高次脳機能研究 (旧 失語症研究)
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42 巻, 3 号
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ミニセミナー
  • 先崎 章
    2022 年 42 巻 3 号 p. 251-257
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      四半世紀にわたってリハビリテーション治療を行ってきた外傷性脳損傷者 4 名について, 経過と神経心理学的検査結果の推移を示し, 筆者が各症例から (a) 10 年前までに学んだことと, (b) この10 年で新たに学んだことを述べた。【症例 1】受傷時 10 歳代前半, 記憶障害と見当識障害が目立ったびまん性軸索損傷例から (a) 回復期の困惑, (b) 知能の長期経過を学んだ。【症例 2】受傷時 20 歳代, 記憶障害が目立った両側側頭葉 (広汎) 損傷例から (a) 障害の受け入れの葛藤, (b) 社会参加とはなにかを, 【症例 3】受傷時 20 歳代, 情動障害が目立った両側前頭葉 (前頭前野眼窩野) 挫傷例から (a) 易怒性の基盤にあるもの, (b) 家族の力を, 【症例 4】受傷時 40 歳代前半, 遂行機能障害が目立った前頭葉 (広汎) 挫傷例から (a) 諦めない就労支援, (b) メインテナンスを学んだ。症例ごとに, 医療者・支援者の立場から, 若干の考察を述べた。

  • 大槻 美佳
    2022 年 42 巻 3 号 p. 258-263
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      加齢と高次脳機能について, ① 加齢が認知機能に与える影響, ② 認知機能障害における加齢の影響という視点で整理した。加齢にともない, さまざまな認知機能が低下することはよく知られているが, 縦断的研究と横断的研究は区別される必要があること, 検査の繰り返し効果や教育歴などの補正が必要であることなど, さまざまな知見によって, 加齢によって低下する機能, 影響を受けにくい機能があることなども明らかになってきた。また, アルツハイマー病の病理があっても, 認知症がない場合があること, 高齢者でも新しい神経細胞が生まれることも報告されている。脳損傷や疾患による失語やそのほかの認知機能低下についても, 加齢により機能低下を起こしやすい / 起こしにくい機能, 代償が効きやすい / 効きにくい機能があることも明らかになりつつある。高齢者の認知機能について, 単に「低下する」「回復しにくい」というひとまとめの見方ではなく, その詳細を検討し, よりよい対応へ生かしてゆく新しい視点が必要と考えられる。

シンポジウム : 多言語話者の失語症
  • 東山 雄一, 福永 真哉
    2022 年 42 巻 3 号 p. 264-266
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー
  • 福永 真哉
    2022 年 42 巻 3 号 p. 267-271
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      多言語話者の定義は日常生活で 2 つ以上の言葉を話す人と範囲が広く, 多言語話者の失語の回復は, 多次元的に複数の要因が, 相互に影響して, さまざまな回復パターンを生じることが明らかになっている。 多言語話者の失語の回復に関与する要因として, 主に回復の法則や発症前の言語の状態, 発症前に使用していた言語モダリティの違い, 発症後の病変部位の大きさや重症度の違い, 言語間の言語学的類似性, 発症後の言語治療を含む言語環境の影響, 言語のスイッチ機構の障害, 言語機能の半球側性化の違いなどが挙げられている。特に, 発症前の言語の状態が果たす役割は強く, 加えて, 二言語間の言語学的類似性が高いほど, 言語機能の局在は重複し, 並行的に回復しやすいことが明らかになっている。また, 言語機能の半球側性化は, 交叉性失語の報告例から右半球の関与が指摘されてきた。しかし, 早期バイリンガルでは2 つの言語とも両側半球に側性化し, 後期バイリンガルでは, モノリンガルと同様に, 2 つの言語とも左半球優位であることが示されている。

