症例は33歳,男性。突然の腹痛,嘔吐を主訴に救急搬送された。造影CT検査で臍部直下にsac-like appearanceを認め,その内部小腸は広範囲に渡り血流障害が疑われた。傍十二指腸ヘルニアによる絞扼性腸閉塞の診断で緊急手術を施行した。開腹すると小腸はほぼすべてヘルニア嚢内に陥入し,一部虚血腸管も認めた。ヘルニア嚢を開放すると,虚血腸管の血流は速やかに改善した。十二指腸水平脚が形成されず,回盲部から上行結腸は後腹膜と固定されていなかった。以上より,腸回転異常症を伴った右傍十二指腸ヘルニアによる絞扼性腸閉塞と診断したため,内ヘルニア解除および予防的虫垂切除を施行した。また,回腸末端より60cmの小腸に偶発的にMeckel憩室を認めたため,Meckel憩室切除も同時に行った。腸回転異常症など消化管異常には他の先天奇形を合併する可能性があるが,術前画像では指摘できないことも多い。若年の絞扼性腸閉塞は先天奇形と他の消化管異常を念頭におき,適切な診断と治療が重要である。
症例は55歳男性。数カ月前からの食思不振と2週間前からの腹痛,発熱を主訴に当院を受診した。血液検査で軽度の貧血,腹部骨盤造影CT検査で胃壁の肥厚と周囲のリンパ節腫大を認めた。上部消化管内視鏡で胃体部から前庭部にかけて易出血性の不整形潰瘍が多発していた。梅毒血清反応が陽性であり,無痛性の陰部潰瘍も認めた。免疫染色でTreponema pallidumが検出され,胃梅毒の診断となった。持続性ペニシリン筋肉注射の治療で5週間後に胃潰瘍は瘢痕化,陰部潰瘍も改善した。
梅毒患者のうち消化管病変の頻度は約0.1%程度と報告されているが,梅毒患者は近年増加傾向にあり,梅毒感染に伴う消化管病変を十分理解しておく必要がある。胃梅毒の内視鏡像は悪性疾患との鑑別が困難で,確定診断は生検からT. pallidumの検出が望ましい。上部消化管内視鏡で不整な潰瘍病変を認めた際には,胃梅毒も鑑別に挙げ,問診,身体診察,梅毒血清反応,病変部の生検組織を総合的に診断する必要がある。
消化器癌は5大がん死亡者数のうち4つを占めており日本人にとって最も身近な癌の領域と言える。一方で胃癌大腸癌のいずれも,早期発見,早期治療ができれば決して予後不良な癌ではない。また胃癌については,そのほとんどにH.pyloriが関与しており,除菌治療よって約1/3に胃癌発生を抑制することが可能とされている。我々が消化器癌から身を守るためには「内視鏡検査の進歩」,「内視鏡治療の進歩」,「がん検診」が欠かせない。内視鏡検査においては,画像強調内視鏡と拡大内視鏡の2つのツールが存在診断と質的診断に大きく寄与している。また内視鏡治療においては,内視鏡的粘膜下層剥離術が広まりつつあり,これまでは困難と考えられていた複雑な場所や大型の病変も再発リスク低く切除することが可能となっている。またがん検診も受診率と検診精度が課題となっている。今回は消化器癌医療のはじめの部分にfocusをあてて述べる。
大腸癌の罹患率・死亡率はともに増加傾向にある。一方で,早期の段階で治療介入すれば,高い確率で治癒が望める疾患であるため,早期発見・治療が重要である。早期の大腸癌は,消化管内視鏡による治療で根治を目指すことができる。内視鏡治療で根治が得られない場合には,外科的手術が必要である。近年は,開腹手術から腹腔鏡手術,ロボット支援手術などの低侵襲手術に移行してきている。肛門に近接した腫瘍に対しても,自動縫合器を用いた吻合法が発達し,安全に肛門を温存できるようになってきた。また当院では,進行下部直腸癌に対して術前化学放射線療法を導入し,約20%の症例で臨床的な完全奏功と診断し,切除をせず経過観察している。術前化学放射線療法が著効し,病理学的完全奏効となった症例では,切除を回避し,人工肛門,排便・排尿・性機能障害などの後遺症やその他の合併症を回避できる。このような集学的治療法は究極の直腸癌治療と考えている。
