後天性小児失語症の男児の発症から 20 年間の経過について報告した。症例は, 9 歳 6 ヵ月時 (小学校 4 年生の夏) に, 循環器系疾患に対する手術の翌日, 左中大脳動脈領域ほぼ全域にわたる脳梗塞により失語症を発症した。発症 2 ヵ月時より, 筆者らのもとで, 外来での評価・支援・訓練が開始となった。 学校には発症 3 ヵ月時に復学した。小学生の期間は平均週 3 回の訓練を行った。小学校修了後, 中学は心身障害学級, 高校は高等養護学校に進学した。中学進学後, 学校生活が忙しく頻回な来院が困難になった状況を補うため, 週 1 回の頻度で, 言語聴覚士養成専門学校に在学中の学生を児の自宅に派遣し, 筆者のスーパービジョンのもと, 高校 2 年修了時まで学習指導にあたってもらった。この間の言語機能評価は, 児の夏休み・冬休みを利用して, 筆者のもとで実施した。高校 3 年時より, 再び筆者のもとで, 月 1 回の評価・訓練・支援を再開し, 現在もなお継続中である。高等学校在学中には企業研修も経験し, 卒業後, 障害者を積極的に受け入れている企業に, 契約社員として就職した。入社 6 年目より正社員となり, 現在入社 11 年目を迎えている。標準失語症検査 (SLTA) にみる言語機能の推移について述べると, 発症 2 ヵ月の時点では, 総合評価尺度 2 点。理解は単語の水準, 表出は漢字単語が一部可能, 発話は不能 (発声のみ) といった状態であった。1 年 4 ヵ月の時点では, 同 3 点。聴覚的理解に改善がみられたが, 発話は重度の状態が持続していた。2 年 4 ヵ月の時点では同 4 点。仮名の理解と単語の音読に回復の兆しが現れた。 5 年 1 ヵ月の時点では同7 点。呼称・まんがの説明といった自発的な言語表出 (発話・書字) が可能となり, 全体でも大きく症状が動いた。10 年 5 ヵ月の時点では同8 点。さらに仮名の処理 (理解・音読・書字) の改善がみられた。20 年 4 ヵ月の時点では最高点である 10 点に達した。また, 発症から 10 年間の, SLTA 成績と局所脳血流の変遷を分析した結果, 本児の長期にわたる言語機能回復には大脳両半球が関わっていることが示唆された。
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