発達心理学研究
Online ISSN : 2187-9346
Print ISSN : 0915-9029
33 巻, 4 号
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特集序文
特集
第I部 縦断研究の意義・限界と方法論
展望(依頼)
  • 伊藤 大幸
    2022 年 33 巻 4 号 p. 176-192
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    縦断研究は,対象の経時的な変化の様相と機序を解明するための科学的手法として確立された地位を築いているが,発達研究においてどのような強みを持ち,また,どのような限界や陥穽を有するのかについて,必ずしも明確な認識が共有されていない。そこで本稿では,実際の発達研究の文脈に即して,縦断研究とは何か(What),なぜ必要なのか(Why),どのように進めるか(How)について多面的に議論した。縦断研究には,測定方法,測定間隔・期間,要因操作の有無などの点で異なる多様な研究デザインが含まれるが,これらに共通しているのは,同一の対象から複数時点でのデータを収集し,個人内の時系列的な変化や関連に着目した分析を行う点である。こうした特徴を持つ縦断的アプローチが発達研究において発揮する有効性は,(1)年齢・コホート・時期の効果を分離できること,(2)個人内変動の軌跡とその個人差を定量化できること,(3)因果関係(特に時間的順序性)に関する手がかりを得られることの3点に整理できる。縦断的アプローチにより,個人内の時間的変動という軸が加わることで,現象を捉える視点は飛躍的に複雑さを増す。こうした視点の複雑さは,研究デザインやデータ分析の方法論の複雑化という代償とともに,横断研究とは全く異なる種類の創造的なリサーチクエスチョンの創出をもたらすことで,発達研究の広がりと深まりに貢献するであろう。

  • 遠藤 利彦
    2022 年 33 巻 4 号 p. 193-204
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    人間の生涯発達に関する研究が真に発達的であるためには,人が生きる時間の流れを前方向視的に追っていくことが必要である。そして,それは,とりもなおさず,発達心理学の中に,縦断研究を充実させていくということを意味する。しかし,単に縦断的データの収集によって,乳児期から老年期に至る全生涯の発達の連続性と変化が精細に明らかになる訳ではない。それを明らかにするためには,そもそも発達の連続性と変化とは何かということについて理論的に深く吟味し,それに基づいて適切な方法を駆使しなくてはならない。本稿では,人間のアタッチメントの生涯発達に関するこれまでの長期縦断研究を概観することを通して,それらが「内的作業モデル」という概念装置を用いながら,アタッチメントの個人的特質の生涯にわたる連続性と変化を問おうとしてきたことを論じる。その上で,発達の連続性と変化を扱うことがいかに難しいか,そのアポリアについて考究し,今後の縦断研究の可能性と課題に関して思いを巡らすことにする。

  • 滝沢 龍
    2022 年 33 巻 4 号 p. 205-211
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    健康科学研究における縦断的コホート研究は,生涯発達の軸をもつライフコース・アプローチにおいて最も理想的な研究デザインと言える。これまで縦断研究によって,人生早期ストレスが成人期に至るまで心身の健康に長期的な悪影響が残るエビデンスが蓄積されてきた。本論文では,筆者が英国国家プロジェクトとして運営される大規模出生コホートの運営に参加した様子の一部を簡潔に紹介し,そのデータを用いて,いじめ被害を含めた(家庭内と家庭外の)逆境体験によって成人期に至る数十年の長期的な悪影響の結果の一部も示した。一部では,こうした逆境やストレスにも関わらず,長期的な悪影響を緩和する可能性があり可変性をもつ保護的・代償的因子も明らかにされつつある。今後の研究では,これまで示されてきた科学的エビデンスを再検証するため,コホート間比較や文化間比較も必要とされると考えられる。加えて,発達の解明に貢献する大規模縦断研究を将来に日本で行うにあたり,利点と限界点についても議論する。

