日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌
Online ISSN : 2434-2254
Print ISSN : 1343-8441
25 巻, 3 号
日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌
選択された号の論文の11件中1~11を表示しています
原著
  • 田中 優成, 坪内 美穂子, 山縣 誉志江, 栢下 淳
    2021 年 25 巻 3 号 p. 169-181
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】近年,「舌でつぶせる」という言葉が食品の硬さを表す表現として一般的に普及してきているが,実際に人の舌の能力と関連性が検討されたものではない.そこで,舌の能力を示す舌圧に着目し,舌でつぶせる硬さと舌圧との関係を明らかにすることを目的とした.

    【対象および方法】内容を2 つに分け,それぞれ研究Ⅰ,研究Ⅱとした.研究Ⅰでは,物性測定器のテーブルに舌圧プローブを固定し,圧縮速度1 mm/s,測定歪率を16段階(10~85%)に換えてバルーン部を圧縮させ,それぞれの測定器で得られる値の関係を算出した.研究Ⅱでは,健常な大学生男女48 名を対象に,年齢,性別,体調,歯の矯正の有無,RSST, 握力,舌圧,ゼリーの押しつぶし結果を自記式にて調査票に記載させた.押しつぶしに用いたゼリーは硬さが60,000 N/m2,80,000 N/m2,100,000 N/m2,120,000 N/m2 程度,大きさは舌圧測定器のプローブ部と同じになるように事前に2 種類のゲル化剤を用いて作製し,計8 種類のゼリーを押しつぶさせた.

    【結果および考察】研究Ⅰでは,物性測定器の応力(硬さ:N/m2)と舌圧測定器の圧力(kPa)には,相関係数0.999(p<0.01)の正の相関が得られ,回帰式は,y=1799.3x+2388.6(x:舌圧測定器の圧力(kPa),y:物性測定器の応力(N/m2))を示した.研究Ⅱでは,ゲル化剤によってその傾きは異なるものの,硬さが硬くなるにつれて押しつぶしに必要な舌圧が増加することが示唆された.また,研究Ⅱで得られた回帰直線は,研究Ⅰの回帰直線と一致はしなかったものの,いずれの硬さにおいても回帰式から予測された舌圧よりも低い舌圧でゼリーを押しつぶすことが可能であった.

    【結論】回帰式 y = 1799.3x+2388.6(x:舌圧測定器の圧力(kPa),y:物性測定器の応力(N/m2))を用いることで,舌圧を測定すれば舌で押しつぶせる硬さの上限値が推定できる.

  • 堀川 康平, 関根 紀子, 南都 智紀, 内山 侑紀, 道免 和久
    2021 年 25 巻 3 号 p. 182-189
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】低コストで臨床現場で導入しやすい定量的な舌の運動機能評価法の開発を目的に,吊り下げはかりを用いた簡易な評価法を新たに考案し,その有用性について検討した.

    【方法】対象は,65 歳以上の入院患者37 名(男性:21 名,女性:16 名,平均年齢:77.1±5.9 歳)とした.舌と口蓋でガーゼを保持できる力を吊り下げはかりを用いて測定し,その最大値を「最大保持力」と定義し新たな評価指標とした.本法の有用性を検討するため,最大保持力の検者内・検者間信頼性および,最大保持力と既存の評価指標である最大舌圧,努力嚥下時舌圧,舌の左右運動の回数,oral diadochokinesis の回数との関連と,最大舌圧と既存の評価指標との関連について調べた.また,最大保持力から最大舌圧を求める回帰式の精度を検討した.

    【結果】最大保持力は,最大舌圧(r=0.84;p<0.001),努力嚥下時舌圧(Ch.1:r=0.76,Ch.2:r=0.68,Ch.3:r=0.62,Ch.4:r=0.62,Ch.5:r=0.59;p<0.001),舌の左右運動の回数(r=0.54;p<0.001),/ta/ のoral diadochokinesis の回数(r=0.39;p=0.016)との間に有意な相関を示した.なお,最大舌圧はすべての評価指標との間に有意な相関を認めた.最大保持力から最大舌圧を推定する回帰式は,最大舌圧(kPa)=6.687+7.457×最大保持力(kgf)(p<0.001)で,決定係数R2 は0.713 であった.最大保持力の検者内信頼性は,単一測定値0.85(p<0.001),平均測定値0.95(p<0.001)で,検者間信頼性は平均測定値0.93(p=0.003)であった.