  • 関 啓子
    2022 年 42 巻 3 号 p. 272-276
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      我が国における国際化の進展に伴い, 脳損傷後遺症で言語障害を呈する多言語使用者も増加する傾向にあり, その回復に着目されるようになっている。このような背景が大きなきっかけとなり, 日本高次脳機能障害学会学術総会においてシンポジウム「多言語話者の失語症」が企画されたのだろうと思われる。
      3 種類の言語 (英語, スペイン語, 日本語) を習得済みの筆者 (これ以降, 私と呼ぶことにする) は確かに右半球損傷後に言語障害を呈してはいたが, 本シンポジストとして相応しくないと思われる。その理由は, ①習得した言語のパフォーマンスはいずれも日常会話程度で多言語使用者というレベルに達していない, ②私は生来の強い左利きであり, 右半球損傷由来の言語障害と左半球損傷由来の失語症とみなしてよいか疑問である, ③バイリンガル失語症の回復に関与する極めて多数の要因のうちどれか 1 つを明確に関与因子として特定できない。
      以上から, 私の言語障害が失語であったか, また回復に関与する因子は提示された多数のもののうちどれであるかについて検討を進めた。その結果, 私の言語障害は右半球損傷と左利きの要因にかかわらず, 失語症とみなされ, 言語機能に関する半球側性化が漸弱だったことが大きな要因と思われた。

  • 田宮 聡
    2022 年 42 巻 3 号 p. 277-281
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      自閉症スペクトラム障害 (ASD) と多言語使用に関して以下の 3 点を取り上げる。
      ①多言語環境は ASD 児の言語発達に悪影響を及ぼさないか?
      ② ASD 児が多言語を習得することは可能か?
      ③子どもの言語発達の問題は多言語環境の影響か? 障害か?
      ①と②についてはカナダの研究を紹介する。この研究では, ASD 児 75 名 (平均年齢 4 歳半) を, モノリンガル群, 同時バイリンガル群, 継起バイリンガル群に分けてその言語発達について検討した結果, 3 群間に有意差は認められなかった。現在では, 多言語環境は ASD 児の言語発達に悪影響を及ぼすことはなく, ASD 児が多言語を習得することは可能と考えられている。
      ③については, 多言語使用児の言語発達を評価する際には, 多言語使用にみられる特徴を念頭に置く必要があることを症例 A 子を通じて示す。A 子は, 英語が使用される海外の地域で育った。コミュニケーションの困難さのために 7 歳時に児童精神科を受診したが, A 子の言語発達の問題は多言語環境によるものではなく, ASD によるものと考えられた。

  • 二村 美也子, 藤井 正純, 前澤 聡, 蛭田 亮, 小林 俊輔
    2022 年 42 巻 3 号 p. 282-286
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      電気刺激による脳機能マッピング (electrical stimulation mapping : ESM) は, 脳を直接電気で刺激して反応を観察し, 脳の機能局在を評価する手法である。難治性てんかんや脳腫瘍における ESM 研究では, 多言語話者の言語機能局在に関して多数報告があるが, 第一言語と第二言語以降の関係については多様なパターンがある。多言語話者では, 言語の獲得時期・習熟度・使用環境などに加えて, 言語の側性化, 病変の部位・罹患期間など多様な要因が言語機能局在にかかわると考えられる。最近のシステマティックレビューによれば, 上記の複数の条件の組み合わせにより, 一定の傾向が見出されるものの, 脳病変の切除を行う際には, 各言語をそれぞれ評価することが不可欠である。我々はこれまで, 2 症例の多言語話者に対する覚醒下手術を経験しており, ともに各言語共通領域と特異領域を見出し, また言語の切り替え領域も確認できた。さらに, 興味深いことに, 1 例では, 再手術時に言語局在に大きな変化がみられ, 緩徐に進行する神経膠腫症例において, 言語処理に関して可塑性が働くことが示唆された。

シンポジウム : 高次脳機能障害者の自動車運転─各地の取り組み─
  • 上村 直人, 佐藤 卓也
    2022 年 42 巻 3 号 p. 287-289
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー
  • 外川 佑
    2022 年 42 巻 3 号 p. 290-295
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      自動車運転評価を考える段階にある右半球損傷例については, 症状が軽度であるか, リハビリテーションを経て症状が改善, あるいは代償期の USN で ADL が自立している段階にあり, 自宅復帰や復職を控えた活動的な時期に至っているケースが中心になる。これらの軽度例は, 中等度・重度症例とは異なり, 机上の BIT 行動性無視検査などの静的検査では制限時間を設けるなどの方法上の工夫がない限り問題が検出されにくいことが多い。特に, 自動車運転の課題特性を踏まえた評価として, ドライビングシミュレータ上の車線追従課題や反応課題などに代表される動的評価は, 右半球損傷例の自動車運転時のリスクを予測するうえで有益な情報を提供する可能性がある。本稿では, 机上検査だけでは一見 USN の症状が見過ごされやすい右半球損傷例を対象に, 著者らが開発したドライビングシミュレータ課題の実施結果について紹介する。

