本稿では,経済自由化後のインドの空間構造の変化を念頭に,地域における産業の特化と多様性の観点から産業立地を検討した。特に,多様性がいかなる要素で構成され結びついているのかを明らかにするために,地域における産業の多様性/多角化に関する先行研究に基づいて関連性の測定方法を検討した。そして,事象の共起に基づく方法を,2011年のインド国勢調査においてインド標準産業分類2桁レベルで集計された,ディストリクト別の長期有業者数を基に,インドへ適用することを試みた。具体的には,インドすべての産業部門について,立地係数を用いて共起する産業部門間の関連性の程度を測定した。次に,繊維・アパレル製造業,輸送機器製造業,ICTサービス業の共立地を取り上げて,それを構成する組合せを抽出し検討を加えた。
現代インドにおける縫製業の地域的特性を分析するとともに,デリー首都圏で日本市場向け生産に従事する2社を事例に生産体制とCOVID-19の影響を分析した。インドと中国では,繊維品の産出額が縫製品のそれを上回っているが,縫製品製造の成長は両国とも2010年代を通じて相対的に高くなっている。インド国内の縫製業は企業数,産出額,付加価値額においてタミルナードゥ州の規模が突出する一方,デリー首都圏,マハーラーシュトラ州など大都市を擁する地域での成長もみられる。日系J社,インド企業I社はともに東京に営業所を設置し,受注先との取引交渉にあたっている。両社では国際貨物便を利用するなどリードタイムの短縮が企図されているほか,品質確保のための様々な体制が取られていた。また,両社ともインド全国の主産地から生地等を調達しており,広域的なサプライチェーンを構築している。COVID-19の流行期には強制的な生産停止に見舞われ,生産体制の回復には1年以上を要した。さらに受注量の減少により,工場の閉鎖に踏み切らざるを得なくなった。一方,J社では新たにインド市場向けの生産販売を開始するなど,COVID-19の流行が生産・販売活動の現地化を深化させる契機となった。
本稿は,近年のインドにおいて急速な普及がみられるマッシュルーム栽培に着目し,その産地形成メカニズムを地理学的視点から考察した。インドでは2000年代以降,北部の諸州を中心にマッシュルームの産地が拡大している。なかでも,ハリヤーナー州はインド最大のマッシュルーム産地であり,アグリビジネスによる大規模生産よりも,季節生産者による穀物とマッシュルームを組み合わせた農業が卓越している。ハリヤーナー州においては,農家が親戚や知人のネットワークを介して,小麦よりも収益性に優れたマッシュルーム栽培を新たに導入していた。もともと州内にはローカルなアグリビジネスであるマッシュルーム菌種の供給業者が集積していたことと,デリー首都圏でマッシュルーム需要が拡大したことが,ハリヤーナー州における産地形成に寄与していた。さらに,マッシュルームがどのように農業経営に組み込まれているのかを分析した結果,いずれの農家も,冬期の小麦栽培面積を減らし,その減少分をマッシュルームに転作していることが判明した。各農家がマッシュルーム栽培を導入した背景としては,収益性の高さだけでなく,収入源の多元化によるリスク分散や,残渣である稲藁の有効活用といった側面も影響している。また,全ての農家が出稼ぎ労働者を雇用するなど,マッシュルーム栽培の導入によって農業経営が大きく変容しつつあることが明らかとなった。
自動車産業に代表されるデリー首都圏の工業化は,ハリヤーナー州を中心に産業集積の形成を導いたが,同時に労働市場の非正規化・請負化をもたらした。請負ワーカーの多くは,ビハール州やUP州からの出稼ぎ労働者であり,工業団地内外の農村に村人が建設した低家賃のアパートに居住している。ハリヤーナー州最大の工業団地であるIMTマネサールの中に位置するB村では,請負ワーカーの増加とともに,様々な財・サービスを供給する小規模ビジネスの立地が相次いでいる。その担い手の1つは,かつての請負ワーカーや,その出身地であるビハール州やUP州から新たに呼び寄せた者であり,州間人口移動を発生させている。もう1つの担い手は,B村からみて南西方向に位置する県の出身者であり,デリー首都圏内での人口移動を発生させている。B村でみられた小規模ビジネスの増加は,底辺からの都市化であり,サバルタンな都市化の一形態と捉えられる。デリー首都圏では,州や大企業が主導する産業開発や住宅開発による上からの都市化と,サバルタンな都市化による下からの都市化が組み合わさった都市化が進行しているのである。
1990年代以降,インドでは急速な経済発展に伴い,急激な都市化が進行している。1980年代に約20%であった都市人口率は,2021年には約35%に高まった。経済成長による所得水準の向上に伴って住宅購入はミドルクラスのステータスシンボルとなっており,それらの世帯は,生活水準の向上を具現化する耐久消費財として住居を考え始めたと考えられる。本研究は,デリー大都市圏の郊外核として発展するファリダバードを事例に,住宅供給の実態を調査し,インドにおける大都市圏郊外地域における都市開発の実態と課題を明らかにすることを目的とする。
本研究の対象地域であるファリダバードは,デリー中心部から南東約 30 kmの郊外地域に位置する人口が約140万人の都市である。ファリダバードは周辺地域に比べて住宅価格が安価で,デリーメトロの延伸により「グレーター・ファリダバード (Greater Faridabad)」と呼ばれる地域東部において住宅開発が活発に行われている。ファリダバードにおける住宅開発は,ローカル資本が中心となって行われ,市内で供給された集合住宅の居住面積はグルグラムより狭く,安価な物件が多い。デリー大都市圏では,経済発展に伴うミドルクラスの増加とそれらの世帯の住宅需要の上昇に対応して,不動産ディベロッパーは富裕層向けの住宅供給よりもミドルクラスやアッパーミドルクラスを対象とした住宅供給へ転換しつつある。