解析や既報の年代測定値に基づき,盆地南西部に木津川由来の砂から成る砂堆が分布し,7~8 ka頃にそのせき止め作用によって巨椋池の原型となる湖沼が形成され,5~3.5 kaに水域が拡大した可能性を指摘した.また,金原(2011)は花粉分析から,14~15世紀頃に水深が1 m程度増加した可能性を示唆した.本研究では,巨椋池の環境変遷を復元することを目的として,既存の長尺ボーリングコア試料の再観察に加えて,新規に浅層部のボーリング調査を実施し,珪藻化石分析,放射性炭素(14C)年代測定を行った.本発表ではその結果と予察的な考察について報告する.

    2. 調査・分析方法

    久御山IC付近で掘削されたKD-0コア(標高10.8 m;木谷・加茂,2010)について,深度3~15 mの層相を詳しく観察した.また,浅層部の堆積物をより詳細に観察するため,巨椋IC付近(標高約8.6 m)において,ハンドオーガーを用いて掘削長5.25 mのコア試料(OG-1)を新たに採取した.両コア試料から,珪藻化石分析用と14C年代測定用試料(計9点)を採取した.年代測定は加速器分析研究所に依頼し,AMS法により実施された.年代測定値はCalib8.2によって暦年較正し,データセットにはIntCal20を用いた.

    3. 結果

    1) KD-0コア

    KD-0コアは,深度14 m以深に沖積層基底礫層と推定される礫層があり,それを覆う有機質シルトと中粒砂~砂礫の互層が深度7.8 mまで認められた.深度12.62 mおよび9.06 mから7,824 cal BP(確率中央値,以下同様),5,185 cal BPの年代測定値が得られた.深度7.8 m以浅では均質な粘土層から成り,深度7.1 mからは4,428 cal BPの年代測定値が得られた.珪藻化石は全体に保存状態が悪く,ほとんど産出しなかった.

    2) OG-1コア

    OG-1コアは4ユニットに区分される.

    ユニット1(深度5.10~5.25 m):中粒砂~極粗粒砂から成り,後背地に分布する花崗岩に由来すると推定される長石や石英などの砂粒子が多く混じる.掘進不能となるため,本ユニットの下端深度は不明である.深度5.15-5.25 mと5.10-5.15 mからそれぞれ3,430 cal BP,4,740 cal BPの年代測定値が得られた.珪藻化石は,淡水生付着性種のEunotia属やPinnularia属が多産する.粗粒堆積物が卓越することから河川チャネルあるいは洪水堆積物の可能性が高い.

    ユニット2(深度2.76~5.10 m):極細粒砂混じりシルトを主体とし,ところどころに極細粒砂~細粒砂の薄層を挟む.全体として上方に向けて砂分が増加し,上方粗粒化傾向を示す.深度4.40 m,4.45 m,2.76 mからそれぞれ4,122 cal BP,4,153 cal BP,908 cal BPの年代測定値が得られた.深度4.4 m以深では淡水生付着性種のCymbella属が多産し,河川指標種のRhoicosphenia abbreviataがやや多く産出する.深度4.4 m以浅は珪藻化石の含有量が少ない.

    ユニット3(深度0.30~2.76 m):灰色を呈する均質な粘土~シルトから成り,深度2 m付近よりも下位ではやや腐植質となる.ユニット2と異なり,砂分の混入はほとんど認められない.深度2.70-2.75 mから1,292 cal BPの年代測定値が得られた.ユニット全体にCymbella属,Epithemia属などの淡水生付着性種が卓越する.ユニット2に比べて河川からの土砂供給が減少した可能性が示唆される.

    ユニット4(深度0.00~0.30 m):埋土および耕作土である.

    4.考察

    OG-1コアでは全体に付着性珪藻が卓越し,Aulacoseira属などの浮遊性珪藻が卓越しないことから,少なくとも本コア掘削地点周辺では水深が1 mよりも浅い沼沢地~湿地の環境が長期間,維持されてきた可能性が高い.KD-0およびOG-1コア周辺における沼沢地の成立時期は4.7k頃と推定され,北東部(増田ほか,2019)よりもやや遅い.ユニット2から3への変化は,OG-1コア掘削地点周辺に流入する河川由来の粗粒堆積物の減少を示唆する.その年代はおおよそ1.3 ka頃と考えら得れる.少なくとも珪藻化石群集からは顕著な水深の増加は認められないことから,粗粒堆積物減少の要因としては,宇治川や木津川などの河道位置あるいは土砂供給量が変化したことや,築堤などの人為的な影響が考えられる.

  • 氷見山 幸夫
    セッションID: S107
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 

     私は2016年~2020年の4年間、IGU(国際地理学連合)の第25代会長を務めた。日本から初めて、アジアで2人目の会長であった。この稀有な経験は、日本地理学会無しではあり得なかった。1980年8月留学先のロンドンから帰国、東京国際地理学会議(IGC) に参加したのが私のIGUとの最初の出会いであった。日本の大学で地理学を専攻しなかった私には、そこで会った日本の地理学者たちの国際化推進への意欲は印象的だった。日本地理学会はその日本の地理学界の中心にあり、それを足場に私は国内の土地利用変化研究の組織化や研究費の獲得、国際会議の開催、更にはIGUへの土地利用・被覆変化研究委員会の設置、IHDP(地球環境変化の人間的側面国際研究計画)への参加、日本学術会議での諸活動、IGU副会長・・と歩を進めた。そのような日本地理学会の実績と課題について考える。

    2.IGUと日本の歴史的関係

     IGUの初代会長はフランスのPrince Roland Bonaparte(1922~1924)、他に英国、イタリア、ベルギー、スペイン、日本の5か国の役員がいた。日本人の山崎直方は非欧州系唯一の役員(副会長)であった。日本はその後木内信蔵副会長(1972~1980)、吉野正敏副会長(1992~1996)、田邉裕副会長(2000~2008)、氷見山幸夫副会長(2010~2016)、同会長(2016~2020)、同副会長(2020~2024)とほぼ半世紀、ブランクを挟みつつも役員の襷を繋ぎ、IGUと日本の地理学界を結び支えてきた。IGU役員会は現在、会長、直前会長を含む9人の副会長、事務局長で構成される。副会長待遇の直前会長を除き選挙で選ばれるが、会長と事務局長は通常役員会内部で副会長経験者の中から候補者が絞り込まれる。とにかく次回の役員選挙で日本から副会長が選出されることを期待する。

