環境科学会誌
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33 巻, 5 号
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特集「質量分析による環境化学物質管理」
一般論文
  • 新福 優太, 中村 友拓, 高梨 啓和, 中島 常憲, 上田 岳彦, 秋葉 道宏
    2020 年 33 巻 5 号 p. 70-78
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    アルデヒドおよびケトンを分析する際,2,4-dinitrophenylhydrazine(DNPH)による誘導体化は頻繁に用いられる。得られる誘導体は,吸光光度検出器またはLC/MSにより高感度分析が可能である。しかし,分析種に対して過剰なDNPHが必要となり,その大半は未反応のまま試料中に残存することとなる。これを分析機器内に導入すると,分析機の汚れなどの検出感度低下につながることが懸念される。したがって,分析に先立って未反応DNPHを除去することが重要となる。

    そこで本研究では,DNPH誘導体化を施した試料を対象とした精製方法を開発することを目的とし,これを達成するための手段として,固相抽出(SPE)に着目した。DNPH誘導体は加水分解することが知られているため,検体中に水分が多く含まれる場合には,分析の定量性が悪化することが懸念される。したがって,まずホルムアルデヒドのDNPH誘導体(C1-誘導体)を用いて,加水分解速度の検討を行った。その結果,C1-誘導体は通常の操作時間内に20%以上が加水分解することが示されたため,誘導体回収率の低下を防ぐために,SPE精製操作を非水化することとした。

    アセトニトリル溶媒中にてヘプタナールのDNPH誘導体化を実施し,得られた溶液をSPE精製に供した。固相には,Oasis系列(HLB Plus, MCX Plus, WCX Plus, MAX Plus, WAX Plus),Sep-Pak C18 Plus, およびSep-Pak PS-2 Plusを使用した。それぞれの固相について,精製の前後でDNPHの除去率および誘導体の回収率を算出した。用いた固相のうち,WCXのDNPH除去率は97.5%,誘導体回収率は103%となり,選択的精製に適していることが示された。

    また,Gaussian09ソフトウェアによる密度汎関数理論(DFT)計算を実施し,上述の実験結果を支持する計算結果が得られるか確認した。計算の汎関数にはωB97XDを,基底関数には6-31G(d, p)をそれぞれ用いて,WCX-DNPH錯体とWCX-誘導体錯体について,錯体形成前後でのエネルギー変化を算出した。その結果,WCX-DNPH錯体の形成に伴うエネルギー変化は−41.41307 kJ/molであったのに対して,WCX-誘導体錯体では−30.31203 kJ/molのエネルギー変化が見られ,前者の方が11.10104 kJ/molエネルギー的に有利となった。このことより,量子化学的な観点からも,WCXが精製に適した固相であることが支持された。

  • 石井 淑大, 栗栖 太, 畠山 準, 春日 郁朗, 古米 弘明
    2020 年 33 巻 5 号 p. 79-89
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    重要な水道原水である河川水中には,多種多様な溶存有機物(Dissolved Organic Matter; DOM)が存在しており,それらが浄水処理や水道水質に影響を及ぼすことが懸念されている。本研究では埼玉県内を流れる入間川と,その中流部にて取水する鍵山浄水場を対象として,下水処理水などに由来する有機汚濁物質の河川流下過程における動態と,それらの浄水処理工程における消長を,Orbitrap型質量分析計を用いたノンターゲットスクリーニング分析によって化合物レベルで追跡した。河川の流下に伴い,質量分析により検出されるDOMコンポーネント数が増加していくことが確認され,浄化槽排水や生活雑排水の流入,事業所からの排水,ノンポイント汚染などの影響であると推測された。さらに,下水処理水の流入が河川水中のDOM組成に大きな影響を与えることが示された。処理水放流地点の下流で取水する鍵山浄水場において,原水中のDOMコンポーネントは浄水処理により2回の採水の平均で38%が除去されていた。浄水処理後にも残存しているDOMのうち,分子式と構造が推定されたものには,洗剤成分の分解物と考えられる化合物が含まれていた。また,浄水処理により生成されたコンポーネントも検出されており,これらの一部は塩素原子や臭素原子を含み,既知の消毒副生成物とは異なる分子式を持つものであった。より高度な水道水質管理に向け,河川水中に存在する微量有機汚濁物質の網羅的な監視手法を確立していくための手法として,ノンターゲットスクリーニング分析が有用である可能性が示された。

