家畜に吸血寄生するイエバエ科サシバエ族のノサシバエ
Haematobia irritans と
H. exigua には,別種説と亜種説がある.本研究では,帯広と盛岡(形態的には
H. irritans と同定), 台湾とベトナム(形態的には
H. exigua と同定)の4地域から得られた標本のミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析によって,両者の差異を遺伝的および形態的に検討した.またあわせて,同じ族のサシバエ
Stomoxys calcitrans, インドサシバエ
Stomoxys indicus, チビサシバエ
Stomoxys uruma およびミナミサシバエ
Haematobosca sanguinolenta のmtDNA解析を行い,ノサシバエを含むサシバエ類の分子系統についても検討した.4地域から得られたノサシバエ個体群の雄の体長は,帯広>盛岡>台湾>ベトナムの順に大きく,
irritan と
exigua ともに形態の緯度傾斜に沿った違いが示唆された.帯広と盛岡の個体群の塩基配列は同じだった.台湾とベトナムの個体群の塩基配列もほとんど同じだったが,やや差異が見られた(0.3~0.4%). また4地域の中で,ベトナムの個体群における遺伝的変異が最も大きかった(0.4%).帯広・盛岡(
irritans)と台湾・ベトナム(
exigua)の個体群の間の塩基配列の差異は 1.8~1.9% だったが,
irritans および
exigua と他のサシバエ族4種との差異は 6.7~10.9%.だった.種(属)レベルにおいて,ノサシバエ(
Haematobia 属)とミナミサシバエ(
Haematobosca 属)は遺伝的に近縁で,サシバエを含む
Stomoxys 属はこれら2種(2属)から大きく離れていることが分かった.また
Stomoxys 属内で,チビサシバエはインドサシバエよりもサシバエに近かった.形態および遺伝子解析に基づいたノサシバエ2亜種の分類学的位地と日本産サシバエ族のこれまでの形態評価と本研究の分子系統の矛盾について議論した.
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