    3.IGU日本委員会と日本学術会議

     IGUの会員は国であり、日本の場合日本政府が日本学術会議を通して分担金をIGUに払っている。IGU日本委員会の役割は日本学術会議地球惑星科学委員会IGU分科会が担っており、同分科会委員長はIGU日本委員会委員長を兼ね、IGUで日本を代表する。IGU分科会の委員はほぼすべて日本地理学会の会員だが、両者の連携は所与ではなく、関係者がその重要性を認識し、積極的に推進する必要がある。IGU各国委員会はIGUの規約に記された地理学の振興普及のための諸活動を国際的側面に留意しつつ国内で推進することが期待される。IGU役員会や国際学術会議、日本学術会議および関連の諸団体から各国委員会委員長に送られる多くのメールに目を通し、国内地理学界に適切に周知し対応することも各国委員会の重要な責務で、それには日本地理学会等の国内関連学会の協力が欠かせない。

    4.IGUの主な活動への日本からの参加

     IGUの主な集会には4年に1度の国際地理学会議(IGC, International Geographical Congress)と、基本的にそれらの中間年に開かれる国際地理学会議(RC, IGU Regional Conference)がある。IGCの歴史は古く、第1回は1871年のアントワープ大会に遡る。アジアでの開催は第21回デリー(1968)、第24回東京(1980)、第29回ソウル(2000)、第33回北京(2016)、第34回イスタンブール(2021)と続いている。東京大会から45年、そろそろ次のIGC招致を視野に入れたらどうか。IGUには40余りのコミッションがあり、研究集会の開催やIGCやRCでのセッションの開設、プロジェクトの企画推進などの活動をしている。各コミッションには議長と10人程の委員からなる執行委員会があるが、日本人議長も執行委員も近年減っている。地理オリンピックも成績が今一つである。学会としてやれることはないだろうか。

    5.結語

     IGUは国際学術会議(ISC)所属の国際学会の中で規模は特に大きくはないが、存在感と影響力は近年かなり大きい。それは歴代のIGU役員らの分野の枠を超えた活躍や持続可能社会を目指す諸活動への地理学者の大きな貢献に加え、学際性、超学際性、地域的視点、空間的視点、総合的視点、学術と教育の連携など地理学が元来有する特性が時代のニーズにフィットした面が強いと思われる。IGUとの関係の一層の強化は、日本の地理学界の更なる国際化と発展に大きく貢献する。またそれを日本学術会議における活動の強化と関連付ければ、斯学に対する国内的な理解の増進と評価の向上にも大いに役立つと思われる。

  • 藁谷 哲也, 江口 誠一
    セッションID: P087
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    岩石ワニス(以下ワニスと略称)とは,岩石や考古学的遺跡の表面で認められる暗色の被膜で,おもに高温・乾燥した地域で発達している。本研究では,西オーストラリア州バラップ半島に発達するワニスの色彩と表面硬度を計測し,両者の関係を分析した。半島は,インド洋に面した西オーストラリア州西岸に位置する。半島は標高132m以下の丘陵からなり,表層部が長径2~3m以下の岩塊に覆われる。主な地質は,2990Maのダンピア花崗岩体に2725Maに貫入してきた斑れい岩と文象斑岩である。斑れい岩は半島の東部,文象斑岩は西部にそれぞれ分布する。半島の気候環境は年平均最高気温32.5℃(1993~2020年),年降水量324.6mm(1991~2020年)である。

     色彩は土色計を用いて計測した。計測はともに晴天日の2019年3月19日にDeep Gorge(以下DG),3月20日にHappy Valley(HV)にある長径約1mの岩塊で実施した。DGの岩塊ではワニス発達部,HVのそれではワニス発達部に加え,岩塊表面が剥げ落ちた部分,及び岩塊内部の未風化部で計測した。計測はCIE L*a*b*表色法で計測し,色彩変化を分析するため,未風化部の色彩(L*0, a*0, b*0)を基準として色差(ΔE*Lab)を求めた。岩塊表面の硬度は,エコーチップを利用して,色彩計測と同じ期日に同一岩塊を対象に計測した。一般に,岩石表面のコーティング,case hardeningでは強度の増加が指摘される。しかし,計測したワニスの発達する岩塊表面の平均硬度は,新鮮な未風化部のそれより約40~54%も低いことがわかった。また,硬度と色差との関係は,両者に強い正の相関があることが示された。これは,今後岩塊表面の強度低下とワニス形成速度との関係性を検討する鍵になるだろう。

  • ―店舗構成と土地利用の変化に着目して―
    高杉 航大, 大西 沙武, 木村 ことの, 山邉 勇和, 鈴木 修斗
    セッションID: P026
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ. はじめに 

     近年,日本の地方都市における中心商店街の衰退が問題になっている.そうした中で,全国各地で商店街の振興が注目されている.地理学では,地方中小都市の中心商店街で展開される再生の試みに関する研究がなされてきた.商店街の変容過程には,それぞれの地域によって差異があり,その差異は店舗構成や土地利用などの条件の違いによるものと解釈できる.商店街の変容過程の背景を知る上では,商店街の歴史的な変遷を明らかにすることが有効な手法であると考えられる.また,中心商店街の活性化やまちづくりに取り組む主体の動きにも注目する必要がある.

     本研究では,神奈川県松田町の中心市街地内に位置する駅前通り商店街(ロマンス通り商店街・仲町通り商店街・ファミリー通り商店街)を事例に,商業環境の変化を踏まえたうえで,店舗構成と土地利用の変化の分析をもとに,商店街の変容を明らかにすることを目的とする.

     本稿では,駅前通り商店街の店舗構成や土地利用の変化に着目して,その変遷を分析する.さらに,商店街の各店舗や松田町役場,足柄上商工会に聞取り調査を実施した結果から,商業環境の変化を分析する. なお,駅前通り商店街の店舗構成と土地利用の変遷については,1983年と2004年のゼンリン住宅地図および2024年9月に実施した土地利用調査の結果を比較分析した.

    Ⅱ. 松田町における駅前商店街の変遷

     1983年の土地利用で特徴的な点としては,中央部に農地が残っていることである.松田地域での商品生産農業の主体はみかん,茶が中心で全体の50%以上を占めていた.1970年以降過剰生産による価格の暴落で経営困難に陥り,他産業へ移動したり,宅地として耕地を手放したりする者もあらわれた.しかし,この果樹生産の名残が1983年時点ではまだ町に残っていたと考えられる.

