日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の341件中151~200を表示しています
発表要旨
  • 中国長春フィールド調査報告(7)
    石田 曜
    セッションID: 716
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    近年中国では、「休閑」という言葉が様々な場面で用いられる。中国の「休閑」研究は2000年前後から盛んになり、2007年の第十期全国人民代表大会第五次会議で「休閑」問題が報告されたことにより一層の盛り上がりをみせている。その定義は論者によって異なるが、多くは「Leisure」を訳語として当てる。「休閑」は広義には余暇における活動や行為、心理状態を指し、狭義には自身の心理に効果的に働くことを指すとされる1)。しかし、その概念や活動は古代から存在し、茶館やストリート、寺廟などの空間で人々の生活と密着して発展してきた。そのため、中国独自の背景を考慮する必要があると考えられる。以上から、まず現代中国における人々の「休閑」の実態について聞き取り調査を行った。その結果について、本発表では特に年齢別の「休閑」活動に着目して分析を試みたい。
  • 古北エリアを事例として
    周 ブンテイ
    セッションID: 717
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1. 研究背景と目的グロバール化に伴って日本企業が海外進出を始めてから約30年が経過した.この間,企業の移動に伴って海外に在住する在留日本人が急増し,幾つもの国際的大都市に日本人集住地域が形成されてきた.中でも,中国における在留日本人の急増が最も注目されている.現在,中国における在留日本人は14万人に達し,そのうちの41%(56,313人)が集中する上海は,最大の日本人集住地域といわれている.加えて,上海における日本人集住地域は,欧米地域や新興経済工業地域のそれと比べて大規模で,日本人集団内部の属性も多様であり, ホスト社会の中国側から影響を受けている.そのため,本研究は上海における日本人が最も集住する「古北エリア」を対象地域として選定し,アンケートおよび聞き取り調査を通じて日本人集住地域における空間的形態の経年変化に注目してその形成過程および要因を考察する.2.対象地域と研究方法古北エリアは発展途上国である中国の上海市長寧区に位置し,1990年代に市政府によって外国人住宅地として指定され,開発された地域である.古北エリアは中国の外国人政策や特別な国内事情などに影響されることが多いため,その形成背景において吟味すべき点が幾つもある.特に,2003年までの外国人政策によって,外国人用と中国人用のマンションが分けられ,また居住エリアも制限されていたため,古北エリアは必然的に日本人を含めた外国人が集住するようになってきた.しかし,2003年以降外国人に居住地が開放になって以来,古北エリアはさらに拡大して世界中でも随一の日本人集住地域に成長してきた.そのため,本研究は2003年を境に初期と拡大期に分けて,住宅地および日本式の生活関連施設の2点に注目し,日本人集住地域における空間的形態の経年変化を把握する.さらに,在留日本人の集団内部での多様性に焦点を当て,その属性と居住分布との関連を分析する.その上で,形成要因を外的要因と内的要因を分類して考察する.以上の研究手順を踏まえ,上海における日本人集住地域の形成過程を考察する.3.空間的形態の形成4.日本人の住み分け日本企業の海外戦略の調整によって,古北エリアにおける在留日本人の属性が多様であるため,本研究は基本属性の相違から在留日本人を「駐在員およびその家族」や「現地起業者」,「現地採用者」に類型区分する.その結果,日本人の類型別に異なる居住パターンがみられた.「駐在員およびその家族」:高級住宅団地,拡大期マンション「現地起業者」および「現地採用者」:初期マンション5.おわりに以上の調査から,上海における日本人集住地域の空間的形態の形成要因については,外的要因として中国外国人政策や日本企業の海外戦略の影響を受けて,空間的景観が形成されている.内的要因として日本人の類型区分に該当し,それぞれの特性から日本人集団内部に住み分けの居住パターンが形成されている.よって,上海における日本人集住地域の形成メカニズムは計画形成型から自然形成型になっていることが分かる.
  • 「中国北方僑郷」の形成
    山下 清海, 張 貴民, 杜 国慶, 小木 裕文
    セッションID: 718
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    中国では,多くの海外出稼ぎ者や移住者を送出した地域を「僑郷」(華僑の故郷という意味)とよんでいる。報告者らは,中国の特定の地域から,なぜ多くの中国人が海外へ出て行ったのか,そのような僑郷はどのような地域性をもっているのかについて考察するために,中国で現地調査を行なってきた。今回の発表では,中国東北地方の新しい僑郷を取りあげる。海外在留の老華僑の主要な僑郷は,浙江省,福建省,広東省,海南省など中国南部に多く位置している。しかし,改革開放後,中国各地から海外へ出ていく者が増加した。このような中で,本研究の対象地域である黒龍江省の省都であるハルビン市に属する方正(ほうまさ)県は,数少ない「中国北方」の僑郷であり,在日新華僑の主要な僑郷の一つである。海外在留の方正県の華僑・華人は4.2万人,帰国華僑・親族が6.8万人にのぼり(方正県人民政府HP),特に日本との関係が密接である。 今回の私たちのグループ発表(1)~(3)では,方正県がいかにして在日新華僑の僑郷になっていったのか,また僑郷としての方正県の地域性について考察する。 現地調査は,2010年8月および2012年8~9月に実施し,方正県帰国華僑聯合会,日本語学校,中日友好園林(日本人公墓),旧満蒙開拓団の関連施設,方正県稲作博物館などで聞き取り,資料収集を行なった。また,在日新華僑の留守家族,中国残留日本人,日本からの帰国者などからも聞き取りを行ない,方正県中心部の土地利用調査などを実施した。さらに,日本に居住している方正県出身者からも聞き取り調査を行なった
  • 農村部を事例として
    張 貴民, 山下 清海, 杜 国慶, 小木  裕文
    セッションID: 719
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    調査地の方正県はハルビン市の東郊外に位置する典型的な農村地域であり、日本人残留孤児の多い町として有名である。地形分類上では低山丘陵と地溝河谷平野に属する。河川地形は螞蜒河・亮珠河・大羅勒河・松花江に沿って分布し、広い谷底平野と河岸段丘が発達している(方正県誌)。農業地域は主にこのような地形条件のところに分布している。寒温帯大陸性モンスーン気候で、年平均気温2.8℃、1月の平均気温‐19.4℃、7月の平均気温22.1℃、≧10℃の積算温度2,518.4℃、無霜期間138日、年降水量579.7mmとなっている(方正県誌)。 農家数は31,024戸、農村労働力は70,940人、うち53,234人(75%)は農業に従事している(哈爾濱市統計年鑑)。耕地面積68,107haそのうち水田は47,577ha(70%)、畑は20,530ha(30%)となっている(ハルビン市統計年鑑)。 本発表は主に方正県における水稲栽培の歴史、農村部の人口流出と国際結婚等について述べる。 方正県では、民国3年(1914)には主に食糧作物と豆類(90%以上)が栽培され、換金作物と野菜は少なかった。満州国時代初期はアワが多く栽培され、その後トウモロコシが主要作物となった。日本人の開拓団員と朝鮮族の増加に伴い、水稲と陸稲の栽培が始まった。水稲栽培面積は1949年に3,200haであったが、1981年以降、「水稲王」とよばれた藤原長作によって畑地育苗疎植法が導入され、水稲栽培面積は1982年に3,733ha、1985年に12,200haに急増した(方正県誌)。2010年には47,577haに達し、単収も1985年の328kg/ムー(1ムー(畝)=6.67アール)から626.4kg/ムーにほぼ倍増した(方正県政府資料)。現在、方正県は中国寒冷地水稲畑地育苗疎植技術発祥の地として、また中国方正米の里として知られている。 ハルビン―同江高速道路の方正県ICの近くに有機米生産基地が設置され、敷地(6,700ha)内に方正県稲作博物館や方正水稲研究院も建設されている。この土地は付近の朝鮮族の村から購入されたもので、稲作を得意とする朝鮮族の農民が有機米生産基地内で働いている(現地調査により)。方正県中心部の南西に位置する会発鎮は、県内一の水稲産地で、水稲作付面積は12,221haに上る。同鎮の愛国村の愛国正屯は、人口約600人(2012年)、耕地面積約130haの集落である。文革時代から改革開放の始まりまで、畑ではトウモロコシ、大豆、コウリャン、アワなどが栽培されたが、現在はほとんど水稲になった。藤原長作が稲作指導に来るまでは、わずかな水田があったが、それ以来、井戸を掘削して、その用水で水稲を栽培した。その後、電気ポンプが使えるようになり、わずかな自給用野菜を除いて、農地のほとんどで水稲が栽培されるようになった。 水稲作の労働生産性は高く、余剰労働力は方正県中心部や隣接する通河県への出稼ぎに向けられている。30~50人が、日当100元程度の賃金(昼食支給)で、ビル建設現場などで働いている。ハルビン市の中心部まで出稼ぎに行く者もみられる。 また、方正県には日本人残留孤児と結婚した中国人が少なくない。日中国交正常化後、残留孤児およびその家族の日本帰国に伴い、方正県と日本との間の人的交流が活発になり、方正県から留学や結婚等の目的で来日する者が増加した。特に方正県の女性が日本人男性と結婚して来日する者が多くなる一方で、方正県では嫁不足問題が起こった。このため周辺の農村地域から新婦を迎える例が増加したが、なかにはベトナム出身の女性を配偶者とする例もみられる。参考資料哈爾濱市統計局 2012,『哈爾濱市統計年鑑2011』,中国統計出版社。方正県誌編纂委員会 1990,『方正県誌』中国展望出版社,708p。
  • 僑郷の社会経済状況と日本語教育
    杜 国慶, 山下 清海, 張 貴民, 小木 裕文
    セッションID: 720
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     本研究は,現地調査を踏まえて,中国の東北僑郷と称される方正県の僑郷としての社会経済状況を分析し,その都市機能を考察する。
  • 遠藤 尚, 那須田 晃子, ラクソノ アナン
    セッションID: 721
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに
      インドネシアでは、1997年の経済危機以降、社会・政治情勢が比較的安定的であったことも寄与し、2000年代を通して経済成長が継続した。この間、インドネシアの貧困率は、2000年の19.14%から2009年の14.15%まで大きく減少した(BPS 2009)。しかし、その地域差は大きく、2009年の州別貧困率は、最小のジャカルタで3.6%、最大のパプア州では37.5%を占めている。また、2009年時点で貧困層の63.4%が農村部に居住すると推計されており、農村-都市間の格差も大きい。ジニ係数は2005年時点で、0.36と他の東南アジア諸国と比較して低いものの、1990年代の経済成長以降増大傾向が続いており、地域差もみられることが指摘されている(カダルマント 2005)。このように、インドネシアにおける貧困や経済的格差は、依然として注視していくべき問題であり、その地域的差異についても考慮する必要があるといえる。しかし、2000年代の経済成長に伴う世帯支出水準の変化や世帯支出水準別の世帯の特徴について、地域間差異に注目しながら検討した研究はほとんどみられない。
     そこで、本研究では、1963年以降インドネシア中央統計庁(BPS)によって、毎年実施されている社会経済調査(SUSENAS)のミクロデータを用いて、地域的差異に注目しながら、2000年代前半のインドネシアにおける世帯支出水準別の世帯の特徴を明らかにすることを目的とする。
    2.利用データと研究方法
     SUSENASの調査項目は、サンプル世帯の保健、福祉厚生、消費支出、教育、住居状況など多岐に渡っており、インドネシアにおける貧困線の設定などに利用されている。また、この調査は、1992年以降毎年実施されているコア調査と3年毎により詳細な項目について実施されるモジュール調査から構成されており、本研究では2000年、2003年、2006年に実施されたコア調査のデータを用いて分析を行った。
     分析に当たって、サンプル世帯を州別都市-農村別に1ヶ月当たりの世帯支出に基づく5分位によるグループに分類し、それぞれの5分位グループ別に世帯消費支出の水準や世帯構成の特徴について検討した。
    3.インドネシアにおける世帯支出水準別世帯の特徴と地域間差異
      分析の結果、インドネシアでは、1ヶ月当たりの世帯支出水準について上位20%を占める世帯グループが、州別都市農村別総世帯支出の30%以上を占めており、経済的上層世帯への支出の偏りがみられた。また、その偏りは、2000年から2006年に掛けて、特に都市部において拡大していることが示された。
     1ヶ月当たりの世帯支出水準に基づく5分位世帯グループ別に世帯の特徴を検討すると、世帯主の学歴、世帯規模などについては、世帯支出水準により差異がみられる一方、母子世帯については他の世帯構成よりも必ずしも貧しいとはいえないことが確かめられた。
    参考文献
    カダルマント 2005.インドネシアにおける1990年から2000年までの所得格差の実態‐政府統計Susenasの支出ミクロデータに基づく分析‐.SAS Forumユーザー会学術総会論文集.329-342.(本文英文)
    BPS 2009. Statistik Indonesia 2009(2009年インドネシア統計年鑑). BPS: Jakarta.
  • タイ東北部の山地村落を事例として
    西野 貴裕
    セッションID: 722
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     本研究では、近年になって換金用トウモロコシ栽培の導入と拡大が進むタイ東北部の山地村落を対象として、栽培導入の経緯を確認したうえで、1976年から2012年にかけての村域内での耕地拡大過程を示す。さらに世帯ごとの作付け規模や、具体的な土地利用の変化を世帯経済状況と合わせて示すことによって、世帯の生計戦略の特徴を明らかにすることを目的とする。 1976年および2003年に撮影された空中写真を判読することによって当時の耕地分布図を作成した。また、GPSを用いて全世帯分の耕地を1筆ごとに踏査することによって、2012年の耕地分布図を作成した。これらを用いることによって、村域内における耕地の拡大過程を明らかにすることができる。また、空中写真から家屋を判読することで、家屋数の推移も推定した。さらにGPSを用いた踏査の際に、耕地ごとの過去数年間の作付け履歴の聞き取りを行うことによって、耕作・休閑サイクルの把握も試みた。また、村の世帯を一戸ごとに訪問し聞き取り調査を実施することで世帯経済に関するデータを収集した。データの内容は、農業経営に関わる収支状況、農外活動による収入状況などである。以上のように、地理情報学的な手法と現地での踏査・聞き取りを組み合わせる研究手法を用いた。 調査村への換金用トウモロコシ栽培の導入と拡大の直接的な要因となったのは、2008年から収穫後のトウモロコシを村の集落まで買い付けに来る仲買人が登場してきたこと、また、その年代にトウモロコシの生産者価格が上昇傾向であったことも村人が換金用トウモロコシ栽培に乗り出すための動機として働いたことがわかった。また、トラクターなどの農業機械や除草剤、化学肥料などの新たな農業技術の普及も、栽培の導入と拡大を後押しした。トウモロコシ栽培を拡大するために、休閑地のほぼすべてを耕地として拓くことによる焼畑から常畑への移行がみられた。農業経営の拡大を支えているのは、出稼ぎ者からの仕送りによるところが大きかった。 
  • デダール村の事例
    荒木 一視, チャンデール R.S.