  • 河合 優年, 難波 久美子, 玉井 航太
    2022 年 33 巻 4 号 p. 212-220
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    発達研究は時間的な変化を要因とした力動的な研究である。種々の機能が時間とともにどのように変化するのかを明らかにするとともに,変化の機構を明らかにすることを目的としている。縦断研究は諸機能・要素の変化を,個人差と時間差を含めた相互関係性の中で検討する際にその力を発揮する。このような,特徴はまた,要素間の関係性が発達的変化を作り出すとする,近年のダイナミックシステムズの考え方とも整合性を持っている。

    本稿では,これらの理論的な視点について述べたのち,実際の縦断研究の課題と発見的研究における可能性について議論する。最後に,今日の研究環境において縦断研究が行えなくなっている現状を鑑みて,縦断研究において蓄積されたデータのオープンアクセスの可能性を問うている。

  • 根ヶ山 光一
    2022 年 33 巻 4 号 p. 221-233
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    逆境というリスク環境に対する個体または集団の体験を,縦断研究の観点から考察した。発達初期の虐待や家庭の機能不全といった逆境体験は,その個人が成人になったときにさまざまな心身問題を引き起こす。また原発事故・戦争,ハリケーン・津波災害など集団レベルで体験される逆境は,家族や知人との死別や建物・家財の損壊など,生活基盤の亡失をもたらすトラウマ体験となるし,地域や社会体制そのものが危機に瀕することすらある。それらによって子どもは心的外傷後ストレス障害など多大な影響を受けるし,その影響は家族など周囲の人々も巻き込んで,カスケードとして連鎖することもある。しかしながらそれは必ずしも負のアウトカムにのみ結びつくとは限らず,レジリエンスによって健全性が保持され,逆境を経ることで心的外傷後成長が見られる場合もある。その発達メカニズムは多変量解析によって変数主義的に検討することが有効だが,それにもまして,前方視と後方視を自在に組み合わせるという人間発達の独自性をふまえ,逆境体験を自らの人生のなかにあえて積極的に意味づけていくという人間主義的アプローチ(転禍為福モデル)への注目が必要である。

  • 白井 利明
    2022 年 33 巻 4 号 p. 234-243
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    遠藤(2021)は,研究者の関心と理論に基づくトップダウン型の縦断研究に対して,個人をベースとするボトムアップ型の縦断研究は個人の幸福追求とのバランスを取ることができる,と提案した。本稿は,後者を「ボトムアップ型長期縦断研究」と名づけ,遠藤の提案がどのように可能になるのか,筆者の長期縦断研究に基づいて考察した。その結果,ボトムアップ型長期縦断研究は,第1に,縦断研究でしかできない個人内変動性のみに基づいた分析ができることから,一人ひとりに発達の仕方があるとする;第2に,個人の発達のタイミングに応じた分析ができるため,個人の文脈依存的なプロセスに内在する研究事象のリアリティがわかる;第3に,研究者が長期にわたって調査協力者と人生を共有する経験から,人生の「かけがえのなさ」を捉えるからだと指摘した。ボトムアップ型長期縦断研究の問題点は,調査が長期にわたるため時代の影響が交絡するが,それを解明するなら,社会に埋め込まれた発達の可塑性を捉えることができると述べた。

