コウモリは超音波によるエコーロケーションを行い,暗闇の中であっても空間の把握ができる。これにより,小さな昆虫の捕食や互いにぶつかり合うことない飛行を達成している。また,彼らはソーシャルコールと呼ばれる音声を用いてコミュニケーションを行っており,個体間で情報伝達している様子を観察できる。したがって,コウモリは音声情報入力に大きく依存した意思決定機構を持っており,音声の分析を利用した行動出力を評価することに適した動物といえる。本稿では,筆者のグループが行っているコウモリ研究を中心に,野生動物を対象とするコミュニケーション研究の位置付けや関連する研究分野の動向に加え,音声コミュニケーションに対する生理心理学的アプローチの有用性,これからの展望について述べる。
アルファ波(8–12 Hz)は,従来は安静時のアイドリング活動とみなされてきた。しかし近年の研究により,アルファ波は感覚入力を能動的に抑制・選択する機構として,多様な認知機能に関与することが明らかになってきた。特に,アルファ波のパワーおよび位相は皮質興奮性を周期的に調整し,「パルス抑制」メカニズムを通じて情報処理のタイミングと強度を制御すると考えられている。本論文では,アルファ波が感覚処理に果たす役割を体系的に整理するため,「知覚における時間統合」と「特徴統合」という二つの統合過程に焦点を当てた。時間統合に関しては,アルファ波の周波数や位相が感覚情報の統合・分離の時間窓と関連するという「アルファ時間分解能仮説」を概観し,支持的知見と反証的知見の双方を踏まえて,方法論的論点を整理した。特徴統合に関しては,アルファ波が統合状態を周期的に更新するリズムとして機能する可能性を論じた。さらに本論文では,アルファ波研究を支える最新の制御・解析技術にも焦点を当てた。以上を通じて本論文は,時間統合と特徴統合を独立した現象としてではなく,アルファ波が担う周期的抑制・統合機構の連続的段階として捉え直す理論的枠組みを提示し,感覚処理におけるアルファ波の統合的機能理解に向けた展望を示すものである。
事象関連脳電位(ERP)は,事象に対する知覚・認知処理過程を明らかにするために用いられ,心理生理学的研究に多大な貢献をしてきた。しかし,ERPを算出する際には,神経反応の重複を避けるために,事象間に十分な時間間隔を設ける必要がある。そのため,それを厳密に制御することが困難な,自然な刺激を用いた状況では,ERPの利用に制約が生じる。本稿では,この制約を克服するアプローチとして,時間応答関数(TRF)およびそれを拡張した多変量時間応答関数(mTRF)を紹介する。これらの関数は,連続的な刺激と脳波応答との関係を捉えることで,自然な刺激下における脳活動の理解を可能にする。外国語やニュース音声の聴取,自然な会話といった場面で記録された脳波からTRFを推定した事例を通して,心理生理学的研究においてTRFを利用することの意義について論じる。
効果の有無を二値的に判断するための帰無仮説有意性検定の使用は,長い間,そしておそらく今なお支配的な慣習である。しかし近年,心理学を中心に,パラメータ推定とその不確実性の評価の重要性を強調する"New Statistics"の動きがある。パラメータ推定としてのデータ分析という視点からは,理論的仮定を直接的に表現した統計モデルを選択または構築することで,より意味のある仕方で仮説を検証することの重要性が導かれ,とくにベイズ統計の枠組みが認識論的にも実践的にも優位性をもつことが理解できる。本稿では"Bayesian New Statistics"を標榜した近年の論文を道標として,いくつかの方法論について議論する。具体的には,階層ベイズモデル,HDI+ROPE,およびデザイン分析について,我々の研究の例示も交えながら紹介する。これらの方法論の生理心理学への適用可能性,およびそれらが生理心理学にとっても将来的な「新道」となる可能性を論じる。
顔は、その人の象徴であり、私たちは顔の動作を通じて、他者と感情や意図を伝えあっている。これまでの顔の動作研究では、表出者、観察者、そしてその二者間の顔の動きを測定することによって、コミュニケーションにおける顔の動作の役割を明らかにしてきた。顔の動作に関する知見は、(1)表面筋電図(surface Electromyography;以降EMG)と、(2)Facial Action Coding System (FACS)、特に最新の自動FACS技術、といった計測技術によって支えられている。EMGと自動FACS技術には、それぞれ利点と限界点があり、それぞれの用途に適した研究テーマがある。本稿では、これらの技術の現状と課題を概観し、今後の研究に向けた新たな視点を提案する。