     2004年は1983年に比べて,住居が増え,倉庫などとして利用される空き地や事務所などが増え始めた.しかし,小売り・サービス業の店舗の数は1983年に比べ減少しており,住居へと建て替えが進んでいる.

     2024年は2004年に比べて,空き家が増加し,さらに小売店の数も減少している.そして,空き地を駐車場に転換する動きがみられる.店舗構成に着目すると,1978年から2024年にかけて全体の店舗数は増加している.サービス業をみると,居酒屋・スナックは1店舗から17店舗と大幅に増加し,飲食店でも8店舗から15店舗と増加している.このことから,松田町の商店街は居酒屋や飲食店が支えていることがうかがえる.

    Ⅲ.まとめ

     本稿の知見は以下の3点にまとめられる.第1に,2024年現在営業している店舗の多くは老舗店である一方で,新規店は居酒屋をはじめとした新規開業の飲食店が増加している.第2に,駅前中心商店街では空き家・空き地が増加しており,空き地を駐車場に転換する動きがみられる.第3に,各商店の売り上げは減少傾向で,後継者不足の問題から商店街の衰退が進んでいることが明らかになった.

     松田町特有の店舗構成や取り組みによって,商店街を維持しているものの,空き店舗が増加していることから,衰退が進むと考えられる.しかし,松田町では行政を中心とした新松田駅前周辺の再開発が計画されており,住みやすく賑わいのあるまちへの変容を目指す動きもある.

    ※本研究はJSPS科研費(23K18738,23K28330)の助成を受けたものである.

  • ―神奈川県松田町の寄ロウバイまつりを事例としてー
    宍野 亜唯, 岡村 宰, 岩嵜 優波, 小林 新拓, 鈴木 修斗
    セッションID: P037
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに 

     現在,日本では急激に少子高齢化が進んでいる.世界の先進国の中でも日本の少子高齢化率は非常に高い.また,少子高齢化が進む中で,人口が東京圏へ集まり,地方圏の人口が減少している.人口減少は大都市圏よりも地方圏の方が危機感は強く,一度人口が減った地域では,今後も人口が減少し続けるといわれている.そこで地方圏では,地域づくりの担い手不足に直面している.担い手不足が進むと,地域活動の継続が困難になる.地域づくりにおいて重要な要素として各地域で行われる地域行事が挙げられる.祭礼行事もそのうちの一つだが.地域で行われる祭りでも担い手の問題が起きている.地方圏から東京圏に流出する若者の増加によって地方圏では祭りの維持管理する若者が不足している.人口減少や高齢化,若者の都市への流出によって農村地域の過疎化が進行している現代において,新たに起こったまつりを考察することは農村地域の維持や関係人口創出を考えていく上で非常に重要な視点であると考えられる.本稿では,神奈川県松田町の寄ロウバイまつりを対象として,地方圏で地域づくりのために行っている近年はじまったまつりの発展過程について明らかにすることを目的とする.本稿では行政,地域住民,祭りの出店者への聞き取り調査や広報冊子の分析から,農山村における地域祭りの創出とその発展要因を考察した.

    2. 寄ロウバイまつりの発展プロセス

     寄ロウバイまつりは毎年1月中旬から2月の下旬にかけて行われる松田町の祭りの1つである.祭りの主催は松田町だが,主管はロウバイ部会や養魚組合,みやまの里などが属している寄ロウバイまつり実行委員会となっている.祭りの開催場所となっているロウバイ園では13,000㎡以上の敷地面積の中に20,000本,3,000株のロウバイが植栽されている.園内には1周30分~1時間ほどの周遊できるルートが整備されている. そもそもロウバイとは,中国原産の落葉低木で,ウメ・スイセン・ツバキとともに「雪中の四花」といわれる.ロウバイの語源は,冬に咲かせる黄色い花がロウ細工のようにみえることに由来する.ロウバイまつりの開催期間中は,地元の農産物や加工品などが園内で出店され,管理センター前にはキッチンカーなどが並ぶ.2024年現在では,神奈川県内や東京・山梨などの近県からも多くの来場者が訪れる祭りとなっている

    3. 寄ロウバイまつりの発展要因

     寄ロウバイまつりは2012年の開催以降,関東最大級のロウバイの祭りにまで発展した.寄ロウバイまつりの発展過程を黎明期,拡大期,メディア広報期の3期に分けて整理した.

    まず,黎明期は荒廃地対策と寄地域振興の発展を図るために荒廃地を開墾しロウバイを植えた2006年から,2016年頃までの時期である.ロウバイ園は松田町の所有地ではなく,寄地区の地主の所有地であるため,地元の人々が町のために貸している. 2006年には寄中学校3年生の卒業記念として250本植えた. 拡大期は2017年から2018年にかけての時期である.第7回のロウバイまつりは,2018年1月13日(土)〜2月18日(日)まで開催された.この時期に来場者数が急増した.その背景として,開催までにロウバイ園の設備が行われた.メディア広報期は2019年以降の時期である.ロウバイまつりが2012年から開催された地域祭りであるにもかかわらず,来園者数が2万人に達し,2万本の花が咲く関東最大級のロウバイ園になった要因としてはメディアに取り上げられたことが大きい.

    ※本研究は科研費の一部(23K18738,23K28330)を使用した.

  • 吉田 圭一郎, 濱 侃, 吉田 光翔
    セッションID: 717
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    I はじめに

    地球温暖化による植生変化の把握は喫緊の課題であり(IPCC 2022),植生地理学における重要な研究テーマの一つである.特に,植生帯境界(ecotone)はわずかな気候変化にも敏感に応答し,優占種の交代や植生構造の変化が生じる.これにより植生帯の移動や植生分布の変化が引き起こされるため,気候変化にともなう植生変化を詳細に把握するためには,植生帯境界の植生構造を高精度に明らかにすることが不可欠である.

    近年,無人小型航空機(UAV)を用いた森林の近接リモートセンシング(close-range RS)が急速に普及している.特に,UAVに搭載したレーザースキャナ(UAV-LiDAR)を用いることで,地形や森林構造を高精細に計測する技術が進展してきた.そこで本研究では,UAV-LiDARを用いて高精細な地表面および森林の三次元点群データを取得し,植生帯境界における地形と関連した樹高分布を高精度で把握することを目的とした.

