発達性協調運動障害(DCD)は,協調運動技能の獲得や遂行に著しい困難を示す神経発達症である。本研究では,DCDにおける協調運動障害の神経学的な機序の解明を目指し,遺伝子多型に基づく脳内DA濃度と,運動反応抑制に関わる神経活動の両者が,協調運動機能に及ぼす影響を検討した。成人97名を対象に,DA関連遺伝子多型,運動反応抑制にかかわる事象関連電位および協調運動機能を評価した。その結果,脳内DA濃度の高い場合には,協調運動機能の低下が認められなかった。一方で,脳内DA濃度の低さと運動反応抑制にかかる神経活動の低下が重畳する場合に,バランス機能の低下が認められた。これらの結果は,複数の要因が重畳した場合に,協調運動障害が顕在化する可能性を示唆するものである。
本研究では,聴覚障害児を対象に指文字と口形を併用した状況下での指文字単語の読み取り課題を実施し,課題中の視線を計測することで,指文字単語の読み取り方略を検討した。また,指文字の呈示位置と口との距離及び単語の意味性を操作することで視線パターンに変化がみられるのかという点も併せて検討した。その結果,口と離れた位置で指文字が呈示された条件下では,視線が手指に集中することが明らかとなった。一方で,指文字が口に近い位置で呈示される条件下では手指と顔を同程度の割合で注視する特徴がみられ,手指と口形等の非手指情報に適宜視線を移動させ,複数の手がかりを統合しながら指文字を読み取っていると考えられた。さらに,同条件下では,障害の程度が重いほど顔をよく注視する傾向が明らかとなった。聴力レベルの高い対象者は,周辺視にて手指情報を捉えることが可能であるとされるため,中心視にて口形などの非手指情報を捉えつつ,周辺視にて指文字を識別するという方略を用いたと推察された。
寝たきりで意思表出困難な最重度の重症心身障害者において,発達援助のための感覚刺激呈示や体験活動などの効果が認められることは生理心理学的に検証されている。しかしながら,QOLにおいては,特別な活動イベントの提供だけではなく,家族や友人とのコミュニケーションの常態化が重要といえる。我々は,病棟で生活する最重度の重症心身障害者4例を対象に,短時間の会話によるかかわりの常態化効果について心拍から明らかにした。決まった時間帯に病室を訪問し5分間話しかける試行を,週に3日,2週間実施した。bpmの中央値について,2事例では試行継続による上昇が,2事例では試行継続による低下がみられた。常態化したコミュニケーションが生体リズムに影響した可能性が考えられ,寝たきりの重障者において,短時間であっても日常的にかかわりを行うことの重要性が示唆された。
我々は,注意欠如多動症(ADHD)児の干渉制御における先行手がかりの影響について明らかにするために,先行手がかりのあるフランカー課題中における事象関連電位(ERP)のN1成分を用いた。その結果,定型発達(TD)群では,先行手がかりが付与された先行手がかり条件の一致刺激呈示時における反応時間が,先行手がかりのないコントロール条件に比べて短縮した。一方で,ADHD群では,先行手がかり条件の不一致刺激呈示時における反応時間が,コントロール条件よりも延長した。さらに, ADHD群では,先行手がかり条件の不一致刺激呈示時におけるERPのN1振幅が,コントロール条件に比べて減弱した。これらの結果から,ADHD児は,不一致刺激に対してより慎重な反応方略を採用するといった,TD児とは異なる干渉制御の方略をとることが示唆された。N1振幅の減弱は,早期の情報処理の量を減らし,不一致刺激からの干渉を受けにくくしていることを反映する可能性が推察された。
発話の流暢性障害である吃音者は,遅延聴覚フィードバック(DAF)下では非流暢性発話が増加する場合や減少する場合があり,その個人差が生じる要因は明らかにされていない。本研究では,吃音者10名を対象にDAF下の音読と触覚・音声刺激への単純反応を求める二重課題の実験パラダイムを用い,NIRSを用いた脳血流計測の結果からDAF下の音読で発話が非流暢/流暢になる機序を検討した。その結果,DAF下で非流暢性が増加した非流暢性増加群8名と,減少した非流暢性減少群2名に分かれたが,群のサンプルサイズに偏りがみられたため,脳血流は非流暢性増加群を対象に分析した。非流暢性増加群は,触覚条件において能動的な注意の配分に関与する右上前頭回近傍と右上頭頂回近傍が活性化していた。そのため,触覚モダリティの標的に能動的に注意を配分し,逸脱刺激である遅延音声を無視しながら音読している可能性が推察された。これらの特異的な活動がDAF下における非流暢性発話の減少と関係しているものと考えられる。
