【目的】舌骨上筋群の筋力増強訓練の一つに嚥下おでこ体操がある.額に手を当てて抵抗を加えながら頭頸部屈曲を行う簡便な手技であるが,頸部の角度や力加減は実施者に委ねられるので,十分な筋活動が得られていないことがあるかもしれない.頸部の運動に伴う筋収縮の情報が対象者自身に feedback (以下, FB)されることで,これらの欠点が改善される可能性があるものの,これまで検討されていない.本研究では嚥下おでこ体操実施時の表面筋電図による視覚 FBの有用性を検討した.
【方法】実験参加者の健常若年者 32名(24.0±3.6歳)を視覚 FB有り群と FB無し群に分けた.測定課題は両群ともに嚥下おでこ体操とし,①練習,②第一試行,③第二試行,④第三試行( 15分後),⑤第四試行(一週間後)の順に進めた.この過程の ③第二試行において, FB有り群は表面筋電図による FBを併用した.嚥下おでこ体操の 1回あたりの計測時間は 5秒とし,各試行で合計 3回計測した.測定装置は表面筋電図を使用し,被験筋は利き手側の舌骨上筋群とした.筋電図波形の解析区間は,運動開始後の 1秒から 4秒までの 3秒間とした.各試行の代表値は,算出された 3回分の平均振幅をさらに平均した値とした.
【結果】分析対象は両群 15名となった.試行回を要因とする単純主効果の検定では,FB有り群において有意差が認められた.さらに,試行回ごとの多重比較では,第二,第三,第四試行の平均振幅は第一試行に比べて有意な増加を認めた.一方で,FB無し群の単純主効果には有意差は認められなかった.
【結論】嚥下おでこ体操を実施する際に併用した表面筋電図によるリアルタイム FBは,舌骨上筋群の筋電図振幅を増加させるための有用な手段になることが明らかになった.また,その効果は 1週間後も保持されることが示唆された.
【目的】児童発達支援事業所は増加傾向にあり,食事の支援や口腔機能の改善,口腔衛生管理の指導も児童発達支援事業の一つに属すと考えられる.本研究の対象とした某市には,児童発達支援事業所が一か所に留まり,出生直後からの発達支援を大学病院などから引き継ぎ,地域の病院と連携しながら継続的に支援を実施するためには,児童発達支援事業所に寄せられる地域的なニーズが高いと考えた.そこで児童発達支援事業所を利用する子どもの食事や口腔機能と衛生状態の課題と,保護者のニードを検討することとした.
【対象および方法】某市の児童発達支援事業所を利用する子ども( 60名)の保護者を対象にアンケート調査を依頼した.アンケート内容は基本情報,食事の様子,口腔機能と衛生状態,食事や口腔に関する保護者の困りごとと食事指導の希望とした.統計解析はアンケート結果から従属変数を「食事指導の希望」の有無とし,それ以外の項目を独立変数としてカイ二乗検定を行った.
【結果】アンケート結果において回収率は 61.7%,平均年齢 4.9±1.2歳,性別は男性 79.4%女性 20.6%であった.食事指導を受けた経験がある 29.4%,食事の際に使用している椅子は「子供用椅子」 70.6%であった.口を開けていることが多いかは「開けている」58.8%であり,歯科健診で指摘を受けたことがあるか「はい」 41.2%であった.食事や口に関する困りごと「あり」 67.6%であり,食事指導の希望「あり」 64.7%であった.統計結果の「食事指導の希望との関連」では,子供用椅子の使用「あり」(p<0.05),食事や口に関する困りごと「あり」(p<0.05)に食事指導の希望「あり」が有意に多かった.
【結論】某市の児童発達支援事業所は地域的なニーズが高く,食事場面や口腔に関連する問題,保護者の困りごとが多かった.そのため早期から専門職種が関わり,子どもの状態を適切に評価し,食事の提供方法や口腔周囲筋の機能改善などについて支援することが重要である.
【緒言】肺炎患者において嚥下障害は死亡率の増加,在院日数の延長に関連する.高齢化が進む本邦ではサルコペニアによる嚥下障害が問題となっており,その原因の一つに低栄養がある.疾患ごとに栄養と嚥下機能の関係をみた報告が増えているが,肺炎患者を対象とした研究は少ない.今回我々は,低栄養の診断ツールとしての有用性が認められている Global Leadership Initiative on Malnutrition(GLIM)を用い,肺炎患者の入院時低栄養が,退院時点の摂食嚥下状況に及ぼす影響を調査した.
