第1報にひきつづき百万塔の製作について, 塔身・相輪の材料の旋削技術の面からみた樹種・性状, 採材・木取りの問題と塔百万基を作るための所要量について検討を加えた。そして試作した轆轤により, 予じめ準備をした刃物・治具を用いて, 塔身および相輪を, この稿の執筆時点まで約60基を旋削し, 技術上の細部にわたる諸問題を追求検討した。その結果としてとくに相輪の〓部の旋削には心押し装置の適用の不可避であると思われるが, このことについては問題を今後に残したい。また60基旋削の結果として, 旋削加工工程の適切な順序を検討し, また当時の生産においても分業作業を行ったものではないかと推測した。それと同時に塔1基の旋削所要時間あるいは1日の平均生産可能基数を確かめ, 日産700基生産のための毎日所要稼動轆轤台数および作業人数を推定した。その結果は次のとおりであった。(1) 100万基分という所要量, 造材および旋削技術という点からみて, 塔身用材はすべて桧, 相輪用材はほとんどが桂であったと思われた。桜や水木犀はその比重(硬さ)の故にほとんど使用されなかったと推測される。(2) 塔身用材の桧は, そのほとんどが, 直径約1.5mの心材の最外周部から採られ, その年輪間かくは平均約2mm, 完全二方柾に近い優良材であったと推定される(直径約1.5mというのはそれ程の大径材というように考えられたい)。(3) 塔身1基分の所要材積は約1910cm^3であるが, 100万基分の歩減りを含んだ総所要量は14716m^3となり, 直径約1.5m, 長さ約4mの丸太で約2083本を必要としたと考えられる。(4) 丸太よりの採材は箭割りでなされたと思われるが, 残材の建築材への有効利用という点から墨かけは一つの方法として太鼓落しの方法でなされ, 残材は同時期に建立された西大寺用材としても利用されたものと推測される。(5) 塔身の旋削は, 荒挽き, 底面の外周挽き, 割りつけ, 挽込み, 穴あけまでを大爪によるとりつけで, 底面削りは軸の丸〓え穴を差込んで行われた。荒挽き, 挽込みには小曲げの丸刃・鈎刃を, 穴を旋削には匙状錐刃が用いられた(匙状の代りに側刃をもった板状錐刃でもよい)。(6) 相輪の旋削は〓部の挽き込みから行われなければならぬが, その場合, 材のとりつけの力が弱いから, これを補填するために心押し装置の適用が不可避であると推測されるが, このことから奈良時代にはすでに両持ちによる側面旋削技術があったものと推測することはまだ早計で, このことについては今後の検討にまちたい。(7) 塔身および相輪の旋削には, 軸への加工材のとりつけ方法をそれぞれ2回ずつ変えねばならぬ。したがって軸形式にしたがった分業の形式で作業が行われたものと推測される。実験作業の繰返しの結果, その作業量(工数)比率は塔身約55%, 相輪約45%であった。(8) 百万塔約60基の旋削作業を行った結果, 1基の所要旋削時間は約120分で, 1日の稼動時間を10時間とした場合, 日産量は5基であった。これは「正倉院文書」・「延喜式」などに記載されている, 当時の轆轤挽き作業の工数と比較して妥当なものと思われた。(9) 1日の必要生産基数を約700基とし, また1人1日の可能生産基数が5基とすれば, 毎日稼動轆轤台数は約140台となり, 挽工140人, 綱引夫は交替要員を含めて280人, 計420人となる。(10) 試作した轆轤は, 約60基の塔を旋削した後も軸受けその他に異常を認めなかった。以上百万塔の製作には約15000m^3の巨量の木材を使い, 毎日稼動轆轤台数約140台という巨大な生産作業であることが確認されたが, 奈良時代にこのような大量生産作業が行われたことはまことに驚嘆に値するものがある。今後は更に, 伐採から彩色に到るまでの百万塔製作の全組織体制を調べ, またとくに塔身底面にある墨がき人名などを手がかりに旋削技術者についても考察と研究を進めて, 百万塔製作の全容を明らかにする所存である。
抄録全体を表示