近年,ラオス産のソルディダコムラサキChitoria sordida(Moore,1866)に関する研究が進み,北部のシェンクアンXiang Kouang,ポンサリPhong Sali,サムヌアXam Neuaに分布する北部個体群と,東部のラクサオLak Saoに分布する東部個体群が明瞭に区分されるようになった.後者に対しては,亜種名vietnamica Nguyen,1979を適用すべきことが指摘されている.両個体群は,成虫の斑紋ならびに幼生期の形態的・生態的特徴により互いに別種の地位を占めるべきと理解されてきたものの,北部個体群に適用すべき名称は未確定であり,単にChitoria sordidaの一亜種,と記述されたことが多かった.以上の状況により,所謂ソルディダコムラサキの分類に関する再検討が迫られていた.今般,著者は各地産の所謂ソルディダコムラサキの標本を入手し,小岩屋敏氏の示唆により,それらをロンドンおよびパリの自然史博物館に保管されるタイプ標本と比較する機会を得た.その結果,北部個体群は,北東インドのナガランドを基産地とする独立種Chitoria naga(Tytler,1914)に帰属すべきことが判明した.雲南省シーサンパンナを基産地として命名されたChitoria sordida hani Yoshino,1999は,Chitoria nagaのシノニムである.真のソルディダコムラサキChitoria sordida(Moore,1866)はシッキムからベトナム北部にかけて2亜種が分布し,標高500m程度の低山地に棲息する.シッキムからミャンマー北部まで原名亜種を産し,ベトナム北部とラオス東部には亜種vietnamica Nguyen,1979を産する.亜種vietnamicaは,原名亜種と比較して♂翅表が広く茶色味を帯び,前翅表の中室端明色帯が黄色くなることで区別される.ナガランドコムラサキ(新称)Chitoria naga(Tytler,1914)は北東インドのナガランド州を基産地とし,ミャンマー北部,雲南省,タイ北部,ラオス北部にかけて分布し,ソルディダコムラサキの分布圏と部分的に重複するが,標高1,000-2,000m程度の高地を好む.一見ソルディダコムラサキChitoria sordidaとよく似た外観を有し,Antram(1924)を除けば,今まで本種に対して常にソルディダコムラサキChitoria sordidaの名称が誤用されてきた.♂♀ともソルディダコムラサキとは翅型が異なり,前翅裏面の中室端暗色条の存在などの斑紋で区別されるだけでなく,母蝶が卵塊を形成し,幼生期における群居性が著しいといった点でも明確に異なる.本種は地理的変異が小さいと考えられる.なお,従来しばしばC.sordidaの亜種とされてきたC.modesta(Oberthur,1906)は,上記の両種のどちらにも帰属しない独立種であると考える.
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