    【結論】最大保持力は舌の運動機能を反映した信頼性の高い指標であり,臨床現場への導入が容易で低コストな定量的評価法として利用できる可能性が示唆された.

  • 千葉 由美, 山田 律子, 市村 久美子, 古田 愛子, 椎橋 依子, 中島 聖子, 戸原 玄, 山脇 正永, 石田 瞭, 唐帆 健浩, 植 ...
    2021 年 25 巻 3 号 p. 190-207
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】看護実践における「高齢者の胃ろう離脱のためのケアプロトコールの構成項目(以下,胃ろう離脱のための構成項目)」が療養病床と介護老人保健施設(以下,療養施設)ならびに高齢者専門の急性期病院(以下,高齢者専門病院)に勤務する看護職の認識する「実践度」の評価指標として信頼性・妥当性を有するかどうかを検証した.

    【方法】分析対象者は療養施設の勤務看護職372 名,高齢者専門病院の勤務看護職339 名であった.自記式質問紙にて,基本属性, 胃ろう離脱のための構成項目( ① 経口開始の判断基準,② フェースシート,③ アセスメントシート,④ ケアシートの実践度について4 段階Likert Scale),摂食嚥下障害のケースマネジメント指標(26 項目5 段階Likert Scale),ケースマネジメントの実践度(1 項目Visual Analogue Scale)などの回答を求めた.分析方法は,本評価指標の信頼性を内的整合性にて,妥当性を基準関連妥当性と構成概念妥当性にて検証した.本研究は,当該関連機関の倫理審査委員会の承認を得て実施した.

    【結果】「胃ろう離脱のための構成項目」の各シートの全項目合計得点のCronbach's a 係数は,療養施設でシート別に ① 0.916,② 0.969,③ 0.982,④ 0.977,高齢者専門病院は ① 0.921,② 0.977,③ 0.983,④ 0.975 であった.

     療養施設ならびに高齢者専門病院の基準関連妥当性は「胃ろう離脱のための構成項目」の各大項目と各シートの全項目の合計点とケースマネジメントの実践度,ならびに摂食嚥下障害のケースマネジメント指標の各領域と全項目の合計点とを検討し,いずれも有意な相関性を認めた.また,療養施設,高齢者専門病院ともに職位別で有意な差が見られ,構成概念妥当性が検証された.

    【結論】以上,看護実践における「胃ろう離脱のための構成項目」の信頼性と妥当性が数量的に示された.

  • 吉田 操, 池田 友記, 濱部 典子, 中川 賢, 守屋 淳一, 井上 真一, 岸本 裕佑, 後藤 啓人, 榎本 卓也, 青木 崇, 池村 ...
    2021 年 25 巻 3 号 p. 208-214
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】 脳血管障害後の摂食嚥下障害を有する症例に対して,摂食嚥下訓練を強化することの臨床的効果を通常の摂食嚥下訓練と比較することを目的とした.

    【対象と方法】 対象は14 病院の回復期リハビリテーション病棟へ入院した症例で,65 歳以上,発症60 日以内の脳血管障害による初発の摂食嚥下障害,Food Intake Level Scale(FILS)7 以下の症例とした.登録症例を無作為化し,通常の摂食嚥下訓練を行う標準治療群と,摂食嚥下訓練を1 日3 単位実施する強化療法群に割り付け,それぞれの群に対して1 カ月間介入した.摂食嚥下訓練以外のリハビリテーションは両群とも同様に行った.評価項目はFILS,食物形態,反復唾液嚥下テスト,改訂水飲みテスト,経鼻胃管,誤嚥性肺炎の発症で,評価は介入前後に行った.