  • 安藤 寿康
    2022 年 33 巻 4 号 p. 244-255
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    双生児法は遺伝と生育環境を共有する一卵性双生児と,遺伝の共有は一卵性の半分だが生育環境は一卵性と等しい二卵性双生児の行動指標の類似性を比較し,遺伝と環境の影響を明らかにする行動遺伝学の方法論である。古典的双生児法では,遺伝要因は分子レベルではなく潜在変数として扱われ,平均値ではなく分散に関心をもつところが特徴である。心理学のさまざまな領域で,すでに双生児研究の膨大な蓄積があり,あらゆる行動に有意で大きな遺伝的影響があること,とはいえどんな形質100%遺伝的ではなく環境の影響もあること,そして環境要因のほとんどは家族で共有されないことが普遍的に示されている。特に発達心理学的な関心としては,遺伝的影響が動的に変化し,新しい遺伝要因の発現(遺伝的イノベーション)や,知能の遺伝率が発達を通じて増加することが示されている。また多くの形質で年齢間の安定性は主に遺伝によることも一般的な知見である。これらの知見の具体例を,大規模横断研究のメタ分析や,筆者らの双生児縦断プロジェクトからコレスキー分解モデル,潜在成長モデル,交差遅延モデル,一卵性双生児の差分析の結果を通して紹介する。発達心理学はじめ社会科学全般で,行動遺伝学が明らかにしてきた遺伝のダイナミズムが必ずしも十分に認識されないまま,遺伝情報だけはありきたりな変数となりつつあるいま,改めて双生児法による行動遺伝学の知見に注目が必要である。

第II部 縦断データの統計解析
展望(依頼)
  • 西村 倫子
    2022 年 33 巻 4 号 p. 256-266
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    子どもの発達という研究領域では,子ども一人一人の発達をとらえることと,集団全体としての発達をとらえるということの両者が重要な役割を果たす。そのため,個人を繰り返し追跡調査する縦断研究と,それによって得られた縦断データの解析についての理解は重要である。発達研究における縦断データの解析において基本になるのは,発達の軌跡を描くことである。本稿では,発達の個人差をとらえつつ,集団全体としての発達軌跡を描くための手法として,成長曲線モデル(growth curve model)と,潜在クラス成長分析(latent class growth analysis)に焦点を当てて紹介する。この際,筆者が従事する「浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)」からの知見を交えて,これらの分析モデルについて具体的に紹介する。成長曲線モデルでは,混合効果アプローチと潜在クラスアプローチの2つを紹介し,出生体重は表出言語の発達に影響を与えるかという問いに対する具体例を示す。潜在クラス成長分析では,parallel processと呼ばれる,複数のドメインを並列に処理してクラス分類を行う手法を用いて,幼児期の言語や運動などの発達軌跡を描いた研究を紹介する。また,joint modelと呼ばれる,2つのドメインの組み合わせでクラス分類を行う手法を用いて,内在化と外在化の発達軌跡クラスを特定する。

  • 宇佐美 慧
    2022 年 33 巻 4 号 p. 267-286
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    縦断的に測定された多変数間の変化の関係を推測する目的で,交差遅延パネルモデル(cross-lagged panel model:CLPM)が心理学を中心に広く利用されてきた。同時に,個人間の異質性を統制して個人内の変化のプロセスである個人内関係を捉えることは,縦断データに基づく因果推論の主幹をなすものとされている。個人内関係の推測上の限界からCLPMを批判したHamaker, Kuiper, & Grasman(2015)以後,時間的に安定した個人差としての特性因子を組み込んだランダム切片交差遅延パネルモデル(random intercept CLPM:RI-CLPM)が,心理学領域を中心に急速に普及している。一方で,個人内関係の推測のために利用可能な統計モデルは多くあるが,その違いは必ずしも明確に区別されておらず,また個々の統計モデルの解釈やその選択を巡る議論は現在でも活発になされている。本稿では,個人内関係を推測するための一つの有効な方法としてRI-CLPMを位置付けてその適用の実際を解説し,そして他の統計モデルとの数理的・概念的関係性やそれらの適用上生じうる問題点を整理する。特に,RI-CLPMの特性因子は個人内変動とは無相関な量と仮定する点に個人間の異質性を表現する上での特徴があり,またそれが他の有力な選択肢としての動学的パネルモデルとの数理的関係性を結ぶ接点にもなることを指摘する。