  • 三保 紗織, 亀屋 隆志, 小林 剛, 藤江 幸一
    2020 年 33 巻 5 号 p. 90-102
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,GC-MS AIQS-DB法を用いた河川水中有害化学物質の一斉分析について,定量精度に関する四つの指標と同定精度に関する三つの指標を挙げ,定量や同定が可能な範囲と対象物質の分析精度を低下させる要因について検討した。①繰り返し分析での定量値のばらつき,②定量下限,③共存物質による定量値の変化,④固相抽出での回収率,⑤共存物質による保持時間のずれ,⑥共存物質による類似度の変化,⑦共存物質によるS/N比の変化を実測結果に基づいてランク付けして点数化した。また,定量精度に関する総合指標と同定精度に関する総合指標を作成して,化管法対象物質265種280物質に適用した。その結果,134物質はスクリーニング分析として十分な精度を有したが,105物質は定量精度の低下や同定精度の低下に関して手動での確認を行うなど留意する必要があった。本研究で作成した定量精度と同定精度の総合評価マトリクスは,精度低下の原因が意味付けられたものであり,一斉分析によって得られる大量のモニタリングデータを,検出の有無や濃度としてだけではなく,その分析精度を併せて評価することができる。

  • 亀屋 隆志, 岡田 美代子, 鈴木 拓万, 三保 紗織, 高梨 啓和
    2020 年 33 巻 5 号 p. 103-113
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    多種多様な化学物質の環境リスクを最小化するため,水質汚濁防止法や大気汚染防止法では対象となっていない未規制物質についてもリスク評価が行われている。しかし,排出された化学物質の環境中での光分解や加水分解などの動態は必ずしも十分には把握されておらず,ライフサイクルを通じた化学物質の包括的管理を進める上での課題となっている。本研究では,化管法対象物質のうち,半揮発性の工業化学品を対象に,光分解・加水分解による分解生成物を分解試験と文献調査により探索し,同時分析可能な化管法対象物質とその分解生成物のリストを作成して,実際の河川水のモニタリング調査を実施した。147物質を対象として行った光分解・加水分解スクリーニング試験の結果から,分解率80%以上の物質数は,ヘキサン中暗所で0物質,ヘキサン中明所で89物質,水中暗所で6物質,水中明所で55物質であり,そのほとんどは光分解によるものと考えられた。国内の主要な情報源の文献調査により,調査対象300物質のうち84物質が分解性あり,32物質が分解性なしであり,環境中での分解性に関する公開情報が得られない化管法対象物質が多数存在した。化管法対象物質55種とその分解生成物105物質について,GC-MSおよびLC-MS/MSによる同時分析方法を確立し,河川73地点から138試料を採水してモニタリング調査を実施した。河川水中には,排出された物質だけでなく,分解生成物が同程度のモル濃度比で同時に検出される場合や分解生成物のみが検出される場合も相当数あることを確認でき,分解生成物を含めた包括的なモニタリングと有害性情報の整備が急務であると考えられた。

  • 髙沢 麻里, 鈴木 裕識, 小森 行也, 對馬 育夫, 山下 洋正, 小口 正弘
    2020 年 33 巻 5 号 p. 114-125
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,精密質量分析技術によるターゲットスクリーニング手法に着目し,その適用先として,物性が多様ながら一斉分析の需要があるPRTR制度の第一種指定化学物質(PRTR物質)を目的物質群として取り上げた。特に,事業者からの流入実態の把握が重要である下水試料を対象に,一斉かつ迅速に有無判定し,効率的な定量値取得が望める簡易スクリーニングプロセスの構築を主目的とした。まず,迅速な有無判定には,正確かつ豊富で機種依存性および試料依存性の低いデータベース(DB)が不可欠であることから,スクリーニングDB構築における標準品解析手順として,(1)3段階で希釈した標準品を無段階MS/MS法で測定し,(2)濃度に応じてスペクトル強度が増減しているプロダクトイオン候補を抽出した。(3)抽出されたプロダクトイオン候補と対象物質の元素組成の整合性を確認し,プロダクトイオンを決定した。以上の3点のプロセスにより,28種のPRTR物質におけるプロダクトイオンおよび保持時間情報を取得した。次に,DBの拡充を目的に,既存のDBから引用した情報を整理し,PRTR物質を81物質収録したPRTR-DBを構築した。10か所の下水処理施設から得た流入および処理水をPRTR-DBと突合した結果,スクリーニングにおいて39物質が検出された。不特定物質が含まれる試料に対し,一次スクリーニングを行うことで,定量が見込める物質の絞り込みが容易となった。その上で,定量を試みた結果,8物質が定量された。本調査から,各処理施設で検出される物質種,その数および定量値の変動が大きいことが明らかとなり,不特定物質の定量には事前スクリーニングが有効であるとともに,調査数(試料数)の増加による取得データの充実が重要であることが示唆された。本研究で構築した簡易スクリーニングプロセスは,DBへの登録物質数を増加しつつ,実測を繰り返すことで,さらに頑強なDBの構築が期待でき,また,異なる対象物質群にも応用可能である。