    セッションID: 723
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    発表者はインドの経済成長が農村に与えた影響をどのようにとらえるかという観点から研究を続けてきた。本報告ではウッタルプラデーシュ州ラエバレリディストリクトのデダール村の事例から,商品作物栽培の導入が農村に与えた影響を検討する。同州はガンジス川流域のヒンディベルトの中核をなし,ラクノウやカンプルなどの大都市も擁する。そうした中で,同村はいずれの大都市からも90km以上の距離があり,その直接的な影響をうけていない。同州における顕著な変化として,バナナの商品作物としての栽培の拡大が挙げられる。「Indian Horticulture Database」によると,同州のバナナの生産量は2008-09年度には上位にはなく,その他のカテゴリーに含まれる程度であったものが,その後急速な拡大を見て,2010-11年度には全国8位となっている。また,ラエバレリの卸売市場のデータからも,それは裏付けられる。市場の入荷台帳からはバナナの入荷が2002年には域内から5,100キンタル,域外から1,078キンタルであったものが,2011年には域内からが10,094キンタル,域外753キンタルとなり,バナナの域内からの供給が倍増していることがうかがえる。同様の傾向は域内3,923キンタル,域外1,067キンタル(2002),域内8,068キンタル,域外3,184キンタルのマンゴーなどにも認めることができる。 こうした商品作物栽培の増加はバナナやマンゴーなどの果樹作物に限らず,マスタードやハッカなどにおいてもみられた。対象村の作物台帳では2002年にマスタードの作付けは1.915ha,ナタネ(lahi)が11.212haであったものが,2009年にはマスタードが13.472ha,ナタネが38.64haとなっており,著しい増加をみている。その一方で,当村で従来商品作物の主力であったという落花生の作付けは52.411ha(2002)から23.432ha(2009)と半減している。ただし,ジャガイモが同様に10.665haから45.120ha,トウガラシが0.085haから10.423haなどと概ね商品作物の栽培が増えているということは作物台帳からも確認することができる。なお,ハッカは2002年には項目が立てられていないが,2009年には1.506haの作付けをみる。この他,現地の聴き取りではアワラ(Awala,インドスグリ)やトゥルシ(Tulsi,カミメボウキ)なども商品作物として栽培されていることが明らかになった。こうした商品栽培作物を導入できたのは確かに一部の比較的上層にある農家であることは疑いがない。しかし,農家からの聞き取り調査の結果,バナナ作ではbigha(約1/4ha)あたり,一作期のべ150人の労働力を必要とするということであった。これは小麦の20人,米の25-40人と比べるとかなり多いといえる。同様にハッカでは40-60人(ただし年間2作可能),ジャガイモ50人,アワラ30人,トゥルシ25人などの回答が得られた。また,これら商品作物を導入する以前は米や小麦を作っていたというものの他,休耕地という回答も多くみられた。また,従来的な落花生からハッカに切り替えたというケースも認められた。多くがその理由として収益性の高さを上げたものの,獣害という回答も少なからず認められた。落花生では獣害の被害が大きいものの,ハッカや果樹作物ではそれらが軽減されることが理由ということである。 当村でのバナナの作付面積の統計は得られないものの,聴き取りでは20-25の農家がバナナ作を導入しており,約10ha程になるという。無論バナナは自家消費作物として古くから栽培されていたわけであるが,仮に市場の入荷データに基づきこの10年で倍増したものとした場合,要求される労働者数は上記の150人/bighaから150/bigha×5haで3,000人となる。なお,この5haの土地で小麦-米作を維持した場合の必要労働者数は上記より最大60(20+40)/bigha×5haで1,200人である(バナナは当地で15ヶ月作物といわれているが,便宜的に小麦・米作の12ヶ月と置き換えた)。また,多様な商品作物の導入により労働力需要が特定の農繁期に集中しないということにも,着目したい。 インドにおいても農業の機械化が進展し,米や小麦ではトラクターをはじめとした農業機械が導入され,省力化が進行している。そうした中で,多くの労働力を必要とするバナナやハッカに代表される商品作物の導入は,経済成長に基づく都市の消費の拡大に牽引されたもの,あるいは新たな上層農家の出現というだけではなく,農業労働者層への就業機会の提供という側面からも検討していく必要がある。
  • 梅田 克樹
    セッションID: 724
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    Ⅰ はじめに インドは世界最大の酪農国である。3億頭におよぶ牛や水牛から、年間1.2億tもの生乳が生産されている。特に、デリー首都圏の周辺には、インド有数の酪農地域が広がっている。本報告では、インド酪農の最新動向について整理するとともに、生乳流通の地域的多様性について概観する。また、世界第4位の都市圏人口(2,224万人)を擁し、インド最大のメガ・リージョンであるデリー首都圏を事例に、生乳供給システムの現状と課題を明らかにする。Ⅱ 高度経済成長とインド酪農の発展 1980年代後半以降、インドは急速な経済成長を遂げてきた。とりわけ、可処分所得20万ルピー(約30万円)をこえる中間層人口の急増が、需要拡大に与えたインパクトは大きい。生乳生産についても、2005年から2011年までの間に生産量が3割増えるなど、需要拡大を受けた積極的な増産が図られている。しかし、同期間の乳価上昇率は5割に達している。増産ペースを上回る勢いで需要が増え続けているため、生乳需給は今後ますます逼迫するものと見込まれている。2020年の需給ギャップ(供給不足量)は、5,000万tに達するとの予測もある。 インド国民の8割はヒンドゥー教徒である。ヒンドゥー教において牛は神聖な生き物とされており、ベジタリアンも数多い。そのため食肉消費量は少なく、畜産生産額の7割を乳が占めている。ギーやダーヒなどの伝統的乳製品も広く食されている。こうした強固な乳食文化を支える酪農部門は、インドにおける農業生産額の2割を占め、穀物に次ぐ基幹的部門をなしているのである。その一方、牛乳の7割に、不純物が含まれていたり混入物が加えられていたりするなど、品質向上に向けた課題も多く残されている。Ⅲ 生乳生産の地域的偏在とその要因 酪農がさかんなのは北部諸州である。生乳生産量が最も多いのはウッタル・プラデーシュ州(2,100万t)であり、その量はニュージーランド一国の生乳生産量に匹敵する。そのほか、ラジャスタン州(2位、1,320t)やパンジャブ州(3位、940t)、ハリヤーナ州(10位、630t)なども、上位に顔を出している。デリー首都圏を取り囲むように、酪農主産地が分布しているのである。逆に、東部諸州の生乳生産量は少なく、深刻な生乳不足にしばしば陥りがちである。 生乳生産の地域的偏在が生じる最大の理由は、気候条件の違いにある。降水量が少ない地域では草が成長しにくく、飼料調達に支障が出る。一年中高温多湿が続く地域では牛が弱ってしまうし、交雑種を導入することも難しい。欧米からの輸入牛との交雑種は、年間乳量が1,000~2,000㎏とインド在来牛(300~600㎏)に比べて多いものの、耐暑性が大きく劣るのである。その点、明確な冬があり適度な降水も得られる北部諸州ならば、草地資源も豊かであるし、交雑種を導入することも容易である。 そのほか、冷蔵輸送システムが整えられていないことや、種雄牛の導入状況が州によって異なることも、地域的偏在を生じさせる副次的要因として挙げられる。Ⅳ 生乳生産の地域的偏在とその要因 インドの牛乳流通において、organized milkが占める割合は18%にすぎない。自家消費や伝統的流通などのインフォーマル流通が卓越するものの、その全容はほとんど解明されていない。しかし、インド経済の中枢を担う大都市については、やや事情が異なる。デリー首都圏においては、Delhi Milk Scheme (DMS)に基づく流通システムが整えられ、毎日380万リットルものpackaged milkが消費者に届けられている。連邦政府農業省内に事務局を置くDMSが、近隣州の酪農連合会や酪農協などから買い取った生乳を、各乳業者に一元的に販売するのである。デリー市民に牛乳・乳製品を安価に供給するとともに、生乳生産者に対して有利な乳価を確保するための制度である。DMSは、Operation Flood (OF)に基づいて1959年に策定された枠組みである。DMSにおける主な生乳調達源もまた、OFに基づいて普及が図られてきた協同組合酪農である。OF推進のためにNDDB(インド酪農開発委員会)が設けられ、アナンド型酪農協を普及させてきた。アナンド型酪農協の集乳率は8%程度と高くないとはいえ、インド農村の社会経済開発モデルとしての意味は大きい。また、DMSの生乳販売先の多くは、NDDBの傘下におかれている。NDDBが100%出資するMother Dairy社は、DMSによる生乳販売量の66%を占めており、デリー市乳市場における支配力を確保している。デリー大都市圏内に1,000カ所の専売ブースと1,400カ所の契約小売店を設け、牛乳・乳製品をはじめとする多種多様な食品を販売している同社は、インド大都市部において構築すべき安価かつ安定的な食料供給システムの国家的モデルと位置付けられている。こうしたモデルが普及すれば、インドの酪農・乳業が大きな変革を遂げる可能性があるだろう。
  • 1986年調査(石原1987,石原・溝口2006)との比較
    溝口 常俊, 土屋 純, 渡辺 和之, 杉江 愛
    セッションID: 725
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     本発表は,バングラデシュの農村地域における定期市の変貌を理解するため,石原(1987),石原・溝口(2006)で報告されている1986年の定期市調査の結果と,2011~2012年にかけて行った調査の結果とを比較検討したものである.研究対象地域はタンガイル県ミルザプール郡である. 2011~2012年に行った調査では,①ミルザプール郡のすべての定期市について売り手商人の構成を確認した上で,②商人へのインタビュー,③買い手へのインタビュー,④定期市を取り囲むように発達している常設店舗の構成,について調査を行った.加えて,⑤近年増加している朝市についても,売り手商人の構成,売り手・買い手へのインタビュー,などの調査を行った. 右の表は,バダルガータ水曜市を事例として,売り手商人構成を商品種類別に集計し,1986年2月調査と2012年12月調査とを比較したものである.第一に,商人数が激減していることが分かる.1986年調査ではマスタードシードなど時期によって商人数が大きく変化する業種が含まれているので単純に比較することはできないが,野菜,穀物など1/4以下となっているものも含まれる.こうした商人数の減少は,①常設店舗(ドカン)の増加,②売り手に占める農民の割合の低下,③朝市(毎日市)の増加など,定期市以外の流通チャンネルが農村部でも増加したこと,が要因と考えられる.特に,常設店舗の増加は,農村流通における定期市の役割を低下させる要因となっており,米,菓子,化粧品,日用雑貨,床屋サービスなど,常設店舗による供給が増加している. 第二に,買い手への調査では,①女性買い物客の増加,②定期市利用の減少と朝市利用の増加,などの変化を確認できた.女性買い物客の増加要因としては,①男性の海外出稼ぎの増加により,夫を中心として男性が不在となる家庭が増えていることや,②女性の意識の変化により,女性が外出することに抵抗感がなくなってきていること,などの要因が考えられる. このように,定期市は26年間で大きな変化を示しており,バングラデシュの農村社会の変化の一端を垣間みることができる.なお,発表の際には,ミルザプール郡全体の定期市と朝市の分布状況や,常設店舗の増加と農村流通の変化など,さまざまな状況について報告したいと考える.
  • ショマージ間の比較研究
    杉江 あい
    セッションID: 726
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    本発表は,バングラデシュ農村において,「物乞い」と施しの慣行に対する集落の方針や機能,およびその集落間の違いを実証的に明らかにしたものである.
  • 東ネパールにおける農民の家畜飼養と交易
    渡辺 和之
    セッションID: 727
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     ヤギとブタはどちらも繁殖力の高い家畜として知られている。ヤギは1回に2頭出産することもあるし、生後1-2年で出産するまで成長する。一方、ブタもヤギに劣らず、繁殖力は高い。ブタは1回の出産で8頭から12頭生まれることもめずらしくないし、1年たてば成獣となる。
     では、ヤギとブタのどちらを飼養するのが好まれるのか? 南アジアの場合、カースト制度によるタブーのため、この究極の選択ができるのは、トライブと低カーストに限られる。
     本発表は、トライブと低カーストに焦点をあて、彼らがヤギとブタのどちらを、どのような理由で好んで飼養するのかを検討する。対象とするのは東ネパール・O郡R村である。発表者は2009年以降、この村で飼養する家畜の追跡調査をおこなってきた。結果として以下の点がわかった。
     ヤギはほぼすべての民族・カーストで飼養されていた。飼養世帯に見る平均頭数は3.6頭である。飼養方法は日帰り放牧と舎飼いの2つあり、2-3頭程度しか飼養しない世帯では舎飼い、10頭程度以上飼養する世帯では日中に日帰り放牧をおこなっている。なお、日帰り放牧をする場合も飼料が必要で、牛のエサにする緑飼料とトウモロコシを1日2回与えている。飼養目的は肉用であり、乳製品は牛や水牛の乳から作る。頭数の増減では、2011年に病気が大流行したため、村で飼養する山羊の1/3程度が死んだが、出産により1年で死亡した数の半数程度まで回復した。
     ブタを飼養するのは、低カースト(カミ、ダマイ、サルキ)、中間カーストでは先住民(ライ)である。飼養方法は舎飼いと放し飼いである。夜間は畜舎のなかに入れるが、日中は放し飼いにして放牧にもついてゆかない。ブタを飼う世帯には肥育型と繁殖型がある。前者は仔ブタを生後1-2ヶ月で購入し、1年程度飼養して売る。後者はメスブタ、ないし、メスブタとオスブタの2頭以上飼養し、出産した幼獣を定期市で売る。ただし、村内では繁殖型の世帯はなく、すべて肥育型であった。その理由として、エサとなるトウモロコシ代がかかるため、ほとんどの世帯では、仔ブタを1-2頭飼養する肥育型を選択していた。
     ヤギとブタのいずれかを好むかでは、ブタを飼う世帯の方がヤギを飼う世帯よりもはるかに多く、ブタの方がヤギよりも人気が高い。また、ブタだけ飼養する世帯は、ブタとヤギの両方を飼養する世帯の2倍いた。これは大型家畜の有無とも関係する。牛や水牛を飼う世帯では草刈りにゆくので、ヤギの分もついでに刈ってくる。ところが大型家畜のいない世帯では、ヤギのために草刈りに行く必要が生じる。
     以上のように、ヤギもブタも飼養規模に制約がある。ヤギの場合、数頭の範囲を超えて飼養すると、放牧に行くようだし、草刈りも必要である。ブタの場合、飼料となるトウモロコシの確保が制約となっており、多くの世帯では1-2頭を肥育するのが精一杯である。このため、山羊を数頭飼うのならブタを1-2頭飼う方が得であり、労働力に余裕のある世帯では両方を飼養している。
     つまり、ヤギもブタも繁殖力の高い家畜ではあるが、労働力の不足と飼料の確保が大規模経営を妨げている。一方でそのために定期市を介して幼獣を売買する交易が成立しており、副業としてこれらの家畜を肥育する世帯に幼獣を供給する機会が与えられている。
  • 中村 圭三
    セッションID: 728
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    ネパール南部テライ低地では、地下水のヒ素汚染が深刻な問題になっている。中でもテライ低地中央部のナワルパラシ郡においては、特に高濃度のヒ素濃度が検出され深刻である。著者らは2007年から当地で調査を続けているが、2008年3月には、ネパールの水質基準50ppbの36倍に当たる1800ppbの値が検出された。これらの原因としては、地下の帯水層の深さ・地質構造などが大きく影響していると推測される。 そこで、地下水の動態とその利用の実態を把握するとともに、ボーリング調査を行い、ヒ素の濃集メカニズムを明らかにすることを計画している。また、ヒ素汚染対策に関する調査研究も合わせて実施の予定である。本研究は2011年度からの5ヵ年計画で進められている。今回は、2012年8月に実施した第2回現地調査の概要を中心に報告する。
  • 谷地 隆
    セッションID: 729
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.目的・調査概要 ネパール南部のテライ低地ナワルパラシの農村集落における水利用の状況、ヒ素汚染の実態を把握するため、住民の水利用(井戸)の水利用状況についての住民アンケート調査と水利用・生活状況の聞き取り調査を行った。 テライ低地のナワルパラシNawalparasi郡パラシParasiの東西約6km、南北約10kmにある25の農業集落を対象として、各井戸の概要と利用状況把握のための聞き取り調査を行った。地域の特色、水利用概要については前回日本地理学会(2012年秋)で報告した。 今回は調査対象地域の各ワードを訪問し、聞き取り形式による井戸水利用の住民アンケート調査内容を集計整理し、利用状況について検証した。アンケート調査項目は、住民の属性、水に恵まれているか、利用井戸の種類、井戸の場所・設置年・深さ、水の利用目的、水の味、水の汚れ、砒素汚染・病気の有無、雨水の利用と意識、水利用での要望。2.アンケート調査結果アンケート回収数は116名(25ワード)、男女比:男74人、女32人。生活の水を主に井戸(手押しポンプ)から得る。井戸の深さは60~70フィートが多い。水は比較的豊富で不便性は少ない。乾季の水不足はある。水を安心して飲む(54人)、不安(46人)。水はきれいで安心と感じる人が約半数(53人)あり、汚れ(汚染)を感じて不安を感じる人も比較的多い(36人)。水の味は美味しいと感じている人が比較的多い。水にヒ素が含まれているかは、強く思う(12人)、少し思う68人)合わせて69%がヒ素の不安を持っている。ヒ素被害を知らない人も約2割(24人)いる。水は生水で飲む。沸騰させて飲む人は1人のみ。ヒ素の病気はあるが(3人)、わからない(53人)雨水利用意識は少ない。水道、フィルタの要望が多い.
