高齢者は,老化に伴い筋肉が減少しサルコペニアといわれる状態になりやすく,また種々の機能低下をきたしフレイルに陥りやすい。特に歯科領域では嚥下機能低下,味覚・嗅覚の低下,歯を含めた口腔機能低下などのために食事摂取量が減り,そのうえに他の疾患の合併なども加わり,栄養不良を示す患者が多い。また,逆に栄養不良は嚥下障害を含めた口腔機能の低下をきたすという悪循環に陥る(フレイルサイクル)。高齢者のフレイルでは認知症や転倒などの頻度が高くなり,寝たきりの原因になる可能性が高い。フレイルによる悪循環を断ち切るためにも歯科の役割は大きい。
ブローイング法は鼻咽腔閉鎖機能不全の患者において,鼻咽腔閉鎖にかかわる神経・筋群の機能改善を目的として使用される。著者らはブローイング時に軟口蓋を挙上する筋以外にもストローを保持・固定する口輪筋およびオトガイ下筋群に負荷がかかると考え,ブローイング時の条件を変化させることでそれらの筋群の強化も可能であると考えた。そこで,使用するストローおよび水溶液の条件の差異が,ブローイング時に使用される口輪筋およびオトガイ下筋群の筋活動量に及ぼす影響について明らかにすることを目的とし,詳細に検討を行った。
対象は健常成人10名とした(平均年齢27.6±2.4歳)。測定時の姿勢は90°座位とした。ストローの長径は20 cmとし,幅径は6,10,15 mmの計3種類を用いた。被験試料である水溶液は,水100 mlに増粘剤(つるりんこQuickly,クリニコ,東京)を溶解させ,粘性度0,2,4,6%の計4種類を作製した。水溶液を満たした容器にストローを挿入し,合図とともに被験試料を可能なかぎり長く泡立つように吹かせた。ストローの幅径および水溶液の粘性度のすべての組み合わせにおいて両筋の筋活動量を比較した。
口輪筋では水溶液の粘性度の上昇とともに,筋活動量の増加が有意に認められた。オトガイ下筋群においては,どの幅径においても粘性度による筋活動量の差異は認められなかった。各ストローの幅径における口輪筋とオトガイ下筋群の筋活動量において,口輪筋およびオトガイ下筋群ともに,すべての粘性度において有意な差は認められなかった。
以上のことから,水溶液の粘性度の調整を行うことで,口輪筋への負荷の調整が可能であることが示唆された。
口腔カンジダ症の起炎菌のなかで最近,Candida glabrataの割合が増加し,アゾール系抗真菌薬に耐性傾向であることから注目が集まっている。そこで,北海道大学病院高齢者歯科(以下,当科)で治療を行った口腔カンジダ症における最近のカンジダ検出状況を,C. glabrataを中心に検索した。
2013年8月~2015年12月までの期間に当科を受診し,口腔カンジダ症を疑い舌背部からのカンジダ培養検査で陽性と認められたのは156例であり,カンジダの検出率を算定した。このなかからC. albicans単独で検出されたC. alb群と,C. albicansとC. glabrataが同時に検出されたC. alb+C. glab群を対象とし,2群間で背景因子との関連,抗真菌薬に対する効果を統計学的に解析した。
症例別ではC. alb群が84例(54%),C. alb+C. glab群が36例(23%)に認められ,従来から報告されてきたよりもC. albicans以外の菌が多く認められた。また,C. glabrataは単独としてではなく,C. albicansとともに検出される場合が多くを占めていた。2群間で背景因子や抗真菌薬の効果を比較したところ,C. alb+C. glab群はC. alb群に対し有床義歯の使用者が有意に多く,抗真菌薬に対し有意に抵抗性を示した。
C. albicansにC. glabrataが混合感染すると義歯に対しての関連が強まり,抗真菌薬に対しても抵抗性を示すことが示唆された。
