1.目的
日本の梅雨期と秋雨期は、主に日本付近に停滞する前線によって北海道以南の各地に降水がもたらされる季節である。これら両季節における旬単位程度でみた降水量分布の季節進行は、平均的にみると、前線分布の季節進行に同調する。しかし、それぞれの降水イベントに注目すると、例えば2つの事例で地上天気図上の前線がほぼ同じ位置に解析されている場合であっても、両者の前線活動に伴う雨域の広がりはしばしば大きく異なる。本研究では、このような前線活動に伴う雨域の広がりの違いが、周辺のどのような大気循環場に伴って発現しているかを、特に大気循環場が大きく異なる梅雨期と秋雨期の違いに注目して明らかにすることを目的とする。
2.データと方法
調査対象期間は1998年から2007年の10年間の梅雨期(6月、7月)、秋雨期(9月、10月)とする。前線データは、9時と21時の気象庁地上天気図上に描かれている前線の位置(緯度)を、緯度1度単位で東経130度と140度において読み取ったものを用いる。また、降水量データには、日本各地のアメダスの時間降水量を用いる。
本研究では、梅雨期と秋雨期の地上天気図上で頻繁にみられる、次の位置に前線が伸びる降水イベントに注目する。
・A:日本の南沖(30°N, 130°E ~ 32°N, 140°E)
・B:日本の南岸(33°N, 130°E ~ 35°N, 140°E)
・C:日本海から東北地方(35°N, 130°E ~ 38°N, 140°E)
そして、これらのイベントA~Cにおいて、事例ごとに気圧配置と雨域の関係を分布図の比較を通して整理する。
3.結果
10年間の1日2回の地上天気図をもとに、イベントA~Cを、梅雨期からは順に18、17、6事例、秋雨期からは順に9、7、6事例選出した(連続する事例も含む)。これらの各イベントの出現時期をみると、それぞれ特定の時期に現れやすいことが確認された。次に、各イベントの事例ごとに気圧配置を調べて分類し、気圧配置と降水量分布(前後6時間、例えば9時の天気図の場合は7時から12時までの6時間降水量)の対応関係を整理した。明らかになった特徴をイベントごとに以下に示す。
①イベントA: 気圧配置をみると、梅雨期に多くみられるのは、前線に沿って西方から湿舌に対応した低圧域が伸びる事例(9事例)である。雨域の広がりは低圧域が伸びてくる方向により異なり、例えば南南西から九州南部に低圧域が伸びる事例(7事例)は、九州南東部を中心とした雨域がみられる。一方で、このような西方からの低圧域が侵入していない事例(8事例)では、雨域は狭い。また、雨域が関東を中心に広く拡がるのは関東南岸付近の前線上に小低気圧がある場合(1事例)であった。秋雨期の事例をみると、9事例とも付近に熱帯低気圧(台風を含む)が存在するが、雨域が日本の南岸地域に及ぶのは、日本の南沖に熱帯低気圧が発達している時(3事例)である。一方、雨域が関東を中心に拡がるのは、梅雨期と同様に関東付近の海上の前線上に小低気圧も存在している時(2事例)であった。
②イベントB: 気圧配置をみると、梅雨期に多いのは日本海に前線を持たない小低気圧が存在する事例(6事例)である。この時、九州地方(主に南部)と東北地方で雨域が拡がる。日本海に小低気圧がない場合は、東北地方の雨域は不明瞭で、九州地方をはじめとする前線付近のみに降水域が限られる。また、九州北岸付近で前線上に低気圧の中心がある事例(2事例)では、雨域が西日本に集中する。南西諸島付近に熱帯低気圧が存在する事例(3事例)では、前線付近の降水量が多く雨域は南北に拡がる。秋雨期の7事例はいずれも天気図上に熱帯低気圧が存在するが、前線付近の雨域が拡がるのは南西諸島付近に熱帯低気圧の中心が位置する時(4事例)である。
③イベントC: 気圧配置をみると、梅雨期は6事例中3事例で天気図上に熱帯低気圧が存在し、残りの3事例は西日本付近が気圧の谷(130~140°E付近の前線上に小低気圧の存在)となっていた。このうち、雨域が西日本から東日本まで広く拡がり、多降水地点が多いのは後者である。秋雨期は6事例すべてにおいて天気図上に熱帯低気圧が存在する。秋雨期と梅雨期の熱帯低気圧がみられる9事例では、南西諸島近海(北緯25-28度、東経125-132度)に台風の中心が位置する場合(5事例)は、九州南東部と東北・北陸の前線帯付近に雨域があるが、それ以外で熱帯低気圧の中心が日本列島から離れている場合(4事例)は、雨域が東北・北陸の前線付近に限られる。
このように、梅雨期、秋雨期の前線活動に伴う雨域の拡がりを把握するためには、前線が伸びる位置に加えて、梅雨期には小低気圧または熱帯低気圧、秋雨期には熱帯低気圧の存在位置を特に考慮する必要があるといえる。
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