  • 滋賀県東近江市立能登川南小学校区を事例に
    田邉 走美
    セッションID: 730
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    学校教育における環境教育は,児童・生徒の発達や学習の段階から考えてふさわしいという点から,しばしば校区や集落といった身近な地域において展開される.地域の環境を教材とすることで,地域社会が抱える課題を知り,児童・生徒自身の生活と関連させながら実践を通してさまざまな学びを得られるためである.そして,地域が学習の舞台となることで地域住民が学習の協力者として参与しやすくなり,地域連携教育が成立し,地域社会全体で環境教育に取り組みやすい仕組みが生まれる.学校と地域の関係は,戦前から高度経済成長期,そして現在に至るまで,社会の変動に影響される形で調和と乖離を繰り返してきた.地域連携教育において環境教育を展開することは,変動する地域社会に応じながら学校と地域の関係を保ち,地域資源を省みることで,地域アイデンティティが再構築されることに意義がある.そのため,学校は基礎教育の場として,また地域コミュニティの中核を成す場として重要であるという議論の中で,環境教育では学校と地域コミュニティがどのように連携して取り組むかが課題となる.そこで本研究は,滋賀県東近江市能登川地区の能登川南小学校区を対象とし,学校と地域社会がどのような関係をもちながら地域全体で環境教育に取組み,その中で学校が果たす地域の拠点としての役割を明らかにする.その結果,学校と地域が連携することが地域社会にとってどのような意味をもち,相互に与える影響について検討する.本研究では,環境教育を「学校教育」と「地域」を軸に捉える.能登川地区の歴史的変遷を踏まえた上で,学校教育の視点から,児童・生徒に対する教育的な効果,学習をサポートする各主体の役割分担やネットワークの仕組みを明らかにし,地域を巻き込んだ環境教育がまちづくりの中に与える影響を示す.地域の視点からは,環境教育を題材に地域社会が学校教育に参与していくことでみられる作用を検証する.本研究の対象地域である能登川地区(旧能登川町)は,滋賀県東近江市の北西端に位置する.明治初期までは農村風景が広がり,大正期には良質で豊富な水資源によって,繊維工業地域が形成された.しかし,1889年7月に彦根駅・近江八幡駅の中間駅として,地区を横断するように能登川駅が開設されると,農地転用が繰り返されて宅地開発が進む.1944年と1958年に行われた干拓事業によって水田面積が増加したが,1973年に計画決定された「能登川町都市計画」により,市街化区域内の水田は宅地になった.さらに2006年には,旧能登川町が東近江市に編入合併し,行政区域が拡大した.そして,京阪神のベッドタウンとして,現在もなお人口増加が進んでいる.また,駅前の紡績工場が大規模な商業施設になり,さらに人口が流入している.能登川地区は,古い住民と新しい住民の混住が進み,地域の場所としての個性が急速に失われ,地域アイデンティティの再構築が課題となっている.能登川南小学校では,20年以上にわたり,豊富な地域資源を題材に環境学習を行なってきた.また2003年から滋賀県独自の「エコ・スクールプロジェクト」に取組み,これまでの環境学習に加え,子どもたちが日常生活においても環境行動を実践できるような活動を展開している.さらに,活動の持続性や発展を確実なものとするため,学校全体の環境教育活動を支援する「エコ・スクール支援委員会」をPTA会長,能登川地区の環境行政,地域の有識者などで組織している.地域住民が支援委員会として学校教育を見守り関わり続ける仕組みをつくることで,活動を永続的にすることができるのである.能登川南小学校区では児童が中心となり,教師,保護者,地域住民を巻き込んで環境教育に取組むことで,地域アイデンティティの再構築を図っている.子どもはいわば地域をつなぐ“接着剤”のような役割を果たすといえる.以上のことから,環境教育における拠点としての学校の役割として2つの意義を指摘しておきたい.第1に,学校は「児童・生徒の気づきや実践の場」という点である.学習のテーマとして地域が題材となり実践することで,環境への親しみを体得することができる.自主的な学びや参加による学びは,郷土愛の育成を促進させる.次に,「地域への社会奉仕の場」という点である.地域住民自身も環境教育に参与しながら地域資源を省みることで,地域のアイデンティティの源泉を再認識し,住民間の交流が生まれる.すなわち,学校は地域の再生,維持を担うコミュニティの拠点としての機能を持ち合わせているのである.学校教員という特殊な職業上生じる制約や,活動の中心的な存在である教員の異動,さらには「ゆとり教育」の批判から地域連携教育を取り巻く環境は厳しい.しかし,学校がもつ拠点性は地域社会にとって大きな効果を生み出しており,地域が学校教育に参与することの意義が問われるのである.
  • 神奈川県内の高校を事例として
    池 俊介, 福元 雄二郎
    セッションID: 731
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、神奈川県内の高校における野外調査の実態を明らかにするために、2012年5月に県内のすべての高校にアンケート用紙を送付し、124名の地理担当教員から回答を得ることができた。回答を整理した結果、多くの教員はフィールドワークの経験があるものの、実際に授業等で野外調査を実施している教員は約2割にとどまることが明らかとなった。野外調査を実施できない理由としては、おもに校務等による時間の不足、管理職の無理解、教科内の他の教員の協力の欠如などがあげられた。とくに神奈川県では、2012年度入学生から日本史が必修化され、地理の授業科目の維持すら困難な状況にあり、それが野外調査の衰退にも大きく影響を及ぼしているものと考えられる。
  • 授業でのオリエンテーリング競技の実習
    小林 岳人
    セッションID: 732
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     ナヴィゲーションは地図の利用の中では最も基本的な課題である。東日本大震災で明確になったように災害時においては、災害そのものからの避難の他、大都市における帰宅難民のような課題ももたらす。ナヴィゲーションはこうした場面で不可欠な能力である。空間移動能力は、学校での教育活動に位置づけることが必要である。学習指導要領解説の「地理」には「見知らぬ土地を地図をもって移動すること」が明記されており、地図を使ったナヴィゲーションは地理的技能の一つとして指摘されている。地理教育こそがナヴィゲーションの教育を担うのにふさわしい。現況ではこのナヴィゲーションの学習に関する方法論については地理教育での研究の蓄積は少なく、ナヴィゲーションの体系的な指導は確立されているとは言い難い。地図を駆使したナヴィゲーション技術を競い合うスポーツ競技としてオリエンテーリングがある。オリエンテーリングの競技形式は近年、進化し拡大している。山林以外に公園や市街地でのオリエンテーリングも競技化され、世界選手権大会も行われている。この形式は初心者も安全で短時間でナヴィゲーションの本質を実感できる。本研究ではこの形式でのオリエンテーリングを高等学校の授業の時間に実習形式で行い、その効果を検証する。授業実践は発表者が受け持っている千葉県立松戸国際高等学校第3年次地理B受講者男子10名女子18名及び比較文化(学校設定科目)受講者男子15名女子79名(※重複選択者男子2名女子10名)の合計110名を対象として行った。地理Bは地図の読図とナヴィゲーションの学習、比較文化は年間のテーマである「北欧文化」の中で北欧のスポーツ体験ということで実習を行った。授業(50分)は次の手順で3回実践した。(1)事前準備…用具準備・オリエンテーリング用地図作成(Ocad利用)・コース設定・処理ソフト(Mulka)設定⇒(2)事前授業…ビデオ視聴・説明・モラル確認⇒(3)当日準備…コントロール設置・確認・試走、フィニッシュ設置⇒(4)授業…準備運動、コンパス及びEカード配布、スタート処理、ビデオ撮影、フィニッシュ処理、速報掲示、整理運動⇒(5)片づけ…撤収、結果等掲示⇒(6)事後授業…アナリシスシート記入、撮影ビデオ放映、解析ソフト(Lap Combat)利用、表彰式 感想を分析すると殆どの学習者が「楽しかった」と好意的であった。「地図をよく読むことが必要」という記述が多く、第1回目の実習の感想のうち46.2%がこのような記述をしていた。また、次回への向上心を示すもの多かった。第2回目以降の感想には「地図読図能力の向上が実感」や、速くなるために「読図と走る速さのバランスが必要」「地図と周囲の風景の照合」といった具体的方法の記述もされていた。第3回目の実習の感想では「良い経験」「達成感」「本格的に林の中でやってみたい」の他「生活の中への応用」「知らない場所でどう使えるか」「災害時への心得」というようにここで得た読図技術をどのように生すかという記述もみられた。学年末の生徒への授業内容に関するアンケート(5段階で良い方から5、4、3、2、1を記入)では、オリエンテーリング授業の平均得点はすべての授業内容の中で最高得点(地理B…4.81、比較文化…4.69)となった。この他、地理選択者と比較文化選択者のそれぞれの女子について各回の完走者の平均所要時間を比較したところ、いずれも地理選択者が比較文化選択者を上回った。t検定もp<0.05となり差は有意となった。地理選択者は事前に地形図での道案内練習や地形図と現地写真の照合などを行っており、これらが実際のナヴィゲーションに効果があるということが推察される。競技という空間を作ることにより、焦ったり他人に惑わされたりといった状況になる。これはパニック等に近い雰囲気となる。こうした状況で、速やかにナヴィゲーションを行うには落ち着いて地図を見て、周囲を確認しそれぞれを照合するといった地図を正しく扱う手続きが必要である。これらを走りながら行うとことで体力との兼ね合いも必要となる。机上や静止状況では得られない、迫真の読図が要求される。迷った、ミスをした、ペナルティをしたといった気持ちを体験することも大切である。こうした失敗経験が、悔しい、またやりたい、今度は失敗しない、というような反応を引き出す。 著しい効果を感じた授業ではあるが、実践は容易ではない。学習者の感想に「かなり本格的な実習だった」とある。機材を使わないとリアルタイムのフィードバックができなくなるし、地図やコース等が甘くなると面白くない。ナヴィゲーションの本質が体験できないと教育効果は低下する。指導者側には専門的なスキル及び機材が不可欠である。(1)専門家の派遣(2)機材レンタル(3)地図作成等の支援などを考える必要があろう。一方、学習者側にも一定の知的好奇心・基礎体力、授業クラスの雰囲気等が必要である。
  • 逸見 優一
    セッションID: 733
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    ①はじめに 温暖化による、地球環境問題が高校など学校現場で取り上げられて久しい。温暖化を私たちが、日常の身の回りから学ぶためにはどのようなものがあるだろうか。 2012年から2013年、この冬は相次ぐ寒波の襲来と降雪量が多くなっているといわれる。2011から2012の冬と2年続きの寒い冬を私たちは、おくることになってゆくのだろうか。気候学習では2012年前半はラニーニャが終わり、エルニーニョが2012年後半頃からみられてきたようだと生徒諸君には提示した。 私たちのように、地方にいても、全国各地に共通する気候/気象をみてゆくための素材は、土壌サンプル等色々と身近かな、生活場のなかに思いつく。2013年度版の教科書、資料集には、土壌と植生サンプル写真と気候区分ごとのここの対比が容易に高校諸君に認識しやすいページを見るものが登場してきている。②授業題材 報告者は地球環境問題を日常の授業プランに取り入れるために、私たちの日常の身の回りから学ぶ題材をいつも思案してきた。 地方に生活していると農地であったり、森林であったりする場所は、私たちがどこで生活していようとも、身近な生活場の近くに見いだせる。この身近な生活場が過去から現在まで育む様々なものは、たいがいは土壌の中にその役目を終えてゆくと混入して私たちに残してくれる。 報告者はこだわって土壌の中にみるタイムカプセル的な実に多くの過去の情報に気候変動などの学習題材の有用性をかんじてきた。 報告者の勤務校や生徒諸君の住まいの周りには、生活場、生活場、ここの独自の土壌環境がみられる。 授業プランでは、教科書である、「教科書」ともう1つの「教科書である地図帳」、①で提示した補助教材としての「資料集」をベースに、土壌を生活場の環境面から毎年度みてきている。土壌の色彩や土壌中のプラントオパール、珪藻などから過去の過ぎ去った日々の痕跡は、私たちに多くの情報をよびかけてくれる。③高校での学習 土壌をベーストした気候学習は、学習者である高校生の居住地の土壌が題材となる。生徒ここが採取した土壌をプレパラートにのせ、水をすうてき滴下したあと指で少しこねる。このあと封入剤を適宜さらに滴下し、焼き肉用のホットプレートで封入剤が少し泡立つまで加熱する。このあとカバーガラスをかぶせ、軍手などで火傷をしないように注意しながら力を加えて30秒程度指先で押さえながら、冷やしてゆく。この検鏡作業を光学顕微鏡で検鏡してゆく。水田では珪藻、イネ、ヨシ等のプラントオパール、火山ガラス等が検出されることになろう。畑環境ではタケ、ヒゲシバ、麦類などのプラントオパールが検鏡されるだろう。余裕があれば「土色分類帳」等で、色調等をサンプル土壌で同定作業をおこなってゆくとより有益である。サンプルによれば腐植物をみいだせる。腐植物からは土壌環境と農耕地との関係が深めてゆけるであろう。 報告者の勤務校では2012年度は「世界史A」、「日本史A」「地理B」、「現代社会」を担当する機会を得た。 「日本史A」については、現行学習指導要領では、幕末以降から現代までで構成されている。環境変遷史的には「地理B」同様に近世から現代の環境変遷史がメインとなろう。 「世界史A」では、人類の登場から農耕の始まり、いわゆる4大文明辺りまでを大観学習する4月から5月で環境変遷史を毎年度取り上げてきた。「世界史A/B」用資料集でも農耕開始期から4大文明あたりまでの項目では土壌環境に触れられているものもあるが、「地理A/B」用の資料集のようにはいかないので補足プリントで触れてゆく。 「現代社会」では、前半に課題学習を設定し学習する。この中で、環境問題学習項目を選択学習テーマの1項目的に取り上げることで選択学習的に、環境変遷史項目を設定し学習することがプランできる(課題設定学習)。
  • なし
    岩本 廣美
    セッションID: 734
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    本研究は,日本列島における自然に適応した人々の生活を地理教育内容として確実に取り上げていくことをめざし,こうした問題を議論していくための基礎資料とするため,中学校社会科地理的分野での台風の取り扱いの現状や課題を明らかにすることを目的としている.中学校社会科地理的分野に関して,2008年版学習指導要領の記述,2012年度から中学校に供給・使用されている4社分の教科書の記述などを検討した.その結果,どの教科書でも,①台風が日本列島に多量の降水をもたらすこと,②暴風や大雨が災害をもたらす場合があること,の2点が記述されていることが明らかとなった. しかし,台風に適応した人々の生活について記述している教科書は1社に限られ,社会科地理的分野における台風の取り扱いは一面的であるといえる.中学校理科教科書では台風の自然現象としての側面を詳しく取り上げており,今後理科との連携をしていくためにも,社会科地理的分野では,自然への適応さらには台風による人々への恩恵という側面からの取り扱いを充実させていくことが今後の課題であろう.
