私は動物園獣医師として10年程働いてきた。私の働いている環境は,特別恵まれた環境ではなく,極めて一般的な環境で,経験できる症例の数も限られるし,扱えるお金の額も多くない。しかし,そのような環境でも,いくつかの実績を論文として残すことができた。主には動物園で飼育動物の診療を行う傍らで経験した症例に関する論文と,神奈川県からの委託事業で横浜市が行っている傷病鳥獣保護事業で得た知見を論文にしたものがある。加えて,わずかではあるが,動物園で働く飼育員の論文投稿を手伝うこともできた。なぜ論文の作成にこだわるかというと,動物園では経験できる事柄が限られ,しかも過去の報告を調べても十分な情報を得られることが少ない。それ故に,論文として情報を広く公開することは非常に重要で,その情報が誰かの助けになるかもしれないし,あるいは新たな知見を得る手掛かりになるかもしれない。動物園や水族館では新たなことに挑戦する機会が多いと思うが,挑戦した事柄を論文として残し,広く知ってもらうことが大切だと考えている。こういった点で私自身は多少なりとも動物園や野生動物医学の発展に貢献できたのではないかと思っている。そして,今後もその努力を続けていきたいと考えている。
ツキノワグマUrsus thibetanus,キリンGiraffa camelopardalis ssp.,トラPanthera tigris ssp.,ライオンPanthera leo 2個体,サバンナモンキーChlorocebus aethiops,マンドリルMandrillus sphinxの6種7個体に対してハズバンダリートレーニングを用いた行動的保定により定期的に採血を行い,血液学検査値および血液生化学検査値を得た。得られた血液検査値を既報と比較したところ,少なくともツキノワグマ,キリン,マンドリルにおいては,ハズバンダリートレーニングを用いた行動的保定による採血はストレスが少ないと推察された。本報告は日本国内において,上記の動物種における行動的保定で得られた血液検査値の初めての報告である。また,定期採血が可能となることで,各個体の健常値を得ることができ今後の飼育管理や健康管理に役立つものと考えられる。
8歳のアルパカ(Vicugna pacos)雌に後躯筋萎縮と足底潰瘍を認めた。消化器症状は示さなかったが,高度の削痩と貧血,高脂血症,高血糖,アミラーゼ高値,およびケトン尿を呈したことから糖尿病を疑ったが,インスリン治療開始前に死亡した。病理組織学検査では,膵島ベータ細胞の減数や粥状動脈硬化が認められ,本症例が糖尿病であったことが示唆された。本邦でのアルパカにおける糖尿病の報告例は今までにない。
神戸市立王子動物園で孵化したベニイロフラミンゴの雛が, 成長に伴って両後肢のX状捻転による歩行困難を呈した。2軸のポリプロピレン製矯正装具を開発し,両後肢の脛足根部から足根中足部にかけて装着したところ,徐々に歩行が認められ矯正効果が現れ始めた。足根間関節部に潰瘍が生じたため,関節部を弯曲させた改良装具を再作製し,254日間矯正を継続した。装具を外した後も脚捻転は認められず,その後は群同居に成功した。
腹水貯留をきたし死亡したフンボルトペンギンを病理学的に検索した。剖検では卵巣を中心に腫瘤が多発しており,腸間膜や腎臓にも波及していた。腹水細胞診,病理組織検査および免疫染色の結果から,卵巣に発生した未分化胚細胞腫と診断した。腹水の細胞診では特徴的な腫瘍細胞が観察され,生前診断の可能性が示唆された。フンボルトペンギンの腫瘍の報告は極めて少なく,本例はフンボルトペンギンの未分化胚細胞腫の初の報告である。
すでにアカウントをお持ちの場合 サインインはこちら