    II 調査地と方法

    本研究の調査地は静岡県函南町の函南原生林である.函南原生林は箱根外輪山の南西斜面に位置し,江戸時代から「禁伐林」として厳重に管理されてきた森林である.このため,原生の状態に近い自然林が保持されており,常緑広葉樹林と落葉広葉樹林との植生帯境界が形成されている.

    本研究では,函南原生林の約22haを対象に,UAV-LiDAR(DJI社製Zenmuse L1)によるレーザー測量を実施した.取得した三次元点群データを基に,高精細な地表面データ(DTM)を作成した.また,森林の表層モデル(DSM)との差分を利用して林冠高モデル(CHM)を算出した.さらに,オルソモザイク画像の判読より作成した樹冠ポリゴンをCHMと重ね合わせることで,林冠木の樹高を抽出した.

    III 結果と考察

    高度100mからUAV-LiDARにより取得した点群データを基に,山地斜面の森林域においても高精度なDTMを作成できることを確認した.調査範囲内では,谷沿いを中心にハコネダケが高さ2~3mで密生する場所が存在したが,そうした場所でも地表面を正確に捉えることが可能であった.

    オルソモザイク画像の判読から林冠層を構成する樹木が4094本抽出でき,その密度は178本/haであった.また,林冠の季節変化から常緑広葉樹と落葉広葉樹を区分することが可能であり,両者の混交林が成立していることを確認した.

    林冠木の樹高分布には地形に応じた空間的な偏りが認められた.樹高20m以上の林冠木は主に谷沿いに分布し,尾根上では林冠木の樹高が相対的に低い傾向がみられた.空間的自己相関を考慮した空間回帰モデルによる解析結果から,地形の形態的特徴が樹高の空間分布に寄与していることが示唆された.特に,尾根上や標高が高い場所ほど,林冠木の樹高が低下する傾向が確認された.

    常緑広葉樹の林冠木は主に尾根上に分布しており,その最大樹高は標高の上昇にともない低下する傾向がみられた(図1).これは,標高の上昇にともなう気温低下が常緑広葉樹の伸長生長を抑制するためであると推察された.その結果,林冠層の優占種が落葉広葉樹林に置き換わり,常緑広葉樹林から落葉広葉樹林への植生帯境界が形成されるものと考えられた.

    本研究は,公益財団法人市村清新技術財団 第33回植物研究助成(「UAVレーザースキャナを用いた植生帯境界における森林構造の把握」),および科学研究費補助金基盤研究(A)「高精細な地表面・植生情報を用いた山地植生の境界移動プロセスの解明」(研究代表者:吉田圭一郎,課題番号:24H00126)による研究成果の一部である.

  • 平間 怜音, 伊東 龍我, 千葉 琉斗, 小室 隆
    セッションID: P070
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.はじめに 

    日本2位の水域面積を持つ霞ヶ浦(西浦,北浦,外浪逆浦,常陸利根川を含めた総称)周辺には膨大な数の石碑や宗教的建物が建っており,とりわけ水神の石碑(以下,水神碑)が際立って目立つことが報告されている(五十川・鳥越,2005).他に,霞ヶ浦周辺の湖沼では,霞ヶ浦(西浦)の東側に位置する北浦(羽生,1969)や千葉県の手賀沼(柳,1996)において水神碑が湖岸に配置されていることが報告されている.水神碑は,主に水害を起因としたものや漁業や水運業の関係者に向けて建立されているものが多く,潮来町(現:潮来市)の水神碑は大洪水の翌年あたりに建立され(藤島,1995),霞ヶ浦西岸の水神碑は漁業関係者に向けられたものが多い(五十川・鳥越,2005).これらの水神碑の立地は,すべて利根川流域内の湖沼の水辺において見られるもので,琵琶湖や浜名湖といった他の湖沼の水辺においては特筆して確認されなかった.本発表では,霞ヶ浦西岸と同じ利根川流域内である北浦や手賀沼における水神碑の立地を調査し,水神碑が建立された目的や役割を比較する. 

    2.調査方法 

    本調査では(五十川,鳥越,2005)における水神碑の調査を参考に,2024年10月31日から11月2日にかけて霞ヶ浦西岸で現地調査を行い,先行研究により記録された一部の水神碑の他,記録されていない水神碑と思わしきものを確認し,水神碑に彫られている年号と,座標を記録した.水害との関連性を明らかにすることを目的に記録した年号は,霞ヶ浦の水害の歴史が記載されている書籍の収集や,茨城県霞ケ浦環境科学センター内に展示されている年表を参考に考察した.北浦(旧:北浦村の範囲に限る)と手賀沼の水神碑については,Google Mapの検索結果と,羽生(1969)及び柳(1996)に記載されている所在図を参考にGoogle Street Viewのパノラマ写真を活用し,位置を特定した.

    3.結果

    霞ヶ浦西岸では五十川・鳥越(2005)の調査地点である,B-01~B-04,土浦市A-01~A-05(A-06及びA-04を除く),阿見町M-01~M-02,美浦村L-03~L-07とした.土浦市A-03では現地調査時に水神碑の祠が新しく整備されていることが確認されたため,移設の可能性が浮上した.Google Street Viewを確認したところ,約100m東に古い水神碑の祠が確認されたことや,新しい道路が敷設されていたことから,約100m西に移設されたものと断定した.また,調査範囲では既に調査された水神碑の他に11地点が確認され,合わせて29地点の水神碑の所在を確認した.そのうち年号が記載されていた水神碑は15箇所であった.記載されている最古の年号は寛保2年(1742年)で,最新の年号は平成18年(2006年)であった.但し,記載されている年号は建立された年を記していると限らないことに留意する必要がある.水害との関係を調査するにあたっては,霞ヶ浦南東部に位置する潮来町の水神碑を調査した藤島(1995)による「水害のあった年の次の年あたりに多く見受けられる」という報告を基に,水害の歴史が記載されている文献と照らし合わせた.その結果,水害が起きてから2年以内に該当する年号が記載されている水神碑は3箇所であった.次に,北浦の調査では,北浦の西岸に多く立地していることが確認された.また,北浦の西岸北側の大部分を占める北浦村(現:行方市)の水神碑を調査した(羽生,1969)を参考に確認できる限り位置を特定したところ,多くが湖岸沿いの低地に設置されていることを確認した.手賀沼では,水神碑が湖岸際ではなく手賀沼から少し離れた場所に配置されていた.手賀沼の水神碑を調査した(柳,1996)を参考に位置を特定したところ,大部分が下総台地と低地の境目の低地側に位置していることを確認した.