  • 岩田 修二
    セッションID: 735
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    はじめに 来年度(2013年4月)から高等学校の新教育課程がはじまる。帝国書院の『新詳地理B』(審査用見本;2012年3月検定済み)をみたところ,地形の部分はほとんど変わっていなかった.報告者の関心が深い山地地形についてみると,相変わらず新期・古期造山帯という概念で世界の山地地形が説明されている.これは,最近の変動地形学の進展と適合しないし,生徒に大きな誤解をあたえる可能性がある.問題点を提示し,改善案を示す.高校教科書の造山帯と山地地形の説明 多くの教科書に共通している説明は,「造山帯とは,山脈が形成される地帯である.新生代と中生代に形成された造山帯は新期造山帯とよばれ,険しい大山脈を形づくっている.古生代に形成された造山帯は古期造山帯とよばれ,長期間の侵食によって低くなだらかな山地になっている」というものである.教科書の説明と現実との不一致 高校時代に上記とおなじ造山帯と山地地形の説明を学んだ報告者は,長い間,登山の対象になる高く険しい山は新期造山帯にしかないと思いこんでいた.しかし,古期造山帯である天山山脈・崑崙山脈・チベット高原北半で調査した時,古期造山帯にもヒマラヤ山脈に匹敵する険しい山脈があることを知った.東南極大陸のセールロンダーネ山地で調査をしたときには,安定陸塊にも日本アルプスよりはるかに険しい3000メートル級の山地があることを知った.地形図と地質図(地体構造Geotectonic図)を照らし合わせると,東シベリアからアラスカ北部にかけての,なだらかな山地しかない新期造山帯,広い平原がいくつも存在する新期造山帯,安定陸塊なのに険しい山岳がみられる東アフリカ地溝帯など,教科書の説明とは一致しない場所が多いことが分かった.造山運動とは何か 造山運動 (orogeny) を”The process of forming mountains” (Dictionary of Geological Terms, Dolphin Books, 1962) や「褶曲山脈や地塊山地が形成される運動」(新版地学事典,平凡社,1996)とした辞書もあるが,造山運動とは「山脈の地質構造をつくり,広域変成作用や火成活動をおこす作用のこと」であり,「造山運動もある程度は地形的山脈をつくるであろうが,山脈の隆起の中には造山運動とは関係のない成因によるものもたくさんある」(都城,1979:岩波講座地球科学12:103-6)とされる.つまり,造山運動と造山帯は地質学の概念であり,そもそもは,大陸地殻(花崗岩類)をつくる作用のことである.山地地形の説明に用いるのは不適当なのである. 最近ではプレート論が高校教科書にも導入されたので,本来おなじ内容である変動帯と造山帯とを使い分ける必要がでてきたらしく,「プレート運動によって激しい地殻変動が起こる地帯を変動帯とよぶ。変動帯のうちで高い山脈が形成される地帯が造山帯にあたる」(上記の『新詳地理B』28ページ)という誤った記述がでてきた.改善策 山岳の地形の特徴を示すのは起伏(高さと険しさ)である.だから,世界の山岳地域を起伏という地形の指標で整理するのが山岳地域の地形理解の第一歩である.山地地形の説明には起伏を指標にした地形特性そのもので説明すべきである.わざわざ地質学の概念を借りてくる必要はない.日本の山地の区分でよくおこなわれる大起伏・中起伏・小起伏山地という区分で十分である. 20世紀前半の地向斜造山論を引きずっている造山帯の概念は,しかし,地下資源の分布を整理するには便利である.それならば,はっきりと,地質形成時代を示すことを明記したうえで鉱物資源・鉱業の部分で教えればよい.結論 1)山岳地域の大地形の説明として新期・古期造山帯を用いるのは止める.   2)鉱物資源の説明のために造山帯を使うならば,地質を説明する概念であることをきちんと説明すべきである.
  • ―国際地理学連合地理教育委員会、ドイツ地理学会の動向の分析―
    阪上 弘彬
    セッションID: 736
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    現在、各国における地理教育で育成する市民の方向性として「持続可能な社会を形成」するための市民の育成が挙げられる(金、2012)。これは国連の2002年の総会で「国連持続可能な開発のための教育の10年(2005-2014)」(UNDESD)を採択したことが契機であり、日本においても新学習指導要領(文部科学省、2010)に「持続可能な社会」や「持続可能性」等の文言が盛り込まれた。しかしながら、日本の取り組みは、学習指導要領にESD関連の用語を見出すレベルにとどまっている。一方、世界に目を向けた場合、(教科)地理におけるESD実践をめざして、国際地理学連合・地理教育委員会(IGU-CGE)が「持続可能な開発のための地理教育に関するルツェルン宣言」(大西訳、2008)、を発表し、またESD先進国であるドイツ連邦共和国では、2006年(最新は第7版、2012年)にドイツ地理学会(DGfG)が日本の学習指導要領にあたる『Bildungsstandards im Fach Geographie für den Mittleren Schulabschluss』を公表した。これらの文献にはESD実践となる要素が多々含まれている。本発表では、IGU-CGEとDGfGの動向を手がかりに、地理教育におけるESD実践の方向性について提案を行なう。憲章等にみられるESD実践のための要素  地理教育におけるESD実践に当っては、現代諸問題に対して地域スケールを変化させながら分析を行ない、身近な地域で行動できる資質の育成が求められている。IGU-CGE(2007)の地理的能力(知識、技能、態度形成)、DGfG(2012)の地理的コンピテンシー(教科特有知識、空間認識、知識・方法論の習得、コミュニケーション、評価、行動)は、この資質の育成に貢献できる。特に(教科)地理には地域スケールを変化させて地域や問題を捉えるという特有の分析視点があり、地域スケールに応じて適切に行動できる資質を育成できると考えられる。またDGfG(2012)では、空間変革をめざす立場から、空間を構成物としてとらえ、自然、人文地理学の法則や両者の相互依存関係から、空間を人間の活動によって形成された構造物として捉えている。つまり空間を構造物として捉えるための詳細なコンピテンシーが設定されており、現代諸問題をどのような観点から分析するか、特にESDは社会、経済、自然の各側面における持続可能な開発をめざすことから、地理学の持つ学際性を活用した分析能力を育成することができると考えられる。
  • 山口 幸男
    セッションID: 737
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    地誌学習最大の問題点とされてきた「網羅・羅列」を克服する方途としての地誌学習内容における「地誌的一般化」を提起し、下記項目から考察する。1はじめに、2地誌学習の軽視・否定の方向、3地理学(地誌学)における地誌的一般化、3地誌学習内容における地誌的一般化-日本地誌学習の場合-、5おわりに。
  • 井原 淳
    セッションID: 738
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ はじめに
     2004年12月, PISA2003年調査の結果が発表され,「PISAショック」がもたらされた.これにより,PISA型『読解力』(以下,読解力)が注目を浴びるようになる.読解力を向上させるためには,テキストから情報を取り出し,解釈し,熟考・評価するという一連の過程の能力の育成を図る必要がある(横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校 2007).そのためには,シミュレーション教材を活用するのが有効な手段であると言われている(鈴木 2005).しかし,シミュレーション教材が読解力に与える効果については,十分に議論されてこなかった.そこで,本研究はシミュレーション教材が読解力に及ぼす効果について検討する.
    Ⅱ 研究方法
     シミュレーション教材の効果を見るために,読解力に対する意識と認知地図に関する質問紙調査を授業前と授業後に行った.読解力に関する質問は,15項目(情報の取り出し,テキストの解釈,熟考・評価,各5項目)であり,尺度は5段階リッカートスケールである.また,授業ワークシートから生徒の読解力の分析を行っていくこととする.さらに,地図資料の読み取りと世界の位置関係の認識を検討するために,認知地図を分析した。認知地図の調査は,2地点(東京,フリーマントル)を与えた部分図化法(以下,地図描画法)による外在化課題を生徒に課した.地図描画法の対象地点は,社会科地理教育における基本的な都市(岩本 2000)とゲーム上での重要な都市の9地点(東京,フリーマントル,シドニー,ウェリントン,ロサンゼルス,ペキン,ケープタウン,パリ,ホンコン)である.多次元尺度構成法を用いて,地図描画法による距離推定データから2次元解を求めた.さらに,アフィン2次元回帰分析を使用して,現実の地図に認知地図を重ね合わせた. 
    Ⅲ 授業概要
     本授業実践は,2007年11月常滑市立鬼崎中学校第2学年4クラス(男72名,女62名)を対象に行った.用いたシミュレーション教材は,「焼津の遠洋漁業」(山口 1999 )である.授業ではまず,遠洋漁業の概要をクイズ形式でつかんだ.そのうえで,学習課題を提示した.次に「焼津の遠洋漁業」のルールを説明し,ゲームを進行した.ゲームは,2人1組のペアを組み,3ペアで競争する形式とした.また,8ターン(全22ターン)まで進行した後,立てた作戦を見直す作業をした.
    Ⅳ 分析と考察
     授業前と授業後で,社会科が好きかどうかを尋ねた.その結果,授業後では,授業前より有意に平均値が高くなった(第1表).興味・関心を喚起するというシミュレーション教材の教育的意義が,本研究においても確かめられた.
    授業前と授業後で,PISA型読解力の3つの過程を比較すると,平均値は施行後のほうが高い(第1表).しかし,統計的に有意な差とはならず,平均値に差があるとは言い難い.一度のシミュレーション教材を用いた授業だけでは,読解力に対する意識を大きく変化させることができないことがわかった.ところが,授業のワークシートを見ると,普段の授業において板書の内容をただ単に写す生徒は,今回の授業では,資料を分析的に読み,作戦を考えることができていた.このことから,シミュレーション教材を用いた授業を数多く行うことにより,読解力を向上させることができると推察できる.
     授業前は,生徒の頭の中にある認知地図は,現実の位置と大きく離れていた.しかし,現実の地図と認知地図との間の歪みの大きさを表す歪曲指数の平均値は,事後のほうが有意に低い(第1表).つまり,生徒はシミュレーション教材のボードから多様な情報を読み取るなかで,都市の位置を位置情報として取り出すことができたということである.取り出した情報をもとに,都市の位置関係を把握し,現実に近い世界の位置認識を持ちえたといえる.
    Ⅴ おわりに
     質問紙調査とワークシートの分析により,シミュレーション教材は読解力を高める効果があったといえる.今後の課題としては,教材がやや難解であるため,難しさをもっと軽減できるようなワークシートにする必要がある.より高い効果を得るためには,シミュレーション教材を用いた授業を多数行い,授業の技術を深化していかねばならない.
    参考・引用文献
    岩本廣美2000.社会科地理教育における基本的地名に関する一考察.新地理 47-3・4:64-73.
    鈴木文人2005.情報の取り出し・解釈・熟考・評価を授業でどう育てるか――シミュレーション教材で,さらなる読解力のアップをねらう.社会科教育553:87-90.
    山口幸男1999.『新・シミュレーション教材の開発と実践―地理学習の新しい試み―』古今書院.
    横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校 2007.『「読解力」とは何か PartⅡ』三省堂.
  • 大島 英幹
    セッションID: 739
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    Ⅰ はじめに
     平成25年度からの高校学習指導要領では、新たに地理A・Bで、地図や統計などの地理情報の収集・分析に「地理情報システムなどの活用を工夫すること」とされた。
     福田・谷(2003)は、高校での地理情報システム(GIS)の活用のためには、設備、GISソフト購入のための予算、教員研修、GISを使った指導法のテキストなどが必要である、としている。伊藤(2012)は、GISを使って地理教育を充実させるようにICT環境が構築されるべきである、としている。
     そこで、日本学術会議地理教育分科会と日本地理学会地理教育専門委員会では、全国の高校でのGISの導入状況を調査した。
    Ⅱ 調査方法
     日本地理学会員の高校常勤教員に対し、2012年12月に郵送方式でアンケート調査を行った。回収票数114票(公立67、私立・国立47)、回収率32%だった。
    Ⅲ GISの活用
     将来的にGISを使って授業をする予定のある教員は55%だが、平成25年度に使う予定の教員は39%に留まった。
     GISの活用方法については、46%の教員は、教員自身がGISで主題図を作成して提示する予定で、生徒にGISを操作させる予定の教員は18%に留まる。
    Ⅳ GISソフトのインストール
     パソコン教室のパソコンにGISソフトをインストールしている教員は52%に留まる。19%の教員は、インストールもUSBメモリからの起動も禁止されている。
     公立高校でGISソフトのインストールする場合、校内のシステム担当の教員・校長の許可を得ればよい教員は42%に過ぎず、その他の教員は、教育委員会(教育センター)や、システム管理業者、都道府県・市町村の情報システム部・IT課の許可を要する。
    Ⅴ GIS研修会への参加
     GIS研修会に参加したことがある教員は37%を占めるが、30%の教員は案内自体を受け取ったことがない。
    Ⅵ GISの活用に必要なもの
     GISの活用のためには、GISソフトが使えるパソコン・地理で使えるパソコン教室などの設備や、GISデータなど教材の充実を必要と考える教員が多い。
    Ⅶ まとめ
     日常生活ではスマートフォンのマップやカーナビなどのGISが身近になっており、台湾など近隣諸国でも地理教育へのGISの活用が進んでいる。わが国でも教育でのICT活用が推進されているものの、授業でGISを使える環境の整備は、予算措置がなされていないこともあって立ち遅れている。
     なお、Web GISはマップの画像を読み込むので、一般的なホームページよりも受信データ量が多いため、生徒がGISソフトの代わりにWeb GISを使うことも困難である。
     今回の調査はサンプルが少ないため、今後大規模な公的調査が必要である。
     調査の詳細は、日本学術会議地理教育分科会ウェブサイトを参照のこと(https://sites.google.com/site/chirikyo/)。
    参考文献
    伊藤智章 2012. GISと地理教育 E-journal GEO Vol. 7 No. 1: 49-56.
    福田徳宜・谷謙二 2003. 高校地理教育におけるGIS利用の可能性. 埼玉地理 27: 17-25.
