日本産キヨトウ類の幼虫の大腮の形態を詳細に観察し,各齢期ごとの変化を明らかにした.さらにキヨトウ類の終齢幼虫の大腮にみられる鋸歯の減少が,このグループの単系統性を支持する固有新形質であると推定した.また幼虫の齢数にも言及した.キヨトウ類の終齢幼虫の大腮についてはこれまでいくつかの種について形態が観察されているが,若齢幼虫に関してはほとんど知見がなかった.GODFREY(1972)はアメリカのヨトウガ亜科の終齢幼虫39属150種について形態的研究を行った.その結果,キョトウ類(Aletia,Leucania,Pseudaletia)の幼虫をその特異な大腮とhypopharyngeal complexにより1つのグループとしてまとめ,これら3属の幼虫を形態的に分けることが困難な理由が,これらが実はまとまった1属であることに起因すると示唆した.BECK(1960)はヤガ科の終齢幼虫の大腮のシェマを示し,6本の鋸歯を認めた.材料として使った種は以下の19種である.Mythimna turca(L.)フタオビキョトウ.Aletia placida(BUTLER)クロシタキヨトウ,A.rufipennis(BULER)アカバキヨトウ,A.conigera(DENIS&SCHIFF.)シロテンキヨトウ,A.pudorina(DENIS&SCHIFF.)ウスベニキヨトウ,A.pallens(L.)タンポキヨトウ,A.salebrosa(BUTLER)カバフクロテンキヨトウ,A.chosenicola(BRYK)クロテンキヨトウ,A.formosana(BUTLER)オキナワマダラキヨトウ,A.perstriata SUGIヒトツメキヨトウ,Pseudaletia sebarata(WALKER)アワヨトウ,P.albicosta(MOORE)マエジロアカフキヨトウ,Leucania insecuta WALKERノヒラキヨトウ,L.striata LEECHスジシロキヨトウ,L.compta MOOREアトジロキヨトウ,L.inouei SUGIアマミキヨトウ,Acantholeucania loreyi(DUPONCHEL)クサシロキヨトウ,Senta flammea(CURTIS)ナカスジキヨトウ,Anapoma postica(HAMPSON)アカスジキヨトウ.この他に比較のために日本産ヨトウガ亜科の1齢と終齢の大腮の形態をSarcopolia illoba(BUTLER)シロシタヨトウ,Mamestra brassicae(L.)ヨトウガ,Lacanobia splendens(HUBNER)エゾチャイロヨトウの3種について調べた.飼育はMythimna turcaのみはソルガムを用いて行ったが,他のキヨトウ類18種と上記のヨトウガ亜科の3種については人工飼料を用いて行った.本研究ではまず,幼虫,頭蓋を集め各種の齢期を推定した(Figs.1,2).そしてキヨトウ類では6〜7齢が一般的であることが判った.次に,齢期ごとの大腮の形態を詳細に調査した(Figs.3-7).その結果,キヨトウ類の大腮の鋸歯は齢期とともに一連の変化をすることが判明した.またこの変化のパターンはキヨトウ類のどの種に対してもほぼ同様であることが明らかになった.すなわち,キヨトウ類においては若齢では大腮は6本の完全な鋸歯をもつ(Fig.3A,B).中齢になるとまずH3とD1の間に小さな溝が形成され(Fig.3C),続いてこの溝は拡張しD1とD2は接近し(Fig.3D),中齢以降になるとH1とH2の間にさらにもうひとつの溝を備えVとH1は接近する(Fig.3E-G).著者の研究や幼虫に関する文献からすると,6本の鋸歯を備えることはヤガ科では一般的に広く見られ,この状態はヤガ科の大腮の原始的状態であると考えられる.このような一連の形態的変化を通して形成されたキヨトウ類の老熟幼虫の特異な大腮はキヨトウ類の単系統性を支持する固有新形質であろうと推測される.
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