近時 in vivo 移植並びに in vitro 組織培養法の応用は背椎動物の発生学的研究に有益な数多くの成果をもたらしてきた. 他方, 実験動物骨格系に対する estrogen の効果に関して多くの研究がなされ, それが組織の発育を抑制するものであると報告されている. しかしその作用機転に関しては未だ明確に知られていない.
本研究はこれに基き歯牙形成の原基である胎生歯芽の移植片に対する estrogen の影響について観察し, 又歯芽の体外培養後にその生存と発育の能力の有無を見, なお培養中にホルモンの影響がなかった歯芽の間接移植と直接移植に対するホルモンの効果を比較検討したもので, これは極めて興味ある問題である. 移植方法として体重20gの成熟純系雌マウスを4群に分け使用し (1. 卵巣摘出去勢群, 2. estrogen 注射群, 3. 去勢後 estrogen 注射群, 4. 対照群), これらを移植されるべき host 動物とした. 移植には何れも胎生17日目の歯芽を用いた. 体外培養歯芽は3日, 5日, 6日, 8日, 及び10日間培養の各グループに分け, 培養後 host マウスの腋下へ移植した.
直接移植歯芽においては第1去勢群84%, 第2 estrogen 注射群91%, 第3去勢後 estrogen 注射群84%, 及び対照群は最高で, 94%の発育率を示した. 各群大差を認めないが, 第2群は他の3群に比し象牙質形成がやや良好で且つ歯髄の血管形成は活溌で, その数も優っていた.
組織培養歯芽の3日間培養移植片は各群共その発育率は減少し, 夫々第1群55%, 第2群83%, 第4群63%で, 5日間培養では更に減少, 第1群18%, 第2群25%, 第4群25%, 6日間培養に至り各群全く発育を認めず0%, 培養後7日目に培養液は refeed され, 8日間培養では発育率は再び上昇, 第1群33%, 第2群33%, 第3群25%, 10日間で第1群26%, 第2群34%, 第3群25%, 第4群42%を示した. 各日数平均発育率は第1群28%, 第2群37%, 第3群25%, 第4群35%で, これは前述直接移植歯芽発育率に比し低率を示しているが, 各群間発育率の比較では共にほぼ同様の割合差が認められた.
Estrogen の骨格系に及ぼす影響はその発育を抑制するという報告が多い.しかし本研究において直接的に, 或いは組織培養を経て完全にホルモン無影響状態に置かれた胎生歯芽を間接的に動物へ移植して estrogen が移植歯芽に及ぼす影響を観察し, それが組織に対し発育抑制の効果を示さず, むしろ極く僅少であるがその発育率を高めたいという結果を得た. これは勿論 estrogen の投与期間, 量等により異なった結果を得るものと考えられる. 各群の組織像においては著明な差を認めないが, estrogen 注射群では特に明瞭な象牙質細管形成が見られ, これは活溌な組織の発育を示すと共に他群に比し長期にわたり発育を続けるということが歯髄血管形成の旺盛さにより観察し得た. 又直接移植及び組織培養後, 間接移植発育歯牙共に上記の所見を呈したが, その発育率の比は5対2の割合であった. これは培養後移植歯芽では発育力の低下を示したものであるが, たとえ一例でもその発育を示すならば, 10日間にわたる長期の体外培養歯芽においても移植後, なお生育力を失なわないことを意味するものである. 他方移植時迄経続してホルモンの影響下にあった直接移植歯芽と培養中ホルモン無影響状態にあった間接移植歯芽に対する estrogen の効果は殆んど大差なく, 組織像で後者は僅かに発育の未熟な像を呈していた. 組織培養中, 歯芽は時間の経過と共に多くの out growth を培養器表面に沿って増殖させ, 従って歯芽そのものは flat 状を呈し培養8日目にて容易に dentinoenamel junction を観察出来た. 培養6日目に各群の歯芽発育率は0%を示しているが, それはこの時期になると out growth 外郭細胞群の一部が壊死に陥り老癈物及び毒性物質を培養液中に放出, 或いは又組織新陳代謝の結果培養液のpHを著しく変化させ多くの細胞に障碍を与えるか, これらを死に至らしめる結果と考えられる. 培養7日目には新鮮培養液を refeed した為, その後の組織は再生し発育率の上昇を示している. 以上の如く本研究においてマウス胎生歯芽の長期体外培養後なお, その生育力を維持し, 且つ estrogen 投与が移植歯芽の発育を抑制することなく, むしろ僅少ながら発育促進を示したという事実は今後この方面の研究に有力な手掛りを与え, 且つ重要な基礎を作り得たと確信する.
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