  • 小澤 常徳, 齋藤 真由美
    2022 年 42 巻 3 号 p. 296-300
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      脳卒中センターである当院では, 個々の脳卒中患者に適切な自動車運転再開支援ができるよう, 電子化した脳卒中パスに支援を組み込んで, 急性期から回復期・外来までの切れ目のない支援システムを構築した。支援情報が共有可能となったことで, リハビリの通常業務として支援の標準化が進んだ。急性期から運転再開評価を行うことで, 早期退院となる患者の運転再開が円滑になった。回復期のみではなく急性期と回復期早期にも評価を行うことで, 脳卒中後の運転再開評価の必要性を患者自身と家族に認識させ, 再開基準をクリアすべくリハビリを行うよう指導することが運転再開支援に必要であり, 外来までの切れ目のない支援は, 実車評価や免許返納などの退院後の円滑な指導に繋がると考えられた。支援の電子化によって脳卒中後の運転再開支援結果の分析が初めて可能となり, 退院時に運転再開となったのは全退院患者の 18% であったが, 支援患者では 43% , 急性期退院では 56% であった。

  • 豊倉 穣, 沼田 歩, 鈴木 美幸
    2022 年 42 巻 3 号 p. 301-309
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      脳損傷による身体, 認知, 行動上の障害によって運転能力が損なわれることがある。欧米各国では実車評価にて自動車運転に問題を有する脳損傷例への「driver rehabilitation」が普及し, そのなかでもオンロード運転訓練の重要性が指摘されている。日本では, このようなオンロード運転訓練による介入は一般的に行われていない。福島県郡山地区において我々は, 2017 年からこのような症例に対してオンロード運転訓練 (実車リハ) を開始した。これまで 31 名が実車リハにエントリーし, 2~10 コマの訓練を経て再実車評価を行った。最終的に 30 名で運転再開が実現した。その後の予備的調査で, 実車リハ実施者の運転パフォーマンスは, 初回実車評価合格者とほぼ同等であることが示唆された。海外でもオンロード運転訓練によって運転を再開できる症例は多いが, その効果を示すエビデンスはほとんど得られていない。 ランダム化比較試験による今後の検討が必要である。

  • 加藤 徳明, 飯田 真也, 佐伯 覚, 蜂須賀 研二
    2022 年 42 巻 3 号 p. 310-315
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      産業医科大学リハビリテーション医学講座を中心に「自動車運転再開とリハビリテーションに関する研究会」を発足し, 3 年間の活動のなかで, 「高次脳機能障害者の自動車運転再開の指針」の作成などを行った。一方で, 福岡県内では自動車教習所との連携不足など問題が多数あり, 福岡県独自の実車教習を含めた運転再開評価を標準化する必要性が生じた。そこで, 2017 年に「福岡県安全運転医療連絡協議会」を設立し, 年 2 回, 研修, 連絡, 協議から構成される会議を開催している。今までの成果として, 最低限実施する高次脳機能の基本的な評価内容と判定基準を統一した。また, 自動車学校との連携をとりやすくするために, 実車教習可能な自動車教習所を登録制にし, 担当者や連絡先をホームページに掲載した。さらに, 「実車教習依頼書」と「実車教習報告書」を県内で統一し, 判断が一定になるよう「判定の手引き」も作成した。 今後は他県にも類似の体制が拡大することを期待したい。

ワークショップ : 謎解き実践講座
  • 高倉 祐樹, 中川 良尚, 橋本 竜作
    2022 年 42 巻 3 号 p. 316-320
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      臨床現場に出て数年の初学者にむけ, 失語症状に対する分析的な視点と, 失語症状の長期的な回復を考慮した視点から, 失語症者本人とその家族への対応について述べた。第 1 章では, 失語症状のメカニズムを推定し, 治療的介入の手がかりを得るためには, 数量的な評価 (正答数) だけでなく, 質的な評価 (誤りの特徴) が重要であることを解説した。第 2 章では, 病棟で受ける失語症者と家族からの質問に, どのように答えるのか, 専門家として寄り添いつつ, 納得を得るための対応について解説した。