  • 山田 剛史
    2022 年 33 巻 4 号 p. 287-303
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    一事例実験は,1960年代から応用行動分析の世界では標準的な研究手法として多用されてきた。一方で,それ以外の研究領域でこの研究手法が注目されることはまれであった。しかし,エビデンスに基づく実践(Evidence Based Practice:EBP)からの要請もあって,近年,臨床心理学や発達心理学を含めて様々な研究領域で一事例実験への注目が高まっている。本稿では,一事例実験についての基本的な解説を行うことを目的とする。具体的には,一事例実験の基本的な性質と,応用研究でよく利用される一事例実験の代表的なデザインの特徴と問題点を紹介すること,さらに,一事例実験で得られたデータの分析方法として,視覚的判断と統計的方法について解説すること,を目的とする。さらに,一事例実験の研究の質を評価するための基準,とくに,WWCのスタンダードについて述べ,WWCが求める一事例実験の研究の基準について紹介する。

第III部 縦断研究の実証的知見
展望(依頼)
  • 中村 知靖, 実藤 和佳子, 大神 英裕
    2022 年 33 巻 4 号 p. 304-313
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    発達研究において縦断研究の重要性が指摘されている。しかしながら,日本においては,縦断研究実施の困難さのため,発達研究の主流とはなっていない。筆者らは,地域と連携しプロジェクトを立ち上げ,乳幼児期における社会的認知の発達に関する縦断研究を行ってきた。本論文では,まず,プロジェクトで実施した生後8ヶ月から18ヶ月までの縦断調査から,社会的認知の初期発達において重要な現象である共同注意の定型発達の段階,ならびに定型発達と自閉症スペクトラム障害における共同注意の発達差について論じる。次に,共同注意と自閉症スペクトラム障害との関連性をもとに開発された自閉症スペクトラム障害スクリーニングテストについて紹介し,早期発見のツールとしての可能性や課題について論じる。さらに,早期発見に基づいた早期支援の実践例としてプロジェクトでの取り組みについて紹介する。最後に,本プロジェクトによって得られた知見をもとに,縦断研究の意義や問題点について議論する。

  • 関 あゆみ
    2022 年 33 巻 4 号 p. 314-324
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    Response to instruction(RTI)モデルとは,科学的な根拠に基づいた妥当性のある指導を行い,指導に対する反応を踏まえて指導の頻度や内容を変えていく予防と介入の支援モデルである。米国では2004年のIndividuals with Disabilities in Education Acts(IDEA)の一部改正以降,RTIモデルによる支援への反応を学習障害の判定に利用することが認められた。本稿では,縦断データを用いて行われた研究を通してRTIモデルにおける課題を整理するとともに,日本におけるRTIモデルを用いた実践と研究を紹介した。RTIモデルによる支援がLD判定と結びつく米国においては,「指導への反応不良」の評価方法や長期的な指導効果の予測が重要な研究課題となっており,縦断データを用いてさまざまな検討が行われている。一方,日本におけるRTIモデルによる支援は「判定や診断を前提としない早期からの支援」としての側面が強く,指導効果に関する研究が中心である。日米ともに最も強度と個別性の高い第3層指導を対象とした研究は少ないが,私達が行った追跡調査からは,対象となる子どもの特徴や指導による改善について,米国での研究と一致する結果が確認された。今後の縦断研究においては,指導による読み能力の改善が,長期的な読解能力とどのように関連するかを明らかにすることが課題である。

  • 森口 佑介, 王 珏, 坂田 千文, 孟 憲巍, 萩原 広道, 山本 希, 渡部 綾一
    2022 年 33 巻 4 号 p. 325-331
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    新型コロナウィルス感染症(COVID-19)によるパンデミックにより社会情勢は大きく変化し,子どもの精神的な健康や社会情緒的な発達への影響が懸念される。しかしながら,我が国において,パンデミック前とパンデミック時の子どもの行動を比較した研究やパンデミック時における縦断的な変化を検討した研究はほとんど報告されていない。本論文では,パンデミック前(T0),パンデミック下の2020年4月(T1),10月(T2),2021年2月(T3)の4つの時点における社会情緒的行動(4歳から9歳を対象)や養育者・他者への心理的距離(0歳から9歳を対象)を調べた筆者らの横断的・縦断的な研究を紹介する。これらの調査の結果,子どもの社会情緒的行動は4時点でほとんど変わらないこと,養育者・他者への心理的距離は社会情勢の影響を受けることが示された。横断的・縦断的な研究方法の問題点を踏まえながら,これらの結果を総括した。