  • 伊藤 智章
    セッションID: 740
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
     タブレット型携帯情報端末で動作するアプリケーションソフトを利用して、地図を共有するシステムを考案した。現在、導入が検討されている「デジタル教科書」の多くが、授業者主導の教材作成ができない状態になっている中で、タブレット端末を使った「デジタル地図帳」は、GISを援用して、誰でも自由に教材を作成、共有できるのが特徴である。 今回は、Apple社の「iPad2」を用いた。利用したソフトは、「GoogleEarth」と、地図アプリ「ちずぶらり」である。教室での利用と、野外調査での利用を想定して、実証実験を行った。 「Google Earth」は、パソコン用の各種GISソフトとの親和性が高いので、授業者が作った主題図や、インターネット上で調達した各種データを生徒の手元で簡単に提示することが可能である。ただし、回線速度や動作の安定性に課題があるため、野外巡検での利用には課題が残る。 「ちずぶらり」は、地図を画像データとしてとして扱い、位置情報の付与や写真の埋込みはパソコンからクラウド経由で行う。地形図はもとより、位置情報を持たない古地図や観光案内図、ハザードマップなどをタブレットで持ち運ぶことができる。また、インターネットに繋がらなくても閲覧や現在地表示が可能なので、野外調査実習の教材としての実用性が高い。ただ、位置情報を持っているGISデータも、画像として取り込んで位置合わせをし直さなければならないこと、アプリ更新の承認等の手続きが必要なため、地図の登録から閲覧開始までのタイムラグが長いこと、地域および更新者を限定しているので一般の教員が手軽に利用する環境にないこと等である。 地理教育は、「セルフメイドの地図帳」を手に入れようとしている。明らかになった課題を基に改善を行い、現場主導のデジタル教材開発を充実させていきたい。
  • ―熊本県阿蘇郡小国町を事例に―
    馬場 隆幸
    セッションID: 801
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに
     薪炭産業の衰退,電源開発による水没,過疎化,市町村合併による周辺化など戦後の山村にはさまざまな問題が山積してきている.本研究では, 宮地(2010)の山村問題に対する新たな取り組みを継続的に検証してしいく必要があるという指摘や,伊藤(2011)の水源地域対策にはさまざまな問題点が含まれておりここで改めてその再評価を行っていく必要があるという指摘を元に,山村問題に内在する電源開発による水没問題へのアプローチを行った.具体的に,松原・下筌ダム建設に伴う水源地域である熊本県阿蘇郡小国町に対する水源地域への補償制度の運用実績を明らかにすることを研究目的とし,財政分析を用いて自治体の財政運営の観点から補償制度や補償制度に付随する地域振興事業を考察していった.なお,本稿において取り上げる補償制度は電源三法制度と固定資産税制度である.
    2.研究方法
     本稿では,調査対象地域である熊本県阿蘇郡小国町の財政データを元にした,ダム開発が行われる以前から現在にかけての財政分析を行った.なお,その際に1973年の松原・下筌ダム建設に伴い,小国町とともに水源地域に指定された大分県日田郡旧中津江村,旧大山町(ともに現・日田市)との比較分析も行った. また,電源三法制度に基づく地域振興事業に関しても,経時的に実態を明らかにするとともに同法制度による地域振興事業を行っている他方式の発電所が立地している電源地域と比較を行うことで,水力発電所立地による電源地域の特性を提示した.
    3.結果
     一般的にダム開発に伴う固定資産税は地域財政に多大な恩恵をもたらす.しかし,固定資産税制度の性質上,償却資産にかかる税額は,償却資産の取得時の金額に応じて課税評価額が算出される.そのため,経済規模の拡大や物価の上昇が起きる前に建設されたダムでは,建設直後こそ財政に恩恵を与えたが,財政規模の拡大に対して,減価償却に向かって固定資産税算出額が下がっていき,財政への恩恵は微々たるものになってしまった.また,土地にかかる固定資産税額は各年度の地価に応じて評価額が算出されるため経済規模の拡大や縮小の影響を受けづらく,その時代の経済事情に応じた課税がなされるが,ダム関連施設が行政界で分断されるため,一つの自治体に着目すると少額しか固定資産税収入が得られない.
     電源三法制度に関しては,原子力発電施設立地地域には手厚い財政補償が行われ,固定資産税収入と相まって財政に多大な恩恵を与えている.水力発電施設立地地域に対しても,ダム,貯水池,発電所,特定区間など発電施設に関わる自治体を網羅する財政補償が行われているが,発電量によって算出された額を発電施設が立地する自治体数で除して交付されるため,交付金額は少額になってしまう.また,法整備前に建設された発電ダムや発電規模の少ない発電ダムでは,竣工前後に受け取れる交付金が受け取れないなど,制度面での財政への恩恵も微々たるものである.
     また,小国町の財政に着目するとダム立地に固定資産税や電源三法交付金による補償が,財政にはあまり恩恵を与えておらず,他の山村地域と同様に小国町の財政運営は非常にひっ迫したものとなった.小国町では,地方債の起債や地方債現在残高や地方債償還に充てる費用を示す歳入に占める公債費の比率が増加してきた.公債費の比率が高くなると,起債制限などの措置が講じられてしまう.地方債の起債が歳入の一部を占める小国町にとっては避けては通れない問題であるとともに,電源三法交付金交付額が少額なためダム補償制度による振興策がほとんどできていない現状が浮き彫りとなった.
  • 菅野 拓
    セッションID: 802
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    「住宅すごろく」という表現を上田篤が用いたのは1973年のことであった。つまりは「住宅すごろく」は1970年代初頭までに成立しその終わりに概念化されたと考えられる。その「住宅すごろく」の形成にヘゲモニーをもったのは、どういったアクターであろうか。一般世帯・勤労者世帯の持家の建設原資の比較や住宅ストックから「住宅すごろく」の形成においては企業がヘゲモニーをもち、国家はその補助の役割を果したと評価できる。高度成長期の企業の住宅政策の成立と展開をみる。経営者は労働者の忠誠心を引き出すために住宅政策を利用した。その後、企業への忠誠心を引き出すには高コストな社宅経営を合理化する圧力が働き、福利厚生の合理化の1つとして持家政策に切り替えていくが、合理化自体はうまくいかない。労働者は社宅や、社宅の利用者との調整手当として支給される住宅手当を獲得しており、それが既得権化する。ILOの勧告(使用者が住宅を提供すべきではない)を労働組合側も無視する形で住宅政策を既得権として保持し、企業への忠誠心醸成に対して無批判のうちに持家政策も受諾した格好となる。国家は厚生年金還元融資の形で社宅建設を支援し、山陽鋼管事件などで批判の強かった社内預金制度を保持した末での勤労者財産形成制度の制度化、いくつかの租税特別措置など、所得税法上の優遇などの形で、経営者・労働者どちらにも利益を図るよう制度運営していくが、社会保障としてではなく一貫して企業を通して住宅政策を支援したため、労働者の企業への忠誠心獲得に助力しつづける結果となった。最終的に一部の企業は住宅総合対策として生涯の資金需要やライフステージを考慮に入れた、社宅+ファイナンス政策を立て実践していき、企業のうちに「住宅すごろく」の理念系が出来上がった。国家の絡んだ経営者と労働組合の対抗関係の社会的な妥協の結果、「住宅すごろく」と概念化される持家取得を最終ゴールとした住宅の階梯が「企業の住宅政策」のうちに形成され、郊外住宅地に典型的に現れる都市空間を形成していった。それは同時に、再生産の領域である住宅が企業福祉の手段として生産の論理のうちに労働者に提示されることで、労働者の企業への忠誠心を引き出す日本的雇用システムの一環でもあった。
  • 「墨東まち見世」プロジェクトを事例に
    及川 裕子
    セッションID: 803
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    今日において、国家や都市による文化振興政策はますます重視されるようになっている。1990年代末になると、現代アートプロジェクトを通じた「地域づくり」が模索され、全国各地で多数のアートプロジェクトが開催されるようになった。本報告では、現代都市社会の空間編成における「アート」の効用と、その政治性を明らかにすることで「アートは地域づくりに貢献する」という単純化された図式を再検討する。「アート」を動態的に捉え、その生成過程に焦点をあてながら、東京文化発信プロジェクトの事業の一つである「墨東まち見世」を事例に報告を行う。
  • 台湾広告代理店2社の比較
    趙 政原
    セッションID: 804
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    地理学では,企業家行動が,企業の立地調整,クラスターの形成などを検討する際にもよく提起される.しかし,企業家行動をローカルな現象として捉える一方,グローバル化と情報化の進展により,文化産業に関わっている企業家の空間視線と経営戦略は,ローカルには限定されない.そこで本研究では,新たな分析視点として,企業家行動をより広い政治経済的文脈に置き,グローバル戦略を含めた多様な空間戦略との関連性を探ってみた.具体的には,①事業の展開,外資との提携及び海外への進出における企業家行動の役割,②スピンオフによる情報・知識のパイプライン,以上の2点を,グローバルとローカルな政治経済環境の変容を踏まえて検討することである.「東方」と「国華」は,2社とも台湾最初の広告代理店で,台湾広告史の生き写しでもある.設立者が豊富な人脈関係を生かし,外部社会の変動を見抜きつつ,自社の経営戦略を展開してきた.そこでは,信頼関係にあるクライアントとの株式相互保有といった特徴ある経営方式も見い出せる.台湾経済の奇跡に伴い,「東方」や「国華」勤務経験者のスピンオフは,広告業界に止まらず,メディア社や製造業にも及んでいた近年は,中国大陸への流出も多く見られる.90年代以降,台湾の広告市場は外資系代理店に支配されつつある.海外資本のM&Aを受けた「国華」(「電通国華」に改名)は,海外本社から数多くの情報・知識資源を獲得できる一方,管理層やクリエーターの空間視線はよりローカル市場に向けられ,グローバル商品のローカルでのプロモーションに専念せざると得ない.一方,ローカル市場に依存していた家族企業「東方」は,厳しい競争環境で生き残るため,自らの企業家特性を保持しつつ,中国大陸に拠点を設けるとともに,積極的に域外企業と協力関係を組むなど,市場開拓に取り組んでいる.
  • 福岡市を事例として
    古川 智史
    セッションID: 805
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに
     日本の広告産業は,市場の停滞,メディアの多様化,グローバル化,業界再編といった大きな転換期を迎えている.こうした変化は,各都市の広告産業の構造,さらには東京一極集中の構造に変化を引き起こすと考えられる.日本の地理学においては,広告産業の東京への一極集中が指摘される一方で,大都市圏以外の広告産業に取り上げた研究は,石丸(1998)が挙げられるものの少ない.近年,欧米ではクリエイティブ産業が活発に議論される中で,世界都市とは異なるローカルな地域特性に着目し,新たな産業集積の動態に焦点を当てた研究がみられる.
     そこで,本発表では,地方中枢都市の広告産業がどのように変化してきているのかを,福岡市を事例として,主に組織と取引関係に着目して明らかにすることを目的とする.本研究では,2012年8月下旬から11月初めにかけて,iタウンページから抽出した福岡市の広告関連事業所を対象として,アンケートおよび聞取り調査を実施した.

    2.福岡市の広告産業の概況
     対象地域である福岡市は,『平成21年経済センサス』によると,広告業の事業所数が357(対全国比3.1%),従業者数は3,881人(同2.9%)であり,地方都市では最も多い.iタウンページから抽出した広告関連事業所の分布をみると,中洲・天神地区から大名,赤坂などの都心周辺地区,JR博多駅周辺へと集積地域が拡がっている.『平成22年特定サービス産業実態調査報告書(広告業編)』によれば,福岡県の数値でみると広告業務の年間売上高が3,445億円(同4.1%)であり,業務種類別の構成では「折込み・ダイレクトメール」の割合が高いという特徴がある.
     戦後,新興夕刊紙の創刊や,放送局の開局に伴い,福岡市に新たに広告代理店が設立され,また東京に拠点を構える広告代理店が進出した.福岡市を含め九州の広告市場の特徴として,域内の広告需要を上回る広告媒体があるために,広告代理店間および媒体間の競争は激しかったとされる.また,1960年代には九州の地場企業が市場拡大を求め東京へ進出する中で,地方の広告市場の限定性も指摘される.
     1990年代以降になると,一部の大手広告会社が地方の支社を分社化し地域子会社とする動きが見られ,競争環境に大きな変化が見られる.近年では,九州の通販会社との取引を通じてノウハウを獲得し,域外からの受注を獲得する広告会社もみられるようになった.

    3.調査結果
     本研究で明らかとなった点は,以下の4点に集約される.
     第1に,広告代理店と広告制作会社間の関係に変化が生じている.従来,地方では広告制作会社の広告代理店への依存度が高いことが指摘されていた.しかし,回答事業所の中には,広告代理業からの撤退や,広告制作会社が広告代理業へ参入する事例がみられ,広告産業の従来の棲み分けが崩れつつある点が明らかとなった.
     第2に,福岡市の広告業の年間売上高に占めるインターネット広告の存在感が増す中で,回答事業所の多くは,事業所内にウェブ部門を立ち上げて対応するケースがみられる.紙媒体の広告制作からウェブ制作へ移行したり,事業所内にプログラマーを配しシステム構築を含めた内製化の体制を整えたりする事例がみられた.
     第3に,広告市場の停滞から,広告制作部門の縮小を余儀なくされるケースがある.近年の不景気に加え,支店における広告予算の縮小のため,受注が減少し,福岡市の広告市場の限定性に拍車がかかっている.その結果,広告代理業の中には制作部門を縮小し,広告制作を外注に切り替えることで,人件費を抑制している.また,広告制作業も,企業間の競争の激しさから,制作単価の値下げが著しく,社内で制作人員を抱えることが厳しい傾向にある.
     第4に,取引関係の地理的範囲は,基本的に九州が中心であるものの,東京との取引関係を持つ企業が存在することが明らかとなった.回答事業所の取引関係は九州の割合が高く,とりわけ広告制作業の場合は福岡市内で完結する事業所が多い.これは,福岡市内に立地する広告会社からの受注が多いためと考えられる.一方で,広告制作会社の中には東京の企業から受注する企業もみられる.この背景には,情報技術の発達に伴い,遠距離であってもコミュニケーションがし易くなった点,東京に比べ制作単価が低い点がある.
     福岡市の広告産業は,支店経済という性格から広告市場の規模は東京に比べると小さいが,近年では東京の企業から受注する事業所が現れるなど,新たな展開が芽生えつつある.当日の発表では,以上の点について,具体的なデータをもとに報告する.

    【参考文献】
    石丸哲史 1998. 事業所サービス機能の配置と都市システムの再編成―わが国を事例として. 森川 洋編著『都市と地域構造』139-160. 大明堂.