  • 藤井 正純, 二村 美也子, 蛭田 亮
    2022 年 42 巻 3 号 p. 321-325
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      覚醒下手術は, 脳内に染み込むようにして発育するグリオーマと呼ばれる脳腫瘍や, 薬でどうしても抑えられないような発作で困っているてんかんの症例に行われ, 成果をあげています。日本では世界に先駆けて覚醒下手術のガイドラインが策定され, 一定の条件を満たした施設を認定する制度が発足し, 健康保険の仕組みのなかに組み込まれるまでになり, 現在普及が進んでいます。覚醒下手術は, 脳機能のなかでも特に, 言語を含む高次脳機能を守る手術です。患者一人ひとりの社会背景や人生を考えて, 機能の温存と病変の切除の両立を目指して頑張る取り組みである一方, ここで得られる所見は, 高次脳機能に関するかけがえのない本物の情報でもあります。また, 脳神経外科医だけでなく, 評価者として脳神経内科医・言語聴覚士・作業療法士など多職種の連携が欠かせません。本稿は, そんな多職種の方々が, このやりがいのある手術に興味をもつきっかけになれば幸いです。

  • 船山 道隆
    2022 年 42 巻 3 号 p. 326-330
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      うつ病とアパシーの鑑別は, 予後や治療の観点から重要である。脳卒中や外傷性脳損傷などの後天性脳損傷や変性疾患に伴ううつ病やアパシーは, いずれも予後に大きなマイナスの影響を与え, 治療法も異なる。鑑別の重要なポイントは, うつ病では気分の落ち込みやネガティブな思考パタンとなるが, アパシーでは気分や思考パタンはネガティブではなく中立的である。脳イメージング研究からは, うつ病では前頭葉腹内側部を中心として機能が亢進している部位を認めることがあるが, アパシーでは機能が亢進している部位を認めない。後天性脳損傷者に伴ううつ病の治療においては薬物療法や心理療法や社会的介入のみならず, 個々の症例に合わせたリハビリテーションの方針によって達成可能な目標をもたせていくことで病態が改善することがある。アパシーの場合も同様に, 個々の症例に合わせた達成可能な目標をもたせることで多少なりとも改善につながることがありうる。

  • 鈴木 匡子
    2022 年 42 巻 3 号 p. 331-335
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      Hughlings Jackson の重要な考え方の 1 つである陰性症候と陽性症候について, 類似の用語との違いを含めて概説する。神経系は階層構造をもち, ある階層が障害されると, その層の機能は消失または減退し, それまでできていたことができなくなる (陰性症候) 。一方, 壊れた階層より下の階層の機能は上からの抑制が外れるために過剰に発現し, それまでみられなかった現象が生じる (陽性症候) 。このように脳損傷により陰性症候と陽性症候の両者が現れることを神経症候の二重性と呼ぶ。陰性症候と陽性症候を分けて考えること, その背後にある神経系の階層構造のダイナミックな変化を意識することは, 高次脳機能障害の複雑な症候を理解するのに役立つと考えられる。

  • 石原 健司
    2022 年 42 巻 3 号 p. 336-342
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      非典型的な症状, 画像所見を認め, 診断, 症状の解釈に難渋した 6 症例を記載し, 問題点につき考察した。アルツハイマー型認知症と診断した 2 例では, 人の顔がわからないという症状, ジャルゴン失語をそれぞれ認めた。SPECT ではそれぞれ右側頭葉前部, 左側頭葉後部での血流低下を認めた。甲状腺機能低下症で加療中に亜急性に進行する認知機能低下を認めた 1 例は, 橋本脳症と診断し, ステロイド治療にて認知機能の改善を得た。経過中に MRI で前頭側頭葉萎縮を認めた認知症症例は, 剖検で Lewy 小体型認知症と診断した。 ALSの経過中に認知症を呈した 1 例は, 剖検で ALS とアルツハイマー病の合併と診断した。42 歳時に認知機能低下, 性格変化で発症し, MRI でびまん性白質病変を認めた 1 例は, 軸索スフェロイドを伴なうびまん性白質ジストロフィーと診断した。認知症の診断では非典型的な症状, 画像所見を念頭に置く必要がある。

