近年,人為的な要因による野生動物の感染症の発生が問題となっており,課題の1つとして人と野生動物の関わりがあげられる。本来,人が野生動物に餌を与える必要はないが,娯楽のための餌付けから保護を目的とした給餌まで様々な目的で野生動物への餌やりが行われている。一方で,餌やりによって特定の種が局地的に集合して行動生態の改変や生物多様性の低下が起こったり,感染症の発生リスクが高まったり,生態学的健康を人為的に損なうおそれがある。例として,国際的なツル越冬地の出水でナベヅルの高病原性鳥インフルエンザ(2010年冬),旭川でスズメのサルモネラ感染症(2008~2009年冬),北海道内でカラス類における鳥ポックスウイルス感染症(2006年以降)の集団発生が認められ,それぞれ給餌,餌台,ゴミという餌やりが関わっていると考えられる。餌やりによって集合した野生動物が家畜に感染症を拡散させるリスクも問題となっている。人,家畜および野生動物の生命を支える生態学的健康を守るため,人と野生動物の関わりと感染症について,学術整理とバイオセキュリティ対策が必要である。
傷病野生動物取扱いにおける感染リスク管理は重要である。しかしながら,取扱いにおける手指の汚染の実態は分かっていない。今回,傷病鳥類を取扱い時の手指の汚染状態を把握する目的で,青森県鳥獣保護センターに収容された傷病鳥類17種46羽の診察における手指の汚染状態をATPふき取り検査を用い調査した。調査の結果,手指の汚染は,診察によりATP値が1.6±1.0×102RLU から 2.1±2.0×104RLUに増加し,特に外傷や起立困難の鳥(2.9±1.6×104RLU)では外傷がみられない鳥(5.0±2.8×103RLU)より高い値を呈した。また,種の生態によっても汚染度に違いがみられた。基本的な衛生管理ではあるが,手袋の着用と,取扱い後の手指の洗浄は感染リスクを軽減するうえで重要である。
野生動物の感染症は,野生動物そのものに影響を及ぼすもの,人,家畜に感染するものなど様々であるが,近年,環境改変などの人為的要因による感染症の発生が問題となっている。野生動物の死亡原因の究明は,時に生態系の異変の指標,また人,家畜の感染のセンチネルとして,感染症の早期発見および対応,ひいては生物多様性の保全にも寄与すると考える。環境省では,平成20年から野鳥での高病原性鳥インフルエンザウイルスの全国サーベイランスを,都道府県,大学,研究機関などとの連携のもと実施し,関係省庁,関係機関,近隣諸外国との情報共有にも努めている。このように特定の疾病に関する危機管理対応は整いつつあるものの,野生鳥獣の死因を幅広く究明する制度は整っておらず,新たな異変や感染症の早期発見の機能は十分とはいえない。本稿では,日本での野生動物の感染症対応の現状と今後の課題について,死亡原因の究明の観点から海外の事例も参照しながら考える材料を提供したい。
著者らは北海道の畜産農場やその周辺において野生動物のサルモネラ保菌に関する調査を実施している。カラス類,カモ類,アライグマあるいはキタキツネを含む野生動物のサルモネラ保菌状況や野生動物由来菌株の性状といった我々の調査結果は,野生動物と家畜の間に疫学関係が存在することを示唆している。サルモネラのように多様な宿主に感染する病原体をコントロールするためには,病原体の生態を考慮し,野生動物,家畜および人への包括的な対応が必要である。
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