原著(依頼)
  • 藤澤 啓子, 深井 太洋, 広井 賀子, 中室 牧子
    2022 年 33 巻 4 号 p. 332-345
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    本研究は自治体から提供された,1万名を超える児童・生徒の福祉・健康・教育に関する行政記録情報をもちいて,就学前に経験した家庭の経済的困難(生活保護受給)と3歳児健診情報に基づき評価された子ども自身の健康・発達上のリスクがある場合に就学後の学力が低いことを示した。家庭の経済的困難に晒された期間が長いほど学力の低さとの関連が大きいことが分かった。また,3歳児健診が未受診である場合にも就学後の学力が低いことが示された。すべての児童を悉皆的に把握できる福祉・健康・教育関連の行政記録情報が所管横断的に集約され,子ども期における発育上のリスク要因と成長との関連を明らかにすることは,科学的根拠に基づくアウトリーチやプッシュ型支援の効果的な実施のために極めて重要であることが考えられた。

  • 高橋 雄介
    2022 年 33 巻 4 号 p. 346-355
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,ウェブ調査を用いて5年間にわたって全国的に収集された長期縦断データセット(N=1,448)及び3週間にわたって小規模に対面実施して収集された短期縦断データセット(N=91)を分析して,本邦における青年期・成人期以降の抑うつの変化の軌跡を描き出し,初回調査時点で測定された行動賦活系(Behavioral Activation System; BAS)と行動抑制系(Behavioral Inhibition System; BIS)の2つのパーソナリティ特性がその後の抑うつの変化の軌跡をどのように予測するかを検討することであった。混合軌跡モデリングの結果,抑うつには低群・中群・高群の3つの異なる変化の軌跡が同定された。また,多項ロジスティック回帰分析の結果からは,BASが低く,BISが高いと,抑うつの高い軌跡へと所属しやすいことが示された。以上の結果は,いずれの縦断データセットの場合でも一貫していた。本研究は,本邦における青年期・成人期以降の抑うつの縦断的なプロフィールに不均質性を見出し,BASとBISの2つのパーソナリティ特性は抑うつの変化の異なるパターンに対して予測的な役割を果たすことを明らかにした。今回の知見は,抑うつの高い軌跡への所属確率が高まる個人のより早期の同定と対処に示唆を与えるものである。

原著(公募)
  • 児玉(渡邉) 茉奈美, 榊原 良太
    2022 年 33 巻 4 号 p. 356-365
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    本研究の目的は,2,3歳児を育児中の母親における,日々の子どもを叱るという行為とその日の否定的感情との関連を,日常的に抱く虐待不安や夫婦関係満足度,第二子の有無が調整することを示すことであった。2,3歳の第一子および第二子を育児中の母親99名(第一子53名,第二子46名)を対象に,ESMアプリ(Especially Me)を用いた調査を行った。具体的には,事前にWeb調査を通してリクルーティングを行った上で,参加者にはアプリインストール済みのスマートフォンを貸与し,それを用いて28日間毎晩22時から24時の間に一度だけ通知が来たタイミングで回答を求めた。その結果,日々の生活の中で子どもを叱るという行為は少なからず母親の否定的感情を予測していることが示された。一方,虐待不安,夫婦関係満足度,第二子の有無に関しては,子どもを叱るという行為とその日の否定的感情との関連の調整効果が示されなかった。育児中に否定的感情を抱くことは母親自身の育児への省察などを促すというポジティブな側面が指摘されている一方,育児自己効力感の低下といった精神的不健康につながる可能性が指摘されている。叱りに伴う母親たちの否定的感情を和らげることが,後の精神的不健康を予防する一助となる可能性が示唆された。

