院内での救急対応を契機に最重症度の再生不良性貧血が判明した症例を経験した。患者は77歳女性。既往歴に緑内障,坐骨神経痛,骨粗鬆症があり,本学歯学部附属病院総合診療科にて歯周治療中であった。1週間前より胸が締め付けられる感じがたびたびあり,当日の朝も手がしびれた後に呼吸苦があったが,来院した。待合室で胸部不快感と呼吸困難感が増強したので受付に体調不良を訴え,歯科麻酔外来に救急コールがなされた。約4分後の歯科麻酔科医到着時,バイタルサインには異常はなく,12誘導心電図でも虚血性変化などはなかった。歯科麻酔外来回復室に搬送し,1時間ほど経過してもバイタルサインに変化はなかったが,胸部絞扼感は消失しなかった。そこで,精査のために本学医学部附属病院ERに搬送した。ER到着後もバイタルサインに著変はなかったが,末梢血液一般検査で白血球数900/μl,赤血球数135×104/μl,血色素4.6 g/dl,血小板数3,000/μlと汎血球減少がみられた。ただちに血液内科にて骨髄穿刺を行い,再生不良性貧血(stage 5)と診断された。そこで,緊急入院となり,高度の貧血に対して赤血球濃厚液2単位が輸血された。その3日後,再生不良性貧血の治療のためにかかりつけ医に転院し,以降の経過は良好であった。本症例は,基本的な鑑別診断を心がけ,専門医への対診などの対応が必要であることを改めて認識させられた症例であった。
日本の肺炎による死亡者の97.3%,窒息死亡者の85.7%を65歳以上が占め,肺炎の多くは誤嚥の関与ありとする報告がある。今回,病識欠如が認められる入院患者に対して多職種による患者教育,栄養管理,口腔機能管理を行った結果,口腔と食の環境を整える意識の生起,窒息・誤嚥性肺炎の再発予防に成果が得られた症例を経験したので報告する。患者は急性期病棟入院患者,65歳男性,現病歴は双極性感情障害,アルコール性精神病,パン食の可否,誤嚥・窒息のリスク評価を目的として歯科を受診した。全身所見,口腔内所見,摂食嚥下機能,精神状態,服用薬剤を総合的に判断し,口腔衛生管理の意識低下による咀嚼障害,精神状態と薬原性錐体外路症状による摂食嚥下障害と診断した。パン食禁止,誤嚥・窒息ハイリスクとした。食形態は全粥とゼリー菜食,水分はトロミ付とした。患者に一口量の減量,詰め込み食べの禁止を指導,医師と看護師に注意喚起を依頼した。診断から1カ月後,夕食を詰まらせて窒息,2日後に発熱,内科にて誤嚥性肺炎と診断された。精神状態の改善に伴い患者教育,歯科治療に協力的になり自己管理意識の生起,口腔衛生管理,口腔機能の改善を得た。慢性期病棟で療養中の現在,詰め込み食べはあるが窒息・誤嚥性肺炎の再発はない。口腔と食の環境を整える意識の生起,窒息・誤嚥性肺炎の再発予防には多職種による継続的な支援が重要と考える。
オーラルジスキネジア(oral dyskinesia:OD)は口腔顎顔面領域に出現する反復性,常同性に速くて短い不随意運動である。特発性OD,薬物性ODと錐体外路系疾患の部分症候に大別される。症例は82歳女性。既往歴は脳梗塞,高血圧症,慢性胃炎,骨粗鬆症,不眠症であった。現病歴は,2014年5月に右舌縁部に口内炎を自覚し,紹介医にてステロイド軟膏が処方されていた。同年11月に当科を紹介・受診した。右舌縁部に,周囲に軽度隆起を伴う境界明瞭な長径15 mm大の類円形の潰瘍を認め,硬結と出血傾向はなかった。舌の静止を指示したが静止せず絶えず舌を捻転していた。右側下顎第一大臼歯と舌潰瘍面の位置は一致していた。会話や食事時に舌の不随意運動は認めなかった。特発性ODに伴う右舌縁部褥瘡性潰瘍と診断した。舌の保護と口腔環境のディプログラミング効果の目的でオーラルアプライアンス(oral appliance:OA)を作製し,日中のみ使用し,夜間就寝時は外すように指導した。OAを使用し2カ月後,舌縁部の褥瘡性潰瘍は完治した。OAを使用し3カ月後,ODは軽快していた。OAの使用は4カ月で中止した。OAの使用中止から1年が経過するが,褥瘡性潰瘍の再発は認めない。毎月の定期検診は継続しているが,ODの残存は認めるものの,軽度となっている。
高齢者疑似体験実習は,高齢者の身体的変化を体験することにより心理的共感を惹起し,高齢者への援助を体験的に学ぶことができるといわれているため,大阪歯科大学高齢者歯科学講座では,平成13年度より歯学基礎教育が終了後,病院臨床実習前のプレクリニックとして高齢者疑似体験実習を行ってきた。今回,実習後に提出させた自由回答文を分析し,歯学部学生に行った高齢者疑似体験実習の効果とその有用性について検討を行った。
分析データは,病院臨床実習前プレクリニックにおいて高齢者疑似体験実習を受講した大阪歯科大学歯学部4年生が,体験実習終了後に提出した253の自由回答文である。得られたデータをテキストマイニングソフトKH Coder 2.00eを用い,計量テキスト分析の一手法である接合アプローチにて分析を行った。
対象となる自由回答文を形態素解析した結果,総頻出語は37,522語で,異なる語は1,947語であった。クラスター分析ならびに対応分析により,3つのコーディングルールが作成できた。コーディングルールにて自由回答文を集計した結果,「身体的・心理的理解」のコードは全体の71.15%と多くの学生が理解を示した。それに比べ到達できた学生は少ないものの,44.66%の学生が「共感的理解」に到達し,さらに34.78%の学生が「自己認識変化」に到達した。このように高齢者疑似体験実習は,学生により到達内容に差はあるものの,歯学部学生が高齢者を理解するために有効であることが定量的に示された。
本研究では身体的フレイルとオーラルフレイルに着目し,被験者自身が自覚する兆候の実態をアンケート調査を用いて検討した。アンケート調査に同意が得られた1,214名を対象とした。本研究は徳島大学病院臨床研究倫理審査委員会の承認を得て行った。身体的フレイルに関連する質問項目として,体重,疲労感,握力,活動量,歩行速度に関する5項目を,オーラルフレイルに関連する質問項目として,咀嚼や嚥下機能に加えて,残存歯,唾液,舌の機能に関する7項目を設定した。質問項目は4段階で評価させ,得点が高いほど虚弱傾向が強くなるように設定した。身体的フレイルに関連する総得点は,男女ともに60歳代が最も低く90歳代が最も高い値を示し,女性の場合60歳代の得点は70歳代と比較して有意に低い値を示した。オーラルフレイルに関連する総得点は身体的フレイルの得点と比較して,年齢階級が上がるごとに漸増する傾向が認められた。オーラルフレイルに関連する質問項目に関しては,一様の増加傾向を示す項目が多かったが,そのなかでも食べこぼし,嚙めない食べ物に関する項目の得点において,虚弱傾向を示す3点,4点を示す被験者数はともに50~60歳代間で有意に増加した。以上の結果より,オーラルフレイルにとっては50~60歳代が一つの重要な年代であり,特に「食べこぼし」や「嚙めない食べ物」に関する評価は重要である可能性が示唆された。