本稿では,注意欠如・多動症(ADHD)児・者における抑制課題中の脳活動に関する文献をまとめ,その知見をADHDの異種性と反応抑制課題中の脳活動に与える要因を踏まえて解釈した。先行研究におけるメタ分析で,定型発達(TD)児・者と比較して,ADHD児・者でNogo-P3が有意に減弱する一方で,その他の指標で有意な差が認められていなかった。ADHD児・者内において,診断基準を満たす症状があることは共通しているが,原因,脳の構造・機能,心理学的特徴が異なることが示されていた。先行研究の結果から,覚醒度などのADHDに関わる要因が,Nogo-P3に影響を与えると考えられた。以上のことから,ADHD児・者におけるNogo-P3の減弱は,抑制機能の低下のみを反映しておらず,その原因はADHD個人によって異なることが示唆された。他の課題遂行に伴う脳活動の指標についても同様なことが想定され,これらの指標の臨床上の有用性は低いと推察された。他方,ADHDにおける脳活動の異種性や特徴的な行動の背景にある処理過程を検討するために,脳活動の指標が活用されていくことが期待された。
我々は,日常的にしばしば負の心理状態を「暗さ」に喩える。これは単なる比喩にとどまらず,抑うつ状態の悪化にともなって主観的な明るさも低下していることが心理学的研究によって報告されている。近年,パターン網膜電位(Pattern electroretinogram: PERG)を計測した研究により,高い抑うつ状態では網膜電位の応答性が低下していることが報告されてきた。その一方で,これらの実験結果が再現されないとする報告もあり,研究手法の改善の必要性が示唆される。これらの先行研究では,主としてPERGの両眼平均と抑うつ指標との関係が評価されてきた。その一方で,非優位眼と優位眼のあいだでPERGの応答性が異なることを示唆する報告もある。そこで,本研究では,PERGコントラストゲインと抑うつ指標との関係を両眼平均,優位眼,非優位眼ごとに評価した。その結果,非優位眼のPERGコントラストゲインでのみ,抑うつ指標のBDIスコアとのあいだに有意な負の相関が認められた。すなわち,本研究の結果から,非優位眼のPERGコントラストゲインを用いることにより,従来手法よりも高い感度で抑うつ状態を評価できる可能性が示唆された。
隠匿情報検査では,事件に関連する項目と関連しない項目に対する反応の違いから,関連項目を知っているか否かを推定する。先行研究では,関連項目に対して非関連項目よりも鼻尖部の血流量が低下することを示した。本研究では,この知見が鼻尖部の容積脈波でも再現できるのかを調べた。また,関連項目を隠蔽しようとする意図が鼻尖部の容積脈波に与える影響についても評価した。鼻尖部の脈波振幅は,関連項目に対して非関連項目よりも小さくなった。この現象は,参加者が関連項目を隠していないときにはみられなかった。本研究から,隠匿情報検査では関連項目に対して非関連項目よりも鼻尖部の血液量が低下するが,これは隠蔽意図があるときのみに生じることが示唆された。
自律神経系生理指標を用いた隠匿情報検査では,皮膚コンダクタンス,規準化脈波容積,心拍数,呼吸などが連続的に測定される。本研究では,これらの生理反応の時系列データを分析するための階層ベイズモデルを提案した。提案手法では,切断正規分布を持つ観測方程式と階層構造を持つ状態方程式からなる状態空間モデルを利用した。提案手法を167名の実験データに適用して,その有効性を示した。提案手法により,データの標準化を要する従来の統計分析では見過ごされていた元の測定単位での典型的な生理反応の大きさとその個人差の可視化が可能になった。本研究で構築した階層的状態空間モデルは様々な実験計画に容易に適用可能である。
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