    4.考察 

    霞ヶ浦西岸や同じ利根川流域の北浦と手賀沼では,湖に沿った水神碑の配置が確認された.北浦と手賀沼の水神碑は水害に起因する役割を持っていたが,霞ヶ浦西岸の水神碑は水害の役割を持つものは少数派で,多くは漁業関係者に向けた役割を持つものが主流であったと考えられる.

  • 高橋 健太郎, 鈴木 美沙綺, 四方 晴喜
    セッションID: P015
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1.駒澤大学における外邦図の整理と研究

     明治期から第二次世界大戦終結までに日本が作製したアジア太平洋地域などの地図は「外邦図」と呼ばれている。駒澤大学には、地理学科の元教員の多田文男教授より寄贈された多数の外邦図が所蔵されている。2004年より、地理学科の学生を中心に「駒澤マップアーカイブズ」というグループが組織され、所蔵外邦図の整理と研究が行なわれてきた。これまでに、所蔵外邦図の目録を発行したり(初版 2011年、第2版 2016年)、活動成果を学内外で発表してきた(高橋 2022)。今回は、新たな活動成果の一つとして、駒澤大学が所蔵する外邦図のなかで稀少価値があると考えられる地図を紹介する。

    2.駒澤大学所蔵外邦図の特徴

     駒澤大学には、約9,000図幅、約10,500枚の外邦図が所蔵されている。この内訳は、目録掲載の順序・地域名で、樺太、千島列島、韓国・朝鮮、台湾、満州、蒙古、北支那、南支那、インド、セイロン、仏領インドシナ、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ニューギニア、太平洋島嶼部、オーストラリア、アリューシャン、アラスカ、海図、英国海図などである。また、地図の縮尺も250万分の1、100万分の1、75万分の1、50万分の1などの小縮尺から、5万分の1、2万5千分の1などの大縮尺まで多様である。地図の製版・発行時期も、明治期前半から第二次世界大戦期まで幅広い。これらの地図はいずれも複製ではなく、当時に印刷、発行されたもので、貴重な資料である。

    3.稀少価値があると考えられる地図

     国立国会図書館と東北大学外邦図デジタルアーカイブのデータベース(以下、両データベース)を検索し、本学所蔵外邦図との重複状況を調べた。その結果、次のような地図が特に稀少価値があると考えられる。

     一つ目は、両データベースで検索された地図と比べて、図幅名や縮尺は同じだが測量時期や発行時期が異なる地図で、約90枚確認された。これらは、韓国・北朝鮮、満州、北支那の地形図で、縮尺は20万分の1、10万分の1、5万分の1がある。例えば、両データベースでは明治・大正期に測量、発行された地図が検索されるが、本学には昭和初期のものが所蔵されている。またはその逆で、両データベースでは昭和初期の地図が検索されるが、本学には明治期または大正期のものが所蔵されている場合もある。これらの地図を比較することにより、当該地域の明治期から昭和初期にかけての地域変容の理解が深まると考えられる。

     二つ目は、両データベースで検索されない地図で、約150枚確認された。具体的には、明治・大正期に測量、発行された韓国・北朝鮮の5万分の1地形図、盗測によると考えられ幹線道路沿いの地域のみが描かれている1884(明治17)年製版の清国20万分の1地図、空中写真により測量され1920〜1921(大正9〜10)年に発行された蒙古10万分の1地形図、関東軍測量隊により測量され1936(昭和11)年製版の満州兵要20万分の1局地図、満州国治安部により製版され発行年が「康徳6年」(1939年)の満州5万分の1地形図、1938(昭和13)年発行の北支那山西省の縮製10万分の1地形図、1938年の黄河決壊事件により変化した黄河の新しい流路を書き込み1940(昭和25)年に発行された5万分の1の新黄河流域図などである。これらの地図が他機関に所蔵されていないかどうかの最終判断は、現物を実見するなどより慎重に行なわないとならないが、現段階では稀少価値が比較的高いと考えられる。

     加えて、本学所蔵外邦図のなかには、寄贈者の多田文男教授が、調査・研究のために標高や地質、土地利用などについて線や数値を記入したり着色した地図が約1千枚ある。これらの地図は、多田の研究史を考察する際の貴重な資料になると考えられる。

     本研究は駒澤大学応用地理研究所の研究プロジェクトの成果の一つである。本研究の資料は駒澤マップアーカイブズのメンバーの献身的な活動により得られたものである。記して感謝いたします。

    参考文献:

     駒澤マップアーカイブズ編 2016.『駒澤大学所蔵外邦図目録(第2版)』駒澤大学文学部地理学科・駒澤大学応用地理研究所.

     高橋健太郎 2022. 駒澤大学における外邦図関連の活動の経緯と特徴. 地域学研究 35: 27-39.

  • 持続可能な訪日観光に着目して
    杜 国慶
    セッションID: S605
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究は,日本全国を対象とし,世界最大の旅行サイトTripadvisorに掲載された27言語の投稿数を用いて,言語別投稿数の言語間異同を探り,訪日観光市場を考察する。研究対象は,旅行者から一貫して高評価の口コミを獲得し,かつTripadvisorに掲載されている施設の上位10%にランクインしたTravelers' Choiceという観光スポット412カ所(以下「Choice」と略す)である。データ収集は2024年12月にすべて手作業と目視で行われた。

  • 吉田 圭一郎
    セッションID: S704
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    I はじめに

    地球温暖化が植生に与える影響は,世界各地で報告されている1.気候変化にともなう植生分布の変化は,植生地理学における重要な研究課題の一つであり,これまでに森林限界などの植生帯境界が移動しつつあることが報告されている2.ヨーロッパや北アメリカでは多くの研究が進められてきた一方で,日本列島を含む北東アジア地域における研究事例は限られている3

    植生帯境界の移動を研究する際には,空間的な変化のパターンだけでなく,移動を引き起こす植生の動態プロセスにも注目する必要がある. これは,植生の分布変化が,構成種の分布域外への新規加入や分布境界での種間競争による枯死などの要因によって生じるためである4. 植生帯境界において,こうした構成種の更新動態や種間相互作用を把握することは,気候変化による植生分布の変化を理解するうえで不可欠となっている.