  • 浜田 恵, 伊藤 大幸, 村山 恭朗, 髙柳 伸哉, 明翫 光宜, 辻井 正次
    2022 年 33 巻 4 号 p. 366-377
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    子どもの性別違和感への対応の難しさの一つは,医療的な対応を必要とする安定的な性別違和感と発達途上における一時的な性別違和感の揺らぎが混在していることにある。本研究では性別違和感の時間的安定性について,3つのコホートから得られた6年間の縦断調査によって絶対的安定性(平均値の変化)と相対的安定性(時点間の相関)および学年の上昇に伴う性別違和感の変化のパターンの検討を目的とした。小学4年生から中学3年生2,031名(男子999名,女子1032名)のデータを用いて検討を行った。絶対的安定性として学年による平均値の推移を検証した結果,男子では小4と比べて小5~中3は得点が低下したが,女子ではほとんど変化は見られなかった。性別違和感の変化のパターンを検討するため潜在プロフィール分析を行った結果,性別違和感をほとんど感じない群(74.5%),3~5年に渡り高い性別違和感を示す2群(2.8%),1~2年以内の性別違和感の高まりを示す8群(22.6%)が見出された。相対的安定性として各学年間の相関係数を算出した結果,学年が上がるごとに相関係数が高くなること,学年によらず男子よりも女子において相関係数が高いことが示された。性別違和感の安定性やその性差に影響を与えうる要因の検証の必要性について考察した。

  • 出野 美那子, 大久保 圭介, 滝沢 龍, 遠藤 利彦
    2022 年 33 巻 4 号 p. 378-390
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    本研究では5時点のコホート系列デザインを用い,児童期後期から青年期後期(小学4年から大学2年)を対象として肯定的再評価使用頻度の学年差を検討すること,親・友人との肯定的再評価に関する話し合い頻度と個人の肯定的再評価の使用傾向の縦断的関連を明らかにすることを目的とした。1時点目に小学4年(児童期後期),中学1年(青年期前期),高校1年(青年期中期)であった子ども294名を5年間追跡した。繰り返し測度の分散分析の結果,各コホートで,1,2時点目よりも4,5時点目の肯定的再評価の使用頻度が多いことが示された。また11時点のランダム交差遅延モデルを用いて,親・友人との肯定的再評価に関する話し合いと肯定的再評価使用頻度との縦断的関連を検討したところ,時点に共通の特性として,親・友人との話し合い特性は肯定的再評価特性と正の関係を有していた。各時点の縦断的関係としては,友人との話し合いは肯定的再評価と正の相互関係を有していた一方で,親との話し合いには肯定的再評価との関連は認められなかった。これにより,各コホートにおいて,1,2時点目より4,5時点目の肯定的再評価の使用頻度は多くなること,親との話し合いは特性としては肯定的再評価に正の関連を持つが,各時点では友人との話し合いの関連が強いことが見出された。