    【結果】 55 例の登録症例は標準治療群28 例と強化療法群27 例に割り付けられた.摂食嚥下訓練時間は,1 カ月間の介入期間中に1 日平均で強化療法群は3.0 単位/ 日,標準治療群は2.2 単位/ 日実施された.FILS が改善した症例の割合は,標準治療群が57%(16 例/28 例)に対して強化療法群は81%(22 例/27 例)であり,FILS 改善症例数は強化療法群で有意に増加した.主食の食物形態が米飯および全粥の症例の割合は,標準治療群が介入前14%(4 例/28 例)から介入後36%(10 例/28 例)へと有意な改善がみられないことに対し,強化療法群では介入前7%(2 例/27 例)から介入後35%(11 例/27 例)へと有意に改善した.また,入院中の誤嚥性肺炎の発症は,強化療法群で有意に少なかった.その他の反復唾液嚥下テスト,改訂水飲みテスト,経鼻胃管の抜去については,両群で有意な差はみられなかった.

    【結論】 通常の摂食嚥下訓練よりも強化して訓練を行うことは,脳血管障害後の摂食嚥下障害をさらに改善できる可能性が示唆された.

短報
  • 渡邊 英美, 床井 多恵, 高田 耕平, 松田 梨江, 太田 紗彩, 八十田 あかね, 窪田 沙代, 佐野 千春, 栢下 淳, 小切間 美保
    2021 年 25 巻 3 号 p. 215-221
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】嚥下調整食の提供が行われている病院や高齢者施設などで物性測定装置を設置している施設は少ないため,学会分類2013(食事)では物性値は表記されていない.そのため,嚥下調整食の形態の解釈は特にコード4 において,施設により異なっていることがある.今後,嚥下調整食分類の共通化をさらに進めるためには,物性測定装置がなくてもかたさを評価できる簡易的な方法が必要である.本研究では,棒と電子秤を用いた方法(秤法)および凸型キャップとペットボトルを用いた方法(PB 法)の2種類のかたさの簡易評価方法を検討した.

    【方法】加工食品および生鮮食品34 種類を試料とし,縦・横20 mm,高さ10 mm に切り分けた.試料温度は20±2℃とした.クリープメータRE2-3305C(山電)のステージに試料を置き,直径5 mm のプランジャーを用いて測定速度1 mm/ 秒で押し込み測定を実施し,歪率0~90% における最大値をかたさとした.秤法では,電子天秤の上にのせた試料を直径5 mm の棒で押し込み,貫通するまでに表示された最大重量を測定値とした.PB 法では,ペットボトルに凸部の直径5 mm のキャップを装着し,キャップを下にしたときの先端の圧力が100 kPa または200 kPa になるように水を入れた.試料の中央にのせたキャップの凸部がボトルの重さで貫通した場合をかたさ100 kPa 未満または200 kPa 未満と判定した.

    【結果】クリープメータによる測定の結果,試料のかたさは7~564 kPa であった.秤法で得られた値をかたさに対してプロットすると,秤法=かたさの直線に近く,Spearman の相関係数は0.956~0.969 と強い正の相関が認められた.PB 法では,100 kPa 未満,100 kPa 以上200 kPa 未満,200 kPa 以上の3 段階で判定を行うことができた.ただし,7 種類の試料でクリープメータ測定の結果と一致しなかった.

    【結論】秤法,PB 法ともに,コード4 の嚥下調整食に含まれる食材のかたさの簡易評価方法として,活用可能であることが示唆された.

  • ―安全なポジショニングの提案に向けて―
    西北 健治, 井尻 朋人, 鈴木 俊明
    2021 年 25 巻 3 号 p. 222-228
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】本研究は,体幹傾斜角度と頸部の角度を変化させたリクライニング車椅子姿勢と嚥下困難感との関係を明らかにすること,また顎舌骨筋と胸骨舌骨筋の座位姿勢の筋活動量と嚥下困難感との関係を明らかにすることを目的とした.

    【方法】対象は健常成人10名とした.課題は ① 姿勢保持の筋活動の測定,② 9パターンの姿勢での嚥下動作,③ 各姿勢での嚥下困難感の回答とした.座位姿勢は頸部屈曲20°,中間位,伸展20°の3 パターンと体幹傾斜80°,70°,60°の3 パターンを組み合わせた9 パターンを設定した.嚥下困難感は安静座位(頸部中間位,体幹鉛直位,股関節,膝関節共に屈曲90°,足底は床面接地)での嚥下を基準として,10 が最も飲み込みやすいとした0~10 で回答させた.筋活動の測定は顎舌骨筋と胸骨舌骨筋とした.