  • 橋本 扶美, 高梨 啓和, 中島 常憲, 上田 岳彦, 門川 淳一, 宮本 信一, 石川 英律
    2020 年 33 巻 5 号 p. 126-135
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    本研究では,高分解能LC/MSを用いて,ネオニコチノイド系殺虫剤イミダクロプリド(CASRN: 138261-41-3)の環境変化体であるイミダクロプリド-ジオール体(N-(1-((6-クロロピリジン-3-イル)メチル)-4,5-ジヒドロキシイミダゾリジン-2-イリデン)ニトラミド)が実環境試料中から検出されるか否かを検討した。さらに,その他の環境変化体を含めて,水生昆虫に対する急性毒性を評価した。

    まず,イミダクロプリド水溶液に模擬太陽光を照射して光照射サンプルを調製した。また,イミダクロプリドが散布されている水田から,田面水サンプルを採取した。着目した6物質の環境変化体がこれらのサンプルから検出されるか否かを確認したところ,光照射サンプルからは4物質,田面水サンプルからは5物質が検出された。さらに,田面水サンプルからは,これまで実環境試料からの検出例が見当たらないイミダクロプリド-ジオール体が検出された。同物質は,シス–トランス異性体から成ると考えられた。

    次に,イミダクロプリドと検出された6物質の環境変化体について,セスジユスリカの幼虫およびオオミジンコに対する急性遊泳阻害試験を行った。イミダクロプリドと環境変化体の遊泳阻害を48 h-EC50で比較すると,セスジユスリカの幼虫では160~>8,600倍,オオミジンコでは0.80~>8.0倍となり,イミダクロプリドから環境変化体に変化すると毒性強度が低くなることが明らかとなった。また,環境変化体のセスジユスリカの幼虫に対する48 h-EC50は3.3~>180 mg/Lの範囲であり,オオミジンコのそれは20~>200 mg/Lであった。このことから,環境変化体の遊泳阻害の種特異性は限定的であった。

    さらに,イミダクロプリドとその環境変化体のオオミジンコに対する致死毒性を検討した結果,イミダクロプリドでは確認されなかった致死毒性が,環境変化体の一つである6-クロロニコチンアルデヒドから観察され,注意が必要であることが明らかとなった。

  • 小林 憲弘, 土屋 裕子, 高木 総吉, 五十嵐 良明
    2020 年 33 巻 5 号 p. 136-157
    発行日: 2020/09/30
    公開日: 2020/09/30
    ジャーナル フリー

    水道水あるいは水道原水中の農薬を既存の標準検査方法よりも迅速・簡便に検査するため,標準品を測定せずに,あらかじめデータベースに登録された情報を基に定性・定量を行う,「ターゲットスクリーニング分析法」の水道水質検査への適用について検討した。172農薬を対象として,GC/MSによるターゲットスクリーニング分析用のデータベースを2台の装置(GCMS-QP2010 Plus, JMS-Q1050GC)でそれぞれ構築し,装置による違いを比較した。さらに,これらのデータベースを用いて,水道水・水道原水等75試料を測定し,標準検査方法で測定した結果と比較することで,標準検査方法との定性・定量結果の違いについて考察した。2台の装置で分析した各農薬のマススペクトルはほぼ同一であり,大部分の農薬については検量線の傾きも2倍以内であったことから,保持時間を正しく予測できれば,別の装置で作成したスクリーニング分析用データベースを用いて,定性・定量することも可能と考えられた。しかし,一部の農薬については装置間での検量線の傾きが大きく異なったことから,より正確な定量値を必要とする場合は,同一機種で作成したスクリーニング分析用データベースを用いて定量を行う必要があると考えられた。スクリーニング分析法による実試料の分析の結果,全ての試料において2台の装置で同一の農薬が検出された。また,各試料から標準検査方法で検出された農薬は,スクリーニング分析法でも同様に検出された。スクリーニング分析法の定量値を標準検査方法と定量値を比較した結果,GCMS-QP2010 Plusでは標準検査方法の0.5~3.1倍,JMS-Q1050GCでは0.5~2.6倍の誤差範囲内にあった。検出される農薬を広く検索する目的で用いる場合,スクリーニング分析法は有用と考えられた。

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