人口の高齢化が進展するなか,在宅で介護を受ける高齢者が増加している。一方,身体機能などの低下した高齢者を介護するうえにおいて,主介護者の介護負担の増加は,在宅療養を継続するうえにおいて重要な負の因子となることが予想される。高齢者の日常生活動作および生命予後を改善するためには,経口摂取の継続が重要な因子である。そのためには,本人の摂食機能に合わせた食事の介助や食形態の考慮が必要となる。本研究では,在宅介護における介護負担を増大させる因子を明らかにすることを目的とした。在宅療養高齢者214名を対象として性別,年齢,認知機能,基礎疾患,在宅サービスの利用状況,栄養状態,食形態,嚥下機能,食事時間,日常生活動作に関する介助の必要性,咬合支持を調査し,主介護者の負担度との関係について検討した。介護負担度の測定にはBIC(The Burden Index of Caregivers)を用いた。各項目との関連をχ2検定およびロジスティック回帰分析で検討した。その結果,認知機能,食形態,食事時間,着替え介助,排尿介助が介護負担の独立した関連因子であった。食事に関する支援が,介護負担の改善に寄与する可能性が示された。
高齢者の要介護状態の原因としてサルコペニア(筋肉減弱症)が注目されている。サルコペニアの一因は低栄養であり,食事摂取量と摂取食品の変化が関連している。そこで本研究は,高齢者の摂取食品の変化に与える因子を検討することで,高齢者のサルコペニア対策の一助とすることを目的として実施した。
京都府在住の地域在住高齢者155名(男性:38名,女性:117名,平均年齢:74.2±5.4歳)を対象とし,健康ケア意識や身体機能,口腔機能を評価した。また,同時に簡易型自記式食事歴法質問票(BDHQ)を用いた栄養摂取状況の評価を行い,その食品項目のなかから調味料,飲料などを除いた45項目の食品について最近5年間の摂取頻度変化を問い,検討を行った。
摂取頻度の減少に関与する要因間の相互作用検証のために行った共分散構造分析では,健康ケア意識が高いほど摂取頻度減少食品数が多かった。また,摂取頻度減少食品数が多いほどサルコペニアの傾向を示していた。一方で,咀嚼能力は摂取頻度減少食品数に大きな影響を与えていなかった。
高齢者においては,口腔機能の低下をみても,健康に意識しながら摂取食品を変化させ栄養状態を維持している可能性が示された。しかし,誤った健康ケア意識により栄養量が減少することで,サルコペニアのリスクとなる可能性が考えられた。
舌機能訓練は現在までにさまざまな報告がされている。しかし,実施しなくてはならない回数が多いことや,効果を得られるよう正しい手技を理解してもらうためにはやや困難な側面もある。今回著者は複雑な指示をほとんど必要とせず,簡便に舌機能訓練を行える可撤式の装置を考案した。そして,それにより舌機能および摂食嚥下機能の改善が認められた症例を経験したので報告する。
対象は80歳の男性で,原疾患に脊髄小脳変性症がある。最近食事中にむせるということで,当院に摂食嚥下機能評価の依頼があった。平成27年11月上旬,初診時に摂食嚥下機能評価を行った。その結果,嚥下運動時の喉頭挙上には大きな問題はみられなかったが,嚥下後に喉頭蓋谷に残留を認め,舌に関連する構音障害や嚥下後,舌背部に残留が認められることから,摂食嚥下機能の改善には,舌機能の改善が重要と考えた。よって,同年の11月中旬より,可撤式舌機能訓練装置の作製に取りかかった。上顎総義歯口蓋面の印象採得を実施し,その義歯の口蓋面に装着する口蓋床様の装置を作製し,装置の口蓋中央に球状のレジンを接着させた。これを義歯に装置し,毎日約30分間口腔内に入れ,「気になったら舌で触るように」とだけ簡単に指示した。その後約2カ月間使用したところ,嚥下機能および舌機能の改善が認められ,食事中のむせも改善した。
本症例より,可撤式舌機能訓練装置により舌機能および摂食嚥下機能の改善につながる可能性が示唆された。