  • 水田 秀子, 内山 良則
    2022 年 42 巻 3 号 p. 343-347
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      前頭葉梗塞後の流暢性失語例での新造語, モダリティ間の乖離と経過での変動, 特異な呼称反応に関して, 既報告例も踏まえ, 主として保続と語形成, 過剰般用の観点から考察した。

原著
  • 宮﨑 泰広, 種村 純, 藤代 裕子, 田中 春美, 惠飛須 俊彦
    2022 年 42 巻 3 号 p. 348-355
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      道で迷う症状を呈す地誌的失見当はいくつかの要素から成り, その 1 つに道順障害がある。この道順障害の病態は複雑で不明な点が多い。そこで腫瘍摘出後に道順障害を呈した症例の病態を検討した。症例は 71 歳, 右利きの女性。右頭頂-後頭葉内側部の髄膜腫摘出術後, 街並みの同定は可能であったが, 術後 3 ヵ月時点で馴染みの薄い道で迷う症状が遷延した。本症例の地誌的見当識は, 心的回転と空間定位ともに低下しており, 自己の身体を基準とした自己中心座標系と自己以外の環境内の対象物を基準とした他者中心座標系の空間認知に障害を示していた。これより本症例の地誌的失見当は道順障害に egocentric disorientation を伴った病態であったと考えられた。

  • 橋本 幸成, 三盃 亜美, 上間 清司, 宇野 彰
    2022 年 42 巻 3 号 p. 356-364
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      左被殻出血によって軽度の表層失読を呈したと考えられた失名辞失語例を報告する。本例の障害機序を検討するため, 漢字刺激を用いた実在語と非語の音読課題, 同音擬似語を含む語彙性判断課題, 読解課題, 呼称課題を実施した。その結果, 漢字の非同音非語の音読成績は正常範囲内であり, 漢字から音韻へ変換する機能は保存されていると思われた。一方, 実在語の音読課題では低頻度かつ非典型読みの実在語の音読において基準値以下の成績を示した。誤反応はすべて LARC (legitimate alternative reading of components) エラーであり, 表層失読の特徴を認めた。また, 同音擬似語を用いた語彙性判断課題の成績が低いことから, 文字単語の同定過程に障害があると考えられた。二重経路モデルを用いた分析では, 意味システムの障害では本例の障害機序を説明できず, 文字列レキシコンや音韻列レキシコンの障害によって軽度の表層失読を呈したのではないかと考えられた。

  • 有川 瑛人, 窪田 正大, 原口 友子
    2022 年 42 巻 3 号 p. 365-373
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      両側の側頭葉損傷後に社会的行動障害を呈した症例を報告した。症例は, 70 歳代の右利き男性である。約 10 年前に脳梗塞を発症し, ウェルニッケ失語を呈していた。右側頭葉皮質の脳梗塞の再発を契機に意思疎通が困難なことが多くなり, コミュニケーション上のトラブルが多発し, 周囲に対して懐疑的かつ攻撃的で, 脱抑制的な行動を認めるようになった。聴覚的理解検査の結果, 語音弁別能力の明らかな増悪や聴覚失認は認めなかったが, プロソディの理解障害が疑われ, これが意思疎通が困難になった要因と考えられた。また本症例の社会的行動障害の特徴は, 前頭側頭型認知症の行動特性と類似性があり, 両側側頭葉の局在性病変であっても社会的行動障害が出現する可能性を示した。一方でその特徴は, 前頭葉の限局損傷による社会的行動障害とは質的に異なり, 両側側頭葉損傷に特異的である可能性が示された。

