アカデミー地理学成立以前の近代日本地理学史における代表的な地理書のひとつとされている牧口常三郎著『人生地理学』(1903年初年版)は,のちのアカデミー地理学の形成者からは同時代において低く評価されたとみなされている。この要因のひとつに,小川琢治が『地学雑誌』に発表した書評(1904)の内容が挙げられる。本書の同時代評に言及した従来の論考においては,この小川(1904)と伊藤銀月(1903)のみをとりあげたものが大半であった。本書の同時代評を精確に把握するために,本書の重版状況,本書を書評・紹介した刊行物とその記述内容,本書の中国語版の発行状況について検討をおこなったところ,次のことが明らかになった。すなわち,重版ペースの速さ,本書の書評・紹介をおこなった刊行物の数の多さとそれらの多様な属性,複数の刊行物から一様に高く評価された点があること,そして本書の中国語版といえる書が複数存在することなどが明らかになり,本書がきわめて幅広い分野から高く評価されていたことが示された。また,記録に残された文書を読む限りにおいてはのちのアカデミー地理学の形成者はそれほど評価していないが,一般読書界において高い評価がおこなわれたゆえに,彼らが一般読書界における評価とは一線を画し,表立って評価をおこなうことを避けた可能性が示唆された。
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