    本稿では,利尻山における森林限界を対象に,従来の植生地理学が得意としてきた空間パターンからの検討に加え,植生の動態プロセスを考慮した解析についてこれまでの成果を述べる.

    II 調査地と方法

    利尻山は北海道北部の日本海側に位置する成層火山である.緩やかな山地斜面にはトドマツやエゾマツが優占する亜寒帯針葉樹林が広がり,最北に位置するため,日本の山岳の中で森林限界の標高が最も低い.

    森林限界を含む植生分布の解明に向けて,現地での毎木調査を実施し,UAVによる上空からの画像撮影およびレーザー測量を行った.また,森林限界の移動を検討するため,過去の空中写真を用いて植生判読を行った.さらに,森林限界付近で構成樹種の動態を明らかにするため,実生・稚樹の分布調査を実施した.

    III 利尻山における森林限界の形成とその移動

    利尻山に近い稚内では気温上昇や積雪深の減少が観測されており,利尻山でも同様の気候変化が生じていると考えられる.

    利尻山の山地斜面では,標高500m付近で亜寒帯針葉樹林の林冠が不連続となり,森林限界を形成していた.UAVによる画像の判読により,森林限界に近づくほど常緑針葉樹の立木密度が低下し,常緑針葉樹は条件の良い場所に集中分布していることが確認された.また,UAV-LiDARを用いたレーザー測量から,森林限界付近では常緑針葉樹の樹高が標高の上昇に伴い徐々に低下しており,気温低下により生長が抑制されていることが示唆された.利尻山では,標高の上昇により常緑針葉樹の生残や生長が制約され,更新可能な場所が限られることで,林冠が連続しない森林限界が形成されていると考えられた.

    過去の空中写真の判読から,気候変化にともない利尻山の森林限界は40年間で41.2m上昇していることが明らかになった5.UAVによる画像の解析から,この森林限界の上昇は主にダケカンバがササ草原に置き換わり,森林限界付近で立木密度が高まることによって生じていた.現地調査では,森林限界より上方のササ草原では樹木の実生や稚樹は全く確認されなかった一方,ササが一斉枯死した場所ではダケカンバと常緑針葉樹の実生が数多く定着していることを確認した6.これらの結果は,利尻山の森林限界付近では,密生するチシマザサやオクヤマザサが樹木の更新を阻害することで,森林限界の位置が規定されていることを示唆している.また,森林限界の移動を理解するためには,上方に隣接する植生の優占種との競合関係を考慮し,構成樹木の動態プロセスを検討する必要があると考えられた.

    Ⅳ 気候変化の植生分布への影響に関する研究の方向性と課題

    気候変化による植生分布への影響を解明するには,その空間パターンを明らかにするとともに,非生物的要因と生物的要因の両面からプロセスを検討する必要がある.この課題に対して,植生地理学は次の点で貢献できる.まず,非生物的要因との関連から植生変化の空間パターンを詳細に把握でき,近年ではUAVを用いた近接リモートセンシング技術の利用が進んでいる.また,過去の現地調査に基づく植生データが蓄積されており,再調査によって植生変化を詳細に解析することができる.さらに,日本列島や環日本海地域,北東アジアでの地理的比較により,植生変化の地域性を検討できる点も強みである.

    一方,動態プロセスへのアプローチやモデリングを含む統計解析の不足が課題として挙げられる.今後,植生地理学が空間パターンと動態プロセスの両面から研究を進めることで,気候変化による植生変化を系統的に解明できるものと期待される.

    文献 1:IPCC 2022,2:Gonzalez et al. 2010,3:Verrall and Pickering 2020,4:Körner 2012,5:木澤ほか 2022,5:大庭(未発表資料)

  • 日本における技術イノベーションの空間パターン(1975年~2014年)
    鎌倉 夏来, セバスティアン バエザゴンザレス
    セッションID: P009
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    本研究は、1975年から2014年における日本の技術革新の空間的動態を分析し、技術分野ごとの集中度と共立地パターンを明らかにすることを目的とする。特に、地域イノベーション政策の導入による技術分野間の知識フローや空間的特性の変化に着目し、政策の影響を検討する。より具体的には、日本特許庁の特許データを用い、1975–1994年と1995–2014年の2期間に分けて比較分析を行った。分析においては、m関数を用いて技術分野ごとの空間的集中度を測定し、特定の距離範囲での技術の集積パターンを評価した。また、Colocation Quotient(CLQ)を用いて、技術分野間の共立地関係を定量化し、技術間の相互作用を明らかにした。

     分析の結果、農業、食品、無機化学といった分野では、研究期間全体を通じて高い集中度を示す一方、電子回路や通信技術のような汎用技術はより分散したパターンを示したことが明らかとなった。特に1990年代以降は、バイオテクノロジーや健康関連技術の集中度がさらに高まり、特定の地域で専門化が進行したと考えられる。また、これらの技術分野の集中度の変化は、都市部や主要産業集積地を中心に顕著であった。

     一方、共立地分析では、期間を通じて技術分野間の知識フローの多様性が低下していることが示された。1975–1994年の期間には、建設技術、鉱業、電子技術が密接に相互作用するパターンが観察されたが、1995–2014年にはバイオテクノロジー、化学、食品技術が他分野から孤立する傾向が見られた。この結果は、知識フローがより限定的で特化したネットワーク内に集中する方向に変化していることを示唆している。

     本研究では、これらの分析結果をもとに、技術の空間的動態を「広範的技術」「集中的技術」「支持的技術」「特異的技術」という4つのカテゴリーに分類した。例えば、農業のような広範的技術は広い地理的分布を持つ一方で、他分野との相互作用が限られている。一方、半導体やバイオテクノロジーといった集中的技術は、高い空間的集中度と強い分野間の相互作用を示しており、特定地域でのイノベーションハブの形成が確認された。

     これらの結果は、日本の地域イノベーション政策が地域専門化を促進しつつも、分野横断的な知識交流の低下を引き起こしている可能性を示唆している。特に、政策が特定地域での技術集積を成功させる一方で、知識フローの分断がイノベーションの長期的な持続可能性に影響を与える可能性がある。本研究は、空間的分析手法(m関数とCLQ)を活用し、イノベーションの地理的分布と分野間の相互作用の複雑な動態を定量的に解明した。