    【結果】頸部屈曲20°,中間位,伸展20°いずれにおいても,体幹傾斜60°が80°より有意に嚥下困難感の値が低値であった.そして,体幹傾斜60°かつ頸部伸展20°は他の肢位と比べ嚥下困難感の値が最も低値であった.またリクライニング車椅子座位姿勢時の顎舌骨筋,胸骨舌骨筋の姿勢時筋電図積分値相対値と嚥下困難感に有意な負の相関を認めた.顎舌骨筋はr =-0.50,胸骨舌骨筋はr =-0.54 であった.

    【結論】体幹傾斜60°かつ頸部伸展20°は,他の肢位と比べ嚥下困難感の値は低値であり,その要因として,姿勢保持時に顎舌骨筋と胸骨舌骨筋の筋活動の大きさが関係すると考えられた.嚥下困難感を生じさせないためには,顎舌骨筋と胸骨舌骨筋の筋活動が少ないポジショニングを検討することも一つの指標になると考えられた.

  • 深田 順子, 鎌倉 やよい, 渡邉 直美, 西岡 裕子, 松田 優子
    2021 年 25 巻 3 号 p. 229-237
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【目的】「つばめ体操」は,地域高齢者の摂食嚥下機能,呼吸機能および四肢運動機能を維持・促進するために制作された.術前補助化学療法を受ける食道がん患者に適用するにあたり,パイロットスタディとして,若年健常女性に「つばめ体操」を3 週間実施した際の効果を明らかにした.

    【方法】対象は平均年齢21 歳の女性14 名.「つばめ体操」は,pa 行・ta 行を多く含む歌詞を歌いながら頸部・肩部・胸部・上肢・下肢の運動で構成される(1 分11 秒).4 回の反復実施を1 セットとし,ライフコーダGS4 秒版® を装着し「つばめ体操」の運動強度を測定した.

     対象者に「つばめ体操」を1日3セット3週間実施することを依頼し,その実施前後で舌圧,/pa/ /ta/ /ka/ の発話機能,最大呼気量,僧帽筋と胸鎖乳突筋の弾力性・硬度,握力,骨格筋量,4 m 歩行速度を測定した.測定には,舌圧測定器®,健口くん®,電子ピークフローメーター®,MyotonPRO 組織硬度計®,デジタル握力計®,InBody270® を用いた.統計解析ソフトを用いて分析し,有意水準を5% とした.

    【結果】「つばめ体操」の1 セットの運動強度は1.41±0.13 Mets.3 週間の継続実施の完遂率は79% であった.完遂率70% 以上の11 名について実施前・後の値を比較した結果,舌圧,歩行速度は実施後に有意に増加した(p<0.05).胸鎖乳突筋の硬度(左),僧帽筋の硬度(左右)および僧帽筋の弾力性(右)は,実施後に有意に減少した(p<0.05).一方,/pa/ の発話回数が実施後に有意に減少した(p<0.05).

    【結論】「つばめ体操」は,運動強度が低いが,3 週間継続することで舌圧や歩行速度を増加させ,僧帽筋の弾力性や硬度を低下させることが示唆された.ただし,実施後に/pa/ の発話回数が減少したため,人との交流頻度などの影響を検討する必要がある.

症例報告
  • 沖田 浩一, 麦井 直樹, 福永 真哉, 八幡 徹太郎, 染矢 富士子
    2021 年 25 巻 3 号 p. 238-244
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【はじめに】皮膚筋炎は皮膚症状を有し,四肢近位筋の筋力低下を特徴とする自己免疫疾患である.症状のひとつとして嚥下障害があり,薬物治療が奏功する一方で,手術適応となる例も存在する.今回,経口摂取再開に長期経過を要した皮膚筋炎の重度嚥下障害遷延化例に対して摂食嚥下リハビリテーション治療(以下,嚥下リハ)のひとつとしてバルーン拡張訓練法(以下,バルーン法)を施行し,治療開始後3 年の経過で完全経口摂取に移行できた長期嚥下リハ経過を報告する.

