日本野生動物医学会誌
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22 巻, 4 号
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特集論文
  • 石塚 真由美, 寺岡 宏樹
    2017 年 22 巻 4 号 p. 55
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

    野生鳥類は陸上における最も身近な野生動物でありながら,

    必ずしも充分な研究が行われているわけではない。しかし,世

    界的にダイオキシン類,金属類,農薬など,様々な化学物質に

    よる野生鳥類の中毒事故が絶えない。通常,生物は環境化学物

    質に対抗するための生体防御機構を有しているが,鳥類では哺

    乳類に比較して多くの環境物質に対する感受性が高いことが報

    告されている。一方,野生鳥類が高度に濃縮する化学物質も知

    られており,事故による犠牲を含めて,回収された死体は生息

    域の汚染状況を物語る貴重な試料であるとも言える。

     本特集は,2015 年7 月30 日(木)~ 8 月2 日(日),酪

    農学園大学で開催された第21 回日本野生動物医学会大会にお

    ける学会主催シンポジウム『野生鳥類の化学物質汚染とその影

    響』(7 月31 日)を契機として企画されたものである。本シ

    ンポジウムでは,実際に頻発している中毒事故や化学物質汚染

    の実態,さらに野生鳥類の化学物質感受性のメカニズムに関す

    る最新の知見が報告された。

     特集記事は以下の4 編の総説から構成される。

    1.ダイオキシン感受性因子としての鳥類AHR1 遺伝子型と生

    態要因の関係

      Ji-Hee Hwang1),Hisato Iwata2),Eun-Young Kim1, 2)

      (1)Department of Life and Nanopharmaceutical Science and

    Department of Biology, Kyung Hee University,2)愛媛大学沿

    岸環境科学研究センター)

    2.野生鳥類におけるダイオキシン類のエコトキシコロジー

      久保田 彰(帯広畜産大学獣医学研究部門基礎獣医学分野,

    動物・食品検査診断センター)

    3.鳥類で起こっているケミカルハザードとそのメカニズム

      中山翔太,水川葉月,池中良徳,石塚真由美(北海道大学大

    学院獣医学研究科)

    4.北海道における野生鳥類の石油汚染・中毒とサハリン開発

    がもたらす脅威

     齊藤慶輔(猛禽類医学研究所)

     本特集が野生鳥類の化学物質汚染に関する研究の発展に少し

    でも寄与することを願ってやまない。

  • Ji-Hee HWANG, 岩田 久人, Eun-Young KIM
    2017 年 22 巻 4 号 p. 57-61
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

    アリルハイドロカーボン受容体(AHR)は リガンドによって活性化される転写因子である。 鳥類AHR1 の遺伝子型

    は,ニワトリAHR1 で324・380 番目に相当するリガンド結合ドメイン内の2 つのアミノ酸残基によって,Ile_Ser(I_

    S)型・Ile_Ala(I_A)型・Val_Ala(V_A)型に分類される。I_S 型は2,3,7,8-TetraCDD に対して低濃度でも反応するが,

    V_A 型は高濃度にならないと反応しない。 しかしながら,鳥類で感受性が異なるAHR1 遺伝子型を持つことが進化学

    的にどのような意味があるのかについては不明である。本研究では,鳥類の生態学的要因 とAHR1 遺伝子型との関連

    性を統計学的手法で解析し,AHR1 遺伝子型に影響する要因について考察した。 結果的に, 鳥類AHR1 遺伝子の(ニワ

    トリAHR1 で324・380 番目に相当する)2 つのアミノ酸残基は 自然由来ダイオキシン類の代謝・排出のために変異

    したと推察される。 例えば,水鳥や猛禽類の自然由来ダイオキシン類への曝露がAHR1 遺伝子の選択圧となり, 人間活

    動由来ダイオキシン類に対する低感受性をもたらしたと考えた。

  • 久保田 彰
    2017 年 22 巻 4 号 p. 63-67
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

     ダイオキシン類は残留性や生物蓄積性が高いため,多様な環境試料から検出されてきた。わが国では1999年にダイオキシン類対策特別措置法が制定され,ダイオキシン類の排出等に係る規制が敷かれてきた。こうした流れの中で,環境省は1998年度以降,汚染実態の把握と規制効果の検証を目的として,「野生生物のダイオキシン類蓄積状況及び影響調査」を実施してきた。本調査の一環として,筆者らは琵琶湖で採材したカワウ(Phalacrocorax carbo) と関東地方で採材したトビ(Milvus migrans) を対象に,ダイオキシン類の汚染実態と影響を調査した。その結果,カワウでダイオキシン類汚染が顕在化していることを明らかにした。一方,トビのダイオキシン類濃度は相対的に低値を示した。カワウやトビにおけるダイオキシン類同族・異性体の体内動態・性差・年齢差を解析し,同族・異性体特異的な肝集積や母卵間移行,成長蓄積の態様を明らかにした。カワウの肝臓ではダイオキシン類蓄積によりシトクロムP450 1A(CYP1A)の発現が誘導されていることを明らかにした。筆者らの研究や環境省のプロジェクトの成果は,わが国のダイオキシン類排出量が規制の効果で1990年代後半以降顕著に低減したものの,野生生物の組織中濃度は横ばい状態であることを示している。従って,今後も野生生物を対象としたダイオキシン類蓄積状況と影響に関する継続調査が必要と考えられる。