     今後の研究では、これらの空間的動態が経済パフォーマンスに与える長期的な影響を検討することや、他国の事例と比較分析を行うことで、イノベーション政策の最適な設計に関する知見を得ることが期待される。また、地域間の知識フローの橋渡しを可能にする政策の導入により、より包括的で持続可能なイノベーションシステムの構築が求められる。

  • 加藤 内藏進, 長岡 功, 加藤 晴子
    セッションID: 835
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに 気候や季節とそのサイクルの地域差は,日本とドイツなど明瞭な四季を持つ中緯度域の間でもかなり大きい。前回(2024年秋)の大会でも述べたように,「自分たちにとっての当たり前」とは違う気候環境や歴史,文化,価値観の存在への気づき,いわば「異質な他者」との出会いは,ESD (Education for Sustainable Development) 全体の根底としても重要である。例えば「同じ名称の季節でも,気候や季節感,それらに関連した人々の感情等の地域的違いが如何に大きいか」を発見する学習も,そのような「異質な他者」との出会いの絶好の機会となり得る。 上述の観点から,本グループは日本やオーストリア・ドイツ付近(以下,単に「ドイツ付近」と記す),北欧などを例に,気候と音楽等との連携による授業実践も含めた学際研究を重ね,それらの成果を加藤・加藤(2014,2019『気候と音楽』)等でも体系化するとともに,ドイツ付近で特別な季節とされる「春・5月」の気候と歌に注目して,大学で学際的授業の実践研究も行なった(加藤他2023, 2025。2024秋の大会でも紹介)。本研究では,「異質な他者との出会い」へ誘う授業実践例の蓄積を更に増やすために,ドイツの「夏」の九州〜関東との気候の違いとシューベルト(Franz Peter Schubert)作曲の歌曲《春に》(Im Frühling)(詩:シュルツェ(Ernst Schulze))の鑑賞を絡めて,大学で学際的授業を行なった。今回はその報告を行う。2. 授業の概要 岡山大学教育学部では,教科横断的授業の一つとして,集中講義「くらしと環境」(計4日間)を加藤内藏進が主担当として開講している。2022年度からは,長岡もゲストとして毎年参加し,ドイツ付近の「春・5月」の気候と歌に関する学際的授業も行なっている(2024年秋の大会で発表)。2022年度には,その一環として,ドイツ付近の「夏」の気候の解説も踏まえて,シューベルトの歌曲《春に》の鑑賞も行なった。3.日本との比較の視点で見たドイツ付近での「夏」の気候 ドイツ付近の気候に関する授業では,本グループによる解析図など(加藤・加藤(2014,2019),加藤(2023),加藤他(2019,2023,2025),等)を改変し,教材として提示した。 ドイツ付近では,日平均気温-7℃〜-15℃程度の「極端な低温日」が4月頃にはやっと現れなくなり,逆に5月頃には,ドイツ付近の「真夏」に近い高温日も時々は現れるようになる。しかも,ドイツ付近の真夏に対応する6〜8月頃には,平均気温が20℃程度と九州〜関東に比べてかなり低いだけでなく,日々の気温の大きな変動の中で,日平均気温が10〜15℃程度しかない日もしばしば出現する。しかも,そのような「夏」が5月・6月頃から8月頃まで続く点が注目される。 一方,夏のドイツ付近では降水日数や雷日数は多いが,総降水量や「降水日1日あたりの降水量」は,九州〜関東の梅雨期や盛夏期に比べてかなり少ない。「一過性だが激しい降水」の起きる頻度の季節的な増加も反映した可能性があるが,今後具体的に調べる必要がある。なお,気候学的な可降水量も,九州〜関東付近の盛夏期に比べ,ドイツ付近では8月でもその半分少々しかない(気象庁HPのJRA-55アトラス)。4.シューベルト《春に》の表現に関する授業での注目点 この曲は,ほぼ同じメロディを3番まで繰り返しながら,1番,2番,3番と伴奏形等を変えていく,いわゆる「変奏有節歌曲」に分類される。1番,2番の歌詞は,春の日に,かつて恋人(彼女)と過ごした丘の斜面に座って,春の情景を見渡しながら,過ぎ去った恋の思い出が歌われる。特に2番では,右手の16分音符による美しいアルペジオ(分散和音)を交えたピアノ伴奏が印象的である。そして3番の前奏から短調に転調し,彼女との恋が破れた苦しみが歌われる。しかし,3番の後半では,長調に戻り,しかも,2番で用いられた上述の伴奏形が再度現れる。そして,「おお,せめて私が,あの丘の斜面の草原にいる小鳥だったら,そうしたら,そこの木の枝に留まって,夏の間じゅう,ずっと,あの人との甘い思い出を偲んで歌い続けるのだが。夏の間じゅう,ずっと(筆者訳)。」と歌われる。 この曲の演奏や鑑賞の際に,ドイツ付近でなく,九州〜関東の「夏」を思い浮かべると,3番の「夏の間じゅうずっと」の情景や情感がかなり違い得る。従って,その違いを想像することは,「異質な他者への理解」への一つの切り口になり得ると考える。そこで,その違いをどう想像するかを,2022年度の授業に関する最終レポートの小問の一つとして課した。本講演では,それに関する学生の記述内容の分析結果についても簡単に紹介したい。

  • 松岡 由佳
    セッションID: 708
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    1. はじめに

    障がい者の社会参加を考えるうえで,就労は一つのキーワードである.現行の障害者総合支援法のもとでは,訓練等給付において就労系障害福祉サービスが一つの柱となっており,就労による自立という考え方が反映されている.背景には,1980年代以降の先進諸国において,ワークフェアに焦点をあてた政策が広まってきたことが挙げられる.

    こうした福祉政策における動向に加えて,労働政策の面でも,障害者雇用促進法の度重なる改正が行われてきた.法定雇用率の段階的な引き上げとともに,雇用率の算定対象となる障がいの範囲が拡大され,民間企業等での雇用や実雇用率は増加・上昇傾向にある.しかしながら,全国の雇用率未達成企業はおよそ46%(2024年)であり,福祉的就労から一般就労への移行という課題も残されている.

    障がい者の就業状況や障害福祉サービスの整備状況には地域差がみられることが報告されており(宮澤編 2017: 136-143; 三原 2020),地域の実情に応じた背景や課題があるものと予想される.そこで本報告では,北海道における障がい者雇用と就労支援の事例を取り上げ,行政,支援機関,経営者団体などへの調査をもとに,地域的な雇用や就労支援の状況とその背景について考察する.

