放送研究と調査
Online ISSN : 2433-5622
Print ISSN : 0288-0008
ISSN-L : 0288-0008
70 巻 , 9 号
選択された号の論文の5件中1~5を表示しています
  • 宮城県丸森町の中小河川氾濫と石巻市の浸水被害
    入江 さやか
    2020 年 70 巻 9 号 p. 2-19
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/04/16
    研究報告書・技術報告書 フリー
    「令和元年台風19 号(東日本台風)」は,2019 年10月12日に伊豆半島に上陸し,東日本を中心に記録的な豪雨をもたらした。NHK 放送文化研究所では,台風19 号で顕著な被害を受けた長野県長野市,宮城県丸森町・石巻市,福島県本宮市・いわき市の5つの自治体において,浸水の被害が出た地域の住民3,000人を対象に,郵送法による世論調査を実施した。本稿では,このうち,宮城県丸森町と石巻市の調査結果をみていく。 丸森町では、町内を流れる3つの中小河川川が決壊するなど、宮城県内で最も人的被害の大きかった自治体である。回答者の75%が「避難勧告」を認知していたものの、自宅を離れて立ち退き避難をした人は17%にとどまっていた。浸水するとは思わずに自宅にとどまった人が多く、中小河川の水害リスクの周知の必要性が明らかになった。 一方、石巻市では河川の氾濫はなかったが、内水氾濫で約1万棟が浸水した。調査では、回答者の5割が自宅の浸水を想定していた。風雨の激しい時間帯には無理に避難をせず、自宅の2階などに「垂直避難」をして、水が引くのを待った人が多かったとみられる。東日本大震災による地盤沈下により、たびたび浸水に見舞われていることが、こうした避難行動の背景にあると考えられる。
  • アナウンサーたちの戦争(後編)
    大森 淳郎
    2020 年 70 巻 9 号 p. 20-41
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/04/16
    研究報告書・技術報告書 フリー
    前編では「淡々調」の誕生と、日中戦争期におけるその位置づけを見てきたが、後編では「淡々調」が「雄叫び調」に転換してゆく過程を考察する。 「帝国陸海軍は、本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」 この、太平洋戦争の開戦を告げる館野守男アナウンサーによる臨時ニュースこそが、いわゆる「雄叫び調」が誕生した瞬間であると、当時から主張されていたし、今日でも定説となっている。しかし、これが事実ではなく、いわば伝説にすぎなかったことは開戦前のアナウンサーたちの発言を注意深く見ていけばすぐにわかる。彼らは日米開戦の危機が迫った1941年夏以降、すでに「淡々調」を否定し、新しいアナウンス理論「雄叫び調」を模索していたのである。「雄叫び調」の誕生をめぐっては、なぜ、事実とは異なる伝説が必要とされたのだろうか。 本稿では、「雄叫び調」が誕生する背景には軍からの強い要望があったこと、アナウンサーたちにとってそれは受け入れがたいアナウンスであったこと、そして軍が要望する文字通りの「雄叫び調」とは異なる「雄叫び調」を生み出したことを論証する。軍の要望を内面化する、そのためにこそ伝説は必要だったのである。 「雄叫び調」は軍が求める「突撃ラッパ」のようなアナウンスではなかった。館野守男は「雄叫び調」を「情熱によって国民を捉え、其の感情を結集し、組織し、之を一定の方向へ動員」するアナウンスと定義した。それは、どんな成果を得たのだろうか。
  • テレビ美術が輝いた『8時だヨ!全員集合』
    広谷 鏡子
    2020 年 70 巻 9 号 p. 42-60
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/04/16
    研究報告書・技術報告書 フリー
    「オーラル・ヒストリー」の方法論を用いて、数多くの関係者の証言をもとに「テレビ美術」についての論考を発表してきたが、今回は1970〜80年代にかけて一世を風靡したTBS系列のバラエティー『8時だヨ!全員集合』の美術に着目する。当時絶大な人気のあったザ・ドリフターズによるコントがメインを占めたこの番組において、リアルかつ大掛かりなセットや独創的な小道具など、「美術」は大きな役割を果たしていた。 本稿では、コントセットのデザインをほぼ一人で担当した山田満郎デザイナーをはじめ、当時の美術スタッフ、演出スタッフの証言から、番組制作過程における新たな事実の解明とともに、多くの人々が関わった現場の空気感、息遣いを伝える。番組制作の1週間を時系列に沿って追うなかで、コントのネタ作りに貢献した美術スタッフの絶妙なサポート、コントを最大級に面白くするために、本番間近まで入る修正に対応したスタッフの尽力、生放送当日、舞台上でワンチームとなって奮戦した全スタッフの熱情が、証言から明らかになっていく。ドリフのメンバーは5人だったが、6人目のドリフは、番組の主役ともなった「美術」であり、関わる全てのスタッフだった。テレビの黄金期、体を張った人々の「熱情」の記録が、100年を迎えようとする放送の未来を切り拓く手がかりとなることを願う。
  • 井上 裕之
    2020 年 70 巻 9 号 p. 62-63
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/04/16
    研究報告書・技術報告書 フリー
  • 島田 匠子
    2020 年 70 巻 9 号 p. 64-65
    発行日: 2020年
    公開日: 2021/04/16
    研究報告書・技術報告書 フリー
feedback
Top