【方法】本研究は後ろ向きコホート研究である. 2018年 4月から 2019年 3月の期間に肺炎と診断され,摂食嚥下リハビリテーションを受けた患者を対象とし,年齢,性別, BMI, Barthel Index(BI),Food Intake LEVEL Scale(FILS),Charlson Comorbidity Index(CCI)を収集した.主要評価項目は FILSで評価された退院時の摂食嚥下状況とした.GLIMで評価された入院時低栄養にもとづき二群比較を行った.その後,退院時 FILSを従属変数とした重回帰分析により,摂食嚥下機能の回復に関連する因子を分析した.
【結果】206名(85[51–103]歳,女性 81名)の対象者の内, 133名(64.6 %)が低栄養と診断された. GLIM低栄養群では,BMIと入院前 FILS, 退院時 FILSが有意に低かった.重回帰分析の結果,入院時低栄養は退院時 FILSに独立して関連する因子であった( β=-0.419, p=0.003).低栄養患者は,非低栄養の場合と比べて,経口摂取を回復できたものの割合が低かった.
【結論】低栄養は肺炎患者の退院時摂食嚥下状況に悪影響を及ぼす因子であった.入院時に低栄養を有する肺炎患者は,早期の栄養介入が必要な可能性がある.
症例は 22歳男性, T細胞性急性リンパ性白血病の患者である.原疾患の度重なる再発により,生命予後は不良であった.さらに脊髄炎の影響により唾液誤嚥レベルの重度の嚥下障害を認めた.経口摂取を行うには誤嚥性肺炎のリスクが高い状況であったが,ご本人や家族が経口摂取を強く希望し,倫理的ジレンマが生じた.そこで,主治医や看護師と相談し,分割表による検討を行い,経口摂取を行う方針とした.経口摂取時は,誤嚥性肺炎のリスクを低減させるために,対応方法の統一( ①実施前後の口腔ケア,②吸引の徹底,③代償的アプローチ,④リスク管理)を行った.お楽しみレベルの経口摂取が,本症例の精神状態に及ぼす影響を Profiled of Mood Statesを用いて評価した結果,「抑うつ」「怒り」「活気」「疲労」「混乱」の項目で改善を認めた.また経口摂取時の対応方法を統一した結果,死亡退院となるまでの 2か月の間に明らかな誤嚥性肺炎の指摘はなかった.本症例では,分割表を用いた方針の検討や,経口摂取時の対応方法を統一したことが,人生の最終段階における有用な関わりと考えられたため,若干の文献的考察とともに報告する.
Wallenberg症候群の咽喉頭感覚の低下は,経口摂取開始の遷延を招く要因の一つと考えられ,重症例や発症早期例では ice chip swallowや少量の水分等を用いた訓練であっても適応外となることがあり,我々が知る限り有用な直接訓練方法は多くはない.今回,Wallenberg症候群により嚥下反射惹起不全と食道入口部(upper esophageal sphincter:以下, UES)開大不全を呈した患者に対し,スライス状の冷凍ゼリーによる直接訓練(以下,冷凍ゼリー訓練)を発症早期に実施し,嚥下機能の改善に有用であった事例を経験した.冷凍ゼリー訓練とは,嚥下反射惹起不全や遅延があり,コード 0jやコード 0tの経口摂取が困難な重度嚥下障害患者に実施する当院特有の訓練方法である.冷凍ゼリー訓練は,偽性球麻痺患者の嚥下反射惹起遅延に対して有用であることが報告されているが,Wallenberg症候群による嚥下反射惹起不全にも有用であり,冷凍ゼリーによる知覚入力の増強が孤束核―嚥下のパターン形成器(Central Pattern Generator)―疑核を介する嚥下反射の増強に有用だった可能性があった.一側嚥下や座位での嚥下前頸部回旋による直接訓練やバルーン訓練は, UES 開大不全に対し有用であった. Wallenberg症候群においては,嚥下機能検査や症状に応じた適切な訓練を発症早期より実施することで,誤嚥性肺炎予防と早期機能回復の促進に寄与し,経口摂取開始の遷延予防につながる可能性が示唆された.