安定した作物生産にとって,環境ストレスの克服は重要な課題である.特に,近年,高温ストレスと作物の応答に関して,多くの研究がなされている.幅広い範囲の高温は自然および人工的な環境の両方において,様々な作物に種々の影響を与えることが知られており,熱ストレスは作物の生産性に関連する重要な要因の1つである.55℃を超える高温は多くの種類の植物細胞において熱損傷やネクロシス的な細胞死を引きおこす.しかし,適度な高温は,耐熱性に加えて,様々なストレス耐性を向上させる,たとえば,低温,乾燥,高濃度の塩,病気などである.シロイズナズナの懸濁培養細胞をモデル系として利用して,45℃1時間処理という比較的温和な条件の熱処理の植物細胞に与え,形態学的生化学的影響を調べた.卓上型走査顕微鏡で観察すると,この温和な熱処理が24時間後に細胞の崩壊と収縮を引き起こすことが明らかとなつた.また,クロロフィルの減少,細胞活性の低下も合わせて認められた.そして,プログラム細胞死の指標としてよく注目される,カスパーゼー3一様タンパク質分解酵素の活性増加に加えて,ゲノムDNAの分解もアガロース電気泳動法で検出された.耐熱性の向上に関する反応を明らかにするために,各種阻害剤の効果を調べたところ,カルシウムイオンの流入を阻害する試薬が顕著にクロロフィルの減少と細胞死の遅延を誘導した.最後に,この温和な熱処理によって変化する核内タンパク質の同定を試みた.これらの結果,高温下で生育するために必要な植物応答の一部を明らかにして,今後の作物の改良につながる成果を得たと考えられる.
抄録全体を表示