  • 中山 翔太, 水川 葉月, 池中 良徳, 石塚 真由美
    2017 年 22 巻 4 号 p. 69-72
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

     化学物質が引き起こす被害「ケミカルハザード」は,鳥類においても報告されているが,その実態やメカニズムには不明な点も多い。シンポジウムでは鳥類において懸念されるケミカルハザードについて「重金属」と「殺鼠剤」を取り上げ,これまでの研究成果を報告した。本稿では,殺鼠剤に関して報告する。ドブネズミなどの外来性小哺乳類は,公衆衛生学的理由のほか,生態系を攪乱することから,その駆除のために殺鼠剤が使用されている。1950年代より,安全性を考慮して,ビタミンKエポキシド還元酵素を標的とした殺鼠剤が世界的に使用されている。一方で,ニワトリについて殺鼠剤への感受性が極めて低いため,鳥類では中毒が起こりにくいと考えられてきた。しかしながら,これまでの我々の研究で,鳥類では種によってこの殺鼠剤に対する感受性が大きく異なることがわかってきた。殺鼠剤の感受性種差についてその分子メカニズムを明らかにした研究はない。基礎的なデータ基盤が欠落したまま殺鼠剤を使用することにより,海外では外来性のげっ歯類駆除のために散布された殺鼠剤により,離島で8割の海鳥種が全滅したことも報告されている。また近年加速する猛禽類の生息数の減少の主要因の1つとして,この殺鼠剤による環境及び餌生物の汚染が挙げられている。現在,国内では離島の野生げっ歯類の駆除のために,鳥類での感受性が低いことを前提に殺鼠剤が用いられている。ここでは鳥類の殺鼠剤感受性と毒性メカニズムの一端を紹介する。

  • 齊藤 慶輔
    2017 年 22 巻 4 号 p. 73-78
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

     ロシア連邦のサハリン島では,サハリン開発と呼ばれる石油・天然ガス開発が進められている。鉱区であるサハリン北東の沿岸は希少種オオワシの繁殖地にあたる。2000年より実施してきたオオワシの生態調査では,潟湖周辺に約300つがいが繁殖していると推察され,1000個近い巣も確認されている。オホーツク海に接するサハリン北東の潟湖は極めて浅く,この浅瀬や沿岸の湿地帯に敷設されたパイプラインが破断した場合,石油は瞬く間に湖底まで汚染し,ワシの重要な餌資源を根絶するばかりか,周辺の生態系も壊滅してしまう。この島は凍結と解氷を繰り返す脆弱な土壌や活断層が多く,パイプラインが破断した場合,石油が河川,隣接する湿原や潟湖,さらにはオホーツク海へと広がることが危惧される。2006年2月,知床半島に5500羽以上の石油に汚染された海鳥の死体が漂着した。東樺太海流に乗ってサハリン沖から流されてきたと思われたが,汚染源は特定されていない。漂着鳥の多くは,石油が身体に付着したことで浮力を失い,溺死もしくは低体温症により死亡したと診断された。消化管に石油が確認された個体も多く,羽繕い等の際に石油を経口摂取したと推察された。海鳥が漂着した海岸で2羽のオオワシも死体として収容され,胃内から黒褐色の油に汚染された海鳥の羽毛や骨が認められた。消化器系病変の他,副腎や甲状腺の肥大など重油を経口摂取した際に認められる病理所見も確認された。

原著論文
  • 長竿 淳, 野尻 あゆ美, 進藤 順治, 吉岡 一機
    2017 年 22 巻 4 号 p. 79-87
    発行日: 2017/12/22
    公開日: 2018/05/04
    ジャーナル フリー

     スローロリス(Nycticebus coucang)の上腕腺における組織学的特徴について検討した。上腕腺は組織学的ならびに超微細構造学的にアポクリン腺に類似し,形態の異なる3つの終末部と毛包に開口する導管から構成されていた。免疫組織化学的性状に関しては,上皮マーカーであるcytokeratin AE1/AE3抗体とエックリン腺マーカーであるS-100 Protein抗体ならびにCD44抗体に対して陰性で,アポクリン腺マーカーであるCD15抗体に対して陽性を示す終末部と,上皮マーカー,エックリン腺マーカー,アポクリン腺マーカーのいずれのマーカーにも陽性を示す終末部が認められた。以上より,スローロリスの上腕腺は形態的にアポクリン腺の特徴を示す3種の異なる終末部から構成され,免疫組織化学的性状に関しては,アポクリン腺と,アポクリン腺およびエックリン腺両者の特徴を有する腺の2種類の終末部から構成されると推察された。

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