東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い居住制限区域として指定された区域内の放射性セシウム(137Cs)を含む林床土壌を培地として,落葉広葉樹のエゴノキ(Styrax japonicus),常緑広葉樹のイヌツゲ(Ilex crenata),常緑針葉樹のアカマツ(Pinus densiflora)の苗木を用い,2021年6月より12月までの半年間,苗木のポット栽培実験を実施した。その結果,137Csの固定・固着化が進んでいると考えられる林床土壌より,経根吸収によって137Csが植物の各部位へ移行していることが示された。3種の植物間では葉の137Cs濃度の経時的変化の傾向に相違があること,エゴノキの落葉は生葉より137Cs濃度が低くなったことから,エゴノキでは落葉時期に生葉より枝・幹など他の部位に137Csの転流が生じていると考えられた。実験後の苗木の部位別の137Cs含有量の測定結果では,3種とも地下部(根)に最も多く137Csが含まれていることが確認された。東京電力福島第一原子力発電所事故の森林樹木における137Csの挙動に関する既往論文や報告では,主に成木の地上部(葉,枝,心材・辺材)の137Cs存在量と経時的変化が評価されてきていたが,本研究により地下部(根)にも相当量の137Csが含まれていることが判明し,森林における樹木全体の137Cs存在量の評価にあたっては,地下部(根)の137Csの蓄積にも着目する必要があることが示唆された。
社会,経済,環境に関して予測不可能で,さらに急速に変化する不定性の高い時代には,事実と価値判断の交錯や,問題設定の単純化や二項対立化によりフレーミングの共有すら困難な状態にある。そのため,ステレオタイプにとらわれず,ステークホルダー間の異なるフレーミングを把握,調整し,具体的な解決策を探る人材が重要である。しかし,このようなサステナビリティ人材のための環境教育についてはさらなる実践と議論が必要である。こうした背景を踏まえて本稿では,浜名湖のアサリ減少という「厄介な問題」を題材に,視覚的問題評価法(VPA)という音声映像メディア教材を制作し,それを用いて大学生を対象にワークショップを実施した。その結果,問題設定やフレーミングの過程で,抽象度,着目するステークホルダー,自然物や人工物のアクター化が,複雑な問題の単純化を回避し,フレーミングを調整するための要件として明らかになった。今後,この方法論を環境教育の手法として応用し,環境問題の解決に寄与するサステナビリティ人材の育成に貢献できる可能性を示した。
地方環境研究所(以下,「地環研」)は,都道府県や指定都市(以下,「都道府県等」)の環境行政を推進するための調査・研究を担う機関であり,その研究成果は各自治体の環境政策・施策への活用が想定される。地環研の研究成果の活用実態を明らかにすることを目的とした先行研究(以下,「既報」)のアンケート調査では,活用が十分に進んでいない状況やその主要因が示されたが,活用に至るメカニズム等の詳細は十分に解明されていない。そこで,既報で対象とされたPM2.5関連研究を担当する行政部署及び地環研の職員15名に対してインタビュー調査を実施することで,研究成果の活用メカニズムを明らかにすることを試みた。調査結果の総合的な分析の結果,活用に至った研究にはシーズ先行型研究とニーズ先行型研究の2種類が存在し,政策過程と研究過程の関係性が異なっていることが示された。シーズ先行型研究では,両過程は基本的に分離しており,研究成果を得た後で活用が検討され,活用の有無がタイミング等に依存する「機会的活用」が確認された。ニーズ先行型研究では,研究開始前の段階で両過程の接触があり,研究の開始時点で活用が計画されている「計画的活用」が確認された。また,活用頻度を増加させる観点でニーズ先行型研究の推進が重要であるが,従来地環研ではシーズ先行型研究が主として実施されてきたと推測され,活用が進まない要因の一つと考えられた。ニーズ先行型研究を推進するためには,政策及び研究の目的等に応じた両過程の境界の適切な設定が重要であり,継続的にニーズ先行型研究を実施するための仕組みや知識ブローカー等の人材を駆使していくことが必要と考えられる。