    2. 障がい者雇用の状況

    北海道では,2023年に自治体や公立病院などの実雇用率が民間企業の実雇用率を下回り,公的機関における障がい者雇用が低調であることがうかがえる.一方で,民間企業の実雇用率は2024年現在で2.64であり,全国値を上回っているが,道内のハローワーク管内ごとの実雇用率には幅がある.人口の少ない地域では,雇用義務の対象となる規模の企業そのものが少なく,地域での雇用機会は限られている.また,ハローワーク管内ごとの法定雇用率の達成割合は最大で25%以上の開きがみられ,ハローワーク札幌管内の達成割合が最も低いことから,比較的規模の大きな企業が集まる都市部においても,障がい者雇用の課題を抱えていることが推察される.

    3. 就労支援の地域差

    障がい者の就労の橋渡し役となる機関としては,ハローワークや学校からの紹介,就労系障害福祉サービスの事業所や障害者就業・生活支援センターによる支援などがある.しかしながら,道内の小規模な自治体には,これらの機関が一つも存在しないという例や,近隣の機関へのアクセスが優れないという例が多数あり,広域分散型の地域構造をもつ北海道特有の課題となっている.

    上記の機関のうち,就労系障害福祉サービスの事業所は,近年全国的に増加している.北海道も同様であり,特に札幌市でその傾向が顕著である.事業所の運営主体に着目すると,札幌市の場合,営利法人が運営する事業所の割合が高いという特徴がみられた.また,これら営利法人の所在地は,道内の他市町や道外である例も複数確認された.札幌市において営利法人の参入が進むことによって,道内における就労機会や支援の地域差がさらに広がりつつある.

  • フンク カロリン
    セッションID: S606
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    持続可能な観光を展開するに当たって,島に特有な挑戦と機会が存在する。限られた資源と人材,気候条件に左右されるアクセス,権力関係における周縁化という課題に対し,その限られた資源を有効に活用する経験,独自な環境と文化資源,そして強い観光イメージが強みになりえる。本発表は世界遺産に登録され,国立公園やジオパークにも指定され,そのため持続可能性を重視すべき3つの離島を事例に,持続可能な島観光の可能性と条件を検討する。

  • -東南アジア系外国人労働者を事例に-
    児玉 尚汰
    セッションID: 747
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/03/31
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    Ⅰ. はじめに 

     東日本大震災によって被災した東北地方では,主に水産加工工場をはじめとする第二次産業の労働者として,技能実習制度の拡大とともに東南アジア圏出身者人口が増加している。彼らは地域の貴重な労働力として重要な役割を担う一方,言語や社会的繋がりなどの様々な障壁と向き合いながら生活しており,災害時にはその影響がより深刻に作用するような「災害弱者」となると考えられる。しかし,東南アジア圏を出身とする外国人技能実習生(以下,技能実習生)の日常的な視点に基づく,生活意識や実際の行動,災害意識を行動地理的に検討した研究は乏しい。 

     本研究では,Cutter(1996)を基に,「生物物理学的脆弱性」と彼らの社会的特徴を「内的要因」と「外的要因」に分類した「社会的脆弱性」から災害弱者を定義する。その上で,(1)彼らの現在の日常生活や行動,災害の知識に関する地理学的アプローチ,(2)雇用する企業や行政への定量・定性的なアプローチを用いて技能実習生の災害脆弱性要因を解明し,外国人住民を交えた地域防災の機能向上に寄与する提案を目的とする。

    Ⅱ.研究方法 

     被災3県の中でも,技能実習・特定技能の労働者が集中する岩手県沿岸部のうち,大槌町と釜石市を対象地域とした。当該地域の外国人人口の変遷を捉えた上で,大槌町と釜石市鵜住居町に立地する2つの水産加工工場A社・B社の技能実習生を対象に,質問紙および口述に基づく生活活動調査と認知地図の作成を行った。さらに,外国人労働者の受入れと災害時の対応に関する背景を探るため,企業・行政・自主防災組織を対象とする半構造化インタビュー調査を実施した。以上の調査から,対象地域における技能実習生の日常的な生活行動の実態に加えて,災害に関する意識や経験,空間認知の特徴について明らにした。

    Ⅲ.結果

     技能実習生の災害弱者としての脆弱性のうち,彼らの行動や意識が生じる内的要因と外的要因の両方が複雑に関係していることが明らかとなった。例えば質問紙調査から,彼らが日常的に地域住民と助け合う意識を持つ一方,地域への帰属意識は乏しく,地域コミュニティとの繋がりの希薄さに起因する災害時の支援ネットワークの脆弱性が内的要因として指摘された。認知地図調査の結果から,技能実習生の空間認知の手掛かりとして,迂曲が発生する場所や買い物をする場所が重要とされた。避難経路の認知については,企業で実施する避難訓練の経路に強く依存しており,有事の避難行動の柔軟性の低さが明らかになった。生活活動調査からは,彼らの行動範囲とパターンは共に限定的かつ固定的で,私生活においても技能実習生同士で行動を共にすることが明らかになった。彼らのプライベートにおける行動とその空間が限られていることは,災害時に選択することができる避難経路や避難先の空間単位が狭小化することが示唆される。また,半構造化インタビュー調査では,災害時における彼ら自身が認識する課題として,日常生活時から抱えている言語面におけるコミュニケーションへの不安や,具体的な災害経験,イメージを持ちえないために生じる戸惑いや懸念が,様々な時間軸で障壁として存在することが明らかになった。他方,技能実習生に対して生活環境を提供する雇用企業には,技能実習生に対する情報提供の環境に格差が生じていることが明らかになった。また,企業以外の社会的繋がりが希薄であることで,相対的に企業への過度な従属意識が生じ,技能実習生の自主的な避難行動や災害対応力に影響を与えている。一方,行政側については,外国人向けの支援体制や相談窓口が不十分であり,理由として,技能実習生が工場労働者としての位置づけに留まっている。その結果,避難計画の具体性や情報提供の透明性の欠如に繋がり,災害時に外国人労働者が孤立する外的要因となりうることが明らかになった。

    Ⅳ. 結論

     技能実習生の災害脆弱性として,意識や経験,行動に基づく内的要因に加えて,彼らの生活や行動に密接に関係する企業や行政のような主体による関与の程度や環境整備の具体性の欠如などに基づく外的要因が彼らに作用する関係性が存在する。

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