  • 越智 隆太, 浜本 加奈子, 緑川 晶
    2022 年 42 巻 3 号 p. 374-381
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      高次脳機能障害者の介護者は認知症者の介護者と同様に負担感が強いとされるが, 本邦では直接の比較検討がなされていない。本研究では, 在宅での介護負担感の比較および心理的支援ニーズとの関連を明らかにすることを目的とした。高次脳機能障害介護者 46 名, 認知症介護者 46 名に対し, Zarit 介護負担感尺度日本語版, WHO-5 精神的健康状態表, 在宅での心理的支援ニーズに関する項目, 当事者の身体・認知障害に関する項目について回答を求めた。結果, 介護者の群間で介護負担感や抑うつに有意な差はみられず, いずれも高い値を示していた。一方で, 介護負担感と当事者の身体・認知面の障害との関連は両群間で異なり, 心理的支援ニーズとの関連性についても高次脳機能障害と認知症の各介護者で違いがみられた。以上より高次脳機能障害と認知症の介護者は負担感が強いもののその背景や性質は異なっていると考えられた。

  • 甲斐 祥吾, 野村 心, 中島 恵子, 吉川 公正
    2022 年 42 巻 3 号 p. 382-389
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      症例は 60 歳代後半, 女性であり, 右海馬傍回, 紡錘状回, 基底核, 上頭頂小葉および脳梁膨大後域皮質の脳梗塞後に明らかな地誌的見当識障害を示した。発症後 1 ヵ月で当センター回復期リハビリテーション病棟へ入院したが, 1 週間後も, 居室と食堂間, 居室と訓練室間などの地誌的情報は把握困難であった。本症例の地誌的見当識障害として, 従来の評価方法で道順障害, 街並失認の存在が明らかとなった。 橋本ら (2016) が報告した Card Placing Test (以下, CPT) の実施により, 自己中心的地誌的見当識障害の要因も抽出された。自己中心的空間表象障害の代償を探る目的として, 「AED が右後ろ」「カウンターが左後ろ」など環境と自己の方向定位を記述したメモを方略とした。約 5 週間の介入にて, 病院内や退院後に入所した障害者支援施設内で移動の自立に至った。地誌的見当識障害は, 病巣や従来の問診および行動観察などの質的評価に加えて, CPT のような数値で示される定量的評価を行うことが重要と考えられた。

  • 千葉 朋子, 佐藤 睦子
    2022 年 42 巻 3 号 p. 390-397
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      症例は 64 歳, 女性, 右利き。慢性腎不全のため透析治療を受けていたが, 左半身脱力のため緊急入院した。CT では右被殻に出血巣を認めた。神経学的には重度の左片麻痺と感覚障害, 神経心理学的には重度の左半側空間無視を呈した。第 7 病日以降, 麻痺した左腕の他にもう 1 本腕があるが, それは体から取れてしまったという妄想的な内容の余剰幻肢を呈すようになった。第 27 病日, 幻肢は左肩から伸びていると報告され, 第 32 病日, 麻痺肢の運動機能が改善すると同時に消失した。本例の余剰幻肢は, 重度の感覚障害を背景に生じた可能性が考えられた。さらに, 右前頭葉による信念の妥当性を評価する能力が損なわれた状況で, 保たれた左半球が幻肢に対してさまざまな誤った意味づけをしたために, 幻肢が妄想的に語られたものと推測された。また, 妄想内容は, 透析への抵抗感や片麻痺に対する否認などの心理的要因に影響されている可能性が考えられた。

短報
  • 小割 貴博, 宮崎 泰広, 池野 雅裕, 種村 純
    2022 年 42 巻 3 号 p. 398-403
    発行日: 2022/09/30
    公開日: 2022/11/24
    ジャーナル フリー

      右半球損傷後に漢字の書字障害を呈した 2 症例の誤反応の特徴を報告した。症例 1 は右視床出血の 70 歳代の右利き男性であり, 症例 2 は右被殻出血の 60 歳代の男性で, 家族に左利きがいた。両例に明らかな失語症, 仮名の失書はみられず, 漢字の書字障害を認めた。本症例に漢字の書取検査を施行し, 正答率は症例 1 が 37.1% , 症例 2 が 61.5% であった。誤反応の特徴は症例間で異なり, 症例 1 は漢字の一部の脱落や置換, 症例 2 は文字想起困難が主体であった。この特徴から症例 1 は空間性失書, 症例 2 は非典型的な側性化による純粋失書と考えられた。

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