    【症例】60 歳代男性.皮膚筋炎(抗OJ 抗体陽性).入院2 カ月前より両肩や上腕,頸部の痛みが出現し,上肢挙上保持困難となった.著明なCK 上昇,嚥下困難の出現を認め当院を受診した.初診時,ヘリオトロープ疹やゴッドロン徴候,体幹・四肢近位筋の筋力低下があった.主訴として食塊の通過障害,鼻咽腔逆流があった.

    【経過】初期段階では,全身状態不良,顕著な嚥下障害が持続していたため,積極的な嚥下リハは困難であった.VF では著明な誤嚥,鼻咽腔逆流,咽頭残留,食道入口部の通過障害を認めた.ステロイドパルスやステロイド点滴(初期投与量60 mg/ 日),免疫グロブリン大量静注療法を施行されたが嚥下障害は改善せず,薬物治療は奏功しなかった.入院中にバルーン法を導入したが著効せず,退院後は間接嚥下訓練のみ継続した.治療開始後1 年6 カ月のVF で誤嚥リスクの軽減を確認し,直接嚥下訓練を開始した.治療開始後1 年8 カ月よりバルーン法を再開し,通算2 年の長期経過で軟食摂取可能となった.治療開始後3 年の経過で自由飲水可能となり,完全に経口摂取は自立しバルーン法から離脱した.

    【結論】皮膚筋炎に対するステロイド治療薬は維持量となったが,嚥下障害が遷延化した症例を経験した.直接・間接訓練とバルーン法による嚥下訓練により,治療開始後3 年で完全経口摂取可能に至った.

  • 松尾 貴央, 田中 誠也, 鈴木 啓介, 高田 輝彦, 宮本 宜徳, 岡本 徹, 山村 誠
    2021 年 25 巻 3 号 p. 245-251
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【症例】80 代男性.

    【現病歴】X 年Y 月食事中の嚥下困難感とムセを自覚し,Y+1 月近医受診.原因不明の嚥下困難症と診断され,Y+2 月嚥下訓練目的で当院紹介.

    【介入と経過】初回嚥下造影検査(Videofluoroscopic examination of swallowing:以下,VF)の結果,著明な食道入口部通過障害を認めたため,食道入口部開大を目的に3 カ月間バルーン訓練法を実施した.訓練後のVF で食道入口部通過障害の改善を認めたため,嚥下訓練を終了し経過観察とした.しかし,3 週間後に嚥下障害が再燃し訓練を再開.初回評価時と同様の臨床所見を示したため,再び食道入口部開大の改善を目的に2 カ月間メンデルソン手技を実施した.メンデルソン手技実施時の嚥下反射を補助するため干渉波電気刺激療法を併用した.訓練後のVF にて食道入口部通過障害の改善を示した.また,食塊の食道入口部通過時に輪状咽頭筋圧痕像(Cricopharyngeal Bar:以下CB)を認めた.液体嚥下におけるVF 評価では,訓練開始前の食道入口部開大時間は0.20 秒,バルーン訓練法実施後0.33 秒,メンデルソン手技実施後0.43 秒であった.バルーン訓練法実施後,食塊は食道入口部開大開始時に中咽頭に存在したが,メンデルソン手技実施後は食道入口部の開大と同時に食塊が食道に流入しており,食道入口部開大のタイミングに改善を認めた.介入頻度を週2 回から1 回に減らし3 カ月が経過したが,嚥下障害の悪化を認めていない.

    【考察】本症例はCBが認められたことから,特発性輪状咽頭筋嚥下困難症である可能性が疑われた.食道入口部通過障害は食道入口部の開大だけでなく,開大のタイミングも重要とされている.本例では,介入経過に合わせて柔軟に対応した結果,食道入口部開大時間の延長および嚥下関連器官の協調性の改善が得られた.

  • 髙川 真由美, 合田 明生, 牧 貴紀, 中川 均, 肥後 和貴, 桂 純一, 柳橋 健
    2021 年 25 巻 3 号 p. 252-258
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【緒言】完全側臥位法を適用した摂食嚥下機能療法により経口摂取を再開できた多系統萎縮症の症例を報告する.

