タンザニアの各地の山地では, 過去50年間に人口が急増し, 居住地と耕作地が周辺の平原に拡大した.本稿では, ウルグル山塊北側斜面の事例を取り上げ, 山で暮らす農民にとって平原での耕作がどのような意味を持つのかについて, 耕作地の分布, 作物の栽培, 農家経営などに関する調査結果をもとに考察した.調査の結果, 農民の耕作地は山と平原の両方に分布していたが, 山の耕作地より面積の小さい平原の耕作地に食糧の多くを依存していたことがわかった.平原での耕作には, 交通費, 借地代, トラクター代などに対する現金支出が必要であった.にもかかわらず, 収穫物はほとんどが自家消費され, あまり販売されることはなかった.平原耕作に支出される現金は, 農作物を販売したり, 小規模な商売や, 特別な技能を必要としない仕事をしたりして近くにある都市で得られたものであった.自給用作物の栽培に対する現金の投入は, 自らが生産することで購入することを避け, 結果として食糧を安く得るためであると考えられた.一方, 平原耕作には, 洪水や獣害などさまざまなリスク要因が存在し, 安定した収穫を得るという観点からは, 平原耕作だけには依存できないという実態が明らかになった.収穫の安定性は山の耕作地が担っていると考えられた.山の耕作地の存在と, 現金収入が比較的容易であるという立地が, このような平原耕作を可能にしていると考えられた.
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