  • 山森 光陽, 草薙 邦広, 大内 善広, 徳岡 大
    2022 年 33 巻 4 号 p. 391-406
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    クラスサイズの問題に関しては多くの研究知見が蓄積されてきたが,小中学校の学校種間を通したクラスサイズが児童生徒に与える影響や,学校移行に伴うクラスサイズの増減を経験することがもたらす影響は明らかになっていない。本研究の目的は,小学校でのクラスサイズ,小中学校移行の際に生徒が経験するクラスサイズ及び学年生徒数の変動による,学力偏差値の推移の違いを検討することである。国語(5,171名),社会(4,109名),理科(4,994名)の,小学校第4学年終了時から中学校第2学年終了時までの学力偏差値を児童生徒個別に結合したパネルデータを作成し,マルチレベル成長モデルによる分析を行った。その結果,国語,社会,理科で,小学校第4学年終了時でクラスサイズが小さい方が学力偏差値が高い傾向が見られること,社会と理科で,小中学校移行時に在籍する学年の生徒数が増え,学級のクラスサイズが大きくなることが中学校第1学年以降の学力偏差値の推移に負の影響を与えていたことが示唆された。本研究には教師や児童生徒に対する追加的な負担を発生させずに,二次利用データによって小中学校をまたいだ数時点のパネルデータを作成し分析を行った点に特色がある。しかし,教師や児童生徒に対して直接調査を実施しなかったため,クラスサイズの変動などが学力偏差値推移に影響を与えるに至る過程が明らかにできなかったという問題が残された。

原著
  • 町 岳, 橘 春菜, 中谷 素之
    2022 年 33 巻 4 号 p. 407-418
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    本研究では,小学6年生の算数グループ学習を対象に,授業実践型相互教授(町・中谷,2014)における達成目標操作介入が児童の学習過程に及ぼす影響について,質的・量的データを扱うミックス法によって検討を行った。「拡大図と縮図」の単元で,理解や習熟を志向する熟達目標と,正解や他者からの高い評価を志向する遂行目標をもつことを促した2群への学習効果を比較した。課題達成への影響(分析1)では,「正誤判定課題」の学業達成度では両群に差はみられず,「解法説明課題」では,熟達目標群が遂行目標群よりも高い成績であった。質問紙調査(分析2)では,熟達目標群の児童の方が,他者へ思考促進的に関与しようとし,遂行目標群の児童の方が,より結果を重視して学習に取り組んでいるという結果が示された。発話カテゴリ分析(分析3)の結果,グループの考えをまとめる後半の話し合いで,熟達目標群の「答えを求める過程」を重視する発話が多かったのは,熟達目標群で友達の「説明・助言」を,遂行目標群で友達の「回答・速度」を促す発話が多かったことと関係している可能性が示唆された。発話の事例解釈的分析(分析4)では,両群の特徴的な相互作用の生成過程が確認され,授業実践型相互教授に,熟達目標操作という動機づけ介入を行うことで,より理解志向の相互作用が生起し,課題の結果だけでなく,プロセスを重視した学習が促される可能性が示された。

  • 中山 留美子
    2022 年 33 巻 4 号 p. 419-430
    発行日: 2022年
    公開日: 2023/07/04
    ジャーナル フリー

    青年期以降に注目される自己愛の環境的規定因として,養育態度・行動が重視されている。理論的な仮説が3種類提示されており,実証研究も積み重ねられてきたが,これまで研究知見の整理はほとんどなされてこなかった。本研究では,自己愛と養育態度・行動の関連について,メタ分析による検討を行った。オンラインデータベースを用いて文献を検索し,相関係数(r)またはrに変換可能な統計量を報告している43論文(47研究)を収集したところ,自己愛と養育態度・行動の指標はそれぞれ多岐にわたっており,検討に際してまず指標の整理を行った。自己愛については誇大性と過敏性に大別した上で誇大性をさらにNarcissistic Personality Inventory及びそれ以外の測度に分け,養育態度・行動は温かさ,モニタリング,心理的統制,甘やかし・非一貫,拒否・無関心の5つに分類して検討を行った。自己愛の測度の別ごとに養育態度・行動との母相関係数を推定したところ,推定値は最大でも.2程度であり,自己愛や養育態度・行動の性質を考慮した上でも,自己愛の形成に対する養育態度・行動の直接的な関係を強調することはできないと結論づけた。この結果から,今後,複数の態度・行動の複合的な効果や間接的な効果,子どもが既にもっている自己評価の特徴との相乗的な効果など,養育態度・行動の直接的でない影響を検討する必要性が示唆された。

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