高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)は世界的に拡散し野生動物にも大きな被害を及ぼしている。ガンカモ類は鳥インフルエンザウイルスのレゼルボアであるが,それらの国内への飛来状況と野鳥の感染発症リスクとの関連は,十分には解明されていない。今回,2016年9月から2017年6月(2016季)に日本に飛来したカモ類の対数化羽数と野鳥のHPAI報告件数との関連を検討した。調査対象種はHPAI感染拡散に関与していると考えられる9種である:マガモ(Anas platyrhynchos),カルガモ(Anas zonorhyncha),コガモ(Anas crecca),ヒドリガモ(Mareca penelope),ハシビロガモ(Anas clypeata),オナガガモ(Anas acuta),ホシハジロ(Aythya ferina),キンクロハジロ(Aythya fuligula),スズガモ(Aythya marila)。飛来羽数は月3回,道(振興局)・府県ごとに集計し自然対数化した。2016季,調査した地域時点の総数は822,野鳥発生報告のあった地域時点数は48,平均飛来羽数は7.36 ± 1.61(平均値±標準偏差),発生報告のなかった地域時点数は774,平均飛来羽数は5.92 ± 2.06であった。野鳥のHPAI発生の起きた頻度は,ある地域時点における飛来羽数が6以上になると6未満であったときに比べて有意に高く,オッズ比は7.03,3回連続6以上になるとそれ以外の時に比べてオッズ比は7.65になった。飛来羽数が7以上の地域時点での7未満に対するオッズ比は4.90であった。さらに飛来羽数が3回連続8以上になると,それ以外の時に比べてオッズ比は7.73と高くなった。以上の結果から,調査対象カモ類の対数化飛来羽数が大きくなると野鳥におけるHPAI発生リスクが高まることが示され,カモ類の対数化飛来羽数は野鳥におけるHPAI発生リスクの簡易な指標となりうると考えられた。
バンドウイルカの繁殖において,出産日を推定することは出産に向けての準備体制を整え,不測の事故を防ぐために重要である。一般的にバンドウイルカにおいては出産直前に体温の低下が認められ,多くの飼育施設で体温測定による出産日の推定が行われている。一方で,出産1日前でも体温の低下が認められないこともある。本研究では母獣の乳裂間幅が出産直前に拡大することに着目し,水族館における4例の出産を対象として,出産直前の体温および乳裂間幅の変化を記録した。その結果,体温は出産1日前に有意に低下し,乳裂間幅は2日前に有意に拡大した。体温の低下と比較し,乳裂間幅の顕著な拡大は早く確認されたことから,乳裂間幅を測定することで,体温測定のみを実施するよりも早期に出産日を推測できる可能性が示唆された。
キタオットセイCallorhinus ursinusは食肉目アシカ科キタオットセイ属Callorhinusに属し,北太平洋北部に生息する一属一種の海棲哺乳類である。キタオットセイは1年のおよそ2/3にあたる期間を上陸することなく北太平洋上を広く索餌回游して過ごし,残りの1/3の期間は北太平洋北部に8~9ヵ所確認されている繁殖島に上陸して数百頭から数千頭にもなる大集団を作り,出産・交尾・子育てを行なうという極めて特徴的な生活サイクルを持っている。この生活サイクルのためキタオットセイの1年を通じての採血は難しく,年間の平均的な血液性状はこれまで示されていない。伊豆・三津シーパラダイスでは水産庁の許可を受け,1980年よりキタオットセイの群れ飼育を開始し,各種研究および健康管理の一環として1年を通じて定期的に血液性状の測定を行ない,データを蓄積してきた。そこで本総説では,2009年からおよそ12年間にわたる血液性状の測定データをもとに,野生下では知り得なかったキタオットセイの年間の平均的な血液性状について解説する。また,近縁種であるミナミオットセイ属Arctocephalusに属する野生下のグアダルーペオットセイArctocephalus townsendi,ナンキョクオットセイA. gazella,およびミナミアメリカオットセイA. australisの3種と,野生下のキタオットセイにおいて報告されている単回の測定による血液性状とも比較し解説する。