糖尿病網膜症における網膜毛細血管の内皮細胞の増殖のような進行性の変化において,プロテインキナーゼ(PKase)がいかに関与しているかを調べた。約10週齢のWistar系雌ラットにストレプトゾトシン(STZ)(80mg/kg)を腹腔内に1回投与後,経時的に摘出眼球から核と細胞質(CYT)を調製した。核より低張緩衝液で核可溶性画分(extractable nuclear protein, ENP)を抽出した。このENPとCYT画分をDEAE-celluloseを用いたカラムクロマトグラフィーに付し, NaCl濃度の異なる溶液で溶出した各画分のPKase活性を,カゼインと〔32P〕ATPを基質として測定した。その結果,STZ投与によって,ENPでは0.15M NaCl溶出画分に,CYTでは0.3M NaCl溶出画分のPKase活性が,投与後,ENPでは48時間で,CYTでは72時間で増大することが認められた。このENP中の0.15M NaCl溶出画分を部分精製酵素標品として,その性質を調べた結果,本酵素の最適pHは7.5,Km(基質:ATP)は6.08×10^<-6>M,V_<max>は6.13pmol/min/mg(37℃)であった。酵素活性は,H-7(1-(5-isoquinolinyl-sulfonyl)-2-methylpiperazine),cAMPおよびcGMPでは影響を受けず,ペパリン,ポリウリジル酸,ポリグルタミン酸およびポリアスパラギン酸では阻害され,スペルミン,ポリリジン,ポリアルギニンでは活性化された。また,Mg^<2+>要求性で,Na^,K^+,Ca^<2+>の添加では影響がなかった。以上の結果から,ENP中の0.15M NaCl溶出画分中のPKaseは,casein kinase(CK II)と類似した性質を有することが明らかとなった。しかし,ホスビチンはリン酸化基質となったが,ヒストンおよびCK IIに特異的な合成基質(Arg-Arg-Arg-Glu-Glu-Glu-Thr-Glu-Glu-Glu)は,有効な基質とはならなかった。これらの結果は,STZ投与によって眼球組織の細胞核内で活性が増大する本PKaseは,CK IIに類似するが,別種のものであること,および細胞増殖調節因子として核内に存在し,STZ糖尿病性眼合併症の発症に関与していることを示唆するものと考えられる。
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