大腸癌は,早期発見・治療によって完治できる可能性のある悪性腫瘍である。当院では,大腸癌患者の病期を考慮し機能温存を含めた最適な治療法を追求する方針である。
膵臓がんは最も治療成績の悪いがんのひとつと考えられている。早期診断が難しく,容易に進展転移するため,およそ半分の患者さんが切除できない段階で発見される。また,うまく切除できたとしても高率に再発する。その手術は難易度が高く高度な技術を必要とする。しかし,手術治療単独での長期生存率は決して高くない。現在は術前術後補助化学療法に手術治療を組み合わせた集学的治療が中心になり,良好な成績をおさめている。
一方,根治切除ができない膵臓がんに対しては化学療法が選択される。FOLFIRINOX療法やGnP療法などの有効なレジメンの出現に伴い,化学療法の成績が向上し切除可能となる患者さんが増えてきている。そのような患者さんに対して現在手術適応が拡がっており,Conversion surgeryと言われている。Conversion surgeryにより,今まで長期生存が見込めなかった患者も,長期生存できる可能性が高まり期待されている。
膵臓がんの早期発見に向けて,地域の医師との連携が重要である。近年,膵臓がんの早期診断を目指して,地域医療連携を生かした報告が散見される。その先駆けとして広島県尾道市医師会の取り組みが有名である。地域連携施設で膵臓がんの危険因子を複数有する患者さんに腹部超音波検査を行い,膵管拡張や膵嚢胞が描出されたときは中核病院へ紹介し精査し,膵臓がんを早期に発見する,という方法である。この取り組みにより,膵臓がんの早期発見率が向上し,生存率が改善している。
がん薬物療法においては,細胞障害性抗がん薬,分子標的薬,免疫治療薬,ホルモン薬など新規薬剤の臨床開発が進み,治療成績も向上している。細胞障害性抗がん薬で広く知られている副作用のほかに,分子標的薬や免疫治療薬においては副作用が多岐にわたり,その対応には工夫が必要である。また,遺伝子を網羅的に調べる遺伝子パネル検査が保険収載され,遺伝子背景に基づいた治療薬選択の機会も提供できるようになった。さらに,異なる臓器に生じた癌でも共通の遺伝子異常を有する場合には,同じ薬剤を用いた治療が可能になると考えられ,臓器横断的ゲノム診療も始まっている。超高齢社会を迎えた我が国では,適切な薬剤を用いることに加えて,各患者の生活環境,治療意向をも踏まえた医療の提供が重要である。
がん診療において,病理診断を担う病理医の責任は重い。現代では病理診断とは,種々の診断技法を駆使した総合的な判断と言え,近年,病理診断体系が大きく変化した脳腫瘍の病理診断について,当教室での取り組みとともに紹介する。
脳腫瘍分類は,形態学的特徴に基づいていたが,より厳格な分類の要求のため,遺伝子と形態の統合診断が取り入れられ,さらにDNAメチル化分類も採用された。脳腫瘍の腫瘍型は200を越え,その多くで分子遺伝学的検索が要求されるが,日常の病理診断のなかで全ての検索項目に逐一対応するのは現実的ではない。形態学的検索を優先し,真に必要とされる項目に絞って分子遺伝学的検索を行なっている。
DNAメチル化分類は,統合診断精度の改善に寄与する。ドイツがんセンターはDNAメチル化分類推定のためのウェブツールを公開しているが,実臨床上の限界もあり,非線形次元削減法であるt-distributed stochastic neighbor embeddingによるDNAメチロームの可視化は統合診断に寄与する。
現状では分子遺伝学的解析の品質や解釈は,病理医が全責任を負っている。精細な脳腫瘍分類の追求は絶対的に必要不可欠な診療上の要請であり,最低限の分子遺伝学的解析は臨床検査として保険診療下に行われるべきで,臨床医が必要とするタイミングで必要な情報を提供し,遅滞なく治療が行われる体制の整備が求められている。