人文地理
Online ISSN : 1883-4086
Print ISSN : 0018-7216
ISSN-L : 0018-7216
68 巻, 4 号
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
論説
  • 小林 基
    2016 年 68 巻 4 号 p. 397-419
    発行日: 2016年
    公開日: 2018/01/31
    ジャーナル フリー

    1970年代に,研究者らによって保全の必要性が主張され注目された「伝統作物」は,国内各地で農産物ブランドの形成を通じた農業振興に活用されうるものとしてあらためて注目を集め,研究が進んでいる。本稿は,兵庫県篠山市の丹波黒のブランド化を題材とし,伝統作物のブランド化過程を解明する。1970年代末以降,丹波黒は転作作物として生産が拡大され,全国的・周年的な需要が掘り起こされていった。1990年代になると西日本を中心に各地で新興産地が生じ,篠山では利益保護のためのブランド認証が必要となった。さらに,生産者と流通業者の関係をみると,他産地に先駆けて商品を出荷したい流通業者と収穫に時間と手間をかけざるをえない農家との間に葛藤が生じ,その調整がなされていた。このように,生産・供給システムの広域化による需要獲得と利益保護の両立,高品質性と早出しの両立といった諸方策により,丹波黒の全国ブランド化が展開したことが分かった。

  • 野尻 亘
    2016 年 68 巻 4 号 p. 421-441
    発行日: 2016年
    公開日: 2018/01/31
    ジャーナル フリー

    日本におけるハラール食品の生産と供給について,アクター・ネットワーク理論を応用して分析した。第1に,バブル景気のころより増加した在日ムスリムによるエスニック・ビジネスとして成立したハラール食肉生産は,非公式な滞在者も多いなかでの宗教的紐帯にもとづく,インフォーマルな市場であり,正規の流通ネットワークに結びつかなかった。第2に,2010年代中頃より,日本政府の農産物輸出振興戦略によって,日本人の経営する大規模な近代的・衛生的施設において,海外のハラール認証を得て,食肉を生産・輸出することが試みられるようになった。国際的に通用するハラール認証の取得とその維持費用の高さから,海外市場で対抗するためには,ブラジルや豪州産のハラール食肉のように大規模な資本力や規模の経済が必要となる。このようなハラール食肉自体の高コスト化は,在日ムスリムの購買力や所得の低さと矛盾する。日本の事業者が正規に着手するハラール認証食肉はイスラム圏の富裕な階層やインバウンド・ムスリムの需要を想定している。最初に日本でのハラールの問題を顕在化させた本来の在日ムスリム社会の存在は,マイノリティとして等閑視されている。これら両者の矛盾するネットワークについて,アクター・ネットワーク理論を応用し,ネットワークを構成する「序列づけの諸様式」を明らかにした。

展望
  • 寺床 幸雄
    2016 年 68 巻 4 号 p. 443-461
    発行日: 2016年
    公開日: 2018/01/31
    ジャーナル フリー

    本稿では,農業・農村研究との関わりにおいて社会関係資本の概念について再検討し,農村地理学の研究においてその概念に注目する意義と今後の研究の方向性を展望することを目的とする。さらに,英語圏での農村地理学,農村社会学で展開されるネオ内発的発展論の問題意識をふまえ,農村における農業の社会的側面を議論することが日本の農村,農業の持続可能性を考える際に重要であることを指摘する。社会関係資本の議論は1980年代以降に活発化し,パットナムの論考によって1990年代以降広く社会科学全体で行われるようになった。地理学分野でも,パットナムへの批判の後に議論が活発化し,その空間性や地域における影響をめぐって検討が進められた。さらに,地理学において関係論的視点が重視されるようになったことで,経済地理学を中心に社会関係への注目が高まり,社会的ネットワークとともに社会関係資本の重要性が指摘されるようになった。日本の農業・農村地理学においても社会関係資本に対する注目が高まっているが,それらは主に旧来の共同体的な結束型社会関係資本を中心に議論を進めている。橋渡し型社会関係資本との相互作用や,旧来の社会関係からの変化との関わりに注目する必要がある。さらに,社会関係資本に関する研究は量的研究が主流となっているが,構造的社会関係資本だけでなく,相互の信頼関係や共有される規範意識といった認知的社会関係資本についても注目して,質的研究を深化させることが重要である。

フォーカス
  • 淺野 修
    2016 年 68 巻 4 号 p. 463-478
    発行日: 2016年
    公開日: 2018/01/31
    ジャーナル フリー

    スペイン縁辺地域に位置するアルバラシン山地において,家畜飼養は牧夫の生業戦略にとってもっとも重要な仕事であり,村落の住民にとって長らく重要な商いであり続けてきた。それはアルバラシン山地のような山間地域において食の安全を提供している。しかしながら,家畜用の飼料の生育は環境に大きく影響を受ける。そのため,牧夫は飼料を求めて季節ごとに夏季放牧地と冬季放牧地にヒツジと共に移牧を行なう。時空間の差異を利用する移牧活動による自然環境への適応は生業戦略にとって重要な機能である。生業戦略が家畜の再生産の最大化を目的とするとき,その繁殖管理は牧夫にとってもっとも重要な仕事となる。そこで,本稿では牧夫への聞き取り調査により,移牧活動における繁殖作業を含む家畜管理の技術を報告する。ヒツジは季節繁殖の家畜であり,交配や分娩といった作業が一定の時期に集中する。そのため,牧夫はそのような一連の作業を中心とする1年のサイクルを採用している。牧夫はその生殖から仔の肥育,嚙草に至るまで管理し,介入を通して生活資源としての羊肉を搾取する。そこには人と家畜の相互依存関係が根底にあり,この縁辺地域における自然環境と生態系を利用した牧夫の家畜管理の技術によって生業が成り立っている。

書評
学会情報
feedback
Top