    【症例】87 歳の男性で4 年前に多系統萎縮症と診断され,胃瘻が造設されている.入院時は自己摂取が可能であったが徐々に嚥下機能が低下し,入院後79 病日に経腸栄養となった.90 病日に嚥下評価・訓練の指示があり,従来法(仰臥位ベッドアップ30°,頸部屈曲位)を用いて訓練を開始した.93 病日に発熱を認めたため経口摂取訓練を中止し,経腸栄養の継続となった.その後,発熱はなく経過したが,本人や家族の強い希望により経口摂取の再開を検討した.213 病日に嚥下内視鏡検査を実施し,従来法と完全側臥位法の両条件とも,兵頭スコア7 点であった.固縮により頸部後屈が強いため,完全側臥位法の適用が望ましいと判断し,217 病日から言語聴覚士による完全側臥位法を適用した経口摂取訓練を開始した.その後,順調に経過し,254 病日に再度,嚥下内視鏡検査を実施したところ,兵頭スコア7 点と変化なく,生化学検査や画像診断から明らかな肺炎はなかった.278 病日に看護師による完全側臥位法での摂食介助に移行できた.

    【考察】本症例には誤嚥症状が認められ,主疾患による生理的嚥下機能低下に加え,頸椎前弯固縮による喉頭挙上抑制という構造的要因が影響していると考えた.構造的要因に対しては従来法で代償困難なため,完全側臥位法の適用を考えた.完全側臥位法による2 カ月間の摂食嚥下訓練の結果,看護師の介助による日常的な経口摂取が可能となった.この要因として,完全側臥位法の適用により誰でも安全な摂食介助が可能であったことや,設定が簡便であるため,多忙な臨床現場においても言語聴覚士以外の職種に介助を移行しやすかったことが考えられる.まだ完全側臥位法の適用報告がない疾患も多いが,適用の際には明確な適応根拠のもとで,厳格な中止基準を設けて慎重に導入すべきである.

  • 杉山 明宏, 牧野 日和, 佐藤 賢, 山本 正彦
    2021 年 25 巻 3 号 p. 259-266
    発行日: 2021/12/31
    公開日: 2022/05/11
    ジャーナル フリー

    【緒言】顎外固定装置AGOキャップ™(以下,AGOキャップ)装着後の直接訓練で経口摂取が可能となった症例を報告する.

    【症例】80 歳代の女性,アルツハイマー型認知症,間質性肺炎で入院した.

    【経過】:2 病日に間質性肺炎が増悪して意識状態が低下した.3 病日に言語聴覚士が介入し,嚥下機能を評価した.全身状態が不安定で長期臥床となり,喀痰量の増加およびせん妄が出現した.安静中に顎関節脱臼を繰り返したが,自己整復可能であった.全身状態が改善し21 病日から直接訓練を開始した.28 病日に,自己整復困難な両側顎関節脱臼が出現した.症例は,徒手的整復後の再脱臼防止にオトガイ帽および顎関節装具を試みたが不適応であった.次いで,AGO キャップを装着した状態で直接訓練を施行した.装着後は頭頸部の前方突出および胸椎後弯が改善し,開口量および咀嚼は良好であった.未装着では開口量が乏しく咀嚼は緩徐で,徐々に上下切歯間距離が延長して再脱臼となった.AGO キャップを用いた嚥下訓練を継続し,38 病日に経口摂取が可能となった.退院調整を行っていたが,49 病日に全身状態が悪化して51 病日に死亡した.

    【考察】AGOキャップは再脱臼防止に十分な固定力を有し,着脱が容易で装着中の不快感が少ないために,認知症患者に適していた.習慣性顎関節脱臼の症例に対しては,脱臼への恐怖心を払拭し,嚥下機能の獲得を補助する心理的効果が期待できた.AGO キャップ装着後の嚥下訓練は準備期から口腔期を中心とした嚥下機能の改善に寄与する可能性があり,顎関節脱臼以外の用途にも適用の拡大が期待された.

feedback
Top