就寝時の覚醒状態が入眠潜時に影響することは,精神生理学性不眠症の入眠困難などを代表例としてよく知られている。これまで,入眠前の覚醒期脳波から入眠潜時を予測できるかどうかは明確になっていない。本研究では,健常成人を対象に,睡眠ポリグラフ計測を行い,覚醒期の脳波指標により,睡眠段階1や睡眠段階2の潜時を重回帰分析を用いて予測した。その結果,覚醒期のゆらぎ指標であるスケーリング指数から睡眠段階2潜時までを予測する有意な回帰モデルが得られた。これによって,入眠期の脳波変化における時間的な関連性を示すと共に,予測がもたらす応用可能性を示した。
近年,原音を忠実に再現するデジタル技術への関心が高まっている。本研究では,原音場を精密に再現できるバイノーラル音が心理生理反応に与える影響をモノラル音と比較した。34名の大学生・大学院生が視覚2肢選択反応時間課題を行いながら,海岸の波音をバイノーラル録音した音と,その左右チャネルを平均化して作成したモノラル音を聴取した。脳波,事象関連電位(P300),心電図,呼吸運動を記録し,生理状態を評価した。その結果,バイノーラル音はモノラル音よりもより奥行きがあり,広がりがあり,柔らかいと感じられ,違和感の小さい音として選ばれることが多かった。しかし,行動・生理反応には音条件間で有意差が認められなかった。これらの結果は,バイノーラル音の心理生理学的効果を示すためには,音の違いが認識されるだけでは不十分であることを示唆している。今後の研究は,バイノーラル音の特性がより明瞭になる条件(音の種類や聴取環境など)で実施する必要があるだろう。
近年,デジタルオーディオ技術の発展により,音が録音された空間を忠実に再現するバイノーラル録音・再生技術への関心が高まっている。先行研究では,視覚的認知課題を行っているときにバイノーラル音が提示された場合,主観的にはモノラル音よりも奥行きがあり,広がりがあり,柔らかく,違和感が小さいと評価された。しかし,生理反応には対応する差はみられなかった。本研究では,バイノーラル音に注意を向けて聞くことが,生理反応に影響を及ぼすかどうかを検討した。35名の大学生・大学院生が,海岸の波音をバイノーラル録音した40秒間の音とそれをモノラル化した音を,ランダム順で8回ずつ聴取した。聴取時の脳波,心拍数,皮膚コンダクタンス水準を測定した。主観評定では,バイノーラル音はモノラル音よりも,響きがよく,奥行きがあり,広がりがあり,柔らかいと評価された。さらに,海の風景を鮮明に思い浮かべることができ,音が聞こえている環境にいるように感じたと評価された。しかし,生理反応には条件間で有意差が認められなかった。これらの結果から,バイノーラル音の知覚的性質は測定可能な脳波・自律神経系活動の変化を生じさせるとは限らないことが示唆された。
心理生理学研究では伝統的に,対応のあるt検定や反復測定分散分析を使ってデータを分析してきた。しかし,最近は線形混合モデル(LMM)が柔軟で強力な方法として注目されている。本論文では,心理生理学研究で利用することを念頭においてLMMを紹介する。まず,LMMを従来の統計的アプローチと比較して,その違いと利点を述べる。次に,仮想データを用いて,LMMの構造とパラメータを説明する。最後に,実際の心理生理学研究のデータにLMMを適用する方法を解説する。LMMは,従来の方法ではしばしば看過されてきたランダム効果を考慮することにより,測定したすべてのデータを扱えるため,心理生理学においてより妥当性の高い統計的推論を行うことができると期待される。
予期した刺激が提示されない場合,複数の事象関連電位 (event-related potential: ERP) が生じる。このことは1960年代から知られており,ERPには内因性成分があることの証拠として用いられてきた。本稿では,それらの内因性成分を欠落刺激電位 (omitted stimulus potential: OSP) と呼ぶ。OSPは感覚入力がない状況で生じるため,脳の予測メカニズムを探るうえで独自の手段を提供する。本稿では,OSPの基本的性質を概説し,OSP研究で用いられる一般的な実験パラダイムを紹介する。また,OSPの変動要因についての知見を整理し,予測や予測誤差の枠組みからOSPの理論的解釈を提示する。最後に,今後のOSP研究の方向性を示す。
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