2008年6月,東京都は,「環境確保条例」の改正により,キャップ・アンド・トレード型の二酸化炭素(以下,CO
2)排出削減策(以下,C&T)を導入した。国・地方を問わず,わが国で初となる施策展開であり,関連のステーク・ホルダーからは,賛否両論を含む大きな関心が寄せられた。特に,排出主体の自主的措置の限界を指摘し,総量削減義務を法定した都の決定に対して,遵守負担を憂慮する日本経団連や各種業界は,原単位に依拠した従来の国の政策を尊重すべしとして,反発の姿勢を示した。一方,賛成派の環境NPO(非営利組織)やマス・メディアは,今回の都の施策が,他の自治体や国の対策を牽引する第一歩になるとして,これを高く評価した。双方に共通するのは,都のC&Tが国や他の自治体によって模倣・追認され,全国レベルでの制度化につながるとの見方である。
そこで,本稿は,政治学・政策過程論に依拠したパースペクティブの下,本施策の実現可能性がなぜ確保され得たのかをアクター間の合意形成作用に探ることで,都のC&Tの政策波及の可能性に考察を加える。考察で用いる知見は,当該政策過程における主要アクター(都行政・議会の政策担当者,環境NPO,学識経験者,事業関係者など)への対面による聞き取り調査および資料・文献等調査に基づくものである。
考察の結果,(1)域内排出主体構成が提供する政治的合意形成の機会,(2)オリンピック招致活動の一環としてのCO
2削減策という位置づけ,(3)それゆえに可能となる潤沢な財源・予算措置,の重要性を指摘する。そのいずれもが,都に固有の政策的文脈を規定する極めて特異な地政学上の要因であり,他の地域・区画においては,都のC&Tの模倣・追認の試みが,むしろ,アクター間の合意形成の機会やCO
2削減策としての合理性を阻害する問題を生むため,本施策の政策波及の可能性は低いとの理解を示す。
また,本稿の最後では,考察成果に鑑みつつ,国や都における今日的政策動向が,わが国の削減策の帰趨にいかなる含意を持つのかに触れた。
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