  • ハリウッド映画のVFXを事例とした試論
    原 真志
    セッションID: 806
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに コンテンツ産業が経済の牽引力として注目されて久しい(Scott, 2000;2011)。ハリウッド映画産業では、集積としてのハリウッドが依然として競争優位を維持しつつ、映画プロジェクトはグローバル化しているという二面性を持っている(原, 2009)。その背景には映画の重要な要素となっているVFXを担うことの出来る米国外の後発の企業とクラスターの成長による競争の拡大、ハリウッド映画プロジェクト誘致のための税制優遇などの政策支援をめぐる国や都市の間の競争の激化がある。映画製作はプロジェクトベースを基本とし、プロジェクトの遂行にはプロデューサー、監督、VFXスーパーバイザーなどから構成される時限組織であるプロダクションが重要な役割を果たし、プロジェクト毎にその必要に応じて異なるプレーヤーが集められ(Grabher, 2002)、国境を超える企業やクラスター間のコーディネートも時限組織が行ってきたが、近年はVFX企業自体が海外に進出し企業内空間分業で対応する新たな動きが広がってきている。本研究はコンテンツ産業の代表格であるハリウッド映画、その特にVFXを取り上げ、プロジェクトベースのコンテンツ生産には、どのような空間形態といかなる組織形態が選ばれるのか、また選ばれる際の基準は何かを明らかにしていくために必要な論点を、従来の関連する研究を整理し実際のハリウッド映画のVFX事例を紹介する中で抽出することを目的とする。2.時限組織と企業 コンテンツ産業は高コストの先進国大都市に集積する傾向が集積論をベースに数多く報告されてきたが(Scott, 2000;半澤2001)、プロジェクトがグローバル化する中で、いかに集積内の企業と集積外の企業が選ばれるのかを説明する必要があり、原(2009)は時限組織によって企業が選ばれる意思決定をプロジェクトの空間デザインとして提示し、クリエイティビティとコストの要因が組み合わされている実態を分析した。近年のVFXの企業内空間分業の動きを説明するためには、マッシィの空間的分業論を参照しつつ、コンテンツビジネスの市場の需要特性を踏まえ、時限組織と企業がそれぞれ、いかにグローバルプロジェクトの課題を処理しできるのかを比較分析する必要がある。3.ハリウッド映画のVFXと分業 ハリウッド映画におけるVFXはアビスなどの初期の映画から分業が基本であった。原(2010)が示したように時限組織が中心となって集積内あるいは集積を超える企業の間で分業して行うことが通例となっている。これに対し、近年米国からILMがシンガポール、Rhythm and Huesがインドなどに進出、英国からもDouble Negativeがシンガポールに進出し、企業内空間分業を行っている。ドイツ発のPixomondoはLAにベースを移して中国、英国、カナダ等も含む国際ネットワークを構築している。本研究はこうした傾向を踏まえ、企業主導の国際的企業内空間分業と時限組織主導の国際的企業間ネットワークのメリット・デメリットを考察する試論を提示する。
  • 交通環境の変化が与える影響
    稲田 康明
    セッションID: 807
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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     今日日本のものづくりは、グローバル化の中で景気低迷が続き、製造業が海外へ拠点を移す動きが加速し、産業の空洞化が危惧される。産業構造は戦後の外部環境の変化によって様変わりしてきている。国の工業政策は高度経済成長を通じて国土の均衡ある発展をめざし、地方分散化を図り、地域開発と産業政策が講じられてきた。太平洋ベルト地帯は交通網の発達から工業集積が見られる。特に、工場立地については、交通手段による影響は大きいと言われる。そこで、本研究では、日本の大動脈が通り変化の大きな地方都市である静岡県の工場立地の変容に注目し、都市の成長と相互関係にある交通の発達により、工場立地の推移とその要因の変化、さらに自治体の政策との関係を明らかにするものである。 本研究の対象地域は、静岡県東部のJR御殿場線沿線地域の7市町のエリアである。この地域は製造業の比重が高く、企業からの税収との関係から、今日の地方財政を取り巻く環境が悪化しても、比較的この地域が裕福な自治体となっていることから調査対象とした。調査は現地踏査や自治体等からのデータ収集、企業アンケート調査、訪問調査を実施した。 各種調査データを整理し、地域に立地する産業の実態を時系列で把握し、その特性について考察をする。交通網を通して整備時期と業種別工場の立地要因を把握し、その立地と自治体との支援体制の関係を検証した。また、アンケート調査からは、立地企業の進出にあたっての意思決定と従業員の居住地と通勤手段などについても、考察した。3. 研究の結果3つの知見が得られた。第1に、モータリゼーションの進展が交通環境に変化を及ぼし、工場立地の郊外化をもたらし、道路整備とともに北部の農業地域への立地が進んだ。環境対策として市街地内の土地利用規制による工業系用途地域に緩やかな集積と郊外への集団化による工業団地が造成された。工場立地場所は幹線道路や高速道路インター周辺が重視され、インターチェンジから平均5km内に多く集積が見られた。第2に、アンケート調査結果から、立地要因については、時代とともに変化が見られた。一方で、企業にとって土地取得の形は変えつつも、用地の問題が一番多く、重要視していた。また、交通の利便性は鉄道から自動車に移ったが、企業は道路整備が前提条件となっていた。立地要因については、アンケート調査結果やインフラ整備などから3期に分けた。高度成長期(戦後~1975)は「労働力」と「原材料」、経済安定期(1976~2000)は環境制約や事業規模拡大から用地の確保としての「工業団地の存在」、低迷期(2001~現在)は自治体の「行政支援策」が特徴として上げられる。業種別では、食料品・飲料系工場が工業用水や市場の近接性、交通の利便性、電気機械系工場が用地の広さ、電子機器系工場が交通の利便性、輸送用機械系工場が交通の利便性のほか、関連工場への近接性、用地の広さ・価格に特徴づけられる。第3に、工場立地が地域に及ぼした影響を分析すると、企業からの税収が自治体財政に影響を及ぼし、この地域の裕福さが示され、財政力指数に表れた。とくに、業種が偏った場合には景気の変動で税収減少が起こることもあるが、この地域は比較的多業種の集積により、安定的な税収に繋がっている。以上の3つの知見を総合すると、交通網の整備は工場立地を促し、農業地域を工業化させ、地域発展に貢献している。また、この地域の工場立地要因は「交通の利便性」に係る近接性と「用地の規模や価格」に特徴が見出されたが、企業の進出意思決定に際しては、その他の複数の選択肢の中で立地決定していた。特にその地域の持つポテンシャルや地域イメージなどにも強い関心があった。
  • 日本の化学企業9社の事例
    鎌倉 夏来
    セッションID: 808
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    Ⅰ はじめに
    経済地理学においては,製造業大企業を分析対象とする「企業の地理学」が見直され(近藤2007),企業の動態を捉えるにあたっては,組織の慣性などを分析に取り入れる進化経済地理学が注目されている(外枦保 2012).日本の製造業では1980年代後半以降,生産機能の海外移転が急速に進展する一方で,研究開発機能は,国内に集中してきたといわれてきた.しかしながら2000年以降は,海外の進出先に現地対応の開発拠点を新設する企業が増え,研究開発機能におけるグローバルな空間分業が徐々に進展しつつあるといえる.また研究開発活動においては,知識のフローが重視されるため,組織部門間の知識フローに影響を与える,部門間の地理的な配置も重要とされる(太田2008).
    そこで本研究では,専ら国内の生産体制における製品間・工程間分業に焦点を当ててきた従来の空間的分業論に対して,新たな分析視点として「新空間分業」の考え方を導入した.具体的な観点は,①国内外の拠点を一体的に取り上げ,②組織や立地の慣性,経路依存などを重視し,③知識フローに注目することである.

    Ⅱ 対象企業の概要と分析方法
    本研究では,海外顧客への対応やM&Aによってグローバル化を進める日本の化学企業9社を対象とし,(a)財閥系,(b)繊維出身,(c)スペシャリティの3グループに分類して分析を行った(表1).具体的には,主に社史,新聞記事,IR資料を用いて研究開発機能の立地履歴を明らかにし,聞き取り調査と拠点ごとの特許の出願状況から,現在の研究開発活動における中核拠点を摘出し,拠点間の関係について考察した.

    Ⅲ 分析結果
    まず「新空間分業」の①国内外の分業関係に関して,現地生産子会社の機能変化やM&Aなど,地域間において進出形態が異なっており,国内拠点との知識フローの方向性に相違が見られた.
    次に②の慣性や経路依存に着目すると,特に立地形態において経路依存的な変遷をたどる企業と,組織や周辺環境の変化によって経路を転換する企業があった.前者のタイプの企業の多くは創業地を研究開発機能の中核拠点としている傾向があり,後者の企業は合併や都市化によって分業形態を大きく変化させていた.
    最後に③の知識フローに関して,特許の出願状況を分析すると,企業外の組織との関係について企業間で差がみられたほか,企業内の拠点間において,一拠点内部で大半が完結している企業と,複数の拠点間での共願関係が多くみられる企業があった.

    Ⅳ 議論
     以上にみた企業間の差異をいかに解釈するかが問題となるが,事業戦略や企業文化の違い,合併や子会社化などの組織変更の有無などの点から検討を試みることにしたい.

    参考文献
    太田理恵子2008.研究開発組織の地理的統合とコミュニケーション・パターンに関する既存研究の検討.一橋研究32(4): 1-18.
    近藤章夫2007.『立地戦略と空間的分業―エレクトロニクス企業の地理学』古今書院.
    外枦保大介2012.進化経済地理学の発展経路と可能性.地理学評論85(1): 40-57.
  • 野澤 一博
    セッションID: 809
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    多くの地域において、地域経済の活性化のために地元大学と地域企業がより効果的に連携できるようにすることが求められている。地域でイノベーションを起こすためには、地域において技術吸収力に優れた研究開発型企業の存在が欠かせない(野長瀬2011)。そのためには、大学の知の活用がポイントとなる。そこで、文部科学省科学技術政策研究所では、地域企業と大学との関係の現況を把握する調査研究を展開している。昨年度、鹿児島県をケースに地域企業を対象に質問票調査を実施した(外枦保・中武2012)。本年度は、山形県、群馬県、長野県に地域を拡大し3県において地域企業に対し産学連携の状況調査を行い、地域の産学連携の特徴を抽出した。 以下に3地域での比較分析の結果概略を示す。業種について、3地域とも比較的類似した産業構成になっており、「金属製品工業」、「一般機械工業」、「電気機械工業」での産学連携が共通的に多かった。県別に見ると、山形県で「食料品」製造業、群馬県で「繊維工業」、「輸送量機械」製造業、長野県では「「電子部品・デバイス」製造業の比率が相対的に高かった。 企業規模について、3地域とも従業員数50人以上の企業は産学連携有りとの回答比率が増加する傾向が見られた。但し、群馬県・長野県においては、従業員50人未満の企業でも産学連携に取り組む企業が一定数あった。資本金で見ると、資本金5000万円以上の企業で産学連携が増える傾向にあった。年間売上高では群馬県、長野県では1億円以上で産学連携ありとの回答が増えるが、山形県では10億円の企業で産学連携有りが増える傾向にあった。 施設の立地について、県外企業の産学連携の取組に地域的な違いが見られた。群馬県では県外企業が産学連携に比較的多く関わっていた。長野県では、県外企業は県内での産学連携には比較的消極的と言える。山形県では県外企業の産学連携の取組状況に大きな違いは見られなかった。 マネジメントについて、新製品(技術)の開発を行っている企業は、産学連携を行っている割合が高いが、産学連携を行っていない企業も一定数あった。そのような新製品(技術)開発を行っているが産学連携していない企業は、同業者や他業種企業、取引先などとコンタクトを図る一方、公的機関とのつながりが比較的少ない傾向にある。 地域のイノベーションは、イノベーションのドライバーである地域企業の技術吸収能力に左右されると言ってよい。社外にある知識を探索、収集、吸収するためには、人材、時間、費用というコストがかかるため、産学連携を行う企業は、ある程度の企業規模が必要である。一方で、従業員数規模が小さくても大学やその他機関と接触を図り、新製品・新技術の開発を模索する企業群もある。地方圏で新製品・新技術の開発の担い手になる企業は希少資源である。そのような企業を増やすために、地方圏で産学連携をしている企業の組織やマネジメント特性を分析し、地域企業が研究開発志向の企業に転換できる方法論を検討する必要がある。また、新製品・新技術を開発している企業でも産学連携を活用していない企業群があった。地域企業の中には、同業他社、他業種企業、親会社、取引先など、様々な企業と接触を図り、新製品(技術)の開発を行っていたものもあった。地域におけるイノベーションの取組は必ずしも産学連携という形態をとるとは限らない。イノベーションで地域経済を活性化させるためには、個々の企業間の線でのつながりではなく、地域内での知識のスピルオーバーをより広範に図っていくことが重要である。そのためには、地域企業に対し、産学連携への参画促すアプローチの他に、企業間で面的につながることを促し、地域における研究・技術開発のコミュニティー形成を支援していくことが検討できる。
  • 山下 潤
    セッションID: 810
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    地球規模での環境問題への社会的な関心の高まりと呼応して,環境負荷の軽減を目的とした環境技術の開発が近年著しく,このような技術に立脚した環境産業も成長しつつある.しかし環境産業の立地を俯瞰した文献は限られている.この点に鑑み,本稿では,OECDによる特許データを用いて,世界規模での環境産業の立地について概観することを目的とした.結果として,①アメリカ,日本,ドイツ,フランス,イギリスで環境関連特許数の約七割を占めたこと,②既存の産業集積との関係から,環境産業は主に先述した五か国の大都市に集中する傾向があったこと,③たとえばデンマーク・ユトランド半島地域の再生エネルギー関連産業の集積のように,②で示した一般的な立地傾向とは異なる国や地域に環境産業が集積していたこと,を明らかにした.
  • 宇都宮 陽二朗
    セッションID: 811
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    稻垣家旧蔵地球儀については2008年の調査後、製図・整理に遅滞が生じたが、多少の進展を見たので、1. 稲垣家、2. 稲垣家旧蔵地球儀、3.桂川所蔵とされるコ゛ア、4. 球面の世界図とコ゛アの比較、5. 地球儀の製作年代について、報告した。これらをまとめると以下のとおりである。1)稲垣家旧蔵地球儀の直径は358mmで、桂川所蔵とされるコ゛アより想定される球体のそれは453mmである。2)製作年は稻垣の活躍期、1780’s~1835年間であろう。3)地球儀製作には稻垣本人が係わったと考えられるが、彼であれば、円周=365°の錯誤は犯さないであろう。構造上、地球儀に類似した天球儀もあり、天文暦学を学ぶ過程で、天球儀とともに入手された可能性も否定できない。
  • 佐藤 浩
    セッションID: 812
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    測量技術者に与えられる資格として,我が国では測量士・測量士補の資格がある.これは,高い技術的資質・経験を有する測量技術者を国が認証するシステムであり,その根拠は測量法(昭和24年法律第188号)に定められている.その資格保持者には,国・地方公共団体等の公的機関で実施する基本測量・公共測量に従事する権能が与えられており,高い信頼性を有する測量成果の品質が確保され,測量成果が多方面に活用できるようになっている.測量法や地理空間情報活用推進基本法(平成19年法律第63号)のような測量関連の法規の遵守に加え,近年の地理情報システムや全地球航法衛星システムGNSS: Global Navigation Satellite System)のような測量技術の内容の理解が資格保持者に求められる一方,試験合格を経なくても要件を満たせば資格が得られる現状について,国土地理院長の私的諮問機関である測量行政懇談会で見直しが検討された.本発表では,平成22年3月に取りまとめられた当該懇談会の報告をベースに,その結果の概要を紹介する.
  • 瀬戸 寿一
    セッションID: 813
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    2000年代中盤より,ICTやWebの普及に伴い,世界的な規模でユーザー参加型による地理空間情報に関わるコンテンツが生成されるようになった.Goodchild(2007)によれば,これらの現象は,「ボランタリー地理情報(Volunteered Geographic Information: VGI)」と称され,既存の地理学やGIS研究における地図や地理的知識に関する議論を展開するものとして,英語圏を中心に研究されている. 中でも,オープンストリートマップ(OpenStreetMap: OSM)は,自由な地図作成プロジェクトとして,VGI研究において代表的な事例に位置づけられている.OSMでは地上を中心とする様々な地物を対象とした地理空間情報が,ボランティアの手によって収集されているほか,民間企業や国家機関からのGISデータ提供も進んでいる.またOSMはOpen Database License(ODbL)を採用することで,データの複製や再配布に対する障壁が低くオープンデータの一種として,世界的な位置情報サービスを提供する企業(foursquare, Appleなど)において活用され始めている. 本研究は,以上の観点からVGIの代表例である日本国内におけるOSMの地理空間データベースや活動状況を検討し,今後の課題について議論するものである.本研究では,Web上で公開されているOSMのデータベースを基に,日本におけるOSMの地理空間データベースの構築状況について検討する.OSMはPlanet.osmと称される全世界のデータセットが.osm(xml)ファイルとして週1回提供されている.このファイルは全世界のデータであるため,320GBを上回る大容量ファイルであり,特定の国や地域を分析するためには前処理に膨大な時間を要する.したがって本研究では,Planet.osmを基に国別に加工されたデータ(GEOFABRIK, 2013)を,GIS上で集計可能な形式に変換したものを用いた.  OSMの地理空間データベースでは,スキーマとしてノード(点)を基礎に,ウェイ(線)およびエリア(面)で構成されている.変換後のデータによれば,ノードは約8000万,ウェイは約600万(道路の地物属性が付与された総延長約140万km),エリアは約75万(約39万km2)で構成されている.これらの地図データベースは,OSMの定めるライセンス形態に適するものであるという前提のもと,個人によるGPSログ,OSMでの利用が許可されている航空・衛星写真(主にMicrosoft Bing),国(主に国土数値情報)さらには民間会社(主にYahoo!Japan社)から提供されたデータ等を用いてOSMの地図描画用アプリケーションを介して入力されている.したがって,地域によっては他の商用地図データベースと比して詳細に地物が入力される一方,ボランティア的に入力されているデータであるため,要素の精度は不統一であり,地物の属性を定める要素(タグ)の誤りも多いことが明らかとなった. OSMでは,登録ユーザーがいつどの地物を入力したかについてデータベース上に全て記録されている.日本のOSMデータは,集計結果から2,696ユーザーによって作成されていることが明らかとなった.また,日本におけるOSM活動は,東日本大震災における地図作成を1つの契機として知られるようになった.したがって,東北地方に関するデータ入力が積極的に行われ,542ユーザー(日本を編集したユーザーの約2割)の参加が集計より明らかとなった. 他方,社会的影響の大きい出来事を契機に参加したユーザーは,必ずしも活動を継続する動機が高くない.例えば東北地方を編集したユーザーのうち約3割は,約1週間程度の活動期間に限られていた.OSMはWebを通じていつでも自由に編集可能である故に,データベースとしての更新頻度は高いという利点がある.しかし,限られたユーザーのみで継続的に更新することは不可能であるため,日本においてこうした活動が継続するためには,継続して活動するユーザーの確保や活動継続の仕組みづくりが重要である.
  • 田中 雅大
    セッションID: 814
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに
     視覚障害者はビジュアルに表現された地図を使用できないため,地理空間情報の伝達には,触って読む触地図,音声による道案内といった視覚に依存しない媒体を利用することになる.そうしたオルタナティブな地図を,晴眼者と視覚障害者が協同で作成する活動が日本各地で取り組まれている.こうした参加型地図作りは,市民参加型GIS(PPGIS)やVGI(ボランタリーな地理情報)への取り組みとして位置づけることができ,視覚障害者の自立支援(empowerment)にも繋がると考えられる.しかし,視覚障害者向けの地図や道案内文に関する研究の多くは,それらの機能的側面に焦点を当てており,作成活動の過程や社会的効果について言及したものはほとんどない.本研究では,地理空間情報としての視覚障害者向け道案内文の作成活動をとりあげ,その作成過程と視覚障害者の自立支援の実態について検討する.
    2.調査対象概要
     本研究では,視覚障害者向け道案内文を作成しているNPO法人ことばの道案内(以下,「ことばの道案内」と呼ぶ)を対象とし,その団体構成員への聞き取り,道案内文作成活動の参与観察などを行った.当団体は視覚障害者であるF氏を代表とし,東京都北区を拠点に,視覚障害者と晴眼者が協同で日本各地の道案内文を作成している.2002年に任意団体として活動を開始した後,2004年にNPO法人となった.道案内文には,視覚障害者が単独で歩行できるよう,最寄りの駅やバス停から目的地までの道順,移動時の注意・参考情報が記載されている.道案内文はWeb上に掲載され,視覚障害者はそれを携帯電話やパソコンで音声化して利用する.「ことばの道案内」では道案内文のことを「ことばの地図」と呼び,既製の地図とは異なるオルタナティブな地図として位置付けている.
    3.視覚障害者と晴眼者による道案内文の協同作成
     団体構成員の半数近くが視覚障害者であり,弱視,全盲,先天性,後天性,白杖使用,盲導犬使用などさまざまな立場の人々が活動に参加している.視覚障害者自らが案を出し,現地で詳細な調査を行い,データを管理・整備するというボトムアップ的な手順で道案内文は作られている.とくに,単に利用しやすい道案内文を作るだけでなく,現地調査を通じて視覚障害者が外出時に遭遇する問題(点字ブロックの誤った敷設,放置自転車,道に張り出した木の枝など)が地域のどこに存在するかを探し出して,晴眼者のメンバーと共にそれについて議論し,行政等へ改善を要求している.その一方で,資金を得て,活動内容を社会に普及させていくためには行政機関との連携も重要であると考え,地方の役所だけでなく国土交通省,厚生労働省といった国の機関とも協働で事業を展開している.基本的には「ことばの道案内」側から事業の提案を行い,活動資金を提供してもらい,道案内文作りを行っている.
    4.道案内文の作成を通じたエンパワーメント
     「ことばの道案内」における当事者参加型の道案内文作りは,視覚障害者の外出を支援するだけでなく,彼らが外出時に抱える問題を顕在化させ,晴眼者と共にそれについて議論し合い,その解消を社会へと訴えるきっかけともなっている.活動に参加している晴眼者には,長年にわたって視覚障害者と道案内文を作る中で,自分たちが暮らす地域の点字ブロックの敷設の仕方に関して強い疑念を抱くようになり,行政へその改善を要求しているという人もいる.また,障害の程度が異なるさまざまな立場の人が活動に参加することで,外出時のバリアの多様性をメンバー全員で理解し合い,団体の結束力を高めている.しかし,多種多様な意見を一つにまとめることは難しく,合意形成の点に課題も抱えている.
  • 山田 育穂, 岡部 篤行
    セッションID: 815
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    MoranのI統計量とそのローカル法は、地区データの空間自己相関を検定する手法として、最も広く用いられているものの一つである。I統計量による検定は通常、対象地域内の地区数、n、が十分に大きく、解析対象とする変数、X、が特定の仮定を満たす場合、漸近的に正規分布に従うというI統計量の確率分布の特性に基づいて行われる。Iの正規性がしばしば、特に分布の裾野において成立しないことは指摘されているものの、その解決方法はモンテカルロ・シミュレーションや、解析対象変数Xに制約のある複雑な数値計算に限られている。また、I統計量の実データへの適用において、Xに関する仮定の妥当性が十分に検討されている例は稀である。そこで本研究では、解析対象変数Xの分布形がI統計量の確率分布に及ぼす影響をシミュレーションにより検証すると共に、特にXが離散変数である場合について、新たな検定手法を提案する。
  • 鈴木 克哉, 森田 匡俊, 奥貫 圭一
    セッションID: 816
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに 本研究では、2地点間を結ぶ直線距離と道路距離(最短経路の長さ)とに着目し、国内道路網のGISデータを使って、2つの距離の関係を実証的に調べる。2地点間の距離を考えるとき、その道路距離は直線距離と同じかそれより大きくなるはずである。この道路距離の大きさを左右し得る要素には、地理的スケールと道路網の構造がある。そこでここでは、これらの要素が異なる地域の道路網データをいくつかとりあげて、そこでの2地点間の直線距離と道路距離とを計測することで、地理的スケールや道路網構造などの要素と2つの距離との間にどのような関係が見られるのか明らかにする。直線距離と道路距離との間にはおおよそ正比例の関係がある(腰塚・小林1983)。直線距離に対する道路距離の比は、どの2地点間で距離を計測するかによって異なり、実際の道路網に依存する。これまでの研究は、道路網の構造的特徴の中でも主に道路パターンに着目し、これと両距離間の比との関係について明らかにしてきた。たとえば栗田(2001)は、仮想の円盤都市において格子型道路網と放射・環状型道路網を想定し、その稠密道路網において直線距離に対する道路距離の比がどのようになるのか理論的に分析している。しかし実際の道路網は「格子型」や「放射・環状型」といった典型的な道路網でないことが多く、一般に複雑である。理論的な分析に留まらず、直線距離に対する道路距離の比について実証的分析が求められる。2.方法 本研究では地理的スケールについて2つの視点から分析する。ひとつは道路網の詳細度である。これは国道など道路網の一部種類だけをとりだした(比較的詳しくない)ものか、すべての種類の道路網(最も詳しい)を扱ったものか、といったことである。もうひとつは道路網の空間的広がりである。たとえば、市町村規模か、都道府県規模か、といった行政レベルによる違いがある。ここでは、道路網の詳細度、さらには(行政レベルの)空間的広がりがそれぞれ異なる道路網をとりあげて分析する。 次に、道路網の構造的な特徴を考える。ここでは、以下の指標を使って構造的特徴を分析する。道路網を含む領域の面積、その領域の形状、その領域における道路線密度、ノード密度、リンク密度、道路の粗密分布、および道路網のネットワーク結合度、ネットワーク近接度、道路パターンである。3.結果 詳細度が高いほど、直線距離に対する道路距離の比(以下、距離比)とそのばらつきは小さくなる関係が見られた。一方で、空間的広がりの違いについては、距離比に対して明確な関係が見られなかった。 構造的特徴については、道路線密度が15㎞/㎢以上になると、距離比とそのばらつきがほぼ一定の値を示すことがわかった。一方で、道路網を含む領域の境界位置が距離比に対して少なからず影響することもわかった。境界位置で道路リンクが切断されて、2地点間の真の最短経路が計測されなかったためであろう。【文献】栗田 治 2001.円盤都市における道路パターンの理論―直線距離,直交距離並びに放射・環状距離の分布.日本都市計画学会学術研究論文集 36:859-864.腰塚武志・小林純一 1983.道路距離と直線距離.日本都市計画学会学術研究発表会論文集 18:43-48.
  • 濱田 博之
    セッションID: 817
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.研究の視点 地域分析にあたっては都道府県や市区町村といった自治体を単位とした統計資料の利用が一般的である。しかし自治体の単位は固定されたものではなく、市制施行や合併、政令指定市への移行、分割などによる境界の変更も多い。特に1999年から2006年ごろにかけて起こった、いわゆる「平成の大合併」によって、自治体の境界は大きく変化した。このような事態を受けて、その都度の手作業による市町村の組み換えは極めて負担の重い作業となっており、自治体を単位とした地域分析にも支障をきたしている。 これにあたり本研究では市町村合併等にともなう統計データの再集計ツールを開発した。これまで経年的な分析において障壁となっていた、市町村合併による再集計の作業を自動化することにより、地域分析の現場において作業効率が飛躍的に向上することが見込まれる。2.主要な機能 開発は一般的に普及している表計算ソフトMicrosoft Excel VBAベースで行い、利用者にとっても新たなソフトの購入や習熟を必要としない簡便なものとなっている。 再集計にあたっては特定の期間のみを対象とするのではなく、利用者が設定した任意の時期を期首・期末と設定することが可能となっており、用途に合わせた柔軟な利用が可能である。 また新たな合併が発生した場合でも、必ずしも開発者が継続的に合併履歴データをメンテナンスし提供し続けなければならない性質のものではなく、利用者が容易に合併履歴に新規データを付加しメンテナンスすることができる。そのため将来に渡っても利用可能な、継続性の高いシステムである。3.処理放送 任意の2時点間における行政界の変更を把握するためには、期首と期末の双方における自治体一覧をまずは作成する必要がある。処理にあたっては、全国地方公共団体コード(市町村コード)を基準とすることとした。コードは実質的には1969年1月1日付けで存在した自治体に交付されているため、まずは1969年時点での市町村コード一覧を作成した。 その上で1969年1月1日を基準日に設定し、以降の変化は差分として別のデータとして格納した。新たな合併などが生じた場合、利用者が必要に応じて追記することが可能となっている。市町村の変更は、以下のようにまとめた。一部では行政手続き上のものとは異なっているが、市町村コードと自治体名称の関係から、以下のものに統一している。①町制(村から町への変更。名称は変化するが、コードは変わらない)、②市制(村・町から市への変更。名称・コードともに変化する)、③市制改称(村・町から市への変更。名称・コードともに変化する。事実上②と同一)、④編入(既存自治体への編入。編入先の名称・コードは変わらないが、編入する自治体の名称・コードは消滅する)⑤改称(名称は変化するが、コードは変わらない)、⑥合併(新設自治体への編入。新設自治体には新しい名称・コードが交付され、編入する自治体の名称・コードは消滅する)、⑦政令市(政令指定市への移行、区に分割される。名称は変わらないがコードは変化する)、⑧分割(2つ以上の自治体への分割。既存の自治体はそのまま残るほか、新たな名称・コードの自治体が設置される)、⑨新設(新たな自治体の設置。処理上の便宜的なもの) 基準となる1969年時点のコード表に市町村の変遷を逐次的に付加していくことで「期首市町村一覧」「期末市町村一覧」および「期間内の変更一覧」が作成される。 最終的には、ここまでに作成した市町村変遷データをもとに、新たなワークシートに数値データは再集計し出力される。ただし現状では数値データの合算のみに対応しており、人口密度や特化係数といった合計が意味を成さないデータについては対応していない。 本ソフトウェアは発表者のウェブサイトにて公開・配付する予定である。 http://www.hhamada.com/ 本研究にあたっては国土地理協会の研究助成を受けた。
  • 水戸市・前橋市を事例に
    山本 敏貴
    セッションID: 818
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
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    1.はじめに
     近年,住宅地図,デジタル電話帳など,ミクロスケールの非集計データ(マイクロジオデータ)が整備されている.これらのデータは空間的、あるいは時間的な分解能が高い時空間データであり,他地域より多種多様な土地利用が混在している中心市街地の土地利用を分析する際,有効であると考えられる.そこで,本研究はマイクロジオデータを用いて土地利用データを作成し,そのデータをもとに,中心市街地における土地利用間の隣接性,土地利用の分布性状および土地利用クラスターの分布の結果をもとに土地利用パターンとその規定要因を明らかにすることを目的としている.研究対象地域は水戸市および前橋市の中心市街地とする.なお,本研究における中心市街地とは,中心市街地活性化基本計画において各市が独自に定めている地域である.
    2.使用データ
     本研究では2008/09年度Z map TownⅡ(建物データ, 道路データ,構囲データ,注記データ)および,座標付き電話帳DBテレポイント(2011年2月)をもとにデータを作成した.主にZ map TownⅡから土地利用区画データを,テレポイントデータから土地利用分類データを構築した.これらから不明な点についてはフィールドワークを行うことで補充した.
    3.結果
     分析の結果,主に以下のような土地利用パターンを見出すことができた.
    1)戸建住宅,月極・その他駐車場については全域に渡って分布し,多くの土地利用と隣接関係があるが,飲食店,衣料品店に関しては隣接の度合が低い.
    2)飲食店・官公庁施設・集合住宅・その他小売店などの土地利用は隣接しやすい土地利用パターンを有している.
    3)商業的・業務的土地利用のクラスター形成地域は同質の土地利用と同様であることが多い.
    4)商業・業務的な土地利用は,幅員が広い道路に隣接する傾向が,一方,住居系・飲食店・駐車場といった土地利用は幅員が狭い道路に隣接する傾向があり,中心市街地における道路幅員の構造が中心市街地の内部構造に影響を与えている.
  • 蘇 磊
    セッションID: 819
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    現在中国・北京市に居住している地方出身者は742万人にのぼり,近年増加する傾向にある.プルとプッシュの関係で地方出身者が都市へ大量流入していることが主な原因である.また,都市開発に伴い,開発されずに取り残される城中村が出現した.安い家賃と便利な交通によって城中村は地方出身者の着地となった.そのため,このような地区は急速に増加する農村部からの地方出身者を受け入れる受皿としての役割も果たしている.本稿では,北京市の朝陽区に位置する平房村地方出身者の居住特性と社会的ネットワークに着目し,転居パターンと転居要因についてライフステージの概念を適用し,居住地選択のメカニズムを明らかにした.地方出身者は地方から北京市に移動した後に平房村に転居する. 四つの転居パターンがある。①直接平房村に居住する人,②中心部から平房村,③朝陽区から平房村,④中心部から朝陽区その後,平房村へ移動ケースに分けられる.転居理由における外部要因は都市開発,親戚の呼び寄せ,家賃などであり,内部要因は地縁,血縁,職縁などである.居住者属性により,居住選択メカニズムが異なり,こういった選択メカニズムが居住空間構造を生み出すと考えられる.
  • 石川 守, ヤムヒン ジャンバルジャン, 山橋 いよ, ウェスターマン セバスチャン, エッツェルミューラー ベルンド
    セッションID: 820
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    永久凍土分布図 永久凍土は全陸地の約20%に分布し、様々な時間と空間規模で寒冷圏陸域における水文・植生・地形過程に深く関与している。近年の温暖化は永久凍土を衰退させ、それを因果とした人にとっての環境問題を、潜在的(地球規模での炭素循環過程の改変による温暖化加速)にも顕在的(土地浸食の加速化、水・生態系資源の劣化など)にも引き起こすことが懸念されている。これらの諸現象を正しく理解するには、永久凍土の安定性を空間的に示す永久凍土分布図が重要となる。分布図の凡例として地温、活動層厚、面積率(連続的・不連続的・点在的)などが用いられる。気候モデル研究でよく参照される環北極域永久凍土・地下氷分布図は面積率で表現している。一般に、永久凍土の分布はGISやリモートセンシングなどを援用してグリッドベースでモデル化される。ここでは、単位グリッド内における永久凍土の支配因子群(地形、植生、積雪、気温)が均質であるという条件を前提としている。この仮定は、広大平坦な連続永久凍土帯(ツンドラ,タイガ)ではある程度当てはまり、実際にモデル結果と点ベースの現地観測値との間に良い対応があることも示されている。その一方で、グリッド内での不均質性が顕著な山岳域や不連続永久凍土帯などへの適用は現実的ではなく、この問題は限りなくグリッドサイズを小さくしても決して解決されることはない。モンゴルの永久凍土環境ユーラシア永久凍土帯の南限に位置するモンゴルの永久凍土の分布や地温には、極域永久凍土と山岳永久凍土の両特性を併せ持つ。演者らが実施した同国永久凍土帯のほぼ全域を網羅する約80地点でのボアホール(BH)永久凍土温度観測によると、北部の連続的分布域では-2℃を下まわるような寒冷な永久凍土が存在する一方、南部の点在域では永久凍土の温度は-1 ~ 0℃と温暖であった。このような南北傾度の他方、不連続帯から点在帯へと遷移する領域ではローカルな地形起伏(北向・南向・谷底)や植生被覆(草原・森林)、土壌の湿潤度、地下氷量などに対応して地温は大きくばらついた。年間の地温プロファイルからも永久凍土の維持形成メカニズムがローカルな条件に応じていることが示された(冬季冷気湖・森林による日射減・高含氷率層による地温振幅の減衰)。さらに高解像度リモートセンシング(MODIS)地表面温度とBH観測地温との間に有意な相関を見出し,これによりBH観測に基づく分布モデリングの展望が開けた。次世代永久凍土分布図の作成に向けて演者らは、これまでに蓄積した上述の観測的知見に基づき、モンゴルを含む北東ユーラシア永久凍土帯南限域における永久凍土分布図を不均質性や曖昧性をも考慮した概念に基づき描き直そうとしている。説明変数としての空間地理情報(地形・植生)や気候値などと永久凍土の有無・地温、リモートセンシング地表面温度などとの間で回帰分析を行う。新たな分布図は永久凍土が存在する確率をグリッド単位でマッピングしたものになる(Map1)。さらにMODIS地表面温度と地理的要素との対応を踏まえ、熱伝導式やTTOPモデルを介して永久凍土温度分布図を決定論的に作成する(Map2)。これらは永久凍土の熱的安定性・脆弱性を高精度で評価できるだけでなく生態・水文過程との相互作用評価にも応用できるものとする。当日の発表では境界域や山岳域での永久凍土分布研究のレビュー、それを踏まえた上で今後の解析研究計画について紹介したい。
  • ラィン ケイ トエ, 春山 成子, 宮岡 邦英, エー マウン マウン
    セッションID: 821
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    エーヤワディー川の地下水及び表流水はデルタ地域において幅広く利用されている水資源であるが、デルタ中央部においては水質の科学的な問題が存在しており、デルタ地域における地下水の科学的物理的性質を明らかにすることは非常に重要である。本研究では、2010年1月6日から9日にかけてデルタ中央部よりサンプルを採取し、水質のデータベースを作成した。サンプルの採取については主に井戸、ため池、河川の表面よりバケツを用いて行い、すべてのサンプルについてEC、pH、鉄含有量、同位体及び酸化物の含有量の各項目を測定した。サンプルの化学的分析にはPO4、NO2、Br、NO3、SO4、HCO3、NH4、 K、Mg、Cl、Na、 EC、 pH、18O、トリリウム同位体量の確定を含んだ。GISと作成したデータベースを用いて、カギとなる無機物についてデルタ中央部における地域別の水質をマッピングした。すべての因子についてのGISマップと水質データの関係から、エーヤワディー川デルタにはWHOの基準を満たす飲料水がおそらく存在しないことが明らかとなった。いくつかの化学物質の地域的遍在性は、洪積平地や小規模湖沼における低い排水性や、以前の土地利用によってもたらされた土壌汚染、母岩の岩質や、農地における肥料の使用、河口部への海水の侵入とかかわりが認められた。作成した地図により地域別水質の一般的性質に影響する主要な要因が明らかとなった。
  • 池谷 和信
    セッションID: P001
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに コモンズの研究は、2009年にノーベル経済学賞を受賞したオストロム教授の研究によって知られるようになり、人文社会科学の基礎研究の一つになっている。彼女は、日本を含めた世界各国での現地調査をもとに、林野や漁場などの地域共用資源の管理は、地域コミュニティーが中心となって管理することが効率的であることを理論的、実証的に示した。 日本においても、法社会学、環境社会学、人類学などでコモンズ研究が蓄積されてきた。しかし、これまでの地理学では、入会林野に関する研究動向が紹介され(藤田1977)、日本を対象にして農山漁村の資源利用と管理の研究が蓄積されてきた(池谷2003ほか多数)にもかかわらず、これらとコモンズ研究との関係は明らかにされてはいない。
  • 飯田 義彦, 藤岡 悠一郎, 手代木 功基, 藤田 知弘, 山科 千里, 水野 一晴
    セッションID: P002
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    【はじめに】滋賀県高島市朽木には,胸高直径1mを超えるトチノキの巨木が数多く生育する“巨木林”が存在する。全国的にも類例がなく,かつて薪炭材やパルプ用材の採取場であった,人の手が加えられてきた山や谷に成立するという点で特異な存在である。ところが,近年家具用材としてのトチノキ巨木の価値が知られ,多くの巨木が伐採販売される事態が発生した。この状況を受け,滋賀県は2010年より巨木林の保全事業を展開し始めており,同地域はまさに過渡期に直面している。本研究では,朽木地域におけるトチノキ巨木林と地域社会の現状および関係性の変化を,住民の生活様式の変遷,資源利用ネットワークの発達,山の生態系の変化に着目し,包括的な地域変容として明らかにすることを目的とする。【方法】滋賀県高島市朽木地域(旧朽木村)を対象に,2011年7月~11月,2012年4月~11月にかけて現地調査を実施した。本研究では,多様な問題群を明らかにするために,地域研究領域を核としながら,人文地理学,自然地理学,人類学,森林科学,景観生態学などの多様なバックグランドを有する複数研究者によって研究を進めた。主な調査項目は,朽木の22の集落(大字)のうち,9集落11世帯における広域調査,トチノミの獣害調査,U集落におけるトチノミの入手調査,植生調査である。【結果】(1) 巨木林と人々の関わりにおける地域内の多様性朽木地域において,巨木が密生する巨木林が複数地点あることが確認された。巨木林と人々との関わりには,地域内部で多様性がみられ,成立要因も異なることが明らかになった。例えば,U集落では,巨木林は個人の私有地に成立し,個々人の巨木に対する認識や山林利用の差異が成立要因として重要であった。他方,村有林であった場所に複数のトチノキが生育している谷もみられ,その場所では,複数の住民の意思で巨木が残されてきた。また,一部の集落では,トチノキの巨木を山の神とし,木を伐採せずに残したという説明もされた。(2) トチノキをめぐる地域変容元来トチノキは朽木住民にとってトチ餅の原料となる果実を生む重要な資源であり,貴重な財産であった。住民がトチノキを業者に販売した背景には,過疎・高齢化の進行や果実の獣害の深刻化,都市―農村間や中山間地域間の結びつきの変化に起因する資源の調達・消費ネットワークの拡大,などによる,地域の複層的な変容が認められた。(3) トチノキを軸とした新たな地域づくりの試み伐採に反対し,保全活動をすすめる団体により,トチノキの保全と地域振興に向けた活動が始められた。過疎・高齢化が進む中で,地元の活動の担い手の不足や地域内部での意見の差異,外部者の関わりなどが課題となっていた。
  • 手代木 功基, 飯田 義彦, 藤岡 悠一郎
    セッションID: P003
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    はじめに
     トチノキ(Aesculus turbinata)は日本の冷温帯に広く分布する落葉高木である.滋賀県高島市朽木地域(旧朽木村)においては,胸高周囲長が300cm以上のトチノキの巨木が密生して分布することが明らかになってきた.しかし,内装材としてのトチノキ巨木の需要増大にともなって,巨木が軒並み伐採された谷も確認されている.
     トチノキが伐採されることによる生態学的・水文学的な影響を検討することは急務であるが,トチノキ巨木の立地環境に関する詳細については明らかになっていない.本種は、渓畔林の構成種として知られるが、巨木にまで成長する個体の生育地は特定の地形条件に限られることが予想される。そこで本研究では,朽木地域の山地源流域を対象に,トチノキの巨木の分布の特徴を解明することを目的とする.
    方法
     調査は,朽木地域のY谷を対象に行った.Y谷は安曇川支流の北川沿いに位置している.集水域全体(50ha)のトチノキの位置をGPS受信機によって記録し,各個体の胸高周囲長を計測した.また,分布特性を把握するためにトチノキが生育する場所の地形環境の記載を行うとともに,谷底部からの比高をレーザー測量機によって算出した.なお,谷頭部の比高は流水が地表に現れる地点からの高さを計測した.
    結果と考察
     トチノキは対象とした集水域全体に229個体が生育していた.トチノキが出現した地形面は主に谷源頭部の谷頭凹地,谷壁斜面,谷底部及び谷底の小段丘であった.
     図1は谷壁斜面と谷底部に出現した179個体のトチノキの胸高周囲長と谷底からの比高の関係を示した散布図である.結果から,トチノキは谷底からの比高が20m未満の場所に多く生育していることが明らかになった.20m以上の場所に生育しているトチノキは,近くに支谷やガリー等がみられ,いずれも沢筋に近い場所に存在していた.谷壁斜面及び谷底・小段丘には多くの小径木がみられ,それらの多くが谷底部に分布していた.一方で巨木は,谷底からの比高が10m付近に多く分布する傾向があり,谷底に近い場所の個体数は少なかった.谷底からの比高が10m付近には,谷壁斜面の下部と上部を分ける傾斜変換点が存在する.傾斜変換点の下部では侵食作用が強く働くため,巨木の分布が少なくなっているといえる.
     トチノキが巨木になるまでには200年以上の年月を要すると考えられるため,巨木の分布を考える上では大規模な地形撹乱を考慮する必要があると考えられる.
  • トチノミ入手経路にみる山村間の多様な資源流通形態
    藤岡 悠一郎, 八塚 春名
    セッションID: P004
    発行日: 2013年
    公開日: 2013/09/04
    会議録・要旨集 フリー
    1. はじめに日本の中山間地域では、地域の自然資源を活用し、地域の特産品として販売する試みが盛んに行われている。トチノキ(Aesculus turbinata)の果実であるトチノミ(栃の実)を餅米と混ぜて餅に加工したトチモチ(栃餅)もそうした事例の一つである。トチモチは縄文時代から日本各地で主食や救荒食として用いられてきたが、昭和30年頃から全国的に利用が衰退する傾向がみられる。その一方で、朝市などでの販売を通じ、特産品として見直される動きが認められる。しかし、トチノキの生育する中山間地域では、過疎化や高齢化などの進行にともない、人々が山にトチノミを採集しに行くことが困難になりつつあると考えられる。そのような状況の中で、自然資源の利用がいかに変化し、どのような経路で原料が入手され、特産品づくりが支えられているのであろうか?本研究では、トチモチが特産品として販売されている滋賀県高島市朽木地域を事例に、トチノミの入手経路を検討し、特産品であるトチ餅づくりを支える資源利用ネットワークの姿を明らかにすることを目的とする。2. 方法滋賀県高島市朽木地域(旧朽木村)において、2004年~2005年、2011年、2012年に調査を実施した。初めに、朽木地域の広域的な傾向を把握するため、朽木の22集落のうち、9集落11世帯において聞き取り調査を実施し、トチモチやトチノミ利用の変遷について把握した。さらに、栃餅保存会という組合が存在する雲洞谷(うとたに)集落を中心に、保存会メンバーを対象にトチノミの入手回数や入手先に関する聞き取りを実施した。3. 結果と考察(1) 昭和30年代までのトチノミ利用:昭和30年頃まで、朽木の人々はトチノミが熟す秋口に、集落から数km離れた谷に入り、トチノキの下でトチノミを採集していた。採集されたトチノミは乾燥させて保存し、トチモチを作る際に必要分を灰汁抜きして用いられた。しかし、朽木地域の内部でも、トチノキの生育場所には地域的な差がみられる。トチノキの育たない集落の住民は、トチノキが多い地域の知り合いを訪ね、ダイズなどとトチノミとの物々交換を行い、トチノミを入手していた。(2) トチモチの特産品化とトチノミ採集の衰退:1980年代から、トチモチを復活させることを目的とした栃餅保存会が結成され、トチモチづくりが販売という新たな目的のために行われるようになった。栃餅保存会の結成当初、参加世帯はトチノミを各自で採集していた。しかし、高齢化の進行や獣害の深刻化にともない、自力で実を調達することが困難となり、採集を行う世帯はほとんどなくなっていた。(3) トチノミの入手経路:栃餅保存会が結成して数年がたった後、朽木以外の地域からトチノミを持ち込む人が増加した。そうした人々のなかには、朝市の顧客として栃餅生産者と知り合い、地域外からトチノミを入手し販売しにくる者、山登りなどで偶然トチノミを拾い、それを持ち込む者、毎年定期的にトチノミを採集し、販売をしにくる業者、行商として昔からこの地域に食料を売りに来ている人で、秋の時期にトチノミを他の商品